私にとって不吉な気配がする胡蝶さんとの演練が終わり、少し経った。二回目の調整のため政府に言っていたこんのすけがどろんと転移してきた。なんでも、調整が終わったらしい。
こ「これで、もっと葵様のお役に立てる様になりますよ!!ナビゲーション機能も付きましたし!」
葵「私って……」
こんのすけのナビゲーション機能の言葉にがっくりしていると、前田君が「主君、しっかりなさって下さい。人間だれしも不得意なことはありますよ!!それこそ、神だって完全ではないのですから!」と、それ仮にも神の末席に連なる付喪神が言って良い事なのかと疑問になるような事を実にいい笑顔で言ってくれた。刀剣男士は顕現した審神者の性格で本丸ごとの個性が出るらしい。……これ以上は考えるのをやめた方が幸せになれそうだ。慰めてくれている前田君にありがとうと言いながら頭をよしよししてあげるとにこにこしてくれた。やはりショタはいい。
葵「さてさて。一通りの事は体験した訳だけども。これから何を重視してこの本丸を運営しようかってゆー話し合いをしたいんだよね。こんのすけ、悪いんだけど皆を呼んできてくれない?」
こ「承知いたしました。場所はどこにいたしますか?」
葵「面倒だから、この広間でいいよ」
こ「では、そのように」
話が纏まるとこんのすけはさっさと広間から出て皆を呼びに行ってくれた。五分後、広間に私を慰めてくれていた前田君以外の五振りが揃った。皆、話し合いするとしか聞いていないからかちょっといぶかしげだ。なんだったら、ちょっと敵意と言うか警戒もされてる感じだ。流石に二、三日でブラック化するとか無いと思うんだけどなぁ。そもそも、私の前職的にそれやると不味いしゲームとか敵とか以外にフルボッコきめるのは趣味じゃない。冗談とイタズラの範囲のフルボッコはやるけど。
とゆー事をつらつらっと語ってみた所、皆は逆にそれはそれで嫌だなぁと言う雰囲気を出し始めた。まあ、神も人もイタズラとかやられるよりもやる方が楽しく感じるという事なのだろう。盛大に話がずれて収拾がつかなくなった頃、こんのすけが割って入りようやく本題に入った。
葵「これからの事って言うのは、何をメインにするかって事なんだよね。練度を上げる事を優先にするのか、仲間を増やすことを優先するのか。はたまた、畑とかの手入れを優先して自給自足体制を整えるのか。任務はこなさないとお給料の査定が悪くなるから、そこは申し訳ないけど、皆も協力して欲しい」
そう言って、六振りを見やる。皆、それぞれも考えていたのだろうけど、改めて問われると迷うらしく、それぞれ仲のいい刀剣と囁きあっている。すぐに意見が出てこないのもある意味当たり前だ。これからの生活が懸かっているのだから。
葵「私が居ない方が良さそうだから、執務室にいるね。纏まったら、それを踏まえてまた話し合いしようか。その後、本丸のルールとかも作った方がいいだろうしね」
そのまま、皆は難しい顔をしたまま私が執務室に行くのを見送ってくれた。さてさて、話し合いはどうなるかなぁ。むしろ、皆の自主性に任せるって本丸はあるのかちょっと気になる。調べてみようか?いや、足りていない治療用の符、神気を貯めておく符、祓え用の符を用意しよう。忘れずに、神気を察知されないように結界を張って残滓を残さないようにしないと。
Side 刀剣男士
さて、葵が不足している各種術用の符を作り始めた頃の刀剣男士たちとこんのすけ。葵が立ち去ってから、話し合いは一向に進んでいない。いや、二つの意見に纏まる事は出来たのだが進んでいない。何故なら、意見が真っ二つに割れて収拾がつかないのだ。
陸奥守、厚、小夜は「練度を上げる事を優先」するべきだと言い、薬研、前田、乱は「仲間を増やすことを優先」するべきだとなかなか意見が互いに合わないのだ。
陸「練度ば上げにゃーまたわしの二の舞になるぜよ?」
薬研「しかし、腹が減っては戦はできねーぜ?」
こう言われては、坂本竜馬が似たような事を姉に言われたのを知っている陸奥守としては一度黙らざるを得なくなってしまう。その状態に負けたくはないと厚が反論を試みる。
厚「大将が居るんだからその辺は大丈夫じゃねーか?」
前田「厚、主君にその様な事をさせるのですか?」
が、これも前田の上に立つ者とその指示に従う者の差を言われてしまい撃沈。復習に取りつかれている小夜はと言うと、
小夜「働かざるもの喰うべからず……」
このような意見を出し、練度上げと言うよりは自給自足体制を整えたいような風に聞こえる意見を出し。そこに陸奥守と厚がまた突っ込みを入れる。
最終的に、乱の
乱「けど、主らしさもいるよね?それに、本丸の状態を整えてから練度上げてもよくない?これからもどんどん仲間は増えるんだろうし。あんまり差が付いても主さんが苦労しそうな気がするしなー」
と言う練度がある以上常に審神者の頭を悩ませ続けるであろう根本的な問題を口に出したことで混沌とした刀剣たちの話し合いは纏まり、今後の方針として「仲間を増やす」を目的に動くことになったのだった。
陸「そいじゃ、こんのすけ。ちっくと悪いがのぅ、主ば呼んで来てくれんかの?」
こ「分かりました」
Side こんのすけ
葵様の初期刀、陸奥守殿にお願いされ私はこの本丸の主、葵様を呼びに執務室に参りました。お部屋の襖を私の前足でとんとん叩いて声を掛けて来訪を知らせました。
こ「葵様、刀剣男士様達の話し合いが終わりました。広間にお越し下さいますか?……葵さま??」
しかし、呼びかけても返事が無く、もう一度とんとんと襖を叩いてみますが物音すらしません。……まさか、中でお倒れになっているのではないでしょうか!?そんな嫌な想像が頭をよぎります。
もう、居ても経ってもいられず失礼を承知で襖をあけるとそこには、色取り取りに煌めく高位精霊様達とそれを従え神気を発しながら深く集中して何やら書き物をなさっている葵様がいらっしゃいました。
Side 葵
符を書くことにした私はまず軽く己の穢れを祓う。符は霊気を宿し神聖な物。そのため、扱うときはともかく作成する時は一度穢れを祓う必要があるのだ。そして、下準備をした和紙と墨を用意する。今回は、墨も使い切っていたので墨をするところから始める。この場合、綺麗に聖別した水を使用する。まあ、聖別した水を作るところからでもあるのだが。
葵「さてさて。鳥居マークを書いた容器、神社の手水場の水は無いからここの水道水を用意して。……ここの水、下手な神社の手水場の水より霊的な意味で綺麗だよねぇ。衛生面は言うに及ばず」
そう。ここの水は亜空間にある神域と言うことを差し引いても綺麗なのだ。それこそ、日常使いのちょっとした符に使うくらいならわざわざ聖別しなくてもいいくらいに。
「これ、下手に聖別しない方がいいのかなぁ?けど、きちんとしといた方が効きはいいし。……聖別するかぁ。出来上がった奴がどうなるかちょっと怖いけど」
容器に水を入れ、陣を敷く。この時、水の式であるディン、ディーネ、ティア、金の式であるクリア、ゴングにも協力をしてもらう。五行思想で、金は水を生じさせるからだ。そして、金に結露した水は粋水となる。これを利用し、今までも十分綺麗だった水をさらに浄化する。
葵「………この段階で既に、ちょっとした瘴気とか邪気祓えそうになってるなぁ……」
ディン「そりゃまー、そうじゃない?」
ディーネ「葵がやるんだし」
ティア「むしろ、これくらいで収まってるのが不思議」
クリア「本気になればもっと凄いの作れる癖に今更?」
ゴング「どうせ、これからの事を考えたらどれだけでも強力なのはあった方が楽なんだから全力出しちゃえばいいのに」
口々にそんな勝手な事を言ってこちらのライフを削ってくる式達。まだ、SAN値を削られていないだけましと言い聞かせ、本気を出して水を聖別する作業の仕上げをする。
葵「『伏して希(こいねが)い奉(たてまつ)りまする、水波能売命(みずはめのみこと)。この水を、天之忍岩(あめのおしは)の長井の清水と幸いたまへ』」
柏手を打ち、祝詞を口にする。すると、陣と容器から光があふれる。光が収まった時、そこには聖別された(聖別され過ぎた)水が出来上がっていた。
葵「ねえ、これやっぱ不味くない?」
ロープ「うわぁ……」
葵「だから本気出すのは止めときたかったのに」
ロープ「……けど、これ使わないと。ほかの人とかそこらに流したとして、扱いきれる術者少ないよ」
仕方なく、私はこの聖水を使って各種符を作る事に。そして、開き直って神気も出しつつ(結界は張ってある)深く集中し、式達の力も借りて仕上げていたとき……。
こ「葵様……?」
葵・式全員「(やべぇぇぇぇっぇぇぇぇぇ!!!!!)」
こんのすけが皆の話し合いが済んだからと呼びに来てくれたのだ。おそらく、返事が無かったために部屋の襖をあけたのだろう。張っている結界も神気を隠す為だけの物で出入りが出来なくなったりする訳じゃない。しかし、今の私は半分神としての力も開放していたため政府に知られたくないと思っている現状、こんのすけにこの状態を見られたのは不味いとしか言いようがない。仕方なく、声を掛ける前に式達にはそれとなーく私の神域に隠れてもらう。一応、半分神なのでそういったものも作れるのだ。
葵「こ、こんのすけ。皆の話し合いは終わったのかな?!」
こ「そうです。しかし、先ほどの高位精霊様達とこの神気はいったい……」
やはり聞かれた。ここはそんなに誤魔化せるとも思っていないけど誤魔化しを試みよう。やらないと、私の平穏な禊師ライフが送れなくなる。
葵「高位精霊?神気?何のこと??」
こ「葵様……。誤魔化しきれるとお思いですか?」
いつも、ポンコツなこのお狐様はいつものポンコツ具合を発揮することなく突込みを入れて来た。最悪、神としての権能を使って縛ることも視野に入れて話すべきだろうかと考えていると、一番付き合いの長いロープが神域から出てきた。
ロープ「葵は嘘が下手だよねぇ。まあ、いいや。こんのすけだっけ?僕、葵と一番付き合いの長い式神のロープ。位階は一応精霊王だよ。ちなみに、葵は半分神。それも、月読命(つくよみのみこと)の娘さ」
こんな事をさらりと話してくれてしまったロープ。ほんとにどうするんだろうと見守っていた私が愕然として絶句しているのを尻目にドンドン話していく。
ロープ「こんのすけ君には、悪いんだけどこの事を政府にも出来れば刀剣男士にも内緒にして居て欲しいんだけど、出来る??」
こ「申し訳ありません。葵様が高位精霊を扱えるほどだという事や半分が神だという事は政府に報告せねばなりません。そして既に、担当の城田審神者統括官にも緊急報告としてこちらに来てもらえるように手配済みです」
ロープ「ありゃりゃ~。さっさと通信系の能力潰しておけばよかったなぁ……」
イグニス「ロープ、後手後手だな」
ロープ「むう。まあいいや。じゃあ、その統括官ってゆー人にも僕らの怖さと葵の怖さ思い知って貰おうよ。そうしたらきっと政府に報告しようなんて思わないよ」
イグニス「そう上手くいくか?」
ロープ「上手くいかせるのが僕らと葵だよ。葵、腹くくってね♪」
いつの間にか、勝手に火の式イグニスも出てきていたらしく、実に滑らかに話が進んでいた。式達には自重と言う物は無いのだろうか。
トワレ「僕たち、それは葵に言われたくないなぁ。ねー、皆?」
式全員「うむ」
式達の裏切り(?)を受けて愕然としていると、外から前田君が「主君、お客様です。審神者統括官の城田様と仰る方です」と呼びに来てくれた。前田君にお礼を言いつつ、動くのめちゃくちゃ早くないか??と思わなくないがこんのすけが緊急報告としてこちらに来てもらえるように手配済みと言っていたからか。それにしても早すぎると心の中で文句を言いつつ城田さんを迎えに前田君と行く。
前田「こんのすけ、主君を呼びに行くのに随分と時間がかかっていましたね。何かあったのですか?それに、今回のお客様も随分急ですし」
葵「それは、城田さんが来てから説明するよ」
前田「分かりました」
城田さんは既に玄関で待っていた。その顔はまるで般若のようで、やっぱり隠してやがったかと言わんばかりだった。いくらなんでも、ちょっと初めて会った時に度肝を抜いて色々誤魔化して二回目の時は盛大に迷子になっただけでこれは無いと思う。
葵「こんにちは、城田さん。ようこそ」
城「……やってくれましたねぇ?貴女は。こちらの度肝を抜いて、盛大な迷子で私の手を煩わせるだけでは飽き足らず、こんのすけが緊急連絡を入れてくる。本丸着任一週間以内でこれほどの人は居ませんよ。ブラック化した本丸だって三か月過ぎるまではまともだったのに……。いや、むしろ早く分かってよかったと思うべきか」
葵「まあまあ。落ち着いてください。立ち話もなんですし、広間に行きましょう。そこに皆も揃ってますから」
穏やかに、にこやかに城田さんに話しかけて促したのに、帰って来たのは深い深いため息だった。納得がいかなくて少しいらっとしていると前田君が「では、主君を僕がエスコートします!」と言ってくれたのであっという間に城田さんへの遺憾の意はどこかへ行ってしまった。城田さんはこんのすけがエスコートをしている。少し面白いなと思いつつもそのまま前田君にエスコートされるまま城田さんとこんのすけと共に広間に向かった。
広間に着くと皆にこやかに笑ってから薬研と陸奥守さん以外は私の後ろの城田さんに怪訝な顔をする。薬研と陸奥守さんは少し納得顔でお茶を飲んでいる。私はと言うと、怪訝な顔をしている皆に笑顔を見せておいた。何かしら納得顔をしている二人は案外気が付いていて知らない振りをしていてくれたのかも知れない。私が、式神を扱い自身も半分神だと言う事を。政府に知られると不味い。それは正しい。けど、刀剣男士の皆まで隠しているのは良くないんじゃないかって思う自分がいるのも事実。今回の事はいい機会だったのかもしれない。そうやって腹を括っていると、席に着いた城田さんが口を開く。
城「今回、私がこちらに来たのはこんのすけからの緊急連絡があったからです。ここの本丸の主、葵は本丸の主人としては不適格だと。理由は、意図的に重大な事実を隠蔽していたからです。内容は、己が精霊王クラスを使役できること、半分神である事。これは、時の政府すらを危うくし、ひいては時間遡行軍との戦いにも大きな影響を及ぼします。厄介な事に親が月読様だそうなので」
厚「なっっっ、そんな事ある筈ねぇ!!葵は、大将はまだ日も短いが一生懸命にやってる!!式神だって使役してるところ見た事ねえし!!!」
城田さんの言葉に真っ先に反応したのは厚君だった。そこから、乱ちゃん、小夜君、前田君も続いて反論をしてくれた。しかし、小夜君が途中で陸奥守さんと薬研がこの反論に加わっていないのに気が付いた。
小夜「……薬研、陸奥守さん。どうして黙っているの?」
小夜君に問われても、二人はまだ沈黙を守っている。そして、私に視線を向けてきた。「どうか、話して欲しい」そう、二人の視線は雄弁に語っていた。
二人の視線に負けて、私は溜息を吐くと諦めて話す事にした。そして、こっそり神降ろしの用意もしておく。あまりやりたくないけど、皆との平穏な生活と自分の生きた時代を遡行軍なんかにめちゃくちゃにされない為にも。更に、自分の神格も開放する準備をしておく。こうすれば、日本三貴神が一柱の身内の証明になるし七光りの様と言っても神格からすれば刀剣男士よりも高い。古来より、半分神と言う存在は枚挙に暇が無いほどだし、その神格も高いことが多い。
諸々の準備が整い(神格解放、神降ろしの準備とかはこっそり結界を張って隠した)、もう一度腹を括るために前田君がいつの間にか用意してくれたお茶で喉を潤し、私は話し始めた。