Fate/dragon sphere   作:小櫻遼我

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リィンカネ終わっちゃったよー


第十二節 森の王国

 廃墟都市、北東。

 鉄塔広場から谷にかかる吊り橋は木材とトタンでできており、しかし歪で、一歩踏み出すたびにギシギシと音を立てていた。ほとんど縄でしかない手すりに掴まり、できるだけ前だけを見て藤丸は進んでいく。その傍で、ヨルハ二人と小太郎はずかずかと、まるでアスファルトの道を歩くように進む。当然、橋も音を立て揺れる。……よく見ると、小太郎の足踏みでは端は揺れていなかった。熟達の忍(ニンジャ)であるが故の静謐な足遣いと、マスターたる藤丸を気遣う忠誠心が、決して橋を揺らすことはなかった。問題はヨルハの二人だ。そこまで大袈裟に歩いているわけでもないのに、一歩踏み出すごとに信じられないほどの負荷が橋にかかる。……そういえば、レジスタンスキャンプで調整を受けている彼らの問診を小耳にしたことがある。「重量約150キロ」、とかなんとか聞こえた覚えが……。

「うう……早く渡ってくれぇ……」

 藤丸は橋の最中で停止した。あの二人と一緒に渡るのは危ない。

 ……なんとか橋を渡りきり、廃墟の中に入る。それは、かつて人類の商業施設として賑わっていたその跡地だった。言うなればデパート、ショッピングモール。広い吹き抜けに、エスカレーターが繋がる二階の外周エリア。その広さから見ても、当時の賑わいようは容易に想像できる。藤丸とて、こういったには散々世話になっていた。

「ここが、パスカルの言っていた商業施設の廃墟ですね……」

 9Sが興味深そうに辺りを物色する。人類文明の遺産なのだから、興味を惹かれるのも当然だろう。衣食住全ての供給を備えたデパートは人類の大量消費文明の極致だった。とりわけ「地方」と形容される地域では、あらゆる商業がこういった施設に集約されていることも珍しくない。この近辺はビルも多く地方といった感じではなかったが、この規模だとテナント数は相当のものだったはずだ。

 一方で、2Bは9Sとは違うところに注目していた。自然だ。何千年もが経過し、このデパートもすっかり自然へと風化してしまっていた。コンクリートには苔が生え、地面からは大樹が伸び、空いた穴には滝が流れている。自然と人工物、その両方の性質を備えた例えようのない、しかし美しく情緒に溢れる光景であった。

「……僕らも人間だったら、こんな場所で楽しく買い物してたんですかね?」

「仮定の話は無意味……」

「ははは……真面目だなぁ、2Bは」

 そう談笑する二人を見ていると、藤丸の通信機に内蔵されたセンサーが異音を発した。同時にヨルハ二人に随行するポッドもランプを光らせながらビープ音を発している。

「警告:直上に機械生命体反応多数」

 四人が天井を見上げると、天窓を突き破り四体ほどの機械生命体が降下してきた。目は赤く、パスカル達のような正気は見込めない。

「森ノ王バンザイ!」

「森ノ王ばんザーイ!」

 そう叫びながら、機械生命体達は突撃してくる。

 森の王……出発前、パスカルから簡単な詳細は聞いていた。数百年前、ある機械生命体を発足者──初代国王として現代まで栄えた軍国主義者達の共同体。村の外交役によれば、彼らはまるでヨルハ部隊のそれのように統率された軍隊を保有しており、かつ部外者が接近してもその全てを退ける鎖国状態にあるとか。当然王城などには潜入できず、その内部の様子や国王の現状を窺うこともできない。

 民は非常に忠誠心が強く、それこそ命を捧げるほどだ。そして肝心の国王は鳴りを潜めている。人類史に残る事実として、そういった軍国は厄介なものだ。セプテムやバビロニアとは比にもならないだろう。類似例で言うと、キャメロットのそれが近いだろうか。尤も、あれほど強大な力を持ってはいなさそうだが。だがそういった国はいずれも先は短い。おそらく放っておいたとしても、どこかの機械生命体に攻め込まれるか何かして自滅するだろう。だがパスカルはそれでも、彼らに手を差し伸べた。それだけで、彼らに干渉する理由は十分だ。

「小太郎!」

「承知!」

 藤丸を背に、小太郎は機械生命体へ立ち向かう。……アダムやイヴといった特殊な機械生命体達を相手にした今、一般機械生命体など敵ではない。

 ヨルハ二人と分担して、小太郎は目の前にいる一体の機械生命体へ向かっていく。相手は武器も持っておらず、その拳で殴りかかってくる。命中すればその威力は大きいだろうが、そもそもその程度の動きと速度では小太郎に当てることさえ難しい。機械生命体が放った大振りのパンチを容易く回避してみせ、小太刀でその関節を斬りつけた。回路を断たれた機械生命体はだらんと腕を垂らし、それでも向かってくる。

 だが使い物にならなくなった腕というのは、思った以上に体の重心を奪っていくものだ。同じように殴りかかろうとして姿勢を崩した機械生命体を小太郎は受け流し、その背後へ回る。そこで頭部と胴体の接続部を見つけ、その首とも言えないような隙間に小太刀を捩じ込んだ。ビクン、と痙攣する機械生命体。小太郎が小太刀を思いっきり捻ると、てこの原理で機械生命体の頭部が持ち上げられ、スポン……あるいはブチン、とその体と別れを告げたのだった。

「まず一体!」

「いいぞ、小太郎!」

 そうしているうちに、ヨルハの二人も機械生命体を倒していったようだ。無惨にも斬り裂かれ、あるいは内側から爆ぜた残骸が転がっている。これで倒したのは計三体、残るは一体……!

 だが、その一体が問題だった。……というより、奇妙だった。

「……なんか、あいつ……逃げてばかりですね」

 9Sが呟く。彼が言っているのは、残った一体の機械生命体についてだった。武器を持たぬ、他の三体と同じ中型機械生命体。しかし9Sの言う通り一切攻撃をしようとせず逃げ回っている。そして何より、その目の色は()()だった。安定状態であれば緑、敵対状態であれば赤、というのがこれまでの傾向だが、無色の目は初めてだ。まるで、()()()()()()()()()()()()()()ような……。

「関係ない。──破壊する」

「あっ、おい!」

 そう言って、2Bは機械生命体に飛びかかった。2Bは大小二本の刀をそれぞれ振るうが、意図してか否か、件の機械生命体はその全てを間一髪で回避している。あれには明確に戦う意思が存在しないようだが、となると謎は深まるばかりだ。

 近接攻撃では埒が開かないと判断した2Bは、ポッドの武装を展開する。しかし、それは藤丸達の知るポッドではなかった。ポッドが放ったのは、ミサイル。数発の小型ミサイルが発射されるとそれは鳥のように飛び交い、機械生命体を追尾していく。……ヨルハ随行支援ユニットには主に三種類の武装が存在する。ヨルハの武器換装システムを応用することにより、シチュエーションに最も適した武装のポッドを召喚することができるのだ。

 ミサイルが機械生命体に命中した。小さな爆発が体中で起きる。ミサイルが爆ぜる度に機械生命体は痙攣し、体中のネジが吹き飛んでいく。回路をショートさせながら部品がポロポロと落ちていき、やがてその頭のみが藤丸達の方に転がってきた。

「……まだ、生きてる?」

 もはや攻撃のしようさえない死に体の機械生命体に、藤丸は顔を近づける。やはりその目は無色。藤丸はおろか9S達でもその意味は理解できていなかったが、この後すぐ思い知ることになる。

 顔を近づけた藤丸は、何かを聞いた。ガタガタと震える音。モゴモゴと叫ぶ音。それはこの機械生命体の生首から発せられていた。……小さい何かが、閉じ込められている?

 するとその時、スパッ、と生首を縦に割るような亀裂が入った。驚いて藤丸は後退する。スイカ割り、くす玉、あるいは桃太郎伝説の桃。パカンと生首は割れ、果たして鬼が出るか蛇が出るか──。

 パカン…………。

 出てきたのは、()()()()()()奇妙な生命体の生首だった。

「ん」

「え?」

「何奴!?」

「おっと?」

『何だァ!?』

 五人──カルデアにいるダ・ヴィンチまでも──は驚愕する。飛び出てきたその生首の意匠は機械生命体のそれと似通っていたが、しかし確かに異なっていた。目は機械生命体のものよりも大きく描かれ、真ん中には二つの鼻腔が空いている。その口は子供に見せたら泣き出すほどに不気味な歯をひん剥いた笑みを浮かべ、意思があるのかもごもごと動いている。

「う……ううっ……」

 その声は、生首の外見からは想像できないほどに可愛らしいものだった。

 寝起きのあくびのように呻く生首。おそらく機械生命体の中に幽閉され、随分久々に出たのだろう。生首の目に瞼はないが、心なしか日光を眩しそうにしている。

 いやそんな分析をしているどころではない。何だこの生命体は? 機械生命体とも違う、かといってこんな生命体を知っているかと言われると決してそうではない。ダ・ヴィンチの反応を見る限り、万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)の認識外にさえいるということになる。つまり──既存の生命体ではない。真の意味で、この特異点の現地住民なのだろうか?

「……はっ! ここは!?」

 生首がその不気味な歯を大きく開き、叫ぶ。どうも意識が覚醒しきったようで、コロコロと転がるように自身の向きを変えながら藤丸達を見上げている。

「えーっと……あなた方は……?」

「……なんだ、こいつ……」

 藤丸はそう言うしかなかった。そうとしか形容できなかったのだ。例えるなら頭蓋骨に近い外見だが、それでも消去法で導き出した例だ。

『……藤丸くん、この生命体……生命体? は、どうやら高い魔力反応を示しているようだよ。それもヨルハや機械生命体達のものとは違う、極めて純粋な魔力だ』

「こいつが、そんな魔力を……?」

「えっ、誰か()()って言いました?」

 生首にダ・ヴィンチとの会話に乱入され、二人は「えっと……」と言葉を詰まらせてしまう。ダメだ、冷静に分析しようにも状況が奇妙すぎる。

 一方で、ヨルハの二人は冷静だった。……いや、困惑していた。困惑しているからこそ、冷静に一つの結論を導き出したのだ。それは──、

「怪しいから壊そう、2B」

「わわぁっ、ちょっと待って!」

「破壊する……」

 二人は緊張した戦闘体勢をとり、刀の柄に手をかける。得体がしれないのはそうなのだが、だからこそもう少し歩み寄る努力をしてみてもだね……、と藤丸は二人プラス生首一個の茶番を傍観していた。

「わぁーーーっ、ダメぇーーーっ!!」

 話の通じない二人を前に、生首は球体が出せるとは思えない速度で逃げ出してしまった。二人はそれを追わない。どこかへ消えていってくれるのなら、それに越したことはない。あまりに薄情ではあるが、人は皆「未知」を恐れるものだ。分からないものは放っておくべきなのだろう……。

 だが、その一方であるラッキーも起きた。逃げ出した生首なのだが、それが一体どういう転がり方──あるいは走り方でそうなるのか甚だ理解できないのだが、サーヴァントさえ上回るほどのスピードで駆け抜けていき、その速度から放たれる大砲のような衝撃でデパートの防火シャッターを突き破り逃げていってしまった。……生首が突き破ったシャッターは、奇しくも森の国への道を塞いでいたものだった。

「……おっと……?」

 藤丸は穴を覗き込む。ぱらぱらとコンクリートの粉塵が降り注ぐ。その先に、僅かではあるが遠くに緑が見えた。距離的に、あれは木だ。

「藤丸さん……その……どうですか?」

「……えっと……森の国には繋がってそうかも」

「……ああ、そ、そうですか。じゃ……じゃあ行きましょっか、2B! ね!」

「う、うん……」

 どうもその場にいる全員、脳に弱体化(デバフ)がかかっているようだ。あの生首のインパクトに全てを持っていかれ、思考力がリセットされてしまった。そのソフトウェアを再起動するにはまだローディングが必要そうだった。しかしながら、道が開けたのは事実。であれば今の彼らには「道を行く」という選択肢以外存在しなかった。脳が再起動するまではそれだけを考え、一歩ずつ目的へ向かっていこう……。

 だが、そんなデバフ空間で一人。

「……サーヴァントに匹敵、いや、下手すればそれ以上の魔力。奴は一体……?」

 アサシン風魔小太郎の意識だけは、明瞭だったという。

 

 木々の隙間から、石造りの文明が見える。

 森林を抜けてみると──そこは地獄だった。

「これは……!」

 地獄、と言っても決して血みどろなわけではなかった。そこは鉄屑まみれ。石柱や石橋が乱立する見事な遺跡だったが、そんな景観も鉄屑で台無しになっていた。そしてその鉄屑とは……その通り、機械生命体の残骸だった。

「誰が、こんな──」

「シッ、静かに」

 つい大声を上げた藤丸を小太郎が制止する。小太郎の指が示すのは、何てことのない茂みの中。サーヴァントとしての認知能力がいち早く気づかせたのだろう──少しすると、茂みから何かが顔を覗かせた。鹿だ。鹿は茂みから頭だけを突き出し、こちらをまるで親の仇かのように睨みつけている。

「何かあったんでしょうか。……2B、手懐けられますか?」

「わ、私に言われても……」

「ここは僕にお任せを」

 そう言って、小太郎はゆっくり鹿へ近づいていく。小太郎が一歩踏みだすごとに鹿は震え、その身を引く。これ以上ない警戒っぷりだ。こんな時、金時でもいてくれれば……。

 小太郎は携帯していた武器類を全て地面に置き、丸腰であることをアピールしながら接近する。ゆっくり、音を立てないように。いくら金属製の武器を手放したとはいえ、ちょっとした衣擦れや金具のぶつかる音でも鹿は逃げ出しかねない。できるだけ姿勢を低くし、相手よりも弱い立ち位置を作ってその気を緩めようとする。

 すると、鹿は恐る恐るではあるが歩みを進めた。脚はプルプルと震えているが、それでも小太郎に向かって歩いていく。やがて、小太郎は完全に停止した。こちらから行かずとも、向こうから近づいてくるのが分かったからだ。そして鹿は小太郎のすぐそばまで迫り、その手に頭を擦り寄せた。

「おお……小太郎、そんなこともできたのか」

「仕事柄、自然の中に身を置くことが多くて。動物達の異物となって騒がれないよう、溶け込む技術は身につけています」

 小太郎は鹿の頭から首にかけてを優しく撫でる。鹿は心地よさそうに唸っているが、その合間合間にブルブルと寒さに震えるような呼吸をしていた。この森は湿度も高く暖かい、寒いから(シバリング)ではないだろう。

 と、小太郎が鹿を観察していると、その体中に泥や傷がついているのを見つけた。何かに襲われた傷ではない。切り傷ではなく擦り傷……何かから逃げ、転び、滑落し……そんな傷の付き方だ。

 そこから導き出される答え──森の国は、何者かの襲撃を受けた。転がっている機械生命体はいずれも特殊でしかし統一された装飾・武装をしており、おそらく森の国の兵士。彼らの残骸しかないことから、襲ったのは相当に統率の取れた群体か、あるいは相当に手練れた一個人。鹿の反応を見るに、その現場はさぞ恐ろしいものだったのだろう。逃げてできた傷しか負っていないことから、襲撃者は動物達への加害には興味がない、機械生命体だけを狙っている。

「……何か、恐ろしい者がここを襲ったようです。規模は分かりませんが、恐らく……」

「人気がなさすぎる。恐らく個人による襲撃」

 呟く2Bに、小太郎はその通りとでも言いたげに指差しをする。一方で、9Sも自身の考察を述べる。

「個人によるものだとすると、ここまで破壊し尽くすのは相当の腕です。下手すれば、2B以上……」

 その発言に2Bは僅かに頬を膨らませるが、彼女自身考えてみてもこの量の機械生命体をこれほど完膚なきまでに鏖殺するのは骨が折れるというものだ。それを容易く、その戦いぶりを「恐ろしい」と形容させるほどに成し遂げてみせた襲撃者は、あながち9Sの言う通りなのかもしれない、と。

 ……すると、その時だった。遠く──城が見える方角から、機械生命体が数体やってきた。傷だらけで、あの残骸がしていたような装飾と武装に身を包んでいる。この国の兵士だろう。

「出合え、出合えーッ!」

「散っていった我が同胞達に報いるノダ!」

「これ以上、貴様らに何も奪わせはしない!」

「……これ以上?」

 と眉をひそめた藤丸の耳元を、矢が掠めた。状況を理解した藤丸は慌てて後退し、石材の瓦礫の背後に身を隠す。

「敵……!? ここはまずい、鹿殿、逃げてください! ……さぁっ!」

 怯える鹿に対し──不本意ではあるが──小太郎はその尻を小突いた。驚いた鹿は駆け出し、森の中へと走り去っていく。……ふと、鹿が小太郎に目線を向ける。彼に尻を引っ叩かれたことについてとやかく思っているわけではない。あれほどの恐怖に立ち向かっていく小太郎の身を案じていたのだ。

 だが小太郎は強かった。案ずるまでもなかったかもしれない。

「皆さん、警戒を!」

 9Sが号令をかけ、藤丸除く三人は戦闘体勢をとる。三人に向かって、雨のような矢が降り注ぐ。しかし三人はその間を縫うように避け、機械生命体の小隊へ迫っていく。

「くらえッ!」

 小太郎は小太刀を構え飛びかかる。高速に乗せ放たれたそれは、全速力で走る車の如き速度と破壊力を持つ。小太郎はすぐ機械生命体の真上まで迫り、重力に乗って小太刀を振り下ろす。……しかし、

「な──っ」

 偶然か、はたまた狙ったのか。機械生命体は小太郎を見据えると、数歩後退し、小太刀を避けてみせたのだ。

 決してそれはおかしいことではなかった。むしろ今までの機械生命体─アダムとイヴを除く──が戦闘技術に欠けていたとも言える。改めて、彼らは森の国の軍隊である。統率のとれた行動は訓練の賜物であり、同時に皆が同じように身につけた技術だ。ようやっと、小太郎達とやり合える領域にまで達した。そんなニュアンスだ。

 だが、仮にそれで彼らが舞い上がっているのだとすれば、改めなければならない。あくまで、小太郎達と同じ土俵に立っただけ。土俵とは即ち前提条件、土俵の中にも強弱は存在する。機械生命体達は、そこへ入り込んだ素人に過ぎなかった。

「──だがッ!」

 小太刀を回避された小太郎だったが、その状況を彼は逆に活かした。地面に突き立てられた小太刀、それを軸として身体を振り回し、機械生命体に回し蹴りを放ったのだ。絶叫し、転がる機械生命体。唐突な反転攻勢に、機械生命体は混乱しているようだ。

 一方で、ヨルハの二人も容易く機械生命体達をいなしている。さすがはヨルハ、対機械生命体んプロフェッショナル。その点で言えば、彼らは小太郎以上だった。

「ポッド!」

「了解」

  2Bの掛け声に合わせ、ポッドは光弾を発射する。光弾が着弾すると周囲の空間が歪み、着弾地点に機械生命体達が集まっていく。何らかの重力フィールドが発生しているのだろう。引き寄せられていく機械生命体達は互いにぶつかり合い、互いの武器が傷つけ合い、勝手に弱っていく。

 と、そこへ。続いてポッドプログラムを起動したのは9Sだった。

「吹き飛べぇっ!」

 9Sはポッド153を地面に叩きつける。その瞬間ポッドは変形しながら光り出し、光る波のようなものを引き起こした。波は機械生命体達まで迫っていき、重力フィールドでひとまとめになったままの彼らを吹き飛ばす。……吹き飛ばしてなお、彼らは一点にまとまっていた。

「小太郎さん、今です!」

「承知!」

 すると小太郎は何やら丸いものを取り出した。ヒモが伸びた手のひらサイズのくす玉のようなもの。……否、それはヒモではない。導火線だ。即ち、手榴弾。

 小太郎は導火線に火をつけると、野球選手のような鋭いフォームで手榴弾を投擲する。手榴弾は真っ直ぐ飛んでいき……そして、2Bの放った重力フィールドに──機械生命体達の方に引き寄せられていった。

爆ぜろ(ブレイク)ッ!」

 彼がそう叫ぶと、それに呼応するかのように手榴弾は爆発した。その爆炎さえも重力に引き寄せられ、奇妙な炎の球体が完成する。爆風も爆音もない局所的爆発。その爆炎も、2Bが重力フィールドを維持している限り晴れることはなかった。

 2Bが重力フィールドを解除すると、重力によって圧縮されていた炎が霧のように拡散していく。炎が晴れていくと、そこにいるはずの機械生命体達の姿が見えなかった。いや……粘性の液体が散っているのが分かる。重力によって圧縮された爆炎は何千度もの高熱と化し、機械生命体達をドロドロになるまで溶かしてしまったのだ。

「む、むごい……」

 瓦礫の陰から顔を出し、藤丸は呟く。だが結局のところ、倒せれば何だっていいのだ。

 一方で、森の国を取り巻く状況は奇妙なままだった。あまりにも排他的な兵士の振る舞い、野生動物達の怯えよう、この人気の無さ……。だがそうなると一つ、気がかりなことが出てきた。……ルージュのことだ。パスカルの村に住む機械生命体、シアンの妹。森の国方面に出かけて以降行方が分かっていない。彼女がまだこの付近にいるとしたら……その命も危ない。

「まずいな……早く捜し出さないと!」

「隠れるのであれば……恐らく、城の方でしょう。この状況だと警備は崩壊しているでしょうし、隠れるにはもってこいです」

「確かに。じゃあ、すぐに行こう! ……なるべく、兵士達には手を出さないようにしような」

 そう、彼らは自分達の国を得体の知れない襲撃者から守っただけ。ついさっき倒した彼らも同じだ。忠誠を誓う王を守ろうとしただけ。それを藤丸達は踏みにじった。双方の思い違いがあったとはいえ、気持ちのいいものではない。それに、彼らは統率をとれるほどには理性的で、話せば分かり合える希望も見出せた。可能であれば共に襲撃者を打ち、その縁からパスカルとも手を結んでくれれば一番いい形なのだが……。

 だがいずれにせよ、森の国の王──そしてルージュの安否を確かめないことには始まらない。

 

 城に入ると、そこも案の定鉄屑に満ちていた。どれもこの国の兵士のもので、その傷口は整っている。そう──刃物で両断されたような。

「随分高度な武器の持ち主みたいですね……。同じヨルハ部隊が? でも、これほど……」

 9Sはこの四人の中でも一番機械生命体を忌んでいた。当然だ、機械生命体はヨルハにとって宿敵、生まれた瞬間から彼らを憎むよう言い聞かせられてきたのだから。だがそんな9Sも、パスカル達と関わったことで丸くなったようだ。そんな彼が言うのだから……この襲撃者というのは、機械生命体に相当の恨みを抱いていると見える。

 一方で、藤丸は散らばった残骸をよく調査する。……どれも兵士達の武器や鎧、無機質で色は薄い。もしルージュがやられていたとすれば、この中にリボンの鮮やかなピンクが混じるはずだ。

 廊下を抜けると、広い空間に出た。三階ほどの高さまで吹き抜けており、壁際の通路には大きな本棚が敷き詰められている。この城の図書館だろう。一国の王城の図書館ということもあり、壮観である。藤丸の故郷にもこういった国を象徴する大きな図書館があった。使ったことはないが……ここがどう賑わっていたのかも、不思議と想像がつく。

 だからこそ、機械生命体達の亡骸が転がるこの状況はあまりにも悲しいものだった。

「これは……血?」

 ふと、小太郎が床の水溜まりに触れる。赤黒い粘性の強いもので、にちゃ、と嫌な感触が小太郎の指を襲う。そんな彼の問いに、9Sが答える。

「ああ、それはただのオイルですよ。色と触感は同じですけど、酸素を運んだりはしません。砂漠でアダムと戦った時を覚えてますか? あいつの腹を突き刺して──あの時なんかはいい例です。僕らも傷付けばオイルが流れるんですけど、忌々しいことに、そこだけはあいつらと似てしまってるんですよね」

 なるほど、と小太郎は頷く。それを傍で聞いていた藤丸も勝手に聞き入っている。機械というからにはてっきり鉄屑が散らばるだけかと思っていたが、彼らの《《血痕》』を辿ることも可能というわけだ。……それにしては、これまでの機械生命体は目立った出血を見せなかったが……。

 だが視点を変えて考えてみると、機械生命体とアンドロイドの血は見分けがつかないということでもあった。この血が果たして兵士達のものなのか、襲撃者に一矢報いた痕なのか……この出血量では察しはついてしまうが。

 その時だった。がちゃん、とどこかから金属質な音が聞こえた。音の出どころは三階、図書館から出る廊下の先だ。

 位置関係的に、この廊下を進むと玉座の間に繋がる。この図書館は城の奥まった場所にあり、各階層との接続部でもあった。そして城の表を見上げるとちょうど三階くらいの高さに──破壊されてはいるものの──ステンドグラスの装飾がなされていた。城でそんな装飾を施すエリアなど、王の居場所くらいだろう。

 位置関係ははっきりした。問題は音の正体だ。ルージュが隠れているのかも知れないし、こちらを襲撃者の味方と勘違いした兵士達が機をうかがっているのかもしれない。あるいは、襲撃者が待ち伏せしているのかも。

「みんな、警戒を怠らないで」

 2Bがそう言い、他三人を先導する。三階まで登り、廊下へ。じりじりと足踏みすらしない牛歩で音源へ迫っていく。藤丸除く三人は各々の刀に手をかけ、藤丸も指で鉄砲の形を作りガンドの準備をする。……藤丸達が進み始めてから、妙に静かになった気がする。こちらの存在を警戒する、あるいは恐れているのか?

 狭めの通路を進むと、打って変わって広い廊下に出る。彫像が立ち並び、玉座の間へと客人を導く。……問題は廊下に出る瞬間。狭い通路から出るその角、藤丸達の死角に、音の主は確実に隠れている。四人は大廊下へ出る瞬間の死角へと意識を集中させる。何かが動いた瞬間、斬りかかるつもりで。

 そして……廊下を、抜けた。

「動くなッ!」

 四人が一斉に通路の死角を向き、そこに潜む何者かを威圧する。……そこにいたのは、森の国の兵士だった。槍を構え、こちらを警戒している。だが城の外で戦った一群と異なるのは……自ら襲いかかってこないことだ。

「……戦う気がないなら、それに越したことはないな。大丈夫か? 一体何が?」

 藤丸は警戒を解き、兵士に話しかける。しかし兵士は一向に槍の切っ先を外すことなく、こちらに殺意を向けている。藤丸は少しだけ落ち込んだ。味方のつもりで接したつもりだったのだが、やはり信用ならないのだろうか……?

 と、その時。兵士の背後から、もう一体の機械生命体の姿が現れた。

「オニイチャンたち、だれ……?」

「ヨセ、顔を出すな!」

 兵士は機械生命体を庇うように槍の柄で背後へ押し戻す。……だが、その場の皆が目撃していた。兵士の背後に丸まって隠れた機械生命体、その頭頂部に桃色のリボンが乗っかっていたのを。

「……ルージュちゃん?」

 藤丸がそう口にした瞬間、表情筋のない機械の顔ではあるものの、リボンをつけた機械生命体の顔がぱあっと明るくなったような気がした。間違いない。彼女こそシアンが探していた妹のルージュだ。

「オニイチャンたち、私を知ってるの!?」

「えっと……シアンさん、君のお姉ちゃんに探してって頼まれたんだよ〜。どうしてこんなところにいるのかな〜……?」

 ぎこちない言葉遣いで9Sが答える。それを聞いて……随分怖い思いをしたのか、ルージュは泣きそうな声色で答える。

「オネエチャンが……『パーツが足りない』って言ってて……それを探しにきたら……っ、ウワアアアアアアン」

「大丈夫だ、俺が探してヤルカラ……」

 泣き出したルージュを、兵士がなだめる。こちらに向けていた槍をついに置き、ルージュの頭に手を添える。ザリザリ、と金属質な彼女の頭を撫でるたびに、ルージュの鳴き声はだんだん小さくなっていき、体の震えも落ち着いてくる。そして、彼女は兵士に心を開いているのか、微笑みさえ見せたのだ。

 それを見て、温かい気持ちに包まれる藤丸と小太郎。ヨルハの二人には何が何だかさっぱりのようだ。藤丸は兵士への警戒心をすっかり解き、そのそばに寄る。

「お前が……ルージュを守っててくれたのか?」

「そうだ。”あいつ”の襲撃の最中コノ子を見かけて、放っておくワケにはいかなかった。オレは一人戦線を離脱して、ずっとコノ子を守っていたんだ。……コノ子はまだ幼い。そんな子が殺されるのは、決して気分のイイものではナイ」

「当然、だな」

 藤丸は感心した。ヨルハの二人によれば、機械生命体の自我を観測したのはつい最近のことのようだが……それにしては、彼は立派な精神を持っている。破壊と殺戮のために地球に送られた尖兵である彼にとって、その自我は知的生命体としての覚醒に等しかった。だからこそ藤丸は、彼に”生命としての意志”を見出したのだ。誰かの命令以外で人を守ることは、知性の証である。

 彼の庇護を受けて、ルージュもどこか嬉しそうだった。……だがそれには、どこか違和感があった。純粋に嬉しそう、というわけではなく、どこかもじもじとしていて、恥じらいを感じているような……。

「ん……ルージュちゃん、どうした?」

「ア……わ、わたし……」

 何かを言いたそうにしているが、肝心の言葉がないはずの喉に詰まって出てこない様子だ。しかし彼女はそんなとき、兵士の彼を一瞥した。自分を守ってくれたこと恩や、あるいはそれ以上の感情があるのだろう。ルージュは落ち着きを取り戻し、高らかに宣言した。

「──わたし、コノ人と結婚する!」

 空間が硬直した。その発言の理解に──特にヨルハ二人は──時間を要した。しばらくして言葉の理解が追いつき、彼女の真意を理解すると、余計に困惑さえした。

「え……け、ケッコン!?」

「ウン! 本で読んだよ! この人と家族にナルノ!」

「家族? ……機械生命体が?」

 ボソ、と呟く9S。それを耳にした藤丸は、デリカシーのない9Sをそっと小突く。そして藤丸は、ルージュの言っていることの重みと、その強い意思について尋ねる。

「えっと……結婚っていうのはね、とても大事な決断なんだ。お互いの責任を負うことになるし……そう、文字通り二人が一人になるようなものなんだ。鎖で繋がれるみたいに、お互いのことを第一に想っていなきゃいけない。……本当に、結婚したいのかい?」

「…………ウン。コノ人がわたしを守ってくれて、うれしかったんだ。でもそれだけじゃナイの。まだ、”感情”ってよくわかってないけど……わたし、コノ人が好きなんだと思う!」

 そっか、と相槌を打つ藤丸。ルージュの意思は十分に伝わった。最後に重要なのは、その相方──夫となる兵士の意思だった。

「……ルージュはこう言ってるけど、お前は……どう思う?」

「オレは……コノ子を守っていて、それが()()()()()であるかのように感じていた。国のため戦うことよりも、優先していた。それはキット、コノ子を──ルージュを、大切に想う……というコトなんだと思っている」

 兵士の彼はそう語った。その瞳には決して動きがあるわけではないが、そんな機械の瞳にも、彼のまっすぐな気持ちと決意が容易に読み取れた。それこそ、彼がルージュへ向けた誓いの表明だった。

 彼と彼女がそう言うのなら、藤丸達がやるべきは一つだ。

「──よし! じゃあ村に帰って、パスカルとお姉さん(シアン)にも話さないとな。そのためにはここを生き延びないと。夫としての初仕事だ、俺達が襲撃者と戦う間ルージュを守っててくれ。えっと……」

「……フロイト。オレの名前はフロイトだ」

「分かった、フロイト。ルージュを頼む。ルージュ、じっとしててくれるか?」

「ウン、分かった!」

「王を、頼む」

 二人の意思を確認した藤丸達はルージュの身柄をフロイトに任せ、玉座の間へと向かうことにした。位置的にもこの廊下をまっすぐ進んでいけば辿り着けるはずだ。

 ……その道中、9Sが藤丸に声をかける。

「結婚だの、家族だの……一体何の話を……」

「ん、分からないか? 結婚」

「意味としては分かっています。でも……機械生命体が、一体どんなつもりで……」

 ルージュとフロイトの一件で藤丸と小太郎、通信機越しのカルデアには暖かい空気感が満ちていたが、ヨルハの二人は釈然としない様子だった。機械生命体は彼らの敵なのだから当然といえば当然だが。故に9Sは突っかかってきた。一方の2Bは、9Sのような嫌悪の表情も浮かべず、そのポーカーフェイスで無関心を貫いている。

「……まぁ、玉座の間も近いのであの件はこのくらいに。一応オペレーター(21O)さんには報告を入れておこう……」

 と、9Sはホログラム端末を操作し、バンカーのオペレーターへ向けて情報を送信する。あまりろくなことにはならない気がするが、だからと言って機械生命体調査という彼ら本来の任務を妨害はしたくなかった。彼のオペレーターともあろう者なら、きっとよく考えてくれるだろう。

 そうしているうちに、四人はさらに広い廊下へと出た。柱が立ち並び、これまでのものとはスケールの違う巨大な階段が高く伸びている。まさに大廊下、といった様相だ。この先に、確実に玉座はある。

 そしてやはり、この大廊下にも兵士達の残骸が転がっていた。だが他と違いかなり量が多く、彼らが森の国の王の近衛兵の類であること、そして襲撃者の所在も近いことを示していた。四人の間に緊張が走る。鉄屑を避け、滴った(オイル)を乗り越え、高い階段を登っていく。

 階段を登り切ると、広い空間に出た。ここが玉座の間だろう。しかしそこはもはや廃墟に等しく、壁や天井は穴が開き日光や植物が侵入していた。木々には小鳥が止まり、大自然の中にいるかのような心地良さに満たされる。……実際ここは森の中なのだが、こんな石造りの城さえも自然の一部であるかのように認識していた。

 すると……オギャア、オギャア、と何かの鳴き声が聞こえてきた。もしくはピィ、ピィ。水没したスピーカーから鳴るようなガビガビとしたその鳴き声は、玉座の間の最奥、ステンドグラスの足元から聞こえていた。そこにあったのは、一つの揺りかご。ちょうど人間の赤ちゃんが入るくらいの、ごくごく小さなものだ。実際に人間用として使われていたものを機械生命体が再利用しているのだろう。だが、その中に何が?

 四人は恐る恐る揺りかごに近づく。僅かな階段を登り、その中身を確かめる。

「……これが、王様?」

 揺りかごの中にいたのは、小さな機械生命体だった。おくるみのような鉄板に体を覆われ、おしゃぶりのようなネジが口元についている。揺りかごを見下ろす藤丸達を意識しているのかしていないのか、ピィピィと変わらず鳴き声を上げている。……これは、機械生命体の赤子だ。王を亡くした民が祀り上げた、あまりにも若き国王。政治の全てを家臣に依存した、形だけの国王。だがそれほどに、この国は王を欲していたのだろう。指導者としての王、そして拠り所としての王、国の象徴を。……しかし、この子は機械生命体だ。機械の赤子ということは……。

「──ッ、主殿ッ!」

 突然、小太郎が藤丸を抱え跳び退いた。彼の反応に一歩遅れたヨルハの二人は”それ”と相対した。──何者かが、天井から降ってきた。それは着地した瞬間プラズマの衝撃波を発し、森の王のそばに残っていたヨルハの二人を吹き飛ばした。二人はそれぞれ受け身を取り、やってきた何者かの姿をその目に捉える。その者──女は、その背を全て覆い隠すような長い白髪で、手には剣を持っていた。落下すると同時にその剣を突き立て……機械生命体の赤子を、串刺しにしていた。

「ああっ……!」

 もはや鳴くことすらなくなったその残骸を見て、藤丸は声を漏らす。それが聞こえたのだろうか……女は剣を振り払い、突き刺さっていた残骸を引っこ抜いた。まるで刀についた血を払うように。そして声の主を睨みつけるように、振り向いた。細い体は塗装が剥げ、土砂に汚れ、しかし整っており、美しくすらあった。彼女は……、

「……アンドロイド?」

「しかも、あれは……ヨルハタイプじゃないか」

 9Sがそう呟く。藤丸は同じ女性型ヨルハ機体の2Bとその女を見比べるが……するとどうだろう、細かな顔のパーツまで似ているような気がしてきた。

 するとその時、傍らにいた二機のポッドが警告するように騒ぎ出した。

「ヨルハ特殊指定機体を確認」

「破壊を推奨」

「破壊? おい、どうして──」

 藤丸がポッドを問い詰めようとすると、それを遮るようにポッドがホログラムのモニターを出現させる。そこに映ったのはヨルハ部隊司令官、ホワイトだった。

『バンカーより2B、9S、および協力者へ。指名手配中である「A2」のブラックボックス信号をこちらで検知した。A2は”真珠湾降下作戦(オペレーション・パールハーバー)”時に逃亡した脱走兵だ、何体もの追撃部隊を破壊している。──お前達の前にいるのは、”敵”だ!』

「でも、あれは──」

 と9Sが口を出そうとするも、ホワイトは言うことだけ言って通信を切ってしまった。一方で、藤丸のもとにもカルデアからの通信が入る。

『藤丸くん、そこにいるのは何者だい!?』

「A2……”裏切りのヨルハ”らしい……!」

『……向こうの詳しい事情は知らないが、気をつけたまえ! その女からサーヴァント反応に類するものを確認した! セイバーか、バーサーカー……真にサーヴァントではないため曖昧だが、小太郎くんの力を十分活かして勝てるかどうかといった相手だぞ!』

 それを耳にした小太郎は小太刀を持ち、身構えた。ゆっくりと歩み寄るA2。彼女が近づく度、小太郎は思わず一歩ずつ退いてしまう。ダ・ヴィンチの言う通り、確かにあれはサーヴァントではない。だがサーヴァントにも等しい膨大な魔力と殺気を小太郎は感じ、身震いしていた。

「9S……いくよ」

「2B!」

「いや9S、同じヨルハ機体だからって、言ってられる場合じゃない! うかうかしてるとこっちが殺されるぞ!」

「藤丸さんまで……ああっ、もう!」

 9Sは半ば自暴自棄気味に刀を抜いた。三人の切っ先が、同時にA2を睨みつけている。それを受け、A2は何をするでもなく、ただ切っ先を睨み返していた。冷たく、僅かに赤みを帯びたその眼光で。

 ──突如、A2の目が赤く煌めき、その姿を消した。

「消えっ──!?」

「9S、上だ!」

 ハッ、と9Sが天井を見上げると、9Sめがけて落下するA2の姿がすぐそこまで迫っていた。A2は全身が赤黒く発光し、禍々しい殺意の波動をこれでもかと放っている。

 A2が背負った大剣に手をかけた。長方形の刀身をしたその大剣は、A2に握られ振り抜かれた瞬間青い稲妻を纏う。……森の王を殺した時と同じものだ。

 9Sは咄嗟にポッド153に掴まり、浮遊し回避する。A2は大剣を振り下ろし、先程と同じような稲妻の衝撃波が放たれる。直撃はしなかったものの9Sもそれに煽られ、空中で姿勢を崩し流されてしまう。

「9S! くっ……!」

 2Bは刀を握り締め、背を向けるA2に斬りかかった。しかしA2はその姿を見るまでもなく、背負ったもう一本の剣に手を伸ばし、2Bの刀を防いだ。

「刃が……通らない……っ!」

 2Bとて戦闘型モデル、敵に対する膂力は十分にあるつもりだった。しかし対するA2のパワーも凄まじく、2Bの膂力をもってしてもなおA2はそれを防ぎ切っていた。2Bがいくら力を込めようとA2の腕は震えることすらない。両手で振りかぶった2Bの一撃を、A2は片手だけで十全に防いでみせたのだ。

 A2が振り返り、2Bの姿を尻目に捉える。A2は2Bの刀を軽々と弾き返し、もう片手に持った大剣で薙いだ。刀を弾かれ姿勢を崩す2Bだったが、咄嗟の判断でもう一本背負っていた大太刀を構え、A2の大剣を防ぐ。……しかし、先程とは真逆に2BはA2のパワーに圧倒され、吹き飛ばされてしまう。

 ──そう、2Bを戦闘型(バトラー)とするのであれば、A2の名とはアタッカー二号。即ち()()()である。そんな二人の間での力量の差など、火を見るよりも明らかだった。

「なら……!」

 遠くにいた9Sがスキャナーを起動し、A2へハッキングを試みる。攻撃力がアタッカーたるA2の強みであるならば、9Sの強みとはハッキングによる内部ダメージにある。

 しかし、9Sの想定していたような事態にはならなかった。9Sのハッキングを受けてもA2はブルルっと僅かに震えただけで、戦闘行動を阻害されているような素振りは一切見せなかったのだ。そしてハッキングをしている9Sの方も、今まで見たことのないようなA2の電子空間に手こずっているようだった。

「カウンターハック──いや、これは……攻性防壁(ファイアウォール)!? ただの防壁でここまで……!」

 だがそのハッキングによって勘づかれてしまったのか、A2の視線が9Sに向く。9Sは非力ながらも本能的に刀を構え、A2を迎え撃とうとする。

 だが、そんな彼の視界を塞ぐようにA2へ向かっていく人影がひとつ……。

「……2B!」

 2Bは刀を構え突撃していく。A2はそれを足を踏み出すことさえせずに迎え撃つ。2Bの刀が振り下ろされる。しかしA2は剣を構え、刀を防ぐ。2Bの刀とA2の剣の間に火花が散っている。一見どちらも退かぬ鍔迫り合いのようだが、二人の表情を見比べると、どちらが優勢かは明確だった。

 ……だが、それも一人だった時の場合だ。

「やらせないっ!」

 黒い刀を携えた9SがA2に斬りかかる。流石に二人分の攻撃を一本の剣で防ぐわけにはいかず、A2は2Bを弾き返し狙いを9Sへと切り替えた。同じように、9Sの刀は容易く防がれてしまう。しかしそこへ勢いそのままに反転した2Bも再び迫る。

 迫り来る2Bを確認し、A2は大剣にも手を伸ばした。2Bと9S、二方から迫る攻撃をそれぞれの剣で防ぐ。だがそれでも、A2は怯まない。彼女の筋肉組織は一体どうなっているのか、と思わせるほどの絶対防御。多くのヨルハ追撃部隊を退けてきたのも頷けるパワーだ。

 ……しかし、質で勝てないなら量で勝てばいい。この状況で、彼女の敵はヨルハだけではなかった。

「今だ!」

「承知ッ!」

 ふと、A2は気づいた。ヨルハ二人の攻撃を防ぐ最中、赤い髪のニンジャがすぐ目の前まで迫っていた。一体いつの間に? A2に──アンドロイド達には決して解せない。彼はアサシン、気配を消すことにはこの場の誰よりも長けている。そして、古い時代の忍びの技は二十一世紀にさえ伝わっていない。それを見破ることなど、それこそ真にサーヴァントでもない限り不可能だった。

 小太郎の刃が迫るのを見て、A2は咄嗟に二本の剣を引き、飛び退いた。武器は二本、相手は三人、単純計算では勝てる見込みはなかった。だが……A2は落ち着いていた。これまで何体もの追撃部隊を退けてきたA2。そのA2を追ってきたいずれも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 三人はA2へと迫っていく。しかしA2はそこへ向かうでも逃げるでもなく、ただ待っていた。だが無策などではなかった。……ある意味では、極めて無策だったのかもしれない。A2の策とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という単純なものだった。

 まず一番初めに迫るのは小太郎だ。サーヴァントという尋常ならざる存在である彼はサーヴァントのクラスの中でも特に身軽で、ヨルハ機体などでは相手にもならない。だが彼の戦い方を見る限り……正面からの戦闘では2Bが勝る程度だろう。であれば背後を取られない限りどうとでもなる。

 小太郎はA2へ駆け寄る最中、彼女へ向かってクナイを投擲した。サーヴァントの筋力によって放たれるそれはもはや弾丸に等しい破壊力と速度を持っている。しかしA2はそれを最も容易く防ぎ切る。アタッカーたる彼女の目は弾丸さえも目視できる。そんな彼女にとって数本程度のクナイは撹乱にもなりはしなかった。

 クナイに合わせ、その中に紛れるようにして小太郎は小太刀を振るう。しかしそのクナイを全て捌いたA2にはその姿は丸見えだった。そうとも知らず斬りかかる小太郎は、目の前に現れた剣に隙を突かれ、攻撃するはずが剣を防ぐことを余儀なくされてしまう。まずい、それは小太郎も思っていた。アサシンクラスは正面戦闘が苦手、それはアサシンである小太郎自身がよく分かっていた。だからこそ、2Bさえも退けた彼女を正面から相手取るのは避けたかった。だが、そんな彼の策でさえ彼女の前では通用しなかったのだ。

 その傍らをすり抜け、今度は2Bが姿を表す。ある意味で、A2と最も近い相手。武器も大小二本を持ち、戦闘技術も互角。だが、経験だけは圧倒的にA2が勝っていた。2Bは刀と大太刀をそれぞれの手に握り、回転するような斬撃を繰り出す。しかしその全て、A2には見えていた。振り下ろす速度、狙う位置さえも2Bの一挙手一投足から読み取ることができた。それは経験からくる分析であり、経験のない者にとっては未来予知の領域だった。

「当たらない……っ!」

 2Bの斬撃をA2は僅かに一歩ずれる程度の動きで回避してみせる。剣を振るわせた分、これでは小太郎の方が上手だとさえ感じていた。このまま避け続けてやってもいい……だが、2Bの背後から迫る9Sの存在にもA2は気づいていた。A2は回避した2Bの刀、それを握る腕を掴み、遠心力をつけて9Sに向かって放り投げた。

「よくも……っ!」

 9Sはスライディングし、飛んでくる2Bの下を通り抜ける。そして起き上がると同時に、まるで念動力のように刀を投擲する。A2はそれを容易く弾くが、弾き飛ばされた刀は9Sの制御に引き戻され、再びA2を背後から襲う。刀はまるで大道芸の動物のように9Sの手振りで浮遊し、時に突き時に回転しながらA2を襲う。

 原理は分かる。2BやA2自身も利用している帯刀用の制御バーニア。スキャナータイプである彼はそのバーニアを繊細に操作することによって実質的なサイコキネシスを可能としているのだ。自身の管轄内にあるモノに限るが、そうであるならば思うがままだ。

 A2はそれを利用した。何度も自分を襲う9Sの刀。A2はある拍子に、その刀の柄を握り締めた。

「何っ!?」

 唐突の行動に、9SはA2を引き剥がそうと刀を振り回す。A2はそれを予測していたのだ。振り回された刀とA2には遠心力が乗る。その力の方向がちょうど9Sの方を向いた瞬間にA2は手を離し、遠心力を推進として9Sに飛びかかった。初めからそのつもりだったA2は姿勢を整え、空気抵抗を減らし高速で9Sへ迫っていく。9Sがそれに対応できるわけもなく、高速に乗ったA2の足が飛び蹴りとなって9Sに命中した。9Sは吹き飛ぶ最中刀を自身の手中へ引き戻すが、刀を握ったままゴロゴロと石畳を転がってしまう。

 そのようにして、三人を退けるA2。それはわずか一瞬の間の出来事だった。三人はそれほどに彼女に弄ばれていたのだ。三人は各々立ち上がり、諦めることなくA2へ向かっていく。だが何度やっても、対応こそ違えど結果は同じだった。何度も何度も向かって行っては押し返される。圧倒的な力の差。三人──ヨルハのエリートアンドロイドとサーヴァントの力を以てしても、A2とはそれほどに強大だったのだ。

 まるで歯が立っていなかった。カルデアのダ・ヴィンチは、眉をひそめながらモニターに映る戦闘内容を見つめる。小太郎に勝てるかどうか、とは言ったものの、A2以上の魔力・戦闘力を持つサーヴァントはカルデアにはいくらでもいる。カルナやアルジュナといったインド出身勢はその典型的な例だ、彼らは攻撃のひとつひとつが()()()になりかねない。カルデア水準で言う、中の上ほどに収まるサーヴァント反応。小太郎といえど、数で攻めれば優位には立てるだろうと見込んでいた。だが……彼女が今戦況をこうしているのは、ひとえに彼女自身の経験によるものだった。一体どれほどの戦場を乗り越えてきたのか、そして一体どれほどの悲劇を目にすれば、機械生命体の赤子を躊躇なく殺せるほどに心が荒むのだろうか。

「強い……っ!」

 ついに膝をついてしまう小太郎。他二人は膝こそつかないものの満身創痍の様子だった。これで終わらせてやる、と言わんばかりにA2は三人に剣を向ける。そしてゆっくりと、脅迫するように歩み寄っていく……。

 その時。A2の肩に衝撃が走った。衝撃の出どころへ振り向くと、そこにはA2へ人差し指を向けた藤丸が立っていた。三人から気を引こうと、命知らずにもガンドの魔術を放ったのだろう。

 ……この中で、唯一の非戦闘員だ。だが歯向かうのなら、あの三人と同じだ。

 A2は剣を握り締め、藤丸へ一歩踏みだす。しかし一歩進んだだけでA2は止まった。……彼から、異様な気配を感じる。ヨルハでも、通常型のアンドロイドでも、機械生命体ですらない。どちらかといえば、廃墟と化したこの街全体に生息している野生動物達のようなもの。即ち、生命体であると。条件に合致する生命体を、彼女は一種しか知らなかった。──人間(ホモ・サピエンス)。だが、しかし、ありえない……。

 すると何を考えたのか、A2は戦場から飛び退き、割れたステンドグラスの目の前まで後退する。そのすぐ外は城の正面、森の国とを繋ぐ跳ね橋の目の前だ。……逃げる気なのだ。四人はA2を崖際に追い詰める。だが彼女にとっては、この程度の高さは軽い段差のようなものだった。それは四人とも承知の上だ。

「なんで……なんで裏切ったんだ!」

 藤丸が叫ぶ。A2はそれを聞き、ふぅ、とため息をついた。同じ質問を繰り返されているような、あるいは隠していた核心を突かれたような、そんなため息。藤丸は人間だ。人間だからこそ、アンドロイドであるA2達とは思考のベクトルが違う。故に彼の言葉は相手の鼓膜に向けてではなく、相手の心・脳に向けて突きつけられる。聞き流すだけではない、真に答え応じるべきである問いとして。

 だが、A2は彼の問いに決して真摯には答えなかった。彼は今身を置いている状況がどういったものか分かっていない。それは2Bと9Sも同じだ。だから、ただこう残した。

「──裏切ったのは、司令部だろう?」

 そして、彼女は飛び降りた。

「な──待てっ!」

 それを追い、同じように飛び降りていく2Bと9S。小太郎もそれに続く。だが一瞬立ち止まり、藤丸の方を振り向く。

「あっ……ルージュ殿とフロイト殿を頼みます!」

 ただそう託し、小太郎も同じく飛び降りていった。

「お、おい──」

 藤丸は崖際に迫り、下を覗こうとする。……が、ステンドグラスの縁の底辺はそれなりに高い位置にあり、そこに乗り上げて下を覗こうものなら風に煽られただけで姿勢を崩し落ちてしまうだろう。藤丸は大人しくルージュとフロイトを拾い、歩いて下城することにした。

 と、振り返る藤丸。目に入ったのは、あの機械生命体の赤子だった。当代の森の王。機械であるが故に決して成熟することのなかった幼き(ネオテニーの)王。その顔はあの可愛らしさを残しつつも、惨たらしい刺し傷が入り、瞳はまるでその魂のように色を失ってしまっている。

 心の中で森の王への追悼を捧げつつ、彼はA2の言葉が気がかりだった。「裏切ったのは司令部だろう」。こういった組織に属する主人公を描いた創作物では、組織上層部は世界の根幹にまで関わるほどの重大機密を隠しており、それに気づいた主人公は排除される──そんなディストピアものは往々にして存在する。A2やバンカー、司令官ホワイトもその類いの一例であるのなら……彼女らは何を隠している? 2Bと9Sは何をどこまで知っている? そして、A2の身に何があったのか?

 すぐ画面越しにいる名探偵シャーロック・ホームズならこう言うだろう。「今はまだ、語るべき時ではない」。

 

 城を下り正面玄関を抜けると、バンカーへと通信を繋ごうとする9S達の姿が見えた。そのうち小太郎は藤丸の姿を確認するやいなや駆け寄ってくる。

「主殿! お二方も、怪我はありませんか?」

「ああ、おかげさまでな。……9Sは、何を?」

「上に報告するようですが……」

 何て事のない業務連絡。だが、小太郎の言葉は濁っていた。きっと彼も、A2の残したあの言葉が気がかりなのだろう。彼女のことを司令部に伝えるということはどういうことか……彼らも、共犯の片棒を担ぐことになるのか。

 すると、9Sのホログラムモニターにホワイトの顔が映る。通信が繋がったようだ。

「司令官。ターゲットエーの破壊は……失敗しました」

『そうか……。だが、皆が無事で良かった。あれは非常に危険な個体だからな、今後は接触を避けた方がいい』

 そこで、9Sは俯く。これを問うことで、自分もA2と同じ立場に追いやられてしまうのではないか。それでも、9Sには司令部が隠しているものが気になって仕方がなかったのだ。偵察型、スキャナーモデルヨルハとしての(さが)でもあった。

「──司令官。……脱走って、一体何が……」

 考え込むホワイト。言うか言うまいか迷っているようでもあった。だが数秒の後、ホワイトは重い口を開いた。

『その情報は重要機密事項だ……教えられない』

「……そう、ですか」

 二人は最後にそんなやりとりだけを交わして、通信を切断した。9Sはバイザー越しにも分かるくらいに眉をひそめ、俯いている。それを心配そうに見つめる2Bだったが、9Sはすぐに顔を上げ、2Bに提案をする。

「2B。パスカルのところにA2の情報を聞きに行こう。何か知ってるかもしれないし……ルージュも送り届けなきゃいけない」

「……分かった」

 2Bは藤丸の方を振り返り、招くジェスチャーをする。それに引き寄せられ二人の元へ近寄る藤丸達だったが、二人の放つ空気は重く、真剣そのもので、近寄ろうにも近寄り難かった。何より、この空気感はルージュに悪い。

「な、なあ、二人とも。本来の目的は達成したんだしさ、もうちょっと気楽でいてもいいんじゃないか?」

 9Sはため息をつく。それは呆れではなく、自分の心の整理をしている合図だった。何度か頷き、自分を納得させる9S。頷くごとに、なんとなく彼の眉間の皺が薄まっているような気もした。

「そう……そう、ですよね。分かってます。……ふぅ。ところで道中、ルージュの様子はどうでした?」

「ど、道中? えっと……元気なもん、なんだけど……元気すぎと言うか……無垢故の、というか……」

「無垢?」

 9Sはルージュを見つめる。空気の悪さはある程度解消されたため落ち込んではいないようだが、何かが気になっているかのようにもじもじとしている。傍らのフロイトは何やら気難しそうに顔を逸らし、小太郎は富士丸から何か聞いたのか、小太刀の手入れを始め自分の世界にこもってしまった。何だ何だと思っていると、ルージュと目が合ってしまう。

「……オニイチャン達なら、知ってるカナ」

 のし、のし、とルージュが小走りで近寄ってくる。どうやら、何か知りたいことがるようだ。それを理解して9Sは内心ワクワクしていた。スキャナータイプは、即ち知識を司るヨルハ。知識を与えることも、知ることも、S型モデルにとっては至高の喜びだ。9Sは先程までの真面目モードはどこへやら、腰に手を当て微笑み、ルージュを待ち構える。

「オニイチャン、オニイチャン」

「なんだい? 分かることなら何でも答えてあげますよ〜」

「コドモは、どうやったらデキルの?」

 あ、と9Sは硬直した。同時に、藤丸やフロイトが何を聞かれたのかはっきりした。──フロイトが()()()()を知っているとは驚きだが──ルージュの無垢とは、つまりそういうことだったのだ。話しても理解できるか怪しいし、9Sが知る例と機械生命体の例とでは明らかに違うものであるし、そもそも教えること自体が不適切でもあった。

 えっとえっと、と辺りを見渡す9S。小太郎も、藤丸も、フロイトも、みな気難しそうに顔を逸らしている。想定外のパニックに陥った9Sは、心身逞しき隣の彼女に助けを乞う。

「……2Bぃ……」

 だが彼女は、9Sが振り向くや否やそっぽを向いてしまった。……この瞬間、9Sの仲間への恨みは、機械生命体へのそれに等しいほどまで達したのだとか。

 

 所変わってパスカルの村。下階の広場でルージュが機械生命体達とはしゃいでいる。その傍らで、フロイトはシアンと何か話をしている。あの身振りを見るに、悪い話ではなさそうだ。

 藤丸はフッと微笑むと、広場から振り返る。目の前にいるのは小太郎とヨルハの二人、そしてパスカル。ポッドが投影したA2との戦闘映像をパスカルはじっと見つめ、なるほど、と金属の手で顎をガリガリと擦る。プツン、と映像が終了したところで、パスカルは無い口を開く。

「このA2というアンドロイドですが……私達の過去記録にも残っています。危険な個体として認識していますが……この村に直接くることはありませんね」

 それを聞いて、一同は安堵した。森の国のあの惨状を見るに、A2が機械生命体に対し強い恨みの類いを抱いているのは明らかだった。”赤子”だろうと刺し殺す容赦の無さがそれを象徴している。だが彼女は少なくとも、機械生命体だからという理由のみで殺戮をしているわけではなさそうだった。藤丸が彼女の立場に立ったとして、この村ほど格好の獲物はない。

「……すみません。私が知っている情報はこのくらいです」

「そう。いいんだ、ありがとう」

 9Sが珍しくにこやかにパスカルと接している。彼らとの出会いやルージュ捜索を経て、機械生命体という「敵」への認識が変わってきているのだろうか。

「少し休んだら、補給のためにレジスタンスキャンプに戻ろう」

「賛成。俺もちょっと……ゆっくりしたいよ」

 と、藤丸は大きく伸びながらトタンの床に腰掛ける。手すりのないそこは、足を投げ出すとぷらぷらと風を感じる。足場がないことにゾッとするものだが、この村の雰囲気に包まれていると不思議とそんな恐怖心も消えてしまう。率直に、居心地がいい場所だった。レジスタンスキャンプとどちらが勝るかは要検証だが。

「よっこらしょ、っと」

 藤丸の隣にパスカルが座ってきた。同じく足をぷらぷらとさせ、村を眺めている。彼の視線の先にあるのは……やはりというか、ルージュ達姉妹とフロイトだ。

「……ルージュ、結婚するんだってさ」

「そのようですね。……生憎、婚姻という概念は本で学んだ程度で、実際に婚姻関係を結んだ機械生命体も見たことはないのですが……とても、素敵なことだと思います」

 空の向こうへ想いを馳せるパスカル。フロイトの故郷──森の国は、もうない。森の国唯一の生き残り。パスカルは空を見上げ、散っていった彼らに語りかけているのだろうか。彼らの死生観がどういったものか、藤丸には分からない。特にパスカルは名前からも分かるように哲学書ばかり読んでいて、藤丸には何が何だかといった感じだ。だが、子供達と遊ぶ彼の家に、数冊の絵本が積まれているのを見た。「死ぬとお空にのぼる」という死生観は、案外そこから学んだのかもしれない。

「……機械生命体が、あなた方人間のように子孫を残せるとは思いません。遺伝子(ジーン)を残せるとも。ですが……彼という夫、そして彼らという国民達が存在したという事実は、確かに遺伝子(ミーム)として後世に伝わるのだと、私は信じています」

「そうだな。……命っていうのは、記憶に生きるものなんだと思ってる。例えば、俺は十四くらいの頃にばあちゃんが死んだんだ。俺もすごいおばあちゃんっ子で、とても悲しかった。でも、不思議と今でも、ばあちゃんが死んだ実感が湧かないんだ。よく『心の中で生き続ける』って言うけど、それはきっと正しいんだよ。死がそうならその逆も然り。だから案外、あの二人の間に生まれる子供っていうのは……()()()()()()()()をするのかもしれないな。物質的な遺伝子じゃなくて、それこそ文化的な遺伝子として」

「なるほど……素晴らしい思想です。ソクラテスでしょうか。それともアリエス?」

「ん? ああ……俺だよ」

 一方で。人混みから離れたところにいる9Sは、オペレーター21Oを経由して調査内容を送信していた。木陰にこもり、21Oとだけただ会話をしている。

「──以上が、森の国での調査報告です」

『データ送信を確認しました。お疲れ様でした』

 9Sの送信したデータは、パスカルの村と森の国の関係性、機械生命体における独立共同体の構造とその比較、ヨルハ特殊指定機体A2との接触、そして機械生命体における夫婦関係の成立……起きたことはだいたい話したつもりだった。

 その中で21Oが最も関心を示したのは、意外にもルージュとフロイトの関係についてだった。

『これは興味深いですね……』

「そうですか?」

『大昔、人類が集団生活を送っっていたことは知っていました。その最も基本的な単位である「家族」の構造も。ですが機械生命体が家族関係を、ひいては婚姻関係を結んでいるとは……驚きました』

「ええ。意思を持った個体を発見したのだって、つい最近でしたもんね」

 9Sは21Oにそう語りかける。……しかし、21Oの返事は返ってこない。モニターを見ると、彼女は画面の向こうで俯き、おそらくキーボード辺りを見ながら何か考え事をしていた。それは9Sの報告さえも蔑ろにするほどに重要なことなのだろうか。であれば、9Sが干渉することではないのだが……。

 奇しくも、スキャナータイプ特有の知的好奇心が出てしまった。21Oが通信を切らないのが悪い。「盗み聞いてください」と言っているようなものだ。9Sはこっそりと音声ボリュームをアップし、かつノイズを除去、音声の鮮明化を実行することで、21Oの呟きを盗み聞く。

 彼女は、こんなことを話していた。

『──機械生命体に家族制度が成立するのなら、私達アンドロイドにも……』




オートマタアニメ二期も楽しみですね
それはそうとDOD4をだね……
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