レジスタンスキャンプに戻ってきた藤丸達だったが、それ以降ヨルハの二人が何やら忙しなくしていた。荷造りというか、どこかへ向かう準備をしているようだったが、藤丸達は何も聞かされていない。二人のために用意されたセーフハウスから出てきたところに、藤丸は声をかける。
「なあ。どこか行くのか?」
「ああ……先程、バンカーから連絡が入りまして。ここから少し離れた水没都市方面で、ヨルハを総動員した大規模作戦が展開されるそうなんです」
「総動員って……そんなになのか!?」
「いえ、実際は大規模な調査、って程度ですけどね。近海での大型飛行機械生命体の目撃情報が多数寄せられていまして、その地域一体の調査と、機械生命体襲撃に備えた戦略兵器の設営が主な内容ですね」
「俺達はどうすればいい?」
藤丸は尋ねる。しかし9Sはそれを聞いて、プッと笑い出す。
「いいんですよ、そこまでしてくれなくて。これは僕らの任務ですし、そもそもヨルハ機体を想定した作業内容にもなってますし。こう言うと悪いんですけど、お二人にできることはあまり……」
すると、藤丸は露骨に肩を落とした。本人にその気は無いのだが、藤丸持ち前の献身の精神がそうさせたのだ。それを見て9Sもどうしたものかと頭を悩ませるが……。
「……じゃあ、藤丸さん達はレジスタンスの皆さんのお手伝いをお願いします。またいつかみたいに資材が必要になるかもしれませんし、一般的な機械生命体の相手であれば小太郎さんでも事足りるはずです」
お任せあれ、とそばに立っていた小太郎は胸を張る。ヨルハの二人から信頼されること、そしてレジスタンスの助けになれることが彼は嬉しいようだ。そんな小太郎を見て、藤丸と9Sはつい笑ってしまう。
「ああ、あと連絡用に僕のポッド153を預けます。どうせ2Bと行動するので連絡手段に困ることはないでしょうし。何かスキャンする必要があればポッドを使ってください」
「挨拶:よろしくお願いします」
丁寧に挨拶するポッド153に対し、藤丸は思わず頭を下げる。まあ、あれは社交辞令というか……気の知れない相手と行動を共にする際に行うべきアイスブレイクとしてプログラムされているのだろう。その言葉に深い意味はなさそうだ。
……ということで、ヨルハの二人はキャンプを後にし、藤丸達はレジスタンスの手伝いに精を出した。最も資材回収といった危険な仕事はなく、備品の補充や荷物の運搬などがほとんどだった。空いた時間も多く、そんな間は休憩所に設置されたジュークボックスで気持ちを落ち着けつつ、カルデアに報告を行っていた。
そんな時だった。休憩中の二人に、あるアンドロイドが声をかけてきた。
「よっ。お前達がヨルハを手伝ってる人間ってやつ?」
「ちょっと。初対面で『お前』『やつ』は失礼でしょ」
話しかけてきた二人の赤髪のアンドロイドは互いに会話しながら、藤丸達に意識を向ける。人間ということで、やはり目立つものではあるのだが……。
「人間かぁ。久々にあったなぁ。何年振りだっけ」
「二人は人間と会ったことが?」
「ええ。……二人は今、キャンプでお手伝いをしてるって聞いてるんだけど……」
「ああ、はい。今ちょうど仕事が落ち着いてるんで、休んでるところなんです」
すると、赤髪のアンドロイド二人は藤丸達と向かい合うように腰掛ける。そして一変、真剣そうな面持ちで藤丸達に提案するのだった。
「休憩中に水を差すようで悪いんだけど、頼みたい仕事があってさ」
「少し前から、あるレジスタンスが行方不明なの。だいたい……赤髪の君が、廃墟都市で大爆発を起こした頃からかしら」
「僕の
「ちょっと! 顔をあげてちょうだい!」
深く頭を下げる小太郎を、赤髪の──お淑やかな方が制止する。彼女は小太郎が如何に悪くないかを説明し、説得しようとする。あの場ではあれ以外選択肢がなかった、避難勧告は飛ばしたはずだった、と。それを受けて小太郎も落ち着いたのか、渋々頭を上げた。
「ただまぁ、死んだって決まったわけじゃないからな。お前達には、そいつを探してほしいんだ」
「生きてるって決まったわけでもないけれど……もしそうだったら、遺体だけでも見つけてあげてほしいの」
「なるほど……事情はわかりました。居場所に心当たりは?」
そう藤丸が尋ねると、赤髪の──荒っぽい方は大きめの紙を取り出した。一帯の地図だ。ヨルハの二人が時折見るマップデータと比べると雑な作りではあるが、そもそもあのマップデータも高低差が何だの解像度が荒いだの何だの9Sが不満を言っていたので、利便・不便で言えば遜色ないのかもしれない。
荒っぽい赤髪は地図を二人の前に広げると、そばにあった棒状の鉄屑を持ち地図の場所を指し示す。
「当時、そいつが配属されていたエリアがこの辺り。工場廃墟方面のビル地帯だな。で、こっちはあの爆発以降ヨルハの連中が行ったり来たりしてるはずだから、見つかってるはず。工場廃墟方面はまだ作戦上の優先度が低いから、調査が行き届いてないんだよ」
「そこを、二人に探してほしいの。幸い、ヨルハの彼からポッドを預けられているみたいだし、地図データを取り込んだりバイタル探知をしたりすれば、難しくはないと思うわ。ああ、あと……その子は私達と同じような、赤髪よ」
「そうですか……ん、そこまでわかってるなら二人が探せばよかったんでは? ああいや、僕らがやりたくないってわけじゃないんですけど……」
藤丸がそういうと、赤髪の二人は顔を合わせ眉をひそめた。とても悲しそうな、あるいは無念そうな表情で見つめあっている。しかしその顔には悲しいだの怒りだのを超えた”諦観”が表れているようにも見えた。
「あたしらは……ここでの仕事が忙しくてさ。今だって、仕事の合間の僅かな時間を縫って頼んでるんだ」
「ああ、気を悪くしないでね。何も『時間もない中わざわざ頼みに来てやってるのに』なんて言わないわ。ただ……私たちは、そうやって”償う”べきだから」
二人の悲痛な訴えを聞いて、藤丸と小太郎は小声で話し合う。この二人の状況を見るに、あまり大声では深い事情まで話せないと思ったのだ。
「……なにか、やらかしたんでしょうか?」
「さあ? でも、それを追求するのはあまりにもデリカシーに欠けるし、二人がこういうなら俺たちにそれを邪魔する権利はないだろ。それに仕事も分散できて、俺達は手持ち無沙汰じゃなくなって、ウィンウィンじゃないか?」
「それもそうですね」
一通り話し合うと二人は顔をあげ、赤髪の二人に向き直った。そして、行方不明者捜索依頼を快諾するのであった。
二人がどんな罪を犯し償いを強いられているのかはわからない。だが犯した罪が存在し、それを本人達も悔い、償う意思があるというのなら、そこに介入することは許されない。罪を犯し、償うこととは、また罪人の”義務”でもあるのだ。
赤髪の二人の地図をポッドに取り込み、またカルデアに情報を打ち上げた二人は、地図に記されたビル地帯にやってきた。遠くには工場特有の煙突が見え、位置的にもあの陥没穴からは離れていることがわかる。確かに、ここではヨルハの調査も行き届くまい。
すると、ポッド153のランプが輝き、アナウンスを発した。
「バイタルサインを検知」
「それはヨルハじゃなくて、普通のアンドロイドのものか?」
「肯定:ブラックボックス反応未確認」
ポッドが示したのは、一帯でも一際大きな廃ビルだった。……奇しくも、それはあの日エンゲルスを一機撃退したビルと同じものだった。
ポッドによると、バイタルサインを検知したのはビルの中層階のようだった。藤丸は小太郎に掴まり、瓦礫を飛び上がりながらビルを登っていく。
「……暗いな……」
だいたい中層ほどまでやってきただろうか。窓が少ない、あるいは瓦礫で埋もれてしまっているからか、日の光があまり入ってこず十分な視界が確保できない。
「ポッド、ライトってつけれるか?」
「了解」
と、ポッドは搭載されたライトを点灯させる。それは懐中電灯のように円錐状の光を投射する。一帯が照らされたわけではなく局所的な照射だし、どうもホラー映画のようでビクビクしてしまう。
すると、ライトを向けた先に何かが現れた。何らかの人影のようなもの。出たぁっ、と藤丸は飛び上がるが、隣の小太郎はびくともしない──むしろ大声を出し飛び上がった藤丸の方に驚いているようだった。その人影については、ずっと認識していたかのように平然としている。サーヴァントとしての人ならざる視力には全て見えていたのだろう。
藤丸はポッドのライトの出力を上げ、広範囲を照らす。これでだいたい、安い電球で照らした夜のワンルーム、程度の明るさにはなっただろう。あとで瓦礫を撤去するよう、小太郎に言っておこう……。
が、そこで藤丸は、人影の詳細が明らかになっていくにつれてその異様性に気づいた。それは女で、レジスタンスの面々が着るような
そう杞憂した矢先、女は小さくうめきながらうごめいた。藤丸の絶叫で目が覚めたのだろうか。もはや恐れる必要もなくなった藤丸は女に近づき、優しく声をかける。
「あの、大丈夫ですか? 俺の声がわかりますか?」
「あ……う……」
女はうめき顔を上げる。藤丸の顔を認識すると、彼女は小さく頷いた。聴覚と思考ははっきりとしているらしい。
「よかった……行方不明になっていた、レジスタンスの人ですよね?」
「う……ええ、そうよ……」
女は次第に明瞭な意識を取り戻し、言語もはっきりとしてくる。次の瞬間には彼女からことの仔細を話し出し、もはや身の心配はほぼ必要なくなっていた。
「少し前に、廃墟都市で爆発があったでしょう? その時の衝撃で頭を打ったのか、ちょっと調子が悪くて……」
うぐっ、と小太郎が顔を逸らす。藤丸は優しくその肩を撫でてやると、小太郎は落ち着きを取り戻し女の方へ向き直った。
すると女は、自らに光を向けるポッドに注目した。
「そのポッド……あなた達、ヨルハ部隊の人?」
「ああ、すいません。こいつはそのヨルハの奴から借り受けてるだけなんです」
「そうなの。でも、そのポッドもとても高性能だって聞いたことがあるわ」
「肯定:随行支援ユニットはヨルハ部隊員の遠距離戦、電子戦、遠隔通信、日々の生活をサポートします」
まるでセールスでもするようにポッドは語る。意思を持たぬ機械でありながら、その声色はどこか自慢げだった。何だこいつ、と藤丸が訝しんでいると、女は完全に意識が回復したのかシャキっとした声で語りかける。
「よかったら、助けてくれない?」
女の提案に藤丸と小太郎は互いに見合い、示し合わせたように頷く。当初の目的は達成したのだし、そこからどう手を貸そうと誰も文句は言えまい。
「はい、俺達にできることなら」
「その、実は……一緒に作戦に従事していた友人が死んでしまって……」
「それは……お悔やみを……」
「ありがとう……それでね、そんな友達との最後の思い出を取り出したいの。そこにある壊れたポッドがライフログを撮ってるはずだから、そのポッドの力を借りて取り出してもらえないかしら」
と、女が指す方向を見ると、そこにはボロボロに破壊されたポッドが転がっていた。だが……妙だ。藤丸と小太郎は、敏感に気づいたのだった。
「ポッド……確か、随行支援ユニットってヨルハ部隊にしか配備されてないんじゃなかったか?」「肯定」
「それに、この傷のつき方……明らかに暴力的な意思によるものです」
二人はポッド153を通して、不自然な状況の分析を始める。するとその背後で、うぅ、うぅと女がうめき出した。突然なものなので、藤丸はビクッと肩を震わせながらも、女の容体を心配する。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと……頭痛が……」
「お辛い中失敬、このポッドには一体何が?」
小太郎が尋ねると、女はまたもや頭痛を訴え頭を抱えうめき出してしまった。藤丸は女に寄り添いながらも、傍らのポッドに指示を飛ばす。
「ポッド、頼む」
「了解」
と、ポッドは壊れたポッドへのハッキングを行う。辛うじて生きていたメモリーにアクセスし、ライフログを取り出す。ポッドのランプの点滅具合を見るに、成功したようだ。
「完了。しかしデータの破損が大きく、静止画のみを摘出」
「ありがとう、それでいい。見せてくれ」
「了解」
ポッドはバンカーからの通信を映すようなホログラムを展開し、そこにサルベージした画像を表示した。そこに映っていたのは……女の友人とおぼしきアンドロイドと、そこへ剣を突き立てる赤い外套のアンドロイドの姿だった。
「これは……っ!?」
「レジスタンス同士の抗争、でしょうか。しかし……」
そこで、女は大きな声をあげ苦しみ始めた。それは頭痛に苛まれる他に、心を邪悪に支配されるような、唸るようなうめき声だった。
「まさか彼女は、レジスタンスに……仲間に殺されたって言うの……!?
「いえ、まだ確定したわけじゃ……データも、ずいぶん破損してたみたいだし……」
「肯定:これ以上のデータ修復は、さらに深い階層へのダイブが──」
「いいえ、もう十分! もう、十分よ……」
大声で叫び、場を制圧する女。すると女は頭痛にふらつきながらも立ち上がり、どこかへと歩き始めた。その方向には──彼女の足取りではまだ遠くだが──下へと続く階段があった。
「赤いフードのレジスタンス、彼女の仇……仲間を殺すなんて、許せない……ッ」
「ちょ、待って……待てって!」
藤丸は思わず女の肩を掴み、制止する。すると女はその手を力強く振り払い、振り返る。その目は鋭く、友人を殺した赤フードへの敵意、そしてそれを矯正せんとする藤丸への敵意が見て取れた。その気迫と女の抱える苦しみに、藤丸は何も言い出せなくなってしまう。そんな彼の代わりに、小太郎が女を問い詰める。
「どうするつもりですか?」
「犯人を探し出して……殺す」
「愚策ですね。殺すには相手の情報が足りなすぎる。それにあなたは顔が割れている可能性もある」
「じゃあッ!」
女は強く踏み出し、二人に迫る。腹の底から出たであろう大声は、死んだという友人への愛情の深さが見てとれる。それはもはや友情の一言に収まるものではなく、さらに上の領域へと足を踏み入れていた。だが、そんな相手が仲間内で殺されたとあれば、その怨みは想像に難くない。
「じゃあ、どうすれば……ッ」
歯を食いしばる女。そこへ口を出したのは、つい先程まで萎縮してしまっていた藤丸だった。
「……なら、俺達が調べてきますよ。赤いフードなんて、この辺りじゃそう見る服装じゃない。それに俺達なら──自分で言うことじゃないけど──レジスタンスのみんなに信頼されてる。人探しなら、むしろ喜んで手伝ってくれるかもしれない。万が一があっても、優秀なボディガードもいるんで」
「ええ。指一本、主殿には触れさせませんとも」
女を真っ直ぐ見据える二人の言葉を聞いて、女は決意が揺らいだ。高まっていた殺意が、彼らへの信頼で押し戻されている。……もはや、頑なでいる気はなくなってしまっていた。女は一呼吸つき、落ち着いた表情で言う。
「……そう。わかった、頼んだわ。礼もはずむから」
「はい。見合うだけの働きはしますよ!」
藤丸が胸を張ってみせると、女が少し微笑んだような気がした。その笑顔を守るためにも──失望させないためにも、最善を尽くさねば。
これは任務ではない。自分を顧みない、
『藤丸くんも、お人好しだねェ』
キャンプへの帰り道。女との会話を記録していた
「え? な、なにさ」
『確かに彼女は私の目から見ても美人の部類に入るが、だからといって
「そ、そんなつもりないって! てか、何の話をしてんだよ!?」
『何の話って……じゃあ、私やマシュは美人じゃないと言うのかい? およよ……』
「い、いや、そういうわけじゃ……」
『お、心拍数上昇。やっぱり美人には弱いみたいだねぇ』
「だからそういう話をしてるんじゃ──」
藤丸を嘲笑するダ・ヴィンチに、ダ・ヴィンチを怒鳴る藤丸。それを側から微笑み見守る小太郎。……それとなんだか、ダ・ヴィンチのホログラムの奥から剣のように鋭い視線を感じる。これは、マシュ……?
と、そんな話をしているうちに、二人はキャンプへ帰ってきた。……赤髪の双子は、いないようだった。道具屋の辺りにいたはずだが、席を外しているのだろうか。そんな調子で、キャンプ内を見渡す二人。しかし、赤いフードどころかあのログで見たような鮮やかな赤色はどこにも見当たらない。
「うーん……こういう時は、偉い人に聞くのが一番だな」
そう言って藤丸は、一際大きなテントの下で机に書類を広げたアネモネのもとへ向かう。藤丸達を視界の端に捉えたアネモネは、書類から顔を上げる。
「君達か。確か、行方不明者の捜索を頼まれていたというが」
「はい、その件でちょっと……この辺りで、赤いフードを被ったアンドロイドを見ませんでした?」
「赤いフード、ね……」
アネモネはキャンプを見渡しながら考える。その唸りようを見るに、すぐに出てくるような情報でもなさそうだ。それほど無意識下に記録されるものなのだろうか。赤いフードなんていっぱいいるとか、視界の端に見えただけで詳しくはわからないとか……。
「んー……わからないな。だが直近で見た記憶はある。バックヤードの方を探すといいかもしれないな」
と、アネモネはキャンプの奥を指差す。表よりも日を遮り陰に覆われた、主に資材置き場へと連なる場所だ。確かにそこは調べてなかった、盲点だった、と藤丸は自省する。
「そうか、なるほど! ありがとうございます!」
「いいんだ。見つかるといいな」
アネモネに見送られ、二人はバックヤードへと入っていく。薄暗く埃っぽいが、数名のアンドロイドが立ち話を繰り広げており、表ほどではないものの賑わいは感じた。
その少人数の中で、それが目立つのは仕方のないことだった。談笑する二人のアンドロイド。その片方の女が、赤いフードで上半身を覆い隠していた。この赤色は、ログで見た通りの探していた赤色だ。会話中に悪いと思いつつ、藤丸は声をかける。
「あのぅ、すみません……」
「はい?」
「何、ナンパ?」
「いやっ、そんなのじゃ……! ただ、そのフード。綺麗な赤色だと思って……」
「ほら、やっぱりナンパじゃない!」
もう片方の女が藤丸を茶化し、藤丸は必死に抵抗する。嘲笑うかのような女の振る舞いは、こういった女性がナンパの的となり、そして追い返してしまうのだろう……そう思わせるものだった。一方で赤いフードの女は満更でもなさそうに微笑んでいる。
「でも、ふふ。ありがとう。友達から貰ったの、今日初めて着たんだけど、似合う?」
「あ、はい、似合ってますよ。俺達も欲しくなるくらい。……その、友達って人に頼めれば都合してもらえたり……?」
「ああ……残念。彼女、ここにはいないのよ」
女は眉を下げ、申し訳なさそうな微笑を浮かべる。赤いフードオタクの演技はともかく、この手がかりを逃すまいと藤丸はさらに聞き込む。
「今どこにいるとかって、わかりますか?」
「聞きに行くの? 随分このフードが気に入ったのね」
はは、と藤丸は笑って誤魔化す。そんな藤丸の様子を見て、女は案外簡単に口を開いた。
「確か今は……砂漠の駐留地だったかしら。女性は彼女一人だけだから、すぐにわかると思うわ」
「砂漠か……ありがとうございます!」
「フード、手に入るといいわね」
そんな女の一言を藤丸は軽く受け流し、その場を後にした。……表に出てみても、まだあの双子の姿はない。仕事が忙しいとは言うが、随分なものだったようだ。
「ひとまず、情報を整理しよう。ログに写っていたフードの女はキャンプにはいなかった。ここにいたフードの人は、それを友人から譲り受けた……」
「その友達は今、砂漠にいる……?」
「その友達っていうのがあの赤フード本人かはわからないけどな、また誰かから貰ったってパターンもあり得る。……ダ・ヴィンチちゃん」
『はいはーい。砂漠駐留地までの道中に目立った敵性反応はない。どうもここ最近、機械生命体の自我の発露が著しく、こういったおとなしい個体が増えてきてるみたいだね』
確かに……こちらに来てから色々起きていたので感覚が麻痺していたが、まだそこまで日は経っていない。であるにも関わらず、あの砂漠地帯でのアダムとイヴとの出会いを筆頭に、機械生命体達がどんどん自我に目覚めていっているような気がする。……いや、それはきっと誤解だ。パスカルの村、森の国、自我に目覚め独立した個体は何体もいた。それが人目についていなかっただけなのだ。
だがこの際、おとなしくしてくれるだけありがたい。戦闘リソースを節約できるし、自我のある相手だと心を痛めずに済む。2Bはきっと、この感覚が理解できないだろう。感情というものを自身に認めるまでは、このありがたみは人だけのものだ。
そうして、二人は廃墟都市を越え、おとなしい大型機械生命体の股下を潜り抜け、砂漠地帯の駐留地までやってきたのだ。
「ここに、あのフードの元持ち主がいるはずです。犯人の可能性も捨て切れません、警戒を」
「でも、小太郎。俺の記憶が正しければ、砂漠の駐留地に女って一人しかいなかったような……」
二人は藤丸の一言で考え込みながら、駐留地へ入場する。すると、そこには……ほとんど誰もいなかった。二人が探している女のアンドロイドさえもだ。
「あれ……」
確かに元々人気は少なかったが、だからといって今回は空きすぎている。駐留地に張ったテントの下、一人取り残されている男のアンドロイドが目につき、二人は彼に話を聞いてみることにした。
「すみません、今いいですか?」
「ん? いいが……なんだい?」
「この駐留地にいる女のレジスタンスを探しているんですけど……」
藤丸の言葉を聞くと男は少し考える。すると男は何かを思い出したように、しかしとても嫌なものを思い出してしまったように眉をひそめる。
「ああ……ジャッカスのことか。あいつ、なんでも爆破とか乱暴な手段で済ませようとするんだよな……」
やっぱり、と藤丸は思った。彼の記憶違いでなければ、この少数の駐留地に女はジャッカスのみだったはずだ。それも初対面時のインパクトも大きかったので強く記憶に残っていたのだ。藤丸は男に、ジャッカスの現在地について深掘りする。男は、なぜあんな奴にそこまでして……とでも言いたげに藤丸を不思議がるも、親切に伝える。
「彼女なら今、砂漠の洞窟で地質調査をしてるはずだ。そのポッドに位置情報を転送するよ」
「データ受信中────完了」
ぴこん、とポッドのランプが点滅した。確認として男を含めた三人がポッドの地図データを見ると、お世辞にも精度がいいとは言えない3Dマップにオレンジ色のマーカーが表示されていた。男の反応を見るに、ここで間違いなさそうだ。
「よし、いけたな。じゃ後は勝手に探してくれ。君らも、吹き飛ばされないように気をつけろよ」
君らも……という口調から、彼とジャッカスの間に何があったのか容易に想像できる。同時に、男を憐れむ気持ちも芽生えてきた。初めて会った時から、彼女は爆発が好きだった……。
砂漠駐留地の補給員であるという男から水や食料など各資材を買い込み、二人は砂漠に向かった。アダムと初めて戦ったあの空洞の崩落から逃げた道、それを遡るような道程だった。確かにあの辺りは洞窟につながっており、当時は余裕がなかったが一本道というわけでもなかった。
崖下を流れる流砂を尻目に道を遡り、アダム戦の空洞に続く道とは別の分かれ道を進んでいくと行き止まりに出、そこには確かにジャッカスがいた。得体の知れない機械が地面に散らばっており、その束を何やらガチャガチャと探っている。と、隣の小太郎が眉をひそめ、一瞬鼻を覆う。なんらかの刺激臭を感じたようだ。このシチュエーション、
などと考える二人だったが、ジャッカスも流石に二人を爆発に巻き込むようなことはしないだろう……しないはずだ。そう信じて、藤丸はジャッカスに声をかけた。
「おや、君達は……ナントカっていう機械生命体のとこに案内して以来だね。ヨルハの二人はどうしたんだい?」
「二人は水没都市の方で本隊の仕事をしてます。その間ポッドを借りて、いろいろ調査をしてたんです」
「へぇ、それわわざわざご苦労様。……あの二人はいないのか、残念だ……」
小さく漏れた彼女の本音を二人は聞かないふりをした。認識してしまうと、絶対ろくなことにならない。
ジャッカスの言う「ナントカ」……アダムとイヴの出現は、各地のヨルハ部隊員を通じてレジスタンス中に知れ渡った。それと初めて接触したのが藤丸達四人であるということも。しかし一方で、同時に現れた鏖殺のセイバーのことは誰一人認知していなかった。意図したものだ。いくら協力関係にあるとはいえ、レジスタンス達は藤丸達の関係者ではない。神秘の秘匿に則り、不要不急の口外は避けるべきなのだ。
と、ここで藤丸は本題に──「調査」についてジャッカスに問いかける。
「聞きたいのは、レジスタンスの赤いフードの女性についてです。キャンプにいるある女性は、『砂漠の友達からもらった』と言ってました。それは……ジャッカスさんのことですか?」
「そんなことを調べてるのかい?」
「はい。何でも9Sが『部隊旗を染めたい』と言うもんで、あのくらいの赤色が理想だと思って、その染料をと……」
上手いことカバーストーリーを作り出し、藤丸はジャッカスに問いかけた。我ながら良い誤魔化しようだと思う藤丸。しかしそれを聞いたジャッカスは、期待には応えられないとでも言いたげに肩をすくめてしまった。
「ああ、あれね。いきなり売りつけられたんだよね」
「売り、つけ……?」
「ん。廃墟都市で大爆発があったろう?」
その一言に、小太郎は一瞬反応してしまう。ジャッカスがきっと見惚れたであろう大爆発を引き起こした張本人がここにいる。バレでもしたら、彼女の勢いだと
だが、そんなことを考えている場合ではない……と、小太郎はすぐに我に返り、自ら口を出した。
「え、ええ。僕らも近くで見てました。すごかったですよね……」
「あ、わかるかい!? TNT火薬ほど小さくもなく、核兵器ほど大きくもないが、確かに巨大なあの爆発! あの爆炎と火力の制御はヨルハや機械生命体とも異なる、未知なるテクノロジーが関与している可能性が──っと、随分話がズレたかな?」
一番「そんなこと」を考えていたのは、ジャッカス自身だったようだ。
「ええと……そうだ、フードね。あの爆発の後くらいにね、買ってくれって赤い髪のレジスタンスが言い寄ってきたんだよ。フード自体友達に似合いそうだったし、まあいっか、って」
「赤い髪の……」
「? ……ああ、”あの双子”じゃない方ね。もっと短髪の」
そう注釈されて──いや、されるまでもなく──藤丸達はそのレジスタンスに心当たりがあった。廃ビルで藤丸達に赤いフードの調査を託した女。友を殺され、復讐に燃える女。あの感情の昂りは並大抵ではなかった。だがジャッカスの証言が確かなら、フードの主は……そして、彼女の友人を殺したのも彼女自身ということになってしまう。だが、あれは嘘をついている振る舞い方ではなかった。心の底から憤り、犯人を恨んでいた。裏はないだろう。故に、最有力の証言と実際が食い違ってしまう。
……もしかすると、彼女は……。
「でも、今思うとおかしな奴だったなァ」
赤髪の女に真意を問うため発とうとする藤丸達。その会話の終わりに、ジャッカスはぽつりと呟いた。
「ずっと笑ってたよ」
藤丸達はあの廃ビルへ戻ってきてしまった。階を上がり姿を現した途端、依然そこにいた赤髪の女が駆け寄ってくる。
「どうだった? 友達を殺した、赤いフードの奴は見つかった!?」
目を背け、口籠もる藤丸。真意は尋ねねばならない。しかしそうしたとして、彼女は一体どう思うだろうか。現状、ジャッカスの証言や藤丸達の仮説が事実である可能性が高い。その事実を突きつけられ、彼女は正常でいられるのだろうか。だが、謎も未だ多い。だから、問わねばならないのだ。
「……証言によると、フードを売ったのはあなただと」
え、と女は声を漏らす。想像通りと言えば想像通りの反応だ。
「廃墟都市で大爆発があった後、赤い髪のレジスタンスが赤いフードを売りに来たって、砂漠のジャッカスが言っていました。……念のため確認しましたが、キャンプの双子ではないと。そしてジャッカスは売り主を”双子『じゃない』方”とも。……つまり現状、あなたしか考えられないんです」
女は目に見えて動揺していた。情報の整理がつかない。頭がごちゃごちゃとしている。同時に、その事実を拒絶しようともしている。その逃避を否定することはできない。藤丸も同じ立場だったら、きっとこうなることだろう。身の覚えのないことの確固たる証拠が揃ってくることほど、自分が世界から取り残される感覚に襲われることは他にない。
「だから、言いにくいんですけど……あなたが犯人と何かの関係があるか、あるいはあなた自身が犯人だという可能性も……」
「……わからない。そんなの、わからない……知らない……!」
と女は叫ぶと、頭を抱え苦しみ出した。あの頭痛にまた襲われたようだ。だが藤丸はこれで確信した。初めて会った時は単なる頭痛持ちかと思っていたが、今は”そう”考えた方が辻褄が合う。
「……やっぱり。記憶がないんですね」
……女は、否定しない。苦しみ、うめきながらも女は姿勢を正し、口を開く。
「……あのポッド。確かもっと深い階層へダイブすれば、もっと情報を引き出せるんでしょ?」
「肯定:通常のハッキングよりも困難だが、それほどの鍵がかけられる理由も確かに存在する」
「だったらお願い、今すぐ調べて……!」
女は額いっぱいに汗をかき、息も絶え絶えで二人とポッドに頼み込む。……かなり、無理をしている。肉体的には記憶の一部を失っただけに過ぎないが、精神的不調がかなり大きい。心が病めば、必然的に体も病んでしまうものだ。
「……いいんですか。記憶喪失ということは、記憶を失う前のあなたが犯人であることが何も矛盾しなくなった。自分がご友人を殺した、その可能性が飛躍的に上がってるんです。あなたは、それでも……」
「……構わない。私は真実が知りたい。だから……お願い」
……意思は固い。こうなってしまった以上藤丸ごときの言葉で決意は揺らがないし、藤丸としても彼女の願いを答える義務があった。思えばそれは、藤丸も同じだ。決して戻れない、知って良いことなど何もない、その全てを受け入れて人理を修復してきたのだ。時にそれが、直接人を手にかけることになってもだ。想起するのは、あのラフム……。
「……わかりました。始めます。……ポッド!」
「了解」
藤丸が命じると、ポッドは壊れたポッドに対しハッキング攻撃を行う。ホログラムがぐるぐると回転し、ポッドの電子上での格闘の激しさを物語っている。初回のものと比べこれほど時間がかかっているということは、やはり相当に深い階層に、厳重に保管されているのだろう。
「記憶回路調査:88%。92%。98%──」
着々とハッキングが進んでいく。さすがはヨルハのポッドといったところか。いくら時間がかかっていると言っても、藤丸達人間の技術によるハッキングと比べると瞬きするほどに早いことだろう。その時間は、実に数分……。初めのものよりはかなり時間がかかったが、それでも数分程度で最下層へのハッキングを終えたようだった。
「データサルベージ完了」
「でかした! さあ、投影してくれ!」
「了解」
ポッドは指向性を持ってランプを光らせ、虚空に画像を投影する。そこに映されていたのは…………初めの画像に写っていた「友人」の横たわる前に立ち、血に塗れ、真っ赤に染まった刀を手に持った赤いフードの女……目の前にいる、この赤髪の女だった。
「く、やっぱり……」
「あ……ああ…………!」
「っ、しっかり!」
動転し、頭を抑える女を藤丸は支える。しかしある一点を超えると女はスクッと姿勢を正し、奇妙なほどに落ち着いた口調で言う。
「……私は……ヨルハ、E型……」
「……は? ”E”?」
今、この中で最も感情が揺れていたのは藤丸達だった。聞いたことのない型番だ。2B達とのやりとりで、何種類かの型番の存在を藤丸達は学習してきた。2B達バトラー、9S達スキャナー、オペレーター、ディフェンダー、ヒーラー……そしてA2に見られるような、アタッカー。しかしこの女の型番はそのどれとも違うし、聞いたこともないものだった。
すると、女──E型はその疑問に答えるかのように、饒舌に話し出す。
「脱走者や裏切り者を殺すために作られた、アンドロイド殺しのモデル。それがE型。偽装し、裏切り者に接近し、殺す。……だけれどある日、友達を殺す指令が下されて……私は、命令に従って……っ」
「……それが辛くて、自ら記憶を……?」
「そう……でも、これ一回じゃない……」
藤丸はギョッとした。一回じゃない、という彼女の苦しみへの共感もあるが、それ以上に……思い出を語るE型の表情がどんどん明るくなっていっていたのだ。
「何度も、何度も、何度も、友達や恋人になっては相手を殺してきた……繰り返し、繰り返し、繰り返し……うふっ、ふふふ……」
「主殿、E型殿の様子が──」
「これでいい……これでいいんだよね? 私はE型、
口調が変わる。声色はまるでピッチを人の手でいじったかのように上下を繰り返し、その発言はめちゃくちゃに。そして……その髪と、彼女が手放したフードのように、彼女の瞳が赤く光った。
「これは……!」
「警告:論理ウィルス汚染を確認」
「ヒ、ヒッ調べてクれて蟻がとうフフッ。これで友達、わたしたち友達、と、と、共断ち、だね」
ガクガク、と関節が固まるように動いている。それはまるでステレオタイプなロボットのようだった。……そう、アンドロイドとは大雑把に言えば機械、ロボットなのだ。論理ウィルスとは、そんな彼らを本来あるべき姿に戻しているだけなのかもしれない。その狂暴性が、アンドロイドの本来のものであると言うならば。
「ポッド、なんとかならないのか!? ほら、あるんだろ……ワクチンとかなんとか!」
「否定:対象には関節の硬化、音声の変質、意識混濁等確認。これらは論理ウィルス汚染末期症状であり、寛解不可」
「そんな……!」
友達を、恋人を、何人も殺してきた。そんな彼女が、
「ともだ、血……あれ……友達? ともだち……私は友達を殺す、それがし死シ仕事……」
拙い雰囲気だ。それを直感的に察知した小太郎が藤丸を庇うように立ち塞がる。E型はどこへしまっていたのか血みどろの刀を取り出し、ふらふらとぶら下げている。それは殺す相手を探しているかのようだった。
「アは、友達……あなた、友達? …………任務を遂行する」
「主殿ッ!」
ガンッ、藤丸の目の前で金属がぶつかる。E型の刀と小太郎の小太刀が火花を散らす。その太刀筋はさすがヨルハと言うべきか、戦闘型の2Bにも劣らない……むしろほぼ匹敵するほどの技だった。
「く、強い……!」
小太郎が押されている。E型は一歩ずつ歩みを進め、背後の藤丸に迫る。その目は一切小太郎を捉えず、恍惚とした眼差しを藤丸に向けている。
「ウフフフフフ! 殺して、殺して、殺して……いや、いや! 殺すだけじゃ物足りない! バラバラにして、食べて、⬜︎※△して……!」
恐ろしいことを口走るE型。……そもそもヨルハE型とは──藤丸の先入観でしかないが──仕事人、といった印象がある。E型が刀を振りかざした時の言葉も、業務的で冷たいものだった。きっと本体のE型のやり方とはそちらの方なのだろう。……今のE型は、端的に言って狂ってしまっている。抑えきれない自我の表出、そしてその崩壊。これほどの狂気を彼女が心の奥底に抱えていたのかどうかは解釈の余地があろうが……あるいはそれが論理ウィルスによって植え付けられた狂気だとしても、彼女本来の人格と意思を陵辱するものだった。
「ッ、主殿、目を閉じて!」
小太郎の意図を察し、藤丸はグッと目を瞑る。次の瞬間、まぶた越しにも眩しいほどの閃光が爆ぜた。小太郎手製の
E型は小太郎を押し込み、藤丸へ迫る。藤丸は迫る二人を回避するも、E型はなお小太郎への攻勢を止めない。ターゲットが完全に移ってしまったようだ。
あまりもの膂力によって、小太郎は壁に押し付けられる。……否、それは厳密には壁ではなかった。ガラスが割れ、筒抜けとなった窓だった。E型が小太郎の上半身に体重をかけると、小太郎は窓の外に追いやられてしまう。視界には青空が映る。落下はしていないものの、大きく後ろに反るように上半身が外に突き出てしまっている。背骨が窓の縁に圧迫され、力が抜けていってしまう。レジスタンスの仕事の手伝いに出ていたはずが、まさかここまで死にかけるとは……不運、そして絶体絶命だ。
「……止むを得ん。主殿! 令呪はいりません、宝具限定解放の許可を!」
「限定解放……っ、それって、あれを……!?」
小太郎の言う宝具に、藤丸は思い当たる節があった。
「……わかった。無理はするなよ!」
「感謝します、主殿! ……我が真名、風魔小太郎! 北条が鬼の首領なり! ──限定解放、
次の瞬間、小太郎を圧倒していたはずのE型は押し除けられ、吹き飛ばされた。その跡にいたのは、小太郎。その右手は──それこそ鏖殺のセイバーのような禍々しく赫いものに変質し、彼自身もそれが負担なのか大きく呼吸している。……
「──ォォォオオオオオオオオオッ!!!!」
彼らしくない雄叫びをあげる小太郎。それは内なる獣性の解放であり、人であることの放棄でもあった。この宝具を発動した小太郎は”理性ある狂化”となり、戦闘力を一時的にバーサーカーのそれに等しいところまで引き上げることができるのだ。
小太郎とE型が睨み合っていた、次の瞬間。小太郎は一瞬で、E型の目前まで迫っていた。
「!?」
「アアアアッ!!」
小太郎はその鬼の手を振るう。するとそれが命中したE型は物理法則が狂ったかのように吹き飛ばされ、コンクリートの壁を砕くほどの衝撃を持って激突した。
一瞬で肉薄した彼の姿が、彼女には見えなかったわけではない。それどころかはっきりと視界に捉えていた。だがあの接近は速度の問題ではなく、人の範疇に収まらないその動きにあった。まさに獣。霊長の理を外れた鬼種の仔細を、ましてや
ジャキッ、と小太郎は猫のそれのように爪を鋭利に引き出す。特別長いわけでもなければ、鋼鉄でできているわけでもない。しかし猫やライオンなど、肉食とされている獣はその牙と爪で狩りをする。それはなんてことのないカルシウムだが、人ごときのそれとは訳が違うのだ。
小太郎が再び接近し、爪でE型を狙う。E型は小太郎の一挙手一投足から意識を逸らさず、爪を刀で防ぐ。戦況はまるで逆転しており、E型は狂った笑いを浮かべながらも確かに小太郎の膂力に押されている。これ程の力があれば2BやA2、鏖殺のセイバーにだって敵い得るだろう。
しかしこの宝具は命を代償とする。使用そのものが危険であり、肉体はついていけず瞬く間に崩壊を始め、それでも行使を続けようものなら霊核にもダメージを受ける。両腕に限った解放だとしてもそれは変わらない。無傷で限定解放を続けられるリミットは……およそ1分。
振り下ろされたE型の刀を、小太郎は握り締めた。その手から血は流れず、そのまま刀をへし折ってしまおうと力を込める。刀への圧力を感じたところでE型は小太郎の拳から刀を引き抜く。彼の手のひらを刃がすべったことにより、一文字の真っ直ぐな傷ができてしまう。しかし、その傷はあっという間に再生を始め、皮膚もくっつき元通りになった。肉体が自壊しないうちは、
小太郎はその爪でE型を引き裂いてしまおうと、大きく腕を振るう。しかし、彼は狂ったわけではなかった。その狂化の中には理性がある。故に彼は力を使いこなすことができる。強大なパワーと、それを予測させないテクニックが合わさることによって、最大の攻撃を最大の効率で叩き込むことが可能になる。
E型がよろめく。その隙を狙い、小太郎は後ろ回し蹴りを繰り出した。小太郎の体勢の変化を察知し間一髪で蹴りを避けるE型だったが、その蹴りの威力は凄まじく、顔を掠めた瞬間まるで嵐の只中にいるかのような風圧が赤い髪をさらっていった。小太郎はさらに体を回転させ、E型の腹めがけ真っ直ぐな蹴りをお見舞いする。まるで瓦礫に押し潰されたような腹部の鈍痛と共に、E型は突き飛ばされ壁に打ちつけられた。間髪入れず、そこへ小太郎が迫る。
「ウオオオオオオッ!!」
小太郎はE型の両肩を鷲掴み、ダンダンと壁に打ちつけた。壁に激突する度に、E型の体内が揺さぶられる。ダメージが蓄積していく。そんな中で振るわれる小太郎の拳。彼が肩から片手を離したことで生まれた余裕でE型は屈む。そして、かつてE型の頭があった場所に小太郎の拳が突き刺さった。とてもパンチの音とは思えない炸裂音と共に壁が陥没する。あわや壁をぶち抜き外の景色が見えてしまうところであった。だが、屈んだE型を小太郎は見逃したわけではない。今度はその足で、ちょうど彼の足元にいたE型を蹴り飛ばそうとする。そうして振り上げられた小太郎の足下の隙間をE型はくぐり抜け、回避する。腕よりも脚の方が筋肉は強靭だ──小太郎の蹴りが命中した壁はに今度こそ大穴が貫通し、涼しい風が吹き込んでくる。
往生際の悪い……小太郎は、些か暴力的になった思考でそう感じた。振り向くと、E型は刀を構え向かってきている。これ程の力を誇示してなお平然としているのか、あるいはウィルス汚染による狂気が見境なくさせてしまっているのか。小太郎も同じくE型へ向かっていく。相手に攻め寄るという同じ目的の下、先に一撃を入れた方がこの場を制するだろう。
先に手を出したのは小太郎だった。鋭い爪が、E型へ迫る。正面で振るわれた彼の爪を目視し、E型は臆することなく爪の軌道上に刀を置く。ギンッ、と火花が散る。とても”爪”が出していい音ではい。それほど彼の爪は鋭利だったのだ。
しかし、今回の剣戟は先程までのものとは明らかに違った。爪と刀が衝突し火花が散った瞬間、小太郎の爪は刀捌きによって受け流され、大きく姿勢を崩してしまったのだ。
「何──ッ」
油断した小太郎の首元へ、E型の手が迫る。素早い、今からでは回避のしようさえない。E型は小太郎の首を鷲掴む。すると小太郎は首に強い圧迫感を覚え、骨や喉仏の痛みと共にガラリと唸る。これまでの戦いでは想像もできないほどの握力。そんな小太郎をE型は掴んだその首を振り回し、投げ飛ばした。
「ぐ……この、力は……」
ふらふらと立ち上がり、小太郎はE型を見据える。奇妙にも、その立ち姿には見覚えがあった。
「く、この──ッ!」
そうしている間にも、鬼化のタイムリミットは近づいている。若干ながら、小太郎は両腕の痛みを確認する。内側から解けていくような痛み。病の痛みとも違う、まさに肉体の崩壊。この痛み自体は予感に過ぎず、まだ傷を負っているわけではない。だが時にはこうも言うだろう。「痛みとは人体の危険信号である」と。
小太郎は駆けた。一瞬で接近し、爪を立てる。しかし今度はE型も小太郎の速度に適応し、刀を構えた。小太郎のそれは理性がありつつも大振りだが、E型は小太郎から学習したパワーと持ち前の技術を活かして最小限の動きで攻めてくる。どちらが有利かと言えば、やはり無駄の少ない方だろう。初撃こそ小太郎は爪で防いだが、あまりのパワーの前に爪は弾き返され、その隙にE型が刀を振り下ろす。再び爪で防ぐ余裕のなかった小太郎は、その瞬発力を足に集中させて刀を回避した。E型は再度刀を振るい、小太郎はそれを避ける。そんな攻防を繰り返しているうちに、だんだんと回避にも余裕がなくなってきていた。小太郎の動きに追いついてきているのだ。
そしてとうとう、E型の剣戟は小太郎に追いついた。振り下ろされた刀は素早く、回避する余裕どころか足の筋肉まで電気信号を伝達する時間がない。小太郎は戦闘者としての脊髄反射で爪を突き出し、E型の刀に合わせる。ぶつかった双方は一歩も引こうとせず鍔迫り合う。しかし、これまた有利なのはE型だった。今回は鍔迫り合いというかたちで継続的に小太郎のコンディションを学習している。これで防がれるならもう少し力を強めよう、疲弊し弱ってきているから一気に押し切ろう、そういったスタイルチェンジを迷いなくノータイムで実行できる。現に小太郎は押され、このままでは壁に押し付けられ逃げ場を失ってしまう。これ以上力を解放すれば肉体は持たない。かといってこのまま継続するにしてもタイムリミットは近い。もう数秒もない。
なら……と、小太郎は鍔迫り合う腕のうち片方を離した。そして、それを腰に差した小太刀へ添える……。
「……真名封鎖ッ!」
ふっ、と小太郎の力が抜けた、真名を封鎖し、
その瞬間、小太郎は小太刀を抜いた。彼女のすぐ懐に潜んだ小太郎は小太刀を構え、E型の腹へと突き立てる。……今回は、反応できなかった。視界と力が小太郎を見失い、そして姿勢を崩したことで小太郎へ刀を向けることもできなかった。
そして──ザクン。E型の腹部に突き刺さった小太刀の刃が赤黒く輝いた。
「ッア、唖……」
血を吐き、朦朧としながらも刀を握る手に力を込めるE型。しかし瀕死で随分と鈍くなったその動きを、小太郎は見逃さなかった。
「ぐ……っ、はああっ!」
小太郎は腹に突き刺した小太刀を上へ──胸の方へと押し上げる。ギリギリ、と肉を引き裂くごとにE型の体が痙攣する。小太刀から血が滴り、小太郎の手までが真っ赤に染まっていく。E型の体はへそからみぞおちにかけて魚のように開かれ、小太郎は振りかぶるようにその小太刀を引き抜いた。一瞬、噴霧されたように噴き出る血液。それが最後の一呼吸であったかのように、E型はぐったりと倒れ込んでしまった。
倒れたE型に藤丸が近寄る傍らで、小太郎は
E型に駆け寄った小太郎は、その体を抱える。力の抜けたそれはずっしりと重く──あるいはアンドロイドとしての素の体重だろうか──上半身を自らの膝の上に乗せてやるのが精一杯だ。
彼女の顔を見つめる。先程までウィルス汚染によって赤く輝いていた瞳が、元の色を取り戻している。
「おい、しっかりしろ! なぁっ!」
敬語も忘れ呼びかける藤丸。しかしそんな藤丸の希望をよそに、E型はだんだん意識が薄れ、かろうじて残っていた体の力も失われていく。藤丸の膝に、体重が重くのしかかる。E型は最後の力を振り絞り、口を開き喉に空気を溜める。そうして振り絞った言葉は、彼ら二人のうちに確かなしこりを残した。
「気を、つけて……E型は……すぐ、そばに……」
そして彼女は、言葉と共に命をさえ吐き出してしまったかのように、スッと動かなくなってしまった。
キャンプに戻った二人は、本来の目的であった女の捜索の結果を赤髪の双子に報告する。……もちろん、E型の件は上手くぼかした。彼女の極秘を秘匿することは、魔術の神秘を秘匿することと何ら変わらない。
筋書きはこうだ。見つけた時の女は記憶喪失状態で、友人を殺したと言う赤いフードのレジスタンスを探していた。手がかりを探っていくと赤フードが彼女自身であったことが判明する。彼女には論理ウィルス汚染の末期症状が現れており、それにより一時的狂気に陥ったことで友人を殺してしまった。狂気に導かれるままフードを手放し証拠を隠滅するも、ふと戻った意識が自身の犯した罪の重さに絶望し、ショックで記憶を失ってしまった。藤丸達の協力によって記憶を取り戻すも、やはり論理ウィルスによる狂気に陥り、襲いかかってきたので正当防衛として殺害した……。
ほとんど脚色なしで、ごく一部を除き事実をありのままに伝えている。しかしそれでも、ウィルス汚染による狂気という辻褄は通っているようだった。
二人は暗い表情を見せながらも、二人に謝辞を述べた。せめて遺体の回収を……と提案した藤丸だったが、それは拒否される。たとえ死体だとしても、ウィルス汚染されたボディを安全地帯に持ち込むわけにはいかない。今のE型は文字通り、パンデミックの源だった。大規模なクラスターに成りかねない。そこは人の感染症と同じようで、藤丸は粘ることなくすんなりとそれを受け入れた。
「……私らだって、無念なのさ。死んだ仲間の遺体も回収できないなんてさ……」
そう、赤髪の女は俯いてしまった。
……二人に報告する前、水没都市で作戦中のヨルハ二人にもポッド経由で情報を送信した。キャンプでは伏せていたが、ヨルハ関連の問題というだけあってあの二人には正直に打ち明けた。9Sは何のことだかさっぱりといった感じだったが、一方の2Bはその報告を暗く噛み締めていた。そうして放った言葉が、一言。
『……知らなくていいことだって、ある』
彼女も彼女で、似たような辛い経験をしていたのだろうか。
……と、黄昏ていたその時だった。空の遠く、ちょうど水没都市の方面から大きな破壊音が聞こえてきた。この距離でも聞こえる、相当に大規模なものだ。
「な、なんだ!?」
「──二人とも、報告ありがとう。私らはもう行くぞ!」
そう言って、双子は駆け足でどこかへ去っていった。あれほど慌てるということは、やはり水没都市で何か起きたのだろうか。藤丸はポッドに命令し、水没都市にいる二人と通信を繋げる。……なかなか、回線が通らない。少し待機してやっと映像が通ったかと思えば、それにも砂嵐が走り、音はザーザーとノイズにまみれている。同時に、画面の向こうの2Bがぐらぐらと揺さぶられているようにボケる。覚えがある、きっとヨルハの飛行ユニットに搭乗しているのだ。
「2B、9S! そっちの状況は!?」
『水没都市が機械生命体大隊の攻撃を受けています!』
『こっちは空中戦で手一杯、二人は地上部隊の援護を──聞こえ────』
と、ブツン。最後の言葉さえ聞き取れないまま、通信は閉じてしまった。
「電波障害により通信終了。推測:機械生命体による
「……小太郎!」
「はい。やはり戦場で、故人を悼んでいる暇などありませんね!」
二人は疲れた心身に鞭を打ち、駆け出した。道は事前に向こうの二人と共有してある。大規模な戦闘行動となると、そして二人があれほどの焦りを見せているとすると、仮称エンゲルスの時以上の大事になっているのかもしれない。
藤丸は思う。自分達が行くことで、戦況が好転するとは思えない。二人の、特に藤丸の力はあまりにもちっぽけで、アンドロイド特殊部隊何百人の前では二人の尽力など児戯に等しいのかもしれない。だがそれでも、行かねばならない。
誰も、死なせるわけにはいかない。ウィルスだろうが戦死だろうが、人間だろうがアンドロイドだろうが、守れる命がひとつでもあるのならやることは決まっている。
原作と同じ道筋を辿る系って、全部同じにしてしまうわけにもいかないし、そこにクロスしてくるキャラを上手く捩じ込む必要があるので、そこの脚色力に全てがかかってます
できるかどうかは別問題ですケド……