Fate/dragon sphere   作:小櫻遼我

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終わりましたね、Ver1.1aが……


第十四節 全てを破壊する黒き巨人

 藤丸と小太郎が広い下水管を抜けると、そこには廃墟になった都市が広がっていた。地形は抉れ海水が侵食し、それは乱立する廃ビルにも及び、ビルの窓があったはずの格子から滝のように水が流れ出ている。情報通り、そして見た通り、ここが水没都市で間違いないだろう。

 そして、何より重要なこと。そんな、一部の廃墟マニアを虜にしてしまうであろう水没都市は、戦場と化していたのだ。

「くそっ……!」

「主殿、もうかなり戦況は進んでいるようです……!」

 飛び散る火花。燃え盛る炎。立ち上る黒煙。破壊された機械生命体の残骸、アンドロイドのものと思しき血痕。美しいこの都市でさえ、争いが起きればこれほどの地獄絵図になってしまうのだ。

 まだ海岸まで出ていないにも関わらず、この周辺も機械生命体とアンドロイド──ヨルハ達の殺し合いが繰り広げられていた。藤丸達の目の前でも、一組の機械生命体とヨルハが殺し合っている。ヨルハは刀を振るい善戦するが、機械生命体も鉄屑で作った槍を持って戦っている。野生の機械生命体で武器を持った個体はあまり目にしたことはないが、あれは少なくともパスカルの村の衛兵や森の国の兵士達とは違う行動原理で動いているのだろう。即ち、殺戮。村を守る、王を守る、そんな”守る意志”はどこにもなく、ただ殺すために得物を握る。文明を築くような理性は、あれらの個体にはない。

 ……と、機械生命体の槍捌きによりヨルハの刀が弾かれる。大きく姿勢を崩したヨルハに向かって機械生命体は突撃し、その歪な槍を突き刺した。

「ぎゃっ、あああああああっ!!」

 叫びながらもぶくぶくと血を吐き、悶絶するヨルハ。それでもなお、機械生命体は槍をより深く差し込み、その苦痛を増していく。……見ていられない。藤丸は令呪が刻まれたその右手を握りしめる。

「──小太郎!」

承知(ラジャー)!」

 藤丸の掛け声で、小太郎は飛び出した。風のように接近すると、小太郎は瞬く暇さえ与えず、ヨルハに突き刺さった槍をへし折った。

「ァ、あ……!」

 ヨルハは姿勢を崩し倒れる。そこへ藤丸が駆け寄り、小太郎達から引き離すと同時に傷の様子を見る。アンドロイドの体のことは詳しくはわからないが、血が出るのなら人間基準の応急処置も通用するはずだ。

 一方の機械生命体は、折れた槍の鋭利な断面を再び刃とし、小太郎に襲いかかった。突き、振り回し、小太郎を攻め立てる。しかし小太郎はその全てを、小太刀で防ぐまでもなく躱し切っていた。いや、交戦を開始してから小太刀は一度も抜いていない。凡百の機械生命体相手にもはやその価値すら見出さず、素手で殺せる用意があったのだ。

「──そこだ!」

 小太郎が動いた。機械生命体の槍が地面に突き刺さり、引き抜くため動きを鈍らせたその瞬間に、小太郎は槍を握る機械生命体の腕に組みついた。肘、肩に両足を絡め、体を強く捻ると、衝撃に弱い関節部を破壊しその右腕をもぎ取ったのだ。流石に怯み、後退する機械生命体。その隙に小太郎は突き刺さった槍を腕ごと引き抜き、そのままの勢いで半月の軌道を描くように機械生命体に振り下ろす。

「せいっ!」

 振り下ろされた槍はその断面で機械生命体の頭を切り裂き、首元までを真っ二つにしてしまった。当然それで動けるわけもなく、めり込んだ槍ごと機械生命体は倒れてしまう。

 戦闘を終えた小太郎は、ヨルハを介抱する藤丸のもとへ戻る。ヨルハの腹には依然槍の先端が突き刺さっているが、出血は初めよりも治まってはいた。

「抜かない方がいい、余計に出血する。調子は?」

「ぁ……だ、大丈夫……まだ死にはしない……」

「よかった。衛生兵(メディック)──ヒーラータイプも派遣されてるはずだ。流石にこの規模の戦闘じゃあな。この物陰なら目立たない、ヒーラーが来るまで待てるか?」

「大丈夫……いざとなったら、死んだふりでも……」

「よっしゃ。じゃあ俺達は悪いけどもう行くよ。やるべきことがある。行くぞ、小太郎!」

 はい、と小太郎は答え、走る藤丸の後方についていく。……すると、あのヨルハは二人を呼び止めた。

「待っ、て……!」

「っ、どうした、まだ傷が……!?」

 駆け寄った藤丸に対し、ヨルハは首を振る。なら何を伝えようとしたのか、そう藤丸が思っていると、ヨルハは弱々しくも確かに話す。

「あなた達、あれよね……助っ人の、人類っていう……」

「ああ……ヨルハの司令官が言うには、そういう扱いらしいけど……」

「なら、急いで……海の向こうで、2Bと9Sが戦ってる……。機械生命体の目的は、沿岸防衛設備の奪取……あの二人が担当してた非熱核爆弾頭(Non-Nuclear_Bomb)は今、ガラ空き……だから、お願い……!」

「わかった。弾頭……ってことは、ミサイルか何かか。見つければすぐわかるはずだ。任せろ!」

 そう言って、藤丸達は今度こそ走り去る。その二人を、ヨルハはもう呼び止めはしなかった。

 

「──見えた、あれだ!」

  ビルの林を抜け、海岸部に出る。沈下しつつある道路の先に、大きくそそり立つそれが目に入った。発射台に配置されたそれは間違いなく戦略的なミサイル兵器。非熱核(ノン・ニュークリア)と言う言葉が指すように、核兵器ではないだけまだヨルハ達にも理性は残っていると思い知らされる。

 しかし、その発射台の麓には複数の機械生命体が群がっていた。ハッキングするような知能がないのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねミサイルにしがみつこうとしている。当然、手が届く筈はないのだが……。だが防衛対象に群がっている以上、排除する他ない。

「やるぞ!」

「はい!」

 小太郎が飛び出し、藤丸は制服の腕を捲って現れた戦闘服の回路を励起させる。小太郎が機械生命体と応戦している中、藤丸は小太郎の意識外から迫る機械生命体にガンドを放ち、スタンを引き起こさせる。機械生命体にも効力があるのは遊園地の歌姫(ボーヴォワール)で実証済みだ。

 次々と機械生命体が倒されていく。時折空中から接近する機械生命体もいたが、小太郎は空中のそれらに向かってクナイを投擲し、見事なスローイングでそれを撃墜するのだった。そうして……この弾頭の他にも奪うべき価値のあるものに注目したのか、機械生命体は現れなくなってしまった。いや、もしかしたら他に奪う価値のあるものがあるからというより、小太郎を倒してまで奪う価値はない──即ち、小太郎が邪魔すぎるから撤退したのかもしれない。

「ふぅ……一旦、小休止(ブレイク)だな」

 藤丸は水筒の水を飲み、海を眺める。ヨルハの飛行ユニットが飛び交い、飛行型の大型機械生命体母艦を攻撃する様子が見える。そしてその先の海上に見えるのは、攻撃を受け炎上した空母だった。情報によれば──この水没都市付近の港に、ヨルハの保有する空母が補給として寄港予定だったという。そんな空母を機械生命体が襲撃したものだから、その戦火は水没都市にまで文字通り飛び火し、おまけに水没都市に配備された防衛設備にも目をつけられてしまった、ということのようだ。誰が悪いわけではない、強いていうなら空母に接近できる飛行型機械生命体が存在するのが悪い。

「……こうして、生きるか死ぬかの戦いをしてるみんなを見てるだけっていうのは、なんか……嫌だな」

「仕方ないですよ。僕らが救援に向かってこの弾頭を放っておくわけにはいかないし、僕の

水上歩行(ミズグモ)もそこまで万能ではないので。一人用ですし……」

「それもそうだな……。せめて、いつでも戦えるように備えておこう」

 はい、と小太郎は答え、藤丸の隣で小太刀の手入れを始めた。ここに機械生命体が寄ってこないということは、この一帯──即ちあの負傷したヨルハのもとの安全も確保されたということだ。ポッドに頼んでH型部隊への救助要請は出しておいた。このままここにやってくるのが彼らだけならいいのだが……。

 ……が、そうは問屋が卸さない。ポッドが警告音を鳴らし、藤丸に危険を知らせる。

「警告:大型機械生命体反応を確認」

「何ッ!?」

 藤丸はえずきながらも水筒をしまい、周囲を警戒する。しかし、状況は静かなもので、とてもそんな──警告するほどの大型機械生命体が現れる兆候は見られない。……いや、全く静かなのではない。他エリアの戦闘音により、それ未満の音量が聞こえなくなっていただけだ。

「どっ、どこから──」

「水没都市沖合、海中。X座標及びY座標、それぞれヨルハ保有空母と一致」

「それって、まさか……まさかっ!?」

 藤丸は海の向こうで燃えている空母に注目する。周囲を飛び交う飛行ユニット──おそらく2Bや9Sもあの中にいる──は防衛中の空母に意識を向けることなく、目の前の襲撃に対応している。誰も、海中など見ようとはしていない。……だが次第に彼らも違和感に気づき、空中で右往左往している。同時に、爆発や銃声といった戦闘音を上回り、重々しい地鳴りが皆の耳に響いてきた。

 そして、それは現れた。現れた()()()()は空母に食らいつき高く持ち上げ、真っ二つに噛み砕いてしまった。

「な──」

 絶句する藤丸。確かにあれは”口”だった。あれほどの巨躯は、第七特異点(バビロニア)ティアマト(ビーストⅡ)くらいしか知らない。それも向こうは神の類いだったのでその大きさも納得のいく──認めたくはなかったが──ものだった。だが今回のあれは機械だ。あれほどの”人工物”を製造し運用するなど……。

 空母を噛み砕いたその”口”は、次第にその全貌を露わにし海面に浮上する。深海魚のようなギョロッとした赤い目、全身から放たれる電磁波、ビーム──それはあの機械生命体の意思ではない。自動防衛装置、本能としてのビームだった。それにより、既に何機もの飛行ユニットが撃墜されている。また、あの機械生命体に接近した飛行ユニットの何機かが機能を停止し落下していくのが見える。おそらくあの電磁波は何らかの電磁パルス(EMP)防壁なのだ。機能妨害にとどまらず、飛行ユニットそのものの機能不全を引き起こすとは、その規模の何と大きいことか。

 浮上した機械生命体は、破壊された空母よりもはるかに巨大だった。ヨルハ達が飛行ユニットで接近していくも、EMP防壁と周囲を飛び交う飛行型機械生命体に阻まれ思うようにいっていない様子だ。

「主殿……凄まじい霊基の圧を感じます。僕が宝具で撃破した大型機械生命体──真名エンゲルスをはるかに上回っている!」

「あれは、一体……」

 

「グリューン。独国の哲学者、その名を語る機械生命体(カイブツ)だ」

 

 忌々しい声がした。藤丸達は声の方向に振り返る。それは奇しくも、防衛目標であるミサイルだった。そのはるかに高いところ──ミサイルの先端に腰掛け、こちらを見下ろす人影が一人。鬼のような手に和装、刀を腰に差した男……。

「……セイバー!」

 鏖殺の──ことセイバーは、スッとミサイルから飛び降り、着地する。これほどの高さから降りて痛がる様子もなく、すぐに姿勢を起こし、藤丸達を見据える。周りには誰もいない。この三人だけが、一触即発の空気の中銃口を突きつけ合うかのように睨み合っていた。

「何を企んでる、セイバー!」

「はぁ。機械生命体の成すことに、いちいち企みがあるように思うか? 私は彼らに随伴するのみ。それこそが我が企みとも言えるがな」

 小馬鹿にするような口調でセイバーは藤丸の問いに答える。何の答えにもなっていない。傍らの小太郎は、セイバーに付き合っている時間が無駄だとでも言いたげに小太刀に手をかけている。しかし藤丸は攻撃指令を出さなかった。セイバーはアダムやイヴに並ぶ機械生命体陣営の幹部格メンバーであり、当然ヨルハでも知らないような機密情報にも通じているだろう。あの大型機械生命体の名を言い当てたのがその証拠だ。彼が刀を抜かず、話をする気があるというのなら、彼の気が変わらない限りそこに乗らない手はない。

「グリューン、って言ったか? あれの名前なのか?」

「左様。大昔だ、機械生命体はアンドロイドを攻撃するためにグリューンを設計・製造し放った。しかしグリューンは不完全だった。すぐに制御不能になり、見境ない攻撃を始めてしまったのだ。誰の手にも負えず、機械生命体達は自ら産み出したグリューンを海の深くまで封印することとした。──それが今、再び浮上した。この意味がわかるか?」

 藤丸は遠くのグリューンを見る。飛行ユニットが何機も飛び交っているが、グリューンはびくともしていない。その巨躯からくる防御力の前では、人間大の兵器など良くても虫刺され程度のものだろう。そして、あれは制御を失い暴走している。今こそヨルハ機体しか攻撃していないが、その数が少なくなれば次第に機械生命体も標的となることだろう。

 だが、機械生命体の手によって封印されたということは、グリューンによる自力での脱出は考えづらい。誰かの手によって──しかしなぜ、今あれを解放したのか? 長い年月が経ち、あれを御する用意でもできたというのだろうか。

「なんで今になって、グリューンを……」

「知らんなぁ」

 と、とぼけたようにセイバーは答える。藤丸にはそれが荒唐無稽な嘘をついているように見え、しかし自分の手には負えない真実を語っているようにも見えた。掴みどころのないその態度はまるで仮面を被っているようにも思え、同じ霊長──違うことはないとは思うが、一応の仮定である──とは思えない不気味を見出してしまうのだ。

「知らない……?」

「私は少なくとも、あれを解き放った者を知らん。動機も知らん。だがあえて考察するならば……最近になって、機械生命体は多様な進化を遂げた。明確な意思を持つ者、単なる共同体に留まらない特殊な団体を組む者、アダムとイヴの誕生……。果たしてそれらは何によってもたらされた? ヨルハアンドロイドの開発? レジスタンスの善戦? ──グリューンが目覚めたのは、そんな革新と逆境の最中に身を置かれた機械生命体達の集合意思によるのかもしれんな。知らんが」

「"知らない"、"知らない"……!」

 突如、怒りのこもった声が飛ぶ。その主は、意外にも小太郎だった。柄にもないしかめっ面を浮かべる小太郎に、藤丸は若干引いてさえしまう。

「主殿、奴の言葉に耳を傾ける価値はありません! 中身のない話をよくペラペラと……!」

「こ、小太郎、何をそんなに──」

「僕に流れる鬼の血が囁くのです。あれは……歪だ。確かに鬼種の類いでありながら鬼になりきれない、()()()()()……。色々な血をごちゃ混ぜにしたかのような、嗅ぐに堪えない臭い……」

 それを聞いてセイバーは、ほう、と小さく頷いた。小太郎の考察は案外当たっているのかもしれない。しかし、だとしてそれをわかりやすく身振りに表すセイバーの意図もわからない。ただ、そんなセイバーに対し小太郎は、殺意さえ超えた敵意を示し続けていた。小太刀を抜き、その切っ先をセイバーへ向ける。その様を、セイバーはただ笑っていた。

「……どうした、セイバー! 前みたいに、その二本の刀を抜いて、襲ってこないのかッ!」

「目的と手段がすり替わっているぞ。私の目的はお前達に機械生命体の活動の邪魔をされないようすること。襲い殺すことはその過程に過ぎん。だが──」

 と、セイバーはとうとう両腰の刀に手をかける。まだ抜きはしていないが、ただ柄を握っただけで、「次の瞬間殺されるかもしれない」という危機感が藤丸達に芽生えるのだった。

「──お前が死合いを望むのであれば、私はそれに応えようぞ」

 セイバーは宣言する。刀は抜かず、動く気配はない。いや、すぐにでも抜刀し迫れるのかもしれないが、そうしない。セイバーは、小太郎を待っているのだ。小太郎が望むのであれば──言葉通りに彼は小太郎から打って出るように誘導しているのだ。攻撃しない、それだけで今の小太郎には十分な挑発になり得るのである。

「ッ──鏖殺のセイバー、覚悟ッ!」

 小太郎はアサシン特有の俊足で駆け出した。一瞬で──刀を抜く隙さえ与えずセイバーへと迫り、小太刀を突き立てる。だがセイバーの目の前で立ち止まった時点で小太郎は十分に視認できる存在となり、駆けるよりも襲いその小太刀の突きはセイバーにとって十分な時間であった。

ガキン──小太刀が、何かに防がれる。セイバーは依然刀を抜き切ってはいない。──それは、刀の”鍔”だった。鍔で押さえ込んだ小太刀を柄で巻き込み、小太郎とセイバーの胴体の直線上から退ける。そうしてガラ空きになった小太郎の胴体に、セイバーは鞘のついたままのもう一刀で一撃をくらわせた。それは脇腹に命中し、小太郎から呻き声を引き出す。

「ぐっ──このっ……!」

 小太郎はクナイを手に取り、その軽さゆえの目にも留まらぬ速度でセイバーへ突き立てる。同時に、もう片方の手で握った小太刀を振るい、挟み込むようにしてセイバーを攻撃する。しかしセイバーは未だ刀を抜かない。セイバーは二振りの攻撃、その腕の下を転がって回避する。セイバーの移動を瞬時に察知し、手のクナイを投擲する小太郎。そうして、とうとうセイバーは刀を抜いた。転がった姿勢から次の回避へと繋げる時間がなく、セイバーは刀を抜きクナイを弾き飛ばしたのだ。セイバーは自ら抜いた刀を、不思議そうに見る。まるで無意識下で行ったかのように。

「……驚いた。よくこの短期間でここまで至ったな。こうも呆気なく刀を抜くことになるとは」

「何を──たかがクナイ一本弾かせた程度で!」

 小太郎は、セイバーの言葉を挑発と受け取った。「武器を抜かせることさえできなかったのに」そう言われているように小太郎は感じたのだ。それはつまり、自分が舐められているということ。ただでさえ敵意を向けているセイバーからそんなことを言われては、小太郎も冷静ではいられない。

 しかし、それでも藤丸に無許可で宝具を使うほど我を忘れてはいなかった。特に果てぬ羅刹に転ず(オウガ・トランス)……それを行使することは、今の小太郎にとっても流石にはばかられた。あれほどの力があればセイバーへ肉薄もできようものだが、代償が大きすぎる。四肢に限定しても制限時間は一分程度。それだけやって”肉薄”止まりというのは、あまりにも割に合わないというものだ。だから、剣術で戦うしかない。剣士(セイバー)の名を冠する英霊相手に。

 小太郎は再びクナイを取り出し、駆け出す。今度は投擲することはせず、小太刀と共に二刀をもってセイバーに立ち向かう。セイバーは片方しか刀を抜いていない。ならば手数で上回ることで、二本目を抜かれる前に圧倒するしかない。

 しかし──やはり名の示す通り、セイバーの剣技は圧倒的だった。小太郎は鎌鼬の如く何度もセイバーに斬りかかったが、セイバーはそれを刀一本だけで全て凌いでみせたのだ。それも大きく振りかぶることもなく、ちょい、ちょいと刀の位置と向きを変えるだけで全てを防いでしまった。まるで彼には小太郎の剣戟が事前に見えていて、そこへ重なるように刀を()()()()()()()()かのようだった。その立ち振る舞いはさながら有名なスペースオペラに描かれる剣士達のようだ。そして本当にそのように見えるのであれば、あの映画と同じようにセイバーは一瞬の隙にどんな攻撃を差し込むかを理解し、一撃で仕留めにかかってくる……!

 その時、小太郎は一瞬の隙も与えたつもりはなかった。なかったのだが……なぜいけると思ったのかさえ理解できないほどの小さな隙に、セイバーは刀の柄で小太郎のみぞおちを突いた。ぐ、と一瞬の悶絶。しかし小太郎はもはやその程度で止まっているわけにはいかないのだ。短い柄で攻撃したことでセイバーとの距離は狭まった。攻撃には易いが、回避するには近すぎる。小太郎は腕をセイバーの背後に回し、クナイでその背を突こうとする。すると……

「──すん、すん」

 何を考えたか、セイバーは小太郎に顔を寄せ、匂いを嗅ぎ出したのだ。

「ッ……!?」

 奇行に、思わず飛び退いてしまう小太郎。その瞬間、小太郎は後悔した。せっかくのチャンスだったのに、自身にとって致命的ですらないセイバーの奇行でそれを逃してしまった。いや、もしかするとセイバーはそれを承知でこのような行動に出たのか?

「なっ、何を……!」

()()()、好奇心とは切っても切れない縁でな。そしてまたもや()()()、私は人間観察に長ける。その者がどんな人生を送ってきたのか、そしてこの後どう動くのか……単なる技能、あるいは習性に過ぎないはずだったが、英霊として現界するにあたってスキルとして付与されたようだ。今のは……残り香を嗅いだ。出会った相手、起きた出来事、その残り香だ」

 即ち、過去。セイバーは相手の過去を”嗅ぐ”ことができるのだ。嗅ぐだけが発動条件ではないかもしれないが。それが仮に味を確かめる・舐めるなどだったりしたら発動する余裕はそうないし、発動する本人からしても気色の悪いことこの上ないだろう。

 しばし、小太郎が引いている間にセイバーは嗅いだ匂いを吟味する。それまでのいらつく程に飄々とした笑みは浮かべず、真剣に匂いに集中している。さながらプロフェッショナルである。この隙に攻撃すれば楽なのだろうが、きっとセイバーはその瞬間一瞬でこちらからの敵意に気づき、意識を戦闘へ回帰させる。セイバーの気が逸れているからといって、少しの油断もできなかった。

「ふむ……二号と出会ったか」

 彼の言う二号……それは2Bのことではない。彼女はずっと藤丸達と行動を共にしていた。二号とは、A2のことだろう。

「伝聞ではあるが、彼女も危険な存在だ。だが敵の敵は味方、とそう上手く行かないのはお前達も身をもって感じたようだな」

 続けてセイバーは残り香を嗅ぎ、小太郎達の記憶を読み取る。それは即ち藤丸の記憶でもあり、機密情報流出の恐れも大いにあった。だが大層な能力の割には、随分と直近の出来事をまとめている。もしかすると、記憶を読み取る範囲はそこまで広くはないのかもしれない。良くてプラマイ直近数日、といったところか。

 ……ふと、藤丸は思った。この特異点に来て、何日が経った? 少なくともまだ夜は迎えていない、同じような陽がずっと照っている。だがそれにしては妙に体感時間が長い。思えば時計も見ていない。……一体、今は何時なのだろうか?

「……ほう。E型とも接触したのか。これは……いや、別個体か?」

 セイバーが気になることを言った。彼はヨルハE型──処刑モデルについて知見があるようだったが、「別個体」という言い方が引っかかる。

「別……? 何を知ってるんだ、セイバー!」

「ヨルハE型……彼女達は専ら、機密情報を知ってしまった──いや、知り過ぎてしまった者を排除するために派遣される。処刑とはその者の死を以て贖罪とする行為。これでは処刑(Execute)というより粛清(Eliminate)だな」

 そして、セイバーは顔をしかめる。頭の中に何かが引っ掛かる嫌悪感、異物感。そしてそれは果たして何なのか。それを探る表情だ。

「だが妙だ……私はこれまで何体ものヨルハを殺し、その記憶を嗅いできた」

「何体も、だと──!」

 セイバーの言葉に逆上し、つい襲いかかりそうになる小太郎。しかしセイバーは、戦う気はないとでも言うかのようにそんな小太郎を静止した。思案を邪魔されたくなかったのだろう。

「最後まで考えさせろ。──その嗅いできたヨルハ達の記憶の中に、E型はいた。何例もだ。お前達だけじゃない、何体ものヨルハ──アンドロイドがE型と接触している。工場廃墟の死骸、競技(スポーツ)チームへの偽装……。誰かが、E型にそこまでさせるほどの機密を握っているとしか考えられん。……お前達とて他人事ではない。これほど頻出しているとなると、E型は案外すぐ近くにいるかもしれないぞ?」

 神妙な空気が張り詰める。全てを知っているかに思われたセイバーが頭を悩ませるほどの謎。赤髪のE型が最期に遺した言葉。E型を指揮するバンカーの目的。それはきっと、セイバーにとっても無関係ではないのだろう。だが、それ故に彼の好奇心は抑えられることはない。彼は機械生命体達の目的のためのみならず、実に根拠のない利己的な感情を藤丸達に向けていたのだ。それこそ、刃のように鋭く。

 ……すると、海の方から二機の飛行ユニットが飛来するのが見えた。白と黒が一機ずつ。2Bと9Sだ。

「あれは……あの二人か? 二人だけ戻ってきた……?」

「……なるほど、対物狙撃弾頭砲(アンチマテリアルキャノン)か。あれでグリューンを物理的に貫こうという算段だな」

 彼の言うそれは、きっとヨルハがこの沿岸地域に配備している兵器の名なのだろう。彼でさえ頭を悩ませる謎……とは言ったが、それを抜きに彼は非常に多くの機密を知っていた。彼の”人間観察”スキルによる成果だろうか。

 そして彼は、それを止めようとはしなかった。諸刃の剣ではあるものの、アンドロイドに対し強い特効を秘めたグリューン。その破壊は機械生命体にとって大きな損失となるはずだったが……。

 ガァンッ、ととても銃声とは思えないような炸裂音が響く。それは確かに、対物狙撃弾頭砲の砲声だった。まっすぐ突き進むその弾頭は、わずかに開いたグリューンの口腔内に命中し、大きな爆発を起こしグリューンに火炎を吐き出させた。

「命中した!」

「そうか、スキャナーである九号の演算で終末誘導を補っているな。故に二人──技師と砲手か」

 考察しながらも、ククク、とセイバーは笑っていた。まるで、どうぞあれを破壊してください、と言うかの──頼むかのように。藤丸には、それが気味悪くて仕方がなかった。同時に、とてつもなく嫌な予感がした。経験上、藤丸の直感は当たる。彼の観察力が高まっているのか敵のことごとくが露骨なのか、こういった時の仮定は大抵その通りにいってしまう。

 ……グリューンはまだ墜ちてはいない。大口を開け、自分を攻撃した相手に威嚇している。それは、まさに砲弾をぶち込む絶好の隙だった。

「拙い……、ポッド、二人を──」

 と、ポッド042を二人の元に返すまでもなく、二発目の砲弾が発射された。命中の有無を問うまでもなくグリューンの口腔で大爆発が起こる。一発目のものよりも大きい、致命的なものだ。

「やった……?」

「違う、小太郎! あれは……」

 グリューンが沈んでいく。その巨体による潜航で舞い上がった海の飛沫で、その姿さえ確認できなくなってしまう。……が、その直後、グリューンは再び浮上した。しかしそれまでとは大きく異なっていた。グリューンは……何と、あの顔の下にさらに胴体を隠しており、それを遂に起動させ文字通り立ち上がったのだ。ビル何階分かも分からないその巨大は、立ち上がっただけでもその飛沫で数機の飛行ユニットを飲み込んだ。

 ……これまで戦っていたグリューンは──てっきり巨大な魚類型の機械生命体だと思っていたそれは、実際には超巨大な魚人型機械生命体であり、それまで本体だと思っていたのはその首先でしかなかったのだ。

「──」

 藤丸は絶句した。あまりの巨体──それまでも巨大ではあったが、更に──に圧倒された……それだけではない。その巨体で、藤丸は思い出してしまったのだ。バビロニアの地獄。神、巨人、獣……ティアマトによる蹂躙を。首先だけの状態でも、その面影はあった。だが立ち上がり、その本体が露わになったことで、その暗い影は一層形をはっきりと藤丸の中に根付いてしまった。海面に乱立する廃ビル、それらよりも遥かに大きいグリューンの体躯。その大きさは、まさにティアマトに匹敵していた。

 だからこそ、藤丸は思ってしまう。あれに勝つにはこの戦力では──セイバーを含めたとしても、無理だ。

 その時。通信機に内蔵された魔力計が警告音を発した。同時に、その場にいた小太郎やセイバーももれなくそわそわし始める。彼らが感じているのは危機感。大規模な魔力攻撃の予感。そして、この世界における機械生命体の電子攻撃系は、藤丸達の世界における魔力と似た性質を持ち、ハッキングやジャミングなども魔力攻撃として藤丸達には作用する。つまり──。

 そう、その巨大な魔力反応はここから数キロ先の沖……グリューンの体内から検出されたのだ。

「さあ、来るぞ!」

「ッ、主殿!」

「わかってる! なら、これで……!」

 藤丸が取り出したのはひとつの宝石。出発前、イシュタルやアストライアといった宝石魔術のプロフェッショナルから授かった緊急用兵装。今取り出したこの宝石には、対魔力防御フィールドを展開する魔術が込められている。

「頼むぞ──それっ!」

 その宝石を、藤丸は地面に投げつけた。砕け散った宝石、その内側に込められていた魔力が放出され、藤丸と小太郎を包み込むドーム型の防壁が形成される。これで一安心ではあるが、あれほどの魔力反応だと、一撃受けただけで機能を終えてしまうだろう。

 グリューンの全身が、バリバリと稲妻を帯びる。グリューンがそれまで放っていたEMP、その反応が更に大きく巨大化していく。そして、溜まりに溜まったエネルギーをグリューンは解き放った。それは自身を守るどころか遠距離までさえ攻撃するEMP爆発となって、グリューンの全方位数キロに渡って襲いかかる。グリューンの周囲で飛び交っていた飛行ユニットが軒並み機能を停止し墜落していく。その波動は飛行ユニットのみに収まらず、一部の機械生命体までもを撃墜してしまう。そして、沿岸部にいた藤丸達にもEMP爆発が到達した。防壁越しにも伝わる怖気。藤丸はそれだけで済んでいるからいいものの、一方の小太郎は魔力とは切っても切れない縁で縛られたサーヴァントであり、EMPの影響も大きいようで、多少の肉体的嫌悪感を示しているようだった。頭痛、軽い吐き気、顔色を見る限りそんなところだろう。

 だが、防壁の外にいるセイバーには何ら異常は現れていなかった。それどころか有名な映画ポスターを想起させる雨を浴びるような仕草で、グリューンのEMP爆発を全身で感じている。あの様子だと、一切のダメージを受けていないようだ。そして、笑っていた。まるでグリューンの破壊を歓迎するかのように、グリューンの真の誕生を祝うように、笑っていたのだ。

 その時。グリューンはその大きな腕を高く振り上げた。それはとても長く、直線に伸ばせば沿岸(ここ)までゆうに届いてしまうほどだった。グリューンはそれを──こちら側に向かって振り下ろした。しかしその目は藤丸達を向いていない。向かっているのは彼らとは別の方向……対物狙撃弾頭砲の方。自分を攻撃したあの二人に向いていたのだ。

「ッ、逃げ──!」

 と、彼の声が遠くにいる二人に届くわけもなく。グリューンの腕は振り下ろされ、砲台を破壊したであろう大爆発をその手の先で起こした。

 ……が、藤丸にはそれがすぐ目についた。吹き飛ばされながらも、ある飛行型機械生命体の助けを借りて体勢を立て直す白黒二種の飛行ユニットの姿。2Bと9Sだ。そんな彼らを助けたのは……あの錆色を見るに、ユニットを換装したパスカルだろう。この一帯の戦闘音はレジスタンスキャンプまで響いていた。ならパスカルの村で聞こえない道理はない。そうして異変と危機を感じ取ったパスカルが救援にやってきたのだろう。

「よかった……。ポッド、二人のところに戻ってくれ!」

「了解」

 そう言うと、ポッドはふわふわと浮遊していった。すでにEMPの余波は収まりつつあり、防壁を解いても影響はなかった。そんな空を、ポッドは飛んでいく。そして合流したであろう彼らは揃って、グリューンへ向かっていった。

「仕留め損ねたか……この様では、あれも限界が近いな」

 ぼそぼそと独り言を呟くセイバーに、小太郎は再び刃を向ける。それに気づいたセイバーはため息をつきながら、気だるそうに振り返る。

「限界って、何が──」

「分からんか。あの不意打ちで敵を取り残すようであれば、もう打倒の余地はないと言っているのだ。あれを立ち上がらせるまで追い詰めた相手だ、実際立ち上がったところでグリューンはもう勝てんよ」

「お前は──お前はどうなんだ、セイバー!」

 小太郎が問う。何を言っている、とセイバーはしばし頭を回したところで、小太郎の言葉の意味を理解し、それを笑った。小太郎の顔は一層険しくなる。笑えるところなど何もない。小太郎にとって、セイバーのそれは侮辱でしかなかった。

「私……私か? 見ればわかるだろう、私は──」

 するとセイバーは、目にも留まらぬ速度で刀を抜いた。既に右手に握っている刀とは違う、二本目だ。その行動に、小太郎はつい圧倒されてしまう。一本だけでもあれだけ手強かった相手が……。

「──私は今、二本目を抜いたばかりだぞ?」

 次の瞬間、フッ、とセイバーの姿が消えた。動揺する藤丸と小太郎。しかし()()()()に気づいたのか、小太郎は硬直し、じりじりと後方を振り返る。そこにいたのは……二本の刀をまるでハサミのように小太郎の首筋に添えたセイバーだった。

「──ッ!」

 セイバーが二方の刃を閉じ、小太郎の首を切断する。しかしその直前に小太郎は自らの分身(デコイ)を作り出し、セイバーの狙いを撹乱し脱出する。セイバーの刃が断った小太郎の分身は、その手応えさえなく霧散していく。

 距離をとった小太郎は残像さえ見えるほどの手捌きで何本ものクナイを投擲する。その速度はどれも銃弾に匹敵し、安易に目視し防げるものではない。……しかしセイバーは二本の刀をくるくると回すようにして全てのクナイを弾いてしまった。そんな彼の瞳孔が動いている様子はない。彼は戦況を俯瞰し、あるいは直感的に危険を察知しそれに対処したのだ。()()()、人間観察に長ける……人をよく観察できるのなら、それ以外もよく捉えることができるというのも道理だった。

「チィッ!」

 クナイを振り払ったセイバーの隙めがけて、小太郎は鎖鎌を投げつけた。重心がよくコントロールされたそれは生き物のようにしなりセイバーに襲いかかるが、それにセイバーが気づかないわけもなく、一歩その場からズレただけで鎖鎌を回避してみせた。しかし、セイバーは違和感に気づく。──今の攻撃には()()を感じなかった。まるで当てる気が無いようだった──。と、その瞬間、セイバーの腕に鎖が巻き付いた。幸運にも鎌が突き刺さることはなかったが、小太郎の腕力に引かれて右腕の自由を半ば奪われてしまう。

「ハッ、筋力(Strength)では僕の方が上手のようだな!」

 小太郎は鎖鎌を一気に引き、絡まったセイバーごと引き寄せる。セイバーはその場で堪えることなく、あえて小太郎の膂力に身を任せることで小太郎への急接近を図る。二人の距離が急速に縮まり、しかしセイバーはその手の刀を煌めかせている。セイバーの目論みは成功であった。だが、セイバーは気づく。余裕に満ちたセイバーの顔を、小太郎はじっと見つめていたのだ。ハッ、と、セイバーは小太郎の空いた左手を見る。そこに現れたのは、人の胴体ほどもある巨大な手裏剣。小太郎はそこへ魔力・妖力を流し込み、電動ノコギリ(ホイールソー)のように回転させていた。ギラギラと光を反射させるそれは、その切れ味の恐ろしさを容易く想像させる。きっとあの刃に一瞬触れただけで刃は肉へとめり込んでいき、一瞬で両断されてしまうことだろう。

 セイバーは小太郎の手裏剣に意識を向け、二本の刀を構える。回転する刃に噛ませてやればその勢いを殺し、小太郎に不意を作ることもできるだろう。セイバーの予想通り、接近したセイバーに向かって小太郎は手裏剣を振りかぶった。投げるのではなく直接切り刻むつもりなのだろう。だがセイバーの想定としてはその方が好都合だ。回転する刃、その切れ目に向けてセイバーは刀を差し込む。ガキン、と鈍い音が響き、手裏剣の回転が止まった。

「しまっ──」

 が、今更後悔しても遅い。セイバーは手裏剣が絡まったままの刀を大きく振りかぶる。その膂力は凄まじく、刀に押し出されるかのように小太郎は手裏剣ごと振り回される。そしてセイバーが刀を大きく振り切ると、刀に絡まっていた手裏剣はすっぽ抜けていき、小太郎諸共吹き飛んでしまう。

「ッ──行けっ!」

 しかし、吹き飛ばされてもなお小太郎は空中でセイバーを見据え、その手裏剣を投擲した。手裏剣は空気の間を縫うように、きりもみ軌道さえ描くことなくまっすぐ飛んでいく。だが当然それはセイバーにも見えていた。とはいえこの手裏剣は武器としての格も高く──小太刀ほど常用はできない奥の手だった──安易に防げるものでもない。そこで……セイバーは二本の刀を地面に突き立てた。そして刀に全ての血流を移すかのように魔力を流し込むと、その刃は燃え上がり、地中から巨大な火柱が噴き出した。

「何──ッ!?」

 火柱は幕のようにセイバーを覆い隠すと、手裏剣の軌道を妨げ、その勢いを完全に殺してしまう。そして火の幕を抜け、セイバーに迫る頃には、一般人でも目視で避けられるほどにへにゃへにゃとした軌道で宙を漂っていた。当然、セイバーはそれを避ける。手裏剣は地面に突き刺さることもなく、カラカラと音を立てて転がった。

 セイバーのその技は、奇しくも小太郎が用いる火遁に似通っていた。しかしニンジャでもない──おそらく──セイバーが火遁を使うとは考えにくい。それに、見るがいい──セイバーが地面から引き抜いた刀、その刀身がまるで燃えるかのように赤熱している。いや、本当に燃えているのか? どちらにせよ、あれは火遁にできる領域ではない。火遁は火を呼び出す術であり、操るところまでは専門外だ。それほどまでに至るには、小太郎よりもより高位の忍びでなければ難しいだろう。

「随分と、やるではないか。私とて気の昂りを感じるぞ。──そら、炎には縁があるだろう? 見ていたぞ、エンゲルスを屠ったあの宝具、炎の地獄を。あれほどの火を起こせるのなら、お前にも操れるはずだ、炎が!」

「僕、にも……?」

 小太郎は手の中のクナイを見つめる。普段、専ら火を呼ぶ触媒として使うクナイだったが、それをも超え、火を操ることができるのだろうか。そのビジョンが、小太郎には見えない。不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)はあくまで宝具、火を操るような高位の技術も使えて当然だ。だが平時も、となると……。

 小太郎は力を込める。小太刀を強く握り、その手先にのみ全ての精神を集中させる。セイバー、鬼と言うには歪な男。だが彼の中にも鬼種の血が流れており、彼に炎を操れるのなら、小太郎にもできるはずなのだ。それにカルデアの鬼は──茨木童子や巴御前など、炎に縁のある者が多い。そのいずれも、炎を自らの武器として行使している。

 ……ぼっ。小太郎の手を、薄くではあるが炎が包んだ。

「!」

 一番驚いたのは小太郎自身だった。忍術・妖術の類いではない、自分の鬼種の力を引き出すことで燃え上がった炎。まさかできるとは思わなかったのだ。自分の鬼種の血は他の皆ほど濃くはない、そしてそんな血とも縁遠い生活を送っていた。──だから、彼の中の鬼は眠っていたのだ。悠々と、血と魂の目覚めを待ちながら。

 だが、その時だった。燃え上がった手が、ぎりぎりと痛み出したのだ。

「ッ、あ──ぐああっ!」

 あまりの痛みに、小太郎は小太刀から手を離してしまう。からん、と音を立て転がる小太刀。その刃はセイバーのそれのように、燃え上がってはいなかった。

 小太郎の感じる痛みは、炎の熱とはまた別だった。内側から崩れていくような感覚。自分の肉体でありながら、肉体自ら自壊を選択したかのようでもあった。小太郎はその症状を引き起こすモノを知っている。──果てぬ羅刹に転ず(オウガ・トランス)。あの宝具を限界まで行使した時の──直近では、E型を撃退した際の肉体の疼きと全く同じモノだった。

「どうして──ッ」

 と口では言いながらも、小太郎は原因を全て理解していた。平時の彼は、鬼種たるを完璧なまでに隠蔽している。それは小太郎が意図したものではなく、サーヴァントとして召喚された瞬間からそうだった。要は鬼種の血の封印である。そして、その封印を解除するものが果てぬ羅刹に転ず(オウガ・トランス)。それは小太郎が手放した力。しかし切っても切れない絆で結ばれた呪い。風魔小太郎という()()()()()の宝具となるにはうってつけだ。

 で、あるならば。セイバー、そして茨木童子や巴御前のように炎を操る力が鬼種の血による権能であるならば。小太郎はその力を使うことで、無意識に──そして強制的に、果てぬ羅刹に転ず(オウガ・トランス)を解放してしまうのだ。

「小太郎、腕が……!」

 藤丸に指摘され、小太郎は自らの腕を見る。これも果てぬ羅刹に転ず(オウガ・トランス)強制解放の作用だろうか──その腕には太い血管が浮き出、痣のように青く、あるいは赤く、その腕を染め上げていた。その赤青の色合いはまるで燃え上がる炎のようでもあった。小さな炎を作り出し、その反動で肉体の自壊を予感し、その様が炎のよう……とは、なんという皮肉だろうか。

「もういい、小太郎! 無理するな! これ以上果てぬ羅刹に転ず(オウガ・トランス)の解放が進んだら、お前の霊基がどうなるか……!」

 小太郎は苦しむような、あるいは迷うような表情を浮かべる。崩れていく肉、煮えたぎる血が腕から全身へと伝播し、小太郎の体を蝕んでいく。そして──小太郎は、暴走する力と己の意思を律した。ふっ、と吹き消されたかのように炎が鎮まる。そして痛々しく変色していた腕も、次第に血が通っていき、元の薄橙色に戻っていった。

「──ッはあっ、はあっ、はあっ……!」

 ついさっきまで息を止められていたかのような荒々しい呼吸。それほどに、鬼種の血の力とは小太郎にとっては害なのだろう。人として育てられた体、人ならざる血・力。これらの相性は最悪なものだ。覚醒するのも鎮めるのも、容易に制御できるものではない。ある種の本能によって、それらの力は見え隠れする。だがそういった意味では、自らの意思で力を収めることのできた小太郎には素質があるとも言えよう。

 そんな一部始終を見ていたセイバー。彼は退屈そうに吐き捨てた。

「……期待しすぎたか。その程度の意気地、闘争本能しか持ち合わせていないとは」

「うるさい、力をどう使おうと小太郎の勝手だろ! 小太郎が意気地なしだっていうなら、お前はどうするんだ!」

「──手本を、見せてやると言うのだ」

 その瞬間、セイバーの手がボウッと燃え上がった。それは刀のそれや小太郎のそれとも一線を画す業火。一体何度の熱を秘めているのか、一定の距離離れている藤丸達ですらまるでサウナの中に幽閉されたかのような熱気に晒される。噴き出る汗が果たして熱によるものなのか、セイバーへの緊張感によるものなのかは本人達にも定かではない。

 セイバーの手が燃えると、その手の如何に鬼の手たるかがよりはっきり見えるようにも感じられた。鋭く尖った爪が刀の柄をがっしりとホールドし、燃え盛る炎の熱を刀と共有する。手先のみが燃え、まるで全身の魔力・エネルギー・炎が全てこの二手に収束したかのようでもある。この圧倒されるような魔力の波……小太郎の不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)と同じ。即ち、真名解放の一撃である。

「宝具────、」

 セイバーがその名を宣言する。……が、その直前になってセイバーの勢いは弱まり、炎も鎮静化した。なんだなんだと藤丸が警戒していると、通信機に一本の通信が入った。カルデアからではない。──9Sだ。共有しておいた周波数に、彼の声が響く。

『こちら9S、聞こえますか?』

「聞こえてる! そっちは大丈夫か!?」

『はい。ただ、お二人はそこからできるだけ遠くに逃げてください!』

「遠くって、なんで──」

 と、その時藤丸は気づいた。通信が妙にクリアになる。それと同時に遠くから接近してくる轟音に、藤丸は視線を向ける。そこにいたのは、黒いヨルハ飛行ユニット。9Sだ。前線から離脱しやってきた彼は──ヨルハの姿勢制御バーニアを起動し、配置されていた非熱核爆弾頭を掴んだ。

「は?」

 と、思わず藤丸は声に出す。非熱核とはいうものの、この兵器の危険性をよく理解しての行動なのだろうか──いや、そもそも彼らがこの兵器の防衛を担当していたのだから理解していて当然か。彼がミサイルを持ち上げた瞬間、藤丸は9Sのやろうとしていることを察した。確かにそれならグリューンを倒し得るだろうが、あまりにも無鉄砲なプランではないだろうか。9S本人の身も危うかろう。

 ……セイバーは、きっとこれを予感したのだ。遠くに9Sの駆る飛行ユニットが見えた瞬間、その卓越した人間観察とやらで、9Sのやろうとすることを全て読み取ったのだ。そして、彼は直感したのだ。状況の打ち切り、そしてグリューンの敗北を。

「アンドロイドとは、つくづく……」

 そう言って、セイバーは二刀を納刀する。それと同時に、藤丸達に背を向けようともしていた。そんな彼を、疲弊した小太郎が呼び止める。

「待てっ! どこへ、行くつもりだ……!」

「帰るべき場所を自ら明かすわけがないだろう。ただ──今回は時間切れだ、とだけ言っておこう」

「時間切れ、だと……」

「戦況は()()()。そして、ここにいる意味も無くなった。……アサシン。北条の忍び、風魔小太郎よ。私はお前の血を忘れない。そしてお前も、努々忘れるな。自分が何者か、自分の中には何色の血が流れているのか。次また逢う瞬間までに、その力を己のものとしてみせろ。私も真名と宝具を以て、お前に立ち向かおう」

 と、セイバーは意味深に吐き捨て霊体化して消えていった。小太郎が残存魔力を辿り追うも、既にそこにセイバーの痕跡はなかった。彼は一瞬でこの場から姿を消した。

 ふと上空を見上げると、ミサイルを掴んだ9Sがグリューンめがけて突撃して行った。かなりの距離があるように見えるが、あの飛行ユニットの飛行速度、そしてミサイルの推進力が乗れば一瞬で彼我の距離は縮まることだろう。

 そして、それは同時に一つの事実を示してもいた。そして、藤丸は9Sにささやかな恨みを向けるのである。──その速度で飛んでいくなら、退避勧告が遅すぎるだろう!

「──ッ、防御の宝石を──」

 藤丸は慌てて宝石を一つ取り出し、それを地面に向かって振りかぶる。しかしそれを投擲し地面で砕けるまでの時間と、既に長距離を飛行している9Sとそのミサイルが着弾するまでの時間は僅差だった。僅差で──。

 ドォンっ……。遠くで、爆発音がした。眩い爆炎に目を細めてみると、それはグリューンの口から燃え上がっていた。爆炎、爆音、そして次に襲いかかるものといえば……。

「(あ、間に合わな──)」

 思考さえも自由にできないその一瞬で、感じたことのない爆風、衝撃波が藤丸達を襲う。その瞬間視界は真っ暗に暗転し、体は浮遊し、自分がどういう状況に置かれているのかさえわからず、その意識を消失してしまった……。




はてさて、今後のニーア展開はどうなっていくことでしょうか。
オートマタのアニメに、リィンカネのサ終。永遠に擦られ続けるオートマタネタとアコールさん。次はDOD4でもいいのよ?
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