Fate/dragon sphere   作:小櫻遼我

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お久しぶりです
しばらく心身の休息をいただいていました
執筆という行為はあくまで「娯楽」「趣味」のひとつとして、書きたい時に書きたいものを書く、そんな緩く自分に優しいスタンスでこれからも好きなようにやっていきたいと思っております


第十五節 複製された街

「……どの……主殿!」

 

 聞き慣れた呼びかけに、藤丸は眼を覚ます。はじめに感じたのは後頭部や背の激しい鈍痛の名残り。そして目を突き刺すような強烈な光。……どれだけ、気を失っていたのだろう。藤丸はゆっくり平衡感覚を確かめながら立ち上がる。

 

「ダ・ヴィンチ殿、起きました!」

『よかった……具合はどうだい? バイタルに異常はないけど、ずいぶん気を失っていたからねぇ』

「小太郎……まだ、頭がはっきり──っ、そうだ、グリューンは!」

 

 思考を取り戻した藤丸は、駆け出すように瓦礫の陰から顔を出す。そこに広がっていたのは……藤丸の懸念を確かめるまでもない光景だった。

 遥か遠くの洋上に見えるのは、周囲の廃ビルよりも高くそびえ立った機械生命体──グリューン。その亡骸だった。うなだれるような姿勢で立ったまま息絶え、体の節々からは炎と黒煙が立ち上り、威圧感のあった丸い瞳をもつその顔はなんと上顎以上が消し飛んでいる。9Sが持ち上げたミサイルが口腔に直撃し、内側から破壊したのだ。

 と、ここで藤丸の意識は彼らに向いた。2Bや9Sは藤丸たちよりも前線──つまり、より爆発の近くにいたはずだ。あれほどの爆発と衝撃波ではヨルハ機体といえどただではすまない。現に、藤丸が辺りを見渡すと、墜落した飛行ユニットの脚部が海面から飛び出、そこらかしこにボロボロになったヨルハたちが転がり、そして救護されている。

 

「っ、小太郎、2Bたちは……!?」

「大丈夫です、現在はポッドのお二方がついています。居場所に関しては、153殿から連絡が」

「そうか……。俺は大丈夫だ、早く合流しよう」

「はい。こちらです!」

 

 まだふらつく頭を首で持ち上げ、藤丸は小太郎の後を駆けていく。

 どれだけ走っても、見える景色は変わらない。瓦礫の山に、傷ついたヨルハたち。グリューンとの戦いに勝利したのは間違いないが、無血の戦いなど存在しないものだ。それは藤丸自身、これまでの旅を経ていやというほど感じていた。だからこそ自分たちは戦っているのだ、とも。

 しばらく走ると、建物の陰から人影が飛び出してきた。2Bだ。彼女も目覚めたばかりのようで、足元がおぼついていない。

 

「2B殿の容体は?」

「僅かな意識混濁と平衡感覚の乱れあり。バイタルチェック、および論理ウイルス診断問題なし」

「よかった……あの爆発なので、どうなったかと……」

 

 と状況を報告し合う小太郎と二機のポッドの間に、何かに気づいた2Bが割って入る。

 

「待って。……9Sは?」

 

 そういえば、と藤丸は辺りを見渡すが、倒れたヨルハたちの中に男性型らしいものはみられない。前線に出ているスキャナー型自体少なかったのだろうか。確かにこの場にポッド153だけいるのも妙だ。

 

「小太郎、見たか?」

「いえ……どこかにいるとは思うのですが……」

 

 二人の会話を聞いた2Bは、いてもたってもいられず司令部に通信をかけた。普段の彼女らしくなくヒールのかかとをコツコツと貧乏ゆすりをしながら、バンカーの応答を繰り返し乞う。何度かの呼びかけ、コールの後にホログラムモニターに表示されたのは2B付きのオペレーター21Oの、いかにも不安で仕方がなかったというような顔だった。

 

『2Bさん! 大丈夫ですか!?』

「基本機能に問題はない。それより、状況を教えてほしい」

 

 わかりました、と21Oは頷き、おそらく隣にあるであろうモニターに顔を向けながら指を動かす。カタカタと音を鳴らし、次に彼女の声が聞こえるまでそう長くはなかった。

 

『海岸都市に襲来した超大型機械生命体ですが、八時間前の攻撃により完全に沈黙しました』

「八時間、だって……!?」

 

 2Bも驚愕していたが、もっとも驚いたのは藤丸だった。八時間といえば、カルデアでの睡眠時間とほぼ同じ──いや、もっと寝れてないかもしれないが──ではないか。一晩が過ぎるほどの時間が空いて、まだこれだけ負傷者が残っているとは。21Oによると、グリューンの放ったあのEMP攻撃により各地の通信施設がダウンし、施設の復旧やデータ通信、負傷者の救護などもろもろが遅れている、とのことだった。その損害の規模が、先の戦いの苛烈さを思わせる。

 大まかな報告をする21Oだったが、そこで2Bが切り込んだ。

 

「9Sは……どこに?」

 

 その言葉を聞くまでもなく上でも調査を進めていたのか、21Oは歯切れが悪そうに答える。不吉な声色。2Bも、歯を噛み締めているのが唇越しにわかった。

 

『微かなブラックボックス信号は確認できるのですが、詳細な位置までは特定できず……』

「反応があるなら、生きているはず……。捜索を開始する、司令部に許諾申請を」

『司令官からは既に残存ヨルハ部隊捜索を優先する司令が出ています。どうか……お願いします』

 

 沈痛な物言いの彼女に2Bは「了解」と力強く返し、通信を終了した。

 2Bの指示を受け、ポッド042が信号探知を開始する。探知できるブラックボックス信号はここには山ほどあるが、信号の個体差を識別することで特定個体のみを探知することができるようだ。だからこそヨルハ機体とその随行支援ユニットは混雑した状況下での合流や協働が可能なのである。

 ……とは言うが、9S個人の信号を抜きしにても、ここには救助すべきヨルハがたくさんいた。ヨルハといえばアンドロイドたちのエリート的存在であるという認識だが、そんなヨルハが何機も倒れ、中には指先すら動かなくなったものもいる。9Sだけを助けようとするのは藤丸の信念にも反するが、あの爆発の衝撃を一番近くで受けたのは彼だ、と自分を納得させる。

 ランプが数回点灯し、ポッドから応答が返ってきた。

 

「対象信号検知できず。微弱なブラックボックス信号の検知には特殊なスキャナーが必要」

「特殊なスキャナー……それはどこに?」

「レジスタンスキャンプにて使用実績あり」

「なら……一旦キャンプに戻って、アネモネに心当たりがあるか聞いてみるか?」

「肯定」

 

 ポッドの「肯定」に続き三人で頷き合う。倒れた彼女らを助けられずこの場を離れるのは心苦しいが、現状止むを得ない。それにヨルハ全体の戦力という点においても、9Sの救出は優先度・メリット共に大きい。であるのならば、早急に向かうべきだ。

 幸い藤丸には、アネモネ以外にもキャンプでの”ツテ”があった……。

 

 

 

 道中、倒れているヨルハの地点から救難信号を発信しつつ、藤丸たちはレジスタンスキャンプへ戻ってきた。人口密度こそ変わらないものの、グリューンの出現と9Sのミサイル特攻の余波は、アンドロイドたちの慌ただしさとして十分表れていた。

 大きなテーブルで書類と睨み合いながら指示を出すアネモネは、そんな慌ただしき空間の中心にいるようだった。彼女の周りに面倒ごとが次々舞い込み、しかし周りのアンドロイドたちを引っ張って状況に対処しているのも彼女。藤丸には到底真似のできない──賢王ギルガメッシュに近しいリーダーシップであった。

 そんな彼女に声をかけるのはやや勇気がいるが、そこに関してはギルガメッシュほどではない。隙をついて、藤丸は歩み寄る。

 

「アネモネさん!」

「お前たちはEMPで損傷したヨルハアクセスポイントの回路を──悪い、来客だ。行け! ……フジマルに、2Bか。前線にいたんだろう、大丈夫だったか? ……おや、9Sが見えないようだが……」

 

 彼女のもとから散っていく技師のアンドロイドたちを見て、やっぱり邪魔してしまったか……と僅かながらの罪悪感を感じつつ、藤丸は事の詳細を説明する。9Sがグリューンへ特攻し行方不明になってしまったこと。そして彼を探すために微弱な信号も探知する特殊なスキャナーが必要であること……。それを聞いたアネモネは、記憶の奥を探る様子もなく、ぱっと思い当たったことを藤丸たちに話した。

 

「ああ。その類いの機械なら、奴らが作っていたな」

「”奴ら”……?」

「ちょうど戻ってきているはずだが……ほら、そこの赤い髪の二人組だ」

 

 覚えのあるその特徴に藤丸が振り返ると、そこには確かに赤い髪のアンドロイド二人組……いや、双子がいた。ついさっき──といっても、意識を失っていた時間を含めると半日以上前のことだが──仕事を依頼してきたあの二人だった。なら気兼ねする必要もない、と藤丸が足を踏み出そうとした瞬間、アネモネが何かを言いかけた。

 

「赤い髪の双子は……」

「?」

「いや……なんでもない」

 

 アネモネはそう言うと、すぐさま自分の作業──アンドロイドたちの指揮の仕事に戻って行った。

 確かに、思うところはある。双子は何らかの罪を”償う”と言っていた。アネモネの”奴ら”という三人称も普通、敵を同じくする仲間内では出ないものだ。出るとすれば相応に仲が悪いか、そう呼ばれるような”やらかし”をしてしまっているか……。

 気になるしレジスタンスの今後の連携にも関わってくる問題だが、彼らには火急の用がある。藤丸たちはテント下で機械をいじくる二人のところへ駆け寄り、声をかける。

 

「二人とも! さっきぶりです!」

「あなたは……確かフジマルくんと、アサシンくんね」

 

 あっ、と藤丸は気づく。そういえば、藤丸と小太郎は名乗ってもいなかった。アネモネ経由か他経由か名前を聞いたようだが、悪いことをしてしまった。しかしそんな二人と同じような表情で、お淑やかな赤髪が口を開いた。

 

「そんな顔しないで、私たちこそ名乗りもせずに仕事を押し付けちゃってごめんなさい。私はポポル」

「私がデボルだ。改めてよろしくな。………で。何だ、そっちのオマエは?」

 

 荒っぽい赤髪ことデボルが急に声色を変え、睨みをきかせる。その鋭い視線の先にいたのは、藤丸たちの背後にいた2Bだった。確かに、仕事の手伝いをした藤丸たちとしか面識はないのだった。そんな初対面で挑発的な態度をとってきたデボルに対し、2Bも一歩前に出て牽制する。

 

「……何か不満?」

「不満だ? 私が言いたいのはな、借りがあるのはその二人だけだっつってんだよ」

「ちょっと、そんなにいきなり喧嘩腰じゃダメじゃない。聞いてるでしょ? 二人が一緒に調査をしてるヨルハアンドロイドよ」

「そうですよ! その借(・)り(・)が(・)あ(・)る(・)俺たちの仲間ってことで……」

 

 藤丸とポポルの説得を受け、デボルから覇気が失われていく。納得したというよりも、「二人がそう言うんなら……」と譲歩しているようだった。はぁ、とため息をつき、デボルは言葉を続ける。

 

「二人とも不用心すぎるんだよ。ヨルハだからって味方とは限らないだろ?」

 

 その一言に、2Bはあからさまにムッと表情を曇らせた。感情は禁止といつも言っている彼女らしくない明確な嫌悪感と敵意が、目隠しされた口元だけでも読み取れた。が……デボルの切り替え素早く、そんな2Bの不満は置き去りにせざるを得なかった。

 

「……まぁいいさ。何か用か?」

「微弱なブラックボックス信号を検知できるスキャナーを探している。この辺りで使用実績があると聞いた」

「ああ……そういえば、前にそんなのを作ったな。こんなのでよければやるよ」

「ええ。あなたでも使いこなせるように、ヨルハ随行支援ユニットとの互換性を付加しておくわね」

 

 そう言うと二人は機械に向き合って、チップらしきものに改良を加え始めた。藤丸は機械に明るくないが、こういった機種間の互換性を持たせることは簡単なことではないとは理解している。いつもカルデアの技術者連中やそっち系のサーヴァントが悲鳴をあげているのを知っているからだ。そんな技術系サーヴァントとして真っ先に名が挙がるダ・ヴィンチはやはり万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)といったところか、困難な作業を淡々と行うデボルポポルに何ら特別な感情も抱いていないようだった。一方で、ダ・ヴィンチクラスの作業をこなすデボルポポルの手腕も凄まじいものだった。

 ……藤丸は内心、手に入れるまでもっと手間がかかるものだと思っていた。たとえば、やる代わりにこの仕事をこなせ、とか。それか、壊れたから修理に必要な素材を取ってきてくれ、とか……。そんなお使いを覚悟していたものだが、とんとん拍子に話が進んでよかった。これもデボルポポルの腕と、物分かりの──人の良さがあってのものだろうか。

 そんなことを考えている一瞬の間に、チップの加工が完了したようだ。ポッド042が挿入スロットを差し出し、デボルがそこにチップをはめる。カチッ、という快音と共にポッドのランプがピカピカと発光し、スロットが本体に引っ込む。

 

「ポッドプログラムA170の起動を確認しました」

「よし。そいつは指定したオブジェクトのありかを音で知らせてくれる。頼まれものとか、貴重な資源とか、そういったものを指定すれば見つけやすくなるかもな。特にオマエ……2Bは、その目隠し(ゴーグル)に音波の強弱と方向が視覚化(ビジュアライズ)されて映るはずだ。……ま、アレコレ説明はしたが、うざったい時は外しちまえ」

「……ポッド、スキャナー起動。人間、藤丸立香をオブジェクトに指定」

「えっ?」

 

 唐突に自分の名前が呼ばれたもので、藤丸はつい声を漏らしてしまう。2Bの呼びかけにポッドが「了解」と無機質に返すと、そのランプがリズミカルに点滅し、それに合わせてピコンピコンと音を発した。するとすぐに藤丸(オブジェクト)を探知したのか、ピコピコピコピコと音と明滅が素早くなり、ポッドが藤丸を凝視する。2Bにしか知り得ない視覚だが、彼女の目隠し越しには、スポットライトのようなものが藤丸を照らしているように見えているのだ。そのスポットライトは藤丸には見えないものだが、藤丸はなんだかとても恥ずかしくなって、つい目をしらしてしまう。そして耳に入る、小太郎の堪え笑い……。

 

「追跡終了。……なるほど、これは便利かもしれない。ありがとう、助かる」

「いいのさ。好きに使ってくれ」

「あ、ありがとうございます。2B、その……いけそうか?」

「ああ。早く行こう」

 

 そう言って、スキャナー持ちの2Bを筆頭に三人は踵を返しキャンプ出入り口へ向かう。そんな三人を呼び止め声をかけたのはデボルだった。まだ何か用が、と藤丸が振り返ると、デボルはやけに深刻な──真剣な顔つきで、警告した。

 

「言っておくが、あくまでも仕事上の付き合いだ。あんまり私たちと仲良くしないほうがいいからな」

 

 そう突きつけるデボルを、ポポルは悲しそうな目で見つめる。二人の表情のコントラストは、まるで決意を固め罪の告解に臨むようにも見えた。

 

 

 

 9Sに随行していたポッド153をキャンプに一旦預け、それ含め諸々の準備を整えた藤丸たちはもう一度水没都市へ戻ってきた。9Sが最後に目撃された地帯であり、この近辺にいる可能性さえある。さっそく、ポッド042がピコピコと音を発する。だが微弱なものだ。まだ方角や距離を探知できるほど精密なものではない。水没都市でこの反応の仕方となると、あの爆発でどこかへ飛んでいってしまった可能性が高い。だがどこへ飛んでいったか、本当に飛んでいったのかも分からず、探すアテがない。どこか、あるいは誰かから情報を仕入れるしかないが……。

 と、ポッドが探知オブジェクトを切り替えると、途端に信号は強くなった。それだけこの場には負傷したヨルハがたくさんいるということだ。そしてデボルの説明通り2Bの視界には探知対象の場所が見えているようで、彼女は錆びついたバスのもとへ向かった。

 中には……いや、負傷兵が自力でドアを開け、座席に腰掛けられる余力が残っているとは思えない。となると背後、バスの陰に……当たりだ。短髪で軽装の、支援型らしきヨルハがぐったりと車体に背を預けていた。ポッドによればまだ息があるようだ。ポッドがヨルハに論理ウイルスワクチンを投与し応急処置プログラム──衛生兵(メディック)ほどではないが─を走らせると、ヨルハは小さくうめき声を漏らした。

 

「ぅ……」

「信号は送ったから、救援はすぐ来ると思う」

「あ、ありがとう……」

 

 無事が確認できほっと一息つく一行。しかし悲しいかな、無償の奉仕をしてやったわけではない。意識が回復した以上、知っていることを話してもらわらねばならない。申し訳ないが、そのために助けたと言っても過言ではないのだ。

 

「我々はヨルハ機体9Sを捜索している」

「どんな情報でもいい、知っていることがあれば……お願い」

 

 ポッドはホログラムモニタを展開し、そこに9Sの画像を投影する。それを見たヨルハは、何かを納得したように小さく頷いていた。

 

「……ああ、貴女と一緒にいた……」

「っ、知ってるのか!?」

「ええ……確か、爆発で吹き飛ばされてた……。これ……落下予測座標のデータを……」

 

 ヨルハが弱々しく上げた手をポッドにかざすと、そこからポッドに情報が流れてきた。ランプがチカチカと点滅し、ポッドが演算処理を行なっているようだ。

 だがその直後、うう、とヨルハはうめき、上げた手を力なく落としてしまう。2Bすかさずその手を支え、ゆっくりと下ろしてやった。

 

「ありがとう……無理をさせてごめんなさい。救援部隊が来るまで、どうか安静にしていて」

 

 うん、とヨルハが頷くと大きく息を吐き、静かに眠りについた。死んだわけではない、体力の酷使による睡眠(スリープ)状態だ。救護部隊が到着し本格的な処置を行えばすぐに回復するだろう。

 ともあれ、目当てのデータは手に入った。落下予測座標とは言っていたが、その座標によっては水流に流されたり崖を転がり落ちたりで誤差が生じるかもしれない。この座標データは取っ掛かりでしかないかもしれないが、それさえなかったさっきと比べればかなり状況は改善している。

 

「マップを表示」

 

 ポッドは早速ホログラムで立体のマップを投影した。マップといっても古い衛星からデータを入手した粗いもので、積み上げたブロック群にしか見えない……というのは9Sがよくぼやいていた。当然建物一つ一つの外観までは分からないが、大まかな位置関係が分かれば今回は構わない。

 表示されたマップを見て、2Bは指を差す。

 

「ここが……9Sの落下予測座標? ここは……」

「これは……廃墟都市のあの大穴か? 小太郎が開けた……」

「な、何度も言わなくていいですから。あれはエンゲルスと地下空間が共鳴していただけですからね!」

 

 小太郎の主張はともかく、落下場所としては非常に都合のいい地点だ。マップの座標を示すピンは大穴のど真ん中に刺さっており、誤差もほぼ大穴から外れない。外れたとしてもその外周は傾斜が大穴方面に向かっており、自然と大穴へと行き着く動線ができている。大穴から繋がる場所も少ない。この情報はとっかかりではなく、もはや決定打と言っても差し支えないものだった。

 ただ一つだけ、懸念がある。大穴に落ちて、そこから入れ違いになる可能性は少ないだろう。だがそこは……機械生命体たちの創造主、エイリアン母船の埋蔵地に直結しているのだ。

 

 

 

 ポッド曰く、信号はやはりそ(・)っ(・)ち(・)方面から発せられているようであった。

 廃墟都市に到着した一行は2Bとポッドの案内に従い大穴を降りて行った。下水道が破裂し、地下水が滝のように流れ落ちる奈落、その横穴の洞窟へ藤丸たちは進む。一度通った道とはいえ光源は皆無に等しい。ポッドのライトを頼りに、三人はゆっくりと進んでいく。

 暗闇をしばらく進むと、灯りが見えてきた。篝火だ。これは以前にも見た覚えがある。この篝火をたどると、あのエイリアンの母船まで行き着くのだ。

 だが、以前と異なる点が。そしてそれは見るに耐えないものでもあった。篝火と同じように、何本も鉄骨が突き立てられている。そこに括り付けられているのは灯りではなく……。

 

「アンドロイドの遺体……」

 

 温かい色味の肌も、さらさらとした髪も、その全てが削ぎ落とされたアンドロイドの素体。それはかつて、遊園地の機械生命体ボーヴォワールがアクセサリーとして身につけ、時に召喚したものと同じだった。皮膚を全て剥がされ筋肉だけになった人間のようなものだ、それが”ヒト”ではないにせよ嫌悪感は拭えない。

 そして状況を鑑みて、このアンドロイドが何者かも推定できる。導くように磔にされた遺体、水没都市で行方不明になった複数のヨルハ、そしてボーヴォワールの件を踏まえると、おそらくこれらは全てヨルハアンドロイドだ。水没都市から誘拐され、殺され、見せしめにされたのだ。

 

「ひどい……」

 

 小太郎は思わず顔をしかめる。カルデア内にもア(・)ン(・)ド(・)ロ(・)イ(・)ド(・)に(・)近(・)し(・)い(・)知(・)人(・)がいる。だからこそ小太郎は、どうしても他人事と思えなかった。忍びとして情を捨てる訓練は積んだつもりだった。だがこれを見せられると……自分を偽ることができなくなる。

 

「まもなく右折」

「……えっ、右折?」

 

 ポッドの道案内に、藤丸は首をかしげた。篝火の道案内に沿えば母船まで行けるはずだ。ここから真っ直ぐ、曲がり道などない。……だが、ポッドの方が正しかった。藤丸が見逃していたのかそれとも新たに現れたのか、篝火の道からそれるように小さな横道が開いていたのだ。その奥に篝火の光はない。だがポッドが照らすと、そこには同じように磔にされたヨルハたちの遺体が陳列されていた。母船へ導く篝火の道に次ぐ、9Sへ導く屍の道というわけだ。

 

「2B」

 

 藤丸は思わず2Bを呼び止める。2Bは聞く素振りこそ見せるものの、足を止めようとはしない。9Sの失踪に、ヨルハの屍で彩られた洞穴。状況は異常だ。

 

「墜落した9Sが、こんなとこまでふらふらと入っていくわけがない。多分……罠だぞ」

「……罠でも、構わない」

 

 彼女自身、わかっていたのだろう。それでも彼女を進ませる何かがある。それはきっと、彼女が「感情を持つことは禁止されている」と言って誤魔化せるものではない。だからこそ、己に言い聞かせているのだろう。それも無意味だったようだが。

 右に曲がった分かれ道を進んでいると、やはりこちらの道でも人工物らしきものが見えてきた。各所に見える木の枠組みは坑道などで見られる天井を支える類いのものだ。この時点で、ここが天然洞窟ではないことがわかる。そしてその先、木枠が導く奥のところには……。

 

「……エレベーターか?」

 

 錆びつきくすんだ扉。二つのボタンと、点灯するランプが付いており、それは緑色に光っている。2Bがランプ下のボタンを押すと、モーターの駆動音と共に扉が開いた。エレベーターはすでにこの階に到着していた。誰かが誘い込んでいる……?

 

「ダ・ヴィンチちゃん──」

『炭素年代測定だね。ちょうど今かけてるとこだよ』

 

 藤丸がダ・ヴィンチに一声かけ、三人は恐る恐るエレベーターに乗り込む。……急に落ちたり、床が開くわけではなさそうだ。ボタンを押すと扉が閉まり、エレベーターの駆動が開始する。ぐっ、と下に引っ張られ浮く感覚。このエレベーターは下に向かっているのだ。

 藤丸の鼓動は一気に早まった。約七千前に飛来したであろうエイリアン母船でさえあの深度にあったものだ。このエレベーターはそれよりも深く、しかも長いこと下へ向かっている。致命的な類いの罠ではない。だが、果たしてどこへ連れて行かれるのか……。

 長い待ち時間の末、とうとう扉が開く。その瞬間、目に突き刺さるような眩しい光。エレベーターから足を踏み出しながら、細めた目を開いていく。藤丸の目を焼いたのは日の光ではなかった。光の反射だったのだ。レフ板のように光を跳ね返す……ど(・)こ(・)ま(・)で(・)も(・)真(・)っ(・)白(・)な(・)街(・)が(・)、広(・)が(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

「な……」

 

 その音を発したのは、三人全員だった。現代の街並みとしても、地下街としても、異様な光景。まるで別の世界に来たようだ。街並みはヨーロッパ風だがその全てが凹凸なく真っ白で、白いキューブ状の構造物に侵食されているようにも見える。そばにあったキューブに藤丸が触れると、スーッ……と、それはまるで指が摩擦を失い流れていくかのように滑らかであった。現代やカルデアでも、こんな物質はなかなか見ない。

 

「ここは、いったい……?」

「検知:ケイ素と炭素が含まれる結晶状の物質。詳細不明」

 

 ポッドでさえ匙を投げる異常。ならば……と藤丸はこ(・)ち(・)ら(・)側(・)の天才(ブレイン)に尋ねようとするが、藤丸が通信をかけるまでもなく向こうから応答が入った。

 

「っ、ダ・ヴィンチちゃん! これを……」

『分かっているさ。年代測定の結果が出た、こっちも妙なんだ。エイリアン母船と同じ、だいたい七千年前のものではあったんだけど、下へ向かう──そ(・)こ(・)に近づくにつれて変化があった。測定できたもので最も古いものは約一万年前……我々のいる二十一世紀のものなんだ。まぁ、年代以上に奇妙な光景ではあるけどね……ポッドくん、他に検出できる物質はあるかい? 流石に炭化ケイ素だけでこんなことにはならないだろう?』

「回答:塩素、ナトリウムを検出」

『塩化ナトリウム……”白塩”? どういう結合をしてこんな物質に……塩……?』

 

 うんうんと唸りながら首を傾げるダ・ヴィンチ。どうやらこの謎はしばらく解き明かされなさそうだ。……と、視界外から小太郎の声がした。

 

「主殿!」

 

 思案で応答どころではないダ・ヴィンチとの通信を切り、藤丸は声の方向へ目を向ける。本物の街のように分かれた白いY字路の先、小太郎と2Bがかがんで何かを見ていた。なんだなんだと藤丸は駆け出す。二人のもとへ接近するとすぐにその正体が明らかになった。二人が見ていたのは、アンドロイドの……ヨルハの死体だった。

 

「これは……ま(・)た(・)……?」

 

 地上にもあった、磔にされた死体。死体を見せ物にして三人を誘っているというのは同じだ。ここまでヨルハたちが自力でやってきた可能性は低い、おそらく罠の主が意図的に配置したものだろう。だがここの死体は上のものよりももっと雑……出たゴミを適当に投げ散らかしたかのような光景だった。死者を冒涜するようなその乱雑さは、仕掛け主の残虐性を示していた。奇っ怪な光景と残虐なやり口、しかし心理をよく理解した発想……犯人はおおよそ絞れたようなものだ。

 

「二人とも。……多分、あそこにいる」

 

 路地を抜けて通りに出ると、建物越しの遠くに一際目立つ建造物が見えた。他と同じく真っ白な石造りの尖塔だ。街ごとコピーアンドペーストしたように高さの揃ったこの街並みの中で、あの尖塔だけがまるで東京タワーのように目立っている。”奴”が三人を誘い込もうとしているなら、目的地を目立たせる必要がある。それがきっと、あの尖塔だ。

 

「小太郎、いけるか?」

「無論です。この血にかけて」

「流石。2B、お前も……いいな?」

「迷うことなんて何もない。……この手で、斬り捨ててやる」

 

 危険にさえ思えるほどの決意を見せる2B。とはいえ、戦力的に躊躇うことはもう何もない。一刻も早く9Sを救出せねば。

 通りを抜けると、他の道へ繋がらない行き止まりの広場に出た。真上にはあの尖塔がそびえ立っている。尖塔に見惚れ足を進めたその時、後方から物音がした。街中で見られたような白いキューブが転がってきて、積み木のように来た道を塞いでしまったではないか。これではもはや行き止まりですらない。罠の中だ。

 と、同じようなキューブが三人の目の前にも転がってきた。道を塞いだものより小さい。その小さいキューブが何個も転がっていくと同じように積み上がり、2メートル弱ほどのキューブの山ができた。いや……山というより”繭”だ。わずかの後、その繭の内側からカイコガが割って出てくるようにキューブがほどける。散らばり浮遊するキューブ、その繭の中から出てきたのは……、

 

「ようこそ……我が街へ」

 

 真っ白な長髪の男……アダムだった。

 

「貴様……ッ」

 

 2Bが隠してきた怒りをあらわにし、背に浮かべた刀に手を添える。それをアダムはにんまりとしたハンサム顔で、どうぞどうぞと言わんばかりに見つめていた。

 ……彼の姿は、過去二度の遭遇と比べてかなり様変わりした。全裸で生まれた砂漠。レザーパンツのみで現れたエイリアン母船。此度の彼は、藤丸たちがこの特異点に来て見た中で最もオシャレと言える風貌だった。シワのない真っ白なシャツと蝶ネクタイのように結ばれた黒いワイドタイ。顔には黒い眼鏡をかけ、そして右手に装着した赤爪のガントレットが特に目立つ。以前にも紳士らしい物言いを見せていた彼だが、言葉のみならずファッションセンスも紳士的だったようだ。

 だが、彼は最も紳士的でないものを隠しきれていなかった。悪意、殺意、醜悪だ。

 そんな彼が、藤丸をニタァと見つめた。視線を遮るように立ち塞がる小太郎。身の危険を感じ

、藤丸も指鉄砲(ガンド)のかたちを作る。

 

「ああ……フジマル・リツカ。私──私たち機械生命体は君たち人類に興味があるんだ。愛や家族、戦争や宗教……。人類の記録を読み解けば、他に例を見ない複雑さに魅了されるばかりだ……」

「あまり見てほしくない記録もあるけどな……!」

 

 皮肉を飛ばす藤丸をよそに、2Bは抜刀し斬りかかった。刃は確かにアダムの胴を上下に割った。しかしその瞬間、アダムの体は光る糸のようにほどけ、刃は糸の合間をすり抜けてしまった。どこへ消えた、と警戒を強める三人。次にあの憎たらしい声が聞こえてきたのは、三人の後方だった。

 

「この街を見たまえ。この街こそ、人類への渇望が生み出した場所の一つ……」

 

 斬りかかられたことなど忘れたかのような語り口。精神をこねくり回すような声色に限界を迎えた2Bは、とうとう声を荒げる。

 

「機械生命体ごときが……! 人類の街は、お前が語ることのできない尊いものだ!」

「よく分かっているな。そう、この街は……君たちアンドロイドの墓場には勿体無い、崇高な場所だ!!」

 

 語り終えると共に、アダムはその腕を振り上げる。すると彼の号令に従うかのように白いキューブが無数に浮き上がり、腕を振り下ろすと同時に砲弾のように射出された。

 

「主殿ッ!」

 

 高速で迫ってくるキューブの大群に、常人である藤丸は反応しきれない。そんな彼を小太郎は抱え、一歩左に、一歩後退し、屈み……社交ダンスでもするかのような最低限の動きでキューブを交わしつつ藤丸をアダムから遠ざけていく。

 一方、2Bはアダムを斬ることに思考がシフトしており、残像が見えるほどの素早さでキューブの合間をくぐり抜け、アダムへと肉薄する。しかしそれをアダムは見越していた。2Bが意識をキューブからアダムへ向けると、まるで巨大な拳のように彼を腕を包んだキューブが迫ってくる。

 

「避けるだけではなァッ!」

「な──ぐぅっ……!?」

 

 続けて回避する余裕もなく、2Bは拳の直撃を受けた。拳を形作っていたキューブは2Bへの衝突と共に砕け散り、2Bもろとも地面を転がる。2Bはすぐに立ち上がるが、あの一撃で頭部を揺さぶられ、すぐには行動に移せない。

 

「避けるだけではダメだ! あらゆる手を使い、利用するのだ! 人類のように! そう、我々は彼らから学び、模倣する! 彼らの知恵を、姿を、愛を、家族を!」

 

 その時、アダムの死角から小太郎が迫った。藤丸の避難を終えた彼は小太刀を抜き、その刃を振るう。しかし、このままいけばアダムの体を切り裂く、というところで小太刀は止まってしまう。アダムにとってこの空間は自分の体のようなもの。小太郎の姿を捉えるまでもなく、白いキューブが小太刀にまとわりつきがっちりと固めてしまったのだ。小太刀を押すことも引くこともできない。そんな小太郎に、アダムの瞳孔が振り向く。

 

「そして、私は気づいたのだ。人類の本質、それは闘争……。戦い、奪い、殺し合う、それが人間だ!」

「貴様に、何が分かる……ッ!」

 

 そう叫んだ小太郎は、小太刀を自ら手放し飛び退いた。忍びたるもの、武器は一つではない。小太郎は空中にいる一瞬でアダムめがけ焙烙玉(グレネード)を投擲した。まばたきをするほどの間で焙烙玉はアダムの目前まで迫り、爆ぜた。爆炎と煙に包まれるアダム。しかしその煙は晴れ、彼の姿はすぐ明らかになった。アダムはあの一瞬でキューブの壁を作り出し、爆炎を全て防いでいたのだ。

 真っ白な服についたススを払いながら、アダムは困ったように笑う。

 

「ふふ……気を悪くしたか? だがこの通り──それが真実だ」

 

 小太郎と2B、二人を見据えるアダム。しかし、何もしてこない。何を考えているかわからない以上、二人も攻勢に出づらい。

 アダムはススのついた指先をこする。わずかに粒立つそれは、アダムの指先からさらさらとこぼれ落ちていく。あの爆弾を防御することなく受けていたら死んでいただろうか? いや、それを思うのなら……自らの意図するところではない、条件反射的でもあるその防御を、どうすれば止められただろうか?

 今もなおアダムの周りをふよふよと浮かび回るキューブ。それをちょんと指先でつつくと、ボールが転がるようにわずかな加速を見せた。

 

「私は……人類の本質に到達したい。ネットワークで繋がった我々機械生命体は実質的に不死身だ。だがそんな私には”生の実感”がない。……死の概念を理解できないんだ」

 

 バッ、とアダムが両手を上げた。それを合図に無数のキューブが彼の周囲に集う。攻撃の合図か、はたまた……小太郎と2Bは身を寄せ合い、刃を構える。相手は一人、こちらは二人、2Bが捌ききれなかった弾幕もなんとかなるはずだ、と。

 しかしアダムはキューブをけしかけることはなく、その手を閉じた。するとキューブはわずかに完全な静止を見せた後、糸を切られたかのように全て落下した。一瞬刀を握る手を緩めてしまう二人。しかしアダムが見せたそれは降参などではない──むしろ逆だった。

 

「……ネットワークから自分を切り離した」

 

 その言葉に三人は驚愕した。アダムの話通りならネットワークと繋がった彼は不死であり、敗北することがない。現に砂漠で彼を突き刺してなお、彼は平然と戻ってきた。命をかけた戦いにおいての絶対的なアドバンテージを捨てる理由はない。

 ……否、彼にはあるのだ。これで彼は死ぬことができる。”死”を知ることができる。──生命として、機械では決して到達し得ない領域に至る。”アダム”という個人として完成する。

 

「さぁ──殺し合おう!!」

 

 次の瞬間、アダムは瞬間移動でもしたかのような速度で飛びかかってきた。四肢には光の糸が絡みついている。アダムが足に力を入れた時その糸は筋繊維のように伸縮し、爆発的な跳躍を見せたのだ。それだけではない。彼は自らをネットワークから切り離したことにより、その接続維持と演算に使っていたパワーを肉弾戦に全て割くことができる。そうした時の攻撃力は遥かに増す。

 アダムが狙いをつけたのは、2Bよりも小柄な体格をした小太郎だった。サーヴァントといえどこの速度の急接近に咄嗟には反応できず、光の糸で巨大化した拳の直撃を受けてしまう。

 

「ぐ──ッ!」

「小太郎!」

 

 衝撃のあまり、小太郎の体が宙に浮く。そして小太郎が吹き飛んだ以上、2Bの隣にいるのはアダムだ。2Bは緩んだ手を再び握り締め、刀で振り払う。しかしその刃はアダムに触れることはなく、彼が作り出したシールドによって妨げられた。これは見たことがある、彼は砂漠で出会った際も同じような防御をとっていた。とすれば、次に来るのは……!

 アダムのシールドの力は、ある種の衝撃反射(リフレクター)である。斬撃エネルギーを吸収したシールドは、それがほどけると同時に無数の斬撃を放った。シールドに刀を止められた瞬間砂漠での記憶がフラッシュバックした2Bは飛び交う斬撃の合間を舞うようにくぐり抜ける。しかしキューブの弾幕を受けた時とは違う。感覚を研ぎ澄まし、アダムの一部を常に視界の中に入れ、そのわずかな動きさえも見逃さない。情報処理能力をフル稼働し、アダムへ殺意を向け続ける。

 

「少しは成長したか……だが!」

 

 斬撃を回避する2Bを見たアダムは、腕にまとわりつかせた光の糸その範囲を大きく広げる。それはまるで彼の腕が大きく伸びたようにも見え、多少遠かったとはいえ未だ2Bを射程に捉えている。間も無くアダムはその腕を、ぐぉんっ、と振り回した。ラリアットのように、2Bを薙ぎ払う。

 だが、2Bもやられたままではいられない。

 

「ポッド!」

「了解。ポッドプログラムR020:起動」

 

 2Bはポッドと共に飛び上がると、その姿を消した。……いや、違う。常人ならざる小太郎にはわかった、あれはそ(・)う(・)見(・)え(・)て(・)い(・)る(・)だけだ。残像さえ捉えることのできない俊足。その次の瞬間、彼女がいた場所を中心に無数の斬撃が全方位に向いた。幻影(ミラージュ)のようにぼやけて見える無数の刃は捉え難く、振りかぶったアダムの腕──光の糸の束をズタズタに切り裂いた。

 

「ほう──」

 

 斬撃は光の糸の腕のみならずアダム本体の腕にまでわずかに及び、カマイタチのように腕を傷つけ、その真っ白なシャツの右袖を赤く染めた。機械的なオイルによりほのかに黒いそれが滴る様に、アダムは一瞬気を取られる。

 その隙を突き、2Bではない別の手が迫る。小太郎だ。ポッドプログラムを解いた2Bの背後から飛び出るように出現し、跳躍しながら鎖鎌を振るう。鎖鎌はカーブを描きながらアダムを捉えていた。

 

「見えているぞ、サーヴァント!」

 

 だが、彼とて動体視力はずば抜けている。アダムは右手を突き出す。彼には空間を裂く鎖鎌の軌道がはっきりと見えており、その鎌の柄を掴んで小太郎を逆に引き込もうというのだ。

 ……しかし、アダムが鎌を掴む直前、それはヒョイっと持ち上げられたかのようにアダムの手から逸れたのだった。

 アダムは鎌の迫る速度、距離感を完全に見切っていた。だがそれ以外に目を向けられていなかったのだ。鎖本体を見ると、鎌を引き連れて波のようにうねっている。小太郎は卓越した観察力と直感により、アダムの企みを見抜いていた。そんな彼を出し抜くため、小太郎はわずかに手首にスナップを効かせ鎖鎌の軌道を鞭のように狂わせたのだ。

 

「風魔一族の長を侮ったな!」

 

 アダムは手を引こうとしたが、遅かった。人の体では命令が筋肉に伝達するまで僅かに時間がかかる。一秒の生死を争う世界において、その信号はあまりに遅すぎるのだ。

 鎌を掴もうとしたアダムの腕が虚空を揉む。波打った鎖鎌はその刃をアダムの血濡れた右前腕に引っ掛けた。そして小太郎がまたもやスナップを効かせた鎖鎌さばきで腕を引くと、鎖から伝わった勢いをそのままに鎌がアダムの右腕を切断したのだ。

 

「ぐ──小癪なぁッ!」

 

 鎌を引き戻した小太郎はその柄を握り、鎖鎌を近接武器としてアダムへ迫っていく。腕を切断され怯んだアダムは小太郎を遠ざけることができなかった。小太郎は大股でアダムまで接近し、その鎌を振りかぶる。だが、余計に注意を要する鎖がないのであればアダムにも機はある。

 今まさにアダムの視界を切り裂こうとしている鎌。アダムはその鎌を握る小太郎の腕を掴んだ。歯を食いしばる小太郎。しかしその背後から回り込むように2Bが加勢する。

 これでは流石に分が悪い。敵二人に対し腕一本では。アダムは切断されたはずの右腕に力を込める。するとその断面から、まるで蛆虫が湧き出るかのように無数の光の糸が飛び出した。

 

「これは……!?」

 

 光の糸を警戒する小太郎。何かしでかそうとしているのは確かだが、腕を掴まれ、それにアダム本体を放ってあれに対処するのは難しい。

 光の糸はうにょうにょと伸び、切り落とされた前腕の断面につながった。腕と肉体を再び繋げてみせた光の糸は巻き尺のように急速に収縮し、ぴたりと腕を接合した。断面はそれこそ外科手術の要領で光の糸により縫い付けられ、おまけに2Bのミラージュでずたずたになった傷も縫合されていた。

 すでに手が埋まっているアダムの左側に回り込む2B。小太郎の鎖鎌を抑える左腕、その上──アダムの首めがけて刀を振るう。だが右腕の蘇ったアダムには何てことはない。彼は左腕とクロスさせるように右腕を伸ばし、左から迫り来る刃を鷲掴みにした。そのガントレットはいかなる素材でできているのか、掴んだ刃と擦れ合いジリジリと不快な音を立て、しかし決してその素手が傷つくことはなかった。

 だが、2Bは決して力を抜かない。柄を強く握り締め、アダムの右手を押し潰さんとするかのように刀を押し込む。

 

「お前に構っている暇はない……9Sを、探す!」

 

 それを聞いて──果たしてどういった意図か──アダムはニタァと口角を上げた。

 

「……9S……」

 

 次の瞬間、アダムはドンと力強く足踏みをした。光の糸が編み込まれた強靭なその足は大地を揺るがし、その振動は離れたところで指揮をとる藤丸の足元さえすくった。至近距離にいた2Bと小太郎はそれに耐えられるはずもなく、衝撃波で吹き飛びアダムとの距離ができてしまう。

 一時の解放を得たアダム。光の糸で縫い付けられた右腕を見つめ、拳を握ってみる。彼の内から湧き上がってくるのは、高揚だった。使ったことのない戦術、感じたことのない痛み……その一つ一つを感じる度に、彼は彼の言う”人間”へと近づいていくのだ。

 そして、悪意を秘めているのも人間への憧れと肉薄故だろうか。感情を否定する2Bを嘲るように、彼は決して自制することはなかった。

 

「ああ……堪らないよ」

 

 アダムは尖塔の麓まで後退すると、なんと何かに引き寄せられるかのように宙を浮上し始めた。中空に手を出せず、ただその様を見ている2Bと小太郎。どんどんと虚空を昇っていくアダム。そして尖塔の窓──のつもりで造形されたであろう箇所──を背にすると、窓は突然無数のキューブとなってぽろぽろと崩れ落ちていった。その奥には人ひとり入れるほどの空洞。そこに収まっていたのは……、

 

「あれは──」

「──9Sッ!」

 

 2Bの絶叫が街に響く。しかしそれを耳にした9Sは声に応えるでもなく──声により目覚めたのか、あるいはずっと覚醒していたのか──静寂の中ぎりぎり聞こえるようなか細く掠れたうめき声をあげるだけだった。それもそのはず、尖塔に幽閉された9Sは手足や腹を白い柱で貫かれ、磔にされていたのだ。傷口から血液(オイル)は滴っていない。一体いつからこの状況だったのか。

 9Sのそばに寄るアダムが、彼の顎を掴みその顔を2Bたちに見せつける。吐血喀血の跡はないが、元々白かったその肌はいっそう青白く凍え、自分で首を動かすこともままならない。彼の全てがアダムの支配下に置かれているのだ。

 

「君のために用意したんだよ。戦うためには、それに相応しい理由が要るものだ。そうだろう? ……藤丸立香」

 

 ゾッ、と藤丸の背筋が震えた。カルデアと藤丸は大義のため、人類のため、”理由”のために数多の時代を渡り戦ってきた。その苦悩と犠牲をアダムが見透かせているわけがない。……だが、つい錯覚してしまう。見るも無惨に傷つき、掌握された9Sと同じように、自分もまた彼の手の内にあるのではないかと。お前のことは全て知っている、一歩でも動けばそれを先読みして殺してやる……そんなことを言われてしまいそうでならないのだ。

 9Sの惨状を見せつけられた2Bは、全身の震えを抑えられていなかった。筋肉が激しく蠢き、刀を握る手に力がこもる。今すぐにでも9Sを解放し、アダムを殺してやりたい。そんな怒りと殺意が、彼女を突き動かす。

 

「貴様……殺すッ!!」

 

 その怒りに呼応するかのようにアダムは力強く振り返り、大きな雄叫びを上げた。言葉にならない、感情を剥き出しにした絶叫。だがそれは2Bとは違った。怒りではない──狂喜であった。

 

「そうだ! その感情──憎悪だ……ハハハハハ!!」

 

 笑いながら、アダムは飛び降りた。9Sを見せしめにしたまま、殺してくれと言わんばかりにその身を刃に晒す。その希死念慮は、黙って刃を受け入れるだけでは終わらない。全力の殺し合い……人はどのように殺し、どのように殺されるのか。その瀬戸際で揺れ動く感情と感覚とは。そんな知識欲なのだ。

 

「──来い、2Bィィィイイイッ!!」

 

 アダムの言葉に応えるかのように、2Bは飛び出した。目にも留まらぬ跳躍。そうさせるのは2Bの”意志”であり”感情”だ。無意識に芽生えたそれは、力強く根を張り、太い幹となり、彼女を突き動かす。いや──はじめから、彼女の内に生えた”樹”は巨大だった。彼女はそれを良しとせず、一生懸命除草剤を撒き続けていた。だが今、彼女は本能のままに、その大木でアダムをぶん殴るのだ。

 アダムは飛び退く。しかしそれ以上に2Bは素早く、振り下ろされた刀が彼の左肩から斜めに傷をつけた。深く抉れはしていないが、赤黒い液体が足まで伝って滴っている。そうだ、それでこその殺し合いだ。アダムの口角は、まるで裂けたように吊り上がっていた。

 光の糸で縫合もしない、死を受け入れ、ただ戦うことだけに全霊を注ぐアダム。全ての枷から解き放たれた全力の拳を、2Bに叩き込む。ドンっ、と音さえ置き去りにしかねない速度で2Bは吹き飛んでいく。

 その傍を通り過ぎる人影。小太郎だ。クナイを投擲し牽制しながら、アダムへ肉薄する。

 

「ヒトの影法師が……!」

 

 一変、不快感をあらわにしながらも、光の装甲をまとった回し蹴りでクナイを弾き飛ばす。だが対応せねばならない時点で、小太郎にとっては十分な時間稼ぎだ。小太刀を手にした小太郎は、それを迷わず振り下ろす。アダムは腕に光をまとい、それを防いだ。鋼でさえないアダムの腕がギリギリと音を鳴らし、小太刀と鍔迫り合っている。

 

「貴様に用はない! 心を写し取った影に過ぎん貴様が、私の探究を踏みにじるのか!」

「そうだ、お前の言う通り、僕たちは影に過ぎない。けれど影は、光を受けた背後にしか現れない。陰(かげ)があるからこそ、光は全てを照らす。その表裏一体があってこそ──それこそが、人理だッ!」

 

 小太刀を握る手に、小太郎は念を込める。すると彼の体温はその手を中心に急上昇していき、小太刀の刀身が橙色に熱されていく。彼の忍術としての火遁(パイロキネシス)、その応用である。融点ギリギリまで熱された刃を、小太郎は力一杯振り下ろす。それは熱光線(レーザー)のように燃え盛る切断力を伴い、光の装甲で固められたアダムの右腕を融かし切り落とした。今度こそ、もう接着はされない。死を受け入れたアダムは、きっとそうはしない。

 

「ぐぅ……ッ!」

「だが、お前が2B殿を所望するなら……お望み通りくれてやる!」

 

 小太郎は追撃することなく体を屈め、アダムの視界から外れた。自身の背後にあるものを見せつけるかのように。アダムの目に入ってきたのは、迫り来る2Bの姿。そしてチカチカと視界を埋め尽くす、ポッドによる弾幕だった。

 アダムは急いでシールドを展開する。しかしうち数発の弾丸が彼を掠め、整った顔に見苦しい傷をつけた。だが新たに迫る弾丸はシールドによって防がれ、その運動エネルギーを吸収されていく。ポッドが機銃を格納し、2Bが刀を振りかぶった瞬間、アダムはシールドに溜め込んだエネルギーを同じく弾丸として放出した。散弾のように面を覆い、2Bの侵攻を妨げる。

 だが、そう来ることはわかっていた。弾幕が放たれた直後、2Bはそのヒールで地面を蹴り、回避行動をとった。残像さえ伴うその側転は弾幕をいとも容易くすり抜ける。避けられた側からしてみれば、瞬間移動したようにさえ見えるだろう。その隙が反撃の機となる。

 一瞬──しかし死合いの場ではあまりに大きな隙を突き、2Bは刀を水平に投げた。いかに物理法則を捻じ曲げたのか、刀は遠心力によって滞空し高速で回転している。それはまるで電動ノコギリのような切れ味を伴い、アダムに襲いかかる。

 光の装甲を左腕にまとい、回転する刀を掴もうとするアダム。しかしその細い刀身でさえこの回転速度では捉えることは容易ではなく、ただギャリギャリと装甲で守られた腕を削っていく。そうしてやがて、装甲は削り取られ、アダムの手のひらに嫌な感覚が走った。横一閃に肉が抉られていく。

 

「ぐ……影と手を取るのか、2Bッ」

「そうだ。影とて、人類史に刻まれた栄光の断片……。元より私たちは、人類の栄光のために(for_Glory_of_Mankind)戦っている!」

「! ……そうか。そうか! なら!」

 

 2Bとの対話の最中、アダムは背後から向けられる殺気に気づいた。小太郎だ。サーヴァントの恐るべき気配遮断スキル。だが殺気が漏れ出てしまえば気づかれないための気配りも無駄というもの。だからこそアダムは、より一層笑み、2Bに叫ぶ。

 

「ならば私は君たち双方を愛し、双方を忌み嫌い、殺してみせよう!!」

 

 その瞬間、アダムは体を捻り、左手で押さえ込んでいた2Bの刀を受け流した。左手の傷に沿って軌道を外れていく刀の先には小太郎の姿が。

 

「く……ッ!」

 

 小太郎は咄嗟に構える。……が、赤熱した小太刀の刃が彼女の刀を傷つけてしまう懸念と、未だ回転を続ける刀、二つの条件を満たす適切な対応が瞬時にできず、二本の刀は互いに弾き合い飛び上がってしまった。くるくると回転しながら宙を舞う二本の刀。二人はそれに気を取られ、この一瞬、この間合いではアダムの動きに反応できない。それは、アダム自身もいい意味で予感していた。

 だが、そのアダムの予感さえ裏切る出来事が起きる。宙に舞う二本の刀。それが何かしらの着弾を受けて弾け飛んだのだ。アダムは気づいた。刀を弾き飛ばした飛翔体の軌道を遡ると、それは小太郎の後方──マスターである藤丸へと辿り着く。アダムは理解した。そうか、これがあのセイバーが言うところの魔弾(ガンド)……呪いの類いと聞いていたが、成る程、人類を救った男は伊達ではないようだ。

 そう……藤丸のガンドは、極めて複雑な狙いを定めていたのだ。そしてそれを成し得たのは藤丸の経験と鍛錬の積み重ねあってこそ。命中したガンドは二本の刀をまとめて弾き飛ばした。運動を失い落下していく刀。その落下先には、ちょうど2Bが待ち構えていたのだ。彼女が刀に手を伸ばすと同時に、小太郎はアダムを迂回するように鎖鎌を投げる。この鎖で刀を絡め取り、手元に引き寄せようと言うのだ。

 アダムの最大の欠点。それは自信が崇拝する人類──一般人藤丸を侮っていたことだった。

 

「馬鹿な──」

 

 声さえ出ないアダムをよそに、二人はそれぞれ刀を手に取る。しかし、いかなる運命のいたずらか……2Bは赤熱した小太刀を、小太郎は純白の刀を手にしていた。しまった、と一瞬固まる二人。その隙を、アダムは見逃さなかった。

 

「ウオオオオオォォォォォッ!!」

「っ──はああああぁぁぁぁっ!!」

 

 振り返り、手を伸ばすアダム。光の装甲で覆われたそれは、きっと掴まれただけで致命傷になりかねない。だがその動きには焦りが見えた。常在化した焦りは、一瞬の隙よりも命を脅かす。2Bは赤熱した小太刀で装甲ごと左腕を裂き、小太刀を振りかぶった余力のままに、それをアダムの腹へと突き刺した。

 

「ご、ァッ……!?」

 

 小太刀はその柄まで深々と突き刺さり、しかし熱された刃が傷跡を焼き焦がし、血の一滴さえ滴らない。だがアダムの背後──小太郎がその背から白い刀を突き刺し、2Bにその返り血を浴びせた。

 

「ぐあぁっ……!」

 

 刀を手にした少年少女が、前後から彼を刺し貫く。その光景はまるで、”砂漠の団地”での戦いを再演したようであった。

 薄れゆく意識の中、アダムの表情は歪んでいく。苦痛と悪寒、そして高揚。この期に及んで、彼はまだ”死”に囚われ、魅了され続けていた。機械には決して訪れることのない死、自意識の消滅、感情の発露……。死の瞬間、彼は真の意味で”生命体”と成るのである。

 

「これが……”死”か……ッ」

 

 アダムは恍惚と呟き、もはやそれが一本だったかすら定かではない裂けた左腕で2Bを抱き寄せた。”死”とは”痛み”である。たった今”死”に直結している彼は、それを逃すまいと2Bを求めたのだ。奥底から沸き出る嫌悪感をあらわにし、2Bはアダムの腕から逃れようともがく。しかし力強く抱き締められ、戦いで憔悴した彼女にそれは叶わず、そして時間が経ち小太刀の赤熱は冷め、2Bがもがけばもがくほど冷えた刃がアダムに快楽を与えてしまう。

 だが、そんな2Bを勇気づけるかのように動いたのは小太郎だった。背後から刀を突き刺した小太郎は、前方の2Bを避けるように、胴を横一閃に切り裂いた。アダムが絶叫する。へそ上から右脇腹にかけて肉が切り離され、溢れ出た血がシャツを赤く染めていく。

 その瞬間、2Bを抱き寄せる腕の力が弱まった。もがき続け溜め込まれた力の全てを小太刀の柄に注ぎ、小太郎と同じように、冷え煤けた刃で左脇腹までを切り裂いた。もはや傷口が焼け焦げることはなく、小太郎による切開と同じように血が溢れ出、その足元には赤い水たまりができていく。今のアダムは両脇腹を切り開かれ、まさに背骨一本──彼の体内に存在すればの話だが──で繋がっている状態だった。そんな彼が立っていられるはずもなく、糸を切られた人形のように倒れ込んだ。ばしゃっと血飛沫が飛び、アダムの顔を血だまりが赤く染める。

 

「くらくて……つめた、ぃ…………」

 

 そう呟く彼は、まさに全身で”死”を味わっていることだろう。”死”に取り憑かれた彼は自身が機械生命体であることさえ忘れ、そんな幸福の絶頂の最中で、すうっ……と動かなくなった。

 

『……敵性反応の沈黙を確認。お疲れ様、藤丸くん』

 

 ガンドにより最後の一手へ導いた立役者・藤丸をダ・ヴィンチが労う。緊張が一気に抜けていき、二人ほど動いていたわけでもないのについ肩で息をしてしまう。……であれば、実際に前線にいた二人の疲労は察するに余り有るというものだ。

 ケリをつけた2Bは息を荒げ、脱力により小太刀を手から落としてしまう。もっと過酷な戦いもあったが、今回、彼女はアダムによってその内面を冒涜された。9Sを弄ばれ、機械生命体の分際で不遜にも人類に肉薄しようとするアダム。そんな彼との死戦・密着は、彼女の負担となるに十分なものだったのだ。

 そんな中、白い街が崩落を始めた。小さいキューブが少しずつこぼれ落ち、しかし確かに街全体の形を崩していく。それはアダムが死んだためか、はたまたネットワークから独立して今やっと崩壊が始まったのか……。街の全てが崩れていけば、必然的にあの尖塔も崩れ落ちる。そこに囚われ、磔にされた9S……彼を突き刺した白い杭も崩壊を始めたことに、小太郎が気づいた。

 

「拙い……!」

 

 小太郎は刀を手から離し、尖塔へ跳び上がった。落下した刀がカランと音を立てたことで、2Bたちも事態を把握した。細い杭が完全に崩壊し9Sが地に墜ちる直前、彼の体は小太郎によって抱きとめられた。百十数キロもの体重を支え小太郎はわずかにその顔を歪めるも、尋常ならざるサーヴァントにとっては些事である。

 ポッドが刀を回収する一方、2Bはたまらず9Sのもとへ駆け寄る。着地した小太郎は、その体を優しく2Bへ引き渡した。傷跡は痛々しく残り、黒い制服も血に染まっている。それでも9Sは意識を保ち、2Bにその顔を向けた。

 

「帰ろう。9S」

「……うん」

 

 小さく頷き、しかし優しい笑みを浮かべる9Sを、2Bは抱き上げる。彼女を先導し9Sを守るように、藤丸と小太郎は街の崩落を警戒しながら広場の入り口で待っている。始まった崩落は緩やかなものであり、今すぐ瓦礫から頭を守るというほどではない。緩やかに過ぎていく時間の中で、2Bは9Sとの再会を強く噛み締めるように、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 それからしばらく。ある廃ビルの屋上にて。

 風化し、しかし丁寧に復元がされたコンクリートに、一台の長机が置かれている。ヨーロッパの貴族が使っていそうな、それは長いテーブルだ。その上には数本の蝋燭がささった燭台が均等に三本、そして机の両端には合わせて二人分の席と食事が置かれていた。白い皿の上に新鮮なリンゴがまるまる一つ。片方の席ではすでに芯まで食べ尽くし、皿に転がしてある。芯は茶色く変色し、食べ終わってから時間が経っているのだろう。しかしもう片方の席では、リンゴに手がつけられた痕跡はなかった。艶やかな皮には皮脂の少しも染み込んでいない。誰にも持たれなかったリンゴ。だがそれは、確かに誰かが食べるはずのものだった。

 背もたれから体を離し、机に突っ伏す白髪の男──イヴ。その傍、塔屋にもたれかかるのは和装の剣士(セイバー)。イヴたち兄弟──機械生命体に仕えてきたセイバーは、兄アダムに起きたことを伝える義務がある。卓越した観(・)察(・)眼(・)により事の顛末の全てを視た彼は、しかし決して悲しむことなく、業務連絡として、アダムの死を告げた。

 ドン、と机を打ったのはイヴだ。顔を伏せ、震えている。その様子を見て、セイバーは哀れに思った。アダムの死は悲しまない。イヴの悲しみには共感しない。イヴが悲しむその様、均衡を崩し感情昂ってしまうその心の在り方を憐れんでいるのだ。

 

「どうして死んだんだ……にいちゃん……どうしてなんだよ……」

 

 イヴが何度も机を叩くと、燭台が倒れ炎が消えてしまった。それはまるでイヴの感情を受け止めきれなかったように見えた。アダムの命、イヴの意気消沈、消えた炎はさまざまなものを想起させる。

 舞った火の粉が、イヴの左手にかかる。身体を焦がすにはあまりにも足りない、小さな炎。しかし、イヴの腕は焼け焦げるようにみるみると黒くなっていく。それはまさに燃え広がる炎のように黒で侵食していき、彼の左半身を覆った。

 その時、イヴは絶叫をあげて転がった燭台を払い飛ばした。あまりもの力で吹き飛ばされた燭台はセイバーのすぐ隣の壁に衝突する。そうして顔を上げたイヴは、笑っていた。それは狂気──悲しみと絶望の果てに、自ら心を捨てた者の末路。もはや彼は兄に教育された”思考”を放棄し、本来自分が持っていた暴力と、兄への愛のみをもって、復讐と破壊を誓うのである。

 

「全部──全部、殺しテやる……ッッ」

 

 口角を釣り上げ、炎のように──あるいは鮮血のように赤く染まった瞳を輝かせるイヴ。黒く染まった半身、その左胸には、顔の重なった双子の顔のような図が浮かび上がっていた。ああ……やはり、あなた様の思し召す通りに。左胸の図に祈りを捧げるかのように、セイバーはつぶやく。

 

「……ラララララ。天使は笑う──」

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