一行がドームから出ると、一体の機械生命体が待ち構えていた。
「敵……!」
「待ってください、二人共」
刀に手をかける2Bと9Sを小太郎が制止する。
ホバーで浮遊するその機械生命体は、よく見たら白旗を背負っていた。
「ワタシ、敵ジャナイ」
その言葉を聞いて、二人は唖然とする。
柔軟な思考を持つ機械生命体が信じられないようだった。
しかし、あの記憶を覗いた藤丸にとって、この状況はある程度予測できていた。
「アナタ達、壊れた機械生命体、倒してクレタ」
流暢な言葉遣いに、9Sは驚愕する。
藤丸も記憶を覗いただけなので、ここまで言葉を上手く使うができるとは思っていなかった。
「お礼スル……ワタシ達の村ニ来イ」
無い手を招く機械生命体。
2Bは険しい顔で9Sを見つめている。
「機械生命体がここまでの知能を……罠かもしれません」
「どうだろう。俺はそうは思わないな」
藤丸は強い意志をもって9Sの意見を否定する。
あの記憶を見た限り、全ての機械生命体が罠を仕掛けるような狡猾な連中だとは思えない。
あえて言えば、機械生命体も我々と同じく恋をし、苦悩し、絶望する心がある。
もはや残骸となってしまったあの機械生命体こそが、その表れだった。
「うーむ……とりあえず、情報収集のために行ってみましょうか」
9Sがそう言うと、機械生命体は言葉すら返さず飛んで行ってしまった。
低空で、人の視線の高さでホバリングしている。
付いてこい、ということだろう。
機械生命体に付いていくと、スタッフ用通路に入っていってしまった。
進むと、大通りに面した横道、門が歪み入れなかった区域にでた。
そこには、一本の梯子がかかっている。
そして機械生命体は、その梯子の上に飛んで行った。
「……これを登れって?」
梯子は建物の三階まで伸びている。
藤丸は足をすくめる。
ついジェットコースターに乗ったばかりだったが、ジェットコースターというのは元来安全が確認された上で提供されるもの。
この梯子には命綱もなければ、枠もない。
文字通り野ざらしだった。
そうこう躊躇している間に、2Bと9Sは跳ぶように梯子を段越えで登っていった。
小太郎も藤丸に憐憫の視線を向けた後、三階まで跳び上がった。
「……上を見れば大丈夫……」
藤丸は梯子に手をかけ登っていく。
下を見たら足が震えて踏み外し、一巻の終わりだ。
二階をに差し掛かった辺りから一種のランナーズハイのようなものに襲われ、そのまま一直線で登っていった。
登りきった後のベランダを進んでいくと、森へ差し掛かる橋が見えた。
その橋は遊園地に不釣り合いなほどにボロボロで急ごしらえの、木の板で作ったような簡素な橋だった。
だがそれは、技術を持たない集団によって設置された橋だということだ。
機械生命体の村が近いのかもしれない。
木々の隙間から、ハート型にくり抜かれた遊園地の城が見える。
花火が上がる中、遥か上空に昇っていく何かが見えた。
まるで、ミサイルのような……
「あれは……?」
どうやら2Bも見たことがないようで、飛翔体を眺めている。
「あれは地上からバンカーや月面の人類基地に向けて資材を打ち上げているんです。宇宙空間では資材も燃料もありませんから」
「そっか……農業とかっていうのはできないのか?」
「さあ……月面のテラフォーミングに関しては……というか、月面に関してこれといった情報はないんです。資料を見る限り、あの岩石まみれの月面じゃ作物の育てようもなかったんでしょう」
藤丸の問いに答える9S。
よく火星テラフォーミング計画だの何だの聞くが、確かに火星と月では環境も地表も異なり、一概にテラフォーミングで通すのは難しいのだと気づいた。
そもそも、ハビタブルゾーンで公転する地球が特別なのであり、その外での生命活動は無理があるのであった。
すると、藤丸にある疑問が芽生えた。
「待てよ。宇宙に総本山があるなら、じゃあなんで機械生命体は月だのバンカーだのを直接攻撃しないんだ?エイリアンってやつが作ったのが機械生命体なんだろ?元々宇宙由来じゃないか」
「その原因については色んな議論がされてるんですけど、結論はよく分かってないんですよね。宇宙人の考えてることはよくわからないです」
藤丸の疑問は晴れなかった。
宇宙から襲えなかったのは、バンカーや月面基地の警備が厳重なのだと考えれば合点がいく。
人類最後の砦なのだからそれくらいは当然だ。
では、なぜエイリアン、そして機械生命体は地上から攻撃をしないのだろうか。
ああやって宇宙へ向けた支援物資が打ち上げられている以上、バンカーや月面に飛翔体を届けることは可能だ。
機械生命体も自分達を造ったような技術を使って、ミサイルの一つや二つ打ち上げたりはしないのだろうか。
それが撃墜されるかはまた別の問題だが……9Sが話す限り、ミサイル攻撃未遂があったという記録もなさそうだ。
そんなことを話していると、あっという間に村のようなものが見えた。
雰囲気が一気に変わり、遊園地の眩い光が遮られ、木の葉に透けた緑色の光で満たされている。
その村は一本の大樹を中心に作られていた。
円周状の足場にプレハブの建物が建っている。
そして、村のいたる場所に、藤丸達を歓迎するかのように、白旗を振る機械生命体達がいた。
「全員が白旗を……」
「どうやら、この村民達には戦う意思がないようです」
「やっぱりそうなんですかね……?」
首をかしげる9Sのもとに、案内をしていた機械生命体が口を出す。
どうやら橋を渡ったところに村長がいるそうだ。
他の機械生命体とは構造が違うのですぐに分かるという。
村に入ると、一体の機械生命体が目に入った。
シンプルだった機械生命体達とは違い複雑な構造で、体中にパイプが付いている。
彼が村長だろうか?
そばに近寄ると、機械生命体は白旗を置いた。
「……まず最初に、聞いていただきたいことがあります」
村長という肩書からは想像できないような可愛らしい声色に面食らう藤丸。
だがこの静粛で、聡明そうな口調は、間違いなく村を治めるに相応しいものだった。
「私達は貴方達の敵ではありません」
機械生命体を鋭く見つめる9S。
警戒をしているようにも見える。
一方、2Bは変わらぬ様子で突っ立っている。
「……信じてもらえませんか?確かに、貴方達にとって私達、機械生命体は敵です」
非を認める機械生命体。
今までになかった対応に9Sは少し面食らい困惑している。
「私の名前はパスカル。この村の長をしています。この村に住む者は……戦いから逃げてきた平和主義者しかいません」
藤丸は村を見渡す。
見渡す限り全ての機械生命体が白旗を掲げ、小さな機械生命体も多く、中には白旗を掲げることの意味を理解せず純粋に楽しんでいるものも見える。
「そうだ。私達は、貴方達アンドロイドとの交流もあるのです。レジスタンスキャンプのアネモネさんにこれを持っていってください」
そう言って、パスカルは何かを取り出す。
9Sがそれを受け取ると、パスカルに尋ねる。
「アネモネさんに頼まれていた、燃料用の濾過フィルターです。渡していただければ、私達が平和的な種族であることを理解していただけると思います」
「…………分かった」
答えたのは2Bだった。
機械生命体を敵とみなし、尽くを葬ってきたこれまでの2Bにとって、この対応は意外に思えた。
遊園地の大型機械生命体を倒した際の二人の会話。
二人も機械生命体に対し、思うところはあるのだろうか。
「よかった。村の外れに、廃墟都市に繋がる裏口があります。門番が案内してくれるはずです」
すると、パスカルのもとに小さな機械生命体達が群がってきた。
パスカルはもみくちゃにされ、あたふたと足元がふらついている。
「パスカルオジチャン、アソンデー」
「アソンデー!」
「はいはい、分かってますよ。みんな広場で待っていてくださいね。お客さんを見送ったらすぐ行きます」
小さな機械生命体達は笑いながら走っていった。
パスカルは少し落ち着いている様子。
あれだけもみくちゃにされれば誰だって慌てるものだ。
「子どもたちが失礼しました。あの子達と遊ばないといけないのですが……」
「……まぁ、もう大丈夫だよな?要件は済んだし」
「……ええ、まぁ」
「ありがとうございます!では、アネモネさんによろしくお願いします」
そう言うと、パスカルは手を降って去っていった。
藤丸達との話が終わるやいなや、待ち構えていた子ども機械生命体がとパスカルに飛びかかっていく。
全く、忙しいものだ。
「……僕は信用しきれていません」
「だからこそフィルターを届けて、アネモネの心象を聞く必要がある」
行こう、と2Bが言い、藤丸達は村の入口に戻っていく。
すると9Sが藤丸達に声をかけた。
「お二人は付いてこられますか?」
「? どういう意味だ?」
「僕達はこれを届けた後も買い物とかバンカーからのメールの確認などで時間がかかると思います。幸いここは自然豊かで、廃墟ビルも倒れていないし、お二人にとっては慣れ親しんだ環境なのではないかと思って……僕らが届けに行く間ここで休んでいても構わないのですが……」
「本当か? じゃあ、お言葉に甘えようかな。小太郎は?」
「ええ、その方針で」
「わかりました。では、しばらくしたらここで」
と言い、9S達は裏道にそれていった。
ふと、藤丸は深呼吸をする。
ずっと鉄と錆の臭いで満ちていた鼻腔に、爽やかな香りがすーっと抜けていく。
「……こんなオアシスが残っていたんだな」
「ええ。僕らの里も木が生い茂って、みんな木登りして遊んでいたのを思い出します」
すると、カルデアからの通信が入った。
ダ・ヴィンチからだ。
『やあ諸君、大型機械生命体の討伐ご苦労!』
「大したこと無いよ。……そういえば、あいつのサーヴァント反応っていうのは?」
『ああ、それは少し解明できた。クラスはアルターエゴ、真名はボーヴォワールと出た』
ボーヴォワール。
藤丸は、あの時見た記憶を思い出していた。
初めて聞いたはずの真名が、不思議と聞き覚えがないようには感じなかった。
『ボーヴォワールといえば、思想家のシモーヌ・ド・ボーヴォワールのことだろう。哲学者ジャン=ポール・サルトルの妻にして、20世紀を代表するフェミニズムの第一人者だ。その功績はその名を冠した賞が誕生するほどだとか。だが問題は、本当に奴がボーヴォワールその人だったのか……』
「……いや、偶然だと思う。多分、何かの本に名前が載ってたんじゃないかな」
藤丸は、ぶっきらぼうにそう言った。
思想家の名を冠した機械生命体。
心がないはずの機械生命体がその名を名乗るということに、藤丸は想うものがあった。
『さて。話を聞いていた限り、しばらく休憩ということだが……我々も離脱していいだろうか?そろそろ食事を摂りたくてね』
「ああ、いいぞ。俺達もゆっくりしてるよ」
そう言うと、通信の向こうでスタッフ達の深呼吸が聞こえた後、通信が切れた。
どうやら、ここに完全な空白の時間ができたようだ。
「ということだし……ゆっくりしようか」
「そうですね」
二人は揃って背を伸ばした。
「……」
藤丸は村の外れで横になっていた。
しかし、どうにも寝る気にはならない。
休憩にはなっているのだが、意識がある分とてつもなく退屈で、それが苦痛で堪らない。
それに休もうと言ったにも関わらず小太郎は周囲に警戒を配り、気が休まらない。
マスターである藤丸の身を案じているのはわかるのだが……
「……なぁ、休まないのか?」
「お言葉は嬉しいですが、主殿の身を守ることが僕の責務ですので」
「休む気はないってか……」
こんな空気感だと、休まるものも休まらない。
もう身体の休憩は十分だ。
心を休めなければ、戦争に身を置いている自分達もそのうち危うくなる。
となると、この荒廃したポストアポカリプス世界で何か娯楽を見つけなければ。
なので、藤丸は────
これ、一応時系列は新宿攻略後なんですよね
亜種特異点の方の新宿ね