東方虚空伝   作:TAKAYA

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十五話 娘

 諏訪の国。虚空が今住む国の名前である。中心に都を置きその周りを大小様々な町村が点在している。

 虚空が住むのは都からは離れた住人が70にも満たない小さな村である。元々定住をせず放浪し続けていた虚空だったがとある事情で5年ほど前からその村の厄介になっていた。普段はその村や周りの村からの要請で妖怪や邪神などの討伐を請け負っている。

 長き歴史の中でも地上に生まれた者達と敵対するように妖怪は生まれていた。

 反存在。

 歴史を見てきた虚空は妖怪をそう捉える様になった。妖怪は穢れではなく何かが生まれると同時に発生する陰のような者だと。

 まぁあくまでこれは虚空の推測だ。彼は学者でも科学者でもない。実際存在の神秘にはほとんど興味など持っていなかった。

 幾つかの生命の歴史が繰り返され、今の世界になった時から今まで無かった変化が起きた。妖怪とは違う超常の発生。何時ごろからか人々から『神』と呼ばれる者。妖怪とは違い人間側に属する存在。人々の願いや祈りによって生まれる者。そんな存在が生まれた為か妖怪にも変化が起こっていた。

 人を害さない妖怪の出現。人に友好的で共に生活をする者もいる。これだけ見ればこの世界は途轍もなく平和だろう。

 しかし妖怪が人間の反存在なら神にもまた反存在が生まれるのも必然。

 それが『邪神』。

 先程虚空が倒したのも邪神だ。妖怪と同じで姿形に規則性はなく、1番の問題は人妖構わず襲い掛かってくる事だろう。この邪神の存在が人に友好な妖怪を生んだ原因かもしれない。

 今この世界は極めて混沌としていた。

 

 

 

 

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 日が落ち始め暗くなってきた空を僕は飛び続けていた。そして視線の先に小さな村が見えてきたその村の入り口には数人の子供達が集まって僕に手を振っている。

 

「とーちゃん!ななかせさまが帰ってきたよーーーーー!」

 

 その中の1人が近くにいた自分の父親にそう告げる。その声が聞こえたのか村の中からぞろぞろと住民達が集まってきた。口々に「お帰りなさいませ!」「お疲れ様です!」などと言って迎えてくれる。

 

「ただいま。っと言うかいつも言ってるけどこういう出迎えは要らないって」

 

 気持ちは嬉しいけど毎度そんな風に敬われると困る。まぁ普通の人達からすれば僕も神様扱いなんだよね。僕達がそんなやり取りをしていると村の奥から老人と小柄な男性が歩いてきた。

 

「七枷様お帰りなさいませ」

 

 そう言ってきたは白髪で口髭を生やしたご老人。

 

「ただいま村長。村長からも言ってよ、いつもこんな出迎えは要らないって」

 

 僕が村長にそう頼むのを聞いてその隣にいた小柄な男性が代わりに答えてきた。

 

「まぁまぁ七枷殿、皆貴方を慕っておるのです。心配するのも仕方の無い事」

 

「…そんな事言われたら何も言えなくなるんだけど」

 

「それはそうと今回も七枷殿に助けられましたな。本当にありがとうございます。我がもっと力の有る神であれば」

 

 そう言って申し訳なさそうな顔をする。

 

「気にする事じゃないし、僕には僕の、岩さんには岩さんの出来る事出来ないことがあるんだから」

 

 岩さん。本名は猪飼 岩暫(いかい がんざん)。本人が言ったように神だ。石の神で石や岩なんかを操ったりできる。でも守ることには長けているんだけど戦闘そのものは苦手らしい。メンズショートの白髪、瞳の色は黒い。小柄で見た目は12,13歳位。灰色の着流し姿で首に赤いマフラーの様な物を巻いている。

 

「そうです岩暫様。我々は貴方にも救われているのですよ」

 

 村長の言葉に周りに居る村人達も首を縦に振る。

 

「皆の者ありがとう」

 

 岩さんは難しく考えすぎなんだよね。…僕が気楽すぎなのかな?

 

「それじゃ僕はそろそろ家に帰るよ。あの子も待ってるだろうし」

 

「すみません、引き止めていたようで」

 

「早く戻ってあげてください。きっと待っていますよ」

 

 そんなやり取りをしていた僕の背中に突然何かが降って来た。

 

「お帰りなさい、お父様」

 

 僕は背中の方に視線を向ける。そこには少しウェーブのかかった綺麗なロングの金髪をした5,6歳位の少女が笑顔で紫色の瞳を向けていた。膝下までの紫色のパフスリーブのレトロワンピース、腰の後ろにはリボンベルトが巻かれ(ちなみにこの服は僕が作った物だったりする)頭に赤い細紐でリボンをした白色のナイトキャップを被っている。

 

「ただいま、紫(ゆかり)いい子にしてたかい?」

 

「私はいつでもいい子よ♪」

 

 そう言ってニコニコ笑う。そして急に背中から居なくなり、今度は僕の目の前に降って来たので抱っこする形で受け止める。

 

「それじゃぁ帰ろうか。皆また明日」

 

「はい、おやすみなさいませ。七枷様」

 

 村長達と挨拶を交わし紫を抱きかかえながら家へと向かう。

 

「さて今日は何を作ろうかな?」

 

 実はあれこれ悩んでいて結局作る物が決まっていなかった。そんな僕の台詞に紫が反応する。

 

「ふふん、今日は私がもう作ってあるんだから」

 

 得意げにそう告げてきた。でも1つ重大な事がある。

 

「紫が作ったの?もしかして1人で?」

 

 この子にはまだ料理をさせたことが無い。聡い子ではあるけどさすがに1人じゃ無理な筈だ。

 

「もちろん!期待しててね」

 

 そう言うと笑顔を向けてくる。ごめんね紫……きっと僕の予想を裏切る展開はないよ。

 

 

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 目の前の鍋には紫色の汁の様な物がグツグツと煮えていた。どうしたらと言うか何を使ったらこの色を出せたんだろう?それに何故こんなに煮立っているのに匂いがしない?僕は紫が作ったと言う汁を観察しながらそんな疑問を頭の中で浮かべていた。

 まぁこれはあれだ、見た目は酷いが実は美味しいというあれ。…猛毒であろうと死ぬ事はないし。

 

「それじゃ、いただきます」

 

 汁をお椀に注ぎそして口へと運ぶ。紫は期待に満ちた瞳で僕を見ていた。そして僕の口から出たのは、

 

「!?!?これはすごいよ紫!すごく不味い!何と言うか他に言葉が見つからないや!」

 

 僕の発言を聞いて紫は怒りを露にした。

 

「何よ!お父様の馬鹿!もっと他に言い方があるんじゃないの!」

 

「ごめんごめん。とりあえず紫も食べてごらん」

 

 そう言って紫のお椀に汁を注ぐ。

 

「ふんだ!もうお父様にご飯なんて作ってあげないんだから!」

 

 あ~あ、へそ曲げちゃった。紫は僕に文句を言いつつ汁を口に運んだ。そして、

 

「うわ!すごい!すごく不味い!………ごめんなさ~~~~~~い!!!」

 

 泣き出してしまった。でもこうやって自分の失敗を自覚しないと成長できないからね。

 

「はははッ!ちょっと待っててね」

 

 紫にそう言い残し僕は台所に向かい残っている物で簡単な料理を作る。完成したそれを紫に渡し食事を再開する。

 

「紫はそれを食べなさい」

 

「…お父様はどうするの?」

 

「僕はこれを食べるよ。食べ物は粗末にできないし、それに折角紫が僕の為に作ってくれた物だしね」

 

「お父様…」

 

「今度からは一緒に作ろうか。きちんと教えてあげるから」

 

 僕がそう言うと紫は、

 

「うん!!」

 

 笑顔で何度も頷いていた。その後はいつも通りのたのしい時間が流れた。

 

 

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 縁側に座り僕は夜空に浮かぶ月を見ながら心の中で今日あった出来事を報告する。何千、何万、何億と繰り返してきた僕の日課だ。あの子達との繋がりを少しでも持ちたくて始めた意味なんて無いただの気休め。

 そんな風に月を見上げている僕の膝の上で白色の寝巻きに着替えた紫が寝息を立てていた。起こさない様に優しく髪を撫でる。

 

「もう5年かー、早いな」

 

 紫の髪を撫でながらあの時の事を思い出していた。

 

 

 

 

□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■

 

 

 

 

 5年前、偶然立ち寄ったこの村である妖怪を退治してほしいと頼まれたのが始まりだった。この辺りには岩さんを含め何人か神がいるけど彼らは土地神と言って戦いの神ではない。

 土地神は基本、耕作や豊穣を司る為災いを退ける事は出来ても倒滅する事ができない。その為辺境に近い村は妖怪の餌食になりやすかった。

 その当時から僕は妖怪や邪神を狩っていてそういった依頼を受けるのは珍しい事じゃない。結果から言えば依頼された妖怪はそこまで苦戦はせずに倒滅できた。ぶっちゃけ紅髪に匹敵するような奴にまだ出会ったことが無い。あいつに比べたら大抵の奴は大した事無いで済んでしまう。

 妖怪を倒滅して村へ帰る途中、僕は何かに呼ばれた気がして勘を頼りに進路を変えた。辿りついたのは穏やかに清流が流れる川の畔。

 そこには腰よりも長いストレートの金髪をした女性が何かを抱え石に腰を下ろしていた。黒いローブ・デコルテを着ていて黒い長手袋を付けている。

 僕が近づいていくとゆっくりと金色の瞳を向けてきた。そしてやわらかく微笑みながら、

 

「お待ちしておりました」

 

 そう告げてくる。

 

「待ってた?もしかして約束でもしてたっけ?」

 

 そう言っておどけてみせる。どうやら妖怪ようだけどこっちに害意はなさそうだ。

 

「いいえ、約束どころかお会いするのも初めてでございます」

 

 彼女はクスクス笑いながらそう返してきた。そして、

 

「私の名は八雲 銀香(やくも ぎんが)と申します。突然で失礼ではありますが貴方様にお願いがあるのです」

 

 そう言うと銀香はゆっくりと立ち上がり僕の方に近づいてくる。そして僕に自分が抱えていた物を差し出しながら、

 

「どうかこの子を守ってやっていただけないでしょうか?」

 

 彼女が差し出したのは布に包まれた赤ん坊だった。おそらく彼女の子なのだろう。なんとなくそう感じる。

 

「……名前も知らない奴に自分の子供を預けようとしてるの?」

 

 普通に考えればおかしな話だ。

 

「警戒なさるのも無理ありませんね。お気付きかと思いますが私は長くありません」

 

 銀香はその金色の瞳を真っ直ぐ僕に向けながら語りだした。彼女が言うとおり今にも消えてしまいそうなほど気配が薄い。なにかしらの致命傷を受けているのだろう。

 

「貴方様を待っていたと言うのは私の能力でここで貴方様とお会いするのが見えたからでございます」

 

「ここで僕と会うのが“見えた”?」

 

「はい、私の能力は『願った事の未来を見る程度の能力』でございます。この子を救いたいと強く願った時見えたのが貴方様でした」

 

 彼女が言うにはこの力は本当に強く願った事のほんの一部の未来が見えるのだと言う。つまり彼女にとっても賭けなのだろう。

 

「消え行くこの身にできる事は最早ありません。貴方様にすがるしかないのです」

 

 銀香は涙を流しながらそれでも微笑んでいた。もしかしたら今彼女には愛し子の幸せな未来が見えているのかもしれない。こんな姿を見せ付けられて断れる訳がない。

 

「まだ名乗っていなかったね。僕は七枷虚空、君の大切な者は責任を持って守るよ」

 

 彼女の手から赤ん坊を受け取る。見た目よりもずっと重く感じた。

 

「ありがとうございます。その子の名前は紫と書いて『ゆかり』と言います」

 

「そう、これからよろしく紫」

 

 紫はスヤスヤと眠っていた。銀香その紫の頬に手を当てながら、

 

「私の可愛い紫、母はいつでも貴方を愛していますよ」

 

 その言葉を残しまるで幻だったかの様に塵となって消えていった。きっとだいぶ前から限界を超えていたのだろう。子を想う母親の強さが小さな奇跡を起こしたのかもしれない。

 そんな事を考えていた僕はその時になって重大な事を思い出した。

 

「………僕……子育てなんかした事ない……」

 

 ごめんね銀香、いきなりピンチだ。

 

 

 

 

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 あの時は焦ったよね。小一時間位そこでウロウロしてたら紫がぐずり始めてさぁ大変!そしてようやく『そうだ誰かに聞けばいいんだ!』と気付いてこの村に飛んで戻り女性陣に助けてもらったのだ。

 事情を説明した時は紫が妖怪だって事で少し混乱したけど村人達は結構快くここに住む事をゆるしてくれた。皆には本当に感謝しなくちゃいけない。

 

「ん~~~~…」

 

 寝ていた紫が身をよじる。周りの同い年に比べればしっかりした子だけどまだまだ歳相応な所もある。最近では能力も使えるようになった。本人が言うには「境界を操る程度の能力」らしい。なにやら凄そうな力だけどまだまだ使いこなせないようだ。

 今出来るのが変な空間を作ったり(正確には空間の境界を操って開いているらしい。空間の名前は僕がスキマと付けた。だって見た目空間の隙間だし)食べ物の境界をいじって腐らなくしたりである。

 食べ物を腐らなくするのは村人からは大絶賛だった。そのうち村の特産品にしようと言っていたな。

 気付いたら結構時間が経っていた。そろそろ僕も寝ようかな。紫を起こさないようゆっくりと抱きかかえる。そしてもう一度月を見上げ、

 

「おやすみ」

 

 それだけ言うと僕は寝室へと向かった。

 

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