東方虚空伝   作:TAKAYA

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五十七話 凶夜の警鐘 肆

 砦を奔り抜ける轟音は、まるでこれから起こる事への警鐘の様で――――――――

 

 

 石作の通路を駆ける一団の影。

 勇儀を先頭に、弟の王儀と鬼の衆が砦の奥へと猛進していた。

 先ほどから続いている砦を揺るがす衝撃が、砦の内部――――萃香が向かったであろう百鬼丸が居る広間の方から伝わってきているからだ。

 

 一体何が起こっているのか?――――確証は持てていなかったが勇儀には予感が、否確信に近いものがある。

 それは――――萃香が百鬼丸に戦いを挑んだ、という確信が。

 

 そう思う勇儀の胸中には二つの感情が渦巻いていた。

 

 何故一人で背負い込んだ?アレ(百鬼丸)の異常さは萃香も知っている筈だ、何故自分に何も話さず一人で挑んだのか、と。

 

 何故気付いてやれなかった、アイツ(萃香)が今の状況に責任感から負い目を感じていた事を知っていたのに!相棒として、友として気付いてやれなかった自分が腹立たしい、と。

 

 起こってしまった事はもうどうしようもない――――なら今出来る事をする為、勇儀達は百鬼丸への反抗を決意し砦奥へと突き進んでいた。

 今は亡き御頭――――萃香の父であり、ならず者と遜色無かった自分達に規律と誇りを与えてくれた彼の仇を討つ為、そして友である萃香を救う為に。

 

 

 

 通路を向けた先、大広間に到着した勇儀達の目に飛び込んで来たのは――――部屋全体に広がる破壊の跡と広間の中心部に立つ傷だらけの百鬼丸。

 ――――そして百鬼丸の足元に倒れ伏す萃香の姿だった。

 

「……おいおい萃香よ~そんな身体で俺に挑んで来たのか?嘗めんのも大概にしろよ」

 

 苛立たしげに百鬼丸は倒れている萃香の頭を擦り付ける様に踏み付ける。

 

 

 

 百鬼丸の言う通り萃香は真面(まとも)に戦える身体ではなかった。

 紫との一戦で受けた刀傷が主な原因ではあるが、実はこの傷ただの刀傷ではない。

 

 紫が戦闘用にスキマに放り込んでいる刀剣全てに“退魔術式”が施されている。

 妖怪退治を生業にしている退魔師や陰陽師等は、実は自身での戦闘行為は意外としていない。

 要は“妖怪を退ける事”を主題としている為であり、実際の彼等の主な収入は“退魔術式”を施した札や武器の販売である。中には物好きや戦闘好きな者もおり、妖怪を討伐に掛かる輩もいるが。

 

 ちなみに虚空が妖怪退治で討伐をやっていたのは手っ取り速いから、と言った単純な理由からである。

 

 博麗も例に違わず殆どの収入は結界の札やお守りの販売であり、直接妖怪を討伐する事は少なかった。七枷の郷に来てからも有償で術式付与を行っていたが、虚空に家賃代わりとして紫の武器に術式付与やってもらっていた。

 一つ施すのもそれなりにお金が掛かるにも関わらず無償で数十本の刀剣に術式を施した綺羅は御人好し以外の何者でもなく、逆に虚空は立場を利用した極悪人だろう。

 

 

 

 

 退魔術式の武器、ましてや博麗の術式を施された刃で傷を付けられているのだから完治には少なくとも七日七晩は必要なのだ。

 傷口が真面に塞がっていない状態で全力戦闘などすれば傷が開くのは道理――――その証拠に倒れ伏している萃香は自身の血で出来た紅い池に沈んでいた。

 

 萃香を見下ろしていた百鬼丸は、部屋の出入り口に居た勇儀達に気付き視線だけを向ける。

 

「何の用だお前等?雁首揃えて?」

 

 百鬼丸のその一言に応えるように勇儀は一歩踏み出し、

 

「……それはこっちの台詞だよ、あんたこそ萃香に何をしてんだい?」

 

 分かり切った事ではある、だが確認するかのように勇儀は言葉を吐いた。

 

「あぁ?見てわからねーか?頭領である俺に反抗してきやがったから返り討ちにしたんだよ」

 

 百鬼丸はそう吐き捨てると少しだけ足を浮かせ、再び萃香の頭を踏み付ける。その行動に王儀が激しく反応し、

 

「このクソ野郎がッ!萃香さんからその汚ねぇ足をどけやがれッ!ぶっ殺すぞッ!」

 

 彼同様に他の鬼達も殺気を放ちながら殺意の籠った視線を百鬼丸に向けぶつけるが、当の百鬼丸は煩わしい、といった感じで逆に冷めた目をしていた。

 鬼の衆の言葉を代弁するように勇儀の口が開き、

 

「王儀の言う通り、その汚い足をあたしの大切なダチからとっとと退けなッ!」

 

 言葉と共に放たれた殺気と烈気が損壊だらけの部屋に新しい亀裂を奔らせる。その様子に百鬼丸は、

 

「……まったくこれから楽しい祭りが始まるって言うのに、面倒事ばかりだが――――いいぜ!かかって来いよ!全員でなッ!!」

 

 笑みを浮かべ高らかに声を上げる。

 

 双方から放たれる闘気で部屋全体が小刻みに震え――――次の瞬間、先ほどの衝撃よりも強い振動が部屋全体、否砦全体を襲った。

 突然の衝撃に百鬼丸と勇儀達は互いに視線をぶつけ合い、そして同じ結論に至った――――こいつの仕業では無い、と。

 

 激しい揺れは数分間続き、そして何事も無かったかのように静寂が訪れた。

 今の揺れは何だったのか?と双方が思案する中、此処に繋がっている別の入り口から鼠型の妖怪が慌てながら飛び込んで来た。

 

「た、大変です!百鬼丸様ー!ってえ?何だこれ?どんな状況?え?」

 

「とっとと報告しやがれッ!馬鹿野郎がッ!」

 

 部屋に漂う殺伐とした空気を敏感に嗅ぎ取った鼠妖怪に百鬼丸は苛立ちを隠す事も無く怒鳴りつけた。その怒声に鼠妖怪は竦み上がりながら、

 

「ひゃ、ひゃいッ!報告しますッ!え、えーと……そ、外の連中が消えましたッ!」

 

「…………はぁ?」

 

「い、いや……き、消えたというか何か変な黒い球みたいなモノに飲み込まれた、と言いますか……アッ!それから結界が消滅しましたッ!」

 

「それを先に言いやがれッ!…………あの結界を破るとはな、何処のどいつかは分からねぇが全く面倒事が雨霰(あめあられ)だな――――おい勇儀、敵襲だお前等で片付けてこい」

 

 状況を把握した百鬼丸は唐突にそんな事を口にするが、

 

「……あんた馬鹿じゃないのか、この状況であたし達があんたに従う訳が無いだろうッ!」

 

 勇儀の言う通り、すでに敵対を宣言したも同然の鬼の衆が百鬼丸の命令に従う道理等ないだろう。そんな事を口にした百鬼丸自身もそれは百も承知である――――故に彼は、

 

「交換条件だ、侵入者を排除出来れば――――“コイツ”の命を保障してやるよ」

 

 足元の萃香の髪を掴み、持ち上げながら勇儀達にそんな提案を――――否脅しをかける。彼女達にとって今の萃香は足枷であり、何より譲れない存在だ、それは双方の共通する事実だった。

 

「テメェェェェッ!」

 

 怒りを隠そうともせず勢い任せに飛び掛かろうとする王儀の行く手を勇儀の手が遮る。不満げな王儀の視線を受けながら、

 

「…………鬼としての矜持くらいは残ってるんだろうね――――“約束”は守んなよ」

 

 瞳に業火の如き怒りを灯しながら静かな口調で百鬼丸に問う勇儀に対し、

 

「あぁ、俺も鬼の端くれだ“嘘は付かねぇ”よ」

 

 百鬼丸は薄ら笑いを浮かべながらそう答える。

 彼の言葉が虚か真か、確かめる術は無く――――どちらにせよ勇儀達に取れる選択肢は無かった。

 

 百鬼丸に背を向け、広間を出ようと入り口に向かう勇儀はその寸前に振り返り、

 

「…………外の連中の次は――――お前だ百鬼丸、覚悟しときな!」

 

 それだけ吐き捨てると足早に通路へと消えていった。

 

「覚悟、ねぇ……おい!砦に残ってる連中も出撃させろ!」

 

「え?は、はい!」

 

 事の成り行きに付いていけていなかった鼠妖怪は百鬼丸の一喝に飛び上がりながら返礼すると脱兎の如く部屋を出ていった。

 一人残った百鬼丸も萃香を連れ部屋を後にする、状況の慌ただしさにも関わらず彼の顔には喜悦が浮かんでいた。

 

 

 

 

□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■

 

 

 

 

 砦前に広がっていた森が、まるでナニかに喰い千切るられたかの様に数百mにも亘(わた)ってほぼ円形に抉り取られていた。

 例えるならばその様は、広大な森に巨大な流星が墜ちた跡である。そんな惨状の場に居合わせた存在にその破壊から逃れる術は無く、先ほどまで蠢いていた異形達の殆どが消滅していた。

 

 

 この一帯を覆っていた結界は綺羅により数分もかからず解除されていた。

 結界とは『扉と鍵の集合体』の様な物である。数種類の扉と鍵を絡ませ組み上げる――――言葉にするとこの位、単純な作りなのだ。

 結界を解除すると言う事は、扉の種類を特定し鍵を作り開錠する作業だ。高度な――――つまりは組み合わせが複雑なモノほど扉の特定と鍵の制作が困難になる。

 しかし製作者本人にしてみれば、自身が組み上げた結界の解除というのは出口を知っている迷路と同じ――――故に解除にさほど困難は無かった。寧(むし)ろ出来ない方が問題になる。

 

 

 

「これで多少は楽になるかな?」

 

 この破壊を引き起こした張本人である虚空は眼下を眺めながら独り言の様にそう呟いた。

 

「でも良かったの、初っ端から大技使って?もう使えないんでしょう?」

 

 虚空の能力の一つである『暴食(ベルゼブブ)』を初めて見た幽香や綺羅、そして天狗達は唖然としているが知っていたルーミアは冷静であった。

 

「別に構わない、って言うかどうせ乱戦になったら使い道がないからね~使える時に使った方が得でしょ」

 

 利点と欠点が明確に出る虚空の能力――――特に暴食(ベルゼブブ)憤怒(サタン)の一番の欠点は“敵・味方の識別が出来ない事”である。

 一度発動させるとその猛威は無差別に周囲へと向けられる、故に集団戦にはとことん向いていない。虚空の発言通り使える状況でさっさと使った方が有用なのだ。

 

「あぁでも、囮として幽香を突っ込ませて敵が集まった所でドーン!っていう作戦も悪くなかっッッ!?!?」

 

 適当な作戦を口走った虚空に背後から幽香の蹴りが頭部に炸裂し、虚空は危うく戦闘前に戦闘不能になる所だった―――――自業自得だが。

 

「あらこんなか弱い乙女を囮に使う、とか聞こえたんだけど……空耳よね?」

 

 微笑みを浮かべながら虚空を首を締め上げる幽香を見て周囲は同じ感想を抱いていた――――こんな凶悪な“か弱い乙女”が居る訳が無いだろう、と。

 

「ば、場を和ませる為の冗談なのに~」

 

「和ませたかったらもっと面白い事を言いなさいな!」

 

 虚空の言い訳を幽香は正論でねじ伏せる、もっとも今のやり取りで全員の緊張が解れているのは事実なのだが。

 

「……間抜けな連中だね、襲撃しに来ておいて漫才とは――――それとも、あたし達が嘗められてるのかね?」

 

 鬼の衆を引き連れ、接近してきていた勇義は間抜けを曝す襲撃者達に呆れを宿した視線を向けながら嘲りの言葉をかけた。

 襲いかかっておいて、敵の眼前でノウノウとしているのだから呆れるのは当然であろう。

 

「嘗めてなんかいないよ、こう見えても結構真面目なんだ」

 

 幽香に締められていた首を擦りながら、虚空は何時もと変わらない――――裏表が読めない笑みを浮かべ勇義達と向きあった。

 

「間抜けねぇ~、私から言わせればあんな奴(百鬼丸)に付き従ってるあんた達の方がずっと間抜けよ」

 

 幽香の呆れとも嘲りとも取れる表情と言葉に、鬼の衆の何人かが色めき立つが、

 

「………まぁ確かにあんたの言う通りだね、でもね――――こっちにも事情があるのさ」

 

 自嘲気味に口元を歪ませながらも、勇義の瞳には決意を秘めた力強さが宿っており、それを見た幽香を始めとした面々は気を引き締めた。

 

「そういえば、萃香から何も聞いてないのかい?僕としてはここで君達が百鬼丸を裏切ってくれる――――そんな劇的な展開を望んでいるんだけど」

 

 虚空の言葉に勇義は小さく反応を示すが、

 

「………悪いけど何も聞いてないし、後…あんたの望みは叶えてやれないね」

 

 冷静な口調で虚空の要望を否定する――――が、当の虚空は然程(さほど)、というより全く気にもしていなかった。

 

「そっかそっかそれは残念だな~、じゃぁ仕方が無いし――――相手してもらおうかな♬」

 

 そう言うと虚空は「傲慢(ルシファー)」と呟き小太刀を顕現させると、まるでお手玉でもする様に左右の手を行き来させ弄ぶ――――鼻歌交じりに。

 

 その様を見て勇儀は目の前の存在を測りかねていた。

 一体何を考えているのか?そもそも本気で自分達と事を構えようとしているのか?と。

 

 勇儀の疑念は尤もな事だろう、虚空達は戦力的に見ても圧倒的に少なく不利だ。ルーミア・幽香や天魔を始めとする天狗衆合わせて五十ほどしか居ない。

 逆に勇儀側は鬼の衆で既に五十を超えており、加えて砦から続々と有象無象の妖怪が現れ、その総数は軽く二百に迫っている。

 

 その状況を前にしても虚空の表情や動作には乱れや焦りを感じる事が出来なかった――――故に勇儀は思ったのだ、

 

「……まさか、正面からぶつかり合ってあたし達を倒せる自身があるのかい?そうだとしたら中々漢気があるじゃないか」

 

 自力への信頼、自負、それが在るからこそ平然としていられるのだと――――目の前の存在はそれだけの強者なのでは?と。そういった正面から正々堂々とした人物は勇儀個人としては好む人種ではある、しかし――――

 

「ハ……アッハハハハハハッ!!無いよそんなモノは!それに正々堂々、みたいな事はこの世で僕ほど見合わない奴は居ないよ!」

 

 勇儀の言葉に虚空は腹を抱えて笑いながら全否定し、ルーミアと幽香も勇儀のそんな勘違いがツボにハマったらしく必死に笑いを堪えていた。

 

「僕達がこの場所で悠長に君達を待っていたのは余裕や自信があるからじゃなくて――――()()じゃ()()()()()()()()()からさッ!」

 

 そう言い放つと虚空は手に持つ傲慢(ルシファー)を夜天に向け振りかざす――――まるで交響曲の口火を切る指揮者の様に。

 

 その時になって勇儀は気付くのだった――――見上げた夜空に星の輝きとは別の煌めきが在る事に。

 

 それは月明かりを受け静かな輝きを放つ大小様々な無数の刃の群れ――――十や二十ではなく百や二百は下らない兇輝(きょうき)の天幕だった。

 

 数の不利、戦力の差など最初から織り込み済み、奇襲を掛け敵砦に突入した所で敵戦力に押し切られる事は想像に容易かった――――だからこそもっとも有効に敵を翻弄する手段を考えていたのだ。

 回数制限・時間制限があるとはいえ瞬間的な大威力を出せる――――虚空は自分の能力の幅を熟知している、()()()()()を考慮しても拓けた場所に敵を誘い出す作戦が一番有効だと判断した。

 

「さぁてそれじゃぁ始めようかッ!」

 

 虚空の宣誓を合図にするかの様に、天空の刃の群れが流星となって降り注ぐ――――

 

 そうして人外の戦の火蓋が切って落とされた――――奇しくも時刻は魑魅魍魎が跋扈する丑三つ時……

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