東方虚空伝   作:TAKAYA

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六十八話 夜転交路 肆

 無有(むあ)の力は捕食した対象の心象を読み取り具現化するものである。

 実体を持つ幻であり、精巧な偽物の世界だ。

 だが、その偽物を造り上げているのは対象者自身であり幻という一点を除けば()()()()()()()()()()()

 

 無有はそれを使い様々な状況を操り捕食した者をいたぶっていく。

 それはまるで演劇の舞台。

 無有という編集者が指揮を執る狂楽と悲哀に彩られる、彼女(無有)を愉しませるだけの喜劇。

 

 そしてこの無有の世界で受ける傷は肉体では無く()()に刻まれる。

 肉体の損傷は治癒する(すべ)があるが、精神の傷はただ蓄積されてゆくだけだ。

 人間だろうと妖怪であろうと、精神は同等であり無有にとってはその二つに種族の隔たりは無く等しく自分の為の玩具である。

 どれ程の力を誇ろうが、高貴な(こころざし)を持つ者であろうが精神を直接傷付けられればどうしようも無い。

 

 無有が利用する脚本の元は様々だ。

 過去の心傷(トラウマ)を利用する事もあれば、今いる家族や恋人、友人等を使う事もある。

 過去に負った心の傷を抉り苦しめ、近しい者達を使い追い詰め、その心が傷付き壊れてゆく様を見るのが無有の悦楽であった。

 輝いていた心が徐々に光を失い絶望の色に染まる――――無有にとってその光景こそがこの世で最も美しいと思えるモノだと思えるのだから。

 

 

 

 

□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■

 

 

 

 

 盛る炎の朱色を受け煌めく短刀の刃の(きっさき)が、獲物である虚空の無防備な首元へと鋭く奔る。

 

 自身の過去の罪を突き付けられれば誰であろうと葛藤するだろう。

 『過去の事だ』と簡単には切り捨てられず、かと言って唯々享受出来る筈も無い。

 心の正邪のぶつかり合いによって自分自身を苦しめ追い詰めてゆく。

 

 無有が過去に幾人かに同じ舞台を用意した際も、ただ享受した者、強がりを口にしながら壊れた者、目を背け逃げ続けようとした者等様々だった。

 

 『コノ男ハドンナ(絶望)ニ染マルンダロウ』

 

 無有の中ではすでにこれから起こる喜劇へ期待が溢れていた。

 そして、その愉悦を得る為に喜劇を開幕させる一撃が虚空を貫く―――

 

 

 ――――無有はそんな錯覚をしていた。

 

 

 (虚空)を貫くはずだった短刀が握っていた腕ごと宙を舞っていた。

 

『…な……』

 

 振り返ると同時に虚空が振り抜いた刀によって、空羅の腕は肘から斬り飛ばされたのだ。

 その事実に無有は驚愕する。

 

『な、何で!どうしてッ!』

 

 空羅は斬られた腕を抑え、虚空に対し訴えかける様にそう叫ぶ。

 そんな彼女(空羅)に対して虚空は()()()()()()()の裏表を感じさせない顔をしながら、

 

「どうして?って…変な事聞くな~アハハハ!

 だってとうの昔に終わった事に“罪”だの“罰”だの言われても迷惑じゃないか。

 それに僕の母さんはとうの昔に死んでるし…まぁ本物だろうと偽物のだろうと死人の願い事を聞いた所で何の得も無いしね」

 

 笑いながらそんな事を(のたま)う虚空に、無有は戸惑いを隠せなかった。

 

 確かに(虚空)の目の前に居るのは偽物である。

 だがそれを形作っているのは紛れもなく()()()()()()()であり、誰よりも本物と(たが)わぬ存在感を感じている筈なのだ。

 それ以前に普通ならば自分の身近な人物が傷付く光景を見たいと思う訳も無く、それどころか襲い掛かられたとしても傷付ける事に躊躇する。

 

 だと言うのに虚空は何の躊躇も無く母親の姿をした者の腕を斬り飛ばした。

 挙げ句の果てには自身の行いの責任などを平気で捨てている。

 

 虚空の背後で倒れていた永琳が身を起こし、何時の間にか手にしていた短刀を構え(虚空)目掛けて走り出す。

 それに気付いた虚空は振り返ると同時に左手に持つ刀を水平に一閃させ、その刃の軌道上にあった永琳の首は胴と離ればなれになり裁断された銀髪と共に床へと転がった。

 

「まぁそんな事はどうでもいいんだけど…

 僕、今忙しいんだよ、さっさと此処から出してくれないかな?」

 

 今自分がした事などまるで気にする事も無く、虚空は空羅へとそう言葉をかける。

 その時には無有の困惑は絶頂に達しており、ある種の恐怖すら感じていた。

 

 この空間は本人の記憶で構築されたものだ。

 故に本人が誰よりも本物だと強く認識する。

 確かに一定の感情で心を塗りつぶしてしまえば、その認識を乗り越え偽物を斬る事は可能である。

 現に過去にも何人かはそんな連中は居た……

 だがそれはあくまで激情で感情を殺しているだけであり、その負荷は確実に心を傷付けてゆくのだ。

 

 だがこの男(虚空)は激情など起こしていない……それどころか()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 それは意志が強いとかそういう次元の話では無く、唯々異常であり異端であった。

 

 自身の問いに対し黙り込む空羅へと虚空が一歩近づいた瞬間――――

 周囲の景色がまるで水面に波紋を立てたかの様に歪み形を変え始めた。

 

 そして数秒もかからずそれは治まり、景色は一変する。

 虚空が周囲に目を向ければそれは実に見慣れた風景――――七枷神社へと変貌していたのだ。

 

『お父様』

 

 そして視線を戻せば何時の間にかそこには紫が立っており、柔らかい微笑みを浮かべていた。

 

 過去を踏みつける事が出来たとしても、今現在を蔑ろには出来るはずは無い。

 無有はそう結論し、虚空の最も新しい記憶で舞台を構築したのだ。

 この舞台ならばこの男を崩せる――――無有はそう絶対の確信を抱いていた。

 

 微笑みを浮かべたままの紫が流れる様に虚空の懐へと迫る。

 もちろんその手には怪しく光る短刀が握られていた。

 

 そんな紫に対し虚空も自然な感じで近づき――――

 

 

 何の躊躇も無く刃を振り抜いた。

 

 

 刃が過ぎ去るとほぼ同時に紫の首が宙を舞っていた。

 共に斬られた金色の髪がそれを彩る様に空に散りばめられある種の芸術作品とも見える。

 

 そして地面に落ちた紫の顔は驚愕に染め上げられており、

 

『な、何故!どうしてッ!』

 

 悲鳴にも近い疑問を叫んでいる。

 

 

 問いを投げ掛けられている虚空は困った表情を浮かべ、

 

「何故?って……だって()()()()()()

 こっちの方が聞きたいよ…どうして偽物に遠慮しなきゃいけないのさ?」

 

 と、逆に無有に問い返していた。

 

 そこで漸く無有は理解した。

 否…正確に言えば『理解出来ないと理解した』と表現するべきか。

 

 目の前に居るソレ(虚空)は理解し得ないナニかだ。

 関わってはいけない。

 無有の中でそんな結論が出ると同時に紫の姿をしたものが(ろう)の様に溶け消えて無くなる。

 

 そう無有は逃げ出していた。

 今まで追い詰める側であった筈の自分が捕食した者から逃げるなど思ってもいなかっただろう。

 彼女(無有)は生まれて始めて“恐怖”を抱いたのだ――――遭遇した事もない得体の知れない存在に。

 

 

 無有が消え、空間に一人に残された虚空の、

 

「…えっ!嘘!逃げられた!

 というか逃げるくらいなら外に放り出してよッ!」

 

 そんな叫び声が虚しく響き渡っていた。

 

「はぁ~どうしよう…

 この手の力って術者を殺せないと出られない系だよね?

 …探すしかないか~」

 

 虚空は肩を落としながら溜息交じりにそう言いながらその場から跳躍し空を切って飛び立つ。

 とりあえずその場から移動するつもりだっただけの虚空であったが、暫く飛んでいた次の瞬間――――

 

「ぶべッ!」

 

 ()()()()()()で壁に叩きつけられた蛙の様な格好をしていた。

 その様はまるで喜劇的。

 悲しいのは本人は痛いだけであり、誰の笑いもとれていない事であろう。

 

「……な、なるほろ……

 く、空間的に閉じてる訳じゃないのか…」

 

 思いの外効いたのか、鼻を押さえながら虚空は呟く。

 そして気を取り直し複数の光弾を造り出すと目の前の壁に向けて一斉に放った。

 光弾の直撃を受けた壁は、まるで硝子が砕ける様に割れて散りこの先に違う景色を表していた。

 

 そして虚空は躊躇無くその空間へと飛び込んで行く。

 

 

 

 

□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■

 

 

 

 

 疾風の胸に顔を埋めていた文がふと顔を上げると、疾風は文ではなく空を見つめて――――否、睨み付けていた。

 忌々し、という感情を隠すこと無く表す疾風に文は(疾風)の視線を追い、自身の後方へと目を向ける。

 

 彼女()が振り返るとほぼ同時に、硝子が砕ける様な音と共に――――()()()()()()()

 

 青空が広がる中、一点だけ不自然に違う景色が映し出されており、その別の風景の中から一人の人物が振ってくる。

 

 衣服はボロボロであり身体の彼方此方には大小の裂傷、特に右腕などはもはや傷等とは呼べぬ程である。

 

 文はその見知った…此処(自身の記憶)に居るはずの無い人物――――虚空へと、

 

「…め…盟主殿…何故…此処に…」

 

 至極真っ当な疑問を問いかけた。

 

「文?…偽物?……な訳がないか、意味ないし」

 

 虚空は一瞬訝しむがすぐにそれを否定する。

 自分(虚空)に対して文に化ける優位など存在しないからだ。

 会って間もない上に差ほど興味も抱いていない相手に姿をとった所で何の意味も無い。

 

「なるほど、文も取り込まれていたかのか……

 という事は――――」

 

 文への疑問には答えず虚空は周囲へと視線を巡らせ、

 

「見た所……()()かな?」

 

 ヘラ、っと笑顔を浮かべ極自然に文達との距離を詰めた。

 そのあまりにも自然な行動に文も疾風も動けず、ただ虚空の動きを視界に納めている。

 

 そして虚空は左手に持つ刀を、まるで雑草でも払うかの様に無造作に疾風の首に向け振り抜き――――

 

 

 

 虚空は巨熊の体当たりにも似た突風を受け、矢の如く(かけ)ると集落の建物へ一直線に向かいそれを粉砕した。

 

「!…あ、あ痛たたぁ…いきなり何するんだよ?」

 

 粉砕され土煙を上げる瓦礫の中から、虚空は頭を振りながら這い出し自分を吹き飛ばした張本人への文句を口にする。

 

 事の本人――――文は疾風を守るかの様に立ちはだかり、怒りの形相を浮かべていた。

 

「何を?…巫山戯ないでください!

 貴方こそ疾風に何をしようとしたか分かっているんですか!」

 

「分かってるよ?

 ()()…話に聞いた()の死んだ恋人でしょ。

 此処から出る為には()()を殺さないといけないの。

 文も理解しているでしょ?

 此処が現実じゃないって」

 

 そんな虚空の言葉に更に怒りを滾らせる。

 

「だから何ですか!

 疾風は()()()()()()()()()!」 

 

 心に巣くう甘美な(記憶)

 その甘い誘惑は少しずつ文を蝕み、逃れられない鎖と化していた。

 だがそれは誰であれ持っている当たり前の甘え。

 

 『あの時は』

 

 『あの頃は』

 

 と戻りたい時を願い、それが叶ったなら()()を捨てる事など出来よう筈も無い。

 

「あぁそう…でもごめんね、僕は此処からとっとと出たいんだ…

 だから()には悪いけど…()()…殺すね」

 

 悪い、と言いつつ悪びれた感を見せない虚空に、

 

「疾風は…()()()殺させませんッ!」

 

 文は叫び、それに呼応するかの様に周囲を嵐が包み込んだ。

 

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