戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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お待たせしました。

設定の見直し等で遅くなりましたが、ようやく投稿出来ました。

今回は明美さんSideの番外編の後編です。

それでは…ようこそ、陰険漫才の世界へ(笑)。




第8.75話「番外編~原園 明美の戦車道・その2です!!」

 

 

 

 

 

 

千葉県袖ヶ浦市。

 

 

 

 

 

 

千葉県のほぼ中央にあるこの街は、東京湾に面している海側には京葉工業地域の工場群が目立つ一方で、山側には観光施設「東京ドイツ村」がある事で知られる。

 

また、車好きならば自動車関連のイベント開催地として、時折自動車雑誌で紹介される事のある「袖ヶ浦フォレストレースウェイ」の所在地として知っている人もいるかも知れない。

 

更に近年は、隣の木更津市に東京湾アクアラインが開通した恩恵で、神奈川県や東京都へのアクセスのし易さや不動産価格の安さに魅力を感じた首都圏の人々が流入して来ており、ベッドタウンとして発展している。

 

 

 

 

 

 

そんな袖ヶ浦市の海側、港湾地区の一角に、原園 明美はやって来た。

 

 

 

 

 

 

「いつ来ても思うけれど、アクアライン様々だよね~。おかげで東京へリポートから東京湾の向こう側にある“ながもん”の会社まで、1時間も掛からない♪」

 

 

 

 

 

 

ここに、今日の訪問先である「周防ケミカル工業株式会社」の本社があるのだ。

 

明美は、これから黒森峰戦車道チーム時代の副隊長にして親友であり、現在は自らの会社にとって重要な取引先である、この会社の社長を勤める周防 長門との間で、今年購入する戦車用オイルや添加剤等の価格交渉をするのだ。

 

その為、明美は今朝チャーターしたロシア製ヘリコプター・カモフKa-32で大洗の学園艦を離れて東京ヘリポートへ向かった後、品川にある自分の会社の営業所から回してもらった社用車を自ら運転して東京湾アクアラインを渡り、ここまでやって来たのだ。

 

 

 

 

 

 

周防ケミカル工業株式会社は、石油元売りの国内大手で、明治時代からの伝統を持つ創業家・周防家が支配する「周防石油グループ」傘下の子会社である。

 

主な事業は、自動車やバイク用のオイル・添加剤を始め、様々な機械用の潤滑油・ケミカル製品類やメインテナンス関連用品の開発・製造・販売であり、自社ブランドの製品だけでなく周防石油グループ全体で販売している一般・法人向け製品のOEM製造も行っている。

 

 

 

そして…この会社の特徴は、自社ブランドの製品ラインナップがマニア&競技向けの高価格・高品質の物とコストを重視した業務用の物に二極化されている点である。

 

特に、主力商品である自動車・バイク用エンジンオイルでは、同業他社が近年、若者のクルマ離れや過酷な価格競争等を理由に縮小・撤退、あるいは大幅な品質の低下を余儀なくされた競技用やマニア向けの高級品に焦点を絞っており、販売価格を引き上げる代わりに最高の品質と性能を追求した製品開発に力を入れている。

 

これにより、撤退した同業他社の製品が手に入らなくなった為に困っていたユーザーを取り込んでいるのだ。

 

 

 

また、安定供給の為に販売は中間代理店を通さず、自社のセールスマンが直接小売店や自動車整備工場に納入する直販方式であり、主な販売店は専門店や整備工場、そして周防石油グループの一部ガソリンスタンド等である。

 

その為、量販カー用品店で同社の商品を見掛ける事は珍しく、ホームセンターではまず販売されていない。

 

そんな周防ケミカル工業の製品は、虹色の製品ラベルと「SUOU’S」のブランド名、そして世界最高レベルの高品質によって、プロの整備士やモータースポーツ関係者、車やバイクマニアの間で熱い支持を受けている。

 

 

 

更に同社では、プロ・アマチュアを問わず、様々なモータースポーツ活動に対して積極的な支援をしている。

 

その中には戦車道も含まれており、実業団チームはもちろんの事、現在高校戦車道の4強として知られている内の3校…神奈川県の聖グロリアーナ女学院、長崎県のサンダース大付属高校、そして昨年の全国高校生大会優勝校である青森県のプラウダ高校に、自社製オイルや添加剤等を供給する程、力を入れている。

 

ちなみに、一昨年まで戦車道全国高校生大会9連覇を成し遂げていた戦車道の絶対王者・熊本の黒森峰女学園や同校と関係の深い西住流にも長年手厚い支援をしていたが、こちらは昨年の全国大会決勝戦で起きた「ある事件」が原因で、黒森峰女学園や西住流の上層部と対立した結果、関係を断絶している。

 

 

 

そんな周防ケミカル工業の社長を勤めているのが、周防石油グループの創業者一族・周防家現当主の長女であり、高校時代は黒森峰女学園・戦車道チームの副隊長を勤めた、明美と西住 しほの共通の親友、周防 長門なのである。

 

 

 

 

 

 

尤も…これから明美が長門と会う本当の目的は、価格交渉とは別にもう一つあるのだが、明美はその事を長門には知らせていない。

 

 

 

 

 

 

さて、本社へ着くと玄関前で、長門が直々に部下も連れず1人で明美を待っていた。

 

普通、長門はそんな事をしないが、明美を迎える時だけはいつもそうしている。

 

 

 

「こんにちわ、長門さん」

 

 

 

「ようこそ、明美。早速だが中へ入ろうか」

 

 

 

形通りだが、にこやかな挨拶の後で入り口に入ると、この会社が長年メインスポンサーになっているレーシングチームのマシンである、スーパーGT・GT500クラス仕様のGT-R NISMOが展示されているが、互いにモータースポーツが好きな筈の2人は、それには目もくれず社長室へ向かう。

 

社長室に入ると、既に応接用セットの机には、長門の秘書が用意したであろうお茶菓子が置かれていた。

 

一方、長門は応接用セットの椅子に座る様に明美へ薦めた後、自らも向かい側の椅子に座ると、生真面目な表情で話を始めた。

 

 

 

 

 

 

「さて…早速だが本題に入ろう。まず、今年の戦車用エンジンオイルとミッションオイルの価格だが、この所の原油価格上昇で、どうしても去年より3%値上げしてもらわないと…」

 

 

 

 

 

 

そこまで長門が言った、次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けて~、ながも~ん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明美が情け無い位の大声を上げると、机の向こう側にいる長門目掛けて回り込んでから抱き付いて来た。

 

その姿はまるで、困った時にはいつも青い猫型ロボットに縋り付く、眼鏡を掛けた小学生の様である。

 

 

 

「おい明美!? そんな事を言ってもダメだぞ!! 今回は本当に値上げしてもらわないとこっちが困るんだ!!」

 

 

 

てっきり、この期に及んで値引き交渉かと思った長門は怒った顔で、抱き付いている明美に向かって怒鳴ったが、彼女は飼い犬の様にブンブンと首を横に振ってから、こう答えた。

 

 

 

「違うわよ、ながもん…まだ値引きの事は一言も言っていないでしょ。私が助けて欲しいのは、それとは全く別の事なの」

 

 

 

「値引き、じゃないのか?…それと、私の事を“ながもん”と言うのは止めろ」

 

 

 

値引き交渉ではないと言われた長門が、予想外の展開に当惑しながらも明美に問い掛けた所、彼女は目をウルウルさせながら、こう頼み込んで来た。

 

 

 

「ねぇ、長門さん…これから私が話す事を聞いて欲しいの。ちゃんと聞いてくれたら、値上げの件は飲むわ」

 

 

 

「何だ、一体…?」

 

 

 

一方の長門は返事をしながら、非常に嫌な予感を感じていた。

 

高校時代からの経験上、明美がこんな表情をして、しかも猫撫で声で頼み込んで来る時は、大抵ロクでも無い内容を押し付けられるのがオチであると知っていたからだ。

 

何しろ自分達の隊長だったしほでさえ、この「頼み事」によって、しばしばエラい目に遭わされていたのだから。

 

すると案の定、明美はロクでもない事を言い出した。

 

 

 

 

 

 

「実はね…この間、嵐が進学した大洗女子学園で戦車道が復活する事になって、色々あったのだけれど、嵐も戦車道を履修する事になったの」

 

 

 

 

 

 

その次の瞬間。

 

長門は猜疑心に満ちた表情で、明美を睨みながら詰問した。

 

 

 

「お前…さては、自分の娘を騙したのか?」

 

 

 

「違うわよ」

 

 

 

「いいや、騙しただろ!? 嵐は『高校に進学したら、戦車道から引退する』と今年の正月に言っていたぞ…私がお前の家に行って、新年の挨拶をした時に!!」

 

 

 

平然とした表情で娘を騙した事を否定する母親に対して、それを疑う親友はすかさずツッコんだが、明美は首を横に振り、こう答える。

 

 

 

「騙した訳じゃないわよ。そりゃあ、理由はあるけれど…それよりながもん、文科省が近年進めている『学園艦統廃合計画』は知っているわよね?」

 

 

 

すると長門は「学園艦統廃合計画」の一言に反応して、明美を睨むのを止めると、小さく頷きながらこう語った。

 

 

 

「それなら知っている。私の一族には、学園艦整備計画に多少関わりがあった者がいるからな…」

 

 

 

少しばかり落ち着きを取り戻した長門は、嘗て戦車道を学ぶ過程で知った学園艦の歴史を振り返る様に語り出した。

 

 

 

 

 

 

戦後間もない頃、日本が無謀な太平洋戦争を引き起こし、自国だけでなく多くの周辺諸国に甚大な被害をもたらした原因の一つが「軍国主義の下で、国際化社会に適応した広い視野を持った人材の育成を怠った事」にあるとした、当時の占領軍・GHQの指令によって日本政府が当時の文部省に命じ、第二次大戦中の航空母艦を主なタイプシップとした『公立超大型学園艦』を大量建造する様になってから、およそ70年が経過した。

 

7つの海を航海し続けながら青少年の教育を行うだけでなく、生徒以外の様々な住民を含めると中小の地方都市に匹敵する人口を擁する学園艦の運営を大人ではなく、学園艦に所在する学園の生徒会(中等部と高等部が併設されている場合は、高等部の生徒会が対象になる)に委ねると言う極めて高度な学生自治を行う事によって、広い視野を持った人材育成と学生の自主独立精神を養う事を両立させた青少年教育システム『公立超大型学園艦』は、ある意味において戦後日本の象徴の一つと言って良かった。

 

一方、戦後の高度経済成長と言う追い風の中、90年代初頭のバブル崩壊まで40年近く続いた『公立超大型学園艦』量産の結果……

 

今日では少子高齢化の影響や国の財政状況悪化により、建造費はもちろんの事、年間維持費でも天文学的な予算を必要とする学園艦の削減が各地の自治体や有識者の間で叫ばれる様になって久しい。

 

更に『公立超大型学園艦』の成功を見た各地の私立校が、より大型かつ設備も優れた新世代の学園艦を競って建造した為、今や全国各地の海には空き教室が目立つ公立の学園艦が多数、本来の役目を失ってダブついている。

 

日本政府もこれらの意見や現状を無視する訳にはいかず、その意向を受けた文科省が『学園艦統廃合計画』の名の下に、これまで作り過ぎた学園艦の整理統合に乗り出しているのが、現在の学園艦教育を取り巻く状況である。

 

 

 

 

 

 

ここまでの内容を長門が語り終えると、席に戻って話を聞いていた明美に向かって、こう切り出した。

 

 

 

「さてと…その分だと大洗の学園艦、遂に廃艦が決まったのか? あの学園艦は戦後間もない頃に建造された『公立超大型学園艦』第一世代の貴重な生き残りだからな。いつ解体されてもおかしくないとは思っていたが…」

 

 

 

その時、明美は先程までの媚びた表情から引き締まった表情へと一変させると、こう答えた。

 

 

 

「でもね、単に学園艦が廃艦になるだけなら、私もこの話に首を突っ込まなかったのだけど…実はこの間、学園艦だけでなく大洗女子学園そのものが廃校になると文科省から通知が来たのよ、それも今年度中に」

 

 

 

すると、長門は驚いた顔で明美を見ながら問い掛ける。

 

 

 

「何だと…それは急過ぎるな? 普通は年度末に新入生の募集を停止するのが先だろう。それをせずに、文科省がいきなり廃校を決定…まさか、学園艦教育局長の辻の差し金か!?」

 

 

 

「そうよ」

 

 

 

きっぱりと返答した明美に対して、長門は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべて語る。

 

 

 

「あいつめ…以前から、あの男は各地で地元の事情を一切無視して、幾つもの学園艦を強引に解体している事は知っていたが、まさか、お前の旦那さんの故郷だった大洗まで…ひょっとしたら奴は、お前が黒森峰を卒業する時に進学予定だった大学の推薦入学枠を潰しただけでは満足していなかったのか?」

 

 

 

「かも知れないわね…でも、私にとってはそれ以上に、大洗の学園艦は直之さんの故郷なのよ。それを跡形も無く消すなんて許せない。だから、私は廃校を阻止する為に立ち上がった大洗女子学園の生徒会に手を貸す事にしたの」

 

 

 

明美がそう語ると、長門はなるほどと頷きながらも不思議そうな口調で質問した。

 

 

 

「その気持ちは分かる…だが、それと大洗で戦車道が復活する事との間に、何の関連があるのだ?」

 

 

 

そこで、明美は大洗女子学園で戦車道が復活した直接の事情を語り出した。

 

 

 

「実はね、文科省から学園へ廃校が通達された際、学園の生徒会長である角谷 杏さんが学園艦教育局へ談判した時に『今年の戦車道全国高校生大会で優勝でもすれば、廃校を免れる可能性がある』と言う言質を取ったのよ」

 

 

 

「それで今年、大洗で戦車道が復活する訳か…しかし、復活早々の段階で全国大会制覇を目指すとは、余りにも無謀だぞ?」

 

 

 

明美の話を聞いて、戦車道を知る者なら当然の指摘をする長門に対して、明美は真剣な表情で答える。

 

 

 

「ええ…その通りよ。でも角谷さんは、例え万に一つの可能性であっても学園を守り抜く為に、20年以上前に廃止されていた戦車道を復活させる決断をしたの…私は、そんな角谷さんの心意気に共感して、彼女達を支援する事に決めたのよ」

 

 

 

明美はそこで一旦言葉を切ると、すっかり温くなった番茶を一口飲んで喉を潤した。

 

そして、少し苦そうな顔を浮かべつつも真剣な表情を保ったまま、こう語った。

 

 

 

「そして、これは『いつか、大洗で戦車道が復活したら力になりたい』と生前語っていた、直之さんの遺志でもあるわ」

 

 

 

その言葉を聞いた長門は、懐かしそうな表情をしながら明美に語り掛ける。

 

 

 

「“万に一つ”か…そう言えば明美は昔、アニメで見た宇宙戦艦の艦長が理想の男性だと言っていたよな。『万に一つでも可能性を発見したらそれを信じて、沈着冷静に行動する人が、自分のタイプの男なの』って…お前の旦那さんは、正にそう言う人だった」

 

 

 

「えへへ…だから、あれから10年経っても再婚する気なんて全然無いんだよね」

 

 

 

自分の話に、亡き夫に対する惚気で答えた明美を眺めながら、長門は苦笑する。

 

 

 

「やれやれ…天国の直之さんもさぞかし、赤面しているだろうな」

 

 

 

そして、長門も手を付けていない内に温くなってしまった番茶を飲むと、生真面目な表情に戻って、こう問い掛けた。

 

 

 

「じゃあ、大洗で戦車道を復活させるのを決めたのは、角谷と言う生徒会長であって、お前の差し金ではないのだな?」

 

 

 

「信じてもらえないかも知れないけれど、その通りよ」

 

 

 

長門の質問に明美がきっぱり答えると、長門は対話をしていて浮かんだ、もう一つの疑問を明美へ投げ掛ける。

 

 

 

「なら明美、お前は何時どこで、大洗で戦車道が復活する事を知ったのだ?」

 

 

 

それに対して、明美は小さく頷くとこう説明した。

 

 

 

「貴女にも既に伝えているけれど私の会社、この間大洗町へ工場進出する事が決まったでしょ? その時よ」

 

 

 

その瞬間、長門はハッとした表情に変わる。

 

 

 

「そうだった…」

 

 

 

その様子を見た明美は、更に説明を続ける。

 

 

 

「大洗町役場で工場建設の契約書の調印式を終えた後、町の人達との懇親会の席上で、町長さんから廃校の話を聞かされたの…そこで、私は直ちに学園艦に向かって角谷さんに会い、彼女から話を聞いた際に廃校の詳細と戦車道を復活させる話を知った訳。だから、大洗で戦車道が復活する事になった過程に私は一切関わっていないわ」

 

 

 

「なるほど…」

 

 

 

明美が大洗の廃校話と戦車道を復活させる事を知った理由を聞いて納得した長門は、そこで更に、何かを思い出すと引き締まった表情になっている明美へ問い掛ける。

 

 

 

「…待て。じゃあ、嵐にも今の話をしたのか?」

 

 

 

「ええ。昨晩、大洗女子学園の生徒会役員や直之さんの叔母である鷹代さん達と焼肉を食べながら、ね」

 

 

 

明美が、彼女にしては真剣な口調で答えると、長門は腕組みをしながら難しい表情になり、少し思案してから、こう呟いた。

 

 

 

「う~む…いずれにしても、大洗女子学園と辻の馬鹿げた企みをこのまま放って置く訳には行かないのは、分かる。だが…」

 

 

 

 

 

 

2人は、辻による『学園艦統廃合計画』の横暴さに関する様々な情報を知っていた。

 

『学園艦統廃合計画』の実態は、昨夜夕食の席で原園 鷹代が指摘した通り、お世辞にも公正に行われているとは言い難い状態だ。

 

しかも、既に廃校にされた幾つかの学園艦の生徒の中には、転校先を見付けられず不登校になったケースが後を絶たない。

 

その数は推定で数万人はいるかも知れないとも言われているが、詳しい不登校生徒の数はハッキリしていない。

 

それと言うのも、文科省がある理由から詳細な調査を拒否している為である。

 

 

 

「学園艦統廃合計画」の実質的な責任者である、辻 廉太・文科省学園艦教育局長は、以上の問題に関するマスコミからの質問に、こうコメントしている。

 

 

 

「我々文科省は、対象となった学園艦の廃校に際して、転校先となる別の学園艦を用意していました。これに対して、一部生徒のご父兄方から『用意された転校先の学園艦は全て県外を母港としているので、生徒の地元から遠く離れて生活する事になってしまう。せめて自分達の出身地の学校へ転校したい』との要望があったのは事実です。しかしながら、この要望に応えようとした場合、地上にある学校を含めた対象地域内の学校全てが定員オーバーとなってしまいますので、残念ではありますが、ご父兄方の要望に応える事は物理的に不可能です」

 

 

 

これに対し、一部の記者から「幾ら何でも他県の学園艦へ転校するしか方法が無いと言うのは、文科省側の明らかな不手際ではないのか?」との批判が寄せられたが、辻局長はこう応えるだけだった。

 

 

 

「学園艦に所属する生徒の転校手続きに関する文部科学大臣からの通達では『文科省は、学園艦に所属する全ての生徒が自らの意思を問わず、何らかの理由によって転校する必要が生じた場合、都道府県を跨って転校する事を指示する事が出来る』となっております。

 

元々、この通達は『学生の自主独立精神を養う』と言う、学園艦運営の基本に沿った措置であり、実際にある学園艦から別の学園艦へと転校する生徒は、その際に都道府県を跨ぐのが殆どです。

 

従いまして、文科省としては廃校になった学園艦の生徒の転校先に県外の学園艦を指定する事は、法的にはもちろん、学園艦の運営規則に照らしても何ら問題ないと認識しておりますし、生徒の個人情報保護の観点からも学園艦廃校に伴う不登校生徒の数の把握は必要ないばかりか、生徒のプライバシー侵害になりかねない事態を招く危険があると考えておりますので、この問題はあくまで不登校生徒全体の対策の中で取り組むべきと判断しております」

 

 

 

ハッキリ言って、辻の回答は悪辣な責任回避としか言い様が無い。

 

 

 

大臣通達だけでなく『学生の自主独立精神を養う』と言う、学園艦運営の基本方針や学園艦で勉学をする生徒の転校に関する実情まで逆手に取って、強引な学園艦の解体を正当化する根拠にしているのである。

 

しかも、その学園艦解体強行によって多数出ている不登校生徒に対する調査でさえ『生徒のプライバシー侵害になる』として拒否し、この問題自体を隠蔽しようとしているのだ。

 

実際、この様な辻局長の見解に対して、一部の不登校生徒の父兄が弁護士に訴訟を相談したが、弁護士側が「裁判をしても文科省側の主張は法的に問題ないので、全く勝負になりません」と答えた為、泣き寝入りするしかなかったと言う。

 

 

 

 

 

 

確かに、この様な事態をこれ以上無視する訳には行かない。

 

この点で、明美と長門は同じ問題意識を共有していた。

 

だが、長門は明美の主張に同意しつつも別の角度から反論する。

 

 

 

「しかしだ…戦車道で大洗女子学園を廃校から救い、辻の馬鹿げた企みを止めようと言う、お前の気持ちは痛いほど分かるが、娘の嵐を無理やり戦車道に戻そうと言う、お前の魂胆は変わっていないだろう…なら、悪いが私は手を貸す訳にはいかん」

 

 

 

長門は、幾ら亡き夫の故郷にある学園を救うと共に、学園艦を強引に解体している文科省役人の所業を止める為とは言え、戦車道から背を向けた自分の娘を騙してまで戦車道へ引き戻そうとする明美の行いを許す訳には行かないという立場だった。

 

長門は、明美の愛娘である嵐の事を幼い頃からよく知っており、彼女が戦車道から引退した事情も知っているだけに、戦車道から離れる事自体については辛い思いを抱いていたが、同時にそれを妨げる事はするべきではないと考えていたのである。

 

 

 

 

 

 

だが…明美にとって、この長門の断り文句は「想定内」だったのである。

 

そこで、明美は微笑みながら、優しげな声でこう切り返した。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ながもん…実はね、母校の後輩である西住 みほさんも大洗に転校していて、嵐と一緒に戦車道を履修してくれる事になったって聞いても手を貸さない?」

 

 

 

 

 

 

その言葉が放たれた、次の瞬間。

 

険しい表情で明美を睨んでいた長門が、表情を一変させて明美の肩を摑むと、凄い勢いで問い掛けて来た。

 

 

 

「何だと…みほちゃんが大洗に!? 本当か、本当なのかぁ!?」

 

 

 

「うん、本当よ♪」

 

 

 

その時、明美はにこやかに返答しながらも心の中では「よっしゃあ!!…これで“ながもん”はこっちの味方ね!!」と、快哉を叫んでいた…声には出さなかったが。

 

その代わり、朗らかな表情のまま長門へ語り掛ける。

 

 

 

「実はね…私が大洗の戦車道を支援すると決めた直後、生徒会から『情報操作されているらしい生徒の転入届が提出されたので少し調べた所、どうも戦車道を履修していた生徒の可能性があるので、真偽を確かめて欲しい』と依頼されたので確認したら、それがみほさんだったのよ」

 

 

 

その話を聞いて、地獄で仏を見た様な表情を浮かべている長門を眺めながら、更に明美は語り続ける。

 

 

 

「そう言えば、去年の戦車道全国高校生大会決勝戦で黒森峰が負けた直後にあったOG総会に出席した人達の中で、10連覇よりも仲間の命を助ける事を優先したみほさんの行動を弁護したのは、私と長門だけだったものね?」

 

 

 

その言葉を聞いた長門は、そうだと言わんばかりに話し出した。

 

 

 

「当然だ。幾らあの行動が原因で10連覇を逃したからとは言え、みほちゃんに対する黒森峰と西住流の仕打ちは、余りにも酷かった…あっ」

 

 

 

次の瞬間、長門はハッとなったが、もう遅かった。

 

 

 

 

 

 

実を言うと…自らも西住流戦車道を修め、師範代の資格を持っている長門は、西住流の師範にして事実上の次期家元でもある親友・西住 しほの娘であると共に、母校の後輩であるみほの事が大好きで、彼女が幼い頃から何かと可愛がっていたのだ。

 

何しろ、姉のまほよりも彼女の事を「西住流には無い資質を持っている」と言って持ち上げていただけでなく、裏では彼女のファンクラブを結成して会長に納まっていたのだ。

 

それ故、去年の全国大会決勝戦後、みほが母校の敗戦責任を一身に負わされただけでなく、母親にして自らの親友でもあるしほに見捨てられた事を知った、当時の長門はみほを助けようと奔走したが、大勢を動かすには至らなかった。

 

そして、みほが黒森峰を去った時、長門は彼女がどこへ転校したのか、西住家からは一切知らされないまま、空しく時を過ごしていたのである。

 

 

 

 

 

 

そんな長門の事を黒森峰時代から表も裏も知り尽くしている『親友』の明美は、更に笑みを浮かべながら話し掛ける。

 

 

 

「うふふ…ながもんは、大好きなみほさんが黒森峰を去ってから、ずっと彼女の事を心配していたものね♪」

 

 

 

話が始まる前から、明美に決定的な弱みを握られていた事を思い知らされた長門は、ガックリと項垂れると、声を絞り出した。

 

 

 

「くっ…“あけみっち”、一体、何が望みだ…?」

 

 

 

すると明美は、何を今更と言わんばかりの口調で回答する。

 

 

 

「簡単よ。これを機会に大洗…いえ、みほさんを助けようとは思わないの?」

 

 

 

「それは…」

 

 

 

余りにも単純な回答に呆然となり、即答出来ないでいる長門を余所に、明美は去年の全国大会で母校が10連覇を逃した後に親友が取った行動を振り返る。

 

 

 

「みほさんが黒森峰を去った時、ながもんは『勝つ為に死ねと言うのなら、それは最早戦車道ではない、ただの殺し合いだ。もう母校と西住流には愛想が尽きた』と、しぽりんや西住流、そして黒森峰関係者の前で言ったよね。そして、それまで続けていた黒森峰戦車道チームへの支援を昨年度限りで打ち切った」

 

 

 

「ああ…確かにそうだ」

 

 

 

ようやく、気持ちが落ち着いた長門が静かな口調で答えると、明美は更に話を続ける。

 

 

 

「そして、明治時代から西住家と深い交流のあった、長門の本家の人達や当主であるあなたのお母様もあなたの話を聞いて、西住家と黒森峰との関係を断絶した…」

 

 

 

長門は軽く頷くと、その時の事をこう振り返った。

 

 

 

「そうだ…あの時、母上は『例え、勝つ為であっても人命を軽んじる様な所と付き合っていると、私達も同類だと思われて迷惑です。私達だけならともかく、私達の事業を信頼して下さるお客様や取引先、そして社会全体に対しても申し訳が立ちません』と仰って、な」

 

 

 

「ながもんのお母様の仰った事は、今流行りのコンプライアンスって奴だよね?」

 

 

 

「と言うより、社会人として当然の約束事だろう…それで、改めて聞くが私に何をしろと?」

 

 

 

ここで明美は、ようやく長門と交渉に来た2つ目の、そして『真の目的』を明かした。

 

 

 

「ねえ、去年まで黒森峰を支援する為に使っていた予算を全部寄越せとは言わないけれど、せめてその中の1割でも大洗へ回してみない?」

 

 

 

「…新年度が始まっているから、すぐには無理だぞ」

 

 

 

さすがに、戦車道から離れた嵐やみほの辛い気持ちを本人から聞いており、彼女達を戦車道に引き戻す事を善しとしない長門は、建前論を持ち出して最後の抵抗を試みたが、明美は表情を変えずに切り返して来た。

 

 

 

「と言うか、みほさんを助けてあげる貴重なチャンスが回ってきたのよ。それも戦車道でね…これをみすみす見逃す周防 長門じゃないでしょ?」

 

 

 

「確かに『機会を見逃さない』のは、我が家の家訓だがな…」

 

 

 

「なら、決まりね♪ 予算はすぐには組めなくても、それ以外の方法なら幾らでも思い付けるわ」

 

 

 

この一言で、明美の真の目的は大洗女子学園の戦車道への単なる金銭的な支援ではなく、身近な立場にいる自分を大洗廃校阻止の為の仲間に引き入れる事だと知った長門は、これ以上の抵抗は出来ないと悟ると苦い顔を浮かべて、こう言い返すのが精一杯だった。

 

 

 

「あけみっち…最初から、大洗女子学園を助ける為に私を味方に取り込むつもりだったな?」

 

 

 

「正解~♪ まずは、同志として協力を取り付ける事が、今日の目的だったのだよ♪」

 

 

 

明美が、長門の予想通りの答えを返したのを聞くと、長門は目の前の『親友』を恨めしそうに眺めながら愚痴を零した。

 

 

 

「この…悪魔め。私がみほちゃんの事を見捨てられないとずっと思っていたのを知っていて…」

 

 

 

すると『親友』は、天使の様な笑顔と声で、到底そうとは思えない言葉を紡ぎ出した。

 

 

 

 

 

 

「悪魔で…いいわよ。例え、ながもんが手を貸さなくても悪魔らしいやり方で、大洗女子学園と西住流を救うつもりだったから♪」

 

 

 

 

 

 

「全く、お前は相変わらずの『悪党』だな…」

 

 

 

溜息を吐いた長門は疲れた口調で答えたが、その時、明美の発言に予想もしなかった言葉が含まれているのに気付いた。

 

 

 

「…だが、西住流も救うつもりだと?」

 

 

 

そんな長門の問い掛けに、明美は小さく頷くと意外な事を語り出した。

 

 

 

「そうよ。これから始める事は、大洗女子学園やみほさんだけでなく、しぽりんや西住流を助ける事にも繋がるの」

 

 

 

「しほや西住流も助ける…どう言う事だ?」

 

 

 

意表を突かれた長門だったが、明美の目的に思わぬ事柄が含まれている事に気付くと、当惑した表情で問い掛ける。

 

すると、明美は冷静な口調で答えた。

 

 

 

 

 

 

「考えてご覧なさいよ…しぽりんが、今のままのやり方で西住流と黒森峰を動かしていけば、必ずや取り返しのつかない事態が戦車道で起こるわ」

 

 

 

 

 

 

「取り返しのつかない事態…まさか事故!?」

 

 

 

明美の一言で想像を巡らしていた長門が、ある可能性に気付いて驚愕する。

 

それを見越していたかの様に、明美はその「可能性」について言及した。

 

 

 

「ええ、それこそ去年の全国高校生大会の決勝戦で起きた様な事故が、それも犠牲者を伴う形でね…そうなったら、影響は西住流や黒森峰だけに止まらない。ようやく内定した筈の戦車道世界大会の日本開催は確実にオジャンになるわよ?」

 

 

 

「そうか…!!」

 

 

 

明美が予見する「最悪の可能性」を聞いた長門は、頷くと明美に向かって、世界大会の主催者である国際戦車道連盟内部の状況を語り出した…もちろん、これは明美も知っている事だが、敢えて確認の為に長門は口に出す。

 

 

 

「今でも、国際戦車道連盟副会長のスウィントン伯爵は、世界大会の日本開催に反対の立場だしな。他にも一部の国の代表や国際戦車道連盟理事の中には反対派がいるから、私達の側に何かあれば、彼らが騒ぎ出すのは目に見えている」

 

 

 

長門の話を聞いた明美は頷くと、こう宣言した。

 

 

 

「その通りよ。そんな事態を防ぐ為にも、私達が助けないといけないのよ…文科省から廃校を突き付けられた大洗女子学園と、西住流と黒森峰に否定されたみほさんの戦車道を。それは同時に、私達の母校である黒森峰と西住流、そしてしぽりんを行き過ぎた勝利至上主義から救う事にも繋がるわ」

 

 

 

「やれやれ、まさかそんな事態まで想定して、大洗を助けようとしていたとは。“日本戦車道と私達に、逃げ場なし”か…」

 

 

 

明美から自身の真意を聞かされた長門は、大きな溜息を吐いた。

 

 

 

「分かっているじゃない? じゃあ、早速だけどこれからの予定を話すわね…」

 

 

 

にこやかに微笑む明美からの説明を聞きながら、長門は目の前にいる親友が夫の故郷を守ろうと言う単純な理由だけで、今回の行動を起こした訳ではないと言う事実に驚嘆していた。

 

まさか、廃校寸前の女子校を守る為に動いた生徒会を助ける裏に、日本戦車道の将来に影響を与えかねない事態を防ぐ意図が隠されていたとは……

 

そして、親友は大局的な視点からその可能性がある事に気付いて、既に行動を始めている事を知らされた長門は、こう思った。

 

 

 

 

 

 

「これはきっと、トンデモない事になるに違いない…」

 

 

 

 

 

 

(第8.75話終わり、第9話へ続く)

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

今回は、明美さんサイドの番外編の後編をお送りしました。
ちょっと説明回の様な展開になってしまいましたが、どうかご了承下さい。
今後の伏線になる話もありますので。

今回、明美さんは大局的な視点から大洗女子学園への支援を決めていた事が明かされました。
もちろん最大の理由は亡き夫の故郷を救う為ですが、同時にしほと西住流をこのままにすると、戦車道世界大会の日本開催すら危うくなると言う危機感も抱いていたのです。

でもまあ、アニメの悪役のボスには、しばしば彼女の様な「大局的な視点と危機感」からモノを言う奴が少なくないですからね…そこが明美さんの『悪党』たる由縁だったりします(笑)。

またこの点が、ガルパン原作との最大の相違点の一つでもあります。
このガルパン原作には無い「外の世界との接点」が何を生み出すのかにも注目して頂ければと思っております。

そして今回、そんな明美さんによって仲間に引きずり込まれた親友・ながもん(爆)。
そのモデルは言わずもがなですが、ご注目下さい。
明美さんの親友ですから真面目そうに見えて、ある意味極端な方ですので(笑)。

そんな番外編ですが、とりあえず今回で一区切りとし、次回からは、嵐ちゃんからの視点による本編に戻ります。
次回第9話ですが、いよいよ大洗女子学園で戦車道の授業がスタートします。
もちろん、最初の授業はあんこうチームが乗る事になるⅣ号戦車D型との出会いと戦車探しから始まりますが、ここで嵐達に思わぬ出来事が?

それでは、次回をお楽しみに。

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