戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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今回の序盤は、視点を変えて西住殿の心中を見つめて行きます。
彼女も嵐を戦車道に巻き込んだ事によって、心を痛めている様で……
そしてその後、意外な展開が?

今回は長文ですが、どうぞお楽しみ下さい。

※2018年12月15日、誤字脱字を確認しましたので修正しました。


第12話「戦車ショップです!!」

 

 

 

原園 嵐が、西住 みほへ声を掛ける数分前の事。

 

 

 

みほは、友人達と一緒に下校途中、立ち寄った公園のベンチで缶コーヒーを飲みながら、今日の戦車道の授業で起きた出来事を思い出していた。

 

しかし、その表情は僅かに暗い。

 

もちろんその背景には、二度とやるまいと誓った筈の戦車道に、心ならずも戻った事による精神的な負担もあったのだが、今、それ以上に彼女の心を痛めている理由があった。

 

 

 

 

 

 

「原園さん…」

 

 

 

 

 

 

みほは、下級生の嵐に対して罪悪感を抱いていた。

 

自分と同じく戦車道を修めながら、戦車から逃げ出して戦車道の無い大洗へ転校して来た新入生。

 

経緯こそ異なるが、戦車道を巡って母親と確執が生じた点も共通している。

 

そして、みほが戦車から逃げ出した事情を知ると、戦車道履修を強要した生徒会から自分を守ると誓ってくれた、燃える様な赤毛のセミロングが特徴の勝気な後輩。

 

そんな彼女を…自分は、本人の意思とは無関係に戦車道へ巻き込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

「あの!!…私!!…戦車道やります!!」

 

 

 

 

 

 

あの日、生徒会長室で再び戦車道をやると決めた時の言葉を思い出したみほは、無意識の内に苦い表情を浮かべる。

 

あの時、みほは自分を庇ってくれた沙織や華、そして嵐の優しさに心を動かされて、再び戦車に乗る事を決意した。

 

だが、その決断は同時に、自分と同じく戦車道から決別しようとしていた嵐も巻き添えにすると言う、皮肉な結末を招いたのである。

 

更に、その直後に現れた嵐の母親・明美の一言が、みほの心に突き刺さっていた。

 

 

 

「私の主人、つまり嵐の父親の直之さんはこの学園艦の出身で、私と結婚してから今の工場を一緒に立ち上げたのだけど、今から10年前の秋、嵐が5歳の時に戦車道の試合会場へ移動中の戦車に轢かれそうになった子供を助けた時に、自分がね…」

 

 

 

もしも嵐が戦車道から離れようとしていた原点が、父親の事故死であったとすれば、自分は彼女に対して取り返しのつかない事をしてしまったのではないだろうか?

 

自らの下した決断が、同じ境遇にあった者の運命まで左右してしまった事は、みほにとって予想外の出来事であり、それが今、彼女の心に黒い雲を浮かべていた。

 

そして先日の戦車探しを経て迎えた、今日の戦車道の授業「戦車の洗車」が終了した直後。

 

学園の戦車道の支援者になった明美が届けてくれた戦車、M4A3E8“シャーマン・イージーエイト”を見た嵐は突然、人目を憚らず号泣した。

 

その時、嵐の隣にいた野々坂 瑞希から「あの戦車は、嵐にとって亡くなったお父様との思い出なのです」と知らされたみほは、更なる罪悪感に囚われていた。

 

もしかしたら、今まで戦車道で辛い思いをしているのは自分だけだと思い上がっていなかっただろうか?

 

本当は戦車道に対して、多少なりとも心残りがあったのではないか?

 

だからあの時、自分は再び戦車に乗ると決断したのではないか?

 

その決断の結果…戦車から離れようとしていた嵐を戦車道の新たな生贄にしてしまったのでは無いだろうか?

 

実はこの時、沙織が心配そうな表情で、みほの顔を覗き込んでいるのだが、みほはそれに全く気付かない程、罪の意識に苛まれていた。

 

 

 

 

 

 

「みほ…大丈夫? 何だか顔色が悪いよ?」

 

 

 

 

 

 

暗い想いに囚われていたみほは、沙織の一言にハッとなる。

 

 

 

「あっ…ゴメン。実は、原園さんの事で…」

 

 

 

ようやく呼び掛けに気付いたみほからの返事に、沙織は複雑な表情を浮かべる。

 

 

 

「原園さんか…あの時、事情を知らなかった私達も悪かったけれど、可哀想な事をしちゃったね」

 

 

 

「そうですね…まさか、お父様が戦車道の事故で亡くなられていたなんて」

 

 

 

2人の会話を傍で聞いていた華も悲しげな顔でそう語ると、みほが辛い表情のまま呟く。

 

 

 

「うん…原園さん、私達にはそんな事を一切口にしていなかったから、余計に心配で…」

 

 

 

だが、3人はそこから一言も話せなくなってしまう。

 

知らなかったとは言え、ある意味ではみほよりも重い理由によって、戦車道から決別しようとしていた嵐を戦車道に引き戻した一因を作ったのは、自分達なのだ。

 

そんな彼女達の後ろでは、優花里がみほ達と同じ様に、辛そうな表情で佇んでいた。

 

 

 

だがここで、余りの空気の重さに堪りかねた沙織が、思い切って話題を変えて来た。

 

 

 

「ね、ねぇ…話は変わるけど、そろそろ陸に上がりたくない? アウトレットで買い物もしたいし~」

 

 

 

「今度の週末は寄港するんじゃ?」

 

 

 

華がキョトンとした表情で尋ねると、沙織は慌てて答える。

 

 

 

「そ…そうだったね、華!! で、どこの港だっけ? 私、港々に“かれ”がいて、大変なんだよね~」

 

 

 

「それは行きつけのカレー屋さんでしょ?」

 

 

 

そんな2人の掛け合いを眺めていたみほは、沙織が“自分を励まそうと必死になって話しているのだ”と感じて、ようやく微笑を浮かべた。

 

その様子を後ろから眺めていた優花里もホッとした表情を浮かべて、みほ達に向かって話し掛けようとした、次の瞬間だった。

 

 

 

『西住先輩~!!』

 

 

 

みほ達がいる公園のベンチの後方にある歩道側から、原園 嵐が声を掛けながら駆け寄って来た。

 

先程まで、皆の前で泣きじゃくっていたのが嘘の様な笑顔を浮かべて……

 

 

 

 

 

 

学園艦の左舷側にある、公園のベンチ近くにいる西住先輩達を見掛けた私は、すぐさま先輩目掛けて走って行った。

 

そんな私の姿を見た西住先輩は驚いた表情で、駆け寄ってきた私の顔を見ながら問い掛ける。

 

 

 

「原園さん!? もう大丈夫なの?」

 

 

 

『はい、さっきは心配をおかけしました!!』

 

 

 

私は、そんな先輩を心配させまいと、飛び切りの笑顔で答えた。

 

その後ろから瑞希達が追い付いて来ると、瑞希が呆れた口調でこう話す。

 

 

 

「嵐、嘘つかないの。まだ目が赤いでしょ?」

 

 

 

『いや…こればっかりはすぐには、ねぇ?』

 

 

 

慌てた私は、笑って答えたが、その様子を見た菫が微笑みながら話し掛ける。

 

 

 

「でも嵐ちゃん、西住先輩を見掛けてから凄く元気になったね」

 

 

 

ところが、ここで舞がトンでもない事を言い出した。

 

 

 

「ひょっとして嵐ちゃんは、先輩に惚れているのかな~?」

 

 

 

「ふ…ふえぇっ!?」

 

 

 

『ちょっと舞!! アンタ先輩の前で、何て事を言うのよ!?』

 

 

 

舞からのぶっ飛んだツッコミを聞かされた、西住先輩は仰天してしまっているので、私は舞を叱り飛ばさなければならなかった、全く……

 

案の定、そのやり取りを聞いていた先輩達は驚愕の表情を浮かべている。

 

特に武部先輩は、何を勘違いしたのか、更にトンでもない事を口走った。

 

 

 

「えっ…これって、まさかのガールズラブ?」

 

 

 

「と言うか沙織さん、これはまさしく百合百合しいと言うか…」

 

 

 

『武部先輩に五十鈴先輩、待って下さい!! 私、そんな趣味はありません!!』

 

 

 

武部先輩の発言を聞いた五十鈴先輩も誤解を招きかねない事を言い出したので、私は必死になって2人の発言を否定したが、今度は傍にいる瑞希が平然とした表情でこうツッコンで来た。

 

 

 

「そうかな? 嵐って、幼稚園の頃から同性にモテモテだったし」

 

 

 

『ののっち!! それはアンタの話でしょ!? 放課後、いつも下級生と腕を組んで下校していたのは、どこの誰よ!?』

 

 

 

「でも、毎年バレンタインで貰うチョコの数は、いつも私よりも多かったよね?」

 

 

 

『ぐっ…』

 

 

 

すると、先輩達が興味深そうに私と瑞希の口論を聞いているではないか。

 

武部先輩は「へぇ~」と呟きながら、興味津々の表情で私を眺めている。

 

五十鈴先輩も「あらあら…」と呟きながら微笑を浮かべているし、西住先輩に至っては「あ…あはは…」と口ごもりながら、ぎこちなさそうな作り笑顔で固まっている。

 

私にとって、非常に心臓に悪い状況が続いていた、そんな時だ。

 

秋山先輩が突然、目からポロポロと大粒の涙を零しながら私達に訴え掛けて来たのだ。

 

 

 

「原園殿…私の話を聞いて欲しいのであります…」

 

 

 

えっ?

 

まさか秋山先輩、西住先輩を私に取られると思って、嫉妬していませんか!?

 

思わず、そんな想像をした私は「ご、ごめんなさい秋山先輩、西住先輩はお譲りします!!」と叫んでしまい、傍にいた瑞希から「あらあら、もう三角関係の修羅場かな?」とツッコまれてしまった。

 

だがここで、秋山先輩は予想外の返事をしたのだった。

 

 

 

「原園殿…そう言ってくれると助かり…いえ、違うのであります」

 

 

 

「「「「「「『えっ?』」」」」」」

 

 

 

その返事に私達だけでなく、西住先輩達も当惑していると秋山先輩は所謂“目の幅涙”を流しながら、こう語ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「実は…せっかく原園殿達が来られたので、戦車ショップに皆さんを誘おうと思っていたのでありますが…実はこの3月一杯で、この学園艦にあった戦車ショップ“せんしゃ倶楽部”が閉店してしまったのであります~!!」

 

 

 

 

 

 

あ…なるほど。

 

そこでようやく、私達は秋山先輩の涙の理由を理解した。

 

ここ最近続いている戦車道の人気低迷で、日本各地の戦車ショップが徐々に閉店を余儀なくされており、業界最大手の“せんしゃ倶楽部”もその例外ではないと聞かされていたけれど、ここもそうだったのか。

 

いや、この学園艦に建つ大洗女子学園は20年以上前に戦車道を廃止していたから、この間まで“せんしゃ倶楽部”の店舗が残っていた事自体、奇跡だったかも知れない。

 

 

 

『そうだったのですか、秋山先輩…』

 

 

 

私は、残念そうに秋山先輩に語りかけた。

 

私自身は戦車道を嫌っているが、だからと言って戦車が好きな人の趣味に干渉するつもりは無い。

 

しかも秋山先輩とは、今日の「戦車の洗車」で出会ったばかりだけど、かなりの戦車マニアで、なおかつ戦車に対する深い愛情を持っている事はすぐに分かったから、学園艦の戦車ショップが閉店してしまった事に対して素直に同情していた…のだが。

 

その様子を見ていた瑞希が、キョトンとした表情で秋山先輩に話し掛けて来た。

 

 

 

「あの…秋山先輩。“せんしゃ倶楽部”って、ここから右舷側に2ブロックほど奥に行った所にあった店ですよね?」

 

 

 

「はい…それが何か?」

 

 

 

すると瑞希は、思わぬ事を語ったのだ。

 

 

 

「実はそこ、閉店したのはオーナーが代わったからなのです。だから今週から、新しい名前でオープンしていますよ」

 

 

 

「ほ…本当でありますかぁ!?」

 

 

 

「はい。実は私、これから予約していた新刊の戦車イラスト集を受け取りに、その店へ伺うのです。皆さんも良かったら一緒に来ませんか?」

 

 

 

こうして、私達は西住先輩達と共に、新たに復活したと言う戦車ショップへ向かう事になった。

 

 

 

 

 

 

「本当であります…店名は変わってもちゃんと戦車ショップとして営業しているであります…野々坂殿、ありがとうございます~!!」

 

 

 

秋山先輩は、辿り着いた新しい戦車ショップの前で興奮しながら、瑞希に抱き付いて喜んでいた。

 

一方の瑞希は、抱き付かれても嫌な顔一つせず、笑顔で秋山先輩の頭を撫でている。

 

しかし…私は「せんしゃ倶楽部特約店・せんしゃ倶楽部で取り扱いの全商品お取り寄せできます」と言う但し書きの上に、大きく店名を書いた看板を見た瞬間、非常に嫌な予感がした。

 

 

 

『ねえ、ののっち。この「みなかみ戦車堂・大洗学園艦店」って看板、故郷でも見た記憶があるのだけど…ま・さ・か!?』

 

 

 

「ピンポーン。この店はね、明美さんが経営している『原園車両整備』のグループ会社『みなかみ戦車堂』のチェーン店よ♪」

 

 

 

『やっぱり…母の魔の手がこんな所にまで!!』

 

 

 

瑞希から店の正体を知らされた瞬間、私は店の前でしゃがみ込むと、本気で頭を抱えた…あの鬼母、ここまでやるとは!!

 

 

 

「原園さんのお母さん、本当にこんな店まで経営しているんだ…」

 

 

 

「凄いですね」

 

 

 

一方、武部先輩と五十鈴先輩は、母が戦車ショップの経営まで手掛けている事に感嘆していた。

 

西住先輩も店の様子を眺めながら、驚いている。

 

すると、瑞希と菫、そして舞がそれぞれの言葉で、この店の説明を始めた。

 

 

 

「『みなかみ戦車堂』は、最近戦車道の人気が下降傾向だから、一般の人にもっと戦車と戦車道を知ってもらおうって考えた明美さんが、4年前から始めたのです」

 

 

 

「今では、みなかみ町にある本店の他に、地元の群馬県に3店舗、栃木県に1店舗あって、ここが6店舗目で、茨城県はここが初出店だそうですよ」

 

 

 

「みなかみ町の本店には、私達がいたタンカーズのグッズも置いてあるから、お休みの日にはファンの人達が集まって来るんだよ~♪」

 

 

 

そこへ、話を聞いていた武部先輩が驚きながら話し掛けて来た。

 

 

 

「えっ!! 戦車道のファンまで来るの? じゃあステキな男の子とか集まって来るのかなぁ~?」

 

 

 

それに対して、皆は唖然とした表情を浮かべる中、瑞希がこう答えるのが精一杯だった。

 

 

 

「いえ…どちらかと言えば、年頃の男の子よりも女の子、またはその娘の親御さんか親戚の方がよく集まりますけれど」

 

 

 

すると、その様子を見ていた秋山先輩が、皆を促す様にこう告げた。

 

 

 

「ここで立ち話を続けていると、他のお客さんの迷惑になりますから、お店の中へ入って見ましょうか?」

 

 

 

 

 

 

と言う訳で…皆で店内に入ってみると、あらゆる戦車関連の書籍やプラモ、それに戦車関連の部品やグッズ等が所狭しと並んでいる。

 

奥には、結構昔に流行った戦車ゲームの筐体が幾つかある様だ。

 

更には映像ソフトも充実しているらしく、店内には戦車に関する映像作品がモニターで上映されていた。

 

 

 

「色々な物がありますね」

 

 

 

店の品揃えを眺めていた五十鈴先輩が感心した表情で語ると、秋山先輩も笑顔でこう返事する。

 

 

 

「ええ、前の“せんしゃ倶楽部”よりも品揃えは良くなっていると思いますよ」

 

 

 

「そりゃあ、明美さん肝いりの戦車ショップだから♪」

 

 

 

続いて瑞希が、秋山先輩に向かってにこやかな表情で語りかけ、更に話が盛り上がろうとした所で、武部先輩がこんな事を言い出した。

 

 

 

「でも戦車って、皆同じに見える」

 

 

 

だがその瞬間、秋山先輩は表情を一変させて反論する。

 

 

 

「ち、違いますぅ!! 全然違うんです!! どの子も皆、個性と言うか特徴があって…動かす人によっても変わりますし」

 

 

 

すると何を思ったのか、瑞希までが呼応して、こう力説した。

 

 

 

「そうです!! 一言で戦車と言っても使用目的や時代背景等で異なる形になりますし、同じ戦車でも使っていた国や部隊によっては全く違う姿になる事だって珍しくないのです!!」

 

 

 

「華道と同じなんですね」

 

 

 

その話を聞いていた五十鈴先輩が、納得した様な表情で答えると、武部先輩もさっきの問い掛けとは対照的な口調でこんな事を言った。

 

 

 

「うんうん、女の子だって皆それぞれの良さがあるしね~目指せ、モテ道!!」

 

 

 

そして、秋山先輩と瑞希の前でサムズアップを決めてみせる武部先輩だが、その様子を見ていた西住先輩は、当惑した表情でこう呟いた。

 

 

 

「話が噛み合っている様な、無い様な…?」

 

 

 

『ですね…』

 

 

 

これには、私も西住先輩の意見に同感だ…と、思っていた時。

 

店内から、私達元・タンカーズ組にとっては、馴染みのある優しい声が響いて来た。

 

 

 

「あら…凄く盛り上がっている生徒さんがいると思ったら、嵐ちゃん達じゃない?」

 

 

 

「「「『ま…間宮さん!?』」」」

 

 

 

気付くと目の前には、戦車ショップには不釣合いな割烹着を着た女性が、朗らかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「えっ? この綺麗な人、誰?」

 

 

 

その人を見た武部先輩が、羨望の眼差しで問い掛けると、菫がにこやかな声で答える。

 

 

 

「この人は、間宮 凛(まみや・りん)さんと言って、みなかみ町にある本店の店長さんなの」

 

 

 

だが、私はふと疑問に思って間宮さんへこう問い掛けた。

 

 

 

『でも間宮さん…みなかみの本店は?』

 

 

 

「この店は開店したばかりで、スタッフも全員新人さんだから、今月一杯までここをサポートする為に来たの…そうだ、今からここの店長さんを呼んで来るわね。伊良坂さーん!!」

 

 

 

すると、店の奥から「はーい!!」と元気な返事が響くと共に、ワイシャツにネクタイを締めた制服姿で、ポニーテールの若い女性が早足で現れた。

 

 

 

「紹介するわね。この人が店長の伊良坂 美崎(いらさか・みさき)さん。私の後輩だけど、戦車道の経験者で私よりも戦車に詳しいから、分からない事があったら何でも聞いてみてね」

 

 

 

「皆さんこんにちは、伊良坂です。私、戦車道は小学4年から大学卒業までやっていたから、何でも聞いて下さい。あっ、もちろん戦車関連の資料や部品とかは是非当店で買って下さいね!!」

 

 

 

「「「「は、はい!!」」」」

 

 

 

伊良坂さんの元気な挨拶に釣られて、西住先輩達も返事をすると、瑞希が「そうだ伊良坂さん、予約してあったKV重戦車の新作イラスト集が届いたと聞いたのですが?」と問うたので、伊良坂さんは「かしこまりました、それではこちらのレジへどうぞ」と瑞希を連れて行った。

 

その様子を見届けた間宮さんは、今度は皆へこう話し掛けるのだった。

 

 

 

「みんな、時間があれば2階に上がってみない? 美味しいお茶菓子を用意してあるわよ♪」

 

 

 

 

 

 

店の2階は和風喫茶になっていて、1階の戦車ショップに用が無い人でも利用できる。

 

間宮さんが割烹着姿をしているのは、主にこの喫茶の厨房を担当している為だった。

 

その喫茶店へ、予約してあったイラスト集を購入後、遅れてやって来た瑞希も含めた全員が席に着いて、それぞれが和風デザートやお茶菓子を注文し、夕方の楽しい一時を過ごしていたのだが……

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 

五十鈴先輩が自分で注文したメニューを食べ切った後、両手を合わせて丁寧にお辞儀をすると、ストップウオッチで時間を計測していた間宮さんが「あっ、凄い!!」と驚きの声を挙げつつ、店内にいる人達に向けてこう告げた。

 

 

 

「五十鈴様、おめでとうございます~♪ 『特大しろくま1.5リットルサイズ』、11分43秒で完食しましたー!!」

 

 

 

間宮さんが鈴を鳴らしながら五十鈴先輩を祝福すると、菫と舞が驚愕して、口々にこう叫んだ。

 

 

 

「凄い!! あの特大しろくま、まだどこの店でも完食者が出ていなかったのに!!」

 

 

 

「菫ちゃん、しかも五十鈴先輩は、まだ余裕があるみたいだよ!!」

 

 

 

実は、五十鈴先輩が注文した「特大しろくま1.5リットルサイズ」とは、みなかみ戦車堂各店に併設されている和風喫茶で2年前から1600円で提供されているのだが、15分以内に完食すると無料になるだけでなく、対象者には賞金5千円が出る。

 

しかし、これまで誰一人として時間内に食べ切った者がいない事でも有名なメニューだったのである。

 

だから、瑞希に至っては「五十鈴先輩…今日から先輩を『魔神』と呼んでも良いですか!?」と本人に問い掛ける始末だ。

 

 

 

『ののっち…それ失礼でしょ。北海道の某ローカルTV局がやっている旅番組のチーフディレクターと同じ仇名を先輩に付けるなんて』

 

 

 

さすがに、それはないと思った私がツッコむと、向かい側の席にいた西住先輩も「そ、そうだね」と小さい声で呟いたので、こう返事する。

 

 

 

『ゴメンなさい、西住先輩。瑞希って、幼稚園時代からあの番組の大ファンだから』

 

 

 

すると、今度は瑞希が恨めしそうな顔で言い返して来る。

 

 

 

「嵐…その番組を私に教えたのはアンタでしょ。確かご両親が相当ハマっていて…」

 

 

 

『あれは、元々北海道での仕事が長かった大叔母さんが録画したビデオを送って来たのがきっかけで…あっ、脱線してゴメンなさい』

 

 

 

「あはっ、大丈夫だよ。それより、原園さんと野々坂さんは凄く仲が良いんだね」

 

 

 

『ああ…瑞希とは、幼稚園時代からの腐れ縁ですから』

 

 

 

「腐れ縁とは失礼ね…せめて親友兼ライバルと言いなさいよ」

 

 

 

『ゴメン、確かにそうとも言う』

 

 

 

「全く…あっ、そうだ」

 

 

 

と、不機嫌そうな顔で私の話に反論した瑞希だったが、ふと表情を変えると西住先輩へ心配そうに問い掛けて来た。

 

 

 

「それより西住先輩、もしかして嵐を戦車道に巻き込んだと思っていませんか?」

 

 

 

『「えっ…?」』

 

 

 

思わぬ瑞希からの問い掛けに、西住先輩だけでなく、私も当惑していると瑞希がその理由を話した。

 

 

 

「実は、今日の戦車道の授業の時、嵐が何故イージーエイトを見て泣いたのか、西住先輩に理由を話したのよ。そうしたら先輩、辛そうな顔をしていたから、まさかと思って…」

 

 

 

すると、西住先輩は辛い表情を浮かべながら「うん…」と呟きつつ、小さく頷いた。

 

その姿を見た瑞希は、優し気な表情を浮かべると、西住先輩を励ます様にこう語る。

 

 

 

「大丈夫ですよ。嵐はこう見えて、どんな失敗をしても辛い目にあっても立ち直るのだけは、人一倍早いのです」

 

 

 

『ちょっと瑞希…まあ、それが私の数少ない取り柄なのは確かだし』

 

 

 

「そうなの? でも原園さん、お父さんが…」

 

 

 

『ええ…でも父が亡くなったのは10年前の事だし、いつまでもその事でクヨクヨしていられないですから』

 

 

 

「でも…私が戦車道をやると言ったせいで、原園さんまで巻き込んでしまって…」

 

 

 

『その事なら、もう気にしていませんよ。それに私、本当は一度で良いから西住先輩と一緒に戦車道をやってみたかったのです』

 

 

 

「えっ…私と戦車道を?」

 

 

 

この時、私は当惑している西住先輩を眺めながら『少し喋り過ぎたかな?』と思っていた。

 

何故なら…その理由を語ると、去年の秋の日、私の身に起きた出来事に触れなければならないからだ。

 

でも…その話を今したら、もしかすると西住先輩の心は折れてしまうかも知れない。

 

私はこの時、そうなる事を恐れて口には出せなかった。

 

 

 

 

 

 

~犠牲なくして、大きな勝利を得ることは出来ないのです~

 

 

 

 

 

 

ふと、あの秋の日に、私が『あの人』に言われた時の事を思い出した時、私達の後ろからTVの音声が聞こえて来た。

 

流れている番組は、夕方のニュース&情報バラエティだ。

 

チャンネルは確か、13。

 

「首都テレビ」と言う在京TV局の視聴率ランキングでは万年4位の民放局だっけ?

 

そう考えていると番組はちょうど、スポーツコーナーに変わっていた。

 

 

 

「次は戦車道の話題です。来月、第63回を迎える戦車道全国高校生大会が開幕しますが、本日は昨年の大会でMVPに選ばれて、国際強化選手となった『西住 まほ』選手にインタビューしてみました」

 

 

 

その瞬間、私と瑞希は思わず青い顔になり、西住先輩へ視線を向けた。

 

西住 まほ…西住先輩の実の姉であり、戦車道の強豪・熊本の黒森峰女子学園戦車道チームの隊長を務める、高校戦車道を代表する選手への取材。

 

もしかすると、去年の大会決勝戦で黒森峰が10連覇を逃した件が話題になるのではと、私達は恐れたのだ。

 

だが、無情にも番組のインタビュアーは、西住 まほへこう問い掛ける。

 

 

 

「戦車道の勝利の秘訣とは何ですか?」

 

 

 

すると、画面の西住 まほは毅然とした表情で答えた。

 

 

 

「諦めない事。そして、どんな状況でも逃げ出さない事ですね」

 

 

 

その映像を目の当たりにした西住先輩は、再び暗い表情で俯いてしまった。

 

すると、それに気付いたのか間宮さんがTVのチャンネルを素早く変えて「ゴメンなさいね、いつもはこのチャンネルじゃないのだけれど…」と、済まなそうな表情で西住先輩へ謝った。

 

もしかしたら…間宮さんも母から西住先輩の抱えている事情を知らされているのだろうか?

 

そして間宮さんが立ち去った後、その様子を見ていた武部先輩が西住先輩に、こう語り掛けた。

 

 

 

「そうだ、これからみほの部屋へ遊びに行っていい?」

 

 

 

「私もお邪魔したいです」

 

 

 

「あ…うん!!」

 

 

 

五十鈴先輩も武部先輩の誘いに乗ったのを聞いた西住先輩は、次の瞬間明るい表情を取り戻し、2人からの誘いを受け入れた。

 

一方、その様子を眺めていた瑞希は、私に向かって残念そうな表情で問い掛ける。

 

 

 

「嵐…本当は、私達も一緒にお邪魔したいけれど、もう4人が一遍に来たら、寮の西住先輩の部屋がギュウギュウ詰めどころの騒ぎじゃなくなっちゃうから、今日はここでお別れしようか?」

 

 

 

と同時に、瑞希は無言で、私に対して首を少しだけ横に振っていた。

 

その仕草が「これ以上、西住先輩達に迷惑を掛ける訳にはいかないよ」と言う意味だと察した私は、瑞希に向かって小さく頷きながら答えた。

 

 

 

『うん、ちょっぴり残念だけど瑞希の言う通りだね…菫と舞、食べ終わったら一緒に帰ろうか?』

 

 

 

「「うん」」

 

 

 

「あっ、嵐ちゃん達、みほに気遣わせちゃってゴメンね」

 

 

 

私からの問い掛けに、菫と舞が明るく答えると、武部先輩が済まなそうに答えたので、私もこう返事をした。

 

 

 

『いえ、私の方こそ、いきなり皆さんの所へ押しかけてしまって、済みませんでした』

 

 

 

続けて、瑞希もお辞儀をしながら別れの挨拶をした。

 

 

 

「じゃあ先輩方、明日の戦車道の授業の時に会いましょう」

 

 

 

すると……

 

 

 

「あの~」

 

 

 

その後ろで、私達の話を聞いていた秋山先輩が済まなそうな表情で問い掛けるので、五十鈴先輩も改めて「秋山さんもどうですか?」と誘って来る。

 

 

 

「ありがとうございます~」

 

 

 

秋山先輩は、ホッとした表情で答えている。

 

その姿を見た私と瑞希は、共に顔を見合わせながら微笑んだ。

 

 

 

こうして…私達は「みなかみ戦車堂」を出ると西住先輩達と別れて、瑞希達が住んでいる女子寮の手前にある、鷹代さんの家まで一緒に帰り道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

明日の戦車道の授業は、いよいよ陸上自衛隊・富士教導団から来る教官を迎えての本格的な練習だ。

 

 

 

 

 

 

(第12話、終わり)

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第12話をお送りしました。

さて、今回嵐と西住殿達が訪れた戦車ショップの店名が原作TV版の「せんしゃ倶楽部」から変わっていましたが……
これは「せんしゃ倶楽部」のモデルになった店が2017年9月を持って閉店してしまったのを元ネタにしております。
身も蓋もない理由ですが、本作世界では閉店した「せんしゃ倶楽部」の大洗学園艦店は、明美さんが店舗を買い取って自身が経営する戦車ショップ「みなかみ戦車堂」の支店に衣替えしたと言う設定にしております。
また作中でも語られていますが、本作世界の「せんしゃ倶楽部」は大洗学園艦以外の店舗では現在も営業を続けているものの戦車道人気の低迷で、徐々に店舗数を減らしている状況です。
そんな中で、明美さんは「みなかみ戦車堂」を展開する事で、戦車道をもっと多くの人に知ってもらおうと頑張っており、この事から実業家としての明美さんの手腕が優れている事を表現出来ると言う狙いもあります。
ちなみに蛇足ですが「みなかみ戦車堂」も実を言うと、ある実在の書店から名前を拝借しております…そこで自分は本を買った事は無いのですけどね(苦笑)。

そして次回ですが、今回フラグを立てていますけれども、嵐の大叔母さんである鷹代さんの過去と職歴が明かされますので、どうかお楽しみに。
また次回以降の展開については、活動報告の方で報告しておりますので、ご覧頂けますと幸いです。

最後に、去る9月6日に発生した「平成30年北海道胆振東部地震」により被災・避難された皆様へ心よりお見舞い申し上げます。

(2018年9月15日記)

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