戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない 作:瀬戸の住人
お待たせしました。
遂に練習試合の開始です…ここまで、本当に長かった。
それでは、どうぞ。
私達大洗女子学園・戦車道チームは、陸上自衛隊・富士教導団機甲教導連隊から教官を招いて、この学園で復活した戦車道最初の練習に臨もうとしていた。
すると、教官の蝶野 亜美一等陸尉が、私の大叔母で陸自の元・陸将だった原園 鷹代さんの教え子兼部下だった事が判明。
しかも鷹代さんから、蝶野教官が実は破天荒かつアバウトな性格であり、しかも過去にあったシャレにならないエピソードまで披露されたので、私達履修生は笑うに笑えなかった。
しかし、とにかく蝶野教官の指示と教官のアバウトさに呆れた鷹代さんからの助言で、まずは戦車道の経験者である私達、群馬みなかみタンカーズの元メンバー4人で編成された“Fチーム”が、私の母によって学園へ無償リースされたM4A3E8中戦車“シャーマン・イージーエイト”に乗り込むと、短時間ながら基本的な戦車の動かし方を他の履修生達の前で実演して見せた。
それと同時進行で、蝶野教官と鷹代さんが戦車の動かし方や乗員のポジションとその役割、基本的な戦車関連の用語説明を行い、履修生達がスムーズに戦車に乗れる様に準備を整えた。
こうして、操縦の実演を終えた私達Fチーム以外の各チームもそれぞれの戦車に乗り込み、試行錯誤しながら運転を始めると、今度は蝶野教官の指示でいきなりの練習試合に臨むべくレンガ造りの戦車格納庫を離れて、各チーム毎に指示された演習場内にあるスタート地点へ向かうのだった。
それから約30分後。
私達FチームはM4A3E8中戦車で、山道を歩く様な速度で進んでいた。
その前方では、私達より先に戦車格納庫から出発した各チームの戦車5輌も、これから始まる練習試合のスタート地点を目指して前進している筈だ。
本来なら、ラリーカーも自在に操る事が出来る菫の運転技術であれば、より速いペースで進む事も出来るが、これから最初の練習…否、いきなりの練習試合を経験する仲間達の事を考えると自分達だけ飛ばして行く訳にも行かない。
なので、戦車長の私は他のチームがそれぞれのスタート地点に着くまでの時間を考えて、ごくゆっくりしたペースで進んでいた。
もちろん、ゆっくり進む事で練習試合を行う演習場の地形をじっくり確認すると言う理由もあるけれど。
そう思いながら、ふと車長用ハッチから周囲を見渡すと、山道の両側には様々な木々が生い茂っており、途中で見た川の水は水量も多く、水面からは魚が泳いでいる姿を見る事が出来る位に綺麗だった。
この分だと、林の中にも色々な動物が生息している事だろう。
「ねえ、嵐ちゃん。こうして見ると、ここが船の上だって信じられないね」
私が立っている車長用キューポラの左隣にある装填手用ハッチから、外の光景を眺めている舞が、嬉しそうな表情を浮かべながら話し掛けて来た。
「ホント、ペリスコープで覗いているけれど、ここがみなかみ町の山中だって言われても本気で信じちゃうわね」
砲手席で、照準器とは別に設置されている専用のペリスコープで覗き込んだ学園艦の自然に感心しているのは、瑞希だ。
「うん、本当だね」
車体左側にある操縦手用ハッチから顔を出しながら操縦している菫も明るい声で答える。
菫は正面を向いたままなので表情は見えないが、彼女も自然が好きだから、きっと笑顔を浮かべているだろう。
『そうだね…』
山育ちの私達から見ても、ここが海に浮かぶ巨大な学園艦の甲板上だと言う事を忘れさせてしまう程、周囲の自然は豊かだった。
これから戦車道の練習試合が無いのなら、途中下車してピクニックしたいのにな……
同じ頃。
学園の戦車格納庫の一角にある展望塔では、教官の蝶野 亜美一等陸尉と成り行き上、彼女のお目付け役になった原園 鷹代が格納庫から出発した6輌の戦車の様子を確認していた。
その展望塔の下では、原園車両整備の社長秘書であり、社長である原園 明美の代理として昨日から学園に来ている淀川 清恵が、新たに戦車道履修を希望して授業見学に来た農業科1年の長沢 良恵や名取 佐智子と楽し気に会話している。
そして戦車格納庫正面では、学園の戦車のレストアを担当した自動車部のメンバーが、清恵と共にM4A3E8を運んできた、工場長の刈谷 藤兵衛や整備課主任の張本 夕子達、原園車両整備のスタッフと戦車やモータースポーツの話題で盛り上がっていた。
そんな中、大洗女子学園戦車道チーム各車の様子を確認していた蝶野一尉が、無線機から元気な声で各チームへ呼びかける。
「皆、スタート地点に着いた様ね」
その声を聞いた鷹代が自分に向かって小さく頷くのを確かめた蝶野一尉は、これから始まる練習試合のルール説明を行った。
「ルールは簡単、全ての車輌を動けなくするだけ。つまり、ガンガン前進してバンバン撃って、やっつければ良い訳。分かった?」
その説明を聞いた鷹代は、呆れた表情で「余りにざっくり過ぎないか?」と小さく呟いたが、蝶野一尉の耳には届かなかった様だ。
すると、蝶野一尉はそれまでのざっくばらんな表情を一変させて、真面目な顔になると戦車道の試合前には欠かせない一言を語った。
「戦車道は礼に始まって、礼に終わるの…一同、礼!!」
それを聞いた鷹代は、心の中で「これだけは正しい」と思いながら、これから始まる試合会場の方角へ向けて、深々と頭を下げる。
その様子は、展望塔の下にいる人々にもスピーカーで伝わっており、彼等も蝶野教官の言葉を聞くと、直立不動の姿勢で一斉に頭を下げた。
そして、各戦車の無線機に蝶野教官からの指示が響く。
「それでは、試合開始!!」
大洗女子学園戦車道チーム、初の実戦練習のスタートである。
「ねえ、嵐…まず、誰と戦う?」
突然、瑞希が私に話し掛けて来たのは、私達がスタート地点に着いた後、無線で蝶野教官から試合開始の合図を聞いた直後だった。
『どうしたの、ののっち?』
「いやね…試合をやるなら、ぜひ西住先輩と戦いたいな、って」
すると、その会話を聞いていた菫が「あっ、私も同じ事を思ってた!!」と口走り、私の傍らで砲弾のチェックをしていた舞までが「私も!!」と同調して来たので、私は焦った。
『ちょっと皆…西住先輩、戦車長やらないって言っていたわよ?』
私は戦車格納庫を出発する前、Aチームがポジション分けを決める光景を見ていた。
その場で、西住先輩が秋山先輩から戦車長をやって欲しいと頼まれた瞬間「はあっ…無理無理!!」と断っていた姿を思い浮かべながら、私は瑞希達へ反論したが、瑞希は何時もの様に落ち着いた口調で答えた。
「ああ、それは私も見てたわ…でも西住先輩って、仲間がピンチになった時は見過ごせない性格みたいだから、途中から戦車長やるかもよ?」
『それは…』
瑞希からの的確な指摘に、私は言葉を失う。
確かに西住先輩は去年、当時の母校の10連覇よりも生命の危機にさらされた仲間の命を優先した人なのだ。
すると、その会話を聞いた菫と舞も瑞希の考えに同調する。
「私もそう思う、試合中誰かにAチームのⅣ号を撃破されたら勿体無いよ」
「そうだよ、私達も西住先輩が友達の為に『戦車道、やります!!』って言ったの聞いていたもん、必ず友達の為に戦車長やるよ、きっと!!」
その時、ある事実に気付いた私は、少し恨めしそうな口調で仲間達にツッコんだ。
『アンタ達…やっぱり母さんと一緒に、あの生徒会長室での会話を盗み聞きしていたのね?』
すると瑞希が「いやぁ…それはさて措き」と言葉を挟むと、気になる事を私に告げた。
「私ね、さっき戦車格納庫で妙な会話を聞いちゃったから…」
その次の瞬間だった。
少し離れた場所から「ドーン」と言う音が響いて来た。
恐らく、戦車砲の砲撃音だ。
その時、瑞希が緊張した表情で口走った。
「あの方角は…やっぱり!!」
砲撃音がした方角は、確かBチームの八九式中戦車甲型とAチームのⅣ号戦車D型がいる辺りだ。
そう直感した私は、瑞希の緊張を解く様に、落ち着いた口調で問い掛ける。
『どうしたの、ののっち?』
「それより、まずは砲撃があった方角へ向かって…訳はすぐ話すから!!」
いつも冷静な瑞希にしては、珍しく叫んでいたので、私は直ちに菫へ前進を命じると、瑞希は深呼吸をしてからようやく説明を始めた。
「実は出発前、戦車格納庫でバレー部の磯辺キャプテンとCチームのロンメル将軍のコスプレをした人がヒソヒソ話をしているのを聞いたの…あのBとCチーム、自分達のスタート地点近くにいる西住先輩達Aチームを真っ先に叩くって言ってたわ」
「それ、もしかして秘密協定?」
『もしかしなくてもその通りね』
私の傍で話を聞いている舞が問い掛けて来たので、私も即座に舞の疑問を肯定すると、瑞希がニヤリと笑いながら話し掛けて来る。
「どうする嵐? 下手すると、愛しの西住先輩を誰かに獲られちゃうわよ?」
「うわ~っ、それってまさかの略奪愛?」
瑞希だけでなく、私の隣にいる舞も誤解を招きかねない発言をしたので、私は照れ隠しも兼ねて、皆にこう指示した。
『ちょっと2人共…でも、そう言う事なら黙っている訳には行かないわね。なら、前進を続けるわ』
すると、今度は菫がおどけた口調でこう返事する。
「了解、これから本車は西住先輩を守る姫騎士・原園 嵐の戦車として前進します!!」
『ちょっと菫まで…誤解しないでよ~』
「いや、こればっかりは
『もう…』
菫までが誤解を招きかねない事を言い出したので窘めた私だが、瑞希から頓智の効いた冗談を言われて、苦笑いを浮かべるしかなかった。
まあ、ヒロインを守るヒーローの気分って、大抵こんな感じなんだろうね。
だとしたら…今、私の心に湧き上がっている高揚感は、決して悪い気分じゃない。
さあ、今から西住先輩達を助けに行くぞ!!
砲声の聞こえた方向を目指して林の中を急行すると、突然前方の視界が開けて来る。
そこで私は、前方視界を確保しつつ、相手チームに見つからない様に車体を林の傍へ寄せてから、前方を確認した。
その先に、古そうな吊り橋が掛かった小さな谷がある。
その吊り橋には西住先輩達Aチームが乗車するⅣ号戦車D型が停車していた。
だが、様子がおかしい。
ここからでは詳しく分からないが、どうも真っすぐ走れず、少し斜めになって停まっている様だ。
もしかしたら、操縦ミスで吊り橋のワイヤーに接触し、ワイヤーを切ってしまったのかも知れない。
「これは危ない」と思った次の瞬間、これまでよりも更に大きい砲撃音が響く。
スタート地点を出発してからずっと、砲塔上の車長用キューポラから顔を出していた私は、咄嗟に双眼鏡で前方を再確認した。
すると、Ⅳ号戦車D型のいる吊り橋の手前には、CチームのⅢ号突撃砲F型とバレー部が駆るBチームの八九式中戦車甲型がⅣ号を狙っており、Ⅲ突の48口径75㎜砲の砲口からは発砲煙が薄っすらと上がっていた。
更に、双眼鏡でよく見るとⅣ号の車体後部には命中弾が突き刺さっている。
恐らく、これがCチームの撃った弾なのだろう。
Ⅳ号からは白旗が上がっていないので、Ⅳ号の後部装甲が薄すぎたのか、それともⅢ突がタングステン弾芯を用いて装甲貫徹力を高めた40式徹甲弾をそうとは知らずに撃った為なのかは分からないが、戦車に装備されている判定装置が「砲弾は命中したが大きな被害を与えずにⅣ号の車体の反対側まで突き抜けてしまった」と判断して、撃破判定に至らなかったのだろう。
それでも、西住先輩達Aチームにとっては危険な状況だ。
このままでは、Cチームに撃破される前に吊り橋から転落してしまう恐れさえある。
状況を把握した私はその時、去年の第62回戦車道全国高校生大会決勝戦を現地で観戦している時に起きた、黒森峰女学園のⅢ号戦車J型の転落事故を思い出した。
そして、今危険な状況に陥っているかも知れない相手を攻撃した歴女達Cチームに対して、怒りが込み上げて来た。
『吊り橋から落ちたら危ないのに、そこを狙い撃つなんて…許せない!!』
私は小声で呟いた後、キューポラのハッチを閉じて車内へ入ってから、鋭い口調で皆に指示を出す。
『全員戦闘準備。まずは前方のCチームのⅢ突を仕留めるよ』
指示を受けた皆は、直ちにそれぞれの持ち場で戦闘準備に入った。
菫は操縦席のレバーや計器をチェックし、舞は徹甲弾の場所を確かめる。
そして瑞希は、主砲照準器を覗き込んで射撃距離を確認する…だが、その時。
吊り橋で停車していたⅣ号戦車D型が、突然動き出した。
その瞬間、私は大声で先の指示を撤回する。
『瑞希、砲撃待て』
「えっ?」
砲撃を待つ様に指示されたので驚いている瑞希に対して、私は理由を説明する。
『Aチームが動き出した。先輩達はやる気みたいだよ…様子を見る』
「ここで助けなくていいの?」
その会話を聞いた舞が、心配そうな表情で問い掛けて来たので、私は落ち着いた声でその理由を答える。
『今、手を出したら練習にならなくなっちゃうからね』
「「なるほど」」
瑞希と舞が納得した表情で呟いたのを聞いた私は、舞に「一緒に外の監視をお願い」と頼んでから、再び車長用キューポラのハッチを開けて車外へ顔を出す。
そして、装填手用のハッチから顔を出した舞と一緒に、Ⅳ号とその周囲の様子を監視する事にした。
すると、双眼鏡で周囲を眺めていた舞が前方を指差しながら私に報告する。
「嵐ちゃん、生徒会の38(t)と澤さん達のM3リーが橋の向こう側からやって来たよ」
『うん』
私も舞の報告を受けて双眼鏡で吊り橋の向こう側を眺めると、2輌の戦車がやって来るのが確認出来た。
これで、Aチームは吊り橋を挟んで包囲された事になる…気を付けないといけないな。
その時、砲手席で主砲照準器とは別にある砲手用ペリスコープからAチームの戦いぶりを覗いていた瑞希が、いつもの冷静さを取り戻した口調で、私に問い掛ける。
「それより嵐、Ⅳ号D型の短砲身75㎜砲の徹甲弾じゃあ、Ⅲ突F型の正面装甲に当てても抜けないんじゃない?」
つまり瑞希は、CチームのⅢ号突撃砲F型は正面装甲厚が最大80㎜あるのに対して、AチームのⅣ号戦車D型が持つ24口径75㎜戦車砲の徹甲弾では、射程距離100mから撃っても41㎜の装甲板しか貫通出来ないから、仮にAチームが撃ってもCチームのⅢ突F型を撃破する事は出来ないと指摘しているのだ。
だが、その事は私も熟知しているので、すぐ自分が考えていた作戦を瑞希に告げる事にした。
『ののっち、それ知ってた。だからもしⅣ号がⅢ突に命中弾を出したら、そのタイミングでⅢ突のお尻に一発当ててくれる?』
「そう言う事か…じゃあ、やってみますか♪」
私の作戦を聞いた瑞希は、ニヤリと笑みを浮かべながら、再び主砲照準器に目線を移した。
そして、外を監視していた舞が徹甲弾を装填する為に車内へ素早く戻って行く。
西住先輩達、AチームのⅣ号戦車D型が吊り橋からCチームのⅢ号突撃砲F型目掛けて初弾を発射したのは、それから10秒ほど後の事である。
吊り橋の上で包囲され、ピンチに陥ったものの、逃走劇の途中で偶然加わった冷泉 麻子の操縦で再び走り出し、首尾よくCチームのⅢ号突撃砲F型の正面装甲に命中弾を与えたAチームだったが…Ⅲ突から撃破を示す白旗は上がらなかった。
「あ…」
この時点で、装填手兼戦車長代理としてAチームを纏めていた西住 みほは「しまった」と言う表情を浮かべている。
次の瞬間、みほが犯した失敗に逸早く気付いた秋山 優花里が、愕然とした表情で口走った。
「しまった…Ⅳ号D型の徹甲弾では、至近距離から撃ってもⅢ突の正面装甲は貫通しません!!」
「「え~っ!?」」
Ⅳ号戦車D型の24口径75㎜戦車砲でⅢ号突撃砲F型と正面から戦うのは「無理ゲー」だったと知らされて、慌てる沙織と華。
一方、この試合の途中からこの戦車に乗り込んで、操縦手まで買って出た麻子に至っては、眠そうな表情を浮かべて「やれやれ…」とボヤいている。
だが、Aチーム全員が絶望に突き落とされた、正にその時。
突然、CチームのⅢ突F型の後方から爆発音がしたかと思うと、エンジン室付近から煙が上がると同時に、白旗が上がった。
「えっ…やっつけたの?」
車長席で驚く沙織だが、みほは明らかに自分達とは異なる方角からの攻撃を見て、当惑していた。
「今の砲撃は…?」
他の3人もみほと同様、絶体絶命の危機から突然救われた事を不思議に思っていた。
その時、撃破されて白旗を上げたⅢ突の後方から、FチームのM4A3E8が現れると、その車長用ハッチから身を乗り出していた原園 嵐が、元気一杯の声でみほに向かって呼び掛けて来た。
『西住先輩、助けに来ました!!』
私は、西住先輩へ向かって笑顔を浮かべながら大声で呼び掛けた。
AチームのⅣ号戦車D型の主砲用徹甲弾では、Ⅲ突を正面から撃破出来ない事を知っていた私は、Ⅳ号がⅢ突に命中弾を与えた瞬間を狙って、後方からⅢ突を砲撃したのだ。
みなかみタンカーズ時代から凄腕の砲手として、関東だけでなく東日本で戦車道を修めている小・中学生や指導者の間でもその名を知られていた瑞希は、私の指示を完璧に理解しており、西住先輩がⅢ突に砲撃を加えた次の瞬間、冷静にⅢ突の後部を撃ち抜いて見せた。
「原園さん!?」
『吊り橋から戦車ごと落ちそうに見えたので、助太刀する事にしました…次は八九式、今度は私達が囮になりますから、諦めずにしっかり狙って下さい!!』
「ありがとう!!」
私達の出現に驚いている西住先輩に、今度は一緒にBチームの八九式と戦おうと告げると、先輩は笑顔を浮かべて手を振ってから、砲塔キューポラのハッチを閉めて車内へ戻った。
多分、先輩は私達Fチームと共闘する事になった事実を秋山先輩達に伝えるのだろう。
一方、Bチームを率いるバレー部キャプテンの磯辺 典子は、共闘していた歴女達Cチームを撃破した相手が原園達Fチームだと知って、驚愕の叫び声を上げた。
「ああっ…原園達だぁ!!」
そもそも単独では勝ち目が薄いと見て、Cチームと秘密協定を結んでまで戦車道経験者である西住 みほのいるAチームを真っ先に撃破しようとしたBチームだったが、今や形勢逆転である。
Aチームを撃破し損ねただけでなく、後輩とは言え全員が戦車道の経験者であるFチームが現れてCチームを撃破された以上、単独で2チーム相手に勝てる自信は無いが、こうなったら応戦する他、打つ手は無い。
覚悟を決めた磯辺は、相手戦車の姿を確かめながら、バレー部員達に指示を出す。
「来てる来てる…フォーメーションB!!」
だが、その時。
チームの砲手である佐々木 あけびが、困り顔で磯辺に指示を仰いで来た。
「あのキャプテン、どっちを狙います?」
「えっと…」
Ⅳ号戦車D型と目の前に現れたM4A3E8のどれを狙うべきかとのあけびからの問い掛けに対して、咄嗟に判断を下せない磯辺。
だが、迷っていた一瞬の内に、FチームのM4A3E8が主砲を自分達に向けて来た。
その姿を見た磯辺が叫ぶ。
「よしっ、原園達のM4に向かって撃て!!」
「はいっ!!」
意を決した磯辺の指示で、八九式の57㎜砲を放つあけび。
その砲弾は、戦車道の初心者とは思えない正確さで、FチームのM4A3E8の砲塔正面に命中し…そして、呆気無く弾かれた。
もちろん、M4A3E8からは白旗が上がる気配すらない。
「「「「あれ…?」」」」
確かに命中した筈なのに、相手が撃破されていない事を不思議に思う、バレー部の面々。
実は、八九式の短砲身57㎜砲は、戦車はおろか下手をすると装甲車の正面装甲さえ貫通出来ない程、非常に威力が低いのだが、そんな事を戦車道初心者であるバレー部員達が知る筈がない。
ましてや、嵐がその事実を知った上で、先程CチームのⅢ号突撃砲に命中弾を与えながらも撃破出来なかったみほ達Aチームに自信を取り戻してもらう為に、自ら囮役を買って出た事など分かる筈もなかった。
その次の瞬間、みほ達AチームのⅣ号戦車D型から発射された75㎜砲弾が、装甲の薄い八九式中戦車甲型の正面に命中。
そして今度は、Bチームの八九式から白旗が上がり、AチームはFチームのアシストで初撃破を果たしたのだった。
一方、撃破された八九式の車内では……
磯辺キャプテンが、自分達の敗因をバレーの攻撃戦術に喩えて、こう呟いていた。
「時間差攻撃をマトモに喰らった~」
(第14話、終わり)
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第14話をお送りしました。
前書きでも触れましたが、執筆開始から1年以上経ってようやく最初の練習試合の所までこぎ着けました。
いやもう、勤め人なのでこの小説を書くのが大変だの何のって…でも慣れては来たので亀の如く続けたいと思いますが、果たして完結できるかねぇ(オイ)。
そして、今回もちょっと長い後書きです。
今回の話を書く上で拘ったのは、やはり原作第3話における「Ⅲ号突撃砲F型による背後からの砲撃に耐えるⅣ号戦車D型」と「反撃してⅢ突F型を仕留めるⅣ号D型」の場面です。
これについて、もう少し詳しく書きます。
前者に関しては、Ⅳ号D型の車体後面装甲の厚さはたった20mmなのに対して、Ⅲ突F型の主砲から発射する40式徹甲弾(タングステン弾芯使用の高速徹甲弾、ドイツ軍では「Pzgr.40」と表記する)は500mの距離から撃っても120mmの装甲板を撃ち抜けるので、下手をすれば命中しても薄いⅣ号D型の装甲板を突き抜けて、極端な話穴をあけるだけの被害で終わる事もあるそうです。
なので、原作のあの場面でもⅣ号D型が撃破判定されなかったのは有り得ない事では無いです(確率は低いと思いますが)。
ちなみに、Ⅲ突F型の主砲用徹甲弾にはもう一つ「39式徹甲弾(Pzgr.39)」と言う、弾芯は普通の鋼材で作られた物がある(その分、装甲貫徹力は40式よりやや劣る)のですが、実はこれ、中に微量の炸薬が入っていて、相手の装甲板を貫通すると車内で炸裂する様に出来ています。
ですので、もしも練習試合で歴女達がちゃんと徹甲弾の種類を確かめて撃っていたら、西住殿達はそこで負けていたでしょう。
そして後者の話ですが、あれは本編で書いた通り、Ⅳ号D型の短砲身75mm砲でⅢ突F型の正面装甲を射貫くのは「ラッキーヒット」どころの騒ぎでは無いので、Ⅲ突をやっつけるのは嵐ちゃん達の役目にしました。
こうした方が主人公っぽいし、西住殿達も命中はさせているからね(苦笑)。
これについては、作者がミリタリーおじさん歴36年目だから、今回一番拘りたかった所であります…えっ、成形炸薬弾?
それについては、また次の機会にね(白目)。
それでは、今回も長い後書きでしたが、次回をお楽しみに。