戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない 作:瀬戸の住人
ガルパンの円盤、まだ劇場版とアンツィオ編OVAしか買っていねぇ…(TV版の特装限定版を買う予定はある・苦笑)。
【報告】2018年6月1日に一部修正(段落のみ)しました。
なお、現在TV版全6巻と最終章第1話の特装限定版も入手済みであります。
この日の午後1時半から始まった、ボンプル高校と試合会場の地元の高校生チーム(これも複数の高校が連合した急造チーム)によるタンカスロンの試合は、ほんの1時間足らずでボンプル高校の圧勝に終わった。
この結果に、試合の主催者は思わぬ悩みを抱えてしまっていた。
この試合会場は、地元住民や地権者との交渉で午後6時まで時間を押さえていたのだが、予定していた試合が予想以上に早く終わった為、スケジュール上ではもう1試合やれる位の時間が余ってしまったのだ。
普段なら、これだけ時間が余ると会場内にある屋台で、選手達と観客が一緒になってグルメ探訪しながら時間を潰したり(有名選手やチームになるとサイン会や握手会を催す場合さえある)、参加した戦車チームがエキシビション走行をやったりする事が多い。
よって、観客は試合会場が閉場するまでの間、概ね和やかな時間を過ごす事が多いが、この時ばかりは普段と雰囲気が違っていた。
試合終了直後から、主催者である地元の戦車道関係者とボンプル高校タンカスロンチームの首脳部、そして午前中の中学生チームの試合に参加した『みなかみT-26』のメンバーが、試合会場の本部で話し合いをしていたのである。
「…つまり、余った時間を利用して、これから1対1のタンカスロンをやる、と…?」
私達とボンプル高校側からの提案を聞いた試合の主催者は、余った時間を有効利用出来ると言う期待の中にも、予定外の試合が果して安全に出来るだろうかと、若干不安そうな表情で話を聞いている。
「私としては、それで問題ない。元々彼女…いや、原園選手が出した挑戦状は受けるつもりだ…タンカスロンは何が起きても自己責任。その上で受けるつもりでいる」
と、厳しい表情ながらもしっかりした口調で主催者を説得しているのは、対戦相手であるボンプル高校のエース、ヤイカさんだ。
プライドが高く、他校からは常に尊大な態度を取っていると見られがちな彼女だが、それは戦車道に対する求道心の表れだと私は思っている。
正直、今年の第62回戦車道全国高校生大会・決勝戦で起きた「あの事件」が無ければ…ヤイカさんの下で戦車道を学ぶのも良いかも知れないと、戦車道が心の底から嫌いな私でさえ、一時はそんな気持ちが浮かんでいた程だ。
長年、母に戦車道を強要され続けて来た件については、別にしてだけど。
ふと、そんな事を思い浮かべた時、ヤイカさんが不意に私へ語りかけてきた。
「原園 嵐…一つだけ聞きたい。何故、最後の試合の相手に私を選んだのだ?」
その質問は、ヤイカさんへ挑戦状を書いた時から想定していたので、私は澱みなくはっきりと答えた。
『今度の高校受験、私はボンプル高校を受けないからです』
「ほう?」
『実は、今度の高校入試、本命で受ける高校とは別に、サンダース大付属と継続高校、そしてアンツィオ高の3つを受ける予定です…でもそれは、母が私に突き付けた条件でした』
「つまり…それは、君がこの試合を最後にタンカスロンから引退する事と関わりがあるのだな?」
『はい。私はこの試合を最後に戦車道から身を引くつもりです…母はそうして欲しくない様ですが』
「君の母親の噂は聞いている…かなりのやり手だとも」
『はい。ですから、私が戦車道から身を引く事と高校は自分が決めた学校を受験する事を母に告げた時、母は相当抵抗しました…そしてようやく、今季の強襲戦車競技で個人タイトルを獲得したら志望校を受験しても良い。その代わり、タイトルが取れなかった時の為に、志望校に落ちた時の滑り止めも兼ねて戦車道のある高校も受けろと言う条件を突き付けられたのです。その結果、今日の試合で私は年間最多戦車撃破数の個人タイトルを獲得したので、母との約束通り自分は志望校を受験します』
「なるほど…しかし、君が言った学校の中に我が校の名は無かったな?」
『はい。実は、母が受験する様に指定した戦車道のある高校の中に、貴校もあったのです…でも戦車道から離れる決意をしていた私にとって、貴校を受験して仮に合格しても貴校へ入学するつもりは全くありません。ですから…最初から入学するつもりが無いのに貴校を受験する事で、貴校とヤイカさん達を失望させたくなかったのです』
すると、私とヤイカさんが語り合っている所へ、ボンプル高側から一言話し掛けて来る人がいた。
「へえ…あなた、そういう所は結構律儀なのね?」
話し掛けて来たのは、ヤイカさんの副官で、ウシュカさんと言う人だ。
そこへ、ヤイカさんが再び私へ語り掛けてくる。
「失望させたくない…君は私達の戦車道を高く買っている様だな?」
『はい。ボンプルの戦車道は決して他校のそれに劣っていないと思いますし、ヤイカさんは私が知る限りでは、優れた戦車道の指揮官の1人だと思っています…そして、今の強豪校中心の現代戦車道では、その実力を発揮できる機会に恵まれていないと言う点も』
「君ははっきりモノを言うな…だが言いたい事は分かった。つまり、君は我が校を受験しないのを詫びる為に、私へ挑戦状を出したのだな?」
『はい…この試合は、私なりの戦車道に対しての、そして貴校とヤイカさん達へのケジメをつける為の試合です』
私とヤイカさんが語り合っている間、私達のチームメンバーと試合の主催者達は、一言も口を挟まず、じっと私達の話を聞いていた。
ボンプル高校のメンバーも口を挟んだのはウシュカさんだけだ。
そして、ヤイカさんはここまで、終始厳しい表情で私の話を聞いていたが、最後に少しだけ表情を和らげて答えてくれた。
「いいだろう…君からの挑戦を受けよう。但し、安直には受けないわよ?」
『はい、ありがとうございます!!』
私は、ヤイカさんへの済まなさと感謝の想いを込めて、精一杯返事を返した。
そんな私の姿を見た瑞希や菫、そして試合には出ない舞さえも表情を引き締めていた。
それからしばらくして、主催者から発表があった。
「本日のタンカスロン・シリーズ最終戦ですが、予定していた全ての試合が早く終わりました為、急遽エキシビジョンマッチの開催が決定しました。この後、午後3時半より、ボンプル高校次期戦車道チーム隊長・ヤイカ選手と『みなかみT-26』の原園 嵐選手による、1対1での『決闘』を行います!!」
次の瞬間、試合会場が観客のどよめきで騒然となり、そして次の瞬間には大歓声が挙がったのは言うまでもない。
片や、今季もタンカスロン王者となったボンプル高校のエースにして、来春からは戦車道チーム隊長に就任が決まっている、誇り高き「騎士団長」こと、ヤイカ。
そんな彼女に挑むのは、中学3年生で今季限りでの引退を表明しながらも、今季のタンカスロンで非公式とは言え史上最多の年間戦車撃破数を記録。
文字通りタンカスロンの歴史に残るであろう「戦車戦エース」のタイトルを獲得した、若き実力者・原園 嵐。
この2人が1対1で激突する。
そんな試合が突然決まるのもタンカスロンの醍醐味であり、観客も心の底で期待していた「決闘」が今シーズン最後の最後で突如決まっただけに、会場の興奮はこの日最高潮に達しようとしていた。
フィールドの中心部にある平地に、2台の戦車が向かい合っている。
北側に陣取るのは、ボンプル高校のエース「騎士団長」こと、ヤイカさんの乗る7TP単砲塔型。
対して、私達「みなかみT-26」のT-26・1933年型はフィールドの南端近くに指定された場所で試合開始を待っている。
「とうとう、ここまで来ちゃったわね…」
瑞希が、少し緊張気味に語りかけて来た。
「ののっちは、さっきまで『高校生相手にボコボコにされる~』とか言って、嫌がってたけど、大丈夫かな~?」
と、菫が瑞希をからかう様に話しかけてくる。
菫はこういう時、いつもこんな風に軽口を叩いてくれるから、助かるな…
さすがに戦車乗りとして尊敬する、ヤイカさんとの「決闘」を目前にして緊張していた私も思わず笑みが出る。
『だよね~、菫。ののっちって、いつもお姉さんぶっている割に緊張すると結構弱音が出ちゃうタイプだから…』
と、私が菫に話しかけたら、瑞希が憮然とした表情で言い返す。
「ちょっと2人共…試合が終わったら覚えときなさいよ…もちろん勝ってからだけど、菫と嵐には絶対チョコレートパフェを奢って貰う」
『いいよぉ、ののっち。だから、こっちの45mm主砲はアンタに任せるね』
「任せなさい…ここまで来たからには百発百中は当然、外すなんて論外だから」
「やっぱり、ののっちは一番頼りになるよ、うん!!」
「菫…もう手のひら返し…?」
菫と瑞希がちょっとした掛け合いをやっているのを微笑ましく思いながら、時計を見た私は、すぐ表情を引き締めた。
『さあ…もうすぐ試合開始の時刻ね…始まったら私の合図で前進するよ』
その時、観客席にいるであろう、舞が無線で私達に応援メッセージを入れてくれた。
「試合が始まったら無線が使えなくなるから、一声かけるね…みんな、高校生相手だからってビビらずに頑張ろうね…あたし、みんなを信じているから!!」
そして午後3時半。
昼下がりの空に、ポンポンと3発の号砲が打ち上げられる。
試合開始の合図だ…私達の戦車「みなかみT-26」は、フィールド中央付近にある、遮蔽物となり得る茂みへ向かって全速力で前進する。
と言っても、T-26は最高速度が30km/h位しか出せないので、観客席から見ると田舎の盆地をノコノコとのどかに走っている様にしか見えないだろう…但し、ヤイカさんの乗る7TP単砲塔型も最高速度は32km/hなので、こっちと似た様な速さのはずだ。
こうして始まったばかりの「決闘」に波乱が起きたのは、前進を始めてから1分も経たない頃だった。
「みなかみT-26」がフィールド中央付近の茂みに近づいた、正にその時。
突然、2輌の7TP単砲塔型が私達の左右斜め後方からフィールドへ乱入して来た。
分かっている…ヤイカさんは「安直には受けない」と言った。
その答えが、これね。
周囲のギャラリーからは「卑怯だぞ、1対1の決闘だろう!?」と言う怒号が響いているだろうが、私にとっては予想の範囲内だ。
実際、乱入上等・裏切りや結託は当然の様に起きるタンカスロンで経験を積んだ戦車長は、文字通り「後ろに目がある」と言って良い位、注意力と判断力に長けている人が多い。
これは極端な話、乱入や裏切り等があっても平然と対応出来ない様では、この世界で勝ち続けられないからだ。
この状況は、言わば「まずは、この試練を乗り越えて見せろ。でなければ、私との決闘には応じない」と言う、ヤイカさんからのサインだ。
OK…さすがは私が尊敬する、強襲戦車競技王者のエース。
そうでなければ、私にとっての最後の試合に相応しくない。
と言う訳で、この事態を予測していた私自身は勿論、砲手の瑞希と操縦手の菫も慌てる素振りさえ見せていない…ああ、観客席で見守っている舞は泣きそうになっているかも知れないなぁ……
私がそんな事を考えていた時「みなかみT-26」はフィールド中央部付近を通過。
前方にはヤイカさんの乗っている7TP単砲塔型がいる。
距離は、もう500mを切った辺りか?
一方、ポンブル高校が差し向けた乱入者である2輌の7TP単砲塔型は「みなかみT-26」目掛けて約300m後方を左右から追い縋って来ている。
この2輌がまだ射撃しないのは、恐らく行進間射撃では命中を期待出来ないから、極端な話、零距離まで接近してから必殺の一撃を見舞おうと言う腹だろう。
但し……
『左右からの挟撃は悪くないけれど、ちょっと大胆過ぎるよね…』
私はそう呟くと、さり気なく菫へ指示を出す事にした。
まず「みなかみT-26」は、私達から見て右側スレスレの位置にいた、ヤイカさんの7TP単砲塔型と衝突寸前の間隔で擦れ違う。
当然、ヤイカさんの7TP単砲塔型は急には止まれないから、停止するまでの間にこっちとの間隔は当然開く。
だが、後方から追って来る2輌の7TP単砲塔型は徐々に私達との距離を縮めてくる…
本来、T-26と7TPの速度はほぼ同等だから、普通は簡単に距離を詰める事は出来ない。
しかし、現実に2輌の乱入者はこちらへ近づいて来る…どうやら、ボンプル高校は現代戦車道のレギュレーションに縛られないタンカスロンのルールを利用して、7TPのエンジンや足回り等のチューンナップを施している様だ。
これに対して、私達「みなかみT-26」は本来、群馬みなかみタンカーズの所有車で戦車道の公式試合にも使っているから、そんなチューンナップはしていない。
それどころか、使っているパーツは全て戦車道連盟適合品ばかりだから、7TPとの性能差は予想以上にあるのかも知れない。
つまり、このままだと私達は乱入者にあっけなく追い付かれて撃破される運命が待っているのだが…私はそれを承知の上で、この戦車の性能差を逆手に取ろうとタイミングを計っていた。
あと一息で、乱入者の2輌が追いつこうとする瞬間…私はインターコムで菫に指示を出す。
その次の瞬間。
「みなかみT-26」は急ブレーキを仕掛ける。
同時に、左側にいた7TP単砲塔型が私達へ向けて37mm主砲を発射。
その37mm砲弾は狙い過たず私達のT-26を撃ち抜いた…はずだった。
しかし、その命中弾によって白旗を揚げて停止したのは、私達の右隣にいた、もう1輌の7TP単砲塔型だった。
そう、私が菫に下した急ブレーキの指示が、左側にいた7TP単砲塔型による零距離からの主砲射撃よりも一瞬早く、更に菫が完璧なタイミングでブレーキングを決めた結果…その砲弾は急停止した私達の目前を通り過ぎて、右側にいたもう1輌の7TP単砲塔型の砲塔リング付近を射貫いてしまったのだ。
友軍相撃。
結果的に誤射となり、自分が放った砲弾で撃破された僚車の姿を見て呆然となった7TP単砲塔型へ冷静な砲撃を加える瑞希。
その次の瞬間、乱入して来た2輌目の7TP単砲塔型から白旗が揚がった。
こうして、私とヤイカさんとの「決闘」は、本当の「1対1」となった……
だけど、チャンスをモノにした後はピンチがやって来るのが、この世界。
この時、私達の後方から、試合序盤に擦れ違っていたヤイカさんの7TP単砲塔型が既にUターンしており、全速力でこちらへ迫って来たのだ。
こちらは、2輌の7TP単砲塔型からの攻撃を躱して同士討ちを誘う為に急ブレーキを仕掛け、そこからほぼ停止状態で同士討ちをやった方の7TP単砲塔型を撃破したから、ヤイカさんから逃げる為に加速する時間の余裕が無いのだ。
だから、両者の距離は一気に詰まって来る。
あっという間に、ヤイカさんの7TP単砲塔型は私達の後方100m程にまで迫ってきた。
この状況の悪化に、菫はさすがに慌て始めていた。
「嵐ちゃん、このままじゃ追いつかれるよ…零距離からやられちゃう!!」
『菫、落ち着いて。今から、必死で逃げるけどもうちょっとで逃げ切れない風に走って。方向は右側の林へ逃げ込む様に見せ掛けて…』
「『アレ』をやるのね…分かった、絶対に1発で決めるから!!」
さすがは菫。
私の指示の意味を理解したので、すぐ落ち着きを取り戻してくれた。
そして、瑞希にも手短に指示を出す。
『お願い…それとののっち、悪いけど砲弾装填よろしく。この1発でケリを付けるから…』
「嵐…マジで『アレ』をやるのね?」
『うん。躱されたら、まず確実に負けだから…ここで勝負を賭けるよ』
この時、観客席に設置されている大画面スクリーン(但し、戦車道の公式戦で使われている列車砲改造の鉄道車両に搭載した物ではなく、本来はイベント用に使われている大型トラックに搭載されたリフター付きのLEDビジョンである)には、迫り来るヤイカの7TP単砲塔型から必死に逃げようとする「みなかみT-26」の姿が映し出されていた。
しかし、ヤイカの7TP単砲塔型もタンカスロン向けにチューンナップされているらしく、「みなかみT-26」が逃げる1分足らずの間に、両者の距離は50mを切る所まで迫られてしまった。
仲間が窮地に陥る姿を見て、観客席で目に涙を浮かべながら怯えた表情さえ浮かべる舞。
それでも、ヤイカは射撃をしないと言う事は、菫が先程懸念した様に行進間射撃でも外し様が無い零距離から仕留めるつもりなのか…?
今や「みなかみT-26」がヤイカからの追撃を逃れるには、フィールド北東方向にある林の中へ逃げ込むしか無い様に思われた。
しかし、その状況を見て涙を浮かべていた舞が思わず呟く。
「これって…まさか…?」
そう呟いた瞬間、彼女は微かな希望を見出したかの様に、観客席前のLEDビジョンへ視線を送る。
その目にはもう涙は流れておらず、むしろ表情は毅然としたものへと変わっていた。
そう…「みなかみT-26」の車長・原園 嵐は、ここから逆転の秘策を用意していたのだ。
ヤイカさんの7TP単砲塔型に追われていた私達「みなかみT-26」。
あと一息で、両者の距離が25m…いや、更に近くなる。
しかし、私達の目の前には林が広がってきた…もう少しで林に飛び込んで、ヤイカさんの追跡を逃れられるかどうかと言う瀬戸際か?
…と、誰もがそう思ったであろう、正にその時だった。
逃げる私達が目前の林の右側にある小道へ向かって、右方向へ曲がりかけた次の瞬間。
私はインターコムへ声の限り叫ぶ!!
『菫っ、行けェ!!』
T-26は一気に逆方向、左側へ旋回しながら軽やかにドリフトして行く。
そして自然に、先頭部はヤイカさんの乗る7TP単砲塔型の左側面に狙いを定める。
私達が右へ逃げると確信していたのだろう、ヤイカさんの乗る7TP単砲塔型の操縦手は対応が遅れた様だ。
こちらが狙いを定めている左側面が完全な無防備状態となり、砲塔の旋回さえ間に合っていなかった。
フェイントモーション。
コーナー進入時に、一旦旋回方向とは逆にステアリングを切る事により、オーバーステアを意図的に誘発して慣性ドリフトを起こす。
ラリーではよく使われているテクニックだが、普通、中学生の私達に出来るはずはない。
しかし…小学4年生から古くなった全日本ラリー選手権仕様のブーンX4やインプレッサWRXでダートトライアルやジムカーナの練習を実家の裏山で重ねてきた菫は、こんな事を戦車でも当然の様にやってのけてくれる。
だからこそ、私は菫のドライビングテクニックと、常に冷静かつ正確な射撃が出来る瑞希の技量を前提に、ヤイカさんへ「1発かます」チャンスを狙っていたのだ。
いや…ヤイカさん相手では、「それ」しか勝つ手が無かった……
その次の瞬間、目前に近づいている7TP単砲塔型の砲塔ハッチから頭を出しているヤイカさんの苦い表情が、私からもはっきり見えた。
でも…その時の私は、尊敬しているヤイカさんへの哀れみや高校生エースをテクニックで出し抜いて勝利を手にしようとする高揚感すらも一切感じられなかった……
だって、これが私にとって最後の試合。
私は今日を最後に戦車道の世界から去って、来年の春が来たら「普通の女子高生」として新しい人生を歩むのだ。
もう…誰にも邪魔されたくない!!
次の瞬間、瑞希が45mm主砲の一撃をヤイカさんの7TP単砲塔型へお見舞いする。
その砲弾は、冷酷なまでの正確さで相手のエンジンルーム左側を射貫いた……
「勝者、『みなかみT-26』!!」
このアナウンスが試合会場に響いた瞬間、観客席からは凄まじい歓声が挙がった。
舞に至っては、惨敗を覚悟した涙が嬉し涙に変わって「嵐ちゃーん、みんなありがとー!!」と叫びながら、まるでプロのダンサーの様にはしゃいでいる。
非公式の強襲戦車競技の「野試合」とは言え、中学生が高校生の、それもタンカスロン王者のエースを撃破すると言う歴史的瞬間。
しかし、次の瞬間、観客達は別の意味で更なる感動を味わう事となる。
快挙を成し遂げた3人の中学生戦車乗りは、敗者となった高校生達の前へ駆け寄ると整列した。
その列に、この試合では出番が無かった4人目の乗員…本来は装填手の二階堂 舞も加わる。
その意味に気付いたヤイカは、自らのクルーに「急げ、整列だ!!」と声を掛ける。
そして、整列した両チームの乗員による「ありがとうございました!!」の一言。
かくして、この歴史的な「野試合」…いや「決闘」は、強襲戦車競技では珍しい終礼を持って終わった。
…この「決闘」は、このシーズンの強襲戦車競技の試合記録には残されなかった。
嵐達「みなかみT-26」のメンバーが、ボンプル高校戦車道チームやヤイカの立場を思い遣り、試合前に主催者側へ申し入れた結果である。
しかし、その「幻の決闘」は、幻となったからこそ…いや、それだけでなく、その後の彼女達「みなかみT-26」メンバーの歩みの「出発点」とも言える結末を見た事から…その後も戦車道の世界で長く語られる伝説の試合となったのである……
こうして…私、原園 嵐にとっての「戦車道最後の試合」は、終わりを告げた……
筈、だった。
それから少し時間が経って、受験に合格し、父さんの故郷である茨城県大洗町で「普通の女子高生」になった筈の私は…あの試合の終礼の直後、私に歩み寄って来たヤイカさんから受けた忠告の意味を、嫌と言うほど思い知らされる事になった……
「おめでとう…だが、敢えて君に一言だけ言っておこう。戦車道を歩む者は、例え自らの意思で戦車から去ったとしても、必ず戦車と向かい合う時が来る。何故なら、いつか戦車の方からお前を追い掛けて来る時が、きっと来るからな……」
(プロローグ/終、本編第1話へ続く)
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
プロローグ、これにて終了です。
オリジナル主人公と言う事もあり、原園 嵐と言う娘がどう言う感じの人物なのか表現してみましたが…スキルがチート過ぎたかも知れん(笑)。
あと、本プロローグには「リボンの武者」のヤイカさんが登場していますが、これは個人的に「ヤイカは誤解されがちなキャラクターでは無いか?」と思っておりまして、その辺りについての自分の考えを含めての起用となりました。
まあ、今回は中学生に負けちゃうのですけどね…(逆を言うと、作者的には嵐達のスキルを表現する為に彼女を持ち出す必要があったのですが)。
ちなみに本文でも書きましたが、ヤイカさんは誇り高い性格やタンカスロンでの行動から、傲慢な人物に見えますが、戦車道の隊長としては優秀な人だと思います。
もし嘘だと思うなら「リボンの武者」3巻掲載のボンプル対プラウダ(カチューシャ義勇軍)戦をご覧下さい。
あんな作戦、並みの指揮官ではやり遂げる事はできないでしょう。
さてこの後、嵐ちゃんにはどんな運命が待ち受けているのか…ガルパンファンの皆さんなら、もうお分かりかと思います(笑)。
と言う訳で次回は、いよいよ本編第1話です。嵐ちゃんのお母様もチラリと登場しますので、お楽しみに。
※最新の執筆状況や次回の掲載予定、その他小話などを「活動報告」にて、随時発表しています。ぜひご覧下さいませ。