戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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2019年の初回となりますが、ここで御礼とお詫びを申し上げます。

toshi-tomiyamaさん、えりのるさん、先日は誤字報告をありがとうございました。
特にtoshi-tomiyamaさんからは、高評価9も併せて頂きました。本当に感謝します。
そして、暦手帳さん。
本作の連載開始当初に高評価10を頂きましたのにも関わらず、本日まで御礼を申し上げる事が出来ず、誠に申し訳ございませんでした。

それでは、今回もごゆっくりどうぞ。



第17話「これから、西住先輩と対決です!!」

 

 

 

原園 嵐の母・明美からの提案で急遽、大洗女子学園の全校生徒に公開される事となった戦車道チームの練習試合。

 

その準備は、昼休み中のごく短時間で整えられて行った。

 

そして午後の授業が始まる直前には、学園所有の山林の一角に500m四方の長さを持つ正方形状の特設フィールドが設けられたのである。

 

更にフィールドの周辺には、多数のレジャーシートが用意され、学園高等部の生徒全員が集まっても余裕を持って試合観戦が出来る様になっている。

 

それだけではない。

 

フィールドから少し離れた場所にはオーロラビジョンまで用意されており、学園の中等部生徒だけでなく、学園艦の住民までが試合を観戦出来る状態だった。

 

裏を返せば、明美はこの公開試合を実行するべく、事前に周到な準備を整えていた事が窺えるが、基本的に純朴な少女が多いこの学園の生徒達は、その点について何も気付いていなかった…明美の娘、嵐ただ1人を除いて。

 

 

 

 

 

 

試合が行われる特設フィールドの中央部には、これから対戦する西住先輩達Aチームと私達Fチームの戦車と乗員が配置されている。

 

午後の授業開始のチャイムを聞きながら、私・原園 嵐は腸が煮え繰り返る思いで、特設フィールドの真ん中から周辺の様子を眺めていた。

 

 

 

あの母親…最初からこうなる様に仕組んでいたのね!!

 

 

 

午前中、私達が練習試合をしていた山林の一角に特設されたフィールドの四方には、昼休み中に流された放送部からの告知で集まった高等部の生徒がレジャーシートに座って、これから始まる「戦車道の公開試合」がどんなものになるのか、楽しそうに語り合っている。

 

更に、そこから少し離れた場所にはオーロラビジョンがあって、その周りには中等部の生徒や学園艦の住人らしい大人までが集まり出している。

 

おまけに、その一角では「みなかみ戦車堂・大洗学園艦店」と書かれた幟を立てた屋台が出現していて、そこでは間宮さんと伊良坂さんが呼び込みをしながらソフトクリームやしろくま等を売っていた…さすがは我が母親、チャッカリしているわね。

 

 

 

その一方で、私は非常に苛ついていた。

 

初めての練習試合が、いきなり全校生徒が見る前での公開試合。

 

しかも、対戦相手は西住先輩達だ。

 

本当の事を言えば、西住先輩と戦車道で一騎討ちがしたいと心の底から願ってはいたけれど、まさかこんな事になるとは……

 

その先輩達Aチームのメンバーは、私達Fチームの反対側に整列しているが、フィールドの周囲を学園生徒が観客として取り囲んでいる状況に、緊張している様だった。

 

特に、戦車道へ心ならずも戻って来た西住先輩は不安そうな表情を浮かべているので、私は心配でたまらない。

 

そこへ、いつの間にか母が私達と西住先輩達のいるフィールド中央部に現れると、全校生徒を前にマイクパフォーマンスを始めた。

 

 

 

「大洗女子学園の皆さん、こんにちは~!!」

 

 

 

途端に周囲の生徒達から「わーっ!!」と歓声が上がる。

 

母は年齢を感じさせないパワフルな声で、皆を盛り上げて行く。

 

その姿は、まるで日本を代表するロックバンドのボーカリストみたいだ。

 

 

 

「今日は突然、ここに集まってもらって驚いたと思いますが、これからスペシャルなイベントをご覧頂きたいと思います!!」

 

 

 

ここで、一旦言葉を区切って、歓声を上げる生徒達の様子を眺めた母は、自己紹介を始めた。

 

 

 

「あっ、そうそう…自己紹介を忘れていましたね。私は原園 明美と申します。今は出身地である群馬県みなかみ町で『原園車両整備』と言う、戦車道で使う戦車の整備等を営む会社の社長をしています。実は今年度から約20年ぶりに復活した、この大洗女子学園の戦車道チームの力になりたいと思い、このチームをサポートする事を決意しました!!」

 

 

 

「「「おおっ!!」」」

 

 

 

自己紹介で、母が学園で復活した戦車道の支援者である事を知らされた生徒達からどよめきの声が上がる中、母は生徒達に優しく語り掛ける。

 

 

 

「でも、ここにいる皆は先日、生徒会が主催した戦車道のオリエンテーションを見た時『戦車道って一体何?』とか『戦車道なんて今時流行らないっつ~の』って考えていたと思うけれど、どうかな?」

 

 

 

そんな母からの問い掛けに、観客である生徒達はざわつきながらも頷いたりして、大半が同意している様だ。

 

 

 

「そこで本日は、学園の皆さんに戦車道を知ってもらいたくて、生徒会の協力の下、あるイベントを行う事にしました…これから、本学園で復活した戦車道チームによる練習試合をお楽しみ頂きます!!」

 

 

 

これで、午後の授業が戦車道の試合観戦になったと知った生徒達は「わーっ!!」と嬉しそうに歓声を上げた。

 

全く、授業が事実上レクリエーションになったと知ったら元気な声を出すなんて、皆現金だよね…と思っていたら、母がまたマイクパフォーマンスを再開した。

 

 

 

「それでは早速、本日の試合のカードを紹介しましょう。試合形式は1対1による戦車同士の決闘スタイルです。既に午前中、我が学園の戦車道チーム6組がサバイバル戦で戦っており、そこで勝ち残った2チームがこれから対戦します」

 

 

 

本当は、途中でAチームが吊り橋から谷に落ちる恐れがあったから、私が蝶野教官に頼んで試合を中断させて、再試合になる筈だったのだけどね…と、私が心の中でツッコむ中、母は対戦カードの発表を行った。

 

 

 

「そして、これから対戦するのは…まず学園艦の艦首側が普通Ⅰ科2年A組、西住 みほさんを中心とするAチーム!! 乗車する戦車は、第二次大戦の開戦から終結までずっと戦い続け、まるで日本海軍の名戦闘機・零戦の様にドイツ陸軍の装甲部隊を支え続けた名戦車『軍馬』ことⅣ号戦車の初期モデル、D型です!!」

 

 

 

「「「きゃ~!!」」」

 

 

 

観客からの歓声が鳴り響く中、母は引き続き戦車長である西住先輩を始めとするAチームのメンバー紹介を行っていく。

 

そのアナウンスには、観客が戦車道に関しては素人だと言う点を計算に入れており、時折対戦チームが使う戦車や基本的な戦車用語についての簡単な説明が入っている。

 

それを聞いた観客は歓声を上げながら頷いたり、スマホで検索して戦車道やⅣ号戦車についての情報を調べたりしている様だ。

 

 

 

そこで、私は向かい側に並んでいるAチームメンバーの様子を眺めると、母のアナウンスを聞いている西住先輩が試合のプレッシャーからなのか、少し怯える様な仕草をしていて、隣にいる武部先輩や秋山先輩が心配していた。

 

あの母親…本当に許せない!!

 

西住先輩がこの場から逃げ出しても知らないんだから!!

 

だが、私が肉親の所業に憤っている暇も無く、我が母親は私達のチーム紹介を始めた。

 

 

 

「そして艦尾側は、普通Ⅰ科1年A組、原園 嵐を中心とするFチーム!! 乗車しているのは、第二次大戦における米軍勝利の原動力の一つであり、戦後陸上自衛隊も使っていたM4シャーマンの大戦中におけるファイナルエディション、M4A3E8・通称“シャーマン・イージーエイト”よ!!」

 

 

 

「「「わあ~!!」」」

 

 

 

私達のチーム紹介を聞いた観客からの歓声が上がる最中、母はこんな事を言い出した。

 

 

 

「え~と、ここで気付いた方もいると思うけれど、実を言うと嵐は私の1人娘でもあります…但し、戦車道の腕前は親の七光り関係無し、半端なく強いわよ!! 昨年の戦車道全国中学生大会では地元・群馬県みなかみ町から初出場した戦車道クラブチーム『群馬みなかみタンカーズ』を準優勝に導いたエースだもの!! そして近年注目されつつある非公式の戦車競技『強襲戦車競技・タンカスロン』の昨シーズンにおいて、年間最多戦車撃破記録を樹立して年間最優秀選手に選ばれた程の強者なんです!!」

 

 

 

「「「おおっ!!」」」

 

 

 

「「「凄~い!!」」」

 

 

 

観客が私達に向かって一斉にどよめく中、私は怒りで顔を真っ赤にしていた…この母親、いきなり私の過去をバラしやがった!!

 

これじゃあ、もう普通の女子高生生活なんて過ごせなくなるじゃない!!

 

思わず私は、母に向かって拳を突き上げると、大声で叫んだ。

 

 

 

「母さん、娘のプライバシーをバラしてどうするの!? おまけに相手の西住先輩は緊張で震えているわよ、私はともかく西住先輩の事を心配しなさいよ!!」

 

 

 

だが、どこまでも鬼畜な母は「ええと、Fチームの車長から抗議がある様ですが、時間の都合上無視します♪」と言いつつ、私をほったらかしにして瑞希達Fチームメンバーの紹介を続けた。

 

そんな母娘のやり取りに、観客からは笑い声まで上がっている有様だ。

 

もう…これって、完全な恥晒しじゃない。

 

 

 

そして、対戦チームのメンバー紹介が終わると母は、この試合の具体的なルール説明を行った。

 

 

 

「それでは、この試合のルールを説明します。今回はアメリカの戦車道競技を参考にした特別ルールで行うわ…これから試合に挑む両チームもしっかり聞くのよ!!」

 

 

 

さすがにこうなると、母に対する怒りでイライラしていた私も説明を聞かざるを得ない。

 

 

 

「まず、四方が500mで仕切られた特設フィールドの両端から試合開始の号砲と同時に、双方の戦車がフィールドの中央へ向かって全速力で突っ込みます。但し、この時点では発砲禁止です。そして、両車がフィールド中央で擦れ違ってから攻撃開始。ここからは、どう動いても良いし発砲もOKよ」

 

 

 

そこで、少し言葉を区切った後、母は試合の決着の着け方について説明する。

 

 

 

「そして今回は、車体のどこに当てても良いので、相手より先に砲弾を命中させた方が勝利!! 但し、装甲板の端を掠った程度では命中判定が出ない様に実弾の信管を調整してあるから、しっかりと相手に直撃させるのよ!!」

 

 

 

その説明を聞いた時、私はなるほどと思った。

 

Ⅳ号戦車D型とイージーエイトは、特に火力と装甲の厚さに差があるので、普通に戦ったらⅣ号戦車D型に乗るAチームに、まず勝ち目は無い。

 

そこで母は、フィールドの広さを500m四方と戦車戦としては接近戦に当たる近距離に設定した上で、砲弾の命中に関しては現実の砲弾の威力と相手戦車の装甲厚等に即して撃破したか否かを機械判定する戦車道のルールではなく「先に砲弾を命中させた方の勝ち」とする単純明快なルールにした訳か。

 

それなら、戦車の性能差は余り関係なくなるから、西住先輩達Aチームにも勝機はあるかも知れない。

 

 

 

でも母さん…それはちょっと甘いと思うけどね。

 

私達、みなかみタンカーズ組の4人が戦車道の公式戦やタンカスロンでどれだけの修羅場を潜って来たか、母さんが知らない筈はないでしょ?

 

そもそも、私や瑞希に幼い頃から手取り足取りで戦車道を教え込んだのも、みなかみタンカーズを創設したのも、そして私達を戦車道の選手として育成する為にタンカスロンへ送り込んだのも母さんよ?

 

幾ら西住先輩が昨年度の黒森峰女学園の戦車道チームで、1年生ながら副隊長を務めた程の実力者と言っても、一緒に組んでいる武部先輩に五十鈴先輩、冷泉先輩や秋山先輩は悪い言い方だけど、今日初めて戦車に乗ったばかりの素人。

 

まさかと思うけれど母さん、そんな西住先輩達が私達を相手に互角の勝負を繰り広げると思っているのなら…私は、本気で母さんをガッカリさせる自信があるわ。

 

 

 

そんな事を思いながら、私がこの試合を仕組んだ母に対する闘志を燃やしている時、母のマイクパフォーマンスもクライマックスを迎えていた。

 

 

 

「そして最後に、本日の試合を裁くレフェリーを紹介します…日本戦車道連盟の公認審判員でもある、陸上自衛隊富士教導団・機甲教導連隊所属の蝶野 亜美一等陸尉です!!」

 

 

 

その瞬間、周囲から選手紹介にも劣らない大歓声が上がり、母から派手に紹介された蝶野一尉も「どうも~!!」と大声で答えながら、観客に向かってノリノリで手を振っている…ああ。

 

こうして、試合会場に集まった生徒全員は母の扇動に乗せられて、これから始まる試合を楽しそうに待ち侘びていた。

 

 

 

「それでは、もう間もなく試合開始です!! 皆も思いっ切り楽しんでね~!!」

 

 

 

最後に、母がマイクパフォーマンスを締め括ると、もうすぐ試合開始だ。

 

 

 

 

 

 

観客のボルテージが、最高潮に達している試合開始直前。

 

私は最後に車内へ乗り込むと、先に車内に入っている皆へ聞こえる様に、物騒な事を呟いた。

 

 

 

『あの母親…試合が終わったら、榴弾を1発ぶち込んでやる!!』

 

 

 

だが、その言葉を聞いた瑞希が嫌そうな顔をして文句を言う。

 

 

 

「止めなさいよ、嵐…私、この歳で犯罪者にはなりたくない」

 

 

 

それを聞いた菫や舞も、私を諭す様な口調で話し掛けて来た。

 

 

 

「嵐ちゃん、西住先輩と試合が出来るだけでも幸せだと思わないの?」

 

 

 

「そうだよ、嵐ちゃんも楽しみにしていたんでしょ?」

 

 

 

『いや、確かに2人の言う通りだけど、母さんがせっかくの試合をぶち壊しに…』

 

 

 

だが、私の文句に対して瑞希がいつもの様に、澄ました顔でこう返した。

 

 

 

「いやむしろ、私は気持ち良いけどな…だって練習試合で、これだけ多数のお客さんに見てもらえるのって滅多に無いし」

 

 

 

『やれやれ…』

 

 

 

あ~あ…これじゃあ手抜きも出来ないわねと思いながら、私は皆に指示を出した。

 

 

 

『じゃあ、最後のチェックを始めますか。それぞれの持ち場の計器類や装備品に異常が無いか確認して。試合開始まで時間が無いけれど、焦っちゃダメだよ』

 

 

 

 

 

 

一方…AチームのⅣ号戦車D型の車内では、西住 みほが緊張した面持ちで試合開始を待っていた。

 

嵐の前では大丈夫だと言ったが、やはり衆人環視の中での試合はみほにとって久しぶり…否、二度と無いと思っていただけに、微かに自分の体全体が震えている。

 

それに気付いた瞬間、みほは自らの体を抱き締めてプレッシャーに耐えていたが、その姿は通信手席から後ろを振り返った武部 沙織に見られていた。

 

 

 

「みほ…体、震えているよ。大丈夫?」

 

 

 

嵐の母親である明美のマイクパフォーマンスの時に、みほが怯えた表情をしたのを見ていた沙織は、小刻みに震えているみほの姿を見た瞬間、心配そうに話し掛けて来た。

 

 

 

「あっ…ゴメン」

 

 

 

みほは、沙織に返事をするが、そこへチームの仲間達がそれぞれの言葉でみほに語り掛けて来る。

 

 

 

「みほさん、調子が悪ければ棄権した方が良いと思いますよ」

 

 

 

砲手席に着いている五十鈴 華が優し気だが、はっきりした口調でみほを諭すと、みほの隣に立っている秋山 優花里が、心配そうな表情で華の意見に同調する。

 

 

 

「五十鈴殿の仰る通りです。原園殿もお母様に向かってあんなに怒っていましたし、棄権しても大丈夫ですよ」

 

 

 

そして、操縦席に座っている冷泉 麻子が、先程までの眠そうな表情からは想像出来ない位の真面目な顔を、みほに向けて話し掛けて来た。

 

 

 

「西住さん、皆の言う通りだ…無理しなくていい。原園さんもこんな試合は望んでいないと思う」

 

 

 

そんな麻子の言葉を聞いた沙織と華、優花里の3人は、みほに向かって揃って頷くと、麻子自身もみほに向かって小さく頷いた。

 

 

 

ちなみに、Aチームの乗員配置は午前中の練習試合が中断した後、メンバーが昼食前に汗を流す為、艦内の大浴場で入浴した際に皆で話し合った結果、午前中とは異なる配置になっている。

 

この為、午前中は戦車長だった沙織がコミュニケーション力の高さを評価したみほの薦めで通信手に、操縦手だった華は自身の希望で砲手に、砲手だった優花里は戦車長になったみほに代わって装填手となり、途中から成り行きでチームに加わった麻子が操縦手を務めている。

 

そんなAチームのメンバーは、全員明美がこの試合を強引に公開した事で、みほの心中を案じており、最悪みほと一緒にここから逃げ出しても構わない、とさえ思っていた。

 

その点では、みほの仲間達の心は対戦相手のリーダーである原園 嵐と同じである。

 

だがみほは、そんな仲間達の心遣いに感謝しながらもこう答えた。

 

 

 

「みんなありがとう…でも大丈夫。こんなに沢山のお客さんがいる中で試合をするのは久しぶりだから、つい武者震いしちゃった」

 

 

 

無論、このみほの答えは嘘である。

 

この試合を全校生徒に公開すると明美が宣言してから、みほの心には不安が募っていたが、先程の選手紹介で、その不安はピークに達していた。

 

正直、出来るならばここから逃げ出したい…だが、みほの心は逃亡寸前の所で踏み止まっていた。

 

そしてみほは、今度は嘘偽り無く、試合に臨む本当の理由を仲間に告げる。

 

 

 

「それに私達、午前中の試合で原園さんに助けられて、今ここにいるんだよね」

 

 

 

「でも…」

 

 

 

ここで、みほの話を聞いていた沙織が「…試合で原園さんへ恩返しをしようと思っているのなら、それこそ無理していない?」と告げようとした時、みほは続けてこう話した。

 

 

 

「それに午前中の試合、原園さんはずっと笑顔で私達と一緒に試合をしてた…お父さんを戦車道の事故で亡くされているのに」

 

 

 

「「「!!」」」

 

 

 

「西住さん、それ本当なのか!?」

 

 

 

みほからの指摘を聞かされた仲間達は、皆衝撃を受ける。

 

特に、他の3人とは異なり嵐の父の事故死を知らなかった麻子は、驚いてみほに問い掛けて来たので、みほは頷くとこう麻子に告げた。

 

 

 

「うん、冷泉さん。原園さんのお父さんは今から10年前に、戦車道の試合前のパレードで、戦車に轢かれそうになった男の子の命と引き換えに戦車に轢かれて亡くなったって…だから私、辞めようとしていた戦車道を受けるって会長さんに告げた時、同じく戦車道を辞めようとしていた原園さんも巻き込んでしまったって後悔してた。でも、原園さんは私達との練習試合を楽しんでくれてたんだ」

 

 

 

みほは仲間達にそう告げると、決意を新たにして、こう語る。

 

 

 

「だから、この原園さんとの1対1の試合、私も楽しみたいんだ…まさか戦車道の試合がこんなに楽しいと思うなんて、初めてかも知れない」

 

 

 

みほの決意を聞かされた、Aチームの仲間達は心に熱いものを感じると、みほと一緒に試合に臨む覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

 

その頃…場面は試合直前のフィールド中央部の端、学園艦方向では左舷側に当たる場所に変わる。

 

ここには放送部によって試合中継用の実況席が設けられ、その中央には大洗女子学園放送部員の王 大河がアナウンサーとして座っていた。

 

また、彼女の隣には元・陸上自衛隊陸将で機甲部隊指揮官の経験が豊富な原園 鷹代と元・黒森峰女学園戦車道チーム副隊長で、現在は周防ケミカル工業社長の周防 長門が解説役として着席しており、その周りには大洗女子学園の生徒会役員以下、試合には参加しない戦車道チームのメンバー全員が着席している。

 

 

 

「西住先輩と嵐、どっちが勝つかな?」

 

 

 

梓が楽しそうな表情で試合の行方について周りにいるチームメイトへ問い掛けていると、彼女のすぐ前方にある実況席に座っている鷹代が、履修生達に向けて鋭い口調で語った。

 

 

 

「皆、悪いけれどこの試合は間違いなく嵐達が勝つ」

 

 

 

表情は憮然としているが、確信に満ちた声で嵐達Fチームの勝利を断言した鷹代を見た戦車道履修者達が驚いている。

 

 

 

「えっ、何故分かるんですか?」

 

 

 

バレー部キャプテンで、Bチームの戦車長でもある磯辺 典子が不思議そうに問い掛けると、鷹代は当然の様な口調で答えた。

 

 

 

「戦車乗員の経験と連携の差が段違いだからさ」

 

 

 

その言葉を聞いた典子は、バレー部での経験から鷹代の言葉が意味するものを悟って、ハッとなったが、戦車道についてはまだ素人である他の履修生達は意味が分からず、皆当惑していたので、鷹代は憮然としていた表情を少し緩めると、優し気だがはっきりした口調で、自分の発言の意味を説明した。

 

 

 

「まず嵐と瑞希ちゃんはね、小学校入学直前の冬からずっと、明美さんに戦車道を仕込まれて来た…もう10年になるね。菫ちゃんや舞ちゃんも小学3年生の春から群馬みなかみタンカーズの第1期生として7年間戦車道を学んで来て、中学3年の時には4人全員が戦車長としてタンカーズ中等部チームのレギュラーを張っていたんだ。年季が違う」

 

 

 

鷹代から、嵐達Fチームの経歴を聞かされた履修者達は予想していたとは言え、彼女達が高校1年生ながら豊富な戦車道の経験を持っている事に驚愕した。

 

特にCチームで車長兼通信手を務めるエルヴィンは、第二次世界大戦に関する自らの知識から、その言葉の持つ重大さに気付いて、こう口に出す。

 

 

 

「それは…まさか原園達は、全員がヴィットマンやカリウス級の腕前を持つ戦車乗りなのですか!?」

 

 

 

すると、鷹代の隣に座っていた長門が感心しながら返事をする。

 

 

 

「ほう、さすがはロンメル将軍のコスプレをしているだけはあるな、その通りだよ。中でも嵐は地元の中学を卒業するまで、群馬みなかみタンカーズのエースとして皆を引っ張って来た実力者だ…そして、他の3人も嵐に負けない位の腕前の持ち主だ」

 

 

 

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

 

 

戦車道履修者全員が自分達の知らない嵐達の実像の一端を知らされて驚きの声を上げる中、いつの間にか生徒会役員の隣の席に着席していた、明美の秘書の淀川 清恵が美しい声で、Fチームメンバーの経歴を簡単に説明した。

 

 

 

「鷹代さんや長門さんの言う通りよ。まず瑞希ちゃんは、凄腕の砲手として小学生時代から東日本の戦車道関係者の間で名を知られていた天才少女なの。菫ちゃんは実家が全日本ラリー選手権に毎年参戦しているラリーチームを運営していてね、その関係で小さい頃から車の運転が大好きで、遂には実家の裏山で毎晩車の運転技術を磨いている内に戦車の操縦も全国の中学生でトップの腕前になった努力家よ。そして舞ちゃんは小柄だけど力持ちで、更にはストリートダンスの全国中学生大会に出場した程の運動神経の持ち主だから、装填手として抜群の技量を持っているの」

 

 

 

「「「そ…それじゃあ!?」」」

 

 

 

嵐やFチームメンバーをよく知る、3人の女性からの話を聞いた大洗女子学園戦車道チームの全員が不安そうな声を上げた、その時。

 

放送席の端で麦茶を飲みながら彼女達の話を聞いていた、原園車両整備の工場長・刈谷 藤兵衛がはっきりした口調で語り始めた。

 

 

 

「それだけじゃないぞ。嬢ちゃん達4人は小学4年生の秋から中学卒業まで、群馬みなかみタンカーズでの戦車道活動と平行して、非公式の戦車競技『タンカスロン』にチームを組んで毎年出場していたんだ…もちろん、これは明美さんの発案でね。嬢ちゃん達の育成の為に専用の軽戦車まで用意して試合に出していたんだ。つまり嬢ちゃん達は都合5年間、ずっと同じチームで1台の戦車に乗って戦い続けたんだよ。もっとも嬢ちゃん達が使っていたのは3人乗りのソ連製T-26軽戦車だから、常に1人は交代でマネージャー役をやっていたそうだが、それで嵐の嬢ちゃんは中学最後のシーズンにタンカスロンの年間最優秀選手になり、他の3人も優秀選手に選ばれたよ」

 

 

 

そして最後に、鷹代が皆に向かって断言した。

 

 

 

「つまり、幾ら西住さんが戦車道の経験者だからと言っても、他の乗員は今日戦車に乗ったばかりの素人じゃあ、まず勝負にならないね」

 

 

 

「「「「「!!」」」」」

 

 

 

かつて、陸自きっての猛将兼機甲科随一の女傑として、陸自内部だけでなく米軍やNATO軍、それに世界各国の軍事専門家からその名を知られ、長年富士教導団や富士学校等で後輩の教育に力を入れて来た事から、現在でも多くの現役陸上自衛官から慕われている鷹代や嵐達をよく知る人達からの話を聞かされた戦車道履修生達は、嵐達Fチームメンバーの実力の高さに震えあがっていた……

 

 

 

(第17話、終わり)

 

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第17話をお送りしました。

明美さんの陰謀で一騎討ちをやる破目になった、西住殿達と嵐ちゃん達。
マジで明美さん、鬼畜です。
誰か彼女を止めて下さい(迫真)。
でも、西住殿は嵐ちゃんの笑顔を見て「私も楽しみたい」と思って戦いに臨みます。
しかし、ここでAチームとFチームの実力差が想像以上に大きい事が判明。
このままでは西住殿達に勝機は無い様に思われますが…果たして?

それでは、次回をお楽しみに。


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