戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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お待たせしました。
遂に始まった西住殿対嵐ちゃんによる一騎討ち。
「相手より先に1発当てれば勝ち」と言う、戦車の性能差が実質上無いに等しいルールで行われるガチンコ対決の結末は?
それでは、今回もごゆっくりどうぞ。



第18話「公開試合で、西住先輩と対決です!!」

 

 

 

「お待たせしました!! これより生徒会主催の戦車道チームによる公開練習試合、普通Ⅰ科2年の西住 みほさん率いるAチーム対普通Ⅰ科1年の原園 嵐さん率いるFチームの試合のカウントダウンが、間もなく始まります!!」

 

 

 

フィールド中央部の端、学園艦の方向では、左舷側に当たる場所に設置された実況席から試合の実況を担当する大洗女子学園放送部員の王 大河が元気な声を響かせると、フィールド周辺に集まっている観客達は、本日何度目かの歓声を上げた。

 

その歓声が鳴り止むのを待ってから、大河が解説者を紹介する。

 

 

 

「そして本日の試合解説は、この学園艦出身で陸上自衛隊唯一の機甲師団・第7師団長等を歴任された元・陸将の原園 鷹代さんと高校戦車道の強豪・熊本県の黒森峰女学園戦車道チームの元・副隊長で、現在は周防ケミカル工業社長として戦車道の発展に努められている周防 長門さんです。御二人共よろしくお願いします」

 

 

 

紹介を受けた鷹代は、憮然とした顔で頷きつつ「はい」と答え、長門も険しい表情ながら「お願いします」と返事をする。

 

この2人が嫌そうな顔をしているのは、明美によって無理矢理解説を頼まれたからであった。

 

その周りには、試合に参加しない戦車道履修生全員が着席しているが…その表情は、楽し気な観客達とは対照的に強張っていた。

 

無理もない。

 

彼女達は、つい先程まで嵐達Fチームメンバーをよく知る大人から彼女達の戦車道の実力の高さを知らされて、震え上がっていたのだから。

 

この中では一番楽観的な考えの持ち主である、生徒会長の角谷 杏でさえ冷や汗を掻きながら「これ、幾ら何でも勝負になるのかなぁ?」と、隣にいる小山 柚子や河嶋 桃に向けて不安そうに呟いていたのである。

 

だが、そんな事に関係なく試合は始まる。

 

既に戦車道の試合には欠かせない対戦相手同士による礼は、審判を担当する蝶野 亜美一等陸尉の号令によって済まされており、両チームの戦車はスタート地点に当たるフィールドの両端で試合開始を待っていた。

 

ちなみに、両者は学園艦の艦首側と艦尾側に分かれており、艦首側がAチーム、艦尾側がFチームである。

 

そして……

 

 

 

「3、2、1、0、スタート!!」

 

 

 

蝶野一尉による号令と同時に、何故かフィールドの外に置かれていた米国製のM2A1・105㎜榴弾砲が試合開始の号砲を放つと、両チームの戦車がスタート地点から勢いよく発進した。

 

 

 

 

 

 

試合開始と同時に、艦尾側からスタートした私達Fチームは、艦首側から発進したAチーム目掛けて一直線に突き進んだ。

 

最初に操縦手の菫と打ち合わせた通り接触ギリギリ……僅か数センチの間隔を保って、両車はフィールド中央部で擦れ違う。

 

その瞬間、車長用キューポラから上半身を乗り出している西住先輩が少し驚いた様な表情で、同じく上半身を車長用キューポラから出している私の顔を見ているのに気付いた。

 

そして、両車が擦れ違った時点で攻撃開始となった次の瞬間。

 

 

 

『菫、Jターン!!』

 

 

 

「OK!!」

 

 

 

菫が何時もの様に鋭く叫ぶと、私達が乗るM4A3E8“シャーマン・イージーエイト”を右方向へ急旋回させた。

 

その瞬間、スピードに乗っていたイージーエイトが転覆するかと思う位に右へ傾くが、そこから一気に180度方向転換する。

 

上空からその様子を見ていれば、この時の私達の戦車は、英語の「J」を書いた様な動きをしていただろう。

 

そして方向転換を終えると、目の前にはようやく右方向へ曲がろうかと言う、AチームのⅣ号戦車D型の後ろ姿が見える。

 

もちろん逃すつもりは、無い!!

 

 

 

『撃て!!』

 

 

 

私が号令した直後、長年の相棒である瑞希がイージーエイトの52口径76.2㎜戦車砲M1を発砲する。

 

弾種は当然、舞が装填した徹甲弾だったが……残念。

 

旋回直後の発砲だったので、ほんの少しだけ狙いが甘く、Ⅳ号の砲塔右側を掠って行っただけだった。

 

 

 

『ゴメンののっち、発砲の指示が早過ぎた……』

 

 

 

私は早口で謝罪したが、瑞希は逆に大声で励ましてくれた。

 

 

 

「気にしない。初弾で相手の砲塔掠めたから上出来、次は当てるわよ!!」

 

 

 

そんな親友からの励ましに、背中を押される様にして、私は次の指示を出す。

 

 

 

『よしっ、次は急加速で前進。右方向のⅣ号に並びかけたら仕留めるよ!!』

 

 

 

「了解!!」

 

 

 

私からの指示に反応した菫がアクセルを踏み込むと、私達のイージーエイトは一気に加速して、右旋回で逃れようとするⅣ号へ迫って行った。

 

 

 

 

 

 

西住 みほは、嵐の大胆かつ素早い指揮ぶりを見て驚嘆していた。

 

互いに接触寸前の状態で擦れ違ってから攻撃開始となった途端、嵐はJターンで素早くイージーエイトを自分達のⅣ号戦車D型の後方へ付けると、いきなり発砲。

 

旋回から発砲までの時間的余裕が殆ど無かったにも関わらず、初弾でⅣ号の砲塔右側を掠めて見せた。

 

掠っただけなので命中判定は下らないが、この試合は1発でも被弾すれば負けなので、その瞬間は車長用キューポラから上半身を出しているみほだけではなく、車内にいる仲間達も肝を冷やしていた。

 

しかも嵐達のイージーエイトは、初弾発砲からの勢いのまま加速すると、右旋回で逃げようとする自分達のⅣ号を追って来る。

 

その動きは、まるで獲物を狙う猟犬の様に隙が無かった。

 

 

 

「凄い…」

 

 

 

嵐達Fチームの技量の高さと連携の良さを見て、思わず感嘆するみほ。

 

その瞬間、彼女の脳裏にある記憶が蘇る。

 

それは、黒森峰女学園の中等部へ入学し、戦車道チームの副隊長に任命されてすぐの頃。

 

「みほは、西住流らしくないから、副隊長に相応しくない」と主張した、逸見エリカと言う同学年の少女と学内で2対2の試合をやった時の出来事だ。

 

その試合は、自分が負ければ副隊長を辞任、エリカが負ければ自身が戦車道から身を引くと言う“真剣試合”だったが……あの時、既に戦車道と言うものに深い懐疑心を抱いていたみほは、「この試合に負けたら戦車道を辞める」とまで言ったエリカに対して手加減をした。

 

あの時みほは、「自分以外の誰かが副隊長をやった方が黒森峰の皆の為になるから、自分は勝たない方が良い」と思ったのだ。

 

しかし、みほの不器用なまでの優しさによる行動は、逆に真剣勝負を望んでいたエリカの怒りを買う結果に終わったのだが。

 

そこまで思い出した瞬間、みほは我に返る。

 

 

 

「ハッ…手加減なんて出来ない!! 原園さんはエリカさんよりも間違いなく強い!?」

 

 

 

みほは、この試合でも一瞬だけ嵐に対して「手加減」をしようと考えていた事に気付き、その浅はかさを酷く恥じた。

 

と同時に、何故自分がエリカとの試合の事を思い出していたのか……その理由を悟ったみほは、真っ青になった。

 

今、目の前にいる原園 嵐と言う少女は、あの頃のエリカどころか、今まで戦車道で戦って来たどの相手よりも強い。

 

いや……この強さは、もしかすると!?

 

 

 

「もしかしたら原園さんは、お姉ちゃんの次位に強い!?」

 

 

 

嵐による鋭い機動を見たみほは、自身の経験から彼女の戦車道の実力が、自分の姉であるまほに次ぐと直感し、驚愕していた。

 

 

 

「凄いよ…本当に私の後輩なのかな?」

 

 

 

相手の技量の高さを見抜いて、心の底から嵐を羨ましく思うみほ。

 

実を言うと、嵐が戦車道を始めたのは5歳からなのに対して、みほが戦車道を本格的に始めたのは10歳、小学5年生の2学期に入ってからである。

 

みほは、以前保健室で休んでいた時に嵐の口から彼女が戦車道を始めた年齢を聞かされているのだが、今のみほは試合に集中している為に戦車道のキャリアでは、自分よりも嵐の方が先輩だと言う点に気付いていない。

 

だが、時にはその方が良い方向へ物事を考えられる場合もある。

 

この時のみほが、正にそうだった。

 

まだ素人だが、自分の為にどんな事が出来るか考えてくれている仲間達の事を思い出したみほは、自分も手加減はしないと決意した。

 

 

 

「正直、勝ち目は無いかも知れない……でも、こうなったら、“今出来る事”を全て出し切るしかない!!」

 

 

 

そして覚悟を決めたみほは、操縦手の冷泉 麻子に鋭い声で指示を出す。

 

 

 

「麻子さん、今すぐ旋回を止めて直進してください。そして次の指示で……」

 

 

 

 

 

 

異変が起こったのは、加速した私達のM4A3E8が、緩い右旋回を終えてから直進で逃げようとするAチームのⅣ号戦車D型へ並びかけようとしていた瞬間だった。

 

旋回を終えた地点から、直進で100m程の距離を逃げていたⅣ号の姿が、突然消えた。

 

いや、消えたのではない。

 

その理由に気付いた私は、思わず叫ぶ。

 

 

 

『くっ、急ブレーキでオーバーシュートさせた!?』

 

 

 

西住先輩は、Ⅳ号の操縦手に急ブレーキを命じて、追って来た私達をつんのめらせたのだ。

 

当然、全速力で並びかけていた私達の戦車は、Ⅳ号の前方に飛び出してしまった。

 

だがここで、相手の次の行動を予測した私は、車内無線で怒鳴る。

 

 

 

『菫、ジグザグ走行!!』

 

 

 

その指示で、私達のイージーエイトが蛇行し始めた途端、鋭い轟音と共に私の頭上を砲弾が飛び去って行った。

 

それは、AチームのⅣ号戦車D型が放った初弾だった。

 

つまり、西住先輩は急停止で私達をオーバーシュートさせた直後に砲撃を仕掛けたのである。

 

しかも、その砲弾は外れたものの、狙いが不正確だったのは上下方向だけで、左右の照準はキチンと合っていた。

 

この時、相手の砲手が誰かは知らなかったけれど、西住先輩以外のAチームの乗員4人は全員素人だ、と言う点を考えると、決して侮れない技量だと感じた。

 

そして、今度は私達がAチームに追われる番となる。

 

 

 

『先輩達、やるな……』

 

 

 

ふと私は、素直に今の感想を述べていた。

 

だって車長の西住先輩でさえ、戦車道は久しぶりのはず。

 

それが、午前中の練習試合では僅かな時間の間に、先輩達は的確に行動して勝ち残って来た。

 

そして今、この場で私達と戦っているのだ。

 

西住先輩、この大洗へ転校してから日が浅いのに武部先輩や五十鈴先輩、それに秋山先輩と凄く仲が良いんだろうな。

 

あっ、ひょっとして冷泉先輩とももう仲良くなったのかな?

 

冷泉先輩は武部先輩と幼馴染だと言っていたし。

 

えっ……友達間の仲の良さが、戦車道に関係するのかって?

 

その通りだよ。

 

戦車道では、乗員間の仲の良さは重要なんだよね。

 

何故なら、仲が良いと言う事は、普段からコミュニケーションが出来ていると言う事なので、それが車内での連携の良さに繋がって行く。

 

その結果、試合では常に相手よりも的確且つ素早く動ける要因になり得るからなんだ。

 

ひょっとしたら、この試合が思った以上に縺れているのは、西住先輩達の仲の良さが連携の良さに繋がっていて、経験不足をかなりの所まで補っているからだと思う。

 

つまり、戦車道では私達の様な経験者であっても楽な勝負は存在しないんだよ。

 

 

 

 

 

 

みほ達Aチーム対嵐達Fチームの試合は、当初の予想に反し、開始から15分以上経っても決着が着く気配がなかった。

 

それどころか、ある時は戦っている2輌の戦車が期せずしてツインドリフトを披露する事になった。

 

予想以上の白熱した試合に、熱い声援を送る観客達。

 

その熱気は、不安そうに試合を見学していた戦車道履修生達にも伝わり、彼女達も徐々に元気付けられて両チームへ声援を送れる様になっていた。

 

 

 

「嵐達も西住先輩達も頑張れー!!」

 

 

 

「「「頑張れー!!」」」

 

 

 

特に嵐と同じクラスの澤 梓が両チームへ精一杯の声援を送ると、他の皆も釣られて大声を出して行く。

 

だが解説役の鷹代と長門は、Aチームの健闘ぶりに目を見張ったものの、不安そうな表情を隠さなかった。

 

 

 

「みほちゃん……いや、西住さん達がここまでやれるとは、正直予想外です」

 

 

 

長門が、校内放送で自分の声が流れている事を考えてコメントをすると、隣に座っている鷹代がこう返した。

 

 

 

「うん。だけど嵐は、この位の相手なら負けはしないよ。必ず勝つ手を用意して、それを使う時を窺っている」

 

 

 

「えっ……そうなんですか?」

 

 

 

実況の王 大河が2人のコメントを聞いて不思議そうに話し掛けると、鷹代が「そうだよ。何故なら……」と語った所で、凄いどよめきが起こって会話が遮られる。

 

試合が大きく動いたのだ。

 

 

 

 

 

 

試合は、予想に反して膠着状態に陥っていた。

 

西住先輩達の乗るⅣ号戦車D型は、時間が経つにつれて動きが良くなっており、私達のイージーエイトがⅣ号に追われる時間帯が長くなっている。

 

それを間近で見せられた仲間達は、試合開始直後の冷静さを失いつつあった。

 

 

 

「何で~!? 私、小4から6年もの間、家の裏山で車の運転を磨いて来たのに……素人の操縦するⅣ号を振り切れないよ!! ひょっとしたらあの操縦手は、秋名のハチロク使い並みの天才ダウンヒラーなの!?」

 

 

 

幼い頃から、戦車と一緒に自動車の運転技術も磨いて来た美少女ドライバーの菫が、自分とほぼ互角の技量を持つ相手(しかも戦車は初めての素人)に直面して、車内でパニクっている。

 

 

 

「私、装填速度には自信があったのに……あっちの装填手も装填が速いよ、どうしよう!?」

 

 

 

得意なダンスだけでなく、体幹や体力トレーニングも毎日欠かさず行っているので、筋力のみならずバランス能力にも優れている為、走行中はよく揺れる車内でもバランスを崩す事無く装填作業をこなせる実力を持つ装填手の舞も悲鳴を上げる。

 

 

 

「くっ…菫や舞の言う通りAチームは半端ないわ。砲手も下手じゃないし、西住先輩以外は素人の筈なのに何故、あんなに戦えるのよ!?」

 

 

 

いけない……瑞希までが冷静さを失って弱音を吐き始めた。

 

このままだと試合のペースが、相手の方へ行ってしまう!!

 

 

 

『皆、落ち着いて!! 私達の動きの方がまだ一枚上手だから!!』

 

 

 

私は動揺する仲間達を抑える様に声を上げるが、確かにこの膠着状態を打開するのは簡単ではない。

 

だがこのまま負けるのは論外だし、もしも燃料か弾切れで引き分けになってしまえば、私だって納得出来ない。

 

こうなったら……もう時間は掛けられないな。

 

そう覚悟を決めた私は、ここで勝負を仕掛ける事にした。

 

 

 

『菫……次に私が合図したら、フェイントモーション抜きで慣性ドリフトをやってくれる?』

 

 

 

「あっ……そうか。だから試合前に『試合が始まったらドリフトする時は、必ずフェイントを使え』って指示していたんだね!!」

 

 

 

「ようやく落ち着いたわね。難しいけどお願い……ここは、菫が頼りだから」

 

 

 

「うん、任せて!!」

 

 

 

私が事前に指示していた策に気付いた菫が元気に返事をすると、それを聞いていた舞と瑞希もようやく落ち着いたのか、微笑みを浮かべながら私に向かって頷いてくれた。

 

そう……私は、西住先輩に本気で勝つべく、試合開始直後からある“駆け引き”を仕掛けていた。

 

それは、“Fチームの戦車がドリフトする時は、フェイントモーション……つまり、進行方向を変える時に一瞬だけ進みたい方向の逆に向いてドリフトしやすくするテクニックを使う”と、西住先輩に印象付ける為の駆け引きを。

 

だが、本当は菫のテクニックがあればそんな事をしなくても、ドリフトは出来る。

 

難易度は若干高まるが、問題なく出来るレベルだ。

 

では、何故そんな事をしたのか。

 

よく、格闘技の達人は相手の動きを見ただけでその強さや戦い方が分かる、と言われているが、戦車道でも熟練した戦車長なら相手戦車の動きを見ただけで、その乗員のレベルは概ね推察する事が出来る。

 

なので、例え自分と組む他の乗員が素人でもある程度の動きが出来るのであれば、相手戦車との技量差を計算に入れた上での対応が出来る為、最悪勝てなくても簡単には負けない試合運びが出来る…それが今、西住先輩がやっている事なのだ。

 

だがそこへ、相手戦車が突然自分が見た事の無い動きをしたらどうなるか?

 

当然、対応は“一瞬”でも遅くなる。

 

そこを狙って、私はここまでワザと菫にフェイントモーションしながらのドリフトをやらせていたのだ。

 

ここでフェイント抜きの慣性ドリフトをすれば……西住先輩と言えども、咄嗟の対応は出来ない筈。

 

そして、そこで生じる一瞬の隙を利用すれば、西住先輩から勝利を手にする事も十分に可能なのだ。

 

 

 

『先輩…勝負です!!』

 

 

 

私は、心の中で西住先輩に告げると勝負を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

西住 みほが、原園 嵐の仕掛けた駆け引きに直面したのは、試合開始から20分が過ぎようとしていた頃。

 

みほ達のⅣ号戦車D型から逃げようとするM4A3E8のノーズが左を向いた瞬間だった。

 

 

 

「よしっ! じゃあ次は、フェイントをかけて右へドリフト」

 

 

 

ここまでの嵐の動きのパターンから、彼女の次の動きに確信を抱いたみほは、無線で鋭く麻子へ呼び掛ける。

 

 

 

「麻子さん、次は右へ回って下さい…あっ!?」

 

 

 

だが次の瞬間、嵐のM4A3E8はフェイント抜きで左へ大回りのドリフトをして行った。

 

 

 

「フェイントせずにドリフトだと!?」

 

 

 

みほにとって予想外の嵐の動きに、同じく意表を突かれた操縦手の麻子が叫ぶ。

 

 

 

「しまった!! 麻子さん、停止してから時計回りで“信地旋回”!!」

 

 

 

慌てて、右方向への信地旋回で大回りをしている嵐を狙おうとするみほ。

 

実は、みほ達のⅣ号戦車D型は、火力でも装甲でも嵐達のM4A3E8に劣っているが、一つだけM4A3E8に出来ない事が出来る。

 

それが信地旋回だった。

 

信地旋回とは、旋回させたい側の履帯だけを動かして反対側の履帯は止める事により、止めている側の履帯を軸にして、その場で旋回する事なのだが、実を言うとM4シャーマンは操向装置の機構に差動歯車を使っている関係上、左右の履帯が連動しているので“片側の履帯だけを止める事”が出来ないのだ。

 

ちなみに、左右の履帯をそれぞれ逆方向に回転させる事により、車体の中心を軸にして更に小回りの利いた旋回をさせる事を“超信地旋回”と言うが、これはⅣ号もM4も出来ない……と言うか、戦車道に参戦可能な戦車でこれが出来る物はごく限られており、その代表例が独のティーガーⅠとティーガーⅡ(ケーニッヒティーガー)重戦車である。

 

つまりみほは、相手よりも小回りの利く信地旋回をすれば、まだ嵐のイージーエイトの動きに対応できると判断したのだ。

 

だが嵐は、そんなみほの反応を読み切っていた。

 

嵐のイージーエイトは、みほの予想を裏切る高速ドリフトで、みほのⅣ号へ迫って来たのだ。

 

 

 

「相手が速過ぎて、撃てません……」

 

 

 

その動きの素早さに対応できない砲手の華が、悔しそうに一言洩らす。

 

そして、既に信地旋回を終えて停車してしまっているⅣ号へ横付けするかの様に、嵐のイージーエイトが接近して来た。

 

もちろん、その砲塔は真横を向いており、停車したⅣ号の横腹を狙っている。

 

その時、みほは悟った。

 

自分達が、嵐の計略によって絶望的な戦況に陥れられてしまった事を。

 

 

 

「しまった……フェイントを印象付けて私を油断させてから、フェイント抜きのドリフトを仕掛けて、その後私がどう動くかも読んでいた!?」

 

 

 

全ては、みほが小声で呟いた通りだった。

 

試合開始直後、嵐から駆け引きを仕掛けられていたのに気付かなかった上、自分の動きも読み切られていた。

 

その結果、高速ドリフトで振り切られた挙句、自らの懐まで飛び込まれてしまった。

 

今まで、みほは「お姉ちゃん」こと姉のまほ以外の人にここまでやられた経験は無い。

 

 

 

「ああ…」

 

 

 

まさか自分の後輩が、これ程までの実力の持ち主だったとは。

 

みほは、この時「天才」と言う言葉の意味を実感すると共に、心の底から敗北を自覚していた……その時だった。

 

 

 

「負けちゃった…って、あれっ?」

 

 

 

負けたと思っていたみほの口から、意外な一言が零れる。

 

それは、自分の抱いた最悪の予想が思わぬ方向へ転がったのに気付いた瞬間だった。

 

そう。

 

試合が急展開するのは、ここからだったのだ。

 

 

 

 

 

 

それは、私にとって予想外の展開だった。

 

菫が、高速ドリフトを決めてⅣ号D型の真横に並んだ……と思った次の瞬間。

 

私は、トンデモないミスを犯したのに気付いた。

 

確かに、私達FチームのM4A3E8は、西住先輩達AチームのⅣ号戦車D型の“真横”に並んだ。

 

だが、問題はその“間隔”だった。

 

2輌の戦車は、まるで駐車場で隣り合って駐車しているかの様な間隔で並んで停車したのだ。

 

その結果起こったミスの、直接の被害者である瑞希が、私に向かって怒鳴った。

 

 

 

「嵐……これじゃあ、こっちの砲身が邪魔して、Ⅳ号撃てないんだけど!?」

 

 

 

そう、瑞希の言う通り。

 

両車並んで停車した結果、Ⅳ号を狙って砲塔を“3時方向”へ向けていた私達のイージーエイトは、皮肉にもⅣ号よりも主砲の砲身が長い為に、そのままでは自車の主砲がⅣ号の車体に当たってしまう。

 

そこで、砲塔の向きをやや車体正面寄りに向け直さなければならなくなっていた。

 

当然、この状態ではⅣ号を撃つ事は出来ない。

 

もちろん、これは私が思い切って相手の懐に飛び込もうとした結果、勢い余って相手に近付き過ぎてしまったからなので、私は慌ててこう指示した。

 

 

 

『あっ…ゴメン菫、ちょっとだけ後進!!』

 

 

 

「う、うん!!」

 

 

 

菫が、私からの指示を的確に読み取ってくれたので、私達は大きな時間のロスをせずにバックして、Ⅳ号との距離を5m程だけ離す事が出来た。

 

だが……その時には既に、Ⅳ号D型の24口径75㎜砲が、こちらの砲塔基部に狙いを定めていたのだ!!

 

皮肉にもイージーエイトより砲身が短いⅣ号は、私達と異なり殆ど並んで停車している状態でも砲身の長さに邪魔されず、私達に狙いを付ける事が出来たのだ。

 

その事に気付いた私達全員は、一斉に悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

「「「『あ…あ~れ~!!』」」」

 

 

 

 

 

一方、嵐達が悲鳴を上げていた正にその瞬間。

 

 

 

「撃てっ!!」

 

 

 

即座に状況を把握したみほが、華に号令を掛けると、彼女は素早く発砲した。

 

砲手としての華は素人同然だが、さすがに相手との距離が5m程と来れば当たらない訳がない。

 

しかも華は、この時自らの生活の基盤である華道の教えを思い出し、冷静且つ落ち着いて照準する事を心掛けたので、発射された75㎜砲弾は見事FチームのM4A3E8の砲塔基部に命中。

 

すると、M4A3E8の砲塔から白旗が揚がった。

 

その瞬間を確認した審判の蝶野 亜美一等陸尉の声が、マイクを通じて会場全体に響き渡る。

 

 

 

「Fチーム、シャーマン・イージーエイトに命中弾、走行不能。よってAチーム、Ⅳ号の勝利!!」

 

 

 

予想外の結末に一瞬静まり返っていた観客は、蝶野一尉の声を聞いた瞬間、今日一番の大歓声を上げたのである。

 

 

 

 

 

 

一方、特設試合会場の片隅では、原園 明美と部下の整備士である張本 夕子が試合について語り合っていた。

 

 

 

「社長、西住さん達が勝っちゃいましたよ。今見ても信じられないです!!」

 

 

 

明美は、戦車長のみほ以外の全員が素人のAチームが、嵐達みなかみタンカーズの前年度レギュラーで構成されたFチームに勝利したのを見て興奮気味に喋っている夕子に向かって、普段とは対照的な落ち着いた表情で試合の感想を語った。

 

 

 

「ええ。私もみほさん達が勝つとは思っていなかったけれど……彼女達は、最後まで諦めなかったわ。だからあそこまで競り合う事が出来たし、最後絶体絶命の状況に陥った時も、嵐達に生じた一瞬の隙を見逃さなかったのよ」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

明美の言葉を聞いた夕子が元気良く答えると、明美は夕子に向かって意味深な言葉を呟いた。

 

 

 

「それに、嵐がみほさんにゾッコンな理由を再認識したわ……やっぱり彼女は“誰も見捨てない”タイプのリーダーなのよ。これは、もしかすると楽しい事になりそう♪」

 

 

 

「あっ、社長何か企んでいますね? くれぐれも彼女達を驚かさない方が良いと思いますけれど」

 

 

 

明美の意味深な発言を聞いて、みほ達大洗女子の生徒達に迷惑を掛けるべきでは無いと進言する夕子。

 

しかし明美は、いつもの様に不敵を笑みを浮かべたまま何も答えようとはしなかった。

 

 

 

(第18話、終わり)

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

第18話をお送りしました。

試合中、西住殿達を相手に圧倒的な実力の高さを発揮していた嵐ちゃん達でしたが、最後の最後で僅かなミスを犯してしまった結果、それを見逃さなかった西住殿達が逆転勝利。
これは、正に「弘法にも筆の誤り」…勝負の世界では、例え強者であっても僅かな隙が切っ掛けで弱者に負ける事があります。
ですが、その僅かな隙を的確に突いて勝利へ繋げた西住殿も優れた戦車乗りです。
そんな西住殿に対して明美さんは、何を思うのでしょうか?

そして次回は、お風呂回です。
但し、そんなにエロくはなりませんのでその点は、ご了承下さい。
それでは、次回をお楽しみに。


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