戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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お待たせしました。
ここ数日、風邪でしんどい思いをしています…皆様もお体には、気を付けてお過ごし下さい。
それでは、どうぞ。



第21話「親善試合のお知らせです!!」

 

 

 

あの“痛戦車”騒動の後、私達・大洗女子学園戦車道チームは、連日走行訓練と砲撃訓練を中心にしたメニューで、基礎練習を繰り返していた。

 

また私達の学園には、戦車道の顧問の先生がいないのを知った鷹代さんが、ボランティアの講師を引き受ける事になり、毎週月・水・金曜日に学園を訪れて、戦車道に関する授業を行ってくれる事となった。

 

鷹代さんによる授業の主な内容は、戦車道の歴史や試合に関する様々なルールの説明、そして戦車の構造・歴史や戦術理論に関する講義だ。

 

そんな鷹代さんは、最初の授業で「実はね…私は、防衛大学校に入学してから戦車に興味を持ったので、皆と違って高校卒業するまで、戦車道をやった事は無かったんだよ」と笑いながら話してくれた。

 

だが、陸上自衛隊時代の鷹代さんは、富士教導団や富士学校で機甲科の教官を長年務めており、戦車道実業団リーグの富士チーム(その実態は、陸自の女性戦車乗りによる選抜チームだ)では、コーチや監督として幾度も“実業団日本一”に輝いた経験のある日本戦車道界有数の指導者なので、皆、鷹代さんの講義を真面目に聞いていた。

 

まあ…鷹代さんの前で、居眠りしたり授業を聞いていない娘がいたら、即座に鷹代さんの大声が飛んで来るのだけどね。

 

 

 

そんな日々が、2週間程続いただろうか。

 

この日の放課後の戦車道の練習も、チーム全体で陣形を組む訓練と砲撃訓練を1時間ずつこなして終了したのだけど、授業の終礼をする為に集合した仲間達は皆、疲れた顔をして並んでいた…私とFチームメンバーの内、新加入したばかりの長沢さん以外の3人を除いて。

 

 

 

「凄いね…皆、疲れているのに、原園さん達だけピンピンしているんだもの」

 

 

 

皆が並んでいる様子を見ていた長沢さんが、不思議そうな顔で私達4人に問い掛けて来たのを聞いた私は、普段通りの口調で答えた。

 

 

 

『えっ、そう?私、毎朝筋トレやジョギングをしてから登校するからね…良恵ちゃんもやってみる?』

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

多分、トレーニングなんてやった事もないであろう長沢さんは驚いていたが、そこへ瑞希が口を挟む。

 

 

 

「私達、タンカーズ時代からその手のトレーニングを欠かした事は無いわよ…戦車道は体力が資本だもん、今度教えてあげようか?」

 

 

 

「は、はい。やってみます……」

 

 

 

私と瑞希の薦めを聞いて、戸惑いながらもトレーニングを受けると長沢さんが答えてくれた、丁度その時。

 

 

 

「今日の訓練、ご苦労であった」

 

 

 

「「「お疲れさまでした~」」」

 

 

 

事実上、毎日の練習の教官役を務めている河嶋先輩が訓練終了の挨拶をして、皆も疲れた様子で返事をすると突然、河嶋先輩がある通達をした。

 

 

 

「え~急ではあるが、今度の日曜日、練習試合を行う事になった」

 

 

 

「「「え~っ!?」」」

 

 

 

次の瞬間、私やFチームのみなかみタンカーズ組3人を除く各チームの皆が驚きの声を上げる中、河嶋先輩や角谷会長と一緒に私達の前にいる小山先輩が「うふ♪」と微笑んでいる…まさかと思いますが小山先輩、実は結構、Sの気があるのかなぁ?

 

だが、続いて河嶋先輩が対戦相手の発表をした時、私達タンカーズ組も思わず表情が硬くなった。

 

 

 

「相手は、聖グロリアーナ女学院」

 

 

 

「「「『えっ!?』」」」

 

 

 

そして、私達同様に硬い表情で俯いている先輩が1人いる…そう、西住先輩率いるAチームの戦車大好き少女、秋山 優花里先輩だ。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「?」

 

 

 

そんな秋山先輩の姿を見た武部先輩が声を掛け、五十鈴先輩が不思議がっていると、秋山先輩は顔を上げてから、険しい表情で対戦相手の説明をする。

 

 

 

「聖グロリアーナ女学院は、全国大会で準優勝した事もある強豪です」

 

 

 

「準優勝!?」

 

 

 

話を聞いた五十鈴先輩が驚くと、武部先輩も表情を変える中、秋山先輩は小さく頷いた後、厳しい表情のまま、再び俯いてしまう。

 

そして西住先輩は…元々、自信無さそうな様子で河嶋先輩の話を聞いていたが、秋山先輩の話を聞いた結果、更に自信を失ってしまった様な表情に変わってしまった。

 

“ああ、不味いなぁ”と私が思った、その時。

 

目の前に生徒会3役だけではなく、もう1人…よく知っている人が並んでいるのに気付いた私は、その人に向かって、呆れた口調でボヤいた。

 

 

 

『何故、聖グロが戦車道を復活させたばかりの私達と試合をするのかと思っていたら…ブッキングをしたのは淀川さん、貴女ですね?』

 

 

 

「あっ、バレちゃいました~♪」

 

 

 

すると、その相手…淀川 清恵さんは、私の追及を受けた瞬間“てへぺろ”のポーズで照れ隠しをしていた。

 

 

 

「えっ…原園さん、どう言う事なの?」

 

 

 

その遣り取りを聞いていた西住先輩が、不思議そうに私へ問い掛けて来たので、私は小さく頷きながら、淀川さんの過去を語った。

 

 

 

『実を言うと淀川さんは、聖グロのOGで、OG会の幹事も務めているのです』

 

 

 

続いて、私の隣にいる瑞希が、こう付け加える。

 

 

 

「淀川さんは、聖グロの中等部と高等部で戦車道をやっていて、高等部ではマチルダⅡの戦車長と兼任で、対戦チームの戦力分析等をやっていたのですよ」

 

 

 

「「「へぇ~」」」

 

 

 

「でも結局、全国大会は、高等部3年の時に準優勝するのが精一杯だったけどね」

 

 

 

「えっ…淀川殿は、準優勝メンバーだったのでありますか!?」

 

 

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 

「おい…お前達、私からの話はまだ終わっていないぞ!」

 

 

 

私と瑞希の話で皆が盛り上がる中、淀川さんは、少しはにかみながら答えると秋山先輩が驚きの声を上げたので、皆がまたざわつき始めたのを見た河嶋先輩は、慌てて皆を叱り飛ばさなければならなくなった。

 

そこへ突然、横にいた瑞希が右手を挙げる。

 

 

 

「河嶋先輩。ちょっとここで、対戦相手について説明してもよろしいでしょうか?」

 

 

 

瑞希からの提案を聞いた河嶋先輩は、一瞬淀川さんや角谷会長と目を合わせてから「ああ、いいぞ。丁度その話をしようと思っていた所だ」と許可を出した。

 

そして瑞希は、秋山先輩に「済みません、ここから先は、私が説明しますね」と話し掛けると秋山先輩も「そうですね。戦車道では、野々坂殿の方が先輩ですから」と答えた。

 

 

 

 

 

 

こうして、河嶋先輩と秋山先輩の許可を得た瑞希は、皆の前で軽くお辞儀をすると対戦相手の説明を始めた。

 

 

 

「聖グロリアーナ女学院は、神奈川県の横浜港を母校とする学園艦で、英国流の教育方針を持つ日本有数のお嬢様学校ですが、戦車道も盛んなのです」

 

 

 

すると何故か、菫が前へ出て来て、瑞希の左隣に並ぶと口を挟んで来る。

 

 

 

「確か、長崎のサンダーズ大付属、青森のプラウダ高校、そして熊本の黒森峰女学園と並ぶ“高校戦車道4強”の一角で、ファンからは、“聖グロ”の愛称で親しまれているね」

 

 

 

「菫の言う通り…で、実を言うと聖グロは、()()()()()()()()()()()()()()のです。何しろ、その上の黒森峰や去年の優勝校であるプラウダの方が強過ぎるから」

 

 

 

「「「へぇ~」」」

 

 

 

突然の菫の登場に、瑞希は少し困り顔になりながらも彼女の後を受けて、聖グロの説明を続ける。

 

その話を、皆は感心しながら聞いていたが、今度は舞も前に出て来ると、瑞希の右隣に並んで聖グロの話を始めた。

 

 

 

「でも聖グロの戦車道は、色々なエピソードがあるし、戦い方は常に優雅且つしっかりしたポリシーを持っていて、選手も個性派揃いなんだ。しかも大学や実業団の選手として活躍している卒業生が一杯いるんだよ」

 

 

 

「ちょっと、菫も舞も呼んでもいないのに前へ出て来ないでよ…でも2人の言った通り、聖グロは、日本戦車道の歴史に数多くの足跡を残して来た名門校だから、優勝経験が無くても“高校戦車道4強”の一角を占めている訳。だから戦車道ファンの間では、聖グロの事をこう呼んでいるわ…『高校戦車道・無冠の女王』って」

 

 

 

「「「うっ!?」」」

 

 

 

ちょっとコントの様な展開になった瑞希達の説明だったが、それを聞いた各チームのメンバーは、最後に聖グロの凄さを知って全員緊張…いや、ビビっている様だ。

 

まあ、戦車道をやって来た私達にとっては、“基礎的な情報”なのだけど。

 

でも西住先輩は、瑞希達が楽しそうに聖グロの紹介をしていたのを聞いて、少し元気を取り戻したみたい。

 

「野々坂さん達、楽しそうに話してくれていたね」と、私に話し掛けてくれたので、私も『あの娘達、小さい頃から戦車道大好きだから、ずっとあんな感じで母から教えを受けて来たので……』と答えると、西住先輩は少し羨ましそうな顔をしながら「私も戦車道であんな笑顔、出来るかな?」と呟きながら、瑞希達の笑顔を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

そんな瑞希達の説明が終わって、彼女達が列に戻ると河嶋先輩は、次の指示を出した。

 

 

 

「では話を戻すが、今度の日曜は、学校へ朝6時に集合」

 

 

 

「そんなに朝早く~!?」

 

 

 

“試合当日は、早朝6時に学校へ集合”と言う、河嶋先輩からの指示に仲間達が戸惑っていた、その時。

 

Aチームの操縦手・冷泉先輩が嫌そうな表情を浮かべると突然、思いもよらぬ事を言い出した。

 

 

 

「や…辞める」

 

 

 

唐突な発言に、五十鈴先輩が「はい?」と冷泉先輩に問い掛けるが、当人は「やっぱり戦車道辞める」と、やる気を無くした様な返事をしてしまっていた。

 

 

 

「「「あー……」」」

 

 

 

Aチームの皆が冷泉先輩を見詰めながら、心配そうに溜め息を吐いていると、再び五十鈴先輩が「もうですか!?」と問い掛けながらも、呆れてしまっている。

 

そこへ武部先輩が困った顔で、冷泉先輩がこんな事を言い出した理由を説明してくれた。

 

 

 

「麻子は朝が弱いんだよ」

 

 

 

それで、『あっ、要するに冷泉先輩は“寝坊助さん”なのかな?』と、私が思った時だ。

 

 

 

「あ…ま、待って下さい!」

 

 

 

冷泉先輩がAチームの並んでいる列を離れて立ち去ろうとしたので、慌てた西住先輩が冷泉先輩に声を掛けながら駆け寄って行ったが、冷泉先輩の返事はつれないものだった。

 

 

 

「6時は無理だ」

 

 

 

でも、そこへ秋山先輩と五十鈴先輩も加わり、冷泉先輩を説得に掛かる。

 

 

 

「モーニングコールさせて頂きます」

 

 

 

「家までお迎えに行きますから」

 

 

 

だが冷泉先輩は、振り返ると真剣な表情(?)で、西住先輩達からの説得を拒否した。

 

 

 

「朝だぞ…人間が朝の6時に、起きれるか!」

 

 

 

あっ…でも私は毎朝6時に起きているし、それはあくまで冷泉先輩の基準では、と心の中で思った、その時。

 

秋山先輩が肝心な事を冷泉先輩へ指摘した。

 

 

 

「いえ。6時集合ですから、起きるのは5時位じゃないと……」

 

 

 

すると冷泉先輩は、一瞬倒れそうになったが、まるで起き上がり小法師の様に起き上がると、西住先輩達からの説得を再び拒否した。

 

 

 

「人には出来る事と出来ない事がある…短い間だったが、世話になった」

 

 

 

だがここで、武部先輩が心配そうな表情で、幼馴染でもある冷泉先輩を説得に掛かる。

 

 

 

「麻子がいなくなったら、誰が運転するのよ~!?それにいいの単位?このままじゃ進級出来ないよ…私達の事、先輩って呼ぶ様になっちゃうから。私の事“沙織先輩”って言ってみ!?」

 

 

 

その時冷泉先輩は、この場から立ち去ろうとしていたが、武部先輩の説得を聞いて再び立ち止まったかと思うと、辿々しい口調で話し始めた。

 

 

 

「さ・お・り・せん……」

 

 

 

まさか、()()()幼馴染の事を“先輩”と呼ぼうとするとは思わなかったのか、武部先輩は暗い顔で溜め息を吐いたが、次の瞬間、冷泉先輩に向かって、より“決定的な事”を話した。

 

 

 

「それにさぁ、ちゃんと卒業できないと、お婆ちゃん滅茶苦茶怒るよ?」

 

 

 

「おばあ…!」

 

 

 

その瞬間、冷泉先輩は自分の祖母の事を思い出したのか、震え上がるとその場で固まってしまう。

 

だが、そんな冷泉先輩の様子を見た私は、ふとある事を思い出すと武部先輩に問い掛けた。

 

 

 

『おばあ…そう言えば武部先輩。この間、冷泉先輩のお祖母様と私の大叔母の鷹代さんが友達だ、って言っていましたよね?』

 

 

 

「うん。年は結構離れているけど、小さい頃からずっと仲良しだ、って」

 

 

 

私からの問い掛けに、武部先輩が頷いて2人の関係を簡単に説明してくれた時、その話を聞いた冷泉先輩が、震え声で私に問い掛けて来た。

 

 

 

「えっ…原園さん。今、何て言った?」

 

 

 

『だから“鷹代さんは私のお祖父ちゃんの妹さんで、冷泉先輩のお祖母様と友達だ”って言ったのですけれど…確かに、戦車道の授業で鷹代さんが学園に来た時は、何も言わなかったけれど、多分、冷泉先輩を特別扱いしたくなかったのでしょうね』

 

 

 

「鈍いなあ麻子、いつも麻子が遅刻したりおばあちゃんに迷惑を掛けると、鷹代おばさんも麻子の事叱っているでしょ?」

 

 

 

冷泉先輩からの質問に、まず私が答えて、武部先輩も呆れた顔で鷹代さんがいつも冷泉先輩の事を気に掛けている…つまり、冷泉先輩も鷹代さんの事を知っているだろうと告げた、その時。

 

冷泉先輩は、再び震え声で私に問い掛けて来た。

 

 

 

「まさか…原園さんと原園のおばあは、親戚同士なのか!?」

 

 

 

『そうだって言いましたよ、冷泉先輩。大叔母さんは、陸自時代からの癖で、他人に迷惑を掛ける人には、必ず説教をするからなあ……』

 

 

 

と、私が鷹代さんの性格の一端について、皆に説明した直後。

 

冷泉先輩は体をガクガク震わせながら、こう口走った。

 

 

 

「おばあと原園のおばあからの…ダブル説教!」

 

 

 

そして冷泉先輩は、一瞬真っ青な顔をしながら震え上がった後、慌てた表情で西住先輩達と傍にいた私に向かってこう明言した。

 

 

 

「わ、分かった!やる、戦車道やる!だからおばあと原園のおばあには……」

 

 

 

すると、そのタイミングで武部先輩が一言。

 

 

 

「あっ、麻子の真後ろに鷹代おばさんが?」

 

 

 

「うわあああ!?」

 

 

 

自分の後ろに鷹代さんがいると言われた冷泉先輩は次の瞬間、激しく脅えながらその場でしゃがみ込んでしまった…ああ、この分だと鷹代さんからいつも怒られているのかなぁ、と私は思いながら、しゃがみ込んでいる冷泉先輩の肩を優しく叩いて話し掛ける。

 

 

 

『冷泉先輩、大丈夫ですよ。今のは、武部先輩がそう言っただけですから』

 

 

 

続いて、武部先輩も済まなそうな顔で一言、冷泉先輩に謝った。

 

 

 

「ゴメンね、麻子…でも鷹代おばさんも、この事を知ったら絶対に怒るよ?」

 

 

 

結局、鷹代さんがこの場に来ていると言う話は、武部先輩による「冗談」だったのだが、冷泉先輩はその事に怒る事は無く、寧ろホッとした表情で、こう語ってくれた。

 

 

 

「ああ良かった…それより、戦車道を辞めるのは止めるから、今の話は、おばあと原園のおばあには、内緒にしてくれ」

 

 

 

『あ…はい』

 

 

 

私に縋る様な姿勢で頼み込む冷泉先輩を見た私は、頷きながら先輩の頼みを聞き入れる事にした。

 

だけど冷泉先輩、鷹代さんの名前を聞いて凄く脅えていたな…でも、仕方ないか。

 

鷹代さんは、陸自時代から『この世で寝坊助と遅刻魔が大嫌い』って、いつも言っているからなぁ……

 

 

 

 

 

 

こうして、今日の練習の終礼が終わった後。

 

生徒会長室に、生徒会3役と各チームのリーダーが集まっていた。

 

これから、聖グロとの親善試合に備えた作戦会議を行うのだ。

 

但し、淀川さんは「こう言うのは、大人がいると皆の知恵が湧いて来ないから、私は席を外すわね」と言って、どこかへ立ち去ってしまったが…恐らく、この学園の戦車道チームの支援者である母に、今の状況を報告するつもりだろう。

 

それは兎も角、この会議の進行役である河嶋先輩が、早口で対戦相手である聖グロの特徴について説明を始めた。

 

 

 

「いいか。相手の聖グロリアーナ女学院は、強固な装甲と連携力を生かした“浸透強襲戦術”を得意としている」

 

 

 

河嶋先輩からの説明を各チームの代表として真剣な表情で聞いているのは、西住先輩、磯辺先輩、カエサル先輩、梓と私、そして角谷会長と小山先輩だ。

 

流石に今回は、いつも不真面目な態度を取っている角谷会長も、席に座って腕を組みながら、()()真面目な表情で説明を聞いている。

 

そんな中、河嶋先輩は双方の戦車の戦力差に関して説明する。

 

 

 

「兎に角相手の戦車は固い。主力のマチルダⅡに対して、我々の砲は“100m以内でないと通用しない”と思え!」

 

 

 

この説明の最中、西住先輩は、急に河嶋先輩から目線を外すと自信無さそうに俯いてしまう。

 

すると、それに気づいた角谷会長が「うん?」と独り言を呟きながら、西住先輩を心配そうに見詰めているのに気付いた。

 

その様子を見ながら、私は西住先輩が俯いてしまった理由をすぐに察した。

 

何しろこっちには、射程距離100mどころか0mから戦車砲を撃ってもマチルダⅡ歩兵戦車の装甲を撃ち抜けない、八九式中戦車甲型と言う代物があるからね。

 

しかもマチルダⅡは、第二次大戦前に登場した比較的古い形式の戦車で、機動力は低く火力も並だが、装甲だけは分厚い事で有名だ。

 

恐らく西住先輩は、双方の絶望的な火力と装甲厚の差に気付いて、自信を失ってしまっているのだろう。

 

私がそこまで考えていた時、河嶋先輩の大声が室内に響いた。

 

 

 

「そこで1輌が囮となって、こちらが有利になるキルゾーンに敵を引き摺り込み、残りが高低差を利用して、これを叩く!」

 

 

 

そして河嶋先輩は、具体的な試合の戦術について語り終えると、待ち伏せ地点の地図が書かれたホワイトボードを拳で強く叩いた。

 

そんなに強く叩かなくても良いんですよ、先輩…と、私は若干呆れながら思ったが、出席していた仲間達はそう思っていなかったらしく、梓は「はーっ」と息を吐きながら身を引き締めていたし、バレー部の磯辺先輩は「よしっ!」と気合を入れていた。

 

だが、そんな雰囲気の中で、角谷会長が隣にいる西住先輩に向かって声を掛ける。

 

 

 

「西住ちゃ~ん、どうかした?」

 

 

 

「あ…いえ」

 

 

 

「いーから、言ってみ?」

 

 

 

西住先輩は自信無さそうに答えるが、会長からの更なる声掛けで勇気を貰ったらしく、顔を上げると今回の待ち伏せ作戦を立案した河嶋先輩に目を合わせてから、“この作戦の問題点”について指摘した。

 

 

 

「聖グロリアーナは、当然こちらが囮を使って来る事は想定すると思います。裏を掻かれて逆包囲される可能性があるので……」

 

 

 

すると話を聞いていた皆は「ふーん」と唸りながら西住先輩からの問題提起に同意し、小山先輩も顎に親指を当てながら「あーっ、確かにね」と納得している。

 

勿論私も頷きながら、心の中で「確かに、“あの聖グロ”がこんな作戦を想定した対策を立てない、とは思えないな」と考えていた。

 

 

 

だが、次の瞬間。

 

何を思ったのか、河嶋先輩は、白目を剥きながら西住先輩目掛けて、怒鳴り散らしたのだ!

 

 

 

「黙れっ!私の作戦に口を挟むな!そんな事言うのならお前が隊長をやれ!」

 

 

 

なっ…何て事を!?

 

 

 

この時、参加していたメンバーは、普段の河嶋先輩からは想像出来ない形相と怒鳴り声を目の当たりにして呆然としており、角谷会長に至っては、ジト目で興奮している河嶋先輩を見詰めていたが、自らの発言を全否定された西住先輩は、ショックを受けて「えっ…済みません」と謝罪すると、また俯いてしまった。

 

だが、この一幕を見て思わず“カチン”と来た私は、すぐ立ち上がると西住先輩を庇う様に河嶋先輩の前へ立ちはだかった。

 

 

 

『河嶋先輩!そうやって、“人の反論を潰して持論を貫いている”と()()()()()()()()()()()()()鹿()になって、連戦連敗ですよ!?』

 

 

 

「何だと原園、口答えをするのか!?」

 

 

 

河嶋先輩は、私からの指摘を「口答え」だと言い放ったが、私は、その発言を逆手に取って、こう言い返す。

 

 

 

『ええ、しますとも。特に、()()()()()()()()()()()()()()()()()と尊敬する西住先輩を、()()()()()()()鹿()()()()()にはね!』

 

 

 

「何だと!?」

 

 

 

私からの逆襲に興奮する河嶋先輩を冷たい目で睨みながら、私は“河嶋先輩の作戦に関する()()()()()()()”を指摘した。

 

 

 

『いいですか?まず、“待ち伏せ作戦”は簡単そうに見えて、実は“一番度胸が要る”のです。何故なら、“絶対に相手を撃破出来る距離まで、()()()()()待ち構えないといけない”からです

 

 

 

この時私は、河嶋先輩とは対照的に、極力興奮せず、“出来るだけ静かな口調で話す事”を心掛けた。

 

そのおかげか、心配そうに私の様子を見ていた西住先輩や他のメンバー達も、私の発言を静かに聞いてくれている様だ。

 

そこで私は、一度言葉を切って深呼吸してから、再び話を進める事にした。

 

 

 

『もし、ちょっとでも怖気付いてしまうと、“相手を見付けた瞬間に撃ってしまう”から、距離が遠い分撃っても当たらないし、例え当たっても相手の装甲を撃ち抜けず、逆に相手から逆襲されてやっつけられる事が多いのです』

 

 

 

ここで私は、待ち伏せ作戦で“初心者がよくやる失敗例”を紹介した後、皆の様子を一瞥する。

 

すると河嶋先輩は、依然私を睨んでいたが、他の皆は真剣に私の話を聞いてくれていたので、私は再び河嶋先輩を睨むと彼女に向かって、“捨て台詞”を吐いた。

 

 

 

『そんな()()()()()()()、河嶋先輩に出来ますか?ま、最初の練習試合の時、私達Fチームを見つけた途端すぐ撃って、しかも()()()()()()()()()()()()をやらかした先輩じゃあ、無理だと思いますけど?』

 

 

 

「原園…貴様、表に出ろ!」

 

 

 

『いいですよ。今から先輩と一緒に、表へ出ましょうか?で、決着は何で着けます?殴り合い?それとも、戦車砲でロシアンルーレット?』

 

 

 

予想通り、私からの捨て台詞で激昂した河嶋先輩を冷たく睨みながら、私は止めとばかりに彼女からの“喧嘩”を買うつもりだと宣言した。

 

だって…先輩とは言え、戦車道は()()のクセに、“経験者と言うだけではない凄い戦車乗り”でもある西住先輩の意見を否定する、なんて私は、絶対に許せなかった……

 

だが今、私と河嶋先輩が睨み合いながら喧嘩を始めそうな雰囲気になり、その光景を見ていた西住先輩達が不安そうな表情を浮かべていた時。

 

突然、角谷会長が少しおっとりした口調で話し掛けながら私と河嶋先輩の間に割って入って来た。

 

 

 

「まあまあ2人共、幾ら何でも喧嘩は駄目だよ…でもまあ、隊長は西住ちゃんが良いかもね」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「『会長?』」

 

 

 

突然、話を振られた西住先輩だけでなく、西住先輩の発言を巡って喧嘩寸前になっていた私と河嶋先輩も、思わず戸惑いの言葉を会長へ掛けた。

 

その時会長は、朗らかな表情をしながらも“意外なまでに真面目な口調”で、西住先輩にこう指示した。

 

 

 

「西住ちゃんがウチのチームの指揮執って」

 

 

 

会長からの突然の指示に、西住先輩は「はえっ!?」と声を上げながら当惑していたが、指示を出した当人は構わずに「ふふん♪」と鼻を鳴らすと、笑顔で拍手を始めた。

 

すると出席しているメンバーも釣られる様に笑顔を浮かべて、拍手をする。

 

その様子を見た私も、一瞬戸惑ったが、すぐに決断した。

 

 

 

会長、私も会長の意見に賛成です…本当にありがとうございます。

 

 

 

そして私も“心の底からの笑顔”で拍手をすると、右手で片眼鏡を押さえながら突っ立っている河嶋先輩を除く全員が、西住先輩をチームの隊長に推薦した会長の発言に賛成する拍手を送っていた。

 

そのタイミングで、西住先輩が隊長になる事で異議なしと判断したらしい会長は、自分の席に戻ると西住先輩に、一言発破を掛ける。

 

 

 

「頑張ってよ~勝ったら素晴らしい賞品あげるから」

 

 

 

そこへ、会長の言葉を聞いた小山先輩が驚いた表情で問い掛ける。

 

 

 

「えっ、何ですか?」

 

 

 

あっ…その分だと「素晴らしい賞品」って、たった今会長が思いついたのかな?と私が想像していると、会長はVサインを出して、こう宣言した。

 

 

 

「干し芋3日分!」

 

 

 

その発言を聞いた小山先輩は、唖然とした表情で「あっ…」と漏らしていたが、私は西住先輩を隊長に推薦してくれた会長をフォローするつもりで、敢えて口を挟んだ。

 

 

 

『会長、私は、干し芋大好きですよ。特にバターを乗せて焼くと美味しいですよね…でも干し芋って、結構高かった筈では?』

 

 

 

「おっ、原園ちゃん喰いつくねぇ」

 

 

 

『いえ会長。実は、この学園に入学する少し前、大洗町で食べましたから』

 

 

 

私が干し芋を話題にしたのが嬉しかったのか、角谷会長は笑顔で私に話を振ってくれたので、私は、この春の入学前に大洗町で過ごした時に食べた干し芋の事を語った時、バレー部キャプテンにしてBチームのリーダーである磯辺先輩が心配そうな顔で、ある質問をした。

 

 

 

「あの会長…もしも負けたら?」

 

 

 

すると会長は、腕組みをするとぶっきら棒な口調で、こんな事を言った。

 

 

 

「大納涼祭りで“あんこう踊り”を踊ってもらおっかな?」

 

 

 

その言葉が出た途端…問題の発言をした会長と西住先輩と私を除く全員が、まるで“この世の終わり”の様な表情になっていた。

 

大半のメンバーが「「「うぇっ……」」」と青い顔をしながら呻き声を上げ、梓に至っては「あの踊りを!?」と叫んでからは“お先真っ暗”な表情で呆然となっている。

 

その様子を見た西住先輩も皆の顔を見て「あ…えっ!?」と戸惑っていたので、私も思わず皆へ問い掛けねばならなくなった。

 

 

 

『えっ…皆さん、どうしたのですか?梓、“あんこう踊り”って、一体何?』

 

 

 

しかし、誰も西住先輩や私からの問いに答えてくれない。

 

ただ1人、梓が暗い表情のままで、私に向かってこう語ってくれるだけだった……

 

 

 

「御免、嵐…それだけは、聞かないで」

 

 

 

えっ…“あんこう踊り”って、そんなにあんまりな代物なの?

 

 

 

(第21話、終わり)

 

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第21話をお送りしました。

さて今回は、聖グロとの親善試合決定の通知から作戦会議までをお送りしましたが、色々と物語を捻っております。
まず、実は、聖グロOGだった淀川さん。
この理由ですが、原作アニメ第3話を見た際「幾ら何でも、プライドが高そうな聖グロのOG会が、戦車道を復活させたばかりの大洗との練習試合をあっさり認めるだろうか?」と思い、その“ブッキング”役として、明美さんが自分の秘書でもある淀川さんを通じて、聖グロOG会へ働きかけたと言う裏設定を用意した為です。
ちなみに、聖グロは英国流なので、モデル的には金剛さんか足柄さんと言いたい所ですが…聖グロ持ち前の「優雅さ」の点ではどうか、と言う疑問があり、ここは、御淑やかなイメージのある大淀さんをモデルにして、淀川さんの設定を作りました。
なお、聖グロ時代の淀川さんも“ニックネーム”を持っていたのですが…それは、今後のお楽しみと言う事で。
更に作戦会議中、西住先輩を巡って口論になった、嵐ちゃんと桃ちゃん。
元々、この2人は互いに相手を快く思っていなかったのですが、遂にぶつかってしまう事に…この口論が、この後の展開の伏線になりますので、ぜひ注目していて下さい。
そして、あの“あんこう踊り”の存在を知った嵐ちゃんは、この後、この踊りについて、ある娘に質問をするのですが…一体、どうなるのでしょう?

と言う訳で次回は、作戦会議終了後の出来事と親善試合当日の朝の話になります。
それでは、次回もお楽しみに。


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