戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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ガルパン最終章・第2話、地元は初日が大雨だったのですが、見に行きました…楽しかったですよ。
第1話からの18ヶ月間の焦燥は、無駄ではありませんでした。
特に、あの女学院の“あの人”が出ていたりとか、あの学園がカッコ良かったりとか…ここから先は、ぜひ劇場なり円盤なりで確かめて頂ければと。

と言う訳で、今回の本作もどうぞ。



第22話「あんこう踊りと親善試合当日の朝です!!」

 

 

 

「えっ…負けたら、あんこう踊り!?」

 

 

 

それが、私からの質問を聞いた長沢さんの第一声だった。

 

聖グロとの親善試合へ向けた作戦会議終了後の夕刻、私は待ち合わせ場所の公園で待っていた瑞希達FチームのメンバーとEチームメンバーの内、生徒会役員ではないので唯一作戦会議には参加しなかった名取さんと落ち合った。

 

そこで私は、作戦会議では参加者から一切聞けなかった「試合に負けた時の罰ゲーム」である“あんこう踊り”について、学園艦の母港である大洗町出身の長沢さんと名取さんに質問したのだが…その途端、2人共生徒会長室で作戦会議に参加した仲間達と同じく“この世の終わり”の様な顔をして、先程の長沢さんの発言に繋がったのだった。

 

更に長沢さんは、私達の目の前でしゃがみ込むと両手で耳を塞ぎながら、悲鳴を上げる。

 

 

 

「恥ずかし過ぎる…あんなの踊らされたら、もうお嫁に行けないよ!」

 

 

 

おまけに名取さんも脅える様な仕草で、こんな事を言い出した。

 

 

 

「そんな…あの会長、まさか露出狂の気があったの!?」

 

 

 

2人の様子が尋常ではないので、瑞希や菫、舞は状況が摑めず、ポカンとした表情で立ち尽くしている。

 

その為、代わりに私が長沢さんと名取さんに対して、肝心な点をもう一度質問する事にした。

 

 

 

『あの…2人共“あんこう踊り”って、そんなにあんまりな踊りなの?』

 

 

 

するとしゃがみ込んでいた長沢さんは、意を決して立ち上がると名取さんに「佐智子ちゃんのタブレットから“あの動画”が見れるよね。出してくれないかな?」と頼むと、名取さんは「うん…分かった」と頷いて、学生カバンを開け始めた。

 

その様子を確かめた長沢さんは、私達に目を合わせると真剣な表情でこう伝える。

 

 

 

「皆、今から佐智子ちゃんがタブレットを用意するので、まずは、そこから流れて来る動画を見てくれる?」

 

 

 

「「「『あ…うん』」」」

 

 

 

長沢さんの表情が余りにも真剣なので、私達みなかみタンカーズ組も背筋を正して、名取さんが私物のタブレットを用意する姿を見守った。

 

そして、準備の出来た名取さんがタブレットを差し出すと私達は、そこから流れる動画をしばらく見ていたのだが……

 

 

 

「「「『えっ…これは!?』」」」

 

 

 

その“あんまり過ぎる光景”に、私達は絶句するしかなかった。

 

画面から流れて来たのは、騒々しい祭囃子をバックにピンク一色のタイツに身を包んだ…と言うか、それしか“穿いていない”私達と同世代の少女が、集団で体をくねらせる様に動く、正体不明の踊り。

 

しかもその踊り自体、どう見ても“エロい”としか言い様が無い。

 

勿論、この動画を見せられた仲間達も一斉に驚愕する。

 

 

 

「何、この破廉恥な格好と踊りは!?」

 

 

 

「と言うかこれ、猥褻物陳列罪じゃないの?」

 

 

 

「こんなのみなかみ町で踊ったら、すぐお巡りさんに捕まっちゃうよ!」

 

 

 

動画を見た瑞希がド直球な感想を口走ると、菫はこの踊りが法に触れるのでは、と乙女なら当然抱く疑問を口にし、最後に舞がみなかみタンカーズのある町でこんなのをやったら、間違いなく地元警察のお世話になってしまう、と悲鳴を上げていた。

 

しかし…私達の感想を耳にした長沢さんは、暗い表情を浮かべながら「実はUFOも宇宙人も実在しました」と言わんばかりの口調で、私達に見せた動画の説明を行った。

 

 

 

「実は、これが…()()()()()“あんこう踊り”なの」

 

 

 

「「「『!?』」」」

 

 

 

その一言に、私達が衝撃を受けた次の瞬間。

 

今度は、名取さんが止めを刺す様に、こう言った。

 

 

 

「因みにこの踊り、猥褻でも破廉恥でも無く、()()です」

 

 

 

「「「『な…何だってー!?』」」」

 

 

 

こうして、長沢さんと名取さんの口から“あんこう踊り”の正体を聞かされた私達は、驚きの余り開いた口が塞がらなかった。

 

だがここで、ある事に気付いた私は、震えながら皆へ告げる。

 

 

 

『ちょっと待って…と言う事は、もしも今度の試合に負けたら、西住先輩達もこの踊りを踊らされる事になるわ!』

 

 

 

「「「「「え…えーっ!?」」」」」

 

 

 

その一言で、聖グロとの親善試合で負けた時の罰ゲームの「真の恐ろしさ」に気付いた皆は、揃って叫び声を上げた。

 

 

 

「そんな!?私も佐智子ちゃんも西住先輩が頑張っている姿を見て戦車道やろうと決めたのに…そのせいで西住先輩が!」

 

 

 

長沢さんが先程以上の真っ青な顔で西住先輩の身を案じていると、名取さんが最悪の事態を想像して絶望的な悲鳴を上げる。

 

 

 

「そんな事になったら…西住先輩達、戦車道辞めちゃうかも!?」

 

 

 

すると、今度は菫が震え声で叫ぶ。

 

 

 

「そ…それはヤバ過ぎるよ!」

 

 

 

更に、舞も両手の握り拳を自分の胸の前で作りながら、皆の前で呼び掛ける。

 

 

 

「この試合は負けられない…じゃなかった、絶対に勝たないといけないよね!?」

 

 

 

そして、皆の話を聞いていた瑞希が真剣な表情でこう締め括った。

 

 

 

「そうね…こうなったら舞の言う通り、相手が聖グロだろうと問答無用で勝ちに行くしかないわ!」

 

 

 

『同感…私も西住隊長の為に、出来る事は全てやって置かなくちゃ』

 

 

 

皆が西住先輩達をあの“エロい踊り”から守る為に、一致団結しているのを見た私も決意表明したその時、瑞希が不思議そうな顔で私に問い掛けた。

 

 

 

「えっ?嵐、さっき“西住隊長”って言わなかった?」

 

 

 

『ああ…実は、作戦会議中に会長が私達の隊長に西住先輩を推薦してね。皆も賛成したからチームの隊長は西住先輩に決まったよ』

 

 

 

「「「「「おおっ!」」」」」

 

 

 

瑞希からの質問に私が答えると、西住先輩が私達のチームの隊長に就任した事を知った皆が一斉に盛り上がる中、長沢さんが皆に檄を飛ばした。

 

 

 

「じゃあ今度の試合、西住隊長の為にも絶対勝ちましょう!」

 

 

 

「「「「『うん!』」」」」

 

 

 

皆が長沢さんの檄に答えると、瑞希がノリノリの表情でもう一声掛ける。

 

 

 

「よしっ、じゃあ円陣組んで皆で手を合わせよう…嵐、アンタが一番下ね!」

 

 

 

『分かった!』

 

 

 

そして夕日が水平線の向こう側へと消え掛けていた頃、私達は最後に皆で「エイエイオー!」と気合を入れてから、それぞれの家路に就いた。

 

 

 

 

 

 

こうして迎えた試合当日の日曜日、朝5時50分。

 

私達Fチームのメンバー全員は、学園内の戦車格納庫に集合していた。

 

その中には、鷹代さんの姿もある。

 

私達戦車道チームのメンバーが全員時間通りに来ているか確認する為、私と一緒に家からここへ来たのだ。

 

まあ、流石にトンデモない色に染められたチームの戦車を見た時の鷹代さんは、かなり顔を顰めていたけれども、西住先輩がその戦車を見て嬉しそうにしていた時の事を話すと「やれやれ…」と呟きながら苦笑いを浮かべていた。

 

勿論Fチーム以外の各チームのメンバーも格納庫でそれぞれの戦車に乗り込んで、出発の準備を進めていたのだが……

 

 

 

「何だって、西住さん。冷泉さんがまだ起きない!?」

 

 

 

西住さんと朝の挨拶をした後、話を聞いていた鷹代さんの鋭い声が格納庫に響くと、西住先輩が済まなそうな表情で答える。

 

 

 

「はい…さっき、武部さんから連絡があって。冷泉さんの家で起こそうとしているのですが、なかなか起きて来ないので、今から私達が戦車に乗って冷泉さんを迎えに行こうと思います」

 

 

 

すると鷹代さんは頷きながら優し気な声で、西住先輩を気遣う様に答えた。

 

 

 

「うん、それは良い判断だよ…なら、私も付いて行こう」

 

 

 

「えっ、鷹代さんもですか!?」

 

 

 

鷹代さんも一緒に冷泉先輩の家へ行くと聞いた西住先輩は驚いたが、当人は気にしないとばかりに笑顔を浮かべながら話した後、私に向かって指示を出した。

 

 

 

「うん。あの子は、祖母の久子さんか私が怒鳴らないと起きない位の寝坊助さんだからね…嵐、今から西住さん達と一緒に冷泉さんの家へ行くよ!」

 

 

 

『はいっ、了解です!』

 

 

 

鷹代さんからの指示に、思わず敬礼をしてしまう私だった。

 

 

 

こうして自らの愛車であるスーパーカブに跨った鷹代さんの先導で、AチームとFチームの戦車2輌が学園の格納庫から出発すると、10分足らずで冷泉先輩の家に到着した。

 

その直前、先にAチームのⅣ号戦車D型から降りた秋山先輩が起床ラッパを吹くと同時に、冷泉先輩を起こそうとしていた武部先輩が冷泉先輩宅の縁側の窓から姿を現す。

 

そして、秋山先輩が「おはようございます」と挨拶すると同時に、乗って来たスーパーカブから降りていた鷹代さんが冷泉さんの家に入ろうとした時。

 

突如、Ⅳ号戦車D型の24口径75mm戦車砲が火を噴き、轟音が朝の住宅街に轟いた。

 

 

 

「何だ!?」

 

 

 

「どうしたの!?」

 

 

 

「済みません、空砲です!」

 

 

 

早朝、いきなりの砲撃音で驚いた近隣の住宅に住んでいる人達が何事かと騒ぐ中、西住先輩が突然の砲撃を謝罪していると、私達のイージーエイトの砲手席からペリスコープで様子を眺めていた瑞希がニヤリと笑いながら、独り言を呟いていた。

 

 

 

「西住先輩もやるなぁ…“早朝バズーカ”を知っているなんて♪」

 

 

 

しかし、その様子を見た鷹代さんは顔を顰めながら、Ⅳ号戦車のキューポラから上半身を出している西住先輩に向かって丁寧な口調ではあるが、しっかりと叱っていた。

 

 

 

「駄目だよ西住さん。早朝から砲撃だなんて、近所迷惑だよ?」

 

 

 

「あっ、鷹代さんゴメンなさい。つい……」

 

 

 

鷹代さんから叱られた西住先輩は、申し訳ない表情で謝っていたけれど、鷹代さんの顔は笑っているから本気で怒ってはいない様だ。

 

そう考えていると鷹代さんは、私の想像通り西住先輩に、にこやかな口調でこう答えた。

 

 

 

「まあ本当に悪いのは、寝坊した冷泉さんだからね、次からは気を付けるんだよ。さて、冷泉さん宅へ乗り込むとするか」

 

 

 

そして鷹代さんは、武部先輩が開けた縁側の窓から冷泉さんの家に入ると、恐らく家の中で寝ているであろう冷泉先輩に向かって、先程の砲撃に負けない位の大声で叫んだ。

 

 

 

「こらっ、麻子ちゃん!あんたまた寝坊して、皆に迷惑を掛けているのかい!?」

 

 

 

「は…原園のおばあ!」

 

 

 

すると予想通り、家の中から冷泉先輩の大きな震え声が響いて来た…これは冷泉先輩、本当にいつも鷹代さんから叱られているのだな、と思っていると、再び鷹代さんの怒鳴り声が響いて来る。

 

 

 

「今日は、大事な試合だって言うのは分かっているだろうね…さあ、今すぐⅣ号に乗り込むんだ。西住さん達はもう来ているよ!」

 

 

 

その直後。

 

 

 

「「「「『おはようございます』」」」」

 

 

 

丁度、冷泉先輩の家に横付けする形になったⅣ号戦車に乗っている西住先輩と五十鈴先輩、そしてすぐ後ろにいるM4に乗る私達が一斉に冷泉先輩に向かって、朝の挨拶をした。

 

すると冷泉先輩は、パジャマ姿のまま大慌てで西住先輩達が待っているⅣ号戦車へ乗り込んで行く。

 

続いて、秋山先輩と武部先輩がⅣ号へ乗り込むのを確認した鷹代さんが、皆に指示を出す。

 

 

 

「もう時間が無いから、今直ぐ出発して陸に上がりなさい。私は自力で会場まで行くから心配しなくていいよ」

 

 

 

「「「「『はい、行って来ます!』」」」」

 

 

 

その直後、鷹代さんは出発の挨拶をした皆に向かって、見事な敬礼を返してくれた。

 

 

 

 

 

 

それから私達Fチームは、西住先輩率いるAチームの後に付いて、2輌で陸上を目指して学園艦内の住宅街を前進する。

 

コンビニの横を通ると通過時の振動で、出入口の自動ドアが反応して開くのが見える。

 

電信柱の下にあるゴミ捨て場からは、猫が顔を出して驚いている光景が一瞬目に入ったので、私はちょっと楽しかった。

 

やがて2輌の戦車は、2階建ての住宅が数多く立ち並ぶ地区を進んで行く。

 

その時、右手にある住宅の2階の窓から小さな男の子と母親と思われる女性が不思議そうな顔で、私達に向けて声を上げていた。

 

 

 

「何、何~!?」

 

 

 

「どしたの?」

 

 

 

「す、済みません~」

 

 

 

先頭を行くⅣ号戦車のキューポラから西住先輩がその母子へ謝っていると、他の住宅の窓や玄関からも人が出て来て、私達の様子を眺めている。

 

その中で、左手にある家の玄関からジョウロを持って現れた小母さんが懐かしそうな声で西住先輩へ話し掛けて来た。

 

 

 

「あら、Ⅳ号?久しぶりに動いているの見たわね~」

 

 

 

だがその小母さんは、私達が乗っているイージーエイトを見ると、今度は不思議そうな顔をして、キューポラから顔を出している私に向かって問い掛ける。

 

 

 

「あら…でも、後ろにいる猫顔のM4は、見た事ないわね?」

 

 

 

でも、その一言で小母さんが何を知りたがっているのかを理解した私は、元気な声で返事をした。

 

 

 

『あっ、実はこのM4中戦車、私達と同じ新入生なんです』

 

 

 

「あらそうなの、新しい戦車も入って来たのね~嬉しいわ♪」

 

 

 

私の声を聞いた小母さんは、凄く嬉しそうな顔で私達に手を振ってくれた。

 

もしかしたらあの人、嘗ては大洗女子学園で戦車道を履修していたのかも知れないな、と思っていると、先程右手の家の2階から西住先輩に声を掛けていた男の子が嬉しそうに喜んでいる。

 

 

 

「すご~い、戦車が2輌もいる。後ろのは猫の顔を描いてあるよ!」

 

 

 

そして、その男の子の母親も笑顔で「戦車道、復活したって本当だったのね」と話し掛けて来た。

 

更に、その母子の家の隣にある家の小父さんが、2階の窓から「試合かぁ、頑張れよ!」と激励してくれた。

 

早朝から突然の戦車の走行音で皆迷惑しているのでは、と思っていたのに、学園艦に住んでいる人達は、私達へ激励までしてくれたのだ。

 

正直、あの時は嬉しかったなあ。

 

だから西住先輩と私は、住民の皆さんへ戦車に負けない位の元気な声で答えた。

 

 

 

「ありがとうございます、頑張ります!」

 

 

 

『私達も頑張ります!』

 

 

 

こうして西住先輩と私達の戦車は、途中で梓達DチームのM3リー中戦車と合流して、学園艦の右舷艦橋第2トンネル出口までやって来た所で、渋滞に遭っていた。

 

今日は大洗港への上陸日なので、学園艦に住んでいる人達やトラックで学園艦内の流通を支えている運送・配送業者にとっては、陸上と直接連絡出来る貴重な機会となる。

 

その為、上陸日はどうしても学園艦から寄港する港までを繋ぐ連絡道路が大変な混雑になるのだ。

 

と言う訳で、渋滞の待ち時間を潰す為にAチームのⅣ号戦車からは、車長の西住先輩だけでなくメンバー全員が、車体のハッチから顔を出したり外へ出たりしている。

 

特に冷泉先輩は、何時の間にやらパジャマから制服姿に着替えていたけれど、操縦手用ハッチから外へ出ると砲塔の傍で正座しながら居眠りをしていた…大丈夫かな?

 

そんなⅣ号のすぐ隣に、私達のM4A3E8は停車していた。

 

だから、Ⅳ号の様子を見た瑞希が「私も外を見たいな」と言い出して、私がいるキューポラの隣にある装填手用ハッチから外へ出ると、そのまま砲塔の外側に体を凭れ掛けている。

 

すると武部先輩が、まだ海の向こうから微かに見える大洗の町を眺めながら、待ち切れない表情で声を上げる。

 

 

 

「久しぶりの陸だー、シーサイドステーションで買い物したいなぁ」

 

 

 

そこへ五十鈴先輩が丁寧な口調で「試合が終わってからですね」と指摘すると、武部先輩は不機嫌そうな顔で文句を言う。

 

 

 

「え~っ、昔は学校がみ~んな陸にあったんでしょ~いいなぁ私、その時代に生まれたかったよ」

 

 

 

だがその時、瑞希が笑顔で武部先輩へ話し掛ける。

 

 

 

「でも私達、中学卒業までみなかみ町の山の中に住んでいましたけどね」

 

 

 

「えっ、嘘…小学校を出たら、皆学園艦で海に出るんじゃないの!?」

 

 

 

今日、中学・高校に通う生徒は全員学園艦に住んでいるのだ、と思っている武部先輩は驚いて瑞希に問い掛けたが、ここでM4の操縦席ハッチから顔を出していた菫が理由を説明する。

 

 

 

「実は、山間部や島嶼部等の過疎地域に当たる市町村に住んでいる中学生は、“中学卒業まで学園艦へ行かずに、住んでいる地域の陸上にある学校へ通っても良い”と言う法律があるんです」

 

 

 

すると瑞希が、更に詳しい事情を語る。

 

 

 

「何故かと言うと、過疎地域を持つ市町村から『ただでさえ過疎化で数の少ない児童が中学進学で学園艦へ行ってしまうと、児童の家族も学園艦へ付いて行ったり学園艦の母港がある地域へ引っ越したりするので、その地域はアッという間に消滅してしまう』と言う声が大きくなって来たので、国と文科省が“過疎地域の対策”として法律を作ったのです」

 

 

 

「へぇ~そんな事情があったんだ」

 

 

 

菫の右隣にある、M4の機銃手ハッチから顔を出して話を聞いていたFチームの新人・長沢さんが意外そうに呟いた時、私は“ある事”を思い出して瑞希と菫へ問い掛ける。

 

 

 

『菫にののっち、今の話って確か【へき地教育振興法の学園艦通学に関する特別条項】って奴じゃない? 中学の社会科の授業で習った気がする』

 

 

 

「うん、その通り」

 

 

 

「なるほど、小さな町や村を過疎から守る為の法律なのですね」

 

 

 

瑞希が私の問い掛けに同意すると、五十鈴先輩も感心した表情で話し掛けて来たので、私は『そうです』と頷いたが、そこで更にある事を思い出して、話を続ける。

 

 

 

『でも過疎地域の中学生も、自分が学園艦へ行きたい、と言えば行けますよ。あと、舞みたいに小学生の間に都市部から過疎地域へ引っ越す事で、中学へ進学しても地上の学校に通います、って言う娘もいるし』

 

 

 

すると私の隣にある装填手用ハッチから顔を出していた舞が、何時もの元気な声で自身の事情を説明した。

 

 

 

「私は、小学2年生の秋に戦車道をやりたい、って両親にお願いしていた時、みなかみタンカーズ結成と創設メンバーの募集が決まったから、タンカーズへ入団する為に小学3年の春から、それまで住んでいた高崎市からみなかみ町へ、両親と一緒に引っ越して来たの」

 

 

 

『そうそう…母さんが「群馬みなかみタンカーズ」を作った時、さっき話した法律を逆手に取る形で「みなかみ町に戦車道を目指す子供を集めれば、町の過疎化が少しでも食い止められる!」とか言って、当時のみなかみ町の役場の人や住民達に加えて、群馬県庁や教育委員会まで丸め込んだのよね』

 

 

 

舞の身の上話を聞きながら、私はみなかみタンカーズ結成当時に母が地元を説得する為にやった説法を思い出し、自分でその話をしながら憂鬱な気持ちになったが、それを聞いた瑞希が余計な事を付け加えた。

 

 

 

「でも嵐、町の皆は“明美さんがタンカーズを結成したおかげで、町に元気な子供達が増えて、町全体が活気付いた”って喜んでいるわよ?」

 

 

 

『それはそうなんだけどねぇ…私は良くないわよ。おかげで町の人達から「みなかみの星」「お母さんに続け」とかって、騒がれちゃったし』

 

 

 

私と瑞希でそんな事を言っている時、武部先輩はガッカリした表情で高校に入ってから初めて学園艦へやって来た私達を羨んだ。

 

 

 

「あ~あ、らんらんやののっち達はいいなぁ。田舎に住んでいる娘達が羨ましいよ」

 

 

 

でもそこへ、秋山先輩が笑顔でフォローしてくれた。

 

 

 

「私は海の上が好きです。気持ちいいし、星も良く見えるし」

 

 

 

そこで私も秋山先輩に向かって頷きながら、この学園艦へ来てからの印象を語った。

 

 

 

『そうですね。特に私達は、海の無い群馬県からやって来たから、最初は不安だったけれど、海は綺麗で海産物が美味しい上に艦内の自然も豊かだし、今は学園艦が天国みたい』

 

 

 

そんな時、海上から漸く姿を現してきた大洗の町をずっと見詰めている西住先輩に気付いた五十鈴先輩が、西住先輩に語り掛けていた。

 

 

 

「西住さんは、まだ大洗の町、歩いた事ないんですよね?」

 

 

 

「あっ…うん」

 

 

 

西住先輩は、何か物思いに耽っている様子だったが、五十鈴先輩に話し掛けられると優し気な顔で答える。

 

すると武部先輩も「後で案内するね!」を声を掛けたので、嬉しそうに「ありがとう」と返事をしていた。

 

その様子を眺めながら私も笑みを浮かべていると、漸く前方の交通渋滞も解消されたので、私達のチームの戦車6輌は大洗港へ上陸するべく、右舷側から車輌用のボーディング・ブリッジを渡って行った、その時。

 

 

 

 

 

 

目の前に、大洗の学園艦よりも更に巨大な艦船が姿を現した。

 

その姿を見た西住先輩達や私達が「あっ」と声を上げる中、その艦は艦首からゆっくりと錨を下ろしながら、その優美な巨体を私達に見せ付ける。

 

これこそが、今日の親善試合の対戦相手である聖グロリアーナ女学院の学園艦だった。

 

 

 

「デカッ!」

 

 

 

「あれが…聖グロリアーナ学院の戦車ですか」

 

 

 

Ⅳ号戦車D型の車体前方右側にある無線手席から武部先輩が思わず声を上げると、Ⅳ号の砲塔左側のハッチから身を乗り出して外の様子を眺めている五十鈴先輩も驚嘆の声を上げた。

 

2人が驚きの声を上げている中、聖グロ学園艦の開口部からは、チャーチル歩兵戦車を先頭にマチルダⅡ型歩兵戦車が4輌…そして何故か最後尾にクルセイダー巡航戦車が1輌の合計6輌が列を作り、艦首方向へ行進していた。

 

恐らく、あの戦車隊が今日の対戦相手で、私達と同じくこれから大洗港へ上陸するのだろう。

 

その様子を見せられたAチームの先輩達は勿論、戦車は見慣れていても他校の学園艦を間近で見るのは初めての私達Fチームも皆、行進する聖グロ戦車道チームの姿に圧倒されている。

 

戦車が好きな秋山先輩でさえ、言葉を発する事が出来ないまま聖グロの戦車隊を眺めていた。

 

西住先輩でさえ、武部・五十鈴両先輩の言葉に「うん」と返すのが精一杯だ。

 

だがそんな中、落ち着いた表情で西住先輩達に「はい、先輩方」と話し掛けて来た娘が私達の中にいた。

 

Fチームのクールな凄腕砲手、野々坂 瑞希である。

 

その一言に西住先輩や私達の視線が集まる中(操縦手の冷泉先輩や菫は聞き耳だけを立てているが)、瑞希は冷静さを保ったまま聖グロの戦車と学園艦について説明する。

 

 

 

「聖グロは、英国のパブリックスクールをお手本にしているので、戦車は主に第2次大戦中の英国製、学園艦も第2次大戦中にドイツ戦艦ビスマルク追撃戦等で活躍した英国海軍の航空母艦『アークロイヤル』をモデルにしているのですが…秋山先輩、あれにはちょっとしたエピソードがあるのをご存じですか?」

 

 

 

「何ですか、野々坂殿?」

 

 

 

「実はですね…聖グロの学園艦のモデルになった『アークロイヤル』は1()9()3()8()()()()()で、“この名前が付いた英国軍艦”としては()()3()()()なのですが、全国の学園艦について紹介した『月刊戦車道』の別冊特集号や日本戦車道連盟の資料では、間違えて第2次大戦終結後の1()9()5()5()()()()()した()()4()()()の『アークロイヤル』が聖グロの学園艦のモデルだと書いてあって、()()()()()()()()()()のです」

 

 

 

「えっ、そうなのですか!?」

 

 

 

瑞希から、聖グロの学園艦について思わぬエピソードを知らされて皆が驚く中、秋山先輩は特に驚きながら問い掛けて来たので、瑞希は頷きながら話を続ける。

 

 

 

「この話、私の父が教えてくれたのですが…実を言うと、父はプロのモデラーで、“模型雑誌に連載を持っている程の実力者”なのです。だから細かい所には煩い人なのです」

 

 

 

その瞬間、秋山先輩は更に驚く。

 

 

 

「えっ…もしかして、野々坂殿のお父上は野々坂 隼人(ののさか はやと)さんですか!? 私、その人の作例が大好きで、何時も月刊『模型グラフィックス』で拝見していますよ!」

 

 

 

「そうですよ~♪」

 

 

 

驚愕する秋山先輩からの問い掛けに、瑞希はおどけた口調で答えると、今度は舞が何時もの元気な声で、瑞希の父について補足説明する。

 

 

 

「ののっちのお父さん、何時もは大洗戦車堂のみなかみ町本店にある模型コーナーのスタッフとして働いているよ!」

 

 

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 

「原園殿だけでなく、野々坂殿もお父様が凄い人だったのですね!」

 

 

 

「野々坂さんのお父さん、凄い人なんだね」

 

 

 

「いえ、ウチの父なんて明美さんに比べたら、大した事ないですよ」

 

 

 

皆が瑞希の父親の事を知って驚く中、秋山先輩は感激の声を上げながら瑞希を見詰めていたので、当人は照れながら謙遜していたが、私はその言葉の中に母の名が出て来たので、つい不機嫌になって瑞希に文句を言ってしまった。

 

 

 

『ののっち…そこでまた、ウチの母さんの話をする? ウチの母はああ見えて、実はトンデモない悪党なんだから』

 

 

 

「また、嵐はお母様の事を悪く言う…西住先輩が心配そうに見ているよ?」

 

 

 

『うっ……』

 

 

 

だが、瑞希にはいつもの冷静な口調で切り返された上、彼女の言う通り西住先輩が私に向かって「原園さん……」と、本気で私と母の仲を心配して来たので、私は何も言えなくなってバツの悪い思いをしてしまった…ゴメンなさい、西住先輩。

 

 

 

全ては、あの母が悪いのです。

 

 

 

それは兎も角、瑞希が話したエピソードから始まった会話のおかげで、皆は聖グロの学園艦と戦車道チームの姿を見せられた時に感じた緊張感を吹き飛ばしていた。

 

そして、私達はこの後、リラックスした気分で試合会場へ向かう事が出来た。

 

 

(第22話、終わり)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第22話をお送りしました。

今回はタイトルの通り、嵐達があんこう踊りの実態を知る所から、寝坊助の麻子を迎えに行く場面までを描写してみましたが、いかがだったでしょうか。
ここからは、やや長い後書きになります。

ガルパン本編では「この時代の中学・高校の生徒は皆、学園艦に乗って勉学に励んでいる」と言う設定がありますが、嵐達みなかみタンカーズ組は中学卒業までみなかみ町の中学校に通っていたと言う、設定上の“矛盾”があります。
そこで今回、瑞希達の台詞の中で、その理由を解説しております。
本編の様に小学校を卒業したら皆学園艦へ行ってしまうと言う設定だと、過疎地の自治体の中には、地域社会を維持出来なくなる所もありそうですから、それを防ぐ為の政策を国が整備しないはずがないと思い、この点についてオリジナルの設定を書き起こしてみたのですが、いかがだったでしょうか。

次に、今回の終盤で瑞希が語っていた聖グロの学園艦のモデル「アークロイヤル」の件ですが、実は調べてみると面白い事が分かりました。
まず、TVシリーズ特装限定版ブルーレイ第4巻に封入されているブックレット「鑑賞の手引き」34頁とBVCのホームページで期間限定販売されていた「月刊戦車道別冊 ガルパン入門」74頁では、戦後に完成した通算4代目のアークロイヤルの図面が聖グロの学園艦として掲載されています。
しかも、この両者に掲載されていた大洗港の設定図でも聖グロの学園艦は通算4代目のアークロイヤルの図面を使っているのです。
その上でTVシリーズ第3話とブルーレイ/DVD版に収録のOVA「スクールシップ・ウォー!」に登場する聖グロの学園艦を見直すと、その飛行甲板の形状は通算3代目よりも通算4代目のアークロイヤルの方が近く、特に後部甲板の形状は明らかに通算4代目の物なのですが、艦首のデザインは丸みを帯びており、これは通算3代目のアークロイヤルの物に近くなっています。
どうやら制作者側もこの点を巡って、混乱があったのかなと感じさせる部分です。
但し、これが劇場版になると艦全体のデザインが通算3代目のアークロイヤルになっています。
個人的に、これは意外な発見でした。
と言う訳で、本作の聖グロの学園艦は劇場版準拠として、通算3代目のアークロイヤルがモデルであると見做した上で、瑞希が語るオリジナルエピソードを書いております。

あと余談ですが、英海軍には「アークロイヤル」と名付けられた軍艦が5隻あります。
初代は、1587年竣工のガレオン船で、翌年起きた「アルマダの戦い」で、スペイン無敵艦隊を撃破した英蘭連合艦隊の旗艦。
2代目は、1914年に建造中だった貨物船を改造して竣工した水上機母艦(当時は、これが「航空母艦」と呼ばれていた)で、第1次大戦中は地中海方面で活躍。
1934年に3代目のアークロイヤルに名前を譲って「ペガサス」と改名後、第2次大戦を生き抜いて1946年に退役。
3代目は、1939年竣工の航空母艦で、第2次大戦中の1941年にジブラルタル沖でドイツUボート・U-81の魚雷攻撃で沈没するまで活躍。
4代目は、1955年竣工の航空母艦で、1978年に退役するまで「英海軍最後のCTOL空母」として活躍。
更に5代目は、1985年に竣工後、2011年に退役するまで活躍したインヴィンシブル級航空母艦の3番艦で、軍艦に詳しい方であればシーハリアーやハリアー垂直離着陸式戦闘攻撃機を搭載したV/STOL空母として、ご存知の方がおられるかも知れません。
ちなみに、アークロイヤルの1/700WL版キットは、今でこそアオシマから通算3代目が発売されていますが、私の世代だとフジミから出ていた通算4代目(竣工当時の姿をキット化)の方が馴染みあるんですよね。
でも、私が好きなアークロイヤルは、通算4代目でも1969年に大改装を受けた後、ファントムFG.1やバッカニアS.2を搭載していた晩年の姿だったりします…どこかのメーカーがキット化してくれないかなぁ?

そして次回からの展開についてですが、次回から暫くの間、週刊連載を2019年7月中旬頃までの期間限定で行う事にしました。
詳しくは、活動報告の方でお知らせをしておりますので、そちらもご覧頂けますと幸いです。

それでは長くなりましたが、次回をお楽しみに。

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