戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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ガルパン最終章第2話・公開記念週刊連載の第2弾ですが、今回からタグに「この世界の片隅に」を追加しました。
その理由については、本編を読んで頂ければ分かるかと…それでは、どうぞ。

※2019年6月25日に、本文内容の一部(序盤の「“高校生戦車道チャレンジ”とは…」についての解説部分)を改訂の上、記述を追加しました。




第23話「これから、親善試合です!!」

 

 

 

―ピンポンパーン― 「本日、周防石油グループ・プレゼンツ『高校生戦車道チャレンジ・大洗女子学園対聖グロリアーナ女学院』の親善試合が午前8時より開催されます。競技が行われる場所は立ち入り禁止となっておりますので、皆様でご協力をお願い致します。尚、シーサイドステーション他に見学席を設けておりますので、応援される方はそちらをご利用下さい」

 

 

 

 

 

 

大洗町の一角にある、電気店前に設置された町内放送用スピーカーから女性のアナウンスで、これから行われる地元・大洗女子学園戦車道チーム復活後初の対外試合“高校生戦車道チャレンジ”の案内放送が行われていた。

 

 

 

“高校生戦車道チャレンジ”とは…毎年、戦車道全国高校生大会が開幕する直前の時期に、全国数か所で行われている高校戦車道チームを対象にした親善試合…事実上の“強化試合”である。

 

この試合は、日本戦車道連盟と周防石油グループの共催で行われるが、周防石油グループは特別協賛も兼ねており、試合に必要な費用の全額を拠出している。

 

その為、試合に参加する高校にとっては「全国大会直前の大事な時期に、“費用負担無し”で練習試合が出来る」と言うメリットがあった。

 

更に、この試合に参加する高校は、毎年主催者側から“招待”される形式を取る為、例え戦車道強豪校であっても毎年参加出来るとは限らない。

 

事実、これから大洗女子学園と対戦する聖グロリアーナ女学院は、今回が5年ぶり12度目の出場である。

 

その一方で、過去には長野県の中立高校や福島県の伯爵高校等、諸事情で全国大会には参加していない高校が招かれた例もあるのだが…これは実を言うと、この親善試合が始まった切っ掛けでもあるのだ。

今から数十年前に『戦車道の強豪校が有利になる様に示し合わせて作った暗黙のルール』が蔓延ったせいで、“戦車道の科目が在っても全国高校生大会に出場しない高校”が増えた為、日本の高校戦車道が今後衰退の道を辿る怖れがあると悟った当時の周防家当主(周防石油グループの会長でもある)が救済策として考え付いたのが、この“高校生戦車道チャレンジ”の開催だったのである。

 

その為、戦車道に日々励む日本の女子高生にとっては、この試合に招待される事がある種の“ステータス”であると認識されている程だった(だからこそ、本作第20話で聖グロのオレンジペコがこの試合に出場できる事を知って「夢の様です」と語ったのである)。

 

以上の理由から戦車道ファンの間では、“全国高校生大会の開幕を告げる行事”として長年親しまれているイベントの今年度第一弾が、この大洗町で開かれる事になったのである。

 

 

 

 

 

 

試合会場となる大洗町一帯は、既に試合の準備が整っており、朝早くから青空市や様々な屋台が立っている。

 

その周囲を家族連れや子供、若い女性等、色々な姿をした観客が試合開始を待ち切れない雰囲気で、町を散策していた。

 

そして、この試合のメイン・パブリックビューイング会場となる大洗シーサイドステーションでも、多くの観客が広場に設置された巨大な屋外用スクリーンに注目している。

 

そこには、大洗女子学園で約20年ぶりに復活した戦車道チームの戦車6輌とその戦車長達の姿が映し出されていた。

 

 

 

「地元チームの試合は久しぶりだねぇ♪」

 

 

 

地元の人だろうか、会場の広場に敷いたシートに座っている中年女性が嬉しそうに、友人らしい同年代の女性に話し掛けている。

 

また、大洗女子学園の制服を身に着けた生徒達の姿も多い。

 

やはり、先日生徒会が行った“公開練習試合”の効果だろうか?

 

生徒達は、母校のチームが神奈川県の強豪校相手に、どこまで通用するのか興味深々の様だ。

 

そんな中、中等部の生徒らしい4人の少女がスクリーンを見ながら、隊長車のメンバーについて語り合っている。

 

 

 

「ねぇ、華恋の従姉が隊長車の砲手で、詩織のお姉さんが通信手なんだよね?」

 

 

 

「そうだよ、由良ちゃん。沙織お姉ちゃんたら『これで、試合が終わったら男子にモテモテよ!』って、気合入れていたよ」

 

 

 

「うん。華姉ぇの集中力なら、戦車砲も恋も百発百中だよ!」

 

 

 

「おう、今日も五十鈴の従姉好きに磨きが掛かってるね~」

 

 

 

「鬼怒沢ちゃん、そんな事を言うから、華恋ちゃんがむくれているよ?」

 

 

 

「もう…鬼ちゃんったら、揶揄わないでよ!」

 

 

 

「武部も五十鈴も怒るなよ、どっちもお姉ちゃん大好きっ娘じゃん……」

 

 

 

そんな話題で盛り上がっている観客達の後方で、その様子を眺めながらメモを取る成人女性の姿があった。

 

彼女の名は、北條 青葉(ほうじょう あおば)

 

広島県呉市出身の27歳。

 

5年前に大学を卒業後、広島市内の新聞社に記者として入社したが、入社時「カープやサンフレッチェの様な地元プロスポーツチームの取材担当」を希望したのに、実際の配属先は、呉市や江田島市にある海上自衛隊の基地・各種学校や海田市にある陸上自衛隊の駐屯地と言った県内にある自衛隊と…“反戦平和運動”担当の記者だった。

 

それだけなら未だしも、社の方針として当時の編集長から「自衛隊については常に批判的に書く事」「反戦平和を常に主張する事」を記事を書く条件として押し付けられた結果、彼女は“ジャーナリズムの在り方”について大きな疑問を抱く事になった。

 

特に、彼女が新人記者として接して来た自衛隊員の多くは誠実な人間が多かったのに対して、反戦平和団体の構成員はそれとは真逆の輩が少なくなく、自らの主張の為なら他人の迷惑を顧みない姿勢が目に付いたにも関わらず、その事実を報道出来ない事が彼女の苛立ちを募らせた。

 

結局入社から3年後、上司等の編集方針に反発して新聞社を退社し、フリーのスポーツライターとして活動を始めてから約1年後。

 

彼女は、ある事件に遭遇した。

 

 

 

第62回全国戦車道高校生大会決勝戦・プラウダ高校対黒森峰女学園。

 

 

 

試合中、黒森峰女学園戦車道チームのⅢ号戦車J型が競技場である陸上自衛隊・東富士演習場内の川へ転落し、同チームの副隊長が乗員救助へ向かったにも関わらず、試合は中断される事の無いまま、副隊長が不在となった黒森峰フラッグ車を撃破したプラウダ高校が優勝した、あの戦い。

 

フリーのスポーツライターになってからも、新聞記者時代に培った自衛隊への取材経験と人脈がある程度生かせる為、自然と戦車道の取材を数多く熟して来た青葉にとっても、この事件は衝撃的だった。

 

そして試合終了後、大会10連覇を逃した黒森峰女学園と主催者である日本戦車道連盟は、様々な議論に曝された。

 

だが、その最中に黒森峰側が「全ての責任は“敵前で()()()()”した副隊長に在る」として、当該生徒を副隊長から解任した後、一切の弁明をしなかった事でその議論は宙に浮く形となり「日本戦車道連盟は何故、あの事故が起こった時に試合を中断しなかったのか?」と言う根本的な問い掛けは為されないまま終わってしまった。

 

一方、優勝したプラウダ高校に対しても「あの状況下でのフラッグ車攻撃は、人命軽視・スポーツマンシップに悖る行為ではないか?」と批判する者がいた。

 

だが間もなく、彼等は優勝校の地元・青森県を始めとする東北地方の人々から上がった「“あの大震災”から立ち上がって、栄冠を勝ち取った彼女達を中傷するな」との声によって、沈黙してしまった。

 

実は…本大会の少し前に起きた“あの大震災”では、東北各県を中心に東北地方から関東地方に掛けての太平洋側一体で甚大な被害が発生しており、プラウダ高校の地元・青森県も南部地方の一部が被災していた。

 

更に、東北の甲子園出場校でも当時成し遂げられなかった「全国制覇」を彼女達が実現した事から「震災の被災者達に勇気を与えてくれた彼女達を批判するのは許せない」と言う論調が東北地方では主流だった為、その声に世論が押される形となったのである。

 

この様な、ある意味で不条理且つ、悪く言えば情緒的とも言える混乱した状況を目の当たりにした彼女は、戦車道に対して根本的な疑問を抱く事になった。

 

 

 

一体、戦車道とは何なのか?

 

 

 

この事件を機に、青葉はその答えを得るべく、全力で戦車道を追う事を決意した。

 

それから1年が経ち、彼女は今年から全国戦車道高校生大会の新しい特別後援社となった全国紙「首都新聞社」と専属契約を結び、同社の編集局・運動部々長付の“戦車道担当・専属契約ライター”として活動していた。

 

勿論現時点における主な仕事は、全国戦車道高校生大会関連の取材と、その取材を元にした記事原稿を執筆して「首都新聞」のスポーツ欄に寄稿する事である。

 

実を言うと首都新聞社は、大会の特別後援社となった今年度から本格的に戦車道へ関わる事となった為、戦車道の取材に関するノウハウが不足していた。

 

その為、同社にとっては戦車道の取材活動歴が2年程の彼女でも、喉から手が出る程欲しい人材だったのである。

 

尤も彼女の場合、自らの経歴よりも自身の親戚の方が有名過ぎて、その方で自身の知名度も高かった為、新聞社側もそれに肖ろうと言う意図が彼女との契約の背景に透けて見えると言う、本人にとっては困った問題があったのだが……

 

 

 

 

 

 

「あの…ひょっとして北條さんは、“北條 すず”さんのご親戚ですか?」

 

 

 

 

 

 

今から30分程前。

 

試合前の僅かな時間を割いて、大洗女子学園戦車道チームの取材をした時の事だった。

 

隊長は試合準備の為に多忙と言う事で、代理として応対した生徒会メンバー3人の内、生徒会副会長である小山と言うポニーテールの少女からそう問われた時、青葉は“またか”と思いつつ、返事をした。

 

 

 

「はい、すずさんは私の親戚です…でも実は、血が繋がっていないのですけどね」

 

 

 

そして彼女は、自らのルーツを簡単に説明した。

 

青葉の直接の先祖は、終戦直後にすずと彼女の夫が広島駅で拾った女の子の孤児で、名をヨーコと言う。

 

因みに、すずとヨーコは共に高齢だが、今も健在である。

 

その為、青葉とすずは血縁関係にはないのだが、幼い頃から青葉にとってすずは「少しおっちょこちょいだけど、いつも優しくて色々な事を教えてくれる大切なお婆ちゃん」だ。

 

そんなすずは、もう90歳を軽く超えていると言うのに大変元気で、毎朝「またカープが負けたわ~」とぼやいていると生徒会の3人に告げた所、生徒会長の角谷 杏が感心した表情で答えた。

 

 

 

「へぇ~凄く元気なお婆ちゃんだねぇ」

 

 

 

青葉は複雑な表情を浮かべながら「ええ……」と生返事をすると、小山が角谷会長へ話し掛ける。

 

 

 

「会長もすずさんの手記は読んだでしょ?」

 

 

 

「えーと、確かタイトルは『この世界の……』だったかな?」

 

 

 

副会長の話を聞いた生徒会広報の河嶋と言う少女が、青葉の親戚が書いた手記のタイトルを思い出そうとしている仕草を眺めながら、青葉本人は心の中で憂鬱な気持ちを思い浮かべていた。

 

 

 

「ああ…やっぱり取材に行くと、必ず“この話”になっちゃうよね」

 

 

 

実は今から7年前、すずが地元の小学校から頼まれて、自らの戦争体験を“平和授業の一環”として小学生達に語った所、それが口コミで予想外の人気を集めたのだ。

 

それからすずは、広島県内各地の小中学校や公共施設へ招かれては子供達やその父兄に戦争体験を語り継ぐ様になり、遂には噂を聞き付けた地元出版社からの薦めで、その戦争体験を手記として出版する事が決まった。

 

そして出版された手記は、更なる口コミで話題を集めて全国的な人気となり、活字離れが深刻化しているこのご時世にも関わらず何度も重版され、“地方出版社から発行された本”としては異例のロングセラーとなった。

 

しかもすず本人は「この話は、私だけの話じゃないけぇ、お金は受け取れんよ」と、広島弁で語ると手記の印税は一切受け取らず、世の中の恵まれない子供達の為に全額寄付し続けている。

 

その為、すずの人柄は世間の注目を集めて、皆から尊敬される様になったのであるが―その結果として、すずとは義理の親戚関係に当たる青葉が取材に行くと、必ず“すずに関する話”を取材対象者から聞かれる事になってしまったのである。

 

それは―青葉にとって「親戚の七光りのお蔭で、自分の仕事が出来ている」と言う事から来る“劣等感”にも繋がっていた。

 

 

 

そんな流れで、生徒会への取材を手短に終えた後、憂鬱な気持ちのまま大洗シーサイドステーション内の広場で大型モニターを眺めていた青葉は、大洗女子戦車道チームの戦車長達の中に並んでいる、1人の少女を見て驚いた。

 

 

 

「あっ…あれは、西住 みほさん」

 

 

 

それは、彼女にとっては忘れ様もない顔だった。

 

去年の全国大会でチームの10連覇よりも仲間の生命を優先した結果、チームの敗戦責任を一身に負わされて母校を、そして自らの実家である西住流からも追われた少女。

 

あの決勝戦が終わった直後、チームが敗れる原因を作ってしまった事から来る仲間達への済まなさと、仲間の命を救ったと言う安堵感が入り混じった“彼女の複雑な表情”は、青葉の記憶の中に今でも鮮明に残っている。

 

その少女が、学校は変われども戦車道の世界に再び姿を現した事を、彼女は実感した。

 

 

 

「みほさん、本当に戦車道へ戻って来たんだ!」

 

 

 

勿論、青葉は今回の試合に関する情報を事前に収集した際、西住 みほが大洗女子学園戦車道チームの隊長に就任した事を察知していた。

 

そこで、先程の取材の時にもみほへの直接取材を試みたが、生徒会長の角谷 杏から「ゴメン。今、西住ちゃんは試合の準備で忙しいから」と断られてしまい、彼女と直接会う事が出来なかっただけに、モニター越しに彼女の姿を見た時、青葉の心には熱いものが込み上げて来た。

 

 

 

「よしっ…今日はこの試合の様子をしっかり取材して、きちんとした記事に仕上げよう!」

 

 

 

青葉はそう決意すると、シーサイドステーションの広場から少し離れた場所にある来賓用客席へ向かった。

 

 

 

人生には、時に“運命を変える出会い”があると言う。

 

その出会いが無ければ、その後の人生は有り得なかった、と後々になって思い返す程の……

 

北條 青葉もまた、大洗女子学園戦車道チームとの出会いによって、その後の運命が大きく変わる事になる人々の1人であるが、その物語は、また後に語る事になるだろう。

 

 

 

 

 

 

先に試合会場へ到着していた私達、大洗女子学園戦車道チームの目の前に、聖グロリアーナ女学院の戦車が6輌、一列の横隊を組んで現れると、ゆっくりとこちらへ向かってやって来た。

 

恐らく隊長車であろうチャーチル歩兵戦車が1輌、マチルダ歩兵戦車が4輌、そしてクルセイダー巡航戦車が1輌…あれっ?

 

何故か、このクルセイダーだけが暴れ牛の様に動き回っている?

 

他はしっかりとした隊列を組んで前進しているのに、何故あの1輌だけ…と思っている間に、6輌の戦車は私達の手前で停車した。

 

そして、チャーチル歩兵戦車から独特の三つ編みアレンジの髪型を決めた1人の少女が降り立つと、流石の私も緊張した。

 

 

 

聖グロリアーナ女学院・戦車道チーム現隊長、ダージリン。

 

 

 

全国有数のお嬢様学校にしては、個性的な歴代メンバーが多い事で知られるこのチームの中でも、彼女の存在感は群を抜いている。

 

格言や諺を大いに好み、会話の中でも場面に合わせてそれらを素早く引用して見せる頭脳の冴えは、高校戦車道ファンの間でも有名で、中には「聖グロの歴代隊長の中でも五指に入る才能の持ち主」と評価する者さえいる程だ。

 

勿論、戦車道の腕前も全国トップクラス。

 

戦車長としての技量も去る事ながら、チームの隊長としての指揮能力は“全国の高校生の中でも屈指の実力者”と評価されている。

 

そんな事を考えていると、ダージリン隊長以下、聖グロリアーナ女学院・戦車道チームの各戦車長が先に整列している私達のチームの戦車長と向かい合って並び、そこから両チームの代表者が挨拶を始めた。

 

 

 

「本日は、急な申し込みにも関わらず試合を受けて頂き、感謝する」

 

 

 

「構いません事よ……」

 

 

 

冒頭、河嶋先輩が()()()上から目線でダージリン隊長へ挨拶したので、私は心の中で「ダージリンさん、怒らないかな?」と心配したが、当人は特に気分を害した様子も無く、笑顔で返事をしていた…だが突然、ダージリン隊長は口元を手で押さえると、あくまでも優雅な口調ながら河嶋先輩へ()()()()()をぶつける。

 

 

 

「…それにしても個性的な戦車ですわね♪」

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

私達の“痛戦車”を皮肉られた河嶋先輩が、思わずダージリン隊長を睨み返したが、睨まれた本人は優雅な表情と口調を変えないまま、更に語り掛けて来た。

 

 

 

「ですが、私達は()()()()()にも全力を尽くしますの…サンダースやプラウダみたいに“下品な戦い方”は致しませんわ。騎士道精神でお互い頑張りましょう」

 

 

 

ダージリン隊長からの言葉を聞いた私は、心の中で『あ~あ』と思いつつ、その場で固まっている河嶋先輩を眺めていた。

 

どうやらダージリン隊長は、私達の“痛戦車”達をある種の“挑発”と捉えた様だ。

 

実を言うと、聖グロって裏では「試合になると、例え()()()相手でも本気を出す」と言われている位、常にガチンコ勝負を挑んで来るチームなんですけど?

 

唯一の救いは、ガチンコ勝負であっても騎士道精神は決して忘れない、と言う点位かな?

 

そんな事を思っている間に、今日の審判団の審判長である戦車道連盟審判員の篠川 香音さん(この人とは、みなかみタンカーズ時代から試合を通じての顔見知りである)が、試合開始の号令を発した。

 

 

 

「それでは、これより聖グロリアーナ女学院対大洗女子学園の試合を始める。一同、礼!」

 

 

 

号令と同時に、両チームの戦車は集合場所から試合のスタート地点まで移動した。

 

それからは、試合開始の予定時刻である午前10時まで、両チームはそれぞれが指定されたスタート地点で待機する。

 

待機中の車内は静かで、これから激しい走行音と砲撃音等で騒然となる運命にあるとは、到底思えない。

 

この試合前の緊張感ある静けさが、私にとっては戦車道で一番好きな時間だ…と言うか、戦車道ではこれ以外に好きな時間は、無いけれど。

 

そして、ふと車内にいる私達Fチームのメンバーに目を移すと、皆静かに試合開始を待っていた。

 

 

 

 

 

 

そうだ…丁度良いから、ここで改めて、Fチームのメンバー紹介と各ポジションの簡単な説明をしておこうか。

 

 

 

まず私の前方、砲塔前部の76.2㎜戦車砲を挟んで、右側の砲手席に着席しているのが、私達の中で一番頼りになる“ののっち”こと、砲手の野々坂 瑞希。

 

砲手は、言うまでもなく戦車砲の射撃全般を司る攻撃の要で、車長とのコンビネーションが重要視される事から軍隊の戦車部隊では勿論の事、戦車道でもある程度の経験を積んだ娘が任命される事が多く、ここから戦車長へ昇格する娘も多い重要なポジションだ。

 

 

 

その隣、戦車砲の砲身を挟んで砲塔後部左側の装填手席に着いているのが、装填手の二階堂 舞。

 

装填手は、76.2㎜砲弾や搭載機関銃の弾薬の装填作業の他、戦闘時以外では砲手用ハッチから身を乗り出して車長と一緒に車外を警戒するのが主な仕事だが、実を言うと大抵は駆け出しの新人が担当する「下積みのポジション」である。

 

でも舞は、みなかみタンカーズでは戦車長の経験もある娘なので、決して舞が駆け出しと言う事では無いが、彼女は小柄ながらウェイトトレーニングとストリートダンスの練習を毎日欠かさず続けて来た事から来る筋力と体幹・バランス能力の高さで、走行中の揺れる車内でも確実に主砲弾の装填作業を熟せる実力を持っているので、私達のチームの中では、彼女が装填手を務めている。

 

 

 

続いて、車体前方左側の操縦席でエンジンをアイドリングしているのが、操縦手の萩岡 菫。

 

操縦手は、言うまでもなく戦車の操縦を司るのだが、ある意味“専門職”と言えなくもない。

 

何故なら、操縦手も砲手と同様に車長とのコンビネーションが重要なのだ。

 

特に、戦闘中は車長が一々指示する事が出来ないと言う理由で、戦車の移動に関する判断の一切を任される程重要な役目を担うから、美少女天才ドライバーの菫にとっては打って付けのポジションだろう。

 

 

 

そしてついこの間、副操縦手として新しくメンバーに加わった長沢 良恵ちゃんも、一言も発さないまま真剣な表情で、車体前方右側の副操縦席から前方を眺めている。

 

因みに副操縦手は「機銃手」と言う別名が在って、主な仕事は車体前方に装着されている7.62㎜機関銃の操作だが、それ以外にも彼女の背後には76.2㎜砲用の弾薬庫があるので、必要に応じて装填手の補助もする。

 

また、試合中に他の乗員がケガ等で治療や休憩をする必要が生じた時は、彼女がその代役を務める事になっているので、実は一通りのポジションを経験する必要があるのだが、良恵ちゃんはまだメンバーに加わったばかりなので、彼女の訓練が今後の私達の課題だ。

 

因みに…ここで気付いた方もいると思うが、私達Fチームが駆るM4A3E8には「通信手」のポジションが存在しない。

 

これはM4シャーマンの場合、無線機が砲塔後部にある関係も在って、無線機の操作は、基本戦車長が担当するからである。

 

但し、シャーマンを装備した部隊によっては、装填手も無線手の訓練を行って車長を補助する事が行われていたので、Fチームでも中学卒業の時点で第3級アマチュア無線技士の免許を取得している舞が、私の補助として無線を操作する場合がある。

 

 

 

そして、これ等4人のメンバーを纏めて、私達の戦車であるM4A3E8“シャーマン・イージーエイト”の全てを指揮し、他のチームの戦車長や隊長である西住先輩との連絡を司るのが、Fチームの戦車長である私、原園 嵐の役目なのだ。

 

 

 

 

 

 

さて、メンバーのポジションと役目も説明出来たから、そろそろ話を本題に戻すとしよう。

 

試合開始前の静かな緊張感を味わいながら、私がFチームの皆を見守っていた時…突然、無線で河嶋先輩の声が響く。

 

 

 

「用意はいいか、隊長」

 

 

 

「あっ…はい」

 

 

 

河嶋先輩からの呼び掛けに当惑した様子で返信する西住隊長の声が、こっちのヘッドセットにも聞こえて来た。

 

どうやら河嶋先輩、まだ無線の操作に慣れていないのか西住隊長だけと交信しているつもりで、チームの全車に通信が聞こえる状態で無線を発しているな……

 

私がそう思っていると、再び河嶋先輩が西住隊長に呼び掛けて来る。

 

 

 

「全ては貴様にかかっている、しっかり頼むぞ」

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

あろう事か河嶋先輩は、わざわざ西住隊長に余計なプレッシャーを与えて、隊長を不安にさせてしまっていた。

 

幾ら試合前だからって、私達の隊長に不必要な負担を掛けてどうするのよ?

 

聞いていられなくなった私は「全く…河嶋先輩は」と怒りを抑えながら呟くと、砲塔後部にある無線機を操作して西住先輩と交信する。

 

 

 

「西住先輩、聞こえますか…河嶋先輩の事は、気にしても仕方ないですよ」

 

 

 

「原園さん?」

 

 

 

西住隊長は、突然私が交信して来た事に驚いた様子だったが、私は構わず隊長に話し掛けた。

 

隊長を安心させたいと言う一心で……

 

 

 

「私、隊長の事を信じていますから、誰が何と言おうと隊長が一番良いと思う事をやって下さい。私は、どこまでも隊長に付いて行きますから」

 

 

 

「あ…ありがとう」

 

 

 

私からの呼び掛けに、西住隊長はぎこちないが少し安心した様な声で返事をしてくれたので、ホッとした直後。

 

無線機に審判の声が大きく響いた。

 

 

 

「試合、開始!」

 

 

 

その声と同時に、私達を含めた各チームの全車が前進を開始した。

 

(第23話、終わり)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第23話をお送りしました。

今回は、大洗女子学園から見た親善試合開始直前の状況と共に、新たなキャラクターを登場させましたが…もう、その正体は分かりますよね?
まず、艦これでは「青葉、見ちゃいました…!」でお馴染みのパパラッチ(爆)、そして「この世界の片隅に」ではヒロイン(!?)の彼女(笑)。
これは、彼女を出そうと思った時から考えたネタだったりします。
本作での彼女は「大洗女子学園を外から見た人物」の1人として、今後もちょくちょく出て来る見通しですので、見守って頂ければ幸いです。
そして、序盤で登場した中等部の生徒らしい4人娘も追々出番がありますので、ご期待下さい。

と言う訳で次回ですが、少し視点を変えて、西住殿と嵐ちゃん以外の視点から試合開始直前の光景を綴って行く「番外編」となります。
それでは、次回もお楽しみに。

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