戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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期間限定週刊連載も今回でラストとなりましたが、大洗市街戦も終盤です。
“本気”を出した聖グロの前に、大洗側で残るは西住殿達のⅣ号と嵐ちゃん達のM4のみ…?
そして、試合の最後にトンデモない展開が!?
それでは、どうぞ。

※余談:先日更新されたコミックウォーカーの「プラウダ戦記」最新話に、「戦車どうでしょう」の文字が…同志よ!



第26話「もっとコソコソ作戦です!!(後編)」

 

 

 

『向こうの残存戦力は、マチルダⅡが3輌にチャーチルが1輌。その内、マチルダⅡの2輌がAチームの直ぐ近くにいるはず…菫、急いで!』

 

 

 

隊長車であるAチームのⅣ号戦車D型を追って、全速前進を続けるFチームのM4A3E8のキューポラ上で状況を確認しつつ、車内無線でチームのメンバーに指示を出している戦車長の原園 嵐。

 

その嵐からの無線を砲手席で聞いていた野々坂 瑞希は、ふと独り言を呟いた。

 

 

 

「あれが嵐の持って生まれた“天性の才能”…断片的な情報から、現在の戦況をまるでその場で見て来た様に把握する“状況認識能力”と、そこから味方にとって最も危険かつ重要な場面を見抜いて、誰よりもそこへ素早く駆け付けて対処出来る“洞察力と決断力”

 

 

 

ここで瑞希は、一旦言葉を切って溜め息を吐くと嵐を羨む様な表情を浮かべて、再び呟く。

 

 

 

「それが、嵐が“みなかみタンカーズ”でずっとエースを張って来た理由。私は…どんなに努力しても、あの娘の持つ力を超える事は出来なかった」

 

 

 

その時、瑞希の傍にいる装填手の二階堂 舞がキョトンとした表情で、話し掛ける。

 

 

 

「ののっち、どうかした?」

 

 

 

「あっ…いや、私の話聞こえてた?」

 

 

 

「ううん…何か独り言?」

 

 

 

「うん、只の独り言だった。ゴメン」

 

 

 

瑞希は、舞にそう答えてその場を誤魔化すと心の中で「今の独り言、皆に知れたら死ぬ程恥ずかしくなるわ……」とボヤいていた。

 

 

 

 

 

 

その頃、大洗女子学園戦車道チーム隊長である西住 みほが指揮するAチームのⅣ号戦車D型は、聖グロ戦車隊の追撃を躱すべく曲がり松商店街へ飛び込んでいた。

 

そして、この商店街に入って直ぐの場所にある旅館「肴屋本館」玄関前のS字コーナーを駆け抜けると、後から追って来たマチルダⅡ歩兵戦車Mk.Ⅲ/Ⅳの1輌が旋回中にアンダーステアを発生。

 

曲がり切れなくなったマチルダⅡは、其の儘「肴屋本館」の玄関へ突っ込んだ。

 

 

 

「ウチの店がー!…これで新築出来る♪」

 

 

 

「縁起良いなぁ~♪」

 

 

 

「ウチにも突っ込まねぇかな?」

 

 

 

パブリックビューイング席の一角で、肴屋本館の主人らしき人物が歓声を上げる中、その友人と思われる2人の小父さんがボヤいていた。

 

彼らは“戦車道連盟が認可した試合において発生した競技区画内の建造物等の破損に関する原状回復費用は、日本戦車道連盟が全額補償する”事を知っているのである。

 

更に、今回の「高校生戦車道チャレンジ」では、試合の特別協賛である周防石油グループがこれらの補償費用を全額負担しているので、普段は“補償費用を負担する側”である日本戦車道連盟も自らの懐が全く痛まないのである。

 

因みに…その隣の席で、小父さん達の様子を眺めていた原園車両整備の張本 夕子は「その内、何処かのWRC(世界ラリー選手権)ファンみたいに『俺のウチに凄い戦車道の選手が突っ込んだ事があるんだぜ!』って自慢する為に壊れた入り口、ワザと修理させなかったりして……」と小声でツッコんでいた。

 

 

 

 

 

 

そんな中、逃走を続けるみほは無線で、Fチームの原園 嵐へ何度目かの状況報告を入れる。

 

 

 

「こちらAチーム、現在肴屋本館を抜けて福本楼の前を……」

 

 

 

だがその時、嵐が切迫した声でみほに警告を発して来た。

 

 

 

『隊長!その先は、工事中で行き止まりです!』

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

突然の報告に吃驚したみほが前方を見ると…嵐の警告通り、目の前の道路が工事中の状態で封鎖されており「全面通行止」の看板まで立てられていた。

 

 

 

「あれ…原園さん、地元じゃないのに何故、大洗の地形に詳しいのだろう?」

 

 

 

大洗出身ではない嵐からの警告が、余りにも的確なので不思議がるみほだが…嵐は入学前の春休み期間中、一時的に大洗町の民宿に宿泊しており、その時世話になった女将さんから手作りの地図を貰っていて、実はその地図の中に道路工事中の区間も書かれてあったとは知る由もない。

 

だが兎に角、みほは退路を確保する為にⅣ号戦車を右方向へ信地旋回させて、元来た道へ戻ろうとした…しかし。

 

 

 

「!」

 

 

 

みほ達の前方にある商店街の鮮魚店「魚剣」の前に、聖グロのチャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶと2輌のマチルダⅡ歩兵戦車Mk.Ⅲ/Ⅳが横一列の隊形で現れる。

 

更に、その直ぐ後ろには3輌目のマチルダⅡ歩兵戦車Mk.Ⅲ/Ⅳも続いて来た。

 

そして、道路中央に位置するチャーチルの車長用キューポラから隊長のダージリンが上半身を出すと白いティーカップ(実は、先程車内で割った物の予備である)を持ったまま、みほに向かって慇懃無礼とも取れる口調で言い放つ。

 

 

 

「こんな格言を知ってる?英国人は恋愛と戦争では、手段を選ばない!」

 

 

 

目の前に、マチルダⅡの40㎜砲3門とチャーチルの75㎜砲1門を突き付けられたみほは、逃げられる所がないか周囲を見回したが、そんな場所は何処にも無い…はずだった。

 

ところが。

 

 

 

「あっ!?」

 

 

 

次の瞬間、みほは聖グロ戦車隊の後方に“異変”が起きた事に気付いた。

 

そう…この時、ダージリンの身に“想定外の危機”が訪れたのである。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

『聖グロ全車、そこを動くな!』

 

 

 

 

 

 

何と聖グロ戦車隊の後方に、何時の間にか到着した“猫顔”のイージーエイトのキューポラ上から、メガホンを持って聖グロ全車へ警告する原園 嵐の姿があったのだ。

 

そして()()ダージリンの手からティーカップが中身の紅茶と共に零れ落ちると、小さいが鋭い音と共に、ティーカップがチャーチルの砲塔の上で砕け散っていた

 

 

 

 

 

 

今振り返れば、あの出来事はある意味で“笑える”展開だった。

 

それと言うのも、西住隊長から「工事中で通行止めとなっていた福本楼の前の道路に来た」との連絡があって直ちに警告を発した直後、私達は若見屋交差点を渡って永田商店街へ入ろうとしたのだが…何と、その前方に聖グロのマチルダⅡ歩兵戦車が後部をこちらに向けて前進していたのだ。

 

しかも相手の戦車長(後で知ったが、此の人は“ルクリリ”さんと言う方だった)は、前方にばかり注意を向けていて、後方監視を怠っていた。

 

そこで私は、操縦手の菫に「こっちのエンジン音で相手に気付かれない様に、ゆっくり進みながらあのマチルダⅡの後を付けて行って」と指示した後、他の全員には戦闘準備を指示しつつ微速前進でマチルダⅡを尾行したら「魚剣」さんの前で聖グロの全車が西住隊長のⅣ号戦車を包囲していたと言う訳だった。

 

本来なら、此処で隊長車のチャーチルを撃破しても良かったのだが…この時、私は思う事があって、敢えて備品として車内に用意して置いたメガホンを手に取ると聖グロの全戦車長に向かって警告を発した。

 

 

 

『少しでも動くと、あなた達の大事な隊長車のお尻に、熱い1発をお見舞いするわよ!』

 

 

 

するとチャーチルのキューポラから、上半身を出していた聖グロ隊長のダージリンさんが私に向かって、不思議そうな顔で語り掛けて来た。

 

 

 

「一体…何の用かしら?」

 

 

 

恐らく彼女は、此方がいきなり発砲せずに警告を発して来たので、その意図を摑み兼ねたのだろう。

 

そこで、私は自らの要求を伝える。

 

 

 

『西住隊長が此処を離れるまで、一切手を出さないで下さい。それが出来たらこの場は見逃します…そして、今度は4対2で試合を仕切り直しましょう』

 

 

 

するとダージリンさんは小首を傾げた後、私に向かってこう問い掛けて来た。

 

 

 

「貴女が原園さんね。でも何故、此処で私を撃たないのかしら?」

 

 

 

目の前で戦車砲を突き付けられているにも関わらず、凛とした表情を崩さずに問い掛けるダージリンさんの姿に凛々しさと力強さを感じた私は、一瞬気後れしたが、すぐ平常心を取り戻すと自分の考えを伝えた。

 

 

 

『それは…公式戦なら兎も角、今日は「騎士道精神でお互い頑張りましょう」と仰ったのは、貴女ではないですか?ならば、“後ろから撃つのは騎士道精神に反する”と思いましたので。それに、今日は()()()ですから、隊長車を撃破しても勝ちにはなりません』

 

 

 

するとダージリンさんは微笑を浮かべながらも、冷静な口調で私の提案の問題点を指摘する。

 

 

 

「あら、私達に情けを掛けるのね。でも、ここで情けを掛けても我々の戦車は4輌で、貴女方は2輌…貴女方の不利は変わらないわよ?」

 

 

 

そう…ダージリンさんの言う通り、もし私の要求が通っても私達大洗女子の形勢が有利になる訳では無い。

 

だが、私はこの時()()()()()()、ダージリンさんへ自分の気持ちを告げる事が出来た。

 

 

 

『はいダージリンさん、その通りです…でも私、信じているんです。西()()()()()()()()()()()()()()()、この試合、西住隊長が何とかしてくれる…いえ、()()()()()()()()()って、心の底から信じていますから!』

 

 

 

「!」

 

 

 

その瞬間、ダージリンさんは私の言葉に衝撃を受けた様だ。

 

彼女は、驚きの表情で私を見詰めたまま…それは、ほんの数秒間だったと思うが、一言も発しなかった。

 

更にその後ろでは、私の行動を心配そうに見ていた西住隊長が、私に向かって目を見開いている姿も見えていた。

 

すると突然、ダージリンさんが無線機のマイクを手にすると聖グロの各戦車乗員に向けて命令を下し始めた。

 

 

 

「全車、そのまま発砲せずに待機。相手隊長車が、この場を離れるまで一時休戦……」

 

 

 

だが、この命令が終わる前に試合は、“トンデモない展開”を迎える事となる。

 

 

 

 

 

 

その“事態”は、ダージリンが味方各車に一時休戦を命令しようとした時に起きた。

 

 

 

「参上~!」

 

 

 

角谷 杏の無線による掛け声と共に、みほのⅣ号戦車D型と聖グロ戦車隊の間にある福本楼の横道から突然、大洗女子学園Eチームの38(t)軽戦車B/C型が飛び出すと聖グロ隊長車であるチャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶの目前に停車したのだ。

 

その姿を見た聖グロ戦車隊のマチルダⅡ・5号車では、車長のルクリリが原園 嵐に向かって「貴様、裏切ったな!」と大声で罵ったが…次の瞬間、嵐が慌てた表情でEチームの38(t)へ、ルクリリ以上の大声で呼び掛けた。

 

 

 

『あっ会長、絶対に撃たないで下さい!聖グロの隊長と話を付けましたから、今直ぐ西住隊長を連れて此処から離れて下さい!』

 

 

 

その様子を目撃したダージリンは、ルクリリの発言を踏まえて、チーム各車へ落ち着いて対処する様に指示を出す。

 

 

 

「どうやら裏切りでは無さそうだわ。もう少し様子を見守りましょう」

 

 

 

その頃、大洗Eチームの38(t)軽戦車の車中では……

 

 

 

「会長、撃っちゃダメですって!」

 

 

 

嵐の呼び掛けを聞いた装填手の名取 佐智子が、通信手席に座っているが“実は何もしていない”生徒会長の角谷 杏に向かって忠告すると、杏も頷きながら砲手兼車長を務める河嶋 桃へ話し掛けようとした。

 

 

 

「ああ名取ちゃん、私も聞いたよ。と言う訳で河嶋、撃っちゃダメだよ……」

 

 

 

ところが……

 

 

 

「発射!」

 

 

 

「桃ちゃん!?」

 

 

 

肝心の河嶋は、目前にいる敵隊長車撃破の功を焦ったのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()38(t)に備えられた46.7口径37㎜砲を発射してしまった!

 

その“暴挙”を目撃した操縦手の小山 柚子が河嶋を諫めたが、もう遅い。

 

突然の事態に両チーム共、一瞬その場に固まってしまい、誰も動き出す事さえ出来なかった……

 

 

 

 

 

 

それから数秒後。

 

一時停戦となる直前に起きた突然の発砲に「すわ、大洗側の裏切り行為か!?」と身構えた聖グロ各車の乗員だったが、直ぐに“ある事実”に気付いた。

 

 

 

「あれ…どの戦車にも当たっていない?」

 

 

 

聖グロのメンバーの中で、その事に逸早く気付いたルクリリが拍子抜けした表情で呟く。

 

その直後、隊長車のチャーチルの無線機に3輌いるマチルダⅡの戦車長から「此方被弾有りません」との報告が次々と飛び込んで来た。

 

勿論、隊長車のチャーチルも被弾していない。

 

そう…聖グロの戦車4輌全てに、先程の発砲によって行動不能に陥った事を示す白旗が上がった車輌は無かったのである。

 

それを各車からの無線報告で確認したオレンジペコは、大洗の38(t)軽戦車が発砲した砲弾は外れたのだろうと思い、先輩である砲手のアッサムへ「隊長へ被弾した戦車が無い事を報告します」と告げると、砲塔上部にある装填手用のハッチを開けた。

 

そして、キューポラから上半身を乗り出しているダージリン隊長へ報告する。

 

 

 

「ダージリン様、どうやら敵弾は命中しなかった様です」

 

 

 

だが、次の瞬間。

 

オレンジペコは、敬愛する隊長の表情に異変が生じているのに気付いた。

 

この時ダージリンは、原園 嵐が駆る大洗側のM4A3E8を眺めながら右手を口元に当てていた。

 

いや正確には…右手で口元を隠しながら、必死になって笑いを堪えていたのだ!

 

 

 

「ダージリン様、一体どうしたのですか…って、ええっ!?」

 

 

 

その瞬間、ダージリンが何故笑いを堪えているのかと不思議がっていたオレンジペコは、視線をダージリンが見ているのと同じ方向へ向けた時に“その理由”を知って、仰天したのである。

 

 

 

 

 

 

ハッキリ言うと生徒会Eチームの38(t)軽戦車が発砲した時の私は、心臓が止まる思いだった。

 

包囲されていた西住隊長達Aチームを救い出す為、荒っぽい手段だったけれど一時停戦に持ち込む寸前だったのに…これでは、完全な裏切り行為じゃない。

 

人の言う事を聞かずにいきなり37㎜砲をぶっ放した、あの38(t)の砲手…恐らくは“あの先輩”だろうが、試合が終わったらどうしてやろうかと、その時は思っていた。

 

ところが38(t)が発砲して数秒…あの時の私の感覚では、もっと時間が経っていた気がするが、その間に周囲を見渡していた時、周りにいる4輌の聖グロの戦車で白旗を上げた車輌がいないのに気付いた。

 

そして…再び私が、正面にいる聖グロ隊長車のチャーチルのキューポラから上半身を出しているダージリン隊長の顔を見た時。

 

何とダージリンさんは、ずっと私の方を見詰めつつ口元に手を当てたまま、“必死になって笑いを堪えていた”のだ!

 

 

 

『えっ…私の方を見て笑っている!?一体、何が?』

 

 

 

ダージリンさんの表情を見て、一瞬訳が分からなくなった私は、ふと視線を自分の戦車へ向けて細部を確認していた所…()()()()()()()を目の当たりにする事になった。

 

 

 

『へっ…って、ええっ!?』

 

 

 

余りにも予想外の光景を目撃して、私は呆然となった。

 

何と…イージーエイトの砲塔リングに、38(t)が撃った37㎜砲弾が突き刺さっていたのだ!

 

そして次の瞬間、私達のイージーエイトの砲塔後部から無情にも白旗が上がった。

 

 

 

 

 

 

「大洗女子学園、M4A3E8、走行不能!」

 

 

 

 

 

 

その時、パブリックビューイングが行われていた大洗シーサイドステーションでは、地元チームの隊長を救う為に対戦相手の隊長へ情けを掛け、その場に乱入して「裏切り」と取られかねない行動をした味方の38(t)を止めようとした原園 嵐の行動に、観客の多くが称賛の声と拍手を送っていた。

 

勿論、「勝てそうなのに余計な事を……」と思った観客もいるが、そう考えた者は極少数であり、“戦車道は戦争ではない”事を知っている戦車道ファンや観客の殆どは「原園選手の行動は間違いとは言い切れない」と考えていた。

 

特に、来賓席にいた周防 長門に至っては、明美達や取材担当の「首都新聞社」契約ライター・北條 青葉に「嵐は、騎士道精神を貴ぶ対戦相手の聖グロへ彼女なりの敬意を表したんだよ」と語り、理解さえ示していた。

 

それだけに…大洗女子の38(t)がチームメイトである嵐の警告を無視して発砲した上、その嵐が乗るイージーエイトに“味方撃ち(フレンドリー・ファイア)”を()()()()()瞬間…観客からは大洗女子に対する悲鳴と落胆の声が上がったのは言うまでもない。

 

 

 

一方…まさかの味方撃ち(フレンドリー・ファイア)と言う大失態”を演じた大洗女子学園Eチーム・38(t)軽戦車の車内では、柚子が桃に向かって恨めしそうな声で怒鳴っていた。

 

 

 

「桃ちゃん…()()()当てる!?」

 

 

 

「えっ…って、ええっ!?」

 

 

 

()()()()()()()である桃は、柚子に怒鳴られてから自分が犯した()()に気付いたが、まさか以前からいがみ合っていた嵐の戦車へ命中弾を与えて撃破してしまったと言う現実に、意識がフリーズしてしまっていた。

 

桃ですらこの有様だから、同乗している杏と佐智子に至っては、完全に絶句してしまっていた……

 

 

 

そして…この“味方撃ち(フレンドリー・ファイア)”の直後、「魚剣」の前は大混乱に陥った。

 

まず、問題の大洗女子学園Eチームの38(t) 軽戦車B/C型は、聖グロ戦車隊4輌からの一斉射撃で、直ぐ様撃破された。

 

 

 

「やられた~」

 

 

 

と、38(t)の車内で声を上げたのは、Eチームのメンバーで唯一、試合中は何もせず干し芋を食べているだけだった杏である。

 

ところがこの時…聖グロ全車の戦車砲が38(t)へ向けられていたのに気付いた大洗女子学園AチームのⅣ号戦車D型が、その隙に脱出を敢行したのだ。

 

 

 

「前進、一撃で離脱して。路地左折!」

 

 

 

戦車長のみほが乗員に指示を出すと、出会い頭にルクリリが率いる聖グロのマチルダⅡ・5号車目掛けて砲撃する。

 

本来、みほが率いるⅣ号戦車D型が持つ24口径75㎜戦車砲の徹甲弾では、至近距離からでもマチルダⅡ歩兵戦車が持つ75㎜の車体正面装甲を撃ち抜く事は叶わないのだが…実はこの試合前、みほは聖グロの持つ英国製歩兵戦車対策として「成形炸薬弾」の入手を支援者の原園 明美に頼んでいたのである。

 

Ⅳ号戦車の初期型が持つ24口径75㎜戦車砲用の成形炸薬弾で一番威力がある「Gr38 Hl/C」であれば、射程距離に関係なく最大で100㎜厚の装甲板を撃ち抜ける為、マチルダⅡなら十分撃破できる可能性がある…それでも砲塔前面の装甲板が152.4㎜、車体側面も95㎜ある重装甲のチャーチルを撃破するのは至難の業だが。

 

其れは兎も角、みほの頼みを快諾した明美の手配で成形炸薬弾を搭載(勿論、試合前に戦車道連盟による検査にも合格している)したAチームのⅣ号戦車D型は見事、聖グロのマチルダⅡ・5号車を撃破。

 

そして先程、38(t)が入って来た横道を通って脱出に成功したのである。

 

因みに…この様子を来賓席のモニターで見ていた原園 明美と周防 長門は其々「よっしゃー!」「いいぞ、みほちゃん!愛してる~!」と口走りながら、2人揃って得意満面の笑みを浮かべつつ“ガッツポーズ”を決めていたとの事である。

 

 

 

「回り込みなさい、至急!」

 

 

 

この直後、自らのミスに気付いたダージリンの号令の下、聖グロの残存戦車3輌が大洗女子のⅣ号戦車を追って「魚剣」前の道路から姿を消すと、そこには撃破された3輌の戦車…大洗の38(t)とM4A3E8、そして聖グロのマチルダⅡ・5号車だけが残された。

 

 

 

「あーあ…八九式に狙われたかと思ったらイージーエイトに後を付けられて、隊長を人質に取られ、最後は隙を突かれてⅣ号に撃破されるだなんて…最悪だわ」

 

 

 

周囲から自分も含めて、白旗を上げていない行動可能な戦車がいなくなったのに気付いた、聖グロのマチルダⅡ・5号車の車長ルクリリが砲塔キューポラから顔を出した後、溜め息を吐きながらガッカリした表情で呟いたその時。

 

彼女のすぐ後方で、同じく撃破されて白旗を上げている大洗女子のM4A3E8のキューポラから戦車長らしき赤毛のセミロングの少女が上半身を出して、前方で擱座している38(t)軽戦車を睨んでいるのに気付いて、思わず声を上げた。

 

 

 

「何かしら…あっ!?」

 

 

 

そしてこの後、ルクリリは()()()()に於いて“この試合最大の見せ場”を目撃した数少ない聖グロ側メンバーの1人となる。

 

 

 

 

 

 

…こうして、全てが終わった後。

 

私は、イージーエイトの砲塔キューポラから身を乗り出したまま車外の様子を見ていたが、場が静かになったのを見計らって、舞に『無線機のマイクを頂戴…今直ぐ!』と怒鳴った。

 

 

 

「ら…嵐ちゃん?」

 

 

 

舞はマイクを渡したくないのか、車内で脅えながら私に呼び掛けたが、私が改めて『マイクを頂戴!』と恨めしそうな口調で迫ると震える手でマイクを渡してくれた…ゴメンね、舞が悪い訳じゃないけれど、今はどうしても怒りが抑えられない。

 

そして私は、無線機のマイクを口元に向けると38(t)の通信手席にいるであろう角谷会長へ詰問する。

 

 

 

『会長…今、38(t)の主砲を撃ったのは、誰ですか!?』

 

 

 

「あっ、え~とね…撃ったのは河嶋」

 

 

 

私からの詰問に対して、会長は呆気無い程正直に回答してくれたが…その瞬間、今までの河嶋先輩との確執を思い出した私の心は、怒りで爆発寸前になった。

 

そこで私は、会長へこう返信する…戦後の広島県呉市を舞台にした、ヤクザ映画シリーズの主人公並みにドスの効いた口調で。

 

 

 

『そうですか…じゃあ河嶋先輩に無線を代わって下さい。それと河嶋先輩には「キューポラから顔を出せ」と伝えて下さい!』

 

 

 

すると、38(t)のキューポラから河嶋先輩が世にも情けない顔をしながら姿を現すと、必死になって自らの失態に対する弁明を始めた。

 

 

 

「は、原園…あの…その…わ、悪気は無かったんだ!…と言うか、こんなはずじゃなかったんだ!」

 

 

 

ええ、そうでしょうね。

 

戦車道をやっている人で、“試合中に味方撃ち(フレンドリー・ファイア)なんて事を()()()やる奴”はいませんから!

 

だが…私は、初めて出会った時からここまでの間、ずっと煮え滾っていた河嶋先輩に対する怒りをそのままぶつけるべく、こう言い放った。

 

 

 

 

 

 

『河嶋先輩…何て事をしてくれたのよ、この“ダメ人間”!』

 

 

 

 

 

 

その直後。

 

38(t)の車内では、嵐からの怒鳴り声を聞いた桃が真っ白に燃え尽きた様な表情になって、キューポラから直行で車内へへたり込んでから、心配そうに近づいて来た柚子に向かって涙声で訴えた。

 

 

 

「柚子ちゃん…後輩から“ダメ人間”って言われたぁ~!」

 

 

 

「桃ちゃん……」

 

 

 

桃に泣きながら抱き付かれ、困惑の声を上げている柚子を余所にその様子を眺めていた杏も、困り果てた表情でこう呟くのが精一杯だった。

 

 

 

「でも流石に…これは河嶋が悪いよね~」

 

 

 

だが、その隣で杏の言葉を聞いていた装填手(兼仕事をしない杏の監視役でもある)の名取 佐智子は、憤懣やるかたない表情で杏を批難していた。

 

 

 

「ああ…これからどうするんですか、会長!西住隊長や原園さんに何てお詫びするつもりですか!?」

 

 

 

こうして…味方撃ち(フレンドリー・ファイア)と言う“不名誉な事件”を引き起こした、大洗女子学園戦車道チームのEチームが乗る38(t)軽戦車の車内は、正しくカオスそのものの状態となったのである。

 

 

(第26話、終わり)

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第26話をお送りしました。

と言う訳で、親善試合終了であります。
おめでとう桃ちゃん、劇場版よりも早く初撃破…但し、相手は味方だけどな!
と言うか、これをやりたかった為に嵐ちゃんと桃ちゃんが初めて出会った時から互いにいがみ合わせていたのです(ゲス顔)。
さあ、次回の桃ちゃんの運命はどっちだ!

そして今回、嵐ちゃんによって一時“人質”にされそうになったダージリン様…でも、この人だったらそんな時でも冷静に振舞いそうだったので、あのシーンになりました。
次回は、そんなダー様の試合後の様子にも注目して下さい…ああ、勿論“大洗名物のアレ”にもね!(不気味な微笑)

それでは、次回からは平常通りの月刊連載となりますが、お楽しみに。


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