戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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令和最初の夏は9月に入ってから、また暑くなるとは…どう言う事だ(疲労困憊)。
其れは兎も角、今回は華さんのターンです。
では、どうぞ。



第28話「勘当です!!」

 

 

此処は、茨城県水戸市の閑静な住宅街にある立派なお屋敷。

 

その広い一室で、西住先輩や秋山先輩に武部先輩、そして詩織ちゃんに加えて、何故か私までもが揃って正座をしている。

 

その向かい側には五十鈴先輩が正座をして座っており、傍らでは従妹の華恋ちゃんが手に持っている急須で、皆にお茶を注いでいた。

 

 

 

「済みません。私が口を滑らせたばっかりに……」

 

 

 

「いえ、此方こそ御免なさい。先輩方まで巻き込んでしまって」

 

 

 

『あの…私は構わないのですが、五十鈴先輩の方こそ、大丈夫ですか?』

 

 

 

秋山先輩と華恋ちゃんが、其々の言葉で皆に謝っているので、私は自分よりも五十鈴先輩の事を心配していると、当の先輩が済まなそうな表情で謝罪する。

 

 

 

「そんな…私が、母にちゃんと話していなかったのがいけなかったんです」

 

 

 

実は今、私達は五十鈴 華先輩のご実家*1に居るのである。

 

何故、こうなったのかと言うと…それは、今から2時間程前に遡る。

 

 

 

 

 

 

聖グロリアーナ女学院との親善試合終了後、大洗シーサイドステーションの一角で、私達大洗女子学園戦車道チームのFチーム5人と中等部の仲良し4人組が出会った。

 

すると、中等部4人の内2人が西住先輩率いるAチームのメンバーと血縁関係にある事が分かった為、そこから皆で意気投合して、一緒に昼食を食べに行こうとした。

 

しかし、この時菫が学園艦内で乗る為に父から送ってもらった“愛車”が自動車部の部室に届いたと言う連絡があり、菫は自動車部の部室へ行く事に決めたので、私達は二手に別れる事となった。

 

まず、瑞希と舞、良恵ちゃんに中学生の由良ちゃんと光ちゃんは、菫と一緒に昼食を摂ってから彼女の愛車を見学する為、学園艦へ戻る事になった。

 

一方、私は五十鈴先輩の従妹である華恋ちゃんと武部先輩の妹である詩織ちゃんの中学生2人と一緒に、西住先輩達を探しに行く事にした。

 

尤も、本当の所は瑞希が「嵐は、西住先輩と一緒に昼食が食べたいんだよね。じゃあ私達は邪魔しない方がいいね~♪」と周囲に言い触らした結果、皆が私に気を遣ったのだけれど…もう、言われたこっちが恥ずかしいじゃない。

 

幸い、詩織ちゃんがスマホで姉の武部先輩と連絡を取った結果、西住先輩達も大洗シーサイドステーション内にいる事が分かったので、直ぐ合流する事が出来た。

 

但し、冷泉先輩だけは「おばあに顔見せないと殺される」との事で、既にその場にはいなかったのだけれど…気持ちは分かります。

 

と言う訳で、私達3人はシーサイドステーション内で行われていた……

 

 

 

『ご当地アイドル・磯前(いそまえ) 那珂(なか)ちゃんオンステージ』

 

 

 

……の会場前で、西住先輩達4人と合流。

 

ステージ上の那珂ちゃんが「恋の2-4-11」を唄っている最中に皆で挨拶をした後、昼御飯を何処で食べようかと相談を始めたのだが…そこへ1台の人力車が登場したのが、全ての始まりだった。

 

突然現れた人力車の若い俥夫が私達に目を合わせると、笑顔を浮かべて、人力車を牽きながら、此方へやって来た。

 

 

 

「あっ…目が合っちゃった!?」

 

 

 

すると、武部先輩がドキッとした表情で呟くが、妹の詩織ちゃんは呆れた表情で「また、お姉ちゃんの悪い癖が……」とボヤいている。

 

そう言えば武部先輩、恋愛に大変興味があるらしいけれども…と思っていると。

 

 

 

「うひゃ、やだぁ♡」

 

 

 

若い俥夫が人力車を牽きながら此方へやって来るので、武部先輩が声を上げると、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

 

私は、その姿を眺めながら「先輩、恋愛好きなのに男性経験はまるで無いのか?」と思っていると、突然五十鈴先輩がこんな事を言い出した。

 

 

 

「新三郎!?」

 

 

 

その声を聞いた武部先輩が「知り合い!?」と驚愕の一言を放つが、人力車を牽いて来た若い俥夫は人力車を止めてから、此方へ向かって来るので、武部先輩は胸をときめかせながら自己紹介を始めた。

 

 

 

「は、初めまして。私、華さんのお友達の……」

 

 

 

だが無情にも(?)、若い俥夫は武部先輩の前を通り過ぎて行く。

 

 

 

「はい、お姉ちゃん玉砕」

 

 

 

その姿を見た詩織ちゃんが何時もの事なのか、明らかに止めを刺す一言を発した時。

 

若い俥夫は五十鈴先輩の前に来ると、感極まった笑顔を浮かべながら、挨拶をした。

 

 

 

「お嬢、元気そうで!」

 

 

 

その姿を見た武部先輩が五十鈴先輩へ「何、聞いてないわよ!?」と抗議をする一方、詩織ちゃんは「やれやれ…」と呆れている所へ、五十鈴先輩がこの若い俥夫を皆へ紹介してくれた。

 

 

 

「ウチに奉公に来ている新三郎」

 

 

 

そして紹介された奉公人の新三郎さんも「お嬢がいつもお世話になってます」と、皆へ挨拶をしたので、私も直ぐお辞儀をした…確かに武部先輩が惚れてしまう位、実直そうな感じの人だ。

 

すると後ろに停めてある人力車から、和服姿の女性が日傘を差しながら此方へやって来た。

 

人力車を牽いて来た新三郎さんが五十鈴先輩の実家の奉公人と言う事は、この女性はきっと…と、私が想像を巡らせていた、その時。

 

 

 

「華さん」

 

 

 

「お母様」

 

 

 

互いに朗らかな笑みを浮かべて挨拶をする、和服姿の女性と五十鈴先輩。

 

この遣り取りで、この女性が五十鈴先輩のお母様である事が明らかとなり、私も納得した。

 

確かに、年齢差を考えれば五十鈴先輩によく似た雰囲気を持つ方だ。

 

すると……

 

 

 

「良かったわ、元気そう…此方の皆さんは?」

 

 

 

五十鈴先輩のお母様が先輩の周りにいる方々に目を留めたので、五十鈴先輩が西住先輩達の紹介を始める。

 

 

 

「同じクラスの武部さんと西住さん」

 

 

 

「「こんにちは」」

 

 

 

まず、紹介された西住先輩と武部先輩が挨拶をした…ところが。

 

此処で秋山先輩が自己紹介のつもりで「私はクラスが違いますが、戦車道の授業で……」と言った途端、五十鈴先輩のお母様の表情が一気に険しくなったのである。

 

 

 

「戦車道!?」

 

 

 

「はい、今日試合だったんです……」

 

 

 

五十鈴先輩のお母様が驚きの声を上げる中、何も気付いていないらしい秋山先輩が今日の試合について話そうとしたので、慌てた私は秋山先輩へこう耳打ちした。

 

 

 

『秋山先輩…多分、此の方は戦車道が御嫌いみたいですよ?』

 

 

 

「…はっ!」

 

 

 

流石に秋山先輩も私からの耳打ちと百合さんの表情から、状況を察して口を両手で塞いだが、もう遅かった。

 

今日の試合の事を聞いた五十鈴先輩のお母様は、険しい表情のまま五十鈴先輩を詰問する。

 

 

 

「華さん…どう言う事?」

 

 

 

「お母様……」

 

五十鈴先輩が声を落とすと、先輩のお母様は先輩の右手を手に取って、直ちにその掌の匂いを嗅ぐ。

 

そして……

 

 

 

「鉄と油の匂い…あなた、もしや戦車道を!?」

 

 

 

「あっ…はい」

 

 

 

母親の追及の前に、五十鈴先輩が戦車道を履修している事実を認めると、先輩のお母様は怒りに震えながら、先輩を叱り始めた。

 

 

 

「花を生ける繊細な手で戦車に触れるなんて…ああっ!?」

 

 

 

ところが次の瞬間、五十鈴先輩のお母様の目が焦点を失ったかと思うと、お母様は白目を剥いて、そのまま倒れ込んでしまった。

 

 

 

「奥様!?」

 

 

 

「お母様!?」

 

 

 

新三郎さんと五十鈴先輩が倒れたお母様に声を掛ける。

 

同時に只ならぬ状況を察した私は、皆に向かって大声を上げた。

 

 

 

『皆さん、救護室か事務所を探して下さい…急いで!』

 

 

 

だが、その次の瞬間。

 

私は、大声を出したのを後悔した。

 

と言うのも……

 

 

 

「あの…後ろの方にいらっしゃるお客様が倒れたみたいですけれど、大丈夫ですか!?」

 

 

 

つまり…此方の様子に気付いたステージ上の磯前 那珂ちゃんが歌を中断して私達に呼び掛けており、ステージのスタッフも此方へ向かっていたのだった。

 

その後…私達は那珂ちゃんのオンステージのスタッフさん達の協力で、倒れた五十鈴先輩のお母様を介抱したり医者の手配をしたりするなどして、大騒ぎだった…那珂ちゃんやスタッフの皆さん、あの時は本当に済みませんでした。

 

 

 

 

 

 

そして、気付けば私達は、倒れた五十鈴先輩のお母様や御付きの新三郎さんと一緒に先輩のご実家に来て、今に至る。

 

幸いにも、五十鈴先輩のお母様はショックで倒れただけの様で、医者からも「家でゆっくり休めば大丈夫ですよ」と告げられた為、今はご実家の部屋で休んでいる様だ。

 

ふと気付くと、西住先輩が床の間に置かれている活け花を見詰めていたので、私も釣られて、その花に視線を向けていた…そして、ある事を思い出した私の口から、自然に言葉が零れる。

 

 

 

『あの…五十鈴先輩。失礼ですが、先輩のご実家は華道の家元ですか?』

 

 

 

「ええ…そう言えば原園さんには、未だ話していませんでしたね」

 

 

 

私の質問に五十鈴先輩が答えると、華恋ちゃんが「でも原園先輩、よく分かりましたね?」と問い掛けて来たので、私はこう答えた。

 

 

 

『実は、中学の同級生に華道を習っていた娘がいて、何度かその娘の活けた花を学校で見た事があるから、“もしかして”と思ったの…五十鈴先輩、床の間の花はシンプルだけど、凄く綺麗に活けていますね』

 

 

 

「あれは、お母様が活けた華なの」

 

 

 

すると、私の答えを聞いた五十鈴先輩が微笑みながら話してくれたので、私も笑顔で、先輩の母親の印象について語った。

 

 

 

『成程、何となく分かります…先輩に似て、真っすぐな感じの方みたいですね』

 

 

 

だが、その言葉を聞いた五十鈴先輩は再び表情を暗くして「ええ……」と呟くと、悲しげに俯いてしまう。

 

しまった…と思った私は、五十鈴先輩に謝ろうと「御免なさい、私……」と話し始めた、その時。

 

新三郎さんが部屋の襖を開けると、五十鈴先輩に声を掛けて来た。

 

 

 

「お嬢、奥様が目を覚まされました…お話があるそうです」

 

 

 

だが、五十鈴先輩は俯いたまま、新三郎さんの頼みを断る。

 

 

 

「私、もう戻らないと」

 

 

 

でも、新三郎さんは真剣な表情で「お嬢!」と呼び掛けるが、それでも五十鈴先輩は従わない。

 

 

 

「お母様には、申し訳ないけれど……」

 

 

 

“お母様には会いたくない”と、五十鈴先輩が意思表示をした時、私は思わずハッとなった。

 

えっ…それは不味いよ。

 

自分も人の事は言えないが、幾らお母様が戦車道に反対だからって、話さえ聞かないのは…と、私が心配し始めた、その時。

 

 

 

「差し出がましい様ですが、お嬢のお気持ち、ちゃんと奥様にお伝えした方が宜しいと思います!」

 

 

 

それは、絶妙のタイミングだったと思う。

 

五十鈴先輩の後ろで、正座をしながら控えていた新三郎さんが、真剣な表情で先輩を諫めたのである。

 

その言葉は、私がその時思っていた事を、私よりも的確に語っていた…なので、次の瞬間私も新三郎さんの後を追う様に、五十鈴先輩へ声を掛けていた

 

 

 

『五十鈴先輩、新三郎さんの仰る通りだと思います。私も母とはずっと仲が悪いから分かるけれど、どんなに親の事が嫌いでも、何も言わないでいると…きっと取り返しの付かない結末が待ち受けていると思うのです』

 

 

 

「!?」

 

 

 

その瞬間、五十鈴先輩は新三郎さんだけでなく、私からも同じ事を告げられたのに驚いていたが…その後直ぐ、新三郎さんに向かって小さく頷くと席を立って、お母様が休んでいらっしゃる部屋へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

それから、数分後。

 

私達は、五十鈴先輩が向かって行った部屋の前にいた。

 

 

 

「いいのかな?」

 

 

 

「偵察よ、偵察」

 

 

 

困り顔の西住先輩が小声で話し掛けると、武部先輩が“盗み聞き”を“偵察”と言い換えて誤魔化していたが、その傍では秋山先輩と華恋ちゃんに、武部先輩の妹の詩織ちゃんまでが同じ様に、襖越しに部屋の会話を盗み聞きしている。

 

私はと言うと、武部先輩達の後ろにいる西住先輩の隣で、武部先輩達が聞き耳を立てているのを、半ば呆れながら眺めていた。

 

 

 

「申し訳ありません」

 

 

 

部屋から、五十鈴先輩の声が聞こえる。

 

その様子は、襖に閉ざされているので此方からは分からないが、これから五十鈴先輩が今後も戦車道を続ける為に、お母様の許しを得ようと真剣になっているであろう事は、容易に窺えた。

 

 

 

「どうしてなの…華道が嫌になったの?」

 

 

 

「そんな事は」

 

 

 

悲し気に語り始めた先輩のお母様は、娘が華道から逃げ出す為に戦車道を始めようとしたのかと疑っているが、五十鈴先輩はそれを否定する。

 

 

 

「じゃあ、何か不満でも?」

 

 

 

「そうじゃないんです」

 

 

 

あくまで娘が華道を辞めようとしているのではないかと思っているお母様に対して、改めてそれを否定する五十鈴先輩だが、お母様はその答えでは曖昧だと思ったのか、苛立つように声を荒げた。

 

 

 

「だったら、どうして!?」

 

 

 

その問いに対して、五十鈴先輩は悲し気な声で、その理由を語る。

 

 

 

「私…活けても活けても、“()()が足りない”様な気がするのです」

 

 

 

「そんな事は無いわ。あなたの花は、可憐で清楚…“五十鈴流そのもの”よ」

 

 

 

先輩のお母様は、先輩が語った不安を打ち消すかのように語り掛けたが、それに対して五十鈴先輩は意を決した様に“自らの真意”を打ち明けた。

 

 

 

「でも…私はもっと力強い花が活けたいんです!」

 

 

 

「!」

 

 

 

その時、五十鈴先輩の告白を襖越しに聞いていた西住先輩が、心を動かされた様に表情を変えていたのを私は見逃さなかった。

 

そして私は、五十鈴先輩の決意の内容が理解出来た。

 

 

 

『そうか…五十鈴先輩は、()()()()()()()()んだ』

 

 

 

私や西住先輩とは異なり、華道から“逃げる”のではなく、更に“力強くする為”に戦車道を修める。

 

そうする事で“「自分の華道」をより()()()()()()()”にする。

 

五十鈴先輩にとって、戦車道とは「自己を確立させる為の手段」なのだ、と私は理解した。

 

その瞬間、私は素直に「凄いなぁ」と感心した。

 

五十鈴先輩に比べたら、私はまだまだ子供だな、って。

 

確かに私は、お父さんが戦車道の事故で亡くなったと言う事情があるから、五十鈴先輩とは条件が異なるかもしれないけれども、ずっと“戦車道から()()()()としていた”事に違いはない。

 

それに対して、五十鈴先輩は実家の華道から逃げずに、「どうすれば自分の思い描くものに出来るのか」を模索し続けている…その時、私は「自分もあの様に成長したい」と願っている事に気付いた。

 

と同時に、私は五十鈴先輩とお母様が“()()対立しているのか”が、分かった。

 

簡単に言えば、これは“母娘の考え方の擦れ違い”だ。

 

五十鈴先輩は、言わば“独り立ち”をする為に戦車道をやろうとしているのだが、お母様は“それに気付いていない”。

 

お母様は、単に“娘が自分の跡を継いでくれる筈”と、()()()()思っているに過ぎない…“流派のやり方や考え方”も含めて。

 

でもそれは、“娘を「自分の分身かコピー」としか認識していない”と言う点に、先輩のお母様は気付いていない…厳しい言い方だけれども「子離れしていない」のだ。

 

 

 

だが、五十鈴先輩のお母様は、未だ“娘の決意の()()”を理解していないし、“娘と自分の間にある擦れ違い”にも気付いていない。

 

だから、先輩の決意を聞くと、お母様は悲し気に「あっ…ああっ」と呻いてから、倒れ込んでしまった。

 

 

 

「お母様!?」

 

 

 

「素直で優しい貴女は何処へ行ってしまったの?」

 

 

 

倒れ込んだお母様を心配して近付いた五十鈴先輩に対して、お母様は娘が変わってしまったと言わんばかりに、娘が差し伸べる手を拒絶する。

 

 

 

「あっ!?」

 

 

 

「これも戦車道のせいなの!?」

 

 

 

母親から拒絶されて衝撃を受けた五十鈴先輩を余所に、感情的になってしまった先輩のお母様は娘の決意に向かい合うのではなく、戦車道へその感情をぶつけてしまった。

 

 

 

「戦車なんて、野蛮で不格好で五月蠅いだけじゃない…戦車なんて、皆鉄屑になってしまえばいいんだわ!」

 

 

 

その瞬間、秋山先輩が殺気を帯びた表情で「鉄屑!?」と口走ったので、慌てた私は小声で『秋山先輩、落ち着いて下さい!』と諫めなければならなかったが…その時、五十鈴先輩とお母様の話し合いもクライマックスを迎えていた。

 

襖の奥から、五十鈴先輩の声が小さいながらもはっきり聞こえて来る。

 

姿は見えないが、その声からは毅然とした態度で母親に語り掛けているであろう先輩の姿が容易に想像出来た。

 

 

 

「御免なさい、お母様…でも私、戦車道は辞めません」

 

 

 

同時に、先輩のお母様と新三郎さんが息を呑む声まで聞こえて来た…そして。

 

 

 

「分かりました…だったらもう、ウチの敷居は跨がないで頂戴!」

 

 

 

遂に母娘の対話は、母による娘への“勘当”と言う取り返しの付かない結末を迎えてしまった……

 

 

 

「奥様、それは!?」

 

 

 

「新三郎はお黙り!」

 

 

 

その結末の重大さに気付いた新三郎さんが、五十鈴先輩のお母様へ諫める様に話し掛けるが、既に感情的になってしまっているお母様には伝わらなかった。

 

新三郎さんもその事に気付いたのか「あっ……」と声を出したまま、身動きもできない。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

五十鈴先輩の声が静かに聞こえる中、私は胸を詰まらせる。

 

 

 

『ああ……』

 

 

 

やっぱり、こうなってしまった。

 

自分自身、母との諍いの経験があるから、こんな事になるのではと想像していたが、今更ながら、新三郎さんが先輩を諫めた時に同じ事を言わなければ良かったと、私は後悔する…ところが、その時。

 

私達が聞き耳を立てていた部屋の襖を強引に開けて、怒鳴り込んで来た少女がいた。

 

 

 

「百合伯母さん!」

 

 

 

先程まで、私達と一緒に聞き耳を立てていた、五十鈴先輩の従妹の華恋ちゃんである。

 

 

 

「ちょっと、華恋!?」

 

 

 

「「ああっ!?」」

 

 

 

「華恋ちゃん、貴女まだ居たの!?」

 

 

 

突然怒鳴り始めた華恋ちゃんの姿を見て驚く、同級生の詩織ちゃんと武部・秋山両先輩、そして五十鈴先輩のお母様…それは兎も角、これで漸く五十鈴先輩のお母様の名前が「百合」であると分かった。

 

一方、華恋ちゃんは怒りが収まらない様子だ。

 

 

 

「まだ居たわ、じゃないわよ伯母さん…華姉ぇを勘当するつもり!?」

 

 

 

先程までの会話を聞いていた華恋ちゃんは、従姉を勘当した百合さんを激しく非難する。

 

だが百合さんは、厳しい表情ながらも落ち着いた声で華恋ちゃんを諭そうとした。

 

 

 

「華恋ちゃん、これは私達“親子の問題”なのよ」

 

 

 

確かに、常識で考えれば百合さんの説諭は正しいだろう。

 

例え親族でも親子同士の口論に口を挟むのは、良くないだろう…だが、従姉が勘当された事で頭に血が昇っている華恋ちゃんにとって、その言葉は“火に油を注ぐ”様なものだった。

 

 

 

「伯母さん、分かってない!華姉ぇは、“自分の華道に欠けている物を求める”為に戦車道を修めると決めたんだよ。伯母さんは、華姉ぇに“自分の理想を()()()()()()()()()()だけ”じゃないの!?」

 

 

 

「華恋ちゃん!」

 

 

 

姪の言葉が正鵠を射ていたせいか、百合さんがそれを無理に否定するかの様に怒鳴る。

 

 

 

「!」

 

 

 

「例え従妹でも、親子同士の問題には口を挟んではいけないのよ。分かるかしら?」

 

 

 

怒鳴られて一瞬、脅える表情をした姪に対して百合さんは、正論を持って諭した…ところが。

 

その直後に華恋ちゃんは、伯母である百合さんに向かって、“斜め上の宣言”をしたのだ。

 

 

 

「ああそうですか…じゃあ、私も此処の敷居は跨ぎませんから!」

 

 

 

「えっ…ええっ!?」

 

 

 

次の瞬間、姪()()“勘当”を言い渡される形になった百合さんは、それが想定外だったのか、それとも実の娘と同じ位に華恋ちゃんを可愛がっているからなのかは分からなかったが、その場で目を回して、再び倒れ込んでしまった。

 

 

 

「奥様!」

 

 

 

「「「あわわ……」」」

 

 

 

またしても倒れてしまった百合さんを介抱する新三郎さんと、その様子を目の当たりにした武部先輩と秋山先輩に詩織ちゃんが心配そうに部屋の様子を眺めている中、私達の目の前では、驚いた表情で先程までの母親と従妹の口論を見詰めていた五十鈴先輩が、華恋ちゃんと向かい合いながら会話を始めていた。

 

 

 

「華恋……」

 

 

 

「御免ね、華姉ぇ…でも百合伯母さん、華姉ぇが“自分の華道の為に戦車道を修める”と決意したのに()()()していたから、ついお灸を据えたくなっちゃった」

 

 

 

五十鈴先輩が先程の百合さんと同じ様に華恋ちゃんを諭そうとするかの様な表情で声を掛けると、華恋ちゃんは頭を下げて謝罪した後、伯母さんに“勘当”を言い渡した理由を告げた。

 

そして、一旦言葉を区切った後、五十鈴先輩に向かって語り続ける。

 

 

 

「だって、華姉ぇは華姉ぇだもの。“誰かのコピー”でも無ければ“操り人形”でもない、()()()()()だもの…百合伯母さんは、“そこが分かっていない”んだよ。“只の五十鈴流の後継者”としてしか見ていないもん!」

 

 

 

「!」

 

 

 

その瞬間、ハッと表情を変える五十鈴先輩。

 

同時に、その後ろでは新三郎さんに介抱されていた百合さんが一瞬、苦い表情をしているのを私は見逃さなかった…遅過ぎたとは言え、漸く娘や姪が“自分の言う事を聞かなくなった()()”に思い当たったのだろうか?

 

それは兎も角、五十鈴先輩の表情の変化を見た華恋ちゃんは、目に涙を溜めながら敢えて明るい口調で従姉に向かって語り続ける。

 

 

 

「だから華姉ぇ、いつか百合伯母さんや私にも見せてね…華姉ぇが目指す力強くて美しい花を。華姉ぇならきっと、そんな花を活ける事が出来ると信じてるから」

 

 

 

「華恋ちゃん……」

 

 

 

従妹から励まされた五十鈴先輩が、これまで固かった表情を和らげていると華恋ちゃんが元気な声で、この場にいた私達に向かってこう宣言した。

 

 

 

「だから私…華姉ぇや西住さん、それに原園先輩達の戦車道を応援するね!」

 

 

 

その宣言に詩織ちゃんも呼応して、華恋ちゃんの手を握ってから「華恋、私もお姉ちゃん達を応援する、一緒に応援しよう!」と語り掛けると華恋ちゃんも「うん!」と頷いて、詩織ちゃんと喜び合った。

 

そんな従妹とその友人の姿を見た五十鈴先輩は、感極まった表情を浮かべると一言、華恋ちゃんへ御礼を言った。

 

 

 

 

 

「ありがとう、華恋」

 

 

 

 

 

再び倒れ込んでしまっていた百合さんだったが、幸いな事に今度は、直ぐ落ち着きを取り戻すと、新三郎さんに「彼女達を送ってあげなさい」と指示した。

 

流石に娘への勘当を取り下げる事はしなかったが、その表情は華恋ちゃんの訴えを聞いてから、ずっと苦いままだった…やはり、娘を勘当した事を後悔しているのだろうか?

 

こうして私達は、新三郎さんと相談して帰りの車の手配をした後、暫く休んでからお屋敷の玄関に集まった。

 

 

 

「じゃあ、皆で帰りましょうか?」

 

 

 

「でも……」

 

 

 

皆が集まったのを確かめた五十鈴先輩が呼び掛けると、西住先輩が心配そうな表情で問い掛けたが、五十鈴先輩は落ち着いた表情で答える。

 

 

 

「私は大丈夫…華恋に背中を押して貰えたから」

 

 

 

そして、一度言葉を区切ると、穏やかな口調で自らの考えを語ってくれた。

 

 

 

「何時か、“お母様を納得させられる様な花を活ける事”が出来れば、きっと分かって貰える」

 

 

 

「あっ!?」

 

 

 

五十鈴先輩からの答えを聞いた西住先輩は、驚きながら目を見開いて五十鈴先輩を見詰めていると、同じく話を聞いていた新三郎さんと華恋ちゃんが、目に涙を溜めながらもそれぞれ声を掛けて来る。

 

 

 

「お嬢!」

 

 

 

「華姉ぇ!」

 

 

 

その声を背中越しに聞いていた五十鈴先輩は、静かにこう述べた。

 

 

 

「新三郎、そして華恋…笑いなさい。これは、新しい門出なんだから…私、頑張るわ」

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

「うんっ!」

 

 

 

すると、その背中を見詰めていた新三郎さんが、まるで昭和のヤクザ映画の登場人物みたいに正座して男泣きしながら答え、華恋ちゃんは涙を堪えながら返事をした…でも、二人共母親から勘当された五十鈴先輩を思って悲しそうだったけれど。

 

すると……

 

 

 

「五十鈴さん」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

西住先輩が五十鈴先輩に話し掛けて来たので、五十鈴先輩が問い掛けると西住先輩は素直な表情ではっきりとこう答えた。

 

 

 

「私も…頑張る」

 

 

 

そんな西住先輩を見て、五十鈴先輩が微笑んだ瞬間。

 

私も静かな声で、先輩達に向かってこう宣言していた。

 

 

 

『五十鈴先輩、西住先輩…それに皆さん、私も頑張ります。私、此処にいない娘達も含めて、“()()()()()戦車道がやりたい”です』

 

 

 

“戦車道がやりたい”…それは、お父さんが亡くなる直前の夏、土浦駐屯地で初めて両親に告げて以来、人生で2度目の宣言だった。

 

すると…五十鈴先輩や西住先輩達も皆、一緒に微笑んでくれた。

 

 

 

(第28話、終わり)

 

 

*1
冒頭でも書かれているが、公式設定では五十鈴 華の出身地は茨城県水戸市なので、五十鈴家の実家も水戸市にある可能性が高い。因みにGoogle Map検索によると、大洗町から水戸市までは車で約22~23分程掛かる。





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第28話をお送りしました。

今回は華さんメインの話でしたが、原作とは異なり、母親である百合さんから勘当された華さんの前に、従妹である華恋ちゃんが味方として登場。
百合さんに向かって強烈な啖呵を切って“勘当返し”をした結果、百合さんは倒れ込んでしまいました(苦笑)。
実を言うと、このシーンは原作アニメ版を見ている過程で、華さんと百合さんの対立に関して自分なりの考えを纏めていた時「華さんに味方がいた方が良いよね」と考えて作ったシーンです。
因みに、原作での華さんと百合さんの対立に関する自分の考えは、今回の嵐ちゃんと華恋ちゃんの台詞で表現しておりますので、気になった方はもう一度ご覧頂けますと幸いです。

そして、今回の大ネタは“ご当地アイドル・磯前 那珂ちゃん”…分かる人には分かるよね!(断言)
ガルパン劇場版にも、大洗磯前神社にある“軍艦那珂忠魂碑”がちょっとだけ登場していたし、某サメさんチームのリーダーと那珂ちゃんの中の人は同一人物だから、これ位やってもいいよね!(錯乱)

と言う訳で、親善試合篇は次回で終わりますが、次回学園艦へ帰って来た嵐ちゃん達の前に“ある物”が…そして、親善試合後の話も少し有りますので、ご期待下さい。

それでは、次回をお楽しみに。

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