戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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お待たせしました。
今回は、全国大会の抽選会の模様から始まりますが…実は会場内で“思わぬ事件”が嵐ちゃんを待ち構えています。
因みに、この事件のヒントは“出場校”の中に隠されています。
一体、主人公の身に何が起こるのか…それでは、どうぞ。



第30話「あの人と遭遇です!!」

 

 

 

 

 

 

「大洗女子学園、8番!」

 

 

 

 

 

 

埼玉県さいたま市にある「さいたまスーパーアリーナ」で行われた「第63回戦車道全国高校生大会・組み合わせ抽選会」。

 

其処で私達大洗女子学園は、隊長の西住先輩が籤を引いた結果、大会1回戦の第4試合で、長崎県代表の「サンダース大付属高校」と対戦する事が決まった。

 

“高校戦車道四強の一角”と、初戦から激突するのである。

 

抽選会場となっているホールの席に座っていた私の目の前にあるステージ上で、西住先輩は“強豪校との対戦の籤”を引いてしまった所為か、抽選箱の前で籤を持ったままオロオロしている…助けに行ってあげたい。

 

一方、私の隣の席には生徒会トリオが座っており、小山先輩が「初戦から強豪ですね」と、隣で座ったまま瞑想しているらしい角谷会長に語り掛けた所、河嶋先輩が小声で「どんな事があっても負けられない…負けたら我々は…!」と呟いていたが…今の私は、それ処では無かった。

 

 

 

何故なら…サンダース大付属は、私が高校入試の時に、母から「大洗を受けるのなら、此処だけは受けて置く様に」と命じられて“入学試験を()()()()()()()戦車道のある3つの高校”の内の1つであり…更に、あそこには……

 

 

 

抽選会が終わった後もそんな事を思い出しながら、西住先輩率いる“あんこうチーム”や瑞希達“ニワトリさんチーム”の仲間達と一緒に会場を出てアリーナ内の通路を歩いていると、良恵ちゃんが楽し気な表情を浮かべながら、周囲を眺めている。

 

 

 

「良恵ちゃん、如何したの?」

 

 

 

その様子に気付いた菫が不思議そうな表情で問い掛けると、彼女は嬉しそうな声で答えた。

 

 

 

「あっ…実はですね、この“さいたまスーパーアリーナ”のデザインの一部は、JR九州の新800系新幹線“つばめ” やクルーズトレイン“ななつ星in九州”等をデザインした事で有名な鉄道デザイナーの方が担当しているんですよ~♪」

 

 

 

おっと…この表情は、まるで“戦車の話をしている時の秋山先輩”みたいだ。

 

すると、2人の会話を聞いていた舞が何か思い出したらしく、笑顔で良恵ちゃんに話し掛ける。

 

 

 

「そう言えば良恵ちゃん、この間菫ちゃんの車を見に行った時、自分は列車が好きな“鉄子”だって言っていたよね?」

 

 

 

「うん。一番好きな列車は、やはり地元・鹿島臨海鉄道の6000形だよ…あっ!?」

 

 

 

菫に続いて舞からの問い掛けにも嬉しそうに答えていた良恵ちゃんだったが…その声は西住先輩達にも聞こえており、全員唖然としながら聞いているのに気付いたらしく、急に顔を真っ赤にすると、恥ずかしそうに下を向いてしまった。

 

そこへ武部先輩が一言。

 

 

 

「良恵ちゃん…列車の話をしている時、戦車の話をしている()()()()と同じ位、活き活きしていたよ?」

 

 

 

「御免なさい……」

 

 

 

「良恵は、鉄道の話をしていると“周りが見えなくなる”からね」

 

 

 

武部先輩から指摘を受けた良恵ちゃんが俯き加減に謝ると、良恵ちゃんの幼馴染で生徒会トリオとは別行動をしている名取 佐智子ちゃんが、彼女の癖について仕方無さそうな表情で説明した。

 

その佐智子ちゃんだが、現在は“カメさんチーム”の4人目のメンバーとして38(t)軽戦車B/C型の装填手…いや、正確には車内で干し芋食べてるだけの角谷会長に仕事をさせる為の監視役を務めている他、小山副会長の下で戦車道関連の業務を管理するマネージャーも兼任する事になった為、カメさんチーム加入と同時に生徒会に入っており、生徒会では「戦車道担当・副会長補佐官」の肩書を持っている。

 

 

 

「確かに…鉄道の話をする時の良恵の表情、本当に秋山先輩そっくりね♪」

 

 

 

「あ~ん、恥ずかしいよぉ!」

 

 

 

更に瑞希が、佐智子ちゃんの説明に相槌を打ちながら良恵ちゃんを揶揄ったので、可哀想な彼女は顔を真っ赤にしながら、か細い声を出すと顔を両手で覆ってしまったが、その仕草が余りにも“可愛かった”所為か、その様子を眺めている西住先輩達や瑞希の話のネタにされた秋山先輩も、笑うに笑えない表情だ。

 

勿論、私もその様子を見て思わず苦笑いを浮かべてしまったが…ふと、抽選会で決まった組み合わせを思い出した途端、体全体に悪寒が走った。

 

そして思わず、隣にいる瑞希へ問い掛ける。

 

 

 

『ねえ、ののっち。突然だけど、ボンプル高校もこの大会に出場しているよね…どうしよう!?』

 

 

 

「どうしようって…仕方ないじゃない。ボンプル高も出場しているんだし?」

 

 

 

私の震え声に対して緊張感の無い声で答えた瑞希の返事を聞いた瞬間、私の心に“レッドアラーム”が響いた。

 

 

 

『ま…不味い!?』

 

 

 

「原園さん…急に震え出したりして、如何したの?」

 

 

 

『えっ…えーと、それは…!』

 

 

 

思わず声を上げた私に向かって、西住先輩が不思議そうに問い掛けて来たので、私はその問いに答えるべく、必死になって落ち着きを取り戻そうとしていたが…そこで瑞希が、人の悪い笑みを浮かべながら、先に“答え”を話してしまった。

 

 

 

「実はですね、嵐は大洗に入学する直前に参加した強襲戦車競技(タンカスロン)の引退試合で、ボンプル高の現隊長…当時は“次期隊長”だった“ヤイカ先輩”と言う、その世界ではエース級の選手と1対1の決闘をやって勝ったのですが、その時彼女の前で『この試合を最後に戦車道から引退します』って、宣言しちゃったんです」

 

 

 

『ののっち…人が話す前に、全部バラすな!』

 

 

 

だが、私が瑞希に抗議した次の瞬間、瑞希と同じ様な笑みを浮かべた菫と舞が追い討ちを掛ける様に、当時の事を証言してしまった。

 

 

 

「しかも決闘する()()に宣言しちゃったんですよ…因みに私と瑞希は、嵐と同じチームを組んでいたから、その時の事は全部見ていたよ♪」

 

 

 

「私はその時、チームのマネージャーだったから試合には出られなかったけれど、嵐ちゃんの話は聞いていたよ…と言う事はヤイカ先輩、此処に嵐ちゃんがいると知ったら“引退すると言ったのは嘘だった”と思うよね…きっと、凄い顔で怒ると思うよ~♪」

 

 

 

『菫に舞まで口を挟まないでよ…あの人、怒ると半端無く怖いのは皆知っているでしょ!?』

 

 

 

瑞希に菫、更に舞までもが人の悪い笑みを浮かべながら私を揶揄っており、西住先輩達は“何故か”その様子をハラハラしながら眺めているが、私はヤイカ先輩が“他人にも自分にも厳しい”性格だというのを熟知しているので、瑞希達に言い返す処ではない。

 

思わず私は、この後自分の身に降り掛かるかも知れない“最悪の事態”を想像しながら、震え上がる……

 

 

 

『殺される…私が此処にいるのがバレたら、ヤイカ先輩にビール瓶で殴られて殺される!?』

 

 

 

思わずそう呟きながら、私の心の中で恐怖感がピークに達しつつあった、その時。

 

 

 

「ああ…そうだな。抽選会の時に、()()()()ぞ」

 

 

 

背後から、“聞き覚えのある声”が響いて来た!

 

 

 

『えっ…ギャアアア!?』

 

 

 

何と…私の直ぐ後ろに、ヤイカ隊長本人が副隊長のウシュカさんとピエロギさんを引き連れてやって来ていたのだ!

 

と言う事は、瑞希に菫、舞が人の悪い笑みを浮かべながら、私を揶揄っていたのは…若しかしてヤイカ先輩達は、その頃から今の話を聞いていた!?

 

だとしたら、西住先輩達が私と瑞希達の会話の様子をハラハラしながら眺めていた理由も説明が付く。

 

これ、絶体絶命じゃない!?

 

そう悟った次の瞬間、ヤイカ先輩に「戦車道を引退する」と宣言した事が嘘だったと思われて“間違い無くこの場で殺される”と覚悟した私は、ヤイカ先輩の前で土下座をすると、必死になって弁解を始めた。

 

 

 

『ご…御免なさい、許して下さい!まさか、“こんな事に”なるとは思っていなかったんです!だから、せめて“ビール瓶で殴る”のは勘弁して……』

 

 

 

だが、ヤイカ先輩は予想外の微笑を浮かべると、こんな事を私に告げた。

 

 

 

「ふふ…知っているぞ。まさか、進学先で“戦車道が待ち受けていた”とは思っていなかったそうだな?」

 

 

 

『!?』

 

 

 

先輩からの意外な言葉に、土下座をしたままの私が絶句していると、彼女は穏やかな口調で理由を語った。

 

 

 

「先日、君の母上と会って事情は聴いたよ…君の進学先の大洗女子で20年振りに戦車道が復活したから、其処を支援する事に決めた、と。如何やら、明美さんに騙された様だな?」

 

 

 

『…はい』

 

 

 

嗚呼…まさか母から、全てを知らされていたとは。

 

ヤイカ先輩が怒らなかった理由を悟った私は、精魂尽き果てた表情でヤイカ先輩を見詰めながら、一言返事をするのが精一杯だった。

 

するとヤイカ先輩は、表情を引き締めつつ私に向かってこう告げる。

 

 

 

「まあ、結果として私へ宣言した“戦車道からの引退”は()()()()()()()()()訳だから…その“贖罪”は、試合でしっかり見せて貰うぞ」

 

 

 

『はいっ!』

 

 

 

これで、ヤイカ先輩によって“この場で殺される事が無くなった”と知った私は、元気を取り戻すと大声で返事をした。

 

するとヤイカ先輩は、小さく頷いた後、視線を私から西住隊長へ移すと……

 

 

 

「そして、君が隊長の西住 みほか?」

 

 

 

「あっ…はい」

 

 

 

ヤイカ先輩からの突然の問い掛けに、西住先輩は戸惑っていたが、ヤイカ先輩はその姿を見詰めながら、不思議そうな表情でこう語る。

 

 

 

「ふむ…“あの原園”が、君の何処に惚れ込んだのかは分からんが、明美さんが君の事を自慢気に話していたからな。何れ、理由は分かるだろう」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

話を聞いていた西住先輩は、当惑気味の表情でヤイカ先輩へ問い掛けていたが、ヤイカ先輩はその問いには答えず「では諸君、運が良ければ試合で会おう」と不敵な表情で語ると、ウシュカさんとピエロギさんを引き連れてその場から立ち去ろうとした、その時。

 

私の傍らで話を聞いていた瑞希が、心配そうな表情でヤイカ先輩へ話し掛けて来た。

 

 

 

「あの、ヤイカ隊長。失礼ですが確か、ボンプル高の1回戦の対戦相手は……」

 

 

 

「ああ、我々の初戦の相手は、プラウダだ」

 

 

 

「「「「『!?』」」」」

 

 

 

瑞希からの質問に、ヤイカ先輩が毅然とした表情でハッキリと答えた瞬間、私達みなかみタンカーズ組と秋山先輩、そして西住隊長は、声にならない悲鳴を上げた。

 

 

 

「あの…皆、プラウダってそんなに強いの?」

 

 

 

私達や西住先輩の只ならぬ様子を見た良恵ちゃんが心配そうな顔で問い掛けると、秋山先輩が真面目な表情で答えてくれた。

 

 

 

「プラウダ高校は…前回大会優勝校です!」

 

 

 

「「「「「優勝校!?」」」」」

 

 

 

その説明を聞いた良恵ちゃんに佐智子ちゃん、そして武部・五十鈴・冷泉先輩の3人が、息を呑む。

 

すると、そのタイミングで瑞希が険しい表情を浮かべながら、補足説明を加えた。

 

 

 

「プラウダは青森県にある高校で、高校戦車道では『西の黒森峰、東のプラウダ』と呼ばれる位の強豪校なのだけど、ここ最近の全国大会では中々優勝出来なくて、色々言われていたの…でも、去年久しぶりに優勝したのよ」

 

 

 

その話を聞いた皆が真っ青な顔になっている中、菫が悲壮な表情でヤイカ先輩へ訴える。

 

 

 

「それより、ヤイカさん。初戦がプラウダだなんて…何とかならないのですか!?」

 

 

 

「そうです。プラウダの戦車は皆強過ぎるから、試合にならないですよ!?」

 

 

 

「お前達…心配してくれるのか?」

 

 

 

菫に続いて舞も泣きそうな顔で訴えたのを見たヤイカ先輩は、不意に微笑みを浮かべながら、2人に向かって答えたが、直ぐ表情を引き締めると諭す様に話し掛ける。

 

 

 

「だがな…私達の心配をする()()が有るなら、まず自分達の心配をしろ!」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

ヤイカ先輩からの檄にハッとなる菫と舞を余所に、ヤイカ先輩は話を続ける。

 

 

 

「例え、相手が“強豪校”だからと言って、逃げるつもりは無い…それにプラウダも、過去の大会では相手の単純な作戦に嵌まって、初戦敗退した事が少なくないからな。勝ち目が全く無い訳でも無い」

 

 

 

「「……」」

 

 

 

ヤイカ先輩が、毅然とした表情で語るのを心配そうに見詰める菫と舞に向かって、今度は瑞希が辛そうな顔でこう諫める。

 

 

 

「2人共、知っているでしょ…戦車道では、どんなに戦力差があっても“試合からは逃げられない”わ」

 

 

 

その言葉に、悲し気な表情を浮かべながらも黙り込む菫と舞。

 

そして、彼女達の会話を聞かされた西住先輩達も“戦車道の現実”を見せられて何も言う事が出来ないまま佇んでいる……

 

 

 

すると、そんな私達の姿を見たヤイカ先輩が、皆を叱咤する様にこう告げた。

 

 

 

「それより、お前達大洗女子は“今年復活したばかりの無名校”だろう?戦車道の世界は、無名校には厳しいぞ。与えられた時間は短いが、“周囲からの冷たい視線”を撥ね退ける為にもしっかり練習と準備をして置け…じゃあな」

 

 

 

そしてヤイカ先輩達は、この場から立ち去って行った…その姿を見詰めながら、菫と舞が泣きそうな顔で先輩達を見送っている。

 

 

 

「初戦の相手がプラウダの大戦車軍団だなんて……」

 

 

 

「ボンプル高は、秋山先輩が好きな7TPの双砲塔型や単砲塔型と言う軽戦車にTKS豆戦車が主力だから、T-34やIS-2重戦車が主力のプラウダ相手の試合なんて自分から殺されに行く様なものだよ……」

 

 

 

「菫さん、舞さん……」

 

 

 

菫と舞は、ヤイカ先輩達とボンプル高の運命を思いながら、遣り切れない気持ちを抱えていた。

 

その雰囲気は、私や西住先輩達にも伝染していて、思わず西住先輩も2人に向けて悲し気に呟いた、その時。

 

秋山先輩が沈んだ気持ちになっていた私達へ、こんな提案をしたのだ。

 

 

 

「そ、そうだ!実は、此処の近くに戦車喫茶『ルクレール』があるのです。今から、皆でケーキを食べに行きませんか?」

 

 

 

「「「ケーキ!」」」

 

 

 

“ケーキ”と聞いて、沈んだ気持ちになっていた西住先輩達は、一斉に元気を取り戻す。

 

すると……

 

 

 

「「「ルクレールでケーキ…本当ですか?行きまーす!」」」

 

 

 

「おおっ、あっという間に元気になった!?」

 

 

 

つい先程まで悲壮感漂う表情だった戦車道経験者3人組も、一瞬にして笑顔を取り戻した。

 

その姿に驚く武部先輩を余所に、瑞希・菫・舞が其々の言葉で理由を語る。

 

 

 

「だって、地元の群馬県にはルクレールの支店が、前橋と高崎にしか在りませんから!」

 

 

 

「だから、みなかみタンカーズが県外遠征をする時には、試合会場の近くに店舗があるのか、必ず皆でチェックしていた位ですもん!」

 

 

 

「試合が終わったら、相手チームの娘達と一緒にケーキを食べに行ってたよね!何時も明美さんがお店を貸し切りにしてくれるのが、県外遠征の“お約束”だったんだよ♪」

 

 

 

「おおっ…ルクレールの店舗を貸し切りにするとは、凄いです!」

 

 

 

そこへ舞が語った“貸し切り”と言う言葉に反応した秋山先輩が興奮した表情で羨ましがっていると、瑞希が楽し気な表情で話し掛けて来た。

 

 

 

「それじゃあ秋山先輩、早速お店まで案内をお願いします♪」

 

 

 

「分かりました、野々坂殿!」

 

 

 

こうして皆は、秋山先輩の提案に乗って近年人気の戦車喫茶で何を食べようかと語り合いながら、店へ向かうのだった…やれやれ。

 

 

 

 

 

 

と言う訳でやって来ました、戦車喫茶「ルクレール・さいたまスーパーアリーナ店」。

 

落ち着いた雰囲気の店内に在るテーブル席に皆が座った後、秋山先輩が第一次大戦中のイタリアで開発された“フィアット2000試作重戦車”の形をした呼び鈴を押すと、砲声が轟く。

 

 

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 

西住先輩達あんこうチームのメンバーがその凝った演出に驚く中、呼び鈴を押した秋山先輩は嬉しそうに「えへっ♪」と呟いた。

 

すると、これまた軍服風の制服姿をしたウェイトレスが「ご注文はお決まりですか?」と聞いて来たので、あんこうチームは五十鈴先輩、私達ニワトリさんチームは菫が代表して注文をする。

 

そして、注文(オーダー)をWW2中のドイツ軍将兵が携帯していた“俸給手帳(ゾルトブーフ)”風のメモ帳に記録したウェイトレスが敬礼をして「承りました、少々お待ち下さい」と告げると、静かに立ち去った。

 

そこへ、今度は武部先輩が先程秋山先輩の押した呼び鈴について質問する。

 

 

 

「このボタン、主砲の音になっているんだ~」

 

 

 

「この音は90式ですね」

 

 

 

秋山先輩が戦車マニアらしく、呼び鈴の音が陸上自衛隊の国産第3世代戦車の砲撃音であると答えると、同じく戦車好きである瑞希が驚いた表情で問い掛けて来た。

 

 

 

「秋山先輩…レオパルド2やM1A1とA2エイブラムスも、“90式と()()ラインメタル120㎜滑腔砲”を使っているのに、区別が付くのですか!?」

 

 

 

「ええ。実は、音源にちょっと“心当たり”がありまして♪」

 

 

 

秋山先輩が楽しそうな表情で答えたのを見た瑞希が、呆気に取られた表情で「凄い!」と呟くと、2人の話を聞いていた五十鈴先輩が感心した顔で「流石、戦車喫茶ですね」と話し掛ける。

 

そこへ周囲の席からウェイトレスを呼ぶ鈴の音…ならぬ砲声が次々と轟く中、武部先輩が何を思ったのか、“ときめいた表情”でこんな事を言い出した。

 

 

 

「あぁん!この音を聞くと、最早ちょっと()()()自分が怖い~♪」

 

 

 

その発言を聞いた私は、『何ですか、その性癖は……』と、口には出さずに心の中でツッコんだが…丁度その時、席の窓際にあるスペースから、“見覚えのある車輌”のミニチュアが注文したケーキを運んで来た。

 

 

 

「あっ、これは確か……」

 

 

 

「はい、ドラゴンワゴンですよ♪」

 

 

 

「可愛いー♡」

 

 

 

その車両…M25戦車運搬車“ドラゴンワゴン”のミニチュアの姿を見た武部先輩と秋山先輩の会話を聞きながら、西住先輩もケーキを運んで来た“ドラゴンワゴン”の姿が健気なのか、その様子を愛でていたが…私は、この車を見ると何時も母を思い出すので憂鬱な気分になり、つい一言呟いてしまった。

 

 

 

ウチの母の会社(原園車輌整備)には、これが5輌もあるから見慣れています……』

 

 

 

「原園さん…本当に、お母さんが苦手なんだね」

 

 

 

そんな私の様子を見た西住先輩は、済まなそうな表情で私に話し掛けて来たので、私も申し訳ない気分になり、慌てて弁解する事となった。

 

 

 

『まあ…母は苦手と言うか、“何もかも見透かされている”と言うか。戦車道も厳しく仕込まれたし、余り()()()()()()()()んです』

 

 

 

「そうなんだ……」

 

 

 

西住先輩が私からの弁解を聞いて小さく頷いていると、五十鈴先輩が場の雰囲気を和ませようと、皆へこう語り掛けて来た。

 

 

 

「でも皆さん、ケーキも可愛いです♪」

 

 

 

この一言は、母の事を思い出して気持ちが沈んでいた私にとっては、ラッキーだった。

 

そこで私は、五十鈴先輩に向かって相槌を打つ。

 

 

 

『ですね。タンカーズの仲間達も皆、此処のケーキは大好きだったし、味も美味しいですよ♪』

 

 

 

「それは、期待出来そうだな」

 

 

 

そこへ私の話を聞いた冷泉先輩が笑顔を浮かべて答えたので、再び場の雰囲気が明るくなった。

 

 

 

 

 

 

そうしている内に、漸く注文したケーキセットが皆へ行き渡った頃。

 

 

 

「御免ね…1回戦から、強い所に当たっちゃって」

 

 

 

西住先輩が済まなそうな表情を浮かべると、全国大会の組み合わせ抽選会でサンダース大付属との対戦を引き当てた事を皆へ詫びた。

 

 

 

「サンダース大付属って、そんなに強いんですか?」

 

 

 

それに対して、戦車道の強豪校の事をよく知らないあんこうチームを代表して五十鈴先輩が問い掛けると、秋山先輩が対戦校について簡単に説明する。

 

 

 

「強いって言うか、凄くリッチな学校で“戦車の保有台数”が全国一なんです。チームの数も一軍から三軍まで在って」

 

 

 

すると瑞希が、秋山先輩の説明に頷きながら、こう補足説明した。

 

 

 

「でも、ボンプル高が当たるプラウダよりは、()()()がありますよ…あっ西住先輩、“さっきの事”は気にしないで下さいね。私は今、どうやってサンダースに勝つべきか、それしか考えていませんから」

 

 

 

此処で瑞希からのフォローを受けた西住先輩が笑顔を取り戻すと、瑞希に向かって相槌を打った。

 

 

 

「うん、瑞希さんの言う通り。公式戦の1回戦は、戦車の数は10輌までって限定されているから。砲弾の総数も決まっているし」

 

 

 

だが此処で、“ある事”に気付いた武部先輩が、不安そうにこう指摘する。

 

 

 

「でも10輌って…ウチより随分多いじゃん!それは勝てないんじゃ?」

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

現状、戦車が6輌しかない私達に対して、サンダース大付属が“数的優位”に立っている事を指摘されて、また不安そうになる西住先輩の隣で、今度は冷泉先輩がこんな事を武部先輩へ質問した。

 

 

 

「単位は?」

 

 

 

「負けたら、貰えないんじゃない?」

 

 

 

「むう……」

 

 

 

そこで一言唸ると、自分のケーキ目掛けてフォークを豪快に刺してから、ケーキを食べ始める冷泉先輩。

 

その姿を隣で見た西住先輩は、思わず「はっ!?」と声を上げて驚いていたが、此処でその様子を見ていた瑞希が苦笑いを浮かべながら、皆のフォローに入った。

 

 

 

「でも、“サンダースの強み”が出るのは、参加可能台数が増える準決勝からで、参加台数が10輌までと制限されている初戦と2回戦では、意外と“あっさり負けたりする傾向”があるのです。だから、諦めずに喰らい付けば、必ずチャンスはあります

 

 

 

更に、瑞希の話を聞いていた菫と舞も、頷きながら相槌を打つ。

 

 

 

「うん。“全国大会は()()()()()”だから、最悪こっちがボコボコにされても、相手のフラッグ車さえ仕留めれば()()()()()()()からね」

 

 

 

「だからヤイカさんも、『プラウダ相手でも“勝ち目はある”』って言っていたし、皆も諦めなければチャンスは絶対来るよ」

 

 

 

そんな瑞希達からのフォローを聞いて元気が出たのか、西住先輩達も「「「うん!」」」と呟きながら、笑顔で頷いたのだが…此処で瑞希が、何を思ったのか私に向けて“思いも寄らぬ事”を言い出したのだ。

 

 

 

「でも嵐にとって、サンダースはちょっと“遣り辛い相手”かもね?」

 

 

 

『あっ!?』

 

 

 

その瞬間、抽選会が終わって会場を出る時に思い出していた“私の過去”を思い起こした私は、慌てて声を上げる。

 

だが、その様子を見た良恵ちゃんが、直ぐ様瑞希に向かって問い掛けて来た。

 

 

 

「如何言う事なの?」

 

 

 

「嵐が“大洗を受験する時の条件”として、明美さんが『滑り止めに受けろ』と言って受験を指示した“戦車道のある高校3校”の内の1つが、サンダースだったよね?」

 

 

 

思わぬ形で、瑞希の口から自分の過去を明かされた私は、仕方なく頷くとこう説明した。

 

 

 

『うん…因みに後2つは、栃木県のアンツィオと石川県の継続で、結局“入試は全部()()()()けれど”、此処へ来た』

 

 

 

その言葉に、瑞希は“うんうん”と頷くと、皆に向かって更なる事実を告げる。

 

 

 

「そしてサンダースには、みなかみタンカーズ時代の嵐や私達の親友が進学しているの♪」

 

 

 

「「「ええっ!」」」

 

 

 

『そ…それは!?』

 

 

 

瑞希からの暴露話を聞いて一斉に西住先輩達が驚きの声を上げる中、言われてしまった私は非常に困惑していた。

 

正直、今それを言われるのは、非常に困る!

 

私が困り果てた表情で『あ…あの……』と小声を上げながら、隣の席に座っている西住先輩達へ助けを求めようとした時。

 

武部先輩が私と目を合わせると、一瞬“任せて!”と言う感じの表情でウインクをすると、瑞希の話に割り込んで来た。

 

 

 

「それより~、全国大会ってTV中継されるんでしょ?ファンレターとか来ちゃったら、どうしよう♪」

 

 

 

その話を聞いた五十鈴先輩が、武部先輩へ「生中継は決勝だけですよ?」と窘めたが、そこへ先程武部先輩に話を遮られて少々不機嫌になっていた瑞希が、ニヤリと笑いつつ口を挟んで来た。

 

 

 

「ところがですね、五十鈴先輩。それは“去年までの話”なのです」

 

 

 

「「「?」」」

 

 

 

瑞希からの突然の発言に、あんこうチームの先輩方や良恵ちゃんと佐智子ちゃんがキョトンとしていると、瑞希が笑顔で理由を説明した。

 

 

 

「実は、去年まで戦車道全国高校生大会の実況は、“衛星放送の専門局”で中継していたのですが、今年から『首都テレビ』が大会の独占放映権を買ったので、()()()()()()()()()()する事が決まったのですよ♪

 

 

 

「おおっ!」

 

 

 

瑞希からの最新情報を聞かされた武部先輩が、嬉しそうな表情で(どよめ)く。

 

それを見た私は、瑞希に向かって頷きながら、こう問い掛ける。

 

 

 

『そう言えば、今朝首都テレビの朝番組「朝おは!」のスポーツコーナーで、その事をニュースにしていたよね?』

 

 

 

これに対して瑞希が「うん」と頷いていると、武部先輩が目を輝かせながら、私に向けて質問をして来た。

 

 

 

「ねえ、“らんらん”…今日は月曜日だけど、『朝おは!』の月曜ってOPで“ニュージェネレーションズ”の島村卯月ちゃんがモーニングコールをしているあの番組?私、毎週其処だけは必ず見てから、登校してるんだ~♪」

 

 

 

『はい。首都テレビは346プロダクションとの繋がりが深いから、あそこのアイドルを番組に起用する事が多いのです。だから、在京キー局では視聴率万年4位の首都テレビも朝番組だけはソコソコ強いらしい…それは兎も角、武部先輩?』

 

 

 

「何?」

 

 

 

『TVに出るのは良いのですけれど、“初戦敗退”なんて事にならない様、頑張りましょう?』

 

 

 

私は、武部先輩からの問い掛けに答えつつもTV出演に憧れているらしい先輩へちょっとした“ツッコミ”を入れる。

 

すると五十鈴先輩も同感だったらしく「原園さんの仰る通りですね」と相槌を打って来た。

 

そんな“ダブルツッコミ”を受ける形になった武部先輩は、一瞬苦笑いを浮かべると「そ、そうだね…じゃあ、負けない様に頑張ろうー♪」と気合を入れてから、ケーキを一口食べる。

 

そして、此処までケーキを食べる暇もなく私達の様子を見守っていた西住先輩へ、ケーキを薦めた。

 

 

 

「ほら、みぽりんも食べて~♪」

 

 

 

「うんっ♪」

 

 

 

こうして今日は色々な事があったけれど、漸く私達も和やかな雰囲気でケーキを食べ始めた…のだが。

 

そこへ飛び込んで来た“突然の一言”が全てをぶち壊しにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「副隊長?」

 

 

 

 

 

 

(第30話、終わり)

 

 





此処まで読んで下さり、有難う御座います。
第30話をお送りしました。

と言う訳で今回、嵐ちゃんを待ち受けていた“事件”とは、「プロローグで戦ったボンプル高校のヤイカ隊長と再会する」でした。
この場面、ヤイカさんをカッコ良く書きたかったので書きました…と言うか、この後彼女達ボンプル高は、プラウダ相手にボコボコにされる運命ですからね。
せめてこれ位の見せ場があって良いのではないかと。

と言う訳で次回は…遂に嵐ちゃんや西住殿達の前に“あの女”が登場。
そして原作以上の一触即発の事態が!?。
一体、戦車喫茶ルクレールで何が起きたのか?

それでは、次回をお楽しみに。


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