戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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2020年最後の投稿なのですが…今、執筆が進んでいない。
如何しよう(如何しようも無い)。
とは言え、今回から新展開が待っておりますので、お楽しみ下さい。
それでは、どうぞ。



第44話「連絡船でお話しします!!」

 

 

 

此処は、旧・日本海軍の防護巡洋艦「松島」を模した大洗女子学園所有の連絡船。

 

今、大洗港から太平洋上に浮かぶ学園艦を目指して航行中である。

 

其の左舷甲板で、西住 みほがすっかり暗くなった洋上を眺めながら、冷泉 麻子の祖母・久子の入院している水戸市の総合病院へお見舞いに行った帰りに乗った鹿島臨海鉄道の気動車(6000形)の中で仲間達と交わした会話を思い出していた。

 

 

 

「麻子さんの御婆さん、思ったより元気で良かったね」

 

 

 

「ええ」

 

 

 

みほと五十鈴 華が会話を交わす中、秋山 優花里が「何か、冷泉殿が“絶対単位が欲しい、落第出来ない”って言う気持ちが分かりました」と、車内に居る皆に向けて話し掛けた。

 

因みに、車内には“あんこうチーム”のメンバー五人の他に、原園 嵐と明美の母娘が乗っていたが、二人の親戚で久子の親友でもある原園 鷹代は「久子さんの容態が心配だから、明日の朝まで付き添うよ」と皆に告げて、病院に残っている。

 

すると、再び華が沙織に向かって語り掛けた。

 

 

 

「御婆様を安心させてあげたいんですね」

 

 

 

これに対して、沙織は自分の膝を枕にして眠っている麻子を見詰めながら「うん。“卒業して早く傍に居てあげたい”みたい」と答えながら熟睡中の麻子の頭を優しく撫でた…尚、沙織と麻子が居る座席の向かい側に座っている華の隣には、原園 嵐が座ったまま眠っており、彼女の頭はやや窓側に向かって傾いている。

 

そんな中、沙織は皆に向けて語り続ける。

 

 

 

「麻子、余り寝ていないんだ…御婆ちゃん、もう何度も倒れていて」

 

 

 

すると華が「御婆様がご無事で安心したのかも」と沙織に話し掛けると、みほの隣に座っていた原園 明美が心配そうな表情で「きっと御婆様の事が心配で、夜も中々寝られないのね」と呟いた所、沙織が明美に向かって小さく頷くと「そうなんです。実際夜中に倒れた事もあって」と答えた。

 

其処へ優花里が「でも、この前は凄く動揺していましたね…あんな冷泉殿を見たのは初めてです」と皆へ話し掛けると、沙織はこう呟く。

 

 

 

「“たった一人の家族”だから」

 

 

 

「えっ、じゃあ……?」

 

 

 

その瞬間、みほが“病院で明美さんが語った話”の内容を思い出しつつ沙織へ問い掛けると、彼女は頷きながらこう答えるのだった。

 

 

 

「うん。今日病院で明美さんが話した通り、小学生の時の交通事故でご両親が亡くなってからは、御婆ちゃんだけが()()()()()なの」

 

 

 

「やはり…そうだったのですか」

 

 

 

沙織の話を聞いた優花里が悲し気に呟くと明美が小さく頷いたが、其れからは誰も言葉を発する事が出来なくなった。

 

そしてみほは、更に回想を続けて行く。

 

 

 

(確か其の後、私達は大洗駅に着いてから連絡バスで大洗港へ向かい、其処から連絡船に乗船して……)

 

 

 

「みぽりん♪此処に居たんだ」

 

 

 

連絡船の甲板上で、回想に耽っていたみほを現実に引き戻したのは沙織の声だった。

 

 

 

「あっ、皆は?」と問い掛けるみほに、沙織は「寝てる♪」と笑顔で答える。

 

みほが、視線を自分のいる甲板近くに在る長椅子へ向けると、左から嵐・麻子・華・優花里の順で四人で並んで寝ており、右端で寝ている優花里はリックサックを抱き締めながらこんな“寝言”を言っている。

 

 

 

「もう…其処はレオパルド2の滑腔砲ですよ♪」

 

 

 

すると嵐が、()()()“優花里と同じ夢”を見ているらしく、まるで“優花里に向かって話しているかの様な寝言”を喋っていた。

 

 

 

『秋山先輩…レオ2の120㎜APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

其れは兎も角、沙織が「如何かした?」とみほに問い掛けると、彼女は戸惑いながらも「えっ…ううん。別に何でも…只、皆“色々有るんだな”って」と答えたので、沙織はすかさずこう問い掛ける。

 

 

 

「麻子の事?」

 

 

 

「うん……」

 

 

 

先程迄、大洗駅へ向かう列車の中での会話を思い返しつつ麻子の事を心配していたみほは、素直にその事を告げると、沙織がこう告げる。

 

 

 

「麻子ね、前にみぽりんの事心配していたよ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「みぽりん、“一人で”大洗に来たじゃない?“家族と()()()”」

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

“自分()心配している相手が自分()心配していた”事を知って驚いたみほは、ハッとなると同時に沙織へ視線を向けると、沙織は続けてこう語った。

 

 

 

「麻子のお母さんってさあ、御婆ちゃんにソックリで、亡くなる前に喧嘩しちゃったんだって。『謝れなかった』って、ずっと後悔しているの…麻子」

 

 

 

“母親と分かり合えなかった”事に、()()()()()()()()()()が有る事に気付いたみほは、自らの過去を振り返ろうとしたが…次の瞬間“もう一つの心配事”を思い出すと、沙織へこう語る。

 

 

 

「そうだったんだ…それとね、沙織さん」

 

 

 

「何?」

 

 

 

「私ね…実は麻子さん()()じゃ無くて、原園さんの事()心配しているの」

 

 

 

「あっ、“らんらん”の事だね?」

 

 

 

「うん。原園さん、お母さんと分かり合えていなくて何時も喧嘩ばかりしている所が、麻子さんに似ていて……」

 

 

 

「確かにそうだね」

 

 

 

みほの“もう一つの心配事”が嵐の事であると知った沙織が納得した表情で頷くと、みほは不安気な表情でこう告白する。

 

 

 

「其れに私、実は原園さんの御父さん(原園 直之)の事がずっと気になっていて……」

 

 

 

ところが其処へ、“思わぬ声”が二人の耳に飛び込んで来た。

 

 

 

「ほう、直之さんの事が気になるのかな?」

 

 

 

「「わっ!」」

 

 

 

予想外のタイミングで、嵐の父・直之の妻であった明美が目の前に現れた事に驚くみほと沙織。

 

しかし当人は、至って明るい声で話し掛けて来た。

 

 

 

「みほさんは、以前から何となく直之さんの事を気にしているかな?と思っていたのだけど、久子さんのお見舞いで余計に気になったみたいね…知りたい?」

 

 

 

「「あ…はい」」

 

 

 

みほは“今、一番知りたいが()()()()話”である嵐の父の過去について、予想外の明るさで語ろうとする明美の態度に圧倒されつつ話を聞く事にした。

 

そして沙織も、明美の“明るい表情と声”に背中を押されたのか、「其れで明美さん、直之さんと御付き合いを始めたのは何時ですか?」と、積極的な態度で話を聞き出そうとする。

 

尤も沙織の場合、“強烈な結婚願望”から「明美の馴れ初め話」を聞きたいだけかも知れないが、明美は笑顔を見せ乍ら夫と出会った当時の話を始めた。

 

 

 

「直之さんと出会ったのは、今から16年前の6月…フランスのル・マンにあるサルト・サーキットで毎年開催されている“ル・マン24時間耐久レース”を見に行った時だったの♪」

 

 

 

「“ル・マン24時間”って…()()()()()()()()()ですか?」

 

 

 

みほが“戦車道の世界”では有名なイベントの名を挙げたが、明美は首を横に振り乍ら説明を続ける。

 

 

 

「ノンノン♪豆戦車の24時間耐久レースはね、ル・マンでは()()()()()()()の一週間前に行われる()()()()()()。普通“ル・マン24時間”と言えば、『スポーツカーの耐久レース』の方が()()()()()()()よ…当時、直之さんはル・マンで歴代最多勝を誇るドイツのレーシングチームで()()()・メカニックをしていたの」

 

 

 

明美の説明にみほと沙織が互いに「「へえ……」」と呟き乍ら頷くと、明美は当時の話を続ける。

 

 

 

「当時の私は、高校卒業と同時にドイツへ渡ってドイツのプロ戦車道リーグ『Deutschland-Panzerliga(ドイッチュランド・パンツァーリーガ)*1の強豪チーム・ムンスターの整備隊長をやっていてね。その年のシーズンでリーグ優勝した御褒美として、チームの仲間達と一緒にル・マン24時間を初日のフリー走行から観戦に来ていたの。実はウチのチームのメインスポンサーであるドイツの自動車メーカーが当時のル・マンで無敵の強さを誇っていてね、その縁で私達を特別に招待してくれたのよ」

 

 

 

そう語ると、明美は右手の人差し指で空中に()()()()を描きながら話を続けた。

 

 

 

「そして、チームの仲間達と一緒に私達を招待してくれたスポンサーである自動車メーカーのワークス活動を請け負っていたレーシングチームのピットを見学に行ったら、そのチームの1号車のチーフメカニックが日本人だと気付いて、思わず日本語で『こんにちは!』と声を掛けたら、向こうも嬉しそうな顔で『ようこそ、ル・マンへ!』と大声で返事をしてくれたの…其れから彼の事が気になっちゃって、其処で彼の仕事の手が空いた時に楽しく会話をしたのだけど、其の人が直之さんだったの」

 

 

 

「其れって“運命の出会い”じゃないですか!」

 

 

 

此処で、話を聞いていた沙織が羨ましそうな声で明美に話し掛けると、明美は笑顔で話を続ける。

 

 

 

「うん、そうなの♪ あの頃から直之さんは“仕事が出来る”()()では無くて、“誰とでも親しく接する事が出来る人”だったわ。欧米人ばかりのチームの中でも、皆から“ナオユキ”と呼ばれる位慕われていて、何かと頼りにされていたっけ」

 

 

 

「へえ……」

 

 

 

明美からの話を聞いていたみほは、生前の直之が海外で外国人の仕事仲間から信頼される人柄であった事を知って感嘆している。

 

そんな中、明美は夜空に浮かんでいる月を眺めながら話を続けた。

 

 

 

「その後フリー走行*2の時刻が近付いたので、私は仕事に戻った直之さんと別れて当時の私のチームの隊長兼エースで親友のヴィルヘルミナ・ビスマルクと一緒に、ミュルサンヌ・コーナーの近くでフリー走行中のマシンを眺めていたの。其処はユノディエールの2番目のストレートから走って来るマシンが急減速しながら右旋回する場所だから、結構迫力ある場面が見られるのよ。ところが……」

 

 

 

「えっ…何か有ったんですか?」

 

 

 

此処で、明るい表情だった明美が少し悲し気な表情に変わったのに気付いた沙織が不安気に問い掛けると、明美は苦笑いを浮かべながらこう答えたのである。

 

 

 

「そのフリー走行中に、直之さんが整備した1号車が、私達が居たミュルサンヌ・コーナーで減速し損ねたのが原因で空中を一回転する程の大クラッシュをしちゃってね。勿論、1号車は吹っ飛んでバラバラに。乗っていたドライバーも、命に別状は無かったけど其の儘病院送りになって、決勝は欠場になっちゃった」

 

 

 

「「ええっ!」」

 

 

 

まさかのアクシデントに仰天するみほと沙織を眺めながら、明美は努めて明るい声でその先の話を続ける。

 

 

 

「其の瞬間は、私も呆然となったわよ…直之さんが仕立てた1号車は優勝候補だったから、予選でポール・ポジション*3を獲れるかな?と思っていたら、マシンはバラバラ。三人居るドライバーの内一人は病院送り。此れでは、決勝には出られず其の儘リタイアだ、と思ったもん」

 

 

 

其処へみほが「それで…如何なったのですか?」と、心底心配そうな声で問い掛けると、明美は意外にも微笑みながらこう答えたのだ。

 

 

 

「ところがね、夜になって直之さんを慰めようと思ってチームのピットへ行ったら、1号車が入っているガレージに沢山のメカニックが集まって仕事をしていたの。其れを見て『あれ?如何したのかな?』と思っていたら、チーム監督と直之さんが“ドイツ語で話している声”が聞こえて来たの」

 

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

意外な展開に戸惑うみほと沙織を余所に、明美は話を続ける。

 

 

 

「其れ迄に私は、ドイツで数年間過ごしていて、この頃にはドイツ語も不自由無く話せたから、会話の内容も聞き取れたわ。そうしたら……」

 

 

 

そして明美は、その時聞いた“直之とチーム監督の会話”を再現した。

 

 

 

 

 

 

「ナオユキ、1号車だがモノコックの検査結果は如何だった?」

 

 

 

「監督、1号車ですがモノコックは奇跡的に無傷です。組み直せば再び走れます」

 

 

 

「そうか!それでナオユキ、明日の公式予選二回目のスタート時刻迄に、修復は間に合うのか?」

 

 

 

此処で明美は一旦言葉を切ると、当時を懐かしむ様に静かな声でこう語った。

 

 

 

「直之さんは不敵に笑って、冷静な声でこう言ったの…『直して見せます』って!」

 

 

 

「「!」」

 

 

 

みほと沙織が驚く中、明美は更に語り続ける。

 

 

 

「直之さんからの答えを聞いたチーム監督は、直ぐ様決断したわ」

 

 

 

「分かった!此処に無い部品はメーカーに連絡して揃えるから、ナオユキ達は直ちに組み立ての準備と修復に必要な部品のリストを用意してくれ!」

 

 

 

「了解!」

 

 

 

 

 

 

こうしてチーム監督と直之の会話を再現した後、明美は其処から先の話を続ける。

 

 

 

「そうして、チームのメカニック全員が直之さんの指示で1号車に取り付くと、凄い勢いでマシンを直し始めてね…徹夜で修復作業を続けて、翌日の昼過ぎには()()()()()()()()筈の1号車が綺麗に修復されていたわ。直之さん達メカニックは全員泥の様に眠っていたけれど、公式予選二日目の走行が始まる頃には、病院送りになったドライバーの替わりの人がやって来て、直之さん達メカニックも眠そうな顔をしながら仕事に戻って行ったわ」

 

 

 

「凄い……」

 

 

 

「最後迄諦めずに壊れた車を直したんだ」

 

 

 

一回転して大破したマシンを、“一晩で”修復した直之達の闘いを聞いて感嘆するみほと沙織。

 

そんな二人の姿を見詰めつつ、明美はその時の感動を有りの儘に伝えた。

 

 

 

「あの時は私、本当に痺れたなあ…レースと戦車道の違いは有れども、同じ“メカニック”として胸が熱くなったもん。もう“レースに戻れない位に壊れた筈”のマシンが、()()()()()()でピカピカに直っていたんだから」

 

 

 

そして明美は、みほと沙織に“直之達の戦いの結末”を語った。

 

 

 

「そして決勝では、直之さんが直した1号車は優勝こそ出来なかったけれど2位に入ってね。しかも、チームメイトの2号車が優勝して、3号車が3位に入ったから、直之さんのチームの3台が“表彰台を独占しちゃった”のよ。レースが終わった後の祝勝会で、直之さんのチームメイト達が直之さんに抱き付き乍ら大声で叫んだ言葉、今でも覚えているわ」

 

 

 

「ナオユキのお陰で、絶体絶命のピンチから表彰台独占だぜ!」

 

 

 

「其のレースを生で見た私は、一発で直之さんに惚れ込んじゃって…レースが終わった後、其の儘の勢いで告白してから付き合い始めたら、秋にはもう“出来ちゃった”♪」

 

 

 

「「まさか…其の“出来ちゃった子”が!?」」

 

 

 

明美による“突然の告白”に、みほと沙織が驚愕の叫び声を上げると、明美はこれ以上無い笑顔で答えた。

 

 

 

「ピンポーン!お察しの通り、其の時に出来ちゃったのが嵐なの♪ 妊娠したのが分かった直後に婚約して次の年の始めに結婚、其の年の夏の終わりに生まれたの…其の後、嵐が1歳になった年の秋に私達は其々の仕事を辞めて独立し、私の故郷であるみなかみ町に移住して今の会社を立ち上げた、って訳」

 

 

 

笑い乍ら、自分の結婚と嵐の誕生について語る明美の姿を見た沙織は「そうだったんですか!」と感心していたが、対照的にみほは明美の話に頷きながらも、心配そうな声で“或る疑問”を口にした。

 

 

 

「でも原園さんは、何時も“母とは凄く仲が悪い”って言っているけれど?」

 

 

 

すると明美は、苦笑いを浮かべながら意外な事をみほに話す。

 

 

 

「ああ、あれね。実は十年前に直之さんが亡くなってから嵐とは()()()有って…でも此処から先は、“本人から”直接聞かないと駄目だ、と思うわ」

 

 

 

嵐の母親から“本人に聞かないと分からない”と告げられたみほは、意外そうな表情で「何故ですか?」と問い掛けたが、明美は苦笑いを続けながらこう答える。

 

 

 

「私が言うとね、必ず嵐が『母さんは嘘ばかり吐いている!』とか言い出して、私と喧嘩になっちゃうのよ…其れに」

 

 

 

その瞬間、苦笑いを浮かべていた明美が一気に生真面目な表情へ変わると、其れ迄の明るい声が嘘の様に口を噤んでしまった。

 

 

 

「其れに?」

 

 

 

そんな明美の変貌に、みほは戸惑いながらも問い掛けるが、明美は少し悲し気な顔をみほに向けると、申し訳無さそうな声でこう答えるだけだった。

 

 

 

「あっ…御免。やっぱりこの話は、“()()()()()聞かないと、みほさんは()()()()()()()()()()()()”と思うわ」

 

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

明美からの思わぬ返事にみほと沙織は当惑したが、明美は其れっきり何も語る事無く、二人の前から立ち去ってしまった…其の時みほと沙織は気付かなかったが、二人の後ろでは明美の会社(原園車両整備)の工場長・刈谷 藤兵衛とその部下・張本 夕子が心配そうな表情で彼女達を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

一方、私・原園 嵐は連絡船で学園艦に戻った後、下宿先である鷹代さんの家に帰ったのだけど。

 

 

 

その夜、私は西住先輩と一緒に戦車道を始めて以降は見ていなかった()()()を見た。

 

 

 

試合会場に降る激しい雨。

 

その最中(さなか)()が戦車長を務める“黒森峰女学園のⅢ号戦車J型”は川沿いの獣道を通っていたが、相手チームからの突然の待ち伏せ攻撃によって獣道が崩れてしまい、其の儘濁流が流れる川へ転落してしまう。

 

 

 

(皆、直ちに戦車から脱出して!)

 

 

 

咄嗟に、車内に居る仲間達に向かって叫ぼうとするが…声が出ない。

 

そして次の瞬間、Ⅲ号戦車J型の砲塔上部のキューポラから上半身を出して周囲を見ている私の目の前に川の濁流が襲い掛かって来ると、一瞬の内に私が戦車長をしている戦車は濁流に飲まれて水没する。

 

私の体も全く動かないまま、濁流の中へ飲み込まれて行く内に、私は恐怖に駆られて必死に叫ぼうとする…“濁流の中では声が出せない”のが分かっているのに。

 

 

 

『父さん、助けて…私、此の儘だと父さんの様に…戦車に…()()()()()()()()

 

 

 

そう…此の儘だと私は“殺される”…()()のでは無い。

 

()()()()()()()()のだ。

 

誰が何と言おうと、父さんがそうであった様に私も戦車道で命を失ってしまう。

 

だが、濁流の中で必死の叫びさえ上げられない中、此の儘自分の命が儚く消えてしまうのかと覚悟したその時、目の前に一人の少女が私に向かって泳いで来る。

 

 

 

『?』

 

 

 

まさかの救いの手に、一瞬信じられない思いを浮かべ乍ら、その少女を見詰める私。

 

その少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を着ているが、水の中なのに私に向かって器用に泳いで来る。

 

そして彼女は、徐々に私に近付いて来ると、右手を私に向けて差し伸べて来た。

 

 

 

()()()()が私を助けに来てくれた!』

 

 

 

その瞬間私は、自分を助けに来てくれた少女が私の“()()”だと気付いて、ホッとする。

 

良かった…命を失わないで済んだ、此れなら仲間達も助けられる。

 

そう信じて、自分の右手を“()()”に差し出して“()()”の右手をしっかり握ろうとした、その時。

 

相手の顔がはっきり見えた…だが、その顔は“()()”では無かった!

 

私に向かって近付いて来た相手の正体は、“少女”では無く“大人の女性”であり、私に顔を向けると険しい顔で私を睨み付ける。

 

 

 

『!』

 

 

 

その厳しい視線に睨まれて固まった私に向かって、長い黒髪と険しい目付きをしたその女性はこう宣告した!

 

 

 

「犠牲無くして、大きな()()を得る事は出来ないのです!」

 

 

 

正に“死の宣告”を受けた私は、衝撃の余り慟哭する!

 

 

 

『うわあああ!』

 

 

 

…その時、朦朧としていた自らの意識が覚醒した。

 

目覚まし時計が鳴っている。

 

必死の思いで目覚めると、私は素早く手を伸ばしてボタンを押し、目覚まし時計のベルを止めた。

 

時計の針は、朝6時丁度。

 

 

 

『ゆ…()だったの?』

 

 

 

次の瞬間、私はさっきまでの恐ろしい出来事が()だったと悟った。

 

同時に私は、自分の体を抱き締め乍ら()()()の恐怖を思い出しつつ呟く。

 

 

 

『何故…西住先輩と一緒に戦車道を始めてからは一度も見なかった“()()()”が、今になって出て来るのよ!?』

 

 

 

実は、其れこそが()()だった。

 

この()こそが、私が戦車道から逃げ出した()()()理由”を西住先輩や仲間達へ告白する事になる“最初の切っ掛け”だったのだ。

 

(第44話、終わり)

 

*1
ドイツの戦車道プロリーグで、1部から3部まで各16チーム、合計48チームがドイツ各地に存在する。その実力・知名度から戦車道の世界では「世界最高峰のリーグ」と呼ばれる。(註・本作独自の設定)

*2
公式予選前の練習走行に相当する。ル・マンでは水曜日にフリー走行と公式予選1回目、木曜日に2回目と3回目の公式予選を行い、決勝は土曜日の午後にスタートする。

*3
予選1位の事。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第44話をお送りしました。
今回は、嵐ちゃんの亡き父・直之さんの過去話を明美さんに語って貰いました。
しかしこの話は、まだ直之さんの生涯の一部分。
此処から暫くの間、物語は基本的にみほの視点で進み、嵐ちゃんのお父さんの生涯と明美さんや嵐ちゃんとの関係を徐々に知る事となります。

そして、今回の後半で綴った嵐ちゃんが見た夢。
この夢は今後の物語の重要な要素になるので覚えていて下さい。
今後の物語でみほは、直之さんの生涯を知った後、嵐ちゃんが戦車道から逃げ出した“本当の理由”を知る事になります。

それでは、次回をお楽しみに。

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