戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

53 / 92

今回は、若干衝撃的な展開が待ち受けていますので御了承下さい…但し、誰かが死んだり大怪我をしたりと言う話では無いので、ご安心を。
只、今後暫くの間はシリアスな話が続きます。
其れでは、どうぞ。


第46話「訓練が大変です!!」

 

 

 

其の日、大洗女子学園・戦車道チームは、学園艦甲板上に在る戦車道演習場で訓練を行っていた。

 

訓練は、先ず隊長車である“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型を先頭に、六輌の戦車が一列縦隊を組んでの行進練習から始まった。

 

其処から西住 みほ隊長の指示で隊列を一列横隊に、続いて傘型隊形へと素早く変化させ乍ら演習場を駆け巡る各チームの戦車達。

 

其々の戦車に乗る仲間達は、戦車道を始めてから一カ月余りしか経っていないが、其の練度は当初の頃に比べれば格段に高まっている。

 

そんな演習場内の一角には、第二次大戦中にドイツ陸軍装甲部隊が使っていたハーフトラック・Sd.Kfz.251/3D型装甲無線車が停車しており、其のオープントップのキャビンから大洗女子学園・戦車道チームの練習風景を眺めて居る人物が三人居た。

 

チームの支援者・原園 明美が社長を務める“株式会社原園車輌整備”の工場長・刈谷 藤兵衛(かりや とうべい)

 

藤兵衛の部下で、整備課副班長の張本 夕子(はりもと ゆうこ)

 

二人は、今日の練習終了後に全国大会二回戦に備えて、大洗女子学園が保有する戦車を整備する為に、群馬県みなかみ町に在る明美の会社から出張して来ているのである。

 

そして、二人の隣でデジタル一眼レフカメラを駆使し乍ら訓練中の戦車の動画撮影を試みている若い女性が居た。

 

彼女こそ、今日と明日の日程で戦車道全国高校生大会の特別後援社・首都新聞社から大洗女子学園・戦車道チームの密着取材の為にやって来た“戦車道担当・専属契約ライター”の北條 青葉(ほうじょう あおば)である。

 

彼女は、訓練開始直後から各チームの戦車の動きを戦車道履修生達の行動と共に撮影していた。

 

 

 

そんな中、訓練は演習場内を流れる川を渡河する練習へと移る。

 

各車渡河の順番を待つ中、最初に“カメさんチーム”の38(t)軽戦車B/C型が川を渡って行くと、同車と刈谷達が乗っているSd.Kfz.251/3Dの間で無線交信が交わされる。

 

 

 

「如何だ? 水漏れは起きていないか?」

 

 

 

「操縦席の覗き窓から水が漏れていますね」

 

 

 

刈谷からの通信に対して、“カメさんチーム”の通信手兼機銃手(但し、何時も干し芋しか食べていない)の角谷生徒会長が38(t)軽戦車B/C型に防水上の問題が有る事を報告すると、刈谷は小さく頷き乍ら返答した。

 

 

 

「そうか…やはり覗き窓のシーリングの具合が思った以上に悪いな。角谷ちゃん、川を渡り終えたらこっちに来てくれ。状況を確認してから放課後に戦車格納庫で修理しよう」

 

 

 

すると通信を聞いていた角谷会長が「承り~♪」と返信したタイミングで、夕子が上司である刈谷へ問い掛ける。

 

 

 

「今日の訓練、此の後は砲撃訓練だけですから、38(t)の修理は其れが終わってからで宜しいのですね?」

 

 

 

「ああ。本当は直ぐ修理したいが、今日の訓練内容なら放課後迄待っても差し支え無いだろう」

 

 

 

「そうですね。“カメさんチーム”は生徒会の業務の都合で、今日の放課後の特訓には参加出来ないと言っていましたから」

 

 

 

夕子との間で“カメさんチーム”の38(t)軽戦車B/C型の修理のタイミングを話し合った刈谷は小さく頷くと、渡河訓練の撮影を続けている青葉へ視線を移して「如何だい青葉ちゃん。良い画像()は撮れたかい?」と話し掛けた処、青葉は一旦撮影を止めるとこう答えた。

 

 

 

「はい。後は砲撃訓練をしている所を撮れば…でも」

 

 

 

其の直後、表情を若干曇らせる青葉の姿を見た刈谷は「でも?」と問い掛けると、青葉は表情を変えない儘答える。

 

 

 

原園()さん、今日は元気が無いみたいですね?」

 

 

 

「そうか…分かるかい?」

 

 

 

「はい…去年の戦車道全国中学生大会では、“初戦から()()()彼女を見て来ました”から」

 

 

 

刈谷の問い掛けに対して心配そうな声で答える青葉。

 

そんな二人は、共に戦車の隊列の最後尾に居る“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)の車長用キューポラ上で俯いている嵐の表情を見詰めていた。

 

 

 

「嵐ちゃん…如何しちゃったのでしょう?」

 

 

 

其の様子を見た夕子は不安気に呟いたが、刈谷と青葉は何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 

渡河訓練終了後、チームは一旦学園内の戦車格納庫へ戻ると、引き続き砲撃訓練の準備を始めた。

 

例えば“カバさんチーム”のⅢ号突撃砲F型の周りでは、カエサル達チームのメンバーが砲撃訓練場の地図と睨めっこし乍ら議論を交わしている。

 

一方、“ウサギさんチーム”は愛車であるM3リー中戦車用の75㎜砲弾の搭載作業を進めていた。

 

 

 

「う、う~ん……」

 

 

 

其処では、通信手兼75㎜砲装填手の宇津木 優季が、乙女にはやや重い75㎜砲弾を持って四苦八苦している。

 

何しろ彼女は、木箱に入った75㎜砲弾を取り出すと真っ直ぐ持ち上げ、M3リーの車体後部左側で腰を下ろしているチームメイトの大野 あやへ受け渡さなければならなかったのだ。

 

そして、優季から75㎜砲弾を受け取ったあやも必死の形相で砲弾を持ち上げると、37㎜砲塔の横で膝を着いている丸山 紗希へ75㎜砲弾を渡していた。

 

こうして、彼女達が75㎜砲弾をリレーし乍らM3リーの車内へ搭載していた時、優季の耳元へ()()()()()()にしては“妙にカッコイイ声”が響いて来る。

 

 

 

「優季…一寸いいかな?」

 

 

 

突然“下手な()()()()()()()()()()”で話し掛けられた優季は、思わず頬を赤く染め乍ら声を掛けた()()に呼び掛ける。

 

 

 

「み…()()()()()?」

 

 

 

其の相手は、“ニワトリさんチーム”の砲手・野々坂 瑞希である。

 

優季は、瑞希からの“()()()()()”を受けた影響でドキドキし乍ら瑞希を見詰めていたが、彼女は突然“M3リーの()()()()()にある大きなハッチ”を開けた後、砲弾を積み込んでいた優季・あや・紗希の三人に向かって仏頂面でこう指摘した。

 

 

 

「M3リーはね、此処に大型のハッチが有るから楽に砲弾を積み込めるわよ?」

 

 

 

「「マ…マジですかー!?」」

 

 

 

瑞希からツッコまれて驚愕の叫び声を上げた優季とあや、そして何時もの如く無言だが流石に驚いた表情をしている紗希の姿を見た瑞希は、呆れた表情で一言呟くのだった。

 

 

 

「やれやれ……」

 

 

 

そして、迎えた砲撃訓練。

 

訓練は、先程移動と渡河訓練を行った場所から更に離れた地点に在る射撃場で行われる。

 

此の射撃場では様々な条件下での砲撃訓練を実施出来るが、今回は砲撃地点から1000m先に在る土堤に設置された標的に向かって、一度に三輌の戦車が同時に砲撃をすると言う“基礎的な砲撃訓練”だった。

 

勿論、原園車輌整備の二人と共に密着取材中の青葉も同行しており、三人は安全な場所から訓練の様子を見守っていたが、其の時青葉がデジタルカメラで訓練の様子を撮影していると、()()()に気付く。

 

 

 

「あっ…砲撃の腕前は“未だ未だ”か」

 

 

 

今、射撃場ではⅢ号突撃砲F型(カバさんチーム)Ⅳ号戦車D型(あんこうチーム)八九式中戦車甲型(アヒルさんチーム)の三輌が停止状態で砲撃訓練を続けているが、中々標的に直撃弾を与えられないでいる。

 

 

 

「まあ、砲撃は“撃った砲弾(タマ)の数だけ上手くなる”からね。彼女達、訓練を始めてから一カ月余りだから、こんなモンよ」

 

 

 

「そうですね」

 

 

 

青葉の隣に居る夕子が苦笑いを浮かべ乍ら大洗女子の選手達をフォローすると、自身も聖グロとの親善試合を取材した事で、大洗女子の選手達の経験不足を知っている青葉は納得した表情で頷き乍ら返事をした後、再び彼女達の砲撃の様子を撮影し続けていたが…其の時、射撃場内の標的に連続して命中弾を出した戦車が現れた事に気付いて、驚きの声を上げた。

 

 

 

「あっ!あれは“アヒルさんチーム”の八九式!」

 

 

 

バレー部員四人で構成される“アヒルさんチーム”の八九式中戦車甲型が次々と命中弾を出す光景を撮影した青葉は驚嘆するが、其の姿を見た刈谷工場長は苦笑し乍ら呟く。

 

 

 

「確かに、バレー部の嬢ちゃん達の集中力は凄いんだが、肝心の戦車砲が短砲身の57㎜じゃあなあ…アレだったら、20㎜機関砲を使った方が未だマシだ」

 

 

 

「工場長、其れを言っちゃあ駄目ですよ!」

 

 

 

八九式の主武装・「九〇式五(センチ)七戦車砲」の威力が低過ぎる事を知っている刈谷が“アヒルさんチーム”の腕前を惜しんでいると、話を聞いた部下の夕子が口を挟む中、青葉も夕子に同調してこんな事を語り掛けた。

 

 

 

「そうですよ。貫通力に劣る57㎜砲でも攪乱位なら出来ますし、相手にとっては鬱陶しい存在だと思いますよ?」

 

 

 

二人の若い女性からツッコミを受けた刈谷だったが、ニヤリと不敵に笑い乍ら「張本も青葉ちゃんもバレー部の娘達が好きなんだな?」と話し掛ける。

 

すると、夕子は微笑み乍ら砲撃訓練の様子を眺め続けており、其れに対して青葉も微笑んでいたが、取材中と言う事も在って直ぐにデジタルカメラを構え直すと、訓練の撮影を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

そして、此の日の訓練も最後の種目に移る。

 

今度はチームの戦車を“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”・“ニワトリさん(M4A3E8)チーム”の二輌と、其れ以外の四チーム・四輌の二つに分けて、“あんこうチーム”と“ニワトリさんチーム”が“標的役”になって演習場内を逃げ回る中、残りの四チームが“標的役”の戦車二輌を戦車道専用の訓練弾*1で撃つと言う、かなり“実戦的な訓練”だ。

 

 

 

「うわっ…結構危なくないですか?」

 

 

 

一緒に練習を見ている夕子から訓練内容を聞かされた青葉が心配そうな表情で問い掛けるが、夕子は微笑み乍らこう答える。

 

 

 

「使う砲弾は専用の訓練弾だから、乗員がキューポラやハッチから顔を出さない限りは大丈夫ですよ。後、戦車道で使う戦車にはカーボンコーティングの内張りも有りますから」

 

 

 

其処へ、夕子の上司である刈谷工場長が補足説明をする。

 

 

 

「其れに、さっきの砲撃訓練を見ただろう?次の二回戦迄に練度を上げる為には、“思い切った訓練”も必要なんだ」

 

 

 

「そうですね…たった一カ月余りの訓練で全国大会に出場している以上、これ位の特訓は積み重ねないと不味いですね」

 

 

 

夕子と刈谷から指摘を受けて、青葉も戦車道ライターとしての経験から大洗女子が短期間にどれだけの努力を積み重ねているのかに気付いて、頷き乍ら返事をする。

 

だが…三人がそんな会話を交わした直後、標的役の戦車の内の一輌に“或る異変”が起きたのだ。

 

 

 

 

 

 

「麻子さん、次はもっと手前に着弾すると思うので、スピードを上げて敵弾を躱して下さい」

 

 

 

「分かった」

 

 

 

其の時、みほは“あんこうチーム”の車長として操縦手の冷泉 麻子に砲撃回避の指示を出し、麻子も即座に応答していた。

 

此の訓練では、みほが車長を務める“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型と“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)が“標的役”を務めている。

 

此れは、全チームの中で技量が高い二チームが“標的役”となる事で、残り四チームの技量を引き上げようと言う狙いである。

 

そんな中、みほは此の訓練の“相棒”である“ニワトリさんチーム”の戦車長・原園 嵐へ向けて無線で警告を送る。

 

 

 

「あんこうよりニワトリ、次は其方へ砲火が集中すると思うので、回避機動の準備をして下さい!」

 

 

 

『……』

 

 

 

だが、何時もなら即座に嵐から返信が来る筈なのに、此の時だけは全く返信が来なかった。

 

ほんの数秒間の沈黙だが、戦車道では其の沈黙が命取りになる事を知っているみほは、嵐の“沈黙”に不安を抱き乍ら、もう一度彼女へ交信を試みる。

 

 

 

「あれ…原園さん、聞こえますか?」

 

 

 

しかし、みほの願いも空しく嵐からは全く返信が来ない。

 

そして次の瞬間、“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)に二発の訓練弾が立て続けに命中した!

 

 

 

「あっ!麻子さん、急ブレーキ!」

 

 

 

みほが叫んだ直後、被弾したイージーエイトは派手にスピンすると“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型に正面を向けた状態で停車する。

 

幸い“あんこうチーム”のⅣ号は、イージーエイトが被弾した瞬間にみほが操縦手の麻子に急ブレーキを命じた為、余裕を持った車間距離で停車出来たので両車の正面衝突は避けられたが、此の時みほは“イージーエイトの()()()()()()”から“車長の嵐に異変が起きた”と確信し、不安気な声で無線に向かって叫んだ。

 

 

 

「原園さん、如何しました…原園さん!?」

 

 

 

其処から、少しの間だが沈黙が続き、更なる不安を感じるみほ。

 

だが次の瞬間“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)から返信が流れて来たが、返信して来たのは車長の嵐では無く、砲手の瑞希だった。

 

 

 

「此方ニワトリより全車、直ちに訓練を中止して下さい!」

 

 

 

「如何しました野々坂さん、原園さんは?」

 

 

 

返信を聞いた瞬間、みほは真っ先に嵐の状態を尋ねるが、瑞希は何時もより鋭い声で状況を報告する。

 

 

 

「済みません、隊長。嵐ですが“熱中症”みたいです…車内で立った儘意識が朦朧として居た様で、大量の汗も掻いています!」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

瑞希からの報告を受けて、衝撃を受けるみほ。

 

確かに、此処数日間は気温が例年よりも高く、戦車の中に長時間居ると熱中症になる恐れが有る事は今日の訓練開始前のミーティングで周知徹底していたが、まさか戦車道経験者の嵐が熱中症になるとは予想していなかったみほは「如何しよう……」と呟き乍ら動揺する。

 

しかし、此処で瑞希が落ち着きを取り戻したらしく、何時もの冷静な声でみほに指示を求めて来た。

 

 

 

「大丈夫です、西住隊長。今停車して嵐を休ませる準備をしています。申し訳有りませんが、隊長達も手伝って頂けますか?」

 

 

 

瑞希からの報告で落ち着きを取り戻したみほは、安堵すると瑞希に問い掛ける。

 

 

 

「了解。でも、“熱中症の対処法”は知っているの?」

 

 

 

「はい隊長。熱中症の対処法はみなかみタンカーズで教わっているので、取り敢えず隊長は私達の対処がキチンと出来ているか見ていて下さい…其れと誰でも良いので、スポーツドリンクか経口補水液、其れからバケツかペットボトルに冷たい水を汲んで持って来させて下さい」

 

 

 

「了解!後、刈谷さん達と救急車も呼んだ方が良い?」

 

 

 

「お願いします!」

 

 

 

「了解!今から私は其方へ向かいますが、此の無線はオープンにして置くので、何か有ったら沙織さんに連絡して下さい!」

 

 

 

熱中症を起こした嵐の対処法を瑞希と打ち合わせたみほは、瑞希から「了解しました!」との返信を聞いた後、沙織に瑞希からの要請を全車に伝えると共に、救急車の要請と刈谷達にハーフトラック(Sd.Kfz.251/3D)で来てもらう様に伝えた直後、愛車であるⅣ号戦車D型から降りると“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)へ駆け寄って行く。

 

すると、其の近くに有る大木の下に人だかりが出来ており、周囲には“ニワトリさんチーム”からの無線連絡を受けたのか、他のチームのメンバーも何人か駆け付けていた。

 

そして彼女達が集まっている中心部では、嵐が瑞希達の手でM4A3E8(イージーエイト)から降ろされており、近くに在る林の中で濡らしたタオルを体の各所に巻いた状態で寝かされている。

 

其の傍らには、各チームのメンバーが沙織からの無線連絡を聞いて用意したのだろう、バケツで汲んだ冷水と其の冷水に浸してから絞った濡れタオルや経口補水液等が持ち込まれていた。

 

 

 

「野々坂さん、原園さんの容態は?」

 

 

 

嵐の様子を見たみほが心配そうに嵐の傍らに居る瑞希に問い掛けると、瑞希は安堵した声で嵐の容態を告げた。

 

 

 

「隊長。嵐ですが、かなり疲れていたみたいで今は眠っています。さっき迄経口補水液を飲んでいたので、意識はしっかりしているみたいですが」

 

 

 

「有難う。救急車は呼んであるし、もう直ぐ刈谷さん達がハーフトラックで此処へ来るから、後一寸の辛抱だよ」

 

 

 

瑞希からの報告を聞いてホッとしたみほは、もう直ぐ助けが来る事を瑞希に告げると、彼女は「有難う御座います!」とみほに向かって頭を下げた。

 

丁度其の時、体の各所を冷やした状態で眠っている嵐の口から、微かな譫言(うわごと)がみほの耳に聞こえて来る。

 

 

 

『父さん、助けて……』

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「父さん」の一言に当惑するみほだが、其の直後嵐の譫言(うわごと)を聞いた瑞希の顔が強張っているのに気付いた。

 

 

 

「野々坂さん?」

 

 

 

瑞希の表情を見て更に戸惑うみほだったが…其の時、みほの耳に嵐からの“思わぬ一言”が飛び込んで来た。

 

 

 

『私…此の儘だと…父さんの様に…戦車に、戦車道に殺される!』

 

 

 

「!」

 

 

 

「戦車道に殺される!」との“衝撃的な一言”にショックを受けるみほ。

 

 

 

だが其の時、強張った顔をした瑞希がみほに向かって小声で話し掛ける。

 

 

 

「隊長…落ち着いて下さい。此の娘、“()()()事情が有ります”から」

 

 

 

「あ…うん。でも一体何が?」

 

 

 

瑞希の話を聞いて動揺するみほだが、瑞希は悲し気な表情を浮かべ乍ら、みほに詫びる様にこう語る。

 

 

 

「済みません。でも()()()()()()()()()()……」

 

 

 

其の一言にみほが戸惑う間も無く、背後から鋭い声が響いて来た。

 

 

 

「おい皆、嬢ちゃん()達は大丈夫か!?」

 

 

 

明美の会社(原園車輌整備)の工場長・刈谷 藤兵衛がハーフトラック(Sd.Kfz.251/3D)に乗って駆け付けて来たのだ。

 

更に、刈谷と一緒に来た助手の夕子がみほ達に向かって叫ぶ。

 

 

 

「もう直ぐ演習場の出入口に救急車が来るから、此処から演習場の出入り口迄私達が乗って来たハーフトラックで嵐ちゃんを運ぶよ!」

 

 

 

そして、刈谷がみほ達に向かって鋭い声で指示を出す。

 

 

 

「取り敢えず、みほちゃんと瑞希ちゃんは嬢ちゃんと一緒に俺達が乗って来たハーフトラックに乗ってくれ!其れと悪いが、北條さんは俺と一緒に此処に残ってくれ!後で迎えを出す!」

 

 

 

取り敢えず此の場に居残る事になった青葉が真剣な表情で「分かりました!」と答えると、刈谷は次の指示を出した。

 

 

 

「じゃあ張本、今からハーフトラックを指揮して演習場の出入口迄行ってくれ!其処に着いたら救急車に嬢ちゃんを乗せるんだ!みほちゃんと瑞希ちゃんも付き添いで乗せるんだぞ!」

 

 

 

「了解!」

 

 

 

刈谷からの指示を受けた夕子は、直ちにハーフトラックから持ち出した担架に嵐を乗せると、付添を指示されたみほや瑞希と一緒にハーフトラックに乗せてから演習場の出入り口を目指してハーフトラックを発車させた。

 

其の時ハーフトラックから外を見たみほは、青葉が()()()()()()()()()()嵐と自分達が乗ったハーフトラックを見送っているのに気付いた。

 

 

 

 

 

 

そして放課後の学園内。

 

下校準備中の“あんこうチーム”のメンバーは、今日起きた嵐の熱中症について語り合っていた。

 

 

 

「大変だったね」

 

 

 

「ええ、沙織さん…今日の放課後の特訓は中止になりましたけれど、原園さんが無事で良かったですね」

 

 

 

「そうですね五十鈴殿。原園殿は念の為に救急車で病院へ搬送されましたから、心配していました」

 

 

 

沙織・華・優花里の順で、嵐の熱中症が大事に至らなかった事を語り合い乍ら安堵していると、嵐の付添を終えて瑞希と共に病院から午後の授業が始まる直前の学園に帰って来ていたみほも安堵の表情を浮かべ乍らこう語った。

 

 

 

「さっき病院から会長さんに連絡があって、『幸い軽症だったので、夕方には帰宅出来ます』って言われたって。今、鷹代さんが病院へ迎えに行っているらしいよ」

 

 

 

すると、其の言葉を聞いた麻子が落ち着いた表情でこう呟く。

 

 

 

「“原園のおばあ(鷹代)”か…きっと嵐は今晩、こってり絞られるだろうな」

 

 

 

だが、其の呟きを聞いた沙織が一言。

 

 

 

「其れ、麻子が()()()()()()()()でしょ?」

 

 

 

其のツッコミは()()だったらしく、麻子は「うっ……」と呻いた後、憮然とした表情で黙り込んでしまった。

 

其処へ華が皆に呼び掛ける。

 

 

 

「其れより、今日は原園さんの事が有りましたから、皆で真っ直ぐ帰りましょうか?」

 

 

 

すると、沙織からツッコまれて黙っていた麻子が「ああ。流石に今日は、皆でさつま芋アイスを食べる気分じゃ無いしな」と呟き乍ら頷くが、此処でみほが何か思い出したらしく、済まなそうな表情で皆へこう説明した。

 

 

 

「あっ…私、一寸戦車格納庫の方へ行って来る。“カメさんチーム”の38(t)軽戦車、渡河訓練の時覗き窓から水が漏れるトラブルが有って、放課後修理するって聞いたから様子を見に行かなきゃ」

 

 

 

其処へ、みほの説明を聞いた優花里が小さく頷き乍ら語り掛ける。

 

 

 

「其れ、刈谷さんと張本さんが話していましたね?」

 

 

 

すると、みほも頷き乍ら皆に事情を説明した。

 

 

 

「会長さんからも『明日は生徒会も放課後の特訓に参加するから、修理が間に合うか聞いて来て』って言われているんだ…御免ね」

 

 

 

そして、みほが済まなそうな表情で頭を下げると、沙織が“大丈夫!”と言わんばかりの笑顔でこう返答した。

 

 

 

「いいよ、用事があるなら仕方無いね…じゃあ今日は、此処で別れようか?」

 

 

 

「「「うん」」」

 

 

 

皆が沙織からの提案で其々の自宅や寮へ帰る事を決めると、用事で学園に残るみほは皆へ「じゃあ、また明日ね」と呼び掛けると、チームの皆も一斉に「じゃあ、また明日!」と挨拶してから別れて行った。

 

そして皆を見送ったみほは、戦車格納庫へと向かった。

 

 

 

だが其処で、みほは嵐と彼女の父親・直之の過去の一端を垣間見る事になる。

 

 

 

(第46話、終わり)

 

*1
OVA「これが本当のアンツィオ戦です!」の練習中の場面で、“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型が“カバさんチーム”のⅢ号突撃砲F形に向けて撃った物と同じ砲弾である。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第46話をお送りしました。
今回は、原作第7話の訓練シーンからアレンジしましたが、前々回のラストで悪夢を見てから元気が無くなっていた嵐ちゃんが訓練中、熱中症に…やはり、精神的に相当参ってしまっていた様です。

そして次回、戦車格納庫へ向かった西住殿は、嵐ちゃんの父親・直之さんの過去と嵐ちゃんの抱える秘密の一端を知る事になります。
それを伝えるのは誰でしょうか?

それでは、次回をお楽しみに。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。