戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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いよいよ最終章第3話の公開間近と言う事で、此の3月は再来週にもう一回投稿すると思います。
そして今回、西住殿は嵐の父親である直之の過去を垣間見る事になります。
其れでは、どうぞ。

※2021/3/20:本文中、原園 直之の生い立ちに関する台詞の内容に分かり辛い部分が有りましたので、修正しました。


第47話「原園 直之さんと大洗と戦車道です!!」

 

 

 

嵐が戦車道の授業中、熱中症になって学園艦内の病院へ担ぎ込まれた日の放課後。

 

予定されていた戦車道の特訓が中止となった為、大洗女子学園・戦車道チーム隊長の西住 みほは、生徒会長の角谷 杏から「“覗き窓から水が漏れる”と言うトラブルを抱えて修理する事になった“カメさんチーム”の38(t)軽戦車B/C型の状況確認」を指示されて、一人戦車格納庫へ向かった。

 

 

 

「失礼します~」

 

 

 

みほが煉瓦造りの戦車格納庫の入口を開けて挨拶をしてから中に入ると、其処には黄色い作業用ツナギを着た四人の生徒が38(t)軽戦車B/C型の周囲で整備作業をしていた。

 

彼女達は自動車部の部員であるが、其の傍らでは白地に赤いラインが入った作業用ツナギを着用した原園車輌整備の整備士・張本 夕子が自動車部の作業を見守っていた。

 

大洗女子学園・戦車道チームの戦車は普段、自動車部が整備を担当しているのだが、チームの支援者である原園 明美が経営する戦車整備工場「原園車輌整備」の整備士も、必要に応じて群馬県みなかみ町に在る本社から出張扱いで派遣されており、自動車整備の経験は豊富でも戦車の整備は初めてな自動車部員の指導や彼女達では手に負えない作業を無償で請け負っている。

 

特に今日と明日は、工場長の刈谷 藤兵衛と彼の部下である夕子が自動車部の指導を担当しており、一部を除くと弱小戦車と素人の集団である大洗女子学園・戦車道チームにとって全国トップレベルの戦車整備士である二人の存在は心強かった。

 

すると、みほの前に()()()()()が現れて挨拶をする。

 

 

 

「西住先輩、何か御用ですか?」

 

 

 

「あれ…萩岡さんも此処に居たの?」

 

 

 

みほは、目の前に現れて挨拶をした“ニワトリさんチーム”の天才操縦手・萩岡 菫の姿を見て、驚いた顔で問い掛ける。

 

何時もなら、菫は“ニワトリさんチーム”の仲間達と一緒に学生寮へ帰っている筈。

 

特に今日は、チームリーダーである原園 嵐が熱中症で一時入院しただけに、真っ直ぐ寮へ帰ったのかと思っていたみほだったが、菫は微笑むとこう答えた。

 

 

 

「えへっ…実は私、先日“自動車部に入部した”んです」

 

 

 

「本当?」

 

 

 

菫からの告白を聞いたみほが再び問い掛けた処、彼女は頷きながら事情説明を始めた。

 

 

 

「ええ。私、子供の頃から自動車が大好きだし、今乗っているインプレッサWRX(GDB Spec-C E型) STIを此の学園へ搬入した時にも自動車部の先輩方に助けて貰ったので、絶対入ろうと思って申し込んだら、“入部試験”として『“大洗一速い女”ホシノ先輩と車で学園艦一周タイムアタック対決』をしたんです」

 

 

 

「えっ…?()()()()()、自動車部の人と勝負したの?」

 

 

 

「はい!其れで()()()()()()()()()らナカジマ先輩達が驚いていたので、自分が持っている日本自動車(JAF)連盟発行の『カート国際Cセニア・ライセンス*1』を見せて『去年、レーシングカートの全日本選手権・東地域のFS125クラス*2に参戦して全日本チャンピオン*3になりました』って言ったら、先輩方から『じゃあ、今日からウチ(自動車部)のテストドライバーを宜しくね!』って言われちゃって」

 

 

 

「す…凄いね」

 

 

 

菫から入部時のエピソードと、彼女が実は“去年のレーシングカート全日本選手権のFS125クラス王者(チャンピオン)である”と言う事実を聞かされて驚愕するみほだが、その時菫が自動車部の黄色い作業用ツナギを着用しているのに気付くと「菫ちゃん、そのツナギ似合っているね」と菫に告げる。

 

すると彼女は笑顔で「有難う御座います!」とお辞儀をした所、後ろから整備の指導役である張本 夕子がやって来て「ああ、西住さん。若しかして38(t)の修理の事かな?」とみほに話し掛けて来たので、菫は「じゃあ、私は失礼します」と二人に告げた後、38(t)を修理している自動車部の先輩達が居る場所へ向かう。

 

其の姿を見たみほは、夕子に向かって「はい」と答えてから38(t)軽戦車の状態を尋ねた。

 

 

 

「会長さんからも“明日の放課後の特訓迄に間に合うかな?”って訊かれました」

 

 

 

「大丈夫だよ。調べて見たら操縦席の覗き窓のシーリングが不充分だっただけだから、もう直ぐ修理出来ると思う」

 

 

 

「有難う御座います」

 

 

 

だが、みほがお礼を言った所で、夕子は彼女が複雑な表情をしているのに気付いて「如何したの、西住さん?」と問い掛ける。

 

 

 

「あっ、いえ……」

 

 

 

夕子からの問い掛けに、みほは目を伏せながら口籠るが、其の姿を見た夕子は気遣う様に語り掛けた。

 

 

 

「ひょっとして、嵐ちゃんが熱中症で倒れちゃった事を心配してる?」

 

 

 

其れに対して、みほは顔を上げると済まなそうな表情で答える。

 

 

 

「はい…原園さんの異変に気付かなかったのは、隊長である私の責任ですから」

 

 

 

すると夕子は、微笑み乍らこう語る。

 

 

 

「大丈夫だよ。さっき本社に居る社長(明美さん)に報告したら『全ては嵐の体調管理が成っていないのが原因だから、みほさんには気にしないでって伝えて』って言われたわ」

 

 

 

「えっ…そんな事で良いんですか?」

 

 

 

嵐の母・明美の話を聞いたみほが驚いているのを見た夕子は、小さく頷き乍ら話を続ける。

 

 

 

「うん。明美さんは、戦車道では例え“自分の娘”でも特別扱いや手加減をしない人だから。みなかみタンカーズでもそうやって嵐ちゃんに接していたよ…あれっ、西住さん如何したの?」

 

 

 

其の時、夕子はみほが目に大粒の涙を浮かべているのに気付いて、ハッとなりつつみほに呼び掛けていた。

 

するとみほは、ハンカチを取り出して涙を拭ってからこう語る。

 

 

 

「私、御二人の仲が悪いと聞いて居るから、何とかならないかなって思っていて……」

 

 

 

「う~ん、あの二人は“()()有る”からね。“戦車道()()じゃ無く”……」

 

 

 

みほの問いに対して、遠い目をしながら何かを思い出す様に答える夕子の様子に気付いたみほは、縋る様な思いで夕子に問い掛ける。

 

 

 

「戦車道()()じゃ無い…やっぱり、そうなんですか?」

 

 

 

「まあ、此処から先は“家族のプライバシー”に関する事だから、其れ以上は……」

 

 

 

更なるみほからの問いに、夕子は難しい表情を浮かべ乍ら呟いたので、みほは其れ以上の問い掛けを止めると済まなそうに答えた。

 

 

 

「そうですね。変な事を訊いちゃいました。実はこの間、明美さんから嵐さんの御父様の事を聞いて“此の人の事をもっと良く知ったら、二人を仲直りさせる事が出来るかな?”って思っていたのですけど……」

 

 

 

だが其の時、会話を続けていた二人に話し掛けて来る少女が現れた。

 

 

 

「西住さん、()()()って“原園 直之”さんの事だよね?」

 

 

 

彼女が自動車部のリーダー・ナカジマだと気付いたみほは、不思議そうな顔で問い掛ける。

 

 

 

「ナカジマさん、原園さんの御父様の事をご存知なのですか?」

 

 

 

「うん。実は私達、嵐ちゃんの御父さんの事は()()()()()()()んだ」

 

 

 

すると、ナカジマの後ろからやって来た自動車部員のスズキもそう語る。

 

 

 

「直之さんは、私達モータースポーツファンの間では“()()()()メカニック”だからね」

 

 

 

続いて、ナカジマ達と一緒にやって来ていた自動車部員のホシノが直之の経歴について説明した。

 

 

 

「若い頃から海外で活躍して、ル・マン24時間だけで無く米国のデイトナ24時間*4とベルギーのスパ・フランコルシャン24時間*5の“世界三大耐久レース”の()()()()()()()()()()()()日本を代表する名メカニックだもん。私達自動車部員にとっては憧れであり目標だよ」

 

 

 

其処へ、菫と共に最後にやって来た自動車部員のツチヤが頷きながらこう話す。

 

 

 

「亡くなってから今年で十年経つけど、今でもレース専門誌で特集記事が掲載される位の人なんですよ」

 

 

 

其の言葉に自動車部の新入部員である菫が“うんうん♪”と嬉しそうな顔で頻りに頷いているのをみほが見詰めていると、“自動車部員の指導役”である夕子が困り顔で自動車部員達にツッコミを入れる。

 

 

 

「ナカジマさん達、38(t)の覗き窓の修理は出来たのかな?」

 

 

 

すると、ナカジマが恐縮した顔で「あっ、御免なさい。38(t)の覗き窓のシーリング、取り換えて置きました」と答えた所、夕子は柔らかな笑みを浮かべると自動車部員達にこう指示した。

 

 

 

「宜しい。じゃあ今日の作業は此れで終わりだから、直ぐに戦車と作業場の後片付けをしてね♪」

 

 

 

其の言葉に、菫を含む自動車部員()()全員が「「「はい!」」」と答えて後片付けに入ると、様子を眺めていたみほは先程の会話を思い出して、夕子にこう話し掛ける。

 

 

 

「張本さん、原園さんの御父さんは凄い人だったのですね」

 

 

 

すると話を振られた夕子は、少し沈んだ表情を浮かべると「うん、まあね……」と小声で呟いたので、みほは「やっぱり、訊いてはいけなかったのかな?」と心の中で少々後悔していたのだが…その時、戦車格納庫の扉の方から大声が響いた。

 

 

 

「何だ、誰か来ていると思ったらみほちゃんだったのか?」

 

 

 

「あっ、工場長!」

 

 

 

「刈谷さん!」

 

 

 

原園車輌整備の工場長・刈谷 藤兵衛が両手にダンボール箱を持ってやって来ていた。

 

 

 

「張本、探していたM3リー用の部品が見付かったんで持って来たぞ。そっちは今、“直之の事”で何か話していたみたいだが?」

 

 

 

「いえ工場長、今38(t)の修理が終わったので自動車部の()達は……」

 

 

 

「いや、悪いが今の話は俺も聞いて居たからな。話し掛けるタイミングを逸していたんだ」

 

 

 

「はい……」

 

 

 

藤兵衛と夕子の会話を聞いたみほは、藤兵衛が先程の直之に関する話を聞いて居た事を知った夕子が沈んだ顔で俯いたのを見て思わず声を掛けようとしたが、其の時藤兵衛がみほに話し掛けて来た。

 

 

 

「其れでみほちゃん、()ちゃんの御父さ(直之)んの事が知りたいのかい?」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

自分が、“今知りたかった事”について話してくれそうな人が突然現れた事に驚くみほを余所に、藤兵衛は意外な事情を説明した。

 

 

 

「実はな…盗み聞きをしていた訳じゃないんだが、昨日の晩連絡船で君と沙織ちゃんが明美さんと直之の事で話していたのを偶然張本と一緒に聞いて居たんだよ」

 

 

 

「そうだったんですか?」

 

 

 

思わぬ事実に目を丸くするみほに対して、藤兵衛は頭を掻きながら申し訳無さそうな表情を浮かべつつ話し続ける。

 

 

 

「だから、何れみほちゃんには話すべき時が来るだろうと思っていたんだ…其れに張本は、直之が未だ健在だった頃にウチの会社(原園車輌整備)へ入社したから、彼には思い入れが有るんだよ」

 

 

 

すると、みほの隣で二人の話を聞かされていた夕子が顔を真っ赤にしながら藤兵衛に愚痴を零した。

 

 

 

「工場長、止めて下さい…恥ずかしいから」

 

 

 

其の姿を見た藤兵衛は苦笑いを浮かべると「まあ其れは兎も角…みほちゃん、直之の話は他の娘達に聞かせるのは何だから、あっちのプレハブ小屋で話をしよう。張本は後片付けが終わったら自動車部の()達を帰して、其れから俺の所に来てくれ」とみほと夕子に告げると、夕子は「分かりました」と返事をしてから作業後の後片付けをしている自動車部員達の方へ向かう。

 

そしてみほは「はい。刈谷さん宜しくお願いします」と藤兵衛に告げると、彼と共に戦車格納庫の一角に在るプレハブ小屋へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

藤兵衛とみほが向かったプレハブ小屋は、学園で戦車道が復活した時に支援者となった明美が、生徒会と学園長の許可を得た上で戦車格納庫内に建てた物である。

 

主に戦車道チームが使う戦車の整備や自動車部の指導の為に原園車輌整備から出張して来た整備士達が事務や休憩・食事等に使う他、各種作業に使う機材の保管に必要なスペースも確保されていた。

 

其処へ最初に入った藤兵衛は、作業机の傍に置かれているパイプ椅子を用意すると、続いて室内へ入って来たみほへ「どうぞ」と告げて、その内の一脚をみほに薦めて座る様に促した後、二人分のお茶を淹れる。

 

そしてみほに淹れたてのお茶を薦めてから、自らもお茶を一口飲むとゆったりとした口調で話し始めた。

 

 

 

 

 

 

俺が直之と初めて出会ったのは、今から三十年程前になる。

 

俺が当時勤めていた自動車メーカーが運営していた整備士大学校で教官をしていた時、生徒として入学したんだ。

 

直之は、入学当初から明らかに他の生徒達から、やる気と技術が頭一つ抜きん出ていて、成績も常にトップクラスで周囲から注目されていた。

 

しかも、授業に従いて行けない同級生の為に、授業が終わった後も彼等の予習復習の面倒を見ていたから、同級生や先輩達・其れに教官からも人気が有ったんだ。

 

其れで興味を持った俺は、或る日の昼休みに直之を誘って、一緒に弁当を食べ乍ら直接訊いてみたんだ。

 

“何故、其処迄頑張れるんだ?”って。

 

そうしたら、アイツは思わぬ事を語り出した。

 

 

 

「俺、茨城県大洗町に母港が在る“大洗女子学園の学園艦”の出身なんですが、こう見えても子供の頃は体が弱かったんです。其れに幼い頃両親は飛行機事故で他界して…其れで、実家と同じ学園艦内に在った叔父さんの家に預けられたのですが、其の事で小学校では同級生から毎日虐められていました」

 

 

 

其処で俺は「其れで、其の事と整備士を目指す事が如何繋がるんだ?」と問うと、直之は微笑みながらこう説明したんだ。

 

 

 

「実は小学四年生の或る日、何時もの様に虐められたので学校の授業を途中で抜け出した後、大洗女子学園の敷地内をブラブラしていたんです。そうしたら目の前で何輌もの戦車が動き回っているんです。後で気付いたのですが、俺はブラブラしている内に戦車道の演習場迄来ていたんです」

 

 

 

そして、直之は笑顔を浮かべ乍ら当時の状況を説明し続けた。

 

 

 

「其の時は驚きましたが、当時から乗り物が大好きで戦車の名前も覚えていたから“何が”走っているかは直ぐ分かりました。確かドイツのⅣ号戦車が一番多くて、他にはチェコ製の38(t)軽戦車や八九式中戦車にⅢ号突撃砲、あとフランスのルノーB1bis重戦車も居たっけ…其れ等が揃って走っているのを見るのが楽しくて、演習場の外れに在る丘から時間が経つのも忘れて戦車の群れを眺めていたら、突然戦車の乗員から声を掛けられたんです」

 

 

 

「僕、其処で何をしているの?此処は演習場内だから立ち入り禁止だよ!」

 

 

 

「其の乗員の顔を見たら…“女子高生”でした。つまり僕が見た戦車の正体は、住んで居た学園艦の持ち主である“大洗女子学園”の戦車道チームの車輌だったんです」

 

 

 

其処で直之は少し恥ずかしそうな表情で、大洗女子学園の生徒に見付かった時の話をした。

 

 

 

「其れで、戦車道の御姉さん達へ正直に事情を説明したら、僕はあっと言う間に御姉さん達と仲良くなりました。そして“授業中に学校を抜け出さない事”を条件に、放課後や土日の練習日は“顔パス”で戦車道の練習を見学出来る事になったんです。其れから暫く経った或る日、僕が戦車道の練習を見学している事を知った同級生達が僕を揶揄う為に僕の後を尾けて来たのですが…そうしたらチームの御姉さん達全員が同級生達を取り囲んだんです」

 

 

 

「君達が直之君を虐めているんだって?」

 

 

 

「弱い者虐めをしちゃ駄目だよ!」

 

 

 

「今度、君達の家に戦車で押し掛けてやろうか?」

 

 

 

「いや、皆で戦車に乗って君達の学校を訪問しようかな~?」

 

 

 

「戦車道チームの御姉さん達に睨まれた同級生達は皆震え上がっちゃって…そうしたら、チームの隊長さんが同級生達に向かってこう言ったんです」

 

 

 

「私達の戦車に追い掛けられたくなかったら、直之君に虐めの事を謝って仲良くしなさいね?そうしたら次からは、私達の練習を見に来ても良いよ」

 

 

 

「其の日から同級生達が僕を虐める事は無くなり、僕と一緒に戦車道の練習を見学して行く内に、皆友達になってくれました。だから俺に取って戦車道の御姉さん達は『自分を()()()()()()恩人』です。そして中学卒業を控えた頃、俺は戦車道の御姉さん達に恩を返す為に“或る決断”をしました」

 

 

 

「決断?」

 

 

 

其処迄話を聞いて居たみほが戸惑い気味に問い掛けると、藤兵衛は静かな声でこう答えた。

 

 

 

直之は其の時、俺にこう語った。

 

 

 

「大洗女子の戦車道チームの皆やその先輩達の前でこう宣言したんです。『本当は俺も戦車道をやりたいけど、戦車道って()()()()()だから男は出来ないでしょ?でも恩を返したいから如何すれば良いかって考えて、“其れなら整備士になって、何時か学園の戦車を整備をする事で、あの時の恩返しをしよう”って決めました。戦車の整備なら男の俺でも出来るでしょう?』と。そうしたら御姉さん達は皆『直之君頑張れ!一人前の整備士になって大洗へ帰って来てね!』って励ましてくれました…こうして俺は、先ず自動車整備士になる為に高校は自動車科のある工業高校へ進学して、其処から更にこの自動車大学校を目指そうと思ったんです」

 

 

 

 

 

 

此処で藤兵衛の話をずっと聞いて居たみほは、目を丸くしながら一言問い掛けた。

 

 

 

「じゃあ…直之さんがメカニックになったのは、『此の学園の戦車道への恩返し』なのですか?」

 

 

 

すると藤兵衛は微笑みながら頷くと、こう答えた。

 

 

 

「うん、その通り。そして、直之の“情熱と才能”は凄まじく、更にアイツの()()は其れ以上に凄まじかった」

 

 

 

其の答えを聞いたみほが目を丸くしていると、藤兵衛は直之の其の後の話を始めた。

 

 

 

「入学してから二年後に二級自動車整備士の資格を取った直之は、其の後もう一年、整備大学校のモータースポーツ科を受講して首席で卒業後、国内でも指折りのレーシングチームにスカウトされて入社した。すると其の年の全日本F3選手権*6に其のチームからエースドライバーとして出場するドイツ人選手担当のメカニックの一人が偶々病気で抜けてしまったんで、幸運にも直之がその職を引き継ぐ事になった。そうしたら直之は担当したエースドライバーのメカニックをキチンと熟しただけでなく、其のドライバーが年間チャンピオンを獲得する原動力にもなったんだ…直之はメカニック()()()なのに、マシンを常に完璧な状態に仕立てていたからな。此れにはチームの先輩達も驚いていたよ。普通は“有り得ない事”だからな」

 

 

 

話を聞かされたみほは、モータースポーツの事は良く知らないものの藤兵衛の表情を見て話の内容を悟ると「凄い事なんですね、其れって……」と呟くと、藤兵衛は「そうなんだ。“普通は”先輩の下で数年は修業しないとメカニックとしては一人前にならない筈だからね」と答えてから、再び話を続けた。

 

 

 

「そして、其の年の秋にチームは“F3の世界一決定戦”と言われるマカオグランプリ*7に出場し、其のレースで直之が整備したマシンに乗ったエースドライバーは三位表彰台に上がった…しかも彼のマシンは予選で派手にクラッシュしていて、決勝出場は絶望的と言われていた状態だったのを直之が他のメカニック達を率いて修理した結果、其のマシンは予選最後尾からゴボウ抜き*8をやって表彰台に入ったんだ。あのレースを見ていた者達が皆“若しも予選のクラッシュが無ければ()()()()()優勝していた”って言う程の内容だったよ。そしてレースが終わった後、思わぬ出来事が直之を待っていた」

 

 

 

其の話を聞いたみほが「えっ?」と驚きの声を上げると、藤兵衛は“直之を待っていた思わぬ出来事”について説明した。

 

 

 

「其のレースが終わった日の夜、“レースを見ていた或る人物”が直之の所属するチームが宿泊していたホテルを尋ねて来て、直之やチーム監督・オーナーと交渉した後、直之を自分が率いるレーシングチームへ引き抜いた…其の人はル・マン24時間耐久レースで最多勝を誇るドイツのレーシングチームの代表だった。直之は“耐久レースの世界で一番強いと言われているチームの()()”に其の腕を認められたんだ。そして直之は新たなチームの本拠地が在るドイツへ渡り、耐久レースの世界で優秀なメカニックとして活躍する様になった」

 

 

 

静かな声で語る藤兵衛の話を聞き続けていたみほは「凄い……」と呟いていたが、藤兵衛は小さく頷き乍ら説明を続けた。

 

 

 

「其れから暫くして、俺が勤めていた自動車メーカーが世界ラリー選手権(WRC)に参戦する事になり、俺もラリーチームのチーフメカニックとして世界で戦う様になってから直之とは年に一・二回会って話をする様になった…そんな付き合いを十年程続けている内に、直之が明美さんと結婚して嵐の嬢ちゃんが生まれて暫く経った頃、ドイツのビアホールで偶然直之と再会して一緒にビールを飲み乍ら世間話をしていたんだが…其処で“思わぬ話”を聞いたんだ」

 

 

 

「実は俺、今シーズン限りで今のチームを辞める予定なんです」

 

 

 

「突然の話だったから、俺は『何?ひょっとしてチームに居辛くなったのか?』と問い掛けてみたら、直之は笑い乍ら首を横に振ってこう答えたんだ」

 

 

 

「違いますよ。去年、明美()が女の子を出産して、名前は彼女の希望で“嵐”と名付けたのは話しましたよね?」

 

 

 

「其れで理由を察した俺は、『ああ…ひょっとして、()()()()()()()()()()()のか?』と訊いてみたら、今度は首を縦に振って理由を説明してくれた」

 

 

 

「はい。実は明美が妊娠した頃から決めていた事なんですが、職場を変えると言うよりは“独立”ですね…レースチームじゃ無くて、自動車整備工場ですけど」

 

 

 

其処でみほが「嵐ちゃんの為に仕事を変える?」と不思議そうな声で問い掛けると、藤兵衛は頷きながらこう説明した。

 

 

 

「日本じゃ()()()()()()と思うが、欧米では子供が生まれたのを機に親が転職したり独立したりするのは結構有るんだ…でも大変な事には違い無いから、心配した俺は『そりゃ、また如何して…色々と大変だろう?』と訊いてみると、直之は笑顔でこう答えたんだ」

 

 

 

「勿論理由は有ります。此れも以前話したと思いますが…俺の故郷(学園艦)に在る大洗女子学園の戦車道が五年程前に廃止されたって話はしましたよね?」

 

 

 

「話を聞いた俺は『ああ……』と呟きながら、直之から悔しそうな表情で“五年前にこの学園の戦車道が廃止になった話”を聞かされた時の事を思い出していたが、当人はその時とは対照的な笑顔でこう語ったんだ」

 

 

 

()()()からずっと考えていた事が有ったんです。“時期が来たら日本に帰って独立して…何時か大洗女子学園で戦車道が復活する時が来たら、その娘達を助けてあげよう”って。そして、実はその話を結婚前の明美にしたら凄く喜んでくれて…しかも彼女から“素晴らしい夢”を聞かされたんです」

 

 

 

其の瞬間、みほが「“素晴らしい夢”?」と問い掛けると、藤兵衛は静かな声で其の“夢”の内容を説明した。

 

 

 

“此れから戦車道を目指す子供達が世界へ羽ばたく為に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”…明美の夢を聞いた俺は“其れなら僕の夢と一緒に叶えよう”と告げたら彼女もOKしてくれて、其れを機に“一緒に互いの夢を叶えよう”と誓ったんです」

 

 

 

「自由に戦車道が出来る場所?」

 

 

 

“直之と明美が抱いた夢”を聞いたみほが不思議そうな声で問い掛けると、藤兵衛はこう説明した。

 

 

 

「二人共、“日本の戦車道は『其々の流派の教え』に縛られ過ぎていて、自由に戦車道が出来ないが為に()退()()()を歩んでいるんじゃ無いか?”と言う疑問を持っていてね。其れなら“もっと()()()()()()で戦車道が出来る場所を作ろう”と言う発想を持っていたんだ。つまり、直之と明美さんは『夫婦』であると同時に、“戦車道と戦車道を頑張る女の子達を愛する”『同志』でもあったんだ」

 

 

 

其の説明を聞いたみほは「そうだったんですね」と答えた後、漸く納得した表情を浮かべつつ再び藤兵衛へ問い掛ける。

 

 

 

「でも…嵐ちゃんは“戦車道を辞めたがって居た”んですよね?今迄の話と嵐ちゃんとの間に、どんな関わりが有るのですか?」

 

 

 

「其れは、十年前に直之が戦車道の戦車に轢かれて亡くなった時に遡るんだ。実を言うと…“嬢ちゃんがああなった”のには、()()()()()()()()んだ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

“嵐が戦車道を辞めたがって居た責任が、自分にも有る”と言う藤兵衛からの告白に、みほは戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

(第47話、終わり)

 

 

*1
レーシングカートの国際ライセンスの一つで実在する。15歳以上で取得可能だが、実は此れと同格で14歳以上で取得可能な「カート国際Cリストリクティッド・ライセンス」も有り、菫は14歳の時点で此れを取得後、15歳になった時に切り替えた。

*2
レーシングカート全日本選手権のクラスの一つ。選手権の最上級クラスで国際カテゴリーでもあるOKクラスの下に当たる日本独自のクラスで、2011年から行われている。使用するカートの特徴はエンジンの形式が2ストローク125cc水冷リードバルブ吸気の()()()ワンメイクで、タイヤも市販品のワンメイク。

*3
FS125クラスの全日本選手権は西と東地域に分けられていて、先ず両地域で其々5戦を戦って入賞時に獲得出来るシリーズポイントを積み重ねた後、両地域のドライバーが一つのサーキットに集まって東西統一競技会(入賞すると第1戦〜第5戦の1.5倍のシリーズポイントが貰える)を行い、全6戦の内有効5戦で集計したシリーズポイントによって東西両地域を通じた年間ランキングが決まる。要するに、菫は前年の全日本FS125クラス王者(チャンピオン)。因みに、彼女の参戦費用の半分は家族と親戚が集めたが、残りの費用は明美が出した。

*4
毎年一月下旬から二月初旬にかけて米国・フロリダ州に在るデイトナ・インターナショナル・スピードウェイで行われる耐久レース。

*5
毎年七月頃にベルギーのスパ・フランコルシャンサーキットで行われるスポーツカーの耐久レース。因みにこのサーキットは第二次大戦中の古戦場として知られるアルデンヌの森付近に在る。近年SUPER GTで某ボーカロイドの痛車を走らせている日本のチームが参戦した事で一部のマニアの間でも知られる様になった。

*6
1979年から2019年迄行われていた日本のレーシングカテゴリー。排気量2000ccの4気筒ガソリンエンジンを積んだ“F3”と呼ばれるフォーミュラーカーを使用し、若手ドライバー育成を主な目的としていた。諸事情により2020年からは名称が「スーパーフォーミュラ・ライツ」に変わり、日本最高峰のフォーミュラーカーレース・全日本スーパーフォーミュラ選手権の下位カテゴリーとなっている。

*7
毎年11月中旬頃に、マカオの中心部に在る公道を利用して行われる市街地レース。レース自体は1954年から始まったが、1983年にフォーミュラカーのF3マシンによるレースを導入した事により「F3の世界一決定戦」として知名度を高めて現在に至る。因みにF3マシンで行われた最初のレースである1983年の勝者は、後にF1ドライバーとして知られる事になるアイルトン・セナで、其れ以後このレースに出場した多くの選手がF1ドライバーになっており、F1チャンピオンになった選手も多い。尚、此のグランプリ開催期間中はF3以外にもツーリングカー・GTマシン等のスポーツカーやバイク等のレースが複数併催されている。

*8
マカオグランプリで使われる市街地コース「ギア・サーキット」は道幅が狭い区間が在る上、先の見通せないブラインドコーナーも多い事等から追い越しが難しい事で知られる。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第47話をお送りしました。

今回は、嵐ちゃんの父親・直之さんの過去話で御座いました。

其れと自動車部に五人目の部員として菫ちゃんが入部しましたが、同時に彼女がトンデモない経歴の持ち主だった事が発覚(笑)。
元々菫ちゃんは“ニワトリさんチームの中では一番女の子らしいけれど、実は最も女の子離れした才能の持ち主”として考えていたので、遂に彼女の“本性”が明かされた訳であります。
因みに、菫ちゃんが王者になったレーシングカート全日本選手権・FS125クラスは注釈でも書いた様に最上級クラスであるOKクラスの下ですが、現実にはFS125クラスを卒業後OKクラスに行かずに本格的なレーシングドライバーになる人も居るそうです。

そして次回、“嵐ちゃんと明美さんの過去”を藤兵衛さんと夕子さんが語りますが、其処から“新たな謎”が浮かび上がる事に。
一体“新たな謎”とは何なのか?
そして、その謎には西住殿も絡んでいる可能性が!?

其れでは、次回をお楽しみに。

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