戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

55 / 115

ガルパン最終章第三話公開記念として、今月は二回目の投稿となりました。
で、第三話を土曜日に見たのだけど…戦車戦の密度がいいぞ(笑顔)。
そして、大洗対知波単戦の結末と其の後のラストは衝撃的でいいぞ(迫真)。

其れと…あの小林閣下が描いていた「劇画ガールズ&パンツァー」が出たので読んだけど、此れは「リボンの武者」以上のガルパンの極北ですぞ、心して読みなされ(爆・個人的には顔を引き攣らせながら読んだ)。

其れでは皆様、どうぞ。



第48話「嵐ちゃんと明美さんと新たな謎です!!」

 

 

 

「如何言う事ですか? 嵐ちゃんが“戦車道を辞めたがって居た責任”が刈谷さんにも有るって…一体?」

 

 

 

藤兵衛からの“告白”を聞いて、驚いたみほが問い掛けると、彼は苦い表情を浮かべて語り始めた。

 

 

 

「うむ。実は、俺が原園車輌整備の工場長を引き受ける事になった切っ掛けが……」

 

 

 

だが其の時、プレハブ小屋のドアがノックされると、整備士用ツナギを着た一人の女性がやって来て、藤兵衛へ報告する。

 

 

 

「失礼します。工場長、先程片付けが終わったので、自動車部の()達は帰しました」

 

 

 

其の声で驚いたみほは「えっ?」と声を上げたが、藤兵衛は声の主が自分の部下・張本 夕子だと気付き、少し強い口調で注意する。

 

 

 

「何だ、張本か…急に入って来たから、みほちゃんが驚いているぞ?」

 

 

 

すると、夕子は二人に向かって頭を下げた後、申し訳無さそうな声で返答した。

 

 

 

「済みません…実は此処へ入る前に、少しだけ話を聞いて居ました」

 

 

 

其の返事を聞いた藤兵衛は、苦笑いを浮かべ乍ら夕子へ語り掛ける。

 

 

 

「やれやれ…だが、丁度良かった。実は俺の話をする前に、みほちゃんに“話して欲しい事”が有る」

 

 

 

「工場長が“ウチの会社(原園車輌整備)”に()()()の嵐ちゃんと御両親の話ですね?」

 

 

 

夕子が“みほに話して欲しい事”の内容について述べると、藤兵衛は無言で頷く。

 

其の様子を見たみほは、怪訝な表情で夕子へ問い掛けた。

 

 

 

「あの…張本さんは、嵐ちゃんと御両親の事を?」

 

 

 

すると夕子は、みほに向かって頷くとこう語る。

 

 

 

「うん。私は、直之さんが亡くなる半年程前に入社したから、其の頃の嵐ちゃんと御両親の事はよく知っているんだ」

 

 

 

続いて、夕子は自らパイプ椅子を起こした後、みほの前に座ると当時の話を始めた。

 

 

 

 

 

私は小さい頃から戦車が好きだったんだけど、私が小学校へ入学する前に両親が離婚して、一人娘の私は母に引き取られてね…母は一人で私を育てていたから“戦車道をやりたい”って母には言えなかった。

 

幾ら“学校の授業”と言っても、“万一の事故”を考えると母を悲しませたく無かったし、家も二人が食べて行くだけで精一杯だったから、言い出す勇気が無かった。

 

だから戦車道を諦める代わりに、工業高校の自動車科に進学して3級自動車整備士の資格を取り、卒業したら“戦車の整備士を目指す事で戦車道に関われば良い”と考えたの。

 

此れなら、給料が貰えて母に仕送りも出来るから一石二鳥だしね…其れで、高校卒業時に就職先となる戦車の整備工場を探したら、実家に近いみなかみ町に在る“原園車輌整備”が新たに戦車の整備士を募集していると知って面接に行ったら…其の面接官が、当時の社長の直之さんだったの。

 

 

 

 

 

「おい、話をするのは“()ちゃんと御両親の事”だぞ?」

 

 

 

夕子の話が“自分の身の上と直之との出会いについて”であるのに気付いた藤兵衛が、話を本筋へ戻す様に夕子へ注意すると、慌てた彼女は彼に向かってこう釈明する。

 

 

 

「あっ、御免なさい。只、“入社迄の話”をしないと、みほさんには分かり難いかな?と思って……」

 

 

 

だが其の時、藤兵衛は人の悪そうな笑みを浮かべると、みほへこう告げた。

 

 

 

「実を言うと張本はな、面接の時に出会った直之に()()()()して入社したんだ。此の時既に、()()()()()()()()()()()()()()に、な」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「工場長!其れ止めて下さい!」

 

 

 

藤兵衛の話に仰天したみほを見た夕子は、顔を真っ赤にし乍ら話を止めようとしたが、彼は笑い乍ら「“若さ故の過ち”って奴だな」とツッコむと、彼女は頬を膨らませて「もう…じゃあ、入社してからの話に戻りますね!」と藤兵衛へ文句を言ってから、再び当時の話を始めた。

 

 

 

 

 

其れで面接に合格して入社した私は、早速直之さんや明美さん達に指導を受け乍ら仕事を始めたのだけど…其の頃から嵐ちゃんは、何時も工場の二階から整備されている車輌や御両親の仕事振りを眺めていたな。

 

勿論嵐ちゃんは毎日保育園に通っていたから、保育園へ行く前と帰って来た後の時間だけどね…でも時々友達も連れて来ていて、工場の近くに住んで居た瑞希ちゃんと一緒に、工場の中を眺め乍ら整備されている自動車や戦車の名前を当てる遊びをしていたよ。

 

でも、其の頃から嵐ちゃんは明美さんよりも直之さんに懐いていたな。

 

嵐ちゃんは、“御両親が一緒に居る時”は何時も「御父さん」と呼んで、直之さんの方に従いて行くの。

 

だから、明美さんは何時も「嵐は中々私に懐いてくれないの……」って、私に向かって涙目でボヤいていたっけ。

 

そんな嵐ちゃんだったけど、其の年の夏の終わり頃に、御両親の仕事の関係で茨城県土浦市に在る陸上自衛隊武器学校へ一緒に行った後、ニコニコ顔になって私達会社の従業員に「私、此の秋から戦車道を始めるんだよ!御父さんと御母さんが教えてくれるんだ!」って触れ回る様になったの。

 

「戦車道を始めたら“イージーエイト(M4A3E8)”に乗って、新しい友達を一杯作るんだ!」って言っていた。

 

其の様子を見た私達は、“嵐ちゃんはきっと、ご両親と一緒に戦車道を始めて幸せに暮らすんだろうな”って思っていた。

 

でも、そんな矢先に“あの事故”が起きてしまった……

 

 

 

 

 

其処で夕子は、一旦話を止めるとツナギのポケットからハンカチを取り出して目に溜まっていた涙を拭った。

 

其の様子を見たみほは、涙を拭っている夕子を心配し乍ら、こう問い掛ける。

 

 

 

“あの事故”…直之さんが戦車道の試合の時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()ですね?」

 

 

 

其の時、夕子が「みほさん、知っていたの?」と驚き乍ら問うたので、其れに気付いた藤兵衛が彼女に向かって事情説明をする。

 

 

 

「ああ…みほちゃんは戦車道を履修すると決めた時に、明美さんから事故の話を聞いたんだっけな?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

すると夕子は、みほに向かって「そうだったんだね」と話し掛けると、静かにこう語った。

 

 

 

「其れで、私達工場の従業員は社長の直之さんが事故で亡くなった後、“工場は如何なるのか?”と心配し乍ら葬儀に参列していた時に…工場長に出会ったの」

 

 

 

そして、夕子は小声で「其れでは工場長、此処から先の話をお願いします」と藤兵衛へ告げると、彼は当時の状況を語り出した。

 

 

 

 

 

実は、直之が亡くなる少し前から俺が勤めていた自動車会社は業績が悪化していたんで、経営立て直しの為に世界ラリー選手権(WRC)から撤退していたんだ。

 

其れで、俺も愛知県岡崎市に在った会社の研究所へ移り、新車開発担当部門のチーフメカニック兼副主任として勤務していたんだが…其の最中に、会社が“大規模なリコール隠し”をしていた事が発覚したんだ。

 

其れも乗用車だけでは無く、トラックやバス等対象となる車輌の数が数十万台に(のぼ)った上に、()()()()()()()()()()迄起きていたにも関わらず、会社の上層部はリコールを公表せずに隠していたんだ…結局、奴等(上層部)は全員警察に逮捕されて、裁判で有罪が確定したけどな。

 

だが、車を作る事に憧れて“乗っている人達の命を一人でも多く守る為に車を作ろう”と思って会社に入った俺にとっては、()()()()()()()()だ。

 

正直、ラリー(WRC)で負けるよりも悔しかったよ。

 

其れで、会社に愛想を尽かした俺は、当時会社が始めた勧奨退職に応じて退職金を多目に貰って退職したんだが…当然、次の仕事を探さなければならない。

 

とは言え、俺も既に結構な歳だったから、幾ら自動車整備士が長年人手不足で“売り手市場”だからと言っても、そうそう簡単に再就職が出来る訳じゃ無い。

 

其れでついつい焦っていると、長年連れ添っている女房が笑い乍らこんな事を言ったんだ。

 

 

 

「貴方…焦っても仕方無いですよ。(とし)なんだし、此処は何処かの温泉にゆっくり浸かり乍ら“此れから如何するか?”をじっくり考えれば良いじゃないですか?」

 

 

 

そう言われて、我に返った俺は「其れもそうだな。今度の週末は一緒に温泉にでも行くか」と女房に返事をした時、ふと「そう言えば、直之が四年前に独立して開いた“原園車輌整備”の在る群馬県みなかみ町には、良い温泉が在るって言ってたな。其れなら温泉に行く(ついで)に直之に会いに行くか」と考えた時に、突然直之の会社から電話が掛かって来て「直之が戦車に轢かれて亡くなった」と知らされたんだ…其の時は愕然としたよ。

 

そして翌朝、俺と家内は告別式に参列する為に、東海道と上越新幹線を乗り継いでみなかみ町へやって来たら、魂消たな。

 

斎場には沢山の人達が集まって居て、足の踏み場も無い状態だった。

 

聞けば、直之は明美さんと一緒にみなかみ町にやって来てから、僅か()()の間にみなかみ町だけで無く、近隣の地域からも“地域に欠かせない人材”として人々から慕われていたので、みなかみ町や近隣の市町からも参列者が沢山やって来たそうだ。

 

しかも、()()からも参列者が来ていたんだ…目の前で“ドイツ戦車道のスーパースター”ヴィルヘルミナ・ビスマルクが明美さんと一緒に泣いていたし、直之が所属していたドイツのレーシングチームの代表や監督に当時の同僚達迄来ていたから、“同じモータースポーツ仲間で、()()()()()”と言う事で彼等から名前を知られていた俺も、話し掛けられたんで英語で会話していたら、みなかみ町役場からやって来た職員に「役場には英語に堪能な人間が少ないので、もし宜しければ通訳をお願い出来ますか?」って頼まれてしまったよ。

 

其れで俺は、役場の職員からの頼みを引き受けて告別式が終わる迄海外から来た参列者のサポートをしていたんだが…気が付くと、もう日が暮れていたよ。

 

 

 

 

 

「大変だったんですね」

 

 

 

藤兵衛から、直之の葬儀の際のエピソードを聞いたみほは、小さく頷き乍ら話し掛けると、藤兵衛は頷き返し乍ら話を続けた。

 

 

 

「ああ。告別式には二百五十人位が参列したと言うから、三十八歳の若さで此の世を去った人間としては此れ以上無い位、皆から慕われていたと思うよ…実際、群馬県の山の中に在る田舎町に、地元の娘と結婚してやって来た“余所(よそ)者の男性”が()()()()()()あれだけ慕われていた、と言う事が凄いと思う」

 

 

 

其処で、藤兵衛は用意したお茶を飲んで喉を潤すと、其の先の話を続けた。

 

 

 

「そして告別式が終わった後、俺は女房と一緒に予約した宿に泊まろうとしたんだが、其処で直之の会社(原園車輌整備)の従業員に呼び止められて『社長の奥様(明美)が、「生前、主人が大変お世話になっただけで無く、本日は無理な申し出にも関わらず海外から来られた方の通訳迄引き受けて頂いた御礼に、若し宜しければ奥様と御一緒に“精進落としの御膳”を食べて行かれませんか?」と仰っておられます』と言われたんだ」

 

 

 

「其れ…呼び止めたの、私です」

 

 

 

此処で夕子が“藤兵衛を呼び止めた人物”が自分であるとみほに明かすと、藤兵衛は苦笑し乍ら「そうだったな」と答えた後、再び当時の話に戻った。

 

 

 

「本来“精進落としの御膳”は葬儀の後、僧侶や親類のみで行う食事だから俺は断ろうとしたんだが、張本が『実は“今後の事で、如何しても刈谷さんに御相談したい事が有るのです”奥様(明美)が仰って居られます。実は故人が生前奥様(明美)に“自分に何か有ったら、刈谷さんを頼ると良い”と仰って居られたそうです』と言うものだから、“其れなら話だけは聞こう”と思って誘いを受けたんだ」

 

 

 

そして藤兵衛は、一瞬苦い表情を浮かべ乍ら話し続ける…其の表情を見たみほは、不安な表情で話を聞き続けた。

 

 

 

 

 

直之の葬儀に集まった親族達が“精進落としの御膳”を食べ終えた後、皆が直之の思い出話をしている中に俺も入って、整備士大学校での日々やレースチームのメカニック時代の話を直之や明美さんの親族に語っていると、明美さんの会社(原園車輌整備)の人がやって来て「刈谷様、奥様(明美)が話をしたいので、其方の奥様と御一緒に奥の部屋へ来て頂けないでしょうか?」と呼ばれたので、俺は其の人の言われる儘、女房と一緒に指示された部屋へ入って行った。

 

すると其処では、明美さんが硬い表情を浮かべ乍も涙を浮かべる事無く畳の上に正座をしていて、直之の遺骨が入った小さな骨壺をじっと見詰めていたよ。

 

実は、明美さんと会ったのは其の時が初めてだったんだが、彼女は私の顔を見ると初対面にも関わらず、ホッとした様な表情を浮かべ乍ら丁寧な口調で挨拶をしたんだ。

 

 

 

「初めまして、刈谷 藤兵衛さんですね…本日は、突然主人が此の様な事になったにも関わらず、本当によくお越し下さいました。きっと主人も喜んでいると思います」

 

 

 

そして、明美さんは涙を滲ませ乍らも薄っすらと“笑みを浮かべていた”のを覚えているよ。

 

其の姿を見た俺と女房も直ぐ正座をしてから挨拶と御悔みの言葉を伝えたんだが、其の時の明美さんは“思った以上に気丈に振舞っているな”と感じたよ。

 

其の後、俺が呼ばれた用件について明美さんへ質問する処から、本格的な話が始まったんだ。

 

 

 

 

 

「早速ですが明美さん、私に“相談したい事”が有るそうですね。私は直之君は兎も角、貴女とは初めてお会いしますが?」

 

 

 

「はい。ですが、主人は生前“刈谷さんは僕の恩師と言うだけでは無く、メカニックとしてもリーダーとしても凄い人だ。だから、若しも僕に何か有ったら刈谷さんを頼ると良い。きっと助けになってくれるだろう”と常々申しておりました…ですので、主人を亡くした今、縋る思いで御相談したいと思っております」

 

 

 

「そうでしたか…実は、直之君も私に貴女の事をよく話していて、必ず貴女の事を褒めていましたよ。其れで相談についてですが、どの様な話なのですか?」

 

 

 

「私、今後“如何するべき”か迷っているんです」

 

 

 

「迷っている?」

 

 

 

明美さんからの言葉を聞いた俺は不思議に思いつつ問い掛けると、彼女は真剣な声で詳しい相談内容の説明を始めた。

 

 

 

「夫と一緒に立ち上げた今の工場を畳んで、娘である嵐の養育に専念すべきか、其れとも今後も工場の経営を続けるべきか、本当に迷ってしまって…自分だけで考えても如何にもならないので、同じメカニックであり、直之さんが信頼していた貴方に打ち明けたかったのです」

 

 

 

其処迄の話を聞いた俺は、明美さんに“或る疑問”を問い掛けた。

 

 

 

「成程…と言う事は失礼ですが、“貴女と()さんの今後の生活”については問題は無いのですか?」

 

 

 

すると明美さんは、頷き乍らこう答えたんだ。

 

 

 

「はい。実は今回、主人が巻き込まれた事故は状況が状況なだけに、戦車道連盟が間に入って下さった結果、連盟からかなりの額の補償金が支払われる事になりまして」

 

 

 

彼女の話を聞いた俺は、当惑し乍ら「補償金…そんな事を私に話してしまっても宜しいのですか?」と問い返すと、明美さんは生真面目な表情でこう答えた。

 

 

 

「流石に、具体的な話は此れからですので金額迄は申せませんが、連盟の方の話ですと、『嵐が大学を卒業する迄の学費や、私と嵐の生活費を充分に賄えるだけの額は提示出来る』と聞いて居ります」

 

 

 

「つまり、“今の工場を畳んでも御二人の生活は維持出来る”と…其れでは、明美さんが悩まれているのは、“工場経営に今だ未練が有る”と言う事ですね?」

 

 

 

明美さんからの話を聞いて納得した俺は、彼女と()ちゃんの今後に当面不安が無い事を確かめた上で話を続ける様に促すと、彼女はハッキリした口調でこう語った。

 

 

 

「其の通りです。ですから、普通なら“今の工場を畳んで母娘二人で慎ましく暮らした方が良い”と思うのですが…でも、其れでは()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです。其れが本当に辛くて……」

 

 

 

其の時、気丈に振舞っていた明美さんの目から涙がポロポロ零れて来た…其の様子を見ていた女房が心配気に「大丈夫ですか?」と問い掛け乍らハンカチを差し出す中、俺は明美さんにこう答えた。

 

 

 

「御主人との()()…無理はなさらない方が良いと思いますが、其れでも“工場を続けたい程の理由”なのですね?」

 

 

 

すると、明美さんは女房が差し出したハンカチで涙を拭いた後、落ち着いた声で再び語り出した。

 

 

 

「はい、刈谷さん。“主人が戦車道で死んだ事実”は動かせませんが、だからと言って私は如何しても()()()()()()()()んです。私は小学三年生で戦車道を始め、中学一年生の春迄は選手として、其れ以降は戦車整備士として戦車道に関わって来ましたが、其の頃は戦車道の安全性も今程高くは無かったですし、毎年の様に全国で戦車道の履修生や選手だけで無く整備士等の関係者が亡くなる事故が起きていました*1私自身、中学一年生の春に出場した戦車道の練習試合中の事故で、橋から戦車諸共川に落ちて重傷を負った事もあります…今でも、其の時の手術痕が背中に残っているのです」

 

 

 

其の言葉に女房が「まあ……」と呟き乍ら驚いて居るのを余所に、明美さんは更に話を続けた。

 

 

 

「そして主人も、モータースポーツの世界で事故死したドライバーやメカニック等の仲間達の姿を何度か目の当たりにしていましたから、主人と()()した時に“何時か二人の身に()()()()()()諦めずに頑張ろう”って誓っていたんです」

 

 

 

其の時、俺は直之と明美さんが交わした()()について“心当たり”が有るのを思い出すと、明美さんにこう告げた。

 

 

 

「明美さん、まさかとは思いますが…実は以前、直之君から“貴女と一緒に二つの夢を叶えようと誓った”と聞いた事が有ります。其れは“直之君の故郷・茨城県に在る大洗女子学園で廃止になった戦車道が復活したら、其の履修生達を助ける”事と“此れから戦車道を目指す子供達が世界へ羽ばたく為に、自由に戦車道が出来る場所を日本の何処かに作る”と言う事だった、と。若しかして貴女が直之君と交わした()()とは此の事ではありませんか?」

 

 

 

すると、明美さんは涙を浮かべ乍らも救われた様な笑みを見せて、こう語ったんだ。

 

 

 

「ああ…主人は刈谷さんにも話していらっしゃったのですね、其の通りです」

 

 

 

そして、明美さんは続けてこう語ったんだ。

 

 

 

「私としては、今後戦車道で此の様な事故が起こらない様に、戦車道に関わる女の子達をしっかり育てて行ける場所を作りたいと考えています。其れが“主人への最高の()()”だと思うのです。そして主人との()()を果たす為には、今の工場をしっかり経営し続ける事で、みなかみ町や周辺の町の人達の信頼を得るのが必要不可欠なのです」

 

 

 

其処で漸く明美さんの考えを理解した俺は、「成程、話が見えて来ました」と彼女へ答えると、彼女は漸く“俺に頼みたい事”の全貌を明かしてくれた。

 

 

 

「其れで、無理なお願いかも知れませんが、若し宜しければ刈谷さんに()()()()()…“原園車輌整備”の()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「工場長…ですが、私は“自動車の整備”が主な仕事で、戦車は殆ど扱っていませんが?」

 

 

 

つまり、明美さんが迷っていたのは“社長の直之亡き後の会社を支える為”に、俺に直之が遺した会社に入って欲しいと告げるべきか否かだったのだと知った俺は、自らの経験を元に即答を避けたのだが、明美さんは落ち着いた声でこう答えた。

 

 

 

「主人は何時も“若しも自分に何かあった時、助けになりそうな人は刈谷さんしかいない”と、()()()()()()語っていました…其れに主人によると、刈谷さんは若い頃に勤め先の関連会社である陸上自衛隊向けの戦車工場で、“61式戦車の整備”をされていたそうですね?」

 

 

 

確かに、俺は勤めていた自動車会社に入社した直後、研修の一環として会社の傘下に在った戦車の整備工場で、主に61式戦車の整備を一年間勤め上げた経験が有り、其の当時の事を直之に話した事も有った。

 

俺は、其の当時の事を思い出し乍ら明美さんに説明する。

 

 

 

「ええ。ですが“20年以上前の事”ですよ。果たして、今でも戦車の整備が出来るかどうか……」

 

 

 

だが、明美さんは確信に満ちた声で、俺が抱いていた不安を打ち消した。

 

 

 

「61式戦車の整備をされていたのなら大丈夫です。あの戦車は第二次世界大戦後の生まれですが、内部構造は戦車道で使われている“1945年8月15日迄に設計が完了し、試作に着手していた車輌”と殆ど変わらないですから、問題無く戦車道用の戦車の整備は勤まると思います…あっ、でも刈谷さんは御勤めの会社が御有りでしたね?」

 

 

 

其処で漸く、明美さんは俺の勤めていた会社の事を思い出したらしく「済みません。勝手な事を申してしまいました」と告げて頭を下げたんだが…其の直後、寄りにも寄って女房が“余計な事”を言ってしまったんだ。

 

 

 

「明美さん。其の事ですが、既に御存知だと思いますけれど、主人は勤めていた会社が起こした不祥事(リコール隠し)に腹を立てて、先日退職したばかりなんですよ」

 

 

 

慌てた俺は、「こら、あっさり言うんじゃない!」と女房を叱ったんだが、彼女は悪びれもしない表情でこう(のたま)ったんだ。

 

 

 

「あら…明美さんは、真剣にご自分の事業と戦車道の事を考えておられるじゃないですか。こう言う時に“義を見てせざるは勇無きなり”*2が貴方のモットーじゃありませんでしたか?」

 

 

 

女房に胸の内を読まれていた俺は、仕方の無い表情で「やれやれ…女房に言いたい事を先に言われてしまいました」と明美さんに告げると、彼女は希望を見出した様な表情で問い掛けて来た。

 

 

 

「其れでは……」

 

 

 

「明美さん、流石に即答する訳には行きませんが、明日にでも工場の詳しい状況を見てから御答えしようと思います」

 

 

 

其の瞬間、明美さんは俺と女房に向かって正座した儘深く頭を下げ乍ら礼を述べたよ。

 

 

 

「有難う御座います!此れで、工場に勤めている人達も安心させられます!」

 

 

 

 

 

「こうして俺は、明美さんからの頼みを聞いて“原園車輌整備”の工場長として入社する事になったんだ」

 

 

 

自らの“明美の会社へ入社した経緯(いきさつ)”を語った藤兵衛がお茶を飲んで一息入れていると、ずっと話を聞いて居たみほが彼に問い掛けた。

 

 

 

「其れで…刈谷さんが工場長になったのと、嵐ちゃんとの間に何の関係が有るのですか?」

 

 

 

「其れはな…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ

 

 

 

そして藤兵衛は、自らが原園車輌整備に入社して以降の()()()()()()()を語り始めた。

 

 

 

 

 

若しもあの時、俺が工場長を引き受けなかったら、当然原園車輌整備と言う会社は解散して、其の代わりに()ちゃんは母子家庭ではあっても“普通の女の子”として過ごす事が出来ただろう。

 

だが、俺が工場長を引き受けた結果、初代社長の直之を失った“原園車輌整備”は何事も無かった様に事業を継続する事が出来た。

 

社長の任は、未亡人の明美さんが引き継いで会社経営を担当し、工場長となった俺は“会社のナンバー2”として実務を担当する事になった。

 

だが…其れから明美さんは、時間を作っては()ちゃんに対して1対1(マンツーマン)で戦車道を教え込む様になったんだ。

 

父親を喪ったばかりの()ちゃんは嫌がったが、明美さんは聞く耳を持たなかったよ。

 

今振り返ると、あの頃の()ちゃんは“戦車道が好きだった父親が()()()()()()()”と言う事実について、じっくり考える時間が欲しかったのだ、と思う。

 

でも、あの頃の明美さんは何か“思い詰めている”節があってな…“何としても一人娘の嵐を立派な戦車乗りにしたい”と考えて、焦っている様だった。

 

そうやって、()ちゃんが戦車道を嫌がるのを明美さんが説諭し乍ら過ごしていた冬の或る日、明美さんが()ちゃんの親友である瑞希ちゃんを連れて来たんだ。

 

すると、瑞希ちゃんは()ちゃんに向かって「一度でいいから、嵐の前を歩いてみたい」と告げた後、「私も戦車道をやる。だから昨日両親に許可を貰った後、さっき明美さんに“私にも戦車道を教えて欲しい”って頼んで、了承して貰ったんだ。だから、明日から私と一緒に戦車道をやろう」と宣言したんだ。

 

其の結果、()ちゃんは瑞希ちゃんと一緒に明美さんから直接戦車道の指導を受ける様になり…其の結果、徐々に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

更に明美さんは、会社経営と()ちゃんと瑞希ちゃんへの戦車道の個人指導の傍ら、『自身の夢を実現する為の手段』として考え付いた“地域密着型の戦車道ユースクラブチーム”を結成すべく、みなかみ町だけでは無く周辺の町の人々や群馬県庁・教育委員会・戦車道連盟の関係者に迄足を運んで、徐々に味方を増やして行った。

 

そして()ちゃんと瑞希ちゃんが小学三年生になった春、閉校した町の中学校の校舎を改造して作ったクラブハウスで、戦車道ユースクラブチーム“群馬みなかみタンカーズ”が結成されると、明美さんはチーム代表に就任し、()ちゃんも創設メンバーとして否応無く入団させられたんだ。

 

こうして()ちゃんは、東日本中の戦車道乙女から“みなかみの狂犬”の異名で恐れられる程の戦車乗りになった…本人にとっては不本意な事だったんだがな。

 

だけど、()ちゃんが()()()()()()()()()()()()()のは、去年の秋の事なんだ。

 

だが、其の事については……

 

 

 

 

 

「如何したんですか?」

 

 

 

其の時、話を突然止めた藤兵衛の姿を見たみほは、不安な表情で藤兵衛に問い掛けたが、彼は苦い表情を浮かべた儘、こう答えるだけだった。

 

 

 

「済まない…此れだけは、俺の口からは言えない」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

藤兵衛からの“思わぬ答え”に戸惑うみほだったが、彼は苦い表情の儘“嵐が戦車道から逃げ出した真相”について語る事を拒んだ。

 

 

 

「“去年の秋に起きた出来事”()()は、()ちゃんから直接聞くしかない。いや、()()()()()()()()()()んだ」

 

 

 

「そうしないといけない理由が有るのですか?」

 

 

 

「ああ。何故なら……」

 

 

 

藤兵衛の話に対して、みほが其の理由を問い質すと、彼は真剣な表情で彼女を見詰め乍ら、“思わぬ事”を告げた。

 

 

 

「みほちゃん、其の話は君にとって“凄く辛い話”になるからだ」

 

 

 

「えっ?其れって、如何言う事ですか?」

 

 

 

藤兵衛から“嵐が戦車道から逃げ出した真相を知る事が、自分に取って凄く辛い話になる”と知らされて、思わず問い掛けるみほ。

 

 

 

だがみほの問い掛けには、藤兵衛と同席する夕子も、何一つ答えようとはしなかった。

 

 

 

(第48話、終わり)

 

 

*1
ガルパンの原作では、過去の戦車道の安全性については語られていないが、恐らく原作より二十年程前になるであろう明美の少女時代に於ける戦車道の安全性は、原作の開始時点よりも低かったと思われる。

*2
孔子が『論語・為政』の中で書いた言葉で「人として為すべきものだと知りながら、其れをしないことは勇気が無いからだ」と言う意味がある。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第48話をお送りしました。

今回、藤兵衛と夕子の口から語られた、嵐ちゃんと御両親の関係。
そして直之さんの死後、戦車道を無理に教え込もうした明美さんによって、戦車道から逃げ出せなくなってしまった嵐ちゃんの過去。
しかし、話が最も重要な所で有る筈の“去年の秋に嵐ちゃんが戦車道から本気で逃げ出そうとした理由”に差し掛かった時、藤兵衛は謎の言葉を残して沈黙してしまう。
「みほちゃん、其の話は君にとって“凄く辛い話”になるからだ」
一体、嵐が戦車道から逃げ出した真相とは、何なのか?
そして、その事が西住殿にとって何故“辛い話”になるのか?
次回、西住殿は其の謎を嵐ちゃん本人に聞くべきか否かで迷うのですが……

其れでは、次回をお楽しみに。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。