戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない   作:瀬戸の住人

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此処最近、東京五輪開催の是非を巡る情報を見ていて、溜め息を吐いております…まさか、現実世界に“あのしほの台詞”と同じ考えをしている者が、あろう事か五輪関係者の中に居たとは。
人命よりも五輪開催を優先するって、正に「犠牲無くして、大きな勝利を得る事は出来ないのです!」と言うしほの台詞と同じではないですか?

其れは兎も角、今回は“嵐の告白”の最終回です…どうぞ。



第51話「真相です!!(後編)」

 

 

 

嵐による“自分が戦車道から逃げ出そうとした()()理由”の告白。

 

 

 

其の内容は…余りにも残酷だった。

 

 

 

父親を戦車道の事故で喪った後、気持ちの整理が付かない儘母・明美から否応無く戦車道を教え込まれた嵐は、“何の為に戦車道をやりたいと思ったのか”を思い出せなくなってしまう。

 

そして、明美が創設した“群馬みなかみタンカーズ”に入団後も戦車道漬けの生活を送るが、“自分が戦車道を始める決意をした理由”が思い出せない儘自暴自棄に成り掛かっていた中学三年生の初夏、みなかみタンカーズの恒例行事・“戦車道全国高校生大会決勝戦・現地観戦旅行”に参加した嵐は、其の試合を観戦中に黒森峰女学園・戦車道チーム副隊長だった西住 みほが母校の全国大会十連覇を()()()Ⅲ号戦車ごと川に落ちた仲間の命を救うと言う“命懸けの行為”を目の当たりにした事で、()()()()()()()()()()()()()()()()()を思い出す。

 

 

 

其れは、父・原園 直之の口癖だった「戦車道はね、試合に勝つ為にやるんじゃ無くて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う言葉だった。

 

 

 

みほの行動に父・直之の面影を感じた嵐は、()()()()()でも戦車道を続けて良いんだ。もう一度初心に帰って、戦車道を続けよう!”と決意し、“来年の全国大会で、西住先輩を胴上げするんだ!”との想いを胸に、黒森峰女学園への進学を志す。

 

だが…彼女の想いは、無残にも打ち砕かれた。

 

其れは中学三年生の二学期に入り、父・直之の十一回忌が近付いていた或る秋の日の出来事。

 

親友兼ライバルの野々坂 瑞希と一緒に、高校受験に備えて数学の勉強をする為に自宅へ帰宅した嵐は、其処で明美と()()()()()()()による口論から「西住先輩とⅢ号戦車の乗員達が母校の十連覇を逃した事による“スケープゴート”として、黒森峰から転校させられる」事実を知る。

 

そして激昂した嵐は、明美と一緒に居た女性に向かって『同じ戦車道をやる仲間を何だと思っているのですか!?』と叫んだが…其れに対する女性の返事は、嵐の想像を超えるものだった。

 

 

 

()()無くして、大きな勝利を得る事は出来ないのです!」

 

 

 

余りにも冷酷な言葉に、嵐は十年前に父親・直之が高校戦車道の戦車に轢かれて亡くなった事実を思い出し、相手の女性に“人殺し!”と叫ぶと、自分を止めようとした明美に向かって母さん(明美)だって、あの人(アイツ)の仲間だったんじゃない!其の心算で私に戦車道を教え込んだのでしょ!?』と叫んだ後、『例え、神にだって私は従わない!』と啖呵を切り、明美と戦車道から決別する事を誓った……

 

そして嵐の心を折り、母・明美との決別を決定付ける言葉を放った“女性の正体”は、明美の同級生兼親友である西住流師範・西住 しほ…つまり、みほの母だったのである。

 

 

 

 

 

(そんな…御母さん(しほ)、何て事を!)

 

 

 

此の時、嵐の話を聞いたみほは、“頭をティーガーⅠ重戦車の88㎜徹甲弾で撃ち抜かれた”様な衝撃を受けた。

 

まさか…あの事故の後で、母・しほは“自分が言われた”のと同じ言葉を他の人にも言っていたのか!?

 

其れと同時に、みほは明美や藤兵衛達が“「嵐が戦車道を辞めようとした理由」については、()()()()()()聞かなければならない”“此の話を聞けば自分が辛い目に遭う”と語った理由を理解した。

 

 

 

(原園さんが戦車道を辞めようとした原因を作ったのが、御母さん(しほ)だったなんて!)

 

 

 

一方で自分の母(しほ)の発言を聞いた、みほ(自分)以外の仲間達や戦車道ライターの北條 青葉も真っ青になる中、嵐は両手で顔を覆って嗚咽を漏らし乍ら呟く。

 

 

 

『正直、此の話は西住先輩には言いたく無かった…折角”戦車道をやりたい“と言った先輩の心を折りたく無かったから』

 

 

 

其処で何も言えなくなり、泣き続ける嵐の姿を見た瑞希が辛そうな表情で当時を振り返った。

 

 

 

「あの時、其の場に居た私は西住師範と明美さんの口論に恐怖を覚えて、一言も口に出す事が出来なかった…其の時私は初めて“戦車道の負の一面”を知らされて恐くなったんだと思う。其の後、嵐は私を連れて彼女の家の近くを流れる川の岸辺迄行くと、私にこう告げたのです」

 

 

 

『私、高校に行ったら戦車道を辞める。私は()()()()()を磨く為に戦車道をやって来たんじゃない!』

 

 

 

「其れに対して、私は何も言えなかった。そして私も、高校受験では黒森峰を受けるのを辞めました…嵐の言う通り“仲間の命よりも()()()()()()が大事”とする黒森峰と西住流の考え方に、私も従いて行けなかったのです」

 

 

 

語り終えた瑞希が唇を嚙み締めていると、嵐が涙を拭い乍ら再び話し始めた。

 

 

 

 

 

 

こうして、私は戦車道から逃げ出す決意をすると渋る母を説得して「今季の強襲戦車競技(タンカスロン)で個人タイトルを獲ったら、戦車道を引退する」と言う条件を捥ぎ取りました。

 

実は私、母の肝煎りで瑞希や菫・舞とチームを組んで、小学五年生から強襲戦車競技(タンカスロン)に参戦していました。

 

其れは“みなかみタンカーズで培った戦車道の成果を実証し、更なる技量の向上を図る為”と言う母の意志に依るものでしたが、此の時私は“戦車道を辞める為に其の事を()()()()()()”のです。

 

こうして私は、去年の強襲戦車競技(タンカスロン)のシーズン最終戦迄必死になって戦った結果、“年間最多戦車撃破数”の新記録を作って戦車道から引退しました。

 

そして、高校は父さんの故郷である大洗女子学園を選びました…父さんの故郷で“普通の女の子”として人生をやり直そうと思っていたんです。

 

でも…高校受験に合格した直後から、私は毎晩()()を見る様になりました。

 

其の夢の中で、私はあの決勝戦の時に水没したⅢ号戦車の戦車長になっているんです。

 

そして戦車が川へ沈む中、助けを呼ぼうとしても声が出せなくて…更に“助けが来た”と思ったら、目の前に西住師範が現れて、()()()私に放った言葉を投げ付けて来るのです。

 

 

 

「犠牲無くして、大きな勝利を得る事は出来ないのです!」と。

 

 

 

だから、私は最後に“父さん、助けて!私、()()()()()()()()()()()!”と心の中で叫ぶと…目が覚めて現実に戻っている、と言う日々を過ごしていました。

 

 

 

 

 

 

其の時、みほは嵐が戦車道の練習中、熱中症になって休んでいた時に呻いた“譫言(うわごと)”の()()を知り、心の中で母に向かって(酷い…酷いよ、御母さん(しほ))と涙乍らに呟いていると、嵐が“自分(みほ)と出会った時の事”を語り出していた。

 

 

 

 

 

 

だから、新学期が始まったばかりの日に西住先輩とコンビニの前で出会った時、私は先輩の事を思い出せなかった…毎朝見る“()()”から逃れる為に“もう、戦車道の事は一切忘れよう”と思っていたから。

 

でも其の日、生徒会が私を戦車道へ強引に勧誘しようとした後、体育の授業で怪我をして保健室へ行った時、偶然武部先輩と五十鈴先輩と一緒に話をしている西住先輩を見掛けて…全てを思い出しました。

 

其れと同時に“絶対に西住先輩を戦車道の()()()から救い出さねば!”と決意したんです。

 

其の為に、翌日生徒会が西住先輩と私を校内放送で呼び出した時、スマホを使って生徒会の発言を録音する準備もして。

 

でも、あの時生徒会長室で西住先輩が「あの!…私!……戦車道やります!」と言った瞬間、全てが崩れ去りました。

 

去年、”師範(肉親)から理不尽な言葉を言われて転校せざるを得なかった“先輩が、“其の原因となった戦車道に復帰する”と言った瞬間…私も“西住先輩と一緒に戦車道をやりたかった”と言う“夢と憧れ”に抗う事が出来無くなってしまったんです。

 

そして、学園で復活した戦車道の授業初日、ボロボロになったⅣ号戦車D型の車体に触れて其の状態を確かめた時に呟いた言葉。

 

 

 

「装甲も転輪も大丈夫そう…此れで行けるかも」

 

 

 

其の後、西住先輩が優しそうな表情で私達を見詰めた時…私は決めたんです。

 

“もう、二度と先輩を一人ぼっちにしたくない。だから私が何処迄も先輩に従いて行こう。そうしたら、きっと()()()()()()()()が見付かる筈だ”って。

 

そして私も、もう一度戦車道に取り組もうって決めました。

 

其れから暫くの間、()()は見なくなったけど…この間、麻子先輩の御婆様の御見舞いから帰った晩に再び()()を見る様になって、如何したら良いか分からなくなったんです。

 

其れで悩んでいる内、昨日戦車道の練習中に熱中症になって…此れから如何すれば良いのか分からなくなって教室から逃げ出して、戦車格納庫へ行ったら偶々居合わせた麻子先輩が何も聞かずに「落ち着く迄此処に居た方が良い。私も寝ているから」と言ってくれたので、兎に角落ち着こうと思っていたら西住先輩達がやって来て、其処から先輩の話を聞いて居る内に“全てを話すしか無い”と覚悟を決めたのです。

 

 

 

 

 

 

こうして嵐は“告白”を終えると立ち上がり、自分が座って居たM4A3E8(イージーエイト)からⅣ号戦車D型へと乗り移る。

 

そしてみほの前で座り込むと、縋る様な声で話し掛けて来た。

 

 

 

『西住先輩…そして皆さん。此れからも皆と一緒に戦車道を続けても良いですか?私、先輩達と一緒に戦車道を続けていれば、何時か必ず()()()()()()()()が見付かると思う…いえ、きっと見付けられると思うんです』

 

 

 

「原園さん!」

 

 

 

嵐の言葉を聞いたみほは、一瞬“信じられない”思いで彼女を見詰めるが、其処にはポロポロと涙を零し乍ら自分を見詰める彼女の姿が在る。

 

 

 

『西住先輩…父を亡くしてから、如何しても戦車道が好きになれなかった私に、“戦車道を好きになって良いんだよ”と言う“希望”をくれたのが先輩なんです!こんな私ですが、若しも先輩が皆と一緒に戦車道を続ける心算なら、私は何処へだって従いて行きます!』

 

 

 

「でも…私の御母さん(しほ)は貴女を」

 

 

 

嵐からの願いに、みほは“嵐の心を折ったのは、自分の母・しほである”と語って“本当に私で良いの?”と問い掛けたが、彼女は首を横に振り乍らハッキリとみほに告げた、

 

 

 

『其の事なら、心配無いです!先輩は先輩、御母様は御母様です!私は何が有っても先輩の味方です!だから…先輩、皆と一緒に戦車道を“楽しんで”も良いですか?』

 

 

 

其の時、みほは嵐の言葉に“心が反応して”嬉しくなった。

 

 

 

(“皆と一緒に戦車道を楽しむ”…そうだ、私も皆と戦車道をやって楽しいと思った様に、原園さんも私達と一緒に戦車道を楽しみたいと思っている。其れなら!)

 

 

 

そして、みほは涙を拭うと、薄っすらと笑顔を浮かべて嵐に答える。

 

 

 

「うん…有難う」

 

 

 

『先輩!』

 

 

 

嵐は叫ぶと、みほに抱き着いて泣きじゃくった。

 

みほはそんな嵐を優しく抱き締めると、心の中で母・しほに向けて“自分の決意”を呟いた。

 

 

 

(御母さん…私も()()()()()()()()を見付けてみせる。だって、こんな私を頼りにしている()がいるから!)

 

 

 

 

 

 

こうして、みほの仲間達がみほに抱き着いて泣いている嵐の姿を見詰めて居る中、此の場に居る唯一の大人の女性・北條 青葉に向かって冷泉 麻子が詰問する。

 

 

 

「北條さん…此処で貴女が聞いた事、記事にする心算なのか?」

 

 

 

麻子の冷たい声と“若しも記事にするのなら、私は許さない”と言わんばかりの険しい表情に、みほ達だけでなく彼女の胸の中で泣いていた嵐も驚いた顔で青葉に視線を向けるが、当の青葉は首を横に振ると優し気な表情で語り始めた。

 

 

 

「皆、心配しないで。私、此処で聞いた事は記事にはしない…と言うより()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

 

 

「えっ…青葉さん、貴女はジャーナリストですよね?」

 

 

 

青葉からの一言に皆が安堵する中、武部 沙織が驚いた表情で問い掛けると、青葉は諭す様な声で答えた。

 

 

 

「武部さん、ジャーナリストだからと言って“()()()()()()()()()()()()”訳では無いのよ」

 

 

 

其処で青葉は一旦言葉を切り、沙織の表情が落ち着いたのを確かめると、再び語り始めた。

 

 

 

「私ね…西住さんと原園さんの話を聞いて、改めて“自分が如何に()()()()()()()か”って事を思い知らされたわ。今の私じゃあ、みほさんと原園さんの話を“皆が納得出来る形で記事に書く事”は出来ないよ」

 

 

 

其の言葉を聞いた皆が戸惑う中、彼女は自らの過去を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

私は5年前に地元・広島県内の大学を卒業後、新聞記者を目指して広島市内に在る新聞社に入社したのだけど、其の時「野球やサッカー等、地元プロスポーツチームの取材担当」を希望したのに、県内に在る海上自衛隊の基地や陸上自衛隊の駐屯地と“反戦平和運動”担当の記者に回されたの。

 

しかも当時の編集長から“社の方針”として「自衛隊については常に批判的に書く事」「反戦平和を常に主張する事」()()()()()()()として押し付けられたの…つまり()()()()()沿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事なの。

 

 

 

 

 

 

「そんな…新聞記者でも事実を有りの儘に書けないのですか?」

 

 

 

青葉の話を聞いて居た五十鈴 華が、其の話の内容に義憤を感じて問い掛けた処、青葉は小さく頷き乍らこう答えた。

 

 

 

「ええ。()()マスコミ(マスゴミ)ジャーナリスト(売文屋)の間ではね、“()()()()()()()()()()()()沿()()()()()()は書かない”と言う不文律があるのよ。そして中には、()()()()()()()()()()()()に記事の内容を捻じ曲げたり捏造する事を平気で(当たり前に)やる人達が居る事も知ったわ」

 

 

 

そして青葉は、更に自らの過去を語り続けた。

 

 

 

 

 

 

新聞社に勤め出して半年足らずの内に、私は“報道って、一体何だろう?”って疑問を抱く様になったわ。

 

特に、私が取材で接して来た自衛隊員の多くは誠実な人間が多かったのに、反戦平和団体の運動家達には其れとは真逆の輩が少なくなかったの。

 

特に取材現場では“自らの主張の為には、他人の迷惑を顧みない運動家達”が、()()()()()()()()()()()()()()姿()を度々目撃したのだけど、そんな事実を幾ら書いても“社の方針にそぐわない”と上司や先輩に言われて、()()()()()()()()()()()()()…次第に自分の仕事が嫌になって行ったわ。

 

結局、入社から3年後に私は其の事で上司と大喧嘩して新聞社を退社し、フリーのスポーツライターとして活動を始めた次の年に…あの全国大会決勝戦・プラウダ高校対黒森峰女学園の試合を現地取材していたの。

 

当時の私は未だ駆け出しのスポーツライターだったけれど、戦車道なら新聞記者時代に培った自衛隊への取材経験と人脈が生かせるので、自然と自分の仕事も戦車道の取材が増えて来て、少し自信が付いて来た頃だった。

 

結果的に、私はあの試合でみほさんがⅢ号戦車の乗員達を救助する迄の一部始終を撮影した事で、仕事仲間やマスコミから注目される様になった…だけど私は、“自分の取材“に全く満足出来なかった。

 

何故なら、試合後に大会十連覇を逃した黒森峰女学園と主催者である日本戦車道連盟は様々な議論に曝されたけれど、私を含めた大人達は其の事に対して“キチンとした結論”を出せなかったの。

 

何故かと言うと、黒森峰側が「全ての責任は“敵前で試合放棄”した副隊長に在る」として、みほさんの副隊長解任後は“一切の弁明をしなかった”事から全ての議論が宙に浮いちゃったのよ。

 

だから「日本戦車道連盟は何故、あの事故が起こった時に試合を中断しなかったのか?」と言う“根本的な問い掛け”が為されないまま終わってしまって…私も其の事について満足な記事を書く事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「でも…青葉さん、()()()は優勝したプラウダも色々と言われていましたよね?」

 

 

 

此処で、青葉の話を聞いて居た秋山 優花里が当時の議論の中で“プラウダ高校も批判されていた事実”を指摘すると、青葉は小さく頷いてから其の事を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

勿論、優勝したプラウダ高校に対しても「あの状況下でのフラッグ車攻撃は、人命軽視・スポーツマンシップに悖る行為ではないか?」と批判する者が居たけれど…“其の人達は直ぐ様非難されて沈黙してしまった”わ。

 

何故なら、優勝校の地元・青森県を始めとする東北地方の人々から「“()()()()()”から立ち上がって栄冠を勝ち取った彼女達を中傷するな!」との声が上がったのよ。

 

皆は忘れているかも知れないけれど、“()()()()()”は全国大会が始まる()()()に起きていたでしょ?

 

 

 

 

 

 

其の瞬間、皆が「あっ!」と声を上げる中、青葉は当時の状況を説明する。

 

 

 

 

 

 

()()()()()”では、東北各県を中心に東北地方から関東地方に掛けての太平洋岸一帯で甚大な被害が発生して、プラウダ高校の地元・青森県でも南部地方の一部が被災したわ…此の学園艦の母港・大洗町も津波で大きな被害を受けた事は知っているよね?

 

そんな中、東北の“甲子園出場校”でも成し遂げられなかった「全国制覇」をプラウダ高校の戦車道チームが達成した事で、地元の青森県や東北地方では「震災の被災者達に勇気を与えてくれた彼女達を批判するのは許せない!」と言う論調が主流だったから、世論も其の声に押されてプラウダへの批判が()()()()()()()のよ。

 

 

 

 

 

 

去年の戦車道全国高校生大会決勝戦で起きた“みほの行動”に関する議論の結末を知らされて、何とも言えない表情を浮かべているみほや嵐達の顔を見た青葉は、其処で自らの表情を引き締めると、其れからの自分の事を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

其の光景を目の当たりにした私は、戦車道に対して“根本的な疑問”を抱いたわ。

 

「一体、戦車道とは何なのか?」

 

あの決勝戦で起きた事件で「キチンとした結論」を記事に書けなかった私は、“其の答えを探るのが、自分の使命ではないか?”と考えて、全力で戦車道を追う事を決意したわ。

 

そして今年の春、私は今年度から全国戦車道高校生大会の新しい特別後援社になった全国紙「首都新聞社」と専属契約を結んで、“戦車道担当・専属契約ライター”になった…戦車道全国高校生大会関連の取材と、其の取材を元にした記事原稿を執筆して「首都新聞」のスポーツ欄に寄稿するのが私の主な仕事になったの。

 

でも…記事を読んだ読者からの手紙を読んだり、取材先で出会った人達と話している内に、“どんなに有りの儘に事実を書いても上手く読者に伝わらない。自分の力で仕事が出来ていない”事に気付かされて、壁にぶつかってしまったの。

 

 

 

 

 

 

其の時、青葉の話を聞いて居たみほが彼女に向かって話し掛けて来た。

 

 

 

「其れ…何となく分かります。私も御母さん(しほ)御姉ちゃん(まほ)が凄くて、其れに比べたら“自分なんて大した事が無い”って思う事が良く有りました。もしかして青葉さんもですか?」

 

 

 

みほの言葉に青葉が小さく頷くと、其の理由が分からない他の皆が心の中で「?」を浮かべ乍ら戸惑っていたので、其れに気付いた青葉が苦笑いを浮かべ乍らこう説明した。

 

 

 

「私ね、読者や取材に行った人達から()()こう尋ねられるの。『貴女は、“北條 すず”さんの御親戚ですか?』って」

 

 

 

其の瞬間、彼女の言葉の意味に気付いた澤 梓がハッとなった顔でこう尋ねた。

 

 

 

「あっ…もしかして北條さん、それって“すず御婆ちゃん”の事ですか?」

 

 

 

其処へ華も何かを思い出したらしく、青葉に向かって落ち着いた声で問い掛ける。

 

 

 

「其れは若しかして、すずさんが書かれた()()()()()()の事ですか?」

 

 

 

すると青葉は、再び頷くと静かな声でこう答えた。

 

 

 

「二人共正解…“すず御婆ちゃん”はね、血は繋がっていないのだけど、私にとって大切な御婆ちゃんなの」

 

 

 

そして彼女は、自らのルーツを簡単に説明した。

 

 

 

 

 

 

私の本当の御先祖様は“ヨーコ御婆ちゃん”と言って、終戦直後にすず御婆ちゃんとその旦那さんが広島駅の近くで拾った“女の子の孤児”なの…因みに、二人の御婆ちゃんはかなりの高齢だけど、今も元気で呉市の実家に住んで居るわ。

 

だからすず御婆ちゃんが居なかったら、きっと私は生まれて来なかった筈だし、幼い頃から私に“色々と大事な事”を教えてくれる大切な人なんだ。

 

でもね…皆も知っていると思うけど、今から7年前にすず御婆ちゃんは地元の小学校から頼まれて戦争中の体験を “平和教育の一環”として小学生達に語り始めたら、其れが口コミで人気になって、次第に広島県内の彼方此方(あちこち)で話をする様になったの。

 

其れが更に人気になると、今度は地元の出版社からの依頼で戦争中の体験を手記に纏める事になって、其れが出版されたらベストセラーになったの。

 

私も、最初は其れが嬉しかったのだけど…新聞記者の仕事を始めてから、自分が“すず御婆ちゃんの親戚”と言う目で他の人達から見られる様になっている事に気付いたの。

 

実を言うと、今の御仕事を頂ける様になったのも、私の実力よりも知名度の高い“すず御婆ちゃんの親戚”と言うイメージに新聞社が(あやか)ろうした結果なんだ…首都新聞社は今年から本格的に戦車道へ関わる事になったから、戦車道の取材に関するノウハウが不足していて、其れをカバーする為に私の御婆ちゃんのイメージを利用したいと言う意図が透けて見えるんだ。

 

結局…私はどんなに仕事を頑張っても『親戚の七光りのお蔭で、自分の仕事が出来ているに過ぎない』って事が嫌でも分かってしまって、自己嫌悪に陥っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

此処で青葉は一旦言葉を切ると、改まった表情でみほや嵐達に向かって、こう宣言する。

 

 

 

「でも、今日此処で西住さんと原園さんの告白を聞いて『自分がそう思っているのは、“未だ自分が半人前だって事実を認める事が出来ない”だけなんだ』って事を思い知らされたわ。だから、今日此処で見聞きした事は記事にはしない…若し書いたとしても、西住さんや原園さんと其の仲間達を傷付ける事になるだけだから。“今の私がすべき事”は、『今行われている戦車道全国高校生大会と出場している皆の活動を通じて“戦車道とは何か?”を問い掛ける事』だから」

 

 

 

そして、青葉は再び言葉を切ると優しい表情で一言付け加えた。

 

 

 

「でも…若しも西住さんや原園さんが何時か“此の事について、キチンと皆に語りたい”と思う時が来たら、其の時は私に連絡してね。スポーツライターとして全力でサポートするから」

 

 

 

すると、其の言葉を聞いて居たみほが「有難う御座います」と青葉に向かって御礼を言うと、“あんこうチーム”の仲間達や梓、そして嵐が次々に頷いた…其れは、青葉が“信頼出来る人物”だと認めた証だった。

 

そして、彼女達の答えを聞いた青葉は笑顔で、みほに向かってこう告げたのである。

 

 

 

「と言う訳で西住さん。今日の放課後のインタビュー、宜しくお願いします」

 

 

 

勿論、みほの答えは決まっていた。

 

 

 

「はい!」

 

 

 

そして此の日の放課後。

 

普段は“口下手でインタビューが苦手だ”と自他共に認める西住 みほだったが、此の日の青葉とのインタビューでは“私って、こんなに喋るのが上手だったかな?”とみほ自身が思った程、青葉に対して“自分の言葉”を伝える事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

…そして私が、あの時の西住 みほさんと原園 嵐さんからの告白を此の本に纏める迄には八年の歳月を要した。

 

其の間、日本の戦車道は大きく飛躍した。

 

あの日から二年後、日本で行われた戦車道世界大会で戦車道日本代表チームは世界の強豪国を次々と破って初優勝を果たした後、一昨年ドイツで行われた世界大会でも連覇を成し遂げた。

 

今や、欧州や北米の戦車道プロリーグで活躍する日本人選手も数多い。

 

そんな現在の日本戦車道を盛り上げているのが、西住 みほ選手と原園 嵐選手を中心とする“黄金世代”の活躍である事は誰もが知っていると思うが、そんな二人が少女時代に“一度は戦車道を辞めようとした”事実は、此れ迄語られて来なかった。

 

今回、“此の事をキチンと説明したい”と申し出た西住さんと原園さん、そして彼女の仲間達や日本戦車道連盟並びに戦車道関係者からの多大な協力によって、此の本を世に出す事が出来たのは、私にとって身に余る光栄だと感じています。

 

同時に、此れ迄私が毎日の取材活動で追い求めて来た“一体、戦車道とは何なのか?”と言う問いについての自分なりの答えも見付ける事が出来ました。

 

最後に、其の答えとなった故・原園 直之さんの言葉を紹介して本書の締め括りとさせて頂きます。

 

 

 

「戦車道はね、試合に勝つ為にやるんじゃ無くて、戦車に関わる事で皆が仲良くなる為にやるんだよ」

 

 

 

(北條 青葉/著、首都新聞社/刊『冷たい雨―第62回戦車道全国高校生大会決勝戦・黒森峰女学園対プラウダ高校の真実』後書きより抜粋。尚、本書は20XX年夏に日本で出版後、英語・ドイツ語・フランス語等十一カ国語に翻訳され、戦車道に限らず“日本人が執筆したスポーツドキュメンタリーの傑作”として世界的なベストセラーとなった)

 

 

 

(第51話、終わり)

 

 




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第51話をお送りしました。

今回、此の物語で“一番書きたかった事”を漸く書いた様な気がします。
其れは“もしも、あの時しほがみほに言った台詞を他の人物にも言っていたら?”と言う問い掛けでした。
ある意味、原園 嵐は此の問い掛けから生まれたと言っても過言ではありません。
果たして、此の意図が成功したか如何かは…読者の皆様に判断を委ねます。

後、今回のラストに書かれた青葉による“著作の後書き”ですが、実を言うと此の場面は本編ラストシーンのネタバレです。
果たして本作で、主人公の嵐や西住殿達が如何なるのかは…書けると良いな(爆)。

そして次回ですが、この嵐ちゃんの告白を聞いた西住殿が明美さんと御話しをする事になります。
其れでは、次回をお楽しみに。

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