戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない 作:瀬戸の住人
2018年、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
※注意(1/1 23:10頃追記)
今回、主人公が戦車道に対して否定的な内容の発言を行なっております。
作者としては物語の展開上、必要な台詞であると考えておりますが、もしも気分を害された場合は、速やかにプラウザバックをお願いします。
【報告】2018年6月2日に一部修正(段落と一部の文章の訂正)しました。
放課後、生徒会による突然の校内放送で体育館へ集められた、大洗女子学園の生徒達。
私は時間に余裕が無かったので、西住先輩達と別れてからは、自分の教室へ寄らずに体育館へ入ると、梓達が座っている普通Ⅰ科1年A組の列に集合時間ギリギリでやって来た。
「あれ嵐、体操服のまま…」
『ゴメン梓、着替える時間が無かったから、担任の許可を貰って直接ここへ来た』
私は、制服に着替えられなかった事を謝りながら、あやとあゆみも座っている列の後ろに座る。
すると体育館の壇上には、角谷生徒会長と副会長の小山先輩、そして生徒会広報の河嶋がいる事に気付いた。
その直後、壇上から河嶋がマイクで、生徒達に向けて放送を始めた。
「静かに。それではこれから必修選択科目のオリエンテーションを開始する」
ふん、本当は「戦車道のオリエンテーション」でしょ。
今すぐ訂正しなさいよ…と、私が心の中で毒つく間もなく、生徒会トリオは壇上から立ち去る。
そして、壇上のスクリーンに大きく「戦車道入門」の文字が映し出された瞬間。
私は、思わず噴き出しそうになった。
これって…文部科学省が業者に委託して作っている、戦車道勧誘のプロモーション映像じゃない。
と言うか、去年の同じ時期に「群馬みなかみタンカーズ」でやった新入生歓迎のオリエンテーションで、この映像を見たのですが(笑)。
そう言えばあの時、オープニングタイトル画面右下に「えーりん1939年」って書いてあるのに気付いて「まさか、これって戦前の映画フィルムなのかな…いや、1939年当時の日本にカラーフィルムなんてあったかな?」と、不思議に思った記憶がある。
その時は、みなかみタンカーズで戦車道の指導をしているコーチに質問してみると「いつの映像かはよく知らないのだけれど、かなり古い作品なのは確かよ」って答えてくれたけれど、本当の所はどうなのかな?
しかし、それにしても……
「戦車道…それは伝統的な文化であり、世界中で女子の嗜みとして受け継がれて来ました…」
ふーん。
戦車道が伝統文化で、女子の嗜み、ね。
嘘を言うな!!
猜疑に歪んだ、私の暗い瞳がせせら笑う。
何だったら、この場ではっきり言ってあげようか…?
戦車道はね、所詮は人殺しの武芸でしょ。
少なくとも、10年間戦車道を経験した私が知る限りでは、その映像のナレーションを担当している小山先輩が言う様な「礼節のある淑やかで慎ましく、そして凛々しい婦女子を育成する事を目指した、武芸でもあります」では、絶対ない。
私に言わせれば…戦車道には、太古の昔から人類が幾度も捨てよう、止めようと思いながらも捨てられない、止められない「心」の一部が凝縮されているんだ。
それは、人類の歴史には常に付きまとう「戦い」と言う名の業、そして「狂気」。
そんなもの「だけ」を、しかも女性が極めて、一体何になるのよ…?
えっ、何故お前にそんな事が言えるのかって?
いい質問だね。
私は、知っているんだ。
10年前に、父さんが死んだ時の出来事を。
去年、現地で直接見た、第62回戦車道高校生大会の決勝戦で起きた事故の事を。
そして…その決勝戦からしばらく経った後、母に会いに来ていた高校時代の母の同級生である人の口から知らされた、西住先輩の身に起きた出来事を。
何が戦車道に「来たれ乙女達!」だ、笑わせるな!!
そこまで思考が及んでいた、次の瞬間だった。
プロモーション映像「戦車道入門」が終了すると同時に、体育館の壇上から花火(恐らく、音と煙だけの非可燃性の物だろう)が上がって、皆を驚かせていた。
だが、煙が晴れて壇上が再び見える様になると、今度は私が驚く番だった。
壇上のスクリーンには<必修選択科目 履修届>と表示されているのだが、その下のおよそ半分近くのスペースに大きく「戦車道」の欄が表示されている。
他の茶道、書道から仙道、忍道とか言う訳の分からない科目まである、様々な必修選択科目は、その下の欄に小さくまとめられているだけ。
そうまでして、この学園の生徒会は戦車道の履修者を集めたいのかと呆れていると、再び生徒会の3人が壇上へ上がって来た。
そして、壇上から再び、広報の河嶋が説明を始める。
「実は数年後に戦車道の世界大会が日本で開催されることになった。その為、文科省から全国の高校・大学に戦車道に力を入れるよう要請があったのだ」
ああ、なるほどね。
これだけ派手に戦車道履修者の募集をやっている背景とは、そう言う事だったのか。
あと、今の説明で色々と気付いた事がある。
まず、河嶋が言っている事自体に嘘は無い。
この話は、私も中学卒業前から知っている…と言うか、戦車道を履修している娘達ならば、小学生でも概略は知っている内容だ。
でも実を言うと、河嶋の説明には間違いが1つだけあるんだけどな。
あれは、去年の秋頃だったかな?
世界的に有名な戦車博物館がある事で知られる、英国のボービントンと言う街にある国際戦車道連盟本部で開催された連盟の定期総会で、次回の戦車道世界大会の開催地が日本に内定したのは事実だけど、実はこれ、まだ決定じゃないんだ。
何故かと言うと、戦車道の世界大会開催にはプロリーグの創設が必須条件の1つに挙げられているが、肝心のプロリーグが日本にはまだ無いからだ。
一応、今年度末までには日本でも戦車道のプロリーグを発足させる事で、この問題はクリアされる予定になっているけれど、現状では次回の戦車道世界大会の開催地は「日本に内定」と言う段階に過ぎない。
えっ、それが何を意味するのかって?
それはね、極端な事を言うと可能性はごく低いのだけれど、今後日本の戦車道で不祥事あるいは何らかの問題が起こった場合、国際戦車道連盟の判断次第では開催地が変更になってしまう場合が有り得るからなんだ。
実際、去年の定期総会では、その少し前に開催された日本の第62回戦車道高校生大会の決勝戦で起きた事故に対する日本戦車道連盟の対応を巡り、一部の国の代表から「戦車道世界大会を日本で開催するのは、時期尚早だ」とする反対論が出て、これに国際戦車道連盟の副会長(この人は英国出身だ)や一部の理事も同調した事から、各国間で激しい議論が戦わされたって言われている。
そして、日本での開催が内定した後も日本開催反対派の国々は、国際戦車道連盟の幹部に対して水面下で様々な働き掛けを行っており、何とか日本での開催を白紙に戻そうとしているらしい…もちろん、その裏でこれ等の国々は「あわよくば自国あるいは自国の友好国での大会開催」を狙っているらしいのだけどね。
と言う訳で、本当は、ここまで言わないとダメなんだけどね……
等と思っていると、今度は会長と副会長が相次いで発言をする。
だが、それはトンでもない内容だった。
「んで、ウチの学校も戦車道を復活させるからね~、選択するといろいろ特典を与えちゃおうと思うんだ~♪…副会長」
「成績優秀者には、食堂の食券100枚、遅刻見逃し200日、更に通常授業の3倍の単位を与えます!」
「と言う事でよろしく~♪」
えっ?
ちょっと待ってよ、角谷会長、小山先輩…いや副会長。
食堂の食券100枚はともかく、遅刻見逃し200日とか通常授業の3倍の単位なんて、はっきり言って教育基本法違反だと思うけれど…って言うか、学園艦の生徒会長ってそこまでの権力があるの?
これって、独裁者そのものだと思うのだけど?
本当にそんな特典が、県の教育委員会や文科省から認められているの?
と、私は生徒会による、形振り構わぬ戦車道受講者獲得作戦を知って当惑していた。
だが、次の瞬間。
私の前の列で、戦車道のプロモーション映像と生徒会からの説明を見ていたあやと梓、あゆみの後姿を見た私は、思わず肩を落としてしまった。
彼女達は、プロモーション映像の途中で登場したⅢ号戦車J型が装備する50mm60口径戦車砲の発砲音を聞いた時から、何やら浮ついた表情をしている。
ああ、これはちょっとマズいなぁ…戦車道って正直な話、女の子がやる武道じゃないのに。
この分だと今日の放課後は、経験者として梓達に戦車道の詳しい説明をしないといけないのかな?
等と思っている内に、生徒会による戦車道のオリエンテーションを最後に今日の学校の授業は終わって、今は放課後の帰り道。
私と梓達はseventy fourアイスに立ち寄り、様々なさつまいもアイスを頬張りながら、今日学校で起きた出来事を振り返っていた。
案の定、梓達の話題は戦車道のそれになっている。
「どうなんだろうねー、戦車?」
まず、桂利奈ちゃんが興味津々な表情で、みんなに向かって話し掛ける。
「乙女の嗜みなんだってー」
続いて、あゆみはオリエンテーションの内容を鵜呑みにした話を振って来る。
「男子戦車道って、確かに聞いた事ないよねー」
と、スマホで戦車道を検索した結果を眺めながら話すのは、あやだ。
みんな…本当に悪いけれど、今は、はっきり言ってウザい。
正直、もう戦車道の話は止めて欲しい……
せっかく、10年間も強いられ続けて来た戦車道から離れて、普通の女子高生として新たな生活を始めたばかりだったのに。
どうして、こんな事になってしまったのだろう?
すると、紗希が私に向かって悲しげな表情をしていたので、思わず私は小さく頷いたが、悲しいかな彼女は普段喋らないから、どうやって私の思いを皆に伝えたら良いのだろうかと、困ってしまっている。
すると、そこへ追い討ちを掛ける様に話し始める少女が1人……
「彼が私のミリタリールック早く見たいって♪」
優季…悪いけれど、彼にミリタリールックを見せたいなら、本人かスマホの前でやって。
あと、周りに他人がいない時に。
そう思っていると、今度は、梓がこんな事を言って来た。
「昔はあったんだって、戦車道。この学校に」
次の瞬間、遂に私は我慢出来なくなり、つい大きな声でこう言った。
『あったよ…詳しい事は知らないけれど、大洗女子学園では20年位前に戦車道は廃止になって、それっきりだったのだけど…』
「「「「「あっ…」」」」」
さすがに、そこで皆は、お昼休みに私が生徒会と交わした口論を思い出したらしく、一斉に口を噤んだ。
その隅では、話し掛けられないでいた紗希が「やれやれ」と言わんばかりの表情で溜息を吐いている。
そこで私は少し間を置いて、表情は真剣だが出来るだけ優しい口調で話し掛ける。
『みんな…経験者として言って置くけれど、戦車道は甘くないよ』
「甘くないって…どう言う事?」
真面目な表情で話し始めた私を見た梓が、不安そうに話し掛けて来たので、私はもう一度間を置いて話を続ける。
『まず、戦車道はキツくて辛い。例えば砲弾の運搬や装填がね…戦車が積む大砲の大きさにもよるけれど、1発が10kg以上ある重い砲弾も珍しくない。それを試合だけではなく訓練でもたくさん撃つから、狭い戦車の中で砲弾を何回も持ち運びしないといけないの。しかも撃ち終わったら、空薬莢の片付けや使った戦車砲の清掃とかが凄くしんどいんだ…更に、燃料の補給とか部品の点検、交換とかで、力仕事が非常に多い』
「えっ…?」
話を聞いていたあゆみがその内容に驚いている。
ようやく、戦車道がどういうものか分かってくれたみたいだね。
『次に汚いし、すぐ汗塗れになる。戦車って、燃料としてガソリンか軽油を大量に使うのだけれど、これがどっちも臭うんだよ。あと、オイルやグリースもたくさん使うから、戦車の中って結構油臭いんだ。しかも大砲を撃つと火薬の匂いも染み込むから…何度も体を洗っても取れないんだよね、油と火薬の匂いが』
油臭いし、火薬臭いと聞いた皆は、一斉に嫌そうな表情を浮かべている。
うん、やっぱり身嗜みに関わる話なら、みんな真剣に聞いてくれるね(苦笑)。
じゃあ、話を続けよう。
『あと戦車って、早い話が鉄の塊で窓も殆ど無いから、冬は寒くて夏はクソ暑いんだ…特に真夏なんて最悪。しかも安全上、戦車に乗る時は原則として半袖の服を着る事は出来ないから、真夏でも長袖で厚手のパンツァージャケットを着ないといけないの。だから夏場に戦車に乗っていたら例外なく汗だくになる。なので、戦車から降りたらすぐお風呂に入らないとやっていられないよ。ちなみに、私の地元には水上温泉があるから、戦車道の練習や地元で試合があった時は、必ずチーム全員で温泉に入っていたよ』
すると、優季が困った顔をして一言。
「やだぁ…彼氏の前で、油まみれで汗だくのミリタリールック姿なんて…見せられないよぉ」
ちょっと論点がズレている気もするが、優季も戦車道の厳しさが理解出来ている様だ。
『そしてもう一つ…実を言うと結構危険。何故なら戦車道の試合にはね、実弾を使うんだよ』
「「「「「えーっ!!」」」」」
梓達は「実弾」と聞いた瞬間、仰天した表情で一斉に声を上げていた…あと、紗希も無言だが驚いた表情をしている。
『もちろん、実弾と言っても本物の砲弾とは異なるし、戦車には安全対策としてカーボンの内張り等が施されているから、滅多な事では人身事故は起こらないけど。ただ、近年でも大ケガした人が出た事故が稀にだけど起きている様だし、ちゃんと正しく戦車を扱えていないと、最悪の事態も有り得るから油断できないんだよね』
「そ、それって…?」
桂利奈ちゃんが「最悪の事態」と聞いた瞬間に青い顔になって聞いて来たので、私は少し柔らかい表現で答えた。
『うん、ひょっとしたら冗談抜きで「お星様」になってしまうかも知れないよ?』
「「「「「そ、そんな…」」」」」(もちろん紗希も無言だが、かなり驚いた表情をしている)
『あと、戦車の中は狭くて角張っている部分があるし、火薬や燃料にオイルとか可燃物も多いから、注意しないと打撲とか火傷が結構あるね。正直に言うと、戦車道って乙女のやる武道じゃないよ』
「じゃあ、戦車道って結構痛いって事? それは嫌だなぁ…」
ここで、あやが嫌そうな表情で聞いて来たので、私も同意した。
『うん。私も戦車道を始めた頃は、毎日体のどこかに痣や軽い火傷が出来ていたな…さすがに慣れると少なくなったけど、全く無くなった訳でも無かったから、女の子向けではないんだよね』
「「「「「うーん…」」」」」(紗希も無言だが考え込んでいる)
さすがに、梓達も戦車道の実情を知って悩んでいるみたいだ…まあ、実体験を聞けば悩むのが普通でしょう。
『それでも戦車道をやってみたいと思うなら、私は止めないよ。例えば戦車道ってチームプレイだから、一度慣れると仲間との連帯感が強まるのは事実だし。でも、やるからにはそれなりの覚悟が無いとダメ。それ位、キツくて辛いんだ…』
こうして私が語り終えると、梓達は全員無言で考え込んでしまっていた……
さて気が付けば、時刻はもうすぐ午後5時。
空は茜色に染まって、陽が沈み始めている。
『さあ、そろそろ日も暮れる時間になるから、みんな帰ろうか?』
早く帰らないと暗くなっちゃうと思って、私は梓達へ学園の女子寮へ帰ろうと提案したのだが…その時、梓が思い出した様に尋ねてきた。
「待って、嵐…今日約束したよね。戦車道から引退した訳を話してくれるって…」
『あ…そうだった。遅くなっちゃうけれど、私が下宿している大叔母さんの家で良ければ…』
ちゃんと話をすると陽が暮れてしまうだろうが、これは約束だからしょうがない。
それに、梓達が住んでいる学園の女子寮は私が下宿している鷹代さんの家から歩いて5分程しか離れていないので、遅くなったら鷹代さんか旦那さんである大叔父さんと一緒に女子寮まで送って行くと言う手もあった。
そこで、私はその様に梓へ提案したのだが……
「それ、私も聞きたい」
梓の頼みにあゆみも同調して来た…これは正直意外だった。
『えっ…あゆみも聞きたいの?』
「だって、生徒会と戦車道の話をしてから、嵐はずっと不機嫌な顔をしていたでしょ…だから私も友達として知りたい。ずっと戦車道をやって来て、全国大会でも優勝や準優勝をして、賞も貰ったって生徒会の人も言っていたのに、何で高校入る時になって辞めたの?」
…なるほど。これは断る訳には行かない。
なら、梓だけではなくあゆみにも話すべきだし、他のみんなも聞きたいのであれば、話さざるを得ないな…ただ、私の話を聞いたらみんな、きっと明日はショックで口が聞けなくなるかも知れないのが心配なのだけれど。
『分かった…じゃあ、あゆみも来ていいよ。みんなはどうする?』
と、梓とあゆみ以外のメンバーにも聞いてみたが、他は寮に帰ってからの予定や宿題があるから、一緒には行けないとの事だった。
そこで、私は他のメンバーには「明日、梓とあゆみから私が話した事を聞いても構わない」と伝えた上で、梓とあゆみを連れて、自分の下宿先にしている鷹代さんの家へ向かうのだった。
(第4話/終)
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第4話をお送りしました。
生徒会が仕組んだオリエンテーションで上映された「戦車道入門」を見て、強い拒絶反応を示し、放課後はさつまいもアイスを食べながら戦車道の話題をしていた梓達に戦車道の厳しさを諭した嵐ちゃん。
中学卒業まで戦車道を続けていた彼女は、何故そうなったのか?
そして、彼女が戦車道を忌み嫌う一因となったと言う、父の死の真相とは…?
次回、嵐から梓とあゆみへの告白と言う形で、嵐の両親の過去、そして父の死の真相が明かされますので、注目して下さい。
それでは、次回第5話をお楽しみに。