ガールズ&パンツァー 乱れ髪の乙女達   作:長串望

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大洗女子学園の場合 Side A

 夢を見た。

 大洗女子学園が廃校を宣言されてからをなぞるような、そんな夢だった。

 ただ一つ現実と違ったのは、そこに西住ちゃんの姿がなかったことだった。

 廃校を宣言され、戦車道の復活を宣言し、隊員を集め、戦車を見つけ出し、しかしそこに西住ちゃんの姿だけがなかった。かわりに絶望感だけが、穴を埋めるように色濃くそこにあった。

 夢の中で私は夜遅くまで戦車道の勉強をしていた。保有する戦車の特徴を調べ上げ、必要な資材をまとめ、操縦方法や運用方法を暗記し、誰に聞かれても答えられるまでに練り上げた。朝は早くから戦車に乗り込み、一人動かし方を体で覚えた。

 初歩的な、基礎中の基礎を隊員たちにざっくりと教え込み、教官を呼んで実際の動かし方を学ばせた。日頃の業務をこなしながら、戦車戦の戦術書を暇さえあれば開き、名門西住流や島田流の道場に頭を下げて教えを乞うた。そうして疲れた体で戦車に乗り込み、河嶋と小山に後を任せて、鉄と油のにおいに包まれて短い眠りを取る生活だった。

 私はやけくそだった。全く何の希望も見いだせないままに、それでも私は廃校阻止という看板を引っ提げ、全国大会優勝という旗を掲げ、望みのない戦いに挑み続けた。

 河嶋が望んだからか。小山が支えたからか。生徒たちの未来を思ってか。学園艦に住む大人たちの仕事をなくさないためにか。

 そのどれもが尤もらしい理由だった。そして恐らくは、そのどれもが私の本心ではなかった。私は望みのない戦いに挑み、救いのない戦場に臨むことを願っていた。自身を酷使し、眠る間もない生活を望んでいた。

 聖グロリアーナ女学院を招いての親善試合は完敗した。ずたぼろだった。付け焼刃の策は正面から破られ、士気のない隊員共は逃げ出し、錯乱する河嶋を無理矢理に黙らせ、ゲリラ戦に持ち込んだ先でも、息の合わない隊員たちは局所的な反撃は見せるも次々に返り討ちにあい、小山を蹴りつけて細かく指示を出して必死で砲弾を避け、強引に潜り込んだ先でようやく一発、フラッグ車をかすめるにとどまった。西住ちゃんのようにはいかなかった。下手な物真似の様な杜撰な有様だった。

 ダージリンには冷ややかな笑みで、あなた一人だけでは戦車は走らないわと、素っ気ない忠告があるばかりだった。

 私は西住ちゃんにはなれなかった。

 隊員たちはこの敗北をばねにかえって士気を高め、熱心に訓練に励むようになってくれた。しかしそれも全国大会一回戦が、サンダース大学付属高校と知れた時には、流石に静まり返っていた。秋山が偵察に出てくれたが、圧倒的不利がはっきりと知れただけで、苦戦は確実だった。

 少なくとも、全国大会には出るのだ。そして相手は強豪サンダース付属だ。例え一回戦で敗退したとしても、全力を出し切ったならば、諦めの付く相手ではあった。しかし私は敗北を認めなかった。河嶋でも小山でも生徒たちでも大人達でもない、ただただ私一人の思いで、私は敗北を否定した。

 徹底的なゲリラ戦に徹し、相手が盗聴を行っていることを知れば、そちらが手段を選ばないならばと、こちらも盗聴を開始した。ルールブックは穴が開くほどに読み込んでいる。ルールの穴を知っているのはお前たちだけではないのだ。物言いがつかないように、お前たちが手を出すまでは控えていただけだ。本命の連絡は携帯電話で行い、囮の無線通信で敵部隊を誘導し、私たち生徒会チームは敵の無線通信を傍受してフラッグ車の居場所を探り、味方が次々と囮となって沈む中、単騎で奇襲をかけ、フラッグ車だけを始末した。

 一見偶然でフラッグ車を撃破したように見える流れに観客は目に見えて退屈していた。サンダース大学付属高校を打ち負かしはしたが、ケイには面白い戦いではなかったと捨て台詞を吐かれた。当たり前だと答えた私の目は相当に荒んでいたことだろう。勝たなければ意味がないのだ。

 アンツィオ高校戦は思いの外に苦戦させられた。私ばかりが実戦での練度を上げていたために、軽快な走りを見せるアンツィオの豆戦車どもについていけず、撃破はされないものの仕留めるのに時間がかかり、私自身の疲労が積もっていたこともあり、試合は泥沼化し、観客が途中離席する事態に陥りながらも、勢いに乗りやすいアンツィオ生の性質を利用し、挑発を繰り返して引きずり出してこれを殲滅した。いっそ気持ちよくなるほどのブーイングを受け、隊員たちからも遣り様があったのではと責められる始末だ。

 プラウダ戦では本当に危なかった。勝ち残ってきたことで調子に乗り始めた河嶋を抑え込むことはできたが、私に対しての不信感が高まっていた。小さな命令違反が重なり、見た目は子供でも優秀な戦術眼を持つカチューシャに追い込まれ、教会跡に籠ることになってしまった。私は隊員たちに指揮が悪いからだ、あんたを信じることが出来ないなどと吊るしあげられ、ならお前たちがやってみろと怒鳴りつけ、そのまま怒りと疲労の余り一時気絶してしまい、騒然とさせてしまった。

 私が気絶している間に、河嶋が勝手に、それまで秘密にしていた廃校の事実と私の陰での努力を暴露してしまい、目覚めた時には空気は最悪だった。私への印象は改善したようだったが、しかし廃校というプレッシャーと現在進行で追い込まれているという事実が隊員たちをどん底まで追いつめていた。

 どうしたらいいかなど、私の方が聞きたかった。先程まで吊し上げていたお前たちが、助けを乞うように私を見るんじゃない。怒りの中で、しかし私はそれでも勝たねばならないのだと、血を吐く思いで土下座した。お願いだからもうひと踏ん張り頑張ってくれと。冷たい地面に血が出るまで額を打ち付け、隊員たちを無理矢理に動かした。

 今まで他の戦車を囮に使った分、今度は私が身を晒す番だった。フラッグ車そのものを囮にし、敵陣を中央突破。徹底的にかき回し、釣り上げたフラッグ車を慎重に誘導し、雪中に隠したⅢ突でこれの撃破に成功した。私達は勝利し、そして私は試合終了後、戦車の中で一人血を吐いた。医者には胃潰瘍だと診断され、しかし大会が終わるまで治療は先延ばしにした。

 カチューシャは野良犬のような戦いだと吐き捨てたそうだった。

 そして、ああ、そしてついに私たちは決勝戦に辿り着いた。相手は強豪中の強豪。前代未聞の十連覇を果たした西住家のお膝元。黒森峰女学園。

 越えがたき鋼の牙城。鋼鉄の虎。Ⅳ号戦車で微笑むのは、彼女の姿だった。その姿を見る為にここまで来たのだと、そう思わせる様な笑顔だった。見る者すべてを安らがせる様な、自然と心が和み、のどかな気持ちにさせられる様な、そんな計算し尽くされた作り物の笑顔。その笑顔で黒森峰の隊員たちを惹きつけ、徹底的に支配した、全盛の西住みほがそこにいた。

 そうだ。私は彼女に勝たなければならないのだ。彼女が果たした偉業を、彼女に押し付けた苦行を、私が背負うべきだった全てを、今度こそ清算しなければならないのだ。そうだった。そのために私は望みなき戦いに挑み、救いなき戦場に臨み、眠る間もない生活をしてきたのだ。

 全ての罪を清算し、正しく罰を受ける為に、そして、そうして、それでもなお赦されずに斃れるために。

 そうだ、私は決して赦されない。

 黒鋼の砲口が真っ直ぐに私を睨みつけ、そして、

「会長さん?」

 そして、夢が覚めたのだ。

 うなされ、全身に冷や汗をかき、もがき苦しむ私を、西住ちゃんが見下ろしていた。

「大丈夫ですか?」

 平坦な声が訪ねてくる。寝起きの、あまり造られていない声だ。

 大丈夫かと問われれば、決して大丈夫ではなかった。しかし大丈夫でないと素直に言った所で、西住ちゃんにどうしてもらう訳にもいかない。体調が悪い訳でもない。都合の悪い事があるわけでもない。ただただ、自分の心の問題であって、それは西住ちゃんにとって最も縁遠く、専門外の事なのだ。

 ぐるぐると頭の中で巡り続ける灰色の夢。迫りくる砲弾。それらを思いながら、私はただごめんなさいと言う事しかできなかった。涙さえ出てこない、吐き気を催すような罪悪感に駆られて、ただただごめんなさいと繰り返す事しかできなかった。

 西住ちゃんはしばらくじっとそれを見つめていたかと思うと、やがて殆ど無造作と言えるくらい無遠慮に、私の頭を押さえつけるようにして、無表情でぐりぐりと撫で始めたのだった。痛い位のそれは、いつだったか、西住姉がそうしてくれたことを思い出させた。西住姉がかつて拗ねて膨れた西住ちゃんにそうしてやったように、いま、西住ちゃんは私にそうしてくれているのだった。

 赦すのでもなく、罰するのでもなく、ただただ西住ちゃんはぐりぐりと私の頭を撫でつづけた。その掌が、その心とは無関係にひどく暖かくて、私は気付けばその手の下で嗚咽を漏らしていた。抱え続けていた、きっとこれからも抱え続けるだろう重荷に、まだ形のよくわからない答えを得たような、そんな気がした。

 

 

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