誕生日というものを私がどう考えているかというと、まあお察しの通り精々が奢りでご飯が食べられて、無料ではあるけれど使えるか使えないか博打めいたプレゼントを頂戴できる日という程度の認識でしかない。何しろ自分の誕生日を人に言われるまで忘れている様な人種なのだ。
しかし私を酷薄な人間なのだとは思わないでほしい。なにしろ私は物心つくころには自分が欠陥製品であることを自覚させられ、小学校の時分には実の両親にさえお前に何を贈ってやったら喜んでもらえるのかわからないと涙ながらに訴えられ、逃げ出す様に学園艦に潜り込んだ中学時代は人に誕生日を教えるという有り触れた交流さえ痛みを伴う煩わしさから放棄していたような、そんな誕生日ケーキの蝋燭より死神が持つ寿命の蝋燭の方が馴染み深いような人間なのだ。河嶋や小山と言った面子とつるむ様になってようやくまともに誕生日を祝ってもらえるようになったばかりのハッピー・バースデイ・ビギナーなのだ。高校に入って三年目にはなるがなにしろ誕生日は年に一回しかないのだから、これは十分ペーパーだと言っていいだろう。
それでも私は一応人の誕生日はしっかり覚えている。まあ一度見聞きしたら忘れようがないというのがこの脳の実態なのだけれど、それでもちゃんと意識するようにスケジュール帳にはある程度付き合いのある人間の誕生日などはきっちり記してある。付き合いの程度に合わせてちゃんとプレゼントも用意するし、なんだったらパーティーの段取りも組んでやるし、予算組みだってちょちょいのちょいだ。何しろコネというものは手入れをしてやらないとすぐに枯れる生き物だから。
そんな我ながら感心したくなるような几帳面な私の事だから、当然のことながら大洗女子学園の救世主にして高校戦車道に多大なる衝撃を放り込んだ軍神西住みほの誕生日ももちろん把握していたし、そのお祝いのパーティーは盛大に催そうと考えていた。
十月に入った時点で会場は抑えていたし、事前に何度か会議をして決めた設営も今頃は完成してその時を待っている事だろう。各校に招待状もばら撒いたし、気の早い連中は昨日の内から大洗入りしている。
何処も暇なのかじゃあうちはこれこれこれだけで行く、では我が校からは何人ほど、うちはこれくらいかなと思ったよりも盛況な入りで、予算で頭を抱えたら同じく貧乏なアンツィオのチョビが声をかけてくれた。
「私とお前の仲だし、設営の準備を手伝うよ。なんならパーティーの料理もうちの生徒で作ろうか。材料費は請求するけど技術料は取らないし、気になるならうちの参加費を負けてくれればいい。……ああ、それからうちの協賛だってのを掲げてくれれば」
何気に計算高い女だ。でも何しろ気遣いの方が大きいから嫌味じゃないし、お互い損することもないのでありがたくご助力願った。持つべきものは友達と、そして勘定の苦手な連中だ。獲れるところは取っておこう。
報道の連中も随分お伺いを立ててきていたけれど、何しろ公式の行事ではない個人の誕生日であるから遠慮いただいた。
そのようにして当日となると朝から学園艦全体が何だか浮き足立っていて、高等部となるともう、休日だというのに騒がしい程だった。
私もこのパーティーには随分力を入れていた。何しろ大きな宣伝となるし、招待客から金もとれるし、我が校宛てに寄付金も入ったし、これは盛大にやって大きな黒字を出さなければならないのだから。
そして、まあ、なんだ。
仮にも恋人の誕生日なのだ。
そういった打算抜きでも、祝ってやりたいと思う。こんな私からの祝いなんて迷惑かも知れないけれど、でも、せめてこういった馬鹿騒ぎに隠れるようにして、生まれてきてくれて、そして私に遭ってくれて、私を引きずりあげてくれて、どうもありがとうと、そっと呟くくらいはしたいのだ。
生徒会として用意したプレゼントである、学食の無料券を始めとした各種の特典とはまた別に、一通り終わった後にこっそり渡そうと思って用意した個人的なプレゼントの包みをポケットにしまい、私は会長室を出る。お偉いさんは場が暖まってから出ていく位が丁度いいだろうけれど、今日の主賓は西住ちゃんだ。私は早めに出張って場を暖めておこう。
今日は制服ではなく、少し気合を入れて、西住ちゃんの過去の言動からリサーチした多分西住ちゃんの好みに合う余所行きの服を着込んでみた。子供体型で選べる服は少なかったので、なんだか頑張って背伸びしてる小学生みたいになってしまったが、まあ西住ちゃんもそんなに期待していないだろう。髪型も今日はアップでまとめて、西住ちゃんがさりげなく好物としているうなじも見せておいた。これでさらに大人ぶろうとしている小学生感アップだ。くそう。自分で言っていて辛くなってきた。
まあいい。私は忘れ物がないか改めてチェックして、会場へと向かって歩きだし、そして闇に包まれた。
「獲ったぞー!」
「よーしにやけてるからいけると思ったけどやっぱり気が緩んでたぞー!」
「はやく縛れしばれー!」
「真田紐はどうかと思うぜよ」
どうやら頭からすっぽりと麻袋か何かをかぶせられて、現在進行形でロープを巻きつけられているらしかった。
一瞬呆然としてしまったが、なにしろ誘拐の危機である。拉致られている真っ最中である。これがどすの利いた男の声で物騒な事を言っていたら大人しくしていた方が安全だったかもしれないが、なにしろ声に聴き覚えがあり過ぎた。
「
「うわ、ばれたぜよ」
「得意の忍道はどうした左衛門佐!」
「捕虜を取るのはローマの作法だろう!」
「ええい構わん、このままグデーリアンにうわ力強っ!」
どうやら歴女チーム四人がかりでこの暴挙に出たらしかったが、このような粗っぽい仕事には慣れていないらしくもたついているため、私でも抵抗できていた。いやまあ、こんなことに慣れるような教育を許した覚えはないが。
こんな馬鹿どもにとっ掴まっていては碌な事にならないだろうことは想像に難くない。折角のコーディネートもよれよれになってしまう。
これでも私は体の割に力は強い方だ。相手が四人がかりとはいえ、結局のところ私の小さな体に力を入れて掴みかかれるのは一度に精々二人。美味くあしらって逃げ出せない事もないだろう。
しかし私の細やかな余裕を見抜かれたのか、連中はすぐに手を変えてきた。
「ええい暴れるなっ。仕方ない、先生お願いします!」
「お願いしまーす!」
「ええ……もしかしてボクこの為に呼ばれたの……?」
「
まさかの
しばらく見ていない内に腕の太さが変わっているという驚異の進化を遂げたこのインドア系マッスルモンスターは、よいしょとまるで道端の意思でも拾うかのような気軽さで、私を軽々と担ぎ上げて歩き出したのだった。どうやら米俵でも担ぐかのように完全に物扱いされているようだったが、実際私はこのプロテインとネトゲから生まれた合体事故みたいな隊員にとってみれば借りてきた猫ほどの障碍でもないらしかった。なにしろ暴れてもびくともしない、注連縄めいた筋肉が拘束越しにも感じられるのだった。
せめて大声を出して河嶋辺りの助けを求めるしかないか。意を決して大きく息を吸い込み、
「当身」
「へばっ」
「おお、本当にできるんだな、これ」
「忍道ではスニ―キングが難しい時はとにかくこれ頼りだった」
「最後は暴力か……」
「というか最初からそれで良かったんじゃ……」
などと気の抜けた会話を聞きながら、私は意識を手放したのだった。
さて。
次に私が目を覚ましたのは狭苦しい暗闇の中だった。
手足は柔らかい布か何かで拘束されていて、膝を抱えるようにして座らされた姿勢で、身じろぐのがやっとの狭い空間にいるようだった。
せっかくの祝いの日に何でこんなことに。溜息は猿ぐつわに消えた。
諦めて膝に頭を預ければ、なにやらもふもふとした感触。どうやら意識を失っている間に、服装まで変えられたらしい。せっかく頑張って探して、恥を忍んで買ってきたというのに。なんといったか。あの、童貞を殺す服とかなんとかいう奴。サイズがなかなかなくて困ったというのに。まあ西住ちゃんは童貞じゃないしそもそも何も着てない方が嬉しいんじゃないかと言う位下半身直結の脳みその持ち主だし、ああ、うん、なんだ、考えてたらなんか冷めてきた。なんであんなに頑張っておめかししたんだろうという気分になってきた。なにしろ西住ちゃんの好みをリサーチしてとか言ったけど、ランドセルとかスクール水着とかそういういろいろアウトな奴をかなり省いた結果だしなあ。
なんだか悟りの領域に陥ってきた頃、なにやらがやがやと聞えてきた。この、箱だろうか。私が入れられているらしい箱は結構分厚いのか、あまり外の音が明瞭には聞えない。しかしどうもスピーカー越しの大きな声や盛大なBGMなどからどうもパーティー会場の様に思えた。
嫌な予感がひしひしとつのり、段々と喧騒が大きくなっていく頃にはもはやそれは確信となってきていた。
そしてついに現実とのご対面が来た。
「さあ、それでは本日のメイン! 戦車隊一同からのプレゼントの披露です!」
ああやっぱり、というのが正直な所だった。
今日のパーティーでは参加者から西住ちゃんへプレゼントを渡していくことになっていたが、トリは戦車隊の一同からのプレゼントとなっていた。私は生徒会としてプレゼントをするという事になっていたのでそちらにはノータッチだったのだが、なるほど西住ちゃんが喜ぶものと言えばこれだろうさ。お前ら内申覚えてろよ。
ばっと私を捕えていた箱が開けられ、暫くぶりの光に目を眇めていると、ライトを遮るように西住ちゃんの困惑したような無表情が見下ろしてきた。逆光でも分かるくらいに混乱しているらしい、ということが最近私にも読み取れるようになってきた。
「えーと……優花里さん?」
「はいっ! 不肖秋山優花里! 頑張りました!」
頑張りましたじゃねえよ。実行犯は歴女チームとして、主犯はお前か秋山。
「えっと……これは?」
気を取り直したのか、余所行きの表情を作り直し、苦笑いめいた困惑の表情で私を指差す西住ちゃん。
「はいっ! 西住殿には最高の誕生日を迎えて頂こうと、好きなものと好きなものを組み合わせて百万パワーであります!」
馬鹿じゃないのか。
「ええと、あの、気持ちは嬉しいけど、こういうのはちゃんと……あっ、いえ、とても嬉しいんだけど!」
わたわたと慌てるような演技。そのうち三割くらいは本心からの混乱を抑える為かな。
なんて、人の混乱を見て自分の心の余裕を取り戻し、明るい光の下で私は自分を見下ろした。茶色いふわふわに、包帯の白。着心地の良いこの感触は以前西住ちゃんちで着させられたことがある。
「西住殿のお好きな会長殿と、西住殿のお好きなボコ! これほど相性の良い組み合わせがありましょうかっ!」
お前は本当に後で覚えていろよ秋山。西住ちゃんが絡むとネジが飛ぶその性格ホントどうにかした方がいいと思うからね私は。
しかし、ボコか。見下ろしたデザインは以前西住ちゃんちで見たものとは若干異なるが、どうやらレアリティの高さに定評のあるぼこられ熊のボコグッズの一つ、ボコパジャマであるらしかった。
そしていま私はそれを着せられ、拘束され、猿ぐつわまで噛まされている。
まずいな。好きなものと好きなもの所か、三倍役満だ。
「でも、このままじゃ会長さんも苦しいでしょうから、ちょっとお化粧直ししなくちゃですね」
私を見下ろして、親切この上ないお人好しの仮面の下から、西住ちゃんのあの目が私を見ていた。
蛇に睨まれた蛙よろしく動けなくなった私は、抵抗する事も出来ないままに抱き上げられ、そして舞台袖に隠れるや否や猿ぐつわを乱暴にはぎとられ、熱烈に
その後、十分ほどして、角谷会長は熱射病で中座しますとのアナウンスを聞きながら、私はくったりと倒れ込むのだった。
結局、私が西住ちゃんにまともに誕生日おめでとうと言えるようになったのは、翌日の昼ごろ、気だるい腰をさすりながら、掠れる喉を絞っての事だった。