・結婚したエリカとまほが喧嘩して仲直りする話(http://odaibako.net/detail/request/30b14dba7df54b2ebae4498e5ba1cae3)
・成人して風俗を覚えた西住まほにキレる逸見エリカ(http://odaibako.net/detail/request/a24176b7098447c99c86edadeadc758c)
のふたつを錬成した結果合体事故が発生しました。
本番ありません
逸見エリカは怒りの人である、とは高校時代に学内新聞の記事で書かれた文句だ。前隊長であったまほさんが指揮において感情の起伏を滅多に見せない冷静冷徹の人であったのに対し、事あるごとに声を荒げる私はよくそのように評された。
私自身もよくないと思うのだが、しかし不思議とこの怒りは悪い方向に取られることが少なかった。勿論、怒鳴りつけられていい気分になるわけもなく、愚痴や文句を言うものはあった。けれど最終的にどういうわけか、そうでなくては、という奇妙な納得を持って受け入れられていたのである。
私からしてみればいつも不機嫌そうに唸っては激しい口調で上から命令ばかりしてくる女など腹立たしくて仕方がないと思うのだけれど、卒業する時など寧ろ惜しまれさえして、涙ながらにお叱りを求める後輩たちにドン引きしたのは懐かしい思い出だ。あれだろうか。プロレス選手にビンタされたりするようなものなのだろうか。
困惑する私に小梅は苦笑したものだった。そしてこう言うのだった。
「エリカさんはいつも怒鳴るけど言ってることは大体正しいし、間違ってたら後で謝るし、何よりいつも自分に対して怒ってるから」
そうなのだろうかと小首を傾げたものだ。
それは、間違ったことを大声で言おうとは思わないし、間違っていたらきちんと訂正しなければ気が済まないし、自分が至らないのだから内省は大事だとは思う。しかしそれは当たり前のことだとも思う。声がでかくて気性が荒い分だけマイナスなんじゃないの。
しかし結果として、追い出し戦の時には怒鳴る度に歓声が上がり、打ち上げでは一発芸隠し芸と称して私の怒鳴りを真似した奴らが数組、終いに馬鹿にしてるのかと怒鳴れば拍手喝采で本人登場だと馬鹿受けするのだから気が知れない。私は在学中一度たりとも手を上げたことはないのにもかかわらず、まほさんをぶん殴った件が妙な形で知れ渡ったらしく、ショートコント:パンチングマシーンを破壊する逸見などという芸を見せられた私の気分が分かるだろうか。隣で腹筋を破壊された小梅にアイアン・クローをかけてやったら、新技披露会などという写真が校内新聞で出回った気持ちがわかるだろうか。ちょっとスカッとした。
卒業式に至ってはがちがちに震えた気の弱い後輩が最後に怒鳴ってくださいなどと言ってくるし、最後の講評と思ってきつめにあれこれダメ出ししてやればありがとうございますと涙ながらに抱き着かれるし意味が分からない。
これでこいつらともお別れかと思うとなんだか胸が一杯になって、今までお世話になったわねありがとうみんなと素直になってみれば、急に静まり返って、体調が悪いのでは、熱は、寒気はしないか、出発は見送った方がなどと心配された。人がしおらしくしてやればこうかと怒鳴れば、いよっ逸見と拍手されるという芸人扱いもいただけない。
大学に入ってからは、何しろ心機一転また下っ端からのスタートだからと腰を低くしてやっていたはずなのだけれど、黒森峰OBから冗談交じりで広まったものか、国際強化選手としても西住流本家の娘としても一目置かれているまほさんに対する極めてぞんざいな対応などがいけなかったのか、それとも新人歓迎会と称する新人イジリ会において、アルコールが入って多少調子に乗った先輩方のセクハラ紛いのイジリにイラッと来て、一発芸と称してフレッシュ女子大生の手絞りりんごジュースとフレッシュ女子大生が手刀で開栓したビールのお酌サービスなどを振る舞ったのが悪かったのか、入学後半年経った頃には逸見・ザ・フリッカーとかエリカ・ザ・デストロイヤーとかエリカ様とかシュバルツヴァルトの獣とか酷いあだ名もいただいてしまった。
個人的に気に入っていたのは西住の最終兵器というあだ名だった。当時はまだ籍は入れていなかったが、西住家のものだと扱われているのは面映ゆく、そして少し誇らしかった。まあ、一番気に入っているのは当の西住本家の娘の方が西住の珍兵器なるあだ名を頂いてむくれたことだったが。実力はあるし頭の回転もいいのに、お嬢様育ちのせいか若干一般常識に欠ける点があったので、よく揶揄われていたのだ。誰もが西住のお嬢様だと崇め奉っていた黒森峰とは違い、そもそも実力者揃いの大学選抜選手達にとっては、さしもの西住まほも飛び方のうまいひよこでしかないのが何だか痛快だった。
ただ一つ困ったのは、何を気に入られたのかちょくちょく島田流の娘に絡まれたのは参った。歳はこちらが随分上だが、戦車道の実力も年季も向こうが上という難しい相手で、何より良き友人という以上に、むくれるまほさんが面白いから絡んでくるという内心が透けて見えるのに困った。かといってみほに投げようとすると、その場でイッツ・ア・ボコ・ワールドを開催して理解しがたいボコ談議に巻き込まれる上に、死んだ目で巻き込まれる角谷さんの批難の目が辛かった。
そうして大人になるにつれて、私の怒り癖というものは一種の芸風になり果て、人間関係に揉まれる内に角を丸められ、今では大分落ち着いたものだ、と思っていた。
三つ子の魂百までというのを痛感したのは、その怒りが何らの遜色なく即座に発揮できるのだなという妙に冷静な思考の横で、爆発するような感情の昂ぶりを覚えた瞬間だった。
まほさんの大学卒業を機に、私は西住の籍に入った。プロ選手として世界に羽ばたこうとするまほさんの帰る場所になりたいというこっぱずかしい思いもあったし、持ち込まれる見合い話を断る度に胃が痛くなるという西住流本家もといしほさんの事情もあったし、もう私も大人だというまほさんの子供っぽい要求もあった。色んな思惑や力関係がその背後にはあったのだと思う。公的な結婚式、身内だけの披露宴、今更の初夜などとすったもんだはあった。
しかし結果として、私は確かに西住家に輿入れし、まほさんの妻となり、そして今現在久方ぶりにブチギレているのである。
大学を卒業し、プロ選手として大手の戦車道チームに所属することになったまほさんは、なにしろ移動も多いし、立地的条件もあり、大学近くのアパートで私と暮らしながらやっていくというのは無理があった。かといって私もまほさんと一緒に引っ越して、その生活スタイルに合わせながら大学に通うのは難しかった。
大学を中途でやめるという選択肢はなかった。私自身の性質として途中でやめるというのは酷く気持ちが悪かった。まほさんも自分の為に弊害があるのは好まなかった。また、西住流としても、実力的にもそれなりのものがあり、本家の娘の嫁という立場もある私には是非円満にプロリーグ入りしてほしいという思惑があった。夫婦そろって同時にプロリーグ入りというのも話題性はあっただろうが、瞬間的な話題性よりも、来年に一つ話題を残しておくという選択だった。
まほさんの去ったアパートは私一人で住むにはいささか広すぎたけれど、休みの度に帰ってくるまほさんの為にも、また時折顔を出してくれるしほさんの為にも、そしてこの程度はわけなくこなせるという私の意地の為にも、私は二人で暮らしていた時以上にアパートを完璧に保った。
まほさんのいない生活というものは、最初こそぎこちなかったけれど、大学の友人たちもよくしてくれ、思ったほどには寂しいものではなかった。足しげく顔を見せてくれるまほさんが私よりも寂しそうだったのがかわいかったというのもある。
いや全く、我ながら実に素晴らしい生活だったと思う。
ところが残念なことに我らが西住まほはそうではなかったようね。
今現在リビングの冷え切ったフローリングに正座しているまほさんのつむじ辺りを眺めながら、冷静な私は怒り狂った私を持て余し気味だった。
怒りというものは笑いと同じように大事な感情だ。これを無理に押さえつけることは精神衛生上よろしくない。しかし所かまわず大笑いすれば顰蹙を買うように、怒りもまた爆発の指向性をうまく調整してやらないと、ただただ精神的エネルギーを無駄に浪費するだけになりかねない。爆発すればすっきりはするかもしれないが、状況が改善されない場合更なる怒りを生む徒労になりかねない。怒りで済めばいいが、冷え切った無気力や嫌悪につながってしまった場合、これを持ち直すのは困難だ。みほのような見限ったり見出したりを簡単にできる訳ではないのだ。
私は落ち着きを取り戻すため、まほさんをそのままにして敢えてゆっくりと手順を確認するように珈琲を淹れた。珈琲は安らぎの飲み物だ。その香りは精神に安定をもたらしてくれる。アイスではだめだ。火傷するほどに熱いホットコーヒーでなければ十分な香りは立たず心のささくれは取れない。冷ましながら飲む、その工程自体もまた心を落ち着ける手順だ。
私一人の分だけ淹れてやろうかとも思ったが、そういう安易な嫌味は、一時的には気分を良くさせるが後になって却って不快だ。私は揃いで買ったマグカップにたっぷりの珈琲を注いで、リビングに戻った。
えりか、と情けない声を出すまほさんを目で制し、私の分をローテーブルに置く。それから少し考えて、まほさんに手を出すように言う。おずおずとマグカップを受け取ろうと手を出してくるので、違うとはたく。両手を床につけるよう指示を出し、不安げに見上げながらも従うまほさんに、私は満足とともに珈琲を渡してあげた。並んだ親指の上に。
「え、エリカ……?」
「まほさんのお好きな豆ですが何か」
「……なんでもない……」
マグカップは厚手のものだからさほどは熱くないだろうけれど、まあ、少しでも大きく動こうものなら大事なおててが真っ赤に腫れ上がることだろう。後になって不快になる? 知るか。
さて、お話の準備も終わったことだし、私はゆっくりと珈琲を口に含み、香りを楽しんでから尋ねることにした。
「それで……いえ、そうですね。まず釈明を聞きましょう」
「……私には何のことだか、」
「そういうのはいいので。それともそういう方がお好みですか」
左の薬指から指輪を外して、大学内で「逸見ってペンチ必要な時あるの?」と言われた指をそっと添えてやる。答えは手を汚したくないとき、だ。
土下座する勢いで頭を下げて、絞り出すように申し訳ありませんでしたと謝罪の言葉を吐くまほさん。しかし欲しいのは謝罪ではない。
「私は釈明を聞きたいと言ってるんですが」
薄手のシャツにじっとりと汗がにじみ、色気のない下着が透けて見えた。減点だ、色気があったら加点するかと言えばそういうわけではないけれど、このことからも今日は肌を晒す気がなかった事がうかがえて、イラッと来る。たまの休みとは言え疲れてそういう気分にはなれないということもあるだろうから、そういう時は私も優しく甘やかしてやる。しかしこれはそういうのではない。
「……な、慣れない環境でストレスが溜まって……」
「ストレス。そうですね。プロ選手は大変です」
「チームメイトともすこし噛み合わないところがあって……」
「まほさん、対等な相手とのコミュニケーション本当に下手ですよね」
「監督にも言われて、その、息抜きが必要だと……」
「いい監督さんですね」
「それでお店を勧められて……」
「悪い監督さんですね」
しかし今は顔と名前ぐらいしか知らない監督のことはどうでもいい。
「……それで、その、そういうお店に通いました」
「そういうお店って」
「う、ぐ………その……」
「そういうお店って」
「か、勘弁してくれないか」
「あなたのストレスを和らげてくれたお店なのに、口に出すのも憚られますか」
「う、ぐぐぐぅ……」
項垂れるまほさんだが知ったことではない。
私は再び珈琲を口にし、その香りに心を落ち着けた。
実の所、鈍いと言われれば恥ずかしながらその通りとしか言えないが、私は最初まほさんの異常に気づかなかった。異常と言えばそもそも最初から異常な人間だった、などと言うのは言い訳に過ぎない。私も甘えていたのだ。まほさんに。現状に。
思い返せば、という程度ではあるが確かにまほさんは変ではあった。以前は、たまの休日に帰ってくれば、私たちは大抵肌を重ねた。まほさんは寂しさを埋めるように私と触れ合うことを求めた。例え疲れ切って家から出たくないという時でも、私の肩や膝を借りて必ず触れ合った。私もまた、どんなに疲れていても、それ以上に心身ともに疲れているだろうまほさんを労った。ところが近頃はそういうことがとんと無くなった。以前は昼となく夜と無く求めてくることさえあったのに、いまは寝所も綺麗なままだ。べったりと擦り寄ることもなく、隣あう事より向き合って珈琲を飲む時間が増えた。
私はそれを、年相応の落ち着きの表れだと思っていた。いい意味でも悪い意味でも子供っぽさの抜けない西住姉妹も、人生経験を積むうちにちゃんと大人になるのだなと喜ばしくさえ思っていた。
だが実際にはそうではなかった。
私が最初にそれを知ったのは、本人の口からではなく本人のジャケットのポケットの中からだった。ハンガーにかけようとしたジャケットに違和感を覚えてポケットの中をまさぐってみると、色遣いの派手なマッチ箱が出てくるではないか。この時の私はそっとマッチを戻し、見なかったことにした。現実離れしてけばけばしい色遣いが何だかジョークの様に思えたし、よしんばそういう店のマッチだったとしても、多分誰かに寄越されただけだろうと。
それから程なくして次の情報が入った。情報元はムーミン谷のフーテンこと元継続高校のミカさんだった。ふらっと大学にやってきてぽろんとカンテレを弾いておあしを頂戴していたミカさんに何してんのあんたと寄ってみれば、聞いてもいないのにまほさんも大人の楽しみを覚えたみたいだねなどと言われて、まあ聞き流すわけにもいかなかった。なにしろスナフキンの言うことだから話半分に聞いたけれど、流石にこれは放っておくわけにもいかなかった。
チームこそ違うけれどプロリーグで頑張っている安斎先輩に裏を取ってもらい、写真を片手に軽く問い詰めてみれば挙動不審に言い訳を始めそして今に至る。
「ふ、風俗店に通ってました……」
「週五で」
「しゅ、週三くらい……」
「週五で」
「……週五で通ってました……」
あきれ果てた。
私はなんだか疲れたような気分で珈琲を呷った。
勘違いしないでほしいのだが、私は何も風俗に通う事を悪と断じているのではない。金銭的に問題もなく、トラブルも起こさない節度ある楽しみ方をしているならば、私は何も言わない。そりゃあ、一緒に住んでいるのに風俗にかまけられたら怒りもする。しかし遠隔地にあって代替として、ストレス緩和の為にも必要なのだというならば、いくらか嫉妬しないでもないが、仕方がないかもとも思える。隠していたことは気に食わないが、後ろめたくもあるだろうさとも思える。甘いと言われればそうかもしれないが、私だって一人で暮らしている時に持て余して、目移りしてしまいそうになる時がある。嫁の母親が遊びに来た時に自分の理性に危機感を覚える私が人に何か言おうというのがそもそもおこがましい。しほさんほんと若々しいなあクッソ。
なんだったか。
そうそう、私は別に、まほさんが風俗店に通うこと自体は十分許容できる範囲だという話だ。週五で通おうがベンツのローンかよという金を貢いでいようが、どうにかできているなら何も言う気はない。
問題はそんな所ではない。
「で、どういうお店に」
「ふ、風俗店……」
「そんなに指輪の強度を確かめたいと」
「う、うぐぐぐぐ」
「明日は平日ですし役所は開いてますね」
「…………です」
「聞えません」
「赤ちゃんプレイさせてくれるお店ですゥ! おもらしもおむつ交換も授乳プレイもおしゃぶりもしましたァ!」
「何開き直ってんですか」
そうだ。この人はよりにもよって一番注目を浴びるだろうシーズンに、よりにもよってアホ程話題を呼びそうな店に足繁く通っていたのだった。キャバクラやらクラブならまだいいだろう。いや、いいのかよくわからないが、気持ちよくお酒を飲んでちやほやされるくらいではスキャンダルという程ではないだろう。多分。
だが想像してほしい。赤ちゃんプレイを主なサービスとしてあげている性風俗店に足繁く通う国際強化選手西住まほ。あの西住流の最精鋭が夜な夜なおむつを履いてオギャるなどと言う記事を私は読みたくない。
一応変装して、人目も避けていたようだけれど、ふらっとうろついていただけのミカさんに目撃されていたり、安斎先輩に頼んだら伝手とやらであっさり写真まで取られたり、この人はもう少し自分の顔面の偏差値とか知名度とかそういうのを理解してほしい。
わかるだろうか?
高校時代から散々縛ったり叩いたり噛みついたりという私としては全くそそられない……まあ全くとは言わないまでも然程興味の湧かないプレイを要求し、今も着々と寝室に道具を増やしやがっている嫁が、よりにもよって赤ちゃんプレイにハマって色々と発散し、家では触れてくることさえ稀になった時の私の気持ちが。嫁の母親の我儘ボディに耐え続け、嫁の被虐嗜好に頑張って付き合ってきた健気な私が、仕事でバブみを売っている風俗店に嫁をオギャりとられた気持ちが。映画でさえ血を見るのがそんなに好きでもないのに嫁の突起三か所にピアッサーもなしでピアス穴を開けさせられた私が、頭の悪そうな店名の頭の悪そうなサービスの店に足繁く通う頭の悪い嫁を叱りつけなければならないというこの不条理に立ち向かわなければならない気持ちが。
わかるだろうか?
わかってたまるか。
少々熱くなってしまった。意味が分からなくても許して欲しい。私も意味が分からない。
さらに腹立たしいのは、こういう事をしては選手生命にも響くばかりではなくチームにも西住の家にも迷惑であるし、何よりあなた自身の為でないと懇々と諭す私の優しさに溢れた怒りを前に、なんとも言えない微妙な顔で唇を尖らせるこの嫁である。
「何ですその顔は」
「な、何でもない……」
「何でもない人はそんな、思ってたのと違うみたいな顔しません」
「…………ッ!?」
「エスパーでもありません」
「…………ッ!?」
「顔に出やすいんですよまほさん」
まあ、余程見慣れないとそうそうわからないだろうけれど、妹よりは余程わかりやすい。
ゆっくりと怒りを吐き出していったため、何だか妙に疲れてしまって、私は溜息と共に残りの怒りも全部吐き出してしまうことにした。
まほさんの手を戒めた珈琲を持ち上げてやり、自由になった手にマグカップを持たせ、改めて尋ねる。
「それで、何が思ってたのと違うんです」
「その……怒るか?」
「怒らないか、じゃないんですかそこは」
「もっと怒るんじゃないかと思っていた」
「は?」
「嫉妬して殴ったりして来るんじゃないかと」
「人を何だと……」
と呆れかけたところで気づいた。
何だその期待してたみたいな目は。
「…………まさかと思いますが」
「なんだろうか」
「私を嫉妬させたかったんですか」
「……ん」
「何ですかその恥じらう顔はイベント間違ってません?」
何で殴られたがって恥じらってやがるんだこの嫁は。スチルおかしいわよ。
なんだか頭痛がしてきて、私は冷めてきた珈琲で心を和らげた。駄目だ。この人と真面目に会話しようとするとMPが持たない。
卒業式の一件を経て、まほさんの自虐癖にはある程度けりをつけられた。つけられたが、この人がマゾヒスティックな性癖を持ち合わせているのはどうも私が云々というのとは特に関係なく、生まれつき或いは長年の積み重ねである様だった。私もそれに付き合っているつもりではあったが、どうもこの貪欲なドМにとってはマンネリ化してきていたらしい。
怒りはもはやすっかり呆れに取って代わられていた。肺の中身全てを吐き出すような溜息が自然と零れた。
「わかりました」
「うん?」
「仲直りしましょう」
「は?」
そしてその溜息がふいごのように私の新たな怒りを燃やすに至って、なるほど私の本質は怒りだなと思い知らされた。冷静な私は、もはや機械的に石炭をくべる怒りの給炭機だった。理性的に怒りが燃やされていた。
「二度とこんなクソ下らない茶番しようと思わないように、頭空っぽの赤ちゃんを躾けてあげるわ」
「ひゃあ……」
「とろけた顔してんじゃないわよ。返事は」
「あ、ありがとうございますっ!」
「あかんぼが喋んな」
「ばぶぅ!」
実に生き生きと目を輝かせた嫁にげんなりしつつも、結局のところ尽くさずにはいられない私の方が奉仕者に過ぎないのだ。怒りさえも愛情の一側面に過ぎないと考えるべきか、愛情とは本来的に怒りを含むものだと考えるべきなのか。
まあ、どうでもいいことだ。怒りも愛も、どっちにしろ彼女を喜ばせることに変わりがないならば、それが私たちのスタイルなのだ。