吉良吉影はくじけない   作:暗殺 中毒

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今回はこの話だけですがご勘弁を。


賽は投げられた

付着した血を払い、その武者は刀を(さや)に納めた。新しく増えた鎧の傷をなぞれば思い出される命の果たし合い。返り血で染め上げられた鎧の蛇は、月の光を浴びて(あや)しく輝いた。

 

「それで何人目なんだ?」

「……107人目だ」

 

背後からの少女の声に武者は振り向く。黒い髪、赤いメッシュ、人外の証である角。天邪鬼、鬼人正邪がそこにいた。

 

「だいぶ大暴れしてるみたいだけど、目的の強さは手に入ったのか?」

 

薄ら笑いを浮かべながら、正邪は武者の背後に転がる無数の(しかばね)に目を向ける。鋭利な刃物で斬り刻まれたその傷は全身に及び、しかしそれらは刀傷にしては小さ過ぎる。

 

「まだだ、まだ足りない。もっと強く、更に強く、この身が朽ち果てる程に強く……!」

「その飢えに飢えた貪欲さ、鬼とは違う意味で恐ろしいヤツだ」

 

呆れた調子のその言葉に武者は続ける。

 

「人は生きている限り学び続けなければならない。それが亡き主人の教えだ」

「だから気に入った。平和ボケしてるヤツらとは正反対の偏執(へんしゅう)、その力を見てみたいものだ」

「望むなら今ここで披露しよう」

「いや、もっといい場所がある」

 

そう言って正邪が差し出したのは一枚の紙。武者はそれを何も言わずに受け取ると目を通し、すぐに折り畳み手帳へ挟み込む。

 

「把握した。なるほど、八雲藍に拠点が暴かれたか。予定を繰り上げるのは承知したが、貴女(あなた)はどうする? これでは一つしか手に入らない」

「気にすることじゃない、あいつさえ復活させれば勝ったも同然なんだからな。それに裏切り者がいるとは言え伯爵もお前も、ついでにインチキ呪い師もいる。心配する必要がどこにあるんだ?」

 

一切の動揺を見せずに言い切ったその表情は、外見に似つかわしくない程に黒い笑みを浮かべていた。その正邪に武者は静かに一礼をし、短い言葉を紡ぎ出す。

 

「この“(あら)武者”、新たに譲り受けた誇り高き名に懸けて、必ずや紅魔館を殲滅(せんめつ)し、石仮面を奪い取ってご覧に入れます」

 

 

 

 

「吸血鬼?」

 

話を聞いた霊夢が疑問の声を上げる。仗助に治してもらったばかりの傷一つない足を伸ばしたり曲げたりしながら、私はそれに釣られそっちを見た。そこでは中華服の男が縄で縛り上げられ、赤蛮奇と仗助に詰め寄られているのが見える。

 

「吸血鬼だぁ? そんなくだらねぇ与太話にゃあ興味ねぇぜこのタコ!」

「それ以外知らないんだって! まず私は正邪様の部下であって伯爵の部下じゃない!」

「もっとマシな嘘はつけないの?」

「嘘じゃないわ! この飛頭蛮!」

 

赤蛮奇に蹴りを入れられ呻き声を上げる呪い師は、さっきからずっとこの調子だ。慧音も困り顔でどうすべきか戸惑ってばかりだ。でもあのコウモリが吸血鬼だなんて信じられないな。レミリアとはまるで違うじゃないか。

 

「分かった、分かった、これ以上蹴らないでくださいお願いします!」

「キレながら命乞いすんじゃあねえ! で、今度はまともなんだろうな」

 

仗助に促され、呪い師は一息つき真剣な面持ちに切り替える。そして慎重に言葉を選びながら口を動かし始めた。

 

「青き血の主人……って知ってるか? まあ知らなくてもいい。私も実のところ知らないんだ。前もって言っておくが、これはあくまで伯爵と正邪様が話していた内容だ」

「ずいぶんもったいぶるわね、何か重要なことなの?」

 

霊夢のその質問に、呪い師は否定も肯定もせずただ目を閉じる。聞こえてくるのは小さく規則正しい息遣いだけ。そして呪い師は目を開ける。

 

「青き血の主人、それは遥か昔この地上を支配していた青き血の一族の頂点に立つ者。闇の中で生まれたその一族は生まれながらに強者、鬼すらも食糧とする絶対強者としてこの地球に君臨していた。それがどれだけ長い年月かは分からない……時に忘れ去られた歴史だからな」

 

一呼吸置き、呪い師はまた続ける。

 

「その一族は月の民と違い、自然を愛し、動物を愛していた。全てを愛していた。それ以上を求めず、満足していた。だがそこに、一人の万能の天才が生まれた。その天才は願った。より強い力が欲しいと。鳥と同じ生活ができ、魚と同じ場所に住め、木と同じ呼吸ができ、水と同じに動ける。しかし天才はその上を求めた。鬼を食らう力のその上を」

「鬼を食らう力の、その上……」

 

私は思わず呪い師の言葉を復唱する。伯爵も言っていた、青き血の主人は鬼すら食糧とすると。その天才は、もっと上を……

 

「だから天才は石仮面を創り上げた。石仮面は不死身の能力をもたらした。神の如き力をもたらした。そしてその石仮面は、人間に吸血鬼の力さえもたらす物だった。青き血の主人は姿を消したが、石仮面は今も待っている。誰かが被る、その時を」

 

呪い師は語り終えると、そっと息を吐いた。誰も一言も喋らなかった。私も、何も言えなかった。もしそんな話が実際にあったならまるで……

 

「おいおい、それじゃあまるで神話じゃねえか! そんな作り話、今時子供も信じねぇぜ!」

 

そう言って強がる仗助の顔はどことなく引きつり、内心は否定しきれていないように見えた。

 

「慧音、本当にそんな歴史があったの?」

「分からない。私も自分が半妖になった以前の歴史は確かめようがないし、阿求の資料もそこまで古い物はなかった」

 

霊夢の問いかけに慧音は静かに頭を振り、この話が嘘か本当なのかは分からないと言う。

 

「信じようと信じまいと、鎮魂歌(レクイエム)は今も奏でられている。既に“荒武者”と“竜狩りの英雄”は目覚めた。あとはあの柱の鬼だけだ。だがすぐに目覚めるだろうな。今夜、荒武者が紅魔館で石仮面を手に入れれば、今日中にでも」

 

呪い師のその言葉に私は耳を奪われる。天才が作った石仮面がこの幻想郷に、紅魔館にあるのか? その疑問をぶつけようとした時、突然家が揺れた。外で吹く風が戸を激しく揺らし、無数の影が高速で横切っていく。

 

何かが千切れる様な音に振り返ると、そこには猛然と走り出した呪い師の姿。見えない何かが赤蛮奇や慧音を吹き飛ばし、私の体も壁に叩きつけられた。冷静に放った霊夢の弾幕も弾き、追いかける仗助を無視して呪い師は戸を蹴り破る。

 

「逃げられると思ってんじゃねーぞこのタコ!」

「魔理沙、早く立ちなさい! 逃げられるわよ!」

「わかってるぜ!」

 

仗助と霊夢の後に続き私は慧音や赤蛮奇と共に外に飛び出す。そして私は、思わず目を疑った。

 

「なん、だ? これ……」

 

私達を青い光で照らし出し、暗い空を埋め尽くす青い満月。まるで今にも地球に衝突してしまいそうな程に近いその月が、静かに、当然の様にそこで輝いている。

 

まるで吸い込まれてしまいそうな青い月は、その綺麗な顔で私達に笑いかける。安心させるかの様に。

 

「どういうことだ、こりゃあ……さっきまで昼間だったじゃねぇか!」

「それにおかしい、今日は満月じゃないはずだ。満月はまだ一週間以上も先だ! 何より私の妖怪化が起こってない!」

 

この異常事態に、誰もが動揺している。里の人間も家から出て来ては月を指差して驚きの声を口々に上げている。夜が明けないことはあったけど、昼間がいきなり夜に、しかも青い満月が出るなんてなかった。何かがおかしい!

 

「おい、なんだありゃあ!?」

 

里の人間の一人が声を上げ指差した。皆んながそっちを見る。皆んながそれを視認する。黒く、大きく、翼を持った怪物。それ以上に、その背後にある物を見て私達は息を飲む。数百、数千、数万……それ以上のコウモリの大群。黒い竜の様にうねりながら飛び交うコウモリを従えながら、巨大なコウモリが飛来した。

 

そいつらは私達になど見向きもせずに上空を通過し、顔や体にぶつかるコウモリの痛さに思わず目を閉じる。前さえ見えないこの状況では薄目を開けるのが精一杯で、コウモリの嵐が過ぎ去ってようやくまともに目を開けた。もう遠くに行ってしまったその黒い群れを見ながら、私は違和感を覚える。何か忘れている気がする、何か……確か、あの方角は……

 

「噂には聞いてたが、コウモリってのはあんなデケエ群れになんのか……不気味を通り越してグレートって言葉しか見つからねぇぜ、こいつぁ」

「仗助、そんなこと言ってる場合じゃない! 呪い師に逃げられた!」

「あ!?」

 

私は一気に思い出す。そして気づく、違和感の正体に。

 

「霊夢! ヤバイぜ、あっちはレミリアのとこだ!」

「そう言えば……! あの呪い師も荒武者が紅魔館を襲撃すると言っていた! 霊夢、急がないとマズイぞ!」

「慧音まで、そんなこと分かってるわよ!」

「仗助、私達も!」

「ああ! レミリアだか誰だか知らねぇが、魔理沙達の友達なら助けない理由はねぇぜ!」

 

仗助を私の箒に掴まらせ、そのまま上空に飛び立つ。巨大な青い月が照らすこの幻想郷は、嫌に幻想的で美しく、木の葉が風に揺れる動きさえも彩ってしまう。心が揺さぶられる感覚と得体の知れない気味の悪さに、私は前だけを見て飛んで行く。前、だけを……

 

「な、なんだあれ!?」

 

私達が見たのは紅魔館を包み込み飛び回るコウモリの大群。その黒さに塗りつぶされた館は名前通りの赤さを覗かせることもできずに覆い隠され、またどこからか飛んで来た新たな群れが合流する。

 

「おいおい、思ったよりグレートにヤバそうだぜ!」

「どうする? これではたどり着けない」

「そんなの決まってるじゃない。正面突破よ! 魔理沙!」

「いくぜ霊夢!」

「お、おい、正面突破ってまさか生身で突っ込んだりしねぇよな?」

「そのまさかだぜ!」

 

急加速した私達は仗助の悲鳴も置き去りにして黒い渦の中へと突入する。コウモリが体にぶつかる痛みに耐え箒を制御する中で、私の脳裏に映像がよぎり体が凍りつく。でもそれも一瞬で、すぐにそれは私の中からかき消えた。

 

「なあ、霊夢……」

「言わなくていいわよ、多分私も同じだから」

「何の話だ?」

 

私と霊夢の様子に気がついた仗助が後ろから聞いてくる。声の調子からして何もなかったみたいだ。心配させないようーービビってるって思われるのが嫌なのもあるけどーー私は当たり障りのない返事を返すことにした。

 

「肌に傷がついたら嫌だなって思っただけだ」

「こんな時にお肌のこと考えてる場合かぁ!? 心配して損したぜ!」

 

呆れられながらもコウモリの渦を抜けた私達はそのまま高度を落とし地面に着地する。手入れをされた庭の花は薄暗い中でも咲き続け、その花弁はどこか(しお)れている様にも見えた。

 

「ここが紅魔館ってヤツか? えらくドギツイ赤色じゃあねぇかよ」

「理由は知らないけど、主人の趣味なんじゃない? 知らないけど」

「赤っつーことはオメェとお揃いだなぁ赤蛮奇」

「嬉しくないけどね」

 

仗助と赤蛮奇の仲のいい会話を聞きながら玄関へと急いでいると、私の視界の中に見慣れた姿が映り込んだ。

 

美鈴(めいりん)! 無事だったか!?」

 

急いで駆け寄れば、襲われた形跡もない美鈴が振り向く。驚いた表情にはいつもの気の抜けた雰囲気があって、私は思わず安心する。

 

「魔理沙? それに霊夢も……見慣れない人達もいますね。何かのお祭りですか?」

「違うわよダメいりん」

「酷くないですか霊夢!?」

 

いつも通り過ぎるってのも考えものなんだな……緊張感がなさすぎて伯爵との戦いが嘘みたいだぜ。ってこんなことしてる場合じゃない!

 

「美鈴、何か見なかった? デカイコウモリとか」

「コウモリ? やけに群れてる以外は変わりありませんね。お嬢様も暇つぶしに大掛かりなことしますよね」

「それは「そうそう、さっきこんな物を見つけたんですよ。なんなんでしょうねこれ? ペレットみたいですけど」

 

そう言って美鈴が見せてきたのは、手のひらに乗るくらい小さなペレット。何か乾燥した物を押し固めたみたいに見えるけど、なんだ?

 

「確かに奇妙だが、後で調べるとしようぜ。今はそのコウモリ男が先決だ」

「全く仗助の言う通りね」

「そうね、魔理沙、それ持っておきなさい」

「え? 私か? 自分で持てばいいじゃないか」

「汚いじゃない」

「は!? 人に嫌なこと押し付ける気か!?」

「それは私が持っておくから、先を急いだ方がいい。私は外を見張るから、霊夢達は中に伯爵がいないか調べてくれ」

 

慧音の冷静な対応で、また長引きそうになった問題はすぐに解決した。どうも調子が狂うぜ、なんだか私と慧音と仗助と、それから赤蛮奇以外はまるで何も起こってないみたいにのんびりしてる。美鈴も、霊夢も。

 

「なんだかよく分かりませんが、お嬢様には失礼のないようお願いしますよ。特に魔理沙」

 

私は返事をする時間すら惜しんで玄関へと向かう。予想外の反応に美鈴がまた驚いた顔をしてたけど、これ以上時間をかけてる暇はないぜ。

 

重い扉を押し開けると、そこには相変わらずの暗闇があった。ロウソクの火だけが空間を照らして、でもそのロウソクでさえ階段や壁際を照らすためだけにしか設置されていない。人間の私達には暗過ぎるな。

 

「来たか、霧雨嬢よ。そして博麗嬢、東方仗助……慧音女史の代わりに赤蛮奇嬢か」

 

暗闇から聞こえた声に私は戦慄(せんりつ)する。浮かび上がる黒い巨体はソファで手を組み、その向かい側では正反対の小さなレミリアが睨んでいる。やっぱり先を越されてた……より道しすぎたせいだ……!

 

「コイツと知り合い?」

 

レミリアは苛立ちを隠さずに私達に聞く。

 

「知り合いと言えば知り合いね、敵としてだけど」

「なら、殺しちゃっていいのよね?」

「結論を急ぐ必要はない、スカーレット嬢。私は争いに来たのではなく、話し合いに来たのだ。私を殺すかどうかはその後に決めても損ではないはずだ。君には私をひねり潰せる力があるのだから」

「そんなヤツの寝言に耳をかす必要なんてないわよ」

「黙れ博麗嬢、足のない貴様に私の取引を邪魔する権利などない!」

 

伯爵は怒気を含んだ声を霊夢に投げつける。その気迫に私の肌が逆立ち、急に寒さが体を支配してきた。一方の霊夢は少し怯んだだけで、なんともないみたいだ。

 

「ここは一つ、あのコウモリ男の出方を(うかが)うのが得策だろうな。能力も強さも分からないんじゃ、無闇に戦っても苦戦するだけだぜ」

「見た目に似合わず臆病(おくびょう)ね」

「臆病じゃなく、慎重、と訂正しておくわ。霊夢」

 

誰もが口を閉じ静まりかえった時、やっとレミリアが口を開く。

 

「で、話とは?」

「石仮面を譲って欲しい」

「……石仮面? 知らないわね、そんな物」

「嘘をつくなスカーレット嬢よ。君の、いや、この幻想郷中の情報が私の手の中にある。君は昨日の夜3時にフランス製のケーキを紅茶と共に食べ甘さのあまり胸焼けを起こした、30分後には階段で転び、そして4時頃にピンクダークの少年の文庫版化粧ケース付きを十六夜嬢に催促(さいそく)している。コミックで揃えているにも関わらずな」

 

その情報は当てずっぽうにしては嫌に具体的で、まるでその時に見ていたかのような物言いだ。固まるレミリアを見て、伯爵は腕を組んで背もたれにもたれかかった。

 

「私の熱烈なファンみたいだけど、石仮面は渡せないわ。あれは危険すぎる」

「だからこそだ」

「あれを悪用して世界を支配しようとするバカが出たらどうするつもり? 収集がつかなくなるわよ。石仮面の力はねずみ算的に蔓延(まんえん)していく。しかもこの異常な天気……お前が仕組んだんだろう?」

 

威圧的なその問いかけに、伯爵は鼻で笑って返す。

 

「逆に聞くが、なぜ封じようとする? 石仮面とは青き血の主人が(のこ)した力だ、神が遺した力だ、妖怪を超える力だ。恐れたところでどうなる? 立ち止まったままで何が起こる? 我々の先祖が暗闇の荒野に道を切り開く時常に持っていた物、それは恐怖であり勇気だ! 勇気とは恐怖を知ること、恐怖を認め()つことッ! 勇気こそが暗闇の中に新たな時代を切り開くのだ!」

「理解できないな、お前が言ってるのはただの子供の絵空事だ」

「だから人間に負けるのだ下等眷属が」

 

レミリアと伯爵は互いを見下しあい、いつ戦いが始まってもおかしくない空気が張り詰める。仗助が目配せをし、霊夢と赤蛮奇は静かに戦闘態勢に入る。私もミニ八卦炉を握り締め、深呼吸をした。

 

「ところで、さっきからお前から人間の血の匂いがするんだ。お前も吸血鬼なのか?」

「ご明察恐れ入る。藍女史に折られた肋骨の治癒が遅かったのでな、少しだけ血を吸わせてもらったのだ」

「それは、咲夜が見当たらないのと関係があるのか?」

 

伯爵は返事をせず、腕を組んだまま石のように動かない。レミリアも睨みつけたまま動く素振りを見せず、この空間の温度だけが徐々(じょじょ)に徐々に下がっていく。

 

変化は一瞬だった。レミリアが赤い槍を出現させ、それを伯爵の頭目掛け突き入れる。でもその槍は代わりに黒く太い腕を貫通し、伯爵の手が槍の柄を逆に握り込んだ。

 

「軟弱軟弱!」

 

瞬きをした次の瞬間には伯爵の拳がレミリアの鼻先を掠め、後退したレミリアと霊夢、赤蛮奇の弾幕が一斉に放たれる。遅れながらも私も大量の弾幕を浴びせる中、伯爵はマントで体を隠す。私達はそこに更に追い討ちをかける。

 

10秒間は続いていた弾幕の嵐もやがて終わり、濃い煙が立ち上っていた。あれだけの弾幕を浴びて、しかも今度はレミリアもいる。妖怪の弾幕なら確実に有効打を与えられるはずだ。そして煙が晴れた時、そこに伯爵の姿はなかった。

 

「き、消えた!? 伯爵はどこに行ったんだ!?」

「魔理沙、ヤツに呑まれてるわよ。冷静に対処すればあんなヤツ……

 

霊夢が言い終わるより先にそれは起こった。地面に叩きつけられるレミリア、馬乗りになった伯爵、小さな顔を今にも壊そうと鷲掴みにする手。

 

「未熟な子供が私に勝てると思ったか!? 私は先、お前は後ろだスカーレット嬢ッ!」

 

腕を掴み返し振りほどこうとするレミリア、反対の手を振り上げる伯爵。私はとっさにミニ八卦炉を構えるが、このまま撃てばレミリアを巻き込んで……う、撃てない……!

 

「ドラァ!」

「ゲガ!?」

 

仗助の叫びと共に発生した風圧は私の帽子を吹き飛ばし、伯爵は何かに殴られたように壁に衝突する。地面に倒れたまま頭を押さえて呻き声を上げる姿から、今の一撃がどれだけ大きかったのかを私は直感で理解した。クレイジーダイヤモンド……恐ろしい力だぜ。

 

「石仮面だかなんだか知らねぇがよォ、テメェが皆んなを危険に晒すっつーんなら、このままブチのめさせてもらうぜ」

「我々は……我々は真実に到達しなければならない……! 皆んなを危険に晒すだと!? 安っぽい感情で動いてるんじゃあない仗助! これは真実への旅路、未来への遺産なのだッ!」

 

よろめき壁に手をつきながら伯爵は声の限り怒りを吐き出す。

 

「私の邪魔をするというのなら、貴様も始末するまでだ! “ドミネ・クオ・ヴァディス(どこへ行かれるのですか?)”! 貴様は磔刑(たっけい)だーッ!」

 

 

 

「そんなことが……ならこのおかしな天気もそのコウモリが?」

「断言はできないが、その可能性が高い」

 

慧音から事のあらましを説明を受けた美鈴は思わず押し黙る。まさか知らない場所でそんなことがあったとは。そして弾幕の通用しない伯爵と呼ばれる妖怪がこの紅魔館に迫って来ている。

 

「もし伯爵が現れたなら、武の道を修める者として私が相手をしましょう」

「頼もしいな」

「一応は門番ですからね」

 

一応、というその言葉に慧音は笑みをこぼした。サボって昼寝をしていたという話を聞いてはいたが、まさか本人から直接その裏付けを取れるとは思ってもいなかった。

 

彼女達が今後の展望について本格的に話し合いを始めようとした刹那(せつな)、門がゆっくりと押し開かれる。色とりどりの花が咲き乱れる庭に足を踏み入れたのは一人の男。傷だらけの鎧を身に纏い、一本の(うち)(がたな)を携える。

 

「何者!」

 

許可なく踏み入った者に構えを取って応じる美鈴だったが、男は一瞥(いちべつ)することもなく進み続ける。それを挑戦状と受け取った美鈴は躊躇(ちゅうちょ)なく男の側頭部に蹴りを叩き込んだ。

 

男の首は不可能な方向へ折れ曲がり、確実に体を動かすことなど出来ないダメージ。にも関わらず男は動いた。

 

「妖怪の中にも、小手調べをする者がいたか」

 

後ろに飛びのき、男がへし折れた首を元の位置に戻すのを見ながら美鈴は冷や汗を流す。読まれている。小手調べに攻撃を仕掛けたことを。そして彼女は直感で理解する。この男も自分と同様に武の道を修める者、生半可な攻撃は通じないと。

 

男が刀を引き抜くと、美鈴に続いて慧音が戦闘態勢に入る。しかし男はそちらを見もせず言い放つ。

 

「やめろ。怯えた者を殺す趣味など持ち合わせていない」

 

間違いなく慧音に向けて紡ぎ出されたその言葉。まるで心を見透かしたかの様なその言い方に、慧音の体が硬直する。

 

「そしてお前は俺の攻撃に“反撃”しようとしている。格闘者の正当なる果たし合いに、受け身の対応者は必要なし」

 

男と美鈴は睨み合う。共に武の道を歩みし者、格闘者。しかし美鈴は構えを解いた。

 

「貴様、何のつもりだ? なぜ戦わない?」

「貴方が戦士としか戦わない、真の武人だから。理由はそれだけで充分です」

 

それを聞いた男は理解に苦しむといった様相で頭を左右に振り、刀を下ろす。

 

「コウモリの妖怪が今ここに迫っている。できるなら戦いたくはありません。貴方の目的は?」

「……先程この渦の中に巨大なコウモリが入って行くのが見えた。もしやと思い来てみたまで」

「コウモリが!? お嬢様!」

 

そこまで聞いた美鈴は男に背を向け走り出す。その直後、彼女の足を何かが切り刻み鮮血が舞う。突然の痛みに膝をついた時、背後で刀を振り上げる男の姿。彼女が斬撃を覚悟した時、慧音が男に体当たりをし突き飛ばす。

 

突き飛ばされ数歩後ずさった男は彼女達を正面に捉え直し、態勢を立て直す。

 

「卑怯な……! 君に誇りはないのか!?」

 

怒りを宿した慧音の責めに男は身じろぎもせず正面から受け止める。

 

「我が名は荒武者、数百年の歳月を経て柱より(よみがえ)った戦士。今亡き主人の為、恩人である正邪様と伯爵様の為、この地に馳せ参じた。我が恩人の為ならば、この体が朽ちるまで戦い、卑怯な手を使うこともしよう。それこそが我が誇り」

 

荒武者の周囲に風が渦巻き、花弁や葉が巻き上げられ宙で踊る。それら全てが、風に乗り彼女達に襲いかかった。




「呪い師」
パワーC スピードC 持続力C 射程距離A 精密動作性C 成長性E
紫色の中華服を見に纏ったうさんくさい男。他者の感情を具現化する技術を持ち、これを熾鬼神と呼んでいる。殴り合いが強い訳ではないが魔封じを使用でき、妖怪にとっては嫌らしい敵。

「怠け者のスラウス」
パワーB スピードB 持続力A 射程距離幻想郷一帯 精密動作性B 成長性E
呪い師の主力である熾鬼神で、生半可な妖怪では歯が立たない。呪い師にダメージがフィードバックされない厄介な性質がある。名前の元ネタは怠惰の英語“sloth”から。

前回載せるの忘れたんでここに載せときます。呪い師は嫌いな人多そう(偏見)

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