真剣で私に恋しなさい!X   作:テンペスト

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第十一話 勇気

慌しい仲間の声、それが直江大和の目覚ましになった。

必死な掛け声が彼の耳を通じて脳まで入り込み、覚醒を促す。

一度指を僅かに動かせば、まるで氷が解けたかのように体の硬直が解ける。

ゆっくり瞳を開け、少しずつ視界を正常に戻す。

 

 

「………ここは……どこだ………?」

 

 

ぼうっ、と天井を見つめる。

白いタイルが張り巡らされた清潔感溢れる天井。

顔を横に向けてみるとこれまた真っ白なシーツで覆われたベッドがずらりと並んでいる。

更にその反対側には自分につながれた点滴が。

 

 

「……そっか……病院か…………」

 

 

まだぼやけ切った頭でも、それぐらいは分かる。

そして少しずつ振り返ってみることにする。まず何故自分は病院にいるのか。

病気ではない。体の痛み、そして巻かれた包帯の後からして怪我したのだろう。怪我の原因、それは――――。

 

 

「斑目……風牙…………そうだワン子はっ………あぐっつつつ……!!」

 

 

唐突に記憶が蘇った。

直江大和は川神一子を、斑目風牙のあの飛び膝蹴りから守るために自らを囮とした。

その結果、猛烈な一撃を受けることになったのである。

慌てて体を起こすが腹に圧し掛かる強烈な痛みに悶える。

 

 

「お、おい大和!! 眼が覚めたのか!!」

 

「正直早いね……いや勿論嬉しいんだけど!!」

 

「……あの様子じゃ確かに命に別状はねぇな」

 

 

彼の苦悶の声が聞こえたのか、岳人に卓也、そして忠勝が入ってくる。

よく見てみると彼らの身体はボロボロである。

特に岳人と忠勝の拳からは血が流れて床に落ちていた。

 

 

「当たり前だ! 我らが九鬼の力を持ってすればこれぐらい容易い!」

 

「いやぁ、大和君が目覚めて本当に一安心です。 ユキも喜びますよ」

 

 

続けて英雄と冬馬も現れた。

彼らの登場でここが葵紋病院であることを悟る。葵冬馬こそ身体は汚れていないが、九鬼英雄は岳人や忠勝に並ぶほどの汚れっぷりだ。

そして病院の廊下に目を向けると激しく割れた窓ガラスが目に入る。

 

 

「一体何が………いててて………!」

 

「大和! 無理しちゃダメ!」

 

「大怪我したんだからー!」

 

「そうだ、よく休んでくれ。 今、犬が頑張ってくれているんだからな」

 

 

更には京と小雪、クリスも現れる。

この場には百代と由紀江、そして一子がいないらしい。が、クリスの物言いが気になる。

 

 

「ど、どういうことだ………?」

 

「見てみるか大和。 ワン子の姿を、よ」

 

 

最後はやはりこの男、キャップである風間翔一も現れる。相当走ってきたらしい、彼の顔には汗が流れている。

彼は大和の肩を担ぐとそのまま立ち上がらせた。

正直容態を考えると余りよろしい行動ではないらしい、冬馬が止めにかかる。

 

 

「風間君、今は余り動かしては―――――」

 

「ちょっとなら大丈夫だろ大和。 それともワン子の活躍、見たくないか?」

 

「……そんな言い方をされたら……みたいに決まってるだろ……!!」

 

 

大和も彼の肩を借りながら歩き出した。

やれやれ、とため息をつくのはその場全員。だが彼の気持ちも理解できるらしい、共に廊下に出る。

割れたガラスから見えるのは薙刀を構える一子。そして――――。

 

 

「………斑目風牙! アイツがこの病院を!?」

 

「ああ、あのヤロウ石ころを蹴って打ち込んできやがったんだ」

 

「でも俺様やゲン達が叩き落したわけだ。 男のパワーで!」

 

 

忠勝や岳人達の姿がボロボロである理由も理解できた。

しかしまだ最大の心配どころがある。それは勿論、下で戦おうとしている一子と風牙だ。

先程何も出来ずに敗北してしまった一子が、彼を倒せるのか。

 

 

「………いや、俺はワン子を信じている!」

 

「我もだ!! 一子殿!! そのような愚か者、貴方の敵ではないですぞ!!」

 

 

一子一筋である英雄も声援に混じる。

ただ、大和の声援は少し違う。何よりも彼女の勝利を「確信」していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の庭。そこで川神一子は相手を見つめていた。

自らを無能と愚弄し、何より大切な人を傷つけた因縁の相手――――斑目風牙を。

彼の気性の荒さは、この荒らされた病院全体を見るだけで分かる。

 

 

「……随分酷いことするじゃない、斑目風牙!」

 

「酷いだァ? 酷ぇのはあの直江大和っつぅクソガキだろうがァ!!」

 

 

未だに自らのファッションを侮辱されたことを根に持っているらしい。

とことん自己中心的であると一子はため息をついた。

 

 

「んでテメェは何だ? まーた俺様に挑もうってかァ?」

 

「………そうよ」

 

「バーカ! バーカバァァァァァカ!! さっき手も足も出なかったクソザコが!」

 

 

罵倒の嵐が一子を襲う。

だが、一子の精神は全く乱されていなかった。どんな嵐が来ようとも、まるで無風の湖面と同じであるかのように冷静である。

否、事実は冷静ではない。何せ大和を傷つけた男を目の前にしているわけなのだから。

 

 

「俺様に勝つってぇ!? 無ー駄無駄! 出来っこねーよ!!」

 

「……………」

 

 

一切顔を歪めず一子は相手を見続ける。

口こそその辺りに幾らでも転がっていそうな不良と何ら変わりはない。それでも実力は本物だ。

だから油断したらやられる。一子は心を落ち着けていた。

そんな彼女の様子を、傍で見守る影が二つ。

 

 

「………いい眼だ一子」

 

 

釈迦堂だった。

事のあらましを聞いた彼はこの戦いの行く末を見届けたくなった。

元師範代として、彼女の師匠として。

もう一つの影は忍足あずみ。本来なら英雄の傍に戻るところだが彼女の任務は「一子を傍で守ること」だった。

 

 

「アンタ、元とは言え川神院師範代だったな……どうよ見た感じ?」

 

「俺の見立て的にゃ………一子が圧倒的不利だな。 元の素質が違うわけだし」

 

 

冷静にそう分析している。

実力は、一朝一夕に変わるものではない。凄まじい才能を持つ相手ならば一度敗北してもすぐに応用してリベンジを果たすという実例は存在する。

だが一子は元の才能が薄い。応用が利くがどうか、怪しいのだ。

 

 

「ただ……精神は……心は、勇気は。 一子の方が圧倒的上」

 

 

釈迦堂は確信していた。精神面では、間違いなく一子が勝ると。

その瞬間、彼にはこの戦いの行く末が見えた。

彼女の自信に満ちたその顔が、何よりの証拠だ。それは斑目風牙にとったは気に入らなかった。

 

 

「……ンだその目は。 俺様に勝てるって目だなアア?」

 

「そういうつもりだけど?」

 

 

一子が言い切った。刹那。

 

 

「生意気……抜かしてんじゃねぇぞクソ女ァァァァァ!!!」

 

 

鋭く、速い蹴りが彼女を襲った。

 

 

「きゃぁっ!!」

 

 

咄嗟に獣じみた勘でその一撃を防いだ。

だが威力は相当なもので一子は大きく下がらされてしまう。

 

 

「どの口が言ってんだァ!? その口か!? この口か!? どの口だァ!!?」

 

「うううぅぅぅっ!!」

 

 

一子が必死に薙刀を動かす。

本物と相違ない質量という事は相当の高度を持っているという事。薙刀を的確に動かし、その猛烈なストンピングを捌く。

 

 

「オラオラオラ!! 何とか言ったらどうだ雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚ォ!!」

 

 

連続で踏み付けを行った後に、回し蹴りを繰り出す。

相当な速度で行っているために避けられない。そしてそれだけに破壊力がある。

またも一子は相当引き離された。

元傭兵としてあずみは苦々しくその戦況を見守っている。

 

 

「チッ、さすがにステイシーと李を倒しただけあんな」

 

「まぁあのガキも割りとよくやるな。 けどよ―――――」

 

 

釈迦堂はずっと一子を見ていた。

その彼女は今、しっかりと二本足で立っている。しかも表情、体の動き、呼吸から見てダメージは余り受けていないようだ。

 

 

「一子は全然平気だぜ」

 

「……よく耐え切ったな」

 

「耐え切ったんじゃなくて防いだんだよ。 相手の攻撃の目線が露骨だったからな」

 

 

まるで師匠であるかのような発言だった。

釈迦堂が相手ならば、斑目風牙など1秒でも立っていることを許さないだろう。そしてあの猛攻を、一子と同じように凌いだはず。

彼女は見事にやり遂げていた。

 

 

「!! ワン子……それに奴は……」

 

「あれが斑目風牙でしょうか……」

『っていうか何? 既にバトル漫画でいうクライマックスじゃね?』

 

 

ここでやっと百代と由紀江が駆けつけてきた。

百代は戦いの殺気をかぎつけてやってきたのだろう。彼女達の登場に釈迦堂が喉を鳴らしながら笑う。

 

 

「やっと登場か百代。 それに……剣聖黛十一段の娘さんだっけか」

 

「! 釈迦堂さんも来てたんですか」

 

「ああ。 一子が心配だからよ。 でも俺の杞憂だったわ」

 

 

そう言って釈迦堂が指を差す。

指先には薙刀をしっかりと構える一子の姿がある。見るものに安心感を与える、その堂々とした構えに風牙も少々冷静さを取り戻す。

 

 

「……ほぉ~ぉ? 頑丈さだけは一人前ってかぁ?」

 

「ええ。 これでも努力は怠ってこなかったわ」

 

「それでどーにかなるとでも思ってんのか? なるわけねーだろバァァァァカ!!」

 

 

また高速の蹴りが襲い掛かる。

彼の速度は素直に百代と由紀江も「速い」と認識した。達人の域に達している彼女達ですらそう感想付けてしまうほどの蹴りを。

 

 

「たぁっ!」

 

 

一子は冷静に薙刀でいなす。

また打ち込まれる蹴りを、今度は何とか受け流した。

 

 

「ど…うしたどうしたァ!? 大口叩いてぇ……防戦一方かよォ!? ハァハァ…」

 

 

先程から一子は攻撃は愚か反撃に持ち込もうとしてすらいない。

攻撃を耐え、防ぎ、受け流しているだけ。まさに防戦一方だ。

風牙にとってはチャンスであることのこの上なく、一気に勝負をつけるべく蹴りの嵐を打ち込んでいく。

 

 

「せいっ!」

 

「……はぁ……はぁ………しつけぇんだよッ!!」

 

 

一子はそれを地道に捌いていく。

途中足が薙刀の防御をすり抜け、掠めたり足等に当たってしまうことはあった。

それでも一子は倒れない。

 

 

「……ぜぇ……ぜぇ…こ………のぉ!!」

 

 

いよいよ息も乱れてきた風牙。

凄まじいハイキックを繰り出す。が、ここで疲労が仇となったのかスピードが少し衰えている。

見切った一子は一歩足を引いてそれを避け、薙刀を振るった。

 

 

「はっ!」

 

「っとぉ!?」

 

 

それは風牙の頬を掠めた。

レプリカとは言え威力十分のそれは顔に赤い筋を残す。避けたとはいえ、風牙は何が起こったのか理解できないでいる。

傭兵としてさまざまな相手と戦ってきたあずみも感心で目を細める。

 

 

「当てた………あのスピードで……」

 

「ったりめーだ。 一子は基本に忠実だからな」

 

 

しかし対する釈迦堂刑部はさも当然のように言う。

 

 

「風牙とか言ったか? 奴は確かに元の素質は凄まじいが技の精密さに欠ける。 技の開発とか練習を一切していねぇって動きだ」

 

 

刑部の分析に百代と由紀江も頷いた。

彼の言うとおり風牙の技は威力こそ膨大ではあるが、どれも荒削りな面が見られた。やる事はといえば蹴ったり踏みつけたりするだけ。

 

 

「それに比べ一子は基本に忠実な分、相手への対処が早い」

 

「ですね。 ワン子は常日頃から基礎訓練は欠かしていませんから」

 

「努力の成果ですね」

 

 

川神一子は常に長時間のロードワークを欠かしていなかった。

更に時間があればトレーニングを行い、川神院ではルーの教えに従い技の基礎を日課として行っている。

彼女の日頃の成果が今、出てきたのだ。

 

 

「ついでに言わせれば特訓とかしていない分風牙の基礎体力が出来ていねぇ」

 

「そして川神一子は日頃のトレーニングのおかげで体力が膨大……なるほどな」

 

 

あずみも納得した。元とは言え川神院師範代の意見は九鬼家従者部隊の一人としてでも教訓になるものだった。

努力と才能。その戦いは今、形勢が逆転しつつあった。

自身の息の乱れを感じながら、風牙は呼吸を整えようとする。

 

 

(ど……なったんだぁこの女ァ……さっきから攻撃当ててんのに息が乱れねぇ!)

 

 

確かに攻撃の大部分は防がれているが数発は足や腕、そしてボディに当てているはず。

威力だけならばそれこそ“壁を越えた者”として数えられる風牙の足。

川神一子はそれを受けているにも拘らず、しっかりと立ち上がっている。

 

 

「おぉー。 精神面も一子が圧倒的優位……いいゲームメイクだ」

 

「……あの表情、構え。 一切“恐れ”を抱いていない……どんな指導したんです?」

 

 

百代が武道家として、姉として気になったようだ。

ほんの二時間ほど前まで泣きじゃくっていたあの一子が、立ち直り以上のものとなっている。

師匠であった釈迦堂に尋ねるが、彼は笑い声を上げるだけ。

 

 

「なーに大それたことはしてねぇよ。 強いて言うなら……“勇気”だな」

 

「……なるほど。 さすが釈迦堂さん」

 

「褒めても豚丼奢らねぇぞ」

 

「ケチー」

 

 

この激戦を目にしても、そんな和むようなやり取りが出来ていた。

それだけ今の一子は見るものに自信を与える。

一方の風牙はふと振り返ると自分が振りに立たされていることに気づく。

 

 

(マジで……何なんだよ!? ちぃと前まで俺に蹂躙されてた小娘が……)

 

 

ほんの数時間前まで状況は圧倒的だった。風牙が相手を踏みにじっている。

気持ちよかった、心地よかった、爽快感だった。

―――――どうしたことか、今それを味わえないでいる。

 

 

「俺は……俺はァ!! 選ばれし“目”なんだよォォォオオオ!!!」

 

「っ!?」

 

 

激昂した風牙が一瞬にして一子に肉薄する。

一子も目で追うのがやっとだったほどだ。そして風牙は怒涛の蹴りを繰り出していく。

強烈な威力を持った足技が、まるで横殴りの雨のように。

 

 

「ううううううぅぅぅぅ!!」

 

「ギャハハハハハ!! また同じようにぶっ殺してやる……ぜッ!!」

 

 

連続攻撃の後に強烈なサマーソルトで打ち上げる。

痛烈なその一撃に空中に打ち上げられてしまう。

これはあの時、始めた戦った時に繰り出した必殺技。相手を中に浮かせると同時に自身もその化け物染みた脚力で追いつくように飛翔する。

 

 

「あ、でも死んだのあのガキだったか。 ブヒャヒャヒャヒャ!!」

 

「ーッ!!」

 

 

一子と同じ高度まで跳んだ風牙がそう笑う。

それは一子にとって何よりも許しがたいことだった。唇を噛むが、既に相手は膝を向けている。

 

 

 

 

 

「龍牙天槌!!! 死ねぇぇぇえええええええ!!!」

 

 

 

 

 

猛烈な勢いで膝蹴りを行う。

この高度で、あの勢いで、あのパワーで。地面まで叩きつけられれば命はない。

それはこの場で見ている全員がそう感じ取っていた。直撃を受ければ釈迦堂や由紀江ですら後遺症が残ってしまう。

 

 

(……逃げない)

 

 

そんな攻撃を目の当たりにして、一子は目を逸らさなかった。

何も怯えていない。

 

 

(だって、アタシの最大の才能は………)

 

 

 

目の前に迫ってくる死の鉄槌。

多くの人物が逃げろと叫ぶ。忠勝が、英雄が、―――――大和が。

もう一子の耳にはそれすら入っていない。集中している。

 

 

 

 

 

「勇気の………勇往邁進の! “勇”なんだからぁッ!!」

 

 

 

 

 

最後の最後、その一瞬まで一子は目を逸らさなかった。

そして死の鉄槌がまさに直撃する瞬間。一子は身体を無理矢理逸らしそれを避けた。

更には彼の背後を取り、風牙の四肢を腕や足で極める。

 

 

「何ィィィィイイイイッ!?」

 

「ぶっつけ本番だけど………川神流奥義!!」

 

 

体勢を崩された上、体の自由を奪われている風牙はもう動くことも出来ない。

否、本来なら間接云々の前に持ち前の脚力で吹き飛ばすことが出来たはず。

だが度重なる疲労、何より一子の「執念」が風牙を離さなかった。

猛烈な勢いを乗せた膝蹴りが仇となり、凄まじい速度で地表まで落下していく。

 

 

「や……やめろ!! やめろやめろやめろぉぉおおおおおおお!!!」

 

 

地表が近づくに釣れ風牙の顔が恐怖で歪む。

しかしいかに暴れようが一子の関節技から逃れられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様直伝!! 飯綱落としぃいいいいいいいいいいい!!!」

 

「ヒ………ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

強烈な一撃が、決まった。

斑目風牙は、川神一子に自由を奪われた挙句地表に落とされた。

その威力は間違いなく、この葵紋病院の近辺を揺らした。まるで爆発したかのように砂埃が舞い上がり、震動を恐れた小鳥達が飛ぶ。

 

 

「や………った………」

 

 

次の瞬間、土煙の爆風を突き破って一子が放り出された。

飯綱落としの衝撃の反動で打ち上がってしまったらしい。

幸い、体格の違いが功を奏して衝突のダメージ自体は一子にはない。が、あのまま地面に叩きつけられれば同じだ。

 

 

「っと!! 大丈夫かワン子!!」

 

「お姉……様………?」

 

 

あわや叩き付けられそうになる妹を助けるのは、姉の役目。

川神百代が、優しく一子を抱きとめた。

全力を出し切った一子は弱々しい声で姉の声を呟いた。

 

 

「見たぞ。 ……凄かったな」

 

「ああ。 大したもんだあの土壇場で飯綱をするとか……半端ねー度胸」

 

「釈迦……堂さん……も来てくれ……たんです…ね」

 

「そりゃあんだけ言って最後まで見ねぇってのは無責任にも程があるからな」

 

 

一子が心配になったらしい、弾かれたように釈迦堂も駆け寄ってきた。

壁を越えた者がこれだけいるのに気付かないほど、一子は相手に集中していたのだ。

彼に続いて由紀江も近寄ってくる。

 

 

「お見事でした一子さん!」

『ホントマジぱねーわ。 あんな避け方して飯綱とか某シャッキーも取り入れるぜ』

 

 

壁を越えた者―――――それは達人を超えた強さの持ち主。

そんな人物から惜しみなく贈られる賞賛の声。一子は心が満たされるようだった。

 

 

「……って……ことは………風牙は………」

 

「見てみろよ」

 

 

釈迦堂が指を差した先。

土煙が晴れて行くその先には天を仰ぐ斑目風牙が転がっていた。

地面には相当な亀裂が何本も走っている。

 

 

 

「お前の勝ちだ………川神一子」

 

 

 

百代が、“武道家”として褒め称えた。

姉に追いつきたい、姉の助けになりたい、姉に認められたい。

我武者羅に頑張り続けてきた一子の目から、その一言が涙を溢れさせることになった。

 

 

「一子!! ……よくやったな」

 

「お見事でした一子殿ぉ!!」

 

「タッちゃん………九鬼クン………」

 

 

すぐさま病院内から仲間達が駆けつけてくる。

その中でも真っ先に駆けつけたのがこの二人。どちらも一子の勝利を称えている。

 

 

「ああ。 借り、返せたじゃねぇか!!」

 

「良かったねワン子!」

 

「ホントにハラハラしたけど………ワン子が無事でよかった」

 

「斑目風牙も倒せたしな! 一件落着だ!」

 

 

無論、風間ファミリーの面々も。

賞賛するもの、無事を安堵するもの、風牙打倒を喜ぶもの。

皆反応はそれぞれだが、どれも一子にとって嬉しいものだった。彼らの背後にとある影が見える。

葵冬馬と榊原小雪のペア、そして。

 

 

「キャップ………それに……大和!!」

 

 

いつもの赤いバンダナがトレードマークの風間翔一。彼の肩を借りるのは――――一子にとって最も大切な人、直江大和だった。

身体中に巻かれた包帯の後が痛々しいが、彼は笑顔で彼女を迎えてくれる。

 

 

「よくやったな。 最高だったぜワン子!」

 

「あ……あ…………」

 

 

彼を顔を見るなり、先程までの疲労が一瞬にして飛んでいった。

色んな感情が、彼女の中で爆発する。

一子は姉の胸の中を離れると彼に飛びついていった。

 

 

 

 

 

「大和ぉおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 

 

 

思い切り、大和の胸の中に飛び込んでいった。

泣きじゃくりながら。様々な言葉を吐かれながら。大和は怪我の痛みを堪えつつも一子のその全てを受け止め、彼女の頭を優しく撫でた。

 

 

「大和………やまとぉぉぉぉ……」

 

「ワン子。 お前はやっぱり凄いよ」

 

 

一子の辛さを、大和は知っている。

だからこそ彼は彼女の頭を撫で続けた。一子も、自分の全てを受け止めてくれるこの人(やまと)の胸が、何より愛しかった。

次に彼に見せた顔は――――飛び切りの笑顔だった。

 

 

(……そっか……やっぱり、直江に惚れてたのか。 一子……)

 

(大和の胸の中で幸せそう、か……一子殿……良かったですな……)

 

 

その顔を見て、各四人に至った二人がいる。源忠勝と、九鬼英雄。

彼女に実は惚れていたこの二人であったが、彼女の笑顔を見ると、悔しいどころか寧ろ清々しい気分になっていた。

静かに目を伏せ、微笑を零す。

 

 

(おう……九鬼に……それにゲンまで………)

 

(英雄……内心辛いはずなのに……立派ですよ。 友人として……誇らしく思います)

 

(ゲンさん……そっか、ワン子の好きだったんだね……)

 

 

岳人に冬馬、そして卓也も彼らの気持ちを察した。

出来ることなら、後で川神水を傍らに愚痴を聞いてやろうと決心する。

 

 

「……おい一子。 エンディング気分で悪いけどよ」

 

「はい……?」

 

 

いよいよ一頻り泣いてきた一子の涙も終わった。

元気を取り戻した一子の前に釈迦堂が立つ。その姿は頼れる師匠そのものだった。

あの野獣とまで称されたこの男がこんな顔をするのか、と百代は感心する。

 

 

「元の才能が違った……それでもお前は勝った! どうしてか、分かるか?」

 

「はい! それは……勇気があったからです!!」

 

 

自信満々で、一子は答えた。

攻撃を寸前のところでいなすあの技術も、飛び膝蹴りをギリギリまで引き付けるあの行為も、そして最後の飯綱落としも。

度胸が―――――“勇気”がなければ成し得なかった。

 

 

「一歩間違えば攻撃を食らうし、飯綱だって下手すりゃ自爆技だ。 でもお前は出来た。 お前の“勇気”が、それを可能にしたんだ」

 

「はい! 誇ってもいい………私の“才能”です!」

 

 

一子の精一杯の笑顔に、釈迦堂も晴れやかになる。

 

 

「そうだ……もう大丈夫だな」

 

「ご指導ありがとうございました! 師範代ッ!」

 

「もう師範代じゃねぇっての! 分かってて言ってるだろお前」

 

 

釈迦堂の突っ込みに一同が笑う。

と、同時に釈迦堂が何故か手首を回し始めた。まるでアップしているかのように。

 

 

「さて……ご褒美といっちゃ何だがちょいとタメになる独り言でもするか、な」

 

 

ギロリ、と釈迦堂が振り返る。

視線のその先にはなんと、斑目風牙がひっそりと逃亡しようとしている姿があった。

あの飯綱落としの威力は誰もが認めるところ。彼はそれを耐え切ったのだ。

 

 

「ひッ……!」

 

「俺はもう師範代じゃねぇから教えられねぇ……だからこの呟き、勝手に拾え」

 

 

どうやら斑目風牙相手に指導をするつもりらしい。

尤もらしい理由をつけて。

一方の風牙はもう戦意喪失しているらしい、怯えた声を出す。さすがにやり過ぎ、とも一瞬思ったが相手も非道な人物。

外道相手に相応しい処置と、誰もが見逃した。

 

 

「ち………畜生がああぁぁぁああああああ!!!」

 

「まず戦いで絶対有利になる条件―――それは相手の“武器”を封じること、だッ!」

 

 

自暴自棄気味に風牙が凄まじい勢いで踵落としを仕掛ける。

火事場の馬鹿力とでも言うべきだろうか、彼のスピードは今までの比ではなかった。一子であれば食らっていたであろうそれを、釈迦堂はあっさり避ける。

繰り出された踵は空を切り、地面に突き刺さる。刑部は自らの足を、そこに乗せ動きを封じた。

 

 

「え………」

 

「そして相手が見せた一瞬の隙に……ラッシュを叩き込む! 顔面を狙うと吉」

 

 

あっさりと避けられてしまったその一撃に風牙が呆けた。

一瞬を見逃すことなく、釈迦堂が拳を四連続、顔面に打ち込む。それを3セット。

強烈な威力を持つそれが連続で打ち込まれ、風牙の顔はあっという間に整形される。当然グロッキーになった。

 

 

「あが……が……ぎゃ………」

 

「顔を狙うと相手は脳震盪を起こすからな~。 んで……ここで決め手を放つ!!」

 

 

釈迦堂はよろめく相手を前に、掌を差し向けた。

掌を渦巻かせ、自らの“気”を輪のように描く。

 

 

 

 

「一子を泣かせた礼だ……行けよリングッッ!!」

 

「ぐぱあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

気をチャクラム状にして放つ、釈迦堂を代表する必殺技の一つ「リング」。

それを零距離で当てた。

必殺の一撃が彼を吹き飛ばし、病院の敷地を越えていった。しばらくして向こう側で水柱が吹き上がる。どうやら多馬川まで吹っ飛んでいったらしい。

 

 

「……以上。 独り言終わり~」

 

「……はい! ありがとうございましたッ!」

 

「おう。 んじゃまた梅屋に来てくれよ。 そこの兄ちゃん達も一緒に、な」

 

 

語りつくしたらしい、釈迦堂は背を向け歩き出した。

一子の声に、彼は振り返ることなく、しかし手を挙げて返す。

こうして、この“通り魔事件”は激しい結末を迎えて終結した。これは余談になるが斑目風牙は多馬川から引き上げられ、後に逮捕されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも良かったわ~。 大和が元気になって」

 

「さすが九鬼だな……数ヶ月入院生活になるかもって覚悟してたのに」

 

 

その夜、大和の回復が早かったという事で一子が遅くまで彼の傍にいた。

面会謝絶も考えられたのだが、大和自身がしたいということもあって特別許可を得られたのだ。

幸い九鬼の完全なサポートがあるため、彼の身体は軽かった。

 

 

「ホントだよ。 大和もワン子のためとは言え無茶するんだから」

 

「悪かったな京」

 

 

傍には京もいる。

他のメンバーは既に帰ってしまったが、大和一筋である彼女は彼の傍から離れたくなかったらしい。

 

 

「でも九鬼クンが言うには後数日で退院できるって!」

 

「らしいね。 しかも医療費要らないっていうんだから太っ腹だよね」

 

 

一子や京も、英雄の豪快さと漢らしさに感謝していた。

彼の性格がなければ恐らくその後極貧生活が続いていたであろう。否、下手すればずっと植物状態だったかもしれない。

それを思うと大和も青ざめてしまう。

 

 

「そういやワン子の試験が数年後に先延ばしとか……姉さん、どういう心境の変化だろ」

 

「モモ先輩が言うには『数年後どう伸びているかの方が楽しみになった』とか」

 

 

仲間達が帰る前、百代はそんな事を告げた。事態が沈静化すれば再試験と言っていたはずだが、どうやら今日の戦いを見て考えを改めたらしい。

数年後には違う結果になるかもしれないと、川神院総代である鉄心も了解したようだ。

とここでドアがノックされる。

 

 

『俺だ。 直江、いいか?』

 

「ゲンさん? どうぞ」

 

 

忠勝の声だった。

許可を出すと彼は何かの瓶が入った袋を持っている。そして右手は痛々しく包帯が巻かれていた。

風牙が打ち出した石を、その手で殴ったからである。

 

 

「おい椎名、一子。 悪いが直江を今晩借りるぞ」

 

「まさか……病院プレイッ!?」

 

「違ぇよ! っていうか何でお前はご馳走を眼にしたかのような顔になってんだ!」

 

 

椎名京、何気にBLが大好物でもあった。

 

 

「ゲンさんに懐く大和……そしてそれを受け入れるゲンさん……あぁんっ!」

 

「ダメだ腐ってやがる……早過ぎたんだ……」

 

 

彼女のこういった部分にはそろそろ忠勝も諦めてしまったらしい。

諦めたら試合終了である気もするが。

 

 

「とにかく直江と真面目な話がしてぇんだ。 頼む」

 

「……まぁ、タッちゃんなら無茶はしないしアタシはいいけど」

 

「大和はどうなの? 一晩彼に付き合える?」

 

「全然問題なし。 俺もゲンさんに言いたいことあったし」

 

 

彼の性格や優しさを知り尽くしている一子は簡単に許容する。

京の場合は大和さえ良ければ、という結論に至る。当の本人も全く問題ない、とOKした。

 

 

「ありがとよ。 んじゃ一子と椎名は帰ってくれ」

 

「うん……分かった。 じゃ、大和お休み! 明日も来るね!」

 

「結果……楽しみにしてる。 クク」

 

 

京の去り際の台詞は恐ろしい物を感じた。

とにかく二人が帰ってしまい、この病室は誰もいなくなる。夜の病院はとても静かなものだ。

忠勝はベッドの傍に置かれてあった椅子に座ると袋の中身を取り出した。

 

 

「悪いな直江。 疲れているトコに」

 

「いいってば。 それよりこれは……酒? いや川神水?」

 

「ああ。 これからする話、シラフじゃとても言えなくてよ」

 

 

どうやら彼にとって赤裸々な話になるとでも言うのか。

それをどうにかするために酔いの力を借りた意と言うことらしい。たださすがに普通のアルコールでは怪我人である大和には毒。

だからこそノンアルコールである川神水を頼ったらしい。

 

 

「酒盛りってワケだね。 いいよ」

 

「おう。 ……飲め」

 

 

用意がいい忠勝は当然、杯も忘れていない。

杯にこぼれないように川神水を注ぎ、大和に手渡す。受け取った大和は一気にそれを飲み干した。

 

 

「豪快だな。 幾ら水とは言え酔いが来るのによ」

 

「シラフじゃとても言えないんでしょ? だったら俺も付き合わないと」

 

「そうだな」

 

 

続けて忠勝も自ら杯に川神水を注いだ後、ごくりと飲んだ。

彼も負けず劣らずの飲みっぷりだ。

そうこうしていよいよ口にした数が二桁に届くであろうというところで、忠勝がいよいよ口を開いた。

 

 

「……直江。 俺が言うのも図々しいっつかー間違いなんだけどよ」

 

 

そう前置きした上で、忠勝は口を開いた。

 

 

 

 

 

「一子が、お前に惚れているようだ」

 

 

 

 

 

そんな事を言ってきた。

大和は目をさすがにパチクリさせてしまう。確かにこれはシラフではとても言えない。

酔いが回っているにしても、相当覚悟のいる台詞ではあるが。

 

 

「みたいだね」

 

「知ってたのか」

 

「俺(ニブ)チンじゃないし」

 

 

一方の大和は、彼女からの好意を知っていた。

無論京のみならず、他の女性陣からもひしひしと伝わってくるそれを。他人の気持ちを汲み取ることが得意な大和らしいとも言える。

 

 

「そうか……で、一子から告白されたら……お前、それを受けるのか?」

 

「受けないよ」

 

 

少々戸惑いながらも、忠勝は口にした。

本音にも近いそれを大和にぶつけるのには抵抗があったのだろう。当然ともいえる。

だが当の大和はそれを否定して見せた。

 

 

「何故だ」

 

「俺自身が、まだワン子を……一子を“好き”ってワケじゃないから」

 

 

忠勝は理由を尋ねる。

受け入れるのか、と思っていたらしく意外そうな声色で。けれども大和は理由を述べた。更に彼は続ける。

 

 

「俺自身その気がないのに気軽に付き合っちゃ、いずれ一子をダメにしてしまうかもしれない。 付き合うって事は……相手の一生を預かることだから」

 

 

それは大和が京の告白を受け入れない理由と同じだった。

付き合うこと、それは相手と時間を共にすること。結局分かれてしまうことになれば相手の時間を浪費させるどころか、悲しみしか残らなくなってしまう。

一子の“友達”として、大和は己自身を戒めていた。

 

 

「………そっか。 その答えが聞ければ十分だ」

 

「え?」

 

「半端な答えを返すようなら殴るところだった」

 

 

忠勝の言葉は本気であった。

それは声色と態度と、そして目線がそれを語る。けども次の瞬間には和らいでいた。

大和は悟る。一子関連の話題になると、忠勝が必死になるその理由を。

 

 

「ゲンさん、もしかして………」

 

「ああ……俺は……一子が好きだった。 昔から、ずっとな」

 

 

ようやく大和は、彼の本音を聞くことが出来た。

ずっと彼女を気にかけていた理由を、この耳で。

 

 

「最初こそはウザかったが……段々一緒にいないと落ち着いてこなくてよ」

 

「分かるよ。 ワン子の魅力、って奴だね」

 

「それに……あいつの笑顔を見ると、嫌な気分も吹き飛んじまうんだ」

 

「凄いよね……まさにワン子パワー恐るべし」

 

 

大和も彼の言い分は良く分かる。

彼女と昔からずっと一緒にいたからこそ、彼女の魅力を理解できる。彼自身、彼女のその力にどれだけ救われてきたことか。

武道とは関係ないが、彼女のその力も間違いない“才能”だろう。

 

 

「だから……一子がお前に惚れているって知った時、心配になったんだ」

 

「ゲンさん……」

 

「………悪ぃな。 勝手に嫉妬した上に八つ当たりみたいになっちまって」

 

「いや、ゲンさんの立場なら無理も無いよ」

 

 

忠勝が本気で頭を下げた。

彼のこの行動自体が珍しい。本気で一子を心配し、そして大和に迷惑を書けたことをわびているのが直に伝わってくる。

大和は寧ろその行動が嬉しく思い、でもいつまでも頭は下げさせないとやめさせる。

 

 

「やっぱ……お前は一子のことをよく考えてくれるな」

 

「そんな。 ゲンさんだって……」

 

「いいや。 俺は……肝心な時に傍にいなかった。 いたのは……お前だ」

 

 

自嘲するかのように忠勝は川神水をまた一口。

まるで敗北を認めたかのような、そんな口ぶりだった。

 

 

「直江……俺が言えた台詞じゃねーけどよ。 ありがとな、一子の件」

 

 

今度は本気の感謝を述べてきた。

まさに体で示すとはこのことだろう。彼の熱さが、大和にも伝わってくる。

 

 

「お礼を言うのは俺の方だよ。 ありがとうゲンさん」

 

「何のことだ。 俺は何も―――――」

 

「してくれたじゃない。 その手が証拠だよ」

 

 

大和が指を差したその先。

何十にも巻かれた包帯。それを覆っている、忠勝の右手だった。

診察したところ亀裂が入っているらしく、このような処置をされたのだ。こちらも大和の退院とほぼ同時期に包帯が取れるという事らしい。

 

 

「石を直々に叩き落すとか、普通は出来ないよ。 ……ありがとう」

 

「……どう、いたしまして」

 

 

この場でつれなくすることは出来ない。

素直に忠勝も返した。と同時に大和が口を開く。

 

 

「ところでゲンさん、一つ聞いてもいい?」

 

「おう。 何でも聞いてくれ」

 

「その石を叩き落してくれたのはどうして? 凄く痛いじゃない」

 

 

大和が凄く真剣な表情をしている。

生半可な答えを返すことは出来ない。忠勝は目を伏せ、少し考えた後にこういった。

 

 

「……後から探しゃ“ケーキが余って困る”だの、“一子が悲しむ”とか色々出て来るんだがよ」

 

 

後から、という事はそれ以前の理由があること。

大和は何よりもそこが聞きたかった。

彼が固唾を呑んだ後に、忠勝は大和が望んでいるその言葉の先を放った。

 

 

 

 

 

「…………正直分かんねぇ。 体が勝手に動いていた」

 

 

 

 

刹那、大和は満足した表情になる。

それこそ、彼が求めていた答えに他ならない。

 

 

「ねぇゲンさん。 知ってる? 俺の“友達”の定義」

 

「どうした突然……確か一子が薄っすら言ってたような……悪い、思い出せねぇ」

 

「それはね、“身を挺してでも守り守られあう仲”だよ」

 

 

それを聞かされて、忠勝はなるほどと納得した。

友達。それを聞かされれば色々な形があるだろう。メル友、飲み友達、中には利用しされる関係。様々な形があるだろうが、最も納得できるものだった。

同時に大和が本当に仲間第一であることを理解できる台詞でもある。

 

 

「ゲンさんはさ、何も考えずに、自分の拳が割れるのを承知で守ってくれた。 そしてワン子のことをこれだけ心配している上に、こうやって“対等”に酒盛りしてる」

 

 

大和の言葉を、ただ静かに聞いていた。

彼の顔には否定の素振りなどない。寧ろ舌を巻かされたような、納得して受けいれているような。

そんな穏やかな顔つきだった。

 

 

 

 

 

「俺らってさ……俺から言わせればもう……“友達”、だよ」

 

「…………ああ。 そうだな」

 

 

 

 

 

まるで観念したかのように、忠勝も頷いた。

心のどこか感じていたことだったのだろうか。だとすれば、彼今自分自身に素直になった事になる。

こんなに嬉しいことはないと、大和は杯を飲み干した後にそれを置き、手を伸ばした。

忠勝も川神水を飲んだ後、彼が伸ばした手を自らの手で固く結ぶ。

 

 

「これから………友達としてよろしく。 ゲンさん」

 

「ああ。 ……ったく、失恋したってのにダチ得るとか、数奇すぎるにも程があるな」

 

 

元は愚痴を零しに着たようなものなのに結果友人を得ることになろうとは。

忠勝も呆れたような笑顔を向けた。

 

 

「よっしゃー! ゲンさんがデレたー! 記念に一枚写メ!!」

 

「別にデレてねーよ! つーか撮るんじゃねぇ!」

 

「もう遅いキャップ達に送信したよん」

 

「お前なんて事を!!」

 

 

酒盛りはいよいよ賑やかになってきた。

その時の忠勝の顔は―――――怒りでも、ましてや悲しみでもない。喜びに近い、穏やかな顔をしていた。

結局その後、夜回りに来た冬馬や小雪に見つかり、叱られたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――数日後。

今日は金曜日。彼らにとって待ちに待ったイベントが、この秘密基地となった廃ビルで行われる。

無論金曜集会もそうである。が、これはそれを兼ねた特大イベント。

それを取り仕切るのは彼らのリーダー、翔一だった。

 

 

「さぁ皆! 今日は待ちに待ったあの日だぜ!!」

 

「「「イエーイ!!」」」

 

 

やたら翔一のテンションが高い。

負けじと仲間達のテンションも高まっていく。今、この基地はまるでライブ会場と変わりなかった。

 

 

「さぁ行くぜ今回のメインイベントの一つ!」

 

 

一斉に仲間達が何かを取り出す。

それはパーティー用のクラッカー。それを示すかのようにテーブルの上には豪華な料理の数々が並べられている。

そして翔一の掛け声と共に、彼が姿を現した。

 

 

「やぁ皆。 改めて心配かけてゴメン、そしてありがとう」

 

 

頼れる軍師、直江大和だった。

その身体にはもう痛々しく縛っていたあの包帯はどこにもない。まさに完全復活だった。

 

 

「我らが軍師!! 直江大和の復活だぜーっ!!!」

 

「「「大和、退院おめでとうーっ!!」」」

 

 

彼が入ってくると同時に一斉にクラッカーが鳴り響いた。

祝福を告げるテープや紙吹雪が大量に舞う。

風間ファミリーは誕生日や何かの記念日の際にはこうして派手に祝ってくれるのが常だった。

 

 

「さぁ前座はここまで!! 本日二つ目にして最大のメインイベント!!」

 

「俺前座かよ!」

 

 

大和のツッコミにも応じず再びクラッカーを準備する一同。

かく言う大和も席に着き、同じくクラッカーを向けていた。

再び開けられる扉、その向こうには新入りとなる彼がいる。誰もが待ち望んだ、彼の名は。

 

 

 

 

「源忠勝!! 我ら風間ファミリー入りだぜぇい!!!」

 

「「「「「イエェェェエエエエイ!!!」」」」」

 

「………お、おう。 よろしくな」

 

 

 

 

派手に祝われるとは思ってもいなかったらしい。

誕生日やクリスマスでもお目にかかれない紙吹雪の量を目の当たりにした。

 

 

「いやーゲンがファミリー入りするとはな。 俺様も素直に歓迎だぜ」

 

「ガクトは分かるがモロもあっさり了承するのは驚いたな」

 

「まぁ、ゲンさんなら分かるしそれに余り閉鎖的過ぎるのは良くないと思ってさ」

 

「ほうほう。 演劇部に入ったいい影響が出たかな」

 

 

翔一は勿論、男の友情に厚い岳人や少々閉鎖的意見を見せる卓也も、新入りの登場を素直に喜んでいる。

それだけ忠勝の人望が厚いという事だろう。

改めて大和は自らが落とした人物の凄さを噛み締める。

 

 

「源殿はすごーくいい人だしな!」

 

「そうだね。 誰かさんみたいに『こんなビルは取り壊すべきだ』とか言わないだろうし」

 

「あうぅっ……も、もう反省しているさ……」

 

 

常日頃ケーキを貰ったり世話して貰っているクリスも忠勝を歓迎している。

直後の京の発言には思わず胸を抉られそうになったが。最早あの日の思い出はトラウマレベルとなっている。

さて置き、京も忠勝が仲間になることに否定どころか肯定の意を見せている。

 

 

「源さん、頼りになりますしね!」

『まゆっちの第二の故郷やで』

 

「時々僕のボディも磨いてくれるしね」

 

「おいおい、モテモテじゃないかゲン」

 

 

由紀江やクッキーも彼の優しさを理解しているからこそ喜んでいた。

余りの人気ぶりに百代も微笑まずにはいられない。

大和と翔一は元々忠勝を風間ファミリーに誘っていた人物であるためいうに及ばず。残るメンバーはといえば、一子ただ一人。

 

 

「アタシ、タッちゃんなら有無を言わさず大歓迎!!」

 

「有無は言うべきだと思うが……ありがとよ一子」

 

 

まるで子犬のように尻尾を振ってくる一子。

そんな彼女の頭を優しく撫でる。

やはり、今は見守っているだけでも十分だ。忠勝は心からそう思った。

 

 

「ゲンさんも加わった、軍師も復帰した! 俺のファミリーは進化していくぜぇ!!」

 

「誰が『俺の』だコラァー!!」

 

 

翔一のキャップらしい、しかし図々しい発言に百代が拳を振るう。

振るった際の風圧が彼を吹き飛ばした。

 

 

「おい、大丈夫なのかあれ………」

 

「ゲンさんもそのうち慣れるよ」

 

「慣れてるお前らはある意味非道だな……」

 

 

などと言っている忠勝だったが数日後には慣れてしまう運命なのであった。

 

 

「げほげほっ……さ、さぁ! ファミリー入りしたゲンさんには色々プレゼントがあるぜぇ!」

 

「プレゼント?」

 

 

一体どんな贈り物をされるのか、興味があるような怖いような二つの感情に挟まれた。

無茶なものを贈ってこないことを祈るしかない。

クリスの手料理等を振舞われたらもう無理ゲーであるが。

 

 

「俺からはこれ! 犬笛ならぬワン子笛!」

 

「吹けば一子が来るってやつか……犬扱いだけどいいのか」

 

「わんわんっ!」

 

 

すっかり調教済みであることに忠勝は涙を流しそうになった。

 

 

「じゃ俺は件の如く災害対策セット! 親戚の人が煩くてね」

 

「……こいつは凄い充実ぶりだ」

 

 

大和は忠勝に人はこのダンボールを贈った。

中には保存食に燃料、簡易トイレなどがぎっしり詰まった災害対策グッズのダンボール。

忠勝も少しは備えていたが、備えておくに越したことはない。

 

 

「私はファンから貰った手作りケーキだ」

 

「そしてアタシからはキャップのバイト先の店長が焼いてくれたサンマー!」

 

 

姉妹揃って食い物とは何ともシュールであった。しかもサンマが。

とは言え嬉しいことに変わりはないので忠勝は素直に受け取っておくことにした。

 

 

「俺様は男汁が染み込んだプロテイン!」

 

「受け取る気力が失せるわ!」

 

「ったく僕はやめとけっていったのに……僕はペンライトだよ」

 

 

岳人のはさすがに即効でヒくレベルの前向上。それでも受け取る忠勝はやっぱりいい人だった。

対する卓也の贈り物は中々実用的でしかもデザインがいい。

こちらは素直にありがたいプレゼントである。

 

 

「自分はこの特製稲荷寿司だ! 自信作だぞ!(※ 大変危険)」

 

「……そして私はこのデストロイドソースを(※ 最早致死量レベルの辛さ)」

 

「お前ら贈り物と称して俺を暗殺しに着たのか」

 

 

けれどもやはり受け取ってしまう忠勝は物凄くいい人だった。因みに後でこの危険物は宇佐美巨人に贈られたらしいが真偽は定かではなかった。

 

 

「わ、私はこちらをっ!」

『北陸で作られた天然蕎麦だぜー。 まゆっちが病み付きになる美味しさ』

 

「目の前に食いもんあるのに食いもんのプレゼントが多いな。 でもありがとよ」

 

 

こちらは茹でて召し上がるタイプの蕎麦。

自炊等には重宝するという事で忠勝はありがたく頂くことにする。

 

 

「僕はね……じゃじゃーん! ポップコーン!」

 

「いつもと変わんねぇじゃねぇか」

 

「何でそういう事言うんだよ! 味は超豪華なサイケデリックなのに!」

 

「味付けにサイケデリックは求めてねぇ」

 

 

源忠勝、ツッコミ要員としても十分だった。密かに卓也も「これで気苦労が減る」と内心思っていたとかそうでないとか。

全員からプレゼントを受け取り終えた忠勝はさすがに困りながらも、どこか嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

「……改めてありがとよ。 そしてよろしくな」

 

「「「よろしくー!」」」

 

 

 

 

 

今日、この金曜集会。

川神一子にとって頼れる兄貴分が仲間入りし、そして大好きな人が戻ってきた。

彼女にとってこれほど幸せなことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(タッちゃん、お姉様……そして大和。 見ていてね……これからのアタシを)

 

 

 

 

 

 

勇気と決意を胸に、一子は密かにそう誓った。

 

 

 

 

 

続く




実はこの章は一子と釈迦堂さんとゲンさんが主役である。
と欲望をそのまま書き連ねたテンペストです。
今回で一子編は終了になります。といっても彼女中心の長編が終わっただけで短編及び他の話でもスポットを当てる予定です。
無論それは他のキャラも同様なのでご安心を。
今回のお話で「何が何でもゲンさんを仲間に加えるんだッ!」と欲望に走りました。正直ゲンさんとならいい酒飲めそうですよね。ってことで酒盛り。
言うほど酒盛りしたことないんですけどね私。
さて次回、一話か二話くらい閑話を挟んだ後にクリス編になるかと思います。
次回をお楽しみに!! 感想お待ちしています!!!
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