ドイツ軍少尉、マルギッテ・エーベルバッハ。
彼女は今、頭を抱えていた。
と、言うのも尊敬している上官の命令とは言えこれから数日間可愛がっている妹分と、彼女に恋しているらしい男の監視をしなければならない。
服に装備した小型カメラで、全ての映像をリアルタイムでフランクに元に届けるという任務を。
(………しかしこれも任務、そしてお嬢様のため!)
幾ら任務とは言え私生活まで監視するのはさすがに背徳感がある。
だがマルギッテは意を決し、まずはクリスの部屋をノックする。
反応はない。だが今は午前7時。部屋にいないのは可笑しい。開けてみるとそこにはくまのぬいぐるみを抱えたクリスが幸せそうに寝ていた。
「お嬢様起きてください。 朝です」
「………じぶんはホッキョクグマのほごにのりだすのだー……のだー……」
夢の中までクマ尽くしのクリス。やはり起きそうにない。
普段は凛としている彼女だが私生活はすこぶるだらしない。そのためマルギッテやその部下がモーニングコールとして起こしに掛かる。
「お嬢様、失礼!」
マルギッテは鋭い平手打ちを腰の辺りに叩き込む。
鋭い痛みがクリスの身体中を電撃が走ったかのように周り、覚醒を促した。
「はっ!? おはようマルさん」
「おはようございますお嬢様。 お布団は私が片付けますので身嗜みをお整えください」
朝一番で姉の顔を見れたことでクリスは微笑んでしまう。
フランク曰くこの『天使のような笑顔』が原因で彼もマルギッテも結局甘やかしてしまうことになる。
そんな事を知らないクリスはその場で着替え始め、その間マルギッテが布団を仕舞う。
洗顔、歯磨き、髪も整えて食卓に赴く。
「おはようクリスちゃん。 それにマルギッテちゃんも」
「おはよう麗子さん。 気持ちのいい朝だな」
「ま、マルギッテ“ちゃん”はやめてください!」
食卓にはいつもの通り麗子が豪快な挨拶をしてくる。
素直に挨拶するクリスと「ちゃん」付けになれないマルギッテ。対照的な二つの表情に既に食事をしている大和達も面白く感じられる。
「じゃぁマルちゃんがいいかい? 大和ちゃん曰くこの呼び名だと喜ぶらしいからねぇ」
「直江大和ぉぉぉっ!!」
「怒ってる割には嬉しそうな顔をしているじゃないですかマルさん」
「だ・か・ら!! 貴方がその呼び名をするのはやめなさい!!」
朝っぱらから騒がしいこのやり取りにまだ眠気の覚めない翔一と忠勝も覚醒してしまう。
そしてそんな彼女の表情がやっぱり可愛いと大和、ひいては麗子やクリスにも認識されてしまう。
「やれやれ騒がしいこった」
「いーじゃねぇかゲンさん。 平凡な日常よりか面白いじゃねぇか!」
「しょーもない。 ……でもマルギッテの様子、いつもと違うね」
「そうですね。 微妙に、といいますか大和さんに敵意があるような……」
いつもの通り箸を動かしている風間ファミリーの面々。
忠勝と翔一は武人でもなんでもないためさっさと朝ごはんを食べ終えてしまう。
が、弓兵故に眼がいいと豪語する京と達人として相手の様子を読み解くことに優れている由紀江はマルギッテの不穏な気配に気付く。
『あれじゃね? マルも大和坊を狙ってるとか。 EYE HAVE YOU的な』
「OK。 狙撃します」
「椎名落ち着け。 朝一番で流血騒ぎは勘弁だぜ」
忠勝の一言で京が落ち着く。さすがは頼れるストッパーである。
因みに元の原因となった携帯ストラップはこの後お仕置きにあったとかあわなかったとか。
さて騒々しい朝食を終えた一同は準備を済ませ、島津寮を出る。
「うぉーす! って何だぁ、今日はマルギッテも一緒か」
「当然です。 クリスお嬢様いるところに私ありと知りなさい」
「最早監視者のレベルだねそれ」
寮の前では岳人と卓也が既に来ていた。
彼らは近くのコンビニで買ってきた週刊誌の漫画を読みながら時間を潰していたらしい。
傍にはダンベルが相棒と言わんばかりにせっせと持ち上げている一子もいる。
「みんなー! おはよー!!」
「おはようワン子宿題やったよね?」
「うわーん! 爽やかな挨拶と共に残酷な一言突きつけられたー!」
京の言葉に戦慄している。
あの様子ではやっぱり宿題をすっぽかしているようだ。大和はカバンの中から拷問用具を取り出す。
そして翔一特製の小さなルーレットも合わせて。
盤面には「コキジェット」、「お絞り」、「コンクリ」など過激なお仕置き内容が書かれている。
「さて本日のお仕置きターイム。 京さん、ダーツで射抜いてくださーい」
「アイ・サー。 パージェロー、パージェロー………!」
「イヤー!! ミックスでやられるー!!」
「一子お前なぁ……普段からやっておけとあれほど……」
一子が慌てて逃げ込むように忠勝の背中に隠れる。
が、さすがにやっていない彼女を擁護するわけもなく忠勝は前に出す。まさか頼れる兄貴分にも見捨てられると思っていなかった一子はもう涙目だ。
「妹を苛める奴はお前らかぁ―――――!!」
「おはよう姉さん宿題の話だよ」
「でゅわっ!」
空か振ってきたのは百代。しかし大和が「宿題」と口にした瞬間着地の反動を利用して空に消えた。
これにてメンバー全員の登校を確認し、出発する。
余り彼らの登校風景を見ていなかったマルギッテとしては少々驚きが抜けないでいた。
「お、お嬢様。 いつも彼らはあんなやり取りを」
「いつもいつもそうではないが、騒がしいのは確かだ」
そういうクリスも実に楽しそうである。
彼らにとってはこんな騒がしい時間が日常で、そして当たり前のものになっている。
マルギッテはそう認識していた。
☆
登校し終えて、大和達は2-Fの教室に入る。
ついでにマルギッテも授業が始まるまでこの教室に入り、大和達を監視することにした。
入った瞬間、Sクラスの人間という事で露骨な視線を差し向けられたが。
「ねえナオっち。 新しく始まった月9のドラマいいと思わない?」
「そうだね。 主人公がいきなり血まみれになっているのが斬新と言うか」
「でしょでしょ~?」
入るなり千花が同調を求めてきた。
大和も話題性のあるものは抑えておく主義なので彼女の言うドラマは見ていたが、壮絶に話が重く、ドロドロしている。
とは言え頭から否定に入るとあまり快く思われないので言葉を選んでおく。
「直江ちゃん。 おはようございます!」
「おはよう委員長(頭なでなで)」
「ほわぁぁ……ってどうして撫でるんですかー! お姉さんに失礼です!」
「いやごめん。 何か微笑ましくて」
千花と話し終えると今度は真与が挨拶してくる。委員長として挨拶を欠かさない辺りはさすがだ。
でもどこかお姉さんぶっている彼女が可愛らしくて思わず撫でてしまう。
目を細めてしまう真与だったが直後に反論した。
「……お嬢様。 直江大和は色んな女性とコミュニケーションしているようですね」
「ああ。 誰とでも友達になれる、というのはいいことなのだが……胸がモヤモヤする」
マルギッテは尚もクリスと会話しながら大和の監視を続ける。
こういった授業が始まるまでの間だからこそ、本人の素が出やすいというもの。マルギッテはそれを逃すつもりは毛頭なく、しっかりと彼を監視する。
「直江君。 これ、頼まれていたシメ鯖。 川神水に合うよ~」
「ありがとうクマちゃん。 これ代金ね」
真与達との会話を終えると満が何かのパックを渡してくる。
内容から察するにシメ鯖を作ってもらったらしい。彼の作る料理は絶品だと聞くのでマルギッテも密かに興味を持ってしまったのは秘密である。
「大和ぉ~~~宿題写させてぇ~~~!」
「甘えるんじゃありませんっ! (デコピン)」
「グハァ!! でもお願~~~い!!」
「ったく………んじゃ後で俺が課題出すから無理だったら………テーレッテレー♪」
今度は川神一子が泣きついてきた。
今朝、話題になっていた宿題がやはり終わらないらしい。甘やかさない方針を採ろうとしても結局甘やかしてしまう大和。
だが無論ペナルティはキチンと用意してある。またも先程見せたお仕置きルーレットがカバンの中から覗かせる。
「ほれこのノート」
「あ、ありがと~……速く写さなきゃー!」
「何だかんだで甘ぇな直江」
宿題が書き込まれたノートを彼女に渡し、一子は早速机の上でそれを模写し始める。
後ろに座る忠勝からも辛辣な一言を貰うが、全くだと大和は方を竦めてしまう。
そうしていると今度はスグルがトレードマークの眼鏡を持ち上げながら近づいてくる。傍には卓也に育郎までいる。
「おう大和。 SPECIAL FORKE3がリニューアルされたらしいからパーティに加わらないか」
「ああ、あの話題になってたハンゲームね」
「うん。 これがリアルでね、銃のカスタマイズなんかも奥深いんだよ」
「俺はまぁ初心者だが、意外にもハンゲやってる女子とかもいるそうだからな!」
ネトゲ好きのスグルから同盟に誘われた。
噂の大人気ゲームを体験して人脈構成するのもいいかもしれない、と大和は誘いを受けることにした。育郎の場合は女性とのオフ会が目当てなのだろうが。
とにかく同士を集えて上機嫌のスグルはそのまま席に戻る。
「…………」
「どうしたんだマルさん」
「いえ、直江大和の友人関係は広いと感心しておりました」
「大和曰く人脈は力になるらしいからな」
クリスの言葉に納得してしまう。
軍でもあらゆる人物とのコネクションが必要不可欠になってくる場面がある。だから繋がりを持っておくことに関しては異議はない。
だが所詮その程度の付き合いなのでは、と妙に勘繰ってしまう。
「――――と、そろそろ教室に戻ります。 お嬢様」
「ああ、またなマルさん」
そろそろホームルーム、そして授業が始まってしまう。
さすがに席に着かないのはまずいので一旦教室に戻る。授業中の大和は品行方正らしいので特に見る必要はない。
次に彼女が行動を開始するのは次の休み時間になってからだった。
☆
「では大和! 今日も人材の紹介をしてくれ!」
「分かりました紋様。 まず鷲津君を紹介したいと思います」
次の休み時間、大和は九鬼紋白に呼び出された。
彼は度々紋白の趣味であり使命でもある九鬼へのスカウトを手伝っている。顔の広い大和ならではと言えよう。
彼女の傍にはいつもの通りヒュームも控えている。
「鷲津君は実力はあるのに2-Sに入りたがらない人でしてね」
「ほうほう。 そういった人材は面白いものよ!」
傍からマルギッテは観察していた。
紋白の様子から見ても大和に随分と好感度を抱いていることが良く分かる。まるで仲のよい兄妹といったところか。
角を曲がったので彼らについていこうとすると。
「ふん………覗き見とはドイツ軍も赤子のようなことをするものだな」
「っ!」
いつの間にか背後にヒュームが回りこんでいた。
恐らく今、紋白の護衛を勤めているのはクラウディオだろう。だから彼は容赦なくマルギッテに対して殺気を叩き付けている。
九鬼家最強の執事、ヒューム・ヘルシング――――さすがのマルギッテと言えど勝てる道理はなかった。
「……勘違いしないでください。 私は直江大和の監視をしているだけです」
「その時点で赤子だと言っているのだ。 こんなにもバレやすい偵察があるものか」
ヒュームの余裕たっぷりな表情と言葉に固唾を呑むしかない。
しかも彼の視線は襟に取り付けてある小型カメラに目を向けている。
「そのカメラを仕掛けた本人に伝えておこう……九鬼家関係者を覗くのはやめろ。 無論、紋様と関わっている直江大和も、な……」
そういい残すとヒュームはまるで残像を残したかのように消えてしまった。
空気を押しつぶすようなあの威圧感はもうない。気配も感じられない。
マルギッテも肩の力を抜き、呼吸を整える。恐らくカメラを通じてフランクも戦慄したことだろう。
(直江大和……九鬼家ともパイプを持っていましたか……)
世界の財閥、九鬼を敵に回すのはドイツ軍と言えどもまるで小魚が台風に挑むようなもの。
この場は素直に撤退するマルギッテ。だが任務である以上簡単に諦めるわけにはいかない。
一旦教室に戻ろうとすると着物を着た小柄な女性に呼び止められる。
「何じゃマルギッテ。 凄い汗を掻いておるぞ」
「不死川ですか。 いえ、ちょっとヒューム・ヘルシングと会話しただけです」
「あー、あの威圧感は凄まじいからな」
不死川心だった。何かにつけて他人を見下したがる彼女だが、さすがにヒュームのことをとやかくは言えないようだ。
その恐ろしさは英雄やあずみを通して知らされているからだ。
「そうじゃそうじゃ。 先程結果が出たぞ」
「結果……ああ、体育祭の組み合わせですか。 今回はどうなったのです?」
「ヒュホホホ。 あの下賎な2-Fとじゃ!」
つい先日テストが終了し、そろそろ体育祭が始まる。
武士の家系が多いこの川神では特に体育祭が盛り上がると評判だ。そして不仲な上に前回のプチ川神大戦でしてやられた雪辱を晴らせると心は大喜びだ。
(体育祭……確か二日後。 ちょうどいい機会かもしれませんね)
体育祭となれば学校生活のルールなどを飛び越えて思う存分能力を発揮できる場。
マルギッテも期待を寄せていた上に、そこでなら直江大和の更なる一面を見ることが出来るやも知れない。
好都合であることに他ならない。
「で、争う種目は何になったのですか? 教えなさい」
「何でも川神サッカーらしいのう」
また聞きなれない単語が飛び出てきた。
サッカーと聞けばメジャーなスポーツとして数えられる。が言葉の頭に「川神」がつけばそこからは全く別物になってくる。
しかしそれ以上詳しいことは心でも分からないため後は当日待ちになる。
「分かりました。 情報提供を感謝します」
「よいよい。 ところでヒューム・ヘルシングと何を話しておったのか?」
「他愛もない世間話だと理解しなさい」
まさか監視していたことを話すわけにもいかない。
適当に濁しておけばそれ以上心が興味を持つことはない。
案の定心はどうでもよさそうな声色を出し席に戻った。
☆
―――――それから時間が過ぎ放課後。
大抵の生徒は部活動などに勤しむ。この川神学園は武士の血を引くものが多いだけあって運動系の部活動が盛んだ。
特に武士道プランで加入した義経、与一の影響で剣道部や弓道部が最も熱いとか。
「~♪」
(……? 直江大和……どこに行くのでしょうか。 彼は確か帰宅部だったはずですが)
大和は基本どこの部活にも所属していないはずだ。
たまに他の部活動の手伝い等をすることはあるらしいが、それに行っているのだろうか。一体何をするのかとさすがに興味を持った。
監視のこともあるのでそのまま悟られないようについていく。
「やっほー。 お、既に来てるねヒゲ先生」
「まぁな。 今度こそ負けねぇぞ直江」
そこは部活動などでも特に使われていない和室。
覗いてみると大和のほかにヒゲ先生こと宇佐美巨人、そして武蔵坊弁慶が寝そべっていた。
巨人の前には将棋盤が置かれている。
(何でしょうかここは……将棋部、にしては部員が少ないような……)
マルギッテの推測どおり、ここは将棋部などではない。将棋は大和と巨人の趣味みたいなものだ。
何より雰囲気がまったりとしている。将棋特有の緊張感は欠片もない。
大和の顔を見るなり弁慶の顔が輝きだす。
「大和ktkr」
「ハイハイ。 今日はクマちゃん特製のシメ鯖ね」
「おー! これは美味そう~。 ありがとね大和~」
弁慶の催促するかのような手つきに答えるように大和はカバンから何か取り出した。
それは今朝、満から受け取ったパック。開けば濃厚な香りと共に綺麗に光るシメ鯖が。
大和はこうして日々酒の肴を弁慶に提供し、甘やかせているのだ。最も弁慶は学生なので川神水を片手にしているが。
「おうおう。 相変わらず餌付けが露骨なこと」
「いいじゃない。 本人喜んでるんだし、それに……」
会話しながら巨人は将棋の駒を動かす。
中々鋭い一手だったが、大和は対抗するように彼の裏をかいた一手を指す。
指した後に傍で寝転がる弁慶の頭を撫でる。
「美味い~! 幸せ夢見心地だにゃ~………」
「こんな顔見せられたらそりゃね、こっちとしても嬉しいしさ」
熊飼満特製のシメ鯖を肴に川神水をキュッと飲む。
今の弁慶は幸せ有頂天だった。
そのままぐーすかと寝てしまう。何とも微笑ましい生き物だと大和は頭を優しく撫で続ける。
撫でることに関しては一子で既に訓練済みだった。
「だな。 だらけ部だからこそなせる業だな」
「うん。 はい王手飛車取り」
「え゛? ………あの、それちょっと待ってくんない?」
「借り1。 あざーす」
その後も、大和と巨人は日が傾くまでだらだらと将棋を指し続ける。
これが大和と弁慶が部員、巨人が顧問の学園非公認部活動の「だらけ部」なのである。
マルギッテとしては寝ている弁慶にどういう行動を取るかが一番の注目点であったが結局その後何もなかったのだった。
☆
巨人と将棋を指し終え、弁慶も起きたところで本日の部活動は解散。
金曜集会もないし、さほど学校に留まる意味もないため大和は真っ直ぐ寮に帰ることにした。
彼の下校に合わせてマルギッテも追跡する。
下駄箱に移動すると彼の帰りを待っていたかのようにクリスと由紀江が話し込んでいる。
「お! 大和来たか!」
「クリスにまゆっち。 どうしたんだ?」
「いえこれから仲見世通りで何か食べていこうという話になりまして」
『大和がくればまゆっち超夢見心地ー! ってことでカモンジョイナスー』
今日は巨人と将棋を指して頭脳も結構働かせたつもりだ。それに帰って勉強もする予定なので当分摂取はありがたい。
「分かった。 行こうか」
「よぉーし! 騎士クリスに続けー!」
「クリスさん、そんなに急がなくても食べ物は逃げませんよ」
『まぁくず餅パフェとかは超絶人気だけどねー売り切れ続出だけどねー』
自重しない松風の一言にクリスは足を速めることになった。
やれやれとため息をつきながらも大和と由紀江、そして彼らをこっそりと追跡するマルギッテも走り出す。
しばらくして川神院前に続く仲見世通りに辿り着く。
そこで店を構えるくず餅パフェは九鬼紋白も気に入るほどの一品。
「ん~~~!! この甘さ! ボリューム!! 美味しい~~~!!」
「……俺さ、最近こんなクリスが愛しく思えて仕方がない」
「ですね~。 一子さんに次ぐマスコットかもしれません」
『オラちょいとジェラシー焼いちまうよぉ~』
店に入るなり早速注文したクリス。
数分後、彼女の口の中に運ばれるパフェは濃厚に、溶けていった。その美味しさときたらクリスに満面の笑みを浮かばせて、足をバタバタさせるほど。
まるで初めてパフェを口にした紋白のようだ。
「あ、クリスさん。 口元に黄粉がついてますよ」
「え。 どこだ?」
「しゃーない。 拭いてやるよ」
そう言って大和はクリスの口元についている黄粉をふき取った。
一瞬の出来事であったが、デリケートに出来ているクリスの肌を一切傷つけないかのように優しい。思わずクリスは息を呑んでしまう。
「な、なななな……や、大和!! それぐらい自分でも出来る!!」
「いやお約束が目に見えてるからさ、手間を省いただけ」
「なんだそれはー!! 自分を馬鹿にしているのかー!!」
「その物言いは何だ! 多少感謝してもいいだろうが!」
さすがにプライド高いクリスが反発した。顔を真っ赤にして。
けれど子供っぽさもある彼女ならば所謂「どこについているのか分からな~い」なんて状況になるのは目に見えている。
なのに怒られると思っても見なかった大和が反論を重ねた。
大和に対し、マルギッテも一瞬愛用のトンファーで彼を打ちのめそうかと考えたが。
(お嬢様………嫌なら何故、そんな幸せそうな顔を浮かべるのですか……)
顔を赤らめながらも、どこか嬉しそうにするクリスの顔を見れば手を止めざるを得なかった。
そして確信した。クリスは大和に対して好意を抱いているのだと。
今のところ、大和のクリスに対する感情はまだ推し量れない。が、クリスの気持ちはあの一面だけで十分見て取れた。
(話に聞く限り、度々口論をしているということでしたが……どうなっているのか)
時々大和とクリスは口げんかをすることがあると言う。
実際、風間ファミリーの中では衝突は多い方だ。策士として卑劣に徹する大和とを好まない真っ直ぐなクリス。言うなれば水と油だ。
それだけにあんなに仲がよさそうに“喧嘩する”とは思わなかった。
「……さてそろそろ店を出るか」
「だな。 えーとお金お金……」
「あ、私しばらく仲見世通りにいるのでお金預けていただけばいいですよ」
一頻り口論が終われば互いがスッキリした顔つきになっている。
そうしたところで店を出ようとすると由紀江から提案が。
彼女の提案に納得した大和とクリスは代金を預けると先に店を出る。代金を纏めて支払った後、由紀江は店を出るなり一言。
「……先程から何をしていらっしゃるのですか? マルギッテさん」
『軍人がコソコソするなんてらしくねーなオイ』
「……どうして川神には気配を読み取れる人間が多いのでしょうね」
どうやら随分前に気付かれていたらしい、由紀江が呼びかける。
バレた以上監視は不可能とマルギッテは観念して物陰から出てきた。
「あの、お口に黄粉がついてますよ」
「! 失礼」
慌ててマルギッテは口元を拭く。
どうやら彼女も監視中にあのくず餅パフェを堪能したらしい。
紅潮させながらもささっとふき取ってしまうあたりがクリスとの違いだ。
「では改めて何をしていたのかお聞かせ願いましょうか」
『事と次第によっちゃ三枚に下ろしたろか!?』
「……極秘事項です」
こうなれば伝家の宝刀を使うしかない。
所謂黙秘権を行使し、だんまりを決め込もうとした。
「極秘とは大和さんやクリスさんを監視することですか?」
「! ……さすが、ですね」
どうやら視線の先にも気付かれていたらしい。
風間ファミリーの一員である彼女に気付かれた以上、大和達に報告されるのは自明の理。
言い訳のしようもなく、観念するしかなかった。
「その態度からだと差し金はクリスさんのお父上のようですね」
「……何故貴方ほどの人間がSクラスに入っていないのか、不思議に思います」
普段の松風との一人芝居からは想像出来ないかもしれないが、由紀江は勉強に関してもSクラスに入れるほど優秀で、クレバーであり鈍いわけではない。
故に誰からの根回しか、容易に推測できた。
「ひょっとして大和さんのことを懸念していらっしゃるのですか?」
「……中将殿はそのように考えています」
「いえ、私はマルギッテさんにお伺いしているんです」
「わ、私の……?」
由紀江の眼が、いつになく真剣だった。
上官の意思を代弁したのでは彼女は納得しない。今、由紀江は他の誰でもない、マルギッテの意思を確かめようとしている。
確かにクリスに比べると接点は少なかったかもしれないが、それでも接触し続けてきた大和に対する感想を。
「……私個人として、直江大和に人格的な問題は一切ないと感じています」
「ならどうして大和さんまで監視する必要があるのですか」
「与えられた命令だからです。 私は……ドイツ軍人、マルギッテなのですから」
「その前にクリスさんの良き姉でもあるはずです!」
先程から、由紀江は的確に反論してくる。
普段のオドオドとした、どこか頼りない雰囲気はすっかり消え失せてしまっている。
「……随分言うようになりましたね、黛由紀江」
「これも皆さんの………大和さんのおかげです」
ここまでの会話に、彼女の分身とも言える松風は一切割り込んでいない。
正真正銘、由紀江の『言葉』である。だからこそ、マルギッテの心にも深く届いている。
そして彼女にこれだけの成長を促した風間ファミリー、特に直江大和の存在は彼女の中で最も大きいものとなっていた。
「……分かりました。 今回は私に非があります。 詫びましょう」
「事情によっては大和さん達に報告しないこともありませんが」
「いえ、それは貴方にお任せします。 ……それでは」
マルギッテは一言詫びると颯爽にその場から去った。
例え由紀江が話そうが話すまいが、彼女にはもう尾行がバレてしまっている以上監視は不可能だ。
ならば留まる意味もない。そう考えたのだ。
彼女が去って、由紀江はホッとため息をつく。
『おうおう! まゆっちカッコ良かったぜ~。 今ならオイラ……操を捧げられる』
「もう、松風ったらやめてください~」
『そうだよな、捧げてほしいのは大和だもんなイェアー!』
「ま、松風! そんな往来で恥ずかしいことを言わないでください……」
もう十分恥ずかしいことをしている由紀江。
やっぱり今日も人と距離が開いてしまうのだった。その距離、2メートル。
☆
「――――中将殿、如何でしたか」
「爆発しろ、としか言いようがないな」
その夜、昨日と同じラ・チッタ・デッラの喫茶店で本日の報告を行っていた。
カメラはマルギッテの襟に装備されており、リアルタイムで全ての映像がフランクの元に届けられていた。
そして本日の映像を全て見ての評価が、これである。
「何と天然なジゴロか! 娘もあの男の毒牙に掛かってしまったのか……!」
「あの、中将殿……以前にも言いましたが、直江大和は……」
「君の主観では問題はない、だろう? だがそれは計算づくされてのことかもしれない」
「そ、それは?」
一日を通して監視してきたマルギッテだが、少なくとも大和は親不孝通りで転がっていそうな不良達のような問題点は見当たらない。
あるとすれば悪知恵が働くことと、クリスと喧嘩しやすいと言うところだろう。
だがそれぐらいは看過できる、と思いきやフランクはまだ懸念材料があるらしい。
「直江大和……私の方でも調べたが、彼はヨーロッパの市場で流れを握っている直江
直江景清―――――それはヨーロッパに財政進出をしようとしているならば必ず耳にする名前。
彼は今、財政の流れを乗りに乗っている男だ。
そして大和の父として、人脈の大切さや狡猾さを伝授した人物でもある。
「景清……あの男の……!」
「そうだ。 あの男は恐ろしいほどに頭がキれる。 その息子なら……ありえるだろう?」
「し、しかしそれは中将殿のお考えすぎでは……」
「……映像の中でも君は彼を庇うのだな、マルギッテ」
フランクの声色が暗くなった。彼は今、気分を害しているのだと瞬時に悟り口を瞑らせる。
任務に徹した方ではあったが、マルギッテは「大和は問題ない」と明言している。
「それがクリスと共に間近で見てきた君ならではの感想、なのかも知れないがな」
「……すみません」
彼女の謝罪に、フランクは何も言わなかった。
ただ謝らせたくて凄んだのではない。さすがに圧力をかけて意見を翻させたのでは横行する薄汚れた議員達と何も変わらない。
そう、この“日本”に存在する―――――。
「……マルギッテ。 私は後悔しているよ」
「ちゅ、中将殿? 何が……ですか?」
「クリスを、この国に連れてきてしまったことに、だ」
フランク・フリードリヒ。彼は今、日本に失望しつつあった。
勿論本人が憧れを抱きすぎた節はある。が、それを上回るほど日本は薄汚れている。
彼には、そう見えた。怒りで、握り締めたコップに亀裂が入る。
このままでは店の中で問題行動が置きかねない。
「中将殿。 私から提案があります」
「と、言うと……何かね?」
「今日より二日後、川神学園では体育祭があります」
「ああ、私もクリスの応援に駆けつける予定だが……それがどうしたのか?」
まだマルギッテへの信頼が残っている。
その信頼が、フランクの爆発しそうになった怒りを抑えた。確信したマルギッテはそのまま提案を続ける。
「その応援の席で、中将殿自身が観察してみては如何でしょうか?」
「む……私が、か」
「はい。 失礼ながら私の報告でご満足いただけないのならそうするのが一番かと」
マルギッテの一言も最もだと、フランクは思い直してみる。
確かに激情に駆られてきたがここ一番という時に暴走していたのでは万が一という事態も起きかねない。
何より冷静さを失うことは軍人失格だと、フランクは考えた。
「………確かにな」
「中将殿……」
「今度の体育祭……クリス、及び直江大和を直に見させてもらおう」
フランクはそういうと彼女に背を向けてしまった。
会計は既に済ませてある辺りがさすがと言える。彼は勇み足で店を出ると夜道を出た。
本来ならばドイツ軍の英雄が一人歩きしているなど、暗殺者ホイホイであることに他ならない。しかしフランクの気分的に今は独りで歩いていたかった。
「………娘が、恋か………」
「あらあら。 それは大変ね。 クスクス………」
どこからか女性の声が聞こえてきた。
しかも、明らかに彼の話題に乗っかっている。フランクが素早く壁を背にし、状況確認を行う。
声の持ち主は、彼の目の前にいた。
クリストは違う意味で金髪の、まるでお姫差に近い黒いドレスのような衣装を着ている。
「何者だ」
「名乗るほどのものでもないわ……一言で言うなら、相談屋……かしら?」
「生憎不審者に相談するほど切迫していない」
「あらあら。 直江大和という男に娘を取られそうになっているのに……クスッ」
フランクは即座に銃を取り出し構えた。
今まで周りには部下も待機させていたし、何より回りには気を遣っていた。あの店には店員意外誰もいなかったはず。
なのに何故、その男の名前を知っているのか。
「……答えろ。 貴様……誰だ」
「まぁまぁ、フランクさん。 ……嘗て貴方の経験とダブってしまうのも仕方ないでしょうね」
「!! な、何故それを……!」
フランクは引き金を引きそうになった。
自分だけが知っている、その“過去”を――――この女は明らかに知っている。
「貴方の“心”が教えてくれているのよ……クスクスッ」
「心……まさか貴様、サイコセラピストか!?」
「それより一段階上……私は貴方の“心”が読めるのよ……クスッ」
常に不気味な笑いを浮かべてくるこの女性。
フランクは彼女のから一切目を話すことが出来なかった。
「落ち着いて。 ……辛いでしょうね、最愛の娘が離れていくなんて」
「…………………」
「でも解決する方法は一つよ。 貴方が、その思いを伝えればいいだけ」
フランクは一切の警戒を怠っていなかった。
その一方で、彼の心は確実に彼女の言葉に耳を傾けている。
一言一句が、まさに心に訴えかけている。
「予言するわ……二日後、貴方はそれを行動に移すことになる」
「………何を………」
「馬鹿な事を言わないで頂戴。 そうするつもりだったのでしょう? クス……」
最後に一つ、また薄笑いを浮かべると彼女は消えてしまった。
暗がりの中に消えたのではない。その場から消え失せてしまったのだ、一瞬のうちに。
まるでそう、“瞬間移動”でも行ったかのように―――――。
「……言われなくても、私は……直江大和など、認めん」
フランクはそう呟き、その場を去っていった。
―――――そんな彼を、建物の屋上から見つめる影が二つ。一つは先ほどの女性だった。
そしてもう一つはテロガンハットに皮のコートとまるでガンマンのような風貌をした男。
「あらあら。 貴方も彼を狙っていたの?」
「いや。 殺害依頼の出ていないカスを殺すほどヒマじゃねぇ……お前は?」
「私はただ面白そうなオモチャを見つけただけ……クスクス……」
また薄笑いを一つ。
男はコートを翻しながらわざとらしく肩を震わせる。
「おー、怖。 お得意の洗脳か?」
「いえ、ただ彼の“負の心”を大きくしてあげただけよ……クス……」
「ふーん。 ま、だったら制御できてねぇあの
「ええ、そうよ……負の心は本来、その人自身が押さえつけるものだし……」
まだ何かあるらしく、女性は続ける。
一方の男性も「怖い」などと呟いておきながらその実、目は非情に面白そうに光っている。
夜風に靡くコートが、その残酷さを寄りいっそう強調させる。
「それに実際負が爆発するかどうかは、二日後次第」
「そうかい……じゃ、それまでお前は遊ぶんだな」
「ええ。 この親バカ騒動を……楽しませて貰うわ」
そういうなり彼女はまた“消える”。
男もまた、強い夜風が吹いた瞬間、その場から消え失せていた。
全ては二日後に、動き、目覚める―――――。
続く
さてクリス編、いよいよ展開が怪しくなってきました。
さりげなく監視しているマルさんがチラッと見てくる姿って可愛いと思うんだ、うん。
というわけでこんなタイトルに。話が何気にシリアスに持っていったからタイトルだけでも可愛くしようとしたんですよ、ハイ。
最後の方に登場したのはオリキャラですが当然敵方になります。どう関わってくるのかもお楽しみに。
次回、2回に分けての体育祭編。どうかお楽しみに!
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