日が沈もうとしている多馬大橋。
そこでは、クリスとフランク。娘と父が会合していた。
だがそこで話されている内容は、穏やかさの欠片もない。寧ろ逆、残酷なる一言にクリスは激しく狼狽していた。
「な、何を言っているのですか………父様………」
「もう一度勧告する。 クリス、私とドイツへ戻りたまえ」
今度は命令口調で、それを突きつけられた。
この日本に来てクリスティアーネ・フリードリヒは紛れもない宝物のような日々を過ごした。
友と喧嘩することはあれど、そこから学ぶことも多かった。
だからこ彼女は最低来年までこの国で精一杯過ごしていくことを決めている。
それを、よりにもよって―――――尊敬する父親に壊されようとは。
「な、何故です!? 留学は来年の三月までと……」
「それについては申し訳ない。 だが、私としてはこれ以上この国において置けない」
約束、それは留学に関することだった。
川神の姉妹都市、ドイツのリューベックからの留学生。日本でしっかりと教養を育むために三月まで勉学に励み、過ごす。
それが彼女とフランクの約束だった。だが彼はそれを破ろうとしている。納得するだけの理由が欲しかった。
「まず理由の一つに――――この国、日本の醜悪さにある」
「日本が……醜悪!?」
クリスはまさかの一言に耳を疑う。
この軍人、フランク・フリードリヒは自分と並ぶくらい日本を敬愛していたはず。
日本に留学させたのもそういった一面があったからだ。
そんな彼が、まさに180度間逆の言葉を言っている。
「確かに私は日本に憧れていた……だが、実際この国に来てみたらどうだ?」
「……………」
「確かに平和であるが、それは表だけ。 裏では政治家の汚職事件、マスメディアの捏造、警察の隠蔽工作。 そして右向けば俗物が転がっている………」
まるでゴミ捨て場を見るかのような物言いだった。
実際、それがフランクが見てきた日本の一面でもあった。確かに景色が美しい、心が高潔、そんな一面も否定は出来ない。
しかしそれにも増して、彼が日本に憧れていた分その失望も大きかった。
「こんな劣悪な環境に宝石のような娘を置けば、即座に穢れてしまう!」
「それは違います!」
「く、クリス………?」
まさかの娘の反論が来るとは思わなかった。
フランクは即座に驚いた。今まで従順だった娘が反論を仕掛けて雇用とは。
ここは素直に彼女の言い分を聞くことにする。
「確かに自分が思っていた部分とかけ離れている国ですが――――」
「だが?」
「それでも、得るものは多い! いや、自分は最高の宝を手に入れたんです!」
真っ直ぐな瞳だった。
彼女に限って嘘はつかない。それはフランクが良く知っていることだった。
一瞬目を伏せ、そして考える。
「……確かにそれについては私が言いすぎたかもね」
「父様……」
「私も、日本の良い所は認めている。 平和であり、衛生状態、そして技術大国と呼ばれるだけの能力――――そこは素直に関心どころか我が国にも取り入れて欲しいところだ」
堅物だけでは軍の高官にはなれない。
こうして柔軟性がフランクを中将たらしめるものとなった。
「………それは置いておこう。 私が気にしているのは、お前の言う“宝”だ」
「え………」
「宝とはお前の友達――――特に風間ファミリーと言ったかな? 彼らだろう?」
「はい」
フランクはじっと娘を見つめていた。
先程から一切姿勢を崩していない、凛としたその構え。
将来この子は宣言している通り有望な軍人になる。フランクにはそれが見えていた。
だからこそ、彼は益々許せなくなった。彼らが――――否、“彼”が。
「それが二つ目の理由だ、クリス」
「………?」
「君の大切な“宝”――――その中で最も大切な“宝”は何だ?」
急にそんな問いかけをされた。
ハッキリ言って空気読めないと称されることが多いクリスだが、学校の勉強が出来ないわけではない。寧ろよく出来る方である。
しかし全く脈絡の無い質問をされても分かるわけがなかった。
「質問を訂正しよう。 その“宝”………つまり、お前の“想い人”だ」
「おっ、おおおおお想い人………!?」
「その様子だと……いるようだな。 恋焦がれている人物が……」
フランクの声色が怪しくなった。
その人物に対して憎悪を抱いている。勿論彼にはそれが誰なのだか、理解している。
けれどもクリスはその先を止めた。自分の気持ちくらい、自分で言いたいからだ。
周りに誰もいない―――最もいるのはマルギッテを初めとしたドイツ軍―――ことを確認し、呼吸を整えて告げた。
「父様………自分は……直江大和に………恋、していると思うのです」
予想通りの答えだった。
それだけにどこか淡い期待を抱いていたフランクには覚悟もしていたが、それを上回るダメージが圧し掛かっている。
だが父としてそれを顔には出さない。
「そうか………やはり」
「やはり……という事はまゆっちの言う監視はこの事だったのですね」
「伝えられてしまったか……だがここまで来たら私もお前に隠し事はしたくない」
フランクも認めた。そして話の流れからして、直江大和を認めるつもりは一切無い。
さすがにクリスもそれくらい理解できる。
だから尚更納得できない。
「どうしてですか!」
「当たり前だ! 大切な我が娘をそこいらの男に渡したくない!」
「父様………大和に対し、その物言いはやめてください!」
心底惚れているのだな、とさすがのフランクも認めるしかなかった。
だからこそクリスも必死に反論している。
しかし認めるのはそこまで。絶対に直江大和などという馬の骨に渡すわけには行かない。フランクはそう確固たる主張があった。
「何故だ……何故、あの男にそこまで拘る」
「…………」
「報告によると度々口論もしているらしいではないか。 頭脳こそは確かに優秀だが卑劣な上にクリスを不快にさせる人間が傍にいていいはずが無い!」
尤もらしい主張を掲げているフランク。
だが彼の主張は以前、クリスに説き伏せた言葉と食い違ってくる。「お前には合わないかもしれないが、彼のような漢も必要になるのだよ」と。
それに気付いたクリスだったが今はそこを気にしている場合ではない。フランクを満足させるだけの答えが必要だ。
「……分かりました。 父様、自分の恥を晒す出来事ですが……」
「ぬ?」
「あれは、自分が初めて秘密基地に案内された日のことです」
クリスは一切逃げも隠れもしない、堂々とした態度で口を開いた。
告げるのは、あの日の出来事―――――。
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――――
それは、最早戒めを通り越して心に傷にも近くなっている、酷い発言だった。
「こんな廃ビルは、さっさと取り壊すべきだな」
案内してくれた仲間達に向かって、クリスはそう告げた。
こんなところで遊ぶ意味が無い、と。
少なくとも悪い発言ではない――――そう思い込んできたクリスの視界に飛び込んできたのは、京が拳を振り上げている姿だった。
「よくも………よくも好き放題言ってくれたなぁぁぁぁぁ!!」
普段の冷静沈着な彼女から想像できないほどの激昂。
クリスは寧ろ恐怖に近い感覚を覚えた。
その後も周りから突き刺さる、非難の眼差し。けれども当時の彼女には何故そんなことになったのかいまいち理解できない。
そこに答えを与えたのは、他の誰でもない。直江大和だった。
「ハッキリ言おう。 ここでは、お前が悪い」
悪い――――悪。それは正義を重んずるクリスにとって最も許しがたい言葉だった。
故に彼女は数日見てきた大和の欠点を含めて言いくるめようとした。
けれども百代はそんな大和の性格を認めているどころか、「仲間のためだ」と許容し受け入れている。
(何故、自分が悪と断定されなければならない?)
あの時のクリスには、心の中でそんな言葉ばかりが浮かんでいた。
一本筋を貫き通してきた分、客観的な見方が出来ない。
そんな彼女の性質を理解した大和が、更に言葉を重ねた。
「クリス、お前の大切な持ち物を言ってみろ。 物理的なものだぞ」
「……父様から貰った熊のぬいぐるみなどか」
「俺にはぬいぐるみの良さなんて分からないな。 かさばるから捨てちまえよ」
「貴様!!」
その時、クリスの心から怒りが吹き上がった。
大切な物を侮辱された――――許しがたい発言だと、食って掛かる。
「お前のさっきのモノマネだ馬鹿!!」
「え………?」
だがそれはそっくりそのまま返された。
他でもない、直江大和の言葉によって。思わずクリスも呆けてそれを聞き入れてしまう。
「お前にとってのぬいぐるみが、俺達にとってのこの場所なんだ」
「……………」
「人が何を大事にしているかなんて人それぞれだろ。 それを侮辱していいはずが無い」
「………!」
クリスにも伝わるように、大和は言葉を選んだ。
分かりやすく、でも相手に訴えかけるように。酷い言葉を使えば自分だって苦しいはずなのに。
自分を一切省みないその発言に、クリスは舌を巻かされた。
そして徐々に振り返ってみて理解してくる。自分が如何に愚かな発言をしたのか。
「………そうか」
納得するしかなかった。
品行方正に生きてきた彼女だが、時には間違いを犯すこともあった。
ドイツに住んでいた頃も、友達と喧嘩することはあった。けれども自分に非があるときに謝罪をしないほど、愚かでも我侭でもない。
「椎名京、皆………謝罪する。 すまなかった」
クリスは深々と真摯に謝罪した。
その後も余りにも自分を卑下した態度を取った由紀江も共に。
すると皆からの視線は少し和らいだ。冷たい視線が温かくなかった。京からの視線は相変わらずツーンとしたものがあったが。
「自分も………ここにいさせて欲しい」
謝罪の後、彼女はそう告げた。
別に責任感を感じて居座ろうとしているのではない。増してや友達になった義理を果たそうとしているわけでもない。
ただ単純に、彼らと一緒に過ごしてみたくなった。その時、クリスは見つめた。
自分に気に食わない物言いでも、それを伝えてくれた男を。
(直江大和……か)
その後も反目し合うことはあったが――――彼は知恵を出す。
結果、それが仲間のためだと毎回知らされる。
彼女はその時に感じた。“義”は誰かのためにある言葉。
仲間のために動き、時に自分のみを挺する彼は――――自らが信じる、“義”の人だと。
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「………そうか、そんな事があったのか」
「はい」
一切包み隠さず、フランクに告げた。
嘘が大嫌いな彼女のことだ、こんな壮大な作り話などしない。フランクも実話として認めるしかなかった。
そして同時に彼女の成長を確認できる。
「確かにそれは言ってはいけない一言だったね」
「正直、もうトラウマと言っていいほどに反省しています……」
「さすがに私もそれは咎めるところだが……直江大和が、教えてくれたのだな」
素直に感心していた。
父として時々クリスの信念は一本筋通り過ぎていると感じていた。
そのため自分と違う考えを持っているものには激しくぶつかってしまうことも、ドイツの思い出となっている。
少々悩みのタネであったが、それを解消したのが紛れもない直江大和。
「父様。 これが……自分が大和に惚れた理由です!」
「………で、相手のほうはどうなのかね? お前に気があるのか?」
「正直、脈は余り……でも! それでも自分は大和と一緒に歩みたい!」
クリスの声は、よく聞こえるものだと評判を得ている。
軍を統率するに当たって聞き取れる声と言うのは重要な才能だ。クリスはその才能を持ち合わせている。
故にフランクの心にも、しっかりと伝わってきた。彼女の想いが。
「…………なるほどな」
「だから……自分はこのドイツ帰国に納得していません!」
極めつけの一言を放った。
ドイツに来る前の、クリスの一本筋だけの性格であれば間違いなくそれなりの理由をつければ納得して貰えたはず。
だが彼女は明らかに多方面を見渡して、意見を伝えた。フランクとしては寧ろ嬉しい進歩である。
「なるほど………お前の気持ちは良く分かったよクリス」
「父様………」
「それだけに、私はとても自分に嫌気をさしている………」
フランクが自嘲気味な声を出した。
理解して貰えた以上、クリスも強く出る必要は無い。寧ろ尊敬する父親に対して余りにも失礼な言動だったのでは。
そう思い謝罪を含めて近寄ろうとした。
「………そんなお前を、ドイツに連れて帰ると思うとな!」
「な!?」
彼は、クリスの心情を理解こそしてくれたが決意を変えるまでには至らなかった。
「そ、そんな………」
「理不尽だろう? しかし、これがフリードリヒ家の掟なのだ」
掟。それは義を重んずるクリスにとって厳しい一撃だった。
彼女にとって定められたルールはいわば行動範囲でもある。勿論大和達と触れ合って幾らか丸くなれたが、それでも縛られている感は否めない。
「何よりこの国の環境、付き合う相手のことも考えると私自身も許容できない」
「で、でも………」
「クリス、お前は将来軍人を目指しているはずだ」
結局は彼自身の感情が最も大きな要因となっている。
尊敬する父親にそこまで強く出られては、クリスも戸惑ってしまう。それでもまだ
そんな彼女の想いは。
「ならば、上官である私に従いたまえ」
この一言で、無残に壊されることになった。
「あ………ぁ……………」
「……とは言え、お前の言うとおりあまりにも急すぎる話だ。 私の物言いも、今思えば多少高圧的だったかもしれない」
まるで支柱を失ったかのような脱力感。
それがクリスの全身を襲った。あれほど凛々しく、美しかった姿はもう無い。
我に返ったかのように、フランクは少し声を穏やかにしてまだ告げる。
「だから2日だ。 2日間、よく考えなさい。 そしてその時に返答を聞こう」
「……………」
「無論私は信じているよ。 ………規則正しく、従ってくれるクリスをな」
最後にそういい残した。
彼は軍服を翻した橋から去る。後に残されたクリスも、体育祭の疲れも相まってふらふらと島津寮に帰る。
まるで吸い込まれるかのように、彼女は自室に篭った。
結局クリスは風間ファミリーに寄る祝勝会に参加しなかった。
「あらあら。 無理矢理連れ帰ることも出来たはずなのに……もどかしい事」
その様子を上空から眺めていた人物がいた。
数日前、フランクの目の前に現れた女性。彼女は何と空中で浮いている。
今までの彼女達のやり取りを全て目撃しての感想が、それだった。
「でもまぁいいかしら。 これはこれで面白い方向に運びそうだし……クスッ」
せせら笑いを浮かべると、彼女は一瞬にして消え去るのだった。
☆
翌日、川神学園2-F。
「では次の問題を………そうだな、クリスに応えて貰おうか」
川神学園では体育祭の次の日も授業があった。
本来ならばこういうのは金曜日にやるものだが、振り替え休日や連休のこともあって少々予定を繰り上げることにしたらしい。
そのためにどこの教室でも体育祭の疲れや後遺症が残っているものが多かった。
そんな最中、小島梅子の声がクリスには届いていない。
「クリス? どうした、起きているのか」
「っ! あ、はい! すみません……」
「昨日の体育祭があったとは言え学校に来た以上気合を入れろ!」
危うく梅子特有の鞭が飛びそうになった。
しかし彼女の普段の真面目さを知っているので、今回は見逃そうと言う梅子の計らいが現れた。
この辺りはスグルや育郎辺りも不平不満があったものの、それは日頃の行いである。
「ではクリス。 江戸幕府第十五代将軍徳川慶喜が行った天皇に政権返上を行ったことを何と言うか答えよ!」
「え、あ、変態豊満……?」
「変態がムッチリになってどうする! 大政奉還、だ」
クリスにしてはありえないミスが連発している。
一斉にクラス中の誰もが心配の視線を向ける。申し訳なさを感じながら、おずおずと着席した。
面白くなさそうに見ているのは大和や翔一を始めとした風間ファミリーの面々だ。
本来なら翔一は昼寝でもしているのだが、クリスの様子が気になっているので起きているのだ。そうしたら案の定、である。
「……む、チャイムか。 今日はここまで!」
「起立、礼!」
授業終了のチャイムが鳴り響き、委員長である真与の一言で全員が席に立った。
さすがに礼はピシッとしているが、普段のクリスからすれば力が抜けているようにも見える。
余りにも重症だと見かねたらしい、教壇の上に置かれている教材を纏めた後梅子が声をかける。
「直江、風間。 すまないが一緒に来てくれ」
「はい」
「アイアイ」
梅子の呼び出しの真意は理解できる。
早速大和と翔一も彼女についていった。案内された場所は使用されていない和室。
職員室に行かなかったのは、誰かに話を聞かれないようにするためらしい。
「どうも今朝からクリスの様子が可笑しい。 問いつめても応えてくれないのだ」
「俺らも同じなんです。 っていうから昨日から」
「祝勝会やる前は確かに元気だったから、その後だと思うんスけどね」
担任として教え子のことを案じていた。
勿論友として、ファミリーとして。大和や翔一も見逃すわけは無い。島津寮での朝食や朝の登校でもその元気の無さは見えていた。
そして原因とも言える何かは、体育祭が終わった後という事になる。
「これは俺の推測になりますが、恐らく父親が何らかの形で接触したものかと」
「父親……フランク殿か」
「最近、俺やクリスをマークしている感じでしたので」
「それには困ったものだな……」
大和はあえて推測と言う形で言ってみた。
しかし彼の中ではほぼ確信になっている。口に出さなくとも、大体の情報を出せば梅子も何があったのかを悟ってくれるだろう。
「学校側に、何か接触は?」
「私や学長には今のところ無いが………」
「因みにSクラスのマルギッテさんの様子は?」
「冷静なものだ、と宇佐美先生から聞いているが……聊か冷静すぎるとも」
大和はマルギッテの様子も尋ねてみた。
クリスとフランク、それに関係する人物と言えばドイツ軍少尉でもあるマルギッテの様子を見るのが最も妥当だ。
梅子もそう考えていたらしく、Sクラス担任である巨人から大体の話を聞いているようだ。
「……分かりました」
「直江、風間。 クリスのこと………どう見るか?」
「ハンパじゃねぇ何かがあったんでしょ。 でも俺らファミリーが何とかする!」
翔一が言い切った。
彼が言わずとも、大和も同じ志だ。確かに最初の頃は酷かったし、今でも時々口論になる。
でも、それでもクリスは大切な仲間だ。
仲間のことは仲間で解決する。それが仲間なのだ。
「そうか……本来は規則的にアウトだが、もしフランク殿が学校側に何らかの接触をするようであれば連絡しよう」
「お願いします」
「なぁに、これくらいは担任としてさせてもらう」
梅子もクリスを心配しているようだ。
彼女だけではない、ファミリーは勿論のことクラスメートの誰もがクリスを気にかけていた。
これだけ多くの人に心配されている以上、どうにかしないわけには行かない。
「よし軍師」
「ああ。 キャップ、今日は緊急集会だ」
大和と翔一は顔を見合わせ、木曜日であるにも拘らず集会を開くことになった。
それだけの緊急事態という事である。
放課後、秘密基地となっている廃ビルに風間ファミリーが揃った。ただ一人――――クリスを除いて。
由紀江もクッキーも、ソファに座っているはずの人物がいないことで生じた隙間に寂しさを覚える。
「クリスさん………」
「今日の集会はやっぱりクリスのことだね」
「ああ。 皆も見たろうが、クリスの憔悴振りはただ事じゃねぇ」
リーダーとして翔一も解決の姿勢を強めている。
それはここにいる誰もが同じだ。当然壁にもたれかかっている忠勝も。
「ケーキ差し入れても反応すらしねぇ。 ただ、体調云々よりも精神的な問題のようだ」
「だね。 見た感じ怪我している様子も無ければ病気でもないようだし」
「さっすが京。 眼がいいな」
彼の意見を後押しするかのよう京も告げた。
眼がいいと豪語するだけあって筋肉の動作も見抜くことはお茶の子さいさい。
岳人も褒め称えるが、京を褒めたところでクリスの元気が戻るわけではない。ライバルとして、友として一子もどうにかしたい一心である。
「やっぱり昨日、何かあったのよ!」
「大和さん、やはりフランクさんが………」
「ああ。 確実にクリスの親父さんが絡んでると思う」
彼女の心にそれだけの精神の変化を及ぼせる人物。
ここ数日の出来事を良く知っている由紀江と大和も同じ結論に至った。百代も大体の筋書きが読めたようだ。
「マルギッテの監視ともあわせると……父親に何か言われたか?」
「親バカなあの人のことだ、クリスのプライドを傷つけるようなことは言わないだろう」
「となると………何か大切な物を取り上げられたのかな?」
卓也が推測を言ってみる。
当たらずとも遠からず、大和はそんな表情をした。
「その大切なもの……それは多分俺達のことだ」
「えっ!? それってつまり………」
「帰国命令……か?」
忠勝が自信なさそうに答えた。
幾らなんでも無茶だと彼自身が思っている。クリスが来年の三月まで留学することは周知のこと。
だから、その規定を破ってまで帰国させることはありえないと思っていた。
けれども大和は肯定の意を示し、頷く。
「恐らくね」
「どうしてよそんな急に!」
「俺の印象からして多分日本と言う国に呆れたんだろうな」
怒り狂うのは一子。無理も無い、約束を破るのは良くないことだから。
しかも約束の内容も問題だ。
大和もとりあえず考えられる理由を一つ挙げてみた。柔らかく言えば“人間関係”のことも推測できるが、これを告げると修羅場になりそうなのでやめておく。
「まぁ色々あるだろうがとにかく、クリの親父が黒幕なんだな?」
「姉さん早まらないで。 万が一の場合も想定しなくちゃ」
即座に百代が立ち上がる。
彼女の思考からして、黒幕と思われるフランクを(物理的に)叩くつもりだ。
確かに単純明快かもしれないが、もし彼が一切関係なければ日本がドイツに宣戦布告下も同然となってしまう。
『だからって横行許していいわけじゃねーだろ!』
「松風もといまゆっち落ち着け」
「ですが、だとしたらフランクさんはクリスさんの気持ちを汲み取らなかったことになります」
『ハッキリ言ってオラそれが許せねーよ! みんなも……許せないだろ』
親に誇りを持っている由紀江も、この理不尽な現状に怒っていた。
武道四天王の名に恥じない気力が高まりつつある。とは言え冷静さを欠いて行動に移したところでうまくいかないことを知っている軍師が宥めさせた。
「でもどうするの大和?」
「俺様もマルギッテさんに尋ねてみたがなーんにも答えやしねぇし」
「こういう時、僕に人の心を読み取る機能があればなぁ」
京に岳人、クッキーも何とかしようと必死だ。
けれども既に大和は手段を講じてある。
こんな時、どうれば良い方向に解決できるか。大和は立ち上がり、一気に静寂が訪れる。
彼は少しの静けさを堪能した後、口を紡いだ。
「クリスに、本音を吐かせてやる」
それが仲間として、軍師として、直江大和して出来ることだった。
☆
―――――更に翌日。
川神学園から下校したクリスは、そのまま自分の部屋に戻った。
今日は、父親との約束の期限の日。今夜またあの橋で返答をしなければならない。
クリスの胸中は、正直パンクしそうで苦しかった。
「………はぁ………」
机の上に置かれた熊のマスコット。
これは父親がくれたものではない、大和が買ってくれたものだ。今も勉強のお供として常に見守って貰っている。
つけた名前は好きな大河ドラマとあの人の名前を掛け合わせて、大和丸。
「…………どうしろと……言うんだ…………」
気を緩めば涙が溢れそうだった。
大切な人が、離れていく。それがこんなにも切ないなんて。しかもそれがよりによって尊敬する父親の手によって。
だからこそ、尚更辛い。どちらかを取れば、どちらかを裏切ることになる。
義に厚いクリスにとって、最早これは責め苦でしかなかった。
「………あ、もうこんな時間………」
突然、携帯電話のバイブレーションが作動する。
開いてみるとそれはアラーム設定のために施したものだった。何せこの時間帯は、この金曜日は。大切なあの集いがある。
「……金曜集会……」
クリスはふと窓を開いて外を覗いてみた。
澄み渡った綺麗な夕焼けの空―――――茜空だった。夕焼けは時々切なくもなり、時々力を付けてくれることもある気まぐれな空。
そんな空が、あの風間ファミリーは好きなのだという。
「…………………」
金曜集会――――行きたい。でも行けない。
行けば、益々戻りたくない気持ちが強まり、結果父親に反抗してしまうことになる。
でもこの胸のもやもやを抱えたままドイツに帰国したくなかった。
親か、友か。その二つが彼女の心を締め付けてくる。
「………ぅ………ぅぅ……」
クリスはふと、壁に貼ってあった写真を目にした。
そこには風間ファミリーとの思い出の写真がズラリと貼られていた。
初めてのバーベキュー、初めてのキャンプ、初めての箱根旅行。思えば様々な初めてを、彼らと過ごしていた。
「………大和ぉ………」
そして最も大切そうに中央に貼り付けてあるのは、恋焦がれるあの人の写真―――。
「………外に出よう」
この寮にいるだけで、心が破裂しそうだ。
かと言って他にいく当てもない。外を出歩くと疲れる。そう思って戻ったのだが眠れない上に心が痛めつけられる。
気分を変えようとクリスは外出することにした。
身支度を簡単に整え、扉を開ける。
「おっ、やっと出てきやがった」
「や、大和………っ!?」
ドアを開けると、そこには夕日を背にしている大和がいた。
彼は今、愛用の
まさかこんな所にいるとは思っても見なかったクリスの心臓がドキリと跳ねてしまう。
「ど、どうしたんだ? 集会は―――――」
「その集会に遅刻しそうになっているお馬鹿さんを連れてこようと思ってな」
「あ……じ、実はちょっと気分が優れないんだ。 今日はパス――――」
慌てて寮の中に戻ろうとした矢先。
クリスの動きは止められた。彼女の右手が大和に握られたからだ。
しかも引っ張られるようにして彼に近づけられる。それでいて手首に痛みを感じないような引っ張り方だった。
「や、大和! 何だ……?」
「気分が優れないなら外に出ようとしないハズだろ」
「そ、それは……」
大和から問い詰められるような視線を投げつけられる。
恥ずかしい、と言うよりも感情が爆発しそうで目を合わせたくなかった。
手首を握られながらも尚も目を逸らすクリスに大和はとうとう痺れを切らした。
「あーもうっ!! 乗れっ!!」
「え? あ、わぁ!?」
無理矢理自転車の後部座席に載せられる。
勿論自転車の二人乗りは危険であるため普通は後部座席など無い。しかし翔一と忠勝の強力のおかげでゴウラムにクッションを取り付けることが出来た。
乗り心地は悪くないはず。
「んじゃ行くぞ! しっかり掴まってろ!」
「や、大和!」
勢いよく自転車を漕ぎ出した。
正直クリスの体重も加わっているためペダルを漕ぐのにも力が必要だが大和は意地で漕いでみせる。
夕日の中、二人は多馬川の土手を自転車で走っている。
「………最近お前、元気ないよな」
「そ、それは……」
「ぶっちゃけ親父さんに帰国命令出されたんだろ」
「! な、何故それを………ぁ」
大和は「やっぱりな」という一言だけだった。
まるで自分のことを何でもお見通しのようで、嬉しいような悔しいような、クリスはそんな複雑な気分にされた。
何より先程より自転車から振り落とされないために大和の背中から手を回してる。
思わず甘えたくなってしまう、この体温。
「…………なんで皆に相談しない」
「益々……苦しくなるから……」
「このあんぽんたん」
「………何だと」
もしハンドル操作で両手を使用していなかったらその頭にチョップを下していただろう。
代わりに言葉の罵倒を送った。クリスは元気がないながらもとりあえずの反論をする。
土手もいよいよ坂道に入ったらしく、大和の漕ぐ力がよりいっそう強くなった。
「お前の苦しみはファミリーの………俺らの苦しみなんだよ」
その一言が、クリスを縛っていた何かを緩くした。
思わず浮き上がってしまいそうな感覚に襲われる。彼の顔は見えないが、その背中の熱さが大体伝えてくる。
「仲間ってのは……この自転車と同じだ。 どこか部品が悪ければ結果、自転車を漕ぐにも辛くなってしまうモンだ」
大和は長年愛用してきた自転車に目をやった。クリスも視線を同調させる。
所々錆付いており、ペダルにも亀裂が入っていた。
油も切れ掛かっているのかギギギという不快な音を醸し出す。何より坂道という壁が大和を苦しめる。
「でもさ……どっか一箇所直しただけで全然違ってくるんだぜ。 今のお前がソレ」
「…………」
「なーんて言っている間にホレ、到着」
キィ、と耳につくような音を出して自転車が止まった。
風間ファミリーの秘密基地、廃ビルだ。
改めてみるとこれほど大きいビルが電気水道が仕えないとは言えほぼ私有化。俺の城、と言えば聞こえがいい不思議である。
そんな心地よく、贅沢で、そして何よりも愛しかったこの場所にクリスは戻ってきた。
「さ、入るぞ」
「あ………」
大和に手を引かれ、基地に入ろうとする。
このビルに入れば、益々愛しくなってしまう。もう戻ってこられない。あの父親を――――裏切ってしまう。
瞬間、クリスの体が跳ねたかのように大和の手を振りほどこうとした。
「い、イヤだ!!」
「ダメだ、来い」
「来るのは強制ではないだろう!! だったら………」
「イヤだ? 強制? 何言ってんだ、お前ここに来たかったくせに」
大和はそれを確信している。
だからこそ、この強情で融通が利かない――――心優しき騎士を連れてきた。
熱い彼の手がクリスの腕を掴んで離さない。
あっという間に秘密基地の入り口まで来てしまう。
「や、やめろ!! ここに来ると………ここに来ると!!」
「来ると……何だ?」
「………自分の心が……揺らされる……」
必死にここから離れようとクリスが抵抗する。
その抵抗も、この直江大和という存在には勝てない。徐々に秘密基地の中に入っていく。
「それでいいんだよ。 ………クリス、騎士ってのは嘘をつかないもんだろ?」
「え? ……あ、当たり前だろう!」
「でもお前、自分に嘘をついている」
「う、嘘なんかついていない!! 自分は………」
まだ強がりを吐き続けるクリスに大和も痺れを切らした。
強引に手首を引っ張り、顔を向き合わせた。
そこには、しっかりとクリスを見つめ続ける大和の顔があった。凛々しく、時々悪い顔を浮かべるも、常に皆を見守り続けていたのは――――大和のこの顔だった。
「だったら………何でそんな顔してんだよ!!」
そして、大和の目には涙に溢れるクリスがいる。
怒鳴りつけられ、クリスは一瞬涙を忘れる。またも自分の心を曝け出す彼の一言に、抵抗力を失った。
大和は再び彼女の手を引き、階段を上る。今度は、強引さは無かった。
「まだ日本にいたいんだろ?」
「…………………」
クリスは何も言わない。
ふらふらと覚束ない足取りではあるが、階段を上っている。――――彼女自身の力で。
大和はただ、倒れたりしないように支えているだけだ。
「まだまだ遊び足りないだろ?」
大和の言葉が続き、尚も階段を上っていく。
そしてあっという間に皆が集まるあの部屋に辿り着いた。今は閉じられているが、あの扉の先に最も恋しかった景色がある。
でも、扉を押し開ける決心がつかない。ならば大和が支えるのみ。
共に握ったその手で、ドアを押し開けた。
「まだ………俺達と一緒にいたいだろ?」
皆が、風間ファミリーの皆が。
優しい顔で出迎えてくれた。誰もが窓から差し込む、温かな夕日を背にしている。
誰一人嫌な顔なんてしていない。寧ろクリスの顔を見て安堵している。
「ああ、俺様もお前がいないと寂しいぜ。 ダチとして、な」
「やっぱり
「クリとも戦ってないしなー………と言いたいが、お前は私の友達だからな」
岳人と一子も、彼女の登場に心底安心してくれている。
一方で百代も実に彼女らしい、豪快で、でも優しい言葉をかけてくれる。
それは京や卓也も同じだ。
「空気読めないことが多いけど………それでもクリスは、大切なファミリーだよ」
「そうだよ。 これだけ一緒に過ごしておいて何も言わないでサヨナラしないで」
友達だからこそかけてくれる、温かい言葉。
自分が暴言を吐いたあの日、この二人からは特に怖い視線と言葉を貰った。
風間ファミリーの中でも最も閉鎖的であるこの二人が、認めてくれた。
「お前だって俺をここに受け入れてくれたんだぞ。 今更抜けるとか許さねぇぜ」
「クリスさん言ったじゃないですか! 『ここに居させて欲しい』って!」
「島津寮の……ファミリーの人が減っちゃうの嫌だよ。 ロボでも、嫌なんだよ」
忠勝の優しい眼差し、由紀江の友としての言葉、クッキーの慈しみの気持ち。
温かく、包み込むような感覚がクリスに降りかかる。
「寧ろキャップとして命令する………クリス! 俺達ともっと遊ぼうぜ!」
彼らの中央では翔一が人差し指を突きつけてきた。
思えば彼が誘ってくれたからこそ、クリスは風間ファミリーの一員となれた。
この無邪気さと少年心、そして爽やかさが何よりも嬉しかった。
いつの間にかクリスの瞳から涙が再び溢れ出している。それを見て大和が一足先に部屋に入る。
「クリス………戻って来い」
優しく手を伸ばした。
何よりも、彼のこの顔が眩しかった。クリスはもう堪え切れなかったかのように激しく泣き出す。
顔もくしゃくしゃにして、涙を激しく床に落とす。
「あ……あぁ………じ、自分は………自分は……」
余りにも激しい嗚咽で、言葉が美味く出ない。
でも何を言おうとしているのかは誰でもわかる。だからこそ、誰もが彼女の言葉を出るのを待った。
必死に呼吸を整えようとするが、息が詰まりそうになる。
今までに我慢してきた分、大きく息を吸い込み。
「自分は………ここで!! みんなと………大和と……一緒にいたいッッ!!!」
やっと、聞くことができた。
彼女の一番の気持ちを。彼女自身の言葉で。大和がクリスの手を優しく取り、部屋に引き入れた。
風間ファミリーだけに許された、この空間に。
「大和………みんな……自分は…帰りたくない……帰りたくないッ!」
「よく言ってくれたよクリス。 俺達も同じだ……絶対に帰らせやしない!」
大和の言葉に、誰もが頷いた。
クリスが大切なこの場所を、仲間を手放したくないように仲間も大切なクリスを見捨てるはずが無い。
ポケットに仕舞ってあったハンカチで、クリスの涙を拭いてやった。
すぐにハンカチが涙に濡れてしまった。それだけ、我慢してきた証だ。
「う………うああああああああああ!!」
少女の涙が、この廃ビル内に響き渡った。
部屋中に反響し、より深く仲間達の心に響いていく。
「………落ち着いたか?」
「……ああ。 ありがとう」
ハンカチでようやく涙をふき取ったクリス。
目は赤く腫れ、あの顔が涙の跡を残している。それでもとてもスッキリした顔つきになっていた。
仲間達もそれを見て本当に安心した。
安心したところで本題に入るかのように百代と由紀江の視線が鋭くなる。
「さて、もうそろそろ出てきてはどうだ?」
「言っておきますが、逃走は無駄な試みですよ」
何も無い、クリスの背後。
開け放たれたドアの向こうに向かって言っているようだった。
しばらくして観念したらしく、その人物達がブーツの音を鳴り響かせてその姿を現す。
正体は誰もが想像したとおりだった。
「父様………」
「やぁクリス。 今日が期日だからな、迎えに来た」
フランク・フリードリヒだった。傍には当然の如くマルギッテも控えている。
どうやらずっと尾行していたらしい、咄嗟に大和はクリスを庇うかのように前に出た。
彼だけではない、風間ファミリーの面々がクリスよりも一歩前に立つ。
「……随分手荒な歓迎だな」
「いやぁドイツ軍が人様のパーソナルスペースを勝手に踏み荒らすような愚か者だとは思わなかったので」
「酷い物言いだな。 私は娘を迎えに来ただけだが」
戦闘する意思はないらしく、とりあえず言葉は選んでいるようだった。
それでも大和は相当腹が立っているらしい、中将相手とも思えない言葉を投げつける。
「さてクリス。 今日が期日だ、一応返答を―――――」
「帰りません。 帰りたくありません」
「…………な、何と言ったのかな? 私も老けたらしいなハハハ」
透き通るようなクリスの言葉がフランクの耳を突き抜けた。
しかもまさかこちらの言葉を遮ってまでの即答だとは、思えなかった。
だからこそもう一度聞き直す。それでも答えは同じである。
「……帰りません! 自分は、こんな理不尽な命令には従えません!」
明らかな、反抗だった。
今まで反抗にあったことが無いらしく、フランクは相当なダメージを受ける。
慌ててマルギッテが支えることでようやく立てた。
「……クリス、もう一度言わせる気かね? 上官である私の命令に――――」
「これ明らかに親子の会話ですよね。 何仕事の話になってるんですか」
「直江大和。 物怖じしないのは褒めてやるが、私の怒りを買ってどうするのだ?」
立場を利用してクリスを説得に掛かるフランク。
だがそこに大和が切り込んだ。
正論を解かれると青筋を立てるのはフリードリヒ家の遺伝子らしい。彼は銃がいつでも取れるように構えた。
が、即座に彼の前方から凄まじい殺気が発せられる。
「何言ってるんですか? ……貴方こそ、俺達の怒りを買ってどうするつもりです?」
まるで立場はこちらの方が上、とでも言っているかのようだった。
最も無言の圧力を先程から発しているのは百代や由紀江を始めとした武士娘達。
彼女達だけではない、翔一や忠勝ら男性陣も、クッキーも明らかな殺気を飛ばしている。
「大和の言うとおりだ。 ……クリはアンタのやり方についていけないんだよ」
「結果的にクリスさんを泣かせたのは貴方でもあるんです」
百代はバキバキと指を鳴らし、由紀江は刀の柄に手をかけている。
何かあれば即座に殴り、切り込める。そんな体勢をとっていた。
決闘でもないのに他人に川神流で傷つけたら川神院の粛清がある――――そう高を括っていたフランクはさすがに威圧感に飲まれる。
「忘れがちですけどね、このビル俺達がパトロールしてるって事になってるんですよ」
「何………?」
「つまり……俺達から見て侵入者である貴方達を排除する理由があるんです」
一斉にそれぞれの武器を差し向けた。
それ以上不遜な態度を取れば強制排除も辞さない、そんな覚悟が風間ファミリーにあった。
冷静になったフランクは一度心を落ち着け、息をついた。
「確かに私の不法侵入は許しがたいな、謝罪しよう」
「なら本日はとっととお帰りやがってくださいませ」
大和の言葉遣いが綻んできた。
これ以上怒りをとどめておくことが出来ないようだ。彼から醸し出される怒りのオーラに女性陣は愚か男性陣も息を呑む。
それに対しフランクは一切動じない。この空気の読めなさはさすがクリスの父と言うべきか。
「無理だ。 私はクリスを連れ帰りにきたのだ」
「ですから嫌です! 自分は皆と一緒に居たいのです!」
「お前が一緒に居たいのは――――」
反論しようとした矢先、マルギッテから鋭い視線が飛んだ。
それを感じ取ったフランクが彼女に耳を傾ける。
(中将殿、ここでその発言は止めた方がいいです)
(……どういう事かなマルギッテ)
(その発言はお嬢様を傷つけるものになります)
マルギッテにしては珍しい、フランクを御するような言葉だ。
今まで彼にアドバイスしたり、時に冷静になるように促すことはあったが押さえつけてくるような言い方は初めてだ。
そんな彼女の態度を受け入れ、その先の言葉は飲み込んだ。
「……失礼。 しかし元々帰国する予定であっただろう」
「それは三月の話です。 今回は明らかに急遽かつ理不尽極まりない!」
クリスから的確な反論が飛ぶ。
仲間の誰かが助言している様子は無い。明らかに彼女一人の言葉だった。
思わずフランクも唇を噛んでしまう。
「マルギッテ、君からも言ってやってくれ」
「マルさん……」
フランクはここで伝家の宝刀を出すことにした。
それはずっと姉妹のように接してきたマルギッテを出すことだった。
命令とあらばと言わんばかりにスッと彼女が前に出る。
「ドイツ軍少尉、マルギッテ・エーベルバッハは命令通りにすべきと思います」
「………マルさん!!」
姉すらも分かってくれないのか。
思わず怒りを伴った声色を出してしまうクリス。だが、それは違った。
「そして―――――」
まだ、彼女の言葉には続きがあったからだ。
「お嬢様の姉、マルギッテは………お嬢様自身の望みが、一番だと思います」
優しい顔と声で、そう言ってくれた。
やはり彼女はクリスのことを理解してくれていた。反してフランクの顔に血管の数々が浮かぶ浮かぶ。
歯軋りすら聞こえてきそうなその形相でフランクは問い詰めた。
「マルギッテ……裏切る気かね?」
「私は軍人、ですから中将殿の命令には従います。 ただ」
「ただ?」
「どちらも偽らざる私の本音、です」
例えるなら身体はフランク、心はクリスに従う。
そう言っているようだった。フランクは地団太を踏みそうになったが、命令には従ってくれるとのことなのでその場で咎めはしなかった。
「もういい! クリス、私と帰りなさ――――」
「いい加減にしやがれマジぶっ殺すぞ」
大和がとうとう我慢できなくなった。
敬語を使う気一切無しの容赦ない言葉が飛び出す。
「仲間達の力を借りているお前がそんな言葉遣いできるのか!」
「ドイツ軍の力借りているアンタも似たような立場だ」
フランクの反論にも一切退かない姿勢を見せている。
今までも交渉人のような役目をこなすこともあった大和だが、今回は明らかに相手を潰しにかかっている。
互いに痛いところを突き合い、口を閉ざさせる。
「………確かに。 しかし私はクリスのために戦争を起こす決意がある」
「俺は……いや、俺達は仲間のために命を懸ける覚悟がある!!」
大和の言葉に一斉に頷いて見せた。
誰もが一切異論の無い力強いその動作に、フランクも思わず喉を鳴らせて仕舞う。
「寧ろドイツ軍と戦えたらスッキリするだろうなー♪」
「アタシも負ける気しないわ! 川神院は……風間ファミリーは無敵だもの!」
川神姉妹の態度は最も大きかった。
その武力、時に経済界にも大きな影響を及ぼす川神院。そのトップと、妹。どちらも川神の名を継ぐに相応しい堂々としたものだった。
「へっ、仲間のために命を懸ける……男らしいじゃねーか」
「ああ。 ……そういうわけだ、怖いなら失せな」
「全くだよ。 ……どうして娘の気持ちを汲んでやれないのかな」
岳人、忠勝、そして卓也。
男達からも武士娘に勝るとも劣らないやる気と殺気。この男達なら、やりかねない。
仲間のためにその身を犠牲にすることも厭わない。軍人としてフランクも素直にそれを認めた。
「私の親もロクで無しだけど……それに匹敵する酷さだね」
「京の言うとおりだ。 聞かぬなら、斬って捨てようホトトギス。 万死に値する」
「それに……友達が居なくなるのは嫌なんです!」
猛禽類、度々自らの目をそう称する京だがまさに彼女の目はそれだった。
クッキーも怒りが最高潮に達したのか第二形態に変身し、ビームサーベルを構えていた。由紀江もそれに負けず劣らず煌く刀を構えている。
「ああ。 それに明らかにアンタの私情挟みまくりじゃねぇか。 納得できねー」
「……まだ何か言うか、フランクさん?」
リーダーとして、友達として。翔一が鋭い指摘をした。
いい意味でKYと言われる彼だが、仲間に対しての気遣いは誰よりも大きい。だからこそ、皆のキャップなのだ。
改めて仲間の総意を伝えるかのように大和が睨みつける。
見せ付けられたフランクは、まるで自嘲するかのようにフッと微笑を零した。
「……君達の言うとおり、私は聊か強引だった」
「聊かってレベルじゃないでしょ」
「不遜な態度も取り続けた。 ドイツ軍として改めて謝罪する。 すまなかった」
非を認めたらしく、フランクは頭を下げた。彼に合わせてマルギッテも謝罪する。
潔さもさすがクリスの父、と言ったところか。
だが上げたその顔は大変に険しい。大和も油断していないようでそのまま冷静に見つめ続けた。
「だが私はどうしてもクリスをドイツに連れて帰らせたい」
「んじゃ俺達と戦ります?」
「正直それは避けたかったが………やむを得まい」
どうやら全面戦争に突入するつもりだ。
と言っても大和はそこまで焦ってはいなかった。確かにフランクは強大な軍事力を持っている。
だからと言ってドイツの大使でもなんでもない。
国として戦争を仕掛ける、などと大規模なことは出来ないはずだ。
動かせる軍も所詮私兵、それこそ川神院が動いてジ・エンドだ。
「とは言えさすが戦争を仕掛けるつもりは無い」
「おやビミョーに退きますね。 ま、そちらにも体裁というものがあるでしょうしね」
「………君は本当に口が回るな。 黙って聞きたまえ」
明らかに挑発に乗せられているようだった。
しかし軍人としての落ち着きようが、まだ残っていた。激情することなく、話し続ける。
「ここは川神のルールに則り……“決闘”と行こうか」
「………で、ルールをどうぞ。 俺達どんなルールでも完全勝利するんで」
大和はそんな展開になるだろうと読んでいた。
そしてルールも相手に任せてしまう。
これはさすがに軍人として自らが有利すぎるルールを組むことはないだろうという読みと、完全勝利して言い訳をさせなくするという信念の表れである。
「我々は明日、軍を動かしクリスを奪還、ドイツに帰国する」
「父様! 戦争をしないと言っておきながら軍を動かすなど!」
「安心したまえ。 我々は非殺傷系の武器と体術に留める」
「舐めプして負けたら恥ずかしいですよ」
相変わらず煽る大和の言葉。
当然怒りは積もっているだろう。それも作戦のうちだ。幾らどうあがこうが日本に戦争を持ち込めば、クリスを連れて帰ろうと最終的にフリードリヒ家は戦犯として潰される。
大和はそう読んでいた。事実その通りだった。
「とにかく、クリス奪還すれば我々の勝利。 クリスをドイツに帰国させる」
「逆に俺らがクリスを守りきり、貴方を捻じ伏せれば良しと。 いいですね」
大和も異論は無かった。彼は一々仲間達に許可を取らなくても分かる。
皆がこの提案に乗ってくれることを。
「明日の正午、我々は戦力を揃えここに来よう」
「いいでしょう、俺らも最高戦力を整えます。 そちらは殺す気でやってくるでしょうが」
「実際殺人をしてしまえば我々の立場も危ういがな。 今日はこれにて撤収しよう」
フランクはそう言って軍服を翻し、ビルから去る。
後に残されたマルギッテも彼の後を追おうとする。彼女は軍人、明日の戦いでは間違いなくフランク側に付くだろう。
誰もそれを責めはしない。でも戦うというのなら全力で迎え撃つ。
息巻いている彼らに、マルギッテは一言残す。
「………お嬢様を頼む」
「はい」
大和は確約した。姉に、大切な友達を守ると。
それを聞いて安心したマルギッテも、ビルから去った。
決戦は明日。改めて全員が向き合った。
「うっひょー! ドイツ軍と戦争! 燃えてきたぜー!!」
「全くキャップは……といいたいが、僕も同意見」
「同じく。 私もこの苛立ち、矢に乗せます」
翔一や卓也、京を始め誰もが武器を掲げている。
当然その中に、クリスもいた。彼女の愛用するレイピア。自らの信念を表した武器。最早彼女自身と言ってもいいそれが、輝いている。
大和も中央に立ち、そして意気込んだ。
「皆、これはクリスを懸けた戦いだ。 激しいものになる」
「それで退くようだったら俺はここにいねぇよ。 ……クリスは渡さねぇ」
「俺様もゲンと同意見。 それに完全勝利って気持ちいいじゃねぇか」
忠勝が相変わらずかっこいい。そして岳人も頼もしい。
こんな頼もしいメンバーが勢ぞろいしているからこそ、自信を持って言える。風間ファミリーは――――皆が揃えば出来ないことはない、と。
「皆、お互いを……自分を……そして俺を! 信じてくれ!!」
「当たり前よ! アタシ、大和の命令なら何でも聞く! 何でも信じる!」
「同感だ。 明日ではお前に私の命令権を譲渡しよう、大和」
一子にクッキーも、大和に命を預けた。
先程の言葉どおりなら、殺されはしないだろうがクリスの死守に失敗すれば死んだも同然だ。
ここにいる誰もが、そんな覚悟で臨んでいる。
百代も、由紀江も。大和の指示とあらばどんなものでも従う。
「大和、私にも遠慮なく指示を飛ばせ! どんな命令だろうが遂行する!」
「私も……友達を守るために! 大和さん、ご指示を!!」
全てはたった一人の大切な仲間――――クリスを守るため。
一人一人の思いを言葉と共に受け取った大和にも気力が沸いて来た。
最後に彼は目を向ける。この騒ぎの中心に居る、この少女を。
彼女の視線は――――もう揺らがない。
「大和………みんな! 自分の全てを、預ける!」
レイピアを掲げた。
決意と信頼の現われ。大和達はそれを直に感じることが出来た。
もう何一つ不足しているものなど無い。今回に限り、全ての指揮権を大和に預けた翔一が目で伝えてくる。
『号令をかけろ軍師』、と。
「――――――みんな! 明日は勝つぞ!!」
「「「「「「「おおおおお――――――ッ!!!」」」」」」」
仲間を守るため。動き出した若者達。
彼らの決意はこの茜空に響き渡っていった――――――――。
☆
「断る。 親子喧嘩に手を貸すほど川神院はヒマじゃないわい」
その頃、フランクは川神院に赴いていた。
他でもない鉄心達に明日の戦いに加勢して貰うために。だがその場に居た誰もが首を縦に振らなかった。
彼らの前には諭吉が描かれた紙束が山のように積まれている。
「しかし、川神百代の横行を見逃してよいのですか?」
「モモは手のかかる孫じゃが――――仲間が絡んだモモは真っ直ぐじゃ」
「お引取りくださイ」
フランクがなんとしてでも陣営に引き込もうとする。
当然だ、あの場では強気の姿勢で言って見せたものの実際ドイツ軍には川神百代といった猛者を止める術がない。
だからこそこうやって交渉しているのだが一にも二にも無く断られた。
挙句、ルーの凄まじい殺気によって追い出されてしまった。
「……ええい。 川神院は協力してくれると思ったが」
「九鬼財閥もダメでした。 『大和の敵になるのなら協力などしない』と」
「九鬼すらも抱え込んでいるのか……おのれ……」
川神院の正門で待っていたマルギッテの報告にフランクも頭を抱えた。
最悪ヒューム・ヘルシングの協力があるだけでも段違いだ。しかし切り札となりえる存在も全く意に介してくれない。
「ただ、あの男との約束は取り付けました」
「本当かマルギッテ!」
「はい。 彼ならば十分に百代に対抗できると思われます」
マルギッテは自信を持った。
彼女自身やフランク、ひいてはドイツ軍でも勝てない相手。そんな相手との交渉を成功させていた。
川神はまさに人材の宝庫。心当たりを作っておいて良かったと彼女は思っている。
「ただ前金を要求していますが」
「払ってやれ。 どうせ日本円など、明日からは必要ないからな」
「それと――――例の傭兵集団ともコンタクトが取れました」
「さすがだなマルギッテ。 その優秀さを先程にも発揮して欲しかったが」
フランクが愚痴のように零しているその一言を甘んじて受け止めた。
部下から受け取ったノートパソコン、そこに映されているサイトこそが傭兵集団とのコンタクト手段となる。
「その中でも最も優秀な三名を引き入れました」
「よくやった。 これで明日、臨める」
フランクはすっかり日が落ちた夜空を見上げた。
寂しげに輝く星達。本来なら今夜、娘と見上げるはずだった夜空は寂しく輝いている。
そう思うとどうしても取り戻したくなる親心。その反面――――。
「……マルギッテ。 私は……間違っているのだろうか」
「中将殿……?」
「私は全て娘のためになると信じた……いつかは理解してくれる、そう信じて」
まるで吐露しているかのようだ。
上官の愚痴を聞くのも部下の役目と、彼の言葉を全て受け止める姿勢を見せる。
「だが今私の行動は………クリスのためになるのか………?」
ここに来て迷いがでたのか。それともこれは彼の進展なのか。
マルギッテには何も言えなかった。失礼になるのが一つ、そしてマルギッテは彼自身ではないのだからどうこう言えないというのが最も。
「……それを確かめるための、明日です中将殿」
「ああ。 ……やるからには、全力で戦う」
フランクは拳を握り締めた。
いざとなれば、“自ら”出張ることも厭わなかった。
「あらあら。 予想以上に面白くなってきたわね………クスッ」
そしてまたも上空から眺めるあの女性。
フランク、マルギッテ、そして部下達は一切気付いていない。気付けるわけがない。
女性が何も無い空中で浮かんでいるなど、考えるはずが無い。
だからこそ滑稽で、そして興味深い。少女はそんな笑い声を出している。
「たかが娘一人で子供相手に軍隊……笑えちゃうわ……でも楽しみ」
そう言いながら、少女はまた消えた。
続く
どうも、テンペストです。
いよいよクリス編も架橋に入ってきました。実はこのお話、このマジ恋の連載に当たって構想としては一番最初に出来上がったものです。
なのでクリス編から始めようかな、とも思っておりました。さて前書きにもあったとおり、このお話は出来ればkotokoさんが歌うマジ恋のEDテーマ「茜空 ~それが僕らの世界だった~」と一緒に見ていただけると良いと思います。かけ始めのタイミングはクリスとの自転車辺りから。
実際このお話もその曲を元に執筆させていただきました。にしてもこのEDはマジ泣けるわ……。
次回クリス編最終章!父親との大決戦にまさかのあのキャラまで登場!?お楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!!