真剣で私に恋しなさい!X   作:テンペスト

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第二十話 おとうさんといっしょ

島津寮、週末の昼下がり。

ここに四人の女性達が寛いでいた。この寮の住人である京、クリス、由紀江。そして新たに川神学園の教師として招かれた橘天衣。

彼女達はお茶菓子を傍らに緑茶を飲んでいた。

 

 

「おお………このお茶は美味いな」

 

「北陸で取れた一番茶です。 お茶といえば静岡が有名ですけどね」

 

 

あれから数日、天衣も少しずつこの寮の住人として馴染んできたようだ。

こうやってお茶に誘ったのも彼女の緊張を解れさせるというものからだった。

 

 

「いや、しかしまゆっちは本当にお茶入れるの美味いな!」

 

「確かに。 メイドさんとして働けるレベル」

 

 

クリスと京も、お茶の味わい深さに満足していた。

お茶は淹れ方一つで味が変わるもので、下手な人物が淹れると高級茶であろうともその風味や香りを台無しにしてしまう。

幼い頃から家事炊事を叩き込まれてきた由紀江にとってそれすらも朝飯前だった。

 

 

『やったねまゆっち! 今度から大和のメイドになれっぞ!』

「はい松風! 頑張ります!」

 

「だがそれは認めないんだッ! 大和のメイドはこの私と相場が決まっているッ!」

 

 

相変わらず空気をぶち壊す松風、もとい由紀江の発言で京が威嚇する。

由紀江も顔を赤らめ慌てこそするものの前言撤回はしなかった。

一方ではクリスもまるで敵を目にしたかのような視線を送っている。天衣はこの三人に囲まれてしまった。

 

 

(大和、結構好かれているな………これが噂に聞くジゴロか)

 

 

こんな緊張感の中ではおちおち緑茶も飲めやしない。

膝の上に手を置き、固まってしまう天衣であった。ただ妙な対抗意識が浮かび上がっているのは内緒。

とここで元気から聞こえてくる三人の女性の声が。

 

 

「おじゃましまーす!」

 

「ヒマだから遊びに来たぞー」

 

「へー。 ここが大和君の寮か~。 面白そうだね」

 

 

三人のうち二人は予想するまでもなく川神姉妹のものだ。

何か差し入れを持ってきてくれているらしく、ビニール同士が擦れ合う音が聞こえる。だがその中で一人聴きなれない声が。

友人の登場に一瞬で殺気は収まり、歓迎ムードに。

 

 

「モモ先輩に犬、それに………松永先輩?」

 

「どうも! 遊びに来ましたナットウ!」

 

 

陽気な笑顔がそこにあった。松永燕だ。

どうやら百代から遊びに誘われたらしい、そのままついてきたようだ。そしてお土産と言わんばかりに試供品の松永納豆を置いている。

 

 

「お前が西の武士娘、松永燕か………」

 

「おりょ、貴方が橘天衣さんでしたか。 まさか本当にここにいるとは」

 

 

橘天衣と松永燕、どちらも西で有名だった新旧四天王。

互いに顔を合わせたことが無いとは言え、その勇名は届いていたようだ。四天王同士というだけあって対面するだけでも流れている緊張感が違う。

それを和らげようと一子が何かを探している。

 

 

「ところで大和はどこー?」

 

「大和なら遊びにいったぞ。 何でも知人と遊戯皇だとか」

 

「人脈構成も大変だなー。 にしても弟弄ろうと思ったのにぃ」

 

 

カードゲームで遊びに行ったらしい、趣味の弟弄りが出来ない百代は項垂れながら机に寝そべる。

傍には既に由紀江が淹れてくれたお茶が、穏やかにするような香りを放っている。

折角遊びに来た一子と燕も彼女のお茶と菓子をご馳走になっていた。

 

 

「へぇ、大和クンって小まめに人付き合いしてるんだね」

 

「大和曰く『人脈は力になる』らしいよ」

 

「まぁ私もその発想は分からなくはないけどねん」

 

 

物言いから察するに燕も大和目当てで来たようだ。

彼がいるのであれば部屋を見せてもらえるなどして時間をすごそうと思っていたのだが。しかも出たのは先刻のことであったため、まだ帰ってこないだろうとのこと。

 

 

「まぁいないなら仕方ないわね。 あ、まゆっち。 これお裾分け」

 

「ありがとうございます。 えーとお肉がたくさんですね」

 

「じーちゃんの弟子の一人が実家から送ってくれたんだって」

 

「これだけあれば今日はお鍋にしましょうか」

 

 

川神鉄心は昔から多くの武道家を鍛えており、そして数多くの弟子達に慕われている。今でも度々様々なお裾分けをしてくれるのだという。

料理に関してはうるさい由紀江の目から見ても十分上質な肉である。

折角なので今日は燕達を交えて夕食を作ろうかと思ったその時、インターホンが鳴り響く。

 

 

「? 誰だ?」

 

「キャップやゲン、麗子さんでもないぞ………増してや大和でも」

 

「クッキーもいないし、そもそもインターホンなんて鳴らさないだろうし」

 

 

天衣に続き百代も振り返った。気で確認してみても百代の友人と合致しない。

キャップこと翔一はふらっと旅に出ており、忠勝はバイトの都合で明日まで帰ってこない。クッキーに至っては九鬼財閥でメンテナンス中だ。

誰だか分からないが客人であればそのままにしておくのはまずい、とは言え押し売り関連だったら対応に困る。

ここは実力も備わっており、礼儀正しい由紀江に白羽の矢が立った。

 

 

「はい、どちら様ですか………?」

 

 

由紀江が扉を開けるとそこには一組の男女が立っていた。

どちらも成人した大人で、女性の方の顔つきはどこかで見たことのあるような顔。そして男の方は鋭い眼光に垂れ下がった白髪。

由紀江も思わず固唾を飲み込んでしまうほどの威圧感だ。

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、直江大和の父の直江景清です」

 

「同じく、母の咲です」

 

 

 

 

 

 

 

まさかの、大和の両親だった。

言われてみれば由紀江は納得する。母親の咲は顔つきが、景清はその雰囲気と鋭さが大和のそれと合致している。

間違いなく彼の両親だと確信した。

 

 

「こ、こんにちは! まままままま黛由紀江ですぅ!」

 

「ふむ、そのテンパり具合。 大和から聞かされていた通りだな」

 

「はぁう!?」

 

 

よりにもよって恥ずかしい形で親に知られていた。

由紀江はその瞬間、己に絶望した。何せ好きな人の両親にそんな情報が伝わっていたのならばあれこれ文句を言われる可能性があるからだ。

 

 

「だが実に礼儀正しい。 大和も好感を持っていましたよ」

 

「ほほ、本当ですか………?」

 

 

景清が安心させるような一言を続けた。

これによって由紀江の精神も大分落ち着き、顔が緩んでしまう。因みにその時の景清の目線はまるで「猫」を見るようなものだった。

 

 

「ええ。 ところで大和は?」

 

「あ、大和さんは外出中です。 伝言なら残しておきますが」

 

「いえ折角だ。 上がらせて貰らっても構わないだろうか」

 

 

咲からの質問にも丁寧に答える由紀江、対応は完璧だ。

ふむ、と景清は唸ってからそう言う。

今、食卓の方は女性陣が犇いている。ハッキリ言って客人を上がらせるのには不適だ。とは言えここで引き取らせるのもあまりに失礼。

まずは百代達を自分の部屋に入れようと思ったその時。

 

 

「お久しぶりですお義父さん。 私達は一向に構いませんよ」

 

「椎名京さんか。 お久しぶり」

 

 

いつの間にか登場した京があっさり許可を出していた。

どうやら会話が聞こえていたらしく、女子達の総意ということで問題ないようだ。

許可を得た景清と咲は微笑むとそのまま居間に案内される。

 

 

「どうもお邪魔します。 ……可憐な女性達ばかりだ」

 

「ははっ、大和もやるねぇ。 いいジゴロっぷりだ」

 

 

昔からの友人である百代に一子も、彼らのことは知っていた。

しかし初対面となるクリス達はそうではなく、息を呑んでいた。何せ将来の「お義父さん」になるかもしれないのだから。

 

 

「どうも初めまして! 松永燕です!」

 

「初めまして。 大和の印象どおりですな」

 

「何て言ってました?」

 

「可愛くさっぱりとして人当たりがいい。 いい女性と言ってました」

 

 

真っ先に燕が挨拶した。緊張の中、先陣を切るというのは好感が持てる。

景清も改めて彼女を眼にすることで大体情報どおりだと安心した。

更には女性として嬉しい一言をつけることで燕の顔を僅かに赤く染めさせた。一方咲はクリスに興味を持ったようで彼女と挨拶している。

 

 

「そちらの金髪の女の子は……クリスさんだっけか?」

 

「クリスティアーネ・フリードリヒです」

 

「大和から聞いたよ。 ドイツ軍と派手にドンパチしたんだって?」

 

「は、はい。 あの時は父がご迷惑をおかけしました………」

 

 

大和は事細かに仲間達のことを伝えていた。

少々恥ずかしくもあったが、聞く限りではちゃんと連絡を取り合っているようで家族間の仲はいいものだと推測できる。

 

 

「橘天衣です。 大和の紹介で川神学園の教師になっています」

 

「よろしく。 本当に魅力的な女性ばかりですね。 私にとっては母さんが一番ですが」

 

「あ、あなた………」

 

 

そう言って景清は咲を抱き寄せた。

公衆の面前であるにも関わらず、その仲睦まじさに思わずクリス達は顔を赤面させる。

咲も先程のサバサバとした印象はどこへやらデレデレである。

 

 

「よ、よければお掛けになってください! お茶もご用意します」

 

「頂くとしよう」

 

 

席に座った景清は動じることなく武士娘達と顔を合わせる。

ここにいる女性は、誰もが腕に覚えのある強者達。にも関わらず景清は一切表情を変えることなく寧ろ微笑んでいる。

由紀江からお茶を受け取り、一口する。

 

 

(な、何だあの男は。 物凄い胆力だな………)

 

(大和のお父さんはヨーロッパで金を動かしているんだと)

 

(うわーお。 おとんに見習わせたいね)

 

 

天衣と燕も、漂わせてくる大物の雰囲気に圧倒されそうになる。

その男、直江景清は現在はヨーロッパで働いており、その経済力はフランクや九鬼家ですら見逃せないほどの影響力を誇っている。

大和の内面性は確かに受け継がれていると、女性陣は納得した。

 

 

「あ、あのあなた………」

 

「ご主人様だろう?」

 

「も、申し訳ありませんご主人様!」

 

 

そしてここであろうことか妻である先をご主人様呼ばわりさせている。

思わずこれには目を見開いたが、景清はまるで日常茶飯事とでも言うかのように全然動じていない。

咲もまさに奴隷のような尻尾の振りようだが、幸せそうなその表情を見るとクリスや天衣も強くいう事が出来ない。

 

 

「大和の部屋に行ってもよろしいでしょうか……?」

 

「構わんよ。 後で私も見るがな」

 

「ありがとうございます!」

 

 

咲も当然のように景清の「命令」を受け入れ、大和の部屋に向かう。

後に残された面々は驚きの扱いに言葉が出ない。とここでクリスが一言。

 

 

「あ、あの………奥さんに『ご主人様』と呼ばせているんですか?」

 

 

思わず一同が否定に手を当てた。空気の読めない彼女らしい発言に、どうフォローすべきか由紀江に京も悩んでいる。

対する景清は一切嫌な表情をしていなかった。寧ろ当たり前であるかのように。

 

 

「当然。 母さんを誰にも渡すつもりはありませんから」

 

「所有権を主張しているわけですね」

 

「ええ」

 

 

自信満々に言い切った。

少々過激だが愛情は本物のようでクリスは勿論、他の面々も安心した。

所有権を主張する、という意味では百代も納得している。何せこの中では百代のスキンシップが一番過激なのだから。

 

 

「今では母さんがいないと仕事も出来ません」

 

「さっすが大和のお父さん。 息子である大和もきっと将来そうなるでしょう!」

 

 

将来は大和も愛した女性の前には骨抜きになるのだろうか。

そう考えると益々京は悶えてしまう。

 

 

「因みに奥さんとはどういった風に知り合ったんですか?」

 

 

またまたクリスがそんな事を言ってしまった。

興味を持ってしまうのは理解しているが、これは聞きようによっては失礼にもなりかねない。

一子や京が無理矢理その口を閉じてしまうかと考えたが、景清は構わないとでも言うかのようにその経緯を話す。

 

 

「一目惚れですよ」

 

「なるほど……その時奥さんは何をしていたんですか?」

 

「暴走族の頭です」

 

 

単純明快にして理由らしい理由だった。

だが一旦和みかけた天衣も一気に驚きの表情に変わる。

 

 

「私の目の前をバイクで通り過ぎたのが出会いでしてね」

 

「し、失礼ながら暴走族でしょう? その………危ないと思うんですが」

 

「はい。 私の目の前を生意気に通り過ぎた、あの美貌……運命でしたよ」

 

 

由紀江もこの際、聞けるだけ聞いてしまえと思い切って質問してしまう。

口を開けば開くほど飛び出てくる驚きの真実にさすがの百代も開いた口がふさがらない。

知略に富んだ男と自由気ままに生きる暴走族の女。普通なら相性が悪そうではあるのだが。

 

 

「ですから拝み倒したわけです」

 

「「「「「ええぇぇぇっ!!?」」」」」」

 

「欲しい女性はどうやっても手に入れたくてね……罠にかけましたとも」

 

 

自信満々でそう言い切った。

罠にかけたという事はスパンキングなどは当たり前だっただろう。でればあんな風に「ご主人様」と呼ばせているのも納得できる。

賊の頭であった女性を落としたその知略は、さすがの燕も呆れを通り越して尊敬するほどだ。

 

 

「ですからもし、貴方達が大和に好意を持っているのでしたら拝み倒される覚悟を持つことをオススメします。 大和は、誰かのために真剣(マジ)になれる男ですから」

 

 

しっかりと、景清は彼女達の中にある、大和への恋慕を見抜いていた。

思わずドキリと心臓を跳ね上がらせる面々を見て更に微笑む。確かに平気で他人を陥れるこの性格は大和にも受け継がれているだろう。

しかし咲は間違いなく幸せである。そして大和の真剣さを知っている彼女達は確信していた。

彼と結ばれれば、幸せになれる。それは誰の目から見ても確実だった。

 

 

「さて、そろそろ大和の部屋でも拝見するか」

 

「すみません。 僭越ながらご夕食は何かご予定は?」

 

「大和と外食でもしようかと思っていたが……作っていただけるのだろうか?」

 

「はい。 もしよろしいのでしたらどうぞ」

 

 

由紀江からの提案に、百代達も同意を示していた。

景清の方も問題はないらしく、その提案を受け入れる。景清からすれば直接人脈を築けると算段を踏んだからである。

一方の由紀江はここで料理の腕を知ってもらおうという大胆さからだった。

 

 

「大和の部屋には私が案内します、お義父さん」

 

「アタシもアタシも!」

 

「これは頼もしい。 お願いしようか」

 

 

今度は景清が大和の部屋をチェックしに行くようだ。よく部屋に転がり込んでいる京と一子が案内役を買って出た。

彼らに案内されていると、入れ替わるようにして咲が出てくる。

 

 

「どうもー。 大和がヤドカリをしっかり可愛がっているようで安心したよ」

 

「へぇ、咲さんもヤドカリ好きなんですね」

 

「と言うよりも大和のヤドカリ好きは私が教え込んだようなものだからさ」

 

 

景清が絡まない限りはサバサバした性格に戻るようだ。

逆にこんな人物を手中に収めた景清に恐ろしい、と評価を送る燕。一方でヤドカリという話題に食らいつき、話を広げてくる。

 

 

「もし大和と付き合うんならヤドカリの扱いに注意した方がいいぜ」

 

「う、それは………深く反省しています」

 

「あれ? クリスちゃん既に大和に絞られた感じ?」

 

 

ヤドカリが絡んだ大和は凄まじくぶっ飛んでいる。

溺愛と称するほどの愛情を注ぎ込み、ヤドカリを汚すものに万死を与える。その迫力は武士娘ですら怯んでしまうほどだ。

嘗て少々トラブルがあったクリスも、それを思い出し震え始める。

 

 

「以前Gが出て、パニックになって………」

 

「なるほどね。 Gにとってヤドカリの水槽は天国だからなぁ」

 

「Gか……テント生活で私のサンドイッチに引っ付いてたあの絶望感……」

 

 

何やら天衣は別の意味でトラウマになっているようだ。

彼女のことも詳しく聞かされていた咲は何も言うまい、と静かに彼女の肩に手を添えた。

この寮に住むことで不幸体質は弱冠和らいだものの、まだ本人の後ろ向き名性格が尾を引いているようだ。

 

 

「ところで咲さん。 何か大和の恥ずかしい秘密とか無いんですか~?」

 

「秘密ねぇ。 アイツそういうのを隠すのが上手いからね~」

 

「その時から既に小賢しかったのね、大和クン」

 

 

由紀江の包丁の音をBGMにガールズトークが花を咲かせている。

そうやってしばらく話し込んでいると部屋をチェックし終えた景清も戻ってきた。余程入念にチェックしていたのか、随分時間が掛かっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして玄関が更に開き、とうとうあの男が帰ってくる。

 

 

「ただいま………って父さんに母さん!?」

 

「久しぶりだな大和。 ……ふむ、特に贅肉はついていないようだな」

 

 

話の中心にいた男、大和だった。

何か飲み物が無いかと来た瞬間、大勢の女子達に囲まれて談話を楽しんでいる両親が目に入った。

どうやら今回の訪問は聞かされていなかったらしい。

 

 

「言ってくれれば迎えにいったのに」

 

「それでは抜き打ちの意味が無いだろう」

 

「ま、だろうね。 で抜き打ちした感想は?」

 

「成績も上げているようだし私生活においても問題はない。 いい傾向だ」

 

 

父親として率直に評価し、そして褒めていた。

褒められた大和も僅かに顔を綻ばせている。何せこの父親を尊敬しているのだから。

父親のことが大好きであるクリスに燕も共感している。

 

 

「ヤドカリもしっかり可愛がっていたしな。 ちゃんと大切にしてやれよ」

 

「勿論だよ」

 

 

咲の評価基準はやはりヤドカリだった。

こちらに関しても問題はないという。あの溺愛振りを見ればどこに問題があるのだろうかという話にもなるのだが。

何にせよ久々の親子対談は上々だった。

 

 

「大和クン、私もお邪魔してます」

 

「あ、燕先輩。 遅くなりましたがいらっしゃい」

 

 

会話の折を見て燕が挨拶してきた。

挨拶を欠かさない人と言うものは印象からして気持ちがいいものだ。大和も挨拶を返す。

川神姉妹が寮に来るのはいつものことなので特に気にしていない。

 

 

「それにしても大和も隅に置けないな~」

 

「い、いやまだそういう関係じゃないからね」

 

「まだ、ねぇ………」

 

 

そして母親の前だとからかわれてしまう大和。

やはり子は親に勝てないのか、いいように弄ばれている。微笑ましく見つめる女性陣であったが、そんな最中景清がポケットからある者を取り出した。

 

 

「大和。 ついでだ、これをプレゼントしよう」

 

「これは………チョーカー?」

 

「所有権を主張するのには一番だからな」

 

 

それは咲の首にも付けられているようなチョーカーだった。

さすがにいいブランドのものを使っているようなデザインだが、チョーカーを薦める理由はそこではない。

所謂、首輪としての役割が景清の中ではあった。

 

 

「いやあのねぇ………」

 

「使うかどうかはお前次第だ。 だが効果がある、とだけは言っておく」

 

「うーん………まぁ、折角だし貰って置くよ」

 

 

大和からすれば女性を犬のように飼うという事態は憚られることである。

勿論相手が幸せであればその限りではないが。

とは言え折角の父からの贈り物を無碍にするわけにも行かず、それに首輪という役割を考えなければブランド品としていいアクセサリーだ。

 

 

「さて、夕飯が出来るまで少しばかり時間があるようだな」

 

「すみません、お待たせしてしまって」

 

「いえいえ。 おかげで大和とゲームすることが出来ますから」

 

 

由紀江の料理が出来上がるまでの間、景清は余興をするつもりらしい。

カバンから取り出したのは麻雀である。如何にも高級品らしい光沢が現れている。

燕達はそれを見た瞬間に「おお」と唸ってしまうが、大和は一切動じない。何せ麻雀の腕もこの父親譲りなのだから。

 

 

「麻雀か。 いいよ」

 

「折角だ、燕さんに天衣さんも如何? 麻雀は四人で打った方が面白い」

 

 

どうやら成長を直で見たいらしい、景清が勝負を持ち掛けてきた。

親子同士、一対一の勝負と言うのも悪くは無いが折角これだけの大人数がいるのだ。何人かと交えた方が面白い。

ここで四天王と言う肩書きに興味を持ったのか、燕と天衣を指名してきた。

 

 

「私でよければお任せナットウ! ……手加減はしませんからね?」

 

「不幸の女神から不幸の人レベルに昇格した私に隙は無い! 受けて立とう」

 

 

二人からもOKが出た。

麻雀は運が絡む要素も無いとは言い切れない。が、それ以上に相手の牌を読む力が重要となってくる。

そういった意味では二人とも頭脳も備わっていることもあり、自信ありのようだ。

 

 

「ただし、麻雀は俺の奴で」

 

「この麻雀は気に食わんか? 高級ブランドのものだが」

 

「発案者が用意したものほど怖いものは無いってね」

 

「そういう意味ではお前も同じだがいいだろう。 私はそれで受けて立つ」

 

 

そして麻雀の最大の腕、それはイカサマにある。

友人同士気楽にやるものならばそんな腕も必要ないだろうが、真剣勝負に用いられる麻雀にはイカサマがつき物だ。

何より相手は大和の悪知恵の元凶。どんな手段を講じてくるか分からない。

 

 

「京、頼む」

 

「アイ・サー。 大和の命とあらば何でも」

 

 

麻雀のセットは京が取りにいくことになった。

大和本人がこの場に残ることでイカサマのための下準備を行わせないという公平さを示すためのものだった。

だがこれはやって当たり前。これで三人の警戒が解けたわけではない。

 

 

「ほうほう、大和親子に新旧四天王………面白い勝負が見られそうだな」

 

「自分は余り麻雀というゲームに快さを感じていないが、確かに興味深い」

 

「ねぇ咲さん、大和のお父さん強いんですか?」

 

「強いも何も大和に麻雀の基礎を教えた人だよ。 勿論イカサマも」

 

 

百代達参加しなかった女性陣はこの勝負の行方を見守ることに決めたようだ。

この間、大和は携帯電話でメールを打っていた。

彼から特に指定は無いようなので簡単なルールを景清が提案する。

 

 

「皆さん、ダブロン無し上家優先でいいかな? 短期的に上がれば勝ちの方針で」

 

「私はそれでいいですよん。 負けませんので」

 

「私も構わない。 相手のルールの上で勝ってこそ真の勝利だからな」

 

 

燕と天衣はあえて提案されたルールを呑んだ。

どうやらいつに無く真剣と書いてマジのようだ。燕は百代と同じFクラスであるものの、その頭脳はSクラスに入れるほど。

Fに入ったのは楽しくやりたいとのことらしい。そして百代は大和を応援するものかと思いきや携帯電話の画面を眺めた後に。

 

 

「燕ー! 今回は私はお前の応援に徹するぞ!」

 

「ありゃ。 モモちゃん、大和クンの応援しなくていいの?」

 

「いやいっつもこういう勝負になると負かされているからな、仇を取ってくれ!」

 

 

何となく察した。

確かに百代は頭が悪いわけではないが、面倒くさがりな性格。故に頭を使う作業が苦手であるならば、麻雀のようなゲームでは大和に軍配が上がる。

勝負をするたびに膝をつかされている百代の姿が容易に想像でき、燕は苦笑いだ。

 

 

「大和、持ってきたよ」

 

「サンキュ京。 それじゃやりますか」

 

「レディーファーストだ。 燕さんに天衣さん、場所決めをどうぞ」

 

 

まず、麻雀のルールの一つに場所決めと言うものがある。

これは(トン)(ナン)西(シャー)(ペー) が刻まれた四つの牌を掻き混ぜ、それを引いていく。

東を引き当てた人が好きな席に座ることが出来、後は反時計回りに南→西→北の牌を引き当てた人が座っていく。

 

 

「んーと……私は北だね」

 

「私は………おっ、東だ」

 

 

女性優先で引かせたところ、好きな場所に天衣が座ることになった。

続けた大和は南、景清は西を引き当てそれぞれの場所に座る。そしてサイコロの結果、親は天衣になった。

親は上がると1・5倍の得点が貰える。子が上がれば二倍の点数を支払わなければならないが。

 

 

「制限時間はまゆっちが料理を仕上げるまで。 では橘のお姉さんから」

 

「ああ」

 

 

盤上に散らされた牌を積み上げ「山」を作り上げる。

それぞれが牌を取っていき、自らの手元に並べていく。その間、燕の視線は鋭かった。

 

 

「燕先輩、そんなにまじまじ見つめられると照れちゃいます」

 

「ごめんね~。 お父さんと組んで二の二の天和なんてされたらヤバいから」

 

 

牌を整理している間、燕の牽制の一言が。

麻雀では勝つために人と組んで勝負に臨むことがある。「二の二の天和」とはそれを活かしたイカサマである。

即役満を決めることも可能という手段。警戒して当然の手だ。

 

 

「京、皆ギラギラしてるわね」

 

「まぁ麻雀はイカサマも実力だからね」

 

「大和ー! 不義はこの自分が見逃さんぞ!」

 

「クリ、気持ちは分かるがこの麻雀と言う世界に不義は存在しない」

 

 

険悪に近いムードが流れる。

お互いがお互いを牽制し合い、疑い、出し抜こうとしている。今この場に武道四天王が二人も揃っている。この二人の目ならばイカサマも見抜かれる危険性がある。

逆にこの二人ならば大和親子よりイカサマしやすいかもしれない。

 

 

「じゃ、まずは私だな」

 

 

そう言って天衣は牌を捨てる。何も書かれていない白の牌だ。

次は大和の番になる。

 

 

「俺はコイツ、と」

 

 

大和は字牌の一つ、中を捨てる。新たに牌を一つ加えた。

どうやら最初は誰もが様子見のつもりらしい。だが様子見のつもりでも決して油断は出来ない。

景清も顔色一つ変えることなく三萬を捨てる。

 

 

(一見何もない流れだけど……油断できないなぁ)

 

 

燕は最大限の注意を払っていた。

何せ相手はヨーロッパで金を動かす男とその息子。そして元とは言え武道四天王。いかなるイカサマも仕掛ける可能性があるし、逆に仕掛けるのが難しい。

 

 

「皆チマチマと地味だな………」

 

「そんな事言ってられるのも今のうちだよクリスちゃん」

 

 

お互いが牌を一つずつ捨てるだけであっという間に天衣の番になった。

しかし咲の言うとおりここからが本番なのである。

 

 

「ポン」

 

「あ、牌を三つ並べた」

 

 

新たに牌を手に入れた天衣。同じ牌が三つ揃っているため端に固めて並べる。

こうして同じ牌を並べる「ポン」や数字が並ぶ牌を固める「チー」のことをあわせて「鳴き」という。

一々面倒かもしれないが後で厄介な問題が発生しかねない。

 

 

「俺はほいっと」

 

「私も鳴くものはないな」

 

 

大和親子はそれぞれ東、南と字牌を捨てる。

こちらは早めに手を仕上げずじっくり絡めて行くタイプだ。本来上がった回数で勝利と言うのならば手を早めに仕上げることが何よりも勝利の近道。

 

 

(でも迂闊に鳴いて、捨ててしまえばその牌でロンされちゃうだろうし……)

 

 

麻雀といえば誰もが聞いた事のある言葉がある。それは「ロン」であろう。

ロンは相手が捨てた牌で自分の役が出来上がったとき、上がることができる。つまり迂闊に牌を捨てれば痛い目を見てしまうのだ。

燕は自分の牌、そして捨て牌を見てどれが“当たり”かを見極める。

 

 

「えいやっ」

 

 

燕は円のような模様が四つ描かれている、スーピンを捨てた。

誰も反応しない。セーフのようだ。

かといってモタモタしていると自動的に手が出来る――――ツモになる恐れもある。

 

 

(おっ! 後パーソウが来れば………ツモるっ………!)

 

 

天衣は新たに牌を一つ取る。それは棒が八つ描かれている牌、パーソウだった。

後はこれと同じ牌が手元に来るか、誰かが捨てれば上がる。

運の悪い自分が早めにリーチが掛かったので浮かれていたその時、思わず膝をテーブルの足にぶつけてしまう。

 

 

「あっ」

 

「その一萬ロンだ」

「ごめん橘のお姉さん、俺もロン。 上家優先だから俺の上がりね」

 

 

足をぶつけてしまったその影響で牌が倒れてしまった。

よりにもよってそれが景清と大和にロンされてしまう。景清の指定したルールにのっとり、まず大和が一点先取した。

 

 

「う、うぅ………」

 

「ドンマイドンマイ! まだまだ勝負は始まったばっかり!」

 

「………そして勝負の後は骨も残さない………!」

 

 

この寮で住むことで多少不幸体質が和らいだとは言え、さすがにまだ脱却とはいえない。

今回のロンもその影響なのか。燕が慰めるが、大和と共に目を怪しく光らせている。

どうやら天衣を絶好のカモだと認識したようだ。

 

 

「次は大和が親だな」

 

「はいはいよっと」

 

 

まだまだ料理が出来上がるまで時間がある。

一見地味に見えるかもしれないが、大和達は手から出る汗で牌が濡れていた。

新旧武道四天王、そしてヨーロッパ系財界の大物が滲み出すそのオーラは本物で凄まじい緊迫感が漂っている。

 

 

「しかし見ているだけでは面白くないなー」

 

「折角だから自分達もやってみてはどうだろうか? ここに大和の父上のがあるし」

 

「いいわね! というワケで借りまーす!」

 

「クク。 クリスが丸裸にされている未来が……見えるッ……」

 

 

どうやら暇を持て余してしまったらしい、百代達も興じることにした。

彼女達はイカサマを器用に出来るわけでもなければ元々するような人物でもないため、和やかなゲームが進んでいく。

一方咲はこの勝負を生唾を飲んで見守っている。

 

 

「リーチ!」

 

「続行だ………ケチな点棒拾う気なし………!」

 

 

先程のお返しとばかりに天衣が今度こそリーチをかけるが、大和はあっさり看過した。

彼女に自分を当てられない、と踏んでいるからだ。

それは隣にいる景清も同じである。彼が牌を捨て、燕が新たな牌を手に取った瞬間。

 

 

「はい! ツモ!」

 

「ふぅー。 二局目は燕先輩かー」

 

「ふっふっふ。 大和クン、お姉さんには勝てないのだよっ」

 

 

中々燕が生意気なことを言ってくる。

勿論年上の特権なのだろうが、セクハラ主導権を渡さない主義である大和からすればこのような発言は許しがたい。

ならば燕を狙うことに。だが彼女の頭のキレは、時に大和を凌ぐ。

持ち前の性格もあって無用心な手は施してこない。

 

 

「大和、それロンだ」

 

「ぐっ! 父さんへの警戒を弱めてしまっていたか………」

 

 

その後も流れていき、次は景清が一本取る。

頭脳に関してならば、恐らくこの中で誰よりも秀でているのはこの男だ。じっくりと罠を仕掛け知らず知らずのうちに大和を誘い込んでいた。

 

 

(確かに成長しているようだが………まだまだ私には及ばないか?)

 

(―――なんて思っているだろうが絶対倒してやる! 燕先輩も橘のお姉さんも!)

 

(ふふっ。 大和クンのお父さんも倒せば大和クンも認めざるを得ないよねっ☆)

 

(ああ………ヤバイ、手が来ていない………)

 

 

三者三様ならぬ四者四様だった。

一方その頃百代達の麻雀はというと。

 

 

「クリ、それローン!」

 

「ぬぁーっ!! い、犬にやられたぁ!!」

 

「さぁクリ、罰ゲームだ。 お姉さんの前で脱げぇ!」

 

「いつの間にか脱衣麻雀に……なら次はモモ先輩狙いで行って見ますか」

 

 

全く緊張感の無い麻雀を楽しんでいた。

一方その頃、大和達の大局は更に熾烈を極めていた。誰もが火花を散らしあう中、大和のみが威圧感を放っていない。

それが逆に警戒心を与え、誰もが無用心な手を出さない。

 

 

(このままじゃ流局だな……。 だが、捨て牌を見る限りではこの辺りは安全圏)

 

 

大和は緻密に手を練り上げていた。

しかし思いのほか時間が掛かってしまい、流局寸前である。とにかく案牌と思われたそれを捨てた時だった。

 

 

「ごめんね大和クン。 ロンしちゃうんだなそれ」

 

「何ィッ!?」

 

 

大和が奇声にも近い悲鳴を上げる。

先ほど確認した中では燕の捨て牌を見る限り、ロンの圏内ではなかったはず。

とここで燕の捨てた牌を確認すると先程まで存在していたはずの牌がなくなっている。代わりにそこは白々しく光る白の牌が。

 

 

(燕先輩……“拾った”なッ……!)

 

 

麻雀のテクニックのひとつに“拾い”なるものがある。

これはイカサマの一種で俗に言うすり替えの一種だ。燕は狙っていた。全員が手元の牌を確認するその一瞬を。

納豆の行商で鍛えたその手首の動きが神速を超え、この技術を可能とした。

 

 

「イカサマもバレなきゃOKだよね?」

 

「………そう、ですね」

 

「ふふふ。 さすがですな松永さん。 息子が蹂躙されております」

 

 

あっさりとイカサマと認めてきた。だがそれに気付かずロンされてしまったのも事実。この事実は書き換えられない。

勝者の余裕と言わんばかりに燕は鼻歌を歌っている。

 

 

「……………」

 

「大和、苛立つのは分かるが貧乏ゆすりはよくないぞ」

 

「あ、ごめんね」

 

 

足を揺らして床に音がトントンと鳴り響く。

耳障りになったのか、さすがに天衣が注意した。そして次の局に持ち込むために牌を崩し、皆が拾い上げる。

景清が牌を取るため天衣の近くにある山に手を伸ばそうとしたときだ。

 

 

「姉さん、そっちどう? クリス真っ裸?」

 

「ああ! 最高に楽しいぞ!! 燕はどうだ!?」

 

「あはは。 今のところ私がトップだよん」

 

 

百代に戦局を聞いている。

どうやら百代は絶好調のようで目の前にはあられもない姿になっているクリスが。今にも泣き出しそうである。

すっかり満足しきっている百代のテンションに苦笑いしながら燕が返した。

その間、景清が天衣の近くにある山から牌を一つ取っていく。

 

 

(直江景清……今のところ拾った様子も無し、か)

 

 

さすがに天衣から見ても景清は注意すべき人物として黙認されていた。

彼が山から牌を取る際にもしっかり注視している。

武道四天王の目は誤魔化せないと踏んだのか、景清は何もしなかった。一先ず安心する。

そして大和が牌を捨て、天衣が牌を捨てる。

 

 

「これだね」

 

 

少し陽気になっている燕が中を出した。

その時、大和がまるでピアノの鍵盤を鳴らすかのように親指で流すように手元の牌を倒していく。

 

 

「燕さん、ゴチになりました。 ロン!」

 

「なっ!?」

 

 

まさか一週目で当てられるとは思っていなかった。

つまり大和は最初からリーチをかけられる状態に合ったという事になる。下手をすれば最初から役満―――天和もありうる。

そんな手を起こせるなどと思えなかった。得意げになっている大和が新しい局を始めるために手元を崩す。

 

 

「………なるほど。 お父さんと組んで“燕返し”したってワケ?」

 

「さすがですね先輩☆」

 

 

今度は大和がニッコリする番だった。

彼が使用した手段、それは「燕返し」。これもイカサマの一種だ。目の前の山と自分の手元を交換してしまう技なのだ。

本来これは直でやれば見抜かれる恐れがある。

 

 

「そのためにモモちゃんで気をそらせるとは……大和クン、やるね……!」

 

「景清さんと手を組んで私の視線を逸らさせていたわけか……」

 

 

そして大和は更なる保険として父親と手を組んでいた。

合図は先程の貧乏ゆすり。あれは単なるクセではなく、所謂モールス信号としての役目があった。

後は了承した景清が上手く燕の視界を腕で覆い隠し、天衣の視線をひきつけるだけ。

 

 

(くぅっ……正直やり返された……しかも燕返しって私の名前使うとは……!)

 

 

燕返しに拘った理由も、彼女の名前が入っているだけだからである。

一種の皮肉が込められており、大和は確実に彼女の上に立ったという優越感を与えた。当然燕はそんな屈辱的なことをされて黙っているわけが無い。

と、同時に認めてもいた。

 

 

「これで俺と燕先輩、そして父さんが並んだ! 勝負はここからだ!」

 

「……そして私は敵として認識されていないっ……!?」

 

 

最早天衣のネガティブ発言を耳に挟む余地は無い。

見る限りでは制限時間となっている由紀江の料理も間もなく完成しようとしている。この時点で上がりの回数だけで言えば大和と燕、そして景清がそれぞれ2回。

後一回上がればその時点で勝負が決まるだろう。

 

 

「……大和。 私と組んだとは言え良くぞ松永さんを当てた」

 

「うぅ……お父さんにまで引き合いに出されるとは……」

 

 

飄々としながらもプライドの高い燕からすれば屈辱的だ。

一方で大和は燕から一本とり、そして尊敬する父親からも認めてもらえた。こんなにも嬉しいことは無い。

 

 

「やったなぁ大和! あなたからも認めてもらえるなんて」

 

「真剣勝負に口を挟むな。 後でお仕置きしてやる」

 

「は、はい……すみません………」

 

 

母親としてサバサバとして意見を出しながらも、結局咲はメス猫になってしまう。

余談ではあるがこの夜、二人は激しく愛し合ったのはいつものことである。

 

 

「だが、私にはまだまだ及ばん。 もっと精進しろ」

 

「何を言うかと思えば勝負はまだまだこれから!」

 

「いいや。 私の勝ちだ」

 

 

そう言って景清は崩した牌を綺麗な手つきでまさぐり始めた。

一切の情報を遮断するかのように目を閉じている。

無駄の無い動きで、まるで狙っていたかのように牌を次々に手に取る。そして並べると。

 

 

「天和だ」

 

「「「えぇぇぇッ!?」」」

 

 

さも当然のように景清は手元を見せた。

綺麗に役が揃っている。役満だ。この終盤であっさりと揃えて見せた、ありえない一面に大和や天衣は愚か、燕ですら激しく驚いてしまう。

 

 

「くっ、まだまだ………」

 

「いいや。 ゲームオーバーだ大和」

 

 

当たり前のように天和を出せるなど何かしたに違いない。

とは言え確かめている暇は無い。モタモタしていれば由紀江が料理を仕上げてしまう。

取られたのなら、取り返すしかない。

新しく対局を始めようとする大和だったが、景清は勝ち誇っている。

 

 

「みなさーん。 お料理が出来ましたよ」

 

「なッ!?」

 

「そういう事だ。 大和、まだまだ甘いな」

 

 

そう、景清はタイムアップの時間すら計算に入れていたのだ。

由紀江が用意し始めた食材を見ればどんな料理が作られようとしているのかは大体想像出来る。

完成形さえ分かれば後は料理が出来上がるまでの時間を計算するだけ。景清は始めからタイムアップによる逃げ切りを画策していた。

更に極めつけとして先程の天和となった内、一つの牌を大和の前に転がした。

 

 

「……あっ! よく見ると細かい傷が!」

 

「肉眼では分かりづらいが触れれば微かにくぼみの感触があるな……」

 

「バカな!? 俺のの麻雀にはそんな仕掛け………まさか!?」

 

 

天和を揃えて見せたその仕掛けは単純明快、実に小さな傷をつけておくことだった。

これが点字のような役割を果たし、景清にはどの牌がどこに行くのかもわかっていたのだろう。後はそれこそ燕返しなり拾いなりのイカサマをすればいい。

問題はこの傷をいつつけたか。その答えは一つしかない。

 

 

「―――――商売道具は簡単に人前に見せぬものだぞ、大和」

 

 

景清は大和が帰って来る以前に大和の部屋を訪れた。

その際、私生活を視察すると共にこの麻雀牌を見つけ出し傷をつけておいたのは。

全てはこの局面を見越しての細工だった。

格の違いを見せ付けられた燕と天衣、そして大和は肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「今日こそ勝てると思ったのにー!!」」

 

 

豪華な鍋料理を前にして、大和とクリスの発言が重なった。

どうやら百代たちとの麻雀にも大敗したらしい、さすがに服を着ているがあの時の屈辱は忘れなかった。

そして大和は尊敬する父親に及ばなかった悔しさが残っている。

 

 

「まぁまぁ落ち着いて大和」

 

「そうですよ。 腕によりをかけましたから満腹になって抑えてください」

『まゆっちの料理は鎮静効果があるんだぜー。 試してバッテン!』

 

 

一子と由紀江に宥められ、鍋の中の食材にがっつく。

肉や魚肉が知るに溶け込み濃厚な味わいを引き出している。肉特有の臭みは白菜等の野菜が打ち消し、投入されたしいたけ等のキノコが芳醇な香りを出していた。

食べてみるとあら不思議、大和達の溜飲も下がっていくではありませんか。

 

 

「うむ美味い! 一回も上がれなかったが美味い鍋を食べられたと思えば幸せだ♪」

 

「橘さんも最近はポジティブになってるし良かった良かった」

 

 

あの勝負では一回も役が作れなかった天衣だったが、引きずることなく前向きになっている。

いい傾向であると百代も安心していた。

 

 

「大変素晴らしい料理の腕だ」

 

「確かに、寧ろ私が見習いたくなるくらいだ」

 

「お前の味付けはそのままでいい。 まさに愛妻料理なのだから」

 

「あ、あなた………」

 

 

料理中でも仲睦まじいこのお二人。

この部屋の気温が上がっているのはきっと目の前でもくもくと湯気を吐き出し続ける鍋料理の所為では無いだろう。

 

 

「お暑いコト。 ……ねぇ、大和クンも女性と付き合ったらあんな感じになるのカナ?」

 

「ブほうっ!?」

 

「フシャーッ!!」

 

 

意地悪そうに微笑む燕の発言に思わず噴出してしまった。

もうこれは大和を狙っていると公言しているも同じ。京がまるで猫のように奇声を上げて威嚇している。

噛み付かれては敵わないと燕も一旦距離を置く。

 

 

「燕、あんまり弟をからかうなよ」

 

「何気にモモちゃんも怖い顔なさるなさる……ってゴメンね」

 

 

百代の反応も、京ほど露骨なものではなかったが僅かに怒気が篭っている。

こと自己主張が激しい百代は弟分を誰にも譲る気が無いらしい。

それは他の女性陣からも見て取れた。が、さすがに食事中に険悪なムードになるのはまずいと燕も反省し、一言詫びた。

 

 

「ふっ。 大和、相手は早めに決めなければな」

 

「ハッキリ言ってふらふらしてるのは良くないぞ~?」

 

「でもまだ誰かに恋していないからね。 気軽には付き合えない」

 

 

これ以上パニックにならないよう、小声で耳打ちしてくる両親。

彼らの一言も最もである。とは言え、大和はまだ誰かに恋しているわけではない。故に半端な気持ちで女性と付き合うつもりはなかった。

相手のことを真剣に考えているからこそ、安易な答えは返さない。

 

 

「いい答えだ。 だが期待させれば期待させる分、反動も大きいぞ」

 

「…………」

 

「まぁ京ちゃんは10年以上もアタックしてるけどね」

 

 

確かに大和はそれが唯一の気がかりだった。

まだ誰かが好きになったわけではない。しかし椎名京はそんな女性達の中でも10年以上の付き合いになる。その好き好きアタックとも。

勿論彼女のことを好きになる日が来るのかもしれないが、万が一そうでなかったら彼女はどうなってしまうのだろうか。

 

 

「大和。 私なら大丈夫だよ」

 

 

すると当然かのように京が割り込んできた。

彼女を除いた女性陣は楽しく談話しながら鍋を突いている。さすがに食事の席まで修羅場を持ち込む女ではなかった。

 

 

「………いつから聞いていた」

 

「そりゃお義父さんとの会話だもの。 でね、」

 

 

京は会話を続けた。

真剣な表情をした京の言葉は、信じられる。

 

 

 

 

 

「例え大和が誰かと付き合っても、それが大和の幸せなら構わないよ」

 

 

 

 

 

優しい表情で京はそう告げてきた。

確かに彼女からすれば大和と結ばれたいのは事実。しかし大和の幸せを壊すような女ではない。

それだけは断言できた。

これ以上無いくらいに自分のことを考えてくれていると、大和は素直に嬉しかった。

 

 

「………ありがとな」

 

「勿論私と結ばれるのがTRUE ENDだけどね」

 

「友達として気が楽になったよ」

 

 

最後の言葉は聴かなかったことにした。

それが無ければ多少好感度が上がったかもしれない。だがそれでも京らしいと納得する。

一方、乙女側の心理はと言うと。

 

 

(これでお義父さんにもいい女ぶりをアピールできた。 確かに大和が誰と付き合ってもその幸せは壊さない。 でも最後は鳴くまでまとうホトトギスが勝ったからなッ!)

 

 

やはり諦めていなかった。

寧ろこの会話を将来への布石とする辺りは抜かりない。

それだけ大和と付き合いたい。景清もその全てを見抜いていた。

 

 

「確かにこれは選びがたいな」

 

 

そう苦笑を一つ残した。

こうして大和の両親を交えた夕食は終了した。由紀江の料理は相当満足して貰えたようで景清も咲も終始ご機嫌である。

彼らは端を手元に置くと席を立つ。

 

 

「そろそろお暇しよう。 改めてありがとうございました」

 

「大和の両親として、息子をこれからもお願いします」

 

 

礼儀正しくお辞儀をした。

こうしてみると忘れがちではあるが、ヨーロッパで金を動かすという事はそれだけ多忙であるという事。

正直今日、息子とその友達と過ごせた時間は最も長かったほうだろう。

 

 

「今度は川神院にも遊びに来てください」

 

「あ、松永納豆も如何です?」

 

「楽しみにしておこう。 それでは」

 

 

百代の言葉と燕の商魂溢れる台詞を、たった一言で返してみせる景清。

手強さを感じた燕は微妙に口を尖らせる。

寧ろそんな彼女の狡猾さを気に入ったのか、景清はふっと微笑んだ後寮を出た。川神特有の星空が輝いている。

 

 

「綺麗ですね」

 

「ああ。 私とお前が出会ったのもこんな星空の下だったな」

 

 

過去を振り返る直江夫婦。

あの夜、彼女が走らせるバイクに引かれそうになり景清の目に映った。自由奔放に生きる、あの可憐な姿を欲した。

そのために徹底的に彼女のことを調べ上げ、完璧な罠にかけ、調教した。

 

 

「はい~………」

 

「やれやれ、なんと緊張感の無い………約束もかねて今日はたっぷりいぢめてやる」

 

 

過去の出会いを思い出し、その悦楽に浸る。

その顔はまさに恋する乙女そのもの。結婚して尚、彼女は恋していたのだ。

当然景清の顔もドSに歪む。

 

 

「………でもご主人様。 大和、成長しているようで何よりでしたね」

 

「ああ。 ………まだ私には及ばないが、いい成長だ」

 

「友人関係のほうも問題ないみたいですしね。 コネも増えたようですし」

 

「今日はそれを兼ねての訪問だったからな。 結果はまさに上々と言えるだろう」

 

 

大和の成長も見れた、友人関係も円滑であることを確認できた他、松永燕に黛由紀江など有力な人物とも接することが出来た。

どれも景清にとって嬉しいことばかりだ。

 

 

 

 

(大和、私を超えて見せろ………)

 

 

 

 

星空を眺めながら、景清はただそう願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その頃、大和の部屋。

 

 

「………京がいるのは予想できたがまさか燕先輩まで………」

 

「いやぁゴメンね~。 大和クンの部屋興味があってね」

 

「私が忍び込むより先に来ていた………松永燕……恐ろしい子っ……!」

 

 

父親と久々の面と向かっての談話と真剣勝負を楽しみ、疲れを愛玩動物であるヤドカリに癒して貰おうとした時だった。

まるで自室のように寛いでいる京と燕がそこにいた。しかも二人とも中々刺激的な格好をしている。一瞬、大和の中の獣が暴れそうになった。

 

 

「ホント、大和クンのお父さんって凄いね京ちゃん」

 

「当然。 私のお義父さんになる人ですから」

 

 

一見和やかな空気であるが、彼女達の間には火花が散らされている。

目元が陰り、異様な雰囲気を放っていた。

瞬時に高い危機回避能力を身につけている大和は悟った。この空間は死地だと。

 

 

「ところで大和クンの家って許婚制度とかあるのかな?」

 

「残念ながら無いそうで。 あったら私が許婚ですけどね」

 

「またまたぁ。 京ちゃんったら冗談上手いんだから」

 

「いえいえ。 松永先輩ほどではないと自負している」

 

 

益々膨れ上がるこの殺気。

嫌悪感の方がまだ数十倍マシだ。こちらは互いが笑顔を振りまいているあたりがタチ悪い。

不気味な微笑がこの空間を支配していく。

 

 

「大和! 今日は私と寝るという割り込み約束を………あれ?」

 

「いない! 逃げられたか………」

 

 

いつもの二人であれば気付かないわけ無かったのだろうが、二人とも殺気を相手にたたきつけていた。

それが仇となり、大和に逃げる隙を与えてしまっている。

彼はその夜を、今は旅行に出ているため空き部屋となっている翔一の部屋で過ごすのであった―――。

 

 

 

 

 

 

「Welcome♪」

 

「Oh………魔王現る当方に迎撃の用意なし……!」

 

 

 

 

 

 

 

今日島津寮で泊まる為、たまたま部屋で待機していた川神百代と。

結局その後大和は姉に散々弄られげっそりとした翌日を迎えることになるのだった。

 

 

 

 

 

つづく




どうもお待たせしました。というわけで今回は直江夫婦のご登場です。
正直1のころは声からしてシヴイ叔父様なのかなと思っていましたが想像以上にクールな人出てきた!ということで一気に気に入りました。
咲さんも咲さんでええキャラしてるわ~。父親が一瞬で惚れるのも無理ないですな。
麻雀の辺りは知る人ぞ知るアカギを参考にしました。と言っても役とかが詳しく乗っているわけではないのですが。
さて、後一話挟んで次は京編になるかと思います。お楽しみに!
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