真剣で私に恋しなさい!X   作:テンペスト

21 / 41
第二十一話 源氏家の一族

それは、直江大和が風間ファミリーと昼食を屋上で取っている時だった。

 

 

「うおわあああぁぁぁぁ―――――――――っっ!!!」

 

「あ、与一だ」

 

 

2-Sと思われる教室の窓から一人の男が豪快な悲鳴を上げながら投げ飛ばされるシーンがこの屋上から見える。

声と状況を考えるからに那須与一だろう。

彼はそのまま核弾頭とも言える勢いで投げられ、そして学校のプールに着水した。

投げられたパワーに比例して高く上る水飛沫が、綺麗な虹を描き出す。

 

 

「さっすが弁慶、凄いパワーよね~。 まぐまぐ」

 

「確かにな。 今回の水しぶきの高さは記録更新じゃないだろうか」

 

「あ、与一が気絶して浮かんでる」

 

 

一子ら2-Fの女性陣は暢気にそれぞれの食事をしていた。

最早姉貴分である弁慶による制裁は一種の日常と化してしてまっている。故にこうして穏やかに見つめているだけなのだ。

無論それはこの男性陣も同様である。

 

 

「始めこそ驚いたがモモ先輩見てるとなぁ」

 

「目が肥えちゃうよね」

 

「つーか普通なら与一も骨折とかしていい物を」

 

 

それぞれ弁当に詰め込まれたおかずを口に運んでいく。

大和も苦笑しながら由紀江が作ってくれた弁当を咀嚼する。と、ここで学校から慌ててプールに向かう一人の少女を見かける。

 

 

「義経か。 毎日毎日大変だな」

 

「下がアレだと上が苦労するってのはどこも同じなんだな」

 

「ウチは上がアレだから下が苦労するんだけどね!?」

 

 

翔一のある意味ずうずうしいとも言える発言に全員が頷く。

毎回毎回秘境に足を伸ばしては音信不通になって皆を冷や冷やさせる事は当たり前のこの男。特に最も付き合いが長い大和はどれだけ苦労させられたことか。

そうしている間にもプールに辿り着いた義経は水面にぷかりと浮かんでいた与一を引き上げる。

 

 

「っていうかよく与一も反省しないものね」

 

「あれは病気だもの。 ………大和と同じ症状の」

 

「グハッ!!」

 

 

一子と京のやり取りに胸の痛みが蘇る。

過去の生き写しである与一の登場で大和は度々この黒歴史に悩まされていた。

今最も欲しいものは何かと問われれば、間違いなくタイムマシンと答える夏の今日。

柵を支えに顔を見上げると、そこには必死に手当てしている義経の姿があった。

 

 

「与一………義経ちゃんに手当てして貰えるとは羨ましい」

 

「そこなのガクト!? 違うでしょここは哀れむところでしょ!」

 

 

岳人は相変わらず女に囲まれる男に対して敵意の視線を向けていた。

彼の嫉妬の視線はともかく、自業自得とはいえ毎回毎回あんな状況になっているのではさすがに与一は愚か、義経ですら可哀想に思えてくる。

 

 

「今日の弁慶は荒れそうだな………怒りゲージを抑えておくか」

 

 

やれやれと肩を竦めながら大和は、今日のだらけ部に行こうと決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――それから放課後。

 

 

「はい。 今日はちょっと趣向を変えてカマボコ」

 

「おぉ~! ちくわも良いけどカマボコも好きなんだよね~」

 

 

大和は恒例のだらけ部に顔を出していた。

既に膝枕をしてもらっている弁慶に口に満から貰った厳選に厳選を重ねた極上のカマボコを運ぶ。

本来なら野口さん3人ほど飛んでいく代物だが、満の九鬼財閥へのスカウトのお礼として特別に提供して貰ったものだ。

 

 

「直江、オジサンにも一切れくれよ。 見せ付けられると食いたくなっちまうじゃねぇか」

 

「だ~め。 これは~大和が~私のために~くれたもの~」

 

「……何故だろうか。 この二人恋愛していないはずなのにオジサン、嫉妬しちゃう」

 

 

将棋の対戦相手となっている巨人もいつもいつも差し入れられる川神水の肴が気になっていたようだ。

手を伸ばしたが、軽く弁慶に払われてしまう。

この二人恋愛しているわけではない。あくまで餌付けである。しかし一歩間違えれば深い中になるのも事実だ。

 

 

「ところでさ弁慶。 最近与一への制裁が激しいね」

 

「ん~? そりゃ“主に恥じかかせるな”って約束破ってるからね~」

 

 

大抵弁慶がお仕置きをする場合はその理由が絡んでいる。

普段川神水を飲み、自堕落な印象を受ける弁慶だが義経に対する忠義心は本物である。

だからこその全力制裁なのだ。

 

 

「とは言えやりすぎると義経も落ち着かないよ? (なでなで)」

 

「う~ん………まぁ大和が言うなら少し考えてもいいかな~……。 (ごろごろ)」

 

 

その時の二人はまさに飼い主と主人の膝の上で甘える猫の図だった。

見せ付けられている巨人がやれやれと悪態づいているとコツコツと靴の音が響いてくる。

 

 

「ん? 誰か来るのか」

 

「あれ? この気………まさか」

 

 

音を聞き取った巨人が反応を示した。

次に反応したのは弁慶だ。どうやら誰が来るのか、分かったらしい。

ただ弁慶は百代や由紀江のように他人の気を敏感に読み取る能力は無い。それでも察知できたという事は、彼女の良く知る人物に限定される。

 

 

 

「直江君、いるだろうか? あ、ここにいたのか弁慶」

 

 

 

弁慶の主にして巨人の教え子、源義経だ。

相変わらず品行方正な立ち振る舞い。どうやら発言からして大和を探していたらしい。

彼を見つけた義経は部屋に上がると大和の目の前で正座した。

 

 

「どうしたの義経? 顔色見るからに何やら深刻そうだけど」

 

「わ、分かるだろうか。 実は……与一のことなんだ」

 

 

明るい表情ではない。しかも彼女に限らず大和を頼るという事は、相談の類であることが対外だ。

大和は持ち前の頭脳や人脈、人当たりのよさで頼られることがある。

今回もそういった用件であると瞬時に理解し、彼女の話を聞く体勢に。そして話題は案の定与一のことだった。

 

 

「与一、毎日毎日上手くコミュニケーションがとれないでいて………」

 

「オジサンもそれは危惧してるよ」

 

「そして毎日毎日弁慶に吹き飛ばされて………」

 

「あー私も危惧してる危惧してる~」

 

 

弁慶は全く危惧していなかった。

何せ吹き飛ばしている本人なのだから。ただ彼女が手を挙げる原因は与一自身にあるので一概には責めきれないが。

 

 

「義経は、義経として家臣のことが心配なんだ………」

 

「……よーするに与一ともっとコミュニケーションが取りたいと」

 

「うん! 与一とつつがなく会話している直江君なら何とかなると思うんだ!」

 

 

大和はいよいよ頭を抱えた。

こんなにも義経を困らせている理由、それは与一の中二病だ。

口を開けばどこかの漫画で出たような台詞が飛び出してくる。何ともイタイ発言ばかり。しかも皮肉屋になっているため他人との関わりを避けている。

 

 

「何なら、直江君と与一の会話内容を教えて欲しい! 義経もそれを真似してみる!」

 

「ダメ!! ダメダメダメダメぇぇぇえええええええ!!!」

 

「な、何でそんなに全力の拒否を!?」

 

 

こんな純真な子をその道に落とすわけには行かない。

 

 

「………やっぱり、義経自身で何とかしなければならないのだろうか」

 

 

義経はとうとう肩を落とした。

日本を代表する英雄、源義経のクローンに恥じない生き方を彼女はしている。故に気負いすぎている面がある。

どうにも大和は見過ごして置けなくなった。こんなにも努力家で純真な女の子を。

 

 

「ありがとう直江君。 時間をとらせて申し訳―――――」

 

「待って義経。 俺に一つ考えがあるんだけど」

 

 

作り笑いを浮かべる義経。咄嗟に大和は彼女の発言を遮った。

もしこのまま彼女に謝罪の言葉を吐かせてしまったらもう二度と頼んでこなくなる。そうなれば次の日からまた与一に関して悩み続けてしまうだろう。

 

 

「明日の休日、俺と遊ばない?」

 

「え?」

 

「与一も他人と関わる楽しさを覚えたらもう少し馴染めると思うんだ」

 

 

なるほど、と義経は手を打つ。

与一が人を拒んでいるからといってこちらからアプローチを仕掛けなくてはコミュニケーションは成立しない。

無理矢理と言えば聞こえは悪いかもしれないが、人と接する機会を多く持てば少しずつでも会話してくれるかもしれない。

これは大和が他人とコミュニケーションをとる上で重要視する観点だった。

 

 

「た、確かに………弁慶はどうだ?」

 

「私ぃ? 私もいいよ~」

 

 

弁慶もどうやら大和達と遊びたかったらしくOKを出してくれた。

ならば迷う必要は無い。

 

 

「分かった! 直江君、よろしく頼む!」

 

「了解。 ……さて、皆にも応援を頼みたいところだけど………」

 

 

愛用しているケータイを取り出そうとした。

だがよくよく考えてみれば与一の深刻なコミュニケーション力不足は一朝一夕に直るものではない。はっきり言って与一とまともに会話できるのは大和くらいのものだ。

そんな彼が余り接点の無い風間ファミリーの中に放り込まれたらどれだけ避けてしまうことだろうか。

おまけにキャップこと翔一は明日から出かけるという。

 

 

「……今回はいいか。 とにかく明日楽しみにしていてね」

 

「ありがとう! ところで遊ぶって具体的には何するんだ?」

 

「七浜の方でショッピングなんてどう?」

 

 

大和はそう誘った。

九鬼財閥の庇護下にある彼女達であれば欲しいものは大抵揃えられるだろう。だが今回はあくまで皆と行動することが大事だ。

そこで大和は敢えてこの切り口で誘ってみたのだ。

 

 

「うん! 義経もそれがいい!」

 

「私も新しい川神水欲しかったしね」

 

 

義経と弁慶は嬉しそうな表情を見せてくれる。

やはりこうして他人と買い物をする機会が今まで無かったらしい、新鮮で嬉しそうにしてくれると大和も提案した甲斐があるというもの。

後は皆が退屈しないよう、コースを設定するだけだ。

 

 

「直江君ありがとう!」

 

「お礼は明日になってからね」

 

「与一はちゃんと誘っておく! また明日!」

 

 

きちんと礼をしてから義経は去った。

立ち振る舞いだけでなく、礼儀もしっかりしている。やはり源義経のクローンなのだと感じる。

故に与一の問題だけでは無い、あの気負いすぎる彼女を落ち着けさせようとする自分に対しお節介焼きだと肩を竦める大和だった。

 

 

「おうおう直江。 早速デートに漕ぎつけるとは」

 

「デートじゃないってば」

 

「よく言うぜ。 嗚呼、俺も小島先生をあんな風にさらっと誘ってみてぇ」

 

 

恐らく次の瞬間、さらっと断られているであろう。

そう考えるのは難しくない大和と弁慶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小島先生、こんy」

 

「お断りします」

 

「………言い切る前に瞬殺ですか。 トホホ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果は予想通り、というのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、七浜は快晴だった。

絶好の買い物日和と言ってもいい、そんな空の下で大和は赴いていた。

パンパンに含ませた財布をポケットに七浜公園で本日の到着を待ちわびていた大和は、やがて主賓を発見する。

 

 

「お! あれか?」

 

 

遠くから歩いてくる三人の人影を見つける。

確かに服が変わっているので一瞬気がつかなかったが、輪郭がそうだ。

どうやら彼女達も大和を見つけたらしい、こちらに近寄ってくる。

 

 

「待たせてすまない! 与一が中々出ないものだから」

 

「ホラ与一。 ちゃんと挨拶しな」

 

「わーってるよ…………よ、よぅ」

 

 

どれも個性的な服装だった。

義経はブラウスにミニスカートを組み合わせた清楚なお嬢様に近い服装、百代にも近いジーパンにTシャツといった個性的な組み合わせの弁慶。

だが中でも異彩を放っているのはやたら黒と髑髏を強調した与一の格好だろう。まさに中二病を拗らせた彼らしい格好ではあるが。

 

 

「とにかく集まったことだし、とりあえずショッピングモールで買い物でもしようか」

 

「そうだな! で、まずはどこから行く?」

 

「義経の見たいものでいいよ」

 

 

ここはさっさと話題を薦めないと延々と黒歴史に痛めつけられることになる。

大和は義経に何を見たいのかを尋ねた。

まずは彼女の好みに合わせ、与一らの足踏みを揃えようとした。

 

 

「うーん………そうだ、いいCDショップは無いだろうか」

 

「へぇ。 音楽聞くんだ」

 

「俺が勧めたんだ。 13の夜とかな」

 

 

やはり趣味までニヒルに被れていた。

与一のことを悪く言うつもりは無いが、このままだと義経までその道に落ちてしまいそうだ。

それだけは何としても避けねばと大和は腹を括る。

 

 

「とにかく俺のオススメの店があるからついてきてよ」

 

「おっ。 さすが大和、トレンドならお任せって?」

 

「まぁね」

 

 

人脈を駆使して今時逸りのファッションや音楽、映画などのトレンド系は頭に叩き込んである。

更には昨日のうちにオススメコースを作り終えたところだ。

きっと義経達も退屈どころか満足してくれるだろう。そう思って背を向けた矢先与一が耳打ちしてくる。

 

 

「おい大和。 俺が魔道の知識を貸与してるからこれ以上義経をお客さん達の目に触れさせる必要はねぇんだが」

 

 

どうやら与一は何かにつけて面倒くさがりらしい。否、義経思いとも言うべきか。

とにかく会話は中二病そのもの。大和は瞬時にスイッチを切り替えた。

 

 

(フッ、お前なぁ……この世界の特異点が二つある時点で異常なんだよ)

 

(!)

 

(……義経を『特異点』にする気か? それでこそお客さんが大喜びしちまう)

 

(確かに、な。 奴らの魔眼(デモンズアイ)は尋常じゃねぇ………)

 

 

与一は妙にこういった大和のアドバイスはすんなり受け入れる。

分析どおり、彼は「理解者」が欲しかったようだ。だからこそ大和は敢えて彼と同じ目線、立場になったつもりで放している。

その結果がこのイタイやり取りというわけである。

 

 

(俺達みてぇな特異点はこれ以上いらねぇ……義経には、義経の人生(シアワセ)がある)

 

(………ああ。 そうだ……その通りだ)

 

(なら俺らは義経を“闇”から守るために、敢えて“闇”になるべきだろう)

 

(ハッ。 お前の言葉、身に染みるぜ……分かった。 今回はお前の先導(リード)を受けよう)

 

 

因みに要約すれば「義経を中二病にさせるな」である。

 

 

「んじゃ与一も納得してくれたし行こうか!」

 

「す、凄い! 何を話していたのか分からなかったが与一を説得するなんて!」

 

「………大和にもイタイお年頃があったのかな?」

 

 

会話内容こそ聞こえなかったものの、どうやら弁慶は地味に悟ってしまったようだ。

これは今後のだらけ部でも弄られる話題になってしまいそうだと大和は頭を抱えた。だが暗くなってばかりではいけない。

義経のためにも、与一のためにも明るく振る舞う必要がある。

そう考え一歩踏み出したとき、義経が急に背後を振り返った。

 

 

「? どうしたの?」

 

「あ、いや………一瞬誰かがこっちを見てるかなと」

 

「ヒュームさん辺りじゃないかな。 義経達、九鬼家の要人だし」

 

「そう、かな……」

 

 

何やら背後に違和感を感じたらしい。

さすがは武道の達人とでもいうべき危機察知能力。しかし彼女たち武士道プランの申し子は常に九鬼の庇護下にある。

ヒュームやクラウディオといった猛者達に見守られているはず。

余り気にしすぎると折角の買い物も楽しめなくなってしまうと大和が諭し、ようやく一歩を踏み出したのであった。

 

 

「それじゃまずは行きつけの音楽ショップから」

 

「おお! 何ともオシャレな店だ!」

 

「へぇ………七浜にこんなところがあったのか」

 

 

大和が案内したのは大通りを避けて路地に近い、人通りの少ない道。

そこにひっそりと構えてあった店に辿り着いた。確かに余り人が来ないようだが、外装自体はとても凝っており、尚且つ目に痛くない。

義経は愚か、与一ですら関心を抱かせた。

 

 

「時代歌手問わず色んなCDが置いてある。 掘り出し物もあるかもよ」

 

「いいね~。 お、私この歌手結構好きなんだ♪」

 

 

弁慶がお気に入りの歌手のポスターを見つけたらしい。さっそく上機嫌になる。

大手専門店であれば紹介など必要ないが、こういった探さなければ見つからないような店を紹介すれば好感を持ってくれる。

おまけにこの店は品揃えはもちろん、品質もいいばかりかほしいCDを探して配送してくれる店。

 

 

「んじゃ早速入ろうか…………ん?」

 

 

大和達がその店に入った時、違和感を感じた。

その違和感の正体、それは店の雰囲気でも品揃えでもない。挨拶をかけてきた店員にあった。

 

 

「い、いらっしゃいませー………」

 

「恥ずかしいなら何故カウンターのバイトやってるんだモロ」

 

 

それは大和の仲間、風間ファミリーの一員師岡卓也だった。

あまり人と面向かって話すことが苦手である彼にとって接客業は中々の苦行。実際、大和だけならともかく知人止まりの義経達には少々挨拶しづらそうだ。

彼自身、それを自覚しているはずなのにいきなりこのバイトをしているとは正直考えづらかった。

 

 

「い、いやスグルからオススメの店を聞かされててね………!」

 

(モロの言動………なーんか怪しいんだよなー……)

 

 

明らかに挙動不審としか言いようがないその慌てぶり。

裏に何かあると感じ取った。

一方で店員が知り合いだと知った義経達は気楽にCDを選んでいる。

 

 

「師岡君、PONNY PINKの曲は無いだろうか?」

 

「あ、えーとそれならこっちに」

 

 

どうやら義経はPONNY PINKがお気に入りのようだ。

卓也も一応接客の仕事を懸命に果たそうとしている。大和は杞憂だったかと安心しようとしたその時、店の外にこちらを眺める影が一つ。

振り返ったそのとき、もうそれは存在しなかった。だが確かにこちらを見ていた。

 

 

「………義経の言うとおり、誰かがこちらを覗いている………?」

 

「どうした大和。 ………刺客(おきゃくさん)か?」

 

 

大和の様子が気になったらしい、与一が尋ねてきた。

このままだと折角の買い物が台無しになる恐れがある。大和は瞬時に中二病スイッチを押した。

 

 

「すまん………いつもこの店に来る時は、背中が疼きやがるんだ」

 

「因縁の記憶か………どんな戦記(メモリー)を刻んできたのか、拝ませてもらいたいもんだ」

 

「やめとけ。 その時、お前は“最後”を知ることになる。 知ることは……苦痛だ」

 

「ああ。 ……闇に魅入られたものは、闇に取り込まれる……俺も落ちるつもりはねぇ」

 

 

持ち前の中二病っぷりが功を奏し、なんとか与一の詮索から逃れられたようだ。

一方義経や弁慶はまだCD探しに夢中になっている。卓也もそれに気を取られていたために大和のほうを振り返っていなかった。

今までの会話を聞かれていたのなら大和は即座に舌を噛んでいたであろう。

 

 

「さて………って何その量!?」

 

「いや、CDなんてあまり買ったことがなかったから」

 

「大丈夫。 金は九鬼のカード、労働力は与一だから」

 

「姐御!? 俺を荷物持ちさせるために引っ張り出してきたのか!?」

 

 

どうやら金銭面に関して心配することは無いようだ。

やはり九鬼の包まれている以上、割と不自由ない暮らしをしているのだと感じる。

さすがに与一だけに荷物持ちさせると可哀想なので大和も少し持つことにした。それでも与一より筋力がない分、持てる量は少なめだったが。

 

 

「それじゃ次は弁慶の要望に答えて川神水の専門店に行こうか」

 

「あるの!?」

 

「普通は川神市の方がいいんだけど、こっちにクマちゃんオススメの店がある」

 

 

ノンアルコールなのに酔うことの出来る川神水は割りと全国で人気がある。

故にそれを専門に扱うお店やソムリエも最近出てき始めたと聞く。アル中……ではなく、酒好きな弁慶も満足すること間違い無しだ。

 

 

「じゃぁなモロ。 バイト頑張れよ」

 

「うん。 ありがとうございましたー」

 

 

去り際にちゃんと仲間へ労いの言葉をかける。

ちゃんとそれを返してから卓也も挨拶をかけた。あの様子を見る限りでは真面目にアルバイトをしているものと大和も安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし、こちら師岡卓也。 大和はどうやら川神水専門店に行くみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――その読みが、聊か甘かったことも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっはー! いい匂い~………」

 

「べ、弁慶にとってはそうかも知れないが義経は酔ってしまいそうだ………」

 

 

数分後、大和の案内でこの川神水を専門に取り扱う店に訪れた。

川神水と言うだけあって日本酒の酒蔵に近いイメージをしていたが、意外にブドウと組み合わせてワインに近くした飲み物もあったりと種類は豊富だ。

店の置くには喫茶店のようなスペースがあり、川神水のカクテルなども作ってくれると言う。

 

 

「雰囲気もいいな……俺も姐御ほどじゃねぇが、川神水は口にするからな」

 

「ほぉ……ますます紹介した甲斐があったというもんだ」

 

 

どうやら与一にも気に入って貰えたようだ。

ニヒルな言動を取る彼だけに、ムーディな空気を醸し出すこの店を認めてもらえたことに大和も胸を撫で下ろす。

この文句の付けようのない店に一つ、違和感を感じるとすれば。

 

 

「で! ………なんでお前がいるんだろうねぇガクト」

 

「俺様もバイトよバイト」

 

「お前んトコは金に困ってないだろうが……って俺様“も”?」

 

 

 

また風間ファミリーの面子が行く先のバイトをしているという事に合った。

卓也は割りとゲームを買い込んでいるため、金欠になるとは聞くが岳人は島津家。島津家は土地を所有しており、その関係で裕福とまでは行かないが金欠になることは無いはず。

そんな彼がバイトをすることが怪しい、と思ったら案外早くボロを出した。

 

 

「あ、い、いやモロがバイトするってんで俺様もどうせなら近くの方がいいかなって!」

 

「…………お前にしてはマトモだな」

 

「おう!」

 

 

バカにされたことに気付いてなかった。

一回目だけならまだしもこうして立て続けに友人がまるで先回りしているようであると何かと違和感を感じざるを得ない。

義経や弁慶は相変わらず気にしていないようだが。

 

 

「お! 大吟醸川神水がある! 私これ好きなんだよね~」

 

「こら弁慶。 義経の目が黒い内は飲みすぎなんてダメだからな」

 

「はいは~い。 ねぇこれ2本頂戴~」

 

 

弁慶はお気に入りの川神水を見つけたらしく、即刻購入した。

手渡されたビンは岳人によって丁寧に梱包され、袋に詰められて手渡される。

 

 

「はい毎度あり!」

 

「う~ん! これで今夜も大いに飲める~!」

 

「姐御はいつだってガバガバ飲んでるクセにあぐぁぁぁぁぁ!!」

 

 

無粋な発言の与一に全力のコブラツイスト。

与一の体からメキメキという嫌な音が響き渡ってくる。思わず耳を塞ぎ、目を逸らしたくなるが折角の買い物日和に流血騒ぎはよろしくない。

大和が慌てて止めに掛かった。

 

 

「まぁまぁ弁慶。 いいつまみ持ってくるからさ」

 

「………まぁ、大和が言うなら」

 

「ゲホゲホゲホッ……す、すまねぇ」

 

 

驚異の握力から逃れることができた与一は激しく咳き込む。

オロオロしていた義経もようやく落ち着きを取り戻した。すぐさま大和は尊敬の目を向けられる。

義経だけではない、与一にまで。

 

 

「す、凄いな直江君。 弁慶の怒りゲージを0にするとは」

 

「あの姐御を御するなんて………お前には制御者(テイマー)としての能力が備わっているのか」

 

 

純粋な義経ならともかく、いつも弁慶にシめられている与一にまで尊敬されるとは思ってもみなかった。

だが正直悪い気はしていない。

義経には軽い一言をかけ、遠ざけたのちにまたもや中二病スイッチを入れる。

 

 

「フッ、誰かが言った………『上には上がいる』ってな」

 

「確かに……お前は、少なくとも俺より上位の次元に達している」

 

「与一、それは如何に“観る”かだ………お前が見た世界は、まだ狭い」

 

 

岳人は現在会計に入っている。弁慶と義経も金を払っている最中だ。

周りに誰もいないからこそこういった会話ができるのだった。正直、誰かがこの会話を聞いているのなら自決する覚悟がある。

 

 

「俺の世界は、まだ狭い………」

 

「そうだ。 それを広げろ。 自分の可能性(ポテンシャル)をな」

 

「分かったぜ。 ………兄貴」

 

「分かってくれたならそれで…………What?」

 

 

うんうんと納得しかけたが、一つの違和感に気付く。

それは少し恥じらいながらも告げてきた、与一の大和に対する呼称。

思い返してみても間違いはない。彼は大和のことを「兄貴」と呼んだ。

 

 

「俺を常に導く存在……そして同じ特異点……お前は、俺の“兄貴”だ」

 

「oh………」

 

 

大和も呆気にとられたまま了承してしまう。

後から考えればこれで与一を御しやすくなるという利点と、これでますます深い中二病を演じなければならなくなったという苦しさに苛まされることになるのだった。

そうしている間に会計を済ませた義経たちが戻ってくる。

 

 

「お待たせー………ってどうしたんだ与一? そんな神妙な顔つきになって」

 

「義経か……見つけただけさ。 俺の“兄貴”をな」

 

「兄貴………って直江君のことか!? 直江君、与一までも躾けてしまったのか!?」

 

 

義経が驚愕している。

思えば彼女の今回の買い物の目的は与一ともっとコミュニケーションをとることだ。

それが今、大和の方がコミュニケーションを取っているという現状。しかし義経は怒るどころかどんどん尊敬の眼差しになっている。

 

 

「やるねー大和。 この調子でどんどん与一を躾けてほしいな♪」

 

「本来それは義経の役目なんだけどね………」

 

 

弁慶までもが関心を抱いていた。

いちいち中二病を発生させるのにも体力と覚悟がいる。それでも頼られるのは悪い気分ではない。

弁慶、義経と美女達に頼りにされ大和は少し上機嫌だった。

 

 

「ほれっ! さっさと持って行きやがれ!」

 

「ガクト、何で怒ってんだよ」

 

「自分の胸に聞いてみやがれ」

 

「俺が義経達に頼りにされているのが羨ましいんだろ」

 

「分かってる辺りがムカつくわっ!!」

 

 

相変わらず女性にモテている大和に嫉妬している岳人。

怒りに身を任せて瓶の入った袋を差し出したと思ったら泣き始めた。

そろそろ面倒くさくなってきたので放っておくことに。

 

 

「でよ兄貴。 次はどこに行く?」

 

「次はデパートだ。 あそこなら本屋とか色々あるし」

 

 

次は与一の好みに合わせるようにデパートを目指すことに。

と言っても与一の中二病は色々捻くれている。よく読んでいるというラノベが置いてある店だけに連れて行ってもすぐに飽きてしまうだろう。

ならば色々な店が連なっており、かつコミュニケーションも取りやすい場所としてデパートを選んだのだ。

 

 

「じゃ行こうか」

 

 

そう言って大和達はこの店を後にした。だが彼は知らなかった。

裏ではとんでもない計画が進行していたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いらっしゃいませー」

 

「イヤなら断ればいいじゃんゲンさん」

 

 

七浜デパート、二階に存在する書店。

新しいラノベを買いたいという与一の希望に合わせやってきた。

だが出迎えた店員はいつもよりさらに不機嫌な忠勝だった。三回連続で風間ファミリーが店員として現れ、そして忠勝のあの顔。

もうこれは偶然でも何でもなかった。

 

 

「! あの視線は………姉さんかッ!」

 

 

咄嗟に大和が振り返る。

その先ではもう隠そうとしない、百代がへらへらした表情で手を振っていた。

すぐに物陰に隠れてしまったが、もう確信する。

 

 

「………バイトと称して俺達をからかいに来たって目論見だな………!」

 

「そういうこった」

 

 

つまり風間ファミリーはどこから情報を手に入れたのか分からないが、義経達との外出を聞きつけ、色々遊ぼうとしている。

アルバイトとして働いている以上ある程度は真面目にするだろうが、大和達を見かければ色々してくるだろう。

ただ、茶々を入れられるだけなら問題ないと考えていた。

義経達とはデートに来たわけでもないので全然許容範囲、と考えていた時だった。

 

 

「ほれっと」

 

「! 俺に何を張り付けたのゲンさん!?」

 

「心電装置。 お前の心臓が跳ねるとそれを察知するとか」

 

 

忠勝が胸のあたりに何かの装置を取り付けた。

服に張り付いてしまい、思い切り引っ張っても取れない。よく見てみると機械には「KUKI」のロゴが刻まれている。

 

 

「心拍数がボーダーラインを越えるとペナ1、ペナ5で今夜義経達を交えて焼肉だそうだ。 ………お前の奢りで、な」

 

「なん………だと………」

 

 

いつの間にか「ドキリとしてはいけない24時間」企画に巻き込まれてしまったようだ。

正直な話拒否はしたかったが、どうやら強制のようだ。

忠勝も内心申し訳ないと感じていながらも、どこか楽しんでいるようだ。彼もすっかり風間ファミリーに馴染んでしまったようだ。

 

 

「おい、『アホと試験と召喚竜』の新刊はねぇのか」

 

「………こちらに」

 

 

途中、与一が本をご所望してきた。

店員として彼の要望に応えるべく忠勝が案内する。さすがは律義な人、案内の作法は十分心得ているようだ。

彼らが去ると大和は一気に肩を落とす。

 

 

「畜生……! 皆して俺をいじめたいのか!! あれか、テーブルトークダンジョンRPGで俺がボロ勝ちしたことへの復讐か!?」

 

「どうしたんだ直江君?」

 

 

今から心拍数を上昇させてはならない、とは無茶ぶりもいいところだ。

無茶ぶりで有名な風間ファミリーであるが、今回のはいつにもまして酷い。

恐らく発案者は百代か京、そして恐らく九鬼がバックアップについている。あの機械といい、行く先々へのアルバイト斡旋からまず間違いない。

嘆いていると気になったのか義経が近寄ってくる。

 

 

「あ、ああ。 何でもないよ」

 

「そうなのか? その胸の装置といい……気になる」

 

 

不思議がっているがこれを知らせるわけにはいかない。

何度も言うが今回の外出は義経が与一のことを理解したいからだ。だから今回の無茶ぶり企画を知らせて雰囲気を壊すわけにもいかない。

ならばこちらはそれに耐え抜くまで。

 

 

「さぁて、次は服屋さんにでも行く~~~? ひっく」

 

「べ、弁慶! もう川神水を口にしたのか!?」

 

「ごめんね~~~我慢できなかったのね~~~~」

 

「ひゃう! こ、こら弁慶どこを触って………んっ」

 

 

続いて弁慶が寄ってきた。と思いきや顔を赤くし、声を甘くしている。

どうやら先ほど購入した川神水を口にしてしまったらしい、すっかり酔いどれ口調になってしまっていた。

そして義経にぺったりと絡みつき、胸に手をかけている。

 

 

(うおっ! ヤベェ、滾ってく………ハッ!?)

 

 

当然、このビジュアルは健全な男子として垂涎ものだ。

不覚にも興奮しかけた時、胸に付けられた機械からピーッと音が鳴る。

先程まで緑色だったランプが赤く点滅した。どうやらカウントされてしまったようだ。

 

 

「兄貴、なんだその機械」

 

「与一!? な、何でもない!」

 

「………わかるぜ。 リミッターってのは悟られたくねぇもんだよな」

 

「これ何かの制御装置と勘違いされてる!?」

 

 

どうやら欲しいものを見つけたらしい、与一がご機嫌な様子で本を抱えていた。

厄介な状況にこそなってしまったものの、今の与一なら多少なりともコミュニケーションがとれそうだ。

そう踏んだ大和は話題を振ってみることに。

 

 

「弁慶ちょっとゴメンね。 義経、本とかに興味は?」

 

「書物は結構読むぞ。 ベルサイユのユリとかガラスのお面とか」

 

 

意外にも少女漫画、しかも少しハードなものを読んでいるようだ。

だが書物に興味があると知ればこっちのもの。

 

 

「与一、ちょっと義経にオススメの本を教えたげて」

 

「おう。 そうだな、義経は優等生だからな………こんな本がいいんじゃねぇか」

 

「優等生は関係ないぞ。 でも、これは面白そうだ」

 

 

本などに詳しい与一にオススメの本を紹介させる。

些細な会話であるが、会話は何よりも効果的なコミュニケーションだ。

それに会話というものは不思議と安心感がわくというもの。与一のご機嫌も相まって比較的スムーズに会話が行われている。

 

 

「おーやるね大和~~~」

 

「ちょ、ちょっと弁慶? 肩に頭預けちゃって大丈夫?」

 

「大屏風~」

 

「大丈夫じゃない! もうダメだ!!」

 

 

弁慶の受け答えがいつしか芸術的な家具になってしまっている。

相当呂律が回っていないほどに飲んだようだ。

仕方がないので大和が背負いながら次の店である服屋さんに行くことに。そこに待ち受けていたのは。

 

 

「よく来たな大和! 自分がコーディネートしてくれる!」

 

「ここに来てクリスかっ………!」

 

 

よりによって残念な子が来ると思っていなかった大和は頭を抱えた。

何せクリスは意気込みこそ十分だが如何せん経験不足と不器用さがある。

そんなハンデを背負った状態でセンスだけではない、器用さも求められるこの役所に就くとは正直心配する方としては頭が痛い。

 

 

「ちょっと待ったぁ! アタシもいるわよ」

 

「一子さんもいるのか! 益々頼りになる」

 

「益々危ないの間違いだからね義経」

 

 

そこに割って入って一子も姿を現した。

はっきり言って反りが合わないこの二人。戦いともなればコンビネーション力こそ随一だがそれ意外では口論になることが多々。

このような協調性を求められる場でもある服屋で上手くやっていけるかどうか。

 

 

「早速だけど、義経にはこんなジャケットが似合うんじゃないかしら」

 

「何言ってるんだ犬。 ここはこのゴスロリで決まりだろう!」

 

「クリこそ意味分かんない! 義経のかっこよさを引き出させるこれでしょ!」

 

「お前は“ふぁっしょんせんす”がなってないのか! ゴスロリの方が可愛さを引き立たせる!」

 

「これよ!!」

 

「いいやこれだ!!」

 

 

やっぱり上手くいかないようだ。

いつもの口論に義経は苦笑いしていたが、弁慶や与一は笑いもしない。当然と言えば当然の反応である。

呆れていると弁慶がこんな提案を。

 

 

「もういいや。 大和が決めちゃって~」

 

「え? 俺?」

 

「それがいいな。 この場で詳しそうなの兄貴しかいないしな」

 

 

与一からのお墨付きも貰った。

流行の情報を仕入れておくのはコミュニティを広げる上での必須情報。

だから詳しいと言えば詳しい。とは言え実際に女子達のコーディネイトなどしたことがない。

それでも推薦をもらった以上、やれやれと肩を竦めながら店の奥を掻き分けていった。

 

 

「そうだな………義経のお出かけ用だったらこれとこれと……」

 

「え? な、直江君。 これはその………」

 

「普段の恰好とはちょっと違うけどお出かけするならこれくらいのオシャレがいいよ」

 

 

掛けられている服をじっくりと品定めする。

やがて大和は義経のイメージを壊さないような服を一つ一つ丁寧に選んでいく。

もちろん荷物持ちは与一だった。

 

 

「はい。 試着室に着替えておいで」

 

「う、うん…………」

 

 

今まで来たことがない服なのか、抵抗感があるようだ。

かと言って折角選んでくれた服を嫌だと一蹴することができない、お人好しな性格が災いし、結局試着室に追い込まれてしまう。

 

 

「与一。 写メの用意」

 

「おう。 兄貴も性格が悪いね」

 

 

密かに大和はそう指示した。

適度なからかいもコミュニケーションには必要。そう思い、与一に写真を撮らせることに。

当然、後で大和の携帯電話にも転送してもらうが。

やがて試着室の中からモゾモゾ、という音が聞こえたかと思うとカーテンが開けられる。

 

 

 

 

 

「あ、あんまり見ないでくれ………は、恥ずかしい……」

 

 

 

 

 

試着室から出てきたのは、白いワンピースに身を包んだ義経だった。

ノースリーブであるため、その細くて白い腕が美しく現されている。

麦わら帽子を被り、いつものポニーテールを解いており涼しげな印象が伝わってくる。

靴も水色を基調としたサンダルに履き替え、その品行方正という印象を崩さない。

 

 

「じーっ」

 

「な、直江君! だからあんまり…………」

 

「じいいぃぃぃぃぃっ」

 

「は、はうぅ………」

 

 

自分の見立てが間違っていなかったと満足した大和は余すことなく見つめ続ける。

相当恥ずかしかったのか、義経は頭を抱えて唸り始めた。

やりすぎたと反省する反面、可愛いと思ってしまう辺り大和はドSである。

 

 

「フォオオオオオーッ!! 与一、写メ写メ!!」

 

「…………あ、ああ」

 

 

どうやら弁慶にもお気に召してもらえたようだ。

相当気に入ったらしく、べったりと張り付いている。その姿はまるでいつも自分に絡んでくる百代のようだ。

そして与一の目も引かせることができたらしく、珍しく反応が遅れている。

 

 

「大和~! 二人で話し合った結果!」

 

「共にこの黒いコートということで決まった!」

 

「もう選び終わった。 というかお前達は夏場に何着せようとしてるんだ!」

 

 

まだ口論を続けていたらしい、大和も叱りつけるしかない。

さすがに叱られた二人は項垂れ、反省する。

二人にはレジ打ちに行かせ、服を買い終えた義経が戻ってくる。

 

 

「あ、ありがとう直江君」

 

「いや俺は買ってないよ」

 

「そうじゃなくて………服を選んでくれたことだ」

 

 

義経は恥ずかしそうで合ったものの、喜んでいるようだ。

自分に合う服を選んで貰えたこと自体が嬉しいらしい。大和も選び甲斐があったというものだ。

その時の義経の顔は、非常に可愛らしい。

大和も認める、『女性』の顔だった。

 

 

「さぁて、次は私の服とでも行くかな~~~…………ひっく」

 

「おい姐御。 メチャクチャ飲んでるじゃねぇか!?」

 

「許容範囲許容範囲~~~」

 

「いや許容範囲の意味知っててその酔いっぷりか!?」

 

 

弁慶は自身の服を選ぼうとあらゆる服を手に取っていた。

覚束ない足取りながらもあっという間に30着以上の服を軽々と持つ当たり武蔵坊弁慶の名は伊達ではない。

その服の束を持ちあげたまま弁慶が寄って来た。

 

 

「ねぇねぇ、今度は大和が選んで~」

 

「また俺スか」

 

「だってあのコーディネート技術、文句なしじゃな~い」

 

 

そう言いながら寄りかかってくる。

口を開く度に漏れ出る川神水の甘い匂い、髪が揺れる度に漂う女性の香り。

何より体に触れられる、女性特有の柔らかさ。

 

 

(ヤバイ! 何がヤバイって? 食おうと思えば食えるこの状況……ハッ!)

 

 

魅力的な女性である弁慶に近寄られて胸を弾ませるしかない。

だがそうした瞬間、大和は忘れかけていた胸の機械を思い出す。慌てて覗き込んだが、残念ながら機械が空しい音を鳴らすだけだった。

 

 

「………大和、今弁慶にドキリとしただろう」

 

「げっ!? い、いや…………」

 

「やっぱり大和はお姉様の言うとおり、スケベなお尻大好き少年だったのね……」

 

「待てワン子! 俺に対して間違った偏見を持つな! 尻は好きだが!」

 

 

そして二人から白い目を貰った。

何かと背徳感に苛まされる大和であったが、痛い視線に耐えつつ弁慶の服も選んでいく。

選び抜いたのはジーパンと白いTシャツをインナーとして、青い上着を羽織ったもの。

 

 

「おお………弁慶が更にお姉さんらしく!」

 

「ば、バカな……あの姐御が活発でありながら色香を……ストップ姉御!」

 

 

弁慶のコーディネートも大成功のようでこれまた義経や与一を唸らせた。

余計な一言を言いかけた彼はその後アッパーカットを貰いそうになる。

慌てて大和が止めに入ったことで事態を収拾させる。

 

 

「まぁまぁ弁慶」

 

「むぅ……まぁ大和が言うなら。 それにこれも選んでくれたしね」

 

 

いつものように大和が弁慶の怒りを抑える。

九死に一生を得た、とでも言っているかのように安堵している与一と義経であった。

さて服を選び終えた一同は喫茶店で一休みすることに。

最上階近くの見晴らしのいい階層にあるらしい、そこに繋がるエレベータに乗ろうとする。

 

 

「今から行く喫茶店はオシャレで有名なんだよ」

 

「そうなのか。 義経は余り行ったことが無いから緊張している………」

 

 

確かに行き慣れぬ場所は緊張するもの。

しかし義経のようなお年頃の女の子は喫茶店に慣れた方がいい。

喫茶店は社交場としての役割も持っている場所。そんなところで緊張していては会話もままならないだろう。

 

 

「あ、エレベータが来た…………」

 

 

大和達の目の前の扉が開く。

展望エレベーターらしくガラス張りとなっていた。そのためとても眩しかった。

エレベーターを満たす光の中。その中に。

 

 

 

 

 

「大和との絶頂に参りまーす♪」

 

 

 

 

 

大和は即刻扉を閉めた。

 

 

「な、直江君? 今京さんが………」

 

「気にしたら負けだっ!」

 

 

何せ大和は後二回ドッキリしてしまえばゲームオーバーなのだから。

別ルートを取ろうとしたらまた扉が開けられる。

中にはやはり、エレベーターガールの格好をしている京が立っていた。

 

 

「酷いよ大和。 ヨヨヨ」

 

「こんな透ける密室で変態プレイをしようとする方が酷いぞ!」

 

 

ミニスカートをチラつかせながら京が艶やかなポーズを取ってくる。

大和相手ならば公衆の面前であろうと交わることに躊躇いのない京だ。

エレベーター内ならば何でもしてくる可能性がある。

 

 

「ねぇ大和ぉ。 今日のブラ、黒なの………」

 

「やめろぉ! 俺を惑わせるなぁ!」

 

 

長年告白を断り続けている大和であるが、京の発育は並み以上。

おまけに大人っぽさを出して惑わそうとしている今の京のアタックを凌ぎ切れる自信が無い。

打開策を模索していると大和の腕を引くものが。

 

 

「ごめんね~。 大和はこっち側なのね~~~」

 

「うわっ?」

 

 

弁慶だった。彼女の力強さが京を引きはがした。

まるで自分の物とでも言わんばかりに抱きかかえている。

この椎名京という少女は大和の幸せのためなら身を引く覚悟はある。だがまだ可能性がある今、みすみす渡すほど大人しくもなかった。

 

 

「弁慶様。 このエレベーターは京ルート直通となっております」

 

「じゃぁ私達ルートの方に乗りますんで~」

 

 

弁慶の返しは強烈なものだった。

嬉しい反面、恥ずかしいものもあるわけで、また大和の胸の機械が鳴ってしまう。

 

 

「コレ以上はヤバイ!! 京すまん! また後でっ!!」

 

「あっ! 逃がしたか………」

 

 

急いで義経と弁慶の手を引き、その場から逃れた。

あのまま問答を続けていたら京や意識はしていないだろうが弁慶のアプローチが更に激しくなったことだろう。

そうなればまた胸の機械が反応してしまう。

 

 

「はぁ……はぁ……おのれぇ………今回真剣(マジ)なようだな……!」

 

「兄貴、さっきから何なんだアイツら」

 

「気にせず気にせず……さ、喫茶店に行くよ」

 

 

そう言ってエレベーターのボタンを押しかけたとき、妙に自分の左手に熱が籠っていることに気付いた。

振り返ってみるとそこには手を握られたままの義経がいた。

弁慶の手は右手で握っているが彼女は酔っている影響か全く気にしていない。気にしているのは義経の方だった。

 

 

「な、直江君………」

 

「あ、ごめん義経!」

 

 

慌てて手を離す。

幾らなんでも強引過ぎたと後々になって大和が反省する。

さすがに鍛えているだけあって息は切らしていないようだが、義経だって立派な女の子。年頃の男に触れられて何とも思わないわけがない。

 

 

「いや、いいんだ………うん」

 

「おやおや~? 義経、顔が真っ赤になってるよ~?」

 

 

恥ずかしかったのか、それとも何やら違うのか。

とにかく義経はもじもじしていた。それを見た弁慶は弄り始める。

慌てていたとはいえこのミスをどう活かすか、大和はエレベーターに乗り込みながら考え続けた。

辿り着いた喫茶店で空いているテーブルに座った一同はとりあえず注文することに。

 

 

「まゆっち、注文いいかな?」

 

「はい! ………ってどうしたバレてるんですか!?」

『だってまゆっちはめんこい北陸娘だもん。 戦場に咲く一輪のバラだもん』

 

 

ふと大和が呼んでみる。

駆けつけたのはやはり由紀江だった。料理や家事が得意な彼女のことだ、バイトとして先回りするならばここしかないと踏んだのである。

見事予想が的中し中々オシャレなエプロンを着込んでいる由紀江と彼女の掌で転がる松風がいる。

 

 

「いいからいいから。 俺はアイスコーヒー」

 

「よ、義経は紅茶を頂こう」

 

「私は川神水~~~」

 

「それ以上はやめとけ姐御! 姐御はアイスコーヒー、俺はブレンドだ!」

 

 

それぞれが注文を出す。

注文を受け取った由紀江は緊張しながらも流暢に書き込んでいく。

さすがは家事スキル47である。その後もまるで慣れているかのように厨房に向かっていく。

 

 

「今日は結構みんなに会うね~」

 

「そ、そうだね。 義経もそろそろうんざりしてきたかな?」

 

「そんな事は無いぞ! …………うん、無い」

 

 

度重なる風間ファミリーとのエンカウントに関しては嫌悪感などは感じていない様子。

ただ大和の顔を見ると赤らめ、俯いてしまった。

いきなり握ってしまったとはいえ、今尚恥ずかしがっているとは相当初心のようだ。そろそろ立ち直ってほしい頃合いであるが、元凶である大和が強く言うこともできない。

と、ここで大和がふと閃く。

 

 

「ちょっとごめん、俺トイレに行ってくる。 (弁慶、ちょっといいかな?)」

 

「私も行こうかな~。 トイレどこ~? (はいはい。 ま、これが)」

 

「おい兄貴? 姐御まで?」

 

 

大和が席を立った。彼のサインを読み取って弁慶も付いていこうとする。

本来コミュニケーションを調節する役割である大和が義経とぎこちない関係を作り上げてしまっているため役割を遂行できない。

ならばわざと自分を外すことで会話の機会を設けようとしたのだ。

そして二人はわざと物陰に隠れ、二人の成り行きを見守ることに。

 

 

「………い、行ってしまったな。 直江君まで……」

 

「………ああ」

 

 

急に二人きりということで何となく会話が固まってきている。

元々、今日の目的はこの二人の会話回数を増やすこと。こうやって無理やりにでもその機会を作らなければ二人は話そうとしない。

それを自覚したのか、義経もスカートの裾を握りしめる。

 

 

「よ、与一」

 

「………何だよ」

 

「学び舎の方は………最近、どうだ?」

 

「どう……って、何がどうなんだ」

 

 

勇気を振り絞って会話をしてみた。

与一の方は面倒くさそう――――というよりも不慣れそうに受け答えしている。

 

 

「だからその………上手くいっているか、とか」

 

「上手くねぇ……特異点の俺に、そんな時間があるかどうか……」

 

 

やっぱり会話の端々に捻くれた物言いが含まれている。

生真面目な義経はその会話内容を理解するのが難しいようだ。

ただ、まだ理解することを諦めていない。会話内容ではなく、「那須与一」を。

 

 

「どうだ? その……友達は出来たか?」

 

「友……少なくとも眷属、いや俺の兄貴は見つけたさ。 ただ……それだけだ」

 

 

要約すれば「今のところ大和だけ」である。

 

 

「も、もっとその……眷属? 兄貴? を増やしたら………」

 

「元々人間は孤独で孤高なんだよ。 必要以上に増やすこたぁねぇさ」

 

 

どうやら理解者を作るのが面倒くさい、ということらしい。

それを積み重ねていった結果がこのコミュニケーション力不足、否その最果てに存在する「中二病」なのである。

 

 

「どうしてそう………もっと、もっとだな!」

 

「もっと………何だ? 努力しろ、とでも?」

 

「そ、そうだ! 努力―――――」

 

 

義経はこの「努力」という言葉に重きを置いている。

語り継がれる日本の英雄、源義経として日々勉学や鍛錬を欠かしていない。

その結果、Sクラス在籍という優秀な成績と「壁を超えた者」としてその強さを手に入れることができた。

だから努力をすればきっと与一も素敵な日々を送れる。そう語ろうとした矢先。

 

 

「努力しても義経は“源義経”っていうポストが待っている。 そう、俺は――――とことん地味な“那須与一”さ」

 

 

まるで自分そのものを嫌っているような物言いだった。

そしてようやく大和は何となく与一の過去が掴めてきた気がする。一体彼が何を悩んでいるのか。

義経も彼の過去に何があったかはまだ分からないようだが、それでもおぼろげにその“何か”を感じつつある。

 

 

(どうする大和?)

 

(……ここは四の五の言ってられないね)

 

 

大和はそう言いながら携帯電話を取り出した。

素早くメールを打つと渋々した様子で百代が駆けつけてきた。一応指示通り、鋭敏な与一や義経に気取られないように。

 

 

(何だ大和。 これからお姉ちゃんのターンだって言うのに)

 

(ごめん姉さん。 だけどこれは真剣と書いてマジな話だから)

 

(…………聞こう)

 

 

他人の真剣話を無碍にするほど百代は冷酷でも何でもない。

誠意ある言動には誠意をもって応えるのが川神院――――否、川神百代という女性。

大和の顔つきにふざけている場合ではないと感じた彼女はそれ相応の姿勢を見せ、彼の話を聞いた。

 

 

(……そうか。 今回は私達が差し出がましかったな。 すまない)

 

(いいよ。 寧ろこれから協力して貰うんだから)

 

(任せろ。 で、どうすればいい?)

 

 

ここからが軍師大和の腕の見せどころだった。

正直この「軍師」という称号に関して彼は余り関心は持っていない。だが、それでも求められているのならば応える覚悟がある。

大和は与一、そして義経のために持てる全頭脳をフル回転させた。

 

 

(皆を集結させて与一、弁慶と遊んでほしい)

 

(それで会話させるってわけだね?)

 

(なるほど……と言いたいが義経ちゃん達はどうするんだ?)

 

 

百代は物陰から喫茶店のテーブルを覗く。

今の義経はかなり気を落としてしまって俯いている。何やら責任感を感じているかのようだ。

与一もそんな義経に声をかけようとするが中々言葉が吐き出せないでいるようだ。

 

 

(義経の方は俺に任せてくれ)

 

(別行動か。 だがどうしてだ?)

 

(正直気まずくなったあの二人を近づけさせると会話が滞る可能性がある)

 

(一旦距離を空けさせるってわけだな。 分かった)

 

 

例え会話をさせずとも近くにいてしまえば互いがそれとなく意識してしまうだろう。

そうなってしまえばコミュニケーションなど取れるはずがない。

状況と人材、雰囲気を呼んでこそ初めて会話というものは成立する。

 

 

「………義経を、これ以上あんな状態にはさせない!」

 

 

大和の目の前にはすっかりしょげている義経がいる。

知り合いの女の子が悲しげにしているのを見過ごすことはできない。

今までの失態を踏まえ、大和は頬を鳴らした。全ての頭脳をフル回転させていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、コーヒーをお持ち………うぅ、完全に蚊帳の外です……」

 

『まだだ……まだ終わらんよ!』

 

 

 

 

 

 

因みにこの空気に割り込めないでいた由紀江と松風であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、一階に翔一を除いた風間ファミリーが集結した。

大和から指令書と銘打たれたメールが届いたためである。さすがにやり過ぎたと反省した面々は皆、協力的な姿勢を見せてくれている。

早速オススメの店を案内しようと近づいていくれている。

 

 

「皆が案内してくれるの~?」

 

 

そろそろ川神水が切れてきたらしい。弁慶の表情も元に戻ってきた。

だが事情を知っている彼女とは言え折角のお出かけ、彼女を楽しませないまま帰らせるのはよろしくない。

前回の紋白とのカラオケと同じ状況だ。だからこそ大和は退屈させないような人選を行った。

 

 

「弁慶、自分達と回ろう!」

 

「あっちに川神水を使ったスイーツのお店がありますよ~!」

 

「ガクト、目を見開かない鼻息荒くしない筋肉をピクピクさせない」

 

「弁慶さん、先程の無礼を挽回すべくこの黛由紀江が粉骨砕身で案内します!」

 

 

弁慶と回ることになったのはクリスと岳人と由紀江、そして京。

川神水を話題にすれば色々話しやすいと踏んだ。案の定興味を持ってくれたようでついていく姿勢を見せてくれた。

一方の与一は忠勝が主導で色々見て回ることに。

 

 

「俺を刺激しないことだな………下手をすれば、この左手が解放される」

 

 

相変わらずの中二病。

人を拒絶するかのような雰囲気と言動。しかし無理矢理にでも手を取りに行かなければいつまでたっても殻に籠るだけ。

そんな事にはさせまい、と風間ファミリーの面々が積極的に手を伸ばしてくれる。

 

 

「解放したきゃ好きにしな。 こっちにインテリグッズ専門店がある」

 

「与一とかこんな装飾好きそうだもんね」

 

「あー分かる分かる! 大和も昔はこれが『オトナの色だ』って言ってたわ~」

 

「弟も与一と同レベルだったもんなぁ」

 

 

卓也がパンフレットを広げてきた。

記されている場所にオシャレを意識したような店が掲載されている。

それを見るや否や一子と百代が早速過去の黒歴史を穿り返してきた。心に痛みを抱えながらも大和は皆を見送る。

 

 

「それじゃ皆、弁慶と与一をお願いね。 与一も」

 

「ま、兄貴の仲間とあっちゃ邪険にはできねぇわな。 出来る限りやってみるよ」

 

 

予めトラブルを起こさないように釘を打っておく。

とは言え強く打ちすぎるとそれでこそ楽しめなくなってしまうためあくまで柔らかい口調で。

効果はあったようで一応与一も約束してくれた。

それから風間ファミリーの面々と弁慶、与一は反対方向にわかれていく。

 

 

「み、皆行ってしまったぞ直江君………」

 

「これでいいんだよ。 たまには距離を空けた方がいい」

 

「そう……なのだろうか」

 

 

義経はやはり元気が無かった。

態度や言葉遣いこそ品行方正だが、覇気が感じられない。

こんな今の彼女が、あの『源義経』のクローンだと言って誰が信じるだろうか。

 

 

「たまにはこんな形でリラックスもいいんじゃないかな。 ほらおいで」

 

「ちょ、ちょっと直江君?」

 

 

今度はやや強引に手を取って見せた。

この状態の義経だといつまでも責任を引きずる可能性がある。ならばお互い恥ずかしいものの、強引にでも引率した方がいい。

義経は顔を赤らめながらも、大和のリードを受けていた。

 

 

「義経、こことかどうかな?」

 

「ここは………アクセサリーショップ?」

 

 

大和が案内したのは様々な小物が並んでいる店だった。

キラキラと輝いているイヤリングやネックレス、ブレスレットなどお年頃の男女であれば憧れるような装飾品が所狭しと並べられている。

一瞬だけ、だが確実に義経が目を奪われていた。

 

 

「んーと………すみません、あの髪留めを一つ」

 

 

大和が店員を呼び、高い位置にある髪留めを注文した。

宝石の原石を使用したものらしく高価であった。

何の躊躇いも無くそれを注文した大和は代金を払うとそれを取り出した。

 

 

「はい、義経」

 

「え? えぇ!? よ、義経に!?」

 

「驚くこと無いでしょ。 髪留め程度だったら川神学園も許容してくれるだろうし」

 

「そ、そういう事じゃなくて義経には勿体無いと………」

 

 

さすがにこれは恥ずかしかったらしい、義経が拒否してくる。

けれど大和ははっきり、しかし優しく首を横に振った。

 

 

「そんなこと無いよ。 ほいやっ!」

 

「わっ、ちょっ!?」

 

 

持ち前の器用さ、手品で培った指の動きを駆使し素早く義経の頭に髪留めを巻いた。

驚きながらも義経はそれを受け入れた。

おしとやかな少女の髪に、美しい髪留めが結ばれる。

 

 

「うん、見立てどおり中々似合ってる」

 

「い、いや………義経は、こういうのは余り……」

 

「嘘だね。 だったら俺程度の相手なら抵抗出来たじゃん」

 

「そ、それは………!」

 

 

図星を差された。

ここまで鋭く、他人に心を見透かされたことなどあっただろうか。義経は己に問いかける。

答えが返ってきた。それは―――――「無かった」。

 

 

「だから、何ていうのかな………義経はもっと自分に正直になればいいんじゃないかな」

 

 

振り返り際の大和の一言が、優しく胸に入り込んできた。

どうしてだろうか、この男の言葉は受け入れられる。義経の胸の中が、スッと軽くなる。

 

 

「自分に………正直に……?」

 

「そ。 気負いすぎてもダメってこと」

 

 

振り返ってみれば、これまで義経は時に己を殺すことがあった。

九鬼財閥、川神学園でも「源義経」の名に恥じない生き方をとり続けてきた。

無論それなりの自由もある。だがその自由時間でさえ鍛錬、勉学に励みこうして誰かと遊ぶ時間は少ない。そもそも今回の外出も与一のためを思っての行動だ。

 

 

「もうちょっと気楽に生きてもいいと思うよ」

 

「……気楽に……」

 

「うんうん。 それに与一だって義経のことになれば真剣な奴だから」

 

 

そして大和はしっかり与一をも観察してきた。

この買い物の間、中二病全開でありながらもしっかりと義経を見守り続けてきた彼を。

持ち前の視力を活かし、常に義経の盾となれるように陣取り続けてきたその男を。

 

 

「そう、なのだろうか………」

 

「これも経験だよ。 さ、次の店に行こうか」

 

「あ……う、うん」

 

 

また手を引かれ、義経は歩き出す。

大和は義経の興味を無くさないように彼女の好みに合う店を選び続けた。

最初は硬かった義経の表情も徐々に解れてきた。やがて大和の両手は買い物袋で一杯になる。

 

 

「だ、大丈夫だろうか直江君。 その……そんなに持ってもらって」

 

「い、いやいや何のこれしき! 女の子に持たせている男って絵的に×だからね」

 

 

一袋くらい持とうとするがそこはやせ我慢で耐え抜く。

正直先程購入した服などもあるため重量は凄まじい。義経のように鍛えられている人物であれば全く平気なのだろうがそこは男の矜持。

だがこの状態で階段はさすがに地獄であるためエレベーターを使うことに。

 

 

「よっし! 京はいない!」

 

「そ、そんなに嬉しそうに全力のガッツポーズを取らなくても……」

 

 

京には失礼な話かもしれないが、行く先行く先にエンカウントされても困る。

彼女自身もそれを理解してくれているようだ。

とりあえず誰もいないため最上階の屋上でのんびりしようとボタンを押す。

 

 

「最上階は心地よい風と人工林で満たされた人気スポットなんだ」

 

「緑がある場所は義経も好きだ! 折角だから笛も吹こうか」

 

「おっ、是非ともお願いしたいね」

 

 

エレベーターは順調に昇っていく。

屋上に辿り着くまで後五階。

その矢先、エレベーター内を激しい震動が襲った。

 

 

「なっ、こ、これは地震………!?」

 

「義経、伏せて!!」

 

 

この震動は目的の階に着いた時の衝撃ではない。

間違いなく地震だ。

慌てて大和が義経を庇うように抱え込んだ。最もエレベーターと言うある意味空中の密室ではどうすることも出来ないだろうが、咄嗟に盾になれるように動いた。

 

 

「………お、収まった……かな?」

 

「み、みたいだな………ってう、うわわわわわ!!?」

 

 

その後、震動は無くなった。

顔をゆっくりと上げ大和と義経は辺りを確認する。

やはりエレベーターは地震の影響を受け止まってしまい、電灯も消えてしまっていた。だが問題はそこじゃない。

体勢的に言えば、大和が義経をしっかり抱きしめていたのだ。

 

 

「あ、ご、ごめん!」

 

「い、いや………べ、別に……それより早くここから出ないと……」

 

 

別に何でもない、なんて事は無かった。

義経は一瞬、だが確実に男の熱を直に感じてしまった。それが彼女の鼓動を早めている。

激しくなる心臓を押さえるため、敢えて現実の話に引き戻した。

大和は慌てるでもなく、エレベーター内に備え付けられている非常電話のボタンを押した。

 

 

「もしもし! もしもし! ………ダメか」

 

「ど、どうする?」

 

「今携帯電話で皆と連絡………お、京からメールが」

 

「あ、義経からも………弁慶だ」

 

 

ほぼ同じタイミングで大和と義経の電話が鳴る。メールの着信を報せるものだ。

開いてみると内容としては「安否確認中」というものである。

早速大和は現状を報告し、救援を要請した。

 

 

「これで誰かが助けに来てくれる。 慌てず騒がず待とう」

 

「………………」

 

 

出来る限りの手を尽くした。

後はただ助けが来るのを待つのみ。余計な体力を消耗しまいと大和はリラックスして壁に背中を預けた。

対照的に義経は申し訳なさそうに膝を抱えて蹲っている。

 

 

「………義経? 心配しなくても助けは―――――」

 

「いや、そうじゃなくて………直江君は凄いんだなと。 義経とは……大違いだ」

 

「え? ど、どうした一体!?」

 

 

何やら卑屈な姿勢になっている。

まるで自分を卑下しているかのようだ。近そうなタイプである由紀江とはまた違った姿勢だ。

 

 

「直江君は………的確に人を導ける、いつでも冷静で誰とでも仲良くなれる」

 

「……………」

 

「でも義経は………家臣一人の心すら掴めない……」

 

 

今回の外出、しつこい様だがもっと義経と与一の意思疎通を行うのが目的だった。

確かに会話こそ多少交わすことが出来た。だが今回、最も分かり合えたと言えば大和の方だろう。

義経はそこに気を落としている。

 

 

「………義経は、“源義経”なのに………」

 

 

義経は、結局そこから抜け出せないでいた。

何か言葉をかける前に彼女は携帯電話を取り出す。

 

 

「先程の連絡だって、弁慶からは来たが………与一からは来ない」

 

 

何度履歴を確認しても、与一からのメールは届かなかった。

つまり連絡するに値しない―――――そう思われているのでは無いだろうか。そんな感覚が義経の中を支配していく。

益々暗くなっていく義経の顔に、大和は力いっぱいこういった。

 

 

 

「違う!!」

 

 

 

大和の覇気の篭った声が、この狭いエレベーター内に反響する。

少しだけエレベーターが揺れた気がする。

義経は滅多に聴くことがない大和の大声に驚き、目を見張ってしまう。

 

 

「な、直江君………?」

 

「違うったら違う! それでもまだ分からないなら分からせてやる!」

 

 

大和は義経の手を引き、立たせた。

飲み込めないでいる義経を他所に、大和は助走をつけて飛び上がる。エレベーターの天井は万が一に備えて脱出できるよう開閉できるものがある。

今回のエレベーターもそのタイプだったようで、大和のジャンプから伸ばされた拳で天井が開けられた。

 

 

「よっと! ………ほら、義経」

 

「え? あ、うん………」

 

 

開けられた天井へよじ登り、大和が手を指し伸ばした。

この程度の高さ、義経ならば軽く飛び越えられる。

しかし今飛び上がる気力が無かった義経は自然と大和の手に伸ばす。掴まれた彼の手はとても熱く、とても強く、そしてとても優しかった。

 

 

「ほいっ! っと!」

 

「う、わっ!?」

 

 

義経を引き上げた瞬間、エレベーターがまた揺れる。

慌てて義経を抱きとめ落ち着かせた。

恥ずかしさを覚えながらも義経は辺りを見回す。出たところで一体何を証明しようと言うのか。

と、次の瞬間。彼らの真上の階に位置するドアが開いた。

 

 

 

 

闇の中から差し込まれた光。その中から現れたのは。

 

 

 

 

「義経!! 無事か!?」

 

 

 

 

他の誰でもない、那須与一だった。

 

 

「よ、与一………?」

 

「怪我は………無い様だな! 兄貴も!」

 

「おう。 与一、悪いが手を貸してくれ」

 

「言われなくとも! ほら!」

 

 

義経は、まるで予想だにしなかったのように呆けている。

一方の与一の表情、声、姿勢。どれも必死そのものだ。しかし冷静にそのずば抜けた視力で状況を確認し、そして手を伸ばす。

伸ばされた手に触れてみて、義経はやっと気付いた。

 

 

(与一の顔………凄い汗だ……)

 

 

近づかなければ、気付けなかっただろう。

皮肉屋で部屋の隅で一匹狼を気取っているこの男、那須与一。そんな彼がこうして似合わない量の汗を流している理由。

先程までメールを出さなかったその理由。

 

 

 

 

義経が心配で、全力で駆け抜けていたから。

 

 

 

 

「ね? 言ったとおりでしょ?」

 

 

 

 

大和がそう微笑んできた。

もし、与一が義経に対し一切の忠義心を持っていなかったらこのように駆けつけてくれただろうか。否、それはあり得ない。

「もっと与一のことを理解したい」―――――それは難しくとも何とも無かった。当たり前の事だった。

 

 

「うん………うん!」

 

「お、おい義経? 何泣いてるんだ!? 怖がらせたのは悪かったけどよ!」

 

 

嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。

涙腺が緩んでしまい、涙が溢れる。

慌てて与一も声をかけている。やはり大和の見立てどおり、彼は優しかった。

 

 

「ありがとう……直江君…………」

 

「お礼なら与一に言いなよ。 俺は何も―――――」

 

「ううん。 ……義経に、こんなにも優しくしてくれた」

 

 

義経は、微笑んでくれた。

涙を拭き終えた彼女の顔は赤かった。泣いていたからではない。その目は、大和を“男”として見ていたからだ。

こんなにも頼もしく、こんなにも頭が良くて、こんなにも優しい。

そんな彼に、この源義経は感激していた。そして今日一番の笑顔で。

 

 

 

 

 

「本当に………ありがとう!!」

 

 

 

 

 

そう、微笑んでくれた。

やっと見れた彼女のそんな笑顔に大和の心臓は、自然と高鳴るのだった。

 

 

 

 

ピーッ。

 

 

 

 

「えっ?」

 

「あ!」

 

 

 

直後に空気を切り裂くような電子音。

今の今まですっかり忘れていた。己の胸に取り付けられた装置を。

慌てて与一の下に走り、脱出を試みる。

が、そんな彼の肩に手を置くものが。

 

 

「大和アウトー。 デデーン! 罰ゲーム決定~」

 

「姉さんっ!? 違う、今のは…………!」

 

「とうとう義経にまでコナを………これはもう四の五の言ってられないんだッ!」

 

「京まで!? ちょ待っいやあぁぁぁぁ――――――っ!!!」

 

 

百代がいつの間にか大和の背後に回りこんでいたのだ。

更には義経に対抗意識を燃やしている京にも襲われる。そしてそれを止めに入る義経。三者三様の混戦は最早泥沼と化してきた。

 

 

「………兄貴達、何やってんだ?」

 

 

今一度納得していない与一であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――次の日。

 

 

「えー!? 昨日皆で焼肉行って来たのかよ! いーなー」

 

「全然良くないから! 俺の財布スッカラカンだから!」

 

 

川神学園へ登校中の風間ファミリー。

旅行から帰ってきた翔一を交え、歩いていた。

大和は涙目にして自らの財布を振る。財布からは空しい音しか聞こえなかった。

そんなこんなでようやく多馬大橋にまで差し掛かると。

 

 

「やぁ大和。 おはよ~」

 

「弁慶、義経。 おはよう、与一も」

 

「おう。 兄貴も元気そうで何よりだ」

 

 

まず見えたのは弁慶。

さすがに一日たてば川神水の影響も消えているようでピンピンしている。最も今日のだらけ部で大層飲むのだろうが。

隣には珍しく与一が歩幅を合わせている。機能の焼肉では相当義経と話し込んでいた彼だけに距離が縮まったようだ。

 

 

「おっ! 与一が大和のことを兄貴呼ばわりしてるー!」

 

「そりゃ、俺の魂の上位者だからな……」

 

 

でもやっぱり中二病は治っていないのだった。

そして彼のすぐ近くには、嬉しそうに歩く義経がいる。いつもの通り、ポニーテールを揺らして。

 

 

 

 

 

「おはよう大和君! みんな!」

 

 

 

 

眩しいくらいを笑顔を向けてくる、あの少女が。

 

 

「何ー! 義経が『大和君』って呼んでるー! どんだけ仲良くなったんだよお前らー!」

 

 

大和への呼称が変わっていることに驚いているのは、昨日旅行に出かけて焼肉に参加できなかった翔一だけである。

ずるいぞう!と喚きながら大和に突っかかっていた。

色々説明している大和を他所に、義経は嬉しそうに川神学園へと向かっていく。

 

 

「弁慶、与一! 今日も学び舎で勇往邁進だ!」

 

「あ、その台詞一子のだね」

 

「勇往邁進ね………ま。 心の記憶(メモリー)に刻んでおくぐらいはするか」

 

 

その足並みはいつもより勇ましく。

 

 

 

 

 

迷うことなく、川神学園へ向けて歩いていく。

 

 

 

 

 

そして少女のポニーテールには、彼から貰ったあの美しい髪留めが付けられていた。

 

 

 

 

 

続く




大変お待たせしました。テンペストでございます。
今回は義経中心のお話でした。
まじこいSでは義経達との絡みが少なかったなーと思ったので思い切ってこんな形にさせてみました。
途中年末のガキ使みたいなノリになってますが。
まじこいAの方では弁慶や義経も攻略対象という事で楽しみになってきました。早く来年になりやがれー!!!
さて次回ですが予告どおり京編に行きたいと思います。勿論京中心のお話ですが意外なアイツが動くかも?
という事でお楽しみに!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。