第二十二話 想い ~椎名京
貴方は、私を救ってくれた。
小学校の頃、毎日のように降りかかったイジメ………本当に辛かった。
そこに、貴方は手をのばしてくれた。 私を、救ってくれた。
ずっと私の傍についてくれて心が和らいだ。 貴方の顔が、とても優しかった。
私は確信した。 この人は本当に優しいんだって。
その時以来、貴方の深みにはまってしまった。 もう貴方以外のことを考えられない。
私は自信を持って言える。 これは『恋』なんだと。
友達になってくれた人達も優しかったけど……貴方は、私を包み込んでくれた。
貴方は罪滅ぼしと言っていたけど、それでも私を救ってくれたことに変わりない。
いつまでたっても否定するだろうけど、貴方は私の王子様。
あの時の貴方が眩しくて、輝いていて。
そんな貴方と一緒に生きていたい。 触れ合いたい。 傍にいたい。
この思い、届かないかもしれないけどそれでも私は。
私、椎名京は…………直江大和を生涯愛しています。
☆
「やーまとっ」
「お友達で」
「名前呼んだだけなのに…………」
秘密基地、金曜集会。
相変わらず京は大和の膝の上に乗っかろうとした。矢先にやんわりと掌を突きつけられる。
ずっとこの告白を続けてもう10年以上だ。
改めてよくその思慕が途切れないものだと風間ファミリーは関心を抱く。
「京………今のアイツ、俺様と語れる気がする」
「島津、お前のフられたは椎名のと全然レベル違うだろうが」
「ああ。 顔を見るなり青ざめられた挙句横っ面を引っ叩かれたからな」
今日もナンパに失敗した岳人は傷を舐め合おうとする。
が、京の想いの深さをしっかりと見せつけられた忠勝とクリスが呆れの籠った一言をそれぞれ呟く。
痛いところを突かれた岳人はガックリと項垂れる。
「京さん、いつもいつもこの調子ですが大丈夫ですか?」
「大丈夫。 数回フられて諦めるほど尻軽ではない」
「いやもう4ケタに達しそうな勢いで断わってるんだけどね」
まだ風間ファミリーの一員となってから日が浅い由紀江も憐みを覚えそうになってくる。
彼女のみならず、古参メンバーも京のこの熱烈っぷりを見て最初はそう思った。
だが徐々に日常と化してしまう。何せこれが10年以上も続いているのだから。とは言え見かねたらしい、クッキーが近寄ってくる。
「大和、一回ぐらいOK出してあげたら?」
「その一回で俺の運命は決まってしまう」
「そう! 私はその一回で全てを決めるんだッ!」
京と非常に仲がいいクッキーも、報われない彼女の想いをどうにかしたいと考えている。
が、実際に付き合うかどうかは大和の気持ちによる。
故にそれ以上強く言い張ることができなかった。だが京は相変わらず不動の姿勢を見せつけている。否、短期決戦に持ち込もうとしていた。
「しっかし大和もよく断わるよなー。 仲間内で恋愛しても全然いいんだぜ?」
「キャップ、性に目覚めたことのないお前と言っても付き合うこの責任くらい分かるだろ」
「そりゃ付き合うだけ付き合ってフるってのは良くないけど。 ま、そこは大和の意思だしな」
別に京が嫌いだからというわけではない。翔一の言うように、仲間と恋愛することに別に憚りを持っているわけでもない。
しかし付き合うとは相手と時間を共にすること。
半端な覚悟を持って付き合ったところで関係が悪化するのは目に見えている。仲間を大切にしているからこそ、安易な返答を出せなかった。
「っていうか付き合いという意味では大和とキャップとワン子が一番長いよな」
「うん! 一番の古株です!」
部屋の隅に積み上げられた木箱、その上に座する百代が愛する妹を見つめた。
彼女の言うとおり川神一子はファミリー最古参に当たる。
故に大和とのスキンシップが最も深い。翔一とも付き合いが長いが、現時点で性に関する興味がない彼が男女の付き合いが出来るわけもなく。
「っていう割には貫録ないけどな」
「何よクリ! じゃぁ貴方には貫録があるっていうの!?」
「あるとも! 威光無くして騎士は務まらない!!」
また二人の睨み合いが始まる。
が、大和としてはこの対立はため息をつくことしかできない。無論呆れの意味で。
聞くことでもないだろうが、とりあえず由紀江が発言を求める。
「や、大和さん。 何か一言」
「無いもの強請りのI want you」
『だよねー』
威厳、威光、貫録。どれも彼女達からは縁遠い言葉だと頷いた。
そもそも癒し系マスコットに慈愛に包まれるお嬢様。この二人にそれらを求めろと言う方が無茶なのかもしれない。
一方、長く付き合ってきたという史実もある。
対抗するかのように京が大和の腕をからめ捕る。
「しかし! 愛という年数は私の方が上っ!」
「お~っと京。 余り舎弟にベタつかれても困るな~」
「そうよそうよ! 大和の膝の上はアタシだけのポジション!!」
「お前達! 大和に引っ付きすぎるな!」
『そうだそうだー! いずれ大和坊の隣はまゆっちのパーソナルスペースだぜ』
「いだだだだだだっ!! だ、誰かヘルプミー!!」
余り他の女性に取りつかれるというのも、百代にとっては面白くなかったらしい。
京とは反対の右腕を引っ張る。そして一子は強引に大和の膝の上に。
彼女達を引き剥がそうとクリスが飛び掛り、無理矢理由紀江も割り込んでくる。
当然大和にかかる負荷は相当なもので、しかもよく鍛錬されている武士娘達の力は半端ない。男性陣に助けを求めるが。
「なぁゲン、あれ助けるべきか? 俺様全然腹立つんだけど」
「俺もだな。 ……哀れどころか羨ましく……いや何でもねぇ」
「あー大和! お前一人だけ楽しそうでずるいぞぅ!!」
相変わらずの男性陣であった。
だがその中に一人だけ混ざらない男がいる。その男の名は。
「………………」
師岡卓也。仲間内ではモロと呼ばれている。
風間ファミリーの中でも最も地味を自負している。パソコンに精通しているためメディア方面には造詣が深いが、体力は並以下。
そんな彼は大和を羨望にも近い目で見ていた。
「モロ、どうしたの?」
「っ!! な、なんでもないよクッキー!」
彼の様子が可笑しいことに気づいたクッキーが訊ねてみる。
しかし慌ててはぐらかされてしまう。
深く聞き込もうかと思ったが、余り内面に踏み込みすぎることを好まない人間だって存在することをクッキーは知っている。
だから敢えて、それ以上は聞かなかった。
(大和は………どうして京の想いを受け入れないのかな……)
彼の視線の原因は、それだった。
椎名京―――――初めて出遭った時、とても地味な子だと思えた。当時の自分といい勝負だと思えた。
そこから友達になり、共に過ごす時間も増えた。
徐々に、徐々に彼女に眼を向ける機会が多くなったのは言うまでもない。
(大和の言い分も最もかもしれないけど……けど……)
卓也は、自覚していた。
自分はあの少女に―――――椎名京に恋をしているのだと。
だがその想いは届かないことを知っている。椎名京の、大和に対する愛の深さを知らされているためだ。
でなければもう10年以上アタックを仕掛けるなど出来ない。
同時に余りにも脈が無さ過ぎる。卓也は切なさすら感じていた。
「モロ、何思いつめた顔してんだよ」
「!」
「ったく、お前何かと抱える傾向にあるからなー。 俺様を見くびんじゃねぇぜ」
「あ、ありがとう……でも大丈夫」
岳人も彼の異変に気付いたらしい、声をかけてくれた。
けれども卓也は誰にも告げることは出来ない。
何せ、胸に抱いているこの感情。端から見ればただの嫉妬に近いものだからである。
友人にこんな一方的で黒い感情をぶつけることは出来なかった。
「京!! 最近アタックがキツイぞ!?」
「当然! ライバルが増えた以上悠長にしていられないッ!」
最近大和は知人の女性と接する機会が多くなった。
その結果、誰の目から見ても間違いなく焔と義経の両名は大和に惚れている。更には松永燕、板垣辰子といった魅力的な女性も多い。
京が焦るのは必然といえよう。
「この際だ、京と一日だけでもデートしたらどうだ!?」
「変形して凄んでビームサーベル持って近寄るなクッキー!!」
痺れを切らしたのか、クッキーが第二形態に変形してきた。
相変わらず手には光る剣が握られている。
だがそこに京が止めに掛かった。
「そんなことしちゃダメ」
「京? いいのか?」
「そりゃ私も大和とはデートしたいけど……無理矢理じゃ、意味ないから」
椎名京は、大和を深く愛している。それは紛れも無い事実。
彼のためならばどんなことを命じられようが成し得る覚悟がある。
けれども絶対に彼に嫌われることだけはしない。嫌われれば、愛されるはずが無いから。
「弟ぉ。 愛されてるな~」
「ホント。 ……罪滅ぼしのつもりだったのに」
百代のからかいにも上手く返せないでいる大和。
京から惚れられたのは、過去イジメに遭っていた彼女を助けたからだ。
しかしそれは今まで見ぬ振りをしてきた彼女への罪滅ぼし。だから心のケアもしっかり行ってきた。それが好意に繋がるとは思っていなかったのだ。
「そんな事ないよ。 あそこまで私に接してくれたのは後にも先にも大和だけ」
「京の愛はホント不滅だよな~」
「キャップの旅好きも似たようなものだと思うが」
ここまでしっかりと見せ付けられては性に疎い翔一でも認めるしかない。
最もそこまで興味を持っているわけでもないので、クリスは呆れ気味だが。
とここで卓也が空気を切り替えるようにして手を叩いてきた。
「はいはい。 そろそろ動画閲覧会にしない?」
「ですね。 モロさんの集めてくる動画、面白いですし」
「この間の『喘ぐ!大捜査線』のNG集は笑ったな~」
「Tシリーズ裏話や制作秘話も興味深かったわね」
愛用のパソコンを取り出した卓也。
開かれた動画閲覧サイトには彼が一週間かけて集めた面白い映像が連なっている。
中には感動できるもの、興奮できるものまで様々だ。
由紀江、百代、一子を始め風間ファミリーの面々が食らいついた。その流れはごく自然なものに思えたが、岳人だけは違和感を感じていた。
(モロの奴珍しいな。 いつもだったら落ち着くまで意見を切り出さねぇのに)
常に仲間思いで、仲間の意見を尊重する男。それが師岡卓也。
故に誰かが騒いでいると自分から空気を変えようとすることは滅多に無い。だが、今回は敢えて自分から切り替えた。
大層な騒ぎになっているわけでもないと珍しがる岳人。
(……俺様の考えすぎかね……)
しかしあんまり心配しすぎると、相手に迷惑が掛かることもある。
また杞憂だった場合、自分のみならず相手に恥をかかせることもある。
この場は和んでいるこの空気もあり、留めておく事にした。
「おおっ!! このターンだけで全てを決める気か!?」
「直江ならこのターンはどうする?」
「俺だったらこのリバースカードが怖いからね………それを対処するかな」
男性陣も熱心にカードゲームの動画を鑑賞している。
自分もこの空気に混ざらなければ損だと、今は卓也が集めてくれた動画を見ることになった。
その後、この動画が元になり風間ファミリー内でもカードゲームが流行したとか。
☆
「じゃ、またねー!」
「モロ、帰り道気をつけろよ」
「うん。 それじゃ」
それからしばらくして、本日の金曜集会は解散となった。
時々一夜を明かすこともあるが、まだ夕食をとっていないという事もあり本日は早めに切り上げたのである。
以前、斑目風牙が襲ってきた事件等もありなるべく大人数で固まって変えることが多くなった。
しかし、卓也は一人帰る方向が違うため単独で帰ることが多い。
「ふぅ………可笑しいなぁ……大好きな金曜集会で疲れるなんて……」
誰もいなくなったことを確認し、卓也はため息をついた。
最近一人になってからため息をつくことが増えている。充足ではなく、疲労から来るものだ。
楽しかったことは事実だが、大切な金曜集会でこんな色のため息をつく自分が妙に情けなかった。
「……じいちゃん待っているし、帰ろう」
現在、師岡家には彼の祖父が暮らしている。
たまに体調崩すことがあり、その時は卓也が面倒を見ることが多い。
その関係もあり卓也は苦労性なのだった。
(……最近の大和は色んな女の子と仲良くなるなぁ)
帰り際、ふとそんな事を考えた。
風間ファミリーの中で最も頼りになるのは一体誰か?
戦闘面が川神百代ならば頭脳面は間違いなく直江大和だろう。
彼はその卓越した頭脳と気配りの良さ、そして仲間のためならば体すら張るその覚悟で様々な人物から好かれている。
―――結果、ファミリー内の女子は愚かそれ以外の女性からも好意を抱かれている。
(結局大和はどうするんだろう………このままだと、京が可哀想だよ……)
らしくない。それは自覚している。
だがそれでも卓也はそう感じざるを得ないのだ。
昔から恋焦がれていた女の子。彼女の恋が報われないのでは無いか――――。
それを目の当たりにするのは、心苦しい。
(でもこれは大和自身の問題。 僕が口を出していい話題じゃないし……)
けれども『恋愛』という領域に他人の意見が入り込んではいけない。
それは大和本人、ひいては彼と付き合うことになるかもしれない女性に迷惑が掛かる。
心優しき少年にとってそれは憚れた。
だからこそ押し殺さなくてはならない。だからこそ余計に心苦しい。
「はぁ………」
はち切れそうな想いがため息となって夜風に流れる。
刹那、後ろから冷たい声が降りかかった。
「クス………あら、貴方もお悩み事?」
女性のものだった。
慌てて振り返るとそこには金髪に黒いドレスのような服装をした女性が立っている。
先程の含み笑いに違わぬ冷たい微笑を称えていた。
「な、何………?」
「待って。 言わないで。 私には分かるわ……友人との恋愛関係でしょ?」
「!?」
まるで見ていたとでも言わんばかりに見抜かれている。
確かにそれについて悩んでいたのは事実だ。
しかしそれを口に出していたわけではない。どうして見抜かれたのか、卓也は目の前にいる女性が不気味で不気味で仕方が無い。
「あら怯えなくてもいいのよ………私には分かるんだから……」
「ま、まさかDaiBoさんのような読心術者……サイコセラピスト?」
「いいえ。 私のはそんなチャチなものじゃない。 本物の“力”よ。 クスッ」
益々意味が分からない。
けれど溢れかえるこの恐怖を前に、卓也は逃げるという選択肢を失っていた。
「落ち着いて。 私は助言をしに来たのよ」
「い、いらないよ! そんなもの―――――」
「心配しなくてもお金なんか取らないわ。 聞くだけならタダよ」
ここで卓也には耳を塞ぐという選択肢もあった。
だがそうしなかった。
この女性の言葉には、まるで“魅力”が存在している。自分がどうするべきなのか、示してくれる。そんな魅力が。
「クス……大好きな女の子は別の男の子が大好き……よくある三角関係」
「………………」
「でも、その男の子の気持ちはその子に向いていないどころか他の女の子と仲良くしちゃっている……罪作りなオトコね」
ズバズバと言い当てていく。
本当に影から見てきたかのような正確性だ。しかし不審人物なら気配探知に優れている百代や由紀江が気付かぬわけがない。
目の前の女は、まさしく卓也の心を見透かしている。
「でもこの場合なら簡単ね。 貴方自身が行動に移せばいいじゃない」
「え?」
「行動しないからモヤモヤが増すのよ。 思い切り行動してみなさいな」
確かにこのアドバイスには説得力がある。
時折、卓也には他人からよくあるものが不足しているといわれている。
それは「行動力」。風間ファミリーのメンバー、特にキャップこと翔一はそれに溢れている。逆に優柔不断で余り行動に移さないのは自身だと一番理解していた。
「でも今すぐ行動に移すのはダメ。 しっかりと直江大和を観察しなさい」
「や、大和を………?」
「そう。 もしかしたら自分達の知らない所で誰かと付き合っているかもしれないわ」
可能性は、否定できなかった。
大和は表立ってこそエレガンテ・クアットロのような人気は無い。が裏では違う。
その能力とそこそこいい顔立ち、何よりその精神が人気を呼んでいる。だからこそあんなに女性から好意をもたれるのだ。
そんな彼が誰かと付き合っている可能性はゼロではない。
「そしてそれでも誰かと付き合っていないようなら、貴方自身が行動すればいいわ」
「で、でも………何を……」
「簡単よ。 貴方の好きな子は、“彼が貴方より上だから”好きなの」
次々と柔らかい口調で助言をしていく。
――――徐々に、黒い言葉が混ざっていることに卓也は気付けないでいた。
「だから、貴方が移すべき行動は―――――――」
見開かれた女性の目。
それはどこまでも冷たく、熱を吸い込むかのような暗さ。
卓也はもう、そこから抜け出せないでいた。
続く
どうもテンペストです。
さて今回から京編になります。
そしてこの章は京と平行してモロにも焦点を当てていこうと思います。どうかお楽しみに。
ここからはちょっと雑談。色々大学の行事も終えて余裕が出てまいりました。
最近ニコ動でまじこいを原点とした「遊戯王の架空デュエル」なるストーリーも考えていたり。
と色んな野望を抱えている今日この頃です。
では今日はここで失礼します。次回もお楽しみに。
感想お待ちしています!