真剣で私に恋しなさい!X   作:テンペスト

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幕間
第二十七話 世の中ぬるっと


武蔵坊弁慶――――歴史では凄まじい猛者と語り継がれている。

五条大橋にてかの牛若丸(後の源義経)と戦い、そして敗れ配下となった。その厚き忠誠心、実力、そして機転の良さは現代にまで語り継がれる。

例えば歌舞伎の演目である「安宅関」では弁慶が咄嗟で、わざと主を叩くことによって検問を誤魔化したという内容である。

それだけ弁慶が腕っ節に優れ、頭も回り、義経のためならば命をも擲つ覚悟がある。その姿は、現代においても日本の英雄の一人として数えられていた。

 

 

 

 

 

現代に蘇ったとされる武蔵坊弁慶。彼――――ではなく、彼女は今。

 

 

 

 

 

「大和~」

 

「今日は鎌倉で朝一購入してきた川神きゅうり。 川神味噌もあるでよ」

 

「あざーす♪」

 

 

 

 

―――――学園の一室でまったりと、スローライフを送っていた。

武蔵坊弁慶。九鬼家が提唱した「武士道プラン」によって生み出されたクローン。現代の若者達と切磋琢磨し、現代をよりよく導いていこうという目的の元、この川神学園にやってきた。

一見フェロモンを振りまく美女。しかしその実態は。

 

 

「ぐびぐび………かぁ~っ! 大和のくれる肴で飲む川神水は格別っ!」

 

 

ただのオヤジであった。

 

 

「っていうかぁ~私ぃ~もぉ~大和以外のツマミは受け付けないぃ~」

 

「はいはい、次も持ってくるよ。 ……確か長宗我部がちくわを送ってくれてたな」

 

「おおう。 ちくわソムリエである私に対する挑戦状……しかと受け取った」

 

 

彼女は現在、川神学園において学園非公式部活「だらけ部」に所属している。

この空間は目的も何も無い。ただ来たい時に来て、やりたいこと――――即ち怠惰な時間を過ごすのである。

本来は大和と宇佐美巨人の空間だったが、そこに彼女と言う新たな同士の登場により完璧なだらけ空間となったのだった。

 

 

「先生もどうぞ。 しっかり水で冷やしてるんで美味しいですよ」

 

「………おお。 こりゃ美味ぇ。 持ち帰り出来ないってのが惜しいわ」

 

 

将棋の相手でもある巨人にもきゅうりの一本を差し出す。勿論味噌の小皿も忘れず。

こちらは中年男性らしく味噌をつけると豪快に噛み砕く。

彼の舌も満足したようで、差し入れた側である大和も嬉しくなる。

 

 

「しっかし、きゅうりは腹膨らむから眠くなるね………ふぁぁぁ~……」

 

「ったく、その通りだなー。 直江、この責任どう取ってくれるんだ」

 

「人間欲望には正直なものさ。 つーことで寝ましょう」

 

「「満場一致で可決」」

 

 

ごろん、と大和が横になる。彼に続き、弁慶と巨人も横になった。

この部屋は畳が敷き詰められているため寝心地が非常にいい。本来は茶道部のための部屋なのだが、最近使っていない部屋らしく実質管理は巨人が行っている。

そのため非常に過ごしやすい空間となっており、何気にエアコンも完備。だらけるにはもってこいというわけである。

 

 

「あー幸せ~。 こう何も無い時に何も無いのって幸せ~」

 

「だな。 束縛されていないこの場所この瞬間。 幸せってお金で手に入るもんじゃないね」

 

「そうそう。 オジサン、生まれ変わったらこの部屋の地縛霊になるぜ。 んでまったりするの」

 

「「それ転生後じゃなくて死後の話」」

 

 

こんな空間が出来上がるのも、生徒と教師の垣根が低いこともある。

まさに川神学園ならでは、という事象である。と、そんな事を言いつつまどろんでいると。

 

 

「ん? 宇佐美先生に弁慶………それに大和じゃないか」

 

 

意外な人物の登場である。橘天衣であった。

大和の機転により、川神学園の研修生となっている現在。しかし元の素質が高く、嘗て自衛隊での指揮能力などを活かし、十分立派な教師となっていた。

とは言え元は旧武道四天王。入ってくればそれなりのプレッシャーが流れ込む。

 

 

「んぁ………橘のお姉さん。 こんにちは………くぁぁ~っ」

 

「ここじゃ天衣先生と呼んでほしいと言っただろう。 で、何しているんだここで」

 

「宇佐美先生顧問、学園非公式『だらけ部』。 だらけ精神を持つもののみ入れる聖域」

 

 

欠伸交じりに大和が挨拶した。

彼の説明により天衣も大方理解したようだ。が、真面目な気質も相まって余りいい顔はしていないようだ。

 

 

「大体は理解した。 が、あまりにもだらけすぎじゃないか」

 

「いいのいいの。 そういう場所なんだから~。 大和ぉ~食べさせて~」

 

「はいはーい」

 

 

不幸な人生だったとは言え、人格はまともであるために天衣の生活習慣こそはきっちりしていた。武道家でもあるために一日のサイクルも非常に綺麗に纏まっている。

故に川神水の瓶やツマミが散乱しているこの空間は好まないようだ。対する弁慶は意にも介さないように寝そべったままツマミを要求、それに従い、大和が彼女の口まできゅうりを運んだ。

 

 

「………」

 

「ん? どうしたんですか橘先生」

 

「あ、いえ。 大和と弁慶は仲がいいな、と」

 

「でしょう。 あれで恋仲じゃないっていうから、不思議ですよねぇ」

 

 

そんな彼らのやり取りを天衣はどこか羨ましそうに見つめていた。

彼女の視線に気づいたらしい巨人が問いかけてみる。と言いつつも彼自身、あの二人の仲の良さにはある意味で呆れていた。

何せ付き合っていないというのだから、微妙なもどかしさがある。

 

 

「アイツ、特定の人間には非常にモテるんですけどね」

 

「なる、ほど」

 

「……おや、橘先生? どうしましたか」

 

「あ、いえ何でも」

 

 

モテる、という言葉を耳にした瞬間天衣の表情が何やら沈んだ。

巨人もその変化を訝しんだが、すぐに納得する。彼女の目の前で、大和と女がらみの話をするものではない、と。

 

 

「では私はそろそろ失礼します。 大和、だらけすぎると……」

 

「生活にも伝播する、ですか? ゲンさんにも忠告受けてるんで大丈夫です」

 

「そうか………まぁ、お前なら大丈夫か」

 

 

少々呆れつつも天衣は普段の大和の生活ぶりを振り返ると納得し、撤収した。

彼女も仕事が溜まっているのだろう、少々早歩きで去っていく。

再びこの空間に静寂が訪れると、大和達はまた床に寝そべった。

 

 

「今度こそ寝ようか………ふぁぁ~っ」

 

「だな。 はァ、最近は真面目な教師も多いからな、思い切ってだらけられねぇや」

 

「そもそも教師はだらけちゃいけないでしょ」

 

「いいんだよ俺の場合は反面教師だからね」

 

 

まさにダメ人間によるダメトーク。

普段働いている分、その分の反動がだらけとなってこの空間に表れる。

 

 

「……あ~そうだ。 五時から職員会議だったメンドくせー」

 

「私も同じぐらいに帰らないと………面倒だねー」

 

「そして帰ったら勉強勉強………やっぱりメンドクサイよね~」

 

 

何とも気の抜けた、覇気のないダメトークが展開されていく。

仕方が無いので大和が携帯電話でアラーム設定をしておき、そのまま瞼を閉じた。曰く、誰もが日頃努力してる人間らしいのでそのまま眠りに落ちるのは早かった。

 

 

 

………そしてそれから約二時間後。

 

 

 

『起きろボケ。 遅刻するぞ』

 

 

 

大和の携帯電話のアラームが鳴る。

ボイスの持ち主は知る人ぞ知る源忠勝。彼の説教は妙に迫力があり従わざるを得ない。

効果はあったようで巨人は勿論、弁慶も目を覚ます。

 

 

「………眠い。 あと五分」

 

「賛成。 五分程度の遅刻なら普通にあるしな」

 

「っというわけでロスタイム突入」

 

 

あっという間に三人が二度寝に入るのだった。

 

 

「突入すんなボケ。 起きろ。 つーか何てアラーム音してんだ」

 

 

上から声が降りかかった。機械等一切通していない、生の声。

思わず起きてしまうその迫力の持ち主。聞き違えるはずが無い。

 

 

「う、ゲンさん!? ナンデココニ!!」

 

「そんな驚くこたぁねぇだろ」

 

 

2-Fの仲間であり、風間ファミリーの仲間でもある忠勝本人がそこにいた。

友達となった現在でも最も懐いており、大和も彼のいう事には従順だ。言うなれば、一子の飼い主が大和なら、更にその飼い主が忠勝というようなもの。

 

 

「オヤジここに居やがったのか。 橘先生とか探してたぞ」

 

「うげ……マジ?」

 

「マジだ。 ったくだらけすぎにも程があんだろ」

 

 

忠勝はそういうとグイィッと巨人の腕を引っ張った。

鍛え上げられたその腕が男を完全に立たせる。

 

 

「直江、弁慶。 お前らもだらけすぎだ。 やりすぎるといざっつー時に全力出せねぇぞ」

 

「「は、はい」」

 

 

まるでお母さんだった。

実質大和も弁慶も、いつの間にか正座しており彼の説教を素直に受けている。

さすがの貫禄、と言わざるを得ない。

 

 

「……っつってもこの空間には俺は無関係だ。 邪魔して悪かったな。 詫びって言っちゃ何だがバイト先から煎餅貰ってんだ。 食え」

 

 

しかしデレる時はしっかりデレる。それが源忠勝の魅力であった。

よく大和が一子と弁慶を餌付けしている光景を見かけるがその実、大和もこうして忠勝から餌付けされているというワケである。

 

 

「じゃぁな。 あ、悪いがバイトが入っちまって今日の集会いけねーわ」

 

「うん。 来たい時に来ればいいからね」

 

「ああ。 ま、土産には期待しててくれよ」

 

「期待してるよゲンさん!!」

 

 

そう言いながら忠勝は去っていった。しっかり巨人を連行して。

弁慶も彼が差し入れた煎餅に夢中であり最早巨人の心配など欠片もしていなかった。仕事であるため当然と言えば当然なのだが。

ある程度煎餅を齧った二人は一息つく。

 

 

「………帰りますか」

 

「だねー」

 

 

巨人も流れとは言え帰ってしまった。言われたとおりもう五時が来ている。

そろそろ帰らないとそれぞれ何言われるかわからない。大和は忠勝の言うとおり金曜集会もある。

互いに鉛のような身体を起こすと部屋を出た。

 

 

「ところで集会って何? 大和ってヤンキー?」

 

「俺の母さんは元ヤンだけどね。 風間ファミリー皆で集まって遊ぶんだ」

 

「へー。 義経達みたく仲良しでいい感じじゃない」

 

「最近はあの難攻不落のゲンさんも落として見せたぜ……!」

 

 

やはり何だかんだ言いつつ、あの居心地のいい場所にはふらっと足が出向いてしまう。

まるで自慢の用でもあったが、弁慶も悪い感じどころか共感すら覚えてくれていた。

話し込んでいると靴箱の前にまで到着した。

 

 

「義経も風間ファミリーとはまた遊びたいって言ってたね」

 

「では今日の集会で提案してみるか。 最近は京やモロも柔軟になってくれたからな」

 

「あの二人、前まで反対派だったんだ。 意外ー………ん?」

 

 

靴箱の前まで辿り着くと、弁慶が何かに気付く。

それは彼女の靴箱だった。僅かに空いている。今朝靴を中に入れたときは間違いなく閉めたはずだ。

開けてみるとそこには何通かの手紙が入っている。

 

 

「あーまたラブレター?」

 

「らしいね。 でも興味ナッシング」

 

 

あっさり弁慶は捨て置いた。と言っても実際にこの場で捨てるほど性格は悪くない。

内心では申し訳なく思いつつも、家に帰って処分するのだろう。

ははは、と苦笑いしていると大和が何かに気付く。

 

 

「! 弁慶タンマ!!」

 

「え?」

 

 

慌てて弁慶の手首を握る。靴を掴んでいるその手を止めたのだ。

しかし大和の表情は鬼気迫るものがある。

何事かと目を向けていると、大和が弁慶の靴に手を伸ばした。そして何かを見せ付ける。それは鋭い針がついた金属。

 

 

「これ………画鋲?」

 

「ああ。 ったくこんなもの弁慶の靴に入れるなんてどういう神経してんだ」

 

 

酔っていたのもあったのか、弁慶も気付いていなかったようだ。

画鋲を手にした大和は不機嫌になりつつも、画鋲を廊下の掲示板に刺しておく。

声色からも分かるとおり、大和は少々怒っていた。

 

 

「………怒ってくれてるの?」

 

「もちろん。 目の前で知人が侮辱されたり傷つけられるのを黙っているほど俺は出来た人間でもない」

 

 

今までの弁慶からすれば、この直江大和と言う男は柔らかい、というイメージがあった。

要領のよさは理解しているが、それでいて柔軟であり、他人の意見にすぐに合わせられる。が、この時彼女の中でその認識に新たな一面が加わることになった。

それは―――――彼がとても「真剣(マジ)」な人であるという事だ。

 

 

「……ありがとね」

 

「いいって。 しっかし誰だ? 武蔵坊弁慶にこんなふてぇマネする輩は……義経、最悪九鬼からの報復があるかも知れないってのに」

 

 

靴を履き替えながら大和が思案顔になった。

彼自身気付いていないかもしれないが、声色も暗い上に言葉遣いも少し綻んでいる。

犯人を特定しようとしているという事は、弁慶からも見て取れた。

 

 

「私は大丈夫。 気にしてないって」

 

「そう、か?」

 

「いちいち気にしていたら身が持たないよ。 大和は意外と神経質なんだね」

 

 

まるで慣れっこ、とでも言わんばかりだ。

昔から名前変えずに小笠原諸島で生活していたと言う弁慶達。与一曰く「騒ぎにも何もならなかった」という事らしいが事細かに言えば多少のイジメなどはあったのだろうか。

 

 

「……昔さ、京がイジメられていてな。 その関係で」

 

「あー。 何か本人が言ってたね。 自慢するかのように」

 

(それ多分所有権を主張するためかと。 俺はまだ誰のものでもないが)

 

 

弁慶の言うとおり、大和はイジメなどに対しては意外と神経をすり減らす一面がある。

彼自身が仲間を傷つけることを良しとしない性格である上に、京をイジメから救い出したからでもある。

故にイジメを許せないという思いが動いている今日この頃。

 

 

「気にしてくれてありがとう。 でも私は大丈夫だから」

 

「………本人が言うならいいか。 でも何かあればすぐに相談しろよ。 最悪俺でなくても義経や与一、紋様とか英雄とか」

 

「アハハハ! ホント、大和ってアフターケア充実してるよね~」

 

 

笑い飛ばされた。本当に気にしていないのだろう。

本人がそこまで苦に思っていないのであれば、大和の怒りも幾分か和らぐ。

そんな会話をしていると、もう多馬大橋を抜けてしまっていた。

 

 

「おっと、私はこっちの方角だから」

 

「おう。 んじゃな」

 

「バイバ~イ」

 

 

音符を撒き散らしながら弁慶はのらりくらりと帰っていった。

先を見てみると、多馬川の土手辺りで義経が座っている。時々笛を吹いているらしいとの事。川神の新しい名物になりそうだと思いながら大和は秘密基地に向かって歩を進めた。

が、すぐに頭に思い浮かんでくるのは先程の画鋲の鋭さだった。

 

 

「………やっぱ、許せねーな」

 

 

やはり弁慶の言うとおり、彼は神経質であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってな事があったわけ」

 

 

金曜集会。夏真っ盛りのこの夜も廃ビル内はひんやりとしている。冷房要らずだ。

そんな中で大和はここまで来る際の出来事を話した。

折角の集会に余り暗い話題を持ち込みたくなかったのだが、入るなり仲間達に不機嫌であることをすぐに見抜かれてしまったのである。

 

 

「なるほどなぁ。 お前だからこそ特に許せねーんだろうな」

 

「でも僕は弁慶相手にそんな事してくる人がいることの方が意外だね」

 

「私が川神学園に行ければ24時間体勢で防御してやるのだが」

 

「まぁ何にせよ弁慶達とはこれからも遊ぶんだ! 俺が解決に導いてやるぜーっ!」

 

 

男性陣も共感してくれていた。

正義感が高いというほどでもないが、それでも正しい精神を持っている連中。だからこそ友達になれたのだ。

クッキーも変形しているほどだ。ビームサーベルは正直勘弁願いたい、というのは大和談。

 

 

「イジメとは陰湿な………このクリス奉行が悪を成敗してくれる!」

 

「クリスさん、お奉行は一応裁判官の役目ですよ」

 

 

一方正義感の塊ともいえるクリスは大いに怒っている。

レイピアを掲げ、行軍を指揮するかのようだ。そんな彼女を宥めるのは最近の由紀江の仕事である。

 

 

「私も許せんぞ。 私の弁慶ちゃんに画鋲などという凶器を送ろうとは」

 

「姉さんのじゃないからね落ち着いてクールダウン」

 

 

百代も割りと殺気を放っている。

美女好きということもあるが、何より姑息な手段が許せないタチなのだ。その精神と戦闘力は頼もしいが万が一を考え大和が宥めに入る。

 

 

「でもモモ先輩の言うとおりこういうのは許せないね」

 

「おおっ! ファミリー関連でもないのに京がやる気だわ!」

 

「私もイジメ経験あるからね。 それに大和の優しさに改めて惚れたし」

 

 

やはりこの手の話題には京も真剣である。

余りにもファミリーとは関係が無い人物であればこうも協力体制を見せることはないだろうが。

最近になって、彼女もやはり少しずつではあるが積極的になっていると大和は密かな成長に感心していた。

 

 

「自分から振っておいてあれだけど今日の一回だけで終わりかもしれない。 だったらそれこそ弁慶の言うとおりいちいち目くじら立てるのもバカらしいから、そこまで気にするなよ」

 

 

暴走し過ぎないように釘を刺しておく。

靴箱、しかも靴の中に入れられていたため事故はまずない。しかし今後同じような事態が起こらないのであれば警戒するだけ疲れる。

あくまで出来ることなら気にかける程度でいい、と思っていたのだ。

 

 

「で、その弁慶曰くまた皆と遊びたいってさ。 義経達も交えて」

 

 

余り暗い話題になりすぎるのもどうかと思った大和がここで話題を変えてきた。

空気の流れを変えるだけではなく、話の唐突さからそこまで神経質になる必要も無いという事を示す効果もある。

その読みは当たったようで、特に翔一や一子の眼が光っていた。

 

 

「いいねぇ! 俺も希望する!」

 

「アタシもアタシも! 今度は何しようかな~」

 

 

ムードメーカーであるこの二人が話しに食いつけば自然と空気も和らいでくる。

前回の経験もあってか、京と卓也も遊ぶこと自体に遺憾の意を示していなかった。大和も純粋に義経達とは遊んでみたいと思っていたので素直に嬉しい。

最も義経からすれば、「チャンス」以外の何者でもないのだが。

 

 

「んじゃ日曜辺りに寮に呼ぶってのはどうだ? 外で歩くだけってのもアレだしよ」

 

「俺はガクトの意見に賛成」

 

「私もそれがいいと思います」

 

 

ここで珍しく岳人が中々いい案を出してきた。

大和と由紀江も仲良くなるチャンスと踏んだのか賛成している。この場合賛成するべきかどうかは寮生、つまり翔一と京、そしてクリスやクッキーに委ねられる。

 

 

「そりゃーいい! ドミニオンとかな!」

 

「マイスターが承諾するなら私も問題ない。 源氏一派とは会ってみたいしな」

 

「自分もいいぞ。 自分の戦術で日本の英雄を屈服させてやる!」

 

「私も」

 

 

大方賛成は得られた。

最も京の場合は内心どこか抵抗を感じているのかもしれない。が、閉鎖的過ぎることは良くないと知ったばかりだ。

こうやって返事を出すことだけでも成長を感じ取れる。

 

 

「姉さんとワン子、それにモロは?」

 

「全然構わない。 何なら皆で料理を突きあうのもいいんじゃないか」

 

「また川神院に結構食材の差し入れあるしそれで行こ!」

 

「いいんじゃないかな。 まぁ与一とは話が持つし」

 

 

川神姉妹からも賛成どころか更なる提案が飛んで来た。週末は寮の規定により寮母である麗子がいない。

故に普段であれば由紀江や忠勝の料理にお世話になるところだ。

そういう日こそ友人を招いての食事には持って来いだ。

卓也も微妙そうではあったが、勇気を持ってOKを出してくれる。

 

 

「分かった。 んじゃベン・ケーにコンタクトを取ってみよう」

 

 

話も纏まったところで携帯電話を取り出した。因みに忠勝については後々に連絡をするつもりではいるが、事前に日曜は非番になると聞いている。

天衣もいるが、さすがに彼女にまで許可をとる必要も無い。

返信は一分も待たずに飛んで来た。

 

 

『OKだってさ ( ^∀^)ノ』

 

 

何とも彼女らしい短い文章だった。そして何気に顔文字を入れるところがポイントである。

文面を見る限り義経と与一にも許可を取ったらしい。一瞬与一の嫌々顔が想像できたが、弁慶が脅す顔も容易に想像出来る。

後でフォローのメールを入れておくか、と大和は携帯電話を閉じた。

 

 

「来るってさ。 皆何して遊びたいか各々準備しとけよ」

 

「やりましたね! ところで一子さん、食材は何があるんですか?」

 

「これまたお肉と野菜ね」

 

「毎度鍋では飽きるでしょうし、バーベキューなんてどうでしょう」

 

 

もう由紀江は料理の計画に取り掛かっていた。

それだけ配慮が出来る娘であるという事。焼肉であれば皆でわいわいやりながら食べられるのであっという間にファミリーの賛成が得られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――そして時間はあっという間に過ぎ、日曜日となった。

 

 

「お、お邪魔します」

 

「ほら義経、硬くならない硬くならない。 お邪魔しま~す。 ぐびり」

 

「ほう、この何の変哲も無い隠れ家が兄貴の家か……奴らの目を逃れるにうってつけだ」

 

 

独特な声が聞こえてきた。

早速出迎えるとこれまた独特な格好の義経達がいた。最も弁慶の格好は、以前大和が選んだ服装である。

どうやら時たまそれで外で遊んでいるらしい。また義経のポニーテールを結んでいる髪留めも、大和が送ったものだ。

そう思うと大和も選んだ甲斐があるというものだ。

 

 

「いらっしゃい。 まずは食卓の方にでも」

 

「う~んお構いなく~」

 

「弁慶は構ってほしいんだろう。 ほら」

 

 

何やら弁慶はテンションが上がっているらしく川神水を勢い良く飲んでいる。

早速足取りが覚束ないようで、義経が支えていた。

とんでもない人物を上げてしまうのではと苦笑いしながらもそのまま通した。食卓では既に風間ファミリー全員が席に座っていた。

天衣は今日、学校で仕事があるといってこの寮にはいなかった。

 

 

「いらっしゃーい!! そして遊ぶぜぇぇぇ!!!」

 

「キャップ暴走するな。 さぁ義経に弁慶、おねーちゃんとレスリングしようハァハァハァ」

 

「はーいモモ先輩も落ち着こうねー」

 

 

入るなり早速翔一と百代が暴走しかけていた。

この二人をあっさり引き止める辺り、京はもう手馴れたものだ。そんな二人に苦笑いしつつも義経達が腰掛ける。

由紀江が淹れてくれたお茶を口にしたところで改めて一子が話題を切り出した。

 

 

「さて、まずは何して遊ぶ?」

 

「ぶっちゃけ人数が多いな。 適度にバラけた方がいい」

 

 

そういうと大和は顎に手をやった。

テンションをざっと見ただけでも弁慶は勿論、与一も乗り気である。今なら皆と馴染めるかもしれない、と少々大胆な行動を起こしてみることに。

 

 

「今からボードゲーム組とトランプ組、テレビゲーム組に分かれよう」

 

 

これはある程度誰が、どこに行くのかを計算した上での提案だ。

すると早速源氏一派がそれぞれ三分割される。

 

 

「義経はトランプに興味がある! 色々お話も出来そうだし」

 

「俺はまぁ、テレビゲームでいいか。 これでも一通りは出来るぜ」

 

「んじゃ私はまったりボードゲーム~」

 

 

友達の輪を広げたい義経は案の定トランプに飛びついた。与一もその中二病という設定のおかげでゲームには非常に貪欲らしい。

そして余り身体や頭を働かさないボードゲームは弁慶にピッタリの遊び。

 

 

「それじゃトランプ側には私が行こう。 あー、義経ちゃんとお話できるにゃん♪」

 

「俺様もトランプ組にいくぜ。 義経とは滅多に接触していないんでな」

 

「やれやれ。 俺はこっちにするか。 たまにならこういうのもいいしな」

 

「わ、わわわ私もトラ、ららら、トランップで!」

『落ち着けまゆっち! それだと罠を仕掛けようとしているようにしか見えんで!』

 

 

トランプ組には百代と岳人、そして忠勝と由紀江が名乗り出た。

ほぼ予想通りの面子だったが岳人がそちらに食らいついたのは意外だった。岳人の好みは年上。弁慶ならばフェロモンが振りまかれているので分かるが、義経は幼い感じも見受けられる。

好みの範囲で無いといえば嘘になるが、狙うなら弁慶と同じ組になるかと思っていた。

 

 

(ガクト、何でそっちに?)

 

(義経から一本取れば、弁慶も俺様の魅力に気付くはず!)

 

(……あーなるほど)

 

(それにあの服装でトランプをすれば、チラッとスカートが捲れ……)

 

 

聞けば聞くほど残念思考が晒されていく。聞かされる大和の方が頭が痛くなっていった。

ただあちらには百代がいることだし、ある程度の制御は任せられるだろう。

それ以上に百代が暴走するのであれば忠勝と由紀江もいる。どうにかしてくれるだろうと大和は願っていた。

 

 

「じゃ僕はテレビゲームだね。 ゲームに僕は外せないでしょ。 新作もあるし」

 

「ふふん。 那須与一とテレビゲームというのもまた一興! 自分も行くぞ」

 

「おっしゃぁ! 俺も乗ったァ!!」

 

 

テレビゲームの方にはある意味でらしい面子が向かっていく。

ゲームといえば師岡卓也は確かに適任であることこの上ない。勝負事大好きなクリスや盛り上がり重視の翔一であれば与一と共に楽しんでくれるだろう。

早速勝負するという事で翔一の部屋に向かっていった。

 

 

「んじゃ残りの連中は俺の部屋ね。 人生ゲームでまったりしましょうや」

 

「いいねぇ。 でも私、人生ゲームは強いよ。 のらりくらりと」

 

「クク。 負けない。 弁慶を実力で叩き伏せてやるんだッ!」

 

「よーし勝負よ弁慶! 川神式双六術を見せてあげるわ!」

 

「フハハハ。 ドミニオンとはまた違った趣向で面白い。 私もついていこう」

 

 

大和を中心としたボードゲーム組。どうやら人生ゲームで勝負するようだ。

京と一子、そしてクッキーも加わる。ボードゲームならば五人でも楽しめる。まさにうってつけだった。

一斉に大和の部屋に入る。と、弁慶が妙に神妙そうにしていた。

 

 

「ここが大和の部屋か………お、この水槽の中は何? 水が入ってないみたいだけど」

 

「よくぞ聞いてくれた弁慶。 これぞ神が遣わした究極の美、その名もヤドカリだ」

 

 

そう言えば弁慶は大和の部屋に入ったことが無い。

無論それは義経や与一も同じであろう。しかし、恐らくあの表情は異性の部屋にすら余り入ったことが無いといったような顔だ。

入ったとしても精々身内である与一や九鬼の従者部隊くらいものであろう。そして弁慶が水槽に注目してしまった。

 

 

「ああ、これが大和の飼っているヤドカリね。 椎名から話は聞いてたよ。 可愛いね」

 

「ほほぅ、弁慶クンもこの可愛さを理解できるとは。 どうだい、この姿を肴に川神水を一杯」

 

「大和、広げたから始めましょーよ」

 

 

弁慶もヤドカリに興味を持ったようだ。刹那、大和の眼が輝く。

スイッチが入ったと理解した一子はさっさと準備を終え、彼を現実に引き戻した。ヤドカリ関連に関しては一子も大和の扱いに慣れてきたようだ。

 

 

「ごめんごめん。 んじゃルーレットの出目で順番決めようか」

 

「フ、激運の持ち主であるマイスターがいなければ私の優勝は確定だな」

 

「おっとそれはどうかなクッキー。 案外戦略性も問われるよ」

 

 

各々やる気を見せながら順番決めしていく。

結果、最初に10を叩き出した一子が一番手になった。翔一に隠れがちだが、何気に彼女も幸運の持ち主では無いのか、と大和は思った。

以降は京、弁慶、クッキー、そして大和となる。

 

 

「それじゃ先陣はアタシが切る! ルーレットオーン!!」

 

 

勢い良く一子がルーレットに手を伸ばした。

くるくると回ったルーレットの針は、やがて6を刺して止まる。

 

 

「んーと……『修行申し込みに道場へ! 3000円支払う』……うんうん、修行は大事よね」

 

「いやいや。 もう所持金スッカラカンって事実に気付きなさいな」

 

「ギャー! そうだったわ!!」

 

 

早速一子は有り金を使い果たしてしまった。

 

 

「では次に私が……それっ」

 

 

次に京がルーレットを回した。彼女の出目は4。

控えめな彼女らしく、数字も控えめだった。そのまま進めていくと何やらやたら毒々しい色の升目に止まった。

 

 

「『毒の沼地。 一回休み』……大和、ホントにこれ人生ゲーム?」

 

「ああ。 人生ゲーム最新版RPGバージョンだそうだ」

 

「これは与一が好きそうな毛並みだね………」

 

 

やっぱり与一と接触してしまった所為で少々中二病ぶりが再発してしまったのかもしれない。

呆れつつも可愛いと思う弁慶なのであった。

 

 

「今度は私だね。 えーいやっ」

 

 

弁慶の綺麗な指が、軽くルーレットに触れられた。

それだけのことなのにルーレットはやたら激しく回転する。やはり弁慶の名を冠するだけあってパワーは相当なものだった。

やがて7の升目に止まるのに、凡そ20秒も掛かってしまう。

 

 

「7、と。 何々………『人命救助で謝礼ゲット、1000円』と」

 

 

弁慶は意外にも堅実に稼いでいた。

この手の双六というゲームはある程度の運が絡むとは言え途中分岐するルートもある。それを考えるとやはり多少なりとも戦略性が絡んでいる。

まったり、をモットーとする弁慶であるが故にいきなり勝負を仕掛ける、などという無鉄砲な行為には及ばないようだ。

 

 

「フハハハ、次は私だな。 九鬼よりインストールされた双六プログラムを実行しよう」

 

「何だそのプログラムは。 まさかイカサマか?」

 

 

クッキーは相変わらずの自信家だった。

特に変わった様子も見せずにルーレットを回した。

 

 

「3だな。 ……むむっ、装備一式買い替え、2000円消費……」

 

「よし特にイカサマはしていないな」

 

 

初っ端から痛い出費に苦々しい声色を出している。

特に問題なしと判断した面々が盤上に向き合った。最後に回ってくるのは大和。

ルーレットに手を伸ばし、ぐるんと回す。

 

 

「俺は5だな。 おっ、生命保険に入れるな……2000円掛かるが出しておこう」

 

「RPGで保険って聞くとシュールにしか聞こえないね」

 

 

多少の出費でも保険に入るという、大和らしい選択を取った。

が、RPGは危険がつき物。そんな世界の中に生命保険という選択肢はやはり少々違和感を覚える弁慶。

それでも問題なく、そして楽しくボードゲームは進行していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『うわぁー! 何だ与一! その必殺技は!?』

 

『ハッ、俺の研ぎ澄まされた精神(センス)だからこそ出来る奥義……見切れはしまい』

 

『おのれ~! 頼むモロ! 自分とキャップの敵を!』

 

『任せてよ。 与一、君が精神(センス)なら僕は技能(スキル)だよ!』

 

 

 

 

 

 

 

隣の部屋でもいい具合に盛り上がっていた。加えて卓也が何気に与一の世界に引き込まれつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――それからしばらく時が経ち。

 

 

「うむむ………!」

 

 

大和は唸っていた。人生ゲームの盤面を食い入るように見つめている。

現在大和は下位独走であった。資産運用などのテーブルトークダンジョンなどのゲームであれば得意とするところだが、このような変哲もない双六は運で大方左右される。

ラック値が低いと言われればはなはだ疑問だが、それよりもラック値の強い一子がトップを走っていた。

距離だけではなく、所持金も嫌の大和には厳しい状況である。

 

 

「イェーイ! このままだとアタシの勝ちね!」

 

 

天真爛漫の四文字を顔に貼り付けながら一子が恍惚としている。

確かに割りと白熱している展開だが、このままでは追いつけない。

 

 

「フフ、大和よ。 我々のローカルルール忘れてはいまいな?」

 

「ローカルルール?」

 

「そう、ドベになった人はトップの人のいう事を一つ聞くという鉄の掟」

 

 

それは昔に決められた、平凡を嫌う翔一と百代による提案だった。

トランプのような何回もやるゲームであればそこまで酷いものは出ないだろうが、双六のような長期戦を強いられるゲームに敗北した場合、割りと重い命令が下ることが多い。

万が一京をトップにしてしまえばボディタッチを要求されるだろう。

 

 

「なるほどね~………これは私も本気出したいな♪」

 

「ほほぅ。 弁慶の命令か、私は興味あるがな」

 

 

罰ゲームありと聞かされた弁慶も妙にやる気を見せた。

現在彼女は二位を走っており、一子に最も近いポジションだ。ルーレットの出目によっては逆転勝利もありうる。

 

 

「だが負けるわけにはいかんのだよ! ルーレットオーン!!」

 

 

勢いよくルーレットを回した。こうなってしまえば自棄になる他ない。

ぐるぐる回るルーレットは、やがて運命の針を刺した。

 

 

「7! ………よっしゃ! 『転移魔法陣、トップの人と場所を入れ替える』だ!」

 

「え!?」

 

 

ここにきて大和にもツキが回ってきたらしい。

ゴールを目前にしていた一子とその場所を入れ替えた。これによって一子は逆に前の連中を追いかけるという状況に陥ってしまう。

 

 

「そして給料日+生命保険満期のコンボ! 一位到着の賞金も合わせれば俺の勝ちじゃいコラァ!!」

 

 

一気に逆転の兆しが見えた。

後1マス進んだだけで大和は一着だ。その上一着による高額賞金も貰うことができる状況にあった。

そして彼は後悔することになる。―――――「あ、これフラグだわ」、と。

 

 

「ま、まだまだ私だって負けないわよ! これは所持金で決まるんだから! カジノ行って絶対一遇のピンスを乗り切って見せるわ!!」

 

「ワン子それフラグ、んでもってキャップじゃないからやめときなさいな、そして千載一遇のチャンスと絶体絶命のピンチが合わさって次世代語になってる」

 

 

京の華麗な三連続突っ込みが入る。

当然フラグは回収されるもので、一か八か駆け込んでみたカジノで一子は大当たりをたたき出すことが出来なかった。

京は堅実に進めるもやはりそれだけでは一気に広げられたリードを埋める事は出来ない。

 

 

「私は9だな。 ………ぬ、こんな収入では雀の涙ではないか」

 

 

クッキーも追いつくべくルーレットを回す。

しかしいよいよ運を使い果たしてしまったのか、僅かな収入が入るだけである。このままでは大和には追いつけないことは眼に見えている。

残すは弁慶のみ。事実、この彼女の一手で全てが決まる。

 

 

「それじゃぬるんと回すよ~……えいやっ」

 

 

弁慶が軽くルーレットを摘んで回す。その様子を固唾を呑んで大和は見守った。

現在彼女は事実上の二位。ここで出した出目次第では追い抜かれる可能性も否定できない。

 

 

「お、私も7だね。 ………何々? 『このマスの4マス前にいる人は問答無用で死ぬ。 所持金全て失う』だって」

 

「へっ? お前の……4マス前? 何でそんなピンポイントかつ危険なマスがあるの?」

 

 

一気に大和の血の気が引いた。

今、彼女の前にいる人物は大和しかいない。そしてその距離は――――丁度4マスだった。

 

 

「わーい! 大和のお金全部ボッシュート!」

 

「あーらら。 フラグ回収だね」

 

「ふむ、これならば一着による賞金を受け取っても逆転は無いなフハハハ」

 

 

己の気が遠くなるのを感じた。

自然と投げやり気味にルーレットを回す大和。どんな出目を出そうが上がってしまう。

しかも上がってしまえば以降逆転のマスを踏むこともない。―――――結果、大和は最下位、一位は弁慶となってしまった。

 

 

「*:.。..。.:*・゚(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:」

 

「………………」

 

 

喜ぶ弁慶、落ち込む大和。両極端な二人を見て一子達は笑わざるを得ない。

勝利の一杯と言わんばかりに川神水を飲み干すと弁慶は顎に手をやった。

 

 

「そうだね……んじゃ罰ゲームは夕食の川神水のお酌、全部してもらおうか」

 

「………ハィ」

 

 

思ったよりほど酷いものではなかったようだ。

そう考えると幾分か元気は出る。が、それでも逆転負けを喫したダメージは抜け切らなかった。

彼の様子から思ったより負けず嫌いな一面もあるものだな、と弁慶は可愛らしく思っている。

 

 

『大和さん、よろしいでしょうか?』

 

「まゆっちか? ドウゾー」

 

 

ここで大和の扉が叩かれた。この礼儀正しいノックと声、黛由紀江を除いて他にいない。

気持ちよい彼女の礼儀に幾分か心が軽くなる。

平静を装って由紀江にドアを開けさせた。

 

 

「いえ、そろそろバーベキューが出来る時間なのでお呼びに来ました」

 

「おっ、本当だ。 もうそんなに時間経ってたの」

 

「トークしながらやっていたからな、割と時間を取ったのだろう」

 

 

京とクッキーも壁にかけてある時計を見て重い腰を上げた。

現在針は6時を刺していた。

思えば人生ゲームの最中には互いの出自などを語っては楽しんでいた。話に寄れば弁慶達クローン組は小笠原諸島で育ってきたらしい。

 

 

「んじゃ大和~。 し~っかり私に肉野菜ツマミ川神水を運んでね~」

 

「へーい」

 

「? その様子だと………大和さん負けてしまったんですね」

 

 

庭に出る準備をしながら大和はそう返した。

会話を聞きながら何となく悟る。そうして大和は縁側の方の障子を開け放つ。そこにはバーベキューの準備を進める翔一達がいた。

 

 

「遅いぜ大和! さぁ! 焼・く・ぞおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

「……いつの時代になってもキャップは元気よね~」

 

 

一子の言葉に皆頷く。

 

 

「へ~。 こうしてわざわざ玄関に回らずに庭に出られると。 いいね~手間が省ける」

 

「そんなところまで面倒だと思えるとはさすがだらけ部」

 

 

弁慶は縁側で寝そべられると知った瞬間大和の膝に頭を預ける。やれやれ、とため息をつきながらも大和は彼女の頭を撫でた。

当然、百代を始めファミリー全員や義経から鋭い視線を受ける。

 

 

「あー! 大和が私を差し置いて膝枕しているー!!」

 

「べ、弁慶! 大和君に失礼だろう!」

 

「そんな事無いよ~。 これ罰ゲームだし」

 

 

百代と義経も少々面白くないと感じたのか引き剥がしに掛かる。

が、弁慶はすっかり気に入ってしまったのか離れようとしない。罰ゲームだと分かれば百代と義経もそう強気に出られないのだが。

 

 

「ねぇ、大和はこの体勢………嫌い?」

 

「好きです」

 

「断言しやがったよコンチクショォォォォォ!!!」

 

 

今回ばかりは岳人の心の叫びは受け取ってもらえただろう。

解せていないのは翔一と与一だけだ。

 

 

「むむ……大和の膝の上はアタシのポジションなのに~」

 

「ごめんね~今日は私のものだからね~」

 

 

弁慶は彼の膝の上で甘えながら、ツマミであるちくわを口にする。

その姿は一子もガルルと威嚇してしまうほどだった。かと言って折角のバーベキューの雰囲気をそれ以上壊すようなことは互いにしない。

肉が焼けると早速皆それを口にした。

 

 

「……お、美味いな。 バーベキューなんざ今までやったことなかったな……」

 

「ハッ。 朱の空の下、こんな緩やかな時を過ごすのも悪くない、か……」

 

 

バーベキューは忠勝と与一も気に入ったようだ。

豪快に肉に齧り付くその姿は年相応と言ったところだ。最も食いっぷりに関しては翔一と岳人、そして一子が激しいのだが。

 

 

「今日は食うぞ! 俺様は食うぞおおおおおお!!!」

 

「アタシもよ!! 今日はヤケ食い!! ぬおおおおおおおおお!!」

 

「おお! 何だか分からんが俺も食う!!」

 

 

相変わらず妙なところで仲が良かった。

 

 

「ほれ大和。 私にお肉運んできて~」

 

「はいはい」

 

 

一旦膝枕を解いて、大和は肉を拾いに向かう。

途中女性陣からの視線が異様に冷たかったが今の彼に文句を言う権利はなかった。

ある程度肉と野菜を皿に盛り、彼女の元へ。

 

 

「お持ちしました弁慶様」

 

「うむ。 ではそれを私に食べさせろ~」

 

「なん……だと」

 

 

所謂「2828イベント」であった。要約すれば「あーんしろ」と言っているのである。

逆らいたくもあったが、同時にやってみたいという気持ちもある。大和は周りの痛い視線を掻い潜りながら端で肉を摘む。

 

 

「はい弁慶。 あーん」

 

「あーん」

 

 

口元に運んだそれを、弁慶はパクリと一口。

濡れた唇が妙に艶やかで大和の「男」を一瞬駆り立てた。脂で濡れている、というのが何とも惜しいところであったが。

今度は野菜も運ぼうかと思った瞬間、大和の肩が叩かれる。

 

 

「ん? 何だ京………むぐっ?」

 

「クク。 私は強制的に大和にあーんするのみ!」

 

 

早速京がアクションを仕掛けてきた。

確かにそろそろ大和も肉が食べたいとは思っていたが、こんな形になるとは思っても見なかった。これには弁慶も眼が点になる。京の牽制アタックは成功したと言えるだろう。

が、今度は弁慶の方がつまらなさそうな表情になる。

 

 

「ほーら大和。 手が止まってる。 何だったら……私があーんしようか?」

 

「お気持ちは嬉しいですが幸せすぎて死ねそうです物理的に」

 

 

背後から百代のオーラが溢れている。背中で感じ取ったそのベクトルは大和一人に向けられていた。

そっと周りに救援を求めるも男性陣は誰一人として取り合わなかった。特に岳人と忠勝は「いい気味だ」とでも言わんばかりに。

その後もバーベキューは続いたが、大和は妙に肩身が狭かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁ………くっそ、姉さん達め………夕べは容赦なさ過ぎだろ……」

 

 

翌日の月曜日、夕方にもなって大和は盛大な欠伸をかいていた。

理由は一つ、昨晩島津寮に止まった百代達の世話を強いられたためだ。どうやら弁慶にあれだけのサービスをしたことが面白くなかったらしい、

その分、彼女達にご奉仕していたというワケである。

 

 

「まぁいいや。 ……こんな時はだらけ部でゆっくりするに限るかな~」

 

 

人脈構成のための一仕事を追え、一階の廊下を通り過ぎていく。

片手には西方十勇士の一人、長宗我部から送ってもらったちくわが入った袋がぶら下げられている。

弁慶もきっとお気に召してくれるだろう、と鼻歌を歌いながら靴箱を通り過ぎようとした時だ。

 

 

(? ………あれ、は………!)

 

 

見えてしまった。2-Sの靴箱に近づく男の姿を。

ただ見た限り、その男は最近Sクラスでは見ていない男だ。確か名前は「油山」だったはず。

不審に思い、陰に隠れて観察していると油山はポケットに手を伸ばす。

そこからは鋭く光る、あの無慈悲な棘が煌いていた。

 

 

「―――――ちょっと待てやコラ!!」

 

「っ!? お、お前は………2-Fの直江!?」

 

 

それを眼にした瞬間、飛び出してしまう。大和の頭の中から「冷静」という言葉は消え失せてしまっていた。

対する声をかけられた油山の方も尋常ではない狼狽ぶりである。

咄嗟に握っていたそれを遠くへ放り投げる辺り、小癪な男だと大和は己の内で評価した。

 

 

「油山君だっけ………? 弁慶の靴箱に何やってたのかな」

 

 

今、油山は弁慶の靴箱の前に立っている。そして明らかにそれに手を伸ばそうとしていた。

言い逃れさせないように、着実に追い詰めていく。

 

 

「い、いや俺さ元2-Sだからよ。 ちょっと未練があって………」

 

「へぇ。 未練があるのは分かるけど何で画鋲が必要なのかな?」

 

 

大和は影に投げ捨てられた凶器―――――画鋲を拾い上げる。

間違いない、あの油山はこれで弁慶を傷つけようとしていたのだ。

恐らく、先日の靴箱に入れられていたあの画鋲も彼の仕業。確信した大和が鋭い視線を投げつける。

 

 

「さ、さぁ? 俺は知らねぇし~。 言いがかりもいい加減にしろよな」

 

 

ここで油山は白を切ってきた。

確かに最も確実な手段と言える。同時に醜い、とも取れる。大和はこの男の性根の悪さに心底腹が経って仕方がない。

拳が自然と固まってしまう。

 

 

「………油山君? これな~んだ」

 

「ん? ケータイ……? ………っ!」

 

 

懐から愛用している携帯電話と同じ型のものを取り出した。

しかもカメラの部分をやたら強調して見せてくる。これが意味するものを悟り、油山は平静を崩した。

 

 

「て、テメェ………!!」

 

「……正直これをネタに先生にチクるなり出来る。 でもお前のようなタイプはそれぐらいじゃ終わらない。 寧ろエスカレートするだろうな、遠まわしに。 だから………」

 

 

大和はワッペンを取り出し、そして相手の目の前に叩き付けた。

 

 

「徹底的にブチのめして、反省させるしかない」

 

 

バキボキ、と指を鳴らした。

よく漫画などで見られる喧嘩の合図である。それは油山もすぐに分かる。だがこのワッペンの意味は未だに理解できない。

 

 

「一対一、殴り合いでの決闘だ! 勝ったら弁慶の前で土下座してもう二度とこんなことはしないって誓え! 逆にお前が勝ったらこっちのケータイは好きにしろ!!」

 

 

我ながら飛んだ阿呆だな、と自嘲する大和。

だがこれで少なくとも彼の矛先は弁慶から自分に向けられたはず。案の定、油山は分かりやすいくらいに青筋を浮かばせていた。

 

 

「………い、いいだろう。 生意気な2-F……一度叩き潰したかったんだ!」

 

 

油山も懐からワッペンを取り出し、重ねるようにして叩き付けた。

すると近くを歩いていた教師が近寄る。ヒゲ先生こと、宇佐美巨人だった。

 

 

「何だ直江。 だらけ部に来ねぇと思ったら珍しく肉体労働か? それに油山もか」

 

「ヒゲ先生丁度いいところに。 決闘したいんだけど余り他人に見せたくない。 どこか空いているスペースで決闘したいんだ、一対一のリアルファイトで」

 

 

これは相当頭にきているな、と巨人も肩を竦めた。

巨人はとりあえず周りを見渡した。弁慶の靴箱の前に立つ二人、2-Sとは関係がなくなった油山、そして彼の忌々しそうな視線。

途端に、全てを察した。

 

 

「………分かった。 今日はバスケ部休みだからな、第二体育館を使え」

 

「了解」

 

 

ため息交じりに巨人が許可を出した。

大和と油山は足取り粗く、彼の後についていく。―――――その一部始終を、この人物に目撃されていたとも知らずに。

 

 

「あ、あわわわ………た、大変だ………!」

 

 

それは知る人ぞ知る、源義経だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ面倒くせぇなぁ……んじゃこれより、決闘を始めるぞ」

 

 

 

 

 

数分後、二人は空っぽになった第二体育館に立たされる。

第二と言うだけあって少々小さいが、決闘する分には問題ないスペースだ。

それぞれ両サイドに大和と油山が立つ。互いに相手を睨みつけていた。

 

 

「あくまで決闘だからな、やり過ぎと判断したら止めさせてもらうぞ」

 

「OK」

「いいぜ」

 

 

それぞれ己の内に抱えた思いを胸に拳を固める。

大和は、肉体派では無い。精々たるまない程度のトレーニングしかしておらず、殴り合いなどは本来避けるべき展開だ。

―――――しかし、彼はそれを望んだ。それだけ腹が立っているのである。目の前のこの男に。

 

 

「時間無制限一本勝負、始め!」

 

 

巨人の宣言と同時に動いたのは油山だった。

 

 

「オラァ!!」

 

 

ブゥン、と空気を掻き分けながら拳が振るわれた。

元がつくとは言え2-Sの生徒。それなりに身体能力もあるようだ。だが、日頃武神という手のかかる姉の攻撃を避け続けている大和にとって回避は余裕だった。

 

 

「チッ、この! このぉっ!!」

 

「姉さんや京のスキンシップに比べれば……! 遅い!!」

 

 

必死に拳を振るうが、大和を捕らえられない。

大和の回避の動きはお世辞にも綺麗とは言えない。あくまで避けるためだけの動きであり、その後反撃に移れるような体制ではない。

それでも冷静さを失った油山は息を切らす。その瞬間を狙って拳をねじ込む。

 

 

「あべしっ!!!」

 

 

勢いを乗せたおかげで勢いよく吹き飛んだ。

顔面に打ち込んだ拳だ、相当利いているはず。巨人の眼から見ても相当なダメージを与えた、と見て取れる。

 

 

「おおおおっ!」

 

 

勝機は逃さない。これは大和の、軍師としての基本だ。

一気に敵か崩れたのならば切り込むのみ。拳を振り上げてトドメをさそうとかかる。

 

 

「こ………のクソがぁぁぁぁっっ!!!」

 

「!? くっ、あっ………!」

 

 

だがここで予想外の一手が放たれる。

油山はポケットに手を伸ばし、何かを振りまいた。それはこの体育館に来る途中に握りこんだ砂だった。

砂が思い切り大和の眼に入ってしまい、眼が開けられなくなる。

 

 

(ギャラリーがいたら卑怯、なんて沸くだろうが……生憎無制限の決闘だ、砂だろうが何だろうがありだな)

 

 

巨人もため息をつきつつ黙認している。

無論大和もある程度の凶器攻撃は想定していたが、まさか室内で砂を使ってくるとは思わなかった。

それだけ油山が非常識という事である。しかし彼はそんな事を気にすることもなく大和の胸倉を掴み上げた。

 

 

「さっきはよくも痛ぇ一撃見舞ってくれたな……このっ! このぉっ! この野郎ぉッ!!」

 

「ぐ、が! はっ………!!」

 

 

彼の動きを封じ、殴打の連続を浴びせる。

回避が得意な大和も、視覚が封じられればそれもままならない。後はただ、油山のいいようになぶられるだけだ。

 

 

 

 

「大和っ!!」

「大和君!」

 

 

 

 

そこに二つの影が乱入してきた。

巨人はすぐに見破る。源義経と、そして今はだらけ部の部室でまったりしているはずの武蔵坊弁慶だった。

二人とも息を切らしていた。特に弁慶の焦燥は並ではない。

恐らく義経が事の顛末を伝えたのだろうと巨人はすぐに勘ぐった。だが今は決闘の審判として立っている以上、あの二人に声をかけることが出来なかった。

 

 

「べ、弁慶………!? 義経まで……!」

 

 

油山も本人の登場に驚いた。

彼女がどこまで知ってここに来たかは分からない。しかし攻撃していた本人登場というこの状況に動揺を禁じえなかった。

 

 

「へ、へへ………本人を前に懺悔する気になったか……?」

 

「っ! う、うるせぇ!!」

 

 

また強烈な一撃が大和を顔面に打ち込まれる。

 

 

「大和……!」

 

 

弁慶も、見ていられないというくらいに悲痛な顔と声を出してしまう。

隣にいる義経はもう震えが止まらなかった。

 

 

「お前に分かるか……? 武士道プランだか何だか知らないが急に転入してきて、で理不尽に落とされた俺の気持ちがあぁぁぁッ!!!」

 

 

思いの丈を吐露しながらまた拳を振るった。

弁慶と義経、そして与一はSクラスに加入した。それにより定員オーバーにより三人落とされることになる。この油山もその一人なのだろう。

 

 

「そ、れで……弁慶を苛めて、S落ちさせようってか……小せぇな……」

 

「うるせぇ!! あんな……あんな酔っ払いが学年三位なんて信じられるか!!」

 

 

確かに普段の生活ぶりを見て、弁慶が三位だとは思えないだろう。

しかしそれは努力なくして到達できない。大和も彼女の生活を直に見ているわけではないため断言できなかったが、それは分かる。

一方の油山は、それが腹立たしくて仕方ないようだ。

 

 

「何で俺があんなのに負けなきゃ………なんねぇんだよぉぉぉっ!!?」

 

 

大和にトドメを刺すべく、大きく拳を振りかざした。

―――――その瞬間。大和の眼が開かれる。彼はもう、砂を振り払っていた。

ポケットに手を伸ばし、何かを取り出す。それは愛用している道具の一つ、手品の糸だった。それを自分の左手と相手の振りかざした拳を纏めて結びつける。

 

 

「なっ!?」

 

「つーかまえた」

 

 

これによって油山の利き腕は無力化された。

それどこか相手を懐に入れてしまっており、逃げられない。完全に利用されたと悟った時、大和は頭を大きく振りかざしている。

 

 

「母さん直伝のヘッドバッド……食らいやがれぇぇぇええええええ!!!」

 

「ひでぶっ!!?」

 

 

勢いを乗せた額の一撃が、油山の顔面にめり込む。

凄まじく痛そうな音をこの体育館内に響かせた。巨人も思わず額を摩ってしまうほどの音である。

 

 

「がっ………!」

 

「さっきから小せぇことをグチグチと……落ちたことは確かに可哀想だな。 でもそれで弁慶を逆恨みするのは筋違いだろぉッ!!!」

 

 

またヘッドバッドを一つ。

この戦法は川神で暴走族の頭を務めていた咲の戦法でもある。これによって相手の急所となる顔面に攻撃を加えることで戦力差を覆すと言う、強引な戦法だ。

噂程度でしか耳に出来なかったが、心の片隅で大和は母に感謝する。

 

 

「弁慶だってテストを受けた上で入学したんだ。 相応の実力があってこその結果だ」

 

「ぐぉ………ぉ」

 

「それに本気で弁慶に勝ちたいならこんな事をせずに勉強するなり何なりすべきだろっ!!」

 

 

これまでのお返しと言わんばかりに連続で額を振るい続けた。

いよいよ油山も意識が定まらなくなったようで、足を震わせる。大和も今までのダメージに加え、相当の衝撃が直接脳内に響き渡る。

一瞬意識が飛びかけた、が彼の中にある「漢」が倒れることを許さなかった。

 

 

「何より、テメェは俺の目の前でしちゃならねぇことをしやがった………!」

 

 

油山に反撃できる力はもうない。

それでも審判である巨人からの静止は無い。ちらりと彼を見てみると、彼は「そのままやれ」と言わんばかりに頷いてくれる。

応えるかのように、今まで以上に大きく頭を振るった。

 

 

 

 

 

「それは……俺の目の前で、卑劣な方法で友達を傷つけようとしたことだコラァ!!!」

 

 

 

 

 

―――――骨と骨がぶつかり合う。そう表現せざるを得ないような衝突音がこの体育館内に響き渡る。

大和の額が、相手の顎にぶつけられている。その状態のまま、二人は立ち尽くしていた。

次の瞬間、大和の額から赤い筋が一つ流れた。筋は雫となって、体育館の床に散る。

 

 

「大和………!」

 

 

弁慶は祈った。彼が立つことを。

その祈りが通じたかのように、ずるりと倒れたのは油山だけだった。大和は溜まりに溜まったため息を吐き、男と自分を結んでいる糸を解く。

 

 

「意識なし! よって勝者、直江大和!!」

 

 

文句なし、という表情で巨人が宣言する。

ようやく大和も勝ったという実感が出てきたのか、笑顔を零す。

 

 

「は、ハハハ………ザマ、みやがれ………ってんだ……ぁ……」

 

 

刹那、彼の視界が180度ひっくり返った。

疲労と痛みが限界に達したのか、前のめりに倒れていったのだ。今の大和に踏ん張るだけの力はない。

そのまま硬く、冷たい床の感覚を味わうしかない。―――のだが訪れた感覚は、それとは全く正反対の優しく、温かいものだった。

 

 

「大和! 大丈夫!?」

 

 

それは弁慶の抱擁だった。

見るに見かねて飛び出してきてくれたらしい。彼女に遅れて義経と巨人も駆け寄る。

 

 

「………ま、まぁ………大丈……V…………」

 

 

余裕を見せようと冗談を告げたものの、身体は正直だ。

そのまま意識が重くなり、瞳が閉じられていった。周りが何か叫んでいるようだが、もう大和の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ヤドカリ帝国設立を目指して……ハッ!?」

 

 

主観的には幸せな、客観的には馬鹿な夢を見ていた大和が起きた。

そこは茜色で満たされた保健室の一室である。頭には包帯やらガーゼやらでしっかりとケアされていた。

傍には氷水の袋も用意されており、腫れた部分に的確に押し当てられている。

顔を少し右に動かすとそこには椅子に座っている弁慶が、優しい表情でこちらを見ていた。

 

 

「あ、起きた?」

 

「弁慶……? 診ていてくれたのか」

 

「まぁ手当ては宇佐美先生だけどね。 あの人の治療、的確だったよ」

 

 

中年の男に治療して貰ったと言う事実が発覚し、大和は巨人に感謝する反面少し残念な気がしたことも否定できなかった。

巨人からすれば面白がってやりそうではあるが。

 

 

「でも大丈夫?」

 

「ま、まぁ………大丈V」

 

「ホントかな~?」

 

「い、いででで!! そこ触るな!!!」

 

 

弁慶の細い指が大和の頬をツン、と突いた。

途端に痛みが頬を走り、顔を引きつらせる。やはり武士娘でもある彼女の目は誤魔化せない。

 

 

「………でさ、大和。 ちょっと前に油山って人が来て、私に謝ったんだ。 全部、聞いた」

 

「おお、ちゃんと約束守ったか。 ま、ヒゲ先生もついてたしブッチできねぇわな」

 

 

どうやらあの後油山は土下座込みで謝ったようだ。

うんうん、と頷いていたが弁慶の表情が重い事に気付く。彼女は今、とても切なそうな顔をしていた。

 

 

「………なんであんな事したの? 私、気にしてないって言ったじゃん……」

 

 

悲痛そうに、弁慶が声を絞り出した。

確かに見た限りでは全く気にしていない様子だった。それは大和も知っている。彼女のためにアクションを起こしたところで、時にそれが迷惑になる事だって大和は理解していた。

それでも結局行動に移してしまった。それが弁慶にとって、何よりも悲しい。

 

 

「なのに……なんで大和がボロボロなワケ? やるなら私でしょ……」

 

「あんな奴、弁慶が殴る価値も無いよ」

 

 

どうやら自分に代わって決闘させてしまった、と思い込んでいるようだ。

しかも大和がこんな大怪我を負ってしまったことに責任まで感じてしまっている。いつの間にか、弁慶は大和の手を握っていた。

そんな彼女に微笑みかけながら大和は告げる。

 

 

「それにあの決闘だって、俺がムカついたからやっただけ。 感謝される謂れも、増してや怒られる謂れも無い。 弁慶は何一つ気にする必要は無いぜ?」

 

「そういうわけにもいかないでしょ!」

 

 

ピシャリ、と反論をされた。

普段はだらけているとは言えやはり責任感の強さは武蔵坊弁慶その人なのだと大和に映る。だがこのまま彼女を罪悪感に捕らえさせるわけには行かない。

 

 

「それにどっち道俺の勝ちだったんだから」

 

「え?」

 

「実は俺、愛用とダミー二つの携帯電話を持っててな。 あいつに渡すのはダミーの方だったってワケ。 ま、元から携帯電話に証拠を残してるなんて言ってないけど」

 

 

そうやって大和はあの一瞬で油山の罪を逃れさせない状況をセッティングした。

彼の計算高さに弁慶も少々呆れる。

ちょっとだけでも心が軽くなったか、と首をかしげていると。傍に袋が置かれている。これは大和が今日、彼女のために持ってきたものだった。

 

 

「あ、そうだ。 弁慶遅れたけどさ、これ今日のおツマミ」

 

「……こんな時にまで何言ってるの。 そんな気分じゃない」

 

 

やはり、彼女はまだ罪悪感が残っていた。

あんな程度の問答でどうにか出来るとは大和も思っていない。それでも彼は近くに置かれていた弁慶の杯を手に取る。

それを突き出して、満面の笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

「じゃぁさ、俺にお酌してよ。 勝利の一杯、ってことで」

 

 

 

 

 

どこか冷静で、どこか子供っぽくて、どこか熱くて。

そんな彼が格好良くて、そんな彼が可愛くて、そんな彼に魅せられて。

―――――弁慶も観念したらしく、優しく微笑み返すと持っているひょうたんを杯に突き出した。溢れる瀬戸際まで川神水が注がれる。

 

 

「ありがとう。 ………かぁ~っ! 一仕事した後の川神水はやっぱイイ!!」

 

「……ぷっ、アハハハ! 大和も親父臭いね~!」

 

 

堂々たる飲みっぷりだった。今までの大和から考えられないほど。

弁慶も今まで責任感や罪悪感に駆られていた自分がおかしく思ってしまうほどに。

しっかりと大和が飲み干すと、今度はその杯を奪い、そして彼にひょうたんを押し付けた。

 

 

「それじゃ……これは私を心配させた罰。 今度は私にお酌して」

 

「へいへい」

 

「へいは一回!」

 

「へい」

 

 

何とか動かせる左手で弁慶の杯に川神水を注ぐ。

こちらも溢れるギリギリまで注ぎ、彼女はそれを飲み干した。

 

 

「………うん。 これは慰めの一杯じゃない。 大和の勝利を祝う一杯だね」

 

「そーゆーコト。 ほれ、長宗我部からのちくわもある」

 

 

この茜色の保健室の中、二人は酒盛りを続けた。

杯を受け取り、それを飲む。そして彼が杯に手をつけ、川神水を口にする。それだけで弁慶は幸せだった。

その“乙女”の顔を、赤らめて。ただこの幸せを享受していた。

 

 

 

 

 

 

―――――因みにこの後、義経が風間ファミリーを引き連れたために修羅場になったのはまた別のお話である。

 

 

 

 

 

続く

 

 




最近いよいよ暖かくなってきましたね。私の懐、寒くなってきましたね。
どうもテンペストです。今回は弁慶様のお話でした。まじこいA-1の弁慶ルートが個人的には神だったので弁慶さんのエピソードを作成せざるを得なかった。後悔は無いし反省もない。
ただぬるっとするだけのお話は刺激がないのでやっぱり戦闘なり修羅場が恋しくなるまじこいクオリティ。
最近妙に大和が体張っている気もするが大丈夫。彼はあくまで一般人の枠は超えません。っていうか超えられない。
次回もお楽しみに。感想ご意見お待ちしております!
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