真剣で私に恋しなさい!X   作:テンペスト

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第二十八話 私を海に連れてって!

この川神学園にも、夏休みが目前にまで迫っていた。

 

 

 

廊下には教師達によってテストの結果が張り出されていた。これは栄光の告知と言える。この紙に記されるのは学年50位以上のみ。

つまりこの紙に名が記載されているものは学年でも選りすぐりのエリートということになる。

直江大和はFクラスでただ一人、それを見に来ていた。理由としては風間ファミリーが勉強嫌いが多いことと、Fクラスでも成績優秀なものと言えばこの男くらいしかいないためである。

 

 

「俺は……29位か。 こんなモンだろうな」

 

「おー大和すご~い!」

 

 

自分の成績が割りと上位に食い込んでいるという事で大和も思わず上機嫌。

その背後から天真爛漫な声が聞こえた。

振り返るとそこには真っ白な肌に真っ白な髪を持つあの少女が。

 

 

「ユキ。 葵に井上も一緒か」

 

「当然です。 私達は家族ですからね」

 

「いつでも一緒ってな。 離したら、僕の魂ごと離れてしまう気がするから」

 

 

榊原小雪だった。彼女を挟むようにして葵冬馬と井上準も立っている。

彼らは2-Sの生徒である。どうやら大和と同じくテストの順位を確認するために来たようだ。

 

 

「ま、葵は予想通り不動の一位だけどな」

 

「これでもこまめにノートを取っていますのでね」

 

「ユキや井上はそれぞれ31位と34位。 やっぱり水準は保ってるんだな」

 

「当たり前だって。 折角開放されたってのにS落ちで転落人生ってのは嫌だからな」

 

 

Sクラスは成績優秀者の集い。言わばこの川神学園のエリートの集まりとも言える。だがそれだけに学年成績50位にその名が載らないと即Sクラスから席を抹消されてしまう。

これが所謂「S落ち」である。当然中にはSクラスに入ろうと努力しているものがいるので、50位以内をキープすることは相当苦しい。

その中でも葵冬馬は常に一位をマークしている。ある意味既定路線である。

 

 

「見て見てトーマ! ヒデや弁慶もトップだよ」

 

「さすがの英雄ですね。 弁慶さんも公約どおりということで大いに飲んでいるでしょう」

 

 

そして葵冬馬の次には九鬼英雄、そして武蔵坊弁慶がその名を連ねる。

英雄も常に2位の座に居座っており、二年でテストの成績と言えばこの二人がツートップだ。そこに3位に食い込む弁慶も相当なものである。

彼女は学校内でも川神水を飲める代わりにテストの成績が4位以下ならば即退学という念書を書かされている。

 

 

「へいへーい大和! 明日僕らとあそぼーよ」

 

「ん? どっか行くのか?」

 

「ええ、英雄がプライベートビーチを貸してくれるんですよ。 何人でも連れてこい、と言うので」

 

 

テストの順位を確認し、教室に戻ろうとした矢先だった。

服の裾を小雪に引っ張られた。どうやら話から察するに海で泳ぐつもりらしい。

確かに九鬼家の長男たるもの、土地の一つや二つ掌握してナンボであろう。九鬼という事で安全性も保障されている。それに久々に小雪と遊びたいという純粋な気持ちもあった。

 

 

「いいよ。 キャップ達も呼んでいいか?」

 

「私は構いませんよ」

 

「俺もいいぜ。 ただなぁ………」

 

 

しかし九鬼が所有するプライベートビーチは広そうである。

故にそこに四人だけで遊んでも寂しいという事で大和がいつものように風間ファミリーを連れて行くことを提案した。

特に断る理由は無いらしく、冬馬と準の二人は了承するものの間に挟まれている少女に視線を移す。

 

 

「………むぅ、大和だけでいいのに………」

 

 

膨れっ面をしている小雪であった。

これは言葉の選択を誤ったか、と大和が後頭部を掻いてしまう。

 

 

「でもいいよ。 僕も皆と遊びたいし」

 

「こうなった以上折角です。 義経さん達やSクラスからの何人か誘ってみます」

 

「そうか。 ……姉さんが何人か巻き込みそうだが大丈夫かな?」

 

「英雄の事です。 『フハハハ』の一言で解決しますよ」

 

 

小雪は出来る限り大和と一緒に過ごしたかったようだ。

ただここまで来たならば懐かしい面々と遊ぶのも悪くないと開き直ったのか、すぐに笑顔を向ける。

この少女、榊原小雪との付き合いはもう幼少期からになる。

当時、ただの女の子であった彼女が大和と、風間ファミリーと遊びたいと声をかけてきたのがきっかけだった。

 

 

「分かった。 どこで待ち合わせするんだ?」

 

「英雄がバスを向かわせてくれると言うので島津寮で待っていてください」

 

「忘れモンすんなよ」

 

「じゃぁねー!」

 

 

それだけを言って、通称葵ファミリーはSクラスへと戻っていった。

去り際に見せた小雪の笑顔は、いつ見ても眩しかった。

 

 

「……ま、明日は皆で楽しく遊ぶとしますか」

 

 

あの少女と友達関係になれて本当に良かった。

大和は頭の中でそんな事を思いながら上機嫌で自分の教室であるFクラスに帰っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――翌日、これでもかと言うくらいの夏の日差しが降り注いだ。

熱気で数メートル先の景色が歪む蜃気楼が発生するほどであり、アブラゼミは至る所で鳴いている。

そんな道中を、大型バスが走っていく。外の気温と違ってバスの中は冷房完備だった。

バスの車体には『KUKI』のロゴが当たり前のように堂々と記されている。

 

 

「当バスの運転、及び海水浴場の管理、監視は九鬼が行います」

 

「今回はこの私、桐山鯉と李静初、ステイシー・コナーと以下数名が務めさせて頂きます」

 

「ビーチバレーの相手から審判までどうぞお申し付けください」

 

 

まるでバスガイドのように、先頭では三人の男女がそう告げた。

三人とも九鬼家が抱える従者部隊の中でも特に優秀な三人とされている。送迎バスだけではなく、こうして従者部隊までもが借り出されるのは英雄が提案しただけでは無いからである。

 

 

「九鬼クン。 今日は誘ってくれてありがとね」

 

「何の! 寧ろ一子殿のためならばマウイ島でもオアフ島でもカウアイ島でも!」

 

「英雄、それ全部ハワイですよ」

 

 

そう、九鬼英雄も同行しているからである。そのハイテンションは親友としている葵冬馬からもツッコミを貰ってしまうほどであった。

彼女の隣ではいつものようにメイドの鑑といわんばかりの眩しい笑顔を向けている忍足あずみが控えている。

そしてその後方では大和達風間ファミリーも乗車している。風間ファミリーを代表して一子がお礼を告げると何やら英雄は壮大なことを言い始めた。

 

 

「いやでも、本当にありがとな九鬼」

 

「なぁに、凡夫達に安らかな一時を提供したかっただけだ」

 

 

比べて大和が礼を言うとこの反応である。

今でも一子一筋というその意思は健在のようだ。だからこそ九鬼英雄という人間と魅力が形成されているのだろう。

 

 

「それにしても義経達もいいのだろうか………」

 

「私はぶっちゃけ義経と大和がいなかったら面倒で行かなかっただろうけど」

 

「そういう意味では与一君もよくついてきたね」

 

「まぁ、義経の警護もあるし兄貴からちゃんと来い、って釘刺されたからな」

 

 

先頭に近い席は武士道プランにて生み出されたクローン勢が占領している。

源義経、武蔵坊弁慶、那須与一。そして葉桜清楚。清楚は今回、英雄の企画であることに加え百代に誘われたことで参加を決めたようだ。

相変わらず清楚な立ち振る舞いで見るものを引き込ませる。

 

 

「いいねぇ義経ちゃんマジ源氏、弁慶ちゃんマジ弁慶、清楚ちゃんマジ清楚!」

 

「姉さん自重してね。 最悪ヒュームさんエンカウントで終わりかねないから」

 

「私はそれでも構わないがな」

 

「いや俺達が終わるの」

 

 

美女揃いという事で百代が顔を恍惚と輝かせていた。

確かに女好きの岳人は勿論のこと、大和だってあんな美女達の水着が拝めると思うと嬉しくてたまらない。だからと言ってすぐがっつくようなケダモノではない(大和談)。

しっかりと姉貴分に出来る限りの警告をしておく。百代も大和達が巻き込まれる危険性を指摘されると渋々ながらも視姦プレイはやめたようだ。

 

 

「何じゃ、結局Fクラスの山猿共と一緒になるのか……ひっ!?」

 

「不死川、他の面々はまだしもクリスお嬢様を纏めて山猿扱いですか?」

 

 

英雄の反対側の席では不死川心が悪態をついていた。

今回は葵冬馬の提案という事もあり加わったらしい。それでも風間ファミリーと行動を共にするとは聞いていないのか、悪態づこうとしたその瞬間、首筋に冷たい鉄が当てられる。

彼女の後方の席に座っていたマルギッテのトンファーである。

 

 

「それと、お嬢様の大切な友人を貶める発言は許されないと知りなさい」

 

「わ、分かったからその物騒な物を仕舞わんか!」

 

「マルさん。 自分はもう気にしてないから」

 

 

彼女曰く、「古の要塞にも匹敵する防御力」のトンファーは隣に座るお嬢様ことクリスの発言で仕舞われた。

無論クリス自身気にしていないという事もあるが、大和のアイコンタクトによる指示もある。

最近は風間ファミリーの中でも新入りであるクリスらとも目線だけでも意思疎通が出来るようになった。それだけ絆が深まったという事だろう。

 

 

「マルるんと不死川は相変わらずだねー準」

 

「ああ、ソダネ」

 

「? 準、何やらローテンションなのだー」

 

「英雄がついてくるっていうから期待したのに、紋様が…………」

 

 

更にマルギッテの向かい側の席は小雪と準が座っている。

Sクラスの堅物というイメージを払拭するような光景に小雪も微笑んでいた。だがそれに反し準の方は反応が薄い。

どうやら本日は紋白がついてこないという事でがっかりしているようだ。彼女も立派な九鬼家の一員、常に彼らと遊べるわけではない。

 

 

「まぁいいや。 その分不死川でも見て祝福の光とするぜ」

 

「最早体質と言うより呪いの一部だなそれ」

 

 

そして更に彼らの後ろに座っている大和がツッコミを入れた。

彼の隣は風間翔一が座っている。これは大和の提案によるものだ。誰か女性を隣におけば角が立つと踏んだためである。

しかもその翔一は到着するまでの間、爆睡に浸っている。普段の旅行疲れとバイトによる寝不足が重なったからだ。

 

 

「キャップは相変わらずだねー」

 

「まぁな、いつものこと………ってキャップ、肩に頭を乗っけるなっ!」

 

「zzz………今、天使の名の下に二つの世界が統合する………」

 

 

背後を振り返った小雪もそんな彼に困り顔だった。

しかも見ている夢の内容が何やらファンタジー路線に切り替わっている。現実の冒険ではもう満足できなくなってしまったのだろうかと心配する一方で。

 

 

「大和の肩に頭を乗せるキャップ………じゅるり」

 

「涎垂らすな椎名」

 

「ホントに京はぶれないね……」

 

 

禁断の愛に京は酔いしれていた。

もちろん常識人である忠勝と卓也はそんな世界が受け入れられるはずもない。

大和は度々、葵ファミリーに「キャラがぶれない」と発言しているがそれは自身らにも当てはまるのでは無いだろうかと頭を抱えた。

 

 

「大和ー、向こうついたらビーチバレーしよーよ!」

 

「よしいいぜ。 その挑戦受けて立つ………ん?」

 

 

そんな後ろの席に座っている彼に向かって小雪がアピールしてくる。

彼女に笑顔で応えると背後から肩を指で突かれる感触が。

振り返ると口に何かを突っ込まれる。硬い木の棒が二本、これは箸だ。そしてその箸に挟まれている、丸く、ねばねばした食感、噛めば噛むほど広がってくる旨味。

 

 

「つ、燕先輩いきなりすぎますよ」

 

「ゴメンゴメン。 でも義経もオススメ松永納豆は美味しいでしょ」

 

「ああ、そう言えば何やら調教してましたね。 納豆で」

 

 

松永燕の仕業だった。彼女も当然、隣に座する百代に誘われたと言う形で同行している。

そしてバスの中にも拘らず納豆販促しているのだ。

密室の中で納豆とはこれ如何に、と思うかもしれないが最近の松永納豆は匂いも控えめでそんなにクセがないと評判だ。

その証拠に今回誘われたという義経も納豆のカップを手に眼を輝かせていた。

 

 

「こら燕、あんまり弟にベタつくな」

 

「はいはい。 ……ちょっと小腹ががすいたからこの納豆食べちゃお」

 

 

親しげに話していると百代に肩を掴まれてしまう。大和の姉貴分として豪語している彼女は独占よくも非常に強いようだ。

そんな彼女の一面を見た燕はふと悪戯を思いついたかのような顔つきになる。そのまま大和に試食させた納豆の残りを自分で食べたのだ。

―――――先程、大和に使わせた箸で。

 

 

『『『ッ!!!』』』

 

 

刹那、バスの中は僅か一瞬だけ、それでも確実に殺気で満たされた。

大和は恥ずかしさを覚え、女性陣は戦慄を覚える。岳人は嫉妬の視線も投げつける。無論原因は燕が行った所謂「間接キス」にある。

 

 

「あ、姐御。 バスん中とは言え飲みすぎじゃねぇか?」

 

「煩い。 与一注げ」

 

「命令口調かよ! 何でそんなに苛立ってんだ!?」

 

 

普段は大らかな弁慶ですらこのように不機嫌を露にしている。

とばっちりを受けた与一は是非とも哀れまれるべきだ。

 

 

「……………」

 

「よ、義経ちゃん? そんなに目線を鋭くしないで」

 

 

対する義経にとっても余り面白い一面ではなかったようで慌てて清楚がフォローを入れる羽目になった。

このフォローの入れ方も実に清楚である。

 

 

「にょわ? にょわ? 何じゃ今のいてつく波動は!?」

 

「全てのステータスがかき消されたような感覚だったぜ………」

 

 

不死川と井上も殺気を感じ取れる実力を持っているため、恐怖をその身に刻み付けていた。

どんなにテンションを上げようが今の一瞬だけで冷え切ることだろう。

女性陣の反応は様々である。小雪は頬を膨らませる、一子がガルルルと威嚇、百代は後で苛め抜くという一言、京は射殺すような視線。

 

 

「大和は絶対に渡さないわたさないワタサナイ………!」

 

 

頭の中で如何に大和を悩殺し、その手中に収めるかという計画を練っているようだった。

予め断っておくが彼女は決してヤンデレの類などでは無い。ただ一途なのだ。

そんな彼女を差し置いて、行動に出るものもいる。この黛由紀江のように。

 

 

「や、大和さん! もしよろしければ特製黛茶をどうぞ!」

 

「お、おうサンキュ。 ………ん、スッキリ喉が潤ってくるなこれは」

 

「はい! 飲みたくなったらいつでもお声を!」

『まゆっち特製黛茶はまさに飲んだら貴方の喉を離さない……!』

 

 

このように由紀江は即行動に移し、家事スキル47の実力を持ってアピールしている。

彼女のこういった一面は男性なら誰もが憧れてるだけに女性陣も口を尖らせている。

そんな最中、不死川心は全く違った視線を向けていた。

 

 

「む、あの身のこなし……それにあの淹れられた茶、品性を感じるの」

 

「当然です。 彼女は黛由紀江、あの剣聖黛十一段の娘です」

 

「ヒュホホ、なるほどな。 こんな猿山の中にも此方に釣り合う者もおるか」

 

 

何事も優雅であろうとする不死川心。その眼には由紀江の一挙一動が気に入られたようだ。

更にはマルギッテの説明もあり、益々好印象を与える。ついでに言えば松風との不気味な腹話術も目の当たりにしたにも関わらず、余り気にしていないようだ。

 

 

「ところで不死川心。 先程『猿山』と発言しましたが………」

 

「む、無論クリス………とその仲間達以外じゃ!!」

 

「では残る葵冬馬や九鬼英雄達が猿山の中にいる猿達扱いでよろしいのですね?」

 

 

しまった、と思ったその時はもう遅い。マルギッテのその発言の瞬間、心は一気に戦慄した。

ギギギ、と油が切れたロボットのように硬い首を動かして振り返る。そこには凄まじい形相を浮かべる忍足あずみと目を光らせる榊原小雪がいた。

 

 

「不死川さん、英雄様の目の前で滅多なことを言うとその首が胴から離れちゃいますよ☆」

 

「そうそう。 心も夜空に輝くお星様になりたくないでしょー? ……でしょー?」

 

 

英雄達の手前、言葉は選んでいるようだ。

が、何れも殺気に満ちている上にどちらも心より戦闘力が高い人物。おまけにあずみ達九鬼家は権力を保持しているため強く出ることが出来なかった。

 

 

「にょわぁっ! は、発言を撤回してやろう!」

 

「……どうして上から目線なんでしょうね? (ギロリ)」

 

「ひぃぃぃっ!」

 

 

不死川のおかげでバスの中は賑わいが絶えなかった。

当然、大和もその一部始終を目撃することになる。彼女が由紀江に対し、どんな目線を向けていたのか。

顎を手にやり、思考する。

 

 

「……これはまゆっちにとってチャンスなんじゃないのかな?」

 

 

今日は一仕事出来たな、と大和は肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降り注ぐ日光。吹き抜ける風。青々と輝く海。

一行は九鬼英雄のプライベートビーチに到着した。当然最初は着替えのために男女別々に行動することになる。

 

 

「海だ! 水着だ! 美女だぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「何一人で叫んでるのこの馬鹿」

 

 

プライベートビーチに到着し、着替え終わった男性陣。

唐突に叫んだ岳人に向けて、大和はこう言い放った。何とも冷たい声色であったと言う。

 

 

「男なら誰もが叫びたくなるもんだ! な、井上もそう思うだろ」

 

「紋様ぁぁぁぁぁァ――――――ッ!!!」

 

「ほらな、奴は分かってくれた」

 

「いやアレは何か違くね?」

 

 

二人目の馬鹿も海に向かって吼えていた。

 

 

「な、キャップ」

 

「海だ! 泳ぐぜぇぇぇ――――――っ!!!」

 

「さっきまで寝てたのにもう回復したか……相変わらずのキャップクオリティで安心したわ」

 

 

やはり自分の周りの男性陣は改めてどこか可笑しい。精々常識人といえば自身を除けば卓也と忠勝くらいのものだ、と大和は思う。

これ以上は付き合ってられないと別方向に顔を向けた瞬間。

 

 

「大和君。 貴方の水着姿、とてもセクシーですよ」

 

「そんな褒め方されても全然嬉しくないんですけど寧ろ鳥肌立つんですけど」

 

「ふふっ。 水着一枚で大和君との一日……ステキで濃厚な日にしましょうね」

 

 

どうも武士道プランが正式発表される近日から葵冬馬はやけにハッスルしていた。それは井上準も同様であるのだが。

とにかくこのままでは貞操が危ない。あわてて別方向に眼を向ける。

 

 

「海、か………。 海神ポセイドンが広げた“セカイ”の闇……ハッ、いっそ俺もこの蒼に溶け込めれば……いや。 俺達は地を歩くと決めた生き物。 魚に戻ることは出来ない」

 

 

中二病ワールド全開の男がいた。こちらはこちらで精神力が削られる。

心の古傷から逃れるべく、また目を別方向へ。

 

 

「フハハハ! 直江大和よ、そんなに我の褌が見たかったのか?」

 

「………うん、いいや。 これはこれで落ち着く」

 

 

九鬼英雄がいた。しかも相変わらずの褌姿で。

だがある意味でまともかつテンションを下げてくれるという意味では落ち着く存在である。

そんな失礼な利用法をしていると背後に冷たい刃が圧して当てられる。

 

 

「テメ英雄様に対して何失礼かましてんだアァン?」

 

 

いつの間にか着替え終えている忍足あずみだった。

スクール水着姿とは言え英雄の警護のためか愛用の小刀は外していないようだ。そして彼女の姿は大和の後ろに隠れているため英雄には見えず、声も出来る限り大和のみに聞こえるようにしているためより一層恐怖が煽られる。

とここで、英雄が彼女の存在に気付いた。

 

 

「む、あずみか。 もう着替え終わったのだな」

 

「はい! この忍足あずみ、英雄様の下に1秒でも早くお付になりたいために!」

 

「そうかそうか。 ……という事は、一子殿ももうすぐだな」

 

 

戦場では女王蜂という異名を持つらしい、元風魔の忍者。

それもこの九鬼英雄という男の前ではデレデレである。またこの男はそんな彼女を歯牙にかけることも無く愛しの一子を待っている。

こんなにも健気でかつ不憫なその姿に大和達は涙を貰ってしまった。

 

 

「やーまと! みんな~! お待たせ~!」

 

 

とうとう待望の声第一弾が届いた。

振り返るとそこにはオレンジを基調とした、セパレートタイプの水着を着込んだ一子がいる。

活発さを見せ付けるかのようなスタイルであった。

 

 

「ねぇ、どうかな……?」

 

「! おお、一子殿! 何と可憐な………!」

 

「あ、ああ……似合ってるぜ一子。 直江もそう思うだろ?」

 

「も、勿論だよゲンさん」

 

 

今回のために水着を新調したらしい、恥ずかしそうに覗き込んでくる。

煽られたらしく、英雄が露骨な反応を示した。隠れて忠勝も妙にテンション高い。本人曰く「失恋した」などと言ってもやっぱり根底から捨て切れていないようだ。

そんな彼に魅力を感じている大和でもあった。

 

 

「甘い! 甘いぞ犬!」

 

「私とクリスお嬢様の魅力の前のひれ伏しなさい!」

 

 

そこに颯爽と登場するドイツ美人(フロイライン)コンビ。

クリスとマルギッテ、どちらも以前のプールで着用した露出度高めの水着を使用しておりその瑞々しい肌と魅惑的なボディを余すことなく見せ付けている。

 

 

「綺麗だなクリス。 フランクさんの言うとおり宝っていうのも納得できるわ」

 

「そ、そうか? ありがとうな大和」

 

「マルさんも可愛くてステキですよ」

 

「っ!! こ、この水着が貴方があんな要求したからです!!」

 

 

クリスとはともかくマルギッテの場合一体どうやって再びあの水着を着せることになったのか。

それはこの二人のみぞ知る世界。

 

 

「むー……クリス達に遅れをとったー……」

 

 

遅れてくるように京も到着した。

彼女の水着は以外にも普通のものであり、やたら胸を強調するものであることを除けば露出も控えめの水着である。

面食らったのは大和は勿論、卓也と岳人もそうである。

 

 

「あれ? 京のは以外に普通だね」

 

「ああ。 俺様Tバック辺りなら余裕だと思ってた。 寧ろ望んでた」

 

「そうなんだけど榊原小雪やまゆっちに止められた……オヨヨ」

 

 

あの二人にすら止められるとは一体どんな水着にしていたのであろうか。

それはそれで気になってしまう、それが男と言う生き物の性。

気になっていると更に後を追うように小雪と由紀江もやってきた。どちらもスクール水着の色を変えたようなもので美しい肢体を見せ付けている。

 

 

「じゃじゃーん! どう? 僕、キレイ………かな?」

 

「あ、ああ綺麗だよユキ」

 

 

くるりと一回りし、小雪がアピール。

白い肌と白い髪を存分に見せつけ、さすがの大和も目を引かせることとなった。

葵冬馬と井上準はそんな彼女を見て少しさびそうな視線を送っている。

 

 

『大和ー。 そろそろまゆっちにも構わないとグレちまうぜぃ』

 

「そりゃ松風の方だろ……。 ……や、でもまゆっちも中々……って何口走ってんねん俺!」

 

「あ、あああああありがとうございますぅっ!!!」

 

 

顔を紅くしていると肘に硬い木の感触。松風のものだ。

どうやらあのマスコットに突かれてしまったらしい、振り返るとそこには由紀江がいた。こちらもスクール水着を白くしたかのようなもので、彼女の美しさを全く損ねないデザインだ。

控えめな性格に似合わぬダイナマイトボディが、驚きで更に揺れる。特に尻が。

 

 

「与一、大和君! お、お待たせ………」

 

「ふふ。 どう? 前日から割りと張り切って選んだんだよねー」

 

「ナイスです義経様弁慶様!! ハァハァハァ」

 

 

そこに義経と弁慶も現れた。

義経は由紀江と同様に控えめかつ謙虚な性格ゆえにスクール水着で我慢しているようだ。

対する弁慶は見せ付けようとしていたらしく、紫色のビキニで派手に決めてきる。岳人もいよいよ興奮を抑えられなくなった。

 

 

「や、アンタにじゃなくて大和に聞いているんだけど……って大和?」

 

「…………………」

 

「あ、兄貴? 魅力的なのは分かるが何もそこまで茫然自失にならなくても」

 

 

当然弁慶は大和に見てもらいたい一心でそれを着用していた。

気になるその男の反応。それは感無量、その一言である。

呆然と立ち尽くすその様子を見て弁慶と義経もホッとする一方、岳人はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

 

「それより弁慶様、俺様と後でシンクロナイズドスイミングでランデぶぼべっ!?」

 

 

尚もめげずに岳人はナンパを続ける。

が、そんな彼を襲ったのは冷たい拳の感覚。ただしそれは弁慶のものでも、増してや義経のものでもない。

黒いビキニで身を包む、この女性のものだった。

 

 

「コラァ!! この場の女の子は全部私のものなんだからな!!」

 

「こらこらモモちゃん。 落ち着きナットウ」

 

「ふふっ、相変わらずだね」

 

 

最後の一組となるお姉様グループ。川神百代、松永燕、そして葉桜清楚。

燦々と厚き日差しが降り注ぐこの砂浜に女神が舞い降りた、そんな感じである。黒いビキニで降り立った百代。この場の誰よりも揺れる脅威の91のバストと大人らしさが魅力的だ。

松永燕は赤色の水着で肉体的には控えめと言えるが、スレンダーなその肉体が美しさを引きだてる。

そして葉桜清楚はこちらも由紀江に近いような、青色のワンピース。決して肌を無駄に露出させないところがまさに清楚と言えよう。

 

 

「わーい! お姉様の胸にダーイブ!!」

 

「おぉ可愛い妹よ。 たまには弟ばかりではなくお前も可愛がってやらねばー!」

 

 

大好きな姉の下へ飛びつく一つの影。一子だ。

無邪気なその姿がとても健康的で可憐で。可愛らしさと健気さに心を打たれ、百代も彼女を思い切りその弾力のある胸で受け止め、抱きしめる。

その姿が特に英雄と忠勝には眩しく見えた。

 

 

「それじゃその間に私は大和クンを可愛がろうカナ~?」

 

「ちょっとー! お触り禁止~!」

 

「って言いながら抱きついちゃってるよ小雪ちゃん」

 

 

百代が妹を可愛がり始めたのでその間に燕が接近を試みる。

が、しっかりと小雪に止められてしまった。格言う小雪もちゃっかり触れてしまっていることを清楚に指摘されてしまう。

ツッコミも実に清楚であった。

 

 

「グオオォォォォォ!! 神ヨ!! 何故、俺様ヲ敗者トシテコノ世ニ生ミ落トシタ!?」

 

「ちょっとガクト! 何『野性ノ血ニクルフ』みたいなオーラと言葉遣いしてるの!?」

 

「ハッ、神ねぇ……そんな奴がいるから俺達は自由じゃないんだ。 セカイは……牢獄なんだ」

 

「ああもうこっちじゃTHE・中二病ワールドが展開されてるし!」

 

 

卓也の突っ込みも追いつかなくなってきた。

 

 

「………う、うぅ………誰も此方を見ておらぬし………」

 

 

魅惑的な美女達による空間が広がりつつある一方、本人曰く「孤高な存在」である不死川心は完全に蚊帳の外になっていた。

こちらは桃色を基調としたセパレートタイプのものであるが、他の素材が実にインパクトがあるためかすんで見えてしまうと自覚することになってしまった。涙目になりつつため息をつくと。

 

 

「不死川、俺は待ってたZE☆ (キラァ)」

 

「此方に触れるなロリコンがぁ~~~~~!!!」

 

 

心は、思い切り井上を投げ飛ばした。

その飛距離、40メートル。今の彼女ならば弁慶といい勝負が出来るかもしれない。

 

 

「お、不死川も来たみたいだな。 全員揃ったし、清楚ちゃん一緒に泳ご~」

 

「うん。 いいよ」

 

 

気で全員集合を確認したらしい、百代が清楚の手を引き、早速海に向かっていった。

清楚も気持ちよく答え、共に泳ぎに行く。

それが皮切りになったかのように大和達も一斉に遊びだすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェェェェーイ!!」

 

「うおっとぉ!?」

 

 

それから暫くして、彼らはそれぞれに分かれて遊ぶことになった。

風間ファミリーの中でもFクラスに所属している大和達は葵ファミリー中心のSクラスチームとビーチバレーを楽しんでいる。が、小雪はボールを蹴って打ち込むと言うまさかの荒業に出た。

当然受け止められるはずも無いその威力に翔一も思わず避けてしまった。

 

 

「それまで! 勝者Sクラスチーム!」

 

 

審判を務めていた桐山の声が響き渡る。

個々の能力は圧倒的という事でSクラスの得点は圧倒的であった。

 

 

「フハハハ! ユキ、よーくやった! 李にステイシーよ、甘い物を贈呈してやれ!」

 

「ハッ」

「お任せください」

 

 

勝利の二文字に豪快な雄たけびを上げる英雄。

すぐさま部下である二人に命じ、勝利の立役者である小雪にご褒美と言わんばかりにマシュマロ味のカキ氷を食べさせる。

小雪がその甘さにうっとりしているのでその間、大和達は休憩を挟むことに。

 

 

「皆お疲れ様。 はいタオルと飲み物」

 

「サンキュ、モロ。 はぁ~、さすがSクラスって感じだったな」

 

「ああ。 忍足やマルギッテ、義経の3トップも手強かった」

 

「ユキもやる気だったしな。 でも楽しかったぜ!」

 

 

ビーチバレーに参加していた岳人も近くに掛けてあったタオルで顔を拭く。

ただでさえ炎天下だと言うのに激しい動きをしているのだ、汗の量は尋常ではない。卓也から飲み物を受け取り、清涼感を身体中に与えた。

とその時、多くの視線が彼らに向けられる。

 

 

「おっ! 見ろよ大和! とうとう俺様にもモテ期到来だぜ!!」

 

「いやいやこれ全部キャップとゲンさんのね」

 

 

大和が冷静なツッコミで岳人を落ち着かせた。

忠勝も同じくタオルで身体を拭くがその仕草が妙に色気のある者だからこのプライベートビーチを監視していた従者部隊のメイド達が彼に釘付けである。

更には同じくエレガンテ・クアットロである翔一も同様の理由で視線を集めていた。

ガクン、と沈む岳人を他所に大和も飲み物を探そうと辺りを見渡す。

 

 

「大和さん、お疲れ様でした。 こちらをどうぞ」

 

「ありがとうまゆっち」

 

 

傍に控えていた由紀江がまたお茶を差し出してくれた。

しっかりと冷えていて、喉が潤い、身体中に心地よさが広がっていく。今度は汗を拭くべくタオルを探すと。

 

 

「大和君。 私の汗が染み込んだタオルですよ」

 

「いらんわ失せろ」

 

 

葵冬馬からの攻撃から逃れた。相変わらずの危機回避能力である。

 

 

「お疲れナットウ! 疲労回復の納豆が………傷んじゃってるよ大和クン~」

 

「当然です」

 

 

この日差しに燕も茶目っ気を見せているようだ。納豆に関しては同情の余地なしだが。

 

 

「ところでまゆっち。 不死川から声かけられてないの?」

 

「え? 不死川さん……ですか?」

 

「その様子だと、まだの様だな」

 

 

ふと気になったので大和が声をかけてみる。

が、当の由紀江本人はきょとんとしており何の事かを理解していないようだ。ここに来るまでのバスの中で、不死川心は彼女に興味を抱いていた。

由紀江にとっても友達が出来る機会になるかもしれないので密かに期待していたのだが特に進展は無いようだ。そもそも声をかけられてすらいないらしい。

 

 

「ん? 大和、不死川がどうしたのだ?」

 

「お、可憐なドイツ人(フロイライン)コンビ。 いやな、不死川がまゆっちに興味持ってそうだったからさ」

 

「ああ確かにそんな事を言ってましたね」

 

 

話の一部が聞こえたらしい、クリスとマルギッテが近寄ってきた。

新入り同士ということもあり、風間ファミリーの中でも由紀江とクリスの仲はとても良い。それだけに不死川心との組み合わせに少々苦い顔色をしている。

普段の彼女の態度を考えれば無理も無い、と大和とマルギッテも頷いている。

 

 

「不死川さんならあちらにいますよ。 時々こちらを……というより黛さんを見ているようですね」

 

 

話題の中心である心は木陰で優雅に寛いでいるようだ。

さすがは三大名家とでも言おうか、九鬼家も彼女の扱いは心得ているらしい。従者部隊も粗相をしでかさないように気を遣っていた。

ただ彼女本人はのんびりしている一方、寂しそうな視線を零しているのも事実だ。そんな彼女をしっかりマーキングしている辺りはさすがの葵冬馬である。

 

 

「心も素直じゃないのだー」

 

「全くだ。 俺が優しく愛でてやるのに………ドギャス!!」

 

「お前は黙ってろロリコンハゲ」

 

 

気になったのか、小雪と準も近寄ってきた。小雪は尚もご褒美として与えられたカキ氷を美味しそうに頬張っている。

心弄りに定評のある小雪であるが一応心配しているようだ。最も危なっかしい言動をした準はすぐさまあずみによる仕置きを受け、崩れ落ちた。

ややあって騒ぎを聞きつけ、義経達も交わってきた。

 

 

「何だ? 大和君は不死川さんと仲良くなりたいのか?」

 

「俺がというよりまゆっちが、だけどね」

 

 

義経はビーチバレーの汗をタオルで拭いていた。

その仕草が妙に可愛らしい。対する弁慶はビーチバレーに参加していなかったためにお気に入りの川神水を片手にものぐさに口にしている。

 

 

「ふーん。 ま、これを機に不死川も丸くなってくれればいいけど」

 

「それには俺も賛成だ。 喧騒の中にこそ、一時の静寂が恋しくなるものだ……」

 

 

弁慶と与一もそんな期待を抱いていた。

選抜クラスであるSクラスとFクラスの仲は非常に悪い。不死川心はその原因となることは少ないものの、互いの劣情を煽ることが多々ある。

本人の今までの生き方がそうさせているのだろうが、あの様子ではSクラスも友人がいないらしい。これを気に性格も少し穏やかになれば平穏な学園生活も多少は望める。

 

 

「んー。 でも出来るかしら?」

 

「あの性格にまゆっちが耐え切れるかどうか、そこが不安」

 

 

一子と京も不安そうな表情だ。

友達は出来て終わりではない、寧ろ友情が成立してからこそがスタートだ。心の性格上、ストレスがマッハになることは請け合いだ。

 

 

「いえ! 私なら耐え切って見せます!」

『今まで孤独だったまゆっちの芯の強さ………舐めて貰っちゃ困るぜ奥さん』

 

「いやいや、まゆっち自身が楽しくなかったらそれは友達とは言わないよ」

 

 

卓也の尤もな一言が入る。

彼女の孤独と友達欲しさは大和達も良く知るところだ。だが、だからと言って相手の言う事にホイホイと頷いてしまっていては対等な関係とは言えない。

そういった意味でも心とは本当に付き合いが難しそうな人物なのである。無論それは逆も然り。

 

 

「よし、俺が仲良くなれるように作戦をプロデュースしてやる!」

 

「さ、さすがです大和さん! よろしくお願いします!」

『頼りにしてるぜー現代に蘇りしカク!』

 

 

かくして、大和プロデュースによる不死川心との大接近作戦が開始された。

まず手始めに由紀江を彼女の元へと向かわせる。あくまで気品を忘れずに由紀江はのんびりとしている心の元へ。

 

 

「あ、あのぅ…………」

 

「ん! んむ、そ、そなたは剣聖黛十一段の娘の娘であったな! なななな何の用じゃ?」

 

 

心は「キター!」とでも言わんばかりに慌てている。

どうやら気になっていた相手が自ら近寄ってきてくれたことに少なからず嬉しさを感じているらしい。

恥ずかしがりながらも、名家の生まれとしての品性が更に好感を与えているようだ。

 

 

「で、で、出来れば………わ、私達と一緒に遊びませんかァッ!?」

 

「ちょ、す、凄むでないわ!!」

 

 

しかしそれでも風間ファミリー以外の人物との接触に慣れぬ由紀江はいつもの通り怖い顔をしてしまう。

本人曰くこれで笑っているらしいのだが、誰がどう見ても裸足で逃げ出してしまうレベル。

大和は愚か、見守っていた仲間達も「あちゃー」と声を漏らしてしまう。

 

 

『落ちケツまゆっち! こういう時は呼吸を整えるんだ!』

 

「はい松風! ヒッヒッフー、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

 

『ってそれラマーズ式呼吸法やないかい!』

 

 

更には松風との奇妙なコントを始めてしまう。

これはもうどうしようもない、と誰もが諦めかけていた。

 

 

「……ふむ、少々奇妙ではあるが中々良く出来た人形じゃな。 此方は気に入ったぞ」

 

 

ところがここで奇跡が起こった。

心は特に気にしていなかったのだ。それどころか松風の存在を許容しているようだ。大和を始め、誰もが驚きの声を上げてしまっている。

が、これはチャンス以外の何者でもない。一気に畳み掛けるよう合図を送る。

 

 

「で、ではその……ま、まずは……あちらで、す、砂のお城でも………」

 

「うむ! 此方の手に掛かれば優雅かつ豪華な砂の居城など朝飯前よ!」

 

 

意気投合したらしく、そのまま指示通り砂のお城作成に取り掛かった。

始めは学年の差を意識していた二人だったが、時間が経つにつれ自然と笑みを零すことも多くなった。

途中松風も暴れているようだが、特に問題なく話が進んでいる。

 

 

「何とかスムーズに事を運べている………ここら辺は葵の情報のおかげだな」

 

「ええ。 不死川さんは一人で影絵をしていることが多いので。 しかし、まずはこういった地味ながらも連携の取れる遊びで友達と接触する楽しさを知る……さすが大和君ですね」

 

 

自称女の扱いに慣れているというエレガンテ・クアットロ。今思えばこの砂浜には川神学園が誇るイケメン四天王が三人も揃っている。

大和は末恐ろしく思いつつも、改めて由紀江の様子を窺う。本当に楽しそうな笑顔だ。

 

 

「おっ、まゆまゆじゃないか。 ………ほほう、あの不死川と遊んでいるとはな」

 

「姉さん、葉桜先輩はいいの?」

 

「清楚ちゃんは今は休憩中だ。 だからヒマなんで弟弄りに来たというワケだ」

 

 

胸を撫で下ろしていると頭に何とも興奮する重みが。

いつの間にか抱きついてきた百代の胸である。

瞬間、周りから鋭く冷たい視線が突き刺さってきた。

 

 

「ま、まぁ姉さんも戻ってきたなら一緒に遊ぼうか」

 

「まゆまゆはいいのか?」

 

「しばらくは俺達は関わらない方がいい。 空気が壊れる可能性があるしね」

 

 

心は他人を見下す姿勢が強い人間。

まずは由紀江という友達が出来たとは言え、いきなり大勢の人間に囲まれては彼女の発言一つで空気が壊れかねない。

今は二人だけの空間が出来上がっているので彼女達だけに任せてみることに。その間、今度は帰ってきた百代を交えてスイカ割りで楽しむことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぉぅりゃぁっ! 天地開闢の、一撃ィ!!」

 

 

それから一時間後、英雄が目隠しをした状態で木の棒を振り下ろした。

棒の先は見事にスイカの芯を捕らえ、綺麗に割った。

刹那、あずみからこの上ない賞賛と拍手と笑顔が送られる。

 

 

「さすがでございます英雄様ァッ!!」

 

「フハハハ! あずみの指示も的確であったぞ!」

 

 

綺麗にスイカを割ることが出来て英雄も上機嫌のようだ。

一方の岳人は彼とは正反対に不機嫌になっている。

 

 

「おいお前等。 何で俺様には的確な指示くれないんだよ!」

 

「だってガクトが割ったらスイカ粉々になるだろ~」

 

「それにスイカ割りってわざと出鱈目な指示を送って楽しむものだし」

 

 

翔一と卓也がメチャクチャな指示を出したのだ。

故に岳人はスイカを捕らえることが出来ず、大笑いされてしまった。笑いを取れたという意味では光栄なのだが九鬼英雄に美味しいところを取られてしまって、面白いはずが無い。

 

 

「さてガクトで笑ったところでお昼にしましょ!」

 

「そうだね。 そろそろ一休み入れたいし」

 

「昼食は九鬼が用意してくれるとのことだったな」

 

 

一子が腰掛けていたベンチから立ち上がった。既に眼は昼ごはん一色に染まっている。

だが世界の九鬼が用意してくれる昼食に期待できないと言えば嘘になる。

九鬼英雄は風間ファミリーを目の敵にしている節があるとはいえ陰湿な事をするような男ではない。上機嫌な今なら尚更だ。

自然と京とクリスも期待を寄せているようだ。

 

 

「そうだな。 李、ステイシー、桐山! 海の家は任せたぞ」

 

「既に準備完了しております。 どうぞお寛ぎください」

 

 

彼らの代表として李が英雄の指示を受けた。彼女が向かった先はこのプライベートビーチに立てられた立派な海の家。

しっかりと看板も立てられており、風情を醸し出している。

 

 

「折角の海だ、海の家で昼食と行こうでは無いか!」

 

「我々、九鬼家従者部隊は調理の訓練も受けているので味も衛生面もバッチリ保証します!」

 

 

これは粋な計らいと言えよう。

御曹司ではあるものの、風情を楽しむ余裕も持っていた。世界に誇る九鬼の従者部隊と言うだけあって信頼も置ける。

大和達もぐぅぐぅ鳴る腹を押さえて海の家に向かった。と、ここで大和が足を止める。

 

 

「おりょ? どうしたの大和クン」

 

「いえ、まゆっちに次の作戦を送ろうと思いまして」

 

「おお、もう次の計画に移るんだ。 大和クンって、ホントにしっかりしてるね」

 

 

燕も賞賛を送ってくれる。

上機嫌になりながら大和はメールを打ち、そして送信した。

 

 

「で、何て指令を送ったの?」

 

「それは後のお楽しみ。 俺達も海の家に行きましょう。 そして納豆はやめましょうね燕先輩」

 

「はう! さ、先読みされた~………」

 

 

後ろ手に隠しておいた納豆を無力化され、燕は唇を噛んだ。

些細なこととは言えあの燕相手に一本を取った優越感に浸りながら大和は海の家に入る。そこでは指示を受けた李、ステイシー、そして桐山が調理をしていた。

李は焼きそばなどの麺類担当、ホットドッグなどのジャンクフードはアメリカ生まれのステイシー、鯉はデザートなどを請け負っていた。

 

 

「いらっしゃいませ。 何にいたしましょうか?」

 

「尚本日は食べ放題! ロックンロールに行けファック野郎!」

 

「ステイシーさん。 滅多な事を言うとヒューム卿から仕置きを受けますよ。 私経由で」

 

 

従者部隊はそれぞれ個性的といえる。

当然彼女達も水着に着替えて接客していた。李とステイシーに見惚れつつも、焼きそばとハンバーガー、そしてソフトクリームを注文し、席を探した。

とその時、腕が絡め取られる。柔らかく、弾力のある綺麗な腕だった。

 

 

「べ、弁慶!?」

 

「大和確保。 私達のところでご案内~」

 

 

弁慶だった。そのまま彼女に連れられ、席に座らされる。

当然ここは義経と与一が座っているテーブルだった。背後から京達風間ファミリーの視線を受けながらも折角のお誘いを大和は受けた。

正直に言うと弁慶と義経の水着を間近で見ることができて幸せな大和であった。

 

 

「大和君、いらっしゃい!」

 

「兄貴も灼熱光(バーニングブライト)はきついだろう。 存分に休憩してくれ」

 

 

義経は愚か、与一かも歓迎されていた。

この光景に弁慶は驚きを隠せないでいる。何せ自分には反抗気味な問題児を従えているも同然なのだから。

因みに同じクローンである葉桜清楚は百代と燕という三年生グループとして座っているためにここにはいない。

 

 

「お待たせしました。 焼きそばとハンバーガー、そしてソフトクリームになります」

 

「どうも」

 

 

座ると同時に桐山が食事を運んできてくれた。

注文してからそんなに時間は経っていないはずだが、この迅速さはさすが九鬼家従者部隊といえる。

大和は食事をお盆ごと受け取り、そのまま口にした。

 

 

「うん! この焼きそば………ソースがしっかり絡んで、具材とマッチングしてる」

 

「李が作った奴だな。 無愛想だが、能力は高いぜ」

 

 

与一の解説に頷きながらも大和は彼女が作ってくれた焼きそばに舌鼓を打った。

ハンバーガーも丁寧に造りこまれていてこだわりを感じる一品である。そして最後にソフトクリームに癒されつつ、彼はあっという間に平らげてしまった。

 

 

「あはは! 大和って結構ぐぃって飲み食いするよね。 川神水もそうだけど」

 

「こういうところで男をださないとね」

 

「なるほど。 そういったところに与一は惹かれたのだな」

 

「確かに、それもあるな」

 

 

源氏組と仲良く昼食を取ることができた。

と、その最中待ちわびた二人が現れる。由紀江と心であった。彼女達もまた昼食を食べに来たのだ。

 

 

「ヒュホホ! 九鬼の従者部隊であれば此方も安心して食せるわ。 で、黛は何を?」

 

「私はおうどんにしようかと」

 

「さすが名家の生まれ! うどんが好きとはわかっておるの!」

 

 

由紀江は食に関しては嫌いな物を見たことが無い。しかし彼女の一番の好物は北陸生まれという事で蕎麦である。

それは本人も公言していることで一日三食が蕎麦でも良いと言う。当然海の家は焼きそばだけではなく、普通の蕎麦も用意されている。

それでもうどんを選んだのは、大和の指示だった。

 

 

「ひょっとしてあれも大和の差し金?」

 

「ああ。 葵曰く、不死川は時々食堂でうどんを食べているらしいからな」

 

「確かに不死川さんがうどん以外を食べている姿は見てないな。 しかも一人で」

 

 

これが大和の作戦その二である。

不死川心という人間は壁を作りたがる割りには寂しがりやな面が見受けられた。故に小さなことでも共通点を見つけられることで嬉しさを感じているのだ。

大和の人間観察は大当たりしたようでその後も由紀江と心は仲良くうどんを食べている。ざるうどんときつねうどんの違いはあるがそれはもう些細な問題である。

 

 

「おお、あの不死川が仲良く話しながら食べてるぞ!」

 

「Sクラスや川神学園じゃ絶対見ない光景だね……」

 

 

本当に友達がいないらしく、心がコミュニケーションをとっているという姿はとても斬新なものらしい。与一や弁慶も驚きを隠せなかった。

 

 

「しかしああしてみると、不死川も女の子なんだな~って思うわ」

 

「義経もそう思う。 不死川さんは素直になればもっとステキになれるはずだ」

 

 

普段は高圧的な物言いであるため好印象を受けることが出来ない心。

だがこうして友人と呼べる相手を前に眩しいばかりの笑顔を見せていた。まさに「女の子」と呼べるその顔に、大和と義経も「うんうん」と頷いている。

 

 

「大分テンションが上がっているようだな………よし、最終章に参りますか」

 

「さすが大和君! まだ何かあるのか!」

 

「最後は皆、全力で楽しんでいいけどね」

 

 

大和はしっかり、あの二人を仲良くさせつつも「自分達も楽しむ」という大前提を忘れていなかった。こうした配慮に義経達は感心している。

だからこそ惹かれたのである。そんな彼女達の視線に気づくことは無いまま、大和は最後の仕上げに持っていくために英雄にある提案を持ち掛けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を食べて一服した頃、英雄が全員を集めてこう告げた。

 

 

「さて皆の衆よ、今まで存分に遊んだのだ。 最後くらい全力の勝負を楽しもうでは無いか!」

 

 

英雄の一言で李達従者部隊が一斉に動き始めた。

砂浜にラインを引き、海に旗付きのブイを浮かべたり、足漕ぎボート、そして二人の利用のカヌーを用意したりしている。

何かの競技のようにも見受けられる。

 

 

「直江大和、お前が提案者だ。 お前から説明しろ」

 

「了解。 最後は皆二チームに分かれてレースしようぜ!」

 

 

大和が言い切ると李とステイシー、そして桐山を筆頭に従者部隊が一斉に並び始めた。

どうやら審判を担当してくれるらしい。彼らが用意してくれたものが競技のための「道」であることにここで気づいた。

 

 

「トライアスロンみたいなものでルールは単純。 二人三脚、三人のリレーによる競泳、足漕ぎボート、そして二人乗りカヌーに乗り込んで最後に砂浜に上がり、フラッグを手にしたチームが勝利」

 

「なるほど。 個人だけが頑張ってもダメ、チームメイト同士で協力しないといけないというわけか」

 

「そういう事。 だから姉さんや燕先輩達も入って楽しもう」

 

 

しっかり大和は普段であれば能力の大きさ故にチート扱いされている百代や燕らへの配慮も欠かさなかった。

百代達も思う存分遊ぶことが出来る種目に当たることが出来て嬉しそうである。

 

 

「チームはキッチリ半分に分かれるなら誰と組んでもOK。 勿論俺も入る」

 

「誰と組むかも重要、ってことだよね」

 

「そういうこと。 でももう一度言っておくけど個人の能力だけで決まる勝負じゃないからな」

 

 

小雪は既に組む相手は決まっているようだった。

彼女もSクラスに入るだけあって頭脳、身体能力共にズバ抜けている。が、これは一人が出られる競技には制限がある。だからこそ仲間を信じる要素が出てくる。

だからこそ協力的な姿勢が必要となってくるものだ。

 

 

「大和! 僕と組もうよ~!」

 

「バッチこい! 一名様入りました~!」

 

 

真っ先に志願してきたのは小雪だった。

彼女と久々に組めることとその気概を買って大和はチームメイトに加えた。

 

 

「自分とマルさんも力を貸すぞ!」

 

「私とお嬢様が来た以上勝利は約束されたものだと知りなさい」

 

 

クリスとマルギッテも加わることになった。

何かと残念な方向に持っていくことが多い二人だが能力は折り紙つきだ。やる気も十分、大和も断るはずが無く快くOKを出した。

 

 

「ボートとかなら僕でも活躍できるかな。 だから頑張るよ!」

 

「ここは直江に加勢するか。 ……言っておくが、お前とクリスがドジる可能性があるからだ」

 

「モロ、ゲンさん! 心強い!」

 

 

そして忠勝と卓也。フォロー上手なこの二人ならばチームワークも申し分ない。

ボートなどに当てれば身体能力の差も補いつつ、本人達にも活躍の機会が与えられる。仲間としても軍師としても、二人を入れない手は無かった。

 

 

「大和、お姉ちゃんにお任せだゾ☆」

 

「俺はこっちに行くぜーっ! 面白そうだしな!」

 

「姉さんとキャップもきた。 これはもう鬼に金棒としか言いようが無いな」

 

 

最強の武神と豪運の持ち主も参戦してくれる。

純粋に心強いと言うよりも勝利は約束されたようなものだ。ただ、これだけでは終わらない。

競技の数的にも後二人は必要となる。残り二名を誰にするか――――それはもう決まっていた。

その視線の先には、話に上手く混ざりこめないでいたこの二人がいる。

 

 

「まゆっち、そして不死川。 俺達のチームに来い!」

 

「は、はい!」

「にょ、にょわ!?」

 

 

藪から棒、とでも言わんばかりの反応だった。

由紀江の慌てぶりはいつものことだが、心の場合は自分から声をかけてくれる者が他にもいたことに驚きを隠せないことによるものである。

刹那、チームの誰もが難しそうな顔をした。不死川心は協調性の無い人物、チームワークが必要となるこの勝負には不適な人物だ。それでも大和は、彼女達を採用した。

 

 

「不死川、これは何度も言うようにチーム戦だ。 だからこそお前の力を借りたい」

 

「……ほ、本気で言っておるのか直江大和! こ、此方は……」

 

「正直、お互い余り言い経験はしていない。 でも出来るはずだ、東西交流戦のように」

 

 

大和の瞳はしっかりと心を捉えていた。彼女は真っ直ぐな大和の瞳から逃れられない。

SクラスとFクラスの代表的人物であるこの二人、日常では立場上対立することが多い。不死川心は普段の物言いから不快感を買わせ、直江大和はそんな彼女を持ち前の策略でよく手篭めにしている。

そんな彼らでも呉越同舟になる時がある。それが今なのだ。

 

 

「………不死川さん、やりましょう」

 

「ま、黛! しかし………此方は………」

 

「出来ます! 私と……私と不死川さんなら! ……皆となら!!」

『オラもついているぜ~。 忘れんなよ、アンタは一人じゃないんだ………」

 

 

そこに由紀江が力強い一言を添える。

彼女が参戦する理由として大和直々に指名された嬉しさ、というものも確かに存在する。だが今回はそれに加え、不死川心という友達と共に戦いたかった。

―――――今、チームとなっている“皆と共に”。

 

 

 

 

 

「………分かった。 此方の足を引っ張る出ないぞ。 その代わり、此方がお前達に勝利を齎してくれる!」

 

 

 

 

 

 

大和は完全に心をチームメイトとして受け入れた。

難色を示すものも多かったが、彼女自身の能力も何だかんだで高い。それに大和がここまで力強い推薦をしたのだ、何かしら策があるはず。

それを信じ、仲間達も同意を示してくれたのだった。

 

 

「おう直江さん家の大和君、それは舐めプですか?」

 

「言っておくけど私達は容赦しないよん」

 

 

それに対し発破を駆けて来るものが二人。

相手チームとなった岳人と燕である。勝負事となれば一旦風間ファミリーという枠は解除され、完全に敵対することになった。

これは風間ファミリーの日常である。故に敵対することによって寧ろ気合を入れているものが出てきている。一子や京もそうである。

 

 

「お姉様と大和、二人を同時に負かすチャンス! 全身全霊、フルパワーで行くわよ!」

 

「クク、大和に完全敗北を植えつければその後………クククッ」

 

 

京は完全に別の目的を作っているようだがそのやる気は一子と同等のものだ。

あの二人は風間ファミリーの中でも特に息の合うコンビとして主戦力になってくれている。今回はそれが脅威となるわけだ。

当然その戦力は敵陣営の頭脳となる葵冬馬も重々承知するところである。

 

 

「大和君、ユキ。 全力でお相手しますよ」

 

「たまにはこういったガチンコもいいもんだ。 負けても泣くなよ~?」

 

 

葵ファミリーもやる気満々のようだ。

冬馬は体力面こそこの中でも最下位であろうが、その卓越した頭脳がある。そして井上準も能力は高い人間、侮ることは決して出来ない。

 

 

「大和君! 勝負だ!」

 

「与一、やる気出さないと承知しないよ~? 大和には負けて、お酌して貰うんだから」

 

「安心しろ姐御。 勝負事には全力で………戦士(ウォーリアー)としての心得くらいはある」

 

 

クローン組も全力の姿勢を出している。

いつもならば面倒くさがりな与一と弁慶の二人も手加減する様子は全く無かった。

 

 

「英雄。 私は体力面では蚊トンボなので代打でトリをお願いします」

 

「フハハハ! トーマ、お前の分まで駆け抜けてやる!」

 

「さすがのお覚悟です英雄様ーっ! この忍足あずみ、英雄様の勝利のために!」

 

 

どうやら人数の関係で葵冬馬はチームには参加しないようだ。

だが忍足あずみは対して主力として参戦する。英雄も唯一の親友の意思を継いで闘志を滾らせていた。

 

 

「じゃぁ私は応援に徹しようかな」

 

「清楚ちゃん。 その場合は勿論親友である私だよな?」

 

「モモちゃんもそうだけど、やっぱり皆に頑張って欲しいからね。 皆を応援するよ」

 

「おおう………しかし受け答えまで清楚だー!」

 

 

清楚は応援に徹するようだ。

身体能力高いとは言え彼女自身は激しい運動を好むタイプではないようだ。ならば皆のために応援に回るという、百代への返答も含めて清楚だった。

 

 

「直江大和! 我のチームは決定した、皆勝利の二文字に執着しているぞ!」

 

「おっとそれはこっちも同じだ。 負けはしねぇぜ」

 

 

事実上のチームリーダー同士がにらみ合う。

負けず嫌いな一面を持つこの二人の間に火花が散った。それに比例してそれぞれのチームメイトも負けまいと敵対すべき相手に視線を送る。

だが睨みあっているだけでは勝負にはならない、と空気を切り裂くようなホイッスル音が鳴った。

 

 

「それでは試合を開始します! まずは二人三脚勝負です。 それぞれあのヤシの木の下からスタートし、波打ち際で待機している次の選手にまで走って貰います」

 

 

審判を務めている桐山鯉がそう説明した。

無論これは大和が考えたルールではあるが、絶対に自分だけが有利にならないように考え出されたものだ。

公平さは九鬼も承知している。だからこそ皆がその指示に従い、それぞれの持ち場につく。

 

 

「承知だとは思いますが二人三脚中、縄が外れると結びなおしてからスタートしていただきます。 あくまでも二人三脚、二人同時にゴールしてください」

 

 

つまり無茶な走りで相方を振り回すという芸当は出来ないわけだ。

だが双方、それを加味した上でこの勝負に臨んでいる。まず二人三脚をするのはこのペアだった。

 

 

「キャップ、足手まといになるなよ?」

 

「大丈夫だってモモ先輩! 俺は風だぜ!!」

 

 

まずは百代と翔一のコンビ。

いきなり最高戦力を投入と言う事態に少なからず動揺は与えられた。が、相手側からも同じくそれに対抗できるだけのメンバーが出された。

 

 

「ふっふっふ。 モモちゃんを打ち負かすチャンス! ……で、忍足さんは大丈夫?」

 

「ハッ、舐めんじゃねぇぞ松永。 伊達に従者部隊序列一位を務めちゃいねぇさ」

 

 

松永燕と忍足あずみという機動力に優れた二人組みだ。

まさに適材適所といえよう。公式に残る試合をしたがらない燕もこういった形式ならば全力を出してくるようだ。

それが更に百代のやる気を掻き立てる。

 

 

「双方準備はよろしいですか? ではエレガントな精神を忘れずに!」

 

 

桐山が旗を構える。

あのフラッグが上げられた瞬間が勝負開始の合図。

十分に身体を慣らした上で位置についた。腰を落とし、呼吸を整え、同調させる。

 

 

 

 

「では………スタート!!」

 

 

 

 

ほぼ同時だった。

二組が爆発のような、文字通りのロケットスタートを行ったのは。砂が爆風のように巻き上げられ、二組がこの砂浜を駆け抜けていく。

しかし僅かに躍り出たのは、脚力が自慢の燕とあずみペアだった。

 

 

「与一、頼んだぜ!」

 

「言われるまでもねぇ!」

 

 

指定の位置まで走りぬけ、あずみがバトンタッチした。

波打ち際で待機していたのは与一。あずみに触れられた彼は綺麗なフォームでそのまま海に飛び込み、泳ぎだす。

 

 

「出遅れたか……! クリ、頼んだ!」

 

「任せてくれ!」

 

 

こちらはクリスがその番を引き受けていた。

百代からタッチされるや否や、与一を追いかけるようにしてクリスも泳ぎだす。一気に水飛沫が立ち上がるほどの猛烈なクロールだった。

現在第一泳者、それぞれ那須与一とクリスティアーネ・フリードリヒ。凄まじいデッドヒートが行われていた。

 

 

「この競泳勝負は李静初が務めます。 そしてこの競泳は三人が100m間隔でリレー形式になってもらい、計三名が次で待機しているボートにまで泳ぐ勝負です」

 

「誰に説明してんだ李?」

 

 

李とステイシー、彼女達はそれぞれモーターボードの上から審判を務めていた。

こういったスピード勝負は僅かな差が勝敗を分ける。一寸たりとも妥協は許されなかった。

さて、最初はリードして与一であったが身体能力の差が出てきたのか一気にクリスの追走を許してしまい、結果肩を並べることとなった。

 

 

「ぐっ………姐御!」

 

「マルさん、頼む!」

 

 

李の目には間違いなく同着と映った。

二人からタッチされ、待機ポイントで浮かんでいたマルギッテと弁慶が一斉に泳ぎだした。

弁慶の泳ぎ方は力強さに溢れ、一気に推進力を得ている。対するマルギッテはあくまで綺麗なフォームによるスピードアップを狙っていた。

 

 

(武蔵坊弁慶……このようなスポーツとはいえ、以前の雪辱を晴らさせて貰います!)

 

(むむ……マルギッテ、妙なやる気を出してるね……。 ちょっとキツいかな……!)

 

 

この二人は妙な因縁がある。

弁慶達の編入初日、マルギッテが彼女に勝負を吹っかけたことがある。結果としてそれは弁慶の勝ちに収まった。

簡易的なものだったとは言え勝負は勝負。負けず嫌いの猟犬は何としてもこの女から勝利をもぎ取りたかった。

その決意の差か、追い抜いたのはマルギッテである。

 

 

「榊原小雪! 行きなさい!!」

 

「了解なのだー! キィィィィ―――――ン!!」

 

 

第三泳者である小雪がタッチを受けて一気に泳ぎだした。

元々脚力は、それこそ「壁を越えたもの」として数えられる彼女のキック力は凄まじく、バタ足をしただけで一気に距離を稼いだ。

 

 

「義経!」

 

「後は任せてくれ弁慶!!」

 

 

追い抜かれた悔しさをかみ締めつつも決して手を緩めず、弁慶は主に託した。

タッチされ、義経は部下の無念を背負い泳ぎだす。

こちらも英雄としての身体能力のおかげで速度としては凄まじいものがある。だがマルギッテが稼いでくれたリーチのおかげで小雪は独走状態だ。

 

 

「お、追いつけない……! ボートとカヌーの人に託すしかないか………!」

 

 

何とか義経はこれ以上リーチを広げられないように泳いでいる。

そんな彼女の存在が気になっていたものの、ここ一番の加速を出した小雪のテンションは絶好調だ。

まさに魚雷ともいえる勢いで浮かんでいるボートにタッチした。

良く公園などで見かけるアヒルの足漕ぎボート。ここからはボートを折り返すようにして進ませることになる。

 

 

「ほいさ! よろしくなのだー!」

 

「おう! モロ、行くぞ!」

「う、うん!」

 

 

このボートに乗っていたのは忠勝と卓也である。

身体能力の差とコンビネーション力を考慮して大和が配置したのだ。二人は「1,2,1,2」と声を合わせながらペダルを漕いでいる。

さすがに目立ったミスはなく、難なくとボートは進んでいく。審判を務めていたステイシーが冷やかすように声をかけた。

 

 

「おい義経~。 相手チームはかなりリードしてるぞ~?」

 

「分かっている! 井上君、島津君! お願いだ!」

 

「任せなさーい! ハゲ、やるぞ!」

「おうともよ。 あの坊主共に格の違いを見せてやろうや」

 

 

義経がタッチしたのはペンギン型のボート。

これには岳人と準が乗り込んでいた。

普段はSクラスとFクラスで敵対している者だが、まさにこれこそ呉越同舟。勝利に対する執着心が奇跡の同調を見せた。

 

 

「ぬぅぉりゃぁぁぁぁあああああああ!! 嫉妬パワーマキシマム全開ィィィィィ!!!」

「紋様ァアァァアァァアアア!! 俺のこの活躍、是非とも耳にしてくださァァァァァい!!!」

 

 

まるでモーターでも装備しているのかというほどの水飛沫が上がった。

元々は力は強いこの二人だ、推進力に関しては他を圧倒している。加えて不気味なほど息があっており、あっという間に小雪達が稼いだリードを埋め、追い抜いた。

 

 

「お~っと! これはロックな展開になってきだぜー!!」

 

「なっ!? モロ、負けてる場合じゃないぞ!」

「だね! うおおぉぉぉっ!」

 

 

忠勝と卓也も一気に形勢逆転されたことに焦り、一気に漕ぎ出す。

この熾烈な戦いに審判を務めているステイシーもご機嫌のようだ。だが頑張り空しく、アヒルはペンギンには追いつけなかった。

150mという距離をもあっという間に突き進み、岳人達が乗るボートは次なる競技のために浮かんでいるカヌーに突き当たる。

 

 

「きゃっ! ちょっとガクト、もうちょっと優しくしなさいよ!」

 

「許せワン子! でもリーチは稼いで来たぜ!」

 

「全くしょーもない……やるよワン子!」

 

 

この体当たりこそがバトンタッチの合図。

推進力は威力にもなり、一子と京が乗るカヌーを激しく揺らした。

動揺しつつも呼吸を合わせ、一斉に漕ぎ出す。風間ファミリー内でも名コンビと称されるだけあってカヌーは綺麗に動いた。

その様子は浜辺で待機している冬馬と英雄の目にもしっかり映っている。

 

 

「おお、あの息の合いよう………十分国際競技でも通用するレベルではないか!」

 

「能力が高い上にコンビネーションも抜群。 いう事ありませんね」

 

「そして後は我が二人からバトンタッチを受け、あのフラッグを奪う……完璧な方程式だ!」

 

 

あの分なら心配無用と判断したのか、英雄は二人の到着を背で待つ。

二人から託されたならばまたスタート地点にまで走りこみ、立てられているあのフラッグを手にする。その瞬間、勝利が決定する。

 

 

「くぅっ!! ………黛、不死川!!」

 

「後はお願い!!」

 

 

汗だくに鳴りながら忠勝と卓也が乗るボートがようやく到着した。

このカヌーで待機しているのは黛由紀江と不死川心。この時を待っていたと言わんばかりに心は自信満々であった。

対する由紀江は緊張こそしているものの、眼は真剣そのものだ。

 

 

「言われるまでもないわ! ……黛、行くぞ!」

 

「はい!」

 

 

目線をあわせ、呼吸を練り、互いに頷く。

一斉にオールを動かし、勝利に向けて漕ぎ出した。こちらも各々の能力は高いため、素人等とは比べ物にならない推進力を叩き出している。

その進みようはステイシーも興奮しているほどだ。

 

 

「おおっ! いい進み具合! でも………ちょっと厳しいな、コレ」

 

 

しかし、距離は埋められる一方どころか広げられていた。

岳人と準が稼いだリーチ加え、一子と京の息の合いようが由紀江と心のコンビネーションを遥かに上回っていたのである。

加えてカヌーはオールの漕ぎ方を少しでも間違えただけで推進力を殺すことに繋がってしまう。

 

 

「にょわぁっ!」

 

「ふ、不死川さん!」

 

 

こういったカヌーは慣れてないのか、疲れが出てしまいオールを動かす勢いが少し遅くなってしまった心。

その所為で海面に突っ込んだそれが逆にストッパーとなる。

ガクン、とカヌーは揺れてしまい一気にスピードが落ちてしまう。

 

 

「この勝負貰った、クク」

 

「俄かコンビには負けないわよーっ!」

 

 

この機は逃さない。京と一子が更にリードを広げるべく加速してきた。

恐るべきこのスピードは絆の深さの賜物である。

―――――不死川心は、それをまざまざと見せ付けられてしまった。

 

 

(にわか……コンビ………? 此方と、黛が………?)

 

 

更には一子が放った何気ない一言が、心に突き刺さる。

無論、精神を動揺させるつもりで一子はそんな言葉を告げたわけではない。しかし勝利が遠のき、己の無力さを見せ付けられたこの精神状態で重く圧し掛かる言葉だった。

まだ、“友達”になりきれていないのか―――――不死川の心に切なさが広がっていく。

 

 

「? ど、どうされたんですか不死川さん! 不死川さん!」

 

 

こうしている間にも差は広がる一方だ。

だが心には先程の勢いは最早無い。由紀江もそれに気付き、何とか励まそうとする。それを妨げているのは、今まで心を支えてきたプライド。

三大名家、“不死川家”としての誇り。それが彼女を停滞に陥らせている。

 

 

(高貴なる此方が……此方が………あんな山猿共に……! ……でも、此方と黛では………川神一子と椎名京のような一体感が出せぬのか………?)

 

 

負の連鎖が続く。

自分達の前を進む、あの二人は列記とした「友」。それは認めざるを得ないほどのコンビネーションだ。

それが、今の自分達にはない。心の中に更に広がる絶望感。ついにふと考えてしまった、何故勝てないのか。

 

 

 

 

 

 

(………此方と黛は………ともだちに、なれぬのか…………)

 

 

 

 

 

 

ともだち。もし、本当に息の合うコンビであれば勝敗はどうあれ差はこれ以上広がらないはず。

にも拘らずここまで距離が開いてしまった理由。

結論付けてしまった。本当の友達ではないから、勝てないのでは無いか――――。

 

 

「……あー、眼から闘志が消えたな。 こりゃファックに試合終了だな」

 

 

ステイシーすら敗北を確信していた。

 

 

 

 

 

 

「頑張れまゆっち!! ………負けるな不死川ぁーっ!!!」

 

 

 

 

 

 

そんな暗い考えを切り裂くような、熱い声が耳に届いた。

オールを漕ぎながらも振り返ってみる。そこにはあの男が声を張り上げていた。

―――――直江大和。いつも自分を持ち前の策略で手玉に取っている、ある意味で最も気に入らない「山猿」。

そんな彼が、喉が張り裂けるのではないかと言うくらいに声を上げている。由紀江と――――心のために。

 

 

「諦めんのはまだ先だ! 勝負はまだついちゃいない!!!」

 

「な、直江大和……! しかし………」

 

 

確かにまだ逆転の可能性はある。―――――あの二人以上の速度で追い抜くことが出来れば。

だがそれはもう不可能の領域に入ろうとしている。

息が合うどころか、バラバラになってしまったこの現状では。大和もそれを理解しているはず。なのにこの男は。

 

 

「お前が俺らを勝利に導いてくれるんだろ!? だったら導いてくれよ!!」

 

「………っ!」

 

「それにお前が考えていることは多分間違いだ! お前とまゆっちは立派なコンビだ!」

 

 

まだ信じていた。こんな自分を。

そして彼女の胸中を見抜き、打ち破ろうとしている。

 

 

「まゆっちを見ろ!! お前を信じているだろ!!」

 

 

声に導かれるままに、心は跳ねたようにして由紀江を見つめた。

彼女の瞳から溢れる光は、強い。強く心を捉えていた。

そこに不信感など微塵も感じられない。寧ろその逆の色が、由紀江の瞳に宿っていた。

 

 

 

 

―――――“信頼”。その二文字が、心を支えた。

 

 

 

 

「友達ってのはな………最後まで相手を信頼するもんだ! まゆっちはお前を信じてる!! 俺もお前を信じてる!! だからお前も……俺らを!!! まゆっちを信じろぉっ!!!」

 

 

 

 

どう聞いても、策略で相手を陥れる男の台詞ではなかった。

今の大和は軍師などではない、「友を信じる」―――――そんな世にありふれた男の一人でしかない。

彼のその言葉を受けて、心は顔をうつむけた。オールを漕ぐその手は止めない。

 

 

「……全く、山猿が好き放題言ってくれるわ」

 

 

ぽそり、と呟いた。

離れているステイシーや大和には聞こえないその台詞。しかし間近にいる由紀江は聞き届けることが出来た。

――――強い意志を感じる、その一言を。

 

 

 

 

 

「友を信じる……? そんな当たり前の事を、うるさく申すではないわ!!」

 

 

 

 

 

顔を上げた。

心の顔は、力強さに満ち溢れている。先程までの弱さはもう無い。

友達として、その瞳から溢れ出る「信頼」。由紀江も頬が緩んだ。

 

 

「黛! あの山猿……いや、直江大和に! 此方達の“力”を見せ付けてやろうぞ!!!」

 

「……はい! 行きますよ!!!」

『まゆっちのリミッターが外れた……お前らは今、伝説を目にする………!』

 

 

再び呼吸を合わせ、そしてオールで海面を突き破った。

海水を押し出し、流れを掴む。その流れを己がものにして、更なる勢いを生み出す。

その繰り返しを、この二人は嘗て無いペースで行っていた。先程までのロースピードが嘘のように、一気に加速していく。

あっという間に広げられたリーチが縮まり、一子と京に肉薄する。

 

 

「せいやあああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 

気迫も漲っている。

決して手を緩めているわけではなかったのだが、あれだけの差を一気に埋められたことにより今度は一子と京が動揺をきたしてしまう。

 

 

「う、嘘!?」

 

「大和の声援でここまで追い上げるなんて………嫉妬するしかないんだっ!」

 

「いや注目すべき点はそこじゃないでしょ! 確かに妬ましいけど!!」

 

 

少しでも気を抜けば追い抜かれてしまう。

そんなデッドヒートを繰り広げていた。

こうなれば一子と京も己の限界を超えるしかない。そして同時に認めざるを得ない。黛由紀江と不死川心――――この二人は紛れもない“強敵”だと。

 

 

「いいぞ不死川ー!! そのまま追い抜けーっ!」

 

「ラストスパートです!!」

 

「まゆまゆ! 不死川! 行けぇーっ!!」

 

「今のお前達、最ッ高にカッコいいぜ!!」

 

 

チームメイトからも次々と応援の声が上がる。

それが更に由紀江と心の力となった。この極限状態の中、口元を緩める余裕まで出てきてしまう。

 

 

「黛、更に飛ばすぞ!! ついてこれるか?」

 

「もちろんです! 不死川さんこそ大丈夫ですか?」

 

「此方を侮ってくれるな………大口叩いたからには、妥協は許さぬぞ!!」

 

「ええ!!」

 

 

更にペースを上げてきた。

二人の同調率は一子と京のそれとほぼ同等だ。能力の差を考えると寧ろ彼女達以上かもしれない。

決して気を抜くことが出来ない一進一退の攻防。

それを楽しむ間もなく、岸は近づいてきた。彼女達の到着を待ちわびていた九鬼英雄。そして――――直江大和。

 

 

「九鬼クン、お願い!」

 

「任されよ一子殿!! ぬおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

カヌーが砂浜に乗り上げられると同時に英雄が走り出した。

 

 

「大和さん!!」

「直江大和!! ………頼む!!」

 

 

同時に由紀江と心が漕いで来たカヌーも到着する。

大和は振り返ることなく、しかし彼女達の意思を継ぎ、走り出した。

 

 

「ああ!! ……絶っっっ対に、負けない!!!」

 

 

身体能力では英雄に劣る。だが、あの二人が、仲間達が。繋いでくれた今この時、この瞬間。

大和に出来ることはただ全力を出しつくし、あの(しょうり)をこの手にすることのみ。

ただひたすら、勝利に目掛けて。手足が千切れる勢い――――いや体が燃え尽きるほどにまで走っていた。この後がどうなろうと知ったことではない。

 

 

 

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」」

 

 

 

 

二人が、一斉に旗目掛けて飛び込んだ。

僅かでも、それに触れるために腕を勢いよく伸ばす。どちらも大怪我覚悟で突っ込んでいく。

審判を務めている桐山も手に汗を握ってその結末を見守る。

――――――大和と英雄は、盛大に砂煙を巻き上げた。

 

 

「大和っ!!」

 

「英雄様!!」

 

 

百代とあずみが思わず近寄ってしまう。

が、鯉が伸ばした掌が二人の行動を遮った。今は勝負の真っ最中。鯉はただ、審判として二人の勝負を見守らねばならなかった。

手出し無用、勝負の鉄則を思い出し、百代とあずみもその場で祈った。

 

 

 

 

そして砂煙を突き破り、旗を握った手が天に掲げられた。

 

 

 

 

「勝者………」

 

 

 

桐山は冷静に見定める。

誰がこの旗を手にしたのか。誰もが固唾を呑んでいる。

一時の静寂の後、桐山が勝敗を告げる旗を挙げる。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――直江大和っ!! よってこの勝負、直江チームの勝利!!!」

 

 

 

 

 

 

 

砂煙が晴れた。そこにはボロボロになりながらも、清々しい笑顔を称えている大和が、これ見よがしに旗を掲げていた。

傍には英雄も転がっている。敗北を自覚しながらも、堂々と天に向けて大の字だ。

鯉の勝利宣言がこのプライベートビーチを包んだ途端、仲間達は一斉に勝者の元へと集うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これで完了です」

 

「全くここまで傷だらけになってまで英雄様に勝つなんて……ファックでロックな野郎だ!」

 

 

それからしばらくして、大和は李とステイシーによる治療を受けていた。

二人も主の敗北に少なからず受けていたものの、英雄の命令を受けて治療していたのだ。寧ろあの状況から勝利を文字通りもぎ取ったこの男に李とステイシーは好感を抱いている。

因みに英雄も相応に傷だらけであり、彼の治療はあずみが行っていた。

 

 

「大和~! 大丈夫?」

 

「ユキ。 ああ、もう大丈夫さ」

 

 

大和を心配して真っ先に小雪が寄って来た。

実を言えばまだ痛みが残っているものの、立てないほどではない。斑目風牙によって大怪我を負わされた時に比べれば大したものではない。

笑顔を向けながら大和は重い腰を上げた。そして歩き出すと仲間達からの惜しみない賞賛の声が彼を包む。

 

 

「やったな大和! 今日のヒーローはお前だ!」

 

「負けちゃったのは悔しいけど……やっぱり大和はカッコイイ!」

 

 

風間ファミリーとして翔一と一子が賞賛を送ってくれた。

彼らの後ろには百代と燕も控えている。

 

 

「最後は根性論だが………良くやったな」

 

「大和クンのその根性値が紛れもない勝因だよん。 おめでとう」

 

 

百代は自慢の舎弟の勝利を喜び、燕は敗北には素直に悔しがっているが同時に大和を褒め称えていた。

こんな美人から祝って貰えて冥利に尽きると大和は気分を最高潮にしていた。言葉にこそしないものの、岳人や忠勝、そして卓也からも「よくやった」と言わんばかりの表情を向けられていた。

 

 

「策だ何だといっておきながら毎度無茶をする……でも、だからこそお前なのだろうな」

 

「さすがお嬢様が認めた男です。 ……その度胸は尊敬に値します」

 

 

それはこのプライドの高いクリスとマルギッテも同じである。

特に自尊心の高いドイツの猟犬からこんな一言を言われる等一生にあるかないかだ。

思わずガッツポーズを取ると「調子に乗らないことです」とマルギッテから厳しい一言を貰ってしまう。

 

 

「今回は私の完敗です。 さすが私の大和君」

 

「お友達で」

 

「傷だらけでもさすがの対応だな。 素直に負けを認めるぜ」

 

「当然だよ! だって大和なんだから!!」

 

 

葵冬馬と井上準からも賞賛を貰った。

彼の後ろをついてきた小雪もまるで自慢するかのように胸を張っている。そんな彼女が微笑ましくて大和は思わず頭を撫でてしまった。

 

 

「あっ……榊原さん……何だかズルい………」

 

「これはお酌して貰わないとね……勝利祝い+私の自棄酒に」

 

「結局姐御はそれかよ………」

 

「ふふっ。 でも凄いよ直江君。 本当に凄い!」

 

 

その後も義経や弁慶を初め、各方面から顰蹙を買うことになった。

勿論応援に徹していた清楚は素直に褒めてくれるものの、妬みの視線が多かった。

どう対応したものか悩んでいると更に近寄ってくる影が二つ。

 

 

「大和さん! お疲れ様でした!」

 

「ありがとうまゆっち」

 

 

一つは由紀江だった。満面の笑顔をもって大和を迎えている。今の彼女は人を遠ざけるような笑顔ではない。

その逆、人を惹き付ける笑顔だった。

大和も思わずその可愛らしさに胸を弾ませつつも、冷静さを保つ。

 

 

『まゆっちったら、大和が勝ったって聴いた瞬間ボロ泣きしてたんだぜー』

 

「もうっ! 松風、こんな往来でそんな恥ずかしい事を言わないでください!」

 

 

またもや松風との一人芝居が始まる。

そんな奇妙な光景に大和始め、周りは苦笑いしている。と、ここでもう一つの影が大和にタオルを引っ掛けた。

 

 

「うぉっ? 何だコリャ………って不死川? どうした?」

 

 

タオルをかけてくれたのは紛れもない不死川心だった。

彼女は少々無愛想にしながらも、顔を紅潮させている。目線は大和から外している、かと思えば時々こちらをまじまじと見つめていた。

何かを言いたいらしい、口がモゴモゴと動いているが中々開けないでいる。そんな彼女の意図を察した由紀江が微笑みながら駆け寄る。

 

 

「不死川さん、こういう時は素直が一番ですよ」

 

『でないと後々に後悔するぜー?』

 

「っ!!」

 

 

彼女と松風の一言に酷く動揺を見せている。

しかし、同時に彼女達の言葉で決意が固まったようだ。大和も鈍感ではない、彼女が何を言いたいのかぐらい察することは出来る。

ならばただ、彼女がそれを言ってくれる事を待つのみ。心は必死に呼吸を整え、目を潤ませながらも、しっかりと大和を見つめた。

 

 

 

 

 

「………あ、ありがとう………なのじゃ……」

 

 

 

 

 

先程のマルギッテの発言に続いて、もう一生かけても聞けないであろう台詞が飛び出した。

耐え切れなくなったのか、また視線を外してしまう。それでも彼女は逃げなかった。

 

 

「……こ、此方と黛を仲良くしようと取り計らってくれたのであろう」

 

「気付いてたのか………まぁ、そうだな」

 

「……あの勝負だって、我らの仲を深めようとして選んでくれたのじゃな」

 

「否定はしない。 でも勝てたのはお前ら自身の力でもあるんだ」

 

 

ここまで感謝されるとは思ってもみなかった。

確かに心のためではない、と言えば嘘にはなる。しかし大半は由紀江のため、だからそこまで感謝されることは無いと思っていただけに大和はむず痒さを覚える。

 

 

「何を言うか! 此方を………元気付けてくれたのは、紛れもないお前の言葉じゃ」

 

 

ありえない言葉の連発にクリスは自分の頬を抓ってしまっている。岳人や卓也も信じられない、と言った具合に顔を見合わせている。

百代と清楚は寧ろ「初々しい」と言っているかのように微笑んでいた。周りが様々な反応を見せる中、いよいよ恥ずかしさが限界に達したらしい。

口がまたも瞑ってしまう。思わず大和のドS魂に火がついてしまった。

 

 

「だから……だから…………」

 

「だから?」

 

「~~~~っ……! こ、此方に感謝されたことに感謝せい!! 以上!!」

 

 

やっぱり最後は素直にはなれなかったようだ。

ただ彼女にも「友達」を知って貰うことができてよかったと大和はしみじみと感じている。

今、由紀江とこれ以上ないくらいに楽しく会話している彼女の顔を見れば誰だってそう思うしかない。ふぅっとため息をつくと後ろから声が掛かった。

 

 

「皆さーん! そろそろお時間ですっ。 着替えてバスに乗り込んでくださいねっ☆」

 

「今日は楽しい一日であった! お前達も盛大に遊んだであろうフハハハ!!」

 

 

治療を終えたあずみと英雄だった。

どちらも勝負に対する遺恨は全く存在せず、堂々としていた。気がつけば彼女達の言うとおりもう夕日が水平線に沈もうとしている。

楽しい一日の終わりを告げるべく、日が去ろうとしていた。

 

 

「さて、さっさと着替えてバスに乗るか。 あー疲れたっと。 ……その前に」

 

 

大和はさっさと踵を返しながらも更衣室に向けて歩き始めた。

と、その途中立ち止まり、振り返る。そして愛用の携帯電話を取り出し、カメラモードに切り替えた。ボタンを押し、パシャリと写真を一枚。

写真の腕は育郎ほどではないが、実に映える一枚となった。

 

 

 

 

 

 

「後で送ってあげるかな。 まゆっちと……不死川に」

 

 

 

 

 

それはこの日、人生最高の宝を得た二人の微笑ましいワンシーンだった。

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 




泳ぎでは平泳ぎが一番得意。テンペストです。お待たせしまして申し訳ございません。
今回は久々に小雪と心に焦点を当てたお話でした。本当は小雪ちゃんだけにスポットを当てようかな、と考えていたのですが最近心ちゃんも出ていなかったな、と思い当たりこのような形に。
どちらかと言えば心メインになったような気がしなくもない。が、後悔はしない。
さて今回のお話で一番苦戦したのは多くの登場人物が出る中、誰にでも等しく出番を用意するということです。こんなオールキャストな話になるとバランス悪くすると凄く寂しくなってしまうので、出番を用意したり逆に削ったりと色々苦労します。
それでも今回は小雪ちゃんや心だけでなくSクラスメンバーや清楚ちゃんにも出番を作ることが出来て満足したぜヒーハー!!!

清楚ちゃんといえば本格発表になりましたね、まじこいA-2。清楚ちゃんが表紙を飾っていると言うことで彼女のルートに一番の期待が掛かります。
A-1もどのルートも楽しめただけにA-2ではこの勢いを維持どころか更に昇華させて欲しいですね。

さて次回また幕間を一つ挟んでから由紀江編になるかと思います。あくまで予定なので変わる場合は十分ありますが。
やるとしたら夏休みにつき物の「アレ」のお話です。最近大和がちやほやする話ばかりなのでギャグ中心のお話もたまには必要かな、と。「いいぞもっとやれ」という意見がありましたら軍師爆発させますが。
では次回もお楽しみに!感想ご意見、お待ちしております!!!
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