真剣で私に恋しなさい!X   作:テンペスト

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第二十九話 夏の宿題くん

とうとう川神学園も夏休みに突入した。

夏と言えば多くの学生が、与えられたこの長期休暇を使って様々な行動に出る。

自分を高めようと勉学、訓練に励む者。遊ぶための資金稼ぎとしてバイトに徹する者、そして実際に遊びに出る者。

個人差はあれどこの休みは誰もが望んだことであろう。海水浴、縁日、キャンプ、肝試し……多くのイベントがきっと待っている。

 

 

 

―――――そんな爽やかな夏の朝。

 

 

「………なのに何でいきなり宿題なのよぉーっ!」

 

 

幻想をぶち壊された川神一子の魂の叫びが、この秘密基地内に響き渡った。

彼女だけでない、岳人や翔一など勉学を苦手とするメンバーの顔色もよろしくない。

彼らの目の前には大量の冊子が積み上げられていた。それぞれ「ドリル」なり「問題集」なりと銘打たれている。

 

 

「黙らっしゃいこの犬っころ! ………ハァ……ハァ………」

 

 

鬼が鞭を振るう。

鞭は鋭い音を立てて一子の傍で跳ねる。「きゃいん!」と可愛らしい悲鳴を上げながらも目の前の鬼――――直江大和は一切の手加減をしなかった。

 

 

「で、でもぉ! 夏休みって言ったらプールとか海とか川とか!」

 

「その妄想をぶち壊す! これはアニメじゃない、現実だ! この宿題の山はなァ!」

 

 

また大和の鞭が跳ねる。

そう、今彼らの目の前にどっさりと置かれているものは夏休みの悪魔、その名も「宿題」である。

学業に励んだものなら誰でも悩ませたであろうそれが、今年は凄まじい量となって積み上げられている。

 

 

「おいおい弟、あんまりワン子を苛めてやるな」

 

「姉さんも人のこと言えんでしょうが。 矢場先輩から聞いたよ、ゲイツ先生の授業不真面目だから夏休みの宿題を増やされたんだってねぇぇぇぇ」

 

「うっ! お、弟のクセにイタイところを………」

 

 

周りの面々もさすがに苛烈だと感じたのか、一子らには同情の視線を送っている。

代表して百代が宥めようとしたが逆に落ち度を指摘されてしまった。

 

 

「ゼェ……ゼェ………とにかく! 今年の夏休みの宿題はハンパ無い量だ、お前らの手際の悪さじゃ絶対に終盤辺りで喚きだすのは明白!!」

 

 

力強く、大和が積み上げられた宿題の山を叩いた。

バン、と凄まじい衝撃が恐怖となって一子達の肩を揺らす。主導権を握られている一子はともかく、岳人や翔一、卓也ですら大和に反抗できない。

特に今年の宿題の中でも歴史関係の宿題が多めであった。綾小路麻呂は先日の失態で一時休職、その所為で厳しい梅子にバトンタッチされ、余りにもずさんだった歴史面の勉強の遅れを取り戻すべく多く課題を要求してきた、というわけである。

 

 

「このままじゃ夏休み手放しで遊ぶなんてことは出来ん! ハァ……ハァ……。 だから夏休みの頭を使って宿題を終わらせる! 全部だ!!」

 

「これ全部をか!?」

 

 

岳人も気が滅入った。

夏休みの宿題に対する学生の過ごし方は大まかに分けて三つ。

一気にやってしまうか、こつこつ進めていくか、それともサボってしまうか。大和は当然初日で終わらせるタイプである。

 

 

「大和さんの言うとおりですよ皆さん」

 

「そうだ。 少なくとも終盤で慌てるなんてのはやめた方がいい」

 

「毎回私はそれで泣きつかれてきたし」

 

 

一方勉学優秀なクリス達も大和の考えに賛同している。

特に京は大和並の頭脳を有していることもあり、昨年まで彼らの宿題や勉強を助けてきた功労者である。

 

 

「た、タッちゃ~ん」

 

「いい機会だ。 俺のところに毎回逃げ込まれるのもメーワクだしな」

 

「うぐっ!」

 

 

忠勝も不良を自称しておきながら宿題などやるべきことはしっかりとやる男だった。

頼れる兄貴分からも厳しい一言を貰ってしまい、一子はもう逃げ道が無い。

この、目の前で立ち聳えている宿題の山と格闘する以外にないのだ。

 

 

「さぁ問題集を開け!! まずは内容が少ない数学の問題集から始めるぞォ!!」

 

 

調教モードに移行した大和は非常に荒ぶっている。

こうなれば百代でも止めることは難しい。渋々と全員が問題集を開く。が、同時に解せないことがあった。

それは宿題ではなく、今日の大和はハイテンションというよりも気が短い。少し荒ぶるだけで肩で息をしているのだ。

 

 

「………と、言うより大和。 お前大丈夫か? さっきから息切れ起こしてるっぽいが」

 

「大丈夫だ問題ない! ふぅ……ふぅ……とにかく今日はこれ全部終わらせる!! でないと俺が苦労するんだからな!!」

 

「確かに大和には毎度毎度迷惑かけてるけどよ~……」

 

 

翔一が心配するも、大和は切り捨てた。

ファミリーの頭脳として彼は今までの夏休みを経験してきた。――――毎回毎回夏休み最後の日に泣きつかれ、結局見捨てきれずに夜通しで宿題に付き合った身。

さすがに大和もうんざりしていたようで今年こそは平穏な時間を過ごすべくこのような計画を立てたらしい。

 

 

「因みにサボっている奴がいればこのクッキーが直々に仕置きしてくれるフハハハ」

 

 

背後ではクッキーが第二形態に変形していた。

主にサボり癖のある岳人の背後を中心に立っている。手にはしっかりと、愛用のビームサーベルを携えている。

身体中から聞こえる機械の起動音が逆に恐怖を煽る。

 

 

「二年生グループは俺と京+@が講師だ! まゆっちは……大丈夫か」

 

『たまには構ってやれよー。 馬は構ってくれないと死んじゃうんだぜー』

 

「そうなったら放牧されてる馬は全滅だろうな……はぁ……はぁ」

 

 

ツッコミは忘れていなかった。だが息切れの影響か、キレがない。

 

 

「ところで大和、+@ってのは誰なんだ?」

 

「あ、ああ……喜べクリス。 お前の大好きな人物だ」

 

 

微笑みながら大和が指を鳴らした。

まるでタイミングを合わせたかのようにその人物はドアから現れる。凛とした佇まいに鋭い眼光、揺れる赤毛に物々しい軍服。

 

 

「ま、マルさん!」

 

「お邪魔します。 今日はこの私が勉強を教えてあげることに感謝しなさい」

 

 

マルギッテ・エーベルバッハその人だった。

Sクラスに所属しているだけあって彼女の能力は高く、頭脳面においても弁慶に次ぐほどのものだ。彼女自身の年齢が21歳であることもその一因だが、それを差し置いても優秀な人材であることは間違いない。

姉のような存在が来てくれたことにクリスは嬉しそうであるが、他の面々は少々困惑気味である。

 

 

「特別ゲストのマルさんだ。 まぁ、無理矢理加わったと言った方が正しいんだが」

 

「無理矢理加わったって?」

 

 

まっさきに卓也が質問した。

隠れがちではあるが、彼は風間ファミリーをとても大切にしている分、京についで聊か閉鎖的である。最近は演劇部所属によるコミュニティの広がりでそれも幾分か緩和しているが。

 

 

「いや、マルさんからクリスのスケジュールについて聞かれたんだ……ハァ」

 

「そうしたら宿題を一気に終わらせる、と聞いたので馳せ参じたのです。 ……貴方達のことはお嬢様より聞いています。 なるべく勉強面以外では干渉はしません」

 

 

彼女もクリスの姉として、可愛い妹分の予定が気になったようだ。

夏休みの間も任務を抱えている軍人として、オンオフの切り替えは重要。休暇には遊びに行くつもりだったのだろう。

それを大和に尋ねたことが切欠となったようだ。

 

 

「それとも私では何か不服でしょうか?」

 

「俺様は全然いいッスよ! 是非とも一緒に肩を並べて触れ合いたいッス!」

 

「よろしい。 貴方の肩にトンファーを触れさせて差し上げましょう」

 

「ごめんなさい自分が愚かでした」

 

 

美人、しかも年上であり、スタイルも抜群という事で岳人はマルギッテの介入に特に問題ないと態度で示してきた。

余りにも露骨だったので釘を刺しておくマルギッテはさすがである。

 

 

「俺もいいぜ。 コミュニティを広げるってのはいいことだしな!」

 

「ま、助けて貰えるのはありがたいわな」

 

「アタシも!」

 

 

翔一と忠勝も同意してくれた。風間ファミリーは聊か閉鎖的と称されることがあるが、翔一は全くその逆でコミュニティを広げたがる人物である。彼らと過ごす時間が多くなった忠勝も、大人な意見で受け入れた。

クリスはもとより、一子もライバル心を除けば友好的人物なので歓迎ムード。百代も、美人の登場に思わず頬を緩ませている。

 

 

「私もいいぞ」

 

「折角です。 私が教えてあげましょうか川神百代」

 

「残念! 年齢は上でも学年は私の方が上! 教われないのだ!」

 

 

しかしこの期に及んで逃げ道を作ろうとしていた。

往生際の悪さもある意味百代らしいところではある。大和はそんな彼女の性格を読んでいなかったわけではない。

ちゃんと対策は打っていた。その証拠に黒い笑みを浮かべている。

 

 

「そういうと思って本日のサプライズゲスト第二弾。 ジャジャジャン」

 

 

わざとらしいテロップと共にひょっこり、と人影が姿を現した。

細身の姿に可憐な笑顔、しかし一切隙の無い身のこなし。さっぱりとした印象を周りに与え、黒髪が今日もなびく。

 

 

「どもども~! 夏バテ防止に松永納豆! ということで私もきたよん」

 

「つ、燕!?」

 

 

今度は川神学園でも百代に次ぐ著名人となりつつある納豆小町、松永燕である。

燕も最近は風間ファミリーと行動を共にすることが多く、それ故彼女の登場には余り嫌な顔を示すものがいなかった。

卓也と京はやはり難しい顔をしているが。

 

 

「三年生であり学年成績3位の燕先輩なら問題ないでしょ姉さん?」

 

「く……おのれ大和……! 希望を与えられ、奪われる……これがお前のファンサービスか!」

 

 

百代の発言を逆に利用し、彼女の逃げ道を封殺した。

同年代で、彼女の友人、しかも頭脳も優秀。まさに百代の相手としてうってつけであった。

面倒くさがりではあるが、誠実でもある百代は今更発言を撤回するわけにもいかずため息一つを零した。

にしし、と大和と燕が黒く微笑む。

 

 

「………ま、この二人ならいいか」

 

「そだね。 “誰かさん”みたいに『こんなビルは取り壊すべきだ』とか言わないだろうし」

 

「げふっ! み、京………もう、お腹一杯です………」

 

 

また風間ファミリーとは関係人物の登場にいよいよ卓也と京も折れた。

京も最近の事件を通して閉鎖的になることの愚かさを知ったばかりだ。快く、とまでは行かないがだからと言って露骨な拒絶は見せなかった。

卓也の場合は多数決に従う、と言った様子である。この二人の人となりは知っていることもあり、二人の一時的な介入を認めた。これが風間ファミリー入りするともなれば状況は違うだろうが。

 

 

「……ゼー……ハー……。 さて講師が揃ったところでまずは数学の問題集だ! 真剣に取り組めば2時間も掛からず終わる! 集中して取り組めェ!!」

 

 

やたらテンションを上げつつ、大和が鞭を振るった。開始の合図である。

―――――だが、彼の体調が明らかによろしくないことは誰の目を見ても明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、もうダメ……………」

 

「一子さん頑張ってください。 ………ガクトさんみたいになっちゃいますよ」

 

 

それから2時間後、ようやく数学の問題集を終えた一子が頭から煙を出しながら机に突っ伏していた。

休憩として由紀江が淹れてくれたお茶も受け付けないようだ。

因みに講師陣及び由紀江は持ち前の優秀さからか彼らよりも一足早く書き上げ、休憩なり指導なりしていた。

 

 

「ガクト、貴様また同じところを間違えたな!」

 

「ぴぎゃあああああああああああああああ!」

 

 

駄犬には鞭、余りにも出来が酷いとクッキーから制裁があった。

最もこれは主に岳人に対する仕置きである。

 

 

「ドイツ軍はそんな生温い仕置きはしない。 私が代わりにしてあげましょうか」

 

「いえ! もう結構です!」

 

 

幾ら美人相手でも痛い思いはしたくない。

岳人は必死に問題集のページを開き、頭を回転させ、シャーペンを握った。少しでも気を抜いたり、ミスしたりすればクッキーからの電撃、最悪はマルギッテのトンファーが待っている。

おかげで岳人は普段寝るであろう所を、必死に耐えていた。

 

 

「うん、ここら辺は完璧だね。 モモちゃん頭いいんだから勉強しないと勿体無いよん」

 

「いいんだよ私は。 力の百代、知性の燕で見出しつけよう」

 

「何の話それ?」

 

 

百代の方は燕の指導もあり、特に問題はなかった。

元より普段の生活が自堕落なだけで、百代の頭脳自体は明晰。それこそ本気になれば学年50位以内でも不思議ではないのだ。

故に会話を楽しむ余裕がある。

 

 

「あ、あのさ……ま、マルギッテさん。 ここはどうすれば……?」

 

「ああ、この問題は例題3の応用です。 X軸とY軸の関係をしっかりと把握して………」

 

 

まだ終えてなかったが、あと一息という卓也。

しかしどうしても分からない問題に突き当たってしまったらしく、教えてくれる人物を探していた。だが大和や京は翔一と忠勝の方に回っている。

一子やクリスは疲れで突っ伏している以上、マルギッテしか頼れなかった。意を決して頼んでみると、彼女は親切かつ丁寧に教えてくれた。

 

 

「あ、ありがとう」

 

「これくらいは当然だと知りなさい。 今日の私は講師ですから」

 

 

まさに頼れる大人、と言った印象を与えてくれた。

礼をし終えた卓也の表情が変わった。二時間前の、難色を示していたあの顔はもうない。少なくとも好感を抱いてくれていることは間違いなかった。

 

 

「ふぅ………クッキー、今何時?」

 

「只今12時3分、お昼時だな」

 

「よし、それじゃサプライズイベントと行こうか」

 

 

まるで頃合を計っていたとでも言わんばかりに大和が重い腰を上げた。

何事かと首をかしげている一同を他所に大和は窓まで歩いていく。そして豪快にそれを開いた。

空気でも入れ替えするのかと思いきや違うらしい、大和は下を確認している。

一体それが何であるのか―――――百代や燕、由紀江にマルギッテと言った猛者達はその“気配”を感じ取っていた。

 

 

「林沖さーん! そっちは大丈夫ー!?」

 

「ああ、完璧だ!」

 

「やっぱりな。 気で感づいていた。 ………が、何をさせていたんだ?」

 

 

どうやらこの廃ビルの下には林沖達、梁山泊がいるらしい。

何かの準備をしていたらしく、百代も正体こそは知ってはいたが気になったらしく大和に乗っかる形で覗き込んだ。

そこには青々とした竹で組まれた流しそうめんの台が出来上がっていた。

 

 

「全く、リンもわっちらをこんな事に借り出すんだからな」

 

「でも日頃の感謝の気持ちを込めて……リンらしいね。 パンツ嗅がせて」

 

 

一仕事したと言わんばかりに史進と楊志も汗を拭っている。

普段世話になっている大和達へ感謝するべく林沖から提案したらしい。その話を聞いて大和が頼んだのだ。

立派な流しそうめんが出来そうだ、と大和も満足げに頷き顔を室内に戻す。

 

 

「さて、ここまで頑張ったご褒美だ。 外で流しそうめんと行こう!」

 

「「「やったー!」」」

 

 

大和の一言で一斉に弾かれたように外へ行くアグレッシブな面々。

忠勝やマルギッテと言った冷静な面子は後を追うようにして、それでも顔に微笑を貼り付けて階段を下る。

辿り着いてみると実に大規模な台が組まれている。

 

 

「そうめんを流す役は私に任せてもらう」

 

「頼んだぜクッキー。 さ、林沖さん達も一緒に食べようぜ」

 

「ああ。 お邪魔する。 午後の勉強にも参加させてもらおう」

 

 

林沖達も食事だけではなく、勉強会に参加するようだ。

こうなった以上仕方がない、と卓也と京は顔を合わせた。最も京は段々と楽しんできているようだ。こうなれば自分も楽しまなければ損だと卓也は割り切ることにした。

それぞれ配置に付き、箸とカップを持つ。

 

 

「全員準備は良いか。 では行くぞ! そいやっ!」

 

 

勇ましい掛け声と共にクッキーがそうめんを流す。

中国から直接贈られてきたらしい、竹の匂いと水の清涼感、そしていつ流れて繰る分からないこの高揚感が流しそうめんの醍醐味。

特に初体験となるクリスは目を輝かせている。

 

 

「早くこないかなー!」

 

(クリス……そんなに楽しみにしていたのか……。 そんな………そんな目をされたら……)

 

 

その瞳の輝きは大和にも伝わっていた。

純真無垢、という四字熟語をそのまま体感したクリスの様子に気付いた大和は。

 

 

 

 

(………苛めたくなるじゃないかぁ!)

 

 

 

 

ドS魂に火をつけていた。

早速仲間達にアイコンタクトで指令を出す。まずは彼女の前を陣取っている百代と岳人、そして由紀江に。

三人とも意地悪な表情を浮かべて頷いた。

 

 

「いっただきー!」

 

「よいさーっと! へへん、このそうめんは俺様のものだぜ」

 

「ならば私はこちらを。 そうめんもお蕎麦と同じくらいに好きです!」

『まゆっちも相変わらずだよねー。 いっその事麺類職人になろうぜ、ニッソン麺職人!』

 

 

そして指令どおり、三人は容赦なくクリスの前を流れいくそれを奪い取っていた。

カップの中に注がれているつゆにしっかりとつけ、スルスルと美味しそうに啜る。喉を駆ける清涼感、しっかりと染み込んだつゆの味。

夏ならではの味に三人とも幸せそうであった。逆にクリスは面白くなさそうだ。

 

 

「む……な、流れてこない………」

 

「お嬢様、大丈夫です。 次に流れてきたそうめんはお嬢様に贈呈します」

 

 

どうやらマルギッテも余りに不憫だと思ったらしい、援護することにしたようだ。

逆にそんな事をされては、大和も余計に燃え上がってくるというもの。今度はつま先で地面を叩き、指令を送った。所謂モールス信号である。

 

 

(ワン子、燕さん、史進。 やってしまえ)

 

(((了解!)))

 

 

ここにいる面々の中でも意地悪出来そうなメンバーを選定した。

大和の意思を汲み取った彼女達はあっという間に腕を伸ばし、クリスの前だけでなくマルギッテの前を流れるそうめんを奪い去る。

 

 

「あーっ!! お前達ー!!」

 

「くっ、これは嫌がらせですか!」

 

「違うわよクリ、マル。 これは戦争よ!」

 

 

堂々とそうめんを啜りながら一子はそう宣言した。

そんな問答をしている間にも忠勝や林沖、卓也と言った健全な人物は彼らの合間を縫ってそうめんを上手くキャッチしていた。

大和や翔一、京は彼らが掴み損ねたものを自分のものにする器用さを見せ付けている。

 

 

「まさか……食事の一時が戦争になるなど…………」

 

「いえ、お嬢様。 私が体験した戦場でも、食事の時ですら気を緩めることは出来ませんでした」

 

「そ、そうなのか………ならば礼を失してはならんな!」

 

「はい! お嬢様と私ならばこの戦場も支配できます!」

 

 

二人が手を取り合いながら結束を固める。

戦いにおいて孤独とは死を意味する。だが周りは何れも敵ばかり。だからこそ信頼の置ける姉と組む。

彼女と共にあれば、どんな過酷な戦場だろうが生き残れる。寧ろ勝てる。

そう信じ、二人は箸を掲げ、いざ流しそうめんに立ち向かっていった。

 

 

「あー食べた食べた。 ごちそうさん」

 

「「え?」」

 

 

たらふく口にした、と言わんばかりに楊志がその場を去る。

それが皮切りになったかのように他の面々も去っていく。

 

 

「久々だったよな流しそうめん! 美味いし面白ぇし!」

 

「私も楽しかった。 ……ファミリー以外と食事というのも、悪くない」

 

 

翔一と京も大満足したらしく、秘密基地に戻っていく。

後を追うようにして林沖と史進、楊志も中に入っていった。百代などは親父くさく、爪楊枝まで持ち出している有様だ。

残っているのは大和、そしてクリスとマルギッテだけになってしまった。

 

 

「う、うぬぬ~! これはもうわざとだろお前達ー!!」

 

「な、何と陰湿な!!」

 

 

弄られた、と気付いた時にはもう遅い。

主犯格である大和を涙目で睨みつけるクリス。マルギッテも、彼女のように涙目とはならなかったものの顔を紅くして講義する。

さすがにやりすぎたと反省したらしく、大和は頭を掻きながら詫びる。

 

 

「ごめんごめん。 その代わりこれから流れてくる奴全部とっていいからさ」

 

「いいも何も他に奪ってくる奴がいないだろうがー!」

 

「ハハハ。 まぁまぁ、そう言わず………っ」

 

 

その後も大和はやんわりと、しかしドイツ人コンビを弄って楽しんでいた。

だが、その瞬間大和の視界が揺らいだ。

 

 

「――――っ!?」

 

 

少し体勢を崩してしまったかのように膝を崩したのだ。すぐに持ち直したものの、徐々に大和は自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

(あれ? ……ひょっとして俺、キャップの言うとおりヤバイかも……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でね、ここの英訳はこの“has”が大過去に繋がってくるわけでね………」

 

「おお、そうか」

 

 

昼食を終えた一同はその後も現代文などの宿題を片付けてから英語の宿題に取り掛かっていた。

英語は完全に得手不得手が分かれる教科の一つとされている。

燕は文法を中心に教えていた。英語の発音は綺麗な百代はこの教科になると他になく真剣に取り組んでいる。

 

 

「マルギッテ、ここはどうする~?」

 

「ここは述語が後半の“ran”なので………」

 

 

梁山泊を交えたことで廃ビルの一室では収まりきらなくなった。

ただ空気は悪い方向どころか寧ろ自然なものとなっており、マルギッテも気兼ねなく楊志に英語を教えていた。

あの後必死にご機嫌を取って何とか許して貰うことが出来たのだ。

 

 

「………よし、終わりっと」

 

「さすが源殿、早いな」

 

「源さんは集中力ありますからね」

 

 

男子勢の中では大和についで早く終わるのがこの男、源忠勝。

不良を自称する割には宿題や勉強をきっちりこなしている。先に終えていたとは言え、クリスや由紀江も感心するほどだ。

 

 

「おいクッキー。 直江と………一子の姿が見当たらねぇが」

 

「ああ、あの二人なら隣の部屋でみっちり教え込んでいるぞ」

 

 

やはり一子の英語の宿題の成果は特に芳しくなかったようで大和の特別指導が入ることになった。

マルギッテ相手では勝負を吹っかける癖が入る可能性があり、燕は百代と林沖を教えている。

となれば手が空くのは大和しかいない。その判断で彼が講師を買って出た。

 

 

「ワン子……その残念な頭脳を利用して大和と密室で二人きり……! 恐ろしい子!!」

 

「ええっ!? や、大和君は二人きりでそんな事を……!?」

 

 

その話を今聞きつけた京は憤慨していた。

どうやら宿題に集中していたらしく、大和と一子のフェードアウトには気付いていなかったようだ。彼女が集中すると周りが一切気にならなくなる。

今回はそれが裏目に出たようだ。そして京のあらぬ想像に感化され、林沖がその頬を染める。

 

 

「おいおい、さすがに勉強中はそんな事………ん?」

 

 

“女”に興味が無いと言えど、大和が節操なしではないことくらい知っている翔一が何とか場を宥めようとした時だ。

ドタドタと慌しい足音が聞こえてくる。

 

 

「み、皆大変!!」

 

「あれ、一子じゃないか。 どうしたんだ?」

 

「ひょっとして大和の勉強から逃げてきたクチ?」

 

 

多くの面々が予想したとおり、一子のものだった。

彼女の顔は汗と焦燥感に溢れている。事情を知らない史進と楊志はからかうような一言を繰り出した。

しかし、彼女は激しく首を横に振る。

 

 

 

 

 

「違うの! 大和が………大和が倒れちゃったの!!」

 

「なっ!?」

 

 

 

 

 

 

その報せを聞いて、百代は真っ先に飛び出した。

残りも一斉に後を追うように飛び出す。百代の視界にはソファの上で寝転がる大和がいた。確かに顔を赤くさせ、呼吸も荒い。だらだらと汗も吹き出ている。

百代は彼の額に手をあて、容態を確かめた。

 

 

「………見たところ、ただの風邪のようだな」

 

「そのようですね。 原因は………度重なる疲労でしょうか」

 

 

武道家として一応応急処置の心得がある百代は病状を見定めた。軍人として同じスキルを持つマルギッテも同意を示す。

同じように倒れた戦友を何度も目の当たりにしてきたからだ。

 

 

「大和、大和! しっかりして」

 

「落ち着いて京ちゃん。 ………私は薬を買ってくる!」

 

「では私は寮に帰ってお粥や大和さんの着替えなどを用意してきます!」

 

「ならば私は愛用のお香を! 回復効果があるんだ!」

 

 

危うく身体を揺らしかけたが、病人に刺激はNGだと気付き京も冷静になる。

燕もいつになく真剣な表情で秘密基地を出る。次いで由紀江も、大和の栄養分となれる食事を作るために寮に戻っていった。愛用のお香を持ってくるべく林沖も外へ駆け出す。

どちらも冷静ゆえの手際の良さである。その間、当然看病などはここにいる面々で請け負うことになる。

 

 

「私が大和の看病を! ………と言いたいけど大和のために心得のあるモモ先輩かマルギッテにお願いしたい」

 

「自分も賛成だな」

 

「そうね。 悔しいけどそれが一番だわ」

 

 

看病イベントはギャルゲーならば垂涎もののシチュエーション。

だが下手な看病をすれば悪化する可能性もある。さすがに大切な人の容態を自分の都合で振り回すような女性陣ではなかった。

 

 

「とは言え私は心得程度だからな………マルギッテ。 頼む」

 

「任せなさい。 ……お嬢様達は部屋に戻り、宿題の続きを」

 

 

大和を確実に治すためにも経験が多い人物に任せるほうが適任だ。そう判断した百代はマルギッテに頼んだ。

彼女も快く承諾してくれた上に部屋に戻るよう指示を下す。コクリ、と頷いた百代を筆頭に押し寄せた女性陣は一斉に部屋に戻っていった。

 

 

「さて、と」

 

 

マルギッテは早速水場に向かい、応急処置用のタオルを水でしっかりと濡らした。

戻ってきた彼女はそのタオルで大和の汗をしっかりとふき取る。更には差し入れとして持ってきたスポーツドリンクを傍においておく。

窓も開け、換気を行う。軍医ではないが、能力は優秀であるためマルギッテはこれらの手順をそつなくこなしていく。

 

 

「………あれ? 俺、は………」

 

 

その間に、大和は目覚めた。

未だに呼吸は荒い。が、先程に比べれば軽くなったようにも思える。だからと言って無理をさせるわけには行かず、いきなり身体を起こそうとする彼を優しく寝かせつけた。

 

 

「気がつきましたか。 貴方は倒れていたのですよ」

 

「ま、マルさん………」

 

「まだその名で呼びますか……いやもういい。 その名前で呼ぶ事を許可してあげましょう」

 

 

まだ冗談を言う精神的余裕はあるらしい。

とりあえず精神が不安定である、という事態では無いことに一先ずは安心し、少々むず痒い物を覚えながらもいよいよ愛称を認めてしまった。

クリスだけにしか許さない、その呼び名を。

 

 

「……今まで貴女が看てくれたんですか?」

 

「一通りは。 しかし松永燕は薬を買出しに、黛由紀江はお粥や着替えを用意、林沖はお香の準備です。 私だけではなく、彼女達にも感謝しなさい。 勿論完治した上で」

 

 

普段は自身の能力に鼻をかける言動もあるマルギッテだが、事実を曲げるような人物ではない。

決して一人の手柄にすることはなく、仲間達にも礼を述べるように伝える。

 

 

「………しかし、貴方も風邪を引くことがあるのですね」

 

 

ふと、そんな事を呟いた。

「馬鹿は風邪を引かない」―――――この国には、そんな言葉がある。この男、直江大和は頭も良く、戦闘訓練こそは積んでいないが贅肉などもつけていない体つき。

けれども、彼は「馬鹿」の一人としか思えなかった。

 

 

「な、何ですかその馬鹿を見るような目つき」

 

「直江大和………仲間やお嬢様達のためにここ最近は身体を張っていると聞きます。 戦闘経験もない貴方が……本当に、馬鹿だと思います」

 

 

勿論、この男には煮え湯を飲まされてきたこともある。先程だってからかわれたばかりだ。

それでも、直江大和は間違いなく「漢」だ。フランクやクリスが敬愛する「サムライ」その人に違いない。

 

 

「………はいはい。 どーぜ馬鹿ですよー」

 

「ふふっ。 むくれることもあるのですね。 苛めたいところですが………今は休みなさい」

 

 

熱で頭を支配されていることもあるのか、いつも鋭い大和にしては鈍感な発言だ。彼女の真意を読み取ることなく膨れっ面になってしまう。

弄られてばかりでは面白いわけがない、弄り返したくなる猟犬であったがここは堪え、看病に徹する。

 

 

「お嬢様達も宿題の続きをやっています。 貴方が起き上がる頃にはきっと驚くような成果が出ていることでしょう」

 

 

大和を安心させるような一言も沿えた。

安心したらしく、大和の膨れっ面もすぐに微笑みに変わる。それだけ仲間達が心配だったのだろう。こんな時にまで彼らを心配するとは。

マルギッテは、それこそが「彼らしさ」なのだろうと納得した。

 

 

「マルさん」

 

「何でしょうか」

 

 

唐突に大和が呼びかけてきた。何か欲しいものでもあるのだろうかと思い、応える。

すると彼は微笑んで見せた上で。

 

 

 

「ありがとう」

 

「っ!」

 

 

 

その一言を告げて、眠りについた。思わず肩が跳ねてしまうほどに感情が突き動かされるその一言にマルギッテは言い知れぬ何かを胸に抱いていた。

 

 

「な、何を突然………お礼は完治してから、だと言ったはずっ………」

 

 

無慈悲なドイツの猟犬は、間違いなく冷静ではなかった。だが不思議と嫌な気分はしない。かと言ってこのまま精神を乱したままにするのは軍人失格である。

深呼吸をして、心を落ち着ける。軍人として切り替えは得意分野。

―――少しは熱が下がったらしい、マルギッテは穏やかな表情になった彼の髪を少し撫でる。

 

 

「はぁ。 ……それにしても可愛らしい顔つきですね。 年相応と言うのでしょうか………」

 

 

嘗てドイツで行動していた頃、マルギッテは大和の父親の顔を見たことがある。直江景清、彼は現在EUの金融を動かす人物としてその重要度を認知されている。

写真やニュースで見かけた程度だが、明らかに「可愛い」などとは呼べない顔つきだ。きっと母親譲りの顔つきなのだろう。マルギッテの顔も、自然と緩んだ。

 

 

(卑劣で、狡賢くて……負けず嫌いで、優しく、仲間思い………か)

 

 

前回の一悶着の後、クリスからそんな評価を聞いた。この秘密基地を取り囲んで、ドイツ軍の精鋭部隊を持ち出してまでのクリス奪還のための戦い。

マルギッテは、大和を認めていた。同時にどこか腑に落ちない点もあった。だがそれが今、まるで昇華しているかのようにふんわりと、その疑問が解けていく。

 

 

「私に兄弟はいませんが………まるで弟みたいですね」

 

 

―――――猟犬は、微笑んでいた。

まるで可愛い子犬を世話しているかのように。その間もマルギッテは噴き出している彼の汗をふき取るなどの世話は欠かしていなかった。

ふと、そんな彼に親近感を持った。友情とも違う、愛情とも違う、恋慕ともまた違う。でも、唐突に呼びたくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

「………大和」

 

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

「はいはーい。 納豆小町華麗に参上っ」

 

「ッ!! い、いつからそこに!?」

 

 

 

するとわざとらしさ全開の態度と声色とテンションで燕が部屋に入ってきた。

早くも薬を購入してきたらしく、これみよがしにそれを見せ付ける。

怒鳴るようにしてマルギッテはそれを受け取り、掌に乗せた。軍人として眠った状態の相手でも錠剤を入れる訓練を施されており、それを生かして大和を起こすことなく薬を飲ませた。

 

 

「んー? マルちゃんが大和クンを愛おしそうな目で見てた時かな~?」

 

「だ、誰がマルちゃんですか! それと愛おしそうな目とは何です!」

 

 

この納豆小町、サド気質があるらしい。先程の様子をネタに散々弄ってくる。

マルギッテもトンファーを用いてその口を塞ぎたかったが今は病人の手前、騒ぐわけには行かなかった。

 

 

「ま、これで大和クンも回復するよね」

 

「ですね。 しっかりと休息と栄養をとれば」

 

 

幸い症状としては軽いものだ。

比較的早い段階で治ると確信している。改めてそれを認識した燕は肩の荷を降ろしたかのように深く息を吐いた。

 

 

「おやおや? 納豆小町は必死になるほどに直江大和が心配だったみたいですね?」

 

「っ! ほっ、ほっほぅ………マルちゃんもさすがの噛み付きよう……」

 

 

一方でマルギッテもしっかりと反撃した。

図星を突かれたらしく、燕は顔にこそは出さないものの少しだけ動揺を見せていた。

ドイツの猟犬は、この男以外には隙を見せない。燕も反省したそぶりを見せて部屋から出ようとした。

 

 

 

 

 

「……マルちゃん、大和クンを見てくれてありがとうね」

 

 

 

 

ちゃんと、お礼の言葉を残して。マルギッテも今度は、微笑んで返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁ~っ………よ、良く寝た………」

 

「起きましたか直江大和。 ……ふむ、35.5度……大分下がったようですね」

 

 

次に大和が目を覚ましたとき、部屋は暗かった。

どうやらもう夜が訪れていたらしい、部屋の明かりは蝋燭だけが頼りだった。廃ビルであるため電気も通っておらず、大和はぼんやりとした視界の中、ようやくマルギッテを黙認できた。

彼女は大和の脇に刺してあった温度計を目にする。かけられている毛布や新しい着替え、そして保温鍋に入れられたお粥は由紀江が持ってきてくれたもののようだ。部屋に漂う心地よい香りは林沖が用意してくれたものらしく、気分が楽になる。

 

 

「うん、おかげさまで」

 

「今回は軽めの症状だから回復も早いほうです。 しかしこれを機に無茶をすると我が身を滅ぼすという事を戒めとしなさい」

 

 

確かにここ最近は無理を押し通す日々を送ってきた。

大和も気休めは大事だな、と認識させられた。とここで多くの足音が聞こえてくる。

 

 

「大和さん! ご気分の方はどうですか?」

 

「まゆっち、皆。 うん、おかげさまで。 本当にありがとう」

 

 

真っ先に入ってきたのは世話上手な由紀江だった。

その後もファミリーの仲間達や燕、梁山泊も心配して覗き込んでくれる。大和はしっかりとお礼を述べた。

 

 

「お腹の方は空かれていませんか? 食欲があるのでしたらお粥があります」

 

「それじゃ貰おうかな」

 

「はいっ!」

 

 

しっかりと大和を看病出来て尚且つ文字通り美味しいポジションに食らいついていると京を始め羨望の目線が集中した。

だがそれをさて置き、今度は一子が駆け寄ってくる。

 

 

「大和見て見て! 宿題殆ど終わらせちゃった!」

 

「マジか!? ……おお、本当だ……」

 

「当たり前よ! ………まぁ、今まで大和に無理言ってきたのは事実だからな」

 

 

一子は自信満々に告げる半面、岳人のようにしおらしさも見せた。

どうやらここ最近無理強いしてきたことに責任を感じているらしい。大和も「そんなことはない」と言っておきたかったが、困っていたのも事実。

敢えてうんうん、と頷いておいた。

 

 

「でもちゃんと答え合わせしてるんだろうな」

 

「安心しろ大和。 この私と松永燕、マルギッテが責任を持って確認した」

 

 

それでも間違っていたら意味がない。そこだけが不安であったがクッキーがそれをすぐに払拭してくれる。

ただその間、相当厳しく当たったらしく岳人の震えようが尋常ではなかった。

 

 

「でよ、今までの詫びってワケじゃねぇけど」

 

「花火買ってきたんだ。 ……勘違いすんなよ、俺じゃなくてコイツらがやりてぇって……」

 

 

翔一と忠勝の手には大量の花火が握られていた。勿論費用はここにいる全員で出し合った。

線香から打ち上げ花火まで多種多様だ。勉強尽くしの一日もいいが折角の夏休み初日。遊んで終わるというのも悪くは無かった。

お粥を全て平らげた大和は重たい腰を持ち上げる。

 

 

「………おう! 俺も大分治ったし皆で花火だ!」

 

 

大和の一言で皆が一斉に外に出た。勿論彼らの中には大和に対する申し訳なさも存在する。が、それを引きずって気分を壊すような者達ではない。

逆に盛り上げ、楽しむことでそれを晴らそうとしている。大和も彼らの気持ちを汲んだ。

病み上がりである大和は彼らみたいに激しく動くことは出来ないため、由紀江と京の手を借りつつ階段を下りる。

 

 

「ではこれより! 夏休み初日記念の花火大会をやるぜーっ!!」

 

 

廃ビルの駐車場に出ると既に翔一が今日のために買ってきた花火を所狭しと並べていた。

ありとあらゆる花火が揃えられており、二時間はたっぷり遊べる。

消火用の水も忠勝やマルギッテが用意してくれており、安全面も十分である。

 

 

「よーし! 大和、おねーちゃんが綺麗な花火を見せてやるからな」

 

「最悪消防や川神院が出動するからやめなさい」

 

 

大和の回復、宿題の除去、そして大量の花火と百代のテンションはMAXだった。

ただ彼女の言う花火は気弾を打ち上げて破裂させる芸当だ。流れ弾が飛ぶ可能性も――――そんなコントロールが出来ないような武人ではないとは知ってはいるが――――ある以上勧められなかった。

 

 

「ならば夏休み記念に私達梁山泊に伝わる花火の舞を見せよう!」

 

「おお、アレやるんだね! こりゃワクワクしてきた」

 

「OK。 皆さんおひねりの容易を。 勿論おひねりはパンツに包んでね」

 

 

林沖達も花火は大好きらしく、テンションを上げていた。

武道の達人が見せる舞踊は激しく、可憐で、美しかった。まるでサーカスを見ているかのような武芸と花火の美しさのコラボレーションに目を奪われる。

三位一体の舞が終わり、林沖が一礼する。途端に辺りが拍手に包まれた。

 

 

「大和君、どうだった………かな?」

 

「うん! 綺麗、ド派手、かっこいい! 梁山泊凄ぇよ!」

 

「そ、そうか。 良かった……!」

 

 

恩人である大和からも大絶賛を得られたことで林沖の気分は高揚する。

と、ここで対抗意識を燃やすものが二人。

 

 

「何をー! アタシだって風間ファミリーに伝わるダンスくらいあるんだから!」

 

「自分も負けてられぬ! 大和、お前は存分に楽しむがいい!!」

 

 

一子やクリスも手持ち花火を片手に負けじと向かう。勝負事大好きな二人はここでも梁山泊と張り合うらしい。

ただ、ライバル心が働いていることもあって微笑ましく思うしかない。

 

 

「おいおい。 花火でダンスもいいけどよ、男ならドカドカ打ち上げ花火だろうが!」

 

「ガクト分かってるねぇ! 俺も打ち上げ花火は大好きだぜ!!」

 

 

派手な演出を好む岳人と翔一は大量の打ち上げ花火を抱え、設置を始めた。夜空を美しく、そして大きく彩る打ち上げ花火もまた夏の風物詩。

クリスと一子の息の合った花火のダンスの間、それがせっせと進められる。彼女達が踊り終わると同時に、それは打ち上げられた。

 

 

「たーまやー! かぎやー!!」

 

「うん、やっぱり花火は最高! 西の花火は派手だったけど、川神の花火もいいね!」

 

「ドイツでも花火は芸術と称される………しかし、日本の花火はレベルが高い」

 

 

百代と燕は打ち上げ花火に目を奪われていた。まさに年相応、と言う言葉が相応しいように可憐で可愛らしかった。

彼女達とは少し違った観点ではあるがマルギッテも花火は好んでいるようだ。

 

 

「おっ、お前ぇらの花火だったかバッキャロー!!」

 

「店長! どうしたんスかこんな所で」

 

 

すると近くを通りかかったらしい中年が近寄ってきた。翔一のバイト先の店長である。

今日も江戸っ子口調は変わらないが顔が赤い。屋台か何かで酒を飲んできたばかりらしく、その帰り際花火を目にしたようだ。

 

 

「いやー夏と言えば花火、お前ら良く分かってんな! 俺も見物させて貰う代わりにホレ、知り合いからたこ焼き大量に貰ってきたからやるよ!!」

 

「ありがとうございます。 ではこれを焼きながら花火と行きましょう」

 

 

店長らしい粋な計らいだった。

江戸っ子口調だけあって花火が大好きらしく、そのまま近くのフェンスに腰掛けた。そして貰ってきたと言う大量のたこ焼きの箱を渡す。

勿論市販の冷凍食品ではあったが、この雰囲気においてこれ以上ないくらいのアイテム。早速由紀江が非常用に取っておいたガスコンロとフライパンで焼き始める。

 

 

「おー! 花火だ花火ー!」

 

「ユキ、お前も来たのか」

 

 

今度は反対側から榊原小雪がやってくる様子を岳人が目にした。

相変わらずの脚力で一気にこちらに接近してくる。

 

 

「夜中の散歩をしていたら大和達を発見したのだー!」

 

「そっか。 ユキは花火好きか?」

 

「僕はどっちかっていうと冬花火が好きだけど、夏の花火も好きー」

 

「じゃ、折角だから一緒に楽しもうぜ」

 

 

そう言って大和は手持ち花火を差し出す。

目を輝かせながら小雪は受け取り、火をつけた。噴き出す色とりどりの火の粉が美しく、見る者の心を満足させる。

小雪も久々の花火を心から楽しんでいるようだった。

 

 

「んじゃ俺もとっておきのビックリ花火を見せます………か!」

 

 

大和も同じ手持ち花火を選択し、火をつけた。

だが火をつけたそれを、何と水が大量に入っているバケツの中に突っ込んだ。

 

 

「ちょ、大和!」

 

「そんな事をしたら花火が勿体無………」

 

 

慌てて史進とクリスが止めようとする。

が、花火は何と水の中でも勢い良く燃えていた。正確には花火の周りを空気の幕が覆い、その中で燃えているといった様子である。

こちらも他の花火には無い仰天さと面白さで惹き付ける。

 

 

「ねぇ燕さん、これってどういう原理?」

 

「花火の中には”硝石”というのが含まれていてね、これが熱反応で酸素を作り出すから水中でも酸素が遮断されず燃え続けることが出来るんだよ」

 

 

頭脳明晰な燕が一子の問いにパパッと答えてみせる。

原理を説明されても一子はイマイチ理解していないようだったが、とにかく気を応用するようなものではないことだけは分かったようだ。

 

 

「おー、俺も昔の頃は良くやった! 他にもカンシャク玉をよ、学校の椅子に仕込んで鳴らさせるとか、車のマフラーにつめるって悪戯やってたぜ!」

 

「店長さん、以外にガキ大将だったんだね」

 

 

楊志も意外そうに見た。

ただ何となく気持ちは分かる、とガキ大将であった岳人はうんうんと頷く。

 

 

「皆さん! たこ焼きが焼けましたよー!」

 

『夏と言えばやっぱりたこ焼き。 異論は認めない』

 

 

いよいよたこ焼きも焼けたらしく、由紀江が配ってくれる。

市販の物とは言え、夏を代表する食事の大判振る舞いに誰もがそれを美味しそうに頬張る。

 

 

「みんな~。 折角だから川神水も開けちゃおうよ」

 

「おっ、いいねぇいいねぇ! 夏の夜はハイテンションだ!」

 

 

第一形態に戻ったクッキーが大量の川神水の瓶を持ってきてくれた。

時々風間ファミリー内でも見青年のための飲み会をすることがある。そのために溜めておいたものだがここで飲まずしていつ飲むと言わんばかりに百代が蓋を開ける。

 

 

「ほら大和。 たーんと飲めよ」

 

「ありがとう姉さん」

 

 

だが彼女が口にすることはなく、真っ先に大和のグラスに注がれた。

ありがたく受け取り、川神水を一口。甘く、飲みやすい味わいが口の中で広がり、身体を軽くさせる。彼は病み上がりの身ではあるが、川神水はあくまでただの水。健康に害は無い。

 

 

「さぁ燕! 林沖! お前達もたくさん飲めー!! そして乱れろー!!」

 

「乱れはしないけど頂きます!」

 

「私も頂こう。 ………うん、これは美味しい………」

 

 

大和が美味しく川神水を口にする瞬間を目に出来て、百代は幸せそうだった。

次に最近仲良くなった燕と林沖のグラスにも川神水を注ぐ。

二人の飲み方もまた違い、燕は元気良く、林沖は川神水初体験だったようでおずおずと飲んでいた。

 

 

「ウェェェーイ! 大和~~~飲んでる~~~?」

 

「ユキ? お前大丈夫か? ぶっ飛んでないか?」

 

「大丈夫ウェェェイ! ウェェェェイ!! ウェエエエエエエエエイ!!!」

 

 

そして川神水はこの場にいる全員に行き渡った。

川神水と言えばクリスのテンションが物凄いことで有名だが、小雪のテンションはそれにも並ぶ勢いだった。

普段は明るく振舞う彼女だがSクラスでもこんな壊れ方はしないらしく、マルギッテも唖然としている。

大和の少し心配になってしまった。

 

 

「ん~ふっふっふ。 小雪ちゃん、隙を見せると狼様に襲われるぜ~!?」

 

 

酔っている相手にならタッチはいけると考えたらしい。

岳人が腕を振り上げ小雪に接近する。

 

 

「そんな事無いよ~? 玄武・概ね宿星禊ぎ昂龍ー!!」

 

「ぶぼべっ!!!」

 

「ああっ! ガクトがヌンチャク使いの必殺技で吹っ飛ばされたー!!」

 

 

だが小雪も戦闘力を持つ女子として簡単に触れさせるわけが無い。

突進を避けつつ、どこかの格闘ゲームで見たような飛び蹴りで岳人を吹き飛ばした。とても痛そうではあるが襲ってきた岳人も岳人なので皆笑っていた。

それに普段百代の制裁を受けている彼は耐久力も高く、これくらいでは倒れはしない。

 

 

「アハハッ、岳人君も面白いね~」

 

「あれ? 燕さんも少し酔いが?」

 

「ん~意識は保ってるけど、まぁ効くってカンジかな~?」

 

 

一方、燕も普段の明るさに陽気さが加わっていた。

何だかんだで川神水の力は凄いと感じる大和である。あの燕ですらこれなのだから、普段はしとやかな林沖はどうなってしまうのだろうか、と気になり辺りを見渡す。

 

 

「う、うう………大和君~~~」

 

「ぬぉ!? 林沖さん泣き上戸か!? よーしよし………」

 

 

そう言えば林沖はどこか涙もろい。

酒の力を借りるとそれをせき止めていた理性をも崩したらしく、彼女の涙を溢れさせた。しかもその状態で大和に抱きついてきたのだ。

通常の男子であれば驚きと喜びでパニックに陥るが大和は常日頃、百代と京の女体を耐え切った来た。その体勢のおかげで何とか理性を落ち着かせ、泣き止むまで頭を撫で続ける。

 

 

「くー………くー……」

 

「どうよ、泣き上戸も寝かしつけるこのテクは」

 

「堂々と宣言することではないと思いますよ大和さん」

 

 

由紀江からも突っ込まれてしまった。

さて、そうしている間にも時間は経ってしまう。天高く上っていた満月も、傾いてしまっていた。無論まだ夜明けには早い。が、夜は遅い。

残る花火は残り数本となってしまった。

 

 

「残ったのは……線香花火だけか」

 

「何だよ、随分地味なのが残ったな」

 

 

忠勝がそれを摘み上げた。

線香花火―――――パチパチと、静かに火花を散らす儚い炎。今までの花火に比べれば確かに派手さも無ければ輝かしい色も無い。岳人は少々残念そうである。

けれども嬉々として京と卓也はそれを手に取る。

 

 

「分かってないなぁ。 線香花火のこの美しさ、そして切なさを」

 

「僕も派手な花火は好きだけど、線香花火も大好きだよ。 ギャルゲーでも一枚絵のあるシチュエーションだしね」

 

 

切なく、短く、そして美しい――――。それこそまさに花のように。

それを味わえるのが線香花火。控えめな性格である京と卓也好みと言える。卓也の場合は少し違うのかもしれないが。

 

 

「嬢ちゃん達分かってるじゃねぇか。 俺もよ、花火のシメといえば線香花火にしてたんだ。 これがまた泣けてよぉ………」

 

「店長、だったら一緒にやろうぜ」

 

 

昔を思い出したらしく、酒を飲んでいる影響もあって今の店長は涙もろかった。

最後くらい参加して欲しい、と残っている線香花火を翔一は彼に握らせる。まるで親父を放っておけない息子のような図だった。

それが更に涙を誘ったらしく、彼の涙腺を緩ませる。

 

 

「私も線香花火は好きだぞ」

 

「アタシも! 消えるな~消えるな~っていつも念じちゃうのよね」

 

 

川神姉妹も線香花火を手にした。何だかんだ言いつつも皆線香花火には思い入れが深いようだ。

優しく、静かに灯り続ける火の花に思いを馳せる。

 

 

「マルさん! この際だ、皆でやろう!」

 

「はい。 ……最後くらい、楽しんでおくか……」

 

 

今までは傍観に徹していたマルギッテも、いよいよ手を引かれて参加した。

最も参加したかったらしく、大和より線香花火を受け取った彼女の顔は嬉しそうだった。

 

 

「ほーらリン、起きる起きる!」

 

「ん~……? んぅ………せんこう、はなび………?」

 

「これがラストらしいさね。 起き抜けで悪いけど、最後は一緒に楽しもう!」

 

 

梁山泊の仲良しトリオも当然の如く参加する。

さすがに林沖の酔いも覚めてきたらしく、最後と聞かされては乗り遅れるわけには行かない。いつ火が付けられるか、胸を弾ませている。

 

 

「線香花火…………去年までは妹と一緒にしてました………」

『まゆっちの涙が線香花火に染み込んだ時は更にしみったれた空気になったもんだぜ……」

 

「ほらほら由紀江ちゃん。 今年はこんなにステキな仲間がいるんだから、そんな暗くなるようなこと言わないナットウ!」

 

 

昔を思い出していた由紀江は、店長とは別の意味で泣いていた。

だが明るい燕の発言のおかげで、もう胸のうちに抱える寂しさとはさよならできる。由紀江は本当の意味で笑顔を向けていた。

こんなにも素敵な友人達と共に花火を、そしてこれからの時間を楽しめることに。

 

 

「大和~。 皆に配ったよ」

 

「こっちも終わったよ」

 

「ありがとうなユキにクッキー。 それじゃ一斉につけるか!」

 

 

全員の手に線香花火が行き渡った。当然小雪とクッキーの手にも線香花火がある。

それを確認し、全員が花火に火をつけた。

始めはとろり、と熱を灯った玉が静かにしているだけだったが徐々にパチ、パチと火花を散らす。

 

 

「おー! キレイ~………そう言えば孤児院でもタッちゃんとよくやってたわ~」

 

「あ、ああ……そうだな………」

 

 

一子は無邪気にはしゃいでいる。それに比べ忠勝は言葉を少し濁した。

言える訳が無い、その時は花火ではなく、花火に照らされる一子を見ていたなどとは。

 

 

「これこれこれよ! やっぱ花火っつうのはしんみりさも重要なんだよ」

 

「確かに」

 

 

店長と京という珍しいツーショットが出来上がっている。

どちらもこの花火の美しさに共感しているようだ。今日の一件を通して、京の閉塞感も大分払拭できたようだ。

 

 

「マルさん、自分の線香花火をくっつけよう!」

 

「ええ。 ………ふふっ」

 

 

線香花火の特徴はそれだけではない。

先の、玉の部分を引っ付けると互いが結合し、更に大きな玉になる。それがまた面白く、そして意味深だ。

マルギッテも口数は少ないなれど、楽しんでいるようである。

 

 

「よーし!! 誰の線香花火が最後まで持つか勝負だー!」

 

「あー! そんな事を言っている間に僕のが落ちた………」

 

 

そして線香花火の楽しみの一つとして、いつ落ちるか分からないと言う点がある。

翔一はそこで勝負を持ち掛けた。誰の線香花火が一番長く保っていられるか。その間にも卓也の線香花火がポトリ、と落ちてしまう。

 

 

「お、私のもだ…………」

 

「俺様のもか………嗚呼、切ねぇ……」

 

 

立て続けに百代と岳人の線香花火も地面に吸い込まれてしまった。

地面に落ちると輝きは失われ、その人物の周りはフッと暗くなる。それが切なさを呼び込む要員にもなっている。

 

 

「あ………私のも」

 

「林沖さん、泣いてますよ………って、私の花火も………」

 

 

林沖、そして由紀江の花火も。

切なさは涙腺を緩ませる。元々涙もろい林沖は、それに涙しないわけが無かった。由紀江も何だかんだ言いつつ、涙を浮かべている。

周りの面々の花火も、次々と落ちてしまっていた。

 

 

「残る花火は……バンダナの花火と」

 

「大和クンの花火だね」

 

 

まだ灯り続けている線香花火は、僅か二本。

大和と、翔一の持っている花火だけである。周りはすっかり暗くなり、この二本だけが光源となっている。

パチパチ、と静かに輝き続ける線香花火。誰の目をも奪う、美しく、儚く、淡いその輝きの一つがとうとう地面に落ちた。

 

 

「あー、落ちちゃったか………残るは大和だな。 まさにシメの一本ってワケだ」

 

 

翔一のものだった。

勝負としては大和の勝ちになり、胸を張りたくなる。しかし今はそれよりも、ただこの輝きを楽しんでいたかった。

 

 

「それにしてもこの花火、よく持つな~」

 

「持ち主に似ているんじゃない。 一本筋の通った、って」

 

「だとしたら俺はワン子とクリスに負けてなくちゃいけないだろ」

 

 

未だに光り続けている線香花火。

大和の持つそれを、クリスと一子は比喩をつけて評価した。謙遜する大和だが、周りの誰もが否定する。

皆、大和が一本筋の通った人間だと認めていた。

 

 

「………なぁ、みんな」

 

 

唐突に大和が声を発した。

 

 

「まだまだ夏休みは始まったばかりだ。 でもさ………」

 

 

夏を題材とする物語や小説には、良く花火が演出として用いられている。

中でもこの線香花火は卓也の言うとおり、最後に使われることが多く、その切なさは美しさとなり、シーンを引き立てている。

しかし今回はまだ夏休み初日。夏を迎えたばかりだ。これで終わりではない。それでも、大和は言いたかった。

 

 

 

 

 

「………また、花火しようぜ。 ………皆で」

 

 

 

 

 

誰もが縦に頷いた。この輝きを、忘れることは無いだろう。去年までは、見慣れた面々のみの花火が今年はこんなにも顔が増えた。

無論全員が風間ファミリーではない。けれども、確かに繋がりは出来た。心地よいその繋がりを絶つ事は誰にも出来ない。だからこそ約束する。

“また”、“皆で”。

 

 

 

 

 

 

そして大和の花火も、切ない音を立てて地面に落ちた。

 

 

 

 

 

「………終わりだな。 あー楽しかった」

 

「ホントホント。 大和が倒れちゃった時はどうしよーって思ったけど」

 

 

当然、片付けは忘れない。

輝き終えた花火もしっかりと水をつけ、出火の原因とならないように念を入れる。京などの夜目が利く面々には周りに花火の燃えカスなどが落ちていないかの点検をさせる。

その間に、花火をしっかり水につけゴミ袋に放り込んでいく。

 

 

「立つ鳥跡を濁さす………日本人の和の心だな」

 

「いやこれ日本人じゃなくてもマナーだからな」

 

 

クリスの能天気な発言にツッコミを忘れない百代であった。

何気ないこの会話を微笑ましく思いつつ、大和は同じく後片付けをしているマルギッテに尋ねてみた。

 

 

「マルさん」

 

「何でしょうか直江大和」

 

「今日は楽しかった?」

 

 

今日一番世話になったものとして、やはり気になったのだ。

マルギッテは、少し悩んだ。悩んだと言うのは楽しんだかどうかでは無い。ただ感情を素直に出していいものかどうか、だ。

軍人として、一瞬たりとも隙を見せてはならない。――――そんな彼女の気質を読み取った大和は、質問を変えた。

 

 

「マルさん。 俺は軍人じゃなくて、一個人の貴方に聞いてるんです」

 

「っ!」

 

 

今彼は、マルギッテを軍人等ではなく、一人の女性としてみていた。

ここまで、マルギッテの殻を破ってくるものはいない。いるとすれば精々クリスくらいのものだ。

それをこの男はあっさり破ってしまう。

―――――降参するしかない。マルギッテはそう悟り、微笑んだ。

 

 

「……はい。 楽しかったです」

 

「そりゃ良かった」

 

 

大和は、そう微笑み返した。

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ところで直江大和。 何か一つ忘れていませんか?」

 

「へ?」

 

 

しかし弄られてばかりの猟犬ではない。

逆襲と言わんばかりに意地悪げな表情に加え、何やら意味深な言葉を投げかけてきた。

一体何の事か悩んでいると、肩に手を置かれる。それは百代の手だ。だが彼女だけではなく、風間ファミリーや梁山泊、燕までもが不気味な笑顔を貼り付けている。

 

 

「大和。 これ、何でしょう?」

 

 

代表して京が取り出した。それは一冊の問題集。

 

 

「何って、それは夏休みの宿題…………あ!!!」

 

 

そこで彼は気付いてしまった。

―――――指導と風邪と、花火にかまけて宿題がまだ終わっていなかったことに。

 

 

「へへん、軍師大和君。 頑張ってくれたまえよ」

 

「俺達はもう宿題終わったしな~。 ぶらり旅にでも出かけるぜ!」

 

「僕もスグル達と一緒にオンラインゲームでオールするしね~」

 

「おかげさまで俺もオヤジの手伝いに集中できるぜ」

 

 

立場逆転、と言わんばかりに男性陣は上から目線だった。しかも話の流れからして誰も助けてくれないようだ。

女性陣も申し訳なさを覚えつつも、苦笑い。やはり助けてくれないらしい。

 

 

 

 

「何なんだよこのオチは―――――――!!!」

 

 

 

 

一人の少年の絶叫と共に、夏休みは始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

本当に続く




どうも、線香花火もいいけどやっぱり打ち上げ花火が一番大好き!テンペストです。
今回はギャグ成分多めにしてみました……がやっぱりチヤホヤ入っちゃうのね……orz
でもまじこいらしくなっているのならそれでいいや!と開き直っちゃいます。
今回の話は私のとある夏休みの経験が元ですが、風間ファミリーのコミュニティを広げることに重点を置いた話です。
それに当たって最近繋がりの少なかったマルさんを出しました。この話を中心にマルさんも軍師のテリトリーに入っちゃったカモ?
そして何気に準レギュラーとなりつつある燕さん。テンペストは何だかんだで好きなキャラ出しまくる傾向にあるなぁ………もっとオールな話を今後も書いていこうと思います。

因みに皆さんは夏休みどうしてましたか?自分は泳いで、縁日で遊んで、食べまくって、そして宿題に追われる日々でした。皆さんも気をつけてね。
さてお待たせしました。次回からは由紀江編になります。どうかお楽しみに!

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