第三十話 想い ~黛由紀江~
貴方は、初めて私に手を伸ばしてくれました。
初対面でぶつかってしまっても、私を心配してくれたあの笑顔……とても温かいです。
その後通報されてしまったりもしましたが………貴方は私を受け入れてくれました。
私のために色々手助けしてくれたおかげで私は風間ファミリーの一員。
そして………伊予ちゃんや不死川さんともお友達になれました。
こんな私のために、助けてくれたり、教えてくれたり、微笑んでくれたり。
頭がよくて、優しくて、凛々しくて―――――いつも私を安心させてくれる。
そんな貴方に私は………恋をしました。
あの優しく、温かい笑顔の傍にいたい。この想いは………もう止められません。
大和さん………いつまでも、この黛由紀江は貴方をお慕いしています。
☆
「なるほど~。 それがまゆっちが直江先輩に惚れたワケか~」
「ヒュホホ。 初心じゃのう」
「う、あうぅ………」
―――――ここは川神市内に存在するイタリア風商店街『ラ・チッタ・デッラ』。その中でも特にオシャレと評される喫茶店。
そこでは三人の女子が他愛もない会話をして過ごしていた。
「しかし直江大和がそんなにいい男なのかのぅ………」
「不死川さん、余り大和さんを見下さないでくださいね」
「わ、分かっておる。 癪じゃが、此方達の友情に一役買ってくれたのじゃからな」
(へぇ~。 不死川先輩もこんな風に扱えるなんて直江先輩って凄いんだ~)
黛由紀江。風間ファミリーの新参者にして武道四天王の一人。しかしその実態は友達が少ない、内気な女の子。そんな彼女の眼の前にいるのは、念願のお友達である大和田伊予。
頼れる先輩の援護があったとは言え、彼女にとって初めて自力で友情を築きあげた人物でもある。
そんな彼女の隣では最近出来た友人でもある不死川心が座っている。彼女もまた友人が少ない人間であったが、由紀江が友達となったことで更に伊予とも仲良くなったようだ。
今は俗に言う恋愛トークに花を咲かせていた。
『へいGilr、満足したかい?』
「うん。 まゆっちのメロメロ具合がよくわかったよ」
「まぁ、どれも目にした事のある点じゃしな」
伊予はかなり寛容な人物で、常人であれば避けるであろう松風の存在を許容している。
この松風こそがある意味由紀江にとって友達が出来ない原因の一角となっているのだが、それでもこの伊予は気にもしていない。
また、心も然程気にしていないどころか意外に馴染んでいるようだ。
「でもそれだけカッコイイ先輩ってことはライバル多いんじゃない?」
「え、ええ……京さんという女性はそれはもう毎日のように大和さんにアタックしていますし……」
「椎名か。 学園内でもよくアピールしておるな」
ライバルと呼べる人物としては真っ先に椎名京の名があげられる。
何せ大和に惚れてもう10年以上になる。実ったその女体を活かした告白大作戦を毎度行っている上にその想いは本物。それを避け続けている大和も大したものだと由紀江は改めて感心する。
だがそれだけで諦め切れる乙女心ではない。
「モモ先輩はよく大和さんにひっついていますし………」
「へ~。 確かにあの人、直江先輩によく抱きついちゃってるよね」
「一子さんは大和さんの調きょ………じゃなくてスキンシップを受けていますし、クリスさんも積極的ですし」
先程までの紅潮させた顔とは真逆に、少々拗ねたような顔をする由紀江。
礼儀正しく、優しいと評判の彼女でも妬いてしまうことくらいはある。そしてそれは思ったよりも顔に出るものだ。
伊予は彼女の表情からどれだけ大和を慕っているのかが窺えた。
「風間ファミリーの女性陣全員から好意とは………何と言う男じゃ」
「でも大和さんはとても誠実な方で、真剣に好きにならないとお付き合いしないって公言されていますし………」
由紀江が今一つ踏み込めない原因はそこにもある。
あまりにも誠実すぎる故に勢いで誰かと付き合う、という行動に踏み込んでくれないのだ。もし節操なしであれば真っ先に京と付き合っていても可笑しくは無い。
だからこそ、由紀江は軽々しく行動は愚か言葉にも出来ない。
「ではお主はこのままで良いのか?」
「そんな事はありません! ……あ、す、すみません!」
思わず机をバン、と叩いてしまった。
その衝撃でこの喫茶店内が静まり返った。我に返った由紀江は必死に二人に謝る。
「良い。 寛大な此方はそなたの友人である故に許す。 寧ろここで強く否定しないようでは寧ろ呆れていたわ。 その程度の想いか、とな」
「ですね。 もう恋するまゆっちが可愛いよ~!」
友人二人は寧ろ、怒らなかった場合こそ怒ったようだ。
普段は他を見下す心も、由紀江達の前ではよき友人となれている。
「で、普段はどのような行動をとっておるのか?」
「そうですね………お茶を淹れたり、お弁当を作ったり……」
「何じゃ、割と積極的では無いか。 これで靡かぬ直江の気が知れぬわ」
心は唸っている。
行動率だけでいえば、由紀江も京や百代に次ぐくらいのアピールをしている。
持ち前の家事スキルでどれだけ大和を助けてきたか、どれだけ感謝されてきたか。手応え自体はある、と由紀江は断言できる。
しかし大和はそれだけで恋に落ちるような、尻軽ではない。
「う~ん………確かに家庭的な部分はアピールできているけどあと一歩足りない……」
伊予は冷静に分析していた。由紀江も行動してはいるがあくまで控えめであることに。
どうやら自覚はあったようで思わず声を漏らしてしまう。
「ならここはまゆっちも積極的にならないと!」
「と、言いますと………?」
『なるべくオブラートなので頼むぜ~』
ふっふっふ、と不適に微笑む伊予。
何事かと耳を近づけた心にも彼女の考えが伝えられた時、黒い笑顔に染まった。由紀江と松風は恐怖で震えている。
そしてその後、ブラウソ監督も驚きの
☆
日が暮れて、ここは川神にひっそりと建っている廃ビル。
ここに一組の少年少女達は集まっていた。風間ファミリー、と称されるその仲間達は金曜日に秘密基地であるこの廃ビルに集う。これを金曜集会と呼んでいる。
現在はその一室に仲間達が誰一人欠けることなく、ムーディーな音楽と共に寛いでいた。
「はい大和。 宿題お疲れ様」
「サンキュなクッキー。 やれやれ、まさか俺がファミリー内で最後に終わることになろうとは」
卵型のお世話ロボであるクッキーは体から冷やしたコーラの缶を少年に渡した。
直江大和――――ある意味で風間ファミリーの中心人物。その卓越した頭脳と危機回避能力、時に見せる男気で仲間達を支えてきた軍師。
彼の一挙一動、一言一句はこのファミリー内の女子達の目を捕らえて離さない。
「わーい! 大和の膝の上久しぶり~!」
「お、おいワン子。 コーラが零れるだろうが」
元気よく彼の膝の上に飛び乗ったのは川神一子。
いつも明るく元気一杯なファミリーのマスコットキャラ。今日も犬のような人懐っこさで大和にじゃれ付いている。女性陣という意味ではファミリー最古参。
大和との付き合いも長く、その分スキンシップも長い。
「お~っと大和。 妹ばかりかまけてたら、お姉ちゃん妬いちゃうぞ☆」
「モモ先輩が後ろからなら、私は前からイク!!」
「姉さん絞まる絞まる!! ち、近すぎるぞ京!! た、助けてくれクリス!!」
「ほらモモ先輩に犬、それに京。 やりすぎだぞ。 大和から離れてくれ」
そんな彼の後ろから魅力的な肢体が乗っかってきた。川神百代である。
彼女は大和を弟分と扱ってはこのように過剰なスキンシップを繰り返している。対する椎名京は大和に一途故に自らの肉体をぶつける事を厭わない。
いよいよ大和も危険だと感じたのか、クリスに助けを求める。誠実な騎士として、何より大和に惚れている一人の女の子として三人を引き剥がした。
「………可笑しいなぁ………金曜集会って、涙を飲むところだったっけ」
「だからって露骨な嫉妬と涙は見っともねぇぞ島津」
「ゲンさんの言うとおりだよガクト」
反対の席では岳人が寂しそうな声と視線、そして涙を送っている。
大和一人だけがモテているこの現状が何より理不尽らしい。一方出来た人間である忠勝はため息をつきながらも同情の色を見せる。
お茶を飲みながら卓也も落ち着かせようとするが、一番の親友である彼の声でも岳人の涙は止まらない。
『さーて!! 全員揃ったところで金曜集会、始めるぞぉぉぉーっ!!!』
「キャップ!? 俺様の男の涙は全面無視か!?」
そんな彼の心の叫びを歯牙にすることも無くファミリーのリーダーである風間翔一の声が響いた。
もういい年であるにも関わらず少年の心と冒険魂を忘れない、純粋な男。
常に仲間達と楽しく遊んでいたい、並外れた豪運の持ち主、そしてイケメンでありながら女に興味が無いとある意味で最も常識破りなメンバーと言える。
―――――しかし「声」だけだ。本人の姿はここにはない。
「しかしキャップ、旅に出てる最中に携帯電話で参加っていうのは新鮮だな」
『だってよー、たまにはこういうのも楽しいじゃねぇか!』
そう、彼はまさしく「声」だけの参加。旅好きで有名な翔一は相棒の
どこに向かっていくか、今度はそれすらも特に決めていないようで今夜はテントで過ごす模様だ。ただ旅に出ている最中でも金曜集会に参加したい、という要望で大和の携帯電話を通じて集会に参加していた。
『で、お前らは夏休みの予定は何かあんの? 俺はしばらくぶらり旅だぜ!』
「因みにキャップ、進行方向はどうやって決めてる?」
『棒を上に投げ捨てて倒れた方向に行くんだ! どこに行くかは俺も分からねぇ!!』
「頼むから無事に帰ってきてくれよ」
いつに無くギャンブル性の高すぎる旅行計画だった。そもそも計画と呼べるかどうかも怪しい。
風間ファミリーのブレーキ役としても大和は胃が痛みそうになる。
どの日に帰ってくるかも気まぐれで、過去にも長期休暇の約3分の2を旅に当てたこともある男だ、大和の心配も最もであった。
「そうだ、夏休みだが私とワン子は明後日からとある道場との合同稽古に行く」
早速明確にしてきたのは百代と一子だった。
武の総本山、川神院の総代候補とその妹として武の訓練は欠かさない。夏は稽古するにもってこいの期間、武道家として活かさない手はない。
しかし何やら問題があるらしく、難しい顔をしている。
「何でも代々伝わる道場らしいけど、他流試合をあんまりしない所なんだって」
「秘密主義という事ですか。 どこで稽古するかは教えてもらっていないんですか?」
「私は知っているがな、向こうの要望により教えることは出来ない」
由紀江の問いにもそう返した。どうやら家柄に煩い道場のようだ。
百代ももどかしいとは感じているようだが、だからと言って相手が遵守している教えや決まりを無視するような不誠実な人物ではない。
その百代がここまで言うのだから、これ以上口を出すべきではないと仲間達は口を噤む。仲間達の気遣いに感謝しつつ、今度は一子がクリスの予定を尋ねる。
「と、言うのが私達の予定ね。 クリはどうなの?」
「自分はテストで平均点が80を超えたご褒美にマルさんと旅行するんだ!」
「へぇ、マルギッテさんと旅行なんて珍しいね」
卓也の言うとおり、マルギッテが旅行を提案するとは珍しかった。
彼女の姉代わりでもあるマルギッテは普段川神学園の生徒としての籍を置いているが本職は軍人、そのためこの夏休みの間は軍務に戻る、と公言していた。
だがそんな彼女が時間を割いてまで旅行、とはこれはクリスの父であるフランクが一枚噛んでいると見て間違いない。
「で、どこの辺りに旅行に行くの?」
「何でもマルさんが日本の温泉巡りツアーを企画してくれたんだ! 行き先はマルさんが任せてくれ、というので自分は良く知らないが楽しみだ!」
日本マニアであるクリスは温泉に思いを馳せながら、クッキーに答える。
行き先を把握していない、と言うのは少々心配な点ではあるがしっかり者のマルギッテのことだ。少なくとも翔一のような行き当たりばったり、な展開にはならないだろう。
『温泉かー! 俺も温泉行きてぇな! よーし、明日は温泉に行くぜぇぇーっ!!』
「ああもうキャップは相変わらず自由だな! ゲンさんは?」
温泉が羨ましくなったのか、翔一も行きたがっているようだ。
ただ彼の咄嗟の思いつきという事は元々の計画を大幅に変更するという事になる。そもそも翔一の旅に予定、などと言うものは存在しないのだろうが。
その自由さに呆れつつ、大和は目の前で腕を組んでいる忠勝の予定を尋ねた。
「しばらくはオヤジの手伝い、これに尽きるわな。 稼げるデケェ依頼も入ったし」
「やっぱりね」
「ああ。 明日からオヤジと県外に出ることになる。 運送会社のガードマンとしてな」
「無茶だけはしないでねゲンさん」
まるで帰りを待つ姫のような瞳を大和が向ける。手を握ろうとするがチョップを打ち込まれた。
元々忠勝には非常に懐いていた大和であるが、風間ファミリーしたその日から更にその懐き具合が増した。
それに危機感を感じてならない女性陣である。
「僕は多分演劇の練習で忙しいね」
空気が徐々に修羅場になりつつあることを感じた卓也が空気を切り替えるべく話を切り出す。
自身のコンプレックスである内気な性格を改善しようと入った演劇部であるが、それが案外肌にあったらしく卓也も充実した日々を過ごしているようだ。
「モロの演劇もいよいよ本格的だな」
「うん。 4,5日は川神にいるけど、部長が合宿提案しているからその時は僕も県外だな」
『おいおい、皆県外に出て行くってのかー。 寂しいぜー』
演劇部に入った影響、そして綾鶴彩子の事件を通じて卓也の閉鎖症も解消されつつある模様で岳人も安心の笑顔を見せる。
ただこうも仲間達が川神を離れていくことに松風は一抹の寂しさを覚えている。
「悪いが俺様も泊りがけでバイトだな。 大和から稼げるバイトを紹介してもらったんだ」
「そうか、大和からの紹介なら安心だな」
百代が頷いている。島津岳人は力こそ強いが、その分お頭の出来はお世辞にも良いとは言えない。
故にとんでもない劣悪な労働条件に課されることの無いよう、バイトや金銭面に対しても大和は頼られていた。
今回は大和も太鼓判を押せるバイトが見つかったようでそれを紹介したのである。
「交通費支給の九鬼家関連施設の土木工事だ。 移動手段に関しては知人が近くまでトラックを走らせてくれるらしいからそれに運んで貰えれば交通費も浮くどころか更に稼ぎになる」
「九鬼関連のバイトか。 なら確かに信頼性はある」
仕事事情に詳しい忠勝も問題なし、と見なした。
更には得意の人脈構成を活かして交通のための労力削減どころかそれを稼ぎに変えて見せた。こうやって金銭面からも支えられる軍師である。
「マジで助かるぜ大和」
「お礼はバイト代の5分の1な♪」
「………いい性格してるなホントに」
しっかりとギブ&テイクは忘れていなかった。だが岳人もここまで助けて貰った以上礼金を渡さないのは失礼に値するので元から払うつもりではあった。
「まゆっちは無いの? 外に出る予定とか」
「わ、私は………どうでしょう………」
予定を尋ねられた由紀江は曖昧に返した。
どうやらまだ定まっていないらしい。ならば聞いても仕方が無いと一子は質問する相手を変えた。
「京は………って聞くまでもないか」
「うん。 私は弓道部のメンバーと一緒に大会のための合宿に行くよ」
「そうよね。 京は県外に出ない………って、ええええええええええ!!?」
尋ねた側である一子が激しく驚いた。
今まで京は風間ファミリーをとても大切にしているために、そのファミリーから離れたがらない少女。川神市内から出る、なんて事例は今まで無かったのである。
それだけに一子でなくともファミリー内が騒然としている。一方の京は失礼そうな目つきをしていた。
「みんな酷い」
「悪い悪い。 で、どこで合宿するんだ?」
「北陸地方。 何でも主将の知人が旅館を経営しているから、そこを拠点にするんだって」
さすがに心外だったようで、京はご機嫌斜め。正そうと大和が代表して謝った。
愛してやまない大和が謝ると一気に京のご機嫌も回復、詳細を明かした。
「北陸かー。 まゆっちも確か北陸出身だったな。 戻らなくていいのか」
「今はまだ……家の都合にもよりますし」
「そうか。 でも一度くらいは顔見せた方がいいぜ」
大和の意見に誰もが頷いた。風間ファミリーは何だかんだで家族を大切にしている面々が多い。京は家庭事情が複雑であるため、素直には頷けなかったが。
しかし由紀江は家族を大切にする人物なので、大和の意見には素直に頷いた。
『そういう大和坊はどうなのさー? とっつぁんらに顔を見せなくていいのかい?』
「俺の父さん母さんは海外飛び回ってるし、父さんは日本嫌い。 こっちからは捕まえられないし、向こうから来ることもあんまり無いしね」
「確かに、そんな印象だったな」
大和も父親達の元に行く、という予定は無いようだ。
彼の父親こと直江景清は非常に頭の切れる人物であるが日本の腐った政治事情に失望し、現在はEUで働いている。
以前に一度見たことのあるクリス達も彼の事を思い出し、思わず納得した。
「となると川神滞在組みは大和にまゆまゆ、それに数日だけだけどモロロか」
「クッキー、俺達がいない間は寮の警備頼むぜ」
「任せてもらおう。 侵入者は、即斬る。 ………フハハハハハハ」
つまり百代の言うとおり風間ファミリーの大半はしばらく県外に出ることが確定した。
当然、寮もがらんと空いてしまうことが多くなるため忠勝が警備を頼みたくなる気持ちもよく理解できる。クッキーは第二形態に変形してそのやる気を見せた。
和んでいると由紀江は一つ、思い当たる。
(……あれ? とすると大和さんは………夏休みは予定無しという事でしょうか?)
どくん、と心臓が脈を打つ。
彼女の夏休みの予定は、先程答えたとおり曖昧だ。―――――何せ、大和の返事次第で変わるものなのだから。
(まっ、松風………! こっ、これは!!)
(い、行けるべまゆっち! ここで行かなぁいつ行くねん!!)
由紀江の心情は今、メチャクチャに興奮していた。
その慌て様は、松風の言語が統一していないほどだった。そんな彼女の様子を、眼が良いと評判の京が見抜いた。
「まゆっちどうしたの? そわそわして」
「あ………い、いえ! その、楽しみにしていた本が届くのがそろそろなので……!」
「ふーん。 ……薄い本だね、クク」
何かとんでもないことをサラッと呟いた。
思わず由紀江の心は恐怖で冷え切ってしまう。――――外れているとも言えないから。
引きつったその顔からは、乾いた笑いしか出なかった。
『おおっ! 皆刺激的な夏休みになりそうだな! いいねぇいいねぇ!!』
そして翔一は、相変わらず元気だった。
☆
―――――それから数時間後、大和達は解散した。
風間ファミリーの約半数は島津寮で生活しているため、当然戻ってくることになる。忠勝や京、クリスは外出のための準備を行っているため大忙しのようだ。
大和は自室にて、愛してやまないペットのヤドカリ達に餌を与えていた。
「ヤドン、カリン。 皆夏休みに外に出るんだぜ。 ……去年までだったら絶対ありえないよな」
雑食であるヤドカリではあるが、今回はハムを刻んだ物をパラパラと撒いている。
ハサミでそれを掴み、口にいれて租借しているヤドカリ達の姿がまた可愛らしく映るようで、大和はそれに和み癒されながら心境を吐露した。
風間ファミリーは去年まではメンバーは固定、そして閉鎖的な部分も目立っていた。
だが今年からは由紀江とクリスの加入、松永燕や武士道プランのクローン達といった様々な交流を経てそれが解消されつつあるとその変化をかみ締めていた。
「俺はどうしようかなぁ……いざとなればクッキーや橘のお姉さんに世話は頼めるけど」
大和もこの夏、どう過ごそうか決めあぐねているようだ。
ここまで仲間達が揃って県外に出るのだ、折角なので新しい場所で夏を過ごしてみるというのも悪くは無い。
かと言ってこれと言った当ては無く、翔一のような無計画な男では無い大和はどうするべきか真剣に悩んでいるようだ。
「大友さんが博多に誘ってきてくれているけどそれはまだ先だし、辰子さん達にもお呼ばれしてるし、義経達とも遊ぶ約束があるし………うーん」
色んな方面から遊びの誘いが来ていた。
最も当人達にとっては遊びだけでは終わらせたくは無い上に端から聞けばとんでもない会話であることをこの男はまだ自覚していないようだ。
あれこれ悩んでいると、ドアが丁寧にノックされた。
『大和さん………、あ、あのぅ……すっ少しよろしいでしょうかッ?』
「まゆっち?」
何やら緊張が篭った由紀江の声だった。
大事な話があることは、彼女の声から理解できる。もう風間ファミリーの一員となってから数ヶ月、アイコンタクトによる意思疎通は愚か相手の悩みなどを見抜ける領域までになっている。
とりあえず彼女の相談を聞くべく部屋に通した。
「いいよ、入って」
「失礼します。 ………すー……はー………」
『いよいよ本番だぜまゆっち。 気合を入れろ! オラは見守っているからな………』
入ってきた由紀江はやたら緊張していた。
まるで風間ファミリーに入って間もないころの彼女と同じ――――否、それ以上だ。ラスボスを相手にしているかのような緊張感が漂っている。
さすがの大和も一体どんな悩みがあるのか察することは出来ず、彼女から話してくれることを待つしかなかった。
「や、大和さぁんッ!!」
「ひゃ、ひゃい!?」
いきなり凄んできた。
思わず大和も竦み上がってしまう程の迫力だった。そんな彼の様子から怖い印象を与えてしまった事を悟り、由紀江は慌てる。
「はぁう!! や、大和さんスミマセン!!」
「い、いいよ。 にしてもあの顔は久々で結構クるな………」
「ほ、本当にすみません……」
「大丈夫だって。 で、どうしたの急に」
脅かされたとは言え、怒鳴り散らすような大和ではない。
由紀江を落ち着かせ、事情を話させようとする。
「そ、それは……そのぅ……ぁぅぅ……………」
だが由紀江はやはり緊張が先行してしまっているようで言い出せないようだ。
唇がガタガタと揺れ、体温は上がり、心臓の鼓動は早まるばかり。どれもが由紀江に次の言葉を告げさせることを躊躇わせている。
(い、いけません! 早く話さないと……松風も黙ってくれているんですし!)
いつもは事あるごとに口を挟んでくる松風も空気を呼んだ(と言う設定)らしく、今回ばかりはだんまりを決め込んでいる。
つまり彼からの援護は受けられない。正真正銘、由紀江の力だけで告げなければならない。それでも、口にすることが出来ないでいる。
「本当にどうしたんだまゆっち?」
(や、大和さん………そ、そうです。 これ以上待たせては大和さんに失礼です!)
ぶんぶんと頭を振る由紀江。目の前では大和が心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。
時間を取らせている上にここまで心配させているのだ、ここで戸惑っていては失礼どころか嫌われかねない。
「ぁ………ぁの…………」
何とか告げたい、しかし話せない。
いざとなると緊張がこみ上げ、身体を震わせ、自由を奪う。どうすればいいのかもう、由紀江には分からない。
大和を真っ直ぐ見ることさえ出来ない。出来ることなら大和に全力で謝って、逃げ出してしまいたかった。
そんな彼女の肩に優しく、温かい感覚が乗せられる。
「え………? あ、や、大和さん!?」
言うまでも無く大和の手だった。
彼は、彼女の肩に手を置き、彼女の緊張を解くべくまっすぐと見つめた。由紀江は目を逸らしたかったが、出来ない。
この優しく、凛々しく、何より愛しい目で見られては逸らすなんて出来なかった。
彼の体温が、由紀江を包み込む。
「大丈夫だ、まゆっち。 落ち着いて話してごらん」
彼はただ、その一言だけを告げる。
人と本当のコミュニケーションをとるのに、難しい言葉で飾る必要は無い。誠意を持って、しっかりと相手と意思疎通したいという姿勢を見せ付ける。
それが出来るのならば、シンプルな言葉の方が伝わりやすい。そんな大和の気持ちは、由紀江にも伝わった。不思議と、先程までの緊張が解れてきた。
「―――――はい、大和さん」
未だに顔は紅い。震えもする。緊張は全て消えてはいない。
――――だが、自然と立ち向かいたかった。自分と向き合ってくれている、この男と。
今の大和は何でも受け止めてくれる、と言外ではあるが態度で示してくれている。
ならば自分も全力でぶつかるのみ。
「あの、大和さん!」
「はい、何でしょう?」
もう後には引けない、引きたくない。
由紀江はただ、勢いに任せ、それをぶつけた。
「も、もしよろしければ………明後日から三日間ほど、私の実家に遊びに来てください!!」
それは由紀江にとって一世一代の決心だった。
続く
どうも、女の子の家に泊まったことあるかって? あるよ! ……寝る時は男友達と一緒に隔離されて。
そんな苦い経験のあるテンペストです。
今回からは由紀江編となります。前からも公言していましたがまじこいキャラの中ではまゆっちが一番好きです。なので気合入れまくりです。
………べ、別に贔屓ってわけじゃないんだからねっ!
さて、話は変わりますが先日とあるグループの飲み会がありまして、その際友人の家に泊まりました。女子達も交えてそれは楽しかったんですが、その中のカップルがイチャつきだしまして……ああ、金曜集会中にチヤホヤされる大和ってこんな感じなのかな、と味わってしまいました。
こうなったら軍師爆発させてやらぁっ!!ということでどんどんエスカレートしていきますよ~。
次回もお楽しみに!感想ご意見お待ちしております!!