―――――夕日が辺りを照らす、午後5時。
あの報せから僅か一時間後。この黛家に多くの青年達が集っていた。
風間ファミリー、川神に住んでいた若者達のグループ。その能力と性格、そのどれもが非常識の一言に尽きる。
彼らは今、一人の少年が打っているパソコンを食い入るように見つめている。
「出張って貰って早々に借り出して悪いなモロ」
「いいって。 こういう時に呼んでくれないと困るでしょ?」
師岡卓也だった。
演劇部の合宿という事で彼もまた偶然にもこの北陸の地に赴いていたのだった。そこを翔一の原付で乗せてもらい、ここまで来て貰ったのだ。
彼は今、愛用のノートパソコンを用い、大和からの情報で要求のあった発電施設、及びその周辺情報を探っている。
「大和さん、場所なら知ってますから早く向かった方が………」
「落ち着いてまゆっち。 敵は大成さんに怪我を負わせるような奴だ、どんな罠を仕掛けているか分からない以上地理は焼き付けておくに越したことは無い」
妹を早く救い出したい。
その気持ちが早まる由紀江であったが、大和が落ち着かせる。
軍師として、仲間として。少しでも危険の芽は摘み取らなければならない。如何に武道四天王であろうとも、今回ばかりはそのレッテルだけでまかり通る相手ではなさそうだ。
「心配するなまゆまゆ。 サーヤは私が救い出してみせる! そしてメアド交換!」
「会ってすらも無いのにまゆっちの妹を早速マーキング……さすがモモ先輩」
そんな彼女の傍らでは堂々と腕を組みながら仁王立ちしている女性がいる。川神百代だ。
大和からの緊急招集を受け、合同稽古を切り上げてまで駆けつけてくれたのだ。同じように合宿を抜け出してくれた京もいる。
彼女達だけではない。ここには今、風間ファミリーが全員集結していたのだ。
「しかし剣聖に怪我を負わせるとはな……コイツはマジだな」
「タッちゃん、無理して出張らなくて大丈夫よ。 アタシが守るから!」
「男女逆だボケ」
忠勝も多忙を極める中、真っ先に駆けつけてくれた。
それだけ彼にとっても風間ファミリーが大切であるという事だろう。中でも一子との会話数が多いのは相変わらずだが。
「そうだぜワン子。 ここは俺様の男のパワーの見せ所だろうが」
「俺の脚だって凄ぇぜ! まさに疾風の如く!」
召集に応じた岳人と翔一もやる気の姿勢だ。
元より大切なファミリーの、その家族を傷つける悪党など毛頭許す気は無いようだ。
「待て二人とも。 相手は剣聖すら手玉に取っているんだ、武術の手解きを受けていないお前では危険だ。 自分とマルさんのゴールデンコンビに任せておけ!」
「その通りです。 私達ならば黛沙也佳を救い出すことなど簡単です」
そんな二人を遮って堂々と現れるのは最早当たり前のように二人一組で登場しているこのペアだった。
クリスとマルギッテ、時にかませとなってしまうことがあるが彼女達の実力と経験値は本物だ。特にマルギッテは今回において主戦力にせざるを得ない。
「おい猟犬。 殺気立つのも良いけどアタイを無視すんなよ」
「それにしても、貴方まで出張りますか女王蜂」
「いい加減その呼び名はやめろや刻むぞボケ。 護衛対象が行く以上仕方ねぇからな」
更には忍足あずみも加わってくれている。
京はともかく卓也は風間ファミリー外の人間が来ることに未だなれていないようだが今回は贅沢を言っている場合ではない。
逆に言えば彼女の手を借りざるを得ない状況になっているのだ。
「………出たよ! この発電施設!」
「ふむ、ここまで鮮明な画像があると色んな作戦が採れるな。 さすがモロ」
そんなやり取りの間にも、ノートパソコンに画像が映し出されていた。
これから向かわねばならない無人の発電施設。メディア関係に詳しい卓也のおかげで航空写真などを駆使し正面図、上面図共に立体的で綺麗な画像を入手できる。
更にはインターネットを使用すれば施設の情報そのものも手に入れることが可能だ。
「この施設、無人だけど機械はある程度動いているらしいよ。 もう一つの発電施設が使えなくなったときの予備みたい」
「そうか。 となると機械は生きているわけだから下手に触ると危険という事だな」
冷静に情報を解析する。
発電施設という事は当然ながら高圧電流が流れている箇所も存在するという事だ。使用されていないとは言え、それを利用した罠も考えられる。
「後、これはとあるスレの書き込みだけど少し前に不良がこの施設の裏口の鍵が壊れている事を利用していた時期もあるんだって」
「つまり裏口からなら侵入は簡単って事だな」
「逆だガクト。 つまり今ではしっかり対策が採られているってことだから鍵がかかっているはず」
当然情報と言うのは何も映像や画像だけでは無い、人から得られるもの、俗に言う「口コミ」や「書き込み」、それらが集う掲示板やスレッドも重要な情報源である。
卓也からの更なる情報に岳人も歓喜するがピシャリと大和が口を挟む。
「そっか、そりゃそうだよな………って事は裏口からは無理ってことか」
「いいや。 それもまた逆。 これを逆手にとってやるんだ」
「おっ。 大和が軍師の顔になってる。 ステキ、結婚してください!」
「お友達で」
だが同時に軍師として大和は可能性の一つも見逃さなかった。
彼の頭の中では既に沙也佳を取り戻す算段がついているようだ。そして毎度のように京に告白され、毎度のようにさらりと避けてみせる大和であった。
「それで大和。 具体的にどうするの?」
「まさか真正面から乗り込むわけじゃないだろうな」
余裕を保っていられるのは頼りになるとも言えるが、だからと言って余裕ばかりこいでいる時間も無いのは事実。
川神姉妹も、早く乗り込みたいという姿勢があるようだが構え方が違う。一子の場合は即行動に移せる勢いであることに対し、百代の場合はあくまで大和の指示に従うという姿勢だ。
「姉さんいい勘してるね。 まさにその通り」
「という事は今回は正面突破か? 自分好みではあるが………」
「それだけだといつもの大和らしくないぞ。 ………まだ何かあるんだな」
何とその大和はあろうことか正面突破を提案する。
真正面から勝負、という正々堂々な姿勢にクリスは共感を覚えるが、同時に微妙な顔色もして見せる。翔一の言うとおり、大和らしい策とは言えないからだ。
だからこそ、まだ何かあると確信している。
「勿論。 あずみさんとマルさんも協力してくれる?」
「……ま、お前の策略は葵冬馬とタメ張るし何より護衛対象だ。 協力するさ」
「お嬢様の信頼するお前ならば問題ないでしょう。 協力する事を感謝しなさい」
あずみとマルギッテも特に反対意見はないようだ。
無論戦闘に対して大和は無力以外の何物でもないのでその点は彼女達にお願いするつもりではあるのだが。
とにかく頼りに出来る戦力は確保できた。残る憂いはただ一つ。
物事には必ず中核となる存在が必要となる。大和の作戦もまた然り、必ず欠かしてはならない役割というものが存在する。
「そして今回の作戦の要……言うまでもなくまゆっち、お前だ」
振り返った先には由紀江が座っている。
ある意味で彼女にその役割が言い渡されるのは当然だろう。敵側も由紀江が来ることを条件としている以上、彼女の動き一つで全てが変わる。
それは彼女も自覚していたようで、この中の誰よりもやる気を出していた。
「はい。 沙也佳を助け出すためなら何でもします!」
「よく言ってくれた。 まゆっちにやってもらうことはシンプルかつシンドイ。 でもお前じゃなきゃ出来ない」
「お任せ下さい。 どのような命令であろうと遂行して見せます」
今の彼女に松風が入り込むような余地はない。
それだけ彼女が沙也佳奪還に真剣であり、他に割く余念がないことを示している。ここで松風が出てくるようであればそれはそれで困るのだが。
かと言って由紀江が余りにも緊張しすぎると最悪彼女自身も危険に晒される恐れもある。
「気迫はOKだけど、まゆっち深呼吸」
「え? は、はい。 すー………」
「はいそこで息を止める」
突然、大和の指示が入る。
何事か分からないが素直な彼女はとりあえず彼の指示に従う。息を大きく吸い込み、吐こうとしたところで大和に止められた。唐突な指示に由紀江は対応して見せる。
と、息を止めている彼女の背中に大和が回り込み、その耳に息を優しく吹きかけた。
「ひゃぅ!?」
『おい何すんだよ大和ー!』
くすぐったい、その甘い息に由紀江も思わず跳ね上がってしまう。
ついには今まで沈黙を守っていた松風も出張ってきた。けれども対する大和は「狙い通り」と言った感じでニヤニヤと微笑んでいる。
彼の微笑みの前では由紀江も負けてしまうものだった。
「よし、余裕が出てきたな。 それでよし」
「そ、それでよしって………?」
「まゆっちは緊張しすぎだって。 確かに妹を攫われて冷静でいるな、って言う方が難しいよ。 でもな、一人で気負い過ぎたって出来ることは限られてる」
大和が優しく諭す。
それは沙也佳のためだけではない、彼女のためでもあった。
気負い過ぎて無茶を重ね、結果自身の身が危なくなる。テンプレートな展開だが、十分想定できる事態だ。軍師として、仲間として大和は彼女も守れる万全な策を用意している。
そのためには、彼女自身のコンディションを整える必要がある。これもまた大和の得意分野だった。
「周りを見てみな。 こんなにも頼れる仲間がいるんだぜ」
そう言って彼女は背後にいる仲間達を指差した。
圧倒的戦力を誇る武士娘達、戦闘力は彼女達ほどではないがそれぞれの得意分野に特化した男性陣。そしてそれらを統括し、指示を出してくれる大和。
由紀江にとって、誰一人においても大事で、頼れる仲間たちだった。
「大和の言うとおりだぜまゆっち。 泥船に乗ったつもりで俺様達に任せな!」
「何言ってんだガクト。 それを言うなら木の船だろ」
「キャップも違うじゃない! 大きな船、でしょ!」
「お前ら三人まとめて夏季補修決定だこのバカ共」
間違った表現三連発に大和もご立腹だった。
補修を言い渡された岳人、翔一、一子の三人は小さくなって震え上がっている。余りにも情けない姿に、あずみは見ていられないとでも言うように額に手を当てている。
無理もないと言えば無理もない醜態ではあるのだが。
「ったく、テメェらこれから出てくる敵の大きさ考えろ。 んな呑気に………」
「いいんじゃねぇか。 マイペースでもよ」
「ゲンゲンもとうとう認めてきたか………だがその通りだぞメイド。 見てみろよ」
確かに緊張感の欠片もない会話ではあろう。
けれども、いつでもどこでも自分のペースを保てる。それが風間ファミリーの強みでもある。
百代は元より、常識人である忠勝もいよいよそれに飲まれてしまったようだ。
その証拠と言わんばかりに風間ファミリーの誰もが、笑顔を絶やしていなかった。
「全くもって情けないぞお前達! 自分のような規則正しく、勉学に励んだ生活を送らないからそうなるのだ! 何なら自分のようにマルさんに頼んでみるか?」
「やれやれ。 本当に甘やかされてるのはどっちなんだか………しょーもない」
しっかり者と思いこんでいるクリスに、しかし聞こえないようにそっと京がツッコミを入れる。
それでも聞こえる人には聞こえるわけで、聞こえなかった人物は「お前が言うな」と心の中で一言を入れるわけで。そんな会話が可笑しくて、面白くて。
張り詰めていた由紀江の表情も自然と緩んでしまう。
「………ふふっ」
笑い声が出てしまった。
本来この局面では身を引き締めなければならないはずなのに。
それがこの直江大和という男にかかって見せれば一瞬にしてその空気が和らいでしまうのだ。張り詰めていた緊張感も一気に緩和するこの感覚を、あずみも肌で感じ取っていた。
「へぇ。 あの空気を、黛由紀江を一瞬にして和らげて見せるとはな」
「出撃前においても意気高揚、コンディション調整は基本中の基本……直江大和はそれを理解しているようですね」
現役であるマルギッテの目から見ても、十分合格と言える手際だった。
余りにも緊張感がない空気は確かに良くないが、張り詰め過ぎた空気も返って失敗を煽ってしまうものだ。
適度に緊張感を残しつつ、脱力させて見せた大和の手腕に二人も納得する。
「ああ。 私の自慢の舎弟だぞ。 ………で、そろそろ作戦の全容を説明してくれ」
百代も舎弟の活躍に満足していた。
だが時間も限られている以上、そろそろ行動に移した方が良いと判断し指示を仰ぐ。
そろそろ頃合いだと思っていたらしく、大和も同時に振り返り、頷いた。
「そうだね。 それじゃ皆、改めて作戦を説明する」
鶴の一声ならぬ大和の一言。
一気にこの場の全員が彼に視線を向ける。それだけ彼の存在は風間ファミリー内においても影響力が高いということである。
そして彼がシンプルかつ、丁寧に作戦を告げ、風間ファミリーは駈け出したのだった。
目指すべきは、誘拐犯と沙也佳が待つ発電施設へ―――――。
☆
―――――日は沈み、月が昇る。
美しい満月が辺りを照らした。周りが森に囲まれ、北側には海に面しているこの発電施設。
北陸の電力を賄う施設として重要視されてきたものだったが、現在では新しい発電施設が建設されたため無人と化している。
周りは大粒の砂利で敷き詰められ、人が通るのには若干不適な道のりとなっている。
そんな施設のすぐ近くに、黛由紀江は立っていた。その腕には愛用の刀が抱えられていた。
黛家の中でも由緒正しいと言われる名刀。
この刃で、どれだけの物を切り裂いてきただろうか。剣聖黛十一段の娘として、武道四天王として、その数は計り知れない。
しかし、今回斬るべき敵は絶対に許してはならない部類である。今の由紀江の周りには、静かな風が渦巻いている。
森を抜け、一歩前に踏み出し、砂利を踏む。すると彼女のポケットに入れていた携帯電話が震えだした。
「………もしもし」
『おー。 ジャスト5分前集合、さっすが黛家の娘さんは礼儀を知ってるねぇ』
電話の相手はやはり、沙也佳を誘拐した男だった。
相変わらず余裕綽々としたその声色は人に苛立ちを与える。数時間前の由紀江もそうであったが、今は不思議とそこまで腹立たしいものではない。
目線こそは鋭いものの頭はまるで小波一つ立たない海のように、静かで冷静だった。
「要求通り来ました。 どこに行けばいいのですか?」
『ちゃんとオラ達をナビゲートしろよなー』
『んー? 前と違って余裕が出てきたじゃねぇか。 いいねぇいいねぇ、そうこなくっちゃ』
会話の中には松風も入り込んでくる。
この松風も由紀江の人格の一つのようなものだが、彼女が本当に余裕がない時にはさすがに出てくることはない。
逆に彼が出てくるようであれば、由紀江の精神面は落ち着いているということである。
彼女の癖なども調べつくしているようで男は邪険にすることなく、寧ろ安心しているようだ。
『んじゃ俺の言う通りのルートで進みな。 出ないと地雷でドカン! ……かもよォ?』
「分かりました」
男からは笑い声混じりではあるが、物騒な言葉を言い渡される。
特に地雷は、人類が生み出した最悪の兵器とまで言われたこともある代物だ。由紀江も実物こそ見たことはないものの、その危険性は重々承知している。
どこまで本気かは解らないが、沙也佳のためにも自身のためにも、逆らわない方が賢明と判断した。
尚も携帯電話を耳に押し当て、告げられた通りのルートで進んでいく。そして玄関に突き当たった。
『おめっとさん。 ここがゴールだ。 後は蛍光灯の点いてるルートで進めや』
「その先にいるのですね。 対戦相手の方が」
『ああ。 奴さんと戦って勝てば沙也佳ちゃんは好きにしな』
それだけを言って、男は通話を切ってしまう。
真意は聞くことはできなかったが、確かに「勝てば」と言う条件を追加してきた。万が一負ければ自分だけでなく、沙也佳も更なる危険に巻き込んでしまうだろう。
耳に入れつつ、由紀江は施設の中に入っていく。
大型の施設だけあって通路があちこちに伸びており、一瞬迷路を彷彿としたが指示通り蛍光灯が付いている道だけを進んでいく。
すると随分と広い部屋に突き当たった。多くのパイプが入り組み、大型の機械が並べられている。案内板には「機関室」と書かれていた。
「よくぞ来た黛由紀江。 ………良い気迫だ、選んだ甲斐があったわ」
そしてその先には、あの老人が腰かけている。
相変わらず笠を被っているためその表情は読み取れないが、服などは同一だ。
今度は仕込杖とは違う、しっかりと柄と鞘が備わっている立派な刀だ。以前彼が言った「鈍」とは全くの別物であると由紀江は即座に見抜く。
自然と彼女も刀を納めていた袋から愛刀を取り出し、すらりと抜く。
「………貴方には聞きたいことが山ほどあります」
「語る必要はない。 これから刀に乗せ、ぶつければ良いだけのこと」
「いいえ。 ここまで私達を振り回したのですから少しくらい話すのが筋だと思いますが」
「……………よかろう。 ただし質問は三つまでにして貰おう」
満足のいく決闘を行うためにも、敢えて老人は彼女の要求を飲んだようだ。
由紀江は刀を下さず、真っすぐ相手を見つめる。
「まずは一つ目。 どうして私を対戦相手に選んだのですか?」
「簡単なこと。 お主の実力が拙者の目に留まったからに他ない」
「父上は違うのですか?」
「お主の父上もさすが剣聖と呼ばれるだけはある。 だが、才覚はお主が上回る」
老人は臆もせずにそう言い放つ。
度々由紀江も、大成から「その才能は自分を越える」と言われたことがある。遠慮深い由紀江にとって、持ち上げようとしているだけだったのではと軽く聞き流す程度だった。
改めてそれを言われると照れてしまうが、それを顔に出しはしない。
「……ならば二つ目。 何故、沙也佳を攫う必要があるんです?」
「ふ。 何を言うかと思えば………お主が本気になれないから、だ」
これは最も胸に抱いていた疑問だった。
襲撃してきた際にも言い放ったが、正式な手順を踏めば由紀江も相手をしない事はないのだ。
だが、その理由を「単純明快」と言わんばかりに男があっさり言う。
「お主は優しい。 誰に対しても傷つけ過ぎないよう己の力を御している……違うか?」
「……………」
「強さを御することもまた強さ。 ………だが拙者はそんなものは望んでいない」
ここで老人が立ち上がる。
その容姿に違わず、動作はややゆっくりであったが全く無駄と隙がない。刀を抜くその動作だけで由紀江に緊張感を与えている。
僅かに見せた眼光も、その剣先と同じくらいにまで鋭い。
「極限の状態で互いの鎬を削り、五感を鋭く研ぎ澄ませ、命の果てまでぶつかり合う。 そんな最高の勝負を、拙者はこの短き命が果てるまでに演じて見たい」
「だから沙也佳を……父上をあんな目にあわせたのですか!」
「その辺りは申し訳なく思うがお主の父を襲ったのは拙者に非ず」
言動から武人としての構えは存在するらしいが、それでも己の欲望を優先させたらしい。
尚のこと由紀江にとっては許すべき相手ではないと悟らせる
けれどもまだ動かない。一切の動揺を顔にも、足にも、刀にも見せていない。
「では最後の質問です。 …………貴方のお名前は?」
それは最も基本かつ、聞かねばならない事柄。
これだけのことを仕出かしておきながら、全く名を知らぬまま斬り伏せることなどはできない。
向こうも元より隠すつもりはないらしく、唇の端を持ち上げる。
「よかろう。 拙者の名は……………」
―――――刹那、男は姿を消した。
否、姿を消したのではない。目の前にまで迫っていたのだ。
手にした刃がギラリと光る。楼隊を全く感じさせないそのスピードに由紀江は驚愕していた。
「伊東一刀斎なり…………!」
そして剣閃が走った。
だが、彼の手に伝わったのは堅い手応え。明らかに人肉を切ったものではない。そう、防がれたのだ。由紀江の刀によって。
あれだけのスピードと剣技を持ってしても、由紀江には見えていたのである。
「伊東一刀斎………歴史に名を残したあの剣豪………?」
伊東一刀斎、その名は剣道など剣の道を歩む者にとっては神聖視される名。
その強さは無敗を誇り、宮本武蔵と並ぶ剣の名手として現在もその名を馳せている。黛流剣術ではあれど、由紀江もその名を聞いたことがあった。
故に信じられない。その彼と同じ名前を持つ人物が目の前にいることなど。
少なくとも昔の偉人、とうの昔に死んでいて当たり前であるはずだ。
「その通り。 ………信じられぬか?」
「………………………」
「だがこれだけは信じざるをえまい。 それは………」
本当に同一人物なのか、それとも同姓同名であるだけの別人なのか。
ありとあらゆる可能性が浮かび上がるが、すぐにその疑念もかき消される。
「お主の敵が拙者であるというこの事実はな!!」
またも肉迫してくる、この男の実力は。
桁外れのスピード、振りおろしてくる刀の力強さ、それで尚急所を的確に狙ってくる正確性。更には複数の刃が襲ってくるように見せてくる、美しいこの剣術。
まさにしく伊東一刀斎の名に恥じないものだ。
由紀江は迫りくる、その凄まじき刃の数々を――――――。
「黛流十二斬!!」
「ぬぅぉっ!?」
―――――神速の斬撃で、全て弾き返した。
弾いただけではない、その振るう速度が一刀斎のそれを完全に上回っていた。一太刀が彼に到達しそうなところまで迫る。
咄嗟に刃を返し、直撃だけは避けた一刀斎であったが彼女の刀が、彼を完全に吹っ飛ばした。
速度を乗せれば威力も出る、単純かつ人智を越えた彼女の太刀筋に叩きつけられる。
「………確かに貴方は強い。 それでも、私は負けません」
派手に吹き飛ばされた一刀斎は壁に埋め込まれた。
壁に相当な罅が入るほどの威力で、彼の口からも血が飛び出る。煙すら上がるほどの衝撃だったらしく、地面に倒れこんだ一刀斎は何とか立ち上がる。
一方の由紀江は全く疲れを見せておらず、冷静に彼を見つめていた。
「この戦いには沙也佳がかかっています。 ………貴方に構っている暇はありません!」
「……ぬ、ぅっ! この力は………これが剣聖の……否、それを越えた太刀筋か……!」
今の一撃だけで、戦況は由紀江に傾いた。
老体というアドバンテージもあるのだろうが、それでも由紀江が完全に上回っている。
この戦いは、それすらも加味した上で彼ら側から仕掛けられたもの。元より由紀江は手加減など一切していない。彼の望み通り、全力を出していた。
「ふ、ふふ…………ふははははははは!!」
「!?」
にも関わらず、彼は高笑いした。
まだ侮っているのか、まだ余裕があるのか、まだ勝算があるのか。
何れにせよ、由紀江はまだ刀を下していない。一撃を与えたとは言え、致命傷とは程遠い。彼の体の動きを見てもまだ立てると見切っている。
一頻り笑い終えた彼は改めて由紀江に向き直した。
「見事……見事なり! お主こそ現代の剣聖の名を継ぐに相応しい存在よ!」
「………まだやるというのですか?」
「当然だ! これぞ、これぞ拙者が求めていた勝負! ……もう刀は言い訳には出来ぬが、この体ではお主の相手をするには礼を失するであろう……」
どうやら由紀江が戦うに値する相手であることを認識し直したらしい。
大和の分析通り、まさに戦闘狂であるようだ。しかしまだ話は続いている。以前に一刀斎は「この鈍と体では相手になれない」と確かに告げた。
単なる捨て台詞だと思っていたが、まだ何かあるらしい。
と、ここで彼は体を屈め始める。すると由紀江は彼の体に膨大な気の流れが向かっていくのを感じる。
「っ!? こ、これは…………」
「見せてやろう黛由紀江! お主と戦うための、拙者の真の姿を!! ぬぅああああっ!!」
気がまるで爆弾のように膨れ上がり、解放された。
思わず目をつむってしまうほどの衝撃と閃光だったが由紀江は決して刀を下しはせず、気配探知も怠らない。
それらが収まり、すぐに由紀江は向き直る。そこにいたのは老人ではなかった。
「………この姿になるのも、いつ以来か………」
美青年、と形容せざるを得ない姿だった。
赤みがかかった黒髪は無造作に下され、顔立ちも整っている。青いその瞳は由紀江ただ一人を見つめている。
話にあった、クリスの父親が使う「メフィストフェレス」と同系で若返りしたらしい。
老体であった時のような厳格さはないが、若々しさに比例してその静けさも増している。その静けさが、寧ろ不気味であった。
「若返り……! 貴方は一体………!?」
「伊東一刀斎と申した。 ……この姿は四半刻しか持たぬのでな、早速行かせて貰おう」
その一言と同時に、一刀斎はまた駆ける。
戦法自体は先ほどと変わっていない。変わったのは、その速度であった。今度は由紀江の目で追い付くのに苦労するほどのものとなっている。
気付いた時には、刀が目の前にある。
「くっ!?」
「………今の一太刀を避けるか。 さすがだな」
刀での防御が間に合わないと踏んで由紀江は身を翻し、回避に専念した。
効果はあったようで一刀斎のその一閃を避けた。
だが代わりに彼女の背後にあった機械が、パイプの数々が、分厚い壁が。まるでバターを切り裂いたかのように一刀両断されている。
今の由紀江には一つ一つならまだしも、これらを纏めて切り裂くなど出来ない芸当であった。
(明らかに若返りしてからの能力が向上している! 本当に本物なのでしょうか………)
少なくとも、現時点での太刀筋は逆転してしまった。
まさしくあれは全盛期の姿と言っても過言ではない。だからこそ、あれだけの斬撃なのだろう。
由紀江もその頬に汗を一筋流した。一太刀たりとも受けてはならない。受けてしまえば、綺麗に切り裂かれてしまうだけだ。
しかしそれだけではない。更に今度は、一刀斎の刀が炎に包まれだしたのである。
「先程のお返しがまだだったな。 ………はぁっ!」
それを勢いよくふるうと、炎が地を這って由紀江に向かった。
火炎を切り裂くことも可能だがそもそも火炎を操るなどと言う芸当に真正面から付き合うつもりはない。
横に跳ぶことで避けたが、炎が壁に当たった瞬間、爆風のように膨れ上がり一瞬にして辺りを焦がした。
直撃こそはしなかったが、熱波が彼女に及ぶ。
「ぅっ!? も、モモ先輩のように気を応用して炎を操るなんて………!」
「言い忘れておったが拙者の戦術の妨げにならぬよう、この施設の消火設備は全て電源を切らせて貰った。 すぷりんくらー、とやらには頼れぬぞ」
横文字は苦手らしく、「スプリンクラー」の発音が若干危うい。けれども由紀江にとって気にする余裕はなかった。
身体能力が向上し、太刀筋では負けている。更には気を応用して火炎を起こすという、百代のような人並み外れた技まで披露して見せている。
間違いない。―――――今の彼の実力は、自分を上回っている。
由紀江は一気に刀を握る力を強くした。
「それで良い。 さぁ、心行くまで楽しもうではないか」
吹き荒れる熱波の中、冷徹に伊東一刀斎は迫ってくる。
☆
―――――黛由紀江と伊東一刀斎。
俗に言う「壁を越えた者」の強さとその衝突は凄まじい。
無人の発電施設で起きる、膨大な気と気のぶつかり合いを肌で感じ取るものがいた。
川神百代、生ける武神としてその名を馳せた彼女にそれを感じれぬはずが無い。彼女は、彼女達は。発電施設の周りを覆う森の中にその身を潜めている。
「………感じた。 まゆまゆと敵がぶつかり合った………!」
「自分も感じた。 恐ろしいまでの覇気だ……」
だが余りにも度を過ぎたその気は、武道を嗜んでいるものでも、そうでないものでも感じ取れるほどの威圧感だった。
クリスもそれを感じ取ることが出来た。彼女だけではない。一子も、京も、そしてあずみも。由紀江と、彼女が迎え撃つ敵の強さを察知した。
「どちらもマスタークラスの力………これは寧ろ発電施設の方が危ないかも」
「そうなったら沙也佳ちゃんも危ないわ!」
「落ち着きなワン公。 そのためにアタイ達が出張るように指示されたんだろうが」
彼女達、武士娘は所謂別働隊だった。
そう、この作戦において由紀江はあくまでも囮と時間稼ぎ。その間に圧倒的武力を持つ彼女達が乗り込み、沙也佳の安全を確保する。
実力は勿論のこと、経験豊富なあずみも加わった以上不可能ではない。
「お姉様、どうなの戦況は?」
「………敵の気が膨れ上がった。 ヒートアップしているようだな」
「なら今だな。 アタイ達が突撃するべきは」
気と気のぶつかり合いは一子達にも察知できるが、その詳細を把握することは難しい。湯家に気配探知に優れる百代に尋ねる他ない。
彼女に寄ればいよいよ戦闘は最も盛り上がる場面に来ているようだ。敵も白熱する以上、警備が手薄になるのはこの瞬間しかないとあずみも踏んだ。
「なら自分が道を切り開………」
「待ってクリス!」
普段の切り込み隊長といえば一子であるが、その気質はクリスにも備わっている。
早速踏み込もうとしたが、京に止められてしまった。
「な、何だ?」
「落ち着きな。 椎名の言うとおり、そのまま出しゃばったら死んでたぜ」
彼女の真意を見抜いたのはあずみである。
あずみと京は視線で会話を交わすとそれぞれ武器を取り出す。天下五弓と呼ばれる彼女の弓矢と、従者部隊として、元忍者として愛用しているクナイ。
それらを狙い通りの箇所に打ち込んだ。一件何も無い、ただの砂利であったはずがそこから凄まじい爆風が次々と広がる。
「………地雷か。 厄介な事をするな」
「だからまゆっち、電話で話しながら中へ入っていったのね」
「恐らくね。 だけどこれで全部のはず」
その爆風は計10個以上にもなる。規格外の威力を持つ上、どこに仕掛けたかすらも認知しづらい地雷は人類が生み出した最悪の兵器の一つに数えられる。
百代もそれを思いながら、改めてこんな事件を仕組んだ人物の危険性を認識した。しかしその地雷も天下五弓の目と現役従者の前では無力も同然。
その彼女が無力化したというのだから、地雷に関しては安全だろう。
「へっへぇ~。 やるねぇ、地雷を見抜いた上に全て潰すとはなァ」
立ち上る熱波と黒煙。その隙間から声が聞こえた。拍手の音も。
余裕綽々とした、男の声だ。声は間違いなく、爆炎の中から聞こえている。あの煙の中、そこに立つだけでも困難なはず。しかも事前まで一切気配を察知できなかったという事実。
彼女達に戦闘体制を一瞬で取らせるほど危険な人物であることはすぐに分かる。だが、あずみの顔色はそれだけではなかった。
「………やっぱりてめぇか!」
「アイツは綾鶴彩子を連れ攫った奴……! 知ってるのか?」
「知ってるも何も……コイツが、話に出てきた危険人物だ」
あずみの台詞終わりと同時に、その煙が風に攫われる。そこから現れたのは皮のテロガンハットとコートに身を包んだ男。
嘗て彼女達の前にも一度姿を現したことがある。気絶した綾鶴彩子を回収し、尚且つ百代からもあっさり逃げ切って見せた人間だった。
「法外な賞金と引き換えに暗殺などの危険な仕事を幾つもこなす“闇”の人間」
男は微笑を称えていた。これだけの面々を前にしても一切動じていない、寧ろ余裕すら称えているその態度は既に常人のものではない。
あずみの言う“闇”に生きるものであることは間違いは無かった。
「コイツによって大統領などの要人も暗殺され、その都度歴史が動かされた」
口元が嗤いで歪む。
動作の一つ一つで緊張が迸る。一子とクリス、京も固唾を呑んで武器から手を話すことが出来ない。
百代ですら、拳を握るその構えを解くことができない。
風ではためくコートと銀髪が、逆に男の狂気を煽ってくる。
「それがこの男…………“死神”ハインドだ!!」
紅い瞳を、こちらに向けた。
顔立ちは意外と整っており、老けた印象は全く与えられない。そこまで若いというわけでもなく、黙認できる年齢としては30代だろうか。
髭などはまったく生やしておらず、皺も見当たらない。だが顔中に刻まれた生傷が物々しい。
「そんな物騒な名前つけないでくれよォ、女王蜂サン」
「付けたくもなるさ。 過去三度も、帝様を暗殺しに来た男なんだからなお前は!」
あずみの一言が、更に男の危険度を引き立たせる。九鬼帝、現在の九鬼財閥の最高責任者。英雄達の父親でもあり、実質的に世界を牛耳る男としても名高い。
そんな彼が抱える九鬼財閥には、人外とも言える連中が無数に存在する。忍足あずみも、この男の部下である。クラウディオも、あのヒュームですらも。
この男―――――ハインドはそんな命知らずな行動を、過去三度も行ったというのだ。
「え!? 九鬼財閥に喧嘩売ったの!?」
「ああ。 まぁヒューム達のおかげで帝様は守られたが、コイツはそのヒューム達の追撃を全て逃れきってるんだよ。 ……しかも無傷で、な」
耳を疑いたくもなるような言葉がまた飛び出してくる。
ヒューム・ヘルシング。嘗てはあの川神鉄心のライバルでもあった男。彼が現役を退いてからも、ヒュームは未だに現役である。
その戦闘力は九鬼家の切り札とされ、最強執事の称号も授かっている。百代を相手に出来る、数少ない人間。
そして完璧執事の名を持つクラウディオもまた、戦闘の達人でもある。彼らを含めた従者部隊から無傷で生還出来るなど、翔一の冒険物語以上に信じられない。
「誇張表現もやめてくれよォ。 あのジジイらと真っ向勝負したら負けるっつーの」
「お前は真っ向勝負なんかしねーだろうが!」
先程からあずみが怒鳴り続けている。
英雄の前以外では言葉遣いが悪い彼女ではあるが、ここまで他人に敵意をむき出しにすることも珍しい。
やはり九鬼にとっても、ハインドは危険人物であるという証明だろう。
「ウィ、ご尤も。 ………俺の戦闘に勝ち負けは無い。 在るのは生か死か、だからな」
同時に男は腰に手を伸ばした。
腰にはガンホルスターが装着されている。そこから凄まじい重厚感が溢れる、物々しい大口径の銃が取り出された。
銃と言っても、警官が使うような拳銃ではない。映画でしか見ないような、いや、それよりも威力のあるものだった。それが二挺も握られている。
「っ!! このぉっ!!!」
咄嗟に動いたのは百代だった。標的にされた一子とクリスを守るため、前に出る。一斉に放たれた二つの弾丸を、その拳で叩き落して見せた。
しかし、銃口から飛び出した銃声音は爆音にも近いほどの大音量と衝撃を伴い、そしてその威力も百代が拳を振るわなければならないほどだった。
「お姉様大丈夫!?」
「瞬間回復があるから平気だ! ……それよりもこの威力、銃の力だけではない……気を込めて殺傷能力そのものも上昇させている……!」
彼女にとって見せれば、拳銃ですらオモチャ扱いに過ぎない。
放たれた弾丸も、デコピンでそのまま跳ね返し、例えうけてしまっても瞬間回復一つで完治してしまう。
その彼女が、あの男の持つ銃を前に汗を流している。銃の威力のみならず、ハインドが気を応用する技術があるからだ。
「気を応用………という事は!」
「この男も………マスタークラスの人間………!」
ある程度まで鍛えた武道家は、その才能によって「気」というエネルギーを操ることが出来る。気とは人間が元来持つエネルギー。
それを応用することによって身体能力向上や、桁外れの技を編み出すことも出来る。だがそれを行うには凄まじい才能と訓練が必要である。
自由自在に操るともなれば「壁を越えた者」に分類される実力が必要となる。――――このハインドは、その条件を満たしていた。京とクリスも、もう目を離すことが出来ない。
「これくらいお前さん達も出来るようになるって。 特に見込みがあるのは天下五弓のお前さんだなァ………厄介厄介」
またも銃を向けてきた。今度は左の銃弾だけだったが、気を応用し、更には大口径の銃を使用しているおかげで弾速も常識ハズレだ。
京は何とか屈むことで銃弾を避けるが、僅かに当たってしまったらしく青い髪がはらりと地面に舞い落ちる。
「この………京になにするのよ!!」
「やめろワン子!!」
少しでも回避が遅れていたら、間違いなく京の脳天に風穴が開いていたであろう。
憤慨した一子が薙刀を手に走り出す。
しかし彼女の実力ではハインドには勝てない。百代が止めようとしたがもう間に合わない。
「……ったく、若ぇ小娘だってのに……どうして死にたがるモンかねぇ」
「何勝負の最中に煙草吸ってるのよ!!」
一子の接近にはインドが採った行動は、何と迎え撃つことではない。
銃を仕舞いこみ、懐から煙草とライターを取り出したのだ。あろうことか、この状況下で一服を始めている。
武道家として、一子は益々この男が許せなくなる。力の限りの、薙ぎ払いを繰り出そうとした。
「理解できなかったか? コイツは“勝負”じゃねぇ……“殺し合い”だ」
テロガンハットの下から、血の様に紅い瞳が光った。
刹那、一子は恐怖を覚える。まるで血に染まったかのような眼光に臆してしまった。まさしく“殺し合い”続けた者の目。と、その隙に一子の顔に不快な感覚が襲った。
ハインドが、吸い込んだ煙草の煙を思い切り吹かしたのである。
「うっ!?」
「段違いの相手を前にノコノコ出しゃばるなんざ……バカのやる事だ」
更に懐からもう一つの物を取り出した。ギラリと光る刃―――――サバイバルナイフだ。
市販の物と大差ないデザインと代物だが、この男の気を操る技術があればそれが名刀と変わりない威力と切れ味となる。
機動力に秀でたあずみがその危険を察知し、両手の短刀でその一閃を防ぐ。
「ぐっ!! ………この女の子は……殺らせないよっ!」
「あっそ。 んじゃ粘ってみな! ハハハハハハハハハハ!!!」
短剣の刃を交差させて受け止めたものの、ハインドのナイフが切り込みを入れている。
これ以上力を込められると、逆にあずみの剣が切り裂かれ、彼女諸共一子も真っ二つだ。力の限り、あずみはそのナイフを押しのけた。
するとハインドはナイフを、まるで嵐のように振り回してくる。あずみも双剣で応戦するが、その手数は圧倒的にハインドが上回っていた。
(クッソッ……! 一発一発が重いってのにどれもこれも急所を狙ってきやがる!)
言葉にするヒマがないほどの斬撃の嵐。あずみは何とかそれを全て間一髪のところで防いでいるが、一瞬でも気を抜けばナイフが急所に到達する。
これだけの威力を持ったナイフであれば仕込んである鎧も意味を成さず、あっという間に息の根を止められる。
一閃、突き、切り上げ、切り下ろし、横薙ぎ、真空破。その全てをいなす。
「貴様!」
このまま黙っていれば最終的にあずみが倒される。
男は腕一本で、九鬼家従者部隊の序列一位を抑えているのだ。最早手加減等している場合ではないとクリスがレイピアを手に駆け出す。
攻撃に専念している今であれば、渾身の突きも避けられるはずがないと。――――対するハインドは、全く動じないどころか不適な微笑みを浮かべている。
「おぉぅ。 全く持ってこっちもバカ正直だなァオイ。 プッ」
「くっ!?」
何と咥えている煙草を、そのままクリスに向かって吐きつけたのだ。
煙草の先端には当然火が付けられている。それが目に向かって正確に飛んでくる。最悪失明の恐れもあると、咄嗟にレイピアで叩き落してしまう。
「死ね」
「させるかっ!」
その隙にハインドはまた銃を取り出し、クリスに向けて放った。
間に百代が割り込み、その身を盾にして銃弾を防ぐ。
「モモ先輩!?」
「だ、大丈夫だ!」
幾ら武神の肉体と言えど、言うなれば核爆発を凝縮させた弾丸を連続で食らっているのだ。百代といえどダメージが無いわけではない。
瞬間回復をかけつづけ、何とか盾としての役割を保っているが動けそうに無い。
(チィッ! こんな状況でもナイフを止める手が全く狂わねぇなんて………!)
しかもこの間でも、まだハインドはナイフを振るっていた。
全く衰えないその斬撃の嵐にあずみは活路を見出せない。それどころか腕にも疲れがたまり始め、寧ろ彼女の腕のほうに遅れが生じてしまう。
とうとうその腕に、浅いながらも一閃を受けてしまった。
「つっ!」
「ザマァねぇな女王蜂」
鮮烈な痛みが腕に走る。探検の動きに更に遅れが出てしまい、もう防御も回避も間に合わない。
死の光を帯びたナイフが、あずみの喉もと目掛けて振るわれる。
「やあああああっ!」
そこへ、一子が切り込んできた。
レプリカの薙刀とは言え重さは本物と相違ない。よって勢いと技術さえあれば、本物のそれと大差ない威力を繰り出すことが出来る。
さすがにこれを受けようとは思わなかったらしい。右手にナイフ、左手に銃を構えたままでは防御もままならないためハインドは宙返りを連続で行い、その一撃を避けた。
「逃がさない! 椎名流奥義、迷い鳩の群れ!!」
すかさず、京が矢を連続して放つ。
矢は空中で不規則に左右に揺れる。矢の跳ねに切込みを入れ、空気抵抗によって破かせることで屋の動きを自由自在にするというものだった。
那須与一ですら見破れなかったこの動き。京の切り札の一つでもある。
「この矢の動き、お前には読めない!」
「矢の動きは確かに読めねぇ。 ……けどよ、標的は何れも“俺”だろうが」
この数々の矢の前にハインドは着ているコートを脱いでみせる。
不規則に襲ってくる矢、それらが自身に当たる直前にコートを豪快に振り回し、飛んで来る矢を全て叩き落したのだ。
「なっ!?」
「本物の矢にしねぇからこういう事になるんだよ。 次からはマジモンを用意しな」
京が使用した矢はあくまで殺傷能力自体が無いレプリカ品。
よって先端は尖っておらず、貫通能力も無い。それが仇となり、全てコートの一振りで叩き落される結果となってしまった。
だがその行動自体が目隠しともなる。その隙に百代が一気に接近し、拳を振るう。
「げっ、こりゃヤベェな」
「逃がすか! 川神流、無双正拳突き!!」
数々の武道家を一撃で静めたストレートパンチが襲い掛かる。
幾ら壁を越えた強さを持つものであろうと、百代の技の一つ一つは破壊力が段違いだ。そんな彼女の必殺技とも呼べる一撃を食らえば、どんな相手であろうが沈むだろう。
「でも当たらなきゃどうだって事ナッシング」
それを、何とハインドは首を捻るだけで避けて見せた。更にはバックステップを連続で行い、あっという間に追撃を食らわぬように距離を置かれてしまう。
しかもその間、愛用の銃にマガジンを装填し、銃弾を補充してしまっていた。
「ホラホラホラァ!! まだまだ威力は上げられるんだぜぇ!?」
「なっ………! 川神流奥義、万物流転!!」
また銃口を向けてくる。さすがにあれを連続で食らっていては致命傷にこそならないものの、いつまでたっても足止めされるだけだ。
一気に状況を打破しようと百代は目の前に気で作られた壁を張る。この壁に当たった飛び道具は全て反射するというチート性能だ。だが、ハインドから放たれた銃弾は跳ね返ることなくその壁に突き刺さってしまっている。
「ちっ、さすがに破れねぇか。 頑丈だな武神様はよォ」
(この男……真っ向勝負では勝てないと言っておきながらも私達の技を全て避け、必殺を狙える箇所を集中的に攻撃してくる……!)
ハインドの銃弾を防ぎながらも、百代は分析していた。
この弾丸も、防いでいなければ目や胸、喉と言って急所に突き刺さっていたはず。この乱闘の中、あの男は確実に命を奪える箇所を狙う技術を持っている。
更には破壊力自体も気を応用することで百代に次ぐ火力を手に入れている。何より特筆すべきは、全てを避けきって見せるというその回避能力。
「なるほど……これが死神と呼ばれた男の実力か……!」
やり方はともかく、百代はその実力を認めざるを得なかった。
警告どおり、その実力はルーや釈迦堂と比べても遜色は無い――――寧ろ戦法を加味するとそれ以上かもしれなかった。
何よりあのヒュームですら一撃も与えられないという回避性能がある以上、攻撃を当てることさえ難しかった。
「いやギア上げてるトコ申し訳ねぇけど俺、アンタとタイマン張っても勝てねぇよ?」
(などと言ってるが、私も急所に弾丸やナイフを受ければ重傷は避けられない!)
弱気なのは口だけだ。構えは全く冷静であり、隙が無い。何より息一つ乱していないのだ。
あずみですら方で息をしているというのにも拘らず、ハインドは涼しげな表情を崩さない。体力、技術、そして頭脳。どれを持ってしてもトップクラスのものだ。
百代も瞬間回復があるとは言え、急所に攻撃を受け続ければ回復が追いつかない可能性も出てくる。
「どうするのモモ先輩!?」
「正直………自分達では勝ちが見えない!」
「アタシ達のコンビネーションでも一撃も当てられないなんて………」
「ったく、ヒュームもクラウディオも仕留めておけよな!」
ここまでの激闘を繰り広げておきながら決定打は愚か、一撃すらも当てられていない。
それどころか向こうは常に致命傷を狙ってくる。それも正確に。
壁を越えた実力の持ち主である百代ですら手玉に取られている現状に、京達も焦りを隠せない。
「………だが私達の任務は、あいつを倒すことじゃない」
けれども、希望を見失っているわけではない。
正直言えばハインドの実力は予想以上だが、妨害されない可能性は考慮していないわけではなかった。
―――――寧ろこの展開は、百代達にとって、“あの男”にとって狙い通りそのものである。
(そうだろう? 大和!!)
拳を構え、百代は向かっていく。
死神と呼ばれ、まるで命そのものを弄ぶかのようなあの男に。それも全ては、彼女が、彼女達が信じる男―――――直江大和に全てを託してのことだった。
☆
―――――更にここは百代達が戦っている地点から真反対に位置する森。
そこでは五人の男と一人の女性がその身を潜めていた。
次から次へと鳴り響く地響きに戦きつつも、ただ気配を殺し続けている。
「……どうですか直江大和。 戦況の方は」
「うん、李さんによると姉さん達がハインドという男と戦っているらしい」
それは風間ファミリーの男性陣、そしてマルギッテだった。
彼らもまた別働隊であり、百代達ですら更に囮であり、時間稼ぎにすぎない。彼女達の武力と、逆に男性陣の地力の低さから裏をかぎやすいと判断したためだ。
「んで、遠くから知り合いの従者部隊に戦況を報告させ………」
「その間に俺様達が突撃か。 大和らしい作戦だな」
忠勝と岳人もここに来てようやく大和が脳内に描いていた、沙也佳救出への道のりが見えてくる。
施設内では由紀江が、正面では百代達が、敵を引きつけてくれている。
まだ他にも仲間がいる可能性は高いが、今こそ最も警備が手薄になっているはず。大和達は出来るだけ敵に悟られないように、音をたてないように発電施設の裏口へと向かっていく。
「でもよ、モロは別に待っててもよかったんだぜ? ぶっちゃけ危険だぞ?」
「皆と一緒にいる方が安全だよ。 それに人手は一人でも多い方がいいでしょ」
「おっ、モロが頼れるようになってきたな」
「何さ大和。 今までの僕は頼りなかったわけ?」
向かいながら翔一は遠回しに「戻れ」と卓也に告げる。
しかしここに来て彼の意固地になってきたようだ。今はその覚悟が頼もしいと大和も評価する。
今までされなかったことに卓也は不満だったようで、彼の愚痴に全員が笑いそうになる。
「しかし大丈夫なのですか? 川神百代が言うには強大な気は3つ感じたということでしたが」
「そのためのマルさんなんだ。 そこのところはお願いするよ」
「適材適所というわけですか……分かりました。 全力で任務を遂行します」
途中でマルギッテが懸念点を指摘した。
それはこの北陸の地に訪れたという、強力な気の持ち主の存在。百代と由紀江の話ではそれを3つも感じたという。
彼女達が察知したというのだからほぼ間違いはないだろう。つまり施設の中にもう一人、彼らの仲間がいるということになる。だが恐れている場合ではない。
だからこそ大和は戦闘力でも頼りになれるマルギッテをこちらに配置したのだ。
「何て言ってる間に裏口に来たがどうする?」
「くっそー。 こんな時に限ってピッキング道具持ってきてないぜー」
とうとう目的地に到着した。
忠勝が試しにドアノブを回してみるが、やはりドアは開かない。発電施設だけあって警備も厳重というわけだ。
サバイバル生活や敵組織に追われた時の必需品として翔一が持っている道具も、今回に限っては持ってきていないという状況だが大和は焦らなかった。
「だからこそここで君の出番なのだよガクト君」
「………ああはい、なるほど。 そういうことですね」
大和からの指示を理解した岳人は嬉々としてその扉に向かう。
ドアノブを両手で持ち、力の限り引っ張った。ベンチプレス190キロ、腕力だけならば百代に次ぐ彼の真骨頂だ。
そのまま力づくで、裏口のドアを破った。
「へっへーん! どんなモンよ」
「なるほど。 鍵がかかっている場所だからこそ力業で侵入しやすいと」
警備が厳重なところほど油断が生じやすいものだ。
だからこそ敢えて鍵がかかっているルートを選択した。障害物があるなら、排除すればいいだけのこと。
大胆かつ合理的な作戦にマルギッテも納得した。
そして今、大和達の目の前には暗い道が真っ直ぐに伸びている。
「いいか皆。 恐らくここから先は危険だ。 だからこそ絶対に目の届く範囲で行動しろ」
「それはお前もだぜ軍師。 ま、こっちには俺もいるんだし安心だろ」
「私も忘れて貰っては困ります。 とにかく、作戦中は私の後ろにいなさい」
ここから咲き求められる事項は三つ。
一つ目は無論沙也佳の救出だ。彼女さえ救出すれば後は引き上げるだけ。
一つは迅速に行動すること。沙也佳のためにも、由紀江のためにも時間はかけられない。
そして最後となる三つ目。それは全員の安全。例え沙也佳を救い出せたとしても誰かが犠牲になるような事態などあってはならないのだ。
「物音にも気をつけろ。 敵の接近は勿論、俺らの位置もバレるぞ」
「大丈夫! そういう知識はゲームで折り込み済み!」
「師岡卓也、ゲームで物事を計るのはやめた方がいいと知りなさい」
その間にも警戒心を高めている忠勝と卓也。
すぐにマルギッテから注意されてしまったが、ここから先は常識が通用しない世界とも言える。
だがここで足を止めてしまっては、沙也佳も、由紀江も救えない。
「――――――行くぞ!!」
大和の一言で、全員がとうとう施設内に入る。
まだ激闘による衝撃が届いていた。施設内では由紀江と一刀斎が、施設前では百代達とハインドが、そして内部では大和達が。
各々の任務を果たすための戦いが今、始まった。
続く
三つ巴の戦い、って言葉の響きが好きです。テンペストです。
さて、由紀江編もいよいよ戦闘に突入です。
戦闘と言えば敵側となる人物が必要になりますが、敵側をオリキャラで固めるに当たっての強さ設定が難しいのです。
弱すぎるとお話にならないし、強すぎると物語が進まない。そういう意味では常に調節した強さにしております。
予め言っておくと伊東一刀斎とハインド、この二名は「壁を越えた者」にカウントされます。具体的な戦闘力は明かせませんが、「壁」というラインは便利ですね。
壁を越えた者、というラインですがマテリアルブックによるとクラウディオは壁の手前、林沖と辰子は壁の上辺りだそうですね。
こういった設定が面白く感じられるのでマテリアルブックは手放せません。
そしてそういった戦闘や設定、まじこいキャラを輝かせることが出来ることも二次創作の面白みと言えますね。
さて、次回はいよいよ三つ巴の戦いに決着。
由紀江は勝てるのか、ハインドは撃退できるのか、そして沙也佳は救い出せるのか。どうかお楽しみに!
感想ご意見お待ちしております!
※お詫びと訂正
第三十一話「実家に止まろう!」で最後に出てきた人物名が「伊東一刃斎」となっていましたが、正しくは「伊東一刀斎」です。申し訳ありません。
なお、伊東一刀斎は実在の人物でもあります。