真剣で私に恋しなさい!X   作:テンペスト

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第三十四話 激闘する武士娘達

―――――発電施設内、機関室。

ここは今、紅蓮の炎に包まれていた。目の前の男――――伊東一刀斎が起こす火炎によって。

由紀江は火炎を切り裂き、剣閃を弾く。

それでも彼女達の周りを囲むかのように炎が唸っている。

 

 

 

 

 

「素晴らしいぞ黛由紀江。 ここまでのものとはな………」

 

 

 

 

 

老人であったはずの伊東一刀斎、彼は若返っており全盛期とも呼べる力を手にしている。

どのような原理かは解らぬが、確実に由紀江は押されていた。剣の威力でも、気の操り方でも、全てこの男が上回っている。

徐々にではあるが、息も乱れてきた。だが、まだ足はしっかりと地を捉えている。

 

 

「黛流………十二斬!!」

 

 

神速の斬撃を見回せようとする。

先程はこの技で一刀斎を吹き飛ばして見せた。彼はその技を。

 

 

「その太刀筋はもう見切った」

 

「!?」

 

 

全て受け止めて見せた。

やはり若返っただけあって身体能力の面においても由紀江が劣っているらしい。更には一度見せたことが災いし、その動きも見切られてしまっている。

追撃を食らわぬように距離を置き、刀の範囲から逃れる。

一刀斎はそれも見抜き、彼女に向けてまた火炎を放つ。ごう、と音を立てて炎が地を這った。

 

 

「やぁぁぁぁっ!!」

 

「むぅぉっ!?」

 

 

しかし、由紀江はその展開も読み切っていた。

刀を天井に向かって掲げる。すると溢れ出す気が広がり、迫りくる炎を押しのけた。その威力は一刀斎も追撃を辞め、防御に徹するほどのものだ。

相手が動きを止めればまたとない攻撃の好機。一気に距離を詰め、由紀江が切り込みに行く。

 

 

「はぁっ!」

 

「何の!」

 

 

鋼と鋼がぶつかり合い、鋭い音を散らせる。

互いの刀身には切るべき相手の姿が映り出されている。どちらにも余裕はない。

一瞬でも気を抜けば、致命的な一閃を受けてしまう。火花が散らされる鍔迫り合いに、一刀斎は顔を苦くするどころか、寧ろ笑っている。

 

 

「これだ……! これだ!! 拙者が求めていた戦いは!!」

 

「…………!」

 

「お主こそ我が好敵手に相応しい存在! ……黛由紀江よ、心行くまで楽しもうぞ!」

 

 

全盛期の力でさえも受け止めて見せている由紀江。

一刀斎の心は昂り続けるばかりだ。

まるで、生まれた初めて充足を得たと言わんばかりに目を輝かせている。だがその輝かしさが、由紀江にとっては逆に腹立たしい。

こんな男のために父が、妹が傷つけられたのだと思うと。

 

 

「せぃゃっ!」

 

「ぬっ!?」

 

 

鋭い一閃が、一刀斎の刀を弾く。

今までとは違う力強い一閃。咄嗟に態勢を立て直し、一刀斎も距離を置く。

一子やクリスであれば激しい怒りを顔に出しているところだろう。しかし、彼女は違う。顔に激しい怒りは浮かんでいないが、寧ろその静けさが恐ろしい。

嵐の前の静けさのように。吹き荒れる熱波の中、由紀江は静かに近づいていく。

 

 

「………………」

 

 

何も発しない。

どれだけ炎が吹き荒れようとも彼女は動じることはない。あれだけ動きまわったにも関わらず、皮膚は愚か服にさえ焦げ目が付いていない。

その美しさは、恐ろしくもあり、一刀斎の心を更に駆り立てた。

 

 

「いい………! いいぞ、拙者は今充足している! 存分に戦おうぞ!!」

 

 

刀を連続して振るい、炎の壁を打ち出してくる。

押し寄せてくる火炎に由紀江は刀を構え、迎え撃つ。

 

 

 

 

 

(皆さん……大和さん! お願いします! 沙也佳を……どうか!!)

 

 

 

 

 

今、彼女は祈っていた。

神にでも、仏にでも、増してやセイファート神にでもない。

最も信頼できる友人達に、そして思い人に全てを託す。彼らを信じ、由紀江は果敢に斬りかかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時同じくして、ここは発電所内。

蛍光灯すら点いていない廊下を大和達は歩いていく。明りがあれば行動しやすくなるが、逆に敵にも見つけられやすくなってしまう。

そこでマルギッテが眼帯を外し、暗さに慣れている右目で位置を確認している。

 

 

「……部屋がたくさんありますね」

 

「なら一人一人部屋を総出で探そう。 マルさんは見張りよろしく」

 

「了解しました」

 

 

一斉に全員が部屋の扉を開ける。

その中にマルギッテは加わらなかった。彼女は背後から襲われないように見張りとしての役目がある。

戦闘力が頼もしい彼女にはうってつけの配置と言うわけである。

 

 

「こっちにはいないよ。 キャップは?」

 

「こっちもダメだ」

 

「俺様んトコにもいねぇぞ」

 

「なら別の部屋だな。 次を探そう」

 

 

さすがに一発目では見つけられなかったようだ。であれば次に行動を移すまで。

閉鎖されたとはいえ広い建物なのだ、すぐに見つけられるとは思ってもいなかった。だからと言って時間を引き延ばすことも出来ない。

一階部分を捜索し尽くしたが、結局沙也佳は見つけられない。

見取り図をみながら、大和達は階段を上がり二階部分へと向かう。

 

 

「お! おいあっちに蛍光灯がついてる通路があるぞ!」

 

「行くなよガクト。 あっちに沙也佳ちゃんはいない」

 

 

明りが最初から点いていれば探しやすいと踏んだ岳人が向かおうとするが大和が止める。

彼はいたって冷静だった。

 

 

「最初から点いている、ってことは恐らく敵がまゆっちを案内する為に設けられた通路だ。 その道中に沙也佳ちゃんを置いて見ろ、まゆっちが取り戻して即オサラバだ」

 

「確かにそうですね。 彼女の気配探知は優れていますから、気付かないわけはないでしょう」

 

「なら別の通路だね」

 

 

マルギッテと卓也も納得し、別の道を探す。

しかしそれでも大型施設だけあって部屋の数は気が滅入るほど多い。当てもなく探し続けてはそれこそ敵に鉢合わせする可能性も高くなってしまう。

見取り図を見ながら最も可能性の高い場所を探そうとするが。

 

 

「………こっちだ、皆」

 

「風間? 何か確信があるのか」

 

「ない! けども、風が俺を呼んでいる!」

 

 

突然、翔一が指差した。

その方向は確かにまだ探していない部分である。だが忠勝の問いに対し、自信満々に言いきって見せた。

普通の人であれば呆れて取り合わないところであるが彼の場合は違う。

 

 

「……キャップの運と勘の良さは折り紙つきだ。 ここはキャップに従おう」

 

 

他に当てがない以上、翔一を信じるしかない。その方向へ進むとまたもや沢山の部屋に突き当たる。

建物の見取り図を見ても、ここならば人質を隠すにはうってつけだろう。

 

 

「沙也佳ちゃんいるか?」

 

 

まず翔一が手近な扉を開けて見る。物置らしく、ごちゃごちゃとパイプやら電線やらが置かれており、いちいち物を退けないと確認も出来ない。

しばらく探しこんで見るが、この部屋に沙也佳はいなかった。

同時並行で卓也も隣の部屋に突撃する。

 

 

「沙也佳ちゃん? 助けにきたよ」

 

 

彼らしい穏やかな声で呼びかけて見るが、声は返ってこない。

この部屋には窓が付いているので月光が差し込み、今までに比べると比較的明るかったが、それだけに何も見つからない。

 

 

「ロッカーん中にもいねぇ。 ゲン、そっちはどうだ?」

 

「こっちもハズレだ。 後は直江の担当する部屋ぐらいだろうな」

 

 

丸められたカーペットを押しのけ、岳人や忠勝が捜索する。

しかしどれだけ探そうともこの部屋から出てくるのはガラクタや埃だけ。無駄足だったということに他ならない。

音にもできるだけ気を配っているが、女の子の声らしきものは全く感じ取れない。

マルギッテは外で見張りをしている以上、残すは大和が探す部屋のみだった。

 

 

「沙也佳ちゃん? いたら返事してくれ」

 

 

余り大きすぎない程度に声を出す。

だがこの部屋には何もない。窓も付いているためこの部屋にも月光が差し込んでおり、明るい。

より空っぽであることを強調されてしまう。

 

 

「んー……この部屋もスカか………、お?」

 

 

違和感を覚えつつも、大和が諦めかけた。

だが何の気なしに部屋の真ん中に立ったその時、僅かな違和感を感じる。今まで堅かった足場に、軽い音が混じったのだ。

 

 

「? これはまさか……下の空間があるってことか!」

 

 

足音に軽い音が混じる、ということは下に音が響くだけの空間があるということ。

これらが導く結論、それは床下収納だ。

探ってみると、取っての部分がある。幸い、鍵が付いているタイプではない。思い切り引き上げて見る。

そして愛用の携帯電話を開き、懐中電灯代わりにしてその中を照らした。

 

 

 

 

 

「あっ! 沙也佳ちゃん!!」

 

 

 

 

 

その中にいた。緑がかかった黒髪のツインテール、青い瞳。間違いなく黛沙也佳だった。

動けないように縛られているばかりか、声を出せないように猿轡を噛まされている。

大和は彼女を床下収納から引き上げ、猿轡と縄を外した。

 

 

「沙也佳ちゃん大丈夫?」

 

「ぷはぁっ! ……は、はい。 特に乱暴なことはされていないので………」

 

 

どうやら目立った外傷はなく、縛られた以外に乱暴はされていないらしい。

とりあえず安心しつつも手を引き、立ちあがらせる。騒ぎを聞きつけてか、他のメンバーもそこに集まった。

 

 

「直江! 見つかったか?」

 

「バッチリ!」

 

「へぇ、これがまゆっちの妹さんかぁ」

 

「確かに似ているよね」

 

 

忠勝達男性陣が真っ先に入ってきた。大和の隣には、確かに健康そうに立っている美少女がいる。

姉にそっくりだと、岳人も卓也も頷く。

 

 

「大和さん、キャップさん。 こちらの方々は?」

 

「俺の愉快な仲間達、風間ファミリーだぜ!」

 

「皆さんで助けに来て下さったんですね……ありがとうございます!」

 

 

こんな状況下でも、沙也佳はお礼を忘れなかった。

姉に似て礼儀正しい娘だと誰もが感心する。だからと言って気を取られている余裕はない。

沙也佳を救出できたのなら迅速に脱出する必要がある。

 

 

「お前達! 早くいきなさい!」

 

「そうだね。 沙也佳ちゃん、行くよ!」

 

「えっ? あ、や、大和さん!?」

 

 

安心している暇はない、とマルギッテが指示する。

この建物内は言わば敵にとってのテリトリー。確かにこの中で安心し続けることなど出来ない。

皆が頷き、走り出す。咄嗟に大和は沙也佳の手をとって走り出した。

さすがにこれは免疫がなかったようで沙也佳は顔を赤らめてしまう。

 

 

「な、何て温かいんでしょうか大和さんの手はお姉ちゃんはいつもこんな感覚味わっているのかなでも電話では手を繋いだことはないっていうしそれじゃ私はお姉ちゃんを差し置いてってことになるのかなまぁ大和さんなら良いけどもって私は何考えてるの!?」

 

 

その途中、沙也佳は目をぐるぐる回しながら何かをブツブツと呟いている。

最も小声であることに加え、走り出している大和達には聞こえなかったのではあるが。

と、ここで彼らの周りに何か白い靄みたいなものがかかる。

 

 

「? 何だこれ………霧、か?」

 

「っ! 全員止まりなさい!」

 

 

確かに触れれば手にはつかめないが、湿ったような感覚がある。

霧で間違いないのだろうが、夏の夜、しかも建物内でこんな現象が発生するはずもない。

咄嗟にマルギッテが全員を制止させた。

 

 

「沙也佳ちゃんは俺の後ろに! 皆! 絶対離れ……うわっ!?」

 

 

大和が指示を繰り出す。

最悪、沙也佳だけは守らなければならないと背後に隠した。だが他の仲間達に歩み寄ろうとしたその直前に周りを覆っていた霧が、まるで嵐のように吹き荒れた。

思わず目を閉じてしまう風圧に耐えつつ、大和と沙也佳は目を開く。

すると辺りの景色は、全く変わっていた。

 

 

 

 

 

「………なっ? 何だこれ!?」

 

「あ、辺り一面が鏡!?」

 

 

 

 

 

何と周り一面が鏡張りの世界になっていたのだ。

周りに自分たちの姿が映し出され、頭がおかしくなってくるようだ。しかしそれだけではない、先程まで傍にいた翔一達やマルギッテの姿もない。

 

 

「ガクト、モロ! ゲンさん! マルさーん! 返事してくれー!!」

 

「キャップさん! いますかー!?」

 

 

仲間達に声を呼び掛けて見るが、自分達の声が反響するだけだ。

全く気配もしない。傍にある鏡を触っても、冷たい感覚だけが返ってくる。

 

 

「どうなっているんだこれは………?」

 

「多分幻覚か何かだと思います。 先程まで私達は間違いなく建物にいたんですから」

 

「となると、これも敵の仕業だってことか」

 

 

こんな体験はさすがに大和でもしたことがない。

一方で沙也佳は冷静だった。姉とは違って武道は嗜む程度、と言いつつも実力はあるらしく、状況観察に優れている。

大和も冷静さを取り戻し、どうすればここから抜け出せるかを考えている。

 

 

 

 

「その通り。 貴方達は今、私の術中にはまった」

 

 

 

 

そこに声が聞こえた。今度は女の声だ。しかも若い。

辺りを探していると、その女性は確かに存在した。鏡の天井に、何と逆さまに立っているのだ。

忍者装束を着こんでいる、所謂クノイチらしい。

腰には刀を指しており、緑色の髪をポニーテールにして纏めていた。

 

 

「誰だ!?」

 

「……いいだろう。 冥土の土産に覚えておくがいい」

 

 

大和の問いかけに女性はゆっくりと振り返る。

緑色の瞳が大和を視界に納め、そしてその右手は腰に差してある刀に伸ばされた。

危険な雰囲気が漂ったときには、もう遅かった。

 

 

 

 

「私の名は………霧隠才蔵だ!!」

 

 

 

 

 

霧隠才蔵。それは良く物語や漫画などで度々耳にする、忍者の名だ。

架空の人物とされているが近年は元なる人物が存在したのではないかという指摘も存在する。

そんな情報が一瞬脳裏を駆け抜けたが、だからと言って迫りくる刃を止めることはできない。

大和達に防ぐ全ても、回避するすべもない。大和は咄嗟に沙也佳を逃がそうと、彼女を突き飛ばした。

 

 

「っ! 大和さん!?」

 

 

さすがに女性の体重では男の力を受け止めることはできず、沙也佳は距離を開けさせられた。

その間に、大和は才蔵の手によって地面に押し付けられてしまう。

 

 

「うわっ………!」

 

 

左手で肩を掴まれ、地面に固定される。

女性でありながらやはり鍛えられている肉体の前では大和は無力だ。霧隠才蔵は右手に刃を握っている。

逆手持ちだ、そのまま付き立てられてしまえば大和は死ぬ。

さすがの大和も、歯を食いしばり、死を覚悟した。

 

 

「……………………」

 

 

だが、どうしたことかどれだけ時が経とうとも刃は一向に迫ってこない。

大和も、沙也佳も、声を上げることができない。そして霧隠才蔵も、何も言わない。

彼女は見ていた。この一瞬でこの男が取った行動を。守るべき女性を逃がすためにわざと突き飛ばし、死を覚悟したその姿勢。

そんな彼に、この女性は。霧隠才蔵は。

 

 

 

 

 

(………格好いい………)

 

 

 

 

 

顔を赤らめていた。

 

 

「え?」

 

「ま、まさか………?」

 

 

突然見せたこの反応に、大和は何が何だか飲み込めない。最も直前まで死を覚悟していたのだから無理もないのだが。

一方の沙也佳はその顔色を知っている。何せ姉がよくしているものなのだから。

顔色が赤くなるにつれ、呼吸も乱れてきた才蔵は大和から離れる。

 

 

「………ぁ、そ、その………」

 

「へ?」

 

「き、今日はこれにて失礼!」

 

 

何と大和にとどめを指すことなく、懐から煙玉を取り出し、地面にたたき付けた。

白煙が辺りを多い、その煙たさに大和達も目を閉じてしまう。

ようやく目を開けた時には、元の景色に戻っていた。周りには翔一達も立っている。

 

 

「大和! 沙也佳ちゃん! 皆も無事だったか!」

 

「あ、ああ。 何とかな。 でも何だったんだろうな、霧隠才蔵って………」

 

「さぁ?」

 

 

翔一も、仲間達の無事が確認できてホッとしている。

どうやら彼らも幻覚を見せられていたらしく、声も届かなかったようだ。最もそれでいて楽しそうな顔色をしている辺りがさすが翔一である。

大和も胸を撫で下ろしつつも、霧隠が突然去ったその真意を見抜けないでいる。沙也佳は客観的視点からすぐに見抜けたが、同時に面白くなさそうな顔つきである。声も素っ気なかった。

 

 

「さっきまで俺様、何か孤島にいたんだが………」

 

「ぼ、僕はコンピューターの世界だった」

 

「俺は牢獄だったな……アンタは?」

 

「……ドッグカフェでした」

 

 

岳人達もそれぞれユニークな幻を見せられていたようだ。

何はともあれ、全員が傷を負ったわけでもなく、無事であることは確認できた。

 

 

「と、とにかく。 早くここから脱出―――――………?」

 

「何だろ……え!?」

 

 

建物内から脱出しようとマルギッテが急かそうとする。

だが今度は先程の霧のような冷たさではない、寧ろ逆に汗が噴き出るような暑さが周りを覆っていることに気付く。

思わず廊下を覗き込んだ卓也が驚きの余りに声を上げた。

 

 

「どうしたモロ!?」

 

「た、大変だよ! 火事だ!!」

 

「何!?」

 

 

全員が覗き込むと、確かに廊下の奥からチラチラと火の粉が吹いている。

それに伴い焦げ臭い煙も出てきていた。間違いなく火事だ。それにしてはスプリンクラーや警報機などが作動していない。

無人施設と言えども、火災などに対しての備えはあるはずだ。

 

 

「……これは警報機の類が切られてるな」

 

「だとすれば早く出た方がいいぜ!」

 

「でも待って下さい! 話によればお姉ちゃんがまだ……!」

 

 

火事の恐ろしさは火傷だけではない、有毒な煙にある。

煙を吸い込んでしまえば身体機能がマヒし、最悪逃げられずに焼死するというケースがよく発生している。

そんな目に遭いたくないと忠勝と翔一も駆けだそうとするが、沙也佳が足を止めてしまう。

まだこの施設内にいる、由紀江の安否が確認できていないからだ。

 

 

「………ダメだ。 李さん達もまゆっちが外に出てないってメール出してるし………」

 

「だからと言って逃げ遅れれば全滅もあり得ます! 敵がまだいる可能性も……」

 

 

いかなる強者と言えども火事に巻き込まれて無事でいる保証はない。

マルギッテの指示も最もであり、霧隠才蔵もまだこの近くに潜んでいる可能性がある。

そこで大和の目に留まったのは、非常用に供えられたと思わる、水の入ったバケツだった。それを徐に手に取り、真っ逆さまにして被る。

 

 

「大和!? お前………まさか」

 

「ああ、まゆっちは俺が探してくる!」

 

「危険だぞ! 何なら俺も………」

 

「ゲンさん達は沙也佳ちゃんについて! 大丈夫、まゆっちを見つけたらすぐ引き上げる!」

 

 

どうやらこの火事の中、由紀江を探すつもりらしい。ポケットから煙を吸い込まないためのハンカチも取り出した。

忠勝も付いていこうとするが、二次災害の可能性、そして霧隠才蔵の再来に備え出来るだけ戦力を沙也佳の傍においておくように指示した。

それに沙也佳が無事であれば由紀江もすぐにこちらにつき、脱出してくるはず。

時間がないこと、そして大和の考えに納得せざるを得なかった岳人が真っ先に沙也佳を連れて歩きだす。

 

 

「………分かった。 沙也佳ちゃんは俺様達に任せな!」

 

「その代わり無茶はしないでね!」

 

「ああ!」

 

 

卓也にも親指を立て、大和は走り出した。

と言っても炎に真っ向から突っ込むような男ではない。なるべく火の気が立っていないルートを選択し、回り込んでいく。

走り抜けたその先は機関室。ここが主な火元であることは、凄まじい熱波と煙で判断できる。

幸いここは二階部分、金網の通路で機関室の真上を通れるようになっており、そこから覗き込めるようになっていた。

 

 

(……! まゆっち!!)

 

 

そこには、黛由紀江がいた。目の前には彼女に切りかかってきたあの男―――――若返っているが―――――もいる。

大和にはその男の正体、実力共に一見では分からない。

しかし、これだけは言える。黛由紀江は今、追い詰められていた。

 

 

「く………ぅぅっ………!」

 

「ふ、ふふ……見事。 実に見事、拙者とここまで渡りあえるとは……」

 

 

由紀江は炎の壁に囲まれていた。

炎の壁は何れも彼女の慎重よりも高く、何よりその熱量がけた違いだ。触れただけでも消し炭になってしまうであろうそれに囲まれては由紀江も抜け出せない。

最も相手である一刀斎も、多くの刀傷を受けたようで息を切らせている。

 

 

「しかしここまでだ……攻めて死体が残らぬよう、美しく燃え散れ」

 

 

刀の一振りで、炎の壁が迫ってくる。

由紀江も動く事が出来ず、寧ろ死すら覚悟しているような顔つきだ。だがそんなことはさせまいと大和が辺りを見回す。

するとあの機関室の、金網の通路の奥にその希望を見つけた。

 

 

「あれだっ!!」

 

 

もうなりふり構っていられない。

大和が駆けだしていく。彼の足音も、燃え盛る炎の音にかき消されるだろう。一刀斎も、勝利のふた文字に心酔し大和の気配に気を向けていないようだ。

壁の奥にあったそれまで駆けだし、ボタンを押す。

それは手動式のスプリンクラー。天井から水がシャワーのように飛び出し、一瞬にして辺りの炎を消し去った。

 

 

「なっ!? ば、馬鹿な……消火器の類は霧隠に無力化させたはず……!?」

 

 

一刀斎も何事か分からずに辺りを振り返っている。炎の壁がなくなったことで由紀江は脱力し、膝をついてしまう。

どうやら互いに消耗が激しいらしい。ならばこれ以上ここに留まるわけもないかない。

大和は上から声をかける。ここでようやく一刀斎も大和の存在に気付いたらしいが、もう遅かった。

 

 

「まゆっち!! 沙也佳ちゃんは救出した!! 逃げるぞ!!」

 

「な、何だと……!? ハインドと霧隠は何をしておったのだ!?」

 

 

彼が火を消した張本人であると同時に由紀江を留めておく「楔」を奪われたことに驚きを隠せないでいた。

由紀江は彼とは対照的に、嬉しさで顔を満たしていた。

 

 

「大和さん……! はい!!」

 

 

炎の壁さえなくなってしまえば逃げることは容易い。

その跳躍力で一気に大和の下まで飛んだ。だが降り立った瞬間に膝をついてしまう。

 

 

「大丈夫か!? 早くここから逃げ………ッ!?」

 

 

さすがの彼女も相手の太刀筋と火炎に苦しめられたらしい。

一刀斎ほどはっきりとした刀傷は負っていない辺りはさすがだが、早く離脱するべく彼女を抱えようとする。

が、一刀斎から放たれる殺気がそれを許さなかった。

 

 

「貴様………よくも我らの決闘を………邪魔しよったなぁ!!」

 

「な!?」

 

 

由紀江との一対一の決闘を邪魔されたことに心底怒っているらしい。

一刀斎の周りからス様示威殺気が溢れだす。大和も恐怖にとらわれ、足が竦んでしまう。それだけではない。

彼の刀の周りに今度は冷たい風が渦巻いている。先程の火炎とは違う。その真逆、冷気だった。

 

 

「これは冷気……!? まさか炎だけでなく氷も操るなんて……!」

 

 

以前、百代が一瞬にして相手を氷漬けにする技を使用したことがある。

そんなことができる時点で十分人外といえるのだが、全く正反対である属性の技を操れる存在はもう底が知れない。

由紀江も何が来るのか、予想ができないでいる。

 

 

 

「無慈悲なる白銀の抱擁を受けよ!! 奥義、雪月花!!!」

 

 

刀を床に突き刺すと、冷気が一瞬にして彼方此方に走る。

スプリンクラーで水を降らせていたことも災いし、辺りから鋭い氷柱が幾重にも伸びてくる。

大和と由紀江は何とか回避しようと動きまわるも、武人ではない大和が避けきれるはずもなく右の肩に氷柱が刺さってしまう。

 

 

「ぐあぁぁぁっ!!!」

 

「大和さん!?」

 

「拙者と黛由紀江の神聖なる決闘を汚したその大罪……一太刀では済まされぬ!」

 

 

先程の一撃でわざと殺さなかったらしい。

無数の斬撃で大和を苦しめ、その上で殺そうとこちらに飛び、迫ってくる。肩にとはいえ痛みが走っている状態で立ちあがれる大和ではなく、あっという間に追い詰められた。

由紀江も体力の消耗に加え、無数の氷柱に阻まれ、大和の下にたどり着けない。

 

 

「この怒り……数十、数百……否! 幾千の傷にもせぬと晴らせぬわ!!」

 

 

もう一つ傷を負わせようと刀を振り上げた。

霧隠才蔵とは違って、こちらは殺気に満ち溢れている。手加減してくれるはずもない。

立ちあがれないこの状況で狭い金網の通路。もう逃げ場はない。

あるとすれば下側に跳び下りることだが大和の身体能力では下りることも出来なかった。

 

 

 

 

 

「まずは一太刀! 報いを受けよ小僧がぁっ!!!」

 

 

 

 

 

死の冷気を帯びた刃が振り下ろされた。

今度ばかりはもうどうにもならないと大和は目を瞑る。

―――――やはり刃は迫ってこない。そればかりか、何か固いものにあたった音が目の前で炸裂している。

 

 

 

 

 

「………! ま、まゆっち!!」

 

 

 

 

 

由紀江だった。

彼女が大和の前に回り込み、一刀斎の刃を受け止めているのだった。

 

 

「大和さんから………離れてください!!」

 

「ぐぅぉ!?」

 

 

力強い彼女の刀が、一刀斎を押しのける。

これまでにない彼女の殺気と怒りがひしひしと伝わってきた。この冷気立ち込める部屋の中、一刀斎も冷や汗を流す。

冷汗はすぐに凍ったが、体勢を立て直した。

 

 

「……驚いたな。 この氷柱の森の中、よく掻い潜って―――――」

 

 

そう言いながら周りを見渡した時だ。

無数の氷柱が、一瞬にして砕け散った。いや、砕け散ったのではない。細切れにされていたのだ。

美しい音を立てて散りゆく氷に目を奪われていたが、すぐに向き直した。

 

 

「………ふ、ふふ。 素晴らしいぞ。 まさかここまでやるとはな」

 

 

どうやらこれだけの氷柱を切り裂いて到達したらしい。

改めて由紀江を強敵と認識する。

彼女には無限の才能があると認めざるを得ない。今は一刀斎が上かもしれないが、近い将来それを追い抜く才覚となるかもしれない。

それを想像しただけで、一刀斎は胸を高鳴らせる。

 

 

「どうやらお主を覚醒させるは家族に非ず、その男の存在らしいな……見誤ったわ」

 

 

一刀斎は彼女の後ろで這いつくばっている男に目を向ける。

その名、直江大和。ハインドによれば彼女にとっての想い人。だが恋仲ではないためにそこまで重要な存在ではないと目を背けていたが、それは間違いであったことを知る。

 

 

「だがそれでお主が更に覚醒したのならばそれでよい! さぁ! また楽しもうぞ………」

 

 

第二ラウンドを開始すべく、一刀斎が刀を構えた。

 

 

 

 

 

 

その瞬間、一刀斎の両腕、両足から鮮血が吹き出す。

 

 

 

 

 

 

突然の出血、そして激痛に一刀斎はバランスを崩し、膝をついた。

 

 

「なっ………・!?」

 

 

どれも血管破裂で起こった出血ではない。

目を凝らすとどれも刀傷によるものである。それも鮮やかな切り口だ。

この場でそんな芸当が出来るのは一刀斎自身を除けば一人しかいない。

 

 

(黛由紀江……! まさか、拙者を押しのけたあの一瞬の間に!?)

 

 

黛由紀江だった。

彼女の神速の斬撃が、一刀斎の四肢を切ったのだ。だとすれば、その斬速は彼の眼を以てしても追いつけなかったことになる。

その事実にまた高揚―――――ではなく恐怖を覚えた。

 

 

「………貴方は許せません」

 

「っ!?」

 

 

由紀江の口が、薄く開いた。

 

 

「自分の欲のために、父の腕を折らせ………沙也佳を攫い………」

 

 

手にしている刀を持ち替えた。

刃ではなく、峰をこちらに向けている。それは峰打ちの合図。この伝説の剣豪の名をもつ伊東一刀斎を、峰打ちで倒そうというのだ。

だが、今の彼にそれは逆に恐怖を協調させている。

 

 

 

 

「何より………大和さんを傷つけました。 その報い、この一太刀で償って貰います」

 

 

 

気が、彼女の中に凝縮する。そして――――――。

 

 

 

 

 

 

 

「黛流奥義…………阿頼耶っ!!」

 

「っっっ!!?」

 

 

 

 

 

 

彼女が、駆ける。

その斬撃は、またしても一刀斎の眼では捕らえきれなかった。刀の峰は、しっかりと彼の胸に打ち込まれている。

打ち込まれた個所から骨が崩壊していく音が広がっていく。

もう、一刀斎には声を上げることすら許されなかった。

 

 

「はぁぁぁっ!!!」

 

「―――――――っっ!!!」

 

 

そして衝撃波が、彼を豪快に吹き飛ばした。

初手の斬撃の比ではない、爆音にも近い衝撃と音を伴って。口から大量の血を撒き散らし、一刀斎は壁に打ち付けられた。

今度はしっかりと壁に埋まり、その壁すらも崩壊する。一刀斎は、完全に壁の破片に埋まってしまった。

 

 

「す、げぇ………」

 

 

川神百代を髣髴とさせるその技に、ただただ大和はそう呟くしかなかった。

彼に見えたものは、一瞬で吹き飛ばされる一刀斎の姿のみ。つまりそれだけの速さだったという事に他ならない。

それだけの速度だからこそ、あれだけの威力が出せるという事だ。

 

 

「大和さん! 大丈夫ですか!?」

 

「あ、ああ………と言うよりあんな凄いもの見せられたら気分が晴れるよ」

 

 

一刀斎を打ちのめした事を認識した由紀江が大和に駆け寄る。

改めて大和は由紀江を怒らせる、その恐ろしさを目の当たりにした。悪ふざけならともかく、彼女に嫌がらせは絶対にやめようと心に誓った。

と、大和の頭が柔らかい感触を捉える。由紀江の足だった。そう、彼は今膝枕をされている。

 

 

「待ってください、今傷口を塞ぎます!」

 

「そ、それよりまゆっちは大丈夫なのか?」

 

「それはより、とは何ですか! 今は大和さんの方が心配なんです!」

 

「ハイ」

 

 

由紀江は腰に欠けていたタオルで大和の傷口を塞ぐ。

一応彼女の具合も心配したが、ぴしゃりと怒られてしまった。その迫力たるや凄まじいもので大和も強く出れず、彼女の治療を黙って受けるしかなかった。

幸いにも動脈などには傷が入っておらず、止血さえすれば完治はする模様である。

 

 

「これでもう大丈夫です」

 

「ありがとうな」

 

「いえ……………」

 

 

肩にも冷気が入り込んでおらず、大事は無い様で由紀江も大和も安心する。

だが、ふと彼女の顔色が暗いことに気付く。

 

 

「どうした?」

 

「………すみません。 大和さん」

 

「何謝ってるんだよ。 怪我をしたのは俺の責任で………」

 

 

その時、大和の頬に温かいものが落ちてきた。そしてそれはすぐに冷えていく。

由紀江の瞳から零れ落ちた涙だった。

時に彼女は大袈裟と思うほどの泣き顔を見せることがあるが、今の表情はそんなものでは無い。

静かな悲しみが、彼女の瞳から溢れている。

 

 

「………私、どうしても大和さんと一緒に過ごしたくて………楽しんでもらいたくて……」

 

「………………」

 

「北陸までお連れしたのに……父上や沙也佳、ファミリーの皆さんが………」

 

 

彼女の言葉を、ただ黙って聞いていることしか出来なかった。

思えば、彼女がここまで、本気で泣いた姿は見たことが無い。

それだけ深い悲しみが、彼女を覆っていることになる。良かれと思ってやって来たことが全てそこに回帰してしまうなら、ショックを受けてしまうのも無理は無いだろう。

父親の腕を折らされ、沙也佳は攫われ、大事な風間ファミリーは死に物狂いで戦い。

 

 

 

 

 

「………大和さんが、傷ついてしまう、なんて………」

 

 

 

 

 

何より、好きな人が傷ついてしまうなど彼女にとっては悪夢としか言いようが無い。

いよいよ涙も大粒になってくる。嗚咽も激しくなってきた。

大和には分かる。あの顔は、自己嫌悪に陥っているのだと。そして負の悪循環が続いていることも。

元より由紀江は真面目で、素直な女の子だ。それに陥りやすい人格でもある。

 

 

 

そんな彼女に出来ることは、これだけだった。

 

 

 

「まゆっち、大丈夫だって」

 

「………え………? ひゃっ」

 

 

自身の胸に抱き寄せたのだ。

恋しくなったから、という理由ではない。ただ彼女を安心させたかった。この胸の鼓動で、それを理解させるために。

心臓の音は、人の精神を落ち着けるという。由紀江も、鼓動を聞いた瞬間に涙が止まった。

 

 

 

「もし、まゆっちが助けてくれなかったらこの心臓は動いていない」

 

「………………」

 

「それに、まゆっちが北陸に来なかったら大成さんが死んでたかもしれない。 まゆっちのお母さんも、沙也佳ちゃんも。 ……でも、まゆっちが来たおかげでそんな事にはならなかった」

 

 

彼女の行動が失敗だったのかどうか、それは彼女自身が判断するしかない。

ならば切り口を変えるだけだ。彼女の功績を褒めるだけのことだった。

その功績―――――大和の鼓動が、その証。由紀江にとって、好きな人の心臓が動いているこの音が、愛しい。

 

 

「だからさ、いつまでもクヨクヨするな。 寧ろ自分を誇れよ。 『私は大和さんをお守りしたんですから何か奢ってくださいね』くらいの勢いで行けって」

 

 

笑顔で語り掛け、頭を撫でた。

彼の体温、気遣い、そして笑顔。そのどれもが温かく感じられた。

由紀江の心を支配していた罪悪感も、不思議と溶かされていく。

 

 

(大和さんは、いつもそうです。 ……自分自身が無理をなさるのに、私を、皆さんを安心させて……ずるいです)

 

 

どうしてこの少年は、ここまで特別なのだろうか。

確かに頭も、ルックスも、人柄もいい。だが百代のような戦闘力を持っていなければ、頭脳面に関しても葵冬馬には劣る。財力だって九鬼英雄のようなものは無い。

―――――にも関わらず、由紀江はこの瞬間かとても愛しかった。

 

 

 

 

 

(でも、私はそんな大和さんが………やっぱり好きなんです)

 

 

 

 

 

普通だからかもしれない。普通に接してくれて、普通に一緒に過ごせて、普通に笑い合える。そんな彼が、由紀江にとって何もかもが好きだった。

だからこそ、遠慮なくその旨に顔を埋めている。

 

 

(大和さんの言うとおりなら……誇ってもいいんですよね? 大好きな人を守れた、私を……)

 

 

また由紀江は涙を流した。

けれども、その涙は今までのものとは違う。嬉しさの余り、溢れ出たものだ。

彼女の穏やかな笑顔が、それを物語っている。大和もまた、彼女の頭を撫でた。

 

 

「……一刀斎! しっかりしろ一刀斎!!」

 

 

そこに、女性の声が割り込んできた。

慌てて振り返ると、そこには忍者装束の女―――――霧隠才蔵がそこにいた。彼女は瓦礫の山から伊東一刀斎を掬い上げ、呼びかけている。

だが彼は白目を剥き、泡の代わりに口から血を流している。更には若返っていた肉体が急速に老化していった。

 

 

「霧隠才蔵……! 何故ここに!?」

 

「……わ、私はこの男を回収しに来ただけよ」

 

「でもさっき言ったじゃん。 『今日はこれにして失礼』って」

 

「………ごめんなさい。 嘘つきました」

 

 

やはり大和の前では顔を赤らめ、慌て始める才蔵。

咄嗟に由紀江も、彼女がああなってしまう原因が分かってしまった。

とりあえず揚げ足を取ってみると、意外にも謝ってきた。どうやら実力はさて置き、素直な性格らしい。

 

 

「……と、とにかくこれで私は引き上げますっ!」

 

 

一刀斎を背負い、そのまま煙球を地面に叩き付けた。

辺りをまたも煙幕が覆い、彼らの視界を完全に奪う。由紀江も刀を振るう体力さえ残っていればこの程度の煙幕など全て吹き飛ばせるのだが。

煙が晴れたときには、やはり二人の姿は無かった。

 

 

「逃げたみたいですね……もう気配は感じられません」

 

「そうだな……。 でも何だったんだろ霧隠の奴……」

 

 

気配探知が得意な由紀江ですら、霧隠才蔵の気配はもう感じ取れない。

伝説の忍者の名を冠するだけあって隠密能力は本物らしい。しかし仮に感じ取れたとしても、追撃しにいくだけの体力も策も残っていない以上これでいいのだろう。

一方で大和は霧隠が慌てる理由が今一つ分かっていないようだ。幾ら鋭い彼といえども、まさか敵側から惚れられるとは思っても無いだろう。

 

 

「………大和さんが原因です」

 

『全くだぜ! 軍師いい加減にしろー!』

 

「な、何でそんな辛辣な発言されてるんだ俺!?」

 

 

松風も出てこれるほどにまで由紀江の精神は回復したらしい。

それが嬉しくもあり、しかし発言の真意が解せない大和であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――黛沙也佳救出、伊東一刀斎の敗北。

その報せがまだ伝わっていない、発電施設の正面での戦い。

5対1という状況であるにも関わらず、戦況は俄然たった一人で戦う「死神ハインド」に傾いていた。

 

 

「ぐぅっ!!」

 

「どォしたどォした女王蜂さんよォ。 もっと粘れよな」

 

 

鋭い蹴りがあずみを飛ばす。

体に仕込んだ防具があれど、衝撃はそれを突き抜けてくる。ハインドは決して大柄な体格ではなく、寧ろ細身だ。

だと言うのに蹴り一つだけで人が軽く吹き飛ばされるほどの威力がある。

手加減は元より油断一つすらできないと、京が矢を大量に放つ。

 

 

「これなら………!」

 

 

今度は「迷い鳩」ではない。矢の速度を重視し、まっすぐに飛んでいく。

大量の矢を前にハインドは袖から大量の小さなナイフを取り出し、指と指の間に挟む。

 

 

「あらよっと」

 

 

取り出した大量のナイフを、腕を広げるように飛ばしていく。

ナイフの一つ一つや、矢の先端に突き刺さり、撃ち落とした。それも正確に、一つ残らず。

渾身の力を込めて放った矢は、虚しい音を立てるばかりだ。

 

 

「っ……!」

 

「止まってる暇はねぇぞ。 ホレホレ」

 

 

尚も余裕の姿勢を崩さないハインドは右手に銃を握る。

大火力の銃弾に加え、ハインドの気が込められることにより貫通力と絶大な威力を伴う兵器と化す。

矢を放ち終えたばかりの京では避けることができない。だからこそ百代が彼女の前に立ち、その拳を持って銃弾を全て殴り落とす。

 

 

「このぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

百代の拳ならば、ハインドの弾丸も叩き落とせる。が、逆にいえば彼女でなければ防げないということでもある。

最も彼と渡り合えるであろう百代が足止めを食らっていてはいつまでも彼に有効打を与えることができない。

ならば強引にでも好機を作りだそうと、一子が飛ぶ。

 

 

「川神流大車輪!!」

 

 

それは今の一子の最大奥義だった。

薙刀を激しく回転させることで遠心力を高め、それを威力に変換して相手に叩きつけるというものだ。

最大威力にするためには時間がかかるが、百代の背後に隠れることでそれを可能とした。

 

 

「よし! 決めろ犬!!」

 

「いっけぇぇぇ―――――――っ!!!」

 

 

威力だけならば、並みの武道家など一撃で倒せる威力だ。無論クリスと言えどもクリーンヒットしてしまえば倒れてしまう威力。

完全に射程に入った。もう逃しはしない。

一子はその一撃に全てを乗せ、薙刀を振り下ろす。凄まじい衝撃が轟いた。

 

 

「さすがは川神院ってか。 あのハインドと言えどもこれなら………」

 

「! いや………」

 

 

破壊力はあずみも関心するほどだった。

ここまで肌に伝わる衝撃と音が証拠だ。まともに食らえば倒れないわけがない。

―――――しかし、ハインドは「まとも」では無かった。

 

 

「オイオイ、さっきからフラグ連発するなよなァ」

 

「……………!!」

 

 

何と、一子が振り下ろした薙刀を左手で鷲掴みにしていたのだ。

掴んでいる個所は刃部分のすぐ下の柄であるが、それでもこの男はあの威力ですらその片手で受け止めて見せている。

薙刀を動かそうにも、逆にそれが動かない。薙刀の主導権がハインドに移ってしまっていた。

 

 

「力を込めるってのはな………これくらいのことを言うんだよォッ!」

 

「え!?」

 

 

更には掴んだ個所を力任せにへし折ってしまう。

飛び散る大量の木片に、一子は茫然自失となってしまった。ハインドは尚も不適な微笑みを称えている。

このままでは一子が危ないと判断し、クリスが突撃していく。

 

 

「待ってろ犬! いますぐ…………うぐっ!?」

 

「クリ!!」

 

 

レイピアを構え、突進を仕掛ける。だが奈何せん動きが一直線だ。ハインドにとって見切ることは愚か、迎撃すらも容易である。

手に取った薙刀の刃部分を、まるでブーメランのように背後から迫りくるクリスに向かって投げつける。

刃剥ぎしているとは言え、本物と大差ない重量だ。当たれば相当な威力となる。その破片がクリスの腹部に命中し、倒れこませる。

 

 

「飛べ」

 

 

無防備であるにも拘らず、一子はクリスに視線を向けてしまった。

そこにハインドの回し蹴りが襲いかかる。

慌てて一子は薙刀の棒の部分で防御を試みるが、その蹴りは彼女の薙刀を打ち砕き、彼女を容赦なく吹き飛ばしてしまった。

 

 

「きゃぁぁぁっ!!」

 

「ワン子!」

 

「妹思いの姉がいてよかったねぇ」

 

 

地面に打ち付けられないよう、百代が彼女を抱きとめる。

幸い骨は折れておらず、蹴り飛ばされた以外に大きなダメージはないようだ。しかしハインドは容赦なく銃を構えて照準を定める。

その間をフォローすべく、京がすかさず矢を放った。

矢はハインドの目を狙っている。当たるわけにはいかないと首を捻ってそれを避けた。

 

 

「オゥオゥ、椎名京さんはこの連中の中でも苛烈なことするねェ。 ……お返しだ!」

 

「きゃっ!?」

 

 

これまでの戦いから目を狙ってくる人物はいなかった。

いるとすれば忍足あずみくらいのものだが、彼女はそこまで到達していない。そう考えると京の狙いはある意味苛烈で、尚且つ正しいものである。

とは言えそのまま放置しておくわけもなく、ハインドが銃弾を放つ。

弾道は、弓の弦を切ってしまう。これでは矢を放つことができない。

 

 

「これで弓兵はおーわりっと」

 

「余裕ぶっこいでんじゃねぇ!!」

 

 

とにかく反撃させる隙を与えてはならない。

腕の傷を堪えつつ、あずみが攻めて込んでいく。メイド服にそぐわぬ華麗な斬撃の舞で切りかかって行った。

ハインドはそれらをたった一本のナイフで弾き、受け流し、そして受け止める。

 

 

「ぐぐ……っ!!」

 

「これくらいで疲れてちゃぁヒュームの爺さんにとやかく言われんぜぇ!?」

 

 

あずみの全力も、一本のナイフで全て止められてしまう。

寧ろ攻めていたはずが、いつの間にか攻守逆転しておりハインドの一撃をあずみが受け止める形になっている。

ただでさえ現時点で彼女が押されているというのに袖からまたもう一本のサバイバルナイフが取り出され、空いていた左手に握られた。

 

 

「させない!」

 

 

このままではあずみが危ない、と京も奥の手を取り出した。

普段は懐にしまってある彼女の切り札の一つ、パチンコである。弓が使えなくなったときの応急処置ではあるが、目などの急所を狙うには十分だ。

足元の石を玉として装填し、放つ。

天下五弓の名に恥じない正確性だったが、やはり避けられてしまう。

 

 

「っとォ! おーパチンコか。 懐かしいねェ、俺も子供の頃はよくそれで遊んだモンだ」

 

「チッ……! こうなったら囲め!!」

 

 

あずみの指示が飛びだす。

武道家である百代達にとって大勢で一人を囲むことは憚られるが、状況が状況だ。

彼女の指示に従い、あっという間にハインドの周りを囲ってしまう。

 

 

「あーらら。 さァて、どう逃げましょうかねェ」

 

「逃がすものか!!」

 

 

これだけ囲めばさすがにハインドも一人ずつ相手することはできないようだ。

それでもやはり余裕の姿勢は崩さない。無論、彼女達も決して油断はしていない。

一子と京の武器は失われているが、武士娘としてある程度の徒手空拳は出来る。足止めするくらいなら可能なはず。

百代の一言で全員が一斉に飛びかかる。

 

 

「―――――やれやれ。 何でこうお前らはフラグ連発するのかねェ」

 

 

その瞬間、ハインドが光に包まれた。

同時に飛びかかっていった百代達の体に凄まじい激痛が走る。

 

 

「きゃぁぁぁ!」

「うぅぅっ!?」

「あぁ!」

「くぅっ!?」

「あっ………!」

 

 

肉体のレベルが別次元に達している百代は瞬間回復もあって何とか無事であるようだ。

しかし、周りは違う。一子達は謎の反撃を解せぬまま倒れこんでしまう。

体からは少し焦げくさい匂いが漂っていた。百代には見えた。彼があの瞬間に―――――自分の体から放電した姿を。

 

 

「くっ……放電、だと………!?」

 

「そっ。 俺は帯電体質でねェ……電気の蓄積、放出はお手の物なんだよなァ」

 

 

都市伝説に「スライダー」という人間の存在がある。

電気を体内に蓄積でき、その影響で電子機器が誤作動を起こしてしまうという体質らしい。最もその存在自体が稀有なため、百代は話に聞いた程度だ。

しかもここまで電気を自在に操る人間は聞いたことがない。この能力もまた、この男を死神たらしめる一因なのだろう。

更にハインドは発電施設の壁に設置されていた配電盤に向かって歩いていく。

 

 

「だからよォ………こんな芸当も出来ちゃったり!!」

 

 

配電盤は普通は勝手に触れないように鍵がかけられてある。しかしハインドはその鍵がかかった扉を力ずくで破る。

更には自らの右手を、剥き出しになった機械の中に突き刺した。

凄まじい電流が彼の身体に流れる。が、ハインドの顔は苦痛どころか充足に満ち溢れている。

 

 

「ククク………所詮はボロ施設。 頂ける電気はこんなモンか……」

 

 

すぐに電流は止まる。閉鎖された施設だからだろうか。

不敵な笑みを浮かべたまま、ハインドは左手を向けた。人差し指と中指を伸ばし、まるで銃のような形をした状態で。

彼の指先に、電流が集まっていく。

 

 

「レールガン」

 

「っ!?」

 

 

指先から、鋭い光線が撃ち出された。

高速で飛んで来るそれを、百代は打ち落とさずに飛ぶことで避ける。レールガンと呼ばれし光線は森の遥か奥まで突きぬけ、凄まじい爆発を引き起こした。

森が爆風により焼かれ、大惨事になる。

 

 

「なっ………!」

 

「心配しなくてもあの程度の火事、九鬼の従者がすぐに鎮火するだろ」

 

 

ハインドの言葉どおり、森から上がった火の気はすぐに消える。

待機していたステイシーと李が消火に当たってくれたのだろう。だが百代の驚きはそこではない。

溜め込んだ電気を、このように危険な技に変えるこの男の手腕に驚いていたのだ。

 

 

「で、どーよ? 俺のレールガンの威力は。 スゲーだろ? ……まぁ俺も連発は出来ねぇけどよ、お前ら全員焼くには十分だぜ?」

 

 

ハインドのあの技はあくまで体内に電気が溜まっていないと使用できないようだ。

だが、今の彼にはその電力が余りあるほど蓄積されている。

百代も一発だけならともかく連発されては仲間達全員を守りきれるかどうか。

 

 

「さぁて、武神様はどれくらい耐えられるのかなァ!?」

 

 

右手を銃の形にし、百代に向ける。

背後にはまだハインドの放電から立ち上がれていない仲間達がいる。もう先程のように避けることはできない。

例え肉体が焼かれようが、瞬間回復の続く限りレールガンを叩き落さねばならない。百代が覚悟を決めた、その時。

 

 

 

「Hasen Jagd!!」

 

「!?」

 

 

 

ハインドの背後から殺気が飛び出した。

咄嗟にレールガンを中止し、その場から飛びのく。後僅かでも遅れていれば、下ろされるトンファーの攻撃を避けることが出来なかっただろう。

 

 

「………ほぉ。 ドイツの猟犬かァ……こんな所にまで出張るたァご苦労なこった」

 

「まさかここで死神に出会おうとは……狩らせて貰います!!」

 

 

ギラリ、とマルギッテの眼が光る。彼女は既に眼帯を外していた。

彼女にとって眼帯とはリミッターの役割がある。それを外せば、スピードが格段に向上するのだ。

一気に接近し、嵐のようにトンファーを振るい続ける。

 

 

「トンファーマールシュトローム!!」

 

「あらよっとっとっと」

 

 

トンファーにはナイフのような切れ味は勿論存在しない。

故に相手を叩きのめすことに優れ、まるで格闘技のような感覚で相手を打ちのめすことが出来る。

マルギッテの腕の動きに同調し、暴風雨のような猛打が襲い掛かった。

しかしそれすらも、一本のナイフで捌ききってしまう。

 

 

「犬は犬らしく……飼い主に繋がれてろっ!」

 

「ぐっ?!」

 

 

猛攻の合間を縫い、鋭い蹴りを打ち込んだ。

腹部に命中してしまい、マルギッテが後退してしまう。更にその隙にまたレールガンの姿勢になる。

が、それを許さない存在があった。

ハインドに向かった飛んで来る、太い丸太だ。

 

 

「何………? チッ」

 

 

レールガンの標的を、マルギッテからこちらに飛来してくる丸太に変更する。

放たれたその閃光は、極太の丸太すらもまるで氷の結晶のように砕け散らせた。

丸太が取り除かれたことで判明する、それを投げつけてきた人物。

 

 

「テメェ!! ワン子達に何しやがった!!」

 

「誰だろうと許さないよ!!」

 

「ああ。 ……これ以上、一子達に手を出すようなら俺達が相手だ」

 

 

島津岳人。彼の桁外れのパワーがそれを可能にした。

戦闘にこそ参加しないものの、彼の隣では師岡卓也も怒りを露にしている。怒りのボルテージと言う意味では、源忠勝も凄まじい物を放っている。

これ以上仲間を傷つけようものなら襲い掛かってくる。その気迫はハインドも認めるところだった。

 

 

「………中々度胸のあるガキ共だなぁ、ええオイ?」

 

 

とは言え何の武力も無い男共など、ハインドにとってはハエに過ぎない。

こんな相手にレールガンは勿体無い、と銃を取り出そうとした。

 

 

「させるかぁぁぁ!! 行け、疾風号ぉぉぉぉぉおおお!!」

 

「うおっとォ?」

 

 

そこにバイクに乗り込んだ翔一の突撃が襲い掛かってくる。

容赦ないその姿勢にハインドは身を屈めて避けた。標的を二人から、翔一に変更するべく銃口を向ける。

 

 

「させません! トンファーシュート!!」

 

「……チッ。 さっきからしつこいんだよ犬っコロが」

 

 

更に彼の背後から何かが迫ってくる。

マルギッテが投げつけたトンファーだった。美しい放物線を描きながら、こちらに襲い掛かってくる。

僅かなダメージといえども、それ一つで戦況がひっくり返されるというのは世の常。

回し蹴りの要領でそれを叩き落し、振り返る。そしてマルギッテに銃を差し向けようとした。

 

 

 

 

 

 

―――――そのハインドの目の前には、刀を構えた少女が佇んでいる。

 

 

 

 

 

「あら?」

 

「黛流…………十二斬!!」

 

 

 

 

鋭い斬撃が幾つも襲い掛かった。

瞬時に銃をしまい、懐からナイフを取り出す。目の前の少女――――黛由紀江の得意技でもあった。

しかしハインドは神速と謳われしこの技ですらナイフ一本で防いでみせる。

 

 

「沙也佳を攫い………父上を傷つけた貴方を、決して許しはしません!」

 

(……あの様子だと一刀斎のジジイは負けたみてぇだな。 オマケに妹の方も取り戻されたらしい。 かぁーっ、どうしたモンかね………?)

 

 

今の由紀江は殺気に満ち溢れている。

背後に見せるは阿修羅。彼女の気が凝縮し、その存在を成した。そんな彼女の気を伴った斬撃が振るわれる。

が、彼女が切ったのは残像だった。既にハインドは彼女の遥か後方を取っている。

 

 

「ま、所詮は小娘ってことで。 レールガン!!」

 

「っ!!」

 

 

雷の速さで飛ぶ、閃光を放った。

由紀江も気付いた時にはもう遅い。防御、回避はもう間に合わない。

―――――だからこそ、この人物の出番なのだ。

 

 

 

「川神流………無双正拳突きィッ!!」

 

「なっ!?」

 

 

 

川神百代だった。

彼女がハインドのすぐ目の前に現れ、拳を繰り出す。百代の右の拳が、ハインドが撃ち出す閃光を叩き落して見せた。

さすがの彼女の必殺の拳も、レールガンの威力で相殺される。――――しかし、彼女にはまだ「左」が残っていた。

 

 

 

「そして! 禁じ手………!!」

 

「あ、ヤベ」

 

 

 

まるでボディーブローのように拳が振るわれる。

しかしレールガン、という高威力の技に伴う反動の所為でハインドは僅かな間だが動けなかった。動けなければ、幾ら高い回避能力も意味を成さない。

全てを吹き飛ばすべく、百代はありったけの力をその左の拳に込める。

 

 

 

 

 

 

 

「富士砕きぃぃぃぃぃいいいいいいっ!!!」

 

「ぐオ!!」

 

 

 

 

 

 

 

拳が、死神を捉えた。

今まで、僅か一撃も与えられなかったあの男に、改心の一撃を打ち込んだ。絶大な威力を持ったその拳は、ハインドを転がしていく。

そしてそのまま岩壁に激しく激突させた。

 

 

「………これが、川神流だ」

 

「さすがだよ姉さん!」

 

「おう! って大和、お前怪我しているぞ!?」

 

「まゆっちに手当てして貰ったから大丈夫だって。 それより姉さんはやっぱ凄いや」

 

 

嬉々として駆けつける一人の男。

最も頼れる舎弟として可愛がっている男、直江大和だった。そしてある意味、今回の作戦においての功労者。

弟に褒められ、百代も表情を明るくする。

 

 

「ああ当然だとも。 川神院は無敵! 例え死神相手だろうがな!!」

 

 

まるで仁王の如く宣言した。

確かにあれだけの激闘を演じておきながら、瞬間回復もあって体力は満タンに近いのだから。

大和はこの人物が負ける姿を全く想像できなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

「へぇ? それは頂けねぇ台詞だなァ」

 

 

 

 

 

 

その時、背筋が凍るような声が聞こえた。

大和も、マルギッテも、男性陣も。そして百代ですらも、心臓が一瞬冷え切ってしまう。

声は、岩壁の方向から聞こえた。岩壁といっても、最早残骸である。

と、その残骸の山から手が伸ばされた。自らを覆う破片を吹き飛ばし、あの男が現れる。

 

 

「ハインド………! あの一撃でも、まだ!?」

 

 

テロガンハット、コート、そして揺れる銀髪。間違いなく死神ハインドだった。

百代ですら「禁じ手」と称する奥義を受けても尚、立ち上がっていたのだ。

 

 

「いやいや。 結構効いたぜ? 手で防いでなかったら危ねぇ所だったわ」

 

 

よく見るとハインドの両手から煙が上がっている。

恐らくあの一瞬で両手を交差させ盾とし、百代の拳が直撃するのを防いだのだろう。故に致命傷とならず、寧ろダメージを最小限に抑えられてしまった。

百代の奥義ですら、受け止めてしまうこの男の底の知れなさに百代が再び構える。

するとここで、彼の頭から赤く、温かいものが流れ出だした。

 

 

 

 

 

「………血、か? こいつは………」

 

 

 

 

 

流血だった。さすがに無傷では行かなかったらしく、それが百代を安心させた。

この男はロボットではない。命ある人間なのだ。

ならば絶対に倒すことは出来るはず。その一転に希望を持ち、構えを強めた。マルギッテと由紀江も、男性陣も、そして倒れていた一子達も同じだった。

 

 

「こいつが俺の血ねぇ………初めて見た。 俺にも赤い血が通ってるんだなァ」

 

「………随分信じられない台詞を吐くな。 私ですら見たぞ」

 

「生憎俺は武神様のような努力家じゃァないもんでねェ」

 

 

どうやらこの男は生まれてこの方血を流したことが無いらしい。

つまりそれだけ高い才能と実力を持っている異なる。それを知らされただけでも恐ろしい、が逆に言えば今日を持ってその記録は破られたことになる。

大和達も、決して絶望しているわけではなかった。

 

 

「かと言ってこのままじゃお前らを殺せないのも事実だ。 ここはいっちょ真剣(マジ)になった方がいいですかねェ………?」

 

 

だがこの男まだ本領を発揮していないようだ。

どれだけ桁外れの存在なのだろうか。もう大和達男性陣の予想が及ぶ存在ではない。彼に対抗できるとしたらこの場では由紀江と百代くらいのものだろう。

それでもこの人数だ、どれだけ実力差と経験値の差があろうが十分逆転できる。双方の気がぶつかり合い、地を揺らした。

 

 

 

 

 

その緊張感の中、気の抜けるような着信メロディーが流れる。

 

 

 

 

 

「あ、悪ィ。 俺のだ。 もしもーし」

 

 

 

 

 

ハインドの携帯電話だった。黒塗りのシンプルな構造のものだ。

あれだけ高まった気迫を一瞬にして押さえ、軽い口調に戻す。思わずずっこけてしまいそうになる面々だが、油断は出来ない。

しばらくハインドを睨みつけている。彼は会話に集中しているようだが、隙が無かった。下手に近づこうものならどんな反撃を食らうか分からない。

 

 

「旦那ァ、真剣(マジ)ですかィ? ……へぇへぇ。 ま、こっちもシンドイし」

 

 

短い通話だった。

パタン、と音を鳴らして携帯電話を閉じる。ハァ、とため息をつきつつ電話を懐に仕舞いこむとハインドかこちら側を一瞥し、一言放つ。

 

 

「旦那からの指示があったし、俺疲れたから帰るわ。 もうお前らの勝ちでいいんで」

 

「な、何!?」

 

 

何とあれだけの激闘を演じておきながらも、あっさりと帰還すると告げてきたのだ。

叫びたくなるのは百代だけではないはず。何より、ここまでの事件を引き起こしておきながら簡単に返せるわけも無い。

 

 

「ふざけないでください! 貴方には………!」

 

「相応の報いを受けて貰いたいって? ンなの旦那に言ってくれよ、俺命令されただけだし」

 

「雇い主だろうが何だろうがそんなの逃がしていい理由になんねぇんだよ!」

 

 

あずみも九鬼家にとっての危険人物を逃がしたくは無いらしい。

何が何でもここで捕らえる――――否、殺すという気迫が伝わってくる。

 

 

「ふーん。 仕事熱心なこったな。 でも俺には関係ナッシング」

 

「そうはいかない! お前は中将殿の眼の上のタンコブでもある! 逃がしはしない!」

 

「だからって仕留められていい理由にもなんねェんだよなソレ」

 

 

マルギッテらドイツ軍にとってもこの男は国際手配級の人物らしい。

最早ここまで来ると世界スケールだ。この人物は、世界を相手にしている。そしてハインドは逃げる気満々のようで今にもその場から去ると言わんばかりに足を跳ねている。

逃がすまい、と真っ先に百代が駆け寄っていく。

 

 

「させるかっ!!」

 

 

百代もここで彼を打ちのめすべく拳を固める。

彼の頭上に飛び、地面後と打ち砕くべく拳を振り下ろした。――――が、彼女が捕らえたのは本当に地面だけ。

そこに、死神と呼ばれた男の姿は無い。

 

 

「ヤダねったらヤダね~。 ……誰が大人しく倒されるかよバーカ」

 

「上!?」

 

 

ハインドは上にいた。そう、飛んでいたのだ。

足首にバーナーのようなジェット装置を取り付けており、それによって飛行を可能としていた。それだけで安定させるには相当な肉体的パフォーマンスを要するはずだが、元より死神と呼ばれた男にそんな条件はあってないようなもの。

 

 

「ま、そうカッカしねぇでも機会はあるさ」

 

「…………………」

 

 

百代の身体能力があれば、あの程度の高度ならすぐに追いつくことが出来る。

しかし追撃しに行かなかった理由は持ち前の回避能力によって避けられてしまうこと。そしてこれだけ仲間が揃った状態であれば逆に誰かを守りづらくなるという事である。

追い詰めた状況を逆に利用して、この男は逃げ道を作っていた。それすらも狙い通りだったようで、不適な微笑みを再び浮かべる。

 

 

 

 

 

「じゃぁ皆々様。 ………また、会いましょうや。 ハハハハハハハ!」

 

 

 

 

 

薄気味悪い笑い声を上げ、そのままハインドは飛んで行く。

この夜に浮かぶ満月に向かって真っ直ぐと。

メンバーの誰もがその後を追いかけない。九鬼家従者部隊もすぐに追っ手を放つだろうが、結局は振り切られてしまうのが関の山だ。

―――――それよりも、祝うべきことがあった。

 

 

「……形はどうあれ敵は撤退か。 大和、まゆまゆの妹はどうした?」

 

「モチのロン。 沙也佳ちゃーん、おいで~」

 

「は、はい」

 

 

大和の一言で物陰からおずおずとその姿を現す。

既に男性陣はお目にかかっているのでどうこうは言わないが、百代達の反応は違う。

 

 

「おぉ! これがまゆっちの妹さんね!」

 

「目とか髪とか本当に似てるな!」

 

「うん。 佇まいもそっくり」

 

 

一気に彼女の周りを囲んだ。

沙也佳の顔を覗き込んだり、髪を少し触ったり、写真を撮ったりなど様々だ。当然美女好きの百代も黙っているはずが無く。

 

 

「君の事はサーヤと呼ばせてもらおう。 これは私のアドレスな、さぁ今から帰ってレッツハッスルしようではないか!!」

 

「あんな人だけど、いざという時は本当に頼れるからね沙也佳ちゃん」

 

「大丈夫です。 お姉ちゃんから聞いたとおりの人で安心しましたから」

 

 

興奮していた。メアド交換は愚か早速熱い夜を過ごそうとしている。

とりあえず誤解を解こうと断りは入れておいたが、由紀江からある程度の話はやはり耳にしているらしい。

どのような伝わり方をしているのかが気になるところではあった。

 

 

「やれやれ………ハインドが去った瞬間にこの空気かよ……」

 

「いいではありませんか。 貴方もボロボロですし」

 

「お互い様な猟犬」

 

「いえ、私は相対的にダメージは少ないのでピンピンしています」

 

 

敵が去れば一気に空気が緩む。完全にこの場は彼らが醸し出すペースに飲まれていた。

あずみも愛用の刃を仕舞いこみ、盛大にため息をつく。

その反対側ではドヤ顔のマルギッテが立っていた。思えばこの戦いにおいて彼女が受けた攻撃はハインドの蹴り一発のみ。余裕といえば余裕だ。

 

 

「………上等だボケ。 切り刻んでやるよタコス」

 

「今はやめましょう。 ………あの光景を見なさい」

 

 

再び刃を取り出そうとしたあずみを抑えた。

マルギッテが指を差すその先には。

 

 

「あ! 大和怪我してる!」

 

「大丈夫だって京。 もう止血してるし………おっとっとっと」

 

 

大和に駆け寄る京の姿があった。

彼女だけではない、風間ファミリーの誰もが大和を心配している。見栄を張ろうと空元気を振り絞るも、肩の痛みで思わずバランスを崩しそうになる。

 

 

「つーか何が『すぐ引き上げる』だ。 怪我してるんじゃねえかボケ」

 

「全く大和らしいと言えば大和らしい無茶だが………」

 

「や、大和さんは悪くないんです! 私を助けるためで……!」

 

 

支えてくれた忠勝とクリスからも厳しい視線を貰ってしまう。

この二人だけではなく、毎度毎度頭脳労働だ何だと言っておきながら怪我する軍師に皆の視線も怖いものとなっている。

由紀江がすぐにフォローするが、岳人に遮られる。

 

 

「そうじゃなくて、毎度毎度心配かける方の身にもなれってこった」

 

「だな。 ガクトの言うとおりだぞまゆまゆ、私達は大和のことが凄く心配なんだ」

 

「まゆっちだって大和のこと凄く心配したでしょ」

 

 

百代と卓也も、仲間として大和のことが心配だった。

心配する皆の表情は苦しそうだ。誰が好き好んでそんな思いをするというのか。由紀江もあの瞬間の気持ちを思い出すと、その意見に納得してしまう。

 

 

「そういう事よ! というワケで大和、みんなに心配かけた罰として何か奢って!」

 

「な!?」

 

「おーいいこと言うねワン子! 俺も俺もー!」

 

 

そんな暗い雰囲気を吹き飛ばす一子の一言。

大和の顔が青ざめた。決してライフポイント的な意味ではない。翔一もすぐにその意見に乗る。

 

 

「そりゃいい。 直江、頼んだぜ」

 

「俺様は断然肉! 忘れんなよ!」

 

「僕は小食だけど、奢って貰えるならがっつり食べたいね」

 

「ちょ、待………」

 

 

忠勝らもそれに乗っかった。

こういう時に関しては遠慮が無い連中で、本当に奢らされてしまう。有限実行になってしまう事態は避けようと大和が否定しようとする。

 

 

「大和、私の好きな文字は“誠”だ。 私の目の前で約束の反故は許さん!」

 

「アタシはお肉と野菜がバランスよく食べたいな~」

 

「自分はスイーツでいいぞ!」

 

「どうせなら大和のミルクを!!」

 

 

更には圧倒的武力を携えた女性陣までもが混ざる。

こうなってしまえば大和も逆らえる道理が無い。後一人セクハラ発言している京には何らかのお仕置きをしておく必要はあるが。

この場で彼女達に意見できるとしたらもうこの人物達しかいない。

 

 

「ま、まゆっち! 沙也佳ちゃん! 何とか言ってくれ!!」

 

 

泣きそうな目で大和は助けを求めた。

きょとん、としているのは黛姉妹。そこで改めてここまでを振り返る。

―――――どれだけ大和を心配したことか。由紀江と沙也佳は互いに見合わせ、ふふっと微笑むと大和にこういう。

 

 

 

 

 

「「割り勘です!」」

 

「…………ぁ、ハイ」

 

 

 

 

 

慈悲があるようで、無慈悲なその返答に大和は頷くしかなかった。

そんな光景が可笑しくて可笑しくて、大和以外の誰もが笑う。

男性陣も、女性陣も、由紀江も沙也佳も、そして端からその様子を見守っているあずみとマルギッテも。

 

 

「………確かに、毒気が抜かれるわありゃ」

 

「でしょう?」

 

 

いつの間にか腕の痛みも忘れ、取り出したはずの短剣も再び鞘に収めてしまっている。ため息を吐きながらも、あの空気を壊したくは無い。そんな気持ちに駆られる二人であった。

そんな彼らの大騒ぎも一段落したところで翔一が手を叩き、皆の視線を集める。

 

 

「さぁ皆! 何はともあれ敵は撃退できた! 沙也佳ちゃんも救い出せた! 大和からはメシを奢って貰える! 俺ら風間ファミリーの完全勝利だぜ!!」

 

「俺に絶望を与えて完全勝利とな!?」

 

 

大和の心からのツッコミはスルーされた。

 

 

「勝ち鬨を上げようぜー!!」

 

「キャップに続けー! おおおおおお!」

 

 

勝利に酔いしれる翔一に、一子も続いた。

元よりお祭り騒ぎが好きなこの二人は風間ファミリーの中でも相性が更に良い。この二人が動くだけで風間ファミリーの空気が出来上がる。

もうすっかり、彼らの中では祝いの耐性が出来上がっていた。

 

 

「やれやれ。 風間はともかく一子まで………」

 

「いいでは無いか源殿。 大勝利を収めたんだ、パーッと祝おう!」

 

「そだね。 ……勿論祝杯は大和のミルクでッ!」

 

 

忠勝も呆れ気味だが、顔は緩んでいた。その後でクリスも彼らに混ざっていく。

更には京も後を追うが、一瞬恐ろしい台詞を忠勝は耳にしてしまう。

ハァ、と一息つくとその肩にどっかりと逞しい腕が乗せられている。岳人のものだ。

 

 

「クリスの言うとおりだぜ。 何なら俺様の胴上げしてやるぞ!」

 

「私の胴上げなんてどうだ? 宇宙旅行できるぞ」

 

「モモ先輩のそれギャグに聞こえないよ………」

 

 

力強い岳人ならば単体胴上げも楽勝だろう。そこに百代が加われば「高い高い」などと言うレベルではない。

卓也だけではなく、さすがに忠勝も丁重に断る。

―――――そんな彼らを、直江大和はただ茫然自失と眺めていた。

 

 

「畜生……ある意味俺と言う犠牲を払っておきながらその喜びようとは……!」

 

 

ここ最近奢らされるケースが殆どだ。

ただでさえ今回の北陸旅行のために資金を切り詰めたというのに水の泡である。頭を抱えていると目の前に足音が。

顔を上げてみると沙也佳と由紀江がにっこりと微笑んでいる。

 

 

「ほら大和さん。 大和さんは立役者でもあるんですから行かなきゃダメですよ」

 

 

沙也佳の一言で改めて皆に目を向ける。

そこには何だかんだで笑顔を向けている風間ファミリーの面々がある。皆、今回の功労者である大和を待っている。

そして彼にゆっくりと手を伸ばす由紀江がいる。

 

 

 

 

 

「大和さん、行きましょう」

 

 

 

 

 

何とも優しい微笑みだった。

吸い込まれそうな瞳に美しい指。自然と大和は手を伸ばしてしまう。由紀江も彼の体温を感じ取った瞬間に、立ち上がらせた。

いつもはおどおどしていて、寂しがりな女の子。そんな彼女がとても頼もしく見える。

自分を待つ仲間達、そして自分を導こうとしている沙也佳と由紀江を見ては大和も行かざるを得ない。

 

 

「………ああ。 今行くよ」

 

 

大和も微笑み返す。由紀江に手を引かれながら、彼らの中に混ざった。

瞬間に、岳人に掴まれ胴上げされる。ついでに沙也佳も、由紀江も胴上げされるのだった。

胴上げされながら、大和達は天を仰ぐ。

人の手の及ばない、広大な北陸の夜空。この煌く星空が彼らを称えているように見えた。

 

 

 

 

続く

 

 





どうも、好きなタイプのヒロインはクノイチ!テンペストです。ああ、でもチャイナの外しがたいな……。いや、清楚系やツンデレも捨てがた(ry
由紀江編の激闘にも決着。戦闘描写は色々出来るから好きですわー。メッチャ大変だけど。
まじこいと言えば戦闘は外せないので執筆のし甲斐もあります。今までのまじこいの中で好きな戦いは川神大戦と小雪ルートの戦いですなー。総力戦、って響きが好きです。
さて、新たに出てきた敵キャラ。ハインド以外の昔の偉人の名を冠してはいますが実はまだ武士道プラン発動ではないんですなコレが。
どういった展開になっていくのかも楽しみにしていただければいいなと思っております。
次回で由紀江編完結!沙也佳を取り戻し、戦いに一区切りつけた風間ファミリーの北陸満喫をどうかお楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!!
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