真剣で私に恋しなさい!X   作:テンペスト

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第三十五話 蒼天北陸

長い夜が明けての、ここは黛家。

小鳥達は変わり映えなく辺りを飛び回っている。現在の時刻、九時ちょうど。

直江大和は重たい体を起こしながら、大欠伸をかいている。

昨夜は凄まじく体を酷使したものだ。頭脳をフル回転させ、体も動かし、鋭い一撃も受けてしまった。本当によく死ななかったものだと己のしぶとさに呆れながら大和は部屋を出る。

 

 

「大和さん、おはようございます!」

 

「早いですね。 もう少しお休みになられてもいいのに」

 

 

部屋を出ると、早速この二人に挨拶される。

沙也佳と由紀江の姉妹だった。二人とも、昨晩は酷い目にあったというのにその言動には全く疲れを感じさせない。

武士娘たるスペックなのだろうか、それでも怠惰な生活を送りたくない大和としては寝直すという選択肢はなかった。

 

 

「いや、ここで二度寝するとずるずる引きずりそう」

 

「でしたらすぐに朝ご飯をご用意しますね」

 

「今日は私とお姉ちゃんで作りますから」

 

「うん。 お願いするね」

 

 

どうやら朝食担当は姉妹らしい。

姉の由紀江はもちろんのこと、妹である沙也佳の方も「姉には及ばない」と言っておきながらやる気満々だ。

大和は期待を寄せながら顔を洗うために洗面所に向かう。

一方、取り残された由紀江はじとっ、と沙也佳を見ている。

 

 

「………ところで沙也佳。 何故急に作ると言いだしたんですか?」

 

『オメーさ、調理って言ったら絶好のアピールポイントだって分かってないのか?』

 

 

余り面白くなさそうな表情である。

それも当然、家事とは由紀江にとっては独壇場とも言えるポイント。そこに他者が介入など今までになかった事例だ。

直前に、家族にも「大和の世話は自分がする」とまで公言したにも拘らず。

当の沙也佳は相変わらずニコニコしながら、こう返した。

 

 

「別にいいじゃない。 私だって大和さんにお礼したいし」

 

「それは……まぁ、確かに。 すみませんね沙や………」

 

 

大和にお礼をしたいという気持ちはよく理解できる。

そもそも、由紀江も同じように感謝を積み重ねた結果、それがいつしか好意に変わっていったからだ。

ならば余り警戒しすぎるのも失礼だと感じたのか、謝ろうとした。

 

 

 

 

 

「それに……大和さんにも私のこと知ってもらいたいし………」

 

 

 

 

 

前言撤回。謝りかけたその口を止めてしまう。

いつもはハキハキと喋る彼女が急に口ごもってしまう。更には赤く染めたその顔。間違いない。

大和はとうとう、沙也佳にすらフラグを立ててしまったのだ。

 

 

「な、何ということでしょう………とうとう沙也佳まで………」

 

『沙也佳………恐ろしい子っ!』

 

 

由紀江と松風は戦慄した。

二日前まで冗談と笑い飛ばしていた妹が恋しているという事実に、そしてリアリストな妹ですら虜にして見せた大和に。

自分が立ち向かわなければならない敵の強大さに、由紀江はどう攻略すればいいのか分からなかった。

 

 

「ふーっ、さっぱりした………ってまゆっち。 どったのそんな鋭い視線投げつけて?」

 

「……何でもありません」

 

 

ここ最近、由紀江は拗ねたような表情になることが多くなってきた。

尤も風間ファミリーの女性陣が自分に向ける視線と同じようなものなので余り気にすることはなかったが。

その後しばらくして朝食が出来上がった。朝食を食べるために由紀江の母も、翔一も、そして腕にギブスを巻いている大成も座っていた。

 

 

「大和君に翔一君、おはよう。 昨夜は色々と世話をかけたね」

 

 

あの後九鬼の病院に搬送された大成ではあるが、腕を折られた以外は怪我など無く、一夜で戻ってきていた。

腕を折られていても隙のない身のこなしである辺りはさすが剣聖の名を冠する男だ。

高度な治療もあって怪我を必要以上に心配することもないだろう、と大和は話題を切り替えた。

 

 

「寧ろこっちこそもう一日お邪魔することになって申し訳ないです」

 

「いやいや。 沙也佳と由紀江を助けてもらったのだから、その位甘えて貰っても構わないよ」

 

 

結局昨日の騒動のせいで帰りが一日延びることなってしまった。

大和自身は問題はなく、大成らも感謝し信頼していることから延期を認めてくれる。だからこそこのように悠長にしているのだ。

 

 

「………ところでキャップ、さっきから会話に全く加わってないが大丈夫か?」

 

「大丈夫だ……zzz………この後みんなでパーッと遊ぶんだ……Zzz……」

 

「寝ながら会話とは相変わらず器用な奴だ……」

 

 

翔一はまだ疲れが抜けきっていないようで、眠りながら会話をしている。

これでいて一眠りしたら、目覚めたときのエネルギーが凄まじいことになっているのだ。

とりあえず心配はないだろうと目線を移すとそこには朝食をお盆に乗せて向かってくる由紀江と沙也佳がいた。

 

 

「お待たせしました。 本日の朝食は納豆に豆腐ハンバーグです」

 

「お味噌汁は私が作りました! お姉ちゃんほどではないですけど……」

 

 

姉妹によって食卓に並べられていく。

作り立てであることを湯気が強調し、益々食欲をそそってくる。因みに並べられた納豆はやはり松永納豆。

どうやらその人気は東西どころか南北にまで伸ばしているらしい。

そのうち世界を侵食し始めるのではないかと大和は苦笑いする。

 

 

「では頂きます。 ………ん、この豆腐ハンバーグふんわりしていて美味しいや」

 

「ありがとうございます!」

 

 

早速豆腐ハンバーグから口にした。

豆腐さながらの食感とそれを思わせない味付けの絶妙な同調に舌鼓を打つ。

どうやら新作メニューだったようで大喜びする由紀江だった。

 

 

「それじゃ味噌汁の方も頂くかな」

 

「は、はい! ドキドキ………」

 

 

沙也佳はとても緊張しているようだ。器に手を伸ばす仕草から口に付けるその瞬間まで注意深く見詰めている。

軽く味噌汁をすするだけなのに、凄まじい緊張感がこの部屋を支配している。沙也佳だけでなく由紀江も、大成も母親も。

とても飲みづらい雰囲気ではあったが、とりあえず一口。

 

 

「………おぉ、アクセントに唐辛子をかけてるのか。 いい味付けだね」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「うん。 まゆっちとは違って味付けで美味しいよ」

 

 

素直な感想を告げた。だからこそ沙也佳も大喜びしている。

普通の味付けでは由紀江に勝てないとわかっているからこそ、彼女なりのアレンジを加えたのが功を奏したようだ。

 

 

「………うん。 無理な味付けではなく、上品さも残しています。 ねぇ由紀江」

 

「はい。 美味しいですよ沙也佳」

 

「うむ。 母さんの腕を継ぐのも遠くはないな」

 

 

家族からも称賛をもらう。

図らずしもライバルとなってしまった由紀江であるが、だからと言って嫉妬深い性格でもない。料理の腕は素直に褒めていた。

大成も、家事の師匠でもある母親からも太鼓判を貰えたことが更なる自信をつけてくれる。

その隣では早くも翔一が料理を平らげてしまっていた。

 

 

「ごちそうさまでした~………Zzz………」

 

「お前はもうちょっと味わって食えよ!」

 

「と、言うか寝ながら食べていた事実の方に驚きです………」

 

 

そんな翔一のおかげで、やはり話題は尽きなかった。

朝食を食べ終え、昨日のように片付けを手伝い、そして外に出る身支度をする。

さっぱりとしたTシャツにズボンを履き、外に出る。体を動かすたびにやはり肩は痛んだが、やせ我慢でカバーする。

 

 

「遅いぞ大和!! さぁ!! 皆とあ・そ・ぶ・ぞおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

「ホントにちょっと睡眠時間を与えただけでエネルギッシュとかさすがだよ……」

 

 

先程のだらしなさが嘘のように元気いっぱいの翔一の声が轟く。

この彼の変わりように黛姉妹はもちろん、大和自身も驚き呆れている。

夏の日差しが降り注ぐ今日、彼らは外中心で遊ぶことになっている。そのため各々それらしい格好をしている。

由紀江と沙也佳は日差し避けのために麦藁帽子を被っており、如何にも夏の少女らしい。

 

 

「さっき姉さん達からメール来たけど、ここまで来るってさ」

 

「ならここで待ちましょう。 ここから湖までは遠くないですし」

 

 

これから彼ら風間ファミリーは沙也佳を加えて遊ぶことになっている。

名目上は昨夜の勝利を祝って、だが実際は遊びたいだけだろう。

皆それぞれの用事で来たというのに、わざわざ時間を割いてきてくれる辺りやはり風間ファミリーなのだと感じた。

しかしその中で肩身が狭そうに佇んでいる沙也佳であった。

 

 

「あの、私もいていいんでしょうか………」

 

「俺は構わないよ。 な、キャップ」

 

「おう! 人数は多い方が楽しいもんだ!!」

 

 

大和と翔一は何も問題などなかった。

折角の機会だし皆と遊ぼう、という話題で昨晩は解散したのだ。沙也佳も誘ってくれたことは素直に嬉しいが一つだけ負い目がある。

それは姉である由紀江だ。そもそも彼女の恋心が今回の帰省の理由である。

沙也佳もそれを承知していたはずなのに同じ人を好きになってしまったばかりか、その時間まで割こうとしている。ちらり、と由紀江の方を見た。

 

 

「私も大丈夫です。 ………大和さんとの時間は、また作れますから」

 

 

姉として、風間ファミリーとして許容していた。

恋のライバルになってしまったからといって変に妨害などしない。寧ろ由紀江はそれも含めて受けて立っている。

姉としての優しさ、武人としての覚悟、恋敵としての余裕。

その全てに感謝しながら、沙也佳は改めて笑顔を見せる。

 

 

「………それでは、私も皆さんとご一緒します!」

 

「そうこなくっちゃ! ……っと言ってる間にご到着のようだぜ!」

 

 

翔一がノリの良さに親指を立てていると、門の前に人影が見えることに気づく。

間違いない、百代達風間ファミリーの到着だ。

皆あれだけの激闘だったにも拘らず、誰一人掛けることなく到着していた。

 

 

「おーす! さぁ今日は一杯遊ぶぞー!!」

 

「鍛練は午前中に終わらせてきたから大丈夫!」

 

「同じく。 ……明日にはまた指導に戻るけど」

 

 

真っ先に入ってきたのは百代と一子、そして京の三人である。

元々武道の稽古としてここに来た彼女達であるが、ノルマを放り出すような人間でもない。

しっかりと遊ぶ時間だけの訓練をこなしてからここに来ている。

 

 

「おお、ここがまゆっちの家か! 自分の家といい勝負だな!」

 

「クリスの家は観光名所になってるでしょ。 ………にしても大きいなー」

 

「こりゃ黛の育ちがいいのも納得だな」

 

「ほへぇ。 俺様の家よりもでけぇな。 さすがは剣聖の家ってとこか」

 

 

クリスを始め、残りの面々も顔を出す。

誰もが由紀江の家の大きさに目を奪われていた。家だけではない、庭園の美しさにも視線を引かれている。

 

 

「おはようございます。 皆さん、ようこそお出でくださいました」

『我が家へようこそってなー!』

 

「今日はよろしくお願いしますね」

 

 

そんな彼らに由紀江と沙也佳は礼儀正しく挨拶する。

こんな暑い日差しの中でも損なわれないその気品の良さに皆が気持ちよさを覚えた。

蝉の声が響き渡る夏の青空、見上げるだけでとても気分が晴れる。ハインドという危険人物も去って開放感に溢れている。

 

 

「そういやクリス、マルさんはどうしたんだ?」

 

「ハインドの出現で父様に緊急報告などをするために仕事をしているんだ。 『私のことは気にせず遊んできてくれ』と伝言を預かっている」

 

「あずみさんも事件の詳細話したら慌しそうにしていたしな………」

 

 

ふと大和はマルギッテの姿が無いことに気付く。

元々クリスは彼女と共に温泉巡りの旅行に来ていたのだ、故に一緒に来るものだと思っていた。

大切な妹分の時間を割いてまで報告を行わなければならないほどハインドは危険な人物らしい。あずみも昨日から姿を見せない。

 

 

「大和、気になるのは仕方ないが気にしすぎたら楽しめなくなるぞ」

 

「モモ先輩の言うとおりだ。 んでまゆっちよ、これからどこへ行くんだ?」

 

「ハイキングコースを登って、湖に行こうと思います。 この地方の観光スポットなんですよ」

 

 

今日のコース設定も当然由紀江が担当してくれる。

どうやらこれからハイキングするとのことらしい、暑い日差しの中行われるハイキングもまた夏らしいといえる。

好き嫌いはハッキリするが、アクティビティに溢れる風間ファミリーはハイキングも好み休みの日などによく行っている。

 

 

「なるほどな、それでそんなに大量の籠を抱えているのか」

 

「私とお姉ちゃんで作ったお弁当です。 皆さんの分もありますけど……量足りるでしょうか?」

 

「心配すんな、俺もある程度作ってある」

 

 

百代も視線の先には由紀江と沙也佳がぶら下げる大型の籠。

如何にもお弁当箱らしい作りと言える。全員の人数を考えた上で作ってくれたようだが、育ち盛りの彼らは食べるに食べる。

そこだけが少々懸念点であったが、忠勝もバスケットを見せ付けてくれた。

 

 

「さすがだぜゲンさーん!」

 

「勘違いすんな! お前らが道中腹減ったとかで喚かれてら恥ずかしいだけだ!」

 

「男のツンデレ………イイ、実にイイんだッ!」

 

 

相変わらずBL大好きな京にとって、翔一がじゃれ付きに行くこのシーンは喜べるものらしい。

ハァ、とため息をつきつつ一同はいよいよ歩を進める。

由紀江が案内するハイキングコースは元とも観光者のために整備されたもののようで大変昇りやすく、見晴らしも良かった。

 

 

「おー! 見ろよあの雲! 中に絶対空飛ぶ島とか城とかあるぜ!」

 

「無い無い……と言いたいけどキャップが言うと実現しそうだね……」

 

「アタシも同感」

 

 

道中、空に浮かぶ巨大な積乱雲を見つけた。夏によく発生する積乱雲もまた、風物詩の一つともいえる。

そして冒険に憧れる翔一がいよいよ天空の大冒険も視野に入れているらしい。

あながち不可能ではないだろう、と卓也と一子も苦笑いだ。

 

 

「ん。 虫が出てきたな……おいお前ら、虫除けスプレーをかけとけ」

 

「気が利くなーゲンゲン」

 

「自分もかけておこう。 ………この匂いは好きになれないけど」

 

 

周りには蚊も出てきた。夏の要素の一つといえるがさすがに蚊を好きになる物好きはこの中にはいない。

用意のいい忠勝がバッグから虫除けスプレーを取り出してくれる。

まずはレディーファーストという事で百代が足と腕にかける。ついでクリスと受け取ったが、匂いが嫌いらしく実に手間取っていた。

 

 

「大和とキャップはかけないの?」

 

「俺とキャップはまゆっちの家出る前にかけてるしな」

 

「家のは切らしていましたから大和さんのものをお借りしました。 本当に用意がいいんですね」

 

 

どうやら大和も自前のスプレーを用意していたらしく、既に自分達に吹きかけておいていた。

準備の良さはさすが軍師といえるだろう。

そんなどうでも言いことから、風間ファミリーを交えての川神の話などで盛り上がる。

 

 

「でよ、川神はよく行事するんだぜ。 年がら年中お祭り騒ぎだ」

 

「沙也佳ちゃんも行事の日に遊びに来るといいわよ! 川神院もよく催し物やってるから!」

 

「そう言えば風鈴市とかもやるって聞きました」

 

 

岳人と一子が川神の話題を広げてくれる。

どちらも土地絡みの事では結構見識は広い方で、楽しめるであろう行事の話題で沙也佳を惹き付けている。

こういった時には頼りになれる二人であった。

行事関連の話題と聞き、沙也佳が途中こんな質問を。

 

 

「因みに川神ってホラースポットとかあるんですか?」

 

「な、無い! そんなもの全ッ然無ーい!!」

 

 

その質問に百代が盛大に慌てて打ち切らせようとする。

あからさまなその態度に沙也佳もすぐ察してしまった。

 

 

「あの、ひょっとして百代さんって…………」

 

「うん。 大のお化け嫌い。 だからモモ先輩に勝ちたきゃお化け屋敷に閉じ込めるのが吉」

 

「京ー! 余計な事を言うなー!!」

 

 

百代が心霊現象を怖がる理由として「攻撃が通じない」がある。

拳の道で生きている百代に、自身の力が全く通じないことは恐怖なのだろう。彼女との付き合いが長い古参メンバーはまた始まった、と苦笑い。

一方でまだ付き合いが浅い忠勝と由紀江には新鮮に映っていた。クリスは同じくお化け嫌いであることに咥え、以前遊園地でお化け屋敷に恐怖していたので同情している。

 

 

「俺の描いた絵も見てくれないんだぜ。 悲しい………」

 

「キャップの描いた絵は魂篭ってるからねー」

 

「うん。 一時ホラー小説の作家さんからも挿絵の依頼来てたし」

 

 

恐怖の対象は絵などにも及んでいた。

特に翔一は何事にも拘って挑戦するため手先が器用かつ、作品の完成度が凄まじいのだ。故に模写などをさせれば写真にも近い代物が出来上がってしまう。

ホラーものの絵を欠かせれば、今にも出てきそうな臨場感溢れるものに仕上がる。その完成度と恐ろしさを思い出して一子と卓也も少し冷や汗を流した。

 

 

「わぁ、それ見てみたいです」

 

「沙也佳ちゃんはイケるクチか! なら今度絵ハガキ送るぜ!」

 

「ついでにクリスと姉さんも見る?」

 

「「だが断る!!」

 

 

沙也佳はお化けに関してはそこそこ関心があるようで逆に興味を持っていた。

ついでにドSな大和がお化け嫌いな女子二人をイジメにかかる。その際、二人は涙目であった。

 

 

「まゆっちはそこの所どうなの? お化けとか」

 

「私は平気です」

 

「だろうな。 あんまり興味なさそうだったし」

 

 

由紀江は逆に霊などには耐性があるようだ。

肝試しをするときはある意味で要注意としておくべきだろう。

そんなこんなで、心霊関係以外でも話すべきことは盛りだくさんだ。しばらく話し込んでいるとなだらかな草原が広がっている。

 

 

「ここでお昼休憩にしましょう。 シートを広げますね」

 

「俺も手伝うよ」

 

 

確かに休憩するにはもってこいの場所だ。

涼しい風が通り抜け、草原を揺らしているこの光景が美しく心地よい。

その真ん中で大和と由紀江がビニールシートを広げる。当然複数持ってきており、全員が座れるスペースを確保してある。

あっという間にシートの上に由紀江と沙也佳、忠勝が作った弁当が広げられた。

 

 

「おお、何とも美味そうだな!」

 

「うっはー! 育ち盛りの俺様達にゃ嬉しい品揃えとボリュームだぜ!」

 

「から揚げやおにぎりにサラダ……栄養バランスも言う事なし!」

 

 

クリスの眼が輝いている。確かにこれだけの弁当は例え学校の遠足などでもそうそう作ってもらえないラインナップだろう。

皆の分を想定しているだけあって岳人も見ただけ唸る量だった。一子も栄養の面から太鼓判を押している。

 

 

「それじゃまず大和さん、どうぞ」

 

「え? 俺から?」

 

「はい。 どうぞどうぞ」

 

 

まず最初に大和に食べて貰いたいらしい。

由紀江と沙也佳の眼が輝いている。ここまで目を輝かされては大和も受け取らざるを得ない。

 

 

「あー! 大和贔屓なんていけないんだー!」

 

「モモ先輩、落ち着こうね」

 

「………そういう椎名も今に血涙しそうで怖ぇぞ」

 

 

当然他の女性陣は少々不満そうではある、がこれも弁当を作ったものの特権。

例え涙だろうが血だろうが飲んで耐えるしかない。

京は本当に悔しいらしく鬼気迫る迫力があった。恐らく数日中には彼女の逆襲が実行されるだろう。

そんな女性陣を傍目に入れながら大和はから揚げを口にする。

 

 

「………うん、美味しい!」

 

「本当ですか! また褒められた………」

 

「ん。 これ沙也佳ちゃんが作ったんだ」

 

 

どうやら沙也佳の自信作だったらしい。道理で彼女の眼が輝いているわけだ。

兎にも角にも大和が口にしたことが皮切りになって他の面々もお弁当に手を伸ばす。どれも料理上手な人物が作っただけあって満足の行くものであった。

その途中、気になったらしい卓也がこっそり由紀江に耳打ちする。

 

 

「ところでまゆっち、何か昨日から沙也佳ちゃんが大和にべったりなんだけど」

 

「………モロさん、お察しください」

 

「ああ……やっぱり」

 

 

いよいよ彼女らの身に何が起こったのか知ることとなった。

やれやれと肩を竦める卓也だが、特に衝突が起こっているわけではなく、由紀江も邪険にするどころか皆と共に過ごすこの時間を楽しんでいる。

女性陣も、つつがなく沙也佳らと会話しているため何の問題もないだろうと卓也は結論付けた。

 

 

「それにしても忠勝さんもお料理上手なんですね」

 

「時々俺達にも作ってくれるしな!」

 

「誇張表現すんな! テメェらが腹減ったとか喚くからだろうが!」

 

 

沙也佳があんなに楽しそうに会話をしている姿を見ればそう思うしかない。

何だかんだで自分も沙也佳を受け入れてきていると卓也は感じていた。

 

 

「―――――それじゃお弁当も食べましたし、また歩きましょう」

 

「だな。 まゆっち、ここから湖までは?」

 

「もう30分も掛からないと思います。 この道を真っ直ぐ進むだけですから」

 

 

しばらくして弁当箱も空になり、一服も出来た。

それぞれ立ち上がり、ビニールシートを片付ける。クリスもさすがに歩き続けることには飽きたらしいが、目的地は近いと告げた。

おかげで彼女達のやる気も上がってくる。

 

 

「よーし! ここまで来たら食後の運動もかねて競争よ!」

 

「いいぞ犬、自分が相手になってやる!」

 

「おっ! じゃぁ俺も俺も! 沙也佳ちゃんもどうだ?」

 

「ふふっ。 それではお相手させていただきます」

 

 

ここで一子の提案が。勝負事大好きな彼女らしい。

クリスが、ついで足には自信のある翔一が立候補する。更には沙也佳もやる気満々のようだ。

一方で姉である由紀江は、動こうともしなかった。

 

 

「まゆっちは参加しないのか?」

 

「私は荷物を持ってますから」

 

「いいじゃん、たまにはハッスルしてきなよ。 荷物なら持っておくから、俺とガクトが」

 

「俺様も巻き込むのかよ! まぁ別にいいけどよ」

 

 

大和が、抱えていた荷物を持つ。

姉と妹が一緒に遊ぶ機会はこれから先、徐々に無くなってくるだろう。兄弟ではないが、両親が海外を飛び回っているため中々会えない大和にはその気持ちが分かる。

だからこそ、一緒に遊んでくるように促している。荷物は綺麗に大和と岳人で分配された。

 

 

「……ありがとうございます大和さん、ガクトさん」

 

「お姉ちゃんも参加か………ますます負けてられなくなったかも」

 

 

荷物を二人に任せ、由紀江も参加することになった。

一刀斎と戦った時ほどではないが、やる気に満ち溢れている。あの表情から察するに由紀江は勝つつもりでいるようだ。一子達は恐れるどころか、寧ろ由紀江と勝負する機会が少なかったために受けて立つ所存らしい。

 

 

「いいわ! 培ったこのスピード、見せてあげる!」

 

「ドイツ軍の誇り、思い知れまゆっち!」

 

「俺だって! 風は気まぐれ、どんな道もあっという間だぜ!」

 

 

三人が一斉に腰を落とす。クラウチングスタートから行うつもりらしい。

黛姉妹もその意図を察し、位置につく。その姿勢が大和にとっては魅力的に見えた。

 

 

(……さすがまゆっち、あの尻が凄まじい。 だが沙也佳ちゃんも……)

 

「弟ォ。 ゲスいこと考えてないよな?」

 

「そ、そんなことないですハイ」

 

 

男としてどうしても反応してしまう。が、しっかりと百代に釘を刺された。

一応弁明しておくと目を惹いてしまっただけであって実際に相手の同意を得られるまで手を出すような男ではない。

だからと言ってそんな目で見続けることもさすがに失礼なので大和は目を逸らす。そんなやり取りの間に京が審判につく。

 

 

「それじゃ位置について、よーい………ドン!!」

 

 

合図と同時に五人がかけた。

元より身体能力は優れている五人だ、ロケットスタートの際に発生する風圧は凄まじい。

巻き上げる砂埃を払いながら、卓也がその後姿を目で追う。

 

 

「けへっけへっ……す、凄いね」

 

「確かにな。 もう姿が見えねぇ」

 

 

そしてそれはあっという間に見えなくなってしまった。

正確に言えば立ち上る砂煙が彼らの行き先を報せている。すぐにその先にある湖まで到達してしまいそうだ。

30分の距離を、10分も掛からずに走り抜けるその姿に忠勝も呆れ気味だ。

 

 

「でもま、俺様達らしくていいんじゃねーの。 まゆっちも楽しそうだったし」

 

「そうだな。 んじゃ、俺らもボチボチ行くとしますか」

 

「ああ」

 

 

荷物を抱え、大和達もその後を追う。

30分後、湖に到着した。由紀江が案内するだけあって相当な大きさである。

川神市周辺では見られないその壮大さに大和達も感嘆の声を上げた。

 

 

「おお、これは凄いな………」

 

「如何でしょうか大和さん」

 

 

すると由紀江が自慢げに現れる。

さすがは武道四天王、あれだけの駆け足だったにも拘らず息一つ乱れていない。他の女性陣も呼吸をしっかり整えていた。

翔一は幾らか無理したようでまだ仰向けになっている。

 

 

「まゆっち、どうだったんだ? 競争の結果」

 

「一子さんに負けてしまいました。 さすがです」

 

「いやいや、まゆっちは勿論のことクリや沙也佳ちゃんも早かったわよ」

 

 

話から察するに僅差で一子に軍配が上がったらしい。

武道四天王といえども得手不得手は存在する。単純なスピードならば一子は誰よりも自信があるという事だ。

とは言え誰もが常人を逸した速度の持ち主であることは間違いない。無論沙也佳も。

 

 

「大体見ていて思ったがやはりサーヤも出来るようだな」

 

「だから嗜む程度ですってば」

 

「そんな事無いぞ。 自分も危うかったからな」

 

 

武道は嗜むだけと公言しつつもやはり大成の娘だけあって素養は高いらしい。

百代も認めるほどらしく、改めて黛の家系は凄いものだと大和は感じる。

それはさて置き、男性陣は倒れている翔一に駆け寄る。リードを広げられまいと体力を使い果たし、酸欠状態に陥っていた。

 

 

「キャップ、大丈夫?」

 

「こりゃ酸欠だな。 しばらく寝かせとけ」

 

「だな。 俺様達は俺様達で遊ぶとしようぜ」

 

 

しばらく起き上がれそうにも無い翔一を幾ら気に駆けても仕方が無い。

その間に遊ぶという選択肢は当然とも言える。

時間も勿体無いということで大和達も岳人の提案に同意した。

 

 

「まゆっち、ここの湖って泳げるの?」

 

「はい。 水も綺麗ですし、危険な外来種もいないので絶好の水泳スポットでもあります」

 

「なら私は水着に着替えよーっと」

 

 

容易のいい京が袋から露出の高い水着を取り出す。

元々空き時間があればどこかで泳ぐつもりだったのだろうか。何気に露出が高いものを選ぶ辺りはさすがともいえる。

 

 

「アタシも泳ぎたいけど、水着無いのよねー」

 

「でしたら向こうに貸し水着や貸しボートをしている小屋があります。 北側に行けば川の上流に行けますし、釣りも楽しめますよ」

 

 

観光スポットだけあって施設はあるらしい。

沙也佳の指差す先には確かにボートと水着の文字を貼り付けた看板が掲げられている。更には釣竿までも配布しているらしく、充実していた。

それに惹かれた一子と百代は早速向かっていく。

 

 

「俺様も断然水着だ!!」

 

「鼻息が荒いぞガクト」

 

「まぁ、本能と言うか欲望に忠実だからね………」

 

 

後を追って岳人も水着を手にするべく向かっていく。

クリスも呆れながら、泳ぐつもりらしく小屋へと歩いていった。同じように呆れていた卓也は動こうとしない。

 

 

「モロも泳ぐのか?」

 

「僕は川の方で釣りをしてくるよ」

 

「でしたら私もご案内します。 久々に釣りもしたいですし」

 

「んじゃ俺も同行するか」

 

 

釣りには沙也佳も同行するようだ。

地元の人間が着いてきてくれるなら心強い。同じくしっかりものの忠勝も釣りに参加するようだ。

 

 

「大和さんはどうします?」

 

「俺か? どうしようかな………」

 

 

選択肢としては三つ存在する。

一つは百代達と一緒に水着に着替え、泳ぐという選択肢。もう一つは沙也佳達と一緒に釣りを楽しむという事。

どちらも楽しそうではある。が、大和は三つ目の選択肢を取った。

 

 

「………ボートにするかな」

 

 

敢えて誰も取っていない選択肢を大和は選んだ。

ここまで慌しい日々だった、ゆったりとした時間を過ごすのも悪くないと思ったのだ。

 

 

「まゆっち、折角だし一緒に乗る?」

 

「えっ!? わ、私ですかッ!?」

 

「勿論、まゆっちが良ければだけど」

 

 

そこで指名を受けた由紀江は盛大に慌てた。

彼女を選んだ理由としては地元の人間であることと、どうせ乗るなら誰かと一緒の方がいいという大和らしい理由である。

だがそれでも、大和自身から選ばれたという事実が何より嬉しい。

 

 

「ほらお姉ちゃん、どうするの? チャンスじゃないの?」

 

 

沙也佳からも発破をかけられる。

妹だからこそ、同じ人を好きになってしまったからこそ、純粋に応援したいのだろう。

そんな彼女の声援を受けて、由紀江の心は不思議なほど落ち着いた。

 

 

「―――――はい、お願いします大和さん」

 

「よし決まりだな。 んじゃ夜の行動もあるし2時間後ここに集合しようか」

 

 

そう言って大和と由紀江は小屋に向かう。

受付に申請し、早速空いているボートを一つ借りた。今日は比較的観光客が少ないようで、湖には風間ファミリー以外の誰もいない。

まるで貸しきり状態であるかのような贅沢さと寂しさに不安を覚えつつ、二人はボートに乗る。ボートは足こぎでは無く、オールで漕ぐタイプのものだった。

 

 

「んじゃいっせーの………せいっ! いぎッ………!」

 

 

大和が立った二本しかないオールを手に取り、漕ぎ出した。

凄まじい力が肩に掛かる。

昨日の怪我も相まって一瞬青ざめるほどの激痛が走った。

 

 

「大和さん、肩を痛めますし交代します」

 

「い、いやいや誘ったのはこっちなんだし………」

 

「いいえ、代わらせて頂きます」

 

 

これ以上負担はかけさせられないと由紀江が即座にオールを手に取る。

誘った側であるにも拘らず任せきりになってしまう事態を好まない大和だが、由紀江にとっては寧ろ役に立てる方が嬉しかった。

だからこそ、笑顔で大和の言葉を否定してみせる。

 

 

「………頼もしくなっちゃって」

 

 

大和のその一言で頼られていると知った由紀江は嬉しくなった。

オールを漕ぐその力を強め、推進力を上げる。

あっという間に湖の真ん中にまで到達した。湖の中心は静かで、風が爽やかに吹き抜けている。夏の日差しもあるというのに涼しい。

 

 

「ふぅ………心地いいな………」

 

「でしたら大和さん、お昼寝でもしますか?」

 

「そうだな。 皆とワイワイやるのもいいけど、ゆっくり寝るとしますかね」

 

 

元々ボートの上で揺られながら静かに過ごそうと決めていたが、言われると眠気が沸きあがる。

いよいよ欠伸も出てしまい、昼寝をしようと決めた。

幸い毛布はある。枕なり掛け布団の代わりなりにすればそれなりに寝られそうだ。と、頭を動かそうとした大和の視界が180度回転した。

 

 

「あれ?」

 

「でしたら、私の膝の上でどうぞ」

 

 

いつの間にか、大和の頭が太ももに載せられている。

美しい肌の感覚と、しなやかな筋肉が何とも言えない感触を生み出している。思わず大和も顔を赤くしてしまい、由紀江もクスリと微笑んでしまう。

 

 

「あ、ありがとね………」

 

「いえいえ。 ゆっくりしてくださいね」

 

 

こんな時間の過ごし方も悪くは無いと由紀江は感じた。

楽しく喋りながら、遊んだり、食事をしたり。それでも、言葉を交わさずとも大和と共にいれるこの時間が由紀江にとっては幸せだ。

心地よい風、優しい膝枕、そして綺麗な手で頭を撫でられ大和の眠気はMAXになる。

 

 

「ふぁぁ~~っ。 じゃぁ、眠らせて貰うかな………」

 

「はい、おやすみなさい」

 

 

また大欠伸をかき、大和は目を閉じた。

僅かに揺れるボートがまるでハンモックのように気持ちよく、爽やかに吹き抜ける風のおかげで暑さにも負けなかった。

心地よさの中、大和は眠りにつく。そんな彼の顔を見るのは由紀江にとって新鮮だった。

 

 

「…………ふふっ」

 

 

思わず笑みが零れてしまう。

普段は頼りになる大和の寝顔が可愛らしくて、少し得した気分になる。母親似というものだろう、咲から受け継いだ顔がとても綺麗に映る。

 

 

『大和、ぐっすりみたいだな~』

 

「はい」

 

 

安らかな寝息を立てる大和の顔を見て、由紀江と松風も満足する。

この瞬間だけでも北陸に連れてきた価値はあると感じた。

最近働きづめのこの男に休める時間を作れたことに由紀江も安堵している。

 

 

『……まゆっちさ~』

 

「はい?」

 

『最近さ、オラとあんまり喋ってねーじゃん』

 

 

由紀江はもう一人の自分にそう告げられる。

彼女にとって松風とはもう一人の自分自身。故にこれまでも松風が暴れる機会があった。

しかし大和を北陸に招いてからは、その会話量が確実に少なくなっている。

 

 

「そう、ですね」

 

『………決心がついたらさ、お別れしなくちゃなんないね』

 

 

僅かに、ボートが揺れた。

小波が立ち、辺りを静かにする。松風―――――もう一人の自分が告げた言葉に少なからずショックを受けている。

これまで松風は、奥手な由紀江の代弁者としてその姿を現してきた。

だがそれも、大和達風間ファミリーのおかげで必要が無くなってきていることを示している。それは由紀江にとって望んでいたことでもあり、望まない事態でもある。

 

 

 

 

「はい。 ……いつか、松風とはお別れしなければなりません」

 

 

 

 

それでも、由紀江は悟っていた。もう一人の自分に頼り続けてはいけないと。

松風は相棒であり、もう一人の由紀江自身。どんなに頑張っても、他人には慣れない。

だからいつか「自分の中」に帰る日が来る。由紀江はそれを覚悟していた。

 

 

「でも、今は………いいですよね」

 

『大和坊や皆だったら、ちょっとずつ変わっていこうって言うだろうナー』

 

 

未だに松風は離せない。

しかし、今はまだいいはずだ。少しずつでしか変えられないなら、それでいい。

由紀江は自分を認めつつ、歩いていく。

 

 

風間ファミリー達と共に、目の前で安らかな寝息を立てている愛しい人と共に。

 

 

「まとめに入るのは早いぞまゆまゆー!」

 

「はぅっ!?」

 

 

その時、聞き覚えのある声と共にボートが揺らされる。

驚きながら周りを探るとその人物は水面を突き破って現れた。

まるで派手なジャンプを披露するかのようなその美しさ、そして常識外れの運動能力。

 

 

「モ、モモ先輩驚かさないでください」

 

「すまんすまん。 ………って大和は昼寝中かー」

 

「はい。 今はお静かにお願いします」

 

 

百代は一瞬自慢げな顔だったが由紀江に膝枕されたまま眠っている大和がすぐに目に入る。

さすがに気持ちよく眠っている彼を起こそうとは思わず、そのまま潜っていく。

視線を向けて見ると、向こう側には泳ぎながら遊んでいる一子達の姿があった。翔一も回復したらしく、元気に泳いでいる。

皆、由紀江の視線に気づいたらしく声こそ出さなかったものの手を振ってくれている。

 

 

「………大和さんがお目覚めになったら、一緒に泳ぎましょうか」

 

 

自らの膝の上で眠っている大和に、由紀江はそう微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――一頻り泳ぎ、遊び、そして休んだ。

集合時刻に、集合場所に集まった皆の顔はどれも晴れやかだった。

無論それはしっかり寝て、しっかり遊んだ大和と由紀江も同様である。

 

 

「沙也佳、そちらはどうでした?」

 

「うん、楽しかったよ。 鮎とか釣れたし、忠勝さんが結構上手だったしね」

 

「ま、親父の手伝いやってると色々覚えちまうんでな」

 

 

どうやら釣りも釣りで充実した時間を過ごせたらしい。

忠勝や卓也も満足したようであった。今回は魚こそ持ち帰らずにリリースしたものの、あの川では鮎釣りも出来るらしく魅力を感じた。

またの機会があれば今度は違った形で楽しんで見るのも悪くない。

 

 

「ところでモモ先輩。 途中水の龍が召喚されてたんだけど」

 

「ああそれ私の新開発の奥義な。 テストもかねてぶっ放してみた」

 

「それで巻き込まれる俺様の身にもなってくれよ!」

 

「あれはガクトがモモ先輩にタッチしようとしたからじゃないか」

 

 

卓也も釣りは楽しめたようだが、一方で百代が放った奥義に驚いているようだった。

どうやら岳人のセクハラ行為に対する制裁のようだが、クリスは呆れている反面、百代に対し更に畏怖が深まったようである。

 

 

「それにしてもまゆっち、泳ぎ早かったわね~」

 

「ああ、いい勝負だったぜ!」

 

「はい。 次は勝たせていただきます」

 

 

その隣では一子と翔一が晴れやかな顔をしている。

またもやスピード勝負をしていたようだ。相変わらず勝負事に熱心であったが、由紀江が相手をしていたようだ。

今回も一子に軍配が上がったようだが、由紀江は次こそ勝つつもりでいる。

二人の性格が由紀江にも伝染しつつあるようだ。

 

 

「で、次はどうするの?」

 

「次は町に行きます。 今日は取って置きのイベントがあるんです」

 

「そうなんだ。 じゃぁ行ってみるとしますか」

 

「いえ、行く前にちょっと家に寄りましょう」

 

 

次の目的地を都が訪ねる。どうやら黛姉妹イチオシの催し物があるらしく、一気に期待が高まる。

大和も期待を胸に、彼女達についていく。

帰りは下り坂が多く、歩きはそこまで苦にならなかった。おかげで黛家に戻ってくるまでそんなに時間が掛からなかった。

黛家の門の前では由紀江の母親がまるで待っていたかのように佇んでいた。

 

 

「皆さん、お待ちしておりました。 由紀江の母です」

 

「まゆまゆのお母さんですね。 こんにちは、川神百代です」

 

 

由紀江の家事の師匠だけあって礼儀作法は相変わらず美しい。百代も納得しながら真っ先に挨拶した。

続けて一子達も挨拶していく。

 

 

「まゆっち、沙也佳ちゃん。 これから何するんだ?」

 

「いえ、皆さんには折角なので着替えて貰おうかと」

 

「着替え?」

 

 

相変わらずニコニコしている沙也佳。

だがその意図がクリスにも忠勝にも掴めない。とにかく彼女達に押し込まれるようにして由紀江の家に上がっていく。

女性陣は由紀江の母親が案内し、男性陣の方は。

 

 

「どうも、黛大成です。 君達が風間ファミリーの男性陣だね」

 

 

大成が待っていた。

思えば大和と翔一以外の男性陣は大成と面と向かって話したことが無く、緊張しているようだ。

 

 

「昨日は由紀江と沙也佳を助けていただき、ありがとうございました」

 

「いえいえ。 俺様達は仲間を助けただけです」

 

「大成さんこそ腕を折られたって聞きましたけど大丈夫なんですか?」

 

「私のことは大丈夫。 それよりもちょっとしたお礼だが、奥の部屋に用意してある」

 

 

大成が案内する先には来客用の部屋がある。

どうやらそこで何かに着替えろという事らしい。大成からのお礼という事で全員が少々困惑しながらも部屋に入っていく。

そこに折りたたまれた服を広げてみて、その正体が分かった。浴衣だった。

 

 

「………なるほど、こういう事ね」

 

「おーっ! ワクワクしてきたぜ!」

 

 

これから向かうイベントを大体察し、大和達はそれを着込んだ。さっと着替え終えた大和達は用意された下駄を履き込み、外に出る。

顔を上げてみると空には茜色が掛かっていた。そんな茜空の下、島津岳人は。

 

 

「モロ! モモ先輩達も浴衣姿だぜ! 眼福横丁だぜ!!」

 

「島津、ちたぁ自重しろ。 今度は次元斬辺りで葬られるぞ」

 

 

吼えていた。

そんな彼を黒い浴衣に身を包んだ忠勝が静止させる。こうしてみると兄貴らしさよりも、父親らしさが伝わってくる。

大和と翔一も更に懐いてしまいそうだった。

 

 

「へっへーん! アタシが一番!」

 

「何の! どうだみんな、自分も大和撫子だ! なでしこジパング!」

 

 

真っ先に出てきたのはやはり一子。黄色い浴衣でその活発さを現している。

反対に赤色の浴衣に身を包んでいるのはクリス。彼女らしい元気らしさを残しつつも、美しい印象を決してか欠かない。

遅れてきた京も一回転して青い浴衣見せながら大和に見せ付ける。

 

 

「この浴衣可愛いでしょ大和? 捲ってもいいよ」

 

「お友達なので捲りません」

 

「ちぇー」

 

 

相変わらずセクハラ行為に走らせようとするが安定のスルースキルが発揮される。

目線を逸らすと続けて凄まじい肢体を揺らしながら、あの人物が現れた。

 

 

「おーワン子にクリ、それに京も可愛いじゃないか。 ……今宵のオカズだな」

 

 

艶やかな神を揺らしながら百代が到着した。

彼女は紫色の浴衣を着込んでおり、動くたびに胸が左右に揺れる。一気に男性陣(翔一と忠勝以外)の視線を奪う。

 

 

「さすがッスモモ先輩! ………あ、いえタッチはしないんでタイキックは勘弁ッス」

 

「お、ちょっと学んだなガクト」

 

 

懲りずに近づこうとしたがさすがに体が恐怖を覚えたらしく、彼の足を止めた。

これもまた成長かと大和も頷く。

彼ららしい、下らないけれども楽しい会話を続けていると最後の一組がやっと姿を見せる。

 

 

「お待たせしました」

 

「どうですか? 似合ってますか?」

 

 

由紀江と沙也佳だった。

沙也佳の浴衣は黄緑色であり、若々しさが溢れている。反対に由紀江は深い緑色の浴衣を着込んでおり、落ちついいた印象を与える。そして普段はツインテールである彼女も、今回はポニーテールに纏めてあった。

 

 

「うん、どっちも可愛いよ」

 

「ほ、ほほほほ本当ですか!?」

 

「やったやった大和さんに褒められたけれどもお姉ちゃんも一緒だからなーってかお姉ちゃん相変わらずフェロモンが可笑しいことに返してよお姉ちゃん私のフェロモンを」

 

 

褒められた際の反応はどちらも個性的である。

由紀江は大和に褒められたことが嬉しく、盛大に慌てている。沙也佳の場合は姉ほど激しくは無いが、逆にぶつぶつと呟いていて考えが纏まらないようだ。

そして大和はそんな二人の反応が面白い一方で、しっかりと揺れる胸や尻を観察していた。

 

 

「なぁなぁ! みんな揃ったし行こうぜー!!」

 

「相変わらずキャップは………」

 

「いいじゃない。 これがキャップなんだからさ」

 

 

クリスはいつものように空気が読めないリーダーに呆れていたが、考えてみればいつものことである。卓也の言うとおり、気にしても仕方が無かった。

彼らは浴衣を身に纏い、下駄を鳴らしつつ町に向かって歩いていく。

町からは何やら賑やかな声が聞こえてくる。

目を向けてみると、明るい提灯がつるされ、屋台が並び、人がごった返している。

 

 

 

 

 

「皆さん、到着しました。 これが北陸の夏祭りです」

 

 

 

 

 

屋台から香る匂い、活気のいい客寄せの声、持ち上げられる神輿。

大勢の人が盛り上がれる大規模な夏祭りだった。

それを前に、風間ファミリー達は一気に沸きあがった。

 

 

「おぉーっ!! 祭りだ祭りだーっ!! 大和の奢りだからなー!」

 

「今日は遊んで食べてはしゃぐぞー!!」

 

「たこ焼きイカ焼き焼きトウモロコシかき氷アイスクリームフランクフルトに焼きそば~!」

 

 

お祭り騒ぎが大好きな翔一や百代も祭りを前にしてテンションが最高潮だ。

一子は餌を前に「待て」をされた子犬の如くいつでも飛びかかりそうになっている。しかも彼女はこれだけのラインナップを食して見せる大喰らいだ。

歯止めを利かせておかないと財布が空になりそうなので大和や忠勝がストッパー役である。

そんな彼らの様子に押されつつも沙也佳がこんな質問を。

 

 

「き、キャップさん達はハイですね…………そういえば皆さんは川神でお祭りとかはないんですか?」

 

「おうあるぜ。 かなまら祭りっていう男の祭りがな!」

 

「沙也佳ちゃんには………ちょっときついかもね」

 

 

歴史ある町だけあって川神にも祭りは存在している。

岳人ら男性陣はうんうんと頷くが、一子はその話題に対して頬を染めている。

存在が語られるだけであまり詳細を教えてくれない面々に訝しみながら、今度は姉に尋ねてみる。

 

 

「かなまら祭りって何? お姉ちゃん知ってる?」

 

「さ、沙也佳にはまだ知らなくていい世界なんです!」

 

「えー。 知っておいたほうがいいと思うよ。 今後の育成のためにも」

 

 

由紀江は顔を赤くし、激しく顔を振っている。と言いつつも、彼女の表情はどこか羨望の色もあった。

その顔が尚更妹の興味を駆り立てる要因となってしまう。

底なしのエロスを持っている京が詳細を教えようとしたが大和に止められた。

 

 

「ま、何はともあれ祭りじゃー!」

 

「落ち着け風間。 これだけの規模だ、バラバラにならず全員で行動した方がいい」

 

「ゲンさんの言うとおり。 皆固まって楽しんでいこう」

 

 

さっさと祭りに走っていこうとするがこれだけの大人数の中に単独で突っ込めばあっという間に人の波に浚われてしまう。

人を掻き分けていくことも困難なので全員が固まって行動することに。

歩幅を合わせる必要はあるが、気になった露店があればその都度立ち止まっていけばいい。

 

 

「じゃぁまずはたこ焼きー!」

 

「自分は綿あめだな! リラックマーンの袋に包んでもらおう!」

 

「俺様は肉! つーことで焼き鶏だ」

 

「オイコラァ! いった傍からもうバラバラかい!」

 

 

だが結局それぞれが獲物を求め、一斉に散らばってしまう。

さすがにすぐ戻ってくるが相変わらず自制の利かない連中だと大和は頭を抱える。

アグレッシブな面々に由紀江と沙也佳も苦笑いだ。

 

 

「大和さん大変ですね」

 

「全くだよ。 そういった点でまゆっちと沙也佳ちゃんはありがたい」

 

 

がっついていかなかった女性は由紀江と沙也佳だけだ。

手のかからない人物というものは色々な意味でありがたい。だからと言ってあまり自制を利かせすぎると祭りを楽しめなくなってしまうことも問題だ。

大和も適度に時間を見つけ、焼きそばを口にする。

 

 

「やっぱり焼きそばは定番だけど美味いな。 まゆっちに沙也佳ちゃんも何か買ってきたら?」

 

「では私はかき氷で」

 

「私はリンゴ飴買って来ますね」

 

 

それぞれ彼女達らしいものを選び、それぞれの店へ。

由紀江は宇治金時のかき氷にしたようだ。大和撫子らしいチョイスと言えるだろう。リンゴ飴を手にした沙也佳はウキウキしながら戻ってきた。

どちらも違った反応があって、見ている風間ファミリーも飽きない。

 

 

「まゆっちと沙也佳ちゃんって似ているようだけど違ってるわね」

 

「確かにね。 ………あ、射撃があるよ」

 

 

まだ知りあってから時間がそんなに経っていないとはいえ、姉妹だからこその共通点や相違点も見受けられる。

由紀江は穏やかさがある一方で楽しい一面があり、沙也佳は明るさの裏に愉快な面を隠している。

一子と卓也はそれを理解しつつ微笑んでいると視界の端に店を見つけた。多くの商品が並び、おもちゃの銃が置かれている射撃だ。これも夏祭りの定番だと言える。

 

 

「ん!? モロ、あのソフビ見てみろ!」

 

「あ、ゲットン星人のだ! 結構高値がつくよ! 『冷血柔派くにをくん』もある!」

 

「これは私の出番とみた」

 

 

中々希少価値の高い商品が並んでいるようで、転売するだけでもそれなりの金が得られそうなラインナップだった。

他にもそれぞれの目を見張る商品も並んでおり、俄然手に入れたくなる。

そんな彼らの期待を背負って京が立候補した。

 

 

「おっ、お嬢ちゃんやっていくかい?」

 

「うん。 全部いただきます」

 

「面白ぇ! やってみなよ」

 

 

リボルバー型の銃を手に取り、京が堂々と金を払う。

一回300円の射的に対し、彼女が出したのはなんと3000円。つまりそこに並んである商品をすべて奪おうというのだ。

簡単なようで難しい射的、店主もいいカモが来たと思ったのか自信満々げな声だ。

クク、といつもの笑い声を浮かべつつ京は懐から黒いサングラスを取り出しその顔にかける。

 

 

「クク、ククク、ククククククク。 クーックックック!!」

 

 

左手も添えずに京は銃を撃ちまくる。

天下五弓の眼光は狙うべきポイントを違わず、気を込めて弾の威力そのものを上げる。これにより如何に配置されようとも商品が次々と落ちていく。

まるで無双状態だ。店主は唖然としたまま、狩りが終わるのを待つしかない。

全て打ち終えたときには、商品棚にはもう狙うべき獲物は何一つ残っていなかった。

 

 

「I'll be back」

 

「二度と来んなー!!」

 

 

商品をごっそり抱え、彼女は仲間達のところへ戻っていく。

去り際のセリフで完全に店主を泣かせた。これは確実にブラックリスト登録されたなと大和達は嬉しさの半面苦笑いだ。

しれっと戻ってきた京は大量の賞品をこれ見よがしに並べる。

 

 

「はい。 一個300円、早い者勝ちでどうぞ」

 

「じゃ僕はこのゲーム! もう手に入らないものだって思ってたんだ」

 

「自分はこのぬいぐるみだ! ありがとうな京!」

 

「俺は………ま、財布にしとくか。 デザインもいいしな」

 

 

早速賞品の競り落としが始まる。

彼女に金だけ払わせて賞品を貰おう、という図々しい考えはさすがに持ち合わせていないのでお金を払うことにしている。

それぞれが目当ての物を手に入れ、恍惚としている。

由紀江と沙也佳も、気に入った賞品が見つかったようで京に感謝していた。

 

 

「さすがだな京」

 

「もっと褒めて結婚して」

 

「よくやったぞ京お友達で」

 

 

これだけの成果を出した彼女には然るべき賞賛が贈られるべきである。

大和が頭を撫でると気持ちよさそうに眼を細め、そして愛の告白。大和は褒めつつ、断った。相変わらずのガード力である。

 

 

「京さんのアタック凄いですね………お姉ちゃんからある程度聞いてましたけど」

 

「ああ、もう日常の一部だぜ。 ……っておろ? さっきからガクトとモモ先輩が見えねぇぞ?」

 

 

新参者二人はこの光景にはもう慣れた。が、沙也佳はこの光景自体見るのは初めてである。

改めて姉と自分がどんなに凄いライバルを相手にしているのかがよくわかった。

翔一もフランクフルトを食いちぎりながら話していると、岳人と百代の姿が消えていることに気づく。

 

 

「モモ先輩とガクトさんでしたらあちらでナンパしてますね」

 

 

気配探知に優れる由紀江が、この人の波の中二人の位置を正確に突き止めた。

指先には大量の女性を侍らせる百代と、一人四つん這いになって顔を上げないでいる岳人がいる。

片やナンパに成功し、片や失敗し続けたらしい。

 

 

「ガクトさん、どうしてモテないんでしょうね。 頼り甲斐あるのに」

 

「アイツ、年下には結構好かれるんだけど年上好きで欲望全開だからな」

 

「それに比べお姉さまは有名だしカッコイイし、女の人好きだからモテるのよ。 まぐまぐ」

 

 

岳人も望みを下げればそれこそ彼女が出来てもおかしくはない。

が、好みならばまだしも常に欲に溢れているため避けられる原因となっている。可哀想と言えば可哀想だが、自業自得といえば自業自得である。

対する百代は女性特有の美しさと武人としてのカリスマ性が女性に憧れる原因となっており、おかげで男性人気はもちろんのこと女性人気も非常に高い。

 

 

「さて二人は二人で楽しんでいるとして俺達も何かやるか」

 

「あっちで色々遊べる出店があるぞ。 見てくる奴は見て来い」

 

 

忠勝によれば射的を始め他にも遊べる店があるという。

早速赴いてみると金魚すくいや亀すくいなどがズラリと並んでいた。

 

 

「大和大和! あっちにカラーひよこがたくさん売ってある! 可愛いな~」

 

「カラーひよこと言えば大和よね。 何せ大人の鶏にまで育てたんだもの」

 

「そうなんですか!?」

 

 

クリスの視線の先には沢山のひよこが犇めいている店がある。可愛い物好きな彼女らしいチョイスと言えよう。

本来カラーひよこはその特性上、長生きできない。

しかし直江大和はそのブリーダー能力を遺憾なく発揮し、見事育て上げて見せたのだ。彼の育成手腕に一子が懐かしがり、沙也佳は驚くばかりだ。

 

 

「あっちにはクジがあるな! よーしやってくるぜー!!」

 

「キャップの事だ。 ハズレクジをアタリに変換してくるだろう」

 

 

幸運などではない、激運を身につけている翔一だ。ハズレクジばかりの出店でもきっと当たりを手にしてくることだろう。

皆の予想通り、一分後には最新のゲーム機を抱えて翔一が戻ってきた。

こんな流れを見ているだけでも楽しいが、祭りに参加しないのは余りにも勿体ない。由紀江が大和を促す。

 

 

「折角ですから大和さんも何かしてみては?」

 

「そうだな。 んじゃ………お? 変わった金魚すくいがあるな」

 

 

大和の視線の先には小さなプールがある。

その中では金魚達が所狭しと泳ぎ回っていた。ここまで見れば普通の金魚すくいと相違ないのだが、それにしては射的のように賞品が並べられている。

更には金魚の体には番号が振られており、何かしらのゲーム性を感じる。

 

 

「おじさん、この屋台はどういうものなんですか?」

 

「おう坊主! ここはな、金魚をすくってその金魚の番号に対応した賞品をプレゼントしてんだ!」

 

「なるほど。 金魚すくいと射的を組み合わせたようなものか」

 

 

中々ユニークなものが出てきたと大和も興味津々だ。

揃えられている賞品も中々豪華である。と、ここで大和は後ろから淡い視線を感じる。由紀江のものだ。

彼女の視線は綺麗なペンダントに向けられている。額縁に飾られるという事は相当高価な代物らしい。

 

 

「嬢ちゃんいい目してるねぇ、そいつは何とプラチナ製だ!」

 

「Wao、そんなものがここで手に入ろうとは」

 

「だがそいつを守る金魚は手強いぞ~。 何せあれだからな」

 

 

指差した先には他の金魚とはスピードが段違いの金魚が泳いでいる。

金魚の間を潜り抜け、華麗に泳ぎ回っている。その金魚が背負う番号は何と数字ではなく「D」の文字。

 

 

「よし、いっちょやってみますか」

 

「おっ、女の子のために一肌脱ぐたぁ粋な計らいじゃねぇか坊主! ほれ一回500円だ」

 

 

賞品が賞品なので一回ごとの料金も高めに設定されているようだ。

何回も挑戦すればいずれは掬えるだろうが、それではつまらない上に金もかかる。理想は一回で掬ってみせること。

大和は料金を払って金魚をすくうためのポイを受け取る。そしてじっと金魚の動きを観察した。

 

 

(………この金魚、どういう理屈かは知らないがかなり訓練されてるな。 他の金魚の合間を縫って出来る限りスピードを落とさないようにしている………)

 

 

身体能力は並の人間である大和。

百代らのような能力に任せた方法で金魚をゲットすることは不可能。であれば頼りになるのはこの頭脳だけ。

先程から高速で動いている金魚だが、何かしら法則性があるようだ。

 

 

(………っていうかこれだけの金魚を泳がせていたら当然空気だって減ってくる。 金魚も生き物、酸素が少なくなれば浮上してくるはずだから………)

 

 

大和は冷静に見極め続ける。

金魚がどの周期で浮上してくるのかを。そしていつしか足先をはねてタイミングを図っている。

目を細め、ただ金魚を追うのではなく狙ったポイントに集中している。

 

 

「そこだっ!!」

 

 

一瞬の出来事だった。

出来るだけポイを垂直にしないように水に入れ、流れを作り、金魚を浮き上がらせる。

宙を一瞬舞った金魚は見事大和の器の中に収められた。金魚に書かれた「D」の文字が活気よく跳ねている。

 

 

「す、凄いです大和さん!」

 

「こりゃやられたな~。 こいつを掬う奴が現れようとは。 ほれ、持っていきな」

 

 

店主も負けを認め、「D」の文字に対応する賞品を手渡した。

もちろん由紀江が欲しがっていたプラチナ製のペンダント。まるで表彰式でもやっているかのように手渡される。

額縁に入れられてあるのでそれなりの重さがあったが、誇れる重みだ。

大和はそれを開き、中からお目当てペンダントを取り出す。

 

 

「ほいまゆっち、付けてあげる」

 

「え? ええええ!?」

 

「そんな驚かなくてもいいだろ。 これは北陸に連れてきてくれた俺からのお礼ってことで」

 

 

由紀江の顔が一気に紅潮した。

その隙を狙って大和がペンダントをつける。美しい輝きが彼女の胸元で光っている。

想い人からの唐突な贈り物に戸惑っていたが、やがて落ち付いてくると嬉しさが込みあがってくる。

 

 

 

 

 

「……………ありがとうございます、大和さん!!」

 

 

 

 

 

由紀江は本当の笑顔を向けてくれた。

今までの彼女からは想像もできないようなその美しさと可愛らしさに大和も一瞬胸が鳴る。

そんな彼女の変化は、沙也佳にもすぐに分かった。

 

 

(お姉ちゃん本当に嬉しそう……あのストラップも喋ってないしね)

 

 

夏祭りに来てからは、松風は一言も発していない。

松風が入り込む余地がないことを示していた。沙也佳にとってそれは嬉しい進展である。そしてそんな姉を変えた直江大和という男に、改めて関心を寄せた。

と、ここで翔一が何やら踊りながらこちらにやってくる。

 

 

「おーい! あっちで踊るんだってよ! 折角だから皆で踊ろうぜー!!」

 

「いいわね! お姉さま、一緒に踊りましょ!」

 

「ああ。 おねーちゃん達にたっぷり奢ってもらったし、最後はハッスルだな!」

 

 

その誘いに真っ先に乗ったのは川神姉妹。

散々食べつくしたので体を動かそうとかけていく。

 

 

「ガクトもホラ、いい加減立ち直れ」

 

「そうだよ。 踊りに行くよ」

 

「………ああ、そうだな。 よし! 踊って女の子惹き付けるぞぉぉぉぉ!!!」

 

 

未だにナンパに失敗し続け、意気消沈の岳人。

そんな彼を元気づけようとクリスと卓也がフォローにかかる。何やら希望の光を見出したらしく、涙を流しながら岳人は踊りに向かっていく。

反省したようで反省していないらしく、一同の肩を竦めさせる。

 

 

「しょーもない」

 

「全くだ。 ……ほれお前ら、早く行かないと置いていかれるぞ」

 

 

悪態づきながらも、口元は緩んでいた。

彼らの後を追って京達も歩いていく。残されたのは沙也佳と由紀江、そして大和の三人だけ。

いよいよ夏祭りもクライマックスだな、と少し寂しい気分にもなる。

 

 

「大和さん、いきましょう!」

 

「折角なので私はカメラで写真撮ってあげますね」

 

 

けれども、黛姉妹はそんな寂しさを一切感じさせることない微笑みを向けていた。

彼女達は、今を全力で楽しもうとしている。

ならば辛気臭さなどいらない。大和また、楽しめばいいだけだ。

 

 

 

 

 

「ありがとう。 ………それじゃ張り切って踊るとしますか!」

 

 

 

 

 

彼女達に負けないくらい、大和も笑顔を称え踊りに入るのだった。

風間ファミリーの誰もが奏でられる音頭に合わせ楽しく体を揺らす。その中でも大和と由紀江の距離は近い。

少し恥ずかしく、けれどもそれ以上に幸せな表情の由紀江がこの北陸の夜空の下で踊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――楽しい祭りは終わりを告げ、夜が明けた。

直江大和と黛由紀江、そして黛一家は駅の前に来ている。今日はとうとう、大和達が川神に帰る日なのだ。

持ってきた荷物に加え、知り合いのために購入した大量のお土産により大和達の両手は塞がっている。百代達はまだ稽古など各々の予定が残っているため彼らには同行しない。

 

 

「皆さん、この3日間お世話になりました」

 

「また遊びに来てくれ。 私や沙也佳も川神に時々顔を出すと思う」

 

 

わざわざ駅の前にまで見送りに来てくれた大成らに改めて御礼を言う。

様々な騒動のおかげで時間が長かったようにも感じるがまだ夏休みは始まったばかり、また遊びに来る機会は作れる。

大成と沙也佳も川神に来るつもりのようで大和も楽しみにしていた。

 

 

「本当にありがとうございました。 また寮の方に食材をお届けいたしますね」

 

「いつもいつもすみません。 まゆっちによって美味しく頂かせております」

 

 

由紀江の母も深々と頭を下げた。あの騒動を解決してくれたお礼だろう。

寧ろ大和としては泊めてもらったことに加え、いつも寮に美味しい食材を配達してくれている恩がある。

寮母として食事を振舞ってくれている麗子も今度は島津野菜を送るなどして感謝の気持ちを送りたいといっていた。

 

 

「由紀江、大和さん達に迷惑をかけてはいけませんよ」

 

「松風もね」

 

「だ、大丈夫ですよ母上、沙也佳」

『オラはまゆっちの相棒だぜー? 品の良さは折り紙つきよーぃ!』

 

 

相変わらず松風が出張ることで母親と沙也佳も不安になった。

つい昨日まで出てくる頻度が少なくなったというのに。やはり大和がどうにかしないと松風離れは出来ないようだ。

大成も少々不安だったが、これ以上憂いても仕方が無い。

 

 

「大和さん、こんな姉ですけどよろしくお願いしますね」

 

「ははは。 任された」

 

「沙也佳! 大和さんまで……酷いです……」

 

 

すっかり頼りにされている大和に、由紀江は涙した。無論自分にとっては余りにも不名誉だからである。

そんな事を話していると遮断機が折り始め、音が鳴り響く。

電車が来た。名残惜しそうな表情で大成は別れを告げる。

 

 

「来たようだな。 では元気でな大和君、由紀江」

 

「はい、お世話になりました」

 

「また遊びに行きます! お元気で!!」

 

 

大和と由紀江は同時に背を向ける。一瞬沙也佳の表情が切なそうに見えたが、すぐに明るくなる。

石の階段を上り、改札口を潜った。

電車に乗り込み、席を取って大和達は抱えた荷物を下ろす。

 

 

「ふぁぁ~~~~。 重かった~~~~~」

 

「ですね。 配送しても良かったのですけど」

 

「いや、帰ったら早速知り合いに配る予定だし金は出来るだけケチりたいし」

 

 

配送と言う手段は確かにアリだったのだろうが、そこまでするような量でもなければここ最近金を使っているためになるべく安上がりさせたかったのである。

地味なところまで考えている大和に微笑みを零してしまう。

と、電車が揺れた。川神へ向けて、動き出したのだ。

 

 

「あ、大成さん達だ」

 

 

その途中、大成らがこちらに向けて手を振っていた。

細かな気遣いを忘れないその一家に大和は最後まで感謝し、手を振り返した。由紀江もまた戻ってくるという意思を込めて手を振る。

やがて、大成達の姿は見えなくなり、この三日間過ごしてきた地そのものが遠ざかっていく。

 

 

 

「またな、北陸」

 

 

 

大和は一言呟くと荷物を全て上の棚に乗せ座席に寝転がる。

どうやらまた眠気が再発したらしく、一眠りするようだ。

 

 

「まゆっち、悪いけど川神が近づいたら起こして」

 

「はい。 お休みなさい」

 

 

由紀江は微笑んでそれを承る。

それに安心した大和はすぐに目を閉じ、眠った。最近大和の寝顔を見る機会は多くなったものの、未だに胸が高鳴ってしまう。

昂ぶる心臓を押さえようとしていると携帯電話が震えた。

 

 

「伊予ちゃんから?」

 

 

大和田伊予からのメールだった。

この北陸旅行中はなるべく邪魔しないように伊予達の方からメールはかけないと言っていた。

予定が繰り上がったこと自体は既に連絡済であるはずなので、一体何なのかと気になる。

 

 

『まゆっち、どうだった旅行? 直江先輩をモノにしちゃった?』

 

 

どうやら気になって戦況報告を求めてきたようだ。

確かに急に予定を一日延ばしたのだから何かあったのだと思われても仕方が無い。

とにかく返信をしなければ、と由紀江はありのままを伝える。

 

 

『残念ながらまだです』

 

『そっかー。 直江先輩ってガード固いね』

 

 

すぐに返信が返って来る。まるで会話をしているようだ。

確かにこの三日間で告白は愚か、意識をさせることは出来なかった。けれども由紀江の顔は沈むどころか寧ろ希望に溢れている。

 

 

 

 

 

『でも、距離は縮まった気がします。 ですから明日も頑張ります。 勇往邁進で』

 

 

 

 

 

そのメールに伊予も満足したのか、それ以降メールは来なかった。

由紀江も携帯電話を閉じ、胸から垂れ下がっているペンダントに視線を移す。

プラチナ製であることだけでも特別なのだが、それ以上に大和が昨日くれたもの。そしてそこに収めた写真が、由紀江にとって何よりの宝。

 

 

 

 

 

 

 

ペンダントを開けばいつだって見れる。大和と共に幸せそうに踊っている、あの写真が。

 

 

 

 

 

 

 

続く




お祭りでは真っ先にたこ焼きに食らいつく!テンペストです。
由紀江編、今回で完結となります。大好きなまゆっちだけあって結構ボリュームのある内容になったかと思います。
今回は大和と由紀江で一対一の状況を造りつつ、風間ファミリーや黛ファミリーを掘り下げた形となっています。
前回が激闘だったので最後はゆるりと締めた感じですね。


さて話は変わりますがお祭りの時といえば金魚すくい!誰もが体験したのでは無いでしょうか。
私も例に漏れず金魚すくいが好きだったので小さい頃、親におねだりしてやってみました。


テンペスト「よーしすくってやるぞー! ……わーいすくえた!」

店主「おっ、よく掬えたな……って死んでるなこの金魚」

テンペスト「うわーん!!」


地味にトラウマになりました。苦心して掬った金魚が死んでるんですから。
金魚掬ってないし救えてすらもいない。時が経つに連れ一応トラウマ克服しましたが、金魚飼う時は本当に神経使いますわ……。


話を戻しまして次回から4、5話ほど幕間を挟もうと思います。
幕間は様々なキャラにスポットを当てていく予定です。なるべく出番を等しく作ろうと思うのできっと皆さんの好きなキャラが中心になるお話もあるかと思います。
どうかお楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!!
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