真剣で私に恋しなさい!X   作:テンペスト

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第三十七話 這い寄れ! 辰子さん

川神院―――――武の総本山と呼ばれし道場。

生ける武神、川神鉄心や師範代であるルー・イーの指導の下、門下生達が己を鍛えるために日々精進している。

技でも、肉体でもなく、己の心を。そうした精神が川神百代や川神一子といった屈強な武道家を生み出し続けていた。

そんな人外の域に達する領域に、全く武道の心得もない少年である直江大和は呼び出されていた。

 

 

「よく来てくれたのう。 まぁそう固くならんでええぞい」

 

(固くもなるわ!)

 

 

心の中でツッコミを入れつつ、大和は茶を啜った。

総代の傍には補佐役でもある師範代、ルーも共に正座している。わざわざ川神院に呼び出されたことを考えるとお叱りの類では無さそうだが、それでも緊張は否めない。

周りには武の総本山としての威風を漂わせる置物や漆器、掛け軸などがあり文化すらも重みを感じさせる。

 

 

「総代。 そろそろ要件を告げた方がいいかト」

 

 

そんな彼の緊張を読み取ってか、ルーが一言入れてくれる。

正直、男を下げたくないために虚勢を張ってはいるが下手な刺激を与えれれば破裂してしまいそうだ。

 

 

「そうじゃな。 直江大和よ、お主は板垣一家と親しいと聞いたが間違いないか?」

 

「はい、清い知り合い関係です」

 

 

なるほど、と大和は一気に鉄心達の考えを読み取った。

板垣一家、それは嘗て親不孝通りでは有名だった不良一家。全員が卓越した武道のセンスを持ち、圧倒的実力を持って暴力行為に走ったこともある。

しかもその武の師匠が元川神院師範代である釈迦堂刑部。板垣家の知名度を押し上げた。

今では武士道プランに伴い、活動を制限されていると聞くため暴力などの問題行為は起こしていないはずだが。

 

 

「そう警戒せんでもお主が非行に走っていない限り、ワシらは仲良くするなとは言わん」

 

「ならご用件は?」

 

 

大和は鉄心の狙いには大体気づいている。

武神と呼ばれた男だ、「あの人間と仲良くするな」という説教のために呼ばれたなどとは毛頭思ってもいない。

鉄心の方も、物わかりのいい大和に感心しつつ話を切り出した。

 

 

「どんな過去があろうと、板垣一家の素質は惜しいものじゃ。 あの釈迦堂が指導しているほどだしのう」

 

「特に板垣辰子は武道四天王の名を背負うに相応しい潜在能力があル」

 

 

川神院としては純粋に板垣家を武道家として評価しているようだった。

そして武道四天王という称号は武道の世界を導いていく重要な存在。現在は百代と燕、由紀江がその地位に該当すると目されている。そんな人物を選定するのも川神院の責務の一つであった。

 

 

「つまりは川神院に板垣一家を取り込みたい、と」

 

「そう言う事になるネ。 無論強制はしないケド」

 

「なるほど………でもどうして今になって?」

 

 

あくまで強制ではない、と明言した上でそう持ち出してきた。

素質のあるものを放っておけない、それは上に立つ者であれば誰もがそう思うだろう。

ただ、やろうと思えば前もって動けたはずだ。それも大和に頼まずとも、自分たちから動けばいいのではないか。

そう思ったため、大和は質問を返した。

 

 

「九鬼揚羽を知っておろう、彼女が板垣家を評価しておるんじゃよ」

 

「揚羽さんが……」

 

「彼女だけではない、ヒュームも素質を認めておる。 かと言ってそのまま九鬼に取り込んだのでは、その素行の悪さから問題行為を起こしかねない」

 

「つまり、川神院という更生施設を通してから九鬼に取り込みたいという事ですね」

 

 

有能な人材を求める九鬼ならでは、という事だった。

九鬼財閥は過去を問わず、その能力の高さで全てを決めているため一気に世界に君臨している。かと言って問題行為をそのまま見過ごす企業でもない。

精神を鍛える川神院で生活させれば、確かにある程度更生の余地はあるだろう。

 

 

「その通りじゃ。 板垣家をここで鍛えたいと思ってな。 これは九鬼との取引もあるが、川神鉄心という一人の武道家としてもしてみたいことじゃ」

 

「かと言って自発的に来てもらわないと技や肉体は勿論、心も鍛えられなイ」

 

「だからこその俺、というわけですね」

 

 

物事は自分から動き出さないと始まらない。特に武道に至ってはそれが著しい。

嫌々参加させたのでは意味がない、という鉄心達の判断は間違っていないだろう。だからこそ、大和に白羽の矢が立ったというわけだ。

 

 

「うむ、何とか板垣家をここに連れてきてもらいたい」

 

「最低でも板垣辰子は入れたいところだネ。 板垣竜兵は問題行為を多く起こしているから、改心しようという姿勢が見えない限り無理だろうケド」

 

「竜兵は望み薄ですが………三姉妹ならば何とかなるかもしれません」

 

 

竜兵は嘗ては不良達のまとめ役、しかも本人は事あるごとに「無頼だ」と口にする。

他人と群れて、しかも清い精神にするというこの川神院には絶対に来ないだろう。加えて彼がガチホモ、万が一来たとしたらそれこそ男性の門下生が危ない。

一方の三姉妹ならば、まだ望みは潰えてはいないはず。

 

 

「うむ、よろしく頼んだぞ」

 

 

鉄心からの信頼ある一言を背負い、大和は腰を持ち上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「断る。 俺は無頼だ」

 

 

ここは板垣家。

工業地帯の中に建てられた、所謂ボロ小屋にも近い住まいである。ここで板垣一家は生活している。

その中でも長男にして、弟でもある竜兵からの一言が誰よりも早かった。

 

 

「何と予想通りの言葉。 一言一句違わねぇ」

 

「まぁ夜の相手をして欲しいってぇんならその間だけ行ってやってもいいけどよ」

 

「それだけはマジで勘弁してくださいつーかお前死ぬぞ」

 

 

相変わらず男を食らう姿勢を見せつけてくる。

どうやら九鬼の監視の所為で堂々と動けないことにストレスが溜まっているようだ。ある意味竜兵は武士道プランにおける一番の被害者であろう。

最も今までの所業を考えれば、自業自得とも言えるので大和は何とも言えないが。

 

 

「川神院はそんな事考えてたのかよ。 コイツらがあそこに合うなんざ思えないねぇ」

 

 

竜兵の次に苦々しい顔つきであるのが釈迦堂刑部。

今回も飯を集りに来たらしい。嘗ての自分を思い出し、心底うんざりしている表情だ。

 

 

「釈迦堂さんも反対ですか?」

 

「反対じゃなきゃ俺はコイツらを教えちゃいねーよ。 ま、今はどうか知んねぇけど」

 

 

釈迦堂がこの一家に武道を教えている理由の一つに「川神院に馴染めないから」というものがある。

今までアウトローに生きてきたこの一家に、確かに川神院のような高潔な生活を押しつける事は無理があるというものだ。

生活態度から、大和もそれは薄々と感じてはいたが。

 

 

「仮に私達がそこで生活するとして、どんなメリットがあるんだい?」

 

 

その次に声を上げたのが板垣家の長女、亜巳だった。

SMクラブの女王でもある彼女だが、今は自宅という事で化粧何一つしていない顔を見ることができる。こうしていると、どこか可愛らしさもあるものだと大和は感じていたがそれは口にしない。

しようものなら、すぐさまあのドSに追い詰められてしまうだろうからである。

 

 

「武道の稽古に参加した日は食事を出すと言ってます。 年中の行事を手伝えば、衣食住に関してもお金を貰わず提供するらしいですよ」

 

「ふーん。 ま、食べていく選択肢の一つとしてはアリかもね」

 

 

あくまで生活するための手段の一つとして、亜巳は捉えているようだ。

無論そう言った考えの門下生も存在しないわけではないため、大和も亜巳に関しては希望を持ってもいいだろうと判断した。

 

 

「後は川神院、その後は九鬼の庇護に入るので今までの素行の悪さもある程度は免除、その後の就職も約束されているとのこと」

 

「へ~ん。 つまり、ウチらがやった事とはチャラってわけか」

 

 

この話題に食いついたのは板垣家の三女、板垣天使。

凡そ平凡とは言い難いその名前の所為で非常に荒れ、攻撃的な性格となっている少女だ。

板垣家の中では竜兵の次に渋りそうな人物だっただけに、大和もここが狙い目だと対象を天使に切り替える。

 

 

「まぁな。 ただ川神院に入っても暴力行為が許されるわけじゃないし、竜兵に至っては改心する姿勢が無いとダメらしいけど」

 

「問題ねぇよ。 俺は元からそんな場所に行く気なんかねーしな」

 

「そうか。 天はどうなんだ?」

 

「ウチは別にどっちでもいいぜ。 メシ食わせてくれるならな!」

 

 

竜兵についてはもうこれ以上この話題を晒すことはやめた方がいいだろう、と判断し狙いを天使一人に絞る。

今まで生きることに執着してきただけに、天使は案外食いついてきた。

 

 

「ただウチはゴルフクラブ護身術を捨てるつもりはねーけどな」

 

「その点については大丈夫。 あくまでも一緒にやるのは基礎だけで、技に関しての指導は釈迦堂さんに一任するってさ」

 

「一任するって俺はもうあそこの師範代じゃねーっつうのに」

 

 

あくまで川神院は「心」を鍛える場所。

だからこそ板垣一家を連れていく必要があるのだ。しかし人それぞれのスタイルというものは存在する。

川神院もそれは理解しており、彼女達に備わっている格闘スタイルを捨てさせるつもりはなかった。

 

 

「週に2,3回来てくれっていうことらしいけど」

 

「ふーん。 ま、SMクラブの日に被らない時は行ってもいいかもねぇ」

 

「ウチもいいぜ。 ま、弱い奴はそこで弄ったらいいだけだしなケケケ」

 

「言っておくが川神院は喧嘩の場所じゃないぞ」

 

 

一応釘を刺しておくがあそこには鉄心やルーなど、壁を越えた強さの持ち主が存在する。

余りにも度が過ぎるような行動は彼らから制裁を下されるであろう。

 

 

 

「………で、辰子さんはどうなの?」

 

 

 

一応亜巳と天使の二人は乗り気であると知ることはできた。

残る懸念点は今、大和の上で膝枕されている人物。

板垣辰子、この一家の次女にして普段は温厚な女性だ。大和にベタ惚れであり、彼の膝枕で気持ちよさそうに眠っている。

 

 

「………ん~。 私ぃ?」

 

「そ。 辰子さんは川神院に来る気はあるの?」

 

「私は無いな~………。 面倒だし~、大和君と遊ぶ時間無くなっちゃうし~……」

 

 

一方の辰子は面倒という印象だったらしい。

確かに寝ること大好きな彼女はあまり激しく体を動かしたくないという。釈迦堂もそんな彼女の気質を知っているからこそ、普段の訓練でも釈迦堂は彼女を動かすことが少ないという。

何より川神院に行く以上訓練には打ち込まなければならず、そうなれば大和と遊ぶ時間も減ってしまうのは確実だ。

釈迦堂も川神院の様子を思い浮かべると、思わず頷いてしまう。

 

 

「まぁ、そりゃそうだろうなぁ。 あそこは稽古に関しちゃ抜かりねぇしな」

 

「でしょ~? 私はのんびりするのが好きなんだ~」

 

「ふむ………。 まぁ向こうも『強制はしない』って言ってたしね」

 

 

鉄心の言うとおり、武道は自ら進んでやるもの。

特別な理由がない限り強制参加させたところで成長しないことは明らかだ。

そうなれば、大和もこれ以上「来てほしい」と言うことは出来ない。

 

 

「ふーん……。 ま、辰の意見も分からなくはないねぇ」

 

「ウチもメンドーなのはごめんだしな」

 

「亜巳さんに天も辰子さんに合わせる感じか」

 

 

辰子の言動に合わせて亜巳と天使も意見を翻してきた。

元々乗り気だっただけで、実際に行くと明言しているわけではない。あくまで板垣家は家族主体。

家族の意見に合わせる者達なのだ。

さすがに大和も「来てくれ」とは言い辛く、この話は流れるだろうと考えてしまっている。

 

 

「辰の意見次第では行ってやってもいいけどね」

 

「やっぱり家族仲良しなんですね」

 

「じゃなきゃ生きていねぇよ。 俺達は家族だからこそ互いを助け合って生きてきたんだからな」

 

 

板垣家、その名は嘗て川神の“裏”で名を馳せた一家。

暴力行為などで有名になってしまっているが、それも一つの家族。親に捨てられ、自分達だけで生きてきた。

だからこそ各々が家族を大切にしているという雰囲気がひしひしと伝わってきた。

普段は無頼だ何だと言い張る竜兵も、家族を大切にしているという姿勢が見えている。

 

 

「さて、俺はそろそろ梅屋のバイトがあるんでな。 失礼するぜ」

 

「釈迦堂さん、最近はホントに生き生きしてますよね」

 

「そりゃぁな。 やっぱ人間楽しいことしてると漲ってくるってなモンよ」

 

 

釈迦堂はすっと腰を立ち上げた。

彼にとって梅屋は最早生き甲斐の一種らしい。ただ九鬼や川神院としては危険な戦闘力と思想を持った男が真面目に働いているのだから、寧ろ黙認しているのだが。

 

 

「でもな、やっぱり楽しいことだけってワケでもねぇんだな」

 

「と、言うと?」

 

「たまに酔っ払いとかが突っ伏してよ、対応に困るんだなこれが。 ロクでもねぇクレーマーとかもいやがるし」

 

 

大和は溢された愚痴を丁寧に受け止める。幾ら釈迦堂と言えども愚痴を吐きたい時だって存在する。

バイトをすることもある大和は寧ろ共感してしまう。

幾ら楽しいことをしていても、時として嫌な場面に直面してしまうこともあるものだ。

 

 

 

「だからよお前ら、嫌だ面倒だなんて言ってられんのも今のうちだぞ~?」

 

 

 

何やら意味深なことを呟いて、釈迦堂は荷物をそそくさと纏める。

そして颯爽とドアを開けて出て行ってしまった。

 

 

「おい大和。 師匠のアレ、どういう意味だよ?」

 

「………察するに、『やれることは今のうちにやっておけ』じゃないか?」

 

 

いまいち言葉の真意を察することができなかった天使。だが確かに今までの釈迦堂からすれば考えられない台詞とも言える。

大和なりに釈迦堂の言葉を汲んでみたが、やはりニュアンスが外れている気がする。

腕を組みつつ頭を働かせてみるが、大和はそこまで釈迦堂と親しいわけでもないため結局明確な答えに辿り着くことができなかった。

 

 

「ま、何となくはわかる気はするけどね」

 

「おいアミ姉、どういう意味か説明してくれよ」

 

「リュウ、こういう時は『教えてください女王様』………だろ?」

 

「弟にまでドM要求するのかよ!?」

 

 

長女として亜巳は察するものがあったらしい。さすがは長女というべきところか。

対する竜兵も理解できなかったようだ。

 

 

「Zzz………Zzz……」

 

「そして相変わらず辰子さんは寝てる………っと。 (なでなで)」

 

 

辰子も釈迦堂の意見にはあまり興味がなかったらしい。

それよりも大和の膝枕でお昼寝出来ることに専念したかったようだ。幸せそうな顔をされては大和もとやかく言うことは出来ず、優しく頭を撫で続けるしかない。

大和の極上のテクニックの前では辰子は骨抜きである。

 

 

「つーか大和、お前頭撫でるの上手いな」

 

「まーな。 いつも仲間にはこれで調教してるんで」

 

「へー。 でも撫で撫でくらいで本当に調教できんのか?」

 

 

少し興味が出てきたらしい、天使が大和の手先を見つめていた。

決して髪を傷めることのない、しかし力が入っていないわけでもないその撫で方は見たことのないものだったらしく関心を抱かせている。

こんな大和のテクニックもすべて一子への調教の賜物だ。

無論話を聞いているだけでは天使もそれが実話であるかどうか疑わしく思ってしまう。

 

 

「なんだったら天ちゃんも大和君に撫でてもらう~? 気持ちいいよ~」

 

「面白ぇ! オイ大和、ウチの頭撫でろ! 満足できなかったらフルボッコだぜ!」

 

「相変わらずの凶暴性だな……。 それを鎮めるためにもゴッドハンド出動」

 

 

辰子からの提案で一気に天使が頭を近づけてくる。

建前は色々並べられているが、単純に撫でてもらいたかったらしい。溜息を尽きつつも大和は関節を鳴らす。

対する天使は撫でられるくらいで心が突き動かされることなどないだろうと高を括っているらしく、意地悪そうな微笑みを顔に張り付けている。

 

 

 

 

 

「さぁ調教の時間だ。 覚悟しな天」

 

 

 

 

 

―――――それをも上回る大和の極悪な微笑みが、天使の眼に焼きつけられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ…………ぅぅぁ……………」

 

「ふん、まぁこんなモンでしょ」

 

 

5分後、すっかり体中の力が抜けきっている板垣天使の姿がそこにあった。

特に人に撫でられたことのない天使にとっては初めての、まさに天にも昇る心地だったようでだらしのない、しかし満面の笑みがそこにある。

まるでそのまま床に染み込んでしまいそうなほどに天使はぐにゃり、と床にうつ伏せていた。

 

 

「マジかよ………。 天がここまで骨抜きにされるとはな」

 

「私だったらここでお預け食らわして豚どもを服従させてやるところなんだけどねぇ」

 

 

その一部始終を目撃していた竜兵と亜巳も関心の声を上げていた。

大和もある意味天使の躾け方をここで会得してしまったので今後はこの撫で回しも使用していこうと心に誓った。

 

 

「天ちゃん良かったでしょ~大和君の撫で撫で~」

 

「へ………へへ…………。 ま、まぁ認めてやらんこともないにゃ~」

 

 

天使はすっかり虜にされてしまったようだ。

緩みきったその表情と声がそれを物語っている。天使はまるで絶頂を迎えた後のような、朗らかで幸せそうな顔をしていた。

ここまでの顔を見せたことは余り無いらしく、竜兵と亜巳も驚いている。

 

 

「これは俺もやってもらうべきだな大和」

 

「って待てェィ!! 男を撫でる趣味は無い!!」

 

「おいおい俺の妹をこんなに骨抜きにした責任を取らないとでもいうのか? そいつはいただけねぇぜ」

 

 

相変わらずガチホモをアピールしてくる竜兵。

大和にとってはその筋骨隆々としたその肉体と荒い息遣い、そして捕食する寸前の獣の顔が何よりの恐怖の象徴。

出来れば関わりたくない相手なのである。

 

 

「リュウちゃん?」

 

「っっっ!?」

 

 

そこに、冷たき声が一つ。

発したのは先程まで安らかな顔を見せていた板垣辰子である。気の抜けた顔は何処か、影を纏い目を半開きにしている。瞼の間から放たれる翠の眼光はまるで獲物を狙うカラスの如く鋭い。

感知した途端に竜兵の奥歯がカタカタと震え始めた。

 

 

「明日から竜/兵なんて呼ばれたくないでしょ?」

 

「や、やややややややだなぁタツ姉冗談に決まってるだろ」

 

 

必死に冷静を装うとするものの、竜兵の顔は恐怖で歪んでいる。

普段は温厚な辰子も亜巳の許可、もしくは大和の危機に対して己のリミッターを外す。そうなった場合の彼女の戦闘力は、まさに川神院も四天王の名を授けるに相応しいものになる。

例えば拳の一振りで地震を起こすことなど朝飯前、と言わんばかりの怪力を振るうことだって可能だ。

 

 

「辰子さん、ここだと埋葬する場所ないからやめたげて」

 

「相変わらず理由は納得いかねぇが大和の言うとおりだタツ姉! ホンの冗談だからさ」

 

「…………全くも~………」

 

 

渋々ながらも辰子も引き下がったようだ。

竜兵は九死に一生を得た、と言わんばかりに額に噴きだした汗を拭う。

 

 

「リュウも懲りないねぇ。 何度タツに怒られたら気が済むのさ」

 

「仕方ねぇだろ! 本当に男狩り出来てなくてもう、俺発狂しそうなんだからよ!!」

 

 

相変わらず己に忠実な竜兵であった。あの様子では当分は動かないだろうが、懲りもしないだろう。

何はともあれ、先程まで静かだった板垣家も中々に騒がしくなってきた。

さすがに辰子も眠れなくなったことに加え、折角の大和との時間を阻害されつつあると少々不満顔になり始めた。

 

 

「大和君~。 外でお昼寝しない?」

 

「外………多馬川の土手か。 いいよ」

 

「そういうことだから私達、お昼寝デートしてくるね~」

 

 

どうやら恒例の昼寝場所となっている多馬川の土手を選んだようだ。

確かにあそこに吹く風は気持ちよく、今は夏休みということもあって日差しも強いが橋の下で寝れば涼しく感じるだろう。

大和も賛同し、二人は立ち上がる。

 

 

「いいけど夕方までには帰ってきな」

 

「は~い。 いってきま~す」

 

 

亜巳からもしっかりと門限を指定されたが、さすがに時間をオーバーするような彼女ではない。

気軽に返事をしつつ、家を出て行った。

辰子達が暮らしている家は工業地帯に建てられており、そこから多馬川までは時間がある。しばらくは歩きながら会話することになった。

 

 

「大和君はこの夏休みどうするの?」

 

「まぁ色々あるね。 友達と一緒に出かけたり、勉強したり」

 

「………友達に勉強、か。 私には分んないな~」

 

 

辰子としてはこの夏休みの予定が気になるようだ。

立て込んでいる、というわけでもないがかといって暇ばかりというわけでもない大和のスケジュール。顔が広い大和にとって、人付き合いのために割かれる時間もかなり多い。

余り長く遊べるわけでもないということに少々残念がっているようだ。

 

 

「ねぇ、大和君はどうして学校に行くの? めんどくさいでしょ」

 

「ん。 色々」

 

「色々じゃ分んないよー」

 

 

学校、それは板垣家からすれば縁遠い言葉。

物心ついた時から両親が存在しなかった彼女達にとって学校とは最早別世界。しかし辰子はそれでも良かった。今までも家族で仲良く暮らしていたためだ。

だからこそ彼女には理解できない。学校の何が大和を引き付けるのか。

大和もそんな彼女の胸中を察しつつ、言葉を選んでいる。

 

 

 

「……そうだな、敢えて一言で言うなら………『俺がそこにいたいから』、かな」

 

 

 

晴れ渡った青空を見上げて、大和はそう言った。

夏の象徴である日差しと入道雲以外、何の変哲もないこの大空。だが大和が見ていたのはそんなものではない。

 

 

「学校には俺の友達がいて、俺の学びたいものがあって………捨てられないんだよね何だか」

 

 

辰子は、こんなにもキラキラと輝いている大和の顔を見たことがない。

年相応とはこの事だろうか。普段板垣家に見せている顔つきはしっかり者、という印象が強い。実質癖の強い面々を相手にしても付き合い切れるのだから。

それだけに辰子にとってそんな大和の顔が新鮮だった。

 

 

「………そっか。 じゃぁ大和君は学校に行くべきだね~」

 

 

あのような顔を見せられては、辰子も納得せざるを得ない。

彼女にとって大切な大和、その彼が更に大切にしている場所を奪おう等と思うほど彼女は捻くれてはいなかった。

少し寂しそうな顔も見せたが、大和はそんな彼女の胸中を察する。

 

 

「まぁ、辰子さん達と遊ぶ時間は作りようはあるから安心して」

 

「……うん。 そうだね~」

 

 

自分達のために時間を作ってくれると分かっただけで辰子は満足そうだ。

彼女にとってはスローライフが一番で、その中に大和が一緒にいてくれるならそれでいい。そんな思考だったが、大和はそれを汲み取りつつ自分の時間を作ろうとしている。

そんな姿勢を見せ付けられては、辰子もどうこうは言えなかった。

 

 

「何ていってる間に土手到着……でもやっぱり暑いね」

 

「じゃぁ橋の下の影になってるところだね~」

 

 

さすがに直射日光を浴びながらのお昼寝は厳しい。

多馬大橋、通称変態大橋の下でお昼寝という何とも奇妙な事になった。暑い日差しが降り注ぐこの夏休みだが、影の下にいれば案外涼しい。

更には川辺から吹き渡る風が清涼感を与え、ベッドとなる草木も冷たい。あっという間に眠気が沸きあがった。

 

 

「ふぁあぁ~……そーいやまともに昼寝してなかったなー」

 

「じゃぁ、ゆっくり寝ていくといいよ~………Zzz」

 

「さっすが辰子さん、寝るの早い」

 

 

寝転がるなり、早速辰子は寝てしまっていた。

しかも幸せそうな顔をして大和の胸に顔を埋めている。これで次期四天王候補に数えられるかもしれないのだから恐ろしい。

本当に彼女達を川神院に連れて行けるのかどうか、大和も悩み始めた。

 

 

「ま、悩んでも仕方ないか。 寝よっと………」

 

 

大和もそのまま睡魔に誘われ、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――しばらくして大和は目覚めた。

満足のいくほど寝ることが出来た、と言うよりも違和感を感じたからだ。しかしそれは辰子ではない。

辰子は彼の左腕を抱いている。しかし、大和が違和感を感じたのは右側だ。

右側にも、柔らかい物を感じたのである。

 

 

「ん………?」

 

 

振り返るとそこには黒い、ひだひだしたようなものがあった。

 

 

「………ワカメ?」

 

「失礼な」

 

 

ワカメらしき物体――――ではなく髪だった。

黒く艶やかなその髪の持ち主、そして大和にここまで接近してくる人物、色っぽい声。

すぐにその正体は判明した。

 

 

「ベン・ケーじゃないか」

 

「やっほー。 何か気持ちよさそうだったので私もちょっとね」

 

 

どうやら潜り込みにきたらしい。

夏期講習の帰り際に発見したようで、そのまま一緒に寝たとのことである。

が、どうも顔が笑っているようには見えない。少々怒っているようにも見える。その原因は、今眼が覚めようとしている辰子にあった。

 

 

「ん~……? あれ~………? 大和君、その人確か……」

 

 

目を擦りながら起き上がってきた辰子の声はのんびりしていた。

だが大和の隣に座る女の姿を認識しだしてからは少々拗ねたような声を出し始める。

辰子と弁慶は以前クリスのためにフランクと戦争まがいの戦いで共闘したことがあるため面識はある。が、名前までは覚えていない様子だった。

 

 

「お久しぶり、私は武蔵坊弁慶。 以前クリスの件で共闘したっけ。 大和とはだらけ部でぬるっとだらけさせていただいてます」

 

「ぬるっとの意味が分からないとエロく聞こえる不思議」

 

 

さすがに辰子も武蔵坊弁慶の名を聞いたことがあるらしく、すぐに素性等は理解したようだ。

だからと言ってすぐに納得できないのが乙女の性。

徐々にではあるが弁慶に対し敵対心をむき出しにしている。

 

 

「………キャラ、被ってる………!」

 

「そこ!? 辰子さんそこ気にするの!?」

 

「大和君にとってのお姉さんキャラは私でいいの」

 

 

この場に百代や橘天衣もいればどんな恐ろしい事態発展していたであろうか、想像に難くない。

 

 

「まぁまぁ。 私は喧嘩しに来たんじゃないから」

 

「…………………」

 

 

辰子の警戒心はまだ抜け切れていない様子だ。

普段がおっとりとした表情をしている分、表情の変化が分かりやすい。

板垣一家と関わるようになって大和もある程度の癖は見抜けるようになっていた。弁慶にその気が無くとも、言動次第では辰子が飛び掛りかねない。

 

 

「姐御、ここは一杯川神水を」

 

「お前の姐御って呼ばれるのは嫌だ。 でもその意見に賛成」

 

 

呼称には渋りつつも、カバンから杯を取り出した。

いつでもだらけ部の面々と飲めるように弁慶が忍ばせているのであった。その杯を辰子の前にも並べると、弁慶はそれに川神水を注いでいく。

 

 

「何これ? お水ぅ?」

 

「川神水。 ノンアルコールだけど酔うことの出来る不思議なお水。 申し訳程度だけどアタリメもあるでよ」

 

「アハハ。 さすが大和、用意がいいね~」

 

 

全員未成年なので川神水での酒盛りだ。

ほろ酔い状態にさせてしまえばさすがの辰子もいきなりは飛びかからない上に打ち解けやすくなる。

始めはそんな大和の思惑に気付かず訝しんでいる辰子だったが、大和の頷き一つで口をつける。川神水は甘く、飲みやすかった。

 

 

「ぁ……これ美味しいね~………」

 

「とーぜん。 私が選んだ川神水だからね。 で、大和が持ってきてくれるツマミがこれまた川神水と合うんだよ~」

 

「どれどれ………。 あ~本当だ~」

 

 

常備していたツマミが功を奏したようで話題の展開には事欠かなかった。

更には大和が中立の立場となって会話を盛り上げる。

 

 

「ところで大和君、だらけ部って何~?」

 

「学園非公式でごろごろする部。 頑張らなければなんだってOK」

 

「私とか先生とかもよくそこでお昼寝してるよ」

 

「お昼寝~! 私もそんな部活だったら入ってもいいかな~」

 

 

川神学園での話題、それは他人からみた大和の姿を聞ける好機でもある。

風間ファミリーの接触で多少のコミュニティは広がったとは言え、他人と積極的に関わろうとしない辰子は情報収集力に乏しい。

それだけに弁慶の話は新鮮に聞こえ、辰子の興味をそそった。

 

 

「………って感じでね、大和もよく無茶するんだよね」

 

「へぇ~……。 ダメだよ大和君、心配かけちゃ」

 

「はーい」

 

 

少々恥ずかしい話も掘り返されるが、場の空気が険悪になるよりかはずっと良いと判断し大和も話題を膨らませ続けた。

こうして場の雰囲気を調節するのは彼の特技の一つ。

 

 

「今度は私、貴方の話を聞きたいな。 えーと……辰子、だよね?」

 

「うーん、そうだね……。 ウチでの大和君はね~……」

 

 

今度は弁慶から話題を振った。

コミュニケーションを取ろうとしない辰子も、さすがにあれだけ面白い話を聞かせてくれた以上要求を飲まないなどと言う性分ではなく、意気揚々と話し始める。

弁慶も、知らない大和の一面を知ることが出来たりとご満悦の様子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、梅屋。

全国チェーン店のフード店として高い人気を博している。「安い、速い、美味い」をモットーに掲げお財布事情に困っている人々御用達だ。

ここで働く釈迦堂も、そんな梅屋を気に入った一人。帽子とエプロンを被ったその姿は全く似合わないと評判だが、本人は楽しく働いていた。

 

 

「ありがとうございましたーっと。 さぁて、そろそろヒマになる時間帯かねぇ……」

 

 

帰った客にもキチンと挨拶し、釈迦堂はテーブルの上を拭く。

彼を知る人物はこんなにも真面目に働く姿は本当に新鮮に映るという。

 

 

(……あいつら、どうしてんだろうな。 案外直江の誘いに乗ってたりしてな)

 

 

現在は午後3時を回っている。さすがにこの時間帯に来る客は少ない。

シフトの関係でたまたまこの時間帯を担当することになったが、折角働くなら忙しくなる夕方辺りにしたいものだと釈迦堂は働く楽しみを覚えつつあった。

その所為か、脳内に出勤前の出来事が蘇っている。

 

 

(? 何だ、でけぇ気の持ち主がこっち来るぞ………客か?)

 

 

その時、釈迦堂が振り返った。

壁を越えた者として、気配察知はお手の物だ。それが実力者であればあるほど、釈迦堂にとっては察知しやすいものである。

彼が認めるほどの実力者が、この梅屋に向かってきている。何はともあれ客として来る以上は仕事をしなければならない。

 

 

「らっしゃっせー………、って俺だと……!?」

 

 

そんな彼が、自分の眼を疑った。

自動ドアの向こうにいた人物、それは無精ヒゲに貧相な面構え、そしてボサボサの短髪という格好をした―――――釈迦堂刑部にそっくりな人物だった。

不敵な笑み、姿勢、手の構え方までそっくりだ。釈迦堂に兄弟はいない。姉がいたが、流産で他に兄弟の話は聞かされていない。

 

 

「て、てめぇ………そりゃ変装だな………まさか!!」

 

 

となれば残る可能性、それは別人が変装しているという事に他ならない。

だが顔だけならともかく、クセや姿勢までしっかり模写してくる相手など釈迦堂の知るか中でもごく限られた人物のみだ。

そのごく限られた人物の中で、更に自分と接点のあった人間。すぐに思い当たった。

 

 

 

 

 

「よぉ久しぶりだな釈迦堂ォ。 内調やめてアルバイトしてるって聞いたがマジとはなァ」

 

「…………ハインド!!」

 

 

 

 

 

目の前の人物は、自分の顔に手をかけた。マスクを剥ぎ取ったのである。

その下から現れた顔は、釈迦堂の知り合いの中でも最も最悪な人物だった。思わぬ人物の登場に声色が低くなる。

 

 

「そんなに睨みつけるなよォ。 同じ内調で働いていた仲じゃねぇか」

 

「てめぇはスパイで来たんだろうが。 で、俺に追いかけられるハメになった」

 

「でもお前もやめたんだろ? だったら水に流そうや。 俺は客としてきたんだーい」

 

 

過去の因縁など興味ない、とでも言うかのようにどっかりと椅子に座り込んだ。

当たり前のように煙草を取り出し、吹かす。

さすがの釈迦堂も相手の言い分を認め、舌打ち交じりに厨房に入る。

 

 

「ご注文は?」

 

「雑な応対だなァおい。 牛飯特盛り」

 

「豚丼がオススメなんだがよ」

 

「やだね。 俺は豚より牛が好き。 でもトンカツは大好き」

 

 

悪態つきながらも釈迦堂は己の仕事を果たす。

煽りのような注文を受けながら、渋々と調理する。2分もかけないうちにハインドの前に出来たての牛飯が置かれた。

 

 

「おっほー、美味そうだなァ、いただきまーす。 ………うん、イケるな」

 

 

無作法にそれを食べだした。

さすがに全国チェーン店の料理は彼の舌をも満足させたようであっという間に丼の中は空になった。

米粒一つですら残っていない。

 

 

「………で、何で俺に化ける必要があったんだ?」

 

「この町、九鬼だのドイツ軍だのがうるせぇからな。 顔馴染みの姿借りたのさ」

 

「なるほど。 俺の姿だったら監視程度で済むしある程度気を出しても誤魔化せる」

 

「あんがとよ、おかげさまで九鬼もドイツ軍もスルー。 警備はザルー」

 

 

どうやら潜入するために釈迦堂に化けていたらしい。

同時にこの男が、釈迦堂の姿を借りてまでこの街に潜入するその意味を釈迦堂は悟った。

 

 

「………一体どんな依頼を請けやがった」

 

「言うかバーカ。 まぁ旦那の依頼じゃなくて三下の依頼だがなァ」

 

「旦那………?」

 

 

釈迦堂は彼の言う「旦那」が分からない。

嘗て自分を雇った男を思い出したが、彼は「旦那」と呼ばれるような年ではない上に闇の世界から抜け出した。

だからこそ、ハインドの腹の底が読めなかった。

 

 

「ごちそーさん。 釣りはいらねぇ、取っとけ」

 

「っ、テメェ!!」

 

 

釈迦堂の掌に五百円玉を投げつけ、ハインドは出て行った。

慌てて釈迦堂が追いかけるが、既にハインドの姿は無い。店の外にあるのは、暑い日ざしといつものように歩いていく人々の姿だけである。

 

 

「………野郎………」

 

 

投げつけられた五百円玉を見つめながら、釈迦堂は忌々しそうに吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

「………百円不足してんだよコンチクショウ………」

 

 

 

 

 

 

恨み言の原因は別にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――それから数十分後。

 

 

「あははは! それ完璧に大和に主導権握られてんじゃ~ん!」

 

「でも大和君だったらいいんだよね~」

 

 

完璧に意気投合していた。

数十分前に見せていた怪しい雰囲気も鳴りを潜め、完全に井戸端会議のような会話を展開している。

既に大和は会話に加わっておらず、振られた話題に返したり相槌程度だった。

 

 

(よし、これで二人は仲良しだな……調整役ってのも大変だぜ) 

 

 

元々近いタイプであっただけに馴染むことにそう時間は掛からなかった。

そこに川神水の力も相まって二人を打ち解けさせている。

 

 

「あ! やーまと~!!」

 

 

そこに快活な声が響き渡った。

赤みの掛かったポニーテールを靡かせ、腰にはタイヤを紐で巻きつけてある。

こんな絵に描いたような努力家は、大和の知るところ一人しかいなかった。

 

 

「ワン子か。 トレーニング中か?」

 

「そうよ。 でもダメじゃない昼間から川神水なんて」

 

 

一子が今日もタイヤを引きずりながらこちらへ走ってくる。

彼女は川神院師範代を志しており、そのために強くなろうとあらゆる努力を惜しまない。このタイヤも、師匠であるルーから指定されたトレーニング量を遥かに超えている。

また栄養管理などにもかなり気を遣う性格で、ノンアルコールとは言え昼間から飲み会などは余り好ましい事態ではなかったらしい。

 

 

「これには事情があるのよ~ん」

 

「そーそー」

 

「弁慶と板垣辰子まで……」

 

 

すっかり酔いどれ状態になっている二人を見て更に呆れる。

頭の悪い一子でも、察する能力はあり大和がこの二人を和解させるために酒盛りを進めたということは見て取れた。

だからと言ってこんな往来で酒盛りをしている事はさすがに好ましくない。しかも魅力的な女性二人に大和が挟まれている、という事が何より気に入らなかった。

 

 

「大和! 酒盛りはそこまでにしてアタシのトレーニングに付き合って!」

 

「お、おいワン子」

 

「ダメだよ~大和君は私達と一緒にお話しするの~」

 

 

ぐっ、と大和の腕を引く。

大和も川神水には耐性があるとは言えやはり酔いがある程度利いており簡単に動いてしまう。と言うよりも戦士である一子にかなう道理も無かった。

持って行かれまい、と辰子が腰に抱きつき対抗する。

 

 

「そ、それにワン子! 俺まだ辰子さんと話さなきゃならんことがあるから!」

 

「話………? ひょっとしてじいちゃんとルー師範代が言ってたあのコト?」

 

「そーゆーコト………ん?」

 

 

そして大和にはまだ任務が残されていた。

板垣三姉妹を川神院に勧誘するという仕事。これに関してはまだ全員返事が曖昧なままだ。可にせよ否にせよ、はっきりとした答えを貰うまで帰れない。

と言おうとした矢先に、一子の方の向こうに更なる人物を見つけた。

 

 

「あれ? 忍足あずみじゃないか………」

 

 

弁慶の眼には、いつも英雄の傍についているはずのメイドこと忍足あずみがいた。

武士道プランの現場責任者では無いとは言え彼女も九鬼家従者部隊、この町をうろつくこと事態は可笑しくない。

そんな彼女が、大和を手招きしているように見える。

 

 

「あずみさん? 俺に何か用?」

 

 

とりあえず世話になっている節はあるので大和も導かれるがままに近寄る。

知り合いの登場ともなれば一子も辰子も引きとめはしない。だが、弁慶だけは違和感を感じていた。

 

 

(おかしい、今日英雄はシンガポールで採掘資源の会議だって言ってた。 英雄出張の際には緊急事態でもない限り専属従者が付く決まりのはず…………っ!?)

 

 

忍足あずみは九鬼英雄の専属従者。しかも本人が英雄を崇拝している以上、病気でもない限りそれについていかないなどまずありえない。

しかも緊急事態となれば九鬼家関係者である弁慶に連絡が行き渡らないことも可笑しい。あらゆる可能性を消した結果、辿り着いた結論。それは―――――。

 

 

「っ!! 大和、そいつはあずみじゃない!!!」

 

「え―――――うぐ!?」

 

 

弁慶の警告は一足遅かった。

気付いた時には、拳が大和の腹にめり込んでいる。鋭く、鈍い衝撃が一瞬にして身体中に広がり大和は気を失った。

力の抜けた彼の身体は、あずみと思われた人物の腕へ収まる。

 

 

「あ、アンタ!! 大和に何してんのよー!!」

 

 

咄嗟に一子は腰に巻きつけていたひも付きタイヤを振り回す。

ランニング中だったため愛用の薙刀を手にしていなかったが、有事の際はこれも立派な武器となる。そして鍛え上げた肉体はそれを楽々と振り回してみせる。

そのまま相手にぶつけようとしたが、まるで瞬間移動のよう消えてしまう。後に残されたのは脱ぎ捨てられたメイドの服とあずみの髪型を模したカツラ。

 

 

 

 

 

「おいおい淑女がンなモン振り回すんじゃねぇーよ。 お嫁にいけなくなるぞ~?」

 

 

 

 

 

 

姿を現したのは、不敵な笑みを浮かべる死神。

一子は知っている、その顔を。何せ数日前に北陸の地で死闘を繰り広げた相手なのだから。

 

 

「ハインド!! 大和をどうするつもり?」

 

「見りゃ分かるでしょ。 営利誘拐だよ、ユ・ウ・カ・イ」

 

 

堂々と、そしてさらりと言ってのけた。と言っても本人は興味なさそうな表情である。

大方誰かからの指示という事は理解できる。しかし、一子達にとって集中すべきことは依頼人が誰かでは無い。

―――――大和の奪還、ただそれだけだった。

 

 

「貴様ぁぁぁぁっ!!」

 

「おっ? アンタが武蔵坊弁慶だっけ? べっぴんさーん」

 

 

聞く耳持たず、という表情で弁慶は勺杖を振り回す。

振り回すと言えど雑にではなく、その動きはまるで舞踊を見ているかのように美しい。しかもそれだけではなくスピードもある。

更には相手の隙を突くような鋭い動きとパワーだけではない、英雄と呼ばれるに相応しい技術を持っていた。

 

 

「っとっとっとォ。 責めて何かしらのコメレスはして欲しいねぇ」

 

「するわけ無いでしょアンタなんかに!!」

 

 

だが相変わらずの回避能力で弁慶の攻撃を避けてみせる。

まるで風が暖簾をはためかせているかのように、手応えどころか距離感すらない。

彼の動きを先読みして一子が飛び蹴りを仕掛ける。

 

 

「ハイ姿勢ダメー。 相手の迎撃に対して無防備ー」

 

「うぐっ?!」

 

 

逆に蹴り一発で弾き返されてしまう。

すぐに体勢を立て直したおかげでダメージは少なく、身体への損傷も殆ど無い。

 

 

「………お前………大和君を……………」

 

「んぉ?」

 

 

そこに闇のような、冷え冷えとした殺気が差し込む。

振り返るとそこにはバス停を片手に立っている辰子の姿があった。普段は閉じられている瞳も見開かれ、恐ろしい眼光を放っている。

―――――普段は無害なのんびり屋、しかし一度暴走すると。

 

 

「大和君を………放せぇえええええええええ!!!」

 

 

バス停のたった一振りで、日本全土が揺れるパワーを持つファイターへと変貌する。

地震どころかバス停を振り下ろした地点から凄まじい衝撃波が膨れ上がり、辺りを吹き飛ばす。

一子と弁慶は彼女のパワーを知っていたため、咄嗟に下がることでそれを避けた。

 

 

「何だ何だァ? 獣かありゃぁ………って獣はもう二匹いたっけなァ」

 

 

ハインドも自慢の脚力を活かし、飛び上がることでそれを回避している。

空中にいれば辰子のパワーと言えど、衝撃波は及ばない。そしてそれは、一子と弁慶も見越していることだった。

二人もハインドと並ぶ高度にまで飛び上がり、拳を構えている。

 

 

「でも甘ーい」

 

「うっ!?」

「あ!?」

 

 

そんな彼の右側から、何かが飛んで来る。

目を凝らしてみると、それは小型ジェット機だった。凄まじい速度と熱波を伴ってくるそれの翼を、ハインドは空いている片手で掴み、そのまま飛んで行く。

飛び上がった一子と弁慶はジェット機が生み出す音速波で吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

「じゃーなぁー!! ハーハハハハ!!!」

 

 

 

 

 

電光石火、その言葉が似合うようにハインドはそのまま飛び去ってしまった。大和を片手にして、山の向こうへと。

 

 

「や、大和君が………飛んでいっちゃった…………」

 

 

さすがの辰子達もジェット機のスピードに追いつけるはずが無く、ただそれを見送ることしか出来なかった。

特に辰子の脱力感は半端なものではなく、あれだけの暴威が一瞬にして消え、ぺたりと地面に座り込んでしまっている。

 

 

「まだよ! まだ諦めるのは早いわ!!」

 

「え?」

 

「お姉様と川神院の皆に連絡して大和を捜索してもらう! 絶対に諦めない!!」

 

 

一子は猛ダッシュで飛んで行く。行き先は川神院だろう。

同じく弁慶も、確かな意思を瞳に宿して携帯電話を取り出している。

 

 

「与一や九鬼家従者部隊にも捜索を行わせる! それに相手は噂に聞いていた国際犯罪者……九鬼の“網”に掛からず国外逃亡だなんてそう簡単に出来ないはず……!」

 

 

確かに余りにも圧倒的で、かつ一瞬にも思えるほどあっという間の出来事。

そんな中、一子と弁慶の二人は諦めていなかった。それだけ大和のことが大事だからである。

と、その時弁慶の携帯電話が震えだした。

 

 

「もしもし一子?」

 

 

それはつい先程川神院に向かった一子だった。

あっという間に川神院に到着して自身の携帯電話からかけてきたらしい。

 

 

『弁慶! えーっと……訃報よ! 大和、見つかりそうだって!!』

 

「それを言うなら朗報だね。 訃報は誰か無くなった場合のお知らせだから」

 

『ぁぅ………で、でね! じーちゃんが気配探知で早くも見つけてくれたの!』

 

 

相変わらず頭の方は残念な出来だったが、声の様子からして弁慶も安心できる報せのようだ。

しかも武神こと川神鉄心が協力してくれるならいう事なしだ。

 

 

「で、どこ!?」

 

『気配は川神山地で消えたって!』

 

「川神山地………了解!」

 

『じーちゃん達、既に向かってるけどすぐに向かって! 相手はあのハインドだから!』

 

 

それだけを言うと一子は通信を切った。

弁慶は落ちていた勺杖を取ると辰子に向かって振り返る。

 

 

「何してんの? 行くよ!」

 

「ど、どこに?」

 

「川神山地! 大和はそこに連れて行かれたって!」

 

「っ! 大和君………!!」

 

 

大和の行方が知れたと聞けば、辰子も立ち上がるしかない。

今彼女達は「大和を救う」という共通認識がある。この状況下でさすがに協力しないような彼女ではなく、黙って弁慶の後を追う。

二人は近くのタクシーを捕まえ、乗り込む。目指すは川神山地―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――あれからどれくらいの時が経ったのだろうか。直江大和、目覚めるのは朝の起床も含めて3回目である。

目覚めると雁字搦めで縛られ、イス諸共括り付けられていた。更には天窓が見当たらず、明かりは蛍光灯のみと、閉鎖された空間に閉じ込められている。

 

 

「おーおー。 お目覚めかい坊ちゃん」

 

「………っ! は、ハインド………!!」

 

「久しぶりだなァ。 といっても直接話すのはこれが初めてかな?」

 

 

目の前にはハインドが嫌らしい笑顔を浮かべている。何故この男がここにいるのか分からない。

ただ分かることはいくつかある。

自分が誘拐されたという事。これは目の前で不適に微笑んでいるハインドと、雇い主らしき人物から推測できる。

 

 

「初めまして直江大和君。 ………しかしとてもあの男の息子とは思えないな、外見では」

 

 

ハインドの隣に立つのは、小太りした男。

随分とみすぼらしい格好であり、顔はやつれている。ロクに手入れもしていないのか、無精ヒゲが目立っている。

だが、何よりも気になったのはこの男の発言だった。

 

 

「む、息子……? 父さんを知っているのか?」

 

「ああ。 ………景清の所為で、私は競合に破れ会社を潰されたのだ!」

 

 

如何にも単純明快な理由だった。

景清――――大和の父は直江ファンドと言う会社をヨーロッパにて立ち上げており、金融危機ですら乗り越える利益を叩き出した。

その経済力は九鬼ですら無視できないものを誇っており、大和もその父を誇りに思い、尊敬している。しかし人気者は同時に敵もを多いという事。

ここまで来れば、誘拐された理由は言わずと理解できる。

 

 

「つまり俺を交渉材料に父さんの会社を影から操ろうと」

 

「ほほう。 『潰す』と言わない辺りが賢いな。 まさにその通り」

 

 

この手の相手は絵に描いたような小物だった。

大和の視線に気づいたのか、ハインドも同情したかのような目でため息をついている。

 

 

「よくハインドを雇う金がありましたね」

 

「私の全てを賭けたのだ。 お前と言う切り札を手に入れるためにな」

 

 

だから貧相な身なりをしているのだと、大和は納得できた。

貧相な身なりといえば、この男の靴もそうだ。安物の上に赤土が付着していた。

一方のハインドは興味なさそうに椅子に腰掛けては、ギコギコと前後に揺らしている。

 

 

「まぁ俺ァ金貰えりゃいいんスけどねぇ、これ以上は働きませんからよっと」

 

「連れない男だ。 今後も私に従えば、報酬は更に積めるぞ」

 

「ンなのな実際に積める状態になってから言ってほしいもんス」

 

「ここで煙草はやめたまえ。 匂いが逃がせん」

 

 

余りにも退屈だったのか、煙草に手を伸ばす。

しかし男に注意され、渋々とそれを胸のポケットに戻した。一見すれば何も無いような会話だが、大和はこの違和感という点を全て繋げ、「線」にした。

 

 

(………そうか、ここは………)

 

 

ここが「どこにあるのか」、それは大体推理できた。

だが問題なのはそれをどうやって外に伝えるのか。責めて近くに誰かいれば手の打ちようはあるが、それすらも確認できなければ意味が無い。

 

 

「………クライアント、騒ぐのはここまでにした方がいいッスよ」

 

「何故だ?」

 

「馬鹿でけぇ気が二つ……川神の武神ッスわコレ」

 

(川神の武神二人……姉さんと学長か!?)

 

 

ハインドの察知能力が、危険人物を嗅ぎつけた。確かに彼からすれば真正面から相手したくない者だろう。

最も忠告は雇い主のためではなく、自身の脱出路の確保のためのようだが。

 

 

「おっと、オメェも騒ぐなよ小僧ォ」

 

 

同時にハインドはしっかりと銃で大和の動きを牽制していた。

下手な仕草―――――いや筋肉の収縮で射抜いてくるだろう。ハインドの瞳は冷徹な色をしている。

本気で人を殺す目だった。

 

 

「殺して見せろよ。 殺した瞬間、居場所が割れるぜ。 山地の地下にいるって」

 

 

しかし、最早大和にとってそれは脅しにもなりはしなかった。

寧ろこの監禁場所すら特定していることに驚きを隠せなない。

 

 

「ほぉ、どうして分かった?」

 

「簡単さ、アンタは国際指名手配。 幾らアンタでも簡単に国外逃亡できない」

 

「……………」

 

「更にクライアントの靴に赤土が付着している。 この近辺で赤土と言えば川神山地」

 

 

慌てて雇い主は靴を確認した。鋭く舌打ちをしたのはハインド。

彼自身は完璧な殺し屋として一切の痕跡を残さなかったが、逆にクライアントはその辺りの思慮に欠けていた。

 

 

「そしてアンタは煙草を吸おうとして拒否された。 『匂いを逃がせない』ってことは外界と隔離されている地下の可能性が高い」

 

「なるほどォ。 さっすがは軍師と呼ばれるだけあらァ」

 

 

ここまで推理されたらさすがに隠し通そうとは思わないらしい。

ハインドも堂々とお手上げ、と言わんばかりに両手を挙げた。

 

 

「それに一つ。 ……少々武神を甘く見すぎだよ」

 

「川神百代かァ? 奴は戦闘力こそ強大だが、精度が荒ぇ」

 

「そうじゃなくて、もう一人の方」

 

 

刹那、大和の後方で閉ざされているドアが木っ端微塵に弾けとんだ。

と言うよりも砂塵へと分解されていた。

 

 

「なっ!!?」

 

「………あーれま。 こんな精度の高ぇチートしてくんのは………」

 

 

雇い主は相当驚いていた。それだけこの監禁場所やセキュリティに自信があったのだろう。

一方でハインドは当然、とでも言うようにため息をつく。同時にこんな非常識な芸当を行う人物を見抜き、愛用の銃を取り出す。

 

 

 

 

 

「ワシじゃよ。 川神鉄心、見参ッ!!」

 

「柄にもない台詞言ってんじゃないぞジジイ」

 

 

 

 

 

生ける武神、川神鉄心だった。背後には孫の百代も立っている。

恐らくこの場所を探し当てる事といい、ドアを砂塵に還したことといい、全て鉄心の技によるものだろう。

彼の技はまるで生き物を操っているかのように圧倒的で、尚且つ非常識だ。

 

 

「姉貴分は兎も角、まっさか小僧一人のために仙人モドキまで来るとはなァ」

 

「小僧も何も、直江大和はワシの知人にして学園の生徒。 助けん理由など無い」

 

 

普段は助平で仕事もサボり気味など、どこか抜けた印象を与える老人。

しかし一度本気になれば、武神の名に相応しい威厳と気迫を伴う。技の威力こそ高いが、派手ゆえに精度が荒い百代ではこの地下空間を崩してしまうかもしれない。

だが鉄心は、この狭い空間をも己の支配下に変える。

 

 

「まずはお前からじゃ死神」

 

「げ、俺? やめてくれよ、争いは何も生ま―――――」

 

 

いつものように軽口を叩き始めた。が、鉄心はそんな戯言に聞く耳も持たず。

 

 

 

「顕現の弐!! 持国天!!!」

 

「おろ?」

 

 

 

巨大な腕が現れ、恐るべき速さでハインドを薙ぎ払った。

何が起こったのか、戦いの素人である大和や雇い主は勿論のこと百代ですら把握できなかった。

気付いた時にはハインドは壁に叩きつけられている。

 

 

「あーいてて………全ッ然見えなかったァ……。 なーにが無傷伝説何だか……」

 

「持国天は絶対必中の技。 ……が、その代わり威力が壮絶に弱いんじゃ」

 

「壮絶に弱くてアレですか………」

 

 

何だかんだ言いつつも、大和は驚いていた。

巨大な腕は間違いなく一般人からすれば壮絶な威力であったし、そんな巨大な腕を現しつつも近くにいた大和に被害を与えないと言うその集中力。

相手がハインドでなければ、一瞬で終わっていただろう。

 

 

「さぁどうするんじゃ死神?」

 

「言っておくが、ジジイだけが相手じゃないからな」

 

 

こんな閉鎖空間とは言え、2体1。しかも圧倒的武力の持ち主。

如何に回避能力の高い相手といえど、こんな狭い空間で戦っては普通に勝ても逃げも出来ないだろう。

 

 

「じゃぁ、普通じゃない方法で逃げまーすっと。 アバヨ」

 

「なっ!?」

 

 

するとハインドが叩き付けられた壁がぐるんと反転し、彼を隠してしまった。

どんでん返しである。これに一番驚いたのは雇い主だ。土壇場で逃げられただけではなく、自分が設置していないはずの仕掛けまで用意されていたからだ。

死神と名高い男は、あらゆる状況を想定していたのである。だが、それだけではなかった。

 

 

「ば、爆弾……いやこれは小型の核爆弾!?」

 

 

何とどんでん返しの造りとなっている壁、その裏側には爆弾が取り付けられてあった。

しかも小型とは言え核爆弾だと言うのだ。

こんな物を間近で食らえば大和達は勿論、百代や鉄心もさすがに危ない。

 

 

「しかし私にはこれがある! 川神式・ブラックホール!!」

 

 

咄嗟に百代が目の前に暗黒物質を作り出した。

暗黒物質は凄まじい引力を伴い、核爆弾を飲み込む。爆発だけではない、衝撃波も熱波も放射能ですらも。

ブラックホールは全てを飲み込み、まるで線香花火のように切なく消えていった。

 

 

「………これで安全だな」

 

「さ、さすが姉さん………」

 

「とは言えハインドは逃がしたのぅ……。 まぁ、お前さんが無事で良かったわい」

 

 

百代の技は派手ではあるが、だからと言って力押しだけではない。

あくまで同等レベルの相手がいればの話であり、仲間を守るためならば周りに被害を与えないような動きなど造作も無い。

元より、ハインドはそれこそが目的であり百代と鉄心の動きを止めるための策だったのは明白。鉄心の気配探知でも、ハインドの気配は微塵も感じられなかった。

 

 

「大和ー!!」

「無事か!?」

「大和君~~~~!!」

 

「おお? また大量に女の子が来おったな……しかも板垣辰子まで」

 

 

ドアの方から慌しい女の声が。

それは大和を心配して駆けつけた一子達である。皆駆けるなりタクシーを使うなりと、それぞれの移動手段で到達したのだ。

そもそも百代と鉄心の到達は最早瞬間移動と言っていいレベルなので、寧ろ彼女達は褒められるべきなのである。

 

 

「大和君!! 怪我は無い!?」

 

「辰子さん。 うん、俺は平気だよ」

 

(ほほう、噂通り板垣辰子には懐かれておるな………それに弁慶ちゃんまで)

 

 

辰子は即座にその自慢の怪力で大和を縛っている縄を引きちぎった。

勿論大和に痛みが走らないように気を遣っている辺りはさすがである。無事を確認すると辰子は胸を撫で下ろした。

 

 

「………で、そこのアンタ。 何逃げようとしてんの?」

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 

解決ムードに託けて雇い主は逃亡を図っていた。

が、当然それを見逃すはずも無く弁慶がその首根っこを掴む。逃げようと必死にもがくが相手はあの弁慶だ、きっと死の重圧が首にかかっていることだろう。

実際、弁慶の眼は恐ろしく大和に対する仕打ち次第では私刑もして来るだろう。

 

 

「大和、なぁにこの人?」

 

「ハインドに俺を捕まえてくるよう依頼した人。 でもアイツももう逃げ――――」

 

 

その時、背後から凄まじい殺気が放たれた。

振り返るとやはり辰子が鬼のような形相をしている。まだ、ライオンや虎が可愛く見えるほどまでの暴威の塊と化していた。

 

 

「………お前が、お前が大和君をっ!!」

 

「ちょ!? た、辰子さん!! もう解決したんだから落ち着―――――」

 

「うおおおおおおっっ!!!」

 

 

ここにバス停は無い。しかし彼女にとって、武器などどうでもいい。

ただ相手を打ちのめすことが出来るものならば何でも良いのだ。それに鍛錬を行っていない相手など、辰子の怪力を持ってすれば拳一つで頭が砕ける。

大和の静止も聞かず、辰子が飛び掛る。その拳は―――――。

 

 

 

 

「やめろ!! 板垣辰子!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

 

百代に止められた。力と力がぶつかり合う。凄まじい衝撃が辺りに走ったが、同時に百代はこの空間が崩れないように衝撃を受け流している。

やがてまるで空気が抜けた風船のように、辰子の勢いは一旦止まった。

しかし勢いが落ちただけで拳を突き出しているその姿勢と力は落としてはいない。

 

 

「……モモちゃん、退いて。 そいつは、そいつは大和君を―――――」

 

「傷つけたんだろうな。 私にも分かる。 私だって、コイツを許しはしない」

 

「なら!! 止める理由なんてない!!」

 

 

大事な存在を傷つけられて、怒らないわけが無い。

それは百代とて同じだった。彼女の背後にいる男は、今にも失禁してしまいそうなくらいに怯えている。

ある意味相応の罰と言えば罰だ。だが、大和にとっては心苦しい展開だ。

彼の、その心を理解しているからこそ百代は告げる。

 

 

 

「大和が悲しむ、と言ってもやめないのか?」

 

「っ!!?」

 

 

 

刹那、力が大分抜けた。辰子の顔が、まるで痛いものに殴られたかのように見開いている。

 

 

「………大和はな、優しいんだ。 友達の事を真剣(マジ)で考えてくれる奴だ」

 

 

百代の掌に殺気など篭っていない。

篭っているとすれば、それは「誠」。彼女の掲げる信念であり、同時に暴走しようとする辰子への、そして大和へ捧げる言葉でもある。

 

 

「そんな大和が、知人が暴力ひいては殺人行為で捕まったなんて目にあってみろ。 自分の責任のように苦しみだす。 ………お前でも分かるだろ? 大和が大事なら」

 

「ぁ……………」

 

 

正論を出された。それは鋭く、辰子に突き刺さる。

するとするすると力が抜けた。今度こそ風船がしぼみ始めたのだ。

 

 

「斑目風牙の時もそうだったわ。 大和……アタシのために、無茶して病院送りに……」

 

「私も、大和に救われた。 さっきの酒盛りでも話したでしょ?」

 

 

一子と弁慶も、同意を示してくれる。

彼女達も大和の奮闘を目の当たりにし、心打たれた者達。同時にその悲しみも知っている。

だからこそ、大和の気持ちを理解できるのだ。

 

 

「板垣辰子……お前のやり方は、ただ自分を救おうとしているだけだ」

 

「な………」

 

「苛立つ者全て叩きのめして、邪魔が消えれば万事解決……私も似た節はある」

 

 

正直なところ、大和と鉄心が一番驚いている。

ここまで百代が正論を説いてくるとはと。

 

 

「でも、それじゃ嬉しいのは自分だけだ。 大和は助からない、寧ろ苦しむ」

 

「………っ」

 

「一方で、大和を想っているからってのも理解できる。 だったら………」

 

 

すると、そこで辰子は拳を引っ込めた。百代の手に収まっていた拳は驚くほどにするすると抜けた。

それだけではない、あの殺気が収まったのである。この場合、辰子は気を晴らしたという事でいつもの優しい雰囲気になる。

しかし今回はそうではなく、何かを思いつめていた。そして辰子が歩き出す。

 

 

「ひ、ひぃぃぃっ!!」

 

 

辰子の行動一つ一つが、雇い主を振るいあがらせた。

自分を殺そうとしていたのだから当然である。しかし辰子はその男に近寄ることなく、ドアへと向かっていった。

 

 

「………みんな、大和君を助けてくれてありがとうね………」

 

 

それだけを言って、辰子は暗がりの中へと消えていった。

後を追いかけようとしたが、百代と鉄心に止められてしまう。個人としては非常に心配ではあるが、二人の意見を尊重しその日はメールも出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ハァ、ハインドが来てから閑古鳥が鳴いてらぁ。 アイツ貧乏神か?」

 

 

その頃、午後7時を回ると言う時間帯であるにも拘らず釈迦堂はため息をついていた。

珍しいことに客が一人も来なかったのである、ハインドが来て以来。

全国チェーン店の牛丼店としては珍しい事態である。この時間帯は普通は客の一人や二人は来るはずなのに。

 

 

「……いっその事、臨時休業にしちまった方が楽かもな。 他に誰もいねぇし」

 

 

最近の釈迦堂の働き振りが認められたのか、一人で店を任されることも多くなった。実質的な店長代理である。

既に他の店員は勤務時間も終えたり、急用で来れなくなったなどで誰もいない。

そうなれば営業するか、閉店するかの権利は釈迦堂に与えられることが暗黙の了解となりつつあった。

 

 

「さて、賄い食べて今日はここで寝泊りすっか………ん?」

 

 

これから自分の時間を過ごそうと決めた矢先だった。

店先に見慣れた影があった。影だけではない、気配も良く知る人物のものだった。

それを認めては、ドアを開けないわけにはいかない。

閉じた自動ドアを開けると、そこには教え子の一人がいた。

 

 

「辰子じゃねぇか。 何してんだお前、メシ食いに来たのか」

 

「……………………」

 

 

しかし、辰子は俯いている。

決して眠気から来るものではなく、何かを思いつめている。彼女がそんな表情をしていることくらい、釈迦堂にはすぐ見抜けた。

 

 

「………中入って待ってろ」

 

 

それだけを言うと、釈迦堂は「臨時休業」と書かれた札を表に垂れ下げた。

辰子はカウンター席に、すとんと力なく座る。

何も話したくない、でも話したい。そんな葛藤がひしひしと伝わってきた。釈迦堂は特に何も話さず、しかし冷蔵庫の中から食材を取り出す。

慣れた手つきで、いつも彼女が注文している丼を作り上げる。

 

 

「ほい、豚塩カルビ丼。 お前これ好きだろ。 代金は払ってけよ」

 

「………ありがと師匠」

 

 

相当疲れたような声を出して、辰子はそれを食べ始めた。

安い、早い、美味い。モットーを体現したかのようなその味に、辰子はただため息が出るばかりだった。

思いつめていてもやはり人間体は正直なもので、あっという間に丼は空になった。

 

 

「ご馳走様でした」

 

「お粗末さんっと。 ………で、どーした辰子。 直江と喧嘩でもしたのか?」

 

 

今更ながら、釈迦堂は自分の行動に疑問を持ち始めた。

確かに彼女達の師匠として武術を教えてきた。技の基礎や応用、トレーニングの仕方まで。それこそ手取り足取りだ。

だが、こんな風に相談に乗るのは初めてである。まるで父親のような行動をすることに自身でも戸惑っていた。だが、だからと言って引き返すような男でもない。

釈迦堂はただ、辰子の言葉を待った。

 

 

 

 

 

「………師匠は、どうして強いの? 川神院だから?」

 

 

 

 

 

突然、そんな事を言い出した。

余りにも突拍子の無い台詞に面食らった表情になってしまう釈迦堂。

 

 

「ワケ分かんねぇよ。 分かるように五七五調で、ホレ」

 

「どうすれば つよくなれるの わからないよ (字余り)」

 

「………マジで何があったよ今日」

 

 

辰子は、少しずつだが今日の事を話した。

大和が自分と関わりつつも違う世界に入っていること、その世界にも彼を慕っている者がいること、大和がハインドに誘拐されたこと。そして百代に説教されたこと。

拙い口調であったが、話せることは全て話した。

 

 

「……へぇん、百代が説教ねぇ。 俺の弟子時代じゃ考えられねぇわ」

 

「茶化さないでよ師匠~」

 

「悪ぃ悪ぃ。 で、お前はどうしたいんだ」

 

 

そう言われて、辰子は戸惑った。

何も考えていなかった、と言うのが正しいのだろうか。それよりも言葉が見つからない、というニュアンスの方が正しいのか。

口に出せず、どもっていると釈迦堂が言葉を見つけた。

 

 

「………川神院の人、皆強かった。 私より………」

 

「だから川神院入りして、強くなって、んで直江を守りたいってか?」

 

「………分かんない」

 

 

自分のやり方では、大和は傷つく――――残酷な様で当たり前の現実を突きつけられてはさすがの辰子も戸惑うしかない。

彼女の、そんな悩みを釈迦堂は見抜いていた。

 

 

「強さの意味が、手に入り方が分からない。 だから川神院入りか」

 

「………師匠の教え方が悪いんじゃないよ」

 

「フォローは要らねぇよ。 ………強さってのは、『心』って奴だろ?」

 

 

我ながらむず痒い台詞を出すな、と釈迦堂は内心で自重する。

きっと昔の彼を知るものがいれば笑い飛ばされてしまうだろう。元よりそれで表立って暴れるような神経質でもなかったのだが、今回に限ってはそれでいいとも思えた。

何故だかわからないが、目の前で迷っている辰子のために「格好悪くなろう」―――そう思えた。

 

 

「………モモちゃんや、鉄心さん……だっけ? あの人達、大和君を助けちゃった」

 

「まぁ、アイツらは化け物だから比較対象にしても仕方ねぇけどな」

 

「………でも、大和君のこと理解してた。 私より………」

 

 

なるほどな、と釈迦堂は納得した。

彼が授けた武術は、あくまで「板垣一家のため」のものだった。そこに身内以外を守るための要素は一切無い。

その結果でもあるかもしれない、と感じてしまったが最後釈迦堂も少しずつではあるが責任を感じ始めた。

 

 

「師匠………。 私は、どうすればいいの? 大和君と……どうしたら………」

 

 

まるで泣きそうな目をしている。ここまで弱々しい彼女を見たことは、釈迦堂でもなかった。

恐らくは、亜巳達もそうそうは無いだろう。少なくとも、ここ十年間は聞いたことの無い表情をしている。

それだけ思いつめているのだ。そんな彼女にしてやれることは。

 

 

 

 

 

「甘えんじゃねぇよ」

 

「痛っ」

 

 

 

 

 

 

平手打ち一発だった。

 

 

「愚痴だけだったら誰でも出来らぁ。 ンなこと俺に言ったってしょうがねーだろ」

 

「でも………でも師匠は………」

 

「俺はお前らに武術教えただけで父親になったつもりなんて無いし~」

 

 

まるで責任放棄するかのような口調だ。

こればかりは辰子も顰め面だ。でも、何故か怒ることができない。口では否定しておきながらも、行動の一つ一つが温かかった。

その温かさが、辰子にとっては安心できた。

 

 

「だからよ、自分で決めるもんだろうが。 どうすればいいのか」

 

「…………………」

 

「俺や姉弟達に泣きつく……それもアリさ。 でも結局決めるのは自分でしかねぇんだ」

 

 

少なくとも俺はそうして来た、と釈迦堂は胸を張る。

飽きっぽい性格も、汚れ仕事も、傭兵まがいの犯罪行為も。生きるためと称しながらも自らの意思で行動してきた。

釈迦堂は少なくとも、己を恥じてはいない。

 

 

「百代が説教してきたそうだな。 そいつはアイツが自分で決めたからさ。 ……あれはお前だけじゃなく、アイツ自身への説教もあったんだろうなぁ」

 

「そうなの?」

 

「よーく分かるよ。 下手したらお前のポジいたの、百代かもしんねぇしな」

 

 

だから、あんなに辛そうな顔をしていたのかと辰子は思い当たる。

他の誰でもない、自分自身への戒めだと。

戒め―――――それは辰子にはピンと来ないが、しかしそれ以外に形容しようが無い言葉だった。

もし百代に理性を抑える力が無かったら、雇い主は殺されていただろう。

 

 

「前にも俺が言ったろ? 川神院は『心』を鍛える場所だってな」

 

「…………」

 

「俺は笑い飛ばしたね。 お前らにも言った、下らねぇって」

 

「うん。 口癖のように言ってた」

 

 

武術を教える前に、釈迦堂は確かにそう言っていた。

まるで愛憎混じった言葉のようだった。釈迦堂は川神院に対して快くは思わないだろう、その一方で川神院の何たるかを知っていた。

だからこそ否定していた。彼はその姿勢は今後とも変えない。

 

 

 

 

「でもな、実際に下らないって判断するかどうかはお前次第だぜ」

 

 

 

 

その一言に、希望が見えた気がした。

いつの間にか釈迦堂は冷蔵庫にあったビール瓶の栓を開け、ビールをグビリと飲んでいる。

既に一本目を空にしつつあった。

 

 

「それに川神院にメンタル鍛えられても技はチンケ、それじゃダメだ。 それにお前は基礎もまだまだよ。 ……だから、俺が技教えてやんねぇとな」

 

 

氷の入ったグラスを鳴らして、釈迦堂はそう微笑んだ。

今度は、道が見えた気がした。直江大和の行く道でもない、釈迦堂刑部の道でも、増してや川神百代の道でもない。

正真正銘、“板垣辰子”の道を。

 

 

「…………その顔、見つけたのか」

 

「そんな気がした。 ……ありがと、師匠」

 

「見つけたんならそれはお前自身の力だ、俺ぁ何もしてねぇ! ってビール切れちまった……もっと持ってこいコラァ」

 

 

まるで照れ隠しのように次の酒瓶を探し始める釈迦堂。

きっと彼は認めないだろうが、辰子は感謝している。他の誰でもない、釈迦堂が支えてくれた事を。そしてその先に想う大和がいる事を。

 

 

「師匠!」

 

「あン?」

 

 

いつにない、彼女の元気な声に釈迦堂は顔を上げた。

 

 

 

 

 

「行ってきま~す」

 

 

 

 

 

いつもの、間の抜けた声で梅屋を後にした。

 

 

 

「………ケッ、いってらっしゃい」

 

 

 

釈迦堂はそう呟き、今度は水を一口だ。

代金は置いておくとは言えさすがに勤め先の物をこれ以上食うのはまずいと判断した。

辰子が使った丼も含め、洗おうと運ぶ。

 

 

(………チッ、どうしたってんだ俺は。 何であんな柄にもねぇこと連発したのかねぇ)

 

 

少なくとも、武士道プランが発動していなかったら―――――否、板垣一家に会っていなかったら。

こんな事も無かっただろう、と釈迦堂は浸った。

浸る、という単語を思い浮かべた途端更に過去の記憶が蘇った。

 

 

 

 

 

―――――それは、板垣一家と出会って間もない頃。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――

 

 

―――――――

 

 

 

 

 

 

それは数年前、偶然にも川神に足を運んでみた時だった。

 

 

『どうしたお前ら、もう終わりか?』

 

 

ただ何の目的も無い、ふらっと立ち寄ってみただけだ。親不孝通りに。

その時である、恫喝目的で4人の人間が寄って来たのは。最初は軽くあしらう程度に、飄々とした言葉遣いをしただけである。

しかし相手は、それを気に入らなかったらしく襲い掛かってきたのだ。それを3秒で片付けた結果がこれである。

 

 

『ち、くしょ………なんだこのオッサン、強ぇ………』

 

『り、リュウは気絶してるか……。 ハッ、私らは相手を間違えたようだねぇ……』

 

 

息も絶え絶えに、二人の少女は醜く地面に突っ伏している。

竜兵、と呼ばれた男は壁にめり込んでピクリとも動かなかった。青髪の少女は、ただそれを見ていて全く動かなかった。

 

 

『やれやれ……。 でも素質はあるようだな、なんか惜しいなァ……お?』

 

 

そんな事を思っていた矢先だった。

今まで黙っていた青髪の少女の様子が可笑しいのだ。今までに無い殺気に満ちている。

 

 

『タツ……本気を出しな!』

 

(何だありゃ? 百代並の殺気を感じるぜ………)

 

 

紫色の髪の少女――――名は確か亜巳だったはず――――が呼ぶと一瞬にして獣の形相になった。

持っていたクマのぬいぐるみを引きちぎり、釈迦堂に向かってくる。

 

 

『うああああああああっ!!!』

 

『おっ!? こりゃすげぇな!!』

 

 

釈迦堂は、そこで初めて防御の姿勢をとった。

猛スピードと言えど、所詮は少女。武術の手解きをも受けていないドの付く素人の技など避けることは容易かった。

それでも、何故か受け止めたくなった。そして彼女の拳を受け止めたその腕は、痺れていた。

 

 

(いやマジですげぇパワー……成長すりゃパワーだけは最強なんじゃねぇの?)

 

 

釈迦堂は、柄にも無く心が一瞬沸き上がっていた。と、その時。

 

 

『今だ!! 天!!』

 

『おうよぉ!! コイツで脳天砕いてやるぅ!!』

 

 

今まで倒れていた二人が、飛び掛ってきた。

相手に合わせ、釈迦堂も殺さぬよう手加減をしていたが起き上がれるまでには時間が掛かると踏んでいた。

だがこの二人は激痛を堪え、立ち向かってきた。

たまたま近くに捨てられていたゴルフクラブと棒を振り回してきて。

 

 

(何だこの二人もいい動きするな。 相棒見つけちゃった感じ?)

 

 

更には目の前に青髪の少女が再び向かってくる。

三方向からの攻撃に釈迦堂は。

 

 

『ほーいよっと』

 

『『『うわぁぁぁぁあっ!!?』』』

 

 

膨れ上がった気を爆発させることで、三人を纏めて吹き飛ばしていた。

それを直に食らっただけでなく、地面に転がったことでさすがの三人も一気に立つ力を奪われた。それはあの青髪の少女も同じだった。

 

 

『く………うぅ………』

 

 

それでもまだ睨みつけてくる、力強いその眼。

釈迦堂の心は震え上がるばかりだ。そしてふと、こんな事を思い当たってみた。

「こいつらを育ててみたら、どうなのだろうか」、と。

 

 

『あ、お前達! ここら辺で強盗を何度もしている悪ガキ共だな!』

 

 

邪魔するかのような眩しい光。懐中電灯の光だ。

持っているのはおまわりさん――――警察だった。この治安が悪いことで有名な親不孝通りのパトロールをしていたらしい。

そしてこの子供達は、盗みを繰り返していたようだ。――――生きるために。

 

 

『アンタ、こいつらを懲らしめてくれたのかい? あんがとよ、板垣のガキ共をよ』

 

『板垣ってのか……。 で、コイツら捕まえるのか?』

 

『ああ、鑑別所行だね。 最も親もいねぇらしいから更正の余地ねぇし』

 

 

まるでゴミを見るような目だ。

警察官のその識別は正しいだろう。どんな状況で育とうが、犯罪は犯罪。裁かれるべきである。

――――だが、釈迦堂にはそれが何とも愚かに見えた。

確かに汚れているかもしれないが、こんな原石を腐らせるなど勿体無い話だと。

 

 

『お、おい……! アミ姉達に……手ぇ………出すな……!!』

 

『あ? おいクソガキ、お巡りさんには敬語使え、ボロボロのクセに』

 

(何だコイツも立ち上がるのか。 どいつもこいつも……いいねぇ)

 

 

徹底的に痛めつけたはずの竜兵も、立ち上がっていた。

釈迦堂のキツイ攻撃を食らって動けない亜巳達を守るかのように、その手を広げていた。

だがボロボロの状態では、この男に忽ち取り押さえられてしまう。

 

 

『さぁ、大人しく――――『行けよリング!! (超手加減)』

 

 

一瞬にして、警察官は吹き飛ばされた。悲鳴を上げることもなく、壁に打ち付けられる。

かなり手加減したことから、傷の具合で技の正体を見破られることも無い。

 

 

『………おい、ガキ共。 確か全員板垣、つったな?』

 

 

振り返った釈迦堂の顔は、不思議なほどに穏やかだった。

思わず地面を這い蹲る少女達も毒気を抜かれ、こくんと頷く。まるで釈迦堂は契約成立、とでも言うかのようにニヤリと笑った。

 

 

 

『お前ら。 ――――俺がさっきみたいなカッチョイイ武術授けてやるぜ!!』

 

 

 

数秒後、少女達から大バッシングを貰った。

にも拘らず、少女達は彼の背中を追って行った。まるで場所を見つけたように、そして釈迦堂もまた場所を見つけたかのように満足していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

水場の前で、釈迦堂はそんな数年前の事を思い出していた。

 

 

「………けっ、一丁前に悩みやがって………」

 

 

水を張った丼。そこに映し出されたのは、少し寂しそうな釈迦堂の顔だったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――日が昇った。

ここ最近碌な目にあっていない、と振り返りながらも大和は起き上った。結局昨日は辰子を気遣い、メールの一つも送ることができなかった。

そんな彼女のことが気がかりでもあり、鉄心からの勧誘に対しての返事を貰ってもいない。

彼女達の家へ行こうと身支度を整えている時だった。

 

 

「ん? 姉さんからメール………?」

 

 

愛用の携帯電話が震えだす。

開いてみると「送信者 川神百代」と表示されている。訓練などで早起きすることは多い百代だが、こんなにも早い時間帯にメールを出してくることは珍しい。

とりあえず文面を確認しようとメールの内容を確認した。

 

 

「何々……? 『今日の十時に川神院に来てくれ』、か。 成果の報告かな……」

 

 

鉄心からの催促と言う可能性も否定できない。

だが、まだ辰子達から明確な返事を貰っていない以上気軽に行けるわけも無く、かといって無視も出来ない。

とりあえず昨日の様子を話した上で再度交渉しに行く、と告げるのみ。

朝食を取り、今日も差し込む真夏の日光を浴びながら大和は愛車(ゴウラム)で川神院まで向かう。

 

 

「おっ、来たな大和」

 

「待っておったぞい。 5分前集合、関心じゃのう」

 

「姉さん、それに学長」

 

 

川神院の門の前では百代と鉄心の二名が立っていた。百代は既に道着を纏っており、既に稽古していたのだと分かる。

それはいいのだが、まさか鉄心まで揃っているとは思わなかった。

 

 

「学長、昨日の件ですが―――――」

 

「それについてじゃが、中に入りなさい。 そうれば分かる」

 

「は、はい」

 

 

普段は気の抜けた一面もあるとは言えさすが武神、厳格な雰囲気を纏えば大和も息を呑む。

彼に言われるがままに川神院の門を潜る。

朝の十時であるにもかかわらず、多くの門下生達が激しい稽古を行っていた。

 

 

 

 

 

「あ! 大和君~~~~」

 

 

 

 

 

その中に、明らかにいつもの川神院からは聴けない声があった。

 

 

「た、辰子さん!?」

 

 

間違いない、板垣辰子だ。彼女は門下生の中に混じっていた。

それだけではなく、百代達が着用しているものと同じ道着を着込んでいる。そして大和に声をかけながらも、指導しているルーの動きに合わせて拳を突き出している。

 

 

「な、何で辰子さんが!?」

 

「おっと私達もいるよ」

 

 

更に聞きなれた声。振り返ると亜巳が立っていた。同じく稽古着となっている。

さすがに厳粛な川神院では口紅などの化粧はしていないようだ。最も彼女は化粧などしなくとも十分な美貌を誇っていたが。

 

 

「何でも何も、お前が昨日私達を誘ってきたんじゃないか」

 

「そ、そりゃそうですけども………」

 

「因みに天はあそこ。 川神一子と組み手をしてるよ」

 

 

どうやら天使も来ているらしく、更に目を疑った。

亜巳の指に合わせて視線を動かすと確かに一子と組み手をしている天使がそこにいた。

愛用のゴルフクラブを持っていないとは言え釈迦堂仕込みの格闘術が一子の動きを阻んでいる。同時に一子も冷静に相手を見極め、対処していた。

 

 

「ふぉふぉ。 そういう事じゃ、ありがとうのぅ直江」

 

「あ、い、いえ………実を言うと俺自身も驚きでして………」

 

「ま、だろうねぇ。 昨日の夜になってタツが言い出したんだ」

 

 

一体何があったのか、それは大和も分からない。

しかし、彼女の中に劇的な何かがあったのは明白だ。普段とは違う、凛々しい一面がそこにある。

スローライフを第一とする彼女では考えられないほどに、熱心に稽古に打ち込んでいた。

 

 

「基礎や心構えなどはここで教え、技などは釈迦堂に教わる。 これで心技体のどれもが安定して伸びるというワケじゃ」

 

「特に辰子は四天王候補だけあって周りへの刺激にもなるしな」

 

 

鉄心も、板垣家の事情を考慮して生活と両立できるような稽古をつけている。

彼女も一週間ずっと稽古するわけではなく、あくまで週に2日程度らしい。それぐらいならば、という事で天使と亜巳も通うことにしたという事だ。

最も、竜兵に関しては予想通り来てはいなかったが。

 

 

「約束通り板垣三姉妹は川神院の庇護下じゃ。 お前さんにも世話になったし、今後はワシらを頼ってくれてもええぞい」

 

 

やはり辰子に稽古を付けられる、という点は大きく鉄心も大和に感謝していた。

あの物言いだと何かあった時の助けとなってくれるだろう。

心の中でガッツポーズを取りつつ、大和は振り返る。そこには汗を流している辰子の姿。正直言って慣れない光景であったが、美しかった。

 

 

「さぁて、少しインターバルに入るヨー! 今日は地元の駄菓子屋さんがお団子を差し入れてくれたら、皆で食べようネ!!」

 

 

一旦休憩に入るらしい、ルーはどこからかダンボールを取り出した。

川神院の前には仲見世通りがあり、そこでは駄菓子屋などが多く並んでいる。川神院との付き合いも長く、よく差し入れに来てくれるのだという。

ルーが配ってくれる団子は弾力と餡子の甘みが売りで、評判も高かった。

 

 

「大和君~~~一緒に食べよ~~~」

 

「おふぅっ!!?」

 

 

団子を受け取った辰子は、弾かれたように大和に飛びついた。

彼女は大和の分の団子も受け取っており、それを彼の掌に乗せる。そしてすぐに彼の膝枕に寝転がる辺り、のんびり屋さんという根幹は変わっていないようだ。

 

 

「あー! ちょっと大和の膝の上はアタシのものー!!」

 

「ケッケッケ。 諦めな、大和関係じゃタツ姉は絶対に退かねぇよ」

 

 

大和の膝の上に拘る一子であったが、天使に止められていた。

やきもちという意味では百代も余り面白みを感じていなかったが、今日は特別サービスという名目で自分を必死に抑えている模様。

決意を固めたとはいえ、人間そう簡単には変わらない。だが変わらなくて良いものもある。

団子と茶を片手に、鉄心は顎ひげを撫でた。

 

 

 

 

 

「フォッフォッフォ。 …………これで、武の世界も安泰じゃのう」

 

 

 

 

 

鉄心の目には、子供達が凛々しく立っている姿が一瞬だけ映った。

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 




漫画で好きな武器は刀。お久しぶりです、テンペストです。
今回は辰子達こと板垣家に焦点を当てたお話でした。それにしても板垣家関連のお話は難しいです。辰子さんがほぼスローライフを固めちゃっていますからね。
それをある程度崩しつつも、「板垣辰子」という人物像を崩さないように話を進めるのが本当に苦労します。その苦労に見合ったお話になれば幸いです。

さて、前回のお話から時間が空きましたがその潜伏期間の間にまじこいA-2を愛でておりました。
A-2は紋様カワユス、ISルートヤベェ、清楚ちゃんマジ西楚って感じで楽しめました。個人的にISルートの超展開は「こりゃヤベェ」とドキドキしました。にしてもあのキャラに千葉繁さんを当てるとは誰が予想出来ただろうか……。
A-3も楽しみにしたいところですが、年内に発売してくれないだろうか………でないと私発狂する。

次回のお話は梁山泊のエピソードにする予定です。
……ただ、梁山泊の設定がまだほんの一部分しか出てきていないからこちらで固めづらいというものがあります。A-4は確実に来年発売でしょうし、もどかしいものです。
え? じゃぁ延期すりゃいいじゃんって? だって林沖さん達も愛でたい(オイ


そろそろ大学も夏休みなので投稿ペースを上げたいです。……ハイ、頑張ります。
次回もお楽しみに~。感想ご意見、お待ちしております!
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