真剣で私に恋しなさい!X   作:テンペスト

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第三十八話 中国の三連星

川神院に板垣家が顔を出すようになって更に活気を見せていた。

だが注目の的は彼女達だけではない。今ここに、師範代であるルー直々の稽古をつけてもらっている者がいる。

門下生達は勿論、百代と一子も真剣そのものと言える目でそれを見守っている。

――――中国に伝わる伝説の傭兵部族、梁山泊。その中でも最強格とされる女性、林沖だった。

 

 

「はぁぁっ!!」

 

「ぬっ! 鋭い槍捌きダ………!」

 

 

流星を思わせるような美しい、しかし神速の槍の一突き。

ルーのような手練の戦士でなければその一撃を受けただけで沈む。それだけではなく、槍は的確に急所を狙いつつ無駄もなく、隙も小さい動きだった。

大仰に避ければ追撃が襲ってくる、だが防御では大ダメージは必至。

 

 

「ならば受け流すのミ」

 

 

冷静にルーは対処した。

掌で槍の勢いを受け流し、林沖の懐へと潜り込む。槍はリーチが長い分切っ先の及ばない接近戦に持ち込まれると、その長いリーチが災いして満足に戦えない。

 

 

「させない!」

 

「むっ!」

 

 

林沖はそれも見越し、咄嗟に槍から手を離した。

こうなれば彼女の手足は自由。そしか彼女の攻め手は槍だけではなかった。可憐なチャイナドレスのような戦闘装束からは想像出来ない拳の嵐が飛ぶ。

時折混ぜられる蹴りも隙がなく、鋭い。

 

 

「いいぞリン! そのまま押し込めー!!」

 

「後で汗だくのリンのパンツ、いただ金貨するのだ」

 

 

同じ梁山泊の仲間でもある史進と楊志も応援していた。

彼女達の声援を受けつつも、林沖は相手に集中している。格闘技の応酬の中、更に槍に手を伸ばそうと動いた。

 

 

「甘イ! ほぁーたたたたたたたァ!!」

 

 

だが、同じ肉弾戦という立場になれば軍配が上がるのはルーの方だ。

林沖は梁山泊の名に恥じない戦闘力を確かに有している。その実力は、近いうちに壁を超えた者として分類されても可笑しくないだろう。

それは最も得意とする槍を手にしている時の話。幾ら槍が使えなくなったからとは言え、武器を捨てて相手と同じ条件で戦っては押されることは明白だった。

 

 

「ぐぅっ!! まだまだ……!」

 

 

お返しと言わんばかりの、拳と蹴りの暴風雨。

林沖はそれらを何とか防ぎ、後退した。さすがにダメージを最小限に抑え、まだ余力も残している。

師範代の名に相応しいあの猛攻を耐え凌いだどころか、その美しい肢体に痣も残していない。

改めて素晴らしい人物だと、ルーは構えながらも感じた。

 

 

「それまで!! これ以上はガチバトルになるからここまでじゃ」

 

 

それを止めたのは総代である川神鉄心だった。

これはあくまで稽古であり真剣勝負でもない。激しい修行の一環とはいえ大怪我を負うような事態にならないよう、手合わせをする場合には必ず審判がこうして止めにかかる。

実力者同士であればあるほど、師範代や総代、百代が直々に審判をすることになる。

鉄心が審判を買って出たのは、それだけ林沖の実力が高いことに由来するのだ。

 

 

「お疲れリン」

 

「パンツ頂戴」

 

「お前は他に言うことがないのか楊志!」

 

 

舞台を降りた林沖にタオルを渡した。

いつもの会話を続けながらも、林沖の顔は晴れやかである。傭兵部隊出身であろうと、武の世界の住人としてやはり実りある稽古は彼女に充実感を与えてくれるのだろう。

そしてそれに影響を受けるのは、彼女達だけではない。

 

 

(あれが梁山泊の動き………無駄がない)

 

(槍だけでなく、格闘技すらも私達のそれを遥かに凌駕している。 特に槍を手放してからの切り返しは吸収しておかねば)

 

(確かこんな動きだったよな……。 師範代を目指すものとしては、絶対に無視できない)

 

 

門下生達も、その動きに見とれていた。

梁山泊も稽古には全力で参加してくれるため、その技を遠慮なく門下生達に見せつける。動きやその切れに感動した者達は己を鍛えようと、更に意気向上させる。

良いサイクルが出来上がっていると、鉄心も満足そうだ。

 

 

「さて今日の稽古はここまで。 明日は日曜日、稽古は無しじゃ。 しっかり休息を取るんじゃぞ」

 

 

日曜と祝日には川神院の稽古もない。

武の総本山であるここでも、しっかりと休養日というものは存在する。勿論中には仕事の合間を縫って稽古に参加している者もいるから、という理由もあるが「休息もまた修行」という川神院の教えによるものだ。

休みに反対する者などいるはずもなく、それぞれが各々の部屋へと去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは川神院の中にある梁山泊の部屋。

元々彼女達はクリスの父親に雇われ、この日本を訪れた。しかしその結果、修行不足ということでこの日本に取り残されてしまった。

それを大和達の機転により、この川神院にしばらく身を寄せることとなったのだ。

常に潤っている寺社であるため、衣食住に関しては何の問題もなかった。

 

 

「ねーリン、どうすんの明日の休み」

 

 

道着を畳みながら、史進がそんなことを言ってきた。

先程から武力が目立ってばかりなのだが、彼女達も年頃の女の子。休日には遊びに出かけたいというものだ。

 

 

「私はリンとパンツレスリングしたいなー」

 

「誰がするか!」

 

 

ピシャリ、と叱り飛ばした。

だが知らず知らずのうちに下着が彼女の手元に行き渡っているのでこのやり取りもあってないようなものだ。

 

 

「改めて史進の提案なのだが………正直、財布がこの様ではな」

 

 

ため息をつきながら、林沖は懐から財布を取り出した。

財布の中には野口さんが一人、こちらを見ているだけだった。

 

 

「………この調子だもんね」

 

「まぁ、ここで稽古しているだけじゃお金は増えない」

 

 

史進と楊志も、当然と言いながらも腰を下ろした。

川神院で稽古に参加した日には食事が支給され、そして年中行事を手伝えば衣食住は無料で提供してくれるというこのシステムで梁山泊は生活していた。

だがアルバイトではないためにお金が入るわけでもなく、百代や一子のように親族でもないため小遣いも入らない。

遊ぶには、資金源が聊か少なすぎた。

 

 

「これは………アルバイトするしかないか」

 

「だね。 修行の日数減らして、ちっとはお金稼がないとね」

 

「口座はしばらく凍結されちゃってるし、それしかない」

 

 

彼女達も列記とした傭兵なので、報酬などで財産はしっかりと持っている。

のだが、彼女達の頭領がそれも許さず財産を没収するという徹底ぶりを見せていた。そのため小遣い稼ぎに関しては自分自身の手で解決するしかなかった。

 

 

「でもどうするー? アルバイトなんてわっちらやった事ないし」

 

「仕事関係詳しくないしー」

 

 

問題はそこだった。今まで傭兵という生き方をしてきた彼女達にとっては大きな人生の転機と言えるだろう。

戦闘関係の仕事であれば喜んで引き受けるのだが、この日本は平和な国。そんな大事は中々起こらない。

やり方は愚か、どうすればアルバイトというものに手をつけられるかすらも分からないのだ。

 

 

「………仕方がない。 大和君に相談するしかないな」

 

 

林沖は携帯電話を取り出し、知り合いの男の中では最も頼りにしている人物へとメールを送った。

直江大和―――――初見は立場上敵同士だったとは言え気がつけば世話になりっぱなしである。

彼に感謝と申し訳なさを覚えつつも、林沖は悩みをメールにして送信した。

すると数分も経たないうちに返信が返ってくる。

 

 

『この直江大和にお任せアモーレ』

 

 

思わず微笑んでしまいつつも、頼もしい返事が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、大和の案内で梁山泊の三人は川神学園に集められていた。

別に授業を受けるために来たのではない、ただ待合場所として一番適した場所だったからである。

 

 

「と、言うわけてバイト希望の梁山泊です。 どうですかヒゲ先生」

 

「ほー。 こりゃ期待の新人だな。 ……ビジュアル的な意味も含めて」

 

 

彼女達の前には、2-Sの担任でもある宇佐美巨人が立っていた。

学校の仕事を終えたばかりなのか、少々疲れがたまっている様子である。隣には忠勝も、いつものぶっきら棒な表情で立っている。

 

 

「大和君、どうして宇佐美先生なんだ? 私はアルバイトを紹介してほしいと……」

 

「ヒゲ先生は教師であると同時に代行センターも経営してるんだ」

 

「まぁ、オジサンも色々抱えてるんですよ。 人に歴史あり、ってね」

 

 

普段、学園ではだらしない表情と佇まいの宇佐美だがもう一つの顔として代行サービスの会社も経営している。

代行業とは平たく言えば「何でも屋」であり、人手の欲しい場所に人材を派遣して解決にあたらせるという仕事である。そして彼が育ててきた忠勝も、この会社の一員であった。

大和も忠勝に頼まれて時たま手伝いをしている時がある。

 

 

「お前達の能力は見るまでもねぇし、試験運用期間ってことでしばらく働いてもらうぜ」

 

「ただ俺達としちゃ助かるが、お前らへの仕事がまだ決まっていないんだ。 選べ」

 

 

そう言いながら忠勝が仕事のリストを見せた。

最近は代行業も仕事が舞い込んできているらしい。稼ぎ時なので嬉しい悲鳴と言える。この時期を狙って林沖達を紹介できてよかった、と大和も安心した。

しかし、改めて仕事のリストを見せられた林沖達は少々困惑気味の顔だ。

 

 

「林沖さん………もしかして?」

 

「う、うん。 アルバイトは今までしたことがないから何に手をつけたらいいのか……」

 

「なら直江、紹介してやってくれ」

 

 

アルバイト未経験という事は、選び方すらも判らないという事だ。

忠勝達も適当に仕事を与えたのでは、失敗した際の収拾が付かないと判断したため考えも無しに仕事を与えることが出来なかった。

そこで白羽の矢が立つのが大和。彼の判断力が、成功するかどうかを分けるだろう。

 

 

「三人とも、何か特技とかある?」

 

「そうだねぇ。 わっちは荒事ならお任せ頂きたいね」

 

 

三人の中でもガサツと言える史進は、とりあえず暴れたいという表情をしている。

一番バイタリティのある人物と言えるだろう。

 

 

「楊志は?」

 

「私は器用さ。 どんな技も一瞬でコピーしまする。 ……でも、パンツが……」

 

「ふむ、こっちはこのパンツ性癖をどうにかしないとな……」

 

 

そういう意味で一番問題児と言えるのが楊志だった。

確かに器用さは特筆できる点であり、この三人の中では仕事で成果を挙げてくれるだろう。だが、一定時間に女性の下着を欲するという行為は最早中毒の一種。

これが彼女が「青面獣」と呼ばれる所以である。

この欠点を乗り越えないと、勤めてもすぐにクビを言い渡される可能性が高い。

楊志の扱いは追々考えるとして、残されたのは林沖。

 

 

「私か……。 守れ、と言われたら24時間全力で守るぞ!!」

 

「ボディガード向きかな……。 でも、初めてのアルバイトだしな」

 

 

林沖は常に「守る」という言葉にコンプレックスを抱いている。

一体何があったのか、まだ馴染みの浅い大和には分からないが確かに彼女の気迫と実力はボディーガードなどの警備関係のアルバイトに適している。

しかし成り行きとは言えせっかく日本に来てまで、傭兵に近い仕事をさせるのは如何なものか。

折角アルバイトを初体験してもらう以上、本人にも充実感を与える仕事を紹介するのが軍師としての使命。

 

 

 

「………よし、では僭越ながら俺が案内させていただきます」

 

 

 

冷静に見極め、大和が軍師として笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――仲見世通り。

川神院の前に伸びるこの通りには、昔から続く老舗が多くこの川神市の歴史そのものと言える。

並んでいる店も食品店が多く、観光客には人気のスポットであった。

 

 

「まずは楊志。 ………問題児のお前を片づけないことには他も安心できないからな」

 

「失礼な。 私はただ、パンツが好きなだけなのに」

 

「それが問題だっての」

 

 

忠勝からツッコミを受けつつ、大和達が向かった先。

そこには見慣れた女性が元気な掛け声で客寄せをしている。2-Fのアイドル、小笠原千花だ。

スイーツと呼ばれているが、彼女の家は代々駄菓子屋を経営しており彼女自身も看板娘として高い人気を誇る。また千花が作る菓子も非常に美味しいと評判だ。

 

 

「あ、ナオっち。 それに源君に梁山泊トリオ、ヒゲ先生まで一緒ね」

 

「今日は仕事として来た。 ここ、人出が欲しいって言ってたろ?」

 

 

代表者として宇佐美が前に出る。

さすがに仕事と割り切れば教師としての顔を捨てるあたり社会人である。

 

 

「お、もう連れてきてくれたんですか?」

 

「うん、私がね」

 

「って楊志!? ………ヒゲ先生?」

 

「お、俺じゃねぇぞ。 直江の差し金だ」

 

 

ここに宛がわれた人材は楊志。

彼女の顔を見た瞬間、千花の顔は歪になった。

2-Fに配属された楊志は事あるごとに千花の下着を狙っているためだ。千花自身も楊志を嫌っているわけではないが、苦手という様子である。

 

 

「ちょっとナオっち?」

 

「大丈夫だって。 俺を信じてちょ」

 

「む~……まぁ、ナオっちが言うならちょっと働かせてみますか」

 

 

軍師というだけあってクラスにも貢献している大和は信頼が厚かった。

千花も様子見という形で楊志を働かせることにした。

用意してあった服を着せ、店先に立たせる。

 

 

「どう? 似合ってる?」

 

「おー! いいねぇ、大和撫子ならぬ中国撫子ってトコさね!」

 

「その服着た状態で客寄せか会計とかやってもらうわね」

 

 

千花の物と同じ服を着込んだ楊志がくるり、とターンする。

スタイルも顔立ちもいい楊志であるが故に実に映えていると仲間内からはもちろん、大和も感心した。

そして仕事を言い渡された彼女はすぐに持ち場に着く。

 

 

「いらっしゃいませー。 しっとり甘い金平糖は如何ですかー?」

 

 

持ち前の器用さで千花の動きをマネした彼女の客寄せは完璧だった。

耳障りにならない声の出し方、客の目を引く動き、商品の見せ方並べ方。千花も一瞬で唸ってしまうほどだった。

観光客を始め、歩いていた人々が彼女を目にしては店の方に吸い込まれるように足を向ける。

 

 

「すみません、家族へのお土産にオススメなお菓子ってありますか?」

 

「でしたらこちらのきなこ飴は如何でしょうか? この店の人気商品です」

 

 

接客態度も申し分なく、丁寧な対応をしていた。

仕事を完璧にこなすあたりはさすが、梁山泊の一員と言えるだろう。

 

 

「………と、ここまでは順調なわけだが………」

 

「そろそろ……楊志が発狂するぞ……」

 

 

心配そうな目線で忠勝と林沖が見守っている。

特に林沖は付き合いが長いだけあって、楊志のサイクルが大体把握できていた。

そろそろ女性の下着に手を伸ばしたくなる時間帯だと。さすがの楊志も客前でパンツを嗅ぐことはせず、店の奥から商品を取りに行くついでに隠れて自分を落ち着かせていた。

――――だが人間、余裕が出来てしまうと更に手を出したくなってしまうもの。

 

 

「ぁぁぅ~………チカりんのパンツ………もうガマンデキナイ!!!」

 

 

楊志が引っ込んでいる間の対応は千花が行っていた。

そうなれば彼女の背後は無防備。下着に顔を埋めることくらいは容易い。勿論自分の任務を忘れたわけではないが、かと言って目の前の美女の下着に手を伸ばせないのはお預けを食らった空腹の子犬も同然。

意を決し、飛びかかった―――――かと思いきや。

 

 

「おい貴様、仕事中なら真面目に取り組め。 ……串刺しになりたくなければな」

 

「 」

 

 

一瞬で楊志が引っ込んだ。

何せ目の前に現れたのが九鬼が誇る最強執事、ヒューム・ヘルシングだったからである。見たものを威圧させるその圧倒的実力差を前にしてはさすがの楊志も引っ込まざるを得ない。

ヒュームも店の前という事で殺気を収めてはいるが、やはり彼を知る人を震え上がらせる。

 

 

「あ、あの………本日はどういう御用件で?」

 

「揚羽様や紋様がここの金平糖を気に入っていてな、時々従者部隊にも配ってくれているのだ。 俺も気に入った故、こうして買いに来た」

 

「そうなんですか~。 ではこちら、300円になります」

 

 

どうやら客として来たらしい。そういう事であれば、と千花も喜んで金平糖を差し出す。

最強執事は常にMAXな戦闘力を発揮できるよう、エネルギー摂取にも気を使っているらしい。早速金平糖を口にすると「ふむ」と一つ唸った。

 

 

「この店、昔から続いているだけあって赤子とは言えんな」

 

「なら宣伝お願いできますか~?」

 

「俺は従者故その権限はないが……揚羽様に提案してみるとしよう」

 

 

金平糖の味はヒュームも満足させたようで、千花もガッツポーズを取った。

ここぞとばかりに宣伝を依頼すると、前向きな返事ももらえたようだ。心なしか上機嫌な表情でヒュームは去っていく。

彼が去ると、まるで嵐が収まったかのように一瞬にして緊張の糸が解けた。

 

 

「ふぅ、びっくりした~……。 でもヒュームがいない今がチャンス……」

 

 

ヒュームが来た、という事は九鬼揚羽などは勿論他の従者部隊も来る可能性が高いという事だ。

最悪宣伝のために従者部隊の何名かが駐屯するかもしれない。

そうなる前に、と再び千花に接近を試みたが。

 

 

「よーチカりん、オッパイ揉ませてくれー」

 

「モモ先輩! ダメですよ!!」

 

(げ! 今度は川神百代が………)

 

 

今度は百代がエンカウントした。

川神の武神と呼ばれる彼女の戦闘力は言うまでもなく圧倒的で彼女に対抗できるのは知る限りではヒュームくらいのもの。

つまり、楊志が勝てる道理はないのである。

しかもそんな彼女が千花にべったりである以上、近寄れるわけもなかった。千花もさすがに仕事中である以上、百代に張り付かれるのも困りものだと大和に救援を求めた。

 

 

「な、ナオっち! この人どうにかしてよー!」

 

「小笠原さん、そういう時の“アルバイト”だよ」

 

 

大和の顔が真っ黒に笑った。

刹那、彼の言葉の意味を理解した千花も同様に微笑む。

 

 

「モモ先輩、私もいいですけど今日はバイトとして楊志もいるんですよ~」

 

「っっ!!?」

 

 

楊志の肩がビクリ、と震え上がった。

ガチガチ、と震えながら振り返ると目を光らせた百代が仁王立ちしている。

 

 

「チカりん、楊志借りていっていいかな?」

 

「きなこ飴一つでOKですよ~」

 

「ちょ、チカりんそれは酷い――――!!」

 

 

こうして楊志は気のすむまで百代に弄られることとなった。

彼女もアルバイト中という事を理解してか、拉致同然で遠出することはなかったが。

そしてさらりと店の商品を買わせる辺り、千花の商魂も中々のものである。

 

 

「このようにこの仲見世通りには実力者が訪れるから楊志も中々手が出せないわけでございます」

 

「さっすがナオっちね。 いいわ、しばらく楊志を雇いまーす」

 

「ふむ、これは楊志にとってもいい修業になるだろう」

 

 

大和の狙いはこれにあった。

ただでさえ実力者が揃い踏みのこの川神、しかも川神院が近いことやこの店の人気も相まって抑止力となる人物が多く訪れるのである。

こうなれば任務中という事もあって楊志は大人しくならざるを得ない。

千花も素晴らしい采配だと褒め称え、普段の鬱憤を晴らせたのか林沖もすっきりとした表情だ。

 

 

「ちょ、ちょっと………これは生殺しも同然……」

 

「楊志にはアルバイトの厳しさを知った方がいいからね。 ある意味でパンツ性癖のリハビリみたいなモンだよ」

 

 

大和の顔がドSに微笑んだ。

とは言え、あまりにも厳しすぎては逆に楊志の体も持たないだろう。そんな大和の視線を察し、千花がわざとらしく掌を叩いた。

 

 

「まぁ、頑張り次第ではアタシからもご褒美あげるかもね」

 

「っ!! 頑張る!!」

 

 

千花からの言葉に再びやる気を取り戻し、楊志は働き出した。

飴と鞭、使い分けてこそ初めて仕事をしたと言える。

 

 

「………因みに小笠原さん、ご褒美って何?」

 

「さぁ? アタシは知~らないっと」

 

 

妙なところでは適当だった。

とは言え、あの関係ならば楊志もしばらくは真面目に働くだろうと宇佐美と忠勝も安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はわっちだね! やりがいのある奴を頼むぜ~」

 

「はいよ。 というわけで史進にはこちら。 ジャジャジャン」

 

 

大和が案内した先は金柳街商店街。

仲見世通りに比べればこちらは雑貨などの店を多く構えている。だがそんな中にも当然食料品店など食関係の店も存在する。

その中でもある意味有名な店があった。「梅屋」と書かれた看板を潜り、大和達は入店する。

 

 

「らっしゃっせー! ってなんだ直江達か」

 

「こんにちは釈迦堂さん。 ご要望のアルバイトを連れてきました」

 

 

賑わいを見せている全国チェーン店、梅屋。

そこに引かれた元川神院師範代、釈迦堂刑部。彼はここの経営者では無いがその圧倒的実力と梅屋での愛でいつの間にか経営を任されつつある。

だがそんな彼でも一人だけで接客、配膳、荒いものは厳しいという事は明白であった。

 

 

「ふーん。 何かと思えば案外普通の仕事さね」

 

「オイオイ簡単に言ってくれるな嬢ちゃんよ。 んじゃ、早速手伝って貰おうか」

 

 

そういうと釈迦堂は梅屋のロゴが描かれたエプロンと帽子を取り出し、史進に手渡した。

史進はエプロンに慣れないようで少し呆けていたがすぐにそれを身に纏う。

案外、似合っていたとは大和談である。

 

 

「それじゃ皆、折角なんでこの梅屋でお昼と参りましょう」

 

「あ、あの大和君。 私はその………」

 

「林沖さんの分は俺が奢るよ。 安心して」

 

 

気がつけばそろそろ正午に差しかかろうとしている。

丁度腹も空いてきた頃という事で大和の提案に反対するものは誰一人としていなかった。ただ林沖は持ち合わせが少ないという事は前もって分かっていた。

それを考慮して、大和がぎゅうぎゅうに膨らんだ財布を見せ付ける。顔を赤くしながらも、林沖はトコトコと大和の後を突いていく。

 

 

「悪いな直江。 俺まで奢ってもらってよ」

 

「まぁまぁ。 ゲンさんには料理も作ってもらってるしね」

 

「………そしてオジサンには奢らないと。 贔屓だーいけないんだー」

 

「ヒゲ先生には勝負のツケがあるから寧ろ奢って貰いたいんですがね」

 

 

日常感溢れる会話を繰り広げつつ、席に着いた。

さすがにお昼時と言うだけあって、多くの客が梅屋に流れ込んできている。

史進は最初こそ自信満々な表情で接客をしていたが、徐々にオーダーが追いつかなくなって困惑し始めているようだ。

その様子を、大和達はテーブル席から眺めている。

 

 

「ど、どう思う大和君」

 

「苦しそうだね……」

 

 

林沖はかなり心配しているようだった。

梁山泊の三強というだけあって、史進は不器用ではない。だが、接客は戦闘とは違う。注文を承っては配膳を繰り返し、尚且つ笑顔も忘れてはならない。

さすがの史進にも、疲労とまでは行かないが余裕がなくなってきているようだった。

 

 

「おい嬢ちゃん、やっぱ苦しそうだなぁ。 やめとくか?」

 

「じょ、冗談じゃないさね!! このくらい………!!」

 

 

釈迦堂からも心配の声をかけられたが見栄っ張りな面が出てしまったらしく、それを突っぱねてしまう。

やり遂げようと言う気迫と精神は、さすが梁山泊と言われるだけはあった。

そんな史進が、ようやく大和達のところに注文を聞きに来たのはすぐのことである。

 

 

「ご、ご注文は?」

 

 

何とか笑顔を浮かべている史進。

大和も思わず可愛いと思ってしまうような笑顔だった。梁山泊三強の中で最も好戦的といわれている彼女だったが、今始めて戦闘とは違う困難な任務を与えられ、それでも充実感を得ている。

そんな彼女の笑顔だからこそ、心に来るものがあった。

だからこそ、大和は笑顔を浮かべて。

 

 

「牛飯並み盛り三種のチーズ豚丼は中盛り釈迦堂さんオススメの豚丼にとろろのセット一つとキムチ豚丼一つあとそれとメロンソーダ2つにコーヒー一つと緑茶一つ」

 

「容赦なしかぁ―――――!!!」

 

 

ドSの本領発揮と言わんばかりに早口で注文したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛――――……………」

 

「ほい、お疲れさんっと」

 

 

それから約三時間後、史進は空になった店のテーブルでぐったりと倒れこんでいた。

思わず周りが「お疲れ様」と言わんばかりの疲弊振りである。

実際、史進の働きは大したもので尚且つ可愛らしい女性店員であったことが客受けも良かったようだ。大和も目論見どおりに事が運んだ、と頷いている。

そんな彼女の前に、一杯の豚丼が置かれた。

 

 

「ここはな、賄いを出してくれるんだぜ。 遠慮せずに食えよ」

 

「あー……そうさね、腹減ってるし……頂きますっと」

 

 

釈迦堂が梅屋で働くことになったのも、元はと言えば賄いを出してくれるからであった。

確かに好物の店で働けて、しかも賄いまで出してくれるのであれば過酷な労働条件に見合った報酬ではあろう。

しかしそれでこの、嘗ての川神院師範代の心をつかめたというのか。

半信半疑に思いながらも、史進は箸を運ぶ。

 

 

「っ!!? お、おいひい…………」

 

 

たった一口、その一口が活力を漲らせた。

先程の脱力が嘘のように元気に溢れている。それだけ梅屋の豚丼が美味しかったという事だろう。

 

 

「だろ? 梅屋サイコーだろ?」

 

「うん!! ガツガツガツ!! お代わり!!」

 

「ねぇよ」

 

 

余りの美味しさに、あっという間に平らげてしまった。

お代わりを要求するが、さすがに拒否された。

豚丼の味を相当気に入ってしまったのか、史進は不満そうだ。好戦的な彼女であれば飛び掛るところではあるのだが、さすがに相手が釈迦堂という圧倒的存在であるために手が出せない。

 

 

「まぁ、夕方まで働きゃ夕方の分の賄いも出してくれるってよ」

 

「おっしゃぁ!! やーってやるぜ!!」

 

 

賄いが食べられると聞き、即座にやる気を見せた史進。

正直、林沖も彼女とは長い付き合いになるがこれほどまでにやる気を見せた事は中々無かった。

 

 

「それで如何です? 新しいバイトは?」

 

「おう、根性も実力もあるし何より“華”があって空気が和らぐわ」

 

「では採用、という事で」

 

「俺ぁ世話役任されただけで経営には手ぇ付けちゃいねぇんだけど」

 

 

その間、宇佐美が話し込んでいた。

忘れがちではあるが大和はあくまで仲介者であり実際に採用するかどうかの交渉は代行センターの長である宇佐美の仕事である。

ただ、あの働き振りを見せられれば断るという選択肢は存在しなかった。釈迦堂も快くOKを出したことで大和と宇佐美は互いに親指を立てあう。

 

 

「これで楊志も史進も、当面は働き手が見つかったな。 後は……」

 

 

忠勝の視線は林沖に動いた。

まだ日は浅い方ではあるが、大和達風間ファミリーと梁山泊は交流を深めてから互いの人物像を把握できるくらいの親密さはあった。

故に、林沖がどんな人物であるかも大体は見て取れる。

 

 

「大和君、私にどんな仕事を紹介してくれるんだ? 前にも言ったが、警備の仕事なら任せてくれ。 全力で死守する!!」

 

 

愛用の槍をどこからか取り出し、華麗な円舞を披露する。

その美しさと、店内であるにも拘らず周りの物を壊さないように振り回す精密さは釈迦堂も唸らせるほどだった。

何より、「守る」ことに固執するその姿は関心を通り越して心配を抱かせるほどだ。

月に一回のアルバイトならともかく、そんな仕事を週ごとにやるのであれば心身ともに持たないだろう。

 

 

「うーん、警備の仕事も悪くないんだけどね」

 

「何か別のか?」

 

「そんな気が滅入る仕事より、もっと気楽にいきたいでしょ?」

 

 

そう微笑む大和の顔に、思わず心臓を高鳴らせる林沖であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、よく来てくれたなバッキャロー!!」

 

 

そんな威勢のいい声が響き渡った。

大和達の知人で、江戸っ子口調であり尚且つ事あるごとに「バッキャロー」という人物。それは翔一のバイト先の、本屋の店長である。

昔からよく遊んで貰ったためにある意味「近所のオジサン」ポジションとなっている。

 

 

「なーんだ、新しいバイトって林沖のことだったのかー」

 

「そういう事だ。 何、お前達は公平に審査してくれたらそれでいいからよ」

 

「勿論そのつもりだ。 バンダナの友達だからって甘くはねぇぜ」

 

 

入荷した本を積み上げて、翔一がこちらを見た。

現在は旅のための資金が尽きているという事で再びバイト三昧の生活を送っている。

気がつけば帰っていて、気がつけばそこにいる。まさに風のような男である。勿論そんな間柄とは言え、仕事に関しては容赦してくれるわけもない。

 

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「でもまぁ固くならなくっていいぜ。 早速仕事を頼みてぇんだがいいか?」

 

「もちろん! さぁ何なりと!!」

 

「わ、分かったから槍を取り出すのはやめてくれ」

 

 

どうやらやる気が空回りしそうだ。

何となくではあるが、大和の知人や友人にも似たような人間はいる。このままでは林沖のためにもならないと、大和がアドバイスを出した。

 

 

「林沖さん、これは任務じゃなくてお手伝いに来ているんだと思ってみ?」

 

「お、お手伝い?」

 

「そ。 『おいジジイ、腰悪くなったんてぇなら手伝ってやんよ』的なノリで」

 

「何でそれを俺を見て、妙なリアリティ込めて言うんだバッキャロー!」

 

 

店長の突っ込みはともかく、分かりやすい例えだった。

先に言われた通り、これはあくまで仕事。気軽な覚悟で臨んでいいものではない。かといって堅苦しくなりすぎる必要も無い。

あくまで適度に、そんなアドバイスを受け、林沖は深呼吸を一つ。

 

 

「よろしくお願いします」

 

「おう、大分いいカンジになったじゃねぇか。 おい、お前にも働いて貰うからな」

 

「え? 俺も?」

 

「バイト代も出すし、人数多くいた方が助かるんだわ」

 

 

林沖の体勢も問題ない、かと思いきや大和にも仕事を頼まれた。

振り返ってみると意地悪そうな笑顔で巨人と忠勝が立っている。どうやら最初からそのつもりだったらしい。

とは言えバイト代も出ると聞けばやらないわけには行かない。袖をまくり、林沖の隣にたった。

 

 

「んじゃよ、まずバンダナとバッキャローには近くのご老人の家にある地下倉庫に行って欲しいんだわ。 珍しい古書コレクションを買い取れたんでな」

 

「エレベータなんかねーからな、直接運ぶぞ」

 

 

どうやら男は力仕事という事らしい。

これに関しては忠勝も息を整えて傍に立ってくれる。どうやら相当な量があるらしい。

後で聞いた話になるのだが、この古書コレクションは先日の義経フェアのおかげで出た儲けを元手に買い取ったものらしくどれも価値あるものばかりとのことだ。

 

 

「では私は?」

 

「この本を指定のスペースに並べてくれ。 客が来たら対応も頼むわ」

 

「了解しました」

 

 

林沖は店に残っての仕事らしい。

確かにこんな美女をむさ苦しい空間で力仕事させるよりも、店先で仕事をさせたほうが映えるだろう。

おまけに衣装はいつものチャイナドレスに近い格好となっているため、切れ間から見える美しい足が男達の眼を引いてやまない。

 

 

「んじゃ大和とゲンさんは俺についてきてくれ」

 

「おう」

「アイ・サー」

 

 

大和と忠勝はそのまま翔一についていった。

どうやら目的地は商店街を抜けた先にあるらしく、距離自体はそれほど離れていないようだった。

そんな大和の背中を見送りながら、林沖は詰まれた本の前に移動する。

 

 

「そこにあるのは全部小説だ。 あっちの棚に並べてくれ」

 

「はい」

 

 

テキパキ、と林沖は本を手に取り、空いたスペースに置いて行く。

元より能力は優秀な梁山泊だ、この程度のこと造作もない。本が歪んだり折れたりしないように置く上で、一切の無駄な隙間も出さない。

整然、という言葉が相応しい本棚になっていった。

 

 

「おぉっ! バンダナより綺麗においてくれるな」

 

「お安い御用です。 どんどんお任せください」

 

「はっはっは! 頼もしいじゃねぇかバッキャロー!!」

 

 

私生活も真面目な林沖にとって、物を整理整頓するなど朝飯前だ。

的確に、尚且つ迅速に本が置かれていく。

その最中、スーツをきた男性が近寄ってきた。

 

 

「すいません。 『ゲジゲジゲンジ』という本を探しているんですが」

 

「あ、それでしたらこちらになります」

 

 

男性が求める本は、つい先程並べたばかりだ。

そのしなやかな肢体を持って、林沖は本を取り出す。その動作の一つ一つが美しく、男性は勿論店長や見守っている巨人も思わず目を引いてしまった。

男性は迷う事無くその本を購入してくれ、御機嫌な様子で本屋を去っていった。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

最後まで笑顔を忘れずに、しっかりと挨拶した。

この一連の流れを林沖は完璧にこなした。だが同時に戸惑いも多くあった。

 

 

(………今の人、喜んでくれたかな)

 

 

今まで与えられた仕事は“梁山泊として”、特定の相手と戦うだけだった。鍛えられたこの肉体も、磨き抜かれた技もそのためだけに存在している。

それがどうしたことか、今の仕事は相手に笑顔を与えていた。不思議と、林沖の心も晴れやかになるような、そんな感覚を覚えている。

 

 

「おい、ボーッとしてねぇで本積んでくれ」

 

「あ、はい!」

 

 

店長の声によって我に返った林沖は再び本を手に取り、棚へ積み上げていく。

一頻り積み上げ終えると、ふらふらとした足取りで一人の男が歩いてきた。

客と思い声を書けようとした瞬間、林沖の眼の色が変わった。男の手に、ナイフが握られていたからだ。

 

 

「おいコラ!! 金寄越せやァ!!」

 

 

絵に描いたような強盗が襲ってきた。

言動と言い、目といいかなり荒ぶっている。どうやら相当思いつめた末の凶行らしい。

ナイフを片手に暴れようとする男は中々体つきがよく、腕の筋肉も確かなものとなっている。

 

 

「ちょ! 店ン中で暴れんじゃねぇバッキャロー!!」

 

「うるせぇジジイ!! ぶっ殺――――――」

 

 

店長は重ねた年齢が災いして戦えるような身体ではない。

そんな相手にも容赦なく、ナイフを振り上げようとする。だが一瞬で林沖が槍を取り出し、店長を守るようにして前に立った。

 

 

「この店の店長は私が守る!! はあぁぁーっ!!」

 

「ぐべぇ!!?」

 

 

華麗な槍の一突きは、男の腹を的確に捉え店外に吹き飛ばした。

そしてそれだけの威力を出しながらも、周りの本や床、本棚等には一切被害がない。梁山泊の技量を持ってすれば、この程度の芸当は容易い。

 

 

「おお!! すげぇな、これならどんな強盗が来ても怖くねぇ!!」

 

「はい。 絶対に私が守りますからご安心ください!!」

 

 

店長も頼もしそうに林沖を見た。接客の態度は勿論のこと、戦闘の腕からもかなり好印象だ。

そうしている間に、ようやく大和達が帰ってきた。

誰もが額に汗を流して、よろよろとこちらへ歩いてくる。そして腕に抱えた本の山を、どさりと埃を巻き上げさせて置いた。

 

 

「ふーっ……ふーっ………この暑さでこの厚さ、参るわ………」

 

「ゲンさん、大和の座布団全部もって行って」

 

「笑点か!!」

 

 

冗談を言う余裕はあるようだが、一回往復しただけで相当な体力を持っていかれるようだ。

汗は噴き出し、早くも肩で息をしている。

手伝おうともした林沖であったが、今の彼女の仕事は本の整頓及び接客。大和達に関してはただ、頑張れと心の中で応援することしか出来ない。

 

 

(………あれ? どうして私はこんなに大和君を気にしているんだ?)

 

 

ふと心の片隅で小さな、しかし見逃せない事実に気付いてしまった。

そして心臓がトクンと小さく、だが確かな脈を打った。その瞬間、体温が高くなり呼吸も荒くなる。

頭を振っては振りのけようとしたが、本を並べている間もそれは離れなかった。

 

 

 

 

 

(ありゃ? ひょっとして林沖の奴………陥落(おち)ちまったかね?)

 

 

 

 

 

襲ってきた強盗を警察に突き出す傍ら、巨人は微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、よくやってくれたぜバッキャロー共!!」

 

 

3時間後、多くの本がそこに積まれていた。

疲弊した大和達も、椅子にどっかりと座り込むなどして癒そうとしている。林沖も粗方本を積み終えたようだが、大和達が仕事を終えたときにはそこにはいなかった。

かと思えば店の置くからお盆を持って現れる。

その上には麦茶が注がれたグラスが人数分乗っている。

 

 

「皆疲れただろう。 どうぞ」

 

「あ、ありがと~~~………」

 

 

どうやら麦茶を作ってくれていたらしい。

遠慮せずに大和達はグラスを受け取り、ぐいっと飲み干した。一杯程度では足りないとは分かっていたため、林沖はヤカンごと持ってきてくれる。

そうして大和達が休憩している間に巨人は顧客である店長の顔色を窺う。

 

 

「如何ですか? ウチのバイト達は」

 

「文句なしだぜ! ちゃんとバイト代も弾んでやらぁ」

 

「ああ、ありがとうございます」

 

「特に林沖の対応は客の反応が良かったぜ! また働きに来て貰いたいモンだ!」

 

 

そのしっかりとした働きぶりから店長も満足してくれたようだ。

報酬も思ったより出してくれるようなので巨人は心の中でガッツポーズを取る。その話を横耳で聞いていたのか、林沖が手を挙げた。

 

 

「あ、そのことですがよろしければ週3回ほどでアルバイトしてもよろしいでしょうか?」

 

「おう! お前みてぇなのがきてくれたら大助かりだぜバッキャロー!!」

 

「では後で書類をお渡ししますのでサインをお願いします」

 

 

どうやら林沖としてもこの本屋が気に入ったらしくアルバイトしたいと申請した。

あくまで「宇佐美代行センター」を介してのアルバイト、と言う形にしての採用という事で纏まりそうになっている。

抜け目のない宇佐美に大和は苦笑いだ。

 

 

「おーリン。 終わったみたいさね」

 

「ふぅ~……今日は全然パンツ嗅げなかった~……」

 

 

そこに仕事を終えた史進と楊志も姿を見せた。

どちらも相当疲れているようだが、どこか晴れやかでもあった。血生臭い戦闘ではない仕事を果たせて、それなりに充足しているのだろう。

楊志もパンツで楽しむことが出来なかったために少々元気がなさそうだが。

 

 

「それじゃ今日は解散しようか。 疲れたァ~………」

 

「だな。 寮に帰ってシャワー浴びようぜ」

 

 

汗に濡れた服をはためかせながら、大和達は息を吐いた。

そして各々店長からバイト代が入った封筒を手渡される。軽く中身を覗いてみたが、想像したよりは入ってくれた。

店長は江戸っ子気質ゆえに約束を守ってくれる男である。

 

 

「林沖だったな。 お前さんも週3で働きに来てくれるなら週ごとにバイト代出すぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「お前の分は後で手渡す。 一応俺らが仲介だからな」

 

 

これで林沖もしばらくは遊ぶための金に困ることは無い。

衣食住は川神院が提供してくれるとは言え彼女達も年頃の女の子、遊ぶための金が入れば嬉しいものだ。

林沖の脳内ではこの軍資金でどのように遊ぶか、想像を膨らませている。

そんな彼女を見ているだけでも可愛いと思ってしまう直江大和であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん~……この辺りで待ってろって言われたけど……」

 

 

川神駅の時計台の下。

いつもとは違う、お洒落な格好をした大和が辺りを見渡していた。

梁山泊初めてのアルバイト、あれから三日後に「もし暇なら七浜観光に付き合って欲しい」と林沖からのメールが届いた。

一瞬胸がときめいてしまった大和はOKと返事を出し、今に至る。

 

 

「あ。 あれがそうかな? 林沖さーん!」

 

 

すると視線の先に林沖とよく似た姿の人物がいた。

だが着ている服がいつもとは違う。任務用の戦闘装束でもなければ、日本で活動するための服でもない。

 

 

「お、お待たせ………。 ……ど、どうだろうか……。」

 

 

水色の上着に緑色のシャツと涼しげな格好だ。更には白色のスカートに加え麦藁帽子と、かなりお洒落である。

元々スタイルが抜群のその肢体に露出の高い服装により高まるエロス。

まるでデートを思わせるような林沖の服装に大和は息を呑んだ。

 

 

「イイネ!! うん、林沖さん凄くイイよ!!」

 

「そ、そうだろうか?」

 

 

大和も興奮してしまうほどだった。

一瞬戸惑ってしまった林沖だったが、すぐに笑顔になる。

 

 

「ところであの二人は?」

 

「今回は私だけだ。 ……さすがに毎回、青面獣にパンツを狙われたくないからな」

 

 

確かに楊志がいてはやれ下着だの、やれパンツだので大騒ぎだろう。

この様子では林沖は七浜の街を巡ったことはないらしい。初めての七浜観光をメチャクチャにされるのは確かに嫌だ。

苦笑いしつつも、大和は存分に付き合おうと決めた。

 

 

「それじゃ早速七浜へご案内します。 電車に乗りましょう」

 

「ああ」

 

 

切符売り場で七浜までの切符を購入し、改札口を通る。

早速電車に乗り込み、ガタンゴトンと揺らされ続けた。

 

 

「おお……この電車は迫力があるな」

 

「林沖さん電車乗ったことがあるの?」

 

「さすがにある。 他の国でも依頼を請け負った際に乗ることが多いからな」

 

 

川神から七浜までは約10分程度。

その間、林沖の話を聞いて楽しんだ。これまでは学校生活などで林沖と顔を合わせることは多かったが、余り彼女の話を聞いたことは無い。

梁山泊という身の上では秘密にしなければならない事も多いだろう。それでも話をしてくれるという事はそれだけ大和に心を許しているという事だ。

 

 

「………へぇ、史進って結構見栄っ張りだね」

 

「ああ。 能力は高いのに誤魔化そうとするのが悪い癖なんだ」

 

「そんな史進のためにもお土産買ってあげないとね」

 

「そうだな。 ……っと、到着したようだな」

 

 

一旦会話を止め、電車から降りる。

七浜駅では凄まじい人がごった返していた。その数は川神駅とは大違い、まさに声に出せば「人がゴミのようだ」としか言いようがない。

この人の多さに林沖はさすがに驚いていた。

 

 

「す、凄い人の数だな………」

 

「林沖さん、こっちだよ。 ホラ、離れないように」

 

 

押し寄せる人波に思わず押し流されそうになる林沖。

幾ら武道の達人、梁山泊の一員といえど人ごみで手足を封じられては文字通り手も足も出ない。

そんな彼女を離さないように、大和は手を握った。

 

 

「あ…………」

 

「ご、ごめん。 マズかった?」

 

「い、いや………。 その……嬉しいな、って……」

 

 

顔を赤くしながらも、林沖はそう答えた。

彼女の手を通じて感じる温もりに大和の体温も上昇する。けれどもこの人ごみの中、彼は決して林沖の手を離すことなく改札口を抜けていった。

 

 

 

 

そんな彼女達を、遠くから眺める影が二つ。

 

 

 

 

「…………見なよ楊志、あれどうよ? リンの顔」

 

「あれは女の子の顔だね。 間違いない」

 

 

 

 

史進と楊志だった。

先日のアルバイトから林沖の様子が可笑しいことに気付いていた二人はとある結論に辿り着いた。

だがそれが正しいかどうか、彼女達には分からない。だからこそこうして林沖をデートに向かわせたのである。

その結果、これ以上ない結果が出た。

 

 

「もうあれだな。 真剣でリンに恋しなさい!が始まっちゃってるよ」

 

「この分だと寧ろ真剣で大和に恋しなさい!になってるね」

 

 

もう間違いは無い。完全に林沖は恋に目覚めている。

あの、直江大和と言う確かに頭こそは回るが、それ以外は何の変哲もないごく普通の少年に。

一方の大和は他人の気持ちにこそ敏感ではあるが、まだ林沖に恋をしているようには見えなかった。

それが史進と楊志には歯痒く見えている。

 

 

「どうするの史進」

 

「決まってんじゃんか。 わっちらでリンの恋を成就させてやるんだよ」

 

「おお~。 史進の器大きいね、胸と違って」

 

「な、何言ってんのさ。 わっちは胸も器もデカいよ~?」

 

 

口笛を吹きながらそっぽを向く史進。

わざと胸を揺らすような素振りを見せるがそれは全て偽りであると楊志は知っている。

しかし、林沖への厚意は紛れもない真実。

 

 

「まぁ、リンにはいつもパンツ成分分けてもらってるし恩返しといきますか」

 

「よーし! 梁山泊のスキルで大和をリンルートへ突き落としてやる!!」

 

 

ふふふ、と怪しげな微笑みを浮かべた後史進と楊志は一瞬にして人ごみの中へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、それを知らぬ大和達は悠々と七浜の街を歩いていた。

七浜の街は川神に比べ、ブティックなどのトレンディな店が多く並んでおり若者達にとっての情報の交流地となっている。

故にデートスポットとしても高い人気を誇っていた。

 

 

「や、大和君。 その………服を、見たい……のだが」

 

「そんなに改めなくてもご案内しますよ。 こっちに俺の知り合いが働いている店があるから、そこなら安く帰るよ」

 

「おお、さすがに顔が広いな。 助かる」

 

 

林沖はまず服を見たいと申し出た。

今でこそ対大和用対戦兵装(デート用ファッション)を身に纏っているものの、実はこの服は楊志からの伝手で小笠原千花から借り受けたもの。

故にお出かけ用の服は多いに越したことは無い。何より、単純に年頃の女子としてファッションに興味があったのだ。

 

 

「………どうやら服屋に行くみたいだね」

 

「服選び………このデート雑誌によると女の子とのデートでもメジャーな買い物!」

 

「リン、ついでに私のために新しいパンツ新調してくれないかなハァハァ」

 

「するか馬鹿」

 

 

それを影で見守っている楊志と史進。

隠密行動を第一とする梁山泊にとって気配を悟られないように尾行するなど最早基本中の基本であった。

ただ、技術は達人級の腕前を持つ林沖には感づかれる恐れがあるのだがどうやら大和とのデートが相当嬉しかったらしく、神経を張り巡らせていないようだ。

 

 

「で、私達はどうするの」

 

「そうだね。 王道パティーンとしちゃリンにナンパをかけるのが一番なんだけど……」

 

「私達が男装したとしてもリンにはバレるだろうねさすがに」

 

「だから、アクシデントを仕掛けてやるんだよ」

 

 

黒い笑みを浮かべた史進。

決して性根が腐っている人間ではないが、彼女の攻撃性は梁山泊一。故に仕掛ける「アクシデント」とやらも危険な匂いが醸し出されている。

 

 

「でもアクシデントを起こすと言ってもリンには通用しないよ」

 

「違うんだなーコレが。 アクシデントを仕掛けるのはリンじゃなくて大和に、だよ」

 

「………ああ、なるほど」

 

 

危険なアクシデントを仕掛け、それを救うことにより恋心を抱かせるというシチュエーションは映画でもよく見る演出。

武道の達人である林沖には並大抵の事故など通用しないだろう。だが、大和が相手ならば話は別だ。

いかに回避能力が優れていようとも所詮は訓練を受けていない一般人、危険なアクシデントに巻き込めばそう簡単には抜け出せないだろう。

 

 

「そしてリンならばどんな状況であろうとも大和を助けることが出来る」

 

「自然と好感度ゲッチュ、なワケだねパンツ頂戴」

 

「ナチュラルに変態要求すんな!!」

 

 

そんなやり取りをしている間にも大和達は服を選んでいる。

大和も張り切っているようでお得意の情報網で手に入れた最先端の流行を次々と勧めている。林沖も楽しそうに服を選んでいた。

彼らに気付かれないように史進達は店の中に侵入する。とりあえずは試着室の中に身を隠した。

 

 

「で、いつ出るの」

 

「さすがに服選んでる最中はまずいからね、レジに並んだ瞬間を狙おう」

 

「お店を壊すと九鬼が飛んできそうだけど」

 

「壊さないよ。 店の裏においてあったこの箒の出番さ」

 

 

得意そうにいつの間にか握っていた箒を見せ付ける。

どうやらこれを投擲する、というアクシデントを起こそうとしているらしい。明後日の方向から箒が飛んでくれば、店の店員の仕業という事にもならない。

史進なりに計算しているようだが、楊志は上手くいくのか訝しんでいる。

 

 

(…………あ、ヤバイ。 パンツ成分足りなくなってきた…………)

 

 

しかもそれだけではなく、楊志の体が震え始めた。

備え付けの鏡は真っ青になろうとするその顔を映し出している。どうやらパンツ性癖はまだ健在のようで、今にも嗅がないと死ぬ、というくらいにまで震えている。

史進は林沖達がレジに並ぶその瞬間を待っているために楊志の状態に気付いていない。

そんな時、楊志の眼に映ったものは。

 

 

(……あるじゃないか。 目の前に、リンほどじゃないけど極上のパンツが……)

 

 

史進の姿だった。今、史進は試着室から覗き込んでいるため丁度楊志に尻を向けている形になる。

その突き出したズボンの下に存在するものは、楊志の飢えを癒すもの。

 

 

「モウガマンデキナイ!!」

 

「な!? ちょ、何やって………あ!!」

 

 

咄嗟に史進のズボンに手を伸ばした。

女の子として脱がさせるわけには行かない、と抵抗するがそのときの衝撃で立てかけてあった箒が吹き飛んで行ってしまう。

しかもそれが大和とは関係の無い、一般人に向かっている。

 

 

「あ、危ない!!」

 

 

それに反応したのはやはり林沖。

持ち前の技で商品に被害が出ないように華麗に舞い、箒を叩き落した。ふわり、と着地すらも無駄のない円舞に周りの客達は拍手を送る。

 

 

「林沖さん、大丈夫?」

 

「問題は無い。 しかし………この箒はどこから? 飛び方といい勢いといい、並大抵の投げ方ではこんなことにならないはず……」

 

 

大和の心配にも笑顔で応えて見せた。さすがは梁山泊の序列六位と言うところだろう。

一方で林沖は、この箒の出所が気になっていた。窓が一切破られていないという事は、この箒は店内から飛んできたという事になる。

つまり、犯人はまだこの店内に存在する可能性が高いという事だ。

 

 

(ま、まずい!! 楊志、ズラかるよ!!)

 

(あぁん! 史進のパンツ~~~!!)

 

(リンにどやされたいんかお前は!! いいからホラ!!)

 

 

作戦が失敗した以上、長居することは危険。持ち前の行動力で史進と楊志はその場から去った。

幸い店内は広く、陳列コーナーが上手く壁となって視界を塞いでくれる上に林沖が箒に気を取られているその一瞬があったために彼女の気付かれること無く退散できた。

 

 

「ま、気にしても仕方ないよ。 それより皆無事でよかったね」

 

「そうだな。 では買い物の続きをしよう」

 

 

確かに気になるところではあるが今日の目的は無礼者の正体を暴くことでは無い。

振り返った林沖は買い物を続けた。

その頃、店の外に出、路地裏に逃げ込んだ史進と楊志は反省会を行っている。

 

 

「あーもー! コラ楊志!! もう少しで上手くいったかも知れないのに!!」

 

「メンゴメンゴ。 でもあの様子じゃ例え大和を狙っても結果は同じだと思う」

 

「どうして?」

 

「箒くらいじゃ大和の上がる好感度は薄いよ、きっと。 史進の胸並みに」

 

 

その後、史進は棒で小突いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし面白い映画だった。 シャッキーは最高だ!」

 

「アクション映画は林沖さんにとって眼が肥えてるものだと思ってたけど」

 

「とんでもない。 戦うための格闘技と、見せる格闘技は違うからな」

 

 

服を一通り選び終えた後、その足で映画館に足を運んだ。

林沖のたっての希望で今話題のアクション映画を見て恍惚となっている。

 

 

「何より、大切な人を守るためのあの一撃………思わず感動して涙が………」

 

「前からそうだったけど、林沖さん随分と“守る”ことに拘ってるんだね」

 

 

出会った当初から林沖は口癖のように「守る」と言い放っている。

否、それにはどこか強迫観念が含まれているようにも見えた。それが少し心配になった大和は口に出した。

余り人前で話したくは無いことなのか、林沖の顔が少し沈んだ。

 

 

「あ、ゴメン。 無理に話したくなかったら……」

 

「いや、これは大和君に知って貰いたいことなんだ。 ………そう、だな。 これについてはどこか落ち着ける場所で話したい」

 

「だったら七浜公園がオススメかな」

 

 

林沖の意思は固いようで、どこか暗いながらも真っ直ぐな瞳が大和を捉えた。

大和は知っている。武道家は確固たる信念を宿した時、どこまでも真っ直ぐな瞳を湛えるのだと。

長年付き合ってきた百代や一子が、まさにそうだった。林中の眼は、それと同じだ。

そこまでされては聞かないほうが失礼だと考え、爽やかな風を浴びれるスポットとして有名な七浜公園に案内した。

 

 

「………今度はどこに行くんだろね?」

 

 

電柱の影からひょっこりと顔を出す楊志。

先程は映画館という、何ともアクシデントを起こしづらい場所であったために結局は史進と一緒に映画を楽しむだけの時間になってしまった(無論映画は楽しんでみた)。

しかしそれだけではここに来た意味が無い。飄々としながらも、楊志も林沖の恋を成就させたいという願いは存在する。

 

 

「えーと地図によると……あの方向には公園があるらしいさね」

 

「公園……ハッテン場」

 

「オイその間違った知識どこで身に着けたんだ」

 

「違う。 私がパンツを漁るためのハッテン場」

 

「よりタチが悪くなったんだけど!?」

 

 

そんなやり取りをしながらも気配を悟られないように尾行する。

辿り着いた先は七浜のデートスポットとしても有名な七浜公園。その中でも海が一望できる場所がある。

設置されているベンチに腰を下ろした大和と林沖。

更にその背後の茂みに、楊志と史進は身を隠し、息を潜めた。

 

 

「はい、ウーロン茶。 林沖さん好きだよねこれ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

これから繰り出される話は明らかに明るい話ではない。

まずは落ち着かせようと近くの自販機で買った飲み物を手渡した。中国人らしくウーロン茶を好む林沖は何のためらいも無くそれを受け取り、一口。

 

 

「…………あれはまだ、私が幼かったころだ。 私は友人と一緒に山奥に遊びにいったんだ」

 

 

冷たいペットボトルを見つめながら、林沖は話し始める。ペットボトルに入っている液体は、林沖の顔を鏡のように映し出していた。

呟くような小さな声を、大和は決して聞き逃すことなく耳にしている。

 

 

「……既に梁山泊で訓練を積んでいた私は、自分で言うのもなんだが子供離れした実力を持っていた。 だから大丈夫だと高を括って、遊びにいったんだ」

 

 

まるで自嘲するような話し方だった。

大和はそれを励ますでも、増してや嘲笑うでもなくただ静かに聴いている。

 

 

「………猛獣が出る山、そう聞いていたのに私は無理を行って遊びに言ったんだ。 嘗て師匠に見せてもらった、園山の美しい景色が忘れられなくて………」

 

 

猛獣、親友、そして高を括る。その単語が出た瞬間に大和は悟った。

何故、この少女がこんなにも「守る」ことに固執しているのかを。

 

 

「……案の定、遊んでいたら猛獣に襲われたんだ。 私は立ち向かったんだが、あえなく返り討ち……。 そして………」

 

 

その時、林沖の様子が可笑しいことに気づいた。

明らかに呼吸は浅くなり、息切れを起こしそうになっている。顔からは汗が吹き出、顔色も徐々に悪くなっている。

身体も震え始めていた。青面獣と呼ばれた楊志とは明らかに違う震えに大和は思わず立ち上がった。

 

 

「そして……そ、して……わ、私の………友人はッ………!!」

 

「も、もういいよ林沖さん!! 落ち着いて!!」

 

 

大和が肩を掴んだ。林沖の目の前にまで顔を運び、必死に声をかける。

その声が届いたのか、我に返ったように顔を上げた。

不思議な事に、大和の顔を見ると先程まで沸き上がっていた恐怖は自然と消えていく。

 

 

「大丈夫? 嫌な話をさせてゴメンね」

 

「……いや、これを話さなくては友人でもなんでもない……。 ……私の最低な過去を、聞いてくれてありがとう」

 

「最低だなんて。 林沖さんが友達を大切にする優しい人だって知ることが出来て嬉しいよ」

 

 

そう言いながら、大和は微笑んだ。

―――――“また”、林沖の心臓はその瞬間に跳ねた。思わず顔を赤くしてしまう。

 

 

(……大和君の笑顔は………なんというか……落ち着く………)

 

 

先程まで、林中の心は黒い感情に支配されていた。

友に対する罪悪感、過去の後ろめたさ、友を守れなかった恐怖。

それすらも大和の笑顔は溶かして言った。黒い感情が齎す冷たさを打ち消す温かさに、林沖は自然と笑えるようになっている。

 

 

(……完璧だね)

 

(うん。 完璧にリン、陥落(おち)ちゃってるね)

 

 

その様子を茂みから観察していた史進と楊志。

彼女の表情や仕草からも完全な恋を意識している、という事は見て取れた。

こうなってしまえば彼女達ももう形振り構っていられない。何としてでも林中の恋を成就させなければならないと燃える。

 

 

(楊志!! もう失敗なんてさせないよ!!)

 

(分かった。 リンの恋が実れば夢のパンツ生活に………)

 

(どこをどうすればそこに辿り着くのか分からんけどやってやるよ!!)

 

 

仲間として、友人として。林沖の恋を実らせたいと願う史進と楊志。

しかし先程から失敗だらけだ。

林沖の恋心が深まるだけで、大和が林沖を意識している様子は無い。いや、大和も林沖を女性として扱ってはいるが恋心までは発展していない。

 

 

「それじゃ落ち着いたところでオススメのケーキ屋さんに行こうか。 クマちゃんからの紹介で無料で食べさせて貰えるんだ」

 

「おお、楽しみだ!」

 

 

その原因として、大和のリードが上手という要素がある。

女性にやさしく接することは勿論、沈んだ気分も明るくさせるというフォロー上手、広い人脈を駆使して楽しい時間を過ごせると言う甲斐性。

完全に主導権を大和が握っている。つまり大和が林沖を頼る、という場面が少ないという事だ。

ならば、外野である自分達がどうにかするまで。

 

 

(さぁ大和!! わっちらの作戦とテクを前に―――――)

 

(真剣でリンに恋しなさい! を始めチャイナ!!)

 

 

 

梁山泊二人が、大和と林沖の後を追い街を駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから二時間後、とある廃ビルの屋上。

廃ビルというだけあって人の手から離れて数年がたつこの屋上では柵や鉄骨が錆びていた。

所々にはクモの巣が貼りついているという、殺風景なこの場所で。

 

 

「っだぁぁあああーっ!! なんで!! なんで上手くいかないんだよぉぉおお!!」

 

 

史進が吼えていた。

屋上から見下ろせば、尚も仲が良さそうに街を歩いている大和と林沖。しかし未だエスコート上手な大和が林沖を案内している、という形だ。

林沖はそれで幸せそうではあるのだが、肝心の大和はまだ林沖に恋心を抱いていない。

 

 

「さっきからアクシデントが悉く失敗してるしね……」

 

「っくぅ……! アイツ、朴念仁か!?」

 

「いや。 大和自体は鈍感じゃないけど、リンには恋してない感じだね」

 

 

先程から林沖の見せ場を作ろうと、影で工作活動を行ってきた。

だが全て空回り、或いは九鬼家の従者部隊に妨害されたりと芳しいものではなかった。加えて大和が他人の気持ちに敏感という、朴念仁ではない部分が余計にそれを妨げている。

軽い気持ちでは付き合わないという大和の信念が、林沖と程よい距離を保っているのだ。いわばいつも京に告げている「お友達で」というラインだ。

 

 

「ラノベの主人公だったら朴念仁が多いけど、アイツはそうじゃない分タチが悪い……!」

 

「まぁ、そうじゃなかったら椎名京とかと付き合ってそうだしねー」

 

「でもそれじゃぁリンが報われないんだよ! キー!!」

 

 

さすがに苛立ちが溜まってきたのか、手にした棒で史進は鉄の柱を打ち付ける。

ガンガン、と鳴り響く鈍い音に楊志は始めは耳をふさいでいたのだが、とあることに気付いた。

錆びついている金属の柱、その上には貯水タンクが存在していたことに。

 

 

「ちょ、史進! それ以上は―――――」

 

「何さ! 大体、アンタだってパンツ症候群を起こさなけりゃ………」

 

 

制止をかけようとしたが、寧ろ史進の苛立ちを煽る結果となってしまった。

それが、余計に棒の力を強める引き金となってしまった。

頑丈な棒と卓越した梁山泊としての力が、金属とはいえ錆びついた柱をへし折るのには十分だった。一本の柱が折れてしまったことでバランスを失い、貯水タンクは地面に向かって真っ逆さまだ。

 

 

「あ!! や、ヤバ!!」

 

「しまった! 下にはリンと大和が……」

 

 

慌てて覗き込んでみるも時すでに遅し。重力に従って貯水タンクは落ちていく。

しかもその真下には話し込んでいた大和と林沖が立っている。林沖ならば避けることくらい容易いだろうが、武術の訓練を受けていない大和はその限りではない。

 

 

「ん? 何だ……って貯水タンク!?」

 

「っ! 大和君、こっちだ!!」

 

 

咄嗟に林沖は大和の手を掴み跳躍した。

女性ではあるが、梁山泊として訓練を重ねてきた身。人一人を運ぶことくらいは容易い。何とか、貯水タンクの激突から避けられはした。

だが、悲劇はこれだけでは終わらなかった。

 

 

「ぶわっぷ!!」

 

「あ………」

 

 

貯水タンクが地面に激突したことで破裂し、中の水が一気に飛び出したのである。

しかも幸か不幸か、その水塊の殆どが大和に降りかかった。

回避したばかりのため、さすがの林沖でも対応することができず大和はあっという間にずぶ濡れとなった。

 

 

「だ、大丈夫か!?」

 

「………ま、まぁ痛みはないけど……匂いが……」

 

「きっと貯水タンクの水が腐っていたんだな……す、すまない私がいながら……!」

 

 

目や口を覆ったことで腐った水を体内に入れないようにしてものの、やはり匂いが凄まじい。

さすがの大和も早くこの匂いから解放されたい、という表情をしていた。

その上、林沖は一切水飛沫を被っていないことからその罪悪感をより加速させている。

 

 

「大丈夫だって。 ただ今日はもう家に帰って着替えたいかな」

 

「………そうだな。 先ほど買った服に着替え直してから電車で帰ろう」

 

「うん」

 

 

こうして林沖の淡い初デートは全く予想だにしない形で終わりを告げることになった。

その一部始終を眺めていた史進と楊志はしっかりと見ていた。大和と親密になりきれなかった悔しさと、罪悪感で暗くなっている林沖の顔を。

 

 

「………………土下座だね、これは」

 

「もう土下座じゃすまされないかも……」

 

 

史進と楊志は、寂しい屋上でただそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、梁山泊の部屋では。

 

 

「ごめんリン!! 全部わっちらの所為なんだ!!」

 

「私も悪乗りしすぎた。 謝るからパンツ頂戴」

 

「アンタ本当に反省してんのか!!」

 

 

史進と楊志が必死に頭を下げていた。

もちろん、手助けのつもりが散々迷惑をかけてしまった相手である林沖に対して。

しかし当の本人はそれすらも耳に入っていないような、絶望に満ちた顔つきで部屋の隅で蹲っている。

怒られることは当然のことながら、槍で滅多打ちも覚悟していた二人が逆に心配してしまうほどに暗い。

 

 

「………いいんだ。 私が……しっかりと守り切れなかったのが原因なんだから……」

 

 

林沖は二人を責めるどころか、むしろ自身を追い詰めていた。

折角の初デートを台無しにされた怒りも当然は存在する。だがそれ以上に大和を守り切れなかったという事実が、自身のトラウマと重なってしまっている。

さすがの楊志も、そんな姿を晒されてはいつものように下着を要求できなかった。

 

 

「リ、リン~………」

 

(ダメだねこりゃ……。 リン、意外と卑屈なトコあるしどうすりゃいいんだよ~……)

 

 

フォローをすればするほど、ますます暗くなってしまう。

非があるだけに何とか元気づけようとするものの、二人の奮闘もむなしく己の殻に閉じこもってしまった。

そんな時、林沖の携帯電話が突如震えだす。

 

 

「………? 大和君からだ……ってえええぇぇっ!?」

 

 

発信者は「直江大和」。今話題の人物その人である。

しかもメールではなく、通話での着信だった。

突然の電話に、林沖は飛び上がってしまう。切なさと罪悪感、そして嬉しさ。全ての感情が林沖の中で渦巻く。

 

 

「もっ、もっ、もしや……今日のことが許せなくて直々に………」

 

「い、いやいや! 大和に限ってそんなことは無いさね!」

 

「そうだよ。 それより早く電話に出てあげなきゃ」

 

 

一瞬、応答することも躊躇ったが誠実な林沖にそんなことが出来るはずもなかった。

楊志に言われるがまま、震える親指で着信ボタンを押す。

そしてスピーカー部分を耳に押し当て、くぐもった声で応答に出た。

 

 

「も、もしもし………」

 

『もしもし林沖さん? 今大丈夫?』

 

 

スピーカーから聞こえたのは、存外明るい大和の声。

どうやら叱りつけるために電話してきた、ということではないようだ。こんな声を聞かされては、さすがに林沖も胸を撫で下ろす。

 

 

「大丈夫だが……それより、今日のことは本当にすまなかった………」

 

『いいってば。 それより晩御飯はまだ済ませてないよね?』

 

「ああ。 まだだが………」

 

『じゃぁ悪いんだけど島津寮に来てもらえる? 楊志と史進も連れて』

 

 

それだけを言うと、大和は電話を切ってしまった。

余りにも短かった託に、林沖もどうすればいいのか戸惑う。

 

 

「え? な、なんて?」

 

「……島津寮に来い、だそうだ。 お前達も連れて」

 

 

大和の言葉の真意がわからないが、とりあえず言われたことをそのまま伝える。

当の伝えられた二人は唖然としている。

まだ大和に謝ったわけではないため、大和は今回のトラブルの大半が彼女たちの仕業であることを知らないはず。

 

 

「でも……謝る必要があるし、行くしかないね」

 

「ま、青面獣の言うとおりさね。 わっちも行くか」

 

「だな。 ………しかし、私はなんと謝ればいいのか………」

 

 

大和に呼び出されては断るわけにもいかず、三人は重い腰を持ち上げた。

すると、そんな彼女たちを待っていたかのように空間を仕切っていた襖が開けられる。

 

 

「よう! 準備はできたか梁山泊の美女たちよー!」

 

「も、百代? それに一子まで……」

 

「大和から連絡来たんでしょ? 早く行きましょー!」

 

 

川神百代と一子の姉妹だった。

二人とも稽古を終えたために私服姿だが、特段お洒落をしているわけでもない。ラフ、という言葉が似合う格好だった。

どうやら彼女たちも大和から連絡を受け、島津寮へと向かうらしい。

 

 

「ほーら暗い顔してちゃ可愛い顔も台無しだぞーっと。 もみもみ」

 

「ひゃぁっ!?」

 

「こんなにあっさりとお姉さまにいいようにされるなんて……大和の言うとおり重症ね」

 

 

そしてその人間離れした身体能力で瞬間移動するがごとく、林沖の背後をとり胸を揉みしだいた。

普段であれば百代相手といえどこんなに呆気なく背後をとられるような彼女ではないのだが、精神が不安定なことも相まって思うように体が動かなかった。

病は気から、とはよく言ったものであると一通り胸を揉んだ百代は離れる。

 

 

「さて、お戯れはこの辺にしてさっさと寮に行くか」

 

「あ、ああ………」

 

 

美女と触れ合う事が出来たおかげで百代の顔は恍惚と輝いている。

一方の林沖は顔を赤らめていたものの、すぐに表情を暗くしていた。百代もそれに気付き、はぁとため息を一つ。

 

 

「こりゃ重症だな。 全く、辰子といい天衣さんといいどうしてこうも大和と関わるとネガティブになりやすいのか」

 

「まぁまぁ。 ほら皆、早く行くわよ!」

 

 

彼女の暗さは、百代ですら呆れるほどだったらしい。

そんな彼女を諌めながらも、一子が梁山泊の背中を押す。鍛えている彼女達だけあって、さすがに島津寮に到着するのに時間は必要なかった。

しかし、林沖は罪悪感と緊張でその扉を開けることができない。

仕方なく史進が代わりに扉を開けると、そこにはエプロンを身にまとった由紀江が立っていた。

 

 

「ようこそおいでくださいました」

『もう皆待ちくたびれてるぜー』

 

「相変わらず対応が丁寧だなーまゆまゆは」

 

 

どうやら料理を作ってくれていたらしい。

玄関まで匂ってくる香りは、暗く沈んだ林沖の食欲を湧き立たせるほどだった。だが、この香りはどこか懐かしい。

 

 

「も、もしかして私達が呼ばれたのは……」

 

「はい、是非とも皆さんでお食事をと大和さんが提案したんです」

 

「うんうん、大和の言うとおり元気がない時こそ食べる! これ基本ナリ!」

 

 

どうやら大和は林沖の状態もお見通しだったようだ。

食事に拘っている由紀江と一子も大賛成のようで頷いている。百代は仲間と一緒に相伴に預かれるのが嬉しいだけのようだが。

ここまで持て成されては、受け取らない方が失礼と感じたのか観念したかのように林沖が上がる。彼女に続いて史進と楊志も上がりこんだ。

 

 

「よう! よく来たな!」

 

「林沖さん、俺様の席の隣でよければ空いてますよ!」

 

「そんなに鼻息立てると相手が吹き飛ぶよ、いろんな意味で」

 

 

食卓には既に翔一、岳人、そして卓也も座っていた。言葉こそは発していないが、忠勝もせっせと盛り付けしている。

天衣も、箸や皿を並べたりと手伝っていた。

一方のクリスや京はこれから運ばれる料理にまだかまだかとそわそわしている。風間ファミリーとその関係者が、一挙に集結していた。

 

 

「クリス、椎名。 お前達も手伝え」

 

「あ。 す、すみません」

 

「メンゴメンゴ。 さすがに辛党としては今日の料理に期待せざるを得ない」

 

 

教師として人として、天衣が注意するとクリス達も動き出す。

その姿はまさに家族そのもの。

 

 

「……あれ? 大和君は?」

 

「いるじゃない、そこに」

 

 

すると、大和の姿がないことに気付いた。

やはり今日の一軒で姿を見せてくれないのだろうか、と一瞬だけ不安になったが杞憂に終わる。

一子が指をさした先、厨房に彼は立っていた。

 

 

「あ、林沖さん。 それに史進と楊志もいらっしゃい」

 

 

振り返った大和も、同じくエプロンを身に着けていた。

あまり料理の経験がなかったのか、相当苦戦したようで疲弊が見て取れる。エプロンも少し汚れていた。

しかし、その姿は林沖の心臓を弾ませる何かがある。

 

 

「や、大和君……。 それに、その料理は……」

 

「今日は俺のリクエストで中華料理に挑戦。 俺も一品だけ作ったんだ」

 

 

そう言いながら見せたのは少し焦げ目がついたチャーハンだった。

お世辞にも美しい、とは言えないが十分料理と呼べる立派な一品だ。さすがに不器用ではないため、料理の味や形は守られている。

彼の作ったチャーハンは、林沖の席と思わしき場所に置かれ、林沖は自然とそこに座った。

 

 

「まぁ、残りの中華料理はまゆっちとゲンさんが作ったんだけど」

 

「俺も中華料理は専門外だが、たまにはいいだろ。 味は保証しねぇぞ」

 

「私も料理のレパートリーを増やそうと思い、挑戦してみました」

 

 

それぞれ、酢豚や麻婆豆腐など中華を代表する料理が所狭しと並べられていた。

更に中央には中華料理店でよく見かける回転する台まで置かれていた。挙句、しっかりと漆塗りまでされている。

 

 

「いやー、皆で中華料理食べてーって思ってたから作っておいて良かったぜ」

 

「相変わらずキャップの器用さはオソロシヤ………」

 

 

どうやらこの台も翔一お手製らしい。

相変わらずの飛びぬけたクオリティに呆れつつも、どこからか「10 GRADE!」と書かれた看板を取り出し、掲げる京。

 

 

「さぁ皆座るのだ! 早くしないとご飯が冷めてしまうぞ!」

 

(やれやれ、ただコップを並べただけなのにこのドヤ顔……まぁいいか)

 

 

コップを並べるという大仕事を果たしたクリスが嬉々として椅子に座る。

岳人もため息をつきつつも、結局は甘やかしてしまう。そしてそんな彼女の声に従い、全員が席に座った。

 

 

「それじゃ、いただきまーす!」

 

『『『いただきまーす!!』』』

 

 

大和の合図に合わせて全員が一斉に箸に手をつけ、料理に伸ばした。

やはり人気が高いのは餃子や酢豚。しかし、林沖が真っ先に口に運んだのはそれらではない。

大和が、自分のためにわざわざ作ってくれたチャーハンだ。それを蓮華で掬い、咀嚼する。

 

 

「では……いただきます。 もぐもぐ……」

 

 

咀嚼している林沖の顔を、大和はじっと見つめていた。百代の眼には、彼が緊張していたように見える。

何せ初めて手料理を振舞ったのだ、その味がどう受け取られるのか気にならないはずがない。

彼だけではなく、周りも一斉に林沖の顔を見つめていた。特に、史進と楊志の視線は濃厚である。

やがてそれを飲み込んだ時、林沖は。

 

 

 

 

「………美味しい………」

 

 

 

 

ただ、笑顔でそう呟いた。

 

 

「ほ、ホント?」

 

「ああ! 本当に……美味しい! ありがとう大和君!」

 

 

目尻には、涙さえ浮かんでいる。しかし彼女の顔はとても晴れやかで、幸せそうだ。

そんな顔を見せられては大和も満足せざるを得ない。

 

 

「へっ、やったじゃねぇか直江」

 

「うん! ゲンさんももゆっちもありがとうね」

 

「い、いえいえ! 私はただ横から口を出しただけですから!」

 

 

どうやら忠勝と由紀江も尽力してくれたらしい。

思えば今日のトラブルからまだそんなに時間がたっていないのに、これだけの料理が揃えられたのも驚きだ。

風間ファミリーも、きっと事情を察してくれたのだろう。

 

 

「リン! この酢豚も結構いける!」

 

「いやぁ、エビチリも中々」

 

 

史進と楊志もそれぞれ好物に手を伸ばしている。

先ほどまで林沖に隠れがちだったが、この二人も存外暗くなっていた。自責の念があったからだろう。

それが今では幸せな顔つきになっていた。

―――――それらを全て見越し、そして行動してくれた男。直江大和は今、林沖の隣の席に座っている。

 

 

「ん? 林沖さん、どうかした?」

 

「い、いや。 何でもない」

 

 

視線に気づいた大和が振り返るも、照れ隠しのために慌てて顔を逸らしてしまう。

その後、何もなかったかのように食事を続けるが最早彼女の胸の内には幸せしか詰まっていない。

 

 

 

 

 

 

(……こんなにも、守りたい人ができるなんて………)

 

 

 

 

 

 

そして自覚した。

「守る」という使命感などではない、「守りたい」という彼女の願いを込められる人物、直江大和と出会えた幸せを。

 

 

 

 

続く

 

 

 




大変長らくお待たせしました。最近のお気に入りデザートは杏仁豆腐。テンペストです。
近頃は別の名前でニコ動で色々やっているために更新が遅れました。その分、濃厚な作品になれたらと思っております。
ただ、梁山泊の話は資料や設定も少ないため本当に書きづらい!早くA-4発売してちょ!!と発狂している今日この頃。
でもやっぱり林沖さんカワユス。あの幸薄そうなところが特に。
さて、次回の更新も遅れるかもしれませんが現在執筆中。次は天神館のあの子にスポットをあてる予定です。お楽しみに。
感想ご意見、お待ちしております。
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