深夜廻 繋いだ手をもう一度 (本編完結)   作:めんりん

10 / 25
お久しぶりでごさいます。更新期間が2月近くも空いてしまったこと、大変申し訳ありません。色んなとこで色んなことにゴタゴタしてました…


さて、やっとこさできたクライマックス大詰め、楽しんでいただければ幸いです。


それでは、どぞ


第9話 : "あの時"を超えて

 

 

夜に覆われた街にそびえる巨山。その裏側といえる洞窟の最深部に、不自然なまでの甲高い摩擦音が鳴り響く。

 

 

ガギンっ!!

 

 

その音の発生源たる、無数の黒い針。神が自らに歯向かう愚か者たちを貫かんとし、またそれをさせまいと同質の力を行使する少女が呼び出した、いわば神の鉾。

 

 

ユイは何度目かとなる力の源たる右目に鋭い痛みを覚えながらも、己と親友の命を守るために力を振るう。既に彼女の額には暑さとは関係ない汗が滲み、表情は苦悶に満ちていると言っても過言ではない。

 

 

ユイの手にした、いや譲り受けた力。それはかつて別の未来にて怨霊と化したもう1人の自分が、目の前の醜神より植え付けられた忌むべき印だ。この力があったせいで、あの時の自分を探しに来たハルを危険に晒し、あまつさえその華奢な左手を奪う要因となったことを、彼女は自らの記憶として知っている。

 

 

出来れば、使いたくはない。この力がなければ、ハルをあんな惨たらしい目に合わせることはなかったかもしれない。だが、今この瞬間に限り、この力を振るわない、という選択肢は許されない。

 

 

それは神を貫く鉾として、ではない。

 

 

いま唯一、醜神を倒し得る刃を託した親友の命を、今度こそ守り通すために。

 

 

 

そのためなら

 

 

 

(こんなの…なんでもないっ! ハルが味わった痛みに比べれば…あの子が味わった悲しみに比べれば…っ)

 

 

 

こんなもの

 

 

 

「…痛い…っ…もんかぁっ!」

 

 

降り注ぐ子蜘蛛のなり損ないたちからなら雨、その全てを、ユイの放つ無数の針が穿つ。

 

 

 

だが

 

 

「あぐ…っ! がぁっ…!」

 

 

「ユイっ!?」

 

 

再び、ユイの右目に焼け付くような痛みが走る。しかし、これはある意味当然のことだ。怨霊の身で振るっていた神の力、その欠片を生身のままで扱うのことが容易なはずはない。

 

 

撃った銃が腕に反動を伝えるように、忌まわしい醜神の力の欠片は、生者であるユイの肉体を蝕む。

 

 

加えて、あくまでユイの力は欠片だ。決して泉の如く無限に湧き出るものではない。しかもその限りある力は元々の所持者であったもう一人のユイが、怪異を殲滅する過程でかなり使用してしまっている。

 

 

文字通り、空っけつの手前だ。これがガソリンメーターで表すことの出来るものなら間違いなく給油マーカーが忙しなく己が本分を全うしているところだろう。

 

 

 

(それでも…やらなきゃいけないの…もうあの子のあんな顔は…見たくないっ!)

 

 

痛む右目を押さえ、落ちそうになる膝を叱咤して、ユイは心配そうに見つめるハルを見る。

 

 

「大丈夫だから…ハルはあいつを切ることだけ考えてっ! 絶対に手があるはず、それを探すのっ!!」

 

 

 

再び地面から迫る醜神の針を、同じくユイの針が迎え撃つ。耳障りな金属音にも似た摩擦音が生まれては洞窟内を駆け回る。

 

 

(…どうしようっ…このままじゃユイが…)

 

 

手に持つ断ち鋏を握り締めながら、ハルは必死に頭を回転させる。だが、どれだけフル回転させても、この状況を打破する術が見つからない。

 

 

醜神を倒すということは、かの神の生命線たる赤い糸を断ち切ることに他ならない。そのうち二本は、既にユイによって断たれているのであれば、あと一手で届くはずだ、醜神のその命に。

 

 

だが、勝利の女神はそこまで少女たちに甘くはなかった。何のことはない、先程から目をこれでもかと使ってその最後の糸を探しているもの、一向に見つからないのだ。つまり醜神は、これまでとは違い自身の生命線を彼女らに見せることなく力を振るっているということになる。

 

 

考えてみればそれは至極当たり前の話だ。どこに自身の弱点をわざわざ晒しながら戦う阿保がいようか。それだけ醜神は本気であり、追い詰めている証拠なのだろうが、結局は届かなければ全ては泡沫の夢に等しい。

 

 

(糸がどこにもない…ひょっとして背中に隠してるとか…でもそうだとしてもこれ以上近づくなんて…っ)

 

 

そう、今はユイがその身を呈してハルを守っているが、ユイの力が及ばぬ場所にハルが単独で行こうものなら、それこそ飛んで火に入る夏の虫。ハルの体はたちまち醜神の針に貫かれ、そうでなくとも降り注ぐ子蜘蛛や、醜神の巨大な腕か足に潰されて終わりだ。

 

 

ハルの持つ断ち鋏は刃であって盾ではない。ユイとは違い、運動能力に乏しいハルの筋力と反応速度では、ユイがしたような、鋏を振って子蜘蛛を迎撃などといった芸当は無理極まりない。

 

だがこのまま来るかどうかも分からないチャンスを待ち続けているだけでは到底勝機は訪れない。こうしてハルが手をこまねいている間にも、ユイは苦痛にさいなまれながらも必死にハルを守るために右目に宿る力を振るっている。

 

 

今もまた、ハルの喉元に迫る針の矛先が、横合いから突き出された無数の針からなる黒い壁によって阻まれる。

 

 

 

 

(どうしよう…どうしようどうしようっ?!)

 

 

 

 

ハルが迷うたびに、勝機が遠のいていく。

 

 

 

 

ハルが焦るたびに、ユイが命を削っていく。

 

 

 

 

 

 

このまま、終わってしまうのか。

 

 

 

 

 

また、繰り返してしまうのか。

 

 

 

 

 

また、失ってしまうのか。

 

 

 

 

 

 

神に定められた運命に、人が抗うことは不可能なのか。

 

 

 

 

 

 

己の無力感に、ハルは膝を折りそうになる。手に握る赤い刃が、滑り落ちそうになる。

 

 

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

 

 

そんな、心が折れかけたハルをつなぎとめる、親友の声。

 

 

 

 

「大丈夫だよ、ハル。信じて、私と、その刃と、そしてハル自身を。切るべきものをイメージして、その鋏に祈るの。そうすれば、きっと応えてくれる」

 

 

 

背中越しに、ハルを守りながら、ユイは振り向かず優しく問いかける。

 

 

 

「ユイ……」

 

 

 

「ハルならできる。あの時、ただ操られて暴れるだけだった私を救ってくれたのは、誰でもない、ハルの強い覚悟と願いなんだから」

 

 

 

 

だから大丈夫、そういって、ユイは戦いが始まって何度目となるかわからない、黒い針を出現させてハルに迫る無数の凶刃を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

だが、ここにきてついに醜神のもつ力がユイのそれを上回った。いや、むしろよくここまでユイが醜神に食らいついたというべきだろう。いうなれば、残り燃料の少ない軽自動車で、燃料制限のないロケットに張り合うようなもの。元から持つ絶対的な力の差が、とうとうユイのカバーできる領域を超え始めた。

 

 

 

まるで鍔迫り合いのように切っ先が拮抗したのち、ユイの出現させた針だけが甲高い音とともに砕け散る。己を阻むものが消えた凶刃が、再びハルに迫る。

 

 

 

「させる…もんかぁぁ!!」

 

 

 

決死の咆哮とともに、ユイとハルを覆い隠すかのように左右に無数の針からなる二重の壁が出現する。醜神の濁流のような凶刃が一層目の壁を突き破り、二層目の壁に衝突、そこでひび割れるかのような音とともに双方の針が砕け散る。

 

 

 

「…がっ?! ぐっ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 

 

だが、突如獣のような悲鳴を上げたユイが、右目を両手で押さえたまま膝から崩れ落ちる。

 

 

 

 

「ユイ?!」

 

 

 

絶叫を上げるユイに駆け寄ったハルが見たのは、真っ赤に充血するだけではなく、まるで涙のように押さえた右目から血を流し、荒い呼吸を繰り返すユイの痛々しい姿だった。先程よりも目に見えて勢いを失った瘴気のような靄が、弱々しく揺らめいている。

 

 

 

 

「もうやめて?! それ以上使ったらユイがっ?!」

 

 

 

ハルの目から見ても、ユイの今の状況は常識を逸している。右目から滴り落ちる血のような涙が、何よりもそのことを雄弁に物語っている。明らかに体が行使する力に耐えきれていない。

 

 

 

「だい…じょうぶ…まだ……残ってる…戦える…っ!」

 

 

 

肩におかれたハルの手を振り払い、震える膝と瞬きすらも苦しそうな右目を開いてユイは立ち上がる。重い体を引きずりながら、ほとんどが赤く染まった右目の視界のなかで、必死に前を向き、討ち果たすべき存在を見据えて。

 

 

そんな死に体のユイをみた醜神は、見るに堪えない悍ましい笑顔とともに再び魔の手を振るう。それと同時に、黒い巨大な波のような無数の矛先が、二人を覆い尽くすかのように迫る。

 

 

 

 

 

(私は…何をしてるの…)

 

 

 

 

 

 

自分と歳も背丈も変わらない親友が、こんなになってまで必死に立ち向かおうとしているなか、いったい自分は何をしているのだろうか?

 

 

 

 

 

この手に刃を握りながら、何をしているのだろうか?

 

 

 

 

何を思って、この刃を託されたのか?

 

 

 

 

何のために、今ここにいるのだろうか?

 

 

 

 

「そんなの…決まってるよ」

 

 

 

立ち上がり、一歩を踏み出す。次の一歩は、さっきよりも早く、そして強く。今にも倒れそうなユイの前に、ハルが立つ。

 

 

 

「っ?! だめっ?! 下がってハルっ?!」

 

 

 

 

だめだ、ここで下がったら、もう二度と踏み出せない。そんなことをするために、ここに立っているわけではない。

 

 

 

 

 

ただ守られるためではない。同じことを再び繰り返す為では、断じてない。

 

 

 

 

「私が守る…今度こそ、ユイを助ける…一緒に……帰るっ!」

 

 

 

押し寄せる死の壁を前に、もう一歩、ハルが踏み出す。その手に握る、赤き刃とともに。

 

 

 

 

「だからお願い…、私に力をかして。私に……今度こそ…」

 

 

 

 

 

今度こそ

 

 

 

 

 

「みんなを…ユイを守らせてっ!!」

 

 

 

そして、刃が光る。赤い刃が、さらにその深みを増しながら。切ることしか知らぬ神の刃が、今初めて、()()ためというハルの願いに応えた。不気味に、だがどこか優しく、そして強く光る断ち鋏を、ハルは小さな両手で頭上に掲げる。

 

 

 

「ハルっ?!」

 

 

 

 

凶刃が唸る。まるで壁一面に針を備えたような、巨大な波のようにしてハルとユイを押し潰さんと迫る。逃れようのない、絶対的な死。だが、ハルは逃げない。背中に手を伸ばそうとしているユイの悲痛な叫びを聞きながら、

 

 

 

 

 

 

「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

全力の覚悟こめて、掲げた刃を振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

結果は、すぐには現れなかった。暴風のようなものが洞窟内を暴れまわったかのような衝撃がユイの髪を揺らすなか、迫る黒い波とハルの双方は、まるで時間そのものが止まってしまったかのように静止している。

 

 

 

 

振り下ろされた赤い刃は、本来は開いて閉じる、という過程を得て初めて()()という現象を引き起こす鋏。であれば、今しがたハルが行ったのは切るという行為ではない。にもかかわらず、

 

 

 

 

「……う…そ…」

 

 

 

”…………………”

 

 

 

 

勝ったのは、ハルの振るった刃だった。音もなく静止していた黒い波、それを構成していた無数の凶刃全てが、静寂を破るかのように、その全てが音を立てて砕け散る。

 

 

それは、今まで彼女らが奪われてきたものから鑑みれば、ささやか過ぎることかもしれない。

 

 

だが、今初めて、たしかにハルは神の意志に逆らった。神の『死』という意志に、神の刃を用いたハルの『守る』という意志が勝った。

 

 

 

 

 

 

「ハル…」

 

 

己に背を向ける小さな背中を、半分が赤く染まった視界で見つめるユイ。だが、ハルは振り返ることなく、今度は断ち鋏を()()。まるで、糸ではなく、まるで別の何かを断ち切らんとするかのように。

 

 

 

「ごめんね…私がくよくよしてるから、ユイがいっぱい頑張った。いっぱい苦しんだ。これじゃあ…あの時と何も変わらないね」

 

 

背を向けたまま、ハルはユイに言葉を投げかける。今、ハルが目を向けるべきはユイではない、己を見つめる、いや恐らくは自身に逆らった人間を睨む醜神。

 

 

「でも、もうわかったから。私が切らなきゃいけないのは、このおばけを守る糸なんかじゃない…私が切る、あなた自身を」

 

 

奪われるだけだった、守られるだけだった弱い少女は、手に持った赤き刃を神に突き付ける。だが、今はその瞳には一寸の迷いもない。ただ目の前の絶望を乗り越えようとする強い意志だけが、瞳の奥で揺らめいている。

 

 

あの時、振り下ろした刃はたしかに閉じたままだった。しかし、確かに刃は切るべきものを断ち切っていた。

 

 

 

それは、ハルの心にのこった最後の弱さ。ユイに頼り、甘え、ただ守られるがままにされていた、これまでの弱さ。その全てを断ち切ったハルの心に、もはや迷いはない。

 

 

 

「あなたを切る。そうすれば、全部終わるよ。私たちだけじゃない、これまで、山であなたに騙されて命を奪われてきた人たち全ての縁、ここで全部切る」

 

 

 

この時、醜神は今まで感じたことのない何かを感じていた。醜神にとって、人という種は総じて自分に対する供物でしかない、弱くて小さな生き物だ。一人ではまともに生きることすら出来ず、ひたすらに他者との縁に縋る。そんな脆弱で矮小な人間など、神である自分にとって取るに足るはずがない。

 

 

 

人間など、少しつけ込むだけで簡単に騙されて命を捧げて来るだけの愚かで哀れな生贄。醜神にとって、人はただの餌であり退屈しのぎの玩具でしかない。

 

 

だというのに、この人間たちはなんだ。

 

 

かたやどこで手に入れたのか自分と同じ力を振るう者、かたや唯一の天敵だと思っていた縁切りの神の刃を持つ者。

 

 

おかしい、つい先程までは自分が完璧に優位に立っていたことは間違いない。哀れにも自らの領域に自分から囚われに来た供物を捕らえ、弄び、心を痛めつけた。自分を助けに来た小さな獣は勿論、長らく睨み合っていた宿敵を葬ることも出来た。

 

 

醜神に弓を引くことが出来るものなど、もはやいるはずがなかった。

 

 

 

だが実際は違った。どこで手に入れたのか、一度はその身を貫いたはずの人間は、自分と同じ力を携え、捕らえたはずの供物は、かの縁切りの神の力である赤い刃を握っている。

 

 

 

それでも、まだ己は優位に立っていたはずだった。己と同じ力を振るう愚か者に格の違いを見せつけ、同時に糸をしまい込むことで刃による反撃すら許さぬ絶対的な優位を確保したはずだった。

 

 

 

それがどうだ? たった一振りで、己の放つ絶対的な力の象徴でもある黒い鉾を砕かれ、今は逆に弱い人間の少女に刃を突きつけられている。

 

 

 

 

なんだ、これは。なぜこの人間は折れない。これまでのように思い通りにならない。

 

 

一つは、憤り。脆弱で矮小で愚かな人間風情が、絶対である己に逆らっていることによる怒り。

 

 

 

だが、これは知らない。この、押し潰されるような重圧と、脚が動かなくなるほどのなにか。

 

 

知らない、こんなものは知らない。

 

 

 

"……………………"

 

 

 

 

知らず、醜神はその巨大な骨格のような脚を一歩、()()()()()()

 

 

 

醜神の脚を後ろに下げたその感情を、理解できずに戸惑い、二の足を踏ませるその感情、人はそれを"恐怖"と呼ぶ。

 

 

 

「ハル一人に背負わせはしないよ」

 

 

よろよろと立ち上がったユイが、鋏を構えるハルと並び立つ。流れる血の涙は止まらず、視界は半分が赤色、冷や汗で濡れた額に前髪が張り付いている様は、なんとも痛々しい。

 

 

それでも、倒れ伏したい気持ちに撃鉄を撃ち込み、彼女は立ち上がる。全ては戦わんとする者のため、こんな自分のために、地獄を乗り越えて今ここに立ってくれている親友のために。

 

 

 

「ユイ…でもこれ以上無理したら…」

 

 

心配そうに見つめてくるハルの頭に、ユイはそっと片手を乗せる。こんな状況でも、絹のようにさらさらとした髪が心地よい。

 

 

「私は大丈夫。約束したんだ、もう諦めないって。だから私も戦う、二度とハル一人に背負わせたりしない。だから…あと少しだけ、一緒に頑張ろ」

 

 

微笑むユイに、ハルは何かを言おうとして、口をつぐむ。既にユイの右目は限界を超えている。弱々しい瘴気、充血した瞳、消えない血の涙の跡。それでもなお、彼女はハルの隣に立つことをやめないだろう。自分を信じ。この力と記憶を託してくれたもう一人の自分のためにも。

 

 

「…わかった。でも絶対に無理しないで。…ううん、そうなる前に……次で

、終わらせるから」

 

 

覚悟を胸に、ハルは鋏を開く。それに、これ以上戦いが長引けばユイがもたない。

 

 

 

だが、ハルの持つ断ち鋏の刃渡りは、せいぜい1メートル程度、それに対して醜神の全長は10メートルは下らない。ハルの立つ場所と醜神の立っている場所の距離を鑑みても、ハルが断ち鋏で醜神を切る、ということは物理的には不可能に近い。

 

 

 

しかし、忘れてはいけない。ハルの持つ鋏は、単なる大きな鋏、などではない。この刃は、『断ち切る』という人の願いと神の意志を具現化させた、正真正銘の神器。

 

 

切れぬものなど、あろうはずがない。

 

 

 

開かれた刃が、仄かな光を纏う。それは蒼白く、厳かで、そして、何より強い光だ。

 

 

 

ハルの強い願いと意志に、刃が応えた。地面に水平に開かれた刃が纏った光、それらがそれぞれの切っ先の延長線上に向けて突然放たれ、やがて巨大な刃と化した。

 

 

「……ハル…」

 

 

その光景を見たユイは、あまりの衝撃に言葉を失った。まるでテレビなどで見るおとぎ話のような光景だったからだ。だが、ただ言葉を失ったユイとは違い、醜神の反応は早かった。

 

 

 

"………ホ…ロ…ビ…ヨ…!"

 

 

 

 

おぞましい呪詛の言葉とともに、濁流のように押し寄せる針の壁。それが二人の左右から押し潰すかのように迫る。

 

 

「させないっ!!」

 

 

未だ激痛が残る右目から、絞り出すようにしてユイは叫ぶ。その意志に応え、醜神の放つ凶刃を妨げるようにして、ユイは無数の針を束ねた壁を作り出す。

 

 

 

 

ガガガギギギギギリリリリガガギリギリリリリギリギギリリリっ!!!!

 

 

 

 

直後、無限の針の切っ先同士をこすり合せるかのような耳障りな不協和音が響く。

 

 

「ユイっ!?」

 

 

「大丈夫っ!」

 

 

叫ぶハルに、ユイはハルが何かを言う前に叫び返す。

 

 

 

「針は私が止める……っ…からっ!! ハルは…自分のっ…やることに集中して……っ!」

 

 

 

 

今なお、壁を削り屑さんと前進を続ける刃を懸命に押しとどめながら、ユイはハルに叫ぶ。正直、体は限界だった。ここまで来るのに溜まった疲労や痛み、そこに加わるこの瞳の力。右目からは絶えず激痛が走り、視界は半分が紅色だ。

 

 

それでも、膝を折ることは許されない。己を信じ、自らの記憶と力の全てを託して消えたもう一人の自分と、片腕を切り落としてまで、そんな自分を救おうとしてくれたハルのために。

 

 

 

彼女らのあの戦いが、あの悲劇が、悲しみが、流した涙が、すべて無駄ではなかったのだと証明するために。

 

 

 

「絶対止めるっ!絶対守るっ!! 二度とハルにあんな思いはさせないっ!!」

 

 

 

右目に漂う弱々しかった瘴気が、一段と激しく猛る。これが、最後の一欠片。流れる血の涙も厭わずに、ただ全力で、ユイもまた守るための力を振るう。

 

 

 

「…ユイ…わかった、もう少しだけ頑張ろ。すぐに……終わらせるからっ!」

 

 

その言葉とともに、ハルは開いた刃を閉じる。赤い刃の纏う光の刃、伸ばされた一対の断頭台のような巨大な刃が、醜神の巨大な蜘蛛のような胴体を挟み込む。食い込んだ刃の隙間から、人と同じ赤い色の血液と思しき液体が噴き出した。

 

 

 

"グォォォォォ……オオオオオオオオァァァァァっ!!!!!"

 

 

 

胴体を挟み込まれた醜神が、声にならない絶叫を上げる。でたらめに腕を振り回そうとするが、あまりの痛みと衝撃に脚が自然と崩れる。洞窟の壁や醜神の足元に散った赤い血が、醜神を襲う刃の威力を雄弁に物語っていた。

 

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 

だが、ハルもまた手に伝わる負担と、重過ぎる手応えに歯を食いしばっていた。振るう刃もそうでありながら、切る対象は神そのものだ。決して包丁で豆腐を切るわけではない。

 

 

硬すぎる、それどころか、絶えず血を吹き出しながらも、刃を押し返さんとする醜神の力がハルの体にちぎれんばかりの痛みを生み出していた。

 

 

 

"…オ…ノ…レェェェェェ…"

 

 

 

「うぐっ!? うぅぅぅぅっ!!」

 

 

 

そんな均衡が、徐々に崩れ始めた。押し返されているのは、ハルの持つ蒼白い光の刃。閉じなければならない刃と刃の距離が、だんだんと離されていく。

 

 

 

「ま…っ…けない…!」

 

 

それをわかっているからこそ、ハルは己の待てる全力をもって刃を閉ざそうとする。だが、いくら振るう刃が強くとも、それを握るハルは正真正銘の人間だ、しかも年端もいかない少女である。か弱い筋力でどうにかなるものではない。

 

 

 

「…いや…っ…だから…!」

 

 

だが、それがどうした。そんなことは、自分が無力な人間だということくらい、とっくに分かっている。そうだとしても、やり遂げなければならないから、今自分はここに立っているのだ。

 

 

 

 

「守れないのも…っ…守られるだけなのも…っ…!」

 

 

 

 

だから、これが最後のお願い。あともう一度だけ、ハルは奇跡を願う。

 

 

 

 

 

縋るためではない、逃げるためではない。

 

 

 

 

 

「諦めるのも……っ……()()()()()()!!」

 

 

 

 

 

今度こそ、止まった時間を動かし、未来へと進んでいくために。

 

 

 

 

そして、ハルの強い意志に応えるかのように、消えたはずの神は具現する。

 

 

 

 

「あうっ!?」

 

 

 

突如、ハルの左腕を包むシャツの袖が吹き飛び、指先からその細い肩口までの全てが露わとなる。そして、ただでさえ色白なハルの頬、その左頬から露わとなった左手に至る全てが変色、まるで死人のような青白いボロボロな肌へと変化した。

 

 

 

「……ありがとう、コトワリさま」

 

 

激しい鍔迫り合いのなか、ハルは自身に起きた現象に驚くことなく、自分の声に応えてくれた神に感謝を口にする。

 

 

仄かな光を放つハルの変色した左半身、その死人のように青白くボロボロな肌は、確かに不気味でおぞましい外見をしている。

 

 

だが、ハルはそれを拒むことも、恐怖を抱くこともしない。これは、今まで自分を守ってくれた縁切りの神が自身の声に応えてくれたものだと、体の内から感じられる微かな温かみともに確信していたから。

 

 

 

かつてこの場で神が切り落とした左腕に、今は神の力が宿った。

 

 

 

 

「甘えてばかりでごめんなさい、ぜんぶ終わったら、またお参りにいきます」

 

 

 

 

その言葉とともに、ハルは刃を握る腕に力を込める。先程までとは次元の違う、万力という言葉すら生温いほどの力で、巨大な刃を閉ざさんとする。

 

 

 

 

"グォォォォォォォォォォォォァァァァァァァァァァっ!!!!!!"

 

 

 

 

 

醜神の絶叫が響き渡る。

 

 

 

振るう刃は神器、そして担い手も半神。もはやハルと醜神の間に生物的な差など存在しなかった。

 

 

 

 

"オ…ノ…レぇぇぉぇぇぇぇえぉぇぇっ!!!"

 

 

 

痛みに耐えかねた醜神が、さらに針の壁、いやもはや巨大な波のような針の大群を生成するが、それは形を成したそばから崩れ去っていく。

 

 

 

「ハルっ!!」

 

 

見れば、ユイが押しとどめていた針の群れすら、その全てが瓦解していた。完全に瘴気が消え、右目を閉じたユイは、地面に膝をつきながらも親友の名を呼んだ。

 

 

 

 

巨大な霊的な刃が、徐々に一つに重なろうとしていた。醜神は死に物狂いで抵抗しようとするも、もはや針を生成することも、子蜘蛛を生み出す余力もなかった。

 

 

 

吹き出し続ける醜神の赤い血飛沫が、洞窟を血に染めていく。

 

 

 

 

そして、遂に決着の時が訪れる。

 

 

 

 

"オ…ノレぇぇぉぇぇぇぇ……オノレぇぇェェェェェェェエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!"

 

 

 

 

「うぐ……っ!!…うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

醜神の怨嗟の絶叫と、ハルの咆哮。その二つがぶつかり合い、

 

 

 

 

 

 

巨大な刃が、一つに重なった。

 

 




なんかロープレのラストみたいな展開になってきた気がし……(´-ω-)

予定ではあと2話ほどで締めくくることが出来るかなと思っております、ここまで呼んでいただいた皆さま、あと少し、お付き合い頂ければと思います(^^)

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