まあ前置きはさておきます…どの道、あとがきの方が色々と書きたいことあるので(^^)
それでは、これが私の考えた二人の「未来」です、どうぞ
12月の朝は辛い。夏と比べ物にならない寒さは、否応無く人の活力を奪い去る。もし、夏と冬の違いを、暑い寒い以外で語るなら、彼女は間違いなくこう答える。布団から出やすいか否か、だと。
けたたましく鳴り響く無情なる電子音。安眠をさまたげる愚か者を沈めんと彼女はもそもそと細い腕を音源に向けて伸ばす。が、伸ばされた腕は空を切り、わさわさと手を振るもその指先は音源にかすりもしない。
仕方なく、彼女は布団を被り直し、極力この無情なる騒音から離れようとベッドの上で丸くなる。そんな往生際の悪い彼女と、鳴り響く電子音の不毛な戦いが始まっておよそ五分。
終わりは、突然訪れる。
「…いい加減に…起きろハルーーーーーーーっ!」
バタンっと勢いよく部屋に入ってきた少女が、未だ電子音と格闘する彼女…ハルのミノムシのようにくるまっている掛け布団を思いっきり引っぺがす。
「…みゅう…」
突如として襲いくる寒さと第三者による無慈悲な攻撃に、思わず体が縮こまる。長く伸ばした淡い金髪があちこちに跳ねまわり、ごろごろと転がりまわったせいかモフモフとした花柄のパジャマが着崩れてしわくちゃになっている。
「さ、寒いよユイ…」
少しでも寒さから逃れようと、往生際の悪くダンゴムシのように体を丸めるハルの体を、第三者…ユイは自分の方に顔が向くようハルの体を転がして、
「寒いよ、じゃないっ! いつまでアラームと戦ってるの、もう朝だよ、遅刻するよっ!」
「…うーん…」
ここまでいっても、ハルの目は未だぼんやりと焦点が定まらず、覇気というものが欠片も感じられない。冬の朝にめっぽう弱い幼ななじみのいつものことだが、ユイはため息が溢れでるの止められない。
そこへ、
「ハルーー?」
ユイのものではない、別の女性の声が聞こえてくる。柔らかく、穏やかで、しかしどこか冷気のようなものを伴った声だ。声の発生源は、台所に立つ彼女の母親だ。つまり、これが最終勧告というものでもある。
「あの子、まだ寝てるのかしら? 仕方ないわねぇ…私が直接ーー」
そう言って彼女は右手で左手を握り、そのまま力任せに握り込む。一昔前の不良漫画や、ヤから始まりザで終わる職業の方々御用達の、ポキポキっとやるアレだ。違うのは、やっているのが線の細い女性であることと、発生した後がポキポキっ、などではなく、
バキバキっ!!!
という音であることだけだ。そんな処刑宣告を聞いたハルの動きは早かった。そばに立つユイのことは何のその。うつらうつらとしていた瞳が一瞬で光を取り戻し、壁にハンガーでひっかけていた制服を掻っ攫うようにして早変身、リビングへ駆け込む。これほどまでの敏捷性をハルが発揮する場面を、ユイは少なくとも体育の授業や体育祭等では見たことがない。
「お、おは、おはよう……」
ゼェゼェはぁはぁ。朝っぱらから息も絶え絶えな一人娘を、テーブルで新聞を読んでいる父親は苦笑いで、台所で彼女の朝食を作っていた母親はにっこりとした笑みで迎えた。
が、そんなにこにこスマイルも束の間。まるで凍土の白熊すらも震え上がりそうなほどの冷気を伴った声が、ハルの耳に突き刺さる。
「ハル、これで何度めだったかしら?」
こんなにも器用に笑ってない笑顔を見せる人類を、ハルは見たことがないし、これからも見たくはない。
「さ、さん…?」
「ご、よ」
12月の朝は寒い。だがこの全身を押し潰すかのような寒さは、決して自然界の法則のせいだけではないだろう。ハルは台所で微笑む(ただし目は笑っていない)母親の冷たい怒気に、冷や汗を流しながらも口を開いた。
「ご、ごめんなさい…以後気をつけます」
「まあ今回までは勘弁してあげます。ユイちゃんに感謝するのよ、じゃなかったら私が起こしに行ってるのだから」
それは起こす、ではなく、仕留める、の間違いではなかろうか?
「はい、肝に命じておきます」
くわばらくわばら、などと内心念仏を唱えながら顔を洗うために洗面所へと退避する。その姿を確認したユイは、そそそっとなるべく刺激を発しないように台所に入り、ハルの母親と一緒に朝食の準備を進めていく。
とはいえ準備といっても、切られた野菜を皿に盛るくらいしか既に仕事は残っていないのだが。
「いつもごめんなさいね、ユイちゃん」
毎朝毎朝、朝食の準備を手伝ってもらっていることと、洗面所で現在わしゃわしゃと歯を磨いている娘を起こしに来てくれていることに対してというのも含まれている。
「いえ、ご飯をご馳走になっていることに比べれば全然」
仕事柄、ユイの母親は朝早く、帰りが早いという学生のユイとは色々とワンテンポ早い生活を送っている。そのため、一緒に朝ごはんを食べてしまうと、学校に着く頃には既に腹の虫が鳴き始めるという状況が発生してしまう。朝部活がある日は勿論、そうでなくとも一限目から空腹と格闘するのは精神的にくるものがあるだろう。
ではと時間をずらせば、ユイは毎朝の朝食を一人で食べることになる。休みがまばらな母親との生活を鑑みると、週のほとんどの朝は孤食だ。
そんなものは例え神さま仏さまが許そうとウンタラカンタラ。ハルの母親の「なら朝食はうちで食べればよろしい。来ないならハルを(叩き)起こして全員でユイちゃんの家にいくわね」、なんて発言が元となり、一緒にこちらに引っ越してから今この時までの数年間、ユイは毎日ハルのうちにお邪魔してはハルを起こして朝食をハル家ファミリーと一緒に食べるという生活を送っている。
ちなみに、ハルの家とユイの家は同じマンションの、同じ階で、さらには部屋二つ分しか離れていないため、元からユイに選択肢などありはしなかった。もちろん、今の生活をユイ自身疎んだことなど一度もありはしない。
ユイの返事を聞いたハルの母親は、笑みを深めるとフライパンの上の目玉焼きに視線を戻す。
この生活の中でユイが唯一気がかりなことといえば、精々隣でフライパンを握る女性の見た目が、
軽く聞いてみてみても、「日々の訓練の賜物よ」としか答えてくれない。まあ、なにかをどうにかした訓練をすれば拳で壁に罅を入れて、若さ(?)を保てるらしいので、いつか色んな、いろーーんな覚悟ができたら聞いてみようとユイは考えている。
「うー、冷たい」
そこへ、水を存分に使って手と顔が冷えたハルが洗面所から戻ってきた。だが黙って席にはつかず、
「あー…いいな〜クロは毛があって」
などどぼやきながらヒーターの前で濡れた手をひらひらし出した。そんな間抜けなことをしている主人の隣で、まるで漬物石のごとくヒーターの前に陣取っている小型犬が一匹。
かつて大冒険を繰り広げた二匹の子犬、クロはハルの家に、チャコはユイの家に、それぞれ正式に家族として迎え入れられている。最も、二匹はそれぞれが顔パスで双方の家に出入りしているため、どちらか一方の、というよりはもはや共同飼育と言えなくもない。
今頃はチャコもまた同じようにユイの家で床暖房の上でゴロゴロしていることだろう。
そんな朝から活気と覇気と気合の足りない一人と一匹の頭に手刀を振り下ろし、それぞれを席へとつかせたユイは、サラダと目玉焼きが盛られた皿を四枚をお盆に乗せ、テーブルに置く。そして軽く片付けを終えたハルの母親がクロの分のお皿を置いて席に着き、
「「「「いただきます」」」」
それぞれの朝が始まった。
*****
「「いってきまーす」」
中からのいってらっしゃーいっという声を聞きながら、ハルはユイにつられるようにしてマンションの階段を下る。
早朝にもかかわらず、通学路は人に車にと大賑わいだ。これが田舎と都会の違いなのだろうか。
この都心程ではないが、しかし前に住んでいたドがつく田舎…というかもはや時代の流れに取り残されたかのようなあの街に比べれば十分に都会な街に、ユイと一緒に越してきてはや八年。
初めは、それこそ毎日色んなところでいろんなものことに対して驚いていた毎日だったが、小学校、中学校と順々に卒業し、高校生になって二度目の冬を迎えた今となっては、もはや当たり前の日常だ。
八年前、山の神との壮絶な死闘で疲弊しきっていた彼女たちを襲った最後の事件。
あの後、ほとんど傷害等の現行犯で警察官に捕まり、そのままあの男は社会的に見ればユイと、ユイの母親との関係の一切を絶たれ、以後いかなる理由があれど接触は禁じられた。
しかし、母子家庭となり、ことが露見した後の近所関係を踏まえれば、あの街で生活することは困難を極める。そこで、ユイの母親はユイの怪我が完治するか否かなのタイミングで、電撃的な引っ越しを敢行しようとした。
そんな話を聞きつけたハルの両親が、「自分たちももうじき引っ越すので、行き先決まってないならご一緒しません?」、なんてまるで外国のヒッチハイクのようなノリでまさかの同じ街にお引っ越し。
ちなみに、あの男と一緒に警察に連れられていったはずのハルの母親は、事情聴取だけして即解放された。まさか目の前の線の細い女性の拳が、一軒家の壁にひび割れたビッグアートを刻むなど、真面目な警察官たちに信じられるはずはなかった。
「あれから八年…か」
ぽつりと、ユイが口を開いた。吐き出される息は白く、靄のように現れては消えていく。
「なんか、まだ時々信じられなくなるんだ。本来なら、私は今ここにはいない。山で死んで、幽霊になって…って記憶は残ってるから」
「ユイ…」
こことは違う別の時間軸、ユイは小学校すら卒業することなくその短い命を失った。
その結末を変えるために、幼いハルは神の力を頼り、時を渡り、最後は死んだユイの記憶と力を携えた今のユイとともに、かの醜神のもたらす悲劇と絶望を打ち破った。
「でも、だからこそ、いつだって思う」
立ち止まり、ユイは真っ直ぐにハルの目を見る。あの時の後遺症で、色素が薄まり僅かに赤みを帯びた右の瞳が、ハルを真っ直ぐに見つめた。
「ハル、ありがとう。私を救ってくれて…私を探してくれて…私と…手を繋いでくれて」
優しく微笑みながら、もう何度口にされたか分からないその言葉は、ハルの心に柔らかな波紋を生んだ。
「…私こそ、ユイにはいっぱい助けてもらったよ。ううん、今だって、いっぱい助けられてる」
あの時の悲しみも、痛みも、全てハルの記憶に焼き付いている。何より大切な親友を助けられなかったこと、心の叫びに気づいてあげられなかったこと。
後悔もした、自分を責め、全てを投げ出しそうにもなった。
だが、だからこそ、今この瞬間の奇跡は、なりよりも尊いものなのだと理解できる。
何か一つでもボタンを掛け違えていれば、おそらく今ここにユイはいない。もしかしたら、ハルもいなかったかもしれない。
一人だけでは、ハルだけでは、同じ町に引っ越していたとして、今と同じように笑えていただろうか。
笑顔で両親に「いってきます」、と言えただろうか。
それはわからない、だがもしそんな未来があるとしても、ハルは間違いなく今この時を選ぶだろう。
「いつか、お互い好きな人ができて、恋人ができて、お母さんになって…おばあちゃんになったんだしても…遠く遠く、離れてしまったとしても…」
ゆっくりと紡がれたユイの言葉に、
「私たちなら、大丈夫。いつだってまた、こうやって手を繋げるよ」
ハルは左手で、ユイの右手を握った。
こうして、あの時からうんと成長を重ねた二人が、今こうして笑い合いながら手を繋げていること。それがどれほどの悲しみと絶望の積み重ねの上にあるものか、それはこの二人にしかわからない。
どれほどの苦難を乗り越えた末にあるものなのか、それはこの二人にしかわからない。
でも、だからこそ、彼女らには既に分かっている。
これから先、何があろうと、どれほどの時を重ねようと、この繋がれた手が離れることはない。
この心から繋がれた手が、離れてしまうことは、絶対にない。
「うん、何度でも言えるよ。ありがとう、ハル
「私こそ、ありがとう、ユイ。これからも、よろしくね」
手を繋ぎ、微笑み合う彼女らの歩く道は、これからも先もずっと続いていく。
「恋人と言えばハル、この間バスケ部の男子にラブレターもらってなかった?」
「うえっ!? なんでユイが知ってるの!?」
「はっはっはー。バスケ部と空手部掛け持ちの私の情報網を甘く見たら駄目よー。さあさあ、キリキリはきはき、全て吐くがよろしいっ!」
「だ、ダメっ! ダメったらダメっ! ダーーメーーっ!!」
指をワキワキと動かすユイと、そんな親友から逃れんとするハルの二人が、早朝の街を駆け抜ける。走って逃げたところで、どうせ目的地は同じなのだから、正直なところハルの逃走にはあまり意味はない。
これからも、こうした意味のないことを彼女たちは続けていくだろう。だが、それでいい。
二人の未来は、まだ始まったばかりなのだから
" 終"
初めてこの話を投稿してから早いもので、まさか僅かとは言え年を重ねることになるとはおもいもしませんでした(^^)
更新速度が遅くて申し訳ありませんでしたm(._.)m
このような駄作に幾度となく感想をくださいましたこと、評価をしてくださった方、誤字報告をくださった方、その他一度でも目を通してくださった全ての方に、深く、深く感謝申し上げます。
本当に、ありがとうございました。