深夜廻 繋いだ手をもう一度 (本編完結)   作:めんりん

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番外1 校庭の幽霊倉庫 編
第1話 : 兆しの兆し


 

深夜。それは()()()にとっての魔の時間である。人ならざるものたちが平気で街を闊歩するその光景は、およそ万人にとって受け入れがたいものに違いない。

 

 

そんな不気味極まりない夜の街の街道に、少女が一人立っている。長く伸ばした薄金の髪で束ねた三つ編みを背中に流したその姿は、闇に支配されつつある街において、ある種異質なまでの美しさを感じる。

 

 

少女…ハルは首を巡らせて辺りを見る。見間違うはずはない、例え八年という月日が流れようと、この夜の街で彼女が体験した数多の出来事は、昨日のことのように鮮明に思い出せる。

 

 

ただ一つ当時の記憶と異なることがある。この街は明かりこそ少ないものの、全く先が見えないというほどのものではなかったはずだ。しかし、いま彼女の目に移る街は、夜の帳と、一寸先すら見渡せない濃い霧に包まれている。

 

 

 

そんな濃霧の中に、人影が一つ。

 

 

 

「あなたは……だれ?」

 

 

うっすらとしか見えない、性別すら分からない人影に向かって、ハルは問い掛ける。

 

 

"………………"

 

 

「え、なに?」

 

 

言葉ですらない、もはやただの音としか思えぬほどの小さな空気の振動に、ハルは問い掛けを重ねる。

 

 

 

"…………………"

 

 

だが、どれだけ彼女が問いかけようと、その音が言葉となることはなく、ハルの耳に届くこともなかった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「んっ……ふあ〜…」

 

 

朝日が昇り始めてしばらくしたころ、今日も今日とて己が主人を遅刻という不名誉から守らんと、朝からけたたましく鳴りひびくアラームを止めることよってハルの朝が始まった。

 

 

ちなみに、この無駄に最新式のアラーム付きデジタル時計には一分ごとのスヌーズ機能が備わっており、現在で実に十三回目の起動である。ここまでアラームと朝から格闘する女子高生というのは非常に珍しいと言っていい。

 

 

眠たげにだらんとした目をこすりながら、まずはこの未だはびこる眠気の残滓を片付けようと洗面所に向かうため、ハルは自室の扉を開けてリビングに入った。

 

 

 

「…そっか…パパとママ…今日早かったっけ…」

 

 

そういえば昨日の夜に明日は仕事がウンタラカンタラと言っていた気がする……気がするが、残念ながらハルの脳が本格的に活動を開始するまでにはまだ時間がかかるようで、それ以上のことを考えることは放棄した。クロの姿が見当たらないため、おそらくはユイの家でチャコとお泊まりだろうが、たまにある事なので気にしない。

 

 

一種の夢遊病のようにふらふら〜っとした足取りで洗面台に向かい、これまたふわふわ〜っとしたように歯を磨き、

 

 

バシャンっ!!

 

 

 

と水道から流れ出る冬の冷水を顔に叩きつけた。

 

 

 

「うひゃあっ!?」

 

 

無から最大。数の法則を超えた落差を用い、ハルの体は冷たい水に対する脊髄反射を持って本日の活動を開始した。

 

 

毎度毎度こんなことをしなければまともに働かない自分の体と脳にブーたれつつ、ハルは朝食の準備を始める。

 

 

フライパンを温めつつ、割った卵と適量の砂糖をボールに入れてかき混ぜる。そこに四つ切りにした食パンを浸し、あとはそれを順々に油を引いたフライパンで焼いていく。

 

 

いつぞや、そして今も時折親友が作ってくれるフレンチトーストは、今やハル自身でも問題なく調理できる一品である。最も、これ以上の調理工程を必要とする料理に関しては、今のハルには難しい。主に起床時間的な意味で。

 

 

 

ケトルで沸かしたお湯でインスタントのココアを入れ、マグカップとフレンチトーストが乗った皿を持って席に着く。孤食を決して許さぬ両親(ほぼほぼ母親)と、朝部活のユイが揃っていないため、ハルにとっては久しぶりの一人朝ご飯である。

 

 

 

いただきます、と手を合わせ箸でつまんだ甘口フレンチトーストを一口。うん、おいしい。

 

 

あまりに静寂すぎる空気に耐えかね、テレビのリモコンのスイッチを押す。この時間帯ではどの局もニュース番組しか報道していないだろうが、なにも音がしないよりは幾分かはマシなはずだ。

 

 

 

適当にチャンネルをいじり、何となく地元付近の地名が見えたタイミングでリモコンを手放す。

 

 

 

そう時間もかからず朝食を食べ終えたハルは、手早くパジャマを脱ぎ捨て、慌てて畳んでベッドの上に置いた。もし床にパジャマを放って置いたことが母親か親友かに見つかった時のことを想像したためだ。

 

 

 

白のスクールシャツと灰色のスカートを履き、寒さ対策に黒のストッキングも忘れない。後は二年生であることを示す青色のリボンと、紺色のブレザーを着れば、服装の支度は終わりだ。

 

 

母親譲りの長い薄金の髪は三つ編みで束ね、ふんわりとした空色のマフラーを首に巻く。愛用のスクールバックを肩にかけながら昼食についての考えを巡らすが、やはり購買のパンで済ますしかあるまい、弁当を作るために早起きすることを昨日の時点ですでに諦めていたのは、他ならぬハル自身だ。

 

 

『ーーーーさんの行方は未だ掴めておらず、警察は依然として捜索を続けておりーーー』

 

 

戸締り、ガス栓等を確認し、最後にテレビの電源を切る。履き慣れたローファーを履いて

 

 

 

「いってきまーす」

 

 

 

誰もいない家に向かって声をかけ、ハルもまた一日の始まりへと足を向けた。

 

 

 

*****

 

 

 

 

「おはよーねぼすけさん」

 

 

 

ハルが席に着くなり、それまで喋っていた友達の輪から離れてやって来た一人の少女が、からかい混じりにハルに声をかけた。やや色素の薄い焦げ茶色の髪をポニーテールで纏めた、快活な雰囲気の少女だ。

 

 

「寝坊なんかしてないもん、ちゃんと間に合ってるもん」

 

 

事実として、まだ朝のホームルームが始まる予鈴が鳴るまでは幾許かの時間はある。が、この二人にとってはこのやり取りは既に挨拶の延長戦のような物なので互いに気にしていない。

 

 

「ちゃんと朝ご飯食べた?」

 

 

「ちゃんと作って食べたよ、食パンそのまま囓ったりすると誰かさんが怒るし」

 

 

誰かさん……ユイはハルの言葉にうんうんと頷いている。前にも同じような状況があり、その時の朝ご飯を、めんどくさいから食パンをそのまま囓った、と言ったハルにユイは激怒したことがある。曰く、女子力舐めてんのか、と。

 

 

 

「うーー寒い。よくこんな寒い中部活なんて出来るよね」

 

 

換気のためにクラスメイトが開けた窓から冷風が舞い込み、ハルの足元を撫でる。極端に雑な言い方をすれば、冷たい空気ほど重く、下に行きやすい、という理屈は知っているが、なぜ冬の風は人の防備が薄い足元から攻めにかかるのかとハルは考えられずにはいられない。

 

 

「ハルが大袈裟なの。運動した方があったまるに決まってるじゃん」

 

 

決まってるじゃん、なんて言う目の前の幼なじみに、ハルはジトーッとした眼を向ける。運動、なんて言ってるが、ハルは自身とこの幼なじみの間で「運動」という単語は本当に同じものを指し示す単語だとは断固として考えていない。

 

 

幼少時から抜きん出た運動能力を持っていたのは知っていたが、流石に中学の時に始めた空手が今やや県大会優勝レベルなどやり過ぎなどではないかと思う。そのくせ、手や足がゴツくなるなんてことはなく、制服から覗く手足はスラリとして傷ひとつない。

 

 

これだけならまだしも、今度は高校に入って空手部はもちろん、バスケ部を兼部しだし、わずか半年でレギュラーの座を勝ち取ったとか。

 

 

体育の授業に関して、毎度の学年末のテストでほぼほぼ満点を取ったとしても、未だ五段階評価の三の壁を乗り越えられないハルにしてみれば、そんな怪物スペックは羨ましい妬ましいを越して、もはや呆れる他ない。

 

 

「ふーんだ。私の体は運動用じゃないもーん」

 

 

そうだ、どのみちそんなに運動ができたとして、今の自分の趣味嗜好にはなんら影響をもたらさない。毎日美味しいご飯を食べて、大好きな読書ができる日常に、将来はオリンでピックな世界運動会に出場出来そうなデタラメ運動能力は必要ないのだ。そうだそうだ。べろべろバー。

 

 

そんなハルのめめっちい心の声を読んだわけではないだろうがないだろうが、

 

 

 

「そうやって怠けてると、いつの日か後悔するよ。お腹と体重計見たときに」

 

 

 

グサッッッッっとなる一言がユイの口から飛び出した。

 

 

「だ、大丈夫だもんっ! まだ身長に対してぜんっぜん痩せ気味判定だもんっ!!」

 

 

珍しく声を大きくしたハルが腕をブンブンと振りながらユイに食って掛かった。いや、単に痛いところを突かれて焦ったとも取れなくはない。

 

 

「それはそれでダメな気がするけど…」

 

 

やれやれと言わんばかりのユイと、お腹をペタペタとしながら何やらボソボソと独り言を呟き続けるハル。プリンがどうとかカロリーがどうとかウンタラカンタラ。

 

 

これはユイ個人の勘だが、よっぽど崩れた生活を送らない限り、ハルがその手のことで困ることはないと思っている。なぜか? そんなものは彼女の母親を見れば自ずと感じられる。お腹まわり云々よりもあれだけの若さを保つ方が遥かに難しいはずであるし。

 

 

まあ、あの母親は娘と違い、ユイをして反則的なまでの運動能の持ち主であるが、そこは遺伝させるのを忘れてたのだろうか。

 

 

 

「あ、藤村先生だ」

 

 

未だブツクサぶつくさと呟いていたハルが、ユイの言葉に教室の扉に目を向けると、一人の男性教師が教室から入ってきていた。

 

 

耳にかかる程度の黒髪を綺麗に切り揃え、黒のスーツを着こなす様が凛々しい。理知的に整えられた顔立ちとシルバーフレームの眼鏡の組み合わせは、大半の女子生徒の関心を引かないはずはない。

 

 

「………」

 

 

僅かに雰囲気を暗くするハルを他所に、教壇に立った藤村は、見た目に違わぬ綺麗なテノールボイスで口を開く。

 

 

「おはようみんな。今日の生物の授業のことだけどね、生物室からこの教室に変更になったから、間違えないように。今いない人にも伝えといてね」

 

 

それじゃ、と立ち去るかと思いきや、藤村はユイとハルのところまで歩いてくると、

 

 

「四季野さん、この間の単元テストよかったよ。少し難しくしたつもりだったのに、またやられた」

 

 

にこやかに、困り半分、嬉し半分といったような表情でハルに声を掛けた。

 

 

 

「たまたまヤマが当たっただけですよ」

 

 

先程の雰囲気を悟られぬよう三割増しにこやかに、しかし会話が長引かないよう言葉は最小限に。ハルは心が顔に出ないよう必死に取り繕いながらそう口にした。

 

 

「謙遜しなくても。ヤマが当たっただけであんな完璧な記述回答はできないさ」

 

 

だが、ハルの心を知って知らずか、会話は終わらない。仕方なく、多少強引に会話を終えるかと席を立とうとする。

 

 

「あ、先生時間大丈夫ですか? もうすぐ朝のH R始まっちゃいますよ」

 

 

しかし、それよりも早くユイが違和感のない当たり障りのない言葉でハルに助け舟を出した。ユイの言葉に教室の時計を見た藤村は

 

 

「おっと、こりゃいけない。では四季野さん、喜多川さん、また授業で」

 

 

そう言って、藤村は声をかけてきた数人の女子生徒を振り切って教室から出ていった。まだ朝の鐘が鳴るまで少しばかり時間はあるが、それを指摘されてまで生徒との会話を続ける教師はいないだろう。いないはずだ。

 

 

「藤村先生、かっこいいよねぇ…いいなー私もあんな風な彼氏ほしいー」

 

 

藤村に声をかけていた女子生徒数人の間から、そのような声が上がる。実際、藤村はその容姿や若さといった面だけではなく、授業やら課題の優しさなどからも人気は高い。

 

 

「と、言われてますけど?」

 

 

人気は高い、そんな教師に、ユイにしか分からないようにではあるが、嫌悪感を露わにする親友に、ユイは問いかける。

 

 

 

「私…あの人苦手。なんか…他の先生となんていうか…目が違うっていうか…」

 

 

僅かに考え込むように、感じた違和感を手繰り寄せるように、ハルは呟く。そう、容姿もよく、教師としても優秀で、なおかつ親しみやすい。そんな藤村にしかし、ハルはどうしても警戒心を抱かずにはいられなかった。

 

 

「ふーん。ま、正直言って、私もそれに関しては同意見なんだけど」

 

 

親友の呟きに、ユイもまた同調する。漠然とだが、あの教師は好きになれない。これがいわゆる、生理的に無理、というやつなのだろうか。それとも、過去の経験で培った勘のようなものが反応しているのだろうか。

 

 

 

(どちらにせよ、こういう勘に限って外れないんだよね…)

 

 

これまで、と言うよりも八年ほどまでのあれこれを思い出し、ユイは少しうんざりとした気分に陥った。

 

 

 

「なあ、校庭の隅にある小さい用具倉庫、知ってるか? あそこ、体育祭とかのものしかしまってないから、今みたいな時期は誰も近づかないはずなんだ。……でも、この間ーーーーー」

 

 

そんななか、それは突然聞こえてきた。クラスの男子グループが話していた、なんでもない噂話、しかし過去の経験上やはり無視はしたくないような話。思わず二人は揃って声がした方に顔を向けた。

 

 

この時、彼女らは思いもしなかっただろう。こんな他愛のない噂話が、何気なく聞こえてきた他人の会話から、まさかあんな事件に巻き込まれることになるとは。

 

 

そしてこれが、かつて神と相対した二人の少女を再び物語の中心に誘う、小さな兆しとなることなど、この時の彼女らは微塵も考えてはいなかった。

 




と、いうことで。半ば見切り発車の延長戦開始です…目指せ年内完結←

そして今更気づきました。評価とコメントを下さった方々、ありがとうございますm(__)m
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