深夜廻 繋いだ手をもう一度 (本編完結)   作:めんりん

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毎度毎度次の日が休みの日の夜中に上げるのがセオリーなのは私だけでしょうか…次の日は昼に起きても誰にも咎められないというアカン安心感を糧に筆を走らせる今日この頃

追記
編集画面開きっぱなしにつき、感想への返信が遅れてしまい、申し訳ありませんm(._.)m なかなか書き終えるまで編集画面を閉じると言うことを覚えないボンクラ癖…治していきます


第2話 : 幽霊倉庫

 

 

 

「なあ、校庭の隅にある小さい用具倉庫、知ってるか? あそこ、体育祭とかのものしかしまってないから、今みたいな時期は誰も近づかないはずなんだ。……でも、この間たまたま近くを通った一年が、中から変な物音がしたって騒いでてさ」

 

 

突然だった。といっても、ハルもユイも揃って他人の話を盗み聞きするような悪い趣味はないため、それ以前の話の内容や流れを聞いていなかったというだけの話である。

 

 

だが、意識的には聞いていなくても聴覚は音としてそれを拾い上げており、そこに自身らが考えを向けるだけの何かが発生したことにより、そこから先の音を声として認識しだした。

 

 

二人は一瞬、目を合わせる。

 

 

「ねね、品川。それ私らにも聞かせてくんない?」

 

 

ユイは男子グループの中の顔見知りに声をかけた。同じバスケ部同士、それなりに交流があるので違和感などはない。

 

 

「喜多川? それにし、四季野? 二人とも怪談好きなのか?」

 

 

が、それはユイからしたらの話。

 

男子生徒…品川は声をかけられた方を向いて、己の心臓が軽く高鳴ったことを感じた。今品川に声をかけてきた目の前の女子生徒とその相方は、この学校で知らぬ者は極めて少数派と言われるほどの有名人だ。

 

 

片や運動部を二つ掛け持ち、双方で非常に優秀な成績を残しているバキバキの体育系女子。これまで学内の表彰式で幾度となく壇上で賞状やら盾やらを授与されているのを目にしている。

 

 

片や本当に純血の日本人かと疑いたくなるほどに美しい薄金の髪と、新雪のような白い肌を持つ才女。嫌味のように毎回毎回張り出される学内のテスト順位表で、これまで一度たりとも5位より下に名前があるのを目にしたことはない。

 

 

これだけで十分にお腹いっぱいと言いたくなるが、おかわりにこの二人は幼馴染で仲良し、揃ってジャンル違いの際立つ容姿をしているなんて追い討ちまで完備している。まさに学校内のアイドル的存在だ。どっかこっかでデュオがどうとか口にしている輩がいるほどに。

 

 

そんな、ちょっとした有名人に突然話かけられたりして動揺しない男子生徒などこの学校内にいない。同じ部活だなんて関係ない、初見でなくてもドモる。

 

 

「まあ、少しね。その倉庫ってあれのこと? 校庭の端っこでぽつーんって感じのあれ? 」

 

 

そんな年頃男子の心中など欠片も気づかず、ユイは二階の窓から見える校庭の一点を指差した。

 

 

ユイの指し示した場所は、まさに広い校庭の端も端。校庭を巨大な長方形に見立てれば、校舎と校門から最も遠い頂点付近にそれはあった。

 

葉のない木々の下にひっそりとある小さな用具倉庫。用がなければ間違いなく近づこうとは思わないし、少なくとも生徒の中で日常的にあの倉庫を目的に近づく必要のある人物はいないだろう。

 

 

「ああ、それであってる。聞いてたかもしれないけど、あの倉庫には体育祭でしか使わないアーチとか、玉入れ用の籠と玉、あとはテント用の足くらいしかしまってないから、この時期…ってか、マジで体育祭の前日から当日くらいしか用がない」

 

 

品川の言葉に、ハルもユイも同意を示すように頷いた。たしかに、中に置かれているのがそれだけなら、その倉庫の扉が開かれるのは年に数回、件の体育祭の時期以外に考えられない。

 

 

今は師走の終盤、間違いなくその倉庫に近づく必要はない。

 

 

「が、その日野球部のバッティング練習で特大の大当たりが出たらしくてさ、一年が一人でボールを拾いに行ったんだと。その倉庫の近くに。んで、たまたまあの倉庫のすぐ近くまで行った一年が、中からなんか壁に何かがぶつかるみたいな音を聞いたんだと」

 

 

 

「別に音ぐらいするんじゃない? 風とか」

 

 

 

一通り話を書き終えたユイが、最もな疑問を口にした。誰もいない屋内から発生する音の、最たる原因になりうる一つだ。

 

 

「いや、それはない」

 

 

だが、品川は断固たる口調でユイの考えを否定した。

 

 

「どうして?」

 

 

「あの倉庫には窓なんてないんだって。だから音がすること自体おかしいってみんな言ってる」

 

 

(窓が…ない)

 

 

品川の言葉に、ハルは頭の中で一つずつ可能性を考え出しては消していく。

 

 

(窓がなくてもすきま風とか…でもそれだけでそんな音がなるような備品が動く? そもそも風で倒れるようなしまい方は絶対しないよね。なら転がった? うーん…これだけじゃわかんないなぁ…)

 

 

「なるほどね。ありがと品川、参考になった」

 

 

むむむ、といった顔で考え込んでいる幼馴染を尻目に、ユイはひとまず会話を切り上げるべく品川に声をかける。そろそろ予鈴もなる頃合いだ。

 

 

「いや、それはいいんだけどさ。喜多川と四季野って、怪談とか好きなのか?」

 

 

仮にそうなら、品川としては思わぬ収穫だ。同じ部活のユイはまだしも、これといった接点がないハルと話すきっかけができるのであれば、恋愛云々を無しにしても嬉しいことには変わりない。

 

 

「いんや、どっちかと言えば勘弁してほしいくらい。私も、ハルも」

 

 

だが、そんなささやかな楽しみになりえた夢を、ユイの一言が一刀両断に切り伏せる。

 

 

「ええ…じゃなんで聞いてきたさ」

 

 

 

どよよよーんとした品川の声のトーンに、ユイは呆れ半分に答えた。

 

 

 

「本物だったら困るから、だよ。あーあ…これ確かめなきゃダメなやつだ」

 

 

久しぶりに()()()()をしなければならないことに、ユイはただため息をつきながら件の倉庫を見つめる。願わくばこの自分の憂鬱が、気のせいでありますように、と。

 

 

 

*****

 

 

 

「よいしょっ…と」

 

 

夜。日付が変わる少し前のこの時間に、二人は自分たちが通う高校へと足を運んでいた。黒いダウンジャケットにデニムのショートパンツと黒のストッキング、モノクロカラーのハイカットスニーカーという動きやすい服装でまとめたユイが、長いポニーテールを揺らしながら校門を飛び越える。

 

 

「うん、大丈夫そう。ハル、いいよ」

 

周りを見渡し、誰もいないことを確認したユイは、同じく校門の外で待つハルへと声をかける。

 

 

「うんっ…しょ…ふん…ぬぅぅぅ」

 

 

可愛らしい声で一ミリも可愛らしくない踏ん張り声をあげながら、やっとこさハルが校門を超え…いやよじ登ってきた。

 

 

「いや、ふんぬーは駄目でしょ、色々と」

 

 

「いい、もん…だ、誰にも、はぁ…聞かれて、ないし」

 

 

校門を超えて、すでに息が切れつつあるハルの姿を見て、この先が少し不安になるユイ。暖かそうなファーのついたデニムコートにスラリとした黒い長ズボンと白のスニーカー。ついでに背中のクリーム色の小ぶりなリュック。どう考えても校門の乗り越えるのにそんな苦労が必要な服装には思えない。

 

 

これが学内男子の夢見る少女の姿だと思うと、ほんの少しだけ哀れに思えてくる。もっとも、本人にそんな夢の対象になっている自覚は毛ほどもないだろうが。

 

 

そもそも、なぜこんな時間に指導どころか補導すらされかれないリスクを冒して二人が学校に侵入しているかと言うと、偏に朝の噂話が原因である。

 

 

そう、噂だ。あくまで噂話。その時その時の日常にほんの少し色を足す程度の噂話。大多数の人間にとって、怪談なんてものは所詮その程度の認識でしかない。

 

 

だが、この二人は違う。彼女らは知っている、その手の話が、決して眉唾物では済まないことがあることを。人の理解が及ばぬ怪異という存在が、人の世界で平気な顔をして闊歩している光景を何度も見てきた。

 

 

嘘ではないのだ、幽霊だろうがお化けだろうが、なんと呼べば良いかわからない連中は、実際に存在する。

 

 

「それにしても、ほんとにいると思う? うーんと…お化け?」

 

 

今朝聞いた噂話は、別段珍しくもなんともない、どこにでもあるような学校の怪談だ。まだ建設されて真新しいらしい学校であることを加味しても、特に何かあるとは思えない。

 

 

「いなければそれでいいんだよ。でもいたら困るでしょ? 引っ越ししてきてから一度も、私たちはお化けを見てない。つまりあの街だけにしかお化けはいないってことだって思って安心してた。でも…それが違うなら」

 

 

「やばいよねぇ…うん、それは」

 

 

あの街で夜出歩くような人間は、それこそ()()()()の理由がなければいない。それはもしかしたら、多かれ少なかれ、誰もが感じていたのかもしれない、あの街の夜の異常さを。

 

 

実際、ハルとユイがこの街に引っ越して早八年、年に数回は夜中に街を見回ってみたが、遂に一度として怪異と遭遇することはなかった。そこで二人は結論づけた。怪異が存在するのはあの街だけ、少なくとも世間一般的に認知されている町々に怪異はいないと。

 

 

しかしそれが誤りで、尚且つその怪異が毎日通う学校に存在しているというならば、はっきり言って大問題である。噂が噂を呼び、いずれは真実味を帯びて果てはパンデミック…なんてことまでには流石にならないとは思うが、災いの種は摘めるうちに摘んでしまうのか吉である。

 

 

「うん、やっぱり気になる。もし本当にお化けなら、何とかしないと」

 

 

ハルの言葉に、ユイもまた頷いた。あんなものを見るのは、知るのは、自分たちだけでいい。

 

 

「さて、んじゃ早速向かいますか、その幽霊倉庫とやらに」

 

 

何があってもいいように、二人は並んで目的地の倉庫へと歩き始める。階段を降りて校庭へと足をつけた二人は、そのまま倉庫に直行…するのではなく、極力目立たぬよう校庭の端を歩きながら目的地を目指した。

 

 

 

「実際のとこさ、ハルはどう考えてるの?」

 

 

警戒心を緩めることなく、ユイはいつぞやと同じく懐中電灯片手に隣を歩くハルに声をかける。運動能力こそ残念なものの、その反対なのか、こと頭を回転させることにおいて、ハルのそれは常人を遥かに凌ぐ。そしてその機転は、夜の活動においては二人の生命線でもある。

 

 

「うーん…すきま風とか、不安定にしまわれた備品が動いたとか、はたまたお化けがーとか、色々思い浮かぶ。こればっかりは実際に見てみないと絞りきれないと思う」

 

 

「そのなかなら、個人的には前者二つのうちのどっちかがいいなぁ…」

 

 

「私も。コトワリ様の助けもないし、お化けがいたら色んな意味で不味いし」

 

 

そんなハルの発言を聞いたユイは、ぽかーんとした顔でハルを見つめた。そして直後には血相を変えた、おい、どうすんだ、と。

 

 

「そうじゃんっ! 見つけたら見つけたでやばいの私らじゃんっ! え? 逃げるよね? 一も二もなくダッシュよね?」

 

 

「うん、その時は凄い勢いで私置いていかれてるから少し待って欲しいかな」

 

 

ユイの()()()()とハルの()()()()では馬力も速度もレベルが違う。F1とママチャリぐらい違う。

 

 

「そうならないように、一応は備えは持ってきてるよ。使えるかどうかは、実際にその時になってみないと分からないけどね」

 

 

そう言って、ハルは背中に背負ったリュックを指した。何となしにリュックに手を伸ばしたユイを、体を回すことで拒む。

 

 

 

「まだ内緒。使わなくて済むなら、それが一番なんだから」

 

 

*****

 

 

 

歩き続けること数分、二人の目の前には一つの倉庫が建っていた。鉄の壁で四方を固めて、鉄でそのまま蓋をしたような簡素なプレハブのような簡素なデザイン。窓一つない無骨な用具倉庫は、夜の静けさに溶け込むようにしてそこにあった。

 

 

「で、来てみたはいいものの」

 

 

ユイは、ここに来るまでずっと疑問だったことを口に出した。

 

 

「どうやって確かめるの?」

 

 

そう尋ねられたハルの回答は、以下のようなものだった。

 

 

「中に入る方法を探す」

 

 

「探すって…ええ…」

 

 

見たところ、倉庫の扉は二枚が横開きに開くタイプだ。持ち手にかけられた錆だらけの古びたチェーンを、南京錠できっちりと固定している。

 

 

「窓はないから、入り口これだけでしょ?」

 

 

どう考えても鍵がなければ中に入ることは出来そうにない。無理やり破ろうにも、少しばかり殴る蹴るの暴行を加えたところで何とかなる扉ではない。

 

 

「うーん…とりあえずぐるっと回ってみようかな。何か反応があるかもしれないし」

 

 

そう言ったハルは、倉庫の周りをゆっくりと歩き始める。仕方なくユイもハルの後ろを歩きながら感覚を研ぎ澄ませてみるが、これといった反応はない。そうして特にこれといった発見もなく、二人は倉庫の入り口前に戻ってきた。

 

 

「何もないね。やっぱりだだの噂だったのかも」

 

 

「そうだね、それはそれで……?」

 

 

ユイの言葉に同意しようとして、あるものがハルの目に移った。そのままでは見えにくいため、手に持った懐中電灯をあててハルはそれを手にとった。

 

 

「ハル?」

 

 

親友の謎の行動に、ユイは困惑するも、それすら無視してハルは手に持ったそれ…扉を閉めている南京錠から目を離さない。

 

 

「これ、おかしくない?」

 

 

手に持った錠前を指して、ハルが口を開いた。つられてユイがそれを手に持って見てみるも、どこがおかしいか全くわからない。

 

 

「そう? 別に普通の錠前よね?」

 

 

だが、ユイの言葉にハルは首を振った。

 

 

「違う、そうじゃないよ。チェーンはこんなに錆びてるのに、錠前が綺麗すぎる。ほとんど新品だよ」

 

 

たしかに、扉を固定しているチェーンは錆だらけなのに対して、それを閉める南京錠は新品同様、錆どころか汚れ一つない。

 

 

「たしかにそうだけど、それがどうしたの? 誰かが先生とかが変えたんでしょ?」

 

 

ユイの言葉に、ハルは重々しく頷いた。そんな親友の表情に、ユイは自分が当ててはいけない答えを引き当ててしまったのだと直感した。

 

 

「そう、誰かが変えたんだよ。それも最近、多分ここ数日の話だと思う」

 

 

客観的に見れば、ハルの言葉は大袈裟である。誰も近寄らない倉庫の錠前を新しくしたとして、それがなんだといったところである。

 

 

ただし、あんな噂話がなければ、の話だが。

 

 

 

 

カンっ、カンっ

 

 

 

 

そして、そんな彼女らの答えを裏付けるようにして、鉄を叩くような弱々しい音が鳴った。発生源は、間違いなく倉庫の中。

 

 

直後、ハルは音の発生源…つまり倉庫の奥に最も近い裏手へと駆け出した。

 

 

「ちょっ! 待ってハルっ!」

 

 

走り出したハルを追って、ユイもまた走る。そうして再びやってきた倉庫の裏手で、ハルはおもむろに壁を叩いた。軽く、しかし適度に力を込めて、まるで扉をノックするように。

 

 

「ハル?」

 

 

「しっ」

 

 

声をかけてきたユイにそう言って、ハルはもう一度壁を叩く。先程より、僅かに強く。

 

 

 

すると

 

 

カンっ、カンっ

 

 

先程と同じく、弱々しい音が倉庫の中、つまりは二人のある位置から壁一枚を隔てたところから発生した。まるで、ハルの行動に答えるように。

 

 

「っ!?」

 

 

その音を聞いたハルの反応は早かった。来た道を走り再び扉の前につくと、冬場の乾燥した木から太い枝を一本折りだした。

 

 

「ちょ、待ってハルっ! 何してんの!?」

 

 

慌てて追いついたユイが、へし折った太い枝を扉めがけて振りかぶるハルの手首を止める。そんなハルの表情は、今までに見たことのないほどに焦燥に駆られていた。

 

 

「離してっ!! 」

 

 

ユイの制止を振りほどこうとハルが手に力を込めるも、ユイの手を振りほどくことは叶わない。

 

 

「離さない。一旦落ち着いて。じゃなきゃこのまま関節極めるよ」

 

 

ユイの本気の言葉に、ハルは手に持った枝を落とした。それを見たユイもまた、ハルの手首から手を離す。

 

 

「んで、どういうこと?」

 

 

ひとまずは落ち着きを取り戻した幼馴染に、ユイは問いかける。どう考えても、先程のハルの行動は常軌を逸していた。もちろん、ハルが普段からそんな非行奇行に走るような精神をしていない。

 

 

であれば、さっきの一連の暴挙には必ず理由があるはずだ。

 

 

 

「まだ…言えない」

 

 

だが、ハルの口から出たのは、そんな弱々しい、呟きのような言葉だった。だが、思わずユイが視線を鋭くした、その時。でもっ、と先程と同じようにハルが言葉をつぐんだ。

 

 

「もし、私の勘違いなら、それが一番いい。お化けだとしても、いい。でも……もし、万が一でも、私のこの考えが当たってるなら……もう手遅れかもしれない…」

 

 

ハルの言葉に、ユイは思わず首を傾げそうになるのを堪えた。お化けでもいい、というのはあまりに行き過ぎた答えだったからだ。ユイにとっては、お化け…つまり怪異と遭遇するのが最悪のケースだ。

 

 

しかし、ハルはそれがマシだと言った。なら、ハルにとっての最悪とは。

 

 

「鍵を壊す。中を確かめるまで、私…帰らない」

 

 

話は済んだと言わんばかりに、ハルは足元にある枝を拾い上げる。そしてそれを振りかぶり、

 

 

またしてもユイに手首を掴まれる。

 

 

「っ!? ユイっ!!」

 

 

幼馴染の行動に、おそらくハルは本気で怒りを露わにする。そんなハルを見て、ユイは思わずため息をついた。

 

 

「まったく…一度決めたらどんな無茶でも突き進むとこは、八年経っても変わんないね、ハルは」

 

 

「…ユイ?」

 

 

向けられた優しげな苦笑に、ハルの腕から力が抜ける。引かれるままに、ハルはユイの後ろに下がる。

 

 

「退いて。ハルの力じゃ、それ壊す前に朝が来ちゃうよ」

 

 

ハルを扉の前から退けると、ユイは先程までハルが立っていた場所に立つ。

 

 

「…ふぅ………」

 

 

目を閉じ、息を吐く。全身から無駄な力を抜いて脱力。静かに流れる清流の如く、心を極限まで沈ませる。

 

やるべきは一点突破。全力を込めて、最も脆弱な一点を撃ち抜くイメージ。

 

 

「………はぁっ!!」

 

 

直後、ユイは閉じていた瞼を勢いよく押し上げ、その場で左脚を軸に急速回転、同時に右脚を地から離す。そして、振り上げた右脚の先端に産み出した遠心力を集中させ、渾身の力で振り下ろす。

 

 

キンっ!!!

 

 

力が凝縮されたユイの踵が、甲高い音とともに錆だらけのチェーン、その中でも特に錆び付いていた一点を打ち抜いた。

 

 

「…うっそぉ…」

 

 

背中越しにそれを見ていたハルの口から、ごもっともな言葉が流れ出る。力技ここに極まれりである。そんなハルには目を向けず、一点を砕かれ宙ぶらりんになったチェーンをユイが投げ捨てる。

 

 

「ハルっ! そっち引いてっ!!」

 

 

その言葉に、慌ててハルはユイが掴む反対の扉の取っ手を掴み、全体重をかけて引っ張る。重い抵抗とともに、ゆっくりと重厚な扉が開かれていく。そして人が一人通ることのできる隙間ができるや否や、ハルは倉庫の中に駆け込み、懐中電灯で照らしながら奥へと走る。

 

 

「うっ…!?」

 

 

途端に鼻腔をつつく異臭に顔をしかめながらも、ハルはなり構わず全力で倉庫の奥へとひた走る。

 

 

中にあったのは、大方話で聞いた通りのものばかりだった。玉入れ用の籠と大きな竹竿、三角コーンの山、競技用だろうトラ柄のコーンバー。

 

 

 

「っ!? 大丈夫ですかっ!? 」

 

 

そして、倉庫の深奥、来賓のテント用だろう分厚いシーツにくるまるように倒れる、下着姿のひとりの女性…いや、少女。

 

 

年齢はおそらくハルとそう変わらない。だが、肩甲骨あたりまで伸ばした黒髪は艶を失い、砂と脂に汚れている。むき出しにされたガリガリの四肢は驚くほどに冷たく、唇はカサカサに乾ききっている。おそらく、既に自力で歩くことすらままならないだろう。

 

 

「…あ…あ…な…た……え…」

 

 

呂律がまともに回っておらず、おそらく十分な栄養どころか水分すら取れていない。ハルは弱り切った少女の頭を膝に乗せ、リュックから取り出したペットボトルの水をゆっくりと飲ませる。

 

 

「しっかりしてくださいっ! もう大丈夫ですからっ!!」

 

 

少しずつ、気管に水が詰まらないよう、慎重に少女に水を飲ませる。直後、ハルを追って中に入ってきたユイは倉庫の全容に息を呑む。

 

 

「ハルっ!? なっ…! うそ……その子は?」

 

 

「わかんない。でも、せめて水分だけでも摂取しないと。それに体が冷え切ってるから運んであげたいけど…」

 

 

ハルは着ていたデニムコートを脱ぐと、砂に汚れることに構わず少女をくるみ、コート越しに抱きしめる。少しでも体温を逃さぬようにする、苦肉の策だ。

 

 

「その体じゃ動けないでしょ。とりあえず救急車をーー」

 

 

そうして、ユイがジャケットのポケットからスマートフォンを取り出し、番号を入力する。

 

 

 

しかし、

 

 

「いいや、その必要はないよ。何故なら、君たち二人にもこれから、この薄汚い倉庫でそこの死にかけと一緒の運命を辿ることになるのだから」

 

 

倉庫の入り口、僅かばかりの月明かりに照らされたその場所に、一人の男性が立っていた。理知的に整った表情を、まるで獲物を見定める爬虫類のように歪ませながら。

 

 

 

 

 

 

 






個人的、早くこの章切り上げて次に行きたいであります←
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